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第三章 書架の暗号
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「だからお願いします。もしこのイタズラがもう一回起こったとして、その犯人がわかっても、許してあげてほしいんです」
奈津美先輩の下げられた頭を見ながら思う。ここまで、この人は何ひとつとして正しいことは言っていない。
最初に言った「イタズラをあと一回だけ許してください」という言葉は、道義的に間違っている。多くの利用者に迷惑が掛かる行為を見逃すべきではない。
それに奈津美先輩が語った推理も、証拠がない以上は単なる想像だ。正しい真実ではない。イタズラの犯人は転校しないかもしれないし、このメッセージだって単なる遊びかもしれない。
そう。論理的に判断すれば、何ひとつ正しくない。イタズラを見逃す理由にはならない。
けど……なんでかな。正しくないって頭でわかっているのに、正しくあってほしいと願ってしまう。奈津美先輩の言う通り、これが優しいイタズラであってほしいと祈ってしまう。
だってこれは、図らずも奈津美先輩が僕に与えてくれたきっかけだから。
たくさんの知識を身につけながら、僕らは思い描く目標へ向かって進んでいく。
ただ、成長は時として、物事の見え方を凝り固めてしまうことがある。僕がつい先程、自身の知識と経験に固執して、利用者のメッセージに気付けなかったように……。
そうやって僕が夢を目指す過程で見失いかけていたものを、先輩は取り戻させてくれた気がする。
図書館司書は本と向き合い、同時に人と向き合う。本が好きなだけではなく、人が好きでなければ務まらない。そんな当たり前で、だからこそふと見過ごしてしまう、大事なことを……。
こんなものは、単なる理想論なのかもしれない。現実はそれじゃあ務まらない、と言われるかもしれない。
それでも、僕はもう一度この理想を抱いて司書を目指したい。
だから、そのためにも奈津美先輩が紡いだ〝推理〟という名の〝物語〟を守りたいと思った。優しさで満ちた先輩の想像が、真実であると信じたかった。
気が付けば、僕は奈津美先輩と一緒に頭を下げていた。
「僕からもお願いします。このイタズラの犯人を許してあげてください」
「栃折さん……。一ノ瀬君まで……」
頭の上から、陽菜乃さんの困ったような声が聞こえる。
まあ、普通そうなるよな。イタズラした犯人を許してくれなんて頼まれたら……。
けど、陽菜乃さんはやっぱり大人だ。すぐに頭を整理したようで、僕らに落ち着いた声音で「顔を上げて」と言った。
「もしこのイタズラの犯人を見つけたとしたら、さすがに見過ごすことはできないわ。正しい図書館のマナーを教えてあげることも、私たち司書の仕事のひとつだから」
僕と奈津美先輩がお辞儀をやめると、陽菜乃さんは冷静な口調で僕らの求めを却下した。
……うん、わかっていた。どう考えても、陽菜乃さんの言っていることの方が正しい。
このイタズラをやった子供たちの今後のためにも、その方がいいに決まっている。ただ許すのではなく、きちんとダメなことをダメと教えることこそ、本道だ。
けど、もしも奈津美先輩の想像が正しかったとしたら……願わくば、別れの思い出が叱られた記憶とはならないでほしい。それは、あまりにも悲しいから。
その時、陽菜乃さんは「けどね」と言葉を継いだ。
「けど……もしも栃折さんの想像が正しいのだとしたら、私も最大限の配慮をするわ。だって、この図書館での最後の思い出が悲しいものになってしまうのは、私も嫌だもの」
先程の奈津美先輩にも負けない優しい声音で、陽菜乃さんが言う。
僕と奈津美先輩は、喜びのままに顔を見合わせてハイタッチした。
奈津美先輩の下げられた頭を見ながら思う。ここまで、この人は何ひとつとして正しいことは言っていない。
最初に言った「イタズラをあと一回だけ許してください」という言葉は、道義的に間違っている。多くの利用者に迷惑が掛かる行為を見逃すべきではない。
それに奈津美先輩が語った推理も、証拠がない以上は単なる想像だ。正しい真実ではない。イタズラの犯人は転校しないかもしれないし、このメッセージだって単なる遊びかもしれない。
そう。論理的に判断すれば、何ひとつ正しくない。イタズラを見逃す理由にはならない。
けど……なんでかな。正しくないって頭でわかっているのに、正しくあってほしいと願ってしまう。奈津美先輩の言う通り、これが優しいイタズラであってほしいと祈ってしまう。
だってこれは、図らずも奈津美先輩が僕に与えてくれたきっかけだから。
たくさんの知識を身につけながら、僕らは思い描く目標へ向かって進んでいく。
ただ、成長は時として、物事の見え方を凝り固めてしまうことがある。僕がつい先程、自身の知識と経験に固執して、利用者のメッセージに気付けなかったように……。
そうやって僕が夢を目指す過程で見失いかけていたものを、先輩は取り戻させてくれた気がする。
図書館司書は本と向き合い、同時に人と向き合う。本が好きなだけではなく、人が好きでなければ務まらない。そんな当たり前で、だからこそふと見過ごしてしまう、大事なことを……。
こんなものは、単なる理想論なのかもしれない。現実はそれじゃあ務まらない、と言われるかもしれない。
それでも、僕はもう一度この理想を抱いて司書を目指したい。
だから、そのためにも奈津美先輩が紡いだ〝推理〟という名の〝物語〟を守りたいと思った。優しさで満ちた先輩の想像が、真実であると信じたかった。
気が付けば、僕は奈津美先輩と一緒に頭を下げていた。
「僕からもお願いします。このイタズラの犯人を許してあげてください」
「栃折さん……。一ノ瀬君まで……」
頭の上から、陽菜乃さんの困ったような声が聞こえる。
まあ、普通そうなるよな。イタズラした犯人を許してくれなんて頼まれたら……。
けど、陽菜乃さんはやっぱり大人だ。すぐに頭を整理したようで、僕らに落ち着いた声音で「顔を上げて」と言った。
「もしこのイタズラの犯人を見つけたとしたら、さすがに見過ごすことはできないわ。正しい図書館のマナーを教えてあげることも、私たち司書の仕事のひとつだから」
僕と奈津美先輩がお辞儀をやめると、陽菜乃さんは冷静な口調で僕らの求めを却下した。
……うん、わかっていた。どう考えても、陽菜乃さんの言っていることの方が正しい。
このイタズラをやった子供たちの今後のためにも、その方がいいに決まっている。ただ許すのではなく、きちんとダメなことをダメと教えることこそ、本道だ。
けど、もしも奈津美先輩の想像が正しかったとしたら……願わくば、別れの思い出が叱られた記憶とはならないでほしい。それは、あまりにも悲しいから。
その時、陽菜乃さんは「けどね」と言葉を継いだ。
「けど……もしも栃折さんの想像が正しいのだとしたら、私も最大限の配慮をするわ。だって、この図書館での最後の思い出が悲しいものになってしまうのは、私も嫌だもの」
先程の奈津美先輩にも負けない優しい声音で、陽菜乃さんが言う。
僕と奈津美先輩は、喜びのままに顔を見合わせてハイタッチした。
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