美丈夫から地味な俺に生まれ変わったけど、前世の恋人王子とまた恋に落ちる話

こぶじ

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合同院外演習1

 背の半ばまである真っ直ぐで癖のない淡い亜麻色の髪は手入れが行き届いており、金色の瞳は透明度の高い琥珀を連想させる。白磁の肌は高潔さを感じさせ、優しげにかすかに下げられた眦と血色良い唇は爽やかだがひどく女性的で、本人の望む望まないに関わらず男を寄せ付けてしまうのも頷ける。その美貌は姫小百合に例えられる―――らしい。
 髪や瞳の色味こそ大きく違うものの、顔立ちやぱっと見の雰囲気、そして同じ花に例えられてしまうところまで、彼女は“どこかの誰かさん”にそっくりだ。有り体に言ってしまえば他人の空似なのだが、正直ここまで似ていると他人事とは思えない。
 だからこそ、最初から妙に肩入れしてしまっていたし、相手が望んでいるとも限らないのについ手助けしてしまった。



「これで数揃ったんじゃないかな。ガブリエルも確認してくれ」

 マルニヤシダの葉先だけをいくつか落とし、手のひらに収まる程の小瓶に詰める。ラベルには魔法術の自動筆記で内容物名と採取日時を記載し、そばで屈んだまま小瓶を詰めた鞄を整理をしていたガブリエル・フローレス公爵令嬢に渡す。

「そうですね。今戴いたので採取課題は全て揃ったみたいです」

 性格は誰かさんと似ていない、かの公爵令嬢はおっとりと微笑んだ。立ち上がると彼女の方がわずかに目線が高い。悔しく、はある。

「じゃあ後は心置きなく散策してのんびり飯食えるな」

 今日は三学年合同の院外演習としてハマワラギーの森で、指定薬草の七種の採取もしくは指定小型魔獣いずれか一体の狩猟が課題として出されている。オリエンテーションの側面もあるらしく、学年毎に課題対象は違えどどれも難易度は高くない。単独で取り組んでもいいし、俺とガブリエルのように任意の人間とチームを組んでもいい。ほぼほぼピクニックのような交流会だ。

「森の北西の方に野鳥がよく観察できる湖があると聞きました。私そちらに行ってみたいです」

「いいね。そこで飯食って昼寝したい」

「ではテントからお昼ご飯の鞄持ってきましょう」

「あ。俺が持つ。ほとんど俺が食うし」

「ふふ、そうですね。お願いします」

 姫小百合の君がこんなによく笑うこと、たぶんクラスメイトのやつらは知らないんだろうな。


 中間考査後の例のやり取りの結果、成り行きでガブリエルにノートを貸し出したが、当初その謝礼として金銭を払いたいとガブリエルは学生らしからぬ金額を提示してきた。貧しい平民と公爵令嬢とは言え、さすがに同級生から金銭を受け取るのは気持ちのいいものではない。施しやカツアゲなどの言葉が思考を飛び交い辟易した俺が、何とも無しに「友達は恩を金で返さないだろ」と言ったところガブリエルはすんなり納得した。そして「この学院で初めてお友達ができました」とそりゃあもう嬉しそうに笑うので、「俺も」と正直に答えると以降べったりと懐かれた。

 わかるよ。度を越した美人だと、馬鹿みたいにすぐ恋愛事が絡んできて友人関係築きにくいんだよな。


「今日は俺の分まで弁当作らせて悪いな」

「いえ。作ったのは実家の料理人たちですし、ここまで運んだのも侍女のマーディアですし、私からのお礼になっているのか不安なくらいです」

「ガブリエルの使用人なんだからガブリエルから礼をもらってるのと一緒に決まってるだろ。ありがとう」

「ふふふ、トマスさんの好きなものいっぱい詰めてもらったので楽しみにしててくださいね」

 ガブリエルにノートを貸した恩は、全て昼飯で返してもらうことになっている。今回6冊のノートを貸して、それは今日の昼飯でチャラだ。

「ノートだけで欠席分補えそうか?もしわかりづらいところあればもっと細かい内容追記するなりするからな」

 俺のお節介にも嫌な顔せずに、ふふふと風に揺れるように姫小百合が笑う。

「トマスさん、知ってますか。トマスさんと私、恋人同士なんじゃないかって噂が流れてるんですよ」

 何か含みがあるわけでなく、心底楽しい冗談を聞いたという仕草と声色だ。俺もその噂は聞きかじったことはあるし、それは単純な色恋話ではなく、もれなく嫉妬を帯びた俺への罵詈雑言がついてくるものだろうなというのも察している。

「どう見たって俺らそんな甘ったるいもんじゃねえのに。そんなん言ってるやつらはどんだけ節穴なんだよ。ガブリエルに盲目過ぎて他は何も見てないんだろうな」

「私を好きだと言ってくれる方はほとんど私の見た目と家柄しか見てないですし、節穴というか視野が狭いというか、そういった感じなんでしょうね」

 困り果てたという顔で、ガブリエルは控えめに溜め息をつく。言葉にはしないが、わかる。めっちゃわかる。

「でもまあ、俺と恋人ってことになってる方が守りやすいこともあるし、ガブリエルにとっては不名誉かもしれないがそのまま否定しないでおいてくれよ」

 今までならガブリエルに直接アプローチしてた連中が、いくらかでも俺に突っかかってくることに方向転換してくれればガブリエルの心労は減るだろう。

「不名誉なんてこと全くないです。お世話になってばかりで頭が上がりません」

「あと、直接ガブリエルに変なやつが寄ってきたら俺に相談しろよ。ガブリエルの場合は実家に頼るのが一番なのはわかってるんだけど、その手は簡単に使いたくないだろ」

 ガブリエルの実家、フローレス公爵家に楯突く人間なんて早々にいない。王族に次ぐ力があるといっても過言じゃない家門だからだ。それなのに、彼女自身はいつも自信無げで不安そうに視線を彷徨わせる迷子のようだ。
 いや、違うか。実家が偉大だからこそガブリエルは臆病なのだろう。

「私、トマスさんみたいなお兄ちゃんが欲しいです。本当にずっと守ってくださいそうですもの」

 やたら目をキラキラさせるな。俺だってこんな妹欲しかったよ。

「別に肉親じゃなくたって俺はいつでもガビィちゃんの味方だ」

「お兄さま…!」

「そういうノリ可愛いからやめれ」



 課題を教員用テントに提出してから、弁当を持って森の北西を目指す。ガブリエルの侍女から受け取った弁当の入った鞄はスープやデザートの果実、カトラリーまで入っているらしくずっしりと重いが、昼飯が楽しみ過ぎる俺の足取りは軽快だ。

 件の湖は学院の野営地から四半刻程徒歩で進んだ先にあった。なかなか立派な大きさの湖だ。外周を歩くとしたら散策気分では到底無理だろう。
 湖は水深もそこそこあるらしく湖面は青々としており、水鳥たちが静かに泳いでいる。湖の背景は豊かな針葉樹林と、その奥に雄大な山脈を望む、絶景といっていい場所だ。

「このあたりにしようか」

 ガブリエルが頷いたのを確認して、岸辺の砂利敷から少し離れた、下草のよく茂った場所に撥水と防汚の術式のついた布を敷いた。布の四隅に、吹き飛ばされないよう小さな風魔法術で押さえを作る。

「そんな小さな子供みたいな顔してお弁当広げてるトマスさんを他の方にも見せてあげたいです」

「うまいもん食ったら幸せだろ。俺もこんな料理作ってくれる料理人雇いたい。俺絶対偉くなるわ」

「トマスさんは努力家なのできっと偉くなるでしょうが、野心の原動力が可愛らしいですね」

「偉くなりたい理由なんてみんなそんなもんだろ」



 葉野菜とビーフカツのサンドを頬張りながら、湖をぐるりと眺める。遠くで釣りをしている数名の上級生らしき姿が見えた。賑やかに笑い合う声がこちらまで聞こえてくる。上級生の課題対象魔獣までは把握していないが、十中八九課題の為でなく純粋に釣りを楽しんでいるのだろう。

「こんな立派な湖があるって知ってたら俺も釣り竿持参したのになあ」

「釣りお好きなんですか?」

「俺んち貧乏だからここに入学する前はよく川釣りして晩飯の足しにしてたんだ。釣りは遊びと実益兼ね備えてるからいい」

「トマスさんは本当に何でもできますね」

「釣りなんてできるできないって話でもないだろ」

 何か大物を釣り上げたらしく、上級生たちから歓声が上がる。この湖は何が釣れるのだろう。うまいだろうか。すごく気になる。

「そわそわしてますね」

 お淑やかな令嬢の見本のような彼女には理解し難いのかもしれない。落ち着きのない子供を見るような目である。

「…これ食い終わったらちょっと覗いてきていいか?」

「もちろん。私は少し湖畔を歩きながら野鳥観察してますね。実は実家から記録器も持ってきたんです。たくさん写影したくて私も少しそわそわしてます」

 腰に括らえたポーチから小型の魔法術式映像記録器を取り出し、ガブリエルは嬉しそうに自身の右目の前に掲げてみせた。さすが公爵令嬢だ。記録器なんてバカ高いものをそんな気安く持ち歩けるとは。

「あんまり遠くに行かないでくれよ。できる限り俺に声の届く範囲でな。小型魔獣に出くわすくらいならいいけど、変な男に捕まったら最悪だからな」

「ふふ、トマスさんは心配性ですね」

「大切な友達のことだからな。心配してし過ぎることはない」

 俺的にはとんでもなく真面目な顔をしたつもりだが、ガブリエルには「そんな可愛い顔なさらなくても、ちゃんと言いつけは守ります」とズレた反応をされた。
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