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第三章

004 お似合い?

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 その日の夕食はベネディッドといただいた。 
 ヴェルナーの言っていたように、彼は本当に疲れているのかもしれない。今度は昼間とは違うメイドに食べさせてもらっているけれど、よく見ると食がほとんど進んでいない。

 あの巨大なドラゴンを倒し、ルゥナを背負って歩き、尚且つその後も警護に神経を尖らせていたから、安息の地に戻ってくれば誰でも甘えてしまうものかもしれない。

「あら。ベネディッド様。食が進んでいませんわ」
「そうか? ネロが食べさせてくれると、美味しくてつい味わってしまうのだ」

 しかし、秒で返答するベネディッドを見てルゥナは確信した。これは常日頃から当たり前のように口から出ている言葉であると。
 二人は恋人同士の様な距離感で会話を続けているけれど、何かもうどうでもいい。これは疲労とかそういう問題で起こる事ではないだろうし、ルゥナが部屋にいることを忘れているのではないかと思う程だった。
 
「まぁ。そんな事を仰っても量は減らしませんからね!」
「そうだ。アレクシアにいただいた菓子が美味しくて沢山食べてしまったから、もう食べられないのだ」  
「まぁ。素敵な婚約者様で良かったですわ」
「ああ。私もそう思うよ。そうだ、アレクシア。明日は昼前に温室へ案内しよう。どうだ?」
「はい。楽しみにしておりますわ」

 作り笑顔で言葉を返すと、ベネディッドは嬉しそうに微笑み返した。ルゥナがこの場にいる事は覚えていたようだ。
 あれだけ見てみたいと思っていたベネディッドの笑顔を冷めた目で見てしまう自分に驚きつつ、ルゥナは本日三個目の記録昌石を回収した。

 ◇◇

 ヴェルナーに付き添ってもらい部屋に戻る途中、
 ユーリとスーザンも今頃夕食を終えたところだろう。二人にあの記録昌石を見せた後、アレクシアに報告しよう。そう考えながら歩いていると、ヴェルナーに話しかけられた。

「アレクシア様。あまり食事を召し上がっていないご様子でしたが、どこかお身体の具合でも……」

 目の前でイチャイチャされたら食欲だって落ちる。それに、ベネディッドは殆ど食べていないのにルゥナの方が沢山食べるなんて、はしたない事は出来ない。
 さようなら、お肉ゴロゴロ、ビーフシチュー。

「ご心配いただかなくて結構ですわ」
「ベネディッド様の態度が理由でしょうか? 明日になれば、もう少し良くなると思うので」
「いえ。あれで良いのです。無類の女好きのぐうたら王子との噂が本当だと分かり、我が国の情報力の高さに感銘を受けましたわ」
「朝の剣稽古では、もっと――」
「ヴェルナー。私と彼は政略結婚です。気にしなくて良いのですよ」

 その婚約だって破棄してみせます。という言葉を飲み込んで、ルゥナは口を噤んだ。

「ですが、怒ってらっしゃいますよね」
「いいえ。使用人達と仲がよろしいようで、結構なことですわ。明日も楽しみにしていますわ」

 思いの外つい強い口調で言い返すと、ヴェルナーは困ったように黙り込んだ。
 恐らくルゥナは、ビーフシチューが忘れられず気が立っているのだ。ヴェルナーに申し訳ないと思いつつ、アレクシアである自分が謝罪などすことも出来ず、ルゥナは無言のまま自室を目指した。


 ◇◆◇◆

「ベネディッド様。婚約者の前なのですから、もう少しまともではいられないのですか?」

 ベッドで横になるベネディッドに対し、ヴェルナーは苛立ちながら尋ねた。

「いや~。久しぶりだから結構キツめの奴を飲まされたんだよね。遠征の前と後は、特に濃い。完全に俺を殺しにかかってるよ。しんどい。死にそぉ」

 胸を擦りながら笑顔でベネディッドは答えた。
 その顔は蒼白く、アレクシアと対面する時だけ魔法で顔色を良く見えるようにさせていたのだと、ヴェルナーは気付いた。

「分かっているなら飲むふりだけにするとか、アレクシア様がいらしている事を理由にお断りすれば良いではないですか?」
「飲むふりはバレるんだよね。それに、アレクシアまで茶会に呼ばれて、彼女にもしもの事があったら。それこそ死んでしまいたい気持ちになるよ」
「彼女なら。……アレクシアの薬なら、ベネディッド様を治せるかもしれません」
「解毒と治癒は別物だよ。ヴェルナー。それに、義理の母に毒を盛られているなんて、恥ずかしくて言えないよ。コリン叔父さんが頑張って解毒薬を作ってくれているし」

 王妃の茶には毒が含まれている。
 ベネディッドはそれを分かっていながらも、茶会へ呼ばれれば足を運ぶ。ヴェルナーが変わってやれるものなら変わりたいけれど、王妃の庭では王妃以外の者が魔法が使えないようになっているので、何も出来ないでいた。
 
「彼女も父親に命を狙われている。きっと理解し、味方になってくれるでしょう」
「それは、もう少し様子を見てから自分で判断するよ」

 ベネディッドは苦笑いで返した。第二王子宮の使用人達は、ベネディッドが生まれた時から彼の世話をしているから信頼しているが、それ以外の者に対しては用心深く、簡単に心を開くことはしない。

「それより、アレクシアの事なのだが。本当に黙っていなきゃ駄目か? ヴェルナー曰く、慎ましく儚げで心優しい婚約者だと聞いていたから、会うのが楽しみだったのに。アレクシアは、城内でゴロゴロする俺を見て酷くショックを受けていたじゃないか」

 遠征中に亡くなるように見せかけたいのか、遠征前の毒の量は年々増加し、まともに戦うのは困難な状況にまで体調を悪化させてからは、ヴェルナーがコリンの魔法でベネディッドに成りすまして遠征に臨んでいた。
 しかし、アレクシアが驚く理由は、全てがヴェルナーのせいという訳ではないだろう。ヴェルナーが数年前にベネディッドに雇われた時も過保護すぎる使用人達に驚かされたが、もう見慣れていた。毒を盛られることを知らなければ、その看護をする使用人達の姿は、傍から見たら異様な光景だろう。

「それは……。ベネディッド様が普段通り使用人達に甘え過ぎだからです。アレクシア様はベネディッドの婚約者です。別の男が側にいたと分かれば、その方がショックを受けるでしょうから、絶対に言わないでください」
「はぁ。ヴェルナーが、もう少し私らしく笑顔で友好的な感じで演じてくれていたら……。最近は特に、ベネディッド様が無愛想だ。って噂を聞くんだよな」
「何処の誰が流した噂か存じませんが、女好きだという事は国内でも有名になりつつありますから、ここを出ると女性たちの圧が凄まじく、自然の眉がつり上がってしまうのです。恐らくベネディッド様もそうなりますよ」
「そうかな? でも、義母には暗殺されそうで、婚約者だっているのに可笑しな話だな。ルナステラでの噂は何だったか?」
「無類の女好きのぐうたら王子だそうです」
「ああ、それそれ。まぁ、強ち間違ってはいないか。ということは、ルナステラで一番我が儘で高飛車な王女とぐうたら王子か。それに、どちらも親族から暗殺されそうになってる。まぁ、お似合いだな」
「そうですね」

 ヴェルナーの返しに、ベネディッドはクスっと微笑んだ。
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