「拝啓、遠くへ行った君へ」

2007

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花冷えの心

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 うららかな晴れの日である。まさしく「天晴」と拍手したくなるような。澄んだ青空にこれでもかというほど枝を伸ばし、堂々と咲き誇っている桜がある。その幻想的な風景に多くの人が魅了され、取り込まれている。馬鹿らしいと私は思う。どうしても桜というものが気に食わない。その姿はあまりに大衆的過ぎてつまらなく、その佇まいは自分の存在を誇示しているようで反吐が出る。私は目立たないものが描きたい。隣にあるあの煩わしい大木を無視し、空を虚しく眺めるひしゃげた空き缶に自分のことを重ね、その姿を凛々しく、大胆に摸しこんでいた。潰れた空き缶は大勢に踏まれ黒ずみ、まるで私の目のように光を反射しない。

 夢も希望も無くなった。美術大学を志望していた私は自分の才能のなさに絶望した。絵が好きでよく描いていた。別に絵画教室に通ったり、芸術一家の生まれだったりという訳ではない。ただ絵がうまい凡人だった。高校も二年になった頃、なんとなくで決めた進路は美大だった。親にはデザイナーなどの方面に進みたいと伝えたが、本当は美術を学びたかった。しかし、同じ美大を志望する何人かと話していくうちに、夢は覚めていった。他の人は持っているものが違いするのだ。ただ絵がうまい凡才は、どこまでいってもただの凡才に変わりはなかった。

 結局自分の夢など諦めて県内の国公立大学の経営学部に進学した。地元の中だったらトップの大学だ。親は泣いて喜んだが自分の中では仕方がなく選んだ進路なためどこか煮えきらない。しかしあのまま夢だけを追い続けていたら人生だめになっていただろうなとも思う。自分の非才さに嫌気も差してきた。だから後悔はしていない。でも夢から逃げたことには変わりはない。一生負い目を感じ続けるのだろうなと思い、ため息を吐いた。

 入学式に散る桜がやはり気に食わない。自分が持っていないものを持っている者が気に食わない。周りの人達はきらきらしているように見える。きっと夢や希望を叶えた人達なのだろう。はぁ、入学式ってつまんないな。頭を留守にしているとやっと終わって、とりあえず色んな人とのインスタの交換だけを済ませる。帰る頃にはもう意気阻喪で、家のベッドに今すぐ飛び込んでそのまま今日を終わらせたかった。この先が思いやられる。初めての環境に身を置き、初めての人と話すというのは、いつまで経ってもとてつもなく苦手で体力を消耗する。電車の窓から代わり代わり田んぼや畑や木々などが走り去っていくのをぼんやりと眺める。望んでもない私になっていく気がした。

 よく遊んだ友達はみんな地元を離れてしまった。時々来るラインはもう都会に染まり、インスタではおしゃれで楽しそうなストーリーがあがる。それらを見るたびにため息をつき気分が落ち込む。私なんか商店街のくたびれた精肉店でバイトして、遊ぶ場所もなければ遊ぶ人もいない。私ももっとちゃんとした夢を持って都会に出ればよかった。高校の友達のアカウントから私と撮ったプリクラがハイライトから消え、知らない人との投稿が増えていくのを見るのが本当に辛い。私にはもう青春は訪れないような気分になる。

 ひとり、私だけが街に残っている。
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