44 / 47
第2章 その後のふたり
15、たろさんの「こんな事になって非常に申し訳ない」話
しおりを挟む
「ごめん。堀ちゃん」
堀ちゃんは俺が何を言っているか理解すると同時に愕然とし、次にそれはそれは悲壮な顔をした。
いつも朗らかな、それこそ春の日だまりのような堀ちゃんだ。
これまでそんなつらそうな表情は見た事もなくて、動揺した。
本当に申し訳なく思う。
こんな事になるなんて、思ってもなかった。
機械トラブルで急きょ現地から呼びつけられた。
問題は現地では対応しきれず、結局持ち帰りになったので出張自体は1泊2日で済んだけれど、持ち帰った問題案件と、席を空けた間に本来担当していた機械の納期が迫っていて、その週は本当に忙しかった。
久々に日付が変わるような残業が続いた。
深夜残業の許可申請書を連日提出しに行けば、上司は何か言いたげに判をくれた。
高田からは「そんな顔して残業申請すればねぇ」と言われた。
どんな顔だと言うのか。
仕事は仕事だ。
不満顔をしているつもりはなかったのだが。
結局、堀ちゃんのアパートを尋ねる事が出来たのは日曜になってしまった。
まず何から、どう言えばいいのか。
気が重かった。
そして、玄関に流れるこの沈痛な空気。
「一応習ったし、やった事はあるんですけど……わたしがやると、すごい時間かかるし、見た目がかなり悲惨な事になって身がなくなっちゃうんですよね」
お袋に持たされた、レジ袋いっぱいのアジを見て堀ちゃんは申し訳なさそうに、悲しそうに言ったのだった。
近所の人に大量にもらったからと、出掛けに無理矢理持たされた。
勝ち誇ったような顔の母親に「魚を捌ける男は見直されるわよ。やっといて良かったわねぇ」と言われて。
ああ、やっぱり堀ちゃんの存在には気付いていたか。
隠すつもりは一切無かったが、改まって言う事にも気後れして言っていなかったのだが。
言って恥ずかしい相手じゃない。
むしろ自慢の彼女なのだから、ちゃんと宣言しておけばよかったのだろうが、要は気恥ずかしい気がしただけ。
この年で。
子供じゃあるまいし、とは思うのだけど。
「一人暮らしよね? あんまり多いと困っちゃうだろうし」
出張とは明らかに違う装備で週末に外泊してるしな。
一人暮らしまでお見通しか。
そして、そんなに俺に捌かせる気か、とは思ったけれど。
「どれだけもらったんだよ。彼女の実家も近いから、困ってるなら持ってく」
お袋は一瞬目を見張ったが、次に笑んだ。
うわ、嫌な笑い方だな。その顔やめてくれ。
ああ、はいはい。
彼女の実家にも行きました。満足ですか。
「あ、まだ挨拶に行ったとかじゃないから」
そこまで期待して盛り上げさせてしまうと、こちらの精神衛生上も良くない気がする。
聞かれてもいないが宣言しておいた。
堀ちゃんは俺が何を言っているか理解すると同時に愕然とし、次にそれはそれは悲壮な顔をした。
いつも朗らかな、それこそ春の日だまりのような堀ちゃんだ。
これまでそんなつらそうな表情は見た事もなくて、動揺した。
本当に申し訳なく思う。
こんな事になるなんて、思ってもなかった。
機械トラブルで急きょ現地から呼びつけられた。
問題は現地では対応しきれず、結局持ち帰りになったので出張自体は1泊2日で済んだけれど、持ち帰った問題案件と、席を空けた間に本来担当していた機械の納期が迫っていて、その週は本当に忙しかった。
久々に日付が変わるような残業が続いた。
深夜残業の許可申請書を連日提出しに行けば、上司は何か言いたげに判をくれた。
高田からは「そんな顔して残業申請すればねぇ」と言われた。
どんな顔だと言うのか。
仕事は仕事だ。
不満顔をしているつもりはなかったのだが。
結局、堀ちゃんのアパートを尋ねる事が出来たのは日曜になってしまった。
まず何から、どう言えばいいのか。
気が重かった。
そして、玄関に流れるこの沈痛な空気。
「一応習ったし、やった事はあるんですけど……わたしがやると、すごい時間かかるし、見た目がかなり悲惨な事になって身がなくなっちゃうんですよね」
お袋に持たされた、レジ袋いっぱいのアジを見て堀ちゃんは申し訳なさそうに、悲しそうに言ったのだった。
近所の人に大量にもらったからと、出掛けに無理矢理持たされた。
勝ち誇ったような顔の母親に「魚を捌ける男は見直されるわよ。やっといて良かったわねぇ」と言われて。
ああ、やっぱり堀ちゃんの存在には気付いていたか。
隠すつもりは一切無かったが、改まって言う事にも気後れして言っていなかったのだが。
言って恥ずかしい相手じゃない。
むしろ自慢の彼女なのだから、ちゃんと宣言しておけばよかったのだろうが、要は気恥ずかしい気がしただけ。
この年で。
子供じゃあるまいし、とは思うのだけど。
「一人暮らしよね? あんまり多いと困っちゃうだろうし」
出張とは明らかに違う装備で週末に外泊してるしな。
一人暮らしまでお見通しか。
そして、そんなに俺に捌かせる気か、とは思ったけれど。
「どれだけもらったんだよ。彼女の実家も近いから、困ってるなら持ってく」
お袋は一瞬目を見張ったが、次に笑んだ。
うわ、嫌な笑い方だな。その顔やめてくれ。
ああ、はいはい。
彼女の実家にも行きました。満足ですか。
「あ、まだ挨拶に行ったとかじゃないから」
そこまで期待して盛り上げさせてしまうと、こちらの精神衛生上も良くない気がする。
聞かれてもいないが宣言しておいた。
21
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました
藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】
※ヒーロー目線で進んでいきます。
王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。
ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。
不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。
才能を開花させ成長していくカティア。
そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。
立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。
「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」
「これからも、私の隣には君がいる」
甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる