児童絵本館のオオカミ

火隆丸

文字の大きさ
4 / 14

クロダさん

しおりを挟む
「私はこの児童絵本館で長い間、オオカミの着ぐるみとして、子供たちを楽しませてきた。あの頃は毎日が楽しかったよ」

「人気者だったんですね」

「ああ。児童絵本館の人が私の中に入ってくれたおかげで、私は動くことができた。
 その中でも、クロダさんは私のことをいつも大切に思ってくれていた」

 ふと、オオカミの着ぐるみの声がやさしくなりました。

「クロダさんは児童絵本館の館長でね、子供たちをやさしく見守ってくれる人だった。大きくてがっしりした、おじさんだったよ。子供たちからはクロ館長と呼ばれていたね。いつも笑顔を忘れない人だったよ」

「いい館長さんだったんですね」

「そう。初めて出会った時からそうだった。
 私は元々、遠い町の着ぐるみ職人さんの手でつくられたんだ。着ぐるみ職人さんは、いろいろな着ぐるみをつくっていた。ネコにゴリラ、ライオン……どれも人をやさしく包めるように、丁寧につくっていたな。
 着ぐるみ職人さんはいつも言っていた。着ぐるみは人を幸せにする力があるってね。
 私もまた、人を楽しませる着ぐるみとして、生まれてきた。見た目は本物みたいに怖いオオカミだけど、きっとみんなを笑顔にできるよってね。
 着ぐるみ職人さんとクロダさんは知り合いでね、児童絵本館ができたお祝いに、私はここにやってきたんだ。ここならきっと、活躍できるって言われたんだ。私はわくわくしていたよ。
 でも、送られてきた私を見て、児童絵本館の職員さんたちは不安そうな顔になったんだ」

「不安?」
影はたずねました。

「児童絵本館の職員さんたちは言ったんだ。
『オオカミなんて、子供たち怖がるわ』
『パンダやウサギの着ぐるみの方がいいでしょ』
『本物みたいで不気味だわ』
 と。
 私は怖い着ぐるみだって思われたんだよ。
 でも、クロダさんは違った。
『いやいや、オオカミだってかわいいよ。私がきっと、人気者にしてやるさ。どんな着ぐるみだって、中に入る人間の心次第で変わるものさ』
 そうして、クロダさんは私を受け入れてくれた。
 私はとてもうれしかった。
 それから、クロダさんは私を着て、子供たちの前に立った。
 小さい子供たちは、本物のオオカミが二本足で立って動いているように見えただろう。もちろん、私の中にクロダさんが入っていることなんて、夢にも思っていなかっただろう。
 当然、子供たちは私を見て怖がった。私を見るなり、一目散に逃げる子もいたよ。でも、クロダさんはめげなかった。子供たちが私を好きになってくれるように、色々なことをしたんだ。
 子供たちの間で流行っている歌を調べてダンスを踊ったり、児童絵本館に来た子供たちに折り紙を配ったり……
 私の中のクロダさんは必死だったよ。毎日私を着ては、子供たちを集めるための踊りやポーズを考えていた」

「クロダさん、必死だったんですね」

「必死だったとも。いつも汗だくになるまで、私を着ていた。終わるころには、私の体の中は汗でいっぱいだった。
 だからクロダさんは、毎晩私を丁寧に手入れしてくれた。柔らかい布で、臭いや汚れを取ってくれた。甘いレモンの香りがするスプレーもかけてくれたな。とても気持ちがよかったよ。
 汚れを取ったら、窓辺に私を寝かせてくれた。明日はきっとうまくいくさ。ってね。
 窓からはきれいな月や星が見えたな。明日もクロダさんと頑張ろう。そう思いながら、私は毎晩眠りについたな。
 そんな日を繰り返しながら、クロダさんと私は子供たちを喜ばせようと頑張った。でも、子供たちはなかなか私に近づこうとしなかった」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣のじいさん

kudamonokozou
児童書・童話
小学生の頃僕は祐介と友達だった。空き家だった隣にいつの間にか変なじいさんが住みついた。 祐介はじいさんと仲良しになる。 ところが、そのじいさんが色々な騒動を起こす。 でも祐介はじいさんを信頼しており、ある日遠い所へ二人で飛んで行ってしまった。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

青色のマグカップ

紅夢
児童書・童話
毎月の第一日曜日に開かれる蚤の市――“カーブーツセール”を練り歩くのが趣味の『私』は毎月必ずマグカップだけを見て歩く老人と知り合う。 彼はある思い出のマグカップを探していると話すが…… 薄れていく“思い出”という宝物のお話。

少年イシュタと夜空の少女 ~死なずの村 エリュシラーナ~

朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
イシュタは病の妹のため、誰も死なない村・エリュシラーナへと旅立つ。そして、夜空のような美しい少女・フェルルと出会い…… 「昔話をしてあげるわ――」 フェルルの口から語られる、村に隠された秘密とは……?  ☆…☆…☆  ※ 大人でも楽しめる児童文学として書きました。明確な記述は避けておりますので、大人になって読み返してみると、また違った風に感じられる……そんな物語かもしれません……♪  ※ イラストは、親友の朝美智晴さまに描いていただきました。

黒地蔵

紫音みけ🐾書籍発売中
児童書・童話
友人と肝試しにやってきた中学一年生の少女・ましろは、誤って転倒した際に頭を打ち、人知れず幽体離脱してしまう。元に戻る方法もわからず孤独に怯える彼女のもとへ、たったひとり救いの手を差し伸べたのは、自らを『黒地蔵』と名乗る不思議な少年だった。黒地蔵というのは地元で有名な『呪いの地蔵』なのだが、果たしてこの少年を信じても良いのだろうか……。目には見えない真実をめぐる現代ファンタジー。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

紅薔薇と森の待ち人

石河 翠
児童書・童話
くにざかいの深い森で、貧しい若者と美しい少女が出会いました。仲睦まじく暮らす二人でしたが、森の周辺にはいつしか不穏な気配がただよいはじめます。若者と彼が愛する森を守るために、少女が下した決断とは……。 こちらは小説家になろうにも投稿しております。 表紙は、夕立様に描いて頂きました。

夏空、到来

楠木夢路
児童書・童話
大人も読める童話です。 なっちゃんは公園からの帰り道で、小さなビンを拾います。白い液体の入った小ビン。落とし主は何と雷様だったのです。

サッカーの神さま

八神真哉
児童書・童話
ぼくのへまで試合に負けた。サッカーをやめようと決心したぼくの前に現れたのは……

処理中です...