友達の妹が、入浴してる。

つきのはい

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 美咲の部屋は、もうすでに電気が消されていた。
 ただ決して、真っ暗というわけではなかった。

 窓際に寄せてあるベッド。その枕元。
 そこに、木製のスタンドランプが置かれてあって。

 オレンジ色のその明かりが、部屋をほどよい薄暗さに仕上げてくれていた。

「……あれ? リビングの方、電気消さなくていいんだ」

「あ、そ、そうだよな。消さないとな⁉」

「ふふっ……。夏弥さん、慌てすぎじゃない……?」

 ベッドの上で横になっている美咲は、余裕そうな態度を取り繕ってほくそ笑む。

「……まぁ、リビングの電気消してくる」

 そう言い置いて、夏弥は一度リビングへと戻っていった。
 彼は気が付いてなかったかもしれないが、美咲も余裕なんてなかった。

 それでも、夏弥があたふたしていたおかげで、どこかほっとしていたのかもしれない。

 夏弥がリビングの電気を消して戻ってくると、ベッドの上の美咲は窓の方に顔を向けていた。

 夏場のベッド。
 身体にかけているのはタオルケット一枚だけ。

 薄暗い中、彼女だけが先に横になっている状況だった。

(なんか……美咲の部屋ってそういえばこんな感じだったっけ?)

 美咲がこちらに背を向けているのをいいことに、夏弥はちょっとだけ部屋を見渡す。

 薄暗いけれど、よく見える。
 以前に一度か二度、この部屋には入ったことがあった。

 茶色いラグが敷かれたフローリングの部屋。そのラグの上にテーブルが置かれてあって、あまりその他のものでごちゃついたりはしていなかった。

 すかっと整頓された学習机。
 適度に本の並べられたカラーボックス。ハンガーラックと衣装ケース。

 今も変わらないんだ。
 と、そういった感想が、ふわっと頭に浮かんでくる。

 その時だった。

「……夏弥さん、寝ないの……?」

「っ!」

 顔を窓のほうに向けたまま、ベッドの上の美咲が話し掛けてくる。
 いつまでもやってこない夏弥に、ちょっとじれったさを覚えたのかもしれない。

「お、お邪魔します……」

「あははっ。なにそれ。……い、いいけどさ」

 美咲が普段使っているベッド。
 クリーム色の柔和な印象を受けるそのベッドに、夏弥も身体を横たえていく。

 ――きしむ。

 二人乗ることを想定していないためか、ちょっとだけベッドがきしをあげた。

「ていうか美咲も、最近はタオルケットだけなのか」

「うん。まぁ、夏だしね」

「……」

 美咲の使っていたベッドは、リビングに置いてある洋平のベッドと違い、しっかり一人用である。ただそれほど狭苦しいというわけでもないのが、このベッドの救いだったかもしれない。

「……ていうか、今日疲れたな。足が痛い」

「うん」

「……」

 会話が途切れる。

 薄暗い美咲の部屋で、並んで横になる夏弥と美咲。

 沈黙のせいか、夏弥はこの時、時間がゆっくり流れているような気がした。

(……美咲の匂いがする。夜が静かだから、息を吸う音とかも、なんだか生々しいっていうか……音が粒立って聞こえるっていうか……)

 あらゆる情報が際立っている。
 夏弥がそんなことを考えていた、その時、美咲の方から沈黙が破られる。

「夏弥さん」

「ん?」

「夏弥さんて、女の子と……そ、そういうの、シタことあるの?」

「……いや。…………無い」

「やっぱりそうなんだ」

「美咲は?」

「っ! ……あ、たしも…………無い」

「……まぁ、それはお互いにわかってたことだよな」

「うん。……でもさ。でも、あたしは夏弥さんとシ「美咲」

 夏弥のセリフが遮ってくる。

 美咲が恥ずかしさを堪えて、ようやくそこまで言い掛けていた。のに。

 背を向けたままの美咲に、夏弥はさらに言葉を続ける。

「なんで、そんなに焦ってるんだ?」

「……え?」

 遮ってこられたことにも美咲は驚いたけれど、夏弥が口にしたその質問自体にも、彼女は驚きを隠せなかった。

 ふっと顔を振り向かせ、横目で夏弥を見る。

「焦ってる……って、あたしが?」

「ああ。……だってそうだろ。まだ気持ちをちょっと確認したくらいで。そ、その……するとか……。今までの美咲からしたら、なんかこう……急いでるっていうか。……んのかなって感じだし」

「……」

 美咲は、夏弥の言葉に後ろめたさをどんどん感じていく。

 確かにその通りだった。

 まだ誰ともセクシャルな関わりを持ったこともない女の子が、いきなり階段を何段もすっ飛ばすような行動を起こしている。あまりに不自然だ。

 美咲がそういう女子じゃないことは、夏弥もよく理解していることだった。

「…………もう……これ、話すのはやめておこうって思ってたけど……」

「……?」

 そう言いながら、背を向けていた美咲は、ゆっくりとこちらに向き直る。
 オレンジ色の明かりの中に、彼女の顔が見えてくる。

 やっぱりその顔はとても整っていて、どこを探してもそうはいない美少女だと、改めて夏弥は思った。

「でも、夏弥さんなら…………大丈夫かもしれないって思うから……」

 ベッドの上で、二人は向き合っていた。
 顔こそ向き合わせていたのだけれど、美咲は少し伏し目がちだった。

 その美咲の様子から、夏弥はできるだけ優しく、丁寧に話を聞こう。心掛けよう。と思った。

「何の話……?」

「うん。結論から言うけど……。ま、前に……洋平が彼女さんとシテるところ、ドア越しに聞いちゃって……。声とか……そういうの、すごく響いてきてさ……。それからアイツのこと、汚いって思うようになっちゃって……」

「……そっか。洋平と一緒に住んでたら……確かに出くわしそうな場面だな」

「うん。……それでさ、前に言ったことがあって」

「言ったって……もしかして」

「そう。『あたしも一緒に暮らしてるんだから、そういうのやめてよ』って。そしたらアイツ、なんて言ったと思う……?」

「なんて……言ったんだ?」

 夏弥の問いに、美咲は深く息を吸ってから答えた。

「『後からここに来たのはお前だろ。なんで俺が我慢しなきゃいけないんだ』って……」

「……」

 夏弥は向かい合う美咲を前にして、そのまま黙り込んでいた。
 どう応えるべきなのか、少しだけわからなくなる。

 確かに洋平の言う通りなのかもしれない。

 元々、この201号室は洋平が一人で使っていて、ごく当たり前のように付き合っている女の子を連れてきていたのだろう。

 そこに、美咲が後からやってきた。

 洋平の主張する気持ちも、一理あるのかもしれない。と。

「……そんな風に言わなくたっていいじゃん。あのバカ」

「ちょっと……もうちょっと、洋平は言葉を選んでもいいかもね」

「でしょ? ……だからそれからは、男子なんてみんなアイツみたいに自分勝手なんだって思ってた。付き合う女の子なんて誰でもいいし、そういう行為を妨害されたり、邪魔されたりしたら、みんな自分勝手なこと言うようになるんだって」

 洋平と美咲がいがみ合う原因は、その棲み分けの難しさにあるのかもしれない。

 そして美咲が今の今まで黙っていたのは、夏弥の気持ちを考慮していたからだ。

 きっと、親友である洋平のそんな一面を、夏弥には教えたくなかったのかもしれない。

 その思いやりは、しっかりと夏弥にも伝わっていて――。

「でも……さ」

「……」

「今日、あたしはそれがわからなくなっちゃって……」

「わからなくなった……?」

「夏弥さんがあの時……あたしを探しにきてくれた時……。思っちゃったから……」

「思っちゃった……」

「うん……。あたしは、この人となら…………エッ〇なこと……したいかもって」

 ベッドで向き合う二人。夏弥と美咲の目線がぴったりと合う。

 美咲の目は、いつもなら澄んでいてクールな印象を受けるのだけれど、この時ばかりは熱を帯びているみたいに、少々ふにゅっと緩んでいた。

 こういう表情の美咲を見るのは、幼馴染の夏弥でも初めてのことで。

 完全に恋にとろけた、女の子の顔だった。

「でも、俺……なんかでいいのか……?」

 思わず、夏弥の心の声がそのまま漏れ出る。

 美咲の表情や、この密接に近い距離、シチュエーションは、とても刺激に満ちている。

 それでも夏弥は、まだちょっとだけ自分を卑下してしまう気持ちがあった。

 ただ、以前のように「妹みたいなもんだから無理だ」なんて考えはほとんどなかった。

 美咲を一人の女の子として。魅力的な女の子として見ていて。

「ずっと疑問だったんだ。……俺よりもカッコイイ奴はたくさんいる。洋平みたいなイケメン君だっているし、面白い奴も、頼りがいがある奴も、優しい奴も。あの高校の中ですら、そんな、俺よりハイスペックな奴らが超いるんだ。……そういう人達を差し置いてまで、俺を選ぶ意味なんて……ないんじゃないか」

 夏弥は感じていたことを打ち明けていった。

 綺麗にまとめあげられた言い方なんてできなくても、こうして打ち明けるべきだと察していた。

「…………夏弥さんしか……いないよ」

 夏弥の卑屈なまでのその主張に、美咲は落ち着いて応えてあげる。

「……」

「あたしのこと、なりふり構わないで助けてくれたり、本当に味方になってくれるのは、夏弥さんしかいないから。……ねぇ」

「……何?」

「無条件で味方になってくれるって……。そう言ってたじゃん」

「お、おい……それってまた」

 夏弥の中でいやらしい予感が立つより先に、美咲はそのセリフを口にする。

「……あたし、夏弥さんとシテみたいから。その……脱がせてほしいっていうか……」

「~っ!」

 顔がさらに熱くなる。
 これほど強烈な誘惑の言葉は他になくて。

 美咲の味方をするのなら、彼女の望んでいる通りにしてあげるべき、である。

「ほら。一回起きるから……夏弥さんも起きて」

 そう言って、美咲はゆっくりと上体を起こした。

 ベッドの上で人魚座りをする形になった美咲に合わせ、夏弥も身体を起こす。

 オレンジ色の明かりに浮かぶ美咲の脚。
 太ももからその先は、ため息が出るくらい色っぽい。

「わかったけど…………俺だって、初めてだからな」

「……」

 美咲は夏弥のその少ない言葉に、ゆっくりと頷いてみせた。

 恥じらうその顔が可憐すぎて、夏弥は自分の胸から、きゅうきゅうとおかしな音が出るんじゃないかと思った。

 美咲の着ていたTシャツの、その裾をつかむ。
 ほんの少しだけ、湿っている気がする。
 汗をかいてたのかもしれない。

 Tシャツ越しにも伝わる美咲の体温は暖かくて、それだけで、もっともっと、ドキドキしてしまう。

 シャツを上にズラしていくと、――――下着姿の美咲がついに露わになった。

 可愛い桜色のブラジャーに包まれていた美咲のおっぱいは、彼が思っていたよりもやや大きい。

、は……自分でする……から」

 脱がされた美咲は、目も合わせられないくらい顔を赤らめていて。
 恥じらいに絡まったその言葉を、プツプツと途切れさせながら話していた。

「……わかった」

 夏弥がそう応えてあげると、美咲は穿いていた紺のホットパンツを脱いでいく。

 こちらも上のブラと同じく、桜色の可愛らしいパンティが露わになる。

(……これは美咲の味方をしているから、だけじゃないよな。俺自身だって、美咲とこういうこと、してみたいって思ってた。……いくつもごまかすフィルターをかけて、触れちゃいけないような気がしていたその本心をずっと隠してたんじゃないか)

 下着で隠されている所だけを残し、美咲の肌はほとんどさらけ出されていた。

「夏弥さんも……脱いでよ。アンフェアじゃん」

「……だよな。……フェアじゃなかった」

 美咲の前でシャツを脱ぐ。

 思えば、夏弥は人前でそう滅多に肌をさらしたことがなかった。

 あっても、同性の男子の前。
 体操着に着替えたりだとか、そういう限られた時ばかりだった。

 異性の前でなんて。そんな機会はずっと来ないと思っていた。

「…………」

 沈黙のなかで、衣類のこすれる音だけが小さく聞こえていた。

「ていうか、思ったけど……こういうのって……キ、キスが先……?」と、美咲が思い出したかのように言う。

「あ、言われてみれば……確かにそうかも。いや、じゅ、順番とかそもそもあるのか……?」


「あるんじゃない? わかんないけど。……じゃ、じゃあ…………はい」

 そう言って、美咲は目をつぶって唇を差し出す。

「~っ!」

 それは、夏弥さんからキスしてよ。と、そう暗に示す仕草だった。
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