美丈夫から地味な俺に生まれ変わったけど、前世の恋人王子とまた恋に落ちる話

こぶじ

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王子の回想(ジェラード視点)

 常に言いしれない喪失感があった。


 平穏な王国の第一王子として生まれ、少しばかりの堅苦しさはあったが、豊かな時代故に衣食住に困る事もなく、特段の政敵がいるわけでもない。一般的に見れば何不自由なく、大きな何かを失った覚えもない。
 それにも関わらず、俺は幼少期から言いしれない喪失感を抱えて生きてきた。

 年を追う毎に大きくなるように感じたそれは、驚く事にある日不意に希薄になった。胸中にこびりつくようにあった感情が、前触れもなく軽くなった事に酷く動揺した。

 その切っ掛けもまた意味の分からないもので、「学院内に気になる後輩ができた」たったそれだけだった。
 あまりに浮ついたそんな感情で、長年堆積していた物悲しさが薄らぐ事が不思議でならなかった。


 当初“彼”との接点は殆ど無かった。ただ、初めて会話を交わした時、小柄な体付きなのに姿勢がよくあまり弱々しく感じない所や、眠たそうな濃灰色の瞳が意外と力強く見つめ返してくる所、眉尻を下げて可愛らしい笑う所、嘘の無い気遣いの言葉とその無垢さに、胸が潰される程の愛おしさを覚えた。
 彼は清浄で気高い野花のようだった。ふと、山道に咲く白百合を思い浮かべた。

 出会ったばかりとは思えない程に、彼を想うと多幸感で満たされた。



 彼と出会った日の夜、不可思議な夢を見た。
 装飾こそ大きく異なるものの、見覚えのある王城の絢爛な大広間にて、王弟という立場に座した俺は、白百合と称されるとある男に一目惚れをする。妙に現実味がある不思議な夢だった。

 ただの夢、と切り捨てるのは容易いのだが、何故か引掛りを感じて、後日大神官所有の稀少本にまで手を出して、夢の中の俺が恋した「エゼキエル特別位神官」について調べた。
 国教会神殿内の事は圧力をかけられる為あまり書として残される事は無いのだが、広く手を尽くして調べると、国教会が関知しない、観劇の趣味書籍のような俗なものに、その名前がはっきりと残っていた。人気の古典演目の中に、エゼキエル特別位神官は主人公として登場する。そして、それはかつて実在した神官だというのが、古典観劇趣味界隈では定説なのだそうだ。

 歌劇特有のまだるっこしい言い回しそのままで表現するならば、エゼキエル特別位神官は匂い立つような美貌と透き通る湖のような清廉な人柄で老若男女問わず数多を魅了した麗しの聖人、なのだという。そして、歌劇中では猛々しい偉丈夫の王弟と同性の恋仲にあるが、地位のある二人は結ばれる事叶わず、最期には愛を誓い合って命を断つ。
 かなり古くからある演目で典型的な悲恋劇。典型的だからこそ何度も再上演されているらしい。いつの時代も悲劇を好む層は多い。娯楽の趣向は、大枠で見れば長い事あまり変わらないようだ。

 俺個人としては、歌劇、特に恋愛劇にはとんと関心が無い。それにも関わらず、そこに描かれている人物像は、不気味な程に俺の夢の中の人物と一致している。
 俺は夢に見る程に、何処でこの歌劇の内容を詳しく知ったのだろう。不思議ではあったが、それ以上掘り返しようもなく、追求は行き詰まった。

 王弟「ミラード」の名で調べても、約300年前に若くして亡くなった王家直系の者だという程度の事しか公式の文書にはなく、正誤は別としてより情報が混んだ方へ調べ進めると結局行き着くのは歌劇の演目だ。それ以上踏み込んだ事柄は知れなかった。



 ただ、それは仕方ないと割り切れる事だった。その頃には、俺の胸中は学院内での唯一の癒やしである白百合――トマスに占領されており、不可思議な夢への関心は俺の中で二の次になってしまったからだ。



 トマスの事を知れば知る程に、際限なく彼に惹かれていく自分は実に滑稽だった。

 俺の身を案じ、無自覚に献身を尽くす様はあまりに健気で、下心のある俺の親切を善良と称する様は危うくて愛らしい。
 学院でも、市井でも、気がつけば彼を探してしまう。町中で偶然見つけた彼に、俺が堪らず好意を伝えると、熱病の子供のように肌という肌を赤らめ唸る。それが俺の胸をどれだけ締め付け、焦がすのか。当の本人は分かっていないのだから始末が悪い。

 彼の魅力は、俺にとっては中毒性のある快楽薬のように耽美だ。今まで王族としての確固とした矜持を持っていたはずなのに、彼への愛おしさの前では第一王子という自分の立場すらどうでも良くなるのだ。とんだ痴れ者だと自嘲が漏れるが、自身の異常な執着を止める術も意思も湧いてくる事は一時もなかった。
 それどころか、早々に彼を手に入れようと密かに決意していた。



 そんな矢先、再びエゼキエルの夢を見た。
 エゼキエルの豪胆に振り回されつつ、ミラードは恋心を叶えていた。
 思い掛けず、その夢が一つの転機だった。

 ふとした瞬間、かの神官に強くトマスの面影を見た。慎ましやかで愛らしい彼と、派手な造作のエゼキエルの顔貌は似ていない。しかし、「エゼキエルは、愛しのトマスなのだ」と、裏打ちの何もないどこまでも率直な感覚だったが、驚く程すんなり確信した。
 まるで敬虔な信者が天啓を受けたかのように狂気じみていたが、それで問題無かった。

 エゼキエルの内面は、俺の白百合とよく似ていた。トマスはもっと庇護欲を唆る健気で可憐な性格をしているが、不憫な生まれにも関わらず努力を惜しまずに前向きな所等、幾つも二人は重なる部分を持ちよく似通っていた。
 きっと、エゼキエルもまた、重荷になる程の華美な容姿を持って生まれなければ、神殿内の権力争いで尖る事無く市井で慎ましく生き、きっとトマスと同じ可愛らしい青年になっていたのだろうと、容易く胸に落ちた。
 そして、エゼキエルがトマスなのならば、ミラードは俺自身だろう。トマスに触れる者が俺では無いなんて事、あってはならない。





 念願叶い、トマスの心を自分のものにできた時、件の喪失感は何とも呆気なく消え失せた。
 しかし、その代わりのように、次第に焦燥感に襲われるようになった。どれだけ愛を囁いて、代わりに愛の言葉を返されても、その細い身体を押えつけ深く繋がり、彼の全てを力任せに奪っても、まだ足りないと心の奥が叫ぶ。
 トマスと離れている間が不安で苦しくて仕方がない。トマスは俺のものなのだと声高に叫んで、どこか遠くに連れ去って誰の目にも触れさせたくない。

 自分の感情が異常だと、自分でもわかっている。初恋に浮かれる男、等という可愛らしい表現の範疇を超えている。
 いつか彼の心すら害してしまいそうで恐ろしい。だからといって彼を手放すなんて以ての外だ。
 愛おしいトマスを俺の腕の中に留める為ならば、何を失い、何を害し、何を殺したって構わない。
 白百合は俺だけのものだ。







 “エゼキエルとミラードの最期”を夢に見た。
 そして徐に理解した。過去長く悩まされていた喪失感と、今を苛む狂った焦燥感は、共に俺の中に燻っていたミラードの記憶が成したものなのだろうと。

 生まれ変わっても愛しい人と共にいられないなら意味がないと絶望する喪失感と、再び手に入れた最愛の白百合を、また誰かに遠ざけられてしまうのではないかという焦燥感。


 ミラード、お前は俺だ。だからよくわかる。お前がエゼキエルを奪われた時芽生えた狂気は、今も俺の中で蠢いてる。
 白百合は俺のものだ。決して奪わせない。どんな手を使っても。



――――――――――――――――――
愛情深かったミラードが闇落ちした先に、狂った執着を持つジェラードの人格があります。
自身の美貌に群がる様々から自身の心を守る為、エゼキエルは狡猾にならざるを得ませんでした。その見目を捨てた先にいるトマスには狡猾さは必要無く、エゼキエルの根底にある素直で健気な性格だけがトマスには残りました。
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