美丈夫から地味な俺に生まれ変わったけど、前世の恋人王子とまた恋に落ちる話

こぶじ

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【前世】貴方の全てを

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 エゼキエルの死の報せを聞いたミラードは、取るものも取り敢えず神殿に向かい、その死の詳細を茫然自失のままに聞いた。

 エゼキエルは、早朝の礼拝堂にて血溜まりの中に倒れ伏しているのを、今朝の清掃係の神官に発見された。その時点でエゼキエルの呼吸も脈も止まっており、直ぐ様複数人の神官たちにより逝去が確認された。
 彼は背後から細身の剣か何かで腹までを一突きにされており、血を多く失った事が死因だろうとの事だった。

 そして、ミラードが覚束無い足取りで縋りついた作り良い棺桶の中には、ただ静かに眠っているかのようなエゼキエルの身体が寝かされていた。死してなお美しさは損なわれず、揺り起こしてしまいたい衝動に駆られる。
 その麗しき聖人の遺体には、誰の目から見ても大きな違和がある。誰もが見知っている、美麗で絹のような白く長い髮が、耳下の高さでざっくりと切り取られていたのだ。その髪は、その日のうちに礼拝堂や大講堂などの教会公用施設内だけでなく、各神官の居住棟内まで隅々まで捜索されたが見つからず、持ち出されたと見てほぼ間違いがなかった。


 そして、昨夜からひとりの神官が本神殿内から姿を消している。
 それが、アシュリー・フローレス特別位神官だった。


 全てを聞き終えたミラードは、愛おしき人の亡骸から身を起こしゆっくりと立ち上がると、虚ろな目のままに激昂した。鋭く頑強な見た目に反して、今まで人を怒鳴りつけた事など一度もない温厚篤実な王弟が、石造りの神殿内に木霊する程に声を張り上げたのだ。
 アシュリーを殺せ、フローレス公爵家が匿っているかもしれない、すぐに公爵家へ迎え、と周囲を威圧する屈強な王弟殿下を、貧弱な者が多い神官が止められるわけもない。公爵家へ自ら行くと言って、神殿警備の武官たちを蹴散らし神殿を出ようとしたところで、ミラードは大神官付きの武官らから、猛獣用かと見紛うような量の鎮静剤を打たれて昏倒した。





 次に目を覚ましたミラードは、王宮内の自室ベッドに寝かされていた。
 ミラードは全てが夢であればいいと思った。
 一縷の望みをかけて、ふらりと立ち上がり自室を出る。部屋前にはいつもより多くの護衛騎士が立っていた。その時点で脳内がざわざわと不快に鳴る。
 ミラードは意を決して「エゼキエルは…」と問うと、護衛騎士の影からミラードが幼い頃から城仕えしている馴染みの侍女が礼と共にい出て、「葬儀は明日の夜に執り行われます」と震える声で苦しげに告げた。

 その瞬間に、ミラードは衝動的に目の前に立つ護衛騎士の腰から直剣を引き抜き、その抜いた勢いのままに自らの首に刃を滑らせた。
 しかし、その刃が動脈を切る前に、直剣は持ち主である護衛騎士の手で殴り落とされた。もう一度、と床に落ちた直剣を拾おうとするが、ミラードの手が直剣に届く前に、その刃を馴染みの侍女が這いつくばるように素手で押さえ込んだ為叶わなかった。侍女のすすり泣きの声だけがやたらと耳に残った。





 エゼキエルの葬儀は盛大なものとなった。
 しかし、ミラードはその事に一つも意識がなく、ただ、葬儀が執り行われた大聖堂の片隅でひたすらに心を殺していた。そして、葬儀が終わった後も王宮へは戻らず、愛おしい人が眠る棺の横に膝を付き、愛おしい人の名を呼び続けた。触れる頬は人形のようで、呼びかけに応える声も無いが、そばにいると死に急ぐ気持ちが凪ぐ。
 どうやったら愛おしいこの存在をこれ以上奪われないで済むかと、ミラードは霞がかった思考でずっと考えていた。

「王弟殿下、恐れ入りますが遺体の移送をしたく思います。最期のお別れをお済ませ頂いても宜しいでしょうか」

 大聖堂の出入口に、使い走りの神官が一人立っていた。

 ミラードはエゼキエルの頬に唇を寄せ、いくつか言葉を囁くと、ひどく緩慢な動きで立ち上がった。そして、茫然たる目つきのままちらりと神官を見やる。
 神官はその視線を了承の意ととって、大聖堂の扉を片側押し開けて、退室を促す立ち位置へ体をずらした。
 しかし、ミラードはそれを素知らぬ様子で無視して、大聖堂内の豪奢な長椅子に座り込む。

「王弟殿下、どうかお引取りを」

 神官の声に僅かばかりの苛立ちが交じるが、ミラードは微動だにしない。静かに嘆息した神官は、それ以上は何も言わずに棺へ歩み寄る。



 そして、神官はミラードの真横を通り過ぎる瞬間、その喉元へ、懐から取り出した短剣を振り抜いた。



 神官の渾身の力で振られた短剣は、虚しくも何も切り裂く事はなかった。短剣を持った神官の腕は、より太く強靭な王弟の右腕に捻り上げられたからだ。
 神官は、隠す様子もなく憎らし気に舌打ちをした。

「腑抜けても武王の子か」

「神官ごときに遅れは取らない。片手でも縊り殺せる」

「品の無い王弟殿下でいらっしゃる」

「人殺しに見せるような品位は持ち合わせていない。なあ、アシュリー・フローレス」

 そうミラードが詰めると、神官の姿が揺らぎ、魔法術の残滓を散らして現れた黒髪の特別位神官は、再度舌打ちする。

「どこで気づいた」

 佳麗な顔貌に嫌悪を浮かべたアシュリーが問うと、ミラードは右腕の力を強めて嘲笑った。

「貴様はエゼキエルの容姿を真似ていた。その狂った執着があるなら髪だけでは満足できなくなるだろうな。エゼキエルの肉体が損なわれる前に必ず来ると思っていた。だから、」

 凛々しく端正な王弟は、歪に顔を歪めて更に嘲笑った。


「端から今宵ここに来た者全てを殺すつもりでいた」


 アシュリーは自身の狂気を棚に上げてぞわりと背を震わせた。

「この、狂人が…!」

 掴まれていなかった方の手で炎の魔法術をミラードの眼前に放る。それをミラードは左腕で薙ぎ払った。炎はすぐに掻き消えたが、ミラードの左腕の上を豪熱が舐めていき、皮膚が焼けてドス黒く張り付き所々肉を晒す。
 僅かに緩んだミラードの右腕を振り解き、アシュリーは身を翻して正面に向き直ると相対する。

「獣じみた狂人風情が、高貴なあの方を誑かしたりするから、だから、あの方は死んだのだ」

 憎悪に満ちた黒髪の特別位神官は、懐から血痕がべったりとこびりついた、薄青色の書付紙をミラードの足元に投げつける。エゼキエルに密やかに宛てた手紙だ。

 ――そうか、貴方は気づいてくれたのか。

 エゼキエルへの切実な想いが伝わっていた事に、場違いにもミラードの胸中には強い歓喜が湧いた。


「聡明で清廉なエゼキエル様のそばに、お前のような肉欲目的の下衆な輩がいるだけで心底腹立たしかったのに、お前が唆したせいであの方は退官されると仰ったのだ!」

 ―――愛おしい人は私を選んでくれた。ああ、こんな汚らわしい男からではなく、貴方の口から聞きたかった。


 でも、十分だ。


「エゼキエル様の隣にやっと並び立てたというのに!お前のせいだ!あの神々しいお方には神殿で輝く事こそ相応しいのに!」

 すんなりしたアーモンド型の目を醜く尖らせて叫ぶ様が何とも滑稽だ。

「お前のせいでエゼキエル様は死なざるを得なかった!」

 ミラードの喉奥から溢れ出るように嘲笑い声が漏れ、それは大聖堂内に重く沈むように響いた。

「エゼキエルが死んだのは私のせいではない。貴様が殺したからだ。それ以外の何ものでもない」

「う、るさいっ!」

「エゼキエルの心は、私が手をこまねいたとしてもすでに私のものだったのだ。貴様がどんな横槍を入れようと、その神々しいお方とやらはお前を選ばない。エゼキエルは必ず私を選んだだろう」

「うるさいうるさいうるさいうるさい!」

 エゼキエルは、半生を賭し、血反吐を吐く思いで手に入れた地位よりも私を選んだ。それが全てだ。

「エゼキエルは永遠に私だけのものだ」

 気圧されて怯えを纏った醜穢な男を、ミラードは鼻で嘲笑った。


「哀れな男だ。独りで死ね」





 ミラードは宣言通りに震える弱者を素手で縊り殺し、不浄の死骸をエゼキエルから離れた大聖堂の隅へ放る。
 そして、床に無造作に投げられたままの、血濡れの書付紙と、長椅子の傍らに落ちた短剣を拾い上げる。

「ジーク、私の想いを受け入れてくれたのだな」

 恋人の眠る棺へ歩を進め、再びその横に膝をつく。

「ジーク、私の唯一」

 とろりと微笑んで、短剣を自らの腹にあてがった。

「私も今行く」










 翌朝、ステンドグラス越しに豊かな日の光差し込む中、白百合の聖人の遺体に寄り添うように、初恋に殉じた王弟が穏やかに微笑み息絶えていた。二人の重ね合わされた手の中には薄青色のささやかな恋文がある。

『どうかいつまでもそばに。私に貴方の全てを連れ去らせてくれないか』
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