騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください

東院さち

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案は一つしかないようなもの

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「ラズ、どうした?」
「リド、嫌だ……。王なんて、ただの貴族よりもっと……」
「ラズ、すみません。我々が急ぎすぎたんですね」

 ウィスランドに謝られて、ラズは首を振った。

「二人に愛されようなんて思ったのが間違いだったんだ……。どうにかなるって、気持ちさえ確かなら平気だって――。でも駄目だよ。もし俺が子供を産めなかったら? その子が魔力をあまり持っていなかったら? 俺はいなかったことになるんじゃないの? 遠くへ隔離されて、ただ二人が来てくれるのを待つの?」
「ラズ? そんなに怯えて……」

 震えるラズをウィスランドが抱き上げて椅子に座らせ、一瞬席を外した。戻ってきたウィスランドの手にはカップがあった。ラズの手に温かいミルクの入ったカップを持たせて、飲むように勧める。

「美味しい……」
「良かった。ラズは何を怖がっているんですか?」

 ウィスランドは屈んで俯いたラズに目線を合わせた。少しの情報も逃さないと決めている目だ。ラズはたまらなくなって目を伏せた。真っ直ぐに見返せるほど、ラズは強くない。

「魔力の少ない俺じゃ……優秀な子供なんて産めないかもしれない。二人はきっとすぐに他の貴実を選ぶはずだ……」
「ラズの魔力は少なくなんてありませんよ。昨日だってリカルドが馬鹿なことをしてあなたの魔力をわけてもらっていたでしょう? あんなこと、私だってしたくありません。下手したら自分の魔力が枯れるからです。王と望まれる魔力がどれほど凄いかわかりますか? リカルドが正気を失ったのを戻したのはあなたですよ。この国の救世主なのに、そんな気弱なことを言わないでください」

 馬鹿なこととは、ウィスランドがかけた魔法をリカルドが無理矢理解いたことだろう。無茶なことをしたのは一緒なのにウィスランドは自分のことを棚にあげた。大体、リカルドに魔力をあげようと思ったわけじゃなくて勝手にリカルドがもっていっただけだ。正気を失ったのを戻せたのはウィスランドの護りがあったからで、ラズだけでは何もできなかっただろう。
 ラズは頭の中でウィスランドへ反論する。

「気弱じゃなくて事実だと思う」

 言い返せたのはそれだけ。

「ウィスが悪い。貴族の家が何を望むかなんて言い方じゃ伝わらなくて当然だ」

 隣の椅子に腰掛けたリカルドがウィスランドにそう言った。

「……はい」

 覚えがあったのだろう神妙な顔でウィスランドが肯定する。遠回しに言うのはウィスランドの癖のようだ。

「ラズも私達を信じろ。ウィスが言いたかったのは……、魔力がある私達にできないことはないってことだ」
「「え……」」

 思わずウィスランドと目を見合わせた。

「もっと伝わらないでしょう!」
「信じてるけど……。王になるならそれだけじゃすまないでしょう?」

 思わず二人で非難してしまった。リカルドは驚いたように瞬く。

「第一の案は、ラズが貴実となってウィスを伴侶にして王族となる。最初の子はウィスランドの子が望ましいが、それはまぁ確率の問題だ。ちょうどこれから遠征にでるのが私だから、その間に頑張ってくれ。その上で、王族のまま私を伴侶にすればいい。別に伴侶が一人でないといけないという法はない。結婚という形はとれないが、私達は貴実であるラズに伴侶として扱われればそれで問題ない」
「問題だらけでは?」

 ラズは思わず聞き返した。

「駄目ですか? 私もハイネガー家を継ぐつもりはありません。元々リカルドの補佐をするつもりだったので、リカルドが王になることが大体決まった時点で父には伝えてあります。我が家にはまだ小さいですけど、半分だけ血の繋がった弟と妹がいるのでそちらに任せるつもりです。ラズとの子供ができればハイネガー家の跡取りにしてもいいですけど、いなくても問題はありません」

 ウィスランドもそのつもりのようだ。

「私なんて王だからな。次代の王は優れた竜種が継ぐことが決まっている。だからラズが心配しているように、仮に子供の魔力が乏しくても問題はないし、ラズとの子供だというだけで可愛い。ウィスとラズの子供だって、大事にするぞ」
「そんな適当です!」
「ラズ、第二案を聞いてもらっていいですか?」

 はぁとウィスランドがリカルドに手を向けてそう言った。
 自信満々に胸を張るから、きっと素晴らしい案なんだとラズは思った。

「竜に対抗できる一番強い竜種が私だ。二番がウィスだぞ。文句をいうやつを脅せば良い。結婚式の紙に三人の名前を書く場所を作らなければ、国を出ていってやると言えば頷くはずだ」

 真面目な顔でリカルドはとんでもない案を出した。

「英雄なんですよ、あなたは!」
「第二案だったら三人で結婚式ができますね。ラズはそっちのほうがいいですか?」

 あははとため息を吐きながらウィスランドが笑う。呆れているけれど、否定はしない。

「そんなわけないでしょう! だって……英雄がいなくなったらこの国は……」
「平気ですよ。一位と二位がここにいるだけで、三位以下もいないわけじゃない。総力戦にもちこめば何とかなるんじゃないですか」

 ウィスランドさえ止める気配がなくて、更に戸惑う。

「私がいないのはなんとかなるだろうが、ウィスがいないのは痛いだろうな。竜の攻撃も護る方の攻撃の余波も結界石だけでなんとかなるものかな。結界石がないところは焦土となるかもしれんが、それは私達のせいじゃないしな」

 気にしないでいこうと言われて、ラズは更に青ざめた。

「……俺を脅してるんですか?」

 そうとしか思えない案だ。

「ラズを?」

 訝しげに首を捻るリカルドを無視して、ウィスランドはラズの手にスプーンを持たせた。そしてパンをナイフで切る。何枚食べますか? と訊ねられて、2枚と答える。美味しそうな切り口をみせたパンにラズの気も緩む。

「食事の前に話すことじゃありませんでしたね。ラズ、リカルドは竜の血がとても強くでた竜種なんです。鷹揚で、大雑把で、懐が深い。そして、伴侶への愛は激重なんですよ。国とか国民とかそんなのリカルドの比重ではこのブルーベリーのように小さいのです」

 ウィスランドはヨーグルトの上にのっていたブルーベリーをリカルドの口に放り込んで言う。それを咀嚼するリカルドは何も考えてなさそうだった。

「天然なんですね……」
「ラズが大事なものをもっている子で良かったです」

 ウィスランドがスープを皿によそって、ラズへ勧める。黄色いポタージュだ。甘いにおいがする。

「大事な?」
「孤児院の子供達、とても大事にしてるでしょう? 自分の命がかかっていても後進の子供達のために我慢していた。あなたのそういうところが好ましいと思っています」

 ラズはウィスランドを見上げて思った。
 ウィスランドはリカルドに国や民を護る英雄でいてほしいのだ。そしてラズに楔になってほしいと願っている。ラズの知らない二人の絆も確かにそこに存在していて、ラズはそれがとても嬉しかった。一人と一人が二組でなく、三人でいることの意味や強さを感じたから。

「俺、貴実の測定を受けに行きます。王族の貴実として認められたら……、ウィスランドとリカルドを伴侶にします。三人で逃げるのは、全部駄目だったらでいいですよね?」

 ラズがそう言えば、二人はホッと安堵したような笑顔を浮かべた。

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