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最終章 それぞれの道
009 選ばれし者
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アリスが呪文を唱えると、黒い水晶から真っ黒な泥のようなものが溢れだし周囲へ飛散しリックへと飛び込んでいく。
「ヒスイっ」
「大丈夫です」
「でも、ネックレスも無いのよ」
「……無くていいんですよ」
「え?」
ヒスイの微笑を目に捉えると、クレスはアリスに視線を伸ばした。
アリスは微笑んでいた。
しかしその笑顔は徐々に凍りついていく。
「ど、どうして……」
リックに向けられた呪いが暴走を始めた。
泥のような塊が右へ左へと彷徨い行き場を求めのたうち回る。
それは急に動きを止めると、術者であるアリスへ襲いかかった。伸ばしたクレスの剣を掠め、アリスは為す術もなく黒い泥に覆われ、そして石化した。
「あ、アリス。アリス!?」
ヒスイはリックの隣にルーシャを降ろすと、石化したアリスの隣で咽び泣くクレスの腕を後ろ手に縛り上げた。クレスは抵抗することなくアリスへ涙を溢し続けた。
「リック。どういうこと!? だ、大丈夫?」
「だ、駄目……かも」
リックの顔はアリスに踏まれて腫れ上がり、身体はまだ毒が残っているのか動けないでいた。
ルーシャはその頬に触れ癒しの呪文を唱えた。
子どもの頃は使えていた魔法を。
「いってぇ……。あれ? 痛くない。ルーシャ。お前魔法使えたのか?」
「そうみたい。ねぇ。それよりどうして? 呪いは? アリスさんは……」
ルーシャが尋ねた瞬間、隣で突っ伏していたコハクがガバッと起き上がった。
「だぁぁぁぁぁぁ!? ザクロ、てめぇ。ぶっ飛ばしてやる!?」
「やめてくださいっ。ザクロさんは何も悪くありません。私が騙したんです。何も悪くありません。アリスのことも、私がいけないのです。私が弱いばかりに……」
コハクが叫びながら立ち上がり四方を見回しザクロを探すと、クレスが地面に伏せたまま叫んだ。
ヒスイはクレスを見下ろし、アリスへ視線を向けた。
「クレスさん。ザクロは兎も角、アリスさんを許すことは出来ません。僕はアリスさんはこのまま石にして置いた方がいいと思います」
「はぁ!? 俺はぶっ壊すに一票!」
「そ、それはダメよ。ねえ。リック、どうしてアリスさんが石になってしまったの!?」
「アリス自身に呪いが弾き返されたからだよ。理由は気が向いた時にでも。──それより、アリスはどうする? オレはもう一度誓約を結ばせるべきだと思う。ルーシャは?」
「私は……」
石になったアリス。ルーシャはアリスのことをほとんど何も知らない。それなのに、アリスの処遇をどうするかなんて決められない。
「その前に、守護竜の儀式を終えましょう。竜玉が光を失いかけています」
「大変だわ」
ルーシャが地面に落ちていた竜玉を拾い上げた。
竜玉は仄かに光を放ち、新たな器を求めていた。
コハクに踏まれ、ザクロも意識を取り戻し、次の守護竜候補が揃った。泣きながら何度も皆に謝罪するザクロにコハクはぶっきらぼうに尋ねた。
「ザクロ。お前だったらどうすんだよ。このアリスって奴のこと」
「ザクロは、……アリスを許すよ。彼女はこんな力を持ってしまったから壊れちゃったんだ。可哀想な人だ」
「はぁ!? 駄目だこいつ。もういい。お前がさっさと決めろ」
「ルーシャ。選んでください。次の守護竜を。皆バラバラですから、その守護竜の意思に沿ってアリスのことを決めましょう。それなら誰も文句はない筈です」
三人は並んでルーシャの前に立った。
ザクロはグズグズと泣いたまま、コハクはそんなザクロを睨んでて、ヒスイは心配そうに竜玉を見つめている。
みんなバラバラで、こんな雰囲気の中、儀式が進むとは思っていなかったけれど、ルーシャの心は決まっていた。
ルーシャはヒスイの前へと歩み寄った。
「ヒスイ。覚えてる? ヒスイが守護竜に花嫁に選ばれたら、ずっと私のことを守ってくれるって言ってたわよね」
「……はい。覚えていますよ」
「あの頃と気持ちは変わらない?」
「はい。変わりませんよ」
「私も変わらない。でも、今の私として、もう一度言うね。──私をヒスイの花嫁にして下さい。守護竜の花嫁なんて受け入れないで。みんなの守護竜になんかならないで。私だけを守ってください!」
ヒスイは目を丸くして耳まで真っ赤にした。子供の頃の記憶と全く同じ反応に、ルーシャは自然と笑みを溢す。
「はい。勿論ですよ。守護竜の花嫁がどんな人であっても、僕はお断りします。ルーシャが僕を選んでくれるなら」
一言一句違えることなく、ヒスイは無かりの記憶と同じ言葉を返してくれた。あの頃はただの子供のおままごとだったかもしれないけれど、これは違う。
隣で黙って聞いていたコハクが、二人の会話に首を捻る。
「ん? おい。ただの告白かよ!?」
「そうよ。守護竜の花嫁がヒスイを選ばないように先に私が告白するの。これはルーシャ=アーネストの告白。──それで、守護竜の花嫁として、選ぶのはね……」
ルーシャはコハクの前で足を止めた。コハクは背中をピンと伸ばし眉間にシワを寄せてルーシャと向き合う。
「お、俺?」
「ううん。コハクは乱暴者だから、力を持ちすぎない方がいいと思うの。でも、コハクはいつも一番に周りの異変に気づくわよね。竜谷を、そしてこの国を守る為に、これからもよろしくね」
隣で笑い出したヒスイを睨むコハクを背に、ルーシャは、涙を忘れ目を丸くして呆けるザクロの前に立ち、竜玉を差し出した。
「次なる守護竜はザクロ、貴方が一番相応しい。どうかこの力を持って沢山の人を守り、救ってください。きっと、心通わす力があるザクロなら出来ると思います」
「あ、ありがとう。──ザクロ、君の心に応えられるよう一所懸命やってみるよ!」
ザクロは竜玉を受け取ると、その姿を紅い巨大なドラゴンへと変容させ、池の水を散らし空へと飛翔した。
「きゃあっ。冷たいっ」
ルーシャが声を上げるとヒスイがルーシャにローブをかけてくれた。空には虹がかかり、二人は天高く舞い上がったザクロを見上げて微笑んだ。
その時、後ろでクレスが歓喜の声を上げた。
「あ、アリス!?」
アリスの石化がみるみると解けていく。
ザクロがアリスの呪いを解いたのだ。
「ヒスイっ」
「大丈夫です」
「でも、ネックレスも無いのよ」
「……無くていいんですよ」
「え?」
ヒスイの微笑を目に捉えると、クレスはアリスに視線を伸ばした。
アリスは微笑んでいた。
しかしその笑顔は徐々に凍りついていく。
「ど、どうして……」
リックに向けられた呪いが暴走を始めた。
泥のような塊が右へ左へと彷徨い行き場を求めのたうち回る。
それは急に動きを止めると、術者であるアリスへ襲いかかった。伸ばしたクレスの剣を掠め、アリスは為す術もなく黒い泥に覆われ、そして石化した。
「あ、アリス。アリス!?」
ヒスイはリックの隣にルーシャを降ろすと、石化したアリスの隣で咽び泣くクレスの腕を後ろ手に縛り上げた。クレスは抵抗することなくアリスへ涙を溢し続けた。
「リック。どういうこと!? だ、大丈夫?」
「だ、駄目……かも」
リックの顔はアリスに踏まれて腫れ上がり、身体はまだ毒が残っているのか動けないでいた。
ルーシャはその頬に触れ癒しの呪文を唱えた。
子どもの頃は使えていた魔法を。
「いってぇ……。あれ? 痛くない。ルーシャ。お前魔法使えたのか?」
「そうみたい。ねぇ。それよりどうして? 呪いは? アリスさんは……」
ルーシャが尋ねた瞬間、隣で突っ伏していたコハクがガバッと起き上がった。
「だぁぁぁぁぁぁ!? ザクロ、てめぇ。ぶっ飛ばしてやる!?」
「やめてくださいっ。ザクロさんは何も悪くありません。私が騙したんです。何も悪くありません。アリスのことも、私がいけないのです。私が弱いばかりに……」
コハクが叫びながら立ち上がり四方を見回しザクロを探すと、クレスが地面に伏せたまま叫んだ。
ヒスイはクレスを見下ろし、アリスへ視線を向けた。
「クレスさん。ザクロは兎も角、アリスさんを許すことは出来ません。僕はアリスさんはこのまま石にして置いた方がいいと思います」
「はぁ!? 俺はぶっ壊すに一票!」
「そ、それはダメよ。ねえ。リック、どうしてアリスさんが石になってしまったの!?」
「アリス自身に呪いが弾き返されたからだよ。理由は気が向いた時にでも。──それより、アリスはどうする? オレはもう一度誓約を結ばせるべきだと思う。ルーシャは?」
「私は……」
石になったアリス。ルーシャはアリスのことをほとんど何も知らない。それなのに、アリスの処遇をどうするかなんて決められない。
「その前に、守護竜の儀式を終えましょう。竜玉が光を失いかけています」
「大変だわ」
ルーシャが地面に落ちていた竜玉を拾い上げた。
竜玉は仄かに光を放ち、新たな器を求めていた。
コハクに踏まれ、ザクロも意識を取り戻し、次の守護竜候補が揃った。泣きながら何度も皆に謝罪するザクロにコハクはぶっきらぼうに尋ねた。
「ザクロ。お前だったらどうすんだよ。このアリスって奴のこと」
「ザクロは、……アリスを許すよ。彼女はこんな力を持ってしまったから壊れちゃったんだ。可哀想な人だ」
「はぁ!? 駄目だこいつ。もういい。お前がさっさと決めろ」
「ルーシャ。選んでください。次の守護竜を。皆バラバラですから、その守護竜の意思に沿ってアリスのことを決めましょう。それなら誰も文句はない筈です」
三人は並んでルーシャの前に立った。
ザクロはグズグズと泣いたまま、コハクはそんなザクロを睨んでて、ヒスイは心配そうに竜玉を見つめている。
みんなバラバラで、こんな雰囲気の中、儀式が進むとは思っていなかったけれど、ルーシャの心は決まっていた。
ルーシャはヒスイの前へと歩み寄った。
「ヒスイ。覚えてる? ヒスイが守護竜に花嫁に選ばれたら、ずっと私のことを守ってくれるって言ってたわよね」
「……はい。覚えていますよ」
「あの頃と気持ちは変わらない?」
「はい。変わりませんよ」
「私も変わらない。でも、今の私として、もう一度言うね。──私をヒスイの花嫁にして下さい。守護竜の花嫁なんて受け入れないで。みんなの守護竜になんかならないで。私だけを守ってください!」
ヒスイは目を丸くして耳まで真っ赤にした。子供の頃の記憶と全く同じ反応に、ルーシャは自然と笑みを溢す。
「はい。勿論ですよ。守護竜の花嫁がどんな人であっても、僕はお断りします。ルーシャが僕を選んでくれるなら」
一言一句違えることなく、ヒスイは無かりの記憶と同じ言葉を返してくれた。あの頃はただの子供のおままごとだったかもしれないけれど、これは違う。
隣で黙って聞いていたコハクが、二人の会話に首を捻る。
「ん? おい。ただの告白かよ!?」
「そうよ。守護竜の花嫁がヒスイを選ばないように先に私が告白するの。これはルーシャ=アーネストの告白。──それで、守護竜の花嫁として、選ぶのはね……」
ルーシャはコハクの前で足を止めた。コハクは背中をピンと伸ばし眉間にシワを寄せてルーシャと向き合う。
「お、俺?」
「ううん。コハクは乱暴者だから、力を持ちすぎない方がいいと思うの。でも、コハクはいつも一番に周りの異変に気づくわよね。竜谷を、そしてこの国を守る為に、これからもよろしくね」
隣で笑い出したヒスイを睨むコハクを背に、ルーシャは、涙を忘れ目を丸くして呆けるザクロの前に立ち、竜玉を差し出した。
「次なる守護竜はザクロ、貴方が一番相応しい。どうかこの力を持って沢山の人を守り、救ってください。きっと、心通わす力があるザクロなら出来ると思います」
「あ、ありがとう。──ザクロ、君の心に応えられるよう一所懸命やってみるよ!」
ザクロは竜玉を受け取ると、その姿を紅い巨大なドラゴンへと変容させ、池の水を散らし空へと飛翔した。
「きゃあっ。冷たいっ」
ルーシャが声を上げるとヒスイがルーシャにローブをかけてくれた。空には虹がかかり、二人は天高く舞い上がったザクロを見上げて微笑んだ。
その時、後ろでクレスが歓喜の声を上げた。
「あ、アリス!?」
アリスの石化がみるみると解けていく。
ザクロがアリスの呪いを解いたのだ。
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