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「……冗談じゃないわ……っ」

「?」


 ぬらり。
 泣き濡れた美貌の若き公爵夫人オリヴィアが、黒い靄を纏う感じて立ちあがった。


「あれは……全部アンジュが言い出した事……私はただ、愛されて、従っただけ……こんな、こんな仕打ちを受ける筋合いはないわ……」


 ちょっとブツブツ言っているので、聞こえない。
 けれど、鍛錬に鍛錬を重ねたリュシルと、近い位置にいたテーブル席の貴族の耳には届いていた様子。


「ム……貴様ァ」

「なんて高慢な小娘でしょう!」

「恥を知れ!」


 云々。
 ヤジの集中投下にも、オリヴィアは怒りを顕わに立ち向かう。

 
「……ふっ」


 いいわぁ~♪
 そう来なくっちゃ♪


「陛下!?」


 オリヴィアが声を張り上げた。
 いいわよ。
 物申したいなら、聞いてあげる。


「なぁに? オリヴィア」

「陛下のお気持ちはよくわかりました。夫は死ぬまでマメを食べればいいと思います」

「!?」


 アンジュが驚愕の表情で妻を凝視。
 夫婦の絆は、これにて終了かしら?


「ですが! 私たちだけに罪がありますか!? 嘘をついたのは陛下が先なのでは!?」

「なんてこと!」

「陛下に口答えなど……!」


 騒めいた貴族たちに、私は右手を掲げた。
 静かになった。

 言わせておけばいいのよ。
 これから叩き潰すんだもの、エキサイトしてもらったほうが、楽しいじゃない♪

 妻の反撃に勇気をもらったのか、アンジュがスプーンを震わせながら立ち上がった。


「そ……っ、そうだ……! そうですよ! 陛下だって嘘をついたんだ! 君が同盟国の女王になるなんて知っていたらオリヴィアとは結婚しなかった! しませんでした!!」

「!?」


 言い直したアンジュをオリヴィアがキッと睨む。


「あんたは黙ってマメ食ってなさいッ!!」

「はあっ!? 君こそ喋ってないでさっさとサイコロ振れよ!! お前たちも、さっさと振って早くコレを終わらせろ!!」

「一口目を食べてから言えばぁッ!?」


 夫婦喧嘩。
 仲間割れサイコー!


「たしかに!」

「!?」

「!?」


 私が声をあげると、二人は口を噤んでこちらを見つめた。
 その恐怖と怒りがないまぜになった眼差し……ゾクゾクするわぁ♪


「私も嘘をついて、オディロン公爵も嘘をついた。それはお互い様かもしれない」

「……!」

「でもね」

「!?」

「そちらは貴族で、私は女王なの」


 言ってやったわ。
 リュシルがサイコロを眺めてほくそ笑んでいる。

 そう、あの子、振ったのよ。


「リュシル。出目はいくつ?」

「6です、陛下」

「「オディロン公爵夫人、6マス進むッ!!」」


 衛兵の野太い宣告に、オリヴィアがついに牙を剥いた。


「お黙り! 性悪女王より下でもあんたらより上よ! それにねぇ、リュシル! あんたがメイドじゃなくて侍女だとしても、私は貴族なのよ!? あんたに振られたサイコロに従う筋合いはないわ!!」

「ふむ……」


 リュシル、楽しんでるわね。
 ええ、そうね。
 手応えがあればあるほど、潰し甲斐がある。

 あなたが言う?
 私から言う?

 あ、OK。
 私が言うわね。

 とアイコンタクトで協議して、私はオリヴィアに微笑んだ。


「オディロン公爵夫人! このリュシル・ヴァイヤンは貴族ですわ! なんと言っても女王の侍女ですからぁん!」

「爵位は!?」


 口答えするオリヴィアに、テーブル席の貴族が目を剥いた。


「なんと……!」

「ヴァイヤンと聞いて本当にわからないのか……!?」

「あれで公爵夫人とは……!」

「ベルティエ王国も地に落ちたな」


 若干、牙も剥いてる。
 頼もしい方々に、感謝。


「マルソー侯爵令嬢!」


 と私が言えば、


「マルソー侯爵令嬢!?」


 とオリヴィアが返してくる。
 そして……


「ふざけんじゃないわよ! こっちは公爵夫人よ!? あんた! あんたが下りて来て6マス進みなさい! 命令よ!!」


 思った通り、やらかしてくれた。
 
 途端、テーブル席の貴族の半分が椅子を蹴って立った。


「無礼者!!」

「建国の英雄ヴァイヤン将軍の生まれ変わりであるレディに、なんたる侮辱!!」

「何様だ貴様ぁッ! その首へし折って奥歯ガタガタ言わすぞゴルァッ!!」

「!?」


 ふふふ……
 戸惑っているようね、オリヴィア。
 そして怯えているようね、オリヴィア。

 そう。
 たとえ侯爵令嬢でも、ただの侯爵家じゃないのよ。
 
 
「けっ、けけっ、けんこくのっ、えぃゆう……!?!?!?」


 正気を保ってね、オリヴィアちゃん♪


「マルソー侯爵家は、神格化さえされたスペシャルなお家なの♪ そして国営刺繍クラブの運営も担う、ミストラ王国随一の家柄よ! さっ、オリヴィアァ~♪ 誉れ高い指が導き出した答えに従って、6マス進んでちょうだぁい♪」

「「オディロン公爵夫人、6マス進むッ!!」」

「……!」


 真っ青を越えて真っ白になったオリヴィアを、リュシルが静かに見つめていた。そして、微笑んだ。とてもゴツくて、美しかった。
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