妄想力たくましい彼の出来レース

志野まつこ

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「妄想力たくましい彼」の部下の忍耐

<前編>

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部下・黒崎目線です。
********************

 自分が入社した際に教育係として割り振られた氷川ひかわ先輩は二つ年上で、有能だった。
 すごいすごいと日頃から感じていたが、29歳で課長補佐の肩書がついた際は改めて恐ろしく有能なのだと思い知らされた。

 すらっとした体型にほどよく整った容姿。清潔感もあり、性格は温厚で人当たりもいい。親しみやすいタイプだが仕事では慣れ合い過ぎずちゃんとする。笑顔で厳しいことも平気で言う。

 何を考えているのかデスクに向かって一人で楽しそうにニコーっとした表情で画面を見つめていたり、「ふ……ふふ」とか笑っているので、きっと業務上なにか最適なプランを思いついたりしたのだろう。
 それが割としょっちゅうなのだからやはり先輩は有能だ。

 自分が29になった時、そのレベルに達しているか━━その答えは否だ。
 それに気付くと同時に先輩が好きなのだと自覚した。

 憧れとか、尊敬といったものは抱いていたが、恋愛感情も抱いていたらしい。
 なんでそうなるのか、いったいいつからなのか。
 自分でもまったく分からないので説明は出来ないが、そう思ったのだから仕方ない。

 しかし同性。
 どうしようもない。
 容姿と体格に恵まれこれまで相手に困ったことはなかったが、それは女性が相手の話だ。
 同性に懸想し、初めて壁に行きあたったと戸惑いもした。

 せめて仕事だけでも先輩に認められたい。
 信頼され、一番近くに、出来れば常に隣にいたい。
 そうより真摯に仕事に取り組むようになった。
 そうなるともともと仲良くしてくれていた氷川先輩もなお目にかけてくれるようになり、サシ飲みも増えた。

営業一課うちの一月の売上、ちょっと心もとないよなー。年明けからはっぱかけるのもなんだかなー」
 二人だけの忘年会で先輩は不満そうに唇を突き出すように言う。
 豚バラの油か、艶めかしい艶が乗った唇だ。

「まぁー」
 俺はそう、ぐっと詰めた息を吐き出した。

 先輩の唇の艶を舐めとって、そのまま舌で口内を犯しつくしたい衝動を耐え抜いての吐息だ。
 駄目だ、落ち着け。
 最近本当に先輩に欲を抱いていかん。酒が入るといつもこうだ。

「このままだとダレますよね。ただでさえ1月は稼働日数も少ないし」
 下半身に集まった血でひくりと震えるTPOをわきまえない息子を萎えさせるため、思考を仕事脳に持って行こうと試みる。

「先輩、俺と勝負しませんか。俺らが張りあってたら他のメンバーもやる気見せるでしょ」
 俺の提案に先輩はにぃっと満足そうに悪い笑みを見せた。
 先輩は貪欲だ。
 部内のメンバーにきつく当たる事はしない。うまく言って部全体の成績を上げることにやりがいを感じ、若手が積極的に発案することを喜ぶ上司だ。

 そして先輩の「課長補佐」という肩書は完全なる中間管理職で、間に挟まってしんどい役どころだ。俺はそんな先輩の助力になりたい。

 仕事納めも終えた年末のサシ飲みはいつもよりお互いアルコールが回っていた。
 俺の提案にくふくふと楽しそうに笑う先輩を見ていると、抑え切れなくなった。
 俺の忍耐力なんて吹けば飛ぶ。

「先輩が勝ったらキスしてあげますよ」
 俺には1月は大きめの契約予定がある。
 先輩もそれを把握しているはずだが向上心の塊のような人で、けっこうな負けず嫌いだ。
 そして酔っぱらってご機嫌。
 こう言っておけば絶対言い返してくると思ったが。

「じゃあお前が勝ったら抱かせてやるよ」
 流し目と意味深な笑みで、想定の遥か上が返ってきて━━

 まさか、自分の気持ちがバレているのか。
 その瞬間、冷水を浴びせられたような気がした。

 ※
 先輩と俺が成績を競っている事はすぐに部内外に知れ渡り、俺達の目論見通り部署メンバーの士気は上がった。
 先輩は営業以外の事務仕事も多いというのに恐ろしいペースで売り上げを伸ばしていく。

 それはそうだろう、俺が勝ったら先輩は貞操の危機だ。

 先輩は貪欲だ。
 勝てそうにない勝負でも挑む。そして勝つ気なのだ。
 現に「ふへ」だか「ふ……ふはは」だかしょっちゅう言っている。
 そりゃもう毎日のように。
 どれだけ成績を伸ばす気なのか。

「無理しすぎじゃないですか」
 いくら賭けのためとはいえ日中は営業活動に明け暮れ、夜になってから営業業務以外の事務作業も併せて行っている。
 ふはふは笑っているが、実はちょっとおかしくなっているのではないか。
 連日の残業にさすがに働き過ぎではないかと心配になって声を掛けたが「いや、今めちゃくちゃ盛り上がってる」と言われ、その後また笑っていた。

 心配する気持ちもあったが、先輩はちゃんと自分をコントロール出来るはずだ。
 だから、この頃には俺の腹は決まっていた。

 なんとしてでも勝つ。

 先輩としては俺が馬鹿みたいに頑張ったあげく、俺が負ける算段なんだろう。
 先輩が勝てば俺からのキス一つ。
 それに先輩が耐えるだけで、その後輩は死に物狂いで頑張るのだ。

 先輩にしてみれば罰ゲーム感覚の安い物なのかもしれないが、そこまで必死になって勝とうとするのならば。
 俺が勝つのがそんなに嫌なのならば━━こっちだって遠慮は要らないだろう。

 ※
「肉と俺、どっちが食いたい?」
 勝利した俺に、先輩は嫣然と笑いかける。

 やっぱりか。
 冗談めかして煙に巻く気なのがありありと見て取れた。おごるなんて話はなかったのに。
 苛立ちを押し隠し、少し考えるふりをして答えた。

「肉食ってからデザート、ですかね」
 先輩はほんの一瞬真顔になった。
 どうせ俺が肉と言った事に歓喜したものの、それを見せまいとしたのだろう。

 その直後、「お前頑張ったもんな。すげぇいい肉食わせてやるよ」と笑顔で俺の二の腕を叩いてきた。こうやってスキンシップが多いのは先輩の癖なのか、それとも俺の気持ちを知っているからなのか。どちらにしろ残酷な話だ。
 選んでくれたのもいい店だった。少しは良心が痛むのか。

「お前は本当によく頑張った」
 そうねぎらうように普段以上に酒を進めてくるが、これもうやむやにするためなんだろう。

「前回飲み過ぎたんで」
 こっちがそう言えば先輩は酒量を控えた。
 飲み過ぎてあんな賭けに発展したのだ。当然だろう。

 今の俺はどんなに飲んでも勃つ自信がある。
 ただ、理性は残しておきたい。
 今夜この人を絶対に抱く。

 ……いや、さすがに抱けなくてもそれなりの事はしてやる。

「うちにダッツハーゲンダッツ有りますよ。コンビニ寄ってもいいし」
 食後、メニューのデザートのページを眺める段階になってそう尋ねる。
 男二人でスイーツをオーダーするのも、という空気も追い風になり先輩はのこのこついて来た。

 焼肉屋だけで撤収したので帰宅してもまだ早い時間で、ケーキを取り扱うカフェでテイクアウトしても良かったがやはり男二人、無難で慣れて入りやすいコンビニに寄る事になった。
 持ち帰ったスイーツに合わせてコーヒーを淹れる。

「あー負けたなぁ」
 コンビニでもらったプラスチックのスプーンをくわえてピコピコ上下させながら、部屋のローテーブルに頬杖をつくしどけなさは何なんだ。しかもプリンアラモードというチョイス。
 先輩三十路だろ。
 俺を殺す気か。

「……なぁ、俺も頑張ったよな。負けた分際だけど、俺もご褒美ほしいんだけど」
 ちろりとこちらを見る目がえろくて。
 俺はなにも考えられず、角を挟んだ位置に座る先輩の口からスプーンを指でつまんで抜き取るとその薄い唇に食らい付いた。

 咄嗟の事に薄く開いたままだった唇から口内に舌を差し入れるとプリンアラモードのクリームの甘さを感じた。そうだ、デザートはこうでなくては。
 引っ込んだ先輩の舌を探り、引きずり出すように口内を犯した。

「くろ……っ!」
 口づけの合間に先輩が声を上げたが、非難も制止も聞く気は無い。
 先輩は身を引くが残念ながら先輩のすぐ後ろはベッドだ。帰宅した際、ベッドの前に座るようあらかじめ案内しておいた。

 ベッドに追い詰め先輩のニットをたくし上げて手のひらを当てる。脇を撫で、胸をまさぐってその肌を堪能した。
 くそ、手だけじゃ物足りない。肌という肌を舐め倒したい。

 先輩は唇を塞がれたまま俺の口内で何か声を上げていたが、やがて怯えた子猫が顔を出すようにおずおずと舌で応えてきた。
 観念したのか、それとも油断させて機をうかがっているのか。
 まだ油断はできない。

 ローションもゴムも手を伸ばせば届くところに準備済みだ。それもベッドの下と宮棚に。
 それから風呂場と脱衣所と玄関、まさかにそなえてシンクとベランダにも。

 想定されるあらゆるケースに備え、出来る事は予め全て備えよ、が先輩の教えだ。
 どこでおっぱじめようと先輩に逃げられないように完璧な布陣で入念に準備している。
 とんだ変態の家だ。
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