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3 素晴らしい人
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カメルレンゴ侯爵家の晩餐会から帰ると、妹は私がお医者様に処方された薬をしばらく調べ、薬の入れ物に色を塗った。
「これくらいはっきりした色なら、おわかりになるでしょう?」
「ええ。ありがとう、オクタヴィア」
「順番は、青で消毒、赤が軟膏、最後にこの白い箱のピンでガーゼを取って」
「助かるわ」
「重ねたガーゼをピンで押さえるようにしてありますから」
「本当にありがとう」
生まれつき目の悪い私は、もうすぐ鼻先がつくというくらい近づかないと物が見えない。いつも世界はぼやけている。
父は、母譲りの美貌だという私の顔をとても重視していたけれど、他の人と比べる機会もないから、私にはその価値がよくわからなかった。わからなかったけれど、目の悪い私にとっては、母に似た顔が生きる資格だった。
それが、失われた。
鏡に顔を寄せて確かめた私の火傷は、酷かった。
左の頬から上、額の中央辺りにかけて、目を渡って爛れてしまっていた。
「しばらく熱が出たのではありませんか? 大変な時に看病できず、すみませんでした」
「謝らないで。あなたは大切な役目があったのだもの。晩餐会はどうだった?」
「勉強になりました」
「そう。楽しかった?」
「はい」
「あなたなら、きっと有意義に過ごせたでしょうね。行ったのが私じゃなくあなたでよかったのかも」
「皆、お姉様を心配しておられました」
「ご迷惑をかけていなければいいけど」
「要らぬ心配というものですよ」
向かいに座る妹の影が近づいて、顔の包帯を解き始める。
「そんな事よりご自分の心配をしてください。これからは努力しなくてはいけない事が増えました。もう少し火傷が落ち着けば、毎日の手当ても楽になりますから。頑張りましょう」
「できるだけ、あなたの手を煩わせないように」
「そうではなくて。私はお姉様と添い遂げるわけではないのですから、不自由が多くても、なんでもご自分で、ご自分のいいようにできるようにならなくてはいけません」
「その通りだわ。身支度も満足にできないのでは、笑えないわね」
「あれは……お父様が急かしたせいです。恐怖と、焦り。急かされたせいで、見えない中で混乱されれば、誰でも取り乱します」
「あなたが強く言ってくれたから、お医者様がすぐ来てくださったのよ」
「……私でも、至らない時はあります」
「火傷は私がどんくさいせい。あなたがそんな声を出す事はないわ。むしろ、こんなに支えてくれて、私はなにもお返しできない……歯痒いばかりだわ」
「姉妹だから当然です。誤解を恐れずに言わせて頂きますと、こうなった今、お父様は眼鏡をお許しになるのでは? 」
「そうかもね」
父は、眼鏡をかけると醜くなると言って、私に眼鏡を禁じた。
「顔に疵がついたお人形だもの。眼鏡かけようと太ろうと老けようと関係ないわ」
「笑ったら痛みませんか?」
「ちょっとね。あなたと会えて嬉しくて」
「たった7日ですよ。さあ、消毒します」
妹は、言うなれば義人。
年下で同じ女なのに、落ち着いていて賢くて、私にとって永遠の憧れだ。
「……!」
私は黙って妹の手当てを受けた。
消毒するたびに、いっそ死んでしまえたらと思う。
そして涙があふれる。
痛い。痛すぎる。
「明日の朝は、ご自分でやってください。隣にいますので」
「……っ」
お礼を言う余裕もない。
けれど、それをどうこう言う妹ではないのもわかっていた。
私は、頼れる妹に甘えている。
しっかりしなくては。
でも、父に眼鏡を許してもらえるようになったら、あれこれと妹の手を煩わせずに済むし、なにか役に立てるような事も覚えられるかもしれない。
「リーヴァ卿はお姉様を愛しています」
私が言い返せない時を狙って、妹は言った。
その話はしないで、とも言えない。声が出ない。
「きっと、ご自分が痛みを引き受けたいと願われるでしょう」
「……っ」
「大丈夫です。お姉様」
私は涙を零しながら、希望を抱きかけている自分に恐れを覚えた。
妹は、常に、正しい人。
素晴らしい人だ。
その妹がそう言うなら、それが真実ではないかと……思ってしまった。
そして、それは、その通りだった。
「これくらいはっきりした色なら、おわかりになるでしょう?」
「ええ。ありがとう、オクタヴィア」
「順番は、青で消毒、赤が軟膏、最後にこの白い箱のピンでガーゼを取って」
「助かるわ」
「重ねたガーゼをピンで押さえるようにしてありますから」
「本当にありがとう」
生まれつき目の悪い私は、もうすぐ鼻先がつくというくらい近づかないと物が見えない。いつも世界はぼやけている。
父は、母譲りの美貌だという私の顔をとても重視していたけれど、他の人と比べる機会もないから、私にはその価値がよくわからなかった。わからなかったけれど、目の悪い私にとっては、母に似た顔が生きる資格だった。
それが、失われた。
鏡に顔を寄せて確かめた私の火傷は、酷かった。
左の頬から上、額の中央辺りにかけて、目を渡って爛れてしまっていた。
「しばらく熱が出たのではありませんか? 大変な時に看病できず、すみませんでした」
「謝らないで。あなたは大切な役目があったのだもの。晩餐会はどうだった?」
「勉強になりました」
「そう。楽しかった?」
「はい」
「あなたなら、きっと有意義に過ごせたでしょうね。行ったのが私じゃなくあなたでよかったのかも」
「皆、お姉様を心配しておられました」
「ご迷惑をかけていなければいいけど」
「要らぬ心配というものですよ」
向かいに座る妹の影が近づいて、顔の包帯を解き始める。
「そんな事よりご自分の心配をしてください。これからは努力しなくてはいけない事が増えました。もう少し火傷が落ち着けば、毎日の手当ても楽になりますから。頑張りましょう」
「できるだけ、あなたの手を煩わせないように」
「そうではなくて。私はお姉様と添い遂げるわけではないのですから、不自由が多くても、なんでもご自分で、ご自分のいいようにできるようにならなくてはいけません」
「その通りだわ。身支度も満足にできないのでは、笑えないわね」
「あれは……お父様が急かしたせいです。恐怖と、焦り。急かされたせいで、見えない中で混乱されれば、誰でも取り乱します」
「あなたが強く言ってくれたから、お医者様がすぐ来てくださったのよ」
「……私でも、至らない時はあります」
「火傷は私がどんくさいせい。あなたがそんな声を出す事はないわ。むしろ、こんなに支えてくれて、私はなにもお返しできない……歯痒いばかりだわ」
「姉妹だから当然です。誤解を恐れずに言わせて頂きますと、こうなった今、お父様は眼鏡をお許しになるのでは? 」
「そうかもね」
父は、眼鏡をかけると醜くなると言って、私に眼鏡を禁じた。
「顔に疵がついたお人形だもの。眼鏡かけようと太ろうと老けようと関係ないわ」
「笑ったら痛みませんか?」
「ちょっとね。あなたと会えて嬉しくて」
「たった7日ですよ。さあ、消毒します」
妹は、言うなれば義人。
年下で同じ女なのに、落ち着いていて賢くて、私にとって永遠の憧れだ。
「……!」
私は黙って妹の手当てを受けた。
消毒するたびに、いっそ死んでしまえたらと思う。
そして涙があふれる。
痛い。痛すぎる。
「明日の朝は、ご自分でやってください。隣にいますので」
「……っ」
お礼を言う余裕もない。
けれど、それをどうこう言う妹ではないのもわかっていた。
私は、頼れる妹に甘えている。
しっかりしなくては。
でも、父に眼鏡を許してもらえるようになったら、あれこれと妹の手を煩わせずに済むし、なにか役に立てるような事も覚えられるかもしれない。
「リーヴァ卿はお姉様を愛しています」
私が言い返せない時を狙って、妹は言った。
その話はしないで、とも言えない。声が出ない。
「きっと、ご自分が痛みを引き受けたいと願われるでしょう」
「……っ」
「大丈夫です。お姉様」
私は涙を零しながら、希望を抱きかけている自分に恐れを覚えた。
妹は、常に、正しい人。
素晴らしい人だ。
その妹がそう言うなら、それが真実ではないかと……思ってしまった。
そして、それは、その通りだった。
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