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異端の翼
お祝い-1
しおりを挟む夜の街にネオンが瞬き、道行く人々が談笑しながら店に入っていく。
その中の一軒、店の前に堂々と掲げられた炭火焼肉《雷神》の看板が、白い煙を吐きながら、食欲をそそる匂いを振りまいていた。
その扉を開けた瞬間──
「おせぇぞ、朔夜!さっさと座れ!」
耳をつんざくような声が店内に響く。
「……呼び出しといて、開口一番それかよ」
朔夜はため息をつきながら、奥の席で腕を組んで待つ雷蔵の向かいに座った。
彼の前には、すでに高級和牛の盛り合わせが山のように積まれている。
「ジジィ、ちょっとは財布の心配とか──」
「誰に向かって言ってんだ。俺は六芒星だぞ?このくらい屁でもねぇ!」
どん!とテーブルを叩く雷蔵。
まるで戦場に挑む兵士のような眼光に、朔夜は半ば呆れ、半ば感心する。
「ほら、遠慮すんな。食え食え!」
「……なら、遠慮なく」
タレにくぐらせた肉を網に乗せる。
じゅうじゅうと焼ける音が心地よく、炭火の香ばしい煙が鼻腔をくすぐった。
──至福。
「やっぱ、肉は最高だな……」
思わず呟く朔夜。
「だろ?1人暮らしだとまともな飯も食えなかったろうからな」
「……まあな」
雷蔵はニヤリと笑いながらジョッキを傾ける。
その表情が、不意に何かを企んでいるように見えた。
「よし、そろそろ勝負すっか」
「……は?」
「どっちが多く食えるか、勝負だ」
雷蔵の目がギラリと光る。
しかし、朔夜は即座に拒否する。
「ジジィ、年を考えろ」
「バカ言え!俺は胃袋まで鍛えてるんだ!」
「……バカじゃねぇの?」
しかし、もう遅かった。
「よし、じゃあ始めるぞ!ルールは簡単、食った皿の数で勝負だ!」
「ったく……付き合ってらんねぇな」
結局、朔夜も巻き込まれる。
戦いの火蓋は、否応なしに切って落とされた。
開始五分。
網の上では、肉が次々と焼かれ、焼き上がるや否や朔夜と雷蔵の口の中へと消えていった。
開始十分。
「……ジジィ、食うの速すぎね?」
「ハッハッハ!これが鍛えられた胃袋の力よ!」
開始十五分。
「待て待て待て待て!」
朔夜が叫ぶ。
雷蔵の皿の上には、次々と焼かれた肉が積まれていく。
「これ、俺が焼いた肉じゃねぇか!?」
「ちょうど焼き加減が良かったんでな」
「この野郎!!」
焼肉屋に響き渡る朔夜の怒号。
そして、それに重なるように雷蔵の豪快な笑い声が響いた。
「ガハハハ!甘いな、朔夜!戦場では隙を見せた方が負けるんだよ!」
「どこが戦場だ!!」
この焼肉バトル、どこへ向かうのか。
いや、行く先など知る由もない。
焼肉の香ばしい煙が立ち込める店内。
朔夜と雷蔵は、互いに肉を頬張りながら、子どもじみた食べ比べを繰り広げていた。
しかし、ふとした瞬間。
雷蔵が手を止め、じっと朔夜を見つめる。
その視線は、先ほどまでの陽気なものではなく、祓魔師としての師の眼差しだった。
「……で、お前の中のあいつとは、上手くやれてるのか?」
煙がゆらめき、肉の焼ける音が微かに響く中、低く響いた雷蔵の問い。
普段は軽口ばかりの彼が、こうして真剣な声を出すことは珍しい。
それだけ、この話題は軽く扱えないものなのだと伝わってくる。
朔夜は無言のまま、箸を止めた。
一瞬だけ目を伏せ、それからゆっくりと口を開く。
「……うまくやるも何も、時々囁いてくるだけだ」
そう言いながら、無意識に手を握りしめる。
悪魔ヴォルヴェス──彼の中に巣食う存在。
四六時中囁いてくるわけではないが、気を抜けばその声が意識の奥底から響いてくる。
「力が欲しいか?」
「お前なら、私の力を使いこなせる」
「拒むな、共に戦え」
甘美で、蠱惑的な声。
ヴォルヴェスは、決して朔夜を急かしたりはしない。
ただ、静かに。
まるで忍耐強い狩人が獲物を追うように、じわじわと心の奥に入り込もうとする。
それが、厄介だった。
雷蔵は煙管をくゆらせ、紫煙をゆっくりと吐き出す。
「なら、大丈夫だな」
言葉だけを聞けば、安心しているように思える。
しかし、その眼差しには、警戒と憂いがにじんでいた。
「ただし、安心するのはまだ早い。悪魔ってのは、自分の住処を探してるもんだ」
「……居心地?」
「そうだ。お前の中に隙ができりゃ、そいつはそこに入り込んでくる。ここが俺の棲家だってな」
雷蔵の表情は険しかった。
まるで、実際にその光景を見てきたかのような、そんな重みがある。
朔夜はグラスの氷を揺らしながら、静かに息を吐いた。
「お前が力を求めれば求めるほど、ヤツはそこにつけこむ。自分の力が必要だと思えば思うほど、悪魔のささやきは強くなる」
図星だった。
夕璃を守るため、自分自身を守るため。
そのたびに、ヴォルヴェスの声は強くなっている気がする。
「……そんなもん、わかってるよ」
そう絞り出すように言った朔夜に、雷蔵はふっと笑う。
だが、その声には微かに不安が滲んでいた。
「いいか。もしお前が本当にヤバくなった時……遠慮なく俺を頼れ」
「……あぁ」
朔夜は小さく頷く。
雷蔵が真剣に心配してくれているのは、痛いほどわかった。
だが、次の瞬間。
雷蔵は鋭い目を向け、まるで釘を刺すように言い放った。
「俺はお前を見捨てねぇよ」
「……は?、何も急に…」
「俺はお前を始末する側には回らねぇよ。絶対にな」
雷蔵の言葉に、朔夜の目が大きく見開かれる。
その声には、迷いも、疑いもなかった。
ただ、絶対的な信頼があった。
「俺はお前の師匠だ。何があっても、お前の味方だ」
まっすぐな視線が、朔夜を貫く。
その瞬間、胸の奥が、少しだけ熱くなった。
「……ったく……」
ぶっきらぼうに言いながら、朔夜は少しだけ顔を背ける。
それを見て、雷蔵はニヤリと笑った。
「ガキが照れるな」
「照れてねぇよ!」
「ほう、じゃあ今のはなんだ?」
「……マジでうるせぇ」
「おーおー、反抗期か?」
「ずっと変わらねぇよ、俺は」
ツンツンした態度をとる朔夜に、雷蔵は楽しそうに笑い、ビールを煽った。
師弟の夜は、まだまだ続く──。
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