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幽閉の中
しおりを挟むーーリアム16才の夏ーー
幽閉から5年経った頃リアムに少しずつ
変化が訪れた。
リアムの身体は虐待に耐え、常人なら
息絶えるか、自我が崩壊する拷問に耐える
身体になりつつあった。
精神は闇に取り込まれ、憎悪の炎は人の
存在自体に向けられていたが辛うじて、
人としての意識を失わずにいた。
そう心の奥のずっと奥に……
その小さな灯火は幼い頃の家族の思い出と、
無事を信じる彼自身の振り絞るような
願いでもあったが同時に彼が生きる糧
となっていた。
もう一度取り戻すために……
彼は心の奥の憎悪の炎の中、
焼き尽くせない家族への愛に感謝とそれを
壊した者たちへの復讐心しかなかった。
彼は呟いた
「お……れは生きる、もう一度取り返す……」
彼の唇はすでに上手く動かす事は出来ずに
いたが、その言葉には、何事にも屈しない
強靭な意思が込められた言葉だった。
彼は決意したその日から飢える中、
時折部屋を走る鼠を取り土を漁り、ミミズ等
のタンパク源を積極的にとり始める。
最初の頃は嘔吐を繰り返し、体力を逆に
減らしていたものの、摂取を少しずつ取り
身体を慣れさせていった。
深夜、誰もが寝静まった頃、木を擦り
合わせ、時折、落ちてくる家畜の糞を
密かに乾燥させ、それを燃料がわりに少しの
火を灯すその小さな灯火を使い肉を焼き
またその焼いた肉を餌にして、それを狙う
虫や動物何でも食らった。
その小さな灯火は寒さを凌ぐ程に大きくは
出来ない、見つからないように消化を助ける
べく胃を温める、そしてまた喰らう。
そして筋力を鍛える毎日が続く。
彼には時間はあった、彼はしたたかに虐待
をも利用し始めた。
毎日の暴力をも、のたうち回るフリをし、
当たる場所を変え、急所を避けながらの
やられ方すらも反射神経を鍛える
訓練とした。
時には殴打をも、ボクサーが腹部に重い
ボールを落とし、鍛える様に意識し身体を
鍛え、その狂気の暴力に自我を失わぬ様
自らも静かに心の奥で狂気による狂気での
相殺する術を覚えた、恐怖や不安、その全て
を心の奥の憎悪や狂気で燃やしてゆく
彼の顔はヤスリによる研磨と納屋に
置かれた石灰のせいか顔半分は、
もはや白い仮面の様であった。
果たしてそれは石灰化上皮腫による
ものかはわからないが、それをも硬質化
させる様、彼は自らそれを更に硬くなる様に
削っていった、手の豆が使う程硬くなる様に
毎日の地獄の様な日々に身体が適応し始め
彼の体の治癒能力は飛躍的に上り、大抵の傷
や腫れは1日立たず治る様になっていった。
日に日に痩せてゆく筈のリアムの身体の
変化に夫婦は気付き始めた。
最初は鎖に繋がれ運動不足の上に食事すら
まともに与えていない事からの
クワシオルコルの様な物だと思っては
いたが、リアムの身体は細身で有りながら
中肉中背のもはや戦士の身体と
なっていたからだ。
※ クワシオルコル 発展途上国の子供に
よく見られる症状の一つ
その事をドレン卿に報告するものの、
その存在すら忘れていた。
ドレン卿にとっては、どうでも良い事でありリアムの存在は
虫の様な物である。
面倒なら焼き払え、との指示に夫婦は
リアムを殺害しようと納屋ごと火を
放ったのである。
リアムはこれを予想していた、来たるべく
日が来たのだと。
リアムには夫婦を殺害出来る自信が
あったがそれを行わなかったのは、足に
繋がれた鉄の鎖があったからに他ならない。
一人を殺めても繋がれたこの状態では
衛兵を呼ばれ殺されるのは明白で
あったからだ。
足枷の付け根にある鉄杭をなんとかせねば
ならなかったからだ。
火事になれば、その硬い鉄の杭を支える
手の届かなかった木で出来た柱が燃える
その機会を伺っていたのである。
しかし、これはリアムにとっても大きな
賭けであった。
燃え盛る納屋の天井を姿勢を低い体勢で
全神経を落ちてくる残骸を鍛えた反射神経と
筋肉で振り払う 、一度のミスで
全てが終わる。
彼の肉体自体は最早、皮膚の硬質化で
燃えにくくはなっていたが、煙による
咳き込みを防ぐため、姿勢を低く、出来る
だけ呼吸数を減らす。
したたかに強くしなやかに、目は炎の中
冷ややかに同時に生きる渇望への
熱い目であった。
バキバキ、ドゴォォォォ……ン
そんな中、久しく見える燃え盛る炎の天井
から見える青空にリアムの心は踊った。
これを乗り越えれば……
私は目的を果たせる翼を手に入れる
ことができる。
愛する家族の灯火を再び手に
入れるために……
やがてその時は来た、炎は天井の一部を
燃えつかせ、リアムを縛り付けた鉄杭が音を
立てて倒れこむ、倒れると同時にリアムは
足枷の輪っかを抜き全身に込めた、
五年の想いを爆発させるかの様に呼吸を
止め、炎と残骸を力で捻り伏せるかの様
に弾き飛ばした。
それは爆発する爆弾の様に激しく、
納屋を吹き飛ばした。
そして飛び出るその姿は彼の容姿とは
裏腹に飛び散る火の粉は彼を美しく輝かせ、
生きる未来の希望を全身に纏った彼の姿は
この世のものとは思えない、まるで天使が
天に帰るかの様な美しい姿だったと言う……
ーー
リアムはすぐ様、その場から離れよう
とした。
しかしすぐに夫婦の断末魔の様な
叫び声が聞こえた。
「キャァァ!どうか誰か我が愛する娘を
助けておくれ!」
その声の主はリアム5年の恨みを持つ
夫婦である。
夫婦には10歳になる娘がいた。
納屋からも時折聞こえていた、団欒の声は
リアムのかつての平和な家族の姿を
思い出させていた。
リアムは夫婦をみた瞬間、逃走本能から
憎悪への感情に押し流され夫婦へと
疾走した、毎日受ける暴力に醜悪な
反吐がでる行為に復讐心が彼の行動を
駆り立てる。
火事の周りには数人居たが、彼はその全て
の人間を抹殺出来る自信があった。
その異様な殺気に気付いた夫が彼に駆け寄る
主人「頼む、わしらはどうなっても構わん
あの子はお前の存在すら知らない子なのだ、
どうか、どうか娘を助けてくれないかっ」
その姿は涙で溢れ鼻水を垂らし必死に
懇願する親の姿だった……
リアムは父オスカーを思い出した。
我が父ならどうするか。
彼は近くにある斧を持ち母屋に飛び込んだ。
炎は激しく、屋根が今にも落ちそうで
あった、熱風が激しく彼を覆い尽くそうと、
メラメラと忍びよる……
業火に焼かれる母屋にリアムは叫んだ
「おれの名はリ……アム、何処だ何処
にいるっ、助けに来た!」
女の子「ここよ、お願い助けて!熱いの、
とても熱いのっ」
声の少女は2階の部屋の奥にいる様だ。
すでに火は階段をも燃やしていた、裸足の
リアムの足はその熱で足裏は焼けただれ、
歩くたびに激痛が襲う。
皮膚はすでに剥がれ、肉が露呈している
上に木片の棘が容赦なくリアムの足に
突き刺さる。
「パパお……れに力を……貸してく……れ!」
全身に力を込め、リアムは焼け落ちそうな
階段を尋常ではないスピードで駆け
上がった。
走る足場が砕け散り、床の落ちるスピード
よりも早く。
見つけるやいなや、少女を抱きかかえた
瞬間、屋根を支える柱の一本が無残にも
2人の頭上に落ちる。
「ズドドド……ン……」
地響きが辺りに、こだまする。
咄嗟に少女を包み守るリアムの背中に柱が
ズシリと、のし掛かる。
その柱の炎は少女の着ていた服の袖に
燃え移った。
半狂乱の少女にリアムは優しく囁く……
「だ……大丈……夫」
不器用な唇から発する言葉には、
彼の優しさが込められ少女は不思議な
安心感に包まれた。
リアムは持っていた斧で手首を切り裂き、
噴き出る血で少女の火を消した。
炎で赤く染まる風景に、彼の血は
少女に恐怖を与えなかった。
リアム「しっかり……掴まれ……」
少女は頷く
そして窓から少女を抱き飛び出すリアム
しかし駆け寄る夫婦に少女を渡すリアムの
目に映ったのは衛兵達の姿だった……
夫婦は火を付けたのはリアムだと叫び
娘を人質に取った凶悪犯とされた。
ドレン卿への体裁や取り逃がす事は
夫婦にとっては都合が悪いからだった。
リアムは逃げるしかなかった……
助けた事が自分の身を危険にさらした……
ここで捕まるわけにはいかぬ、
家族のためにも……
しかし理不尽に追われるリアムの心は凍える
様な寒さだった。
あんなに子供の為に懇願した親は、自分の
希望が叶えば、こうも変わる者なのか……
あれが嘘なのか、本心なのか……
それはわからない、それは彼自身の中の
気持ちも同じだった。
助けることが良かったのか、彼等のように
自分の事だけ考えた方が生き方として
得なのではなかろうか……
何故、僕はこんなに痛い思いをしてまで
自分にとって損をする行為をしたのか、
しかも命をも狙われ、あの虐待をした
夫婦に対して……
葛藤に涙が交わる。
涙が怒りに変わる。
泣きながら、叫びながら、それでも少女を
救えた事に後悔はないリアムであった。
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