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六話 友達
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眠い午後の授業を聞きながら、ついさっきの汐里の目と、言葉を思う。
汐里の態度は、今、私の起きていることへの心配と、そしてある種の――私への確認に思えた。
――ねえ、私たち、友達だよね?
汐里の目はそう言っていた。ゆらゆら揺れる目は、私の心をのぞこうとしていた。
少なくとも私にはそう見えた。
そうだとしたら、言うまでもなかった。
私は汐里を友達だと思っている。
でも、どうして汐里が、私が汐里を友達と思っていないなんて思うのか――その理由もちゃんとわかっていた。
答えはとても単純で、私が何も汐里に話さないからだ。
それをちゃんと、理解している。ありがたいとも思う。でも、それだって私は悪気があってしているんじゃない。
ただ話したくないのだ。
その為に、片道二時間近くかかるこの高校へ進学した。
一度だけでいい。
姉のことを、誰も知らないところへ来たかった。
快適だった。何もかも自分の結果だと言えることが、どれだけ私を安堵させただろう。一度手に入れたら、もう、誰にだって知られたくなかった。
すると不思議なもので、話したいような気持ちになる時もあった。とりわけ、好きな友達なんかには。
けれど、そんな一時の感傷に負けて、これからを失いたくなかった。
話した後どうなるのかなんて、私にはわからない。
どうするかを決めるのは、私じゃなく汐里だからだ。
話さないのは、快適さを守るためと――友達を失いたくないからだ。
なのに、ここにきて、とうとう岐路に立ってしまった。
秘密を話した風に話をつくろって、ごまかせばいいのかもしれない。
けれど、姉という存在は、もう深くに根を張っていて私の中から簡単に切り離せない。切り離したら、もう私の心とは言えない。
それを私として話すということは、汐里とほぼ永遠に「さよなら」するのと同じだった。
それがいやなら、全部、正直に話すしかなくなる。
結局、選択は一つに絞られていた。
けれどそうやって話したところで、本当に友達でいられるのだろうか?
汐里は、それでも、私を友達と言ってくれるのだろうか。
そんな躊躇が、私の口を尚ふさいでいた。
私の心の中にあるそれが、話せば大抵の人に顰蹙を買うものだということを、とうに知っていた。
それがわからないほど、もう無鉄砲じゃなかった。
誰だってわざわざ否定されたくはない――とりわけ好きな友達なんかには。
「どうしたの?」
ある時、汐里が尋常じゃなく落ち込んでいるので、尋ねた。
「ん……実は弟が、風邪なんだよね」
「大丈夫?」
私は問いを返す。すると、汐里は、うつむいて目元を拭いだした。泣いているのだ、と気づくのに時間を要した。
「すごい吐いてて、つらそうで、本当に心配。私、なんもできないんだ」
「そっか」
私はとりあえず、汐里の背をさすった。私は少なからず汐里に同情し、心配な気持ちがわいていた。しかし、どうにも居心地が悪かった。
それから汐里は、弟が回復するまでテンションがそれは低かった。
「よかったあ。元気になってくれて、本当にうれしー!」
「本当によかったね」
弟が回復して、大喜びの汐里に、私は半笑いで返した。
汐里の弟がよくなって、安堵した。けれど、私は汐里が元気になったことの方が嬉しい。それに、
「おみやげ買って帰ってあげよう」
とはしゃぐ汐里を、半分くらい「嘘だろ」と、絶望的な感慨で見ていた。
そんな汐里にどうして、私のこの気持ちが話せるっていうんだろう。
まして、肯定されると思えるっていうのだろう。
何で私だけ、怪我するってわかる道を歩かなきゃいけない?
話さなければ、すこし嫌な思いはさせるけど、もう少し友達でいられる。汐里と友達でいたいから話さない。これは、汐里を友達と思っている証明にはならないんだろうか。
話すばかりが友達って、そんなのずるくないだろうか。
汐里には悪いと思っている。けれど、同時に私自身、やりきれないような自己嫌悪で嫌な気持ちにさせられていた。それで、イーブンにならないのだろうか。
……友達さえ、まともにできない。
「大島」
教師が私を指名した。教科書を手に立ち上がる。指定された場所を適当に読み、「結構」という、教師の声を受けて、席に着く。座る直前、クラスを見渡せば。寝ていたり、「内職」をしていたり、真面目にノートを取っていたりと、様々だ。
真面目な生徒はすごく少なかった。
私は細くため息をついた。一度指名されたから、もう授業を聞かなくても支障はない。
窓から見上げた空は澄んでいて、すごく青かった。高くて、綺麗だなと思う。
飛行機が飛んで私の視界を横断していった。青地に、白い軌跡を描いていく。
その光景を、いいな、と思う。
汐里は優しい、とも思う。
青く澄んだ空も、優しい好意も、掃きだめみたいな心の風通しをよくしてくれる気がした。
それでもずっと、姉が死ぬという事実は、私の胸の底に沈み根を深く張っていた。
喉につかえて吐き出せない気持ちが、胸の骨の中にべったり張り付いている。心臓とか、肺とかを覆ってしまいそうなそれは、きっと医学的なかんじの何かではない。それなら、保健室に行っても、誰に言っても意味のない事だった。
汐里の態度は、今、私の起きていることへの心配と、そしてある種の――私への確認に思えた。
――ねえ、私たち、友達だよね?
汐里の目はそう言っていた。ゆらゆら揺れる目は、私の心をのぞこうとしていた。
少なくとも私にはそう見えた。
そうだとしたら、言うまでもなかった。
私は汐里を友達だと思っている。
でも、どうして汐里が、私が汐里を友達と思っていないなんて思うのか――その理由もちゃんとわかっていた。
答えはとても単純で、私が何も汐里に話さないからだ。
それをちゃんと、理解している。ありがたいとも思う。でも、それだって私は悪気があってしているんじゃない。
ただ話したくないのだ。
その為に、片道二時間近くかかるこの高校へ進学した。
一度だけでいい。
姉のことを、誰も知らないところへ来たかった。
快適だった。何もかも自分の結果だと言えることが、どれだけ私を安堵させただろう。一度手に入れたら、もう、誰にだって知られたくなかった。
すると不思議なもので、話したいような気持ちになる時もあった。とりわけ、好きな友達なんかには。
けれど、そんな一時の感傷に負けて、これからを失いたくなかった。
話した後どうなるのかなんて、私にはわからない。
どうするかを決めるのは、私じゃなく汐里だからだ。
話さないのは、快適さを守るためと――友達を失いたくないからだ。
なのに、ここにきて、とうとう岐路に立ってしまった。
秘密を話した風に話をつくろって、ごまかせばいいのかもしれない。
けれど、姉という存在は、もう深くに根を張っていて私の中から簡単に切り離せない。切り離したら、もう私の心とは言えない。
それを私として話すということは、汐里とほぼ永遠に「さよなら」するのと同じだった。
それがいやなら、全部、正直に話すしかなくなる。
結局、選択は一つに絞られていた。
けれどそうやって話したところで、本当に友達でいられるのだろうか?
汐里は、それでも、私を友達と言ってくれるのだろうか。
そんな躊躇が、私の口を尚ふさいでいた。
私の心の中にあるそれが、話せば大抵の人に顰蹙を買うものだということを、とうに知っていた。
それがわからないほど、もう無鉄砲じゃなかった。
誰だってわざわざ否定されたくはない――とりわけ好きな友達なんかには。
「どうしたの?」
ある時、汐里が尋常じゃなく落ち込んでいるので、尋ねた。
「ん……実は弟が、風邪なんだよね」
「大丈夫?」
私は問いを返す。すると、汐里は、うつむいて目元を拭いだした。泣いているのだ、と気づくのに時間を要した。
「すごい吐いてて、つらそうで、本当に心配。私、なんもできないんだ」
「そっか」
私はとりあえず、汐里の背をさすった。私は少なからず汐里に同情し、心配な気持ちがわいていた。しかし、どうにも居心地が悪かった。
それから汐里は、弟が回復するまでテンションがそれは低かった。
「よかったあ。元気になってくれて、本当にうれしー!」
「本当によかったね」
弟が回復して、大喜びの汐里に、私は半笑いで返した。
汐里の弟がよくなって、安堵した。けれど、私は汐里が元気になったことの方が嬉しい。それに、
「おみやげ買って帰ってあげよう」
とはしゃぐ汐里を、半分くらい「嘘だろ」と、絶望的な感慨で見ていた。
そんな汐里にどうして、私のこの気持ちが話せるっていうんだろう。
まして、肯定されると思えるっていうのだろう。
何で私だけ、怪我するってわかる道を歩かなきゃいけない?
話さなければ、すこし嫌な思いはさせるけど、もう少し友達でいられる。汐里と友達でいたいから話さない。これは、汐里を友達と思っている証明にはならないんだろうか。
話すばかりが友達って、そんなのずるくないだろうか。
汐里には悪いと思っている。けれど、同時に私自身、やりきれないような自己嫌悪で嫌な気持ちにさせられていた。それで、イーブンにならないのだろうか。
……友達さえ、まともにできない。
「大島」
教師が私を指名した。教科書を手に立ち上がる。指定された場所を適当に読み、「結構」という、教師の声を受けて、席に着く。座る直前、クラスを見渡せば。寝ていたり、「内職」をしていたり、真面目にノートを取っていたりと、様々だ。
真面目な生徒はすごく少なかった。
私は細くため息をついた。一度指名されたから、もう授業を聞かなくても支障はない。
窓から見上げた空は澄んでいて、すごく青かった。高くて、綺麗だなと思う。
飛行機が飛んで私の視界を横断していった。青地に、白い軌跡を描いていく。
その光景を、いいな、と思う。
汐里は優しい、とも思う。
青く澄んだ空も、優しい好意も、掃きだめみたいな心の風通しをよくしてくれる気がした。
それでもずっと、姉が死ぬという事実は、私の胸の底に沈み根を深く張っていた。
喉につかえて吐き出せない気持ちが、胸の骨の中にべったり張り付いている。心臓とか、肺とかを覆ってしまいそうなそれは、きっと医学的なかんじの何かではない。それなら、保健室に行っても、誰に言っても意味のない事だった。
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