【完結】真実の愛に気付いたと言われてしまったのですが

入多麗夜

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街の風と子ども達

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 石畳の路地を抜け、レティシアたちは市場の広場へと足を踏み入れた。

「……思っていたより、ずっとにぎやかですね」

 レティシアが目を細める。通りには屋台が立ち並び、行き交う人々の声が絶え間なく響いていた。果物を売る商人の笑い声、子どもたちのはしゃぎ声、小銭のやり取りの音――あらゆる生活の音が、雑然と、しかしどこか心地よく混ざり合っている。

「こういう場所に出るのは、レティシア様は初めてですか?」

 隣に立つエディンが問いかける。

「ええ。ずっと屋敷に引きこもっていたので、こうして自然な市場の空気を吸うことは、そうありませんでしたね」

「じゃあ今日は、そういう“視察”にしましょう。いつもみたいに堅苦しくないやつです」

 ミリアは足をぱたぱたと小さく鳴らしながら、目を輝かせて声を上げる。

「見てください! あのパン屋さん、焼きたてって札が出てますよ! 絶対おいしいです!」

「おいおい、落ち着けってミリア。あんまりはしゃぐと付き添いの意味がなくなるぞ」

 カイルが苦笑混じりに言いながらも、どこか気が緩んでいた。

 レティシアは、そんな三人のやり取りを見て、ふと微笑んだ。
  
 この空気、この声、この表情。書類の山では得られない、“何か”が確かにここにはあった。



 ◇



 パン屋の香ばしい匂いが風に乗って流れてくる。角を曲がった先では果物の山が彩りを添え、露店の布地が揺れるたび、ひとびとの笑顔と呼び声が交差していく。

 この景色が広がるようになったのは、ごく最近のことだ。

     ほんのひと月前まで、この街に個人商人の“正式な”場所など存在しなかった。

 許可証は存在せず、規定された市場もない。誰もが空き地や路地裏に勝手な屋台を広げ、通行人を呼び止め、時に口論し、時に暴力沙汰にもなった。

 それを取り締まる法も薄く、治安維持の者たちは対応するのに困難を極めていた。
 通報があっても、証拠が曖昧であれば手出しはできず、逆に仲裁に入った兵士が商人たちに囲まれて脅された事例もあったという。

 また、背後に影響力のある商会や貴族の関与が疑われることも多く、下手に手を出せば、面倒な報復が待っている――それが暗黙の常識となっていた。

 こうした“無法地帯”は、長年放置されていたわけではなかった。幾度となく改善案が出されては消え、改革に乗り出そうとするたび、商会を中心とした既得権益層の抵抗に潰されてきたのだ。

 だが、オルソーラー商会の事件を機に代わっていった。

 密偵の潜伏という、自治領にとって看過できぬ危機が露見し、レティシアのもとには“根本からの見直し”を求める声が集中した。

 彼女はその声を無視しなかった。

 市場の自由化――といえば聞こえはいいが、実際には、混乱の中に“秩序”を築くための挑戦だった。届出制度の導入、販売区域の指定、簡易な衛生・取引規則の整備、そして何より、届け出のない者には一切の営業を認めないという強硬な姿勢。

 その一つひとつが、街に変化をもたらしていた。

 広場に立ち並ぶ屋台の列。規則正しく区画されたその配置は、以前の無秩序な混沌とはまるで違っていた。道幅は確保され、客と商人の動線も明確に分けられている。商品は清潔な布の上に並べられ、値札が丁寧に書き込まれている様子も見える。

 それは決して華やかとは言えないが、そこには確かな安心があった。

「……よく、ここまで整いましたわね」

 思わず漏らしたレティシアの独り言に、隣を歩くエディンが目を細める。

「一歩ずつでも、変えていけるものですよ」

 その言葉に、レティシアはそっと視線を前に戻した。
 通りの先――手を引き合って歩く親子連れが笑い合っている。少年が父にねだるように指差したのは、露店の甘菓子だった。

 “秩序”とは、取り締まりのためにあるのではない。
 人々が、穏やかに日々を営むための“地盤”なのだ。
 その実感が、ほんの少しだけ、彼女の胸をあたためていた。

 通りを進んでいくと、広場の一角に、簡易な布テントが張られた一角が見えてきた。そこには、色とりどりの木製の積み木や、手作りの糸巻き人形が並べられている。玩具屋の露店だ。数人の子どもたちがその前に群がり、声を上げては目を輝かせていた。

「わあっ、これ見て! お城の形してる!」

「こっちのは回るぞ!」

 その様子に、ミリアがふっと目を細めた。

「いいですね……こういう光景を見ると、街が“生きてる”って思えます」

「……ええ、本当に」

 レティシアもまた、自然に足を止めていた。

 すると、ひとりの小さな男の子が、誤って露店の脇に積まれた木箱につまずき、バランスを崩した。レティシアはすぐさま身を屈め、咄嗟にその腕を支える。

「大丈夫?」

 驚いたように顔を上げた少年は、見知らぬ女性の顔を見て目を丸くした。けれど、その表情がすぐに安堵へと変わる。

「……うん。ありがとう、お姉ちゃん!」

 その言葉に、ミリアが思わず吹き出した。

「お、お姉ちゃん、ですって。レティシア様?」

「……“様”は余計ですよ、ミリア」

 苦笑まじりに返しながらも、レティシアは、まだ握られたままの小さな手のぬくもりを感じていた。

 子どもたちはやがて、「ありがとうー!」と声をそろえて去っていき、再び賑やかな笑い声が広場に満ちた。

 カイルが静かに呟く。

「……やっぱり、レティシア様がこうして歩くのは正解だったと思います。民は見ていますよ」

 その言葉に、レティシアは応えず、ただ空を仰いだ。
 陽の光が柔らかく降り注ぎ、今日という日が、ひとつの“始まり”になるのだと――彼女は、心のどこかで感じていた。
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