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楽しいひととき
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「陽王、これ……本当に乗るの?」
碧は首が痛くなるほど見上げて、息を飲んだ。
「ああ、ムマに乗りたいと言ったのは碧ではなかったか?」
馬に似た動物がいて、それがムマと言うのだと知って碧は乗りたいと言ったのだ。城には沢山のムマが飼われていて、移動や荷物を運んだりするのに使われていると聞いて楽しみにしていた。
「……俺の思ってたのと少し違う」
デカい。ただ、その一言に尽きる。人の大きさもデカいから考えればわかることかもしれないが、軽自動車に乗るつもりだったのに大型のトラックに乗れと言われたら困るだろう。これはあれだ、世紀末覇者が乗るやつだと思った。
「最初から一人で乗れとは言わない」
毛の配置はたてがみ、尻尾と同じで、色はベージュと焦げ茶が主流のようだ。体高が二メートル五十近くあって、完璧に碧は見下ろされている。
陽王はたてがみを握って颯爽とムマに乗った。
「乗れるわけがない……」
二メートル超えている陽王なら手が届いても、碧には無理だ。
「子供でも乗れるぞ。たてがみを登るんだ」
そう言えば、小学生の時に綱を登ったなと思い出した。ロープみたいに編まれたたてがみに手を伸ばすと、陽王は腕を掴んで碧の身体を引き上げた。
「……こいつは少々気性が荒いからな。さっさと乗らないと蹴られる」
陽王の言葉に怯えてムマを見ると、ブブッとムマが鳴いた。
「……そんなのに乗せるなよ」
「あら、碧。似合ってるわ」
城の階段を降りてきた美海が嬉しそうに言った。
「あれ……」
碧の服と美海の服が色違いのお揃いに見える。
「ふふん、似合う?」
陽王に向かってニヤッと笑う。
「碧には似合うがお前には似合わない。陽王の巫女(アメフラシ)に手を出す気か?」
「似合ってるに決まってるでしょ。私が作ったのに似合わないわけがないじゃない。巫女(アメフラシ)が望まなければ、私達が手を出すことなんてできないでしょ、馬鹿ね」
「美海、似合ってるよ」
「ありがと、碧。護衛もかねて私と夜都も一緒に行くわね」
「そうなんだ」
「ふふ、デートだと思ってたのかしら。残念だった?」
心の内を見透かされたようで、碧は口を真一文字に結んだ。
「余計な護衛だ……」
陽王も心なしか残念そうで、少しだけ碧は嬉しくなった。
「お待たせしてしまいましたか」
夜都が最後にやってきた。
「よく乗せましたね、陽王のムマは他人を乗せないのに」
「陽王が一緒だからだろ?」
ムマは別に怒ったりしていなかったから、碧はそうだと思った。
「いえ、陽王が乗っていても一緒に乗ろうとしたら、蹴られそうになりましたよ」
「夜都が?」
「いえ、美海が」
美海を見ると、しょんぼりした顔をする。
「陽王のムマはとても美しいから乗ってみたかったんだけど……」
確かに陽王のムマは他のムマより綺麗だ。夜都のムマは弱いのか特にワイルドな傷があった。
「ムマは強いものが一番上なので、大体傷だらけなんです。陽王のムマが綺麗なのは強いからですよ。だからこそ、上に乗るものには厳しい」
「強いんだ」
「陽王は生意気な娘を躾けるのが趣味なのよ」
どこかで聞いたような台詞を美海が言った。たしか、初めてここに来た時、儀式の最中に誰だかに言われた言葉だったはずだ。
「あれ! ムマのことだったのか!」
てっきり、生意気な女の子(もちろん人間)を無理矢理犯すのが好きなんだと思っていた。そう言えば、祭司は童貞だった。
「陽王が今までに慣らしたムマはどの子も綺麗で強いのよ」
「部屋で仕事ばっかりしてるのに……」
「祭司になってからはムマを飼い慣らす時間がなくなったな……」
趣味は仕事だと思っていたけれどそうではなかったようだ。
「うわっ!」
突然歩き始めた陽王のムマに碧は「歩くなら言ってくれよ」と情けない声で願った。ブブッと笑うような鳴き声が聞こえて、碧はムッと口をつぐんだ。
「走るぞ、喋るな。舌を噛むぞ」
陽王の忠告に頷いて、碧は飛んでいきそうになる身体を陽王に押しつけた。
三十分くらい走ったところに小さな滝があった。滝の下は河になっていてその横で休憩することになった。
「人のいるところは面倒だから」
美海が河に浸かっていいというので、靴を脱いで脚だけつけてみた。
「冷たい!」
河の水は想像以上に冷たかった。汗をかいて熱くなった身体があっという間に冷えていく。
「あまり浸かっていると冷えるぞ」
隣に座った陽王は碧を抱き上げると自分の太ももの上に乗せた。最近、陽王に抱っこされることが多くて、文句を言っていた碧も慣れてしまった。
「ムマは俺一人じゃ乗れなさそうだな」
残念だけど、どうやって操作しているのかわからなくてそう言うと、三人は「無理かもな」と言った。
「ムマは精神を繋いで乗るんだ。どうしても魔力が必要になる」
「俺は魔力がないんだっけ?」
「ないな。世界を渡るための魔法陣は魔力がない人間しか通ることができないからな。メリルラシュ国の国民は差はあるけれど魔力を持っている」
祭司以外は大きな魔力がないと言っていた。名前を捧げて、魔力を得るという。
「てことは、俺が帰る時、ここの人は一緒に帰られないってことか――」
別に陽王を想像したわけじゃないけれど、蒼い瞳がジッと碧を見つめていた。
「そうだ――な……」
ギュッと陽王の手が碧の手を握った。
「痛っ」
「っ! すまない」
意識して握ったわけではなかったようだ。碧は、離れていこうとする陽王の手を握りしめた。
「二人ともご飯にしましょう」
「え、もう?」
慌てて陽王の手を離すと、碧は立ち上がった。
「あまり長い時間だと皆が心配するのよ」
大事な大事な巫女(アメフラシ)だもんなと思う。
「サンドイッチだ」
「碧の世界は色々名前をつけるのが好きですよね」
「夜都?」
「こちらじゃパンで卵を挟むことにわざわざ名前をつけないものね」
「そうみたいだよな」
「碧の世界の言葉は響きがよくて好きよ」
「ありがとう」
自分の世界のことを褒められると嬉しい。
陽王は城でいるよりは心持ち穏やかな顔をしている。夜都と美海が幼馴染みで気心がしれているからだろう。
「今日は夕方に陽王のものたちが何人か戻ってくるんでしょう」
第一弾で来たカリナ達の説得を受けて、第二弾がやってくることになっている。
「少しでも仕事が楽になるといいな」
カリナ達が来てから、少しだけ陽王にも時間が増えたように思う。前はこんな風に出かける時間がなかったからだ。
「碧は人が良すぎるのが心配ですね、陽王」
「本当よ。でも碧は可愛いから皆大好き」
美海も夜都も優しい。来てから、ずっと親切にしてくれている。
「俺もここが好きだよ。最初はとんでもないところに来たと思ったけど、今は来て良かったと思う」
家族から逃げたかった碧を、神様が憐れんでくれたのだろうか。離れて気付けた家族の大事さ。今はただ懐かしい。
「碧、それは我が良いということか?」
碧は思わず赤面してサンドイッチを喉に詰まらせかけた。
「グッ! ケホケホッ、何昼間から言ってんだよ!」
美海が笑いながら飲み物を渡してくれて、咳き込みながら嚥下した。
「何も変なことは言っていないが……?」
ニヤッと笑った陽王に美海が濡れタオルみたいなものを投げつけた。
「見せつけんな」
低音のすごみのある声が麗しい美海の口から放たれて碧は呆然と見上げた。夜都も陽王も楽しそうに笑って、しかめっ面をしていた美海も一緒に笑う。
「ビックリした。美海の中におっさんがいるのかと思った」
そう言ったら、爆笑された。
「美海は一番上だからおっさんだぞ」
陽王にそう言われて、美海はふふんと笑う。
「陽王は若いのに老けてるのよね」
「え、若いの?」
三人は幼馴染みだと聞いていたから、てっきり同い年なのかなと思っていた。
「美海は来年まで祭司を続けたら、期間が終わる。我は碧が来なければ五年ほど続けることになっていた。夜都は後三年だな」
「陽王と夜都は同い年よ。前の祭司の年齢とか、次の祭司の年齢とか考慮して決まっているの。次の祭司が決まっていない陽王は、碧が帰って祭司を辞しても役職は続けないといけないから……」
「あと二人の祭司は止(や)められる年齢まで変えられないって言ってなかった?」
「二人の一族も次の後継者がまだ若いのよ。最低成人していないと祭司は務まらないし、ある程度の魔力がないと儀式は行えないし……」
「何でそんなに子供が生まれにくいんだ?」
ふとした疑問を碧は美海に問いかけた。
「……血が濃いのが原因じゃないかって何代か前の巫女(アメフラシ)が言ってたらしいけど」
「……ああ、俺の世界では近親婚はリスクが高くなるって常識がある」
昔は日本でも近親婚が普通に行われていたと本で読んだことがあった。神話では兄妹で子供を作っていると知って驚いたものだ。
「実際、美海は子供が多いから本当のことなんでしょうね」
「美海は近親婚じゃないの?」
「ええ、美海は八家から外された水瀬を引き入れたから他の一族よりは血が薄まっていると思うわ。私の母は私しか育たなかった。でも水瀬の一族の母からは何人も子供が育っているもの」
美海の姉妹は父親は同じだけど母は違うのだそうだ。仲がよさそうなので気付かなかった。
「それで子供が増えているならそういうことだろうな」
「でもそれで血が薄くなると魔力が減るのよね。私以外に父の子供で魔力の多かった子供はいないもの。次の跡継ぎは母ともう一人の美海の結婚相手との子供なのよ」
それがわかっているから、血が保たれるとわかる相手との子供を願うようだ。
「新しい形に変えていくことも大事だと思うけど。子供が減っていったらもう未来はないってことだろう?」
三人はハッと顔を見合わせた。
「魔力のことはわからないからなんとも言えないけど、人が増えることで魔力も増えるんじゃないの? 陽王の魔法で国に結界を張ることも大事だけど、張れなくなった時の事も考えて戦う術を考えるとか。祭司一人だけにやらせないで何人かで補えたら、三人とももう少し楽に生きられるのにね」
あと二年もすればいなくなる碧だから、責任のあることは言えない。
「本当よね。私も早く服だけ作って生きていられるようになりたいわ」
「お前は十分に息抜きしているだろう」
陽王は呆れたように美海に言った。
「私が抜けた後、あなた達の心配を誰かがしてくれるといいのだけど」
美海は遠い未来じゃなく、後一年、もしくは二年先の心配をしていた。水瀬のものが美海に溶け込んだことで、美海の人間は陽王のものたちを毛嫌いしている。水瀬の最後の祭司のことも恨んでいるようだけど、原因となった陽王を許せないようだ。美海はそれがわかっているから一族のもの達の配置には細やかに目を配っている。次の美海もそうだとは限らないと美海は思っているのだ。
「心配などいらん。自分の職務を果たせばそれでいい」
「陽王は平気かもしれないけれど、次の陽王は強いのかしら。だから、次代が決まらないのでしょう?」
わからないでもない。一生懸命働いても感謝されることなく、恨まれたまま過ごさなければならないのだ。普通に考えればやってられない。
「碧が帰れば、すぐに子作りさせられるだろうな」
「子作り?」
「次はともかく、その次は我の子が継ぐことになるだろう」
碧は陽王を見上げた。整った顔で、強い男だ。きっとモテているだろう。そう思っただけで碧はモヤモヤした。
「碧?」
美海が心配そうに碧に声を掛けた。
「いや、きっとその子も偉そうになるのかなと思っただけ」
小さな陽王を想像してしまった。
「我は偉そうか?」
陽王は首を傾げた。
「だって無理だって言っても『動け』とか『我慢しろ』とかいうじゃないか」
そうだ、陽王が偉そうなのはベッドの中だったと思い出して顔が熱くなった。何を言ってるんだと自分に突っ込む。
「そなたが『無理』とか『嫌』とか『だめだ』とかしか言わないからだろう」
憮然とした陽王に言い返されて、碧は美海の後ろに隠れた。
「そうなの? 陽王は下手なのかしら。碧、私とやってみる?」
ウィンクされて、碧はパクパクと口を開け閉めした。息ができない。
「却下だ――」
「駄目ですよ、美海」
夜都と陽王に怒られた美海は「私なら優しく蕩けさせてあげるのに」と嘯いた。
「間に合ってます!」
碧はとっさに答えて、顔を伏せた。もう、何を言っても自爆すると思ったからだ。
「フフッ、陽王。間に合ってるんですって」
「のろけを聞かされただけですか。まぁ、碧が可愛いので許せますけど」
碧はとても疲れて、城へ戻った。
碧は首が痛くなるほど見上げて、息を飲んだ。
「ああ、ムマに乗りたいと言ったのは碧ではなかったか?」
馬に似た動物がいて、それがムマと言うのだと知って碧は乗りたいと言ったのだ。城には沢山のムマが飼われていて、移動や荷物を運んだりするのに使われていると聞いて楽しみにしていた。
「……俺の思ってたのと少し違う」
デカい。ただ、その一言に尽きる。人の大きさもデカいから考えればわかることかもしれないが、軽自動車に乗るつもりだったのに大型のトラックに乗れと言われたら困るだろう。これはあれだ、世紀末覇者が乗るやつだと思った。
「最初から一人で乗れとは言わない」
毛の配置はたてがみ、尻尾と同じで、色はベージュと焦げ茶が主流のようだ。体高が二メートル五十近くあって、完璧に碧は見下ろされている。
陽王はたてがみを握って颯爽とムマに乗った。
「乗れるわけがない……」
二メートル超えている陽王なら手が届いても、碧には無理だ。
「子供でも乗れるぞ。たてがみを登るんだ」
そう言えば、小学生の時に綱を登ったなと思い出した。ロープみたいに編まれたたてがみに手を伸ばすと、陽王は腕を掴んで碧の身体を引き上げた。
「……こいつは少々気性が荒いからな。さっさと乗らないと蹴られる」
陽王の言葉に怯えてムマを見ると、ブブッとムマが鳴いた。
「……そんなのに乗せるなよ」
「あら、碧。似合ってるわ」
城の階段を降りてきた美海が嬉しそうに言った。
「あれ……」
碧の服と美海の服が色違いのお揃いに見える。
「ふふん、似合う?」
陽王に向かってニヤッと笑う。
「碧には似合うがお前には似合わない。陽王の巫女(アメフラシ)に手を出す気か?」
「似合ってるに決まってるでしょ。私が作ったのに似合わないわけがないじゃない。巫女(アメフラシ)が望まなければ、私達が手を出すことなんてできないでしょ、馬鹿ね」
「美海、似合ってるよ」
「ありがと、碧。護衛もかねて私と夜都も一緒に行くわね」
「そうなんだ」
「ふふ、デートだと思ってたのかしら。残念だった?」
心の内を見透かされたようで、碧は口を真一文字に結んだ。
「余計な護衛だ……」
陽王も心なしか残念そうで、少しだけ碧は嬉しくなった。
「お待たせしてしまいましたか」
夜都が最後にやってきた。
「よく乗せましたね、陽王のムマは他人を乗せないのに」
「陽王が一緒だからだろ?」
ムマは別に怒ったりしていなかったから、碧はそうだと思った。
「いえ、陽王が乗っていても一緒に乗ろうとしたら、蹴られそうになりましたよ」
「夜都が?」
「いえ、美海が」
美海を見ると、しょんぼりした顔をする。
「陽王のムマはとても美しいから乗ってみたかったんだけど……」
確かに陽王のムマは他のムマより綺麗だ。夜都のムマは弱いのか特にワイルドな傷があった。
「ムマは強いものが一番上なので、大体傷だらけなんです。陽王のムマが綺麗なのは強いからですよ。だからこそ、上に乗るものには厳しい」
「強いんだ」
「陽王は生意気な娘を躾けるのが趣味なのよ」
どこかで聞いたような台詞を美海が言った。たしか、初めてここに来た時、儀式の最中に誰だかに言われた言葉だったはずだ。
「あれ! ムマのことだったのか!」
てっきり、生意気な女の子(もちろん人間)を無理矢理犯すのが好きなんだと思っていた。そう言えば、祭司は童貞だった。
「陽王が今までに慣らしたムマはどの子も綺麗で強いのよ」
「部屋で仕事ばっかりしてるのに……」
「祭司になってからはムマを飼い慣らす時間がなくなったな……」
趣味は仕事だと思っていたけれどそうではなかったようだ。
「うわっ!」
突然歩き始めた陽王のムマに碧は「歩くなら言ってくれよ」と情けない声で願った。ブブッと笑うような鳴き声が聞こえて、碧はムッと口をつぐんだ。
「走るぞ、喋るな。舌を噛むぞ」
陽王の忠告に頷いて、碧は飛んでいきそうになる身体を陽王に押しつけた。
三十分くらい走ったところに小さな滝があった。滝の下は河になっていてその横で休憩することになった。
「人のいるところは面倒だから」
美海が河に浸かっていいというので、靴を脱いで脚だけつけてみた。
「冷たい!」
河の水は想像以上に冷たかった。汗をかいて熱くなった身体があっという間に冷えていく。
「あまり浸かっていると冷えるぞ」
隣に座った陽王は碧を抱き上げると自分の太ももの上に乗せた。最近、陽王に抱っこされることが多くて、文句を言っていた碧も慣れてしまった。
「ムマは俺一人じゃ乗れなさそうだな」
残念だけど、どうやって操作しているのかわからなくてそう言うと、三人は「無理かもな」と言った。
「ムマは精神を繋いで乗るんだ。どうしても魔力が必要になる」
「俺は魔力がないんだっけ?」
「ないな。世界を渡るための魔法陣は魔力がない人間しか通ることができないからな。メリルラシュ国の国民は差はあるけれど魔力を持っている」
祭司以外は大きな魔力がないと言っていた。名前を捧げて、魔力を得るという。
「てことは、俺が帰る時、ここの人は一緒に帰られないってことか――」
別に陽王を想像したわけじゃないけれど、蒼い瞳がジッと碧を見つめていた。
「そうだ――な……」
ギュッと陽王の手が碧の手を握った。
「痛っ」
「っ! すまない」
意識して握ったわけではなかったようだ。碧は、離れていこうとする陽王の手を握りしめた。
「二人ともご飯にしましょう」
「え、もう?」
慌てて陽王の手を離すと、碧は立ち上がった。
「あまり長い時間だと皆が心配するのよ」
大事な大事な巫女(アメフラシ)だもんなと思う。
「サンドイッチだ」
「碧の世界は色々名前をつけるのが好きですよね」
「夜都?」
「こちらじゃパンで卵を挟むことにわざわざ名前をつけないものね」
「そうみたいだよな」
「碧の世界の言葉は響きがよくて好きよ」
「ありがとう」
自分の世界のことを褒められると嬉しい。
陽王は城でいるよりは心持ち穏やかな顔をしている。夜都と美海が幼馴染みで気心がしれているからだろう。
「今日は夕方に陽王のものたちが何人か戻ってくるんでしょう」
第一弾で来たカリナ達の説得を受けて、第二弾がやってくることになっている。
「少しでも仕事が楽になるといいな」
カリナ達が来てから、少しだけ陽王にも時間が増えたように思う。前はこんな風に出かける時間がなかったからだ。
「碧は人が良すぎるのが心配ですね、陽王」
「本当よ。でも碧は可愛いから皆大好き」
美海も夜都も優しい。来てから、ずっと親切にしてくれている。
「俺もここが好きだよ。最初はとんでもないところに来たと思ったけど、今は来て良かったと思う」
家族から逃げたかった碧を、神様が憐れんでくれたのだろうか。離れて気付けた家族の大事さ。今はただ懐かしい。
「碧、それは我が良いということか?」
碧は思わず赤面してサンドイッチを喉に詰まらせかけた。
「グッ! ケホケホッ、何昼間から言ってんだよ!」
美海が笑いながら飲み物を渡してくれて、咳き込みながら嚥下した。
「何も変なことは言っていないが……?」
ニヤッと笑った陽王に美海が濡れタオルみたいなものを投げつけた。
「見せつけんな」
低音のすごみのある声が麗しい美海の口から放たれて碧は呆然と見上げた。夜都も陽王も楽しそうに笑って、しかめっ面をしていた美海も一緒に笑う。
「ビックリした。美海の中におっさんがいるのかと思った」
そう言ったら、爆笑された。
「美海は一番上だからおっさんだぞ」
陽王にそう言われて、美海はふふんと笑う。
「陽王は若いのに老けてるのよね」
「え、若いの?」
三人は幼馴染みだと聞いていたから、てっきり同い年なのかなと思っていた。
「美海は来年まで祭司を続けたら、期間が終わる。我は碧が来なければ五年ほど続けることになっていた。夜都は後三年だな」
「陽王と夜都は同い年よ。前の祭司の年齢とか、次の祭司の年齢とか考慮して決まっているの。次の祭司が決まっていない陽王は、碧が帰って祭司を辞しても役職は続けないといけないから……」
「あと二人の祭司は止(や)められる年齢まで変えられないって言ってなかった?」
「二人の一族も次の後継者がまだ若いのよ。最低成人していないと祭司は務まらないし、ある程度の魔力がないと儀式は行えないし……」
「何でそんなに子供が生まれにくいんだ?」
ふとした疑問を碧は美海に問いかけた。
「……血が濃いのが原因じゃないかって何代か前の巫女(アメフラシ)が言ってたらしいけど」
「……ああ、俺の世界では近親婚はリスクが高くなるって常識がある」
昔は日本でも近親婚が普通に行われていたと本で読んだことがあった。神話では兄妹で子供を作っていると知って驚いたものだ。
「実際、美海は子供が多いから本当のことなんでしょうね」
「美海は近親婚じゃないの?」
「ええ、美海は八家から外された水瀬を引き入れたから他の一族よりは血が薄まっていると思うわ。私の母は私しか育たなかった。でも水瀬の一族の母からは何人も子供が育っているもの」
美海の姉妹は父親は同じだけど母は違うのだそうだ。仲がよさそうなので気付かなかった。
「それで子供が増えているならそういうことだろうな」
「でもそれで血が薄くなると魔力が減るのよね。私以外に父の子供で魔力の多かった子供はいないもの。次の跡継ぎは母ともう一人の美海の結婚相手との子供なのよ」
それがわかっているから、血が保たれるとわかる相手との子供を願うようだ。
「新しい形に変えていくことも大事だと思うけど。子供が減っていったらもう未来はないってことだろう?」
三人はハッと顔を見合わせた。
「魔力のことはわからないからなんとも言えないけど、人が増えることで魔力も増えるんじゃないの? 陽王の魔法で国に結界を張ることも大事だけど、張れなくなった時の事も考えて戦う術を考えるとか。祭司一人だけにやらせないで何人かで補えたら、三人とももう少し楽に生きられるのにね」
あと二年もすればいなくなる碧だから、責任のあることは言えない。
「本当よね。私も早く服だけ作って生きていられるようになりたいわ」
「お前は十分に息抜きしているだろう」
陽王は呆れたように美海に言った。
「私が抜けた後、あなた達の心配を誰かがしてくれるといいのだけど」
美海は遠い未来じゃなく、後一年、もしくは二年先の心配をしていた。水瀬のものが美海に溶け込んだことで、美海の人間は陽王のものたちを毛嫌いしている。水瀬の最後の祭司のことも恨んでいるようだけど、原因となった陽王を許せないようだ。美海はそれがわかっているから一族のもの達の配置には細やかに目を配っている。次の美海もそうだとは限らないと美海は思っているのだ。
「心配などいらん。自分の職務を果たせばそれでいい」
「陽王は平気かもしれないけれど、次の陽王は強いのかしら。だから、次代が決まらないのでしょう?」
わからないでもない。一生懸命働いても感謝されることなく、恨まれたまま過ごさなければならないのだ。普通に考えればやってられない。
「碧が帰れば、すぐに子作りさせられるだろうな」
「子作り?」
「次はともかく、その次は我の子が継ぐことになるだろう」
碧は陽王を見上げた。整った顔で、強い男だ。きっとモテているだろう。そう思っただけで碧はモヤモヤした。
「碧?」
美海が心配そうに碧に声を掛けた。
「いや、きっとその子も偉そうになるのかなと思っただけ」
小さな陽王を想像してしまった。
「我は偉そうか?」
陽王は首を傾げた。
「だって無理だって言っても『動け』とか『我慢しろ』とかいうじゃないか」
そうだ、陽王が偉そうなのはベッドの中だったと思い出して顔が熱くなった。何を言ってるんだと自分に突っ込む。
「そなたが『無理』とか『嫌』とか『だめだ』とかしか言わないからだろう」
憮然とした陽王に言い返されて、碧は美海の後ろに隠れた。
「そうなの? 陽王は下手なのかしら。碧、私とやってみる?」
ウィンクされて、碧はパクパクと口を開け閉めした。息ができない。
「却下だ――」
「駄目ですよ、美海」
夜都と陽王に怒られた美海は「私なら優しく蕩けさせてあげるのに」と嘯いた。
「間に合ってます!」
碧はとっさに答えて、顔を伏せた。もう、何を言っても自爆すると思ったからだ。
「フフッ、陽王。間に合ってるんですって」
「のろけを聞かされただけですか。まぁ、碧が可愛いので許せますけど」
碧はとても疲れて、城へ戻った。
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