【完結】真実の愛に気付いたと言われてしまったのですが

入多麗夜

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昼の尋問

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 尋問が始まったのは、予定されていた朝の時刻よりも大幅に遅れていた。

 陽が高く昇り、空に淡い雲が流れる昼前――ようやく文庫棟の応接室の一角で、その場が整えられた。

 本来ならば、夜明けと同時に実施されるはずだった。だが、それは叶わなかった。
 理由は明白である。

 前夜の捜索は、深夜に及び、関係者すべてが極度の疲労に晒されていた。屋敷の警備も交代が間に合わず、兵士たちは休息の時間すら削って事後処理に追われていた。

    その中で、レティシアは冷静に現場を見渡し、判断を下していた。彼女がヴァルトロフ将軍に強く懇願したのは、まさにこのためだった。
 
「一刻を争うことではないはずですわ。確保した以上、証拠は揃っています。……今、無理を強いても、良い答えは引き出せません」

 その言葉に、ヴァルトロフはしばし黙したのち、ゆっくりと頷いた。

 結果、尋問は日が昇り切るまで延期され、レティシアの采配が、邸内に束の間の安堵をもたらしたのである。



 ◇



 文庫棟に設けられた一室は、簡素ながらも厳かな空気に包まれていた。机と椅子が置かれた中央には、既に一人の男が座らされている。両手は縄で縛られ、背筋を伸ばしているように見えて、その実、どこか張り詰めすぎた硬直があった。

 兵士たちは周囲に控え、何かあればすぐに動ける体勢をとっている。室内の窓は全て布で覆われ、差し込む光も最低限に制限されていた。視線の逃げ場は、ない。

 その空間に、足音を立てずに二つの影が現れた。

 一人は、レティシア=ノーグレイブ。冷静さと威厳を湛えたまま、ゆるやかに室内へ歩を進める。昨夜の疲れは明らかに残っていたが、肩を落とすような素振りは微塵も見せない。

 もう一人は、将軍ヴァルトロフ。表情に揺らぎはなく、その一歩一歩が室内の空気をさらに重くする。王宮時代から数々の戦乱を鎮圧してきた男にとって、こうした場は珍しくもない。だが今回は、敵地ではなく、“味方”の中に潜む裏切りをあぶり出す場である。だからこそ、慎重であらねばならなかった。

 二人の姿を見て、男の肩がわずかに揺れる。

 その動きを、ヴァルトロフの鋭い眼差しが捉えた。

 「……始めよう」

 ヴァルトロフの一言は短く、冷たかった。だが、それだけで空気が一段と引き締まる。

 椅子に縛られた男は、かすかに顔を上げた。まだ若い。二十代の中ほど――ただし、素性も名も、現時点では何ひとつ明かされていない。取り調べの直前まで、名前すら黙秘していた。

 「名を――」

 ヴァルトロフの声が重く落ちる。

 男はわずかに顔をしかめた。だが、その目はどこか諦めを含んでいた。逃げられないことを、すでに悟っているのだろう。しばしの沈黙のあと、低くかすれた声がようやく応じる。

 「……ライネル。ライネル=シュタインベルク」

 部屋の空気がわずかに動いた。レティシアが目を細め、エディンが記録用の紙に名前を書き留める。

「所属は?」

 ライネルはすぐに答えなかった。首を少しだけ横に振る。

 「答えられません。……いや、“答えてはならない”と誓わされました」

 レティシアはわずかに眉を動かす。

 「誓い、ですか。随分と覚悟のある行動をされてますね。……命を賭けてまで、何を守ろうとしたのかしら」

 ライネルはしばらく口を閉ざしていたが、やがて視線を上げ、搾り出すように呟いた。

「……俺は、ただ……正しいことをしたかったんです」

 その言葉に、レティシアは静かに眉を寄せた。ヴァルトロフは動じた様子もなく、静観している。

「正しい、こと?」

「はい。自分は……この目で見てきたんです。王政の腐敗も、特権階級の矛盾も。それらを全て破壊し、公平な世界を築くべきだと。そう、信じていました」

「それで、盗みと情報の横流しを“正義”と呼ぶのですか?」
 
 ライネルは目を伏せ、しばらく黙ったまま言葉を探していた。そして、かすれた声で応える。

「……俺のやったことが正しかったとは、もう……言えません。でも、“何もしないで従うだけの生き方”が、あの時の自分には、正しくなかったんです」

「だから他人を巻き込むと?」

 ヴァルトロフが低く問う。口調は厳しかったが、その奥には「それで終わらせていいのか」という意図が込められていた。
 
「違います……違うんです……!」

 ライネルが、縛られた手をわずかに震わせた。

「俺は……変えたかっただけなんです。たとえ間違っていても、誰かが始めなきゃ……! “正しい未来”を、待ってるだけじゃ、来ないから……!」

 その叫びが室内に響いた直後、沈黙が訪れた。短く、重たい沈黙だった。

 やがて、ヴァルトロフが腕を組んだまま低く呟く。

「……まるで洗脳みたいだな」

 冷ややかに、だがどこか哀れみを込めた視線がライネルに向けられる。

 レティシアはしばらく彼を見つめ、ふっと息を吐いた。

「あなたが“本気”で信じたもの。それが誰かの意志に操られていたとしたら、あなたの正義は誰のためのものだったのかしら?」

 ライネルの唇が震える。何かを言いかけたが、その言葉はもう出なかった。

 静かに、文庫棟の一室に、また沈黙が落ちた。尋問はなお続くが、男の中に残された“信念”は、すでに揺らぎ始めていた。
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