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マナー講師のマナー、ほとんどマイルール説 3

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「それでは、会社の中でのマナーについて勉強していきましょう。既にご存知の方もいらっしゃるかとは存じますが、今一度ご確認頂ければ幸いです。まずは書類のマナーですね」

マナコはガサガサとバックから書類を出した。そして、それを皆に見えるようにザッと扇状に広げる。

「上司に書類を提出する際のマナーについて考えてみましょう。それでは、一番前のあなた、お名前を頂戴出来ますか?」

あ、今度は女性の方って言わないんだな。とザザはニヤニヤ笑いながらマナコを見た。マナコはガン無視だが。
さて、話しかけられたのはお嬢だ。

「私かしら?お嬢よ」
「『お嬢と申します』」
「……お嬢と申します」
「はい結構です。今回、お嬢さんには役職のない一般社員という役割でストーリーを進めていただきます。これからこのメインの書類に複数の添付書類を付けて、お嬢さんが書類に押印した上で上司に回覧して下さい。上司役はそちらのあなたにお願い致します。お名前をお伺いしてもよろしいですか」
「アタシはマカオと申します」
「一人称は『私』とするのが適切ですね、今日を良い機会だと思って直してみて下さい」
「……分かりました」
「了解した時は『かしこまりました』という表現が適切です。マカオさん」
「……かしこまりました」
「はい、ありがとうございました!丁寧な言葉遣いになりましたね。皆さんも日頃から気を付けて頂くようお願い致します。では、少し話が逸れてしまいましたが、早速お嬢さんには上司のマカオさんへ書類を提出していただきましょう。必要な道具はこちらに揃えておりますので、お好きなものを使って下さい」

マナコが書類をお嬢に手渡す。内容は適当に書いてあるようだが、おそらく内容は今回の講習には特に関係ないだろう。
お嬢がマナコの方を向くと、机の上に様々な文房具が準備されていた。鉛筆、シャーペン、ボールペン、マジックペン、5色カラーの蛍光ペン、ホチキス、クリップ、ダブルクリップ、ふせん、パンチ、バインダー、クリアファイル、そして押印用の判子と朱肉だ。何かを使えということだろうか。

お嬢は、とりあえず何も考えずに押印欄に判子を押した。そして、数枚の添付書類をメインの書類に記載している順番通りに並べ、すべての書類をクリップで綴じてマカオに渡す。

「おっと、説明が漏れてしまいましたね。大変申し訳ございませんでした。お嬢さんは、こちらのマカオさんを上司だと思って『書類を渡すところ』までお願い致します。書類は……そうですね、締切まであと10日あることにしましょうか」

マナコの追加説明。なるほど、確かにカイリキ相手に書類をぶん投げて渡すことはしないだろう。お嬢は、マカオから見て机の右奥、いつもカイリキが未決裁の書類を置いている場所に書類を置いた。

「マカオさん、こちらの書類もお願い致します。5日後までにご確認いただけないでしょうか」

お嬢が書類を置くと、マナコはパチパチと拍手をしてお嬢に話しかけた。

「はい、お嬢さんありがとうございました!では、今度はマカオさん!」
「はい」
「お嬢さんの書類の中身と、今の書類提出方法を見て、直した方が良いと思うところを挙げて下さい。」
「分かりました」
「『かしこまりました』」
「……かしこまりました」

逐一言葉の粗を訂正され、段々とマカオも苛立ってきたように感じる。ピリピリとした空気を感じながらも、ザザやハーフといった行政改革ギルドのメンバーは勿論、後ろの席に座っている他のギルド員も黙したままだ。
微妙な空気が流れている間も、マカオは淡々と書類をチェックしていく。添付書類は順序通りに添付されているし、押印の漏れもない。

「書類に不備はないと思うわ。強いて言うなら、提出先によってはクリップじゃなくてホチキスで書類を留めるくらいかしら」
「なるほど、では提出方法はいかがですか」
「一声かけて置いていたし、提出期限のことを考えて早目の確認を促したのは良いと思うわ。私なら期限の忘れ防止にふせんを付けるけど」
「はい、お二人ともありがとうございました!ご協力いただいた2人に拍手!」

パチパチパチパチ。

「ということで、あの帝国民に大人気の行政改革ギルドでさえ、基本的なマナーを守れていないことが分かりました!」
「「えっ!?」」

反応したのはマカオとお嬢。先程自分たちが合格だと思ったことをマナコに完全否定され、2人同時に面食らった顔をした。

「どこが間違いだったのか、答え合わせをしましょう。皆さんも一緒に考えてみて下さい、シンキングタイムスタート!」
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