君と交わした約束を僕は忘れない

日野 祐希

文字の大きさ
14 / 62
第二章 書籍部の先輩

1-1

しおりを挟む
 日々は過ぎ行き、七月中旬。先日、ようやく梅雨が明け、外の空気がすっかり夏の装いとなった今日この頃、資料室には奈津美先輩の力強い声が木霊していた。

「フッフッフ! 私だって、やる時はやるのよ!」

 期末テストが終わり、今日でちょうど一週間。テーブルの上に置かれているのは、今日配布されたという奈津美先輩のテスト成績表だ。教科ごと、先輩の得点と順位、そして平均点が記載されている。
 浅場南高校において、赤点は平均点の半分以下(端数切捨て)となっている。

 それで、気になる先輩にテスト結果はというと……なんと驚きの結果となっていた。

「私が本気を出せば、赤点0くらい、朝飯前なのよ!」

 今回の三年文系赤点ライン、数Ⅱ:27点、数B:24点、英語:32点、生物:33点。
 一方、奈津美先輩の得点は、数Ⅱ:29点、数B:25点、英語:33点、生物:36点。

 そうなのだ。奈津美先輩は奇跡的にも、すべて苦手科目で赤点を回避したのである。他の科目も平均点に近い点数を取れているようなので、無事に夏休みフル補習は避けられた。

 奈津美先輩が赤点0だったのは一年の二学期中間テスト以来とのことで、正しくこれは快挙と言える。おかげで先輩は、ずっと上機嫌に高笑いしている。

『今日の数学Ⅱ、半分しか埋められなかった……。もうおしまいよ~』

『どうしよう、悠里君。生物で回答欄をひとつずつずらしちゃったかもしれない。もうおしまいよ~』

 とか言って、テスト期間中は毎日のように放課後の部室で泣き明かしていたというのに。ホント、調子のいい人だ。

「見て見て、悠里君。ほら、ちゃんと約束守ったわよ! 夏休みの補習はなくなったし、これで文集作りに集中できるわ!」

「そんな顔の近くに紙を持ってこないでも、ちゃんと見えます。むしろこれじゃあ、逆に何も見えません」

 成績表を持った奈津美先輩に手を、邪魔そうに払いのける。それでも奈津美先輩は、うれしそうに微笑んだままだ。この人、今日はもうずっと頭の中がお花畑かもしれない。

 無論、僕としても勉強を教えた甲斐があったという意味で、この件は大変喜ばしいことだ。部室に来て結果を聞いた時は、喜びのあまり柄にもなく、奈津美先輩とハイタッチまでした。

 ただ、三十分もこのノリで同じ話に付き合わされていると……さすがにウザったい。奈津美先輩はテンションがうなぎ上りだから、なおさらだ。うれしいのはわかったから、そろそろ落ち着いてほしい。
 と、そこで僕は、ふと思い出したことを口にした。

「でも先輩、朝の英単テストでは結局補習になったんですよね。そっちの禊は済んだんですか?」

 先週、先々週は期末テスト期間ということで、英単テストはお休みだった。しかし、期末テストも終わったので、今週からは再開している。

 そして、期末テストが終わってすっかり気の抜けた奈津美先輩の得点は、驚愕の三点だったらしい。期末の赤点対策で英語も猛勉強していたはずなのに、どうしてこうなったのか……。僕にも謎である。

 ただひとつはっきりしているのは、期末テストをはさんで、先輩の平均点半分以下が五週連続に到達したということ。つまりは、補習確定だ。赤点は回避できても、補習の魔の手だけは回避できなかったようだ。

 で、僕の質問を向けた奈津美先輩はというと、一瞬にしてテンションが夏から冬へと急転直下した。
 太陽のように明るい笑みは哀愁を帯びた悲しい微笑に変わり、奈津美先輩の周りだけ木枯らしが吹き始めたかのように色が褪せていく。

 まさかここまで効果があるとは……。ちょっと落ち着いてくれればいいな~、くらいの気持ちで言ったのだけど、これは予想外だ。完全に地雷を踏み抜いてしまった。やり過ぎちゃった感が半端なくて、少し心が痛い。

「うふふ……。それは終業式前日の放課後にやるって言われたわ。うふふふ……」

「そ、そうですか。その……頑張ってくださいね……」

 せめてもの罪滅ぼしに、心からエールを送っておく。
 奈津美先輩は、虚ろな瞳でフッと笑い、僕に力なくサムズアップしてみせた。

 やばい。これはやばい。奈津美先輩の心が折れかけている。
 この人、よく暴走するし、行動は突拍子もないこと多いけど、ハートは外見と一緒で繊細だからな。赤点を避けられたのに結局補習を受けることになって、普段以上のダメージを負ったのだろう。

「そ、そうだ! 今日は文集の打ち合わせするんでしたよね。もう四時回っていますし、そろそろ始めましょうか!」

 無駄に明るく大きな声で、捲し立てるように話題転換を図る。
 もう何でもいいから、奈津美先輩の補習から話を逸らしたい。でないと、奈津美先輩のテンションが伝染して、僕まで病んでしまいそうだ。

「先輩、文集のテーマを考えてくれたんですよね。ほら、期末前に言っていた体験レポートとかいうやつ。僕も気に入るって言っていたから、どんなことかずっと気になっていたんですよね~!」

 外国人張りのジェスチャーを交えながら、矢継ぎ早に話を振っていく。
 一通り長台詞を言い終わったところで、奈津美先輩の方を窺ってみた。

 すると、死んだ魚のようだった奈津美先輩の目に生気が戻っていた。口をもにょもにょさせ、体は微妙に揺れている。話したくてうずうずし出したらしい。
 たぶんこれは、補習のことも頭から吹っ飛びかけているな。

 よっし! もう一押しだ。

「さあ先輩、張り切っていってみましょう!」

「仕方ないわね! 後輩からそこまで期待されては、先輩として応えないわけにはいかないわ! 悠里君、会議を始めるわよ!」

 僕の合いの手に調子よく乗ってきた奈津美先輩が、腕を組んで仁王立ちする。どうやら補習が一時的に頭から抜けて、元気を取り戻したらしい。
 慣れないことをして上がった息を整え、ホッと胸をなでおろす。

 よかった、奈津美先輩が単純バ……純粋かつポジティブで――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと - 

設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡ やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡ ――――― まただ、胸が締め付けられるような・・ そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ――――― ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。 絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、 遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、 わたしにだけ意地悪で・・なのに、 気がつけば、一番近くにいたYO。 幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい           ◇ ◇ ◇ ◇ 💛画像はAI生成画像 自作

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

煙草屋さんと小説家

男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。 商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。 ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。 そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。 小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...