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異端の翼
禁忌の祓魔師-2
しおりを挟む冷たい夜の風が、錆びついた鉄骨を軋ませる。
廃工業団地──そこは、長年放棄され、朽ち果てた金属とコンクリートが無造作に積み上げられた”死の街”。
街灯の光も届かず、闇だけが支配する場所。
そこに、異様な空気が漂っていた。
血の匂い。
鼻を刺すような、鉄臭さと死の香り。
普通の人間ならば、一歩足を踏み入れただけで本能的な拒絶反応を覚えるだろう。
だが──俺は違った。
「……いや、あまりにもそれっぽすぎるだろ」
ボソリと独りごちる。
崩れかけた建物。ひび割れたアスファルト。
無機質なはずの構造物が、どこか生々しく歪んで見えるのは、そこに”異質な存在”が入り込んでいるからだ。
朽ち果てた工場の奥に、確かに感じる。
バイクを隠し、夜喰の柄に軽く触れながら進む。
ここからは”戦場”だ。油断は、命取りになる。
深く息を吸い込み、思考を研ぎ澄ませた。
暗闇の中、何かが”這い回る”音が聞こえた。
ザリ……ザリ……ギチギチ……
……蜘蛛か?
否。
壁の上、天井の梁の上、建物の影――四方八方から、“それ”は忍び寄っていた。
ギチギチと異様に軋む関節。
赤く染まった双眸が、不規則な動きで光を反射する。
眷属。
元は人間だったはずの”それ”は、今やただの異形。
──身体は皮膚が裂け、指の先は異常に伸び、骨が浮き上がっている。
関節は完全に逆向きに曲がり、蜘蛛のような異常な動きで壁を這いずり回る。
口元は裂け、牙が異常に伸びている。
そいつらが、一斉に「ギイイ……」と、不快な唸りを上げた。
気づかれたか。
俺は静かに愛刀、夜喰の鞘を握った。
「……始末するか」
次の瞬間、俺の姿は”闇に溶ける”ように消えた。
──刹那の刃
ザンッ──!
鋼が風を切る音。
一閃。
俺が着地した瞬間、眷属たちは膝をついた。
刹那の間に、“喉を断ち”、“心臓を貫き”、“脊髄を断ち切った”。
無駄な叫びを上げる暇すら与えず、沈黙させる。
だが――
「ッ……!!」
俺は、ほんの一瞬、躊躇った。
消滅する間際、眷属の瞳に浮かんでいたのは──
苦悶と、解放の入り混じった感情。
“救い”を求めるような目。
だが、それを気にしている暇はない。
俺は夜喰を軽く振り、血の跡を払った。
そして──次の敵を探しながら進む。
静寂の闇の中、微かな”悲鳴”が聞こえた。
「ッ……チッ」
俺は身を潜め、音のする方へと向かう。
そこには、一人の少女が眷属に追われていた。
「……攫われた人間か?」
眷属たちは、歯を剥き出しにしながら、少女を包囲するようにジリジリと距離を詰めていく。
少女は怯えた目で後ずさるが、背後はすでに壁。
──逃げ場はない。
「面倒なことになったな……」
だが、放っておく理由もない。
俺は静かに夜喰を構え、闇の中から”狩る者”として姿を現した。
ザシュッ──!
一瞬の剣閃。
眷属たちは、断末魔を上げる間もなく消滅した。
その音に気づいた少女が、俺の方を振り向く。
次の瞬間、彼女は震えながら──
俺に、しがみついてきた。
「……っ!」
「ちょっ、急に抱きつくな!」
「す、すいません……っ」
彼女はぐずぐずと泣きながら、必死に俺にしがみついている。
俺は思わず狼狽し、彼女の肩に手を置いた。
「とりあえず落ち着ける場所に移動しよう」
俺は彼女の肩をそっと引き剥がし、廃工場の影へと移動した。
「助けてくれて、ありがとうございます……」
少女は小さく礼を言い、かすれた声で続ける。
「私は……美琴です」
「美琴、か。俺は朔夜だ」
「……朔夜さん」
彼女の目は怯えながらも、どこか安心したような色を帯びていた。
俺は短く息を吐き、問いかける。
「美琴、お前は何でここにいる?」
「……知らない人たちに囲まれて……気づいたら、こんな場所に連れてこられていました……」
「……そうか」
やはり、“餌”として捕らえられていたらしい。
俺は、彼女の首筋に”微かな牙の跡”を見つけた。
「……お前、血を吸われたのか?」
美琴は、震えながら頷いた。
最悪だな。
吸血鬼は、直接魂を喰らうのではなく、血を通して少しずつ”魂を蝕んでいく”。
つまり、美琴の魂は”少しずつ削られている”状態。
「……美琴、吸血鬼の居場所は分かるか?」
「いえ……私はずっと暗い部屋に閉じ込められていたので……」
「そっか」
俺は目を細め、考える。
ここで美琴を置いていくのは危険だ。
「美琴、お前も連れて行く。ただし、俺の指示には絶対に従え」
「……分かりました」
少女は不安げながらも、小さく頷いた。
俺は夜喰を握り直し、ゆっくりと立ち上がる。
「よし、行くか」
俺たちは、吸血鬼の元へ向かうため、再び”闇の中”へと足を踏み入れた。
物陰から慎重に様子を伺う。
闇の中、赤黒い光がちらついている。
──そこにいたのは、獲物に牙を突き立てる吸血鬼だった。
人間の首筋に喰らいつき、血を吸う音が静寂を切り裂く。
吸われている人間はすでに意識を失い、蒼白い顔で痙攣している。
……だが、まだ完全には死んでいない。
血を抜かれながらも、魂が消える寸前で止められている。
まるで、喰らう快楽を長く味わうかのように。
その場面を見た瞬間、俺は殺意を隠せなくなった。
──その時だった。
「……おや?」
吸血鬼がふと動きを止め、顔を上げる。
吸血行為の最中にも関わらず、まるで獲物に気づいた捕食者のように、辺りの空気を嗅ぐように鼻をひくつかせた。
「これは……ずいぶん変わった血の匂いだな?」
気配じゃなく”血の匂い”で俺の存在を察知したか。
もう隠れている意味はない。
俺は堂々と姿を現し、吸血鬼と対峙する。
「おやおや……祓魔師か」
吸血鬼は赤い唇を血で濡らしながら、余裕たっぷりの微笑みを浮かべた。
「上手く存在を誤魔化せていたつもりだったが、どうやら随分と鼻が利くヤツがいたようだ」
吸血鬼は、目の前の人間を無造作に放り投げた。
血を吸われた男が地面に叩きつけられ、虚ろな目でこちらを見ている。
「クソが……」
怒りが胸を満たす。
だが、吸血鬼はあくまで余裕を崩さず、漆黒のコートの裾を軽く払った。
「私の名はヴァルドリオ」
彼はゆっくりと胸に手を当て、優雅に一礼する。
「ようこそ”血の宴”へ」
ヴァルドリオは軽く指を鳴らす。
「お前の赤も、私の中で踊るだろう?」
吸血鬼の楽園
その瞬間、空気が変わった。
気配が一変する。
俺はすかさず構えを取る。
「血霧隠し」
ヴァルドリオが呟くと、足元から赤黒い霧が発生した。
一瞬のうちに霧は広がり、辺りを包み込む。
──視界が奪われた。
「どうだい? 何も見えないだろう?」
霧の向こうから、嘲笑混じりの声が響く。
「安心しろ。私にはお前の心臓の音が聞こえている」
ドクン、ドクン──
確かに、血が脈打つ音がやけに大きく聞こえる。
「この霧の中では、お前の鼓動、血流、呼吸の全てが私には丸分かりだ……さあ、どうやって逃げる?」
「ハッ、見えてりゃ関係ねぇ」
俺は迷わず夜喰を構えた。
「《霧切り》」
──一瞬の踏み込み。
剣圧が霧を裂くように走る。
視界を遮る赤黒い靄が一瞬だけ散り、ヴァルドリオの姿が露わになる。
「っ……!?」
ヴァルドリオは反射的に身を翻したが、すでに遅い。
シュッ──!
顔に一筋の切り傷が走る。
「ほう……いい刃だな」
ヴァルドリオは、頬を伝う自らの血を指で拭い、舐めるように笑った。
「この私に傷をつけるとは……少しは楽しめそうだ」
「……遊びに付き合う気はねぇよ」
俺は刀を振り、再度構える。
「《交叉斬り》」
刃がX字に交差する軌道で襲い掛かる。
だが、ヴァルドリオもまた、ただの悪魔ではない。
「愚かな──血槍撃」
地面から無数の血の槍が飛び出し、俺を狙う。
俺はすぐさま《月影連斬》で槍を斬り払いながら接近。
刀に焔を纏わせ、一気に斬撃を叩き込む。
「《焔纏い》!」
焔の刃がヴァルドリオの胸元を抉る。
「ぐっ……!」
ヴァルドリオは一瞬たじろぐが、すぐに笑みを浮かべる。
傷口から滲んだ血が、触れる端から燃え上がり、再生を妨げていた。
「再生阻害……か。なるほど、厄介な能力を持っているな」
ヴァルドリオは僅かに後退しながら、目を細める。
「だが……」
「なぁんだ、大したことないな」
俺は余裕を見せるように呟く。
「所詮、進化したばかりの3級悪魔か」
──それは、悪魔にとって最大の屈辱だった。
ヴァルドリオの顔から笑みが消える。
代わりに、憤怒の炎がその赤い瞳に灯った。
「……き、貴様……!!」
指先が震えるほどに握り込まれる。
「私を……舐めるなよ、祓魔師!私の世界で血と踊れ!」
怒号と共に、ヴァルドリオは天に向かって両手を掲げた。
──その瞬間、周囲の空気が揺らぐ。
まるで世界そのものが悲鳴を上げるかのように、空間が歪み始めた。
「堕落楽園──!」
──血の世界が顕現する。
辺り一面が赤黒く染まり、天には”血の月”が浮かぶ。
空気は重く、異質な魔力の波動が肌を刺すように感じられる。
「──ようこそ、私の楽園へ」
ヴァルドリオは唇を吊り上げながら、腕を広げる。
「さぁ、祓魔師よ……お前の血を、私のものにしよう」
俺は静かに夜喰刀を握り直す。
それと同時に、俺の唇にも無意識の笑みが浮かんでいた。
「……へぇ、面白くなってきたじゃねぇか」
“悪魔の本気”を拝ませてもらうとするか──。
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