児童絵本館のオオカミ

火隆丸

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クロダさん

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「私はこの児童絵本館で長い間、オオカミの着ぐるみとして、子供たちを楽しませてきた。あの頃は毎日が楽しかったよ」

「人気者だったんですね」

「ああ。児童絵本館の人が私の中に入ってくれたおかげで、私は動くことができた。
 その中でも、クロダさんは私のことをいつも大切に思ってくれていた」

 ふと、オオカミの着ぐるみの声がやさしくなりました。

「クロダさんは児童絵本館の館長でね、子供たちをやさしく見守ってくれる人だった。大きくてがっしりした、おじさんだったよ。子供たちからはクロ館長と呼ばれていたね。いつも笑顔を忘れない人だったよ」

「いい館長さんだったんですね」

「そう。初めて出会った時からそうだった。
 私は元々、遠い町の着ぐるみ職人さんの手でつくられたんだ。着ぐるみ職人さんは、いろいろな着ぐるみをつくっていた。ネコにゴリラ、ライオン……どれも人をやさしく包めるように、丁寧につくっていたな。
 着ぐるみ職人さんはいつも言っていた。着ぐるみは人を幸せにする力があるってね。
 私もまた、人を楽しませる着ぐるみとして、生まれてきた。見た目は本物みたいに怖いオオカミだけど、きっとみんなを笑顔にできるよってね。
 着ぐるみ職人さんとクロダさんは知り合いでね、児童絵本館ができたお祝いに、私はここにやってきたんだ。ここならきっと、活躍できるって言われたんだ。私はわくわくしていたよ。
 でも、送られてきた私を見て、児童絵本館の職員さんたちは不安そうな顔になったんだ」

「不安?」
影はたずねました。

「児童絵本館の職員さんたちは言ったんだ。
『オオカミなんて、子供たち怖がるわ』
『パンダやウサギの着ぐるみの方がいいでしょ』
『本物みたいで不気味だわ』
 と。
 私は怖い着ぐるみだって思われたんだよ。
 でも、クロダさんは違った。
『いやいや、オオカミだってかわいいよ。私がきっと、人気者にしてやるさ。どんな着ぐるみだって、中に入る人間の心次第で変わるものさ』
 そうして、クロダさんは私を受け入れてくれた。
 私はとてもうれしかった。
 それから、クロダさんは私を着て、子供たちの前に立った。
 小さい子供たちは、本物のオオカミが二本足で立って動いているように見えただろう。もちろん、私の中にクロダさんが入っていることなんて、夢にも思っていなかっただろう。
 当然、子供たちは私を見て怖がった。私を見るなり、一目散に逃げる子もいたよ。でも、クロダさんはめげなかった。子供たちが私を好きになってくれるように、色々なことをしたんだ。
 子供たちの間で流行っている歌を調べてダンスを踊ったり、児童絵本館に来た子供たちに折り紙を配ったり……
 私の中のクロダさんは必死だったよ。毎日私を着ては、子供たちを集めるための踊りやポーズを考えていた」

「クロダさん、必死だったんですね」

「必死だったとも。いつも汗だくになるまで、私を着ていた。終わるころには、私の体の中は汗でいっぱいだった。
 だからクロダさんは、毎晩私を丁寧に手入れしてくれた。柔らかい布で、臭いや汚れを取ってくれた。甘いレモンの香りがするスプレーもかけてくれたな。とても気持ちがよかったよ。
 汚れを取ったら、窓辺に私を寝かせてくれた。明日はきっとうまくいくさ。ってね。
 窓からはきれいな月や星が見えたな。明日もクロダさんと頑張ろう。そう思いながら、私は毎晩眠りについたな。
 そんな日を繰り返しながら、クロダさんと私は子供たちを喜ばせようと頑張った。でも、子供たちはなかなか私に近づこうとしなかった」
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