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第四章 海賊とお隣さん

003 癒やしの存在

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 ロイさんの言う通り、私には羽咲灯としての記憶しかない。
 でも、だからってそういう事なの? 
 
 どういう事が、私に好奇の目を向けるのはロイだけではなかった。ロイさん同様、ノエルも真面目な顔で私に目を向けていた。

「オレも聞きたい。神獣様が……。いや。神獣様は、お前を巫女と呼ぶ。一度もクラルテとか、王女とか呼ばないからな」
「えっ……。そんな事を言われても……」

 神獣様にとって、私を巫女と呼ぶ事は普通なのではないだろうか。神獣様を召喚したのはクラルテなのだし。

 でも、もしも私が巫女だと仮定したら、どうなるのだろう。
 いないのは巫女じゃなくて、王女の方ということになるかもしれない。そしてネージュやアレクが探す巫女が私なら、私は悪役王女なんか比ではない程の罪を被り、排除対象になって……。

「クラルテ様っ」
「ダンテさん」

 頭の中で悪い方へと妄想を膨らましてしまっていたけれど、ダンテさんが現れて思考が途切れた。
 一度ひとりで考えたい。見知らぬトルシュの人々に冷たい視線を見蹴られただけで、胸があんなに締め付けられたのに、アレクやノエルからもそんな目で見られたら、今の私は耐えられない。

「アレク様が心配されております故、お迎えに上がりました。裏門から、お部屋までご案内いたします」
「そうね。ありがとう」

「待て。話が途中だっ」

 ダンテさんの申し出を受けようとしたら、ノエルが私の手を引き止めた。

「すみません。私が余計なことを言ってしまって。なんの根拠もない話ですので、そう熱くならないでください。異世界の巫女の方が浪漫があると思いまして。つい私の理想を押し付けようとしてしまっただけですので」
「浪漫ですか?」
「はい!」

 元気よく返事をしたロイさんに、ノエルは面倒くさそうに何だよ。と漏らすと、神獣様とオリーブ畑に行くと言ってこの場を後にした。

 ◇◇

 ダンテさんの誘いを受けてロイさんも城へ一緒に向かう事になった。ロイさんは私にまだ質問したいことが山ほどあったようだけれど、ダンテさんに丁寧に阻止されていた。
 部屋の前にはゼクスが待っていて、私はゼクスに誘われて中庭を見渡せる二階のバルコニーでお茶をいただくことになった。

 ゼクスはダンテさんの入れた紅茶が気に入ったそうで、あちっと言いながらも美味しそうに飲んでいる。猫舌みたい。
 自然なその姿に、私もホッと息をつくことができた。
 でも、私へ向けるゼクスの瞳は不安気で、私を気遣うように微笑むと、口を開いた。

「クラルテ様。アレク様から話は伺っております」
「そんな顔しないで。私は……アレクにも傲慢で身勝手な姉だって言われるくらい、最低な王女だったみたいだから」
「ですが、記憶にはないのですよね?」 
「そうね……。でもそれが私だったのだから、トルシュの人々の声を受け入れるしかないわ」

 そうですね。と呟いて、ゼクスは一口紅茶を飲むと、励ますように言った。

「私は、先程街の人々に謝罪しました。父のせいで街はああなったのですから。ですが、アレク様の言葉添えもあって、街の人々は私を許してくださいました」
「そう。良かった。ゼクスは何も悪くないもの。むしろ、黒い雲を追い払った英雄よ」
「街の人々も同じ事を仰ってくださいました。ですが本当は、クラルテ様がそう呼ばれるべきではありませんか? 私は、街の人々の誤解を解きたいです。明日から一緒に街へ出ませんか?」
「でも、私がいるだけで街の人々を嫌な気持ちにさせてしまうわ」
「初めはそうかもしれません。ですが、必ず分かってもらえます。私が側におりますので」 
「分かったわ。ありがとう。ゼクス。貴方が居てくれてよかった」

 ゼクスの瞳がどうしてこんなにも透き通って見えるのか、今気づいた。彼には、私に対する先入観が何もないのだ。心に壁がない。元々の素直さもあるのかもしれないけれど。

 クラルテになってから、常にマイナススタートだった私には、ゲームの中にいた優しい魔導師そのままのゼクスはとても癒やしだった。


「クラルテ様の笑顔が見られて幸せにございます」
「……」

 陽だまりの様に柔らかな笑顔に、言葉を返すことすら忘れてただ頬が熱くなってしまった。そんな私を見たからか、ゼクスも顔を赤くしてアタフタし始めた。

「し、失礼しました。こ、紅茶とは香りがよく美味しいですね。私はキノコ茶しか飲んだことがなく」
「あっ。あの時、ミラルドさんが出してくれたわ」
「森に他にも人がいらしたのですか?」
「あっ。ノエルの前では言えなかったんだけど……」

 アレクとダンテさんにことの顛末を報告した時、ノエルはミラルドさんの話は伏せていた。ゼクスがどのようにして生まれ、父の呪いを封じようとしてきたかだけしか話していない。ノエル的には、霊的なものは気の所為ということにして、記憶から抹消済みだったのかもしれない。

 でも、ダンテさんは興味深そうに話に乗ってきた。
 そういえば、ダンテさんもゼクスと同じで、私を悪役扱いしない。
 完璧執事は、主人に対して従順だからだろうか。
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