君と交わした約束を僕は忘れない

日野 祐希

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第三章 書架の暗号

2-4

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「勝負は一冊。より早く綺麗に仕上げた方が勝ち。いいわね」

「望むところです」

「その余裕がいつまで続くかしら? それじゃあ……よーい、ドン!」

 奈津美先輩の掛け声で、同時に装備を開始する。

 まずは、各種ラベルと磁気テープ貼るところからだ。ラベル貼りについては、図書委員で鍛えた僕に、一日の長がある。素早く所定の位置にラベルを付けた僕が、一歩リードして磁気テープ貼りまで終えた。

 残すは最難関のビニールフィルムだ。陽菜乃さんの手さばきを思い出しながら、迅速かつ慎重に作業を進めていく。

 だけど、気泡が入らないようにフィルムをつけていくのって、結構難しい。
 陽菜乃さんは難なくこなしていたけど、これって慣れていないとかなり神経を使う。
 でも、ここで焦ってはいけない。ここまではうまくいっているのだから、引き続き丁寧にやっていかねば……。

「できました!」

 と、その時だ。僕が手間取っている間に、奈津美先輩が手を上げた。
 えっ? もう装備を終えたのか、この人。

「栃折さん、早いわね。どれどれ?」

 得意げな奈津美先輩が仕上げた本を手に取り、陽菜乃さんが出来を確かめていく。
 その顔が、みるみるうちに驚きに染まった。

「さすがは栃折先生のお孫さんね。初めてとは思えないくらい上手」

「えへへ。ありがとうございます」

 本を作業台においた陽菜乃さんが、感嘆した様子で奈津美先輩に拍手を送る。
 褒められた奈津美先輩も、満更ではなさそうだ。

「うふふ~。どんなもんよ~」

「ぐぬぬ……」

 勝ち誇る奈津美先輩を尻目に、奥歯を噛み締めた。
 速さでは完全に負けた。あとは綺麗さだけど……。
 僕も作業の手を止めて、先輩が装備し終えた本を見せてもらう。陽菜乃さんの言う通り、気泡ひとつ入っていなくて、一目で完璧とわかる仕上がりだった。
 さすがは製本家の卵だ。初めてでこの出来とは、僕とは器用さの質が違う。

「……負けました」

 小刻みに震えながら、奈津美先輩に向かって頭を下げる。
 まさか、奈津美先輩に頭を下げる日が来るなんて、思いもしなかった。これは想像以上に悔しい!
 対して奈津美先輩は、思い通りに仕返しできて、ご満悦といった面持ちだ。機嫌も直ったようで、剣呑としたオーラはどこかへ吹っ飛んでしまった。

「さてと! 気も済んだし、ここからは普通にお仕事しましょうか。悠里君、いつまでも落ち込んでないで続きをやりましょう」

 すっかり毒気の抜けた朗らかな笑顔で、奈津美先輩が言う。
 奈津美先輩に笑顔を向けられた瞬間、なぜか僕も気が抜けて、脱力してしまった。

 はぁ……。なんだろうな、これ。ついさっきまで悔しくて仕方なかったのに、一気にアホらしくなってきた。
 怒って勝負を挑んできたかと思ったら、勝手に水に流して能天気に笑っている。目まぐるしく表情を変えるこの人と一緒にいると、ちょっとした悔しさなんてどうでもよくなってしまうらしい。何ともまあ、おかしな人だ。

「はいはい、わかりました。けど、ちょっと待ってくださいね」

 先輩に待ったをかけて、僕は陽菜乃さんの方へ振り返った。

「陽菜乃さん、お騒がせしてすみませんでした」

「わわっ! ちょっと悠里君、そういうことなら私も一緒に!」

 奈津美先輩が慌てた様子で、僕の隣に並ぶ。部長としての面子を気にする奈津美先輩には、今の僕の謝罪が抜け駆けに映ったらしい。抗議するように、肘で軽く僕のことを小突いてきた。
 以前、司書教諭の先生や生徒指導の先生に謝りに行った時も、これくらいのリーダーシップを発揮してほしかったな。

「陽菜乃さん、ご迷惑をお掛けして、本当にすみませんでした」

「ううん、気にしないで。私もその……ふたりを見ていてちょっと楽しかったし」

 奈津美先輩の謝罪に合わせて僕も頭を下げると、陽菜乃さんは笑って許してくれた。うちのOGは優しい人ばかりだから、本当に助かる。そのおかげで、迷惑をかけたことへの罪悪感も倍増しで湧いてくるけど……。
 これ以上罪悪感に身を焦がさないためにも、全力で仕事に取り組むとしよう。僕と奈津美先輩は、せっせと本の装備の続きに励むのだった。
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