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異端の翼
禁忌の祓魔師-1
しおりを挟む人類は、悪魔という名の災厄に侵略され続けてきた。
悪魔は人の心の闇に忍び込み、甘い囁きで堕落へと誘う。
強大な権能を持ち、彼らは人間の魂を弄び、蹂躙し、無慈悲に奪い去っていく。
そんな悪魔に立ち向かうため、人類は祓魔師と呼ばれる者たちを生み出した。
彼らは何千年もの間、悪魔を討ち続け、世界を守り続けてきた。
だが、それでも人類は常に劣勢だった。
時には世界が滅びの淵に立たされたことすらある。
そんな絶望的な戦いの中、人類は禁忌へと手を伸ばした。
──人を超越した存在を生み出す研究。
それが十七年前、祓魔師たちの手によって密かに進められた「人と悪魔」の研究である。
“目には目を、歯には歯を──悪魔には悪魔を。”
悪魔の力は人間の祓魔術よりも遥かに強大。
彼らには再生能力があり、進化する力を持つ。
もし、そんな力を人間が手に入れたら──?
禁忌の研究者たちは、劣勢に喘ぐ人類の未来を救うため、悪魔を滅ぼすために、悪魔そのものの力を利用しようとした。
しかし、その研究が世に明るみになった瞬間、人類の反応は冷酷なものだった。
祓魔師協会は研究を異端とし、研究者たちは異端者として処刑対象に指定された。
一方、悪魔たちも人間が自分たちの力を利用することを許さなかった。
彼らは研究者たちを粛清すべく、大規模な襲撃を仕掛けた。
こうして──
十年前、強欲厄災戦闘 が勃発する。
祓魔師協会と異端者たち、そして悪魔。
三つ巴の戦いの末、異端者たちは壊滅し、祓魔師たちも多くの犠牲を払った。
しかし、その地獄の戦場で、たった一人の生存者がいた。
──天影 朔夜。
その少年こそ、悪魔をその身に宿すことに成功した唯一の存在。
だが、彼に待っていたのは救世主としての称賛ではなく、呪われた「悪魔の子」としての烙印だった。
戦後、異端の研究が世間に知れ渡り、少年の素性はメディアにさらされた。
「禁忌の研究の生存者」
「悪魔を宿した少年」
その名は広まり、忌避され、憎まれ、蔑まれる存在となった。
彼の姿は、人々の記憶から消えることなく、
──少年自身を苦しめ続けた。
──────────
「ご、5000万だとぉ!?ふざけるな!」
「相手は上位悪魔だろ?そのくらい貰わないと割に合わないな」
「貴様は毎回法外な金額を──」
「別に受けなくたっていい」
沈黙。
俺の言葉に、依頼主である祓魔師協会の職員が言葉を詰まらせる。
──また始まった。
周囲の祓魔師たちが、ヒソヒソと俺を嘲る声が聞こえてくる。
「またアイツか……」
「金の亡者め、悪魔の子のくせに……」
「祓魔師なら金じゃなく使命感で戦えっての」
「むしろアイツは悪魔側じゃないのか?」
呆れたような声、嫌悪感に満ちた視線。
──慣れた。
「野良の祓魔師が……」
「野良じゃなくて“フリーランス”と呼んでくれ」
祓魔師は基本的に協会に所属し、国民を守るために悪魔を討伐する。
──だが、俺のように協会に属さず、金で動く者たちもいる。
協会所属の祓魔師は“正義の象徴”であり、“使命感”で動く。
一方で、俺たちフリーランスの祓魔師は“金”で動く。
当然、協会所属の連中からは忌み嫌われる。
まぁ……俺には“別の理由”もあるが。
「お前みたいな──」
「まぁまぁ、いいじゃないか」
ふいに、場を収めるような穏やかな声が響く。
そこに立っていたのは、祓魔師協会のトップ──東條会長だった。
「柳君、彼の希望額で依頼料を出してあげなさい」
「し、しかし支部長……それでは……」
「今は2級以上の祓魔師たちは他の任務で手が塞がっている。これ以上、上位悪魔による被害を広げるわけにはいかない」
「……承知しました」
柳は不満そうに俺を睨むが、上司の指示には逆らえない。
「では、天影朔夜に指名依頼として3級悪魔 吸血鬼の討伐を依頼する」
「依頼は了承した」
それだけ言って、俺は踵を返し、出口へ向かう。
「朔夜君、気をつけて行ってきなさい」
──意外な言葉。
周囲の祓魔師たちは俺を嫌悪しているが、東條会長だけは違った。
「……あぁ」
短く返事をして、俺は協会を後にした。
俺の中に、微かに残る“人間らしい温かさ”を振り払うように──
──────────
「会長はなぜ天影の肩を持つのでしょうか?」
朔夜が去った後、柳が困惑したように東條に問いかけた。
「彼は悪魔をその身に宿した忌むべき存在です」
「ですが、それは彼が望んだものですか?」
東條は静かに答えた。
「彼は我々祓魔師が犯してしまった罪の被害者です」
「……それは」
柳は言葉に詰まる。東條は遠く朔夜の去っていった方向を見つめながら続けた。
「彼の中にも葛藤はあるはずです。自分を忌み嫌う人間をなぜ助けねばならないのかと……。魔に傾きかけた心を必死に保っているような危うさもある」
「…………」
「願わくば、彼の心に寄り添える存在ができて欲しいものだ」
東條は深い溜息をつき、そして静かに言葉を結んだ。
「──彼女に期待するしかないですねぇ」
──────────
時刻は夕方。
俺は協会を後にし、近くのスーパーに立ち寄った。弁当をカゴに入れ、レジで会計を済ませる。普段なら適当に済ませるところだが、明日からの任務に備えてしっかり食べておくべきだろう。
アパートに帰宅し、玄関の扉を開ける。
「……ただいま」
当然、返事が返ってくることはない。
弁当を温めながら、明日の討伐対象について考えた。
「今度の相手は吸血鬼かぁ」
祓魔師たちが恐れる、上位悪魔。だが、報告によるとこの吸血鬼は喰種《グール》が進化したばかりの存在だという。つまり、まだ3級としての本来の力を発揮できていない可能性が高い。
「……それなら、今の出せる実力でも討伐は可能か」
悪魔には明確な階級がある。
原初の悪魔(確認されている最古の悪魔たち)
1級悪魔(最上級)(人類にとって災厄クラス)
2級悪魔(強力な上位個体)(1級祓魔師なら単独討伐可能、2級以下なら数十名規模が必要)
3級悪魔(上位悪魔)(2級祓魔師以上でチーム討伐が推奨される)
4級悪魔(下級悪魔の強化種)(3級祓魔師なら単独討伐可能)
5級悪魔(一般的な下級悪魔)(4級祓魔師以上なら単独討伐可能)
今回の相手は進化したばかりの3級悪魔。俺の実力なら何とかなるはずだ。
弁当を食べ終え、ベッドに転がる。
考えすぎるのはやめよう。明日に備えて休むのが最優先だ。
俺はゆっくりと目を閉じた。
だが、頭の片隅には、いつも同じ疑問がこびりついている。
──俺は、人間なんて助ける必要があるのか?
俺の存在を否定し、罵り、蔑む人間を。
それでも、あの日の約束だけは、未だに俺の呪縛として心に残り続けていた。
俺は小さく溜息をつき、眠りへと落ちていった。
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