世界に忌み嫌われた俺が、幼馴染との再会をきっかけに"救世の英雄"になるまで

まっさん

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異端の翼

お祝い-2

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炭火の赤い光がじりじりと肉を焼き、滴る脂がパチパチと弾ける。
焼肉屋特有の熱気に包まれながら、朔夜は口の中で肉を噛み締めていた。
雷蔵と交わした真剣な会話の余韻が、まだ心の奥に残っている。

ふとした沈黙が、少しだけ心地よく感じたその時──

「……そういや、お前は夕璃のことどう思ってんだ?」

唐突な一言に、朔夜の箸がピタリと止まった。

「……は?」

「だから、夕璃だよ。あのちっこいの」

ちっこいの……?
妙な表現に引っかかりながらも、それよりも雷蔵が何を聞きたいのかが全くわからず、思わず聞き返してしまう。

「いや、どう思ってるって……」

「どうって、お前……」

雷蔵はニヤリと笑いながら煙管をくゆらせ、まるで悪戯好きな猫のような表情を浮かべている。
その顔を見ただけで、朔夜は察した。

……あぁ、こいつ、俺をからかう気だな。
めんどくせぇ。

「ガキの頃からの幼馴染だ。それ以上でも、それ以下でもねぇ」

ぶっきらぼうにそう言い放ち、朔夜はもう一度箸を動かす。
だが、その言葉を聞いた雷蔵のニヤニヤがさらに増した。

「へぇ? それ以上でも、それ以下でもねぇ、ねぇ……」

「……うるせぇ」

妙に含みのある言い方に、朔夜の中に嫌な予感がよぎる。
雷蔵はジョッキの酒をひと口飲み、わざとらしく口を拭った後、さらに続けた。

「ま、お前が鈍感なのは今に始まったことじゃねぇけどよ」

「……は?」

朔夜はじろりと睨むが、雷蔵はどこ吹く風だ。

「どっちにしろ、あの子はお前にとって特別なんだろ?」

その一言に、朔夜は思わず息を詰まらせる。

「……別に、特別とかじゃねぇし」

心の奥が微かにざわつく。
けれど、それを認めるのはなんとなく癪だった。

雷蔵はそんな朔夜の反応を見て、さらに楽しそうに笑う。

「ハッ、わかりやすいなぁ、お前は」

「は? 何が」

「そうやって否定するヤツほど、意識してんのよ」

「……してねぇっつの」

朔夜はむっとして睨むが、雷蔵は相変わらず飄々とした表情でジョッキを傾ける。
まるで「ハイハイ、そういうことにしといてやるよ」と言わんばかりだ。

……クソッ、話をそらす方法はねぇのか。

肉を焼く音が妙に耳につく。
あえて気にしていなかった夕璃の存在が、今こうして話題に上るだけで、妙に意識させられるのが腹立たしい。

「朔夜よ、夕璃が他の男と親しくしてても気にならねぇのか?」

「……は?」

雷蔵の問いに、朔夜は瞬時に眉をひそめる。
まるで、それが試しであるかのように。

「例えばだ。夕璃が他の男と仲良さげにしてたら、お前、何も感じねぇのか?」

「……別に、あいつが誰といようと関係ねぇし」

口ではそう言ったが、微妙に刺さるものがあった。
実際、夕璃が他の男と一緒にいる姿を見たら──

……いや、別にどうもしねぇだろ。

そう思おうとする。
けれど、頭のどこかが「それ、本当にそうか?」と囁いているのを感じた。

「ま、お前のその反応見りゃ、答えは決まってるけどな」

雷蔵が不敵に笑う。

「……なんなんだよ、ジジィ」

「いや? ただの確認だ。自覚ねぇなら、それでいい」

そう言いながら、雷蔵はゆっくりと煙管を持ち上げ、
朔夜の方をちらりと見る。

「けどな、お前の自覚がないってのが、一番タチ悪ぃんだぜ?」

「……チッ」

朔夜は舌打ちしながら、焼けた肉を無理やり口に放り込む。
なんだか、雷蔵の言葉の一つ一つが、やたら胸に引っかかる。
まるで、意識していなかったはずの何かを、無理やり気づかせようとしているかのように。

「俺はただ言ってみただけだ。ま、今すぐにどうこうなる話じゃねぇけどな」

雷蔵はそう言ってジョッキを傾けると、ふっと口元に笑みを浮かべる。
その笑い方が、なんとなく未来を楽しみにしているように見えた。

「……俺がどうしようと、ジジィには関係ねぇだろ」

「いや? 師匠としては大いに関係あるね」

「……ホント、余計なお世話だ」

朔夜は不機嫌そうに顔を背けた。
だが、心の中には、さっきの夕璃という名前が、まだ残っている。

特別──そんな言葉を、改めて考える日が来るなんて。

……くそ、考えるだけでバカみてぇだ。

そう自分に言い聞かせながら、
朔夜はまた肉を焼き始めた。

雷蔵は、そんな彼の様子を横目で見ながら、さらに酒を飲み干していく。




焼肉屋の熱気が少し落ち着いた頃、雷蔵はジョッキを傾けながら、静かに口を開いた。

「……お前がどんな道を歩もうと、俺はお前を応援する」

何気ない一言のように聞こえたが、その言葉には重みがあった。
朔夜は箸を持ったまま、一瞬動きを止める。

「……は?」

今の話の流れで、その言葉が出てくるとは思わなかった。
戦いの話ならともかく、こんな個人的な話を雷蔵がするとは珍しい。

「いや、ただの確認だ。お前がどうあれ、俺はお前を見捨てねぇ」

真剣な声。
雷蔵は冗談でこんなことを言う男じゃない。
だからこそ、その言葉の意味を考えさせられる。

「……はぁ? そんなこと言われる筋合いねぇんだけど」

ぶっきらぼうに返し、ジョッキの水を無駄に勢いよく飲み干す。
だが、耳まで赤く染まっているのを雷蔵は見逃さない。

「ははっ、ツンデレだなぁ、お前は」

「ぶっ飛ばすぞ」

箸を握る手に微妙に力が入る。
しかし、そんな反応も雷蔵にはお見通しだった。

「ま、お前が強くなろうが、どんな道を選ぼうが、俺はお前の味方だ。それだけは覚えておけ」

「……勝手にしろ」

朔夜はふてくされたように呟きながら、焼けた肉をひっくり返す。
けれど、その言葉が心に響いたのは否定できなかった。

今の自分には夕璃がいる。
夕璃のためなら俺は──。

「……チッ、余計なこと言いやがって」

小さく舌打ちしながら、朔夜は焼き上がった肉を口に放り込む。
なぜか、さっきまでよりもほんの少し、味がしみるように感じた。




店を出ると、夜の風が焼肉屋の熱気を和らげるように吹き抜けた。
煙と脂の匂いがまだ衣服に染みついているが、それすらも心地よく感じる。

「ふぅ……食った食った」

雷蔵が満足げに伸びをしながら、夜空を見上げた。

朔夜も無言で腹をさすった。
さすがに食いすぎた。雷蔵に煽られたせいで、負けじと肉を詰め込みすぎた気がする。
少し動くだけで胃に響くのがわかる。

そんな朔夜の様子を見て、雷蔵はニヤリと笑う。

「さて、そろそろ帰るか。お前、腹いっぱいで動けねぇんじゃねぇか?」

「……うるせぇ」

朔夜はそっぽを向き、歩き出す。
だが、その歩幅はほんの少し、雷蔵の隣に合わせるようにしていた。

「それにしても、もう少し食えたな」

「いや、ジジィが異常なだけだ」

飄々とした雷蔵の態度に、朔夜は小さくため息をつく。
けれど、その顔には、微かに笑みが浮かんでいた。

「……なぁ、ジジィ」

「ん?」

「ジジィが今まで戦ってきた悪魔の中で、一番厄介だったのって、どんなヤツだ?」

唐突な問いに、雷蔵は眉を上げた。
そして、少しだけ考える仕草を見せた後、ふっと口元をゆるめる。

「……そりゃまぁ、色々いたがな」

「例えば?」

「例えば……名前を言うだけで呪いがかかる悪魔とか、倒したと思ったら時間を巻き戻してくるヤツとか……まぁ、厄介な連中は山ほどいる」

「……マジか」

朔夜は思わず顔をしかめた。
戦闘力だけじゃなく、そういう概念を操る悪魔の話を聞くたびに、自分の力がどこまで通用するのかを考えさせられる。

雷蔵は煙管をくゆらせながら、静かに言葉を続ける。

「でもな……俺が今まで戦った中で、一番厄介だったのは自分自身だ」

「……?」

朔夜は眉をひそめる。

「どういうことだ?」

「簡単な話よ。どんなに強くなっても、人間ってのは迷う生き物だからな」

雷蔵の言葉は、どこか遠くを見つめるような響きを持っていた。

「戦いの中で力を求めすぎて、何が正しいのかわからなくなることもある。それこそ、お前が今抱えてる問題──悪魔の力をどう扱うかってのも、その一つだ」

「……」

朔夜は黙ったまま、雷蔵の言葉を聞いていた。

「俺も昔はな、どこまでが俺で、どこからが力に飲まれる境界線なのかなんてことを考えたことがある」

「……答えは出たのか?」

雷蔵は少しだけ目を細めた。

「──まだ、わかんねぇよ」

その答えに、朔夜は目を見開いた。
雷蔵ほどの男でも、未だに答えを見つけられていない。
その事実が、妙にリアルに感じられた。

「けどな、一つだけ言えるのは……」

雷蔵は立ち止まり、朔夜をじっと見つめた。

「お前が自分自身を見失いそうになったら、俺が止めてやるってことだ」

真っ直ぐな言葉。
迷いのない視線。

それは、焼肉屋での何気ない会話とは違い、雷蔵の誓いのように感じられた。

「……」

朔夜は視線を逸らしながら、ふっと苦笑する。

「……ったく、ジジィが柄にもないかっこいいこと言うなよな……」

「ハハッ、ガキが照れるなよ」

「照れてねぇっての」

「ほう、じゃあ今の反応は?」

「……マジでうるせぇ」

二人のやり取りが、夜の街に溶けていく。

どこか賑やかで、どこか温かい。
そんな時間が、しばらく続いた。

「さ、帰るぞ」

「ジジィが焼肉屋で酒飲みすぎたせいで、帰るのが遅くなったんだろうが」

「細けぇことは気にすんな」

そう言って、雷蔵は先を歩く。
朔夜はため息をつきながらも、自然とその背を追いかけた。

──この先、どんな道を歩もうとも。
俺は、俺のままでいる。
そして、この男は、いつまでも俺の味方でいてくれる。

そんな確信を胸に、朔夜は夜風に吹かれながら歩みを進めた。

夜の闇は深く、それでも──
足元に続く道は、どこまでも明るく見えた。








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