星宮お嬢様は普通の人が欲しい

短編想定だったところ

負けそうになった時

　早朝、インターホンが鳴ったので玄関を開けると黒服たちが立っていた。

「えっ？　何この人達！」

「おはようございます。実様」

　その声はとても聞き覚えのあるものだった。というか、先日聞いたような音だった。

「ご無沙汰しております。わたくしと結婚してくださいまし」

　住所とか教えてないはずなのに、どうしてここにいるのだろう。星宮柚珠奈。職権濫用したんだろうなと粗方予想はできるが。

「昨日会ったばかりの人にご無沙汰じゃない気が……」

『ご無沙汰』は、長い間連絡を取っていない状況を指し、ビジネスシーンなどで相手への挨拶や謝罪の言葉として使われる言葉だ。少なくとも、一ヶ月は間を空けて使うべき言語だろう。

「今日はわたくしに付き合ってもらいたいなって思いで馳せ参じましたわ」

　付き合ってもらいたいという言葉からすでに不穏である。お嬢様だから、札束ビンタとか、親を脅して婚約とかするのだろうか？

「ゲームをして、親睦を深め合いたいなと思いまして」

「えっ？　札束で殴るとか、権力で圧をかけるとかしないの？」

「は……？　なんですかその悪徳令嬢みたいなやり口は！　しませんよ、将来のお婿さんに！」

　星宮柚珠奈は変なところで常識的である。

　彼女が提示してきたゲームは二文字しりとり。二文字しりとりは、その名の通り二文字の単語のみで行うしりとりゲームである。ルールは通常のしりとりと同じで、『ん』がついたら負けというものだ。

「もしかして、勝った方が負けた方になんでも命令することができるという、そんな魂胆？」

「違いますわ。それじゃ脅しになってしまうではありませんか。わたくしは正々堂々、実様を好きになってもらいたいのです」

「お嬢様なのに、常識人だ……」



　　　　　　　　　◇


「家」

「エイ」

「石」

「私意」

「い……糸」

「問い」

「いっ、犬」

「ぬか。むう、『い』攻撃から脱しましたか。なかなかやりますね。この分野も普通に強いですか」

「褒められてるきがしない。貝」

「イカ」

「過去」

「恋！」

「『い』が戻ってきた。どうしよう、二文字じゃ、単語が限られる……」

　ダメだ、単語が思いつかない。すごく、負けそうだ。

　負けそうになった時に『グー』っていくのはほんとうに全部、今までのジャンケン、将棋、あっち向いてホイ、僕はヤケクソで突撃するタイプなのである。追い詰められた時は。

　それまでは慎重なのに、『なら今までの慎重なんなん？』人狼ゲームでもよくやる。ダウトというカードゲームでもよくやる。最初ずっと慎重なのに。一回追い込まれたら『ギャー』となって負ける。

　そればっかりだ。

　でも、もうこの性格は今更変えられない。

「池！」

「軽」

「い……韻」

　僕は情けなく負けた。もはや韻しか思いつかなかったのだ。全ての『い』を出し尽くされて負けた、完敗である。さながら詰将棋だった。