【完結】真実の愛に気付いたと言われてしまったのですが

入多麗夜

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ユーリの道案内

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 朝の光が、白く磨かれた石の床を斜めに照らしていた。

 ヴァルドリアの朝は静かだった。

  街の中心に位置しているとはいえ、騒がしさはない。

 建物は統一された白壁造りで、高さも幅もほとんどが等しく揃っている。
 その間を縫うようにして延びる街路は、角ごとに視界が確保されており、車輪の音や足音が遠くまで響いていた。

 レティシアは、庁舎前の広場で空を仰ぐ。
 柔らかい朝日が、塔の先端に取り付けられた金属製の風見を照らしていた。

 ふと視線を落とすと、向かいの屋根越しに、時計台の姿が見えた。
 白い塔に据えられた黒い文字盤は、すでに朝の始まりを告げる時刻を指している。

 その足元では、複数の街路が交わっていた。
 誰も足を止めることなく、決まった歩幅で左右へと分かれていく。

「おはようございます、皆さま!」

 澄んだ声が背後から響き、振り向けば制服姿のユーリが元気に駆け寄ってくるところだった。

「本日は予定どおり、中央区からご案内いたします。街の構造や施設、それから物流や市政の拠点をご覧いただけるよう、経路を組んであります」

 レティシアは頷き、ミリアもカイルも静かに後ろに続く。

「案内、よろしくお願いするわ」

「はい!ちゃんとご案内できるように、頑張ります!」

 そう言ってユーリは一歩前に出て、手を軽く挙げながら通りを示した。

 一行は歩き出す。
 石畳を踏む音が、規則正しく並ぶ建物の間に反響していた。

 通りには朝の光が差し込み、白壁の建物をやわらかく照らしている。
 並木は間隔を揃えて植えられ、等間隔に立つ標柱や掲示板が、通行人のために配置されていた。

「このあたりは、庁舎を中心とした行政区なんです。周囲には管理局や市政文書庫、それから公会所があって、どこも徒歩で移動できるように作られています」

 歩きながら、ユーリが街の説明を始める。


「実は、この街が最初は“砦の街”だったって、ご存じでしたか?」

 問いかけるように目を上げながら、指先で街の奥に残る石壁の痕跡を示す。

「あれが昔の名残として今でも残っています。実はここ、元々は軍の駐屯地から始まった場所だったんです。でも今は、交易の拠点として整備されています」

 歩調を緩めずに、ユーリは続ける。

「つまり……この場所は、ヴァルドリアという国ができるよりも前から、“街の形”だけは存在していたんですよ。最初は軍の拠点として開拓されたので、もともと土地も広くて、後から区画を広げやすかったそうです」

 白壁の建物が並ぶ中で、ひときわ古い石造りの基礎が残された区画がちらりと見える。

「だから、今のような整った街になったのは、昔のつくりを上手く活かしたからなんですよ!」 

 言葉と同時に、ユーリは手を使って通りの奥を示した。
 石畳の一部がわずかに色を違え、他の区画よりも幅が広くとられているのが見て取れる。

「たとえば、あの広い通り。あれも昔は物資搬入用の軍道だったものなんです。今では、荷車や馬車の通行路としてそのまま使われていて、舗装だけ少し改修されてます」

 視線の先には、荷を運ぶ車輪の音が遠く響いている。

「建物の配置も、実は当時の地形を活かして設計されていて……後から無理に区画を増やすんじゃなくて、“あったものに合わせる”っていう考え方が大事にされてきたんです」

 整備された街路を歩く一行の背後で、風がさやさやと並木の葉を揺らす。

 ユーリはそう締めくくると、少しだけ歩調を早め、前方の角を指さした。

「では次に、市政文書庫をご案内しますね。ここの行政記録や都市設計の図面は、すべてそこで管理されています。中には、百年前の都市改編案なんかも残ってるんですよ」

 さらりとした口調で話すユーリに、レティシアはふと足を止め、小さく微笑んだ。

「……そんな貴重な情報を、部外者の私に話してしまっていいのかしら?」

 ユーリは一瞬きょとんとした後、すぐに笑顔になって首を振った。

「ええ、心配ありませんよ! そういったご案内の許可は、あらかじめおじいちゃん――ヴィクトル様にいただいています」

 レティシアはその返答に軽く目を見開き、そして肩の力を抜いたように小さく頷いた。

「そう……なら、安心して見学させてもらうわ」

「はいっ。文書庫の中は静かですが、どこに何があるかは、ちゃんと案内できますので!」

 ユーリの元気な返事を受け、レティシアは口元にわずかな笑みを浮かべた。

 そして一行は、重厚な木製の扉の前に立った。
 扉には金属の取っ手と控えめな飾り彫りが施されており、その上に「市政文書庫」と刻まれた真鍮の小さな銘板が光を受けてかすかに輝いている。

 ユーリが静かに取っ手を回すと、扉は音もなく開いた。
 中からは、紙とインク、それに古い木棚の香りがふわりと漂ってくる。

「どうぞ、足元に気をつけてください」

 促されるままに足を踏み入れると、そこには思った以上の広がりがあった。
 奥行きのある室内には高い書架がいくつも並び、天井近くまで本と資料がびっしりと収められている。

 レティシアは静かに息を吐き、視線を巡らせる。
 そんな中、隣にいたミリアがぽつりと声を漏らした。

「……すごい。まるで、この街ぜんぶが、ここに詰まってるみたい」

 感嘆交じりのミリアの言葉に、ユーリはどこか誇らしげに頷いた。

「このエリアには、街がどう築かれてきたか――その“過程”が残されているんです。たとえば、どの道がいつ通されたのかとか、どの建物がどう変わってきたかとか……そういう細かな記録が、今も大切に保管されています」

 視線の先には、分類ごとに整理された革表紙の分厚い冊子が並び、いくつかには古びた札が添えられていた。

「必要なときには、過去の決定や意見を見直すこともあります。こうした記録は、街の歩みを支える“礎”として、今も生き続けているんです」

 一冊一冊に込められた判断と試行錯誤――それらの積み重ねが、今のこの都市をかたち作っているのだ。

 その在り方に、彼女はどこか憧れにも似た感情を抱いていた。
 まだ道半ばのローゼン。けれど、目指す先にこうした姿があるのだとすれば、そこへと至った道もまた残す価値がある。

「ありがとう、ユーリ。とても、参考になるわ」

 そう言って、彼女は静かに歩を進める。

 やがて一行は、文書庫の奥へと進んでいった。
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