猫のもの語り         ~猫探偵社 始動編~

猫田 薫

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第十一章 親子

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久しぶりに、あの二人――ご主人さまの息子たちが、この家を訪れた。
けれど、正直に言おう。僕はあの二人が好きじゃない。いや、大嫌いだ。
なぜかって?人となりを見ればわかる。ろくな連中じゃないんだ。
ただ、ひとつだけ――
あの小さな女の子が来ていた日々は、好きだった。
膝に乗ってくれて、声も優しくて、彼女の匂いが部屋をやわらかくしてくれていた。
でも、もう来ないらしい。そう、ご主人さまがそう話していた。
……
「母さん、いい加減許してくれよ。その話は、もう終わっただろ」
「いいえ、由雄が悪いのよ。あんな女にうつつを抜かすから春子さんが家を出たのよ。
私まで桜ちゃんに会えなくなってしまって、寂しいじゃないの。どう責任とるのよ」
「まあまあ、せっかく久しぶりにみんなで集まれたんだしさ。由子は来ないの?」
「来るわけないでしょ。お父さんが亡くなってから、この家には一度も来てないのよ。本当に私の子どもたちはどうかしてるわね。
紀男も変な投資話に引っかかって、このあいだ、お金の工面に来たばかりじゃない」
「紀男、お前、またやったのか。懲りないやつだなぁ」
「兄さんにだけは言われたくないよ。俺は女に家庭壊されたりはしてないしな」
「……で、猫は? 1匹いたろ?」
「たぶん、どこかに隠れてるわよ。あの子、あなたたちのこと好きじゃないから。桜ちゃんが来ていたときは姿を見せてたけど、あなたたちじゃ、出てこないわね」
「なんだよ。かわいくない猫だなぁ」
(……そっちこそ、かわいくない“人間”だな。ったく)
騒々しい時間が過ぎて、男たちは一人、また一人と帰っていった。そしてまたこの屋敷には静寂が戻った。
ご主人さまは疲れたのか、ソファで眠ってしまった。僕はそっとリビングの椅子の上に丸くなった。
また、あの小さな女の子の夢が見られるかもしれない。

由雄(長男)の事情聴取──
「ようこそお越しくださいました。
ご多忙のところ恐縮ですが、お母さまに関する件で、いくつか確認したいことがございまして……。こちらにどうぞ」
「わかりました。母の事件について、何か進展があったんですか?第一発見者が、あの……斎藤さんだと聞いていますが」
「現在も捜査は継続中でして、詳しいことはお伝えできかねます。本日は、すべてのご関係者に順番に事実確認をさせていただいております」
「……私が疑われてるんですか? 母を殺すなんて、そんな……ありえません」
「形式的な確認です。お気を悪くされたら申し訳ありません。事件当夜の行動をおうかがいします。どちらにいらっしゃいましたか?」
「ええと……その日は妻の実家に行っていました。
実は今、別居中でして……妻と娘ともう一度やり直せないかと話し合いをしていたんです」
「なるほど。では、そのことを証明してくれる方―奥様のご両親やご兄弟にもお会いになりましたか?」
「はい。確認していただければ間違いないかと。連絡先は、こちらです」
(捜査員が番号を控え、確認のため部屋を出て行く)
「最後にお母さまとお会いになったのは、いつ頃になりますか?」
「ええと……弟と一緒に集まった日ですね。確か、母の誕生日のあたりだったと思います。
以前は、娘と一緒によく実家には行っていました。母が孫に会いたがったものですから……」
(沈黙が流れたあと、捜査員が戻ってくる)
「ご協力ありがとうございます。奥様のご実家に確認が取れましたので、本日は以上です。
また、何か思い当たることなどあれば、いつでもご連絡ください」
「わかりました。母のことですから、協力は惜しみません。では、失礼します」
警察署を出たその足で、由雄はすぐに妻の実家に電話をかけた。
丁寧に礼を述べながらも、声の奥に微かに疲れが滲んでいた。
---
紀男(次男)の事情聴取──
「ええ? また俺ですか? この前、刑事さんが店に来て全部話したばっかりですよね?」
「申し訳ありません。今回は追加で確認したいことがありまして……ご協力をお願いできればと」
「……で、何です?」
「こちらをご覧いただけますか?」
机の上に置かれたビニール袋の中には、一冊のノート――古びた表紙の内側に、数行のメモ。
“紀男”の名と、その横には、かなり大きな数字が記されていた。
「あ……これは……」
「どういった内容の記録でしょうか?」
「ええと、これは……母に、事業資金を一時的に借りていた分です。資金繰りが苦しくて……必ず返すと約束して……。
母は、日記代わりにこのノートを使っていたんだと思います」
「その金額は、すでにお返しになりましたか?」
「い、いえ……まだ返せていません。来月には返済する予定でした。……まさか、こんなことになるなんて……。
返したかった……本当に……迷惑ばかりかけていて。こんなことになるなんて」
「……わかりました。では改めて、事件当夜の所在をおうかがいします」
「前にもお話しましたが、店にいました。営業時間中でしたし、スタッフも常連客もいました。
確認してもらえれば、すぐわかるはずです。俺が母を殺すなんて……絶対にあり得ない。
俺は、いつも……困ったときに母に助けてもらってばかりで……母がいなくなって、一番困ってるのは……俺なんです……」
「……ご協力ありがとうございます。確認が終わるまで、少々お待ちください」
(刑事が部屋を出ると、記録係と紀男の二人きり。時計の針が午後5時を指しかけていた)
彼は時計を見て、ため息をついた。
(店の仕込みに遅れるな……早く戻らないと……)
数分後、刑事が戻ってきた。
「確認が取れました。本日は以上となります。また何かございましたら、ご連絡させていただきます」
「お願いします。できれば……月末と週末は避けてもらえると助かります。店が忙しくて……」
警察署を出て、タクシーに乗り込む。携帯を取り出し、店へ電話を入れた。
「今、終わった。これから店に向かうよ。仕込みの件、頼んだ……ありがとう。あとでな」
彼を乗せた車は、ゆるやかに夜の繁華街へと滑るように消えていった。

由子の独白

また、ダメだった。なかなか“いい人”なんて現れない。
私が高望みなんだろうか。それとも、世の中の男性たちが幼いままなのか……。
あるいは、私の“性格の問題”? いや、きっと、彼らに見る目がないだけ――
でももう、これで何度目だろう。婚活パーティ。
会場には、「若くて、きれいで、家事ができて、子どもも産んでくれて、親の面倒も見てくれて、自分に尽くしてくれる人がいい」
――そんな理想を語る“年季の入った少年たち”が溢れていた。
そういう男性に限って、お腹が出ていて、髪が薄くなっていて、家事もできず、親に甘やかされ、そしてマザコン体質。
……たぶん、子育てなんて協力しない。自分の母親の言うことばかり聞くような人たち。
結婚って、なんだろう。そこに“きらめき”や“希望”なんて、あるんだろうか。
それに―私は、自分の母親とさえ、まともに向き合えなかった。
他人の親と親密に? 無理に決まってる。
仕事は続けたい。だから、家事ができる人じゃないと困るし、子どもができたら、育てるのは“ふたり”じゃないと。
年収が同じでも、「自分が“亭主”だから」って何もしないで座ってるような人とは、やっていけない。
まったく、なんて不自由なんだろう。“理不尽”は、結婚制度の陰にも居座ってる。
やっぱり、私がおかしいのかな。
そう思ってみるけど、胸の奥はあまりにも静かで、悲しくて。
まわりの友人たちはどんどん結婚していって、早い子はもう母親になってる。
大学時代に付き合っていた彼や、職場恋愛でそのまま結婚した同僚。
けれど、聞こえてくるのは――旦那の愚痴ばかり。中には、浮気や不倫をしてる子もいる。
私は……絶対に、不倫はしない。あれは――呪いだ。
誰ひとり、幸せになんかしない。
たったひとつの嘘(呪詛)が、まわりの人間すべてを不幸に変える。
すべてを壊す、“悪魔の呪文”。
兄は、それを使った。家族も、仕事も、全て壊れた。
不倫なんて、ただ自分の欲を満たすだけの行為。本当に、すべてを蝕む呪いだと思ってる。
実際に、不倫をしている友人の相談に乗ると、よくわかる。
“決して癒えない喉の渇き”を抱えているような人たち。
そこから離れて「水を飲んで」と言っても、「もう動けない」と信じ込んでる。
……そんな会話、何度くり返しても、不毛なんだ。
考えながら、パーティー会場をふらふらと出て、最寄り駅へ向かう。
人の流れの中、私は自分の居場所を見失いそうだった。
ホームに着いたとき―ポケットの中で、携帯が振動した。
知らない番号。
「はい、西園寺です。……はい、どちら様ですか?……あ、はい……明日……午後6時過ぎ、ですね。わかりました。うかがいます」
電話は――警察だった。
母の件について、お話を伺いたいと。
母とは、ずっと疎遠だった。
家を出たまま、ろくに連絡もせず、あんな別れ方になってしまって――
もう二度と、会えないなんて。
……気づけば、目の前の景色が滲んでいた。
電車のホームで、私はひとり涙を流した。
私って……これから、ひとりで生きていかなきゃいけないのかな。
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