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9 一次通過のお知らせ(※ジュリアス視点)
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朝焼けのあと、霧が立ち込め、それらが晴れ、清々しい朝陽が大地を照らした。
「皆様! おはようございます!!」
中庭に集められた令息たちの中には、早起きが苦手な者も少なくない。
「昨夜はお疲れ様でした! 夜会をお楽しみ頂けた事でしょう。さて、皆様の中には、面接の結果が気になって気になって仕方なくて満足な睡眠を確保できなかった方もおられる事と思います」
「ああ。まだ7時半だぞ……」
「夜会のあとに早起きとは……」
「噂通り堅物だな」
口々に愚痴をこぼしている不届き者どもを横目に、私は背筋を伸ばす。
老齢の執事ポチョムキンを侍らせたデュシャン公爵令嬢は、厳格な家庭教師じみた地味な眼鏡の位置を直し、右手を高く上げた。
「一次面接の結果をお伝えいたします!!」
「一次……」
「そうか、やはり、あの持ち時間では決め手に欠ける」
「妙ちくりんな催しを考えたもんだな、まったく」
口々に零れる愚痴の中に、妙に愛情の篭った声があった。
横目で見ると、屈強な体格に、それなりに整い、それなりに温和な顔の男が立っていた。腕組みをしながらデュシャン公爵令嬢を眺める眼差しは、懐かしさや愛しさを含む優しいものだ。
知り合いなのか……。
他人の表情ではない。
「これから名前を読み上げます方5名が一次面接の通過者となります!」
「5名!?」
「5名だって!?」
「早起きしたのに……!!」
誇り高いデュシャン公爵家に婿入りしようという令息とは思えない情けない連中と、あの知り合い風の令息は既に佇まいからして違う。余裕さえ見て取れる。まるで、幼子が新たな知恵や技を習得する様を陰から見守る保護者のような風情だ。
──強敵か。
だが、私には誰にも悟られてはならない、確固たる目的がある。
そのためには、デュシャン公爵令嬢の信頼が不可欠。
この婿選びで負けるわけにはいかない。
……勝つわけにもいかないが。
あの男、使えるか。
何者だ?
「尚、この選考から洩れた方々については、このままデュシャン公爵家に滞在し一種の催しとしてお婿さん選びを最後までお楽しみ頂く事を強くお勧めいたします。まだ決定とはいきません。敗者復活の奇跡が起きないとも限りません。慎重に参ります事をご留意ください」
「あの方と添い遂げるのは無理だ……」
真後ろに脱落者が出た。
軟弱者め。
だが、これだけの人数を集めるだけの価値がデュシャン公爵令嬢の婿という立場にはある。それがわかっているだけ、軟弱者も軟弱なりに頭が切れると考えるべきか。観客が多いに越した事はない。
「1番! メルネス侯爵令息ジュリアス・リンドストランド卿!!」
「……」
真っ先に名を呼ばれた。
胸に手をあて頭を垂れ、謝意を示す。
自信はあった。わかりきっていた事だ。
「3番! サンドボリ侯爵令息及びヘダー伯爵及び教会評議員ロレンソ・マリーツ卿!!」
「ぅええッ!? ぼっ、ぼっ、僕ですかッ!? ファアッ!!」
嘘だろ……!?
疑問と敵意が沸いたのは当然ながら私だけではなく、あちこちで不満と驚きの声が上がっている。だが、デュシャン公爵令嬢の決定に従う事こそ、第一の条件だ。騒ぎ立てるとは、愚かな。
先ほど私の名が呼ばれた時に周囲が静まり返っていたのは、誰しもが当然の結果と認めたからに他ならない。
厳粛な雰囲気はヘダー伯爵によって打ち破られ、その後、復活する事はなかった。
「18番! アルムグレーン侯爵令息エリオット・サリアン卿!!」
「おおおお!」
「32番! ヤルテアン侯爵令息及びヴィレーン伯爵ラーシュ=オロフ・グッルバリ卿!!」
「ああああっ!!」
上がった声は、ざっくりと退けられた間の番号の令息たちのものだ。
敗者復活に言及する声があちこちであがっている。
残すところ、あとひとり。
「……」
さすがデュシャン公爵令嬢。
最後のひとりの名を呼ぶ前に溜め、眼鏡を直し、沈黙を挟んで演出している。
「46番」
ざわめきが生まれた。
それは夜会にて数名がその存在に気づいた、遅れてきた飛び入りの候補者の番号だった。
「ダールストレーム侯爵令息エディ・ダールマン! 以上5名です!!」
「ぅおおおおおお!!」
「をおおおおおっ!!」
一種の清々しさと、喜ばしい結果に向かっての賑やかさは決して居心地の悪いものではない。
「静粛に! 二次面接は合同で行います! 本日のディナーを5名のお婿さん候補と私の6名で囲みます! 各自従者と部屋に待機していてください! 見物は不可! 他の方々には最上級の晩餐を心ゆくまでお楽しみ頂けます! 街にいらっしゃっても構いません! それでは皆様、よい1日を!!」
「「デュシャン公爵家に栄光あれ! プリンセス・マルグリットに栄光あれ!」」
「栄光あれ!!」
素晴らしい一体感だ。
恐れ入った。
完全にお祭り騒ぎというに相応しい騒ぎで、一次面接の通知と二次面接の告知という集会は幕を閉じた。
ディナーが楽しみだ。
私は勝ち進まなければならない。
そして……
「皆様! おはようございます!!」
中庭に集められた令息たちの中には、早起きが苦手な者も少なくない。
「昨夜はお疲れ様でした! 夜会をお楽しみ頂けた事でしょう。さて、皆様の中には、面接の結果が気になって気になって仕方なくて満足な睡眠を確保できなかった方もおられる事と思います」
「ああ。まだ7時半だぞ……」
「夜会のあとに早起きとは……」
「噂通り堅物だな」
口々に愚痴をこぼしている不届き者どもを横目に、私は背筋を伸ばす。
老齢の執事ポチョムキンを侍らせたデュシャン公爵令嬢は、厳格な家庭教師じみた地味な眼鏡の位置を直し、右手を高く上げた。
「一次面接の結果をお伝えいたします!!」
「一次……」
「そうか、やはり、あの持ち時間では決め手に欠ける」
「妙ちくりんな催しを考えたもんだな、まったく」
口々に零れる愚痴の中に、妙に愛情の篭った声があった。
横目で見ると、屈強な体格に、それなりに整い、それなりに温和な顔の男が立っていた。腕組みをしながらデュシャン公爵令嬢を眺める眼差しは、懐かしさや愛しさを含む優しいものだ。
知り合いなのか……。
他人の表情ではない。
「これから名前を読み上げます方5名が一次面接の通過者となります!」
「5名!?」
「5名だって!?」
「早起きしたのに……!!」
誇り高いデュシャン公爵家に婿入りしようという令息とは思えない情けない連中と、あの知り合い風の令息は既に佇まいからして違う。余裕さえ見て取れる。まるで、幼子が新たな知恵や技を習得する様を陰から見守る保護者のような風情だ。
──強敵か。
だが、私には誰にも悟られてはならない、確固たる目的がある。
そのためには、デュシャン公爵令嬢の信頼が不可欠。
この婿選びで負けるわけにはいかない。
……勝つわけにもいかないが。
あの男、使えるか。
何者だ?
「尚、この選考から洩れた方々については、このままデュシャン公爵家に滞在し一種の催しとしてお婿さん選びを最後までお楽しみ頂く事を強くお勧めいたします。まだ決定とはいきません。敗者復活の奇跡が起きないとも限りません。慎重に参ります事をご留意ください」
「あの方と添い遂げるのは無理だ……」
真後ろに脱落者が出た。
軟弱者め。
だが、これだけの人数を集めるだけの価値がデュシャン公爵令嬢の婿という立場にはある。それがわかっているだけ、軟弱者も軟弱なりに頭が切れると考えるべきか。観客が多いに越した事はない。
「1番! メルネス侯爵令息ジュリアス・リンドストランド卿!!」
「……」
真っ先に名を呼ばれた。
胸に手をあて頭を垂れ、謝意を示す。
自信はあった。わかりきっていた事だ。
「3番! サンドボリ侯爵令息及びヘダー伯爵及び教会評議員ロレンソ・マリーツ卿!!」
「ぅええッ!? ぼっ、ぼっ、僕ですかッ!? ファアッ!!」
嘘だろ……!?
疑問と敵意が沸いたのは当然ながら私だけではなく、あちこちで不満と驚きの声が上がっている。だが、デュシャン公爵令嬢の決定に従う事こそ、第一の条件だ。騒ぎ立てるとは、愚かな。
先ほど私の名が呼ばれた時に周囲が静まり返っていたのは、誰しもが当然の結果と認めたからに他ならない。
厳粛な雰囲気はヘダー伯爵によって打ち破られ、その後、復活する事はなかった。
「18番! アルムグレーン侯爵令息エリオット・サリアン卿!!」
「おおおお!」
「32番! ヤルテアン侯爵令息及びヴィレーン伯爵ラーシュ=オロフ・グッルバリ卿!!」
「ああああっ!!」
上がった声は、ざっくりと退けられた間の番号の令息たちのものだ。
敗者復活に言及する声があちこちであがっている。
残すところ、あとひとり。
「……」
さすがデュシャン公爵令嬢。
最後のひとりの名を呼ぶ前に溜め、眼鏡を直し、沈黙を挟んで演出している。
「46番」
ざわめきが生まれた。
それは夜会にて数名がその存在に気づいた、遅れてきた飛び入りの候補者の番号だった。
「ダールストレーム侯爵令息エディ・ダールマン! 以上5名です!!」
「ぅおおおおおお!!」
「をおおおおおっ!!」
一種の清々しさと、喜ばしい結果に向かっての賑やかさは決して居心地の悪いものではない。
「静粛に! 二次面接は合同で行います! 本日のディナーを5名のお婿さん候補と私の6名で囲みます! 各自従者と部屋に待機していてください! 見物は不可! 他の方々には最上級の晩餐を心ゆくまでお楽しみ頂けます! 街にいらっしゃっても構いません! それでは皆様、よい1日を!!」
「「デュシャン公爵家に栄光あれ! プリンセス・マルグリットに栄光あれ!」」
「栄光あれ!!」
素晴らしい一体感だ。
恐れ入った。
完全にお祭り騒ぎというに相応しい騒ぎで、一次面接の通知と二次面接の告知という集会は幕を閉じた。
ディナーが楽しみだ。
私は勝ち進まなければならない。
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