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12 女王陛下の秘めたる恋
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回復して宮廷を去ったマグダは、別の町で静かに暮らしている。
国王の愛妾は愛を失えばなにも残らない。だから、その愛を得ている間は贅沢を貪るのだ。わかっている。でも他の国では、愛妾には年金が支給されると聞いていた。
先のない婦人が野垂れ死ぬような国には、したくなかった。
愛妾に年金を支給するという案は貴族たちから猛反発を受け、なにより国王から却下された。そんな権利はオズヴァルドという男にはない。でも、国王にはある。
マグダには私の財産の一部を渡し、その生活を守った。公然の秘密だ。
私がマグダを庇った事と、若い恋人が悪い影響を与えた事が重なり、夫との仲は確実に冷えていった。もう国王本人の説いた友情や絆は、私たちの間にはなくなってしまった。
そしておそらく、国民への愛も、夫の中にはないのだ。
それが始めからなのか、どこかにきっかけがあったのかは知らない。
元から他者への愛情がない、可哀相な人なのかもしれない。
「陛下」
今ではイーヴォ公爵の他、ほぼすべての貴族たちが私をそう呼んだ。
私は王妃ではなく、実質、女王となっていたのだ。
愚かな夫を恋人と遊ばせておいて、私は優秀な大臣たちと国政を握り、国を豊かにするために精一杯やった。養子に迎えた義姉の末っ子、王太子アデルモの教育も、同じような年頃の貴族の子供たちを集めて、友愛と才知を熱心に育んだ。
そうしているうちに、奇跡が起きた。
夫が……
国王オズヴァルド2世が、死んだ。
広間を出る際に足を滑らせ、柱の彫像の角に頭をぶつけて、死んだ。
愚か者にはお似合いの最期だった。
「王妃様、御慈悲を……!」
カッサンドラの後釜に収まっていた夫の恋人ソニアをすっぱり追放し、宮廷には真の平和が訪れた。結婚して14年の歳月が流れ、私も彼も、恋をするには少しばかり年をとっていた。でも、彼がいてくれたから、この道を迷わずに歩けた。倒れずに、逃げずに、王妃として歩き続ける事ができた。
そして……
「女王陛下、万歳!」
国王の葬儀が終わり喪に服していようと、国民はそう声をあげた。
私は彼の望んだとおり、国母として、ダルベルト王国の王位に就いた。
「陛下、もうよろしいのではないですか?」
「?」
戴冠式のあと、ひとりの大臣にそう囁かれ、足を止めた。
「なんです? ウルデリー侯爵?」
「皆、心から祝福致しますよ」
「……」
目配せをする先に、彼の姿があった。
穏やかに見つめあう私たちの間に、ゆるぎない愛がある事は、公然の秘密。
でも、もう、邪魔するものはなにもない。
ゆっくりと私の傍へ歩いてくると、イーヴォ公爵が片膝をついて頭を垂れた。
「女王陛下。心よりお祝い申し上げます」
「……ジェルマーノ」
あたたかい視線を方々から感じる。
私たちには、人生を捧げる仕事がある。
けれど、私たちは同じ道を歩み、同じ未来を目指していた。
「これからも私の傍にいてください。私には、あなたが必要です」
「光栄です、陛下。この命果てるまで、クレリア女王陛下にお仕え致します」
「ジェルマーノ、違う……」
ひっそりと、確かめるように彼は顔をあげた。
そして上目遣いに私を見つめ、真剣な眼差しで私の手を取り、手の甲に熱い唇を押し付けた。
「違う」
突然だった。
彼は立ち上がると、私を掻き抱いて涙声で言った。
「愛してる、クレリア……愛している……!」
「ええ、私も……愛していました。ずっと。ずっと、前から」
震える背中に、腕を回す。
私たちの抱擁はもう秘密ではなくなり、祝福の中、熱い口づけを交わした。
(終)
国王の愛妾は愛を失えばなにも残らない。だから、その愛を得ている間は贅沢を貪るのだ。わかっている。でも他の国では、愛妾には年金が支給されると聞いていた。
先のない婦人が野垂れ死ぬような国には、したくなかった。
愛妾に年金を支給するという案は貴族たちから猛反発を受け、なにより国王から却下された。そんな権利はオズヴァルドという男にはない。でも、国王にはある。
マグダには私の財産の一部を渡し、その生活を守った。公然の秘密だ。
私がマグダを庇った事と、若い恋人が悪い影響を与えた事が重なり、夫との仲は確実に冷えていった。もう国王本人の説いた友情や絆は、私たちの間にはなくなってしまった。
そしておそらく、国民への愛も、夫の中にはないのだ。
それが始めからなのか、どこかにきっかけがあったのかは知らない。
元から他者への愛情がない、可哀相な人なのかもしれない。
「陛下」
今ではイーヴォ公爵の他、ほぼすべての貴族たちが私をそう呼んだ。
私は王妃ではなく、実質、女王となっていたのだ。
愚かな夫を恋人と遊ばせておいて、私は優秀な大臣たちと国政を握り、国を豊かにするために精一杯やった。養子に迎えた義姉の末っ子、王太子アデルモの教育も、同じような年頃の貴族の子供たちを集めて、友愛と才知を熱心に育んだ。
そうしているうちに、奇跡が起きた。
夫が……
国王オズヴァルド2世が、死んだ。
広間を出る際に足を滑らせ、柱の彫像の角に頭をぶつけて、死んだ。
愚か者にはお似合いの最期だった。
「王妃様、御慈悲を……!」
カッサンドラの後釜に収まっていた夫の恋人ソニアをすっぱり追放し、宮廷には真の平和が訪れた。結婚して14年の歳月が流れ、私も彼も、恋をするには少しばかり年をとっていた。でも、彼がいてくれたから、この道を迷わずに歩けた。倒れずに、逃げずに、王妃として歩き続ける事ができた。
そして……
「女王陛下、万歳!」
国王の葬儀が終わり喪に服していようと、国民はそう声をあげた。
私は彼の望んだとおり、国母として、ダルベルト王国の王位に就いた。
「陛下、もうよろしいのではないですか?」
「?」
戴冠式のあと、ひとりの大臣にそう囁かれ、足を止めた。
「なんです? ウルデリー侯爵?」
「皆、心から祝福致しますよ」
「……」
目配せをする先に、彼の姿があった。
穏やかに見つめあう私たちの間に、ゆるぎない愛がある事は、公然の秘密。
でも、もう、邪魔するものはなにもない。
ゆっくりと私の傍へ歩いてくると、イーヴォ公爵が片膝をついて頭を垂れた。
「女王陛下。心よりお祝い申し上げます」
「……ジェルマーノ」
あたたかい視線を方々から感じる。
私たちには、人生を捧げる仕事がある。
けれど、私たちは同じ道を歩み、同じ未来を目指していた。
「これからも私の傍にいてください。私には、あなたが必要です」
「光栄です、陛下。この命果てるまで、クレリア女王陛下にお仕え致します」
「ジェルマーノ、違う……」
ひっそりと、確かめるように彼は顔をあげた。
そして上目遣いに私を見つめ、真剣な眼差しで私の手を取り、手の甲に熱い唇を押し付けた。
「違う」
突然だった。
彼は立ち上がると、私を掻き抱いて涙声で言った。
「愛してる、クレリア……愛している……!」
「ええ、私も……愛していました。ずっと。ずっと、前から」
震える背中に、腕を回す。
私たちの抱擁はもう秘密ではなくなり、祝福の中、熱い口づけを交わした。
(終)
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