聖女は死に戻り、約束の彼に愛される

春乃紅葉@コミカライズ2作品公開中〜

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第八章 終焉と死に戻りの秘密

004 三度目の

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※流血描写がありますので、苦手な方はご注意ください。 


 咄嗟に振り上げたセシルの手から薬草が舞い、剣先に触れて空に散った。
 微かに切られた腕からは鮮血が滴り、セシルは悪魔のような目の前の男を震えながら見上げた。

「セシル。僕を騙していたの? どうして僕があげた指輪じゃなくて、他の奴からもらった指輪を嵌めているの?」

 クリスは目に涙を浮かべ、悲愴感を顕にセシルに訴えかける。セシルは左手の指輪を守るように胸に抱き、クリスを拒絶した。

「私はっ――」
「その指輪が大事なの? 僕はこんなに君を愛しているのに。君は僕を愛してくれないの? 答えてよ。いや――答えろ! セシル!」

 クリスはセシルに剣を向けた。
 愛しています。と、セシルに言わせたくて。

 聖女の時のセシルは、クリスに愛されたかった。
 でも、二度の処刑を言い渡された。
 私がクリスを愛していても、私を殺したクリス。

 そんなクリスを私はもう愛さない。
 クリスの思う通りに言葉を返したら、剣を納めてくれるかもしれない。

 でも、クリスを愛しているなんて、口が裂けても言えなかった。
 セシルは、本当に自分を大切にしてくれる人を見つけたのだから。

「私はっ! ……あなたを愛していません。私が愛しているのは、この指輪をくださった方です」
「……そっか。ははは。そうなんだ。どうせ国王は、すぐに飽きて君を捨てるだろう。君が僕のものにならないなら。いずれ君が国王に殺されるのなら。……今ここで、僕が手を下すよ」

 振り上げられた剣が月の光を反射した。
 セシルの身体は震え、動けなかった。

 ――終わりを感じた。
 逃れられない恐怖がセシルを包み込む。

 セシルは瞳を固く閉じた。

 ごめんなさい。アルベリク様。
 私はまた、クリスとの運命から逃れられなかった。
 まだ十五歳の誕生日じゃないのに。 
 クリスは私に、いつでも死を与えられたのだ。

 ――間も無く、空を裂く剣の音が聞こえた。

 それから、甘い薔薇の香り。
 いつもセシルを守ってくれる、彼の匂いがした。

「アル……ベリク様?」

 セシルが瞳を開けた瞬間、生温い液体がセシルの手足に降り注いだ。そして地面に倒れ込むアルベリクの姿が、ゆっくりと見えた。

「あ、アルベリク様……いや。いやぁぁぁぁぁぁああああ!?」

 芝生に広がるアルベリクの血。斬られた腹部から心臓の鼓動に合わせて血が溢れだしていた。

「セ、シ……ぐはぁっ」

 クリスはアルベリクの傷口をブーツで踏みにじると、もう一度剣を構えた。

「邪魔だな。僕の国の民の癖に。僕に逆らうなんて、使えない駒だな……。セシル。君もアルベリクと同じだよ。泣かなくていい。君も――すぐに死ぬんだから」

 クリスは横たわるアルベリクの胸の上で泣きじゃくるセシルの背中に剣を突き立てた。

「ぁっ……ぁぁ」

 引き抜くと庭に剣を捨て、血塗られた自身の手を見ると、天を仰いで高らかに嗤った。

「さて。リリアーヌのところに僕は行くよ。彼女は僕の全てを受け入れてくれるって言っていたからね。――さよなら、セシル」

 クリスはフラフラと東館を目指して歩いていった。

 セシルは、薄れ行く意識をなんとか引き止め、アルベリクの傷に手を当てた。

「アルベリク……様っ」

 アルベリクの傷口に暖かい光が差した。月明かりとも違うそれは優しく柔らかくアルベリクを包み込んだ。



 メアリとレクトが駆けつけた時、アルベリクは白い光に包まれていた。

「アル様っ」
「な、何だよこれ」

 メアリは解毒薬をアルベリクに飲ませた後、アルベリクを寝室に運ぶためにレクトを呼びに行っていた。
 しかし、その間にアルベリクがいなくなり、レクトと二人で探していたのだ。クリスの笑い声が聞こえ庭に出たところ、アルベリクをようやく発見した。

「レクト。書斎の古い木箱を持ってきて」
「古い……へ?」
「古い木箱よ。早く!!」
「は、はい。婆様」

 レクトはメアリに怒鳴られ屋敷へと戻った。
 メアリが怒鳴るなんて初めてだった。

 白い光が収まると、アルベリクは瞳を開けて体を起こした。

 そして、芝生に横たわるセシルを抱き上げ、必死で傷口を抑えたが、血は止まらなかった。

「セシル。セシルっ。早く自分の怪我も治せっ。俺のなんていいから。なぁ、セシル。セシル!?」

 セシルは体を揺さぶられ、瞳をゆっくりと開いた。

 アルベリクの顔が見えた。涙で歪んでよく見えないけれど、見慣れた顔だからすぐに分かる。

 肌に触れた感触でアルベリクだと分かるんだ。
 アルベリクの手も体も全て、温かい。

 さっきはアルベリクの体が、どんどん冷たくなっていくように感じたから、すごく怖かった。

 しかし、アルベリクが何か話しているけれど、セシルにはそれが聞こえなかった。

 どうしてか分からないけど、何も聞こえない。
 伝えたいことがたくさんあるのに。

「アル……ベリク様」
「喋らなくていいから。早く、お前の体を……」

 セシルはアルベリクの頬に手を伸ばした。
 冷たい手が頬を包む。

「私……アルベリク様がいい。……ずっと一緒に……いたいの。でも、どう……してかな。もう。アルベリク様の……声が聞こえないの」
「せ、セシル?」

 アルベリクの涙がセシルの頬にこぼれ落ちた。

「泣かないで……。もしも、戻れるなら……。また井戸から私を救い出して……。私を迎えに来て」

 アルベリクが全て忘れてしまっても、私は覚えている。

 もしもまた戻ることが出来たなら、またアルベリクのメイドになって、ずっと側にいたい。

 もう同じ過ちはしない。
 そうだ、今度はちゃんと剣の訓練も受けて、アルベリクの隣で戦えたらいいかな。

 どうしたら、ずっと一緒にいられる?
 また私を好きになってくれる?

「セシル。もう喋らないで……」

 アルベリクはセシルを抱きしめた。

 アルベリクの心音が聞こえる。
 アルベリクは生きている。

 もし私がここで終わってしまっても、これは今までで一番幸せな終わり方かもしれない。

 アルベリクは生きているのだから。
 私は――。

「私は……アルベリク様を――愛しています」

 セシルの手が、力無く地面に落ちた。

 アルベリクの隣でメアリも崩れ落ちる。
 駆けつけたレクトも訳が分からず立ち尽くした。


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