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危機が終わって 3
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先輩が言うように外務は殺気立っていた。俺はソロッと廊下を抜けてクロードの執務室へ入ろうとした。その時、大きな声が聞こえて足を止めた。
「あの件はもっと慎重に進めるはずだったではありませんか! 新入りがヘマをして、こんな慌ただしく……。捕縛される商家は三十軒以上あるのですよ! 逃してしまう可能性だって!」
語気も激しくクロードにたたみ掛けるのは外交政策局のA班の長だ。クロードの手足となって局を纏める人間で、クロードも彼の支えなしにリン国への対応はできない。今回も彼らが主となって勧めていたのだろう。
「ヘマ? 私がヘマをしたと訴えているのか?」
クロードは鼻で笑った。自信のある人間特有のオーラが漂う。
「あなたのことではありません! アンリ補佐官のことです。シン公使に呼ばれていそいそと向かったというではありませんか」
まるで自分で好んで行ったように言われて腹が立ったが、ここではそう思われているのだ。
「いそいそというのは、身内だと思っていた外務の人間が買収されて嘘の情報でアンリを公使の元に送ったことか? あの男はお前の部下だったな……」
「それは……! 彼が買収されているなんて――」
「大体アンリが狙われたのは、そっちの情報が筒抜けになっているようだからこちらで解析したという情報が漏れていたからではないか」
そうか、あの男は買収されていたのか。
「申し訳ありません……。ですが、安易に動くべきではなかったかと!」
「安易だと? 依存性の高い薬を扱っているとわかっている公使に密かに連れ出された部下を放っておけと言うのか! それこそまだ新入りで身を守る術すらない部下を」
「ですが……」
「言っておくが何度あの場面を繰り返そうと私は助けに行く。もちろんアンリでなく、ハイドだったとしてもだ」
「あ……ありがとうございます」
意外だったのかハイドはモゴモゴとお礼を言ってそれ以上は追求しなかった。すごい、あれだけで黙らせられるって……クロードの顔面の力って――。声もだよな……。深いというかまるで耳の横で囁かれているような気分になる。
「それだけなら業務に戻ってくれ」
「アンリ補佐官は……あなたの補佐官には向いていません! 外務の人間か他のところから招請するにしてももっと相応しい人間がいるはずです」
俺のこと、本当に嫌いなんだなと思った。クロードのためを思っているのだろうが、俺だって好きでここに来たわけじゃない。
「アンリは、外務長官が財務長官に『クロードの補佐をするに相応しい人がいないか』と聞いて選ばれて来たんだ。文句があるなら財務長官に言ってくれ」
さっさと仕事に戻れというように手を逆手で振ってクロードは話を切り上げた。
コンコンとわざとらしいタイミングだよなと思いながら開いていた扉をノックして部屋に入ると、出ていくハイドは俺を横目で睨みながら出ていった。
「モテモテだな……。じゃなくて、半休ありがとうございます」
ついついクロードが相手だと言葉を崩してしまう。これも気をつけないと反感を買う要因になるだろう。
「おっさんにモテても嬉しくないよ。身体は大丈夫?」
立ち上がったクロードに手を引っ張られて体勢を崩した。踏ん張れるほど足腰に力が入らない。
「何っ?」
俺を椅子に座らせて、クロードが歩いて行く。何故か鍵を掛けて、クロードが微笑む。
「今から昼休憩なんだ。アンリは食べてきた? そう、珈琲くらい付き合ってよ」
朝から忙しかっただろうに、いそいそと珈琲を淹れてくれた。
「紅茶なら淹れてやるのに」
「珈琲は嫌いなの?」
「いや、高いから……うちでは飲まない」
「嫌いじゃない?」
「嫌いじゃない。昔、母が生きてた頃は飲んでたよ。砂糖もミルクも沢山いれた甘いやつだけど」
止める人間がいなくなって父のギャンブルが酷くなったせいで珈琲も飲めない貴族になるなんて思ってもみなかった。
「そう、そういえばアンリの家は離れを結婚式場に貸してるんだってね」
「よく知ってるな。うちの庭だけは自慢なんだ。どの季節でも綺麗な花が咲いていて、特に薔薇は母が好きで沢山植えていたから」
母が大事にしていたから皆で一生懸命維持していた。それがまさか子爵家をなんとか維持できるための資金になるとは思っていなかったけれど。姉が商家に嫁いだのも運だったのだろう。宝石商に上の姉が、クロードのホテルには及びもしないけれどそこそこのホテルを経営している商家に下の姉が嫁いだ。二人は婚家で揉まれながら、実家の離れを何とかしようとしてくれた。月に三回か四回の結婚式の披露宴を離れで行っていて、その利益の一部を維持費として実家にいれてくれているのだ。
「いいね。今度遊びに行きたいな」
「来なくていいよ」
「どうして?」
「別に……」
似合いすぎだろ! 薔薇の花とかアーチとか庭園とか。絵に描いて飾りたいと姉に言われる。絶対、絶対だ!
「まだ早かったかな」
「そうだな。まだ早い」
うちの薔薇が一番綺麗な季節はまだだ。青空で、ピンクの薔薇……いや紫とかのほうがいいかもしれない。絵のモデルってお金かかるよな……。クロード、ただでやってくれないかな?
「そっか、まだか……」
残念そうに珈琲のカップの縁をグルグルスプーンで混ぜるクロードに俺は全く気づいていなかった。
「あの件はもっと慎重に進めるはずだったではありませんか! 新入りがヘマをして、こんな慌ただしく……。捕縛される商家は三十軒以上あるのですよ! 逃してしまう可能性だって!」
語気も激しくクロードにたたみ掛けるのは外交政策局のA班の長だ。クロードの手足となって局を纏める人間で、クロードも彼の支えなしにリン国への対応はできない。今回も彼らが主となって勧めていたのだろう。
「ヘマ? 私がヘマをしたと訴えているのか?」
クロードは鼻で笑った。自信のある人間特有のオーラが漂う。
「あなたのことではありません! アンリ補佐官のことです。シン公使に呼ばれていそいそと向かったというではありませんか」
まるで自分で好んで行ったように言われて腹が立ったが、ここではそう思われているのだ。
「いそいそというのは、身内だと思っていた外務の人間が買収されて嘘の情報でアンリを公使の元に送ったことか? あの男はお前の部下だったな……」
「それは……! 彼が買収されているなんて――」
「大体アンリが狙われたのは、そっちの情報が筒抜けになっているようだからこちらで解析したという情報が漏れていたからではないか」
そうか、あの男は買収されていたのか。
「申し訳ありません……。ですが、安易に動くべきではなかったかと!」
「安易だと? 依存性の高い薬を扱っているとわかっている公使に密かに連れ出された部下を放っておけと言うのか! それこそまだ新入りで身を守る術すらない部下を」
「ですが……」
「言っておくが何度あの場面を繰り返そうと私は助けに行く。もちろんアンリでなく、ハイドだったとしてもだ」
「あ……ありがとうございます」
意外だったのかハイドはモゴモゴとお礼を言ってそれ以上は追求しなかった。すごい、あれだけで黙らせられるって……クロードの顔面の力って――。声もだよな……。深いというかまるで耳の横で囁かれているような気分になる。
「それだけなら業務に戻ってくれ」
「アンリ補佐官は……あなたの補佐官には向いていません! 外務の人間か他のところから招請するにしてももっと相応しい人間がいるはずです」
俺のこと、本当に嫌いなんだなと思った。クロードのためを思っているのだろうが、俺だって好きでここに来たわけじゃない。
「アンリは、外務長官が財務長官に『クロードの補佐をするに相応しい人がいないか』と聞いて選ばれて来たんだ。文句があるなら財務長官に言ってくれ」
さっさと仕事に戻れというように手を逆手で振ってクロードは話を切り上げた。
コンコンとわざとらしいタイミングだよなと思いながら開いていた扉をノックして部屋に入ると、出ていくハイドは俺を横目で睨みながら出ていった。
「モテモテだな……。じゃなくて、半休ありがとうございます」
ついついクロードが相手だと言葉を崩してしまう。これも気をつけないと反感を買う要因になるだろう。
「おっさんにモテても嬉しくないよ。身体は大丈夫?」
立ち上がったクロードに手を引っ張られて体勢を崩した。踏ん張れるほど足腰に力が入らない。
「何っ?」
俺を椅子に座らせて、クロードが歩いて行く。何故か鍵を掛けて、クロードが微笑む。
「今から昼休憩なんだ。アンリは食べてきた? そう、珈琲くらい付き合ってよ」
朝から忙しかっただろうに、いそいそと珈琲を淹れてくれた。
「紅茶なら淹れてやるのに」
「珈琲は嫌いなの?」
「いや、高いから……うちでは飲まない」
「嫌いじゃない?」
「嫌いじゃない。昔、母が生きてた頃は飲んでたよ。砂糖もミルクも沢山いれた甘いやつだけど」
止める人間がいなくなって父のギャンブルが酷くなったせいで珈琲も飲めない貴族になるなんて思ってもみなかった。
「そう、そういえばアンリの家は離れを結婚式場に貸してるんだってね」
「よく知ってるな。うちの庭だけは自慢なんだ。どの季節でも綺麗な花が咲いていて、特に薔薇は母が好きで沢山植えていたから」
母が大事にしていたから皆で一生懸命維持していた。それがまさか子爵家をなんとか維持できるための資金になるとは思っていなかったけれど。姉が商家に嫁いだのも運だったのだろう。宝石商に上の姉が、クロードのホテルには及びもしないけれどそこそこのホテルを経営している商家に下の姉が嫁いだ。二人は婚家で揉まれながら、実家の離れを何とかしようとしてくれた。月に三回か四回の結婚式の披露宴を離れで行っていて、その利益の一部を維持費として実家にいれてくれているのだ。
「いいね。今度遊びに行きたいな」
「来なくていいよ」
「どうして?」
「別に……」
似合いすぎだろ! 薔薇の花とかアーチとか庭園とか。絵に描いて飾りたいと姉に言われる。絶対、絶対だ!
「まだ早かったかな」
「そうだな。まだ早い」
うちの薔薇が一番綺麗な季節はまだだ。青空で、ピンクの薔薇……いや紫とかのほうがいいかもしれない。絵のモデルってお金かかるよな……。クロード、ただでやってくれないかな?
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