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第三章
003 自然体で
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書庫という名前からして暗い場所なのかと思っていたが、ちゃんと本を管理する司書までいる整頓された綺麗な所だった。
二階分ほどある高い天井まで棚が敷き詰められ、本でいっぱいだ。やっぱりこの国は、ルナステラの数倍は裕福なのだろう。
「気に入った本はあったか? モッキュが好きそうな森の絵本とか。あ、精霊の本もあるし、魔法道具の本もあるぞ」
「沢山貯蔵しているのですね」
「そうだな。叔父のコリンには会っただろ。マグナス伯爵家は魔導師の家系で、ここの本はほとんどコリン叔父さんが集めた本なんだ」
「そうなのですね。あっ森の精霊の本……」
本棚の高い位置にモッキュが載っていそうな本を見つけた。棚に掛けられた梯子に足をかけると、急に身体が浮いて、床に降ろされていた。ベネディッドがルゥナを持ち上げて梯子から降ろしたのだ。
「取ってあげるよ。はい」
「あ、ありがとうございます」
本を受け取った時に赤い瞳と視線が交わった。
ベネディッドは優しく微笑み返し、空いた彼の手はルゥナの銀色の髪を手に取ると、そっと顔を近づけた。
「アレクシア。ローズマリーの香りがするね。ハーブの湯は気に入ったかい?」
「えっ……はい。色々ご用意いただきありがとうございます」
今までにない距離感に狼狽えていると、ベネディッドは髪から手をパッと放して距離を取り、また柔らかく微笑んだ。
「それは、さっき部屋にいた使用人に言ってくれ。部屋の準備は彼女らがしてくれたのだ。――あ、この本、見たかった本だ。ラーク。今日はこれで」
ラークと呼ばれたのは司書の女性だった。
彼女は本を受けとるとソファーに腰を降ろし、ベネディッドはソファーに横になり、彼女の膝に頭を乗せた。
またかよ。と心の中で突っ込みながら、ルゥナはポーチから記録昌石を取り出し起動させると、背後に気配を感じたのでユーリだろうと思い振り返った。
「ユー……。あ、ヴェルナー。ごめんなさい。間違えました」
「いや。別にいいです。ユーリなら、菓子作りの本を見ています」
「あら。本当だわ」
ユーリは甘党で、趣味はお菓子作りだったりする。
「アレクシア様。記録昌石は何の為ですか?」
「え? えっと、く、国へ戻った時に、寂しくならないように、普段のベネディッド様を記録しておきたかったのです」
「……こんな、だらしない姿を?」
半分寝かけた状態で、年上の綺麗な司書に膝枕で本を呼んでもらっているベネディッド。
滑稽すぎて何度見ても笑えるだろう。
これが本当の婚約者だったら地獄だけれど。
「はい。自然体の彼で良いのです」
「そうか。変な趣味だったのですね」
「え?」
「いや。何でもありません。他に読みたい本はありますか? お取りしますよ」
「ありがとう。ヴェルナー」
ヴェルナーに何冊か本を取ってもらっていると、ベネディッドは完全に爆睡していた。
「ベネディッド様ぁ? 駄目ね。起きそうにないわ」
「後で運ぶので、そのまま寝かせておいてください」
「よろしくね。ヴェルナー。――あの、アレクシア様。何か御入り用でしたら何なりとお申し付けくださいね」
「は、はい」
ラークはソファーで眠るベネディッドにブランケットをかけると、今度はユーリに話しかけ、何冊か本を見繕ってやっていた。
「アレクシア様。部屋に戻られますか?」
「ええ。ですが、ベネディッド様は放っておいてよろしいのですか?」
「はい。今はアレクシア様が最優先ですので。本をお持ちしますね」
ヴェルナーは本を受け取ると、書庫の扉を開きエスコートしてくれた。
そつなく何でもこなすヴェルナー。年はルゥナと同じくらいに見えるのに落ち着いていて、距離感も程よい。護衛に慣れているのが伺えた。
「ありがとう。ヴェルナー。あの、ベネディッド様って、お城ではいつも無武装状態なのかしら?」
「むぶ……無武装ですか?」
「ええ。遠征先では気を張ってらしたのか、笑顔ひとつ見せずに、護衛も気遣いも全て完璧でしたので。ご無理をされていたのかと思いまして」
「完璧……でしたか?」
ヴェルナーはちょっと嬉しそうに、目を丸くして聞き返したので、ルゥナは主人が褒められることなど初めてだったのではないかと勘繰ってしまった。ベネディッドにも良いところがある事を伝えなくては可哀想だ。
「ええ。ね、ユーリ」
「そうですね。ベネディッド様は魔剣を匠に操り、アレクシア様を危険から守ってくださいました」
「そうなのよ。常に周りに留意し、隊の指揮も完璧に越しながら……。ですから、城外では膝枕されたり、距離感を見誤ったり、ダラダラされたりはしていませんでしたからね」
「……そうですか」
ヴェルナーは気まずそうに左下へと俯いて呟いた。右目は眼帯で隠れているので表情が全く読めないでいると、後ろを歩くユーリが苦言を呈した。
「アレクシア様。少々言葉が過ぎるかと存じます」
「そ、そうね。何だか、ヴェルナーは話しやすくて」
「いえ。ベネディッド様が失礼な態度であることは存じておりますから。ですが、今日は特にお疲れのご様子でしたので、ご容赦いただけたら有り難いです」
「…………」
ヴェルナーの真面目な視線から、それが本心だと伝わり、ルゥナは返す言葉が見当たらなくて何も言えずにただヴェルナーを見つめてしまった。
「ど、どうされましたか?」
「いえ。ベネディッド様の事を尊敬されているのだと分かり、驚きました」
「……もう少し見ていただければ、ベネディッド様がどんな方か分かると思います」
「そう。それは楽しみだわ」
出来ればこのまま、ぐうたらでどうしようもない王子の姿を晒し続けて欲しい。
そうすれば、罪悪感もなく婚約破棄を言い渡すことが出来るだろうから。
二階分ほどある高い天井まで棚が敷き詰められ、本でいっぱいだ。やっぱりこの国は、ルナステラの数倍は裕福なのだろう。
「気に入った本はあったか? モッキュが好きそうな森の絵本とか。あ、精霊の本もあるし、魔法道具の本もあるぞ」
「沢山貯蔵しているのですね」
「そうだな。叔父のコリンには会っただろ。マグナス伯爵家は魔導師の家系で、ここの本はほとんどコリン叔父さんが集めた本なんだ」
「そうなのですね。あっ森の精霊の本……」
本棚の高い位置にモッキュが載っていそうな本を見つけた。棚に掛けられた梯子に足をかけると、急に身体が浮いて、床に降ろされていた。ベネディッドがルゥナを持ち上げて梯子から降ろしたのだ。
「取ってあげるよ。はい」
「あ、ありがとうございます」
本を受け取った時に赤い瞳と視線が交わった。
ベネディッドは優しく微笑み返し、空いた彼の手はルゥナの銀色の髪を手に取ると、そっと顔を近づけた。
「アレクシア。ローズマリーの香りがするね。ハーブの湯は気に入ったかい?」
「えっ……はい。色々ご用意いただきありがとうございます」
今までにない距離感に狼狽えていると、ベネディッドは髪から手をパッと放して距離を取り、また柔らかく微笑んだ。
「それは、さっき部屋にいた使用人に言ってくれ。部屋の準備は彼女らがしてくれたのだ。――あ、この本、見たかった本だ。ラーク。今日はこれで」
ラークと呼ばれたのは司書の女性だった。
彼女は本を受けとるとソファーに腰を降ろし、ベネディッドはソファーに横になり、彼女の膝に頭を乗せた。
またかよ。と心の中で突っ込みながら、ルゥナはポーチから記録昌石を取り出し起動させると、背後に気配を感じたのでユーリだろうと思い振り返った。
「ユー……。あ、ヴェルナー。ごめんなさい。間違えました」
「いや。別にいいです。ユーリなら、菓子作りの本を見ています」
「あら。本当だわ」
ユーリは甘党で、趣味はお菓子作りだったりする。
「アレクシア様。記録昌石は何の為ですか?」
「え? えっと、く、国へ戻った時に、寂しくならないように、普段のベネディッド様を記録しておきたかったのです」
「……こんな、だらしない姿を?」
半分寝かけた状態で、年上の綺麗な司書に膝枕で本を呼んでもらっているベネディッド。
滑稽すぎて何度見ても笑えるだろう。
これが本当の婚約者だったら地獄だけれど。
「はい。自然体の彼で良いのです」
「そうか。変な趣味だったのですね」
「え?」
「いや。何でもありません。他に読みたい本はありますか? お取りしますよ」
「ありがとう。ヴェルナー」
ヴェルナーに何冊か本を取ってもらっていると、ベネディッドは完全に爆睡していた。
「ベネディッド様ぁ? 駄目ね。起きそうにないわ」
「後で運ぶので、そのまま寝かせておいてください」
「よろしくね。ヴェルナー。――あの、アレクシア様。何か御入り用でしたら何なりとお申し付けくださいね」
「は、はい」
ラークはソファーで眠るベネディッドにブランケットをかけると、今度はユーリに話しかけ、何冊か本を見繕ってやっていた。
「アレクシア様。部屋に戻られますか?」
「ええ。ですが、ベネディッド様は放っておいてよろしいのですか?」
「はい。今はアレクシア様が最優先ですので。本をお持ちしますね」
ヴェルナーは本を受け取ると、書庫の扉を開きエスコートしてくれた。
そつなく何でもこなすヴェルナー。年はルゥナと同じくらいに見えるのに落ち着いていて、距離感も程よい。護衛に慣れているのが伺えた。
「ありがとう。ヴェルナー。あの、ベネディッド様って、お城ではいつも無武装状態なのかしら?」
「むぶ……無武装ですか?」
「ええ。遠征先では気を張ってらしたのか、笑顔ひとつ見せずに、護衛も気遣いも全て完璧でしたので。ご無理をされていたのかと思いまして」
「完璧……でしたか?」
ヴェルナーはちょっと嬉しそうに、目を丸くして聞き返したので、ルゥナは主人が褒められることなど初めてだったのではないかと勘繰ってしまった。ベネディッドにも良いところがある事を伝えなくては可哀想だ。
「ええ。ね、ユーリ」
「そうですね。ベネディッド様は魔剣を匠に操り、アレクシア様を危険から守ってくださいました」
「そうなのよ。常に周りに留意し、隊の指揮も完璧に越しながら……。ですから、城外では膝枕されたり、距離感を見誤ったり、ダラダラされたりはしていませんでしたからね」
「……そうですか」
ヴェルナーは気まずそうに左下へと俯いて呟いた。右目は眼帯で隠れているので表情が全く読めないでいると、後ろを歩くユーリが苦言を呈した。
「アレクシア様。少々言葉が過ぎるかと存じます」
「そ、そうね。何だか、ヴェルナーは話しやすくて」
「いえ。ベネディッド様が失礼な態度であることは存じておりますから。ですが、今日は特にお疲れのご様子でしたので、ご容赦いただけたら有り難いです」
「…………」
ヴェルナーの真面目な視線から、それが本心だと伝わり、ルゥナは返す言葉が見当たらなくて何も言えずにただヴェルナーを見つめてしまった。
「ど、どうされましたか?」
「いえ。ベネディッド様の事を尊敬されているのだと分かり、驚きました」
「……もう少し見ていただければ、ベネディッド様がどんな方か分かると思います」
「そう。それは楽しみだわ」
出来ればこのまま、ぐうたらでどうしようもない王子の姿を晒し続けて欲しい。
そうすれば、罪悪感もなく婚約破棄を言い渡すことが出来るだろうから。
応援ありがとうございます!
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