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お前の仕事はお前のもの、俺の仕事も実はお前のもの 7

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「――以上、これらの業務を元の担当ギルドに返すことを提案致します」

ざわざわ。

「静粛に!カイリキ君、随分多くの仕事を返上するとのことだが、その真意は何かな」

中央ギルド。この大日本帝国の政治中枢であり、全てのギルドを統括する組織である。中央ギルドは、いわゆる上級国民がその任を勤めているのが通例であり、一般市民が中央ギルドに配属されることはない。したがって、この大日本帝国では一般市民から上級国民に成り上がるのが難しく、ほぼカーストが決まっている現状がある。
さて、その中央ギルドに、本日各ギルドマスターが招集されていた。行政改革ギルドの長であるカイリキも多分に漏れず出席しているのだが、先の行政改革ギルド内における提案により、複数の業務を元々担当していた部署に返そうという旨を今回の議題に上げ、結果的に吊し上げを食らっている最中である。
しかし、今日はいつものカイリキではない。『秘蔵!誰でも言い負かせるギルドの秘密!』なる資料をザザが用意してくれた。早速コイツを使ってギャフンと言わせてやろう。

「真意という程のことはありません。我がギルドは、現在他部署に比べて極めて多くの時間外労働をしております。そこで、この問題を解決すべく現状の業務の見直しを行った結果、本来当ギルドが担当すべきでない案件が出てきたため、業務負担軽減の観点から他のギルドもとい元々の担当ギルドへの業務返還を希望したい、という話でございます。
 当然お聞き下さいますよね!!?!?」
「ひぃ!」

威圧。それは筋骨隆々の者が使える秘術である。
学生時代、素行不良の学友にメンチを切られ恐ろしい思いをしたザザだが、身長2mを超えるムキムキの巨躯から放たれる威圧はその比ではなかった。ザザは、これを利用しない手はないと筋肉流交渉術を伝授。早速中央ギルド長への絶大な効果を発揮している。
さて好機だ、押していこう。

「我が行政改革ギルドは、毎日深夜の12時近く、あるいはそれを超えても業務が終わらず、連日労働組合との協定いっぱいまで仕事をしております。それは先の説明の通り、本来担当する必要のない業務を実施しているからに他なりません。
 建築ギルド長!!!」
「はいいいいい!!!!」

矛先(筋肉)が建築ギルド長に向く。

「当月の建築ギルド内の平均時間外労働時間は何時間でしょうか」
「じゅ、いや、よ、40時間程度ですな」
「いえ!!!うちのギルド員が調べたところによれば、月10時間程度とのこと!!!!」
「ひいいいいいいいい!!!!!」
「であれば、業務分散の観点から『水道設備の改良工事』は貴殿の建築ギルドにお願いしたい。当ギルドの月の時間外労働時間は、平均でおよそ100時間近いので」
「し、しかし、それはカイリキ殿のギルド員の怠慢ではないかね!うちの部署は忙しくても必死に仕事をして、時間外を抑えているのだよ!」
「であれば尚のこと!このままではうちのギルドは立ち行かなくなってしまう。是非とも優秀な貴殿のギルドの力を貸してほしい。この通りです」

と、カイリキは巨躯をくの字に折り曲げてピシッと頭を下げる。同時に、あれほどまでに息苦しかった威圧感が霧散した。後には、申し訳なさそうに首を垂れ、こちらの顔色を弱気に伺うカイリキの姿。筋肉だるまの異名を持つ彼が、こう小さくなるなんて……。

「か、カイリキ殿、頭を上げて下さい!」
「では変わっていただけますね」
「え?」
「――そうですか、非常に……残念です、ね……。ギルドのメンバーになんと詫びれば……」
「いやああああ!そういえば建築ギルドは今月ちょっと暇になるんだった!!!うん、その仕事うちに戻してもらって構わないよ!!!」
「ばりがどうございばずっ!!!!」

ジャイアン効果。
ではないが、不良がいきなり優しい面を見せるとコロッといくやつ。それ。

「商人ギルド長、貴方にもお願い申し上げる!!!!」
「え?」

状況がコロコロと変わり、かと思えばいきなり話題を振られて困惑する商人ギルド長。

「装備品の取引監査業務、是非とも変わっていただきたい。負担になっているのです」
「だ、だけどウチでもそんな暇はなくて」
「では、この業務は今日から廃止します」
「え?」
「行政改革ギルドでは業務負担が重すぎてできない、商人ギルドでもできない、ならば業務自体をやめるほかありません。残念です。これで盗品の流通は増えてしまい、結果的に商人ギルドの負担が増えることになるでしょうが、ギルド員の雇用を考えれば仕方ない」
「い、いや、今すぐ私に仕事を振られても」
「引継書類、業務マニュアルは完成しております!!!この書類の通りにやっていただければ、本日直ちに業務を行っても業務を完遂できるでしょう!!!!」
「え?」
「では問題ないということで、商人ギルド長よろしくお願い申し上げます」
「あ、はい」



「――ということがあったんだ」

行政改革ギルド、その執務室内。カイリキは中央ギルドでの顛末を語っていた。
その他多くの業務を他のギルドに丸投げし(そもそも他のギルドの仕事だったが)、ようやく行政改革ギルド本来の業務に集中して取り組むことができるようになったと言えるだろう。

「これが業務棚卸です。“業務の見える化“は凄いでしょう。カイリキさんも、部下がどんな仕事にどの程度パワーをかけて取り組んでいるのか、100%完全には把握されていなかったのではないですか?」
「そうだね、まさか皆がこんなに業務をやってくれていたなんて」
「逆に、カイリキさんの出張業務が多い理由も皆さん分かったと思います。他部門の立会監査なんてやってたら、いつまでたっても会社に戻ってこれないですよ。そりゃあ承認待ちで書類が詰まってたわけです」

ザザの後ろでマカオとお嬢がうんうんと首を縦に振っている。

「そうか……2人にはこれまでずっと迷惑をかけてきたんだね、すまない。お詫びといってはなんだが、今日はみんなで飲みに行こう!!!!俺のおごりだ!!!!!」
「あ、私は今回やめておきますわ。家族とディナーなんですの」
「アタシも彼氏とデートが」
「俺は帰ってボードゲームを」
「何ィ!!?飲みニュケーションで親睦を深めるのが社会人のマナーだぞ!!!」
「それパワハラですね。2回目ですよ」
「おげえええええええええ!!!!!」

カイリキの意識改革は始まったばかりである。
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