【完結】真実の愛に気付いたと言われてしまったのですが

入多麗夜

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襲撃

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 朝の光が街をゆっくりと照らしはじめた頃、視察団の面々はそれぞれの行き先へと歩みを進めていた。今日一日は自由行動。各自が思い思いの視点で、この街に触れる時間だった。

 ミリアは市場を歩いていた。

 通りに並ぶ露店には、果物や焼き菓子、織物や細工物がぎっしりと並び、朝の空気と混じってにぎわいをつくっている。

 行き交う人々の表情は明るく、彼女にとっては初めての景色だった。

 時折店先で足を止め、小さな土産を手に取る。言葉を交わさなくとも、笑顔と身振りで通じ合うやりとりに、どこか安心した気配があった。通りすがりの子どもが彼女の手元を覗き込み、ミリアは少し驚いたように目を丸くしたあと、照れくさそうに笑みを返した。

 カイルは訓練場へ足を運んでいた。敷石の整った広い場内では、数人の兵士が模擬戦の稽古を行っている。

 声をかけて軽く稽古を申し出ると、武具を持った青年が無言で頷き、すぐに構えを取った。

 互いに名乗ることもなく始まった手合わせは、数合のうちに緊張を生んだ。

 剣を交わすうちに、腕の感覚と動きの重さから、相手の実力が伝わってくる。無言のうちに通じる敬意があった。

 最後に軽く礼を交わし、カイルは軽く息を整えながらその場を後にした。

 エディンは一人、街の裏通りを歩いていた。主道から少し離れたその一帯にも、街の仕組みは息づいていた。目についたのは、規則的に並んだ案内板、掲示文、区画を区切る石杭。表示の統一や位置の整え方、通行の導線など、小さな要素からでも街の“考え方”が見えてくる。

 それぞれの視線が、異なる場所に向けられていた。
     だが共通していたのは、「この街を知ろう」とする姿勢だった。

 一方、レティシアは庁舎から少し離れた静かな通りをゆっくりと歩いていた。

 その傍らには、赤と金の制服に身を包んだ少年――ユーリが寄り添うように並んでいる。まだ日が高いとはいえ、街の中心を外れると人通りもまばらになり、道を行くのは二人きりだった。

 歩きながら、レティシアはふと微笑みを浮かべる。

「案内、ありがとうね。あなたには、かなりお世話になったわ」

 その言葉に、ユーリは少し驚いたように目を瞬かせ、それから照れたように視線を落とした。

「いえ、そんな……こちらこそ、です」

 彼は一歩、レティシアの歩調に合わせるように進み、恥ずかしそうに続けた。

「ぼく、こうして案内できて良かったです。かの有名なローゼンから来た一行を、案内するだなんて……最初は、すごく緊張してたんですよ。でも、少しずつお話できるようになって……なんていうか、光栄で、嬉しかったです」

 レティシアは立ち止まり、隣を歩くその少年の横顔を静かに見つめた。

「あなたの案内は、細やかで、分かりやすくて。何より、あなた自身の“好き”が伝わってきたわ」

 ユーリはきょとんとしたあと、ふいに顔を赤らめて目を伏せた。

「そ、そう言っていただけるなんて……! ありがとうございます」

 小さな声だったが、そこには確かな喜びがにじんでいた。

「……あなたのお祖父様、ヴィクトル様は、ずっとあの職に?」

 ユーリは少し驚いたように瞬き、それから静かに頷いた。

「はい。もう随分長い間、この庁舎に勤めています。若い頃からずっと、行政の仕事に携わってきたんです。ぼくが物心ついた時には、すでにあの役職についていました」

「ヴィクトル様のような方が、あなたの身近にいらっしゃるのは素敵なことね」

「……はい。ぼくにとって、おじいちゃんは“すごい人”で、“目標”でもあります。でも、同じ道に進むかどうかは……分かりませんがね」

 ユーリはふっと笑った。柔らかく、それでいて少し寂しげな笑みだった。

「あなたの夢が叶うといいわね」

 二人の歩みは続いていた。庁舎から少し離れた、人気のない通り。少し先に、噴水のある小さな広場が見えてきたところだった。

「あなたのおかげで、街の姿をよく知ることができたわ」

「ぼくは……案内役として、ただの一駒でしかないです。でも……でも、誰かが“来てよかった”って思ってくれたら、それだけで……」

 その声が、ふと小さく震えた。

 レティシアが振り向こうとした刹那、ユーリの体が傾ぐ。

 不自然な重心の崩れに、彼女はすぐには理解が追いつかなかった。ただ、目の前で少年の表情が歪み、口元が小さく開かれたのを見て、本能的に駆け寄る。

「ユーリ……?」

 問いかけたとき、彼は片膝をついていた。足元にぽたりと落ちる赤――制服の肩口から染み出す血が、布を濡らしている。

「……な、に……?」

 言葉にならないうめき声とともに、ユーリがもう一度前のめりに崩れ落ちる。レティシアは慌ててその身体を支え、細い肩を抱きとめた。

 軽い。あまりに軽すぎるその身体から、確実に命の熱が失われていくのがわかった。

 視線を地面に落とせば、そこには短剣――いや、細身の投げナイフのようなものが転がっている。刃には返り血がまだ鮮やかに残っていた。

 レティシアの心臓が、大きく脈打った。

 何が起きたのか、まだ完全理解はしていない。けれど、ひとつ確かなことは、これは「事故」でも「偶然」でもない。

 ――狙われたのだ

「ユーリ、しっかりして。意識を保って……!」

 レティシアの声に応えるように、ユーリはかすかにまぶたを動かした。

「……ご、ごめんなさい……」

 震えるような声が唇から漏れる。吐息は浅く、額には冷や汗が滲んでいた。

「謝らないで。あなたは何も悪くないわ。……もう大丈夫、すぐに人を呼ぶから……」

 レティシアは膝をつき、ユーリの身体をそっと地面に横たえると、懐から取り出した布で傷口を押さえる。声には出さないが、想像以上に血の量が多い。

 急がなければ――。

 だが、そのとき。

 風を切る音が、背後から走った。

 咄嗟に反応したレティシアは、身体を低く沈めながら横へ跳ぶ。何かが耳元をかすめ、石畳に突き刺さった。再びの投げナイフ。間違いなく、狙いは彼女だった。

 足音が、一つ。屋根の上か、あるいは壁の陰か。

 敵の姿は見えない。けれど、襲撃は一度きりではなかったという事実が、場を支配する空気を一気に変えた。

 レティシアは息を整えながら、片膝を地に付けたまま周囲を睨む。次の一撃が、どこから来るか分からない。だが、もう避けるだけでは済まされない。

 視線だけを動かし、再びユーリへと向ける。彼の目は、まだ閉じてはいない。必死に意識を繋ぎとめようとしているのが分かった。

「いい子ね、ユーリ。もう少しだけ、頑張って」

 言葉と共にレティシアは息を強く吐いた。
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