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8 貴族の威厳と礼節について
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ある、いつもと変わらない昼下がり。
厳密には同じように見えて日々変わりゆくものだけれど、今はそんな事はどうでもいい。大事の前の小事。
「ヴィクトリヤ・ブリノヴァ! 我々は抗議する!!」
「!?」
窓の外で急に誰かが叫んだと思ったら、私と同時にメイドが震えた。
そしてメイドが泣き出した。
「大丈夫よ。中にまでは入ってこないわ」
「はいッ、お嬢様……っ」
と励ましながらも、軽い立ち眩みに額を押さえた。
どういう事……?
馬車も拾えないような人たちが、ここにたどり着けるなんて。
「領地を越えて……」
ゾッとした。
想定外の威力に、私は芯から震えた。
「ヴィクトリヤ・ブリノヴァ! 婚約を破棄しなさいッ!!」
「婚約破棄しなさい!」
「……えええ?」
いったい、なにを考えているの?
私を一族に迎えたくないほど嫌いなのはわかったけれど、私に婚約破棄をしろって、それじゃあ両家の家名に傷がつく。しかも私に非があるならエクトル伯爵から婚約破棄すればいいのに。
まあ、私に非はないのだけど……
「「我々は抗議する!!」」
「……」
それにしても、どうして頑なに一人称が不自由なの!?
なんでよ!?
「……落ち着くのよ、ヴィクトリヤ。混乱しては駄目。ただの叫んでいる母娘」
自らに言い聞かせ、理性を繋ぎとめる。
そしてそれは成功した。
「お嬢様」
部屋の戸口に執事が姿を現した。
「マックスがマラチエ家に向かいました」
「よかった……!」
「旦那様は、ひとまず疲れて帰るのを待つと」
「わかったわ。ありがとう」
しかし、私はまだ本当の恐怖を知らなかった。
長年に渡りエクトル伯爵に勝利し続けてきたエクトル伯爵夫人メリンダと娘のジャニスは、陽が沈んでも同じ怒声をあげていた。
「「ヴィクトリヤ・ブリノヴァ! 我々は抗議する!!」」
「婚約を破棄しなさい!」
「あなたにウスターシュは相応しくない!!」
「私のウスターシュを洗脳した極悪人!! この婚約をとりけせえぇぇぇっ!!」
「キエエェェェェェッ!!」
日が暮れる。
由緒正しい伯爵家の伯爵夫人と令嬢を、野宿させるわけにはいかない。
私は父と相談し、ふたりを客間に通す決断を下した。
父と執事と使用人の主だった男性を盾にして、玄関広間の扉を開けた。
そのとき。
「──!」
卵が、私の額で弾けた。
「絶対に結婚はさせないわよ!」
「……」
ジャニスの遠吠えを聞きながら、私は指の背で卵白を拭った。卵白を拭おうと思ってやったわけではない。拭ったら卵白だったのだ。黄身は割れずに鼻の上を滑り落ち、ドレスの前身頃に落ちていった。
父も、使用人たちも、絶句している。
「あなたはあたくしから夫と息子を奪った! 悪魔めえぇぇっ!!」
私は、完全に振り切れた。
振り切れて、微笑み、ふたりに歩み寄る。
「──ようこそ、エクトル伯爵夫人。ジャニス嬢。お部屋を用意致しました」
「触らないでッ!」
「笑ってるんじゃないわよ! 頭おかしいんじゃないのっ!?」
全員でなんとか宥めすかして客間に圧し込み、扉を閉める。
敵は、捕獲した。
「最上級のおもてなしをして、絶対に外に出さないで」
「し、しかし……お嬢様」
「相手が人間ではないからといって礼を欠いてはブリノヴァ家の恥です」
「わ、わかりました」
あと6時間も待てば、大急ぎでエクトル伯爵かウスターシュがやってくる。今夜は来なくても明日の朝には息を切らして着くだろう。
他人様に迷惑をかけない限り、珍獣母娘の全責任は彼らにある。
なにかしらの結論を導き出しても差し支えない頃合いだ。
厳密には同じように見えて日々変わりゆくものだけれど、今はそんな事はどうでもいい。大事の前の小事。
「ヴィクトリヤ・ブリノヴァ! 我々は抗議する!!」
「!?」
窓の外で急に誰かが叫んだと思ったら、私と同時にメイドが震えた。
そしてメイドが泣き出した。
「大丈夫よ。中にまでは入ってこないわ」
「はいッ、お嬢様……っ」
と励ましながらも、軽い立ち眩みに額を押さえた。
どういう事……?
馬車も拾えないような人たちが、ここにたどり着けるなんて。
「領地を越えて……」
ゾッとした。
想定外の威力に、私は芯から震えた。
「ヴィクトリヤ・ブリノヴァ! 婚約を破棄しなさいッ!!」
「婚約破棄しなさい!」
「……えええ?」
いったい、なにを考えているの?
私を一族に迎えたくないほど嫌いなのはわかったけれど、私に婚約破棄をしろって、それじゃあ両家の家名に傷がつく。しかも私に非があるならエクトル伯爵から婚約破棄すればいいのに。
まあ、私に非はないのだけど……
「「我々は抗議する!!」」
「……」
それにしても、どうして頑なに一人称が不自由なの!?
なんでよ!?
「……落ち着くのよ、ヴィクトリヤ。混乱しては駄目。ただの叫んでいる母娘」
自らに言い聞かせ、理性を繋ぎとめる。
そしてそれは成功した。
「お嬢様」
部屋の戸口に執事が姿を現した。
「マックスがマラチエ家に向かいました」
「よかった……!」
「旦那様は、ひとまず疲れて帰るのを待つと」
「わかったわ。ありがとう」
しかし、私はまだ本当の恐怖を知らなかった。
長年に渡りエクトル伯爵に勝利し続けてきたエクトル伯爵夫人メリンダと娘のジャニスは、陽が沈んでも同じ怒声をあげていた。
「「ヴィクトリヤ・ブリノヴァ! 我々は抗議する!!」」
「婚約を破棄しなさい!」
「あなたにウスターシュは相応しくない!!」
「私のウスターシュを洗脳した極悪人!! この婚約をとりけせえぇぇぇっ!!」
「キエエェェェェェッ!!」
日が暮れる。
由緒正しい伯爵家の伯爵夫人と令嬢を、野宿させるわけにはいかない。
私は父と相談し、ふたりを客間に通す決断を下した。
父と執事と使用人の主だった男性を盾にして、玄関広間の扉を開けた。
そのとき。
「──!」
卵が、私の額で弾けた。
「絶対に結婚はさせないわよ!」
「……」
ジャニスの遠吠えを聞きながら、私は指の背で卵白を拭った。卵白を拭おうと思ってやったわけではない。拭ったら卵白だったのだ。黄身は割れずに鼻の上を滑り落ち、ドレスの前身頃に落ちていった。
父も、使用人たちも、絶句している。
「あなたはあたくしから夫と息子を奪った! 悪魔めえぇぇっ!!」
私は、完全に振り切れた。
振り切れて、微笑み、ふたりに歩み寄る。
「──ようこそ、エクトル伯爵夫人。ジャニス嬢。お部屋を用意致しました」
「触らないでッ!」
「笑ってるんじゃないわよ! 頭おかしいんじゃないのっ!?」
全員でなんとか宥めすかして客間に圧し込み、扉を閉める。
敵は、捕獲した。
「最上級のおもてなしをして、絶対に外に出さないで」
「し、しかし……お嬢様」
「相手が人間ではないからといって礼を欠いてはブリノヴァ家の恥です」
「わ、わかりました」
あと6時間も待てば、大急ぎでエクトル伯爵かウスターシュがやってくる。今夜は来なくても明日の朝には息を切らして着くだろう。
他人様に迷惑をかけない限り、珍獣母娘の全責任は彼らにある。
なにかしらの結論を導き出しても差し支えない頃合いだ。
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