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第2部 〈世界制覇〉編
77、国母将帝マリアリテレザ。――絶対的誘惑と、左右の手を握る手。
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エリミタリア永世帝国帝都、帝城最上階。
空の玉座のさらに最奥にある私室。
長椅子に虚ろな瞳で座る金髪の少年、永世皇帝ネスカリシュオと。
俺の前にしゃなり、と艶然と立つ桃色の長い髪をふわりと広げる国母将帝マリアリテレザ。
――その向けられた、絶世の美女の傾国の微笑みに。
「っ…………慶ぶ、だと? 自国の敗戦を? 国母将帝マリアリテレザ。一体貴女は何を言っている?」
思わず息を飲んだ俺は、それを悟らせまいと努めて平静に問いかけた。
その問いに、赤い唇にたおやかな細指をあてるその仕草すらも類い稀なる洗練された美として、国母将帝マリアリテレザは微笑む。
「うふふ。何も難しいことは言っておりません。このわたくし以外の四大将帝。破軍将帝ヴァザヴォーザは、そちらに控えられる魔王ジュド陛下の右腕、前魔王デスニアさまにより敗死。同じく魔導将帝ジャクムは魔王ジュド陛下直々に軍門に。天技将帝キルシュアーツは同じくそちらに控える左腕の魔勇者アリューシャさまにより撃退、捕縛」
順番に俺たち三人へと楚々と示すように差し出された、たおやかな手。
薄い白の羽衣と、腕の金鎖と色とりどりの宝石の飾りがしゃなり、と揺れる。
「まさしく、この数百年あり得なかった、このエリミタリア永世帝国の根幹を揺るがしかねない事態。それほどの偉業を成し遂げられた御国と、敵対? うふふ。まさか。ぜひわたくしたちは親愛なる隣人として、御国と国交を結びたいと考えております。ねえ、そうでしょう? ネスカリシュオ永世皇帝陛下」
そう言って微笑む国母将帝マリアリテレザが長椅子に座る少年に髪と同じ桃色の瞳を向けると。
「…………うむ」
永世皇帝ネスカリシュオは何も見ていない半分閉じかけた翠の瞳のまま、とだけ短く答えた。
――傀儡。
まさに百人が百人、千人が千人、一万人が一万人。
誰一人の例外なく、その一語のみを頭に思い浮かべる光景。
代々の永世皇帝の妻にして母という、一言では矛盾極まりない存在。
そしていまはこの少年帝を意のままに操るこの絶世なる傾国の美女こそが、この大陸一つを版図に収めし侵略軍事超大国たるエリミタリア永世帝国を千年の永きに渡り恣にしているのだと。
――だが。
「わたくしたちが望むのは、国体の維持。皇族つまりは、ネスカリシュオ永世皇帝陛下と、うふふ。その妻にして母であるわたくし、国母将帝マリアリテレザが最高権力の座にあり続けること」
国母将帝マリアリテレザが艶然とそれ一つで国一つ傾けかねないと確信させる傾国の微笑みに、親愛の色をふわりと一欠片混ぜて俺に微笑む。
「それさえご承知いただければ、魔導将帝ジャクムに天技将帝キルシュアーツ。四大将帝二人を含めた捕虜も御国の好きなようにしていただいて構いません。わたくしたちエリミタリア永世帝国は、総意と総力をもって、全面的に喜んで協力させていただきます。御国、魔王国エンデに。そして――」
国母将帝マリアリテレザの両手がつう、と惜しげもなく溢れんばかりに晒け出された胸元を扇情的に下から上へなぞり。
それから、迎え入れるように、乞い願うように、誘うように、その両手を俺に向かって広げ、差し出す。
「さあ、魔王ジュド陛下。どうぞ、わたくしの手をお取りになって。そして、わたくしたちと共に、世界に永劫なる栄光と平和を築きましょう……!」
しゃなりと揺れる金鎖と宝石の飾り、ふわりと揺れる薄白の羽衣の袖。
溢れんばかりに晒された母性の象徴につうと一筋の汗が伝い、熱っぽく濡れた瞳、朱に染まる頬、艶やかな赤い唇からは、甘く蕩けるような声。
そして、その傾国の魅力をその肢体から放出された攻撃ではない膨大な魔力が――傾世へとまで押し上げる。
――絶対的誘惑。
それは、計算され、演出し尽くされた、心の最も軟らかな部分に触れ得る、本能的に抗い難い傾世の美。
う、あ……これ、は……!?
瞬間。頭が真っ白になり、それでも衝動に呑まれかけまいと強く握りかけた俺の指に――細い、何かが絡みつく。
「ジュドさま」
右手には、左手。俺の手よりも随分と小さく少し冷たい手が、寄り添い甘える声が、ゆっくりと俺の頭を冷やし、癒す。
「ジュドー」
左手には、右手。俺の手よりも少しだけ小さな手から伝わる熱が、信じ共に在ると誓う声が、俺の心に再び、決意の火を燃やす。
――デスニア。アリューシャ。
そっと言葉の代わりに、想いを込めて一度だけ二人の指を握り返すと、俺は左右の手を離してから、敢えてふてぶてしく高笑いを上げた。
「ふははは! それはまた、実に実に魅力的な提案だ! だが、しかし!」
そして俺は、いままで半ばその傾世の美に存在ごと呑まれかけていた国母将帝マリアリテレザではなく――そこにいる、真に向かい合うべき敵へと向けて、まっすぐに指を突きつけた。
「互いの国の行末を決めるそう言った話は、国家元首同士で直接つけるべきだと、そう思わないか? なあ、そこにいる本当の傀儡である国母将帝マリアリテレザを前面に押し出し、自分は無関係のように玉座に模したそこの長椅子でふんぞり返っている永世皇帝ネスカリシュオ……!」
――その俺の言葉に、豪奢な長椅子に座る金髪の少年の半分閉じかけていた翠の瞳がすうっと、見開かれた。
空の玉座のさらに最奥にある私室。
長椅子に虚ろな瞳で座る金髪の少年、永世皇帝ネスカリシュオと。
俺の前にしゃなり、と艶然と立つ桃色の長い髪をふわりと広げる国母将帝マリアリテレザ。
――その向けられた、絶世の美女の傾国の微笑みに。
「っ…………慶ぶ、だと? 自国の敗戦を? 国母将帝マリアリテレザ。一体貴女は何を言っている?」
思わず息を飲んだ俺は、それを悟らせまいと努めて平静に問いかけた。
その問いに、赤い唇にたおやかな細指をあてるその仕草すらも類い稀なる洗練された美として、国母将帝マリアリテレザは微笑む。
「うふふ。何も難しいことは言っておりません。このわたくし以外の四大将帝。破軍将帝ヴァザヴォーザは、そちらに控えられる魔王ジュド陛下の右腕、前魔王デスニアさまにより敗死。同じく魔導将帝ジャクムは魔王ジュド陛下直々に軍門に。天技将帝キルシュアーツは同じくそちらに控える左腕の魔勇者アリューシャさまにより撃退、捕縛」
順番に俺たち三人へと楚々と示すように差し出された、たおやかな手。
薄い白の羽衣と、腕の金鎖と色とりどりの宝石の飾りがしゃなり、と揺れる。
「まさしく、この数百年あり得なかった、このエリミタリア永世帝国の根幹を揺るがしかねない事態。それほどの偉業を成し遂げられた御国と、敵対? うふふ。まさか。ぜひわたくしたちは親愛なる隣人として、御国と国交を結びたいと考えております。ねえ、そうでしょう? ネスカリシュオ永世皇帝陛下」
そう言って微笑む国母将帝マリアリテレザが長椅子に座る少年に髪と同じ桃色の瞳を向けると。
「…………うむ」
永世皇帝ネスカリシュオは何も見ていない半分閉じかけた翠の瞳のまま、とだけ短く答えた。
――傀儡。
まさに百人が百人、千人が千人、一万人が一万人。
誰一人の例外なく、その一語のみを頭に思い浮かべる光景。
代々の永世皇帝の妻にして母という、一言では矛盾極まりない存在。
そしていまはこの少年帝を意のままに操るこの絶世なる傾国の美女こそが、この大陸一つを版図に収めし侵略軍事超大国たるエリミタリア永世帝国を千年の永きに渡り恣にしているのだと。
――だが。
「わたくしたちが望むのは、国体の維持。皇族つまりは、ネスカリシュオ永世皇帝陛下と、うふふ。その妻にして母であるわたくし、国母将帝マリアリテレザが最高権力の座にあり続けること」
国母将帝マリアリテレザが艶然とそれ一つで国一つ傾けかねないと確信させる傾国の微笑みに、親愛の色をふわりと一欠片混ぜて俺に微笑む。
「それさえご承知いただければ、魔導将帝ジャクムに天技将帝キルシュアーツ。四大将帝二人を含めた捕虜も御国の好きなようにしていただいて構いません。わたくしたちエリミタリア永世帝国は、総意と総力をもって、全面的に喜んで協力させていただきます。御国、魔王国エンデに。そして――」
国母将帝マリアリテレザの両手がつう、と惜しげもなく溢れんばかりに晒け出された胸元を扇情的に下から上へなぞり。
それから、迎え入れるように、乞い願うように、誘うように、その両手を俺に向かって広げ、差し出す。
「さあ、魔王ジュド陛下。どうぞ、わたくしの手をお取りになって。そして、わたくしたちと共に、世界に永劫なる栄光と平和を築きましょう……!」
しゃなりと揺れる金鎖と宝石の飾り、ふわりと揺れる薄白の羽衣の袖。
溢れんばかりに晒された母性の象徴につうと一筋の汗が伝い、熱っぽく濡れた瞳、朱に染まる頬、艶やかな赤い唇からは、甘く蕩けるような声。
そして、その傾国の魅力をその肢体から放出された攻撃ではない膨大な魔力が――傾世へとまで押し上げる。
――絶対的誘惑。
それは、計算され、演出し尽くされた、心の最も軟らかな部分に触れ得る、本能的に抗い難い傾世の美。
う、あ……これ、は……!?
瞬間。頭が真っ白になり、それでも衝動に呑まれかけまいと強く握りかけた俺の指に――細い、何かが絡みつく。
「ジュドさま」
右手には、左手。俺の手よりも随分と小さく少し冷たい手が、寄り添い甘える声が、ゆっくりと俺の頭を冷やし、癒す。
「ジュドー」
左手には、右手。俺の手よりも少しだけ小さな手から伝わる熱が、信じ共に在ると誓う声が、俺の心に再び、決意の火を燃やす。
――デスニア。アリューシャ。
そっと言葉の代わりに、想いを込めて一度だけ二人の指を握り返すと、俺は左右の手を離してから、敢えてふてぶてしく高笑いを上げた。
「ふははは! それはまた、実に実に魅力的な提案だ! だが、しかし!」
そして俺は、いままで半ばその傾世の美に存在ごと呑まれかけていた国母将帝マリアリテレザではなく――そこにいる、真に向かい合うべき敵へと向けて、まっすぐに指を突きつけた。
「互いの国の行末を決めるそう言った話は、国家元首同士で直接つけるべきだと、そう思わないか? なあ、そこにいる本当の傀儡である国母将帝マリアリテレザを前面に押し出し、自分は無関係のように玉座に模したそこの長椅子でふんぞり返っている永世皇帝ネスカリシュオ……!」
――その俺の言葉に、豪奢な長椅子に座る金髪の少年の半分閉じかけていた翠の瞳がすうっと、見開かれた。
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