猫のもの語り         ~猫探偵社 始動編~

猫田 薫

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第六章 事件と魔法の鏡の世界

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ここしばらく穏やかだった警察署内に、緊張が走った。

「捜査員各位。深城6丁目、西園寺家にて事件発生の通報あり。女性一名が倒れており、死亡の可能性。至急、現場へ急行せよ」

その一報は、日常を一瞬で切り裂いた。

刑事たちは一斉に立ち上がり、誰もが無言のまま出動の準備に取りかかった。

深城6丁目―国内有数の高級住宅街。大きな屋敷が立ち並ぶ、重厚な門構えの邸宅そして人目と静寂を尊ぶような街。

そうした場所での事件は、どこか特別な配慮が求められる。

阿部刑事はすぐさま車に乗り込み、現場へと向かった。

邸宅の前にはすでに、警察車両、救急車、報道関係者、そして野次馬が集まりつつあり、辺りはざわめきに包まれていた。

「おつかれさまです。現場はこちらです」

所轄の警官が、立ち入り禁止のテープを持ち上げる。そこをくぐり抜け、阿部刑事は邸内へと足を踏み入れた。

豪奢な門を抜け、広々とした日本庭園を横目に、大きな玄関を通り抜ける。

この都心のど真ん中に、これほどの敷地を持つ邸宅があるという事実だけでも、“西園寺家”の名が特別であることを感じさせた。

手袋と靴カバーを装着し、鑑識に配慮しながら廊下を進む。

その奥、白いシートに覆われた遺体が静かに横たわっていた。

「被害者は60歳前後の女性。背中と胸に複数の刺し傷あり。廊下には乾いた血痕が確認できます」

現場に先に到着していた捜査員が、簡潔に状況を説明する。

「発見者は?」

「近隣に住む知人の斎藤京子、55歳です。訪問の約束をしていて、屋敷に訪問し、インターホンを何度か押したが返答がなく、扉を開けたところ、鍵がかかっていなかったため。、そのまま中へ入り、廊下で遺体を発見。すぐに通報したそうです。現在は署で事情を聞いています」

「被害者の身元は?」

「西園寺由紀子さん、57歳。この邸宅の住人で、単身で暮らしていたようです。ご家族は成人した子どもが3人、いま連絡中です」

周囲を見渡すと、引き出しは無造作に開け放たれ、室内には衣類や生活用品が散乱していた。

「物取りか……いや、怨恨か……?状況から見るに物取りの可能性が高いな。」

阿部刑事は呟いた。荒れた室内と、被害者の身元。どちらも、慎重な判断が必要だった。

遺体は検視に回され、死因は心臓付近への刺傷による出血多量による死亡と判明した。

現場で発見された凶器の刃物は傷口と一致。しかも、そこから検出された指紋は――第一発見者である斎藤京子のものだけだった。

事件はたちまち大きく報道された。

「第一発見者が容疑者に」。
マスコミはそう騒ぎ立て、斎藤京子は強盗殺人の疑いで拘束されることになった。

ーーーー

テレビで流れてくるものは、いつもどこか遠い世界の出来事に思えていた。

美味しそうなグルメも、素敵な恋愛も、突然の事件も、ぜんぶガラス越しに映る、現実とは違う“魔法の鏡”の中の話。

雨の日でも青空が広がり、晴れていても嵐が来る。真夏に雪が降り、冬でも水着でプールで遊んでいる魔法の鏡の向こうの別世界。

いつしか、いろんな事件も魔法の鏡の国で起こった、どこか自分の世界に似ているようで、まるで遠い世界の物語と思っていた。

でもあの日、そのニュースは、私の現実にじわりと染み込んできた。

「続いてのニュースです。深城の高級住宅街で、女性が何者かにより殺害される事件が起きました。被害者は西園寺由紀子さん(57)。発見は今朝未明で、警察が捜査を進めています。現時点で、容疑者の身柄はすでに確保され……」

「ねぇ、マリン。この事件、うちからそう遠くないね。今朝のサイレン、これだったのかな」

「にゃあ……猫が巻き込まれてなければいいけどにゃ。いやな予感がするにゃ。私ら猫は、人には見えないネットワークでつながってるのにゃ。どこかで仲間が、巻込まれているかもしれないにゃ」

マリンはそう言い残すと、窓辺から外へと姿を消した。

そして、その日の午後。突然、知らない番号から電話がかかってきた。

「はい、猫探偵社です」

「初めまして。私、弁護士の小田桐と申します。ある方の弁護を担当しておりまして、その方から、あなたに飼い猫の保護をお願いするよう依頼されまして、お電話差し上げました。彼女は以前にあなたに猫たちを保護してもらったことがあると言っていまして。」

「……もしかして、斎藤さん、ですか?」

「はい、そうです。斎藤京子さんです。

彼女は、あなたなら分かってくれるはずだとおっしゃっています。前に猫たちを保護してもらったことを覚えているから、と。もしご協力いただけましたら、心ばかりの謝礼もご用意しております」

「わかりました。とりあえず、そちらにうかがいますね。前にお伺いした斎藤さんのお宅で大丈夫でしょうか?」

「はい。きょうの午後5時に、現地でお待ちしております」

「承知しました。それでは、よろしくお願いします」

ニュースで“画面越しの事件”だったはずの出来事が、静かに、確実に、私の現実に足を踏み入れてきた。
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