君と交わした約束を僕は忘れない

日野 祐希

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第五章 宝探し

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          * * *

「よし! あった!」

 技術室の机には、これ見よがしにかがり台が置かれていた。見覚えがある、奈津美先輩のかがり台だ。おそらく先輩が、この勝負のために置いておいたのだろう。

 かがり台の前まで行き、走って上がった息を整える。焦る必要はないのだ。二問目が解けて興奮気味の頭へ酸素を送り込むように、数分かけてゆっくりと深呼吸を繰り返す。

 そして、満を持してかがり台をひっくり返してみると、底に次のメモ用紙が貼り付けてあった。メモ用紙を剥がして、小さくガッツポーズをする。

 ふたつ目のヒントを見た時はどうなることかと思ったけど、今日の僕は本当に運がいい。勝負開始から一時間足らずで、ここまで辿り着けた。これはきっと、奈津美先輩にとっても予想外に違いない。奈津美先輩としては、かがり台の問題で結構な時間が稼げると踏んでいただろうし。

 残るヒントは、今見つけたものを含めてふたつ。残り時間は、大体四時間。これなら、余程変な問題でも来ない限り楽勝だ。

「何だか事がうまく運び過ぎて、怖いくらいだな」

 すべてが順調に行き過ぎて、思わず独り言が漏れてしまう。ここまでうまくいき過ぎると、逆にどこかで落とし穴にでも嵌まるんじゃないかと思えてくる。

 ただ、これは一応真剣勝負だ。この先に何が待っているかはわからないけど、今の僕は前に進むしかない。もしも落とし穴に嵌まったら、どうするかはその時に考えればいいのだ。
 差し当たって、僕は見つけ出した次のメモ用紙に目を落とした。次の目的地へのヒントは、ここにあるのだ。

 メモ用紙には、次のような一文が書かれていた。

【子供たちの秘密の会話】

 どうやら今度の問題は、さほど苦労せずに解けそうだ。二問目と違い、これはすぐにピンと来た。
 子供たちの秘密の会話と言えば、ひとつしかない。市立図書館で取材をした時のイタズラだ。

「だったら、次は図書室かな」

 念のため、かがり台を分解して片付け、余裕をもって技術室を後にする。

 市立図書館と似た条件が揃っているのは、この学校内ならば図書室か資料室しかない。先輩が勝負の準備に出かけた際、資料室には僕がいたから、何か仕掛けてあるとすれば図書室の方だろう。

 特別教室棟を出て、再び本校舎へ向かう。図書室は本校舎二階の端だ。教室とは反対方向に行かなくてはならないため、図書室前の廊下に人影はない。図書委員かつ図書室に作品を展示している書籍部員としては悲しい限りだが、誰かの邪魔になりにくいのは助かる。

 僕が図書室に入ると、そこでは当番の図書委員がひとり、暇そうに本を読んでいた。一緒にカウンター当番をしたこともある一年の男子だ。お調子者だが、明るくフレンドリーで付き合いやすい後輩である。

「あ、先輩。お疲れ様です」

「お疲れ。調子はどう?」

「全然人なんて来ないから、暇で暇で仕方ないッス」

「まあ、仕方ないよ。去年もそんなもんだったし。……あ、でも、あとで書籍部OGの姉妹が来るかもしれないよ」

「マジですか! そのふたりって、美人ですか!?」

「え? ああ、ふたりとも綺麗な人だけど……」

「うぉおお! マジっすか!!」

 拳を握り締めて雄叫びを上げた後輩は、「いいッスよね、美人姉妹……」とだらしなく笑い、空想の世界にトリップしてしまった。実に男子高校生らしいといったところか。

「おっと、そうだ。さっさと探さないと」

 トリップした後輩をそのままに、僕は目的を果たすため、書架の間へと入って行く。
 図書室の書架の状況は、すべて頭に入っている。現在は本を入れていない棚をひとつひとつ確認していくと、八カ所目でヒットした。

「よし、見つけた」

 しゃがみ込んで、一番下の棚を覗き込む。普段使用されていないその棚には、何冊かの本が収められていた。
 タイトルは左から、『若草物語』『宝島』『小公女』『のはらうた(1)』『西の魔女が死んだ』『地獄変』だ。
 選書を見る限り、ヒントの【子供たちの~】という部分に合わせて、児童書を使用したようだ。けれど、最後だけは思いつかなかったのだろう。これだけ一般書となっている。

「先輩、いくら思いつかなかったからって『地獄変』はないでしょう……」

 この状況で僕に対してのメッセージに〝地獄〟を使うとか、昨日の仕返しにしか思えない。
 ともあれ、今は奈津美先輩のしょうもない仕返しに構っている場合ではない。市立図書館の時と同じように、早速、背表紙に書かれたタイトルの頭文字をつないでいく。どうやら今回は、漢字は平仮名にして一文字目を見るルールのようだ。

「ええと、なになに……。『わ』『た』『し』『の』『に』『じ』」

 つなげて浮かんできた言葉は、『私の虹』。だったら、答えはひとつだ。
 僕は並んでいた本を手に、展示してある『アルカンシエル』のところまで行く。そして、七冊並んだ『アルカンシエル』から、迷わずオレンジ色の一冊を手に取った。

 実は、文化祭が終わった後、『アルカンシエル』は一冊を書籍部に残して、他は僕と奈津美先輩、そしてこれまでお世話になった人たちに配ることになっているのだ。これも、書籍部の数少ない伝統のひとつ。そして僕たちの間で、すでに誰に対してどの色を渡すかは決めてある。

 真菜さんに〝赤〟。陽菜乃さんに〝黄〟。叔父さんに〝藍〟。渋谷先輩に〝紫〟。書籍部兼九條先生用に〝緑〟。僕が〝青〟。
 そして残った一冊、〝オレンジ〟が奈津美先輩だ。つまり、『私の虹』とは、このオレンジの本を指しているはず。

「きっと、この本のどこかに……」

 手に取ったオレンジの『アルカンシエル』を、慎重にめくっていく。
 すると、本の真ん中くらいのページに、見慣れたメモ用紙を見つけた。どうやら正解だったようだ。
 素早くメモを本から引き抜き、元のように飾り直しておく。
 メモをズボンのポケットに入れた僕は、奈津美先輩が仕掛けに使った本をいまだトリップ中だった後輩の手に載せた。

「え? 先輩、この本なんですか!?」

「悪い。その本、配架し直しておいてくれ」

 現実に戻ってきたと同時に戸惑いの表情を見せた後輩へ、拝みながら頼んでおく。
 言葉通り悪いとは思ったが、暇していたと本人も言っていたし、これくらいは許してくれるだろう。必要なら、後で仕事の代返をするなりフォローを入れておけばいい。
 僕は後輩の返事も聞かないまま、図書室から脱兎のごとく飛び出した。
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