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魔王、拐われて女になる
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ここは魔国の都市イヴァリース。魔王城の玉座の間。誰の玉座? もちろん余である。
そして今日は命知らずの勇者が目の前に立っている状況。他の部下は勝手に逃げ出した。「使えないやつらだ」と言えばいいだろうが余の立場はそんなに強くもない。
問題の暗殺者の勇者はここまで来る者で衛兵等では敵わないであろう事も考えられる。
「初めてだ。わざわざ敵国に潜入し我を倒そうとする者が現れるとは……」
余は自虐をのべて玉座から立ち上がる。魔剣を肩に担ぎ赤い絨毯を歩いて構える。人間は勇者と言うものをたまに輩出し、魔王を倒そうとする。それが伝統なのか、使命なのか知らないが。無様と思う。一人で暗殺して来いと言われ使い捨てるのだから。
たった一人で他国に来るのだ。
「ふふふ、ここまで来たのだ。名を聞こう、人間の勇者よ」
偉くもない余は偉そうに声をかけた。
「トキヤって言う。魔王さん」
皮の軽装に黒のローブを羽織った勇者トキヤが不敵に笑う。嬉しそうに……そして……優しそうに。泣きそうな声にさえ聞こえた。
「なぜ笑う?」
「いや、なんでもない。なんでもないんだ。それよりも名乗らないのかい? ネファリウス」
「知っているじゃないか勇者よ!! さぁ構えよ!! 余はここにいる」
自分は魔剣を構える。魔法より、剣のほうが得意だ。得意と信じたい。余は強いと信じたい。例え……長く閉じ込められて、傀儡だとしても。今を生きたいなら……戦うしかない。
「構えろって……これのこと?」
勇者が一本のナイフを取り出す。それはあまりにも小さく、10センチ程度で拍子抜けしそうなほどだった。
「冗談はよせ。そんな小さい剣でどうやって戦う」
「すまん、今はこれしかない。重いのは持ってこなかった」
「はっ?」
「この一本しか持ってないと言っている」
「その一本でここまで来たのか!?」
「ああ」
勇者とは恐ろしく強いものだとこの瞬間理解する。あのナイフでどうやって魔物を狩ってきたのがわからない。どうやって旅をしてきたのかわからない。わからないからこそ恐れる。背筋が冷える。「果たして自分は勝てるのか? いや……勝つしかない。勝つしかない」と言い聞かせる。
「まぁいい。そんな武器なぞ、死ぬ奴には関係ない」
「そうかな? 俺はこれからだと思う。これから始まるんだ」
余裕を見せた勇者に私は身体の異変を感じた。
「いったい何を……うぐっ!?」
体が熱いく全身が痛み、その痛みで身を捻る。
「な、何をした!!」
「『今』は何もしていない」
「今は!? どういう……ぐぅ」
カランカラン!
魔剣を落し乾いた金属音が部屋に響く、膝が折れ、床に手をつき。胃がむせ返るような頭痛に苛まれる。「こんな終わり? 自分の人生はこんな終わり方なのか? こんな……何もない人生」そう頭で悲しんだ。
「いや、だ……」
余は苦しみながら「何も知らず、この世を去るのかと 幸せも何もかもわからずに」と何度も何度も考える。
「はぁはぁはぁ、卑怯だぞ!! 勇者!!」
「うん、そうだね。卑怯だ。でも、我慢してくれ……」
勇者が我の肩を優しく撫でた。その勇者の後方に人影が見える。
「まだ死んでいなかったのですか?」
「お前は……トレイン!! 逃げ出してたのではないのか!!」
「ええ、お伺いに来たのですよ。いやー苦戦しているようで……なにより」
赤い絨毯を彼は堂々と歩く。トレインは優秀な部下であり、四天王を選び。魔国首都を大きく強くした。そして……余を閉じ込めて管理していた人物でもある。余が傀儡で、彼が主人だ。
「トレイン!! 勇者を倒せ!! こんな卑怯者なぞ消してしまえ!!」
「そうですか? わかりました」
トレインが杖を構える。私に向けて、そして……「ああ、そう言う事か」と納得もする。
「一緒に消えろ、魔王!!」
「トレイン!! 裏切るのか!!」
裏切るとか叫んでも意味はない。そう言う存在だ。
「いいえ!! あんたは勇者に討ち取られた。そういう話ですよ!!」
「トレイン!! きさまぁああああ!! どれだけ余を不幸にすれば……」
杖に魔力が集まり。黒い魔法球を打ち出す。それが迫る瞬間に目の前に勇者の余裕をぶった顔が見えた。目の前が暗くなっていった。そこで自分は死んだと知り……失意のまま。余は意識がなくなった。
§
鳥のさえずりが聞こえて意識がハッキリする。目の前が目を閉じていてもまぶしく感じる中でゆっくり瞼を開けた。暗闇から浮き上がるようなそんな感覚で体はどこも痛みはなかった。
「うん……ん?」
木造の天井が見える。窓から日の光が降り注ぎ、太陽が、今の時間が朝だと知らせてくれた。部屋を見渡すと「机」「椅子」「箪笥」「大きな鏡」の質素な部屋であり、気絶する前の死闘を繰り広げた場所ではない事がわかる。
「死後の世界? いや違う。何故?」
立ち上がり周りを見ながら、確認する。服を着ていない事よりもなぜか体が小さくなっている気がして落ち着かず。鏡の前へ進んで自身の姿を見たときに余に起きている出来事を理解することが出来た。
「えっ?」
変に高い声。鏡を見た瞬間に驚くのは顔以外が別人だったからだ。頬を摘まみ。痛みがすると同時に鏡の中も同じ動きをする。夢ではなく目の前は余である。夢でないのにおかしな事が起こっていた。
全裸で金髪の長い髪をおろし、綺麗な鋭い目つきに険しい表情。胸のあたりに大きな丸いできもの。細い腰、に驚くほど健康的な白い肌。全てじっくり、観察し答えを考える。どこからどう見ても答えは一つ。
「女じゃないか!! ちょっと待て、これは本当に余か!? 声も高い!?」
自分の姿に体や手足が震え。心の底から恐怖を覚える。華奢な体付きでありながら、豊満な胸に蠱惑的な美しい少女なのだ。自分の忌々しい婬魔の血族を思い起こさせるほど、人型には魅力的だ。余が「うぐうぅ」と唸っていると木製の扉の開く音が聞こえ、そちらに顔を向ける。
「起きたか魔王。おはよう」
宿敵。暗殺者の勇者が布の服を着た軽装、部屋着の状態で入ってきたのだ。もちろん、余は近付き。奴の胸倉を掴んで揺さぶる。「こいつのせいだ!!」と憤りながら。
「勇者貴様ぁあああ!! 何をしたぁあああああああ!!」
「魔王、落ち着け。あと、箪笥から服を出すから手を退かしてくれ。目のやり場に困る」
勇者が両手を上げ敵意がないことを示す。
「落ち着いていられるか!! なぜ我は生きている!! 女になっている!! お前が何故ここにいるのだ!! ここは何処だ!! 男の体に戻せ!! 殺すぞ!!」
「あーあー、落ち着こうな? ゆっくり説明するから」
「ふざけるな!! 質問に応え……!!」
グイッ
腰に手が回されたと同時に胸倉の手を強く払われた。勇者の顔が近づき。顔が触れてやわらかい感触に一瞬、時が止まった気がした。そして、何が起こったかを理解し、手を勇者に当てる。
ドンっ!!
そのまま余は勇者を突き飛ばす。勇者は後ろにのけぞった後、何事もなかったように、箪笥を弄り出した。余は勇者を指を指し叫ぶ。
「お、お前!! な、何をしたかわわわかって!!」
「すまん、つい手が出た。手っ取り早く胸倉から手を退かしてほしかったし。ショック療法」
「同性愛者かお前は!! 汚らわしい!! くそ!! くそ!!」
勇者が箪笥から折りたたまれた服を取り出し、近づいてくる。ビクッと私は反応する。初めてのキスで怯える。
「はい、服。本当にごめんな。そんな姿では落ち着けないだろうし、安物の服だが我慢してくれ」
「近づくな!!」
こいつ怖い。
「じゃぁ。服を着て、落ち着くなら近づかないし、もうキスもしない」
「くっ!! 勇者、我に指図するな!!」
「近づこうか? もう一回か?」
「や、やめ!! やめろ……」
「ここに置いとくから。落ち着いたら下に降りて来てくれ」
服を机に置き、部屋を出て行こうとして勇者は立ち止まる。
「場所だけは言っておこう。ここは帝国領だ」
「なに!? 帝国!!」
勇者はそれだけを言い残し部屋から出た。帝国ドレットノートの情報を思い出す。人間の収める国の一つであり魔国の敵対国。そこに我がいる。そう敵のど真ん中に。
「落ち着こう………落ち着け我よ。先ずは服を着よう。それからでも………ん? これは……」
服を広げて確認すると、女物の服だった。可愛らしいフリルがついているスカートだ。
「くっ……し、しかし。裸で走り回ってはただの変態だ」
我は箪笥を開けるが同じ物しかなかった。諦めて仕方がなく服を着たあとに鏡を見るとよく似合っている。鏡の前で何度も目を閉じて開けてを繰り返し、夢ではないことを確認した。そして現実は自分はやはり女性であることに溜め息を吐く。
「うぐぅ」
女装をしているようで気持ち悪い状態のまま部屋を出た。下着のつけ方もわからず……服だけである。パンツは履いた。上がわからない。
「スカートはなぜこうもスースーする!! まったく慣れそうにもない!!」
廊下に出るとパンが焼けるいい匂いが鼻をくすぐる。匂いにつられ階段を降りると台所にテーブル、竈があり。勇者の背中が見てとれた。
竈の構造も、台所も魔国と似ていて魔力で水を引き込みする水道。竈は魔晶石で火を起こす構造で簡単な物だ。
「魔王。ベーコンに玉子は食べられるか? 朝イチで買って来た物だから腐ってない筈だ」
勇者は雰囲気で我の存在を感じ取ったのかこちらを見ずに調理をしながら声をかける。
「食べられる。魔王に好き嫌いはない!!」
「それは、よかった。テーブルで待っていてくれ」
我は椅子に座りふんぞり返る。勇者が調理を終えたものを皿に移し目の前に置いてくれた。満月のような綺麗な黄色い丸の卵焼きに少し焦げたベーコンとパンだ。
「口に合うかわからないが、軍食よりうまいはずだ」
「お前、敵にご飯を………」
待っていた我が言うのもあれだが……変な話だ。
「敵意はないから、敵じゃない。毒も入ってない。毒入れて殺すなら。寝込みを刺すだろ? 安心してくれ」
「……………」
グウウウウウ
「よかったよかった。じゃぁ食事後にいろいろ質問があるだろうから応えよう。わかる範囲で。食べきらなければ答えないがな」
「くぅ。仕方がない!! まだ安心してないからな!!」
眠っていたからなのか。思った以上に空いていた。質問は食べてからにする。とにかく今はお腹に入れたい。毒とか気にせずに。そして……簡素ながら、すごく暖かくて、美味しかった。
「うむ。まぁまぁかな」
「魔王の口に合ってよかったよ」
「では、落ち着いたし。1つ1つ聞いていくぞ」
「どんとこい!!」
「何故!! 余は生きている!! 魔法を避けれなかっただろう!!」
自分は先ず、あのときの決戦を思い出していた。確かに魔法で消滅させられる瞬間だったはずである。勇者は白い羽のような固形物を出して説明してくれる。
「なんだこれは?」
「壊れた古代のアーティファクト。もう、二度とあのような事はできない。何処かで同じ物を持っていないとな。効果は危険から強制退避。この家に逃げてきたんだよ、こいつを使ってな。国家予算級の品物だったが命より安い」
「そ、そうなのか………なるほど」
何もわからないが助けて貰ったのはわかった。今さっきからの行動は敵に対するものではないし嘘は言ってないのだろう。すごい道具があるんだと結論づける。
「では次に何故、余を助けた。勇者よ」
「魔王、惚れた弱味ってあると思う。今のお前は綺麗だと思う。俺の中では1番だ」
「!?」
「キスに関しては我慢が足りなかった。今さっきの事は本当にすまないと思ってる。許してほしい。なんでもする」
勇者が机に頭を下げ黒髪のてっぺんを見せつける。私はその行為と今さっき出会った相手に告白されると思わなかった事で驚いた。
「くっ、朝食や助けた事でチャラにしてやる!!」
そして……許す。窮地から救った事やご飯の恩がある。大目に見てやることにした。ファーストキスは野郎とやった事は忘れようと思う。そうしてそのあとも余は勇者に質問をする。勇者は本当に何でも答えてくれた。
そして……最後の質問。
「ふむ。じゃぁ次になんで我の体が女なのだ!!!」
「毒の効果だと思うぞ」
「くぅ、アイツ!! 側近め!!」
拳をテーブルに勢いよく叩きつける。強く叩いた手が痛い。
「落ち着け。女で悪いことはない。好都合だ」
「好都合?」
「魔王は男。だれも女とは知らない。隠れるなら好都合なんだよ」
「隠れる? 我が? 今から魔王城に戻って奴を叩き斬る!! よくも裏切ったなと!!」
「やめとけ。今のお前じゃ無理だ、剣を振れない。そこに剣が転がっている。持ってみるといい」
「ふん………」
立ち上がり、勇者が指を差す壁にかけている剣を掴んだ。自分が持っていた魔王の剣と同じ大剣の種類だ。剣先が魔剣より細く長いぐらいである。だが、剣はびくともしない。
「も、持ち上がらない!? お、おもい……」
「急激の性別変化で力が弱くなってるんだ。体が変わったから、大剣で今までの戦い方は出来ない。それでも魔王城に帰りたいか?」
「もちろんだ」
「わかった。ついてきてくれ」
勇者が立ち上がり、手招きする。
「何処へ行く?」
「地下に武器がある。好きなのを選んでいい」
勇者についていき。階段下にある床の開口部を開けた。そこからは梯子で降り、カビ臭い中を魔法のカンテラで地下を照らす。魔法で照らされた武器が写し出されたときに私はここが武器庫なのを理解した。何種類も武器が飾られており、宝の山だと感じる。
「勇者。これは全てお前のか?」
「そう。大剣は振れそうにないから好きな物を選んでくれ。そう悪くはない物ばかりな筈だ」
「ほう…………言葉に甘えて戴くとしよう」
何故こうも準備がいいとか、何故武器を渡す事に不思議に思ったが。「好き」と言ったことを思い出し、考えないことにした。「恥ずかしいことを言いやがって!! 男からの告白はキモい!!」と心の中で毒づく。
「ん? これは。量産品じゃないか?」
余は1本の気になるショートソードを掴み、鞘から抜く。刀身が少し小さく炎が揺らめき。量産品の装飾もない剣から魔力を感じビックリする。
「魔剣!?」
「少し違うが、火山で採れる火石を打ち込んだ剣だ。名鍛冶士の逸品だぞ」
「…………ふん。面白い剣だ。気に入った」
火を治めて鞘に収める。あまり重い武器は持てないため片手剣がちょうどいい。それに……火が出るのがカッコいい。
「これをいただく。良いのだな?」
勇者が頷き。「今さっきの御礼だ」と言う。この剣で切ってやろうかと思ったが………あんだけの名剣をくれたんだ。我慢する。
「それにしても、武器もくれる。お前は人間の敵だな。何故、我を助ける? 『好き』だけでは説明つかない。落ち着いて考えたがやはり、お前は異常なほどに我を助けている。それは王国の王に対して裏切りだろう? 本当の理由はなんだ?」
勇者が腕を組み笑う。屈託なく、満面の笑みで。
「同じことを言った気がするが惚れた弱味って奴だって言ってるじゃないか。他にはない。本当に……それ以外がない」
「気色悪いことを。そっちの趣味はないぞ。少年婦でもないからな?」
「もちろん、冗談は言わない。本当にそうだからだ」
「……会ったばかりなのにか?」
「会ったばかりでも」
勇者が真っ直ぐ眼を見つめる。勇者の目の奥に気圧され、1歩後ろに下がった。その瞳には嘘が写ってない。またキスされそうで怖い。
「はぁ………まぁよい。敵意よりマシだ」
「信頼は行動で示す。よろしく」
「ふん、精々余のために頑張るんだな」
鞘に入った剣を眺めながら、側近の裏切りを思い出す。我は我の自由のために魔王の玉座に戻らなければならない。まだ、勇者が信用に値するかは追々考える事にして、目的のために利用するだけと割り切きった。
一目惚れ等を恥ずかしげもなく言い放つ事を考えると、勇者から変人な匂いがするが余は信用するしかない。
いや、初めて……信用してもいいかなと思った人だった。
*
勇者に武器を貰った後。何故か下着の付け方を教てくれる。勇者が詳しいことを気にせずに黙って着替えてきた。あの勇者に関しては考えを改めよう。変人すぎる。
「我は男なのに………くっそ。邪魔な肉を押さえるためだ。大きいなぁくそ」
一度服を脱ぎ、下着をつける。こうしないと動いて邪魔らしい。
「はぁ………なぜ、こんなことに」
地位も何もかも失ってしまった。勇者は女の姿の方が動きやすいと言っていたが簡単に吹っ切れるものじゃない。慣れた体に戻りたい。
「弱い、勇者に頼るしかない自分が惨めだ……」
「魔王、着替えたか?」
ドアを開けて入ってくる。
「か、勝手に入るな‼ ノックしろ‼」
この体は恥ずかしい。
「すまない。これ、ローブ。お前は目立つから外に出るときは被って隠れる事だ」
「確かに魔族だからな」
人型に近いと言っても、小さな所で人間と違う。悪魔の血を持ってるが頭の角などはまだ生えてきていないのが幸いである。
「帝国内でバレたら蜂の巣だな……確かに」
「そうそう、綺麗な女性はそれだけで目立つ。綺麗だぞ魔王ちゃん」
「やめんか!! 我を女扱いするでない!! 虫酸が走る」
「そんな小さいことはいいから。帝国内を紹介してあげよう」
「小さくない小さくないぞ!! 女ではない!! 男だ我は!!」
「今はどこから見ても女性の魔族」
「黙れ!! 知っている!! 言うな!! 惨めになる……うぐぅ」
「わかった。言わないが女扱いだけはするからな。これは譲らない。そうじゃないと協力しないぞ?」
「くぅ、足下見やがって!! 卑怯だぞ‼ 勇者の癖に」
「あ~勇者って言うのやめないか?」
「はん!! 勇者見習いの雑魚だったなお前は!! お前の名前なぞ、呼ばん!! おまえは『おまえ』だ‼ 勇者だ!! 名前なんて絶対呼んでやらん!! いや『下僕』だ!!」
「俺はどうしようか?」
「勝手に好きに呼んでろ。下僕」
自分はそっぽ向いた。調子が狂うが、何故だろう、すごい今までの生活で一番安心している自分がいる。それはきっと……傀儡ではないからだろう。
「それじゃぁ。偽名でネフィアでいいかな?」
「はん!! 弱々しい女の名前なぞ、やめんか!!」
「好きに呼ばせてもらうから」
「好きにしろ!!」
その日は罵るだけで終わった。罵っても罵っても、あいつは楽しそうに幸せそうに笑っているのだった。
*
次の日の昼過ぎ。テーブルを挟みアイツと顔を見合わせる。今日はトースターという柔らかいパンがご飯だった。まったく堅くなくてビックリする。魔王でもいいご飯は貰ってなかった。
「これからはどうするつもりだ? ネフィア」
「もちろん。魔王城へ行き、裏切り者に復讐だ。傀儡ではなく本当に魔王になる」
「手伝おう。現にあの者の計画は破綻させたからな」
「破綻した?」
「毒でも盛って俺に倒させるか、自分で倒して両方殺し魔王の仇を名乗る予定だったんだろう。下克上だよ」
「そうなのか。さすが、我が側近。悔しいが優秀だな。ずっと裏で操ってた奴だし」
「褒めるな褒めるな。お前を殺しそうとした奴を」
「それも、そうだな。しかし、よく見破った」
「盗み聞きしてたからな」
「勇者とはほど遠いな。お前のそれ」
「よく、言われる」
物語の勇者像が砕ける。カッコいい騎士のイメージだったが現実は違うようだ。わかっていたが……実物は知らなかった。
「まぁ………悲しいがそんな奴に危機に助けてもらったんだな………悲しいが」
用意してもらった安物の紅茶を啜り。溜め息を吐く。物語の騎士に憧れがあったと言えばそうだ。
「ネフィア。目的は決まったが数ヶ月は様子を見よう。そうそう玉座は逃げやしない」
「何故だ?」
「弱体化してるだろ? それに資金もいる。情報も」
「ムカツクがお前の言う通り。なにもかも足りないな」
余は無知である。そう、無知である。
「だから。稼ごう。鍛えよう。情報を集めよう。時間はある」
「あー癪だか郷に入っては郷に従え。仕方がない元魔王がその案に乗ってやろう」
「じゃぁ、長く生活するからここの設備を説明しとく。洗濯物はこの籠に………」
勇者が部屋を案内し、説明してくれる。そして今日から隠れるような生活が始まった。だが余は監禁監視されていた日々よりも窮屈じゃないと思い……少しだけ喜んでたりするのだった。
§
次の日、余は寝てる背中を優しく触れる感触で起きた。「余を背中を押して起こす奴なんていない……」と寂しい話で誰だと思ったが。頭が目覚めるにつれて状況がわかりだす。
「おはよう。飯、出来てるから降りてこい」
ただ一言、アイツは起きたことをわざわざ目で確認せずに部屋を後にする。起こすために背中を触ったのだろう。
「………襲われるか思ったが。大丈夫そう」
少し「襲われるのでは?」と身構えたが何もなく。余は着替えを済まして1階に降りた。今日も目玉焼きであり、皿に盛られたそれを食べながら勇者をみると皮鎧を着こみ。何処かへ出掛ける準備をしていた。
「ネフィア。ご飯は食べたら支度をしてくれ、冒険者ギルドで金稼ぎに行く」
「冒険者ギルド?」
「仕事を斡旋してくれる場所だよ」
勇者が壁にかけている剣を軽々と肩に担ぎ、背負う。その剣は昨日、余が持てなかった剣であり。勇者が慣れた手付きで背負った所から、本当は大剣使いなのが伺えた。
「傭兵みたいなものか?」
「何でも屋が一番近いな」
「ふむ。それで旅の資金を集めるのだな?」
「ああ、そうだ。それとネフィア」
「ん? なんだ?」
勇者が笑いながら、自分の頭を指差す。
「色んな物事に凝り固まっていたら大変だから。社会見学だ」
*
余も帯剣し、ローブを深くかぶった状態で勇者の家を出た。家の玄関は路地裏にあり、影が多く暗がりの中を進む。そう、声のする方へ向かった。
声はどうやら本通りの人々の声であり、路地から出た瞬間、暗がりから一転。出店の元気な客寄せの声と人々の話し声、太陽の光が出迎えてくれる。商売が盛んな道だと感想が出る。
「おっ、人間の店もあまり我ら魔族とは変わらぬのだな?」
「ネフィアは知ってるのか?」
勇者の驚いた顔で聞いてくる。どうやら……余の境遇を知っているようだ。
「まぁ、抜け出して遊んでいた」
遊んだとは嘘であり。引きこもりを脱走して逃げた事がある。だが、捕まって閉じ込められた。
「じゃぁ、ある程度は常識を知っているな」
「もちろん」
「安心した。そして城に見えるあれが冒険者ギルドだ」
勇者が大通りの一角を指差す。指の先には大きな建物が立っていた。王宮の様な、城のような建物。自分は驚いた。その大きさが言われたような城のようだったから。
「帝国の首都で本拠地だから大きい。首都自体が大きいからな、本店ばかりだぞ」
「そ、そうか」
王がいる場所ではないのにも関わらず。大きい事にドキドキする。初めて知る土地でもあるだろう。
そんな緊張を見透かされたのか勇者が背中を優しく叩いた。耳もとで、優しく勇者が囁く。そう、優しく。
「堅くなるなよ。敵とか忘れろ。今のお前は帝国の人間ネフィアだ。怪しまれるぞ」
「う、うむ。そうだな」
勇者の後に自分は静かについていく。建物に入ると、また凄く広い空間だった。大きな柱で建物を支える主柱が出迎えてくれる。
天井も高く、複合用途の施設案内が書かれていた。宿泊、酒場、訓練所。一つの町がくっついたような施設に「すごい」と盛らす。この城ひとつがギルドの持ち物らしい。
「面倒だから全部を入れればいいと考えたんだよ昔にな。他の冒険者ギルドも酒場と併設してる。あと、これを渡す。無くすなよ大切な物だ」
勇者が一枚の金属でできた板を渡してくる。それを受け取り、眺めるとネフィアと名前が掘ってある。名前以外の所は幾多の魔法陣が複雑に重なっており。わからないがすごい物だと感じた。
「これは、なんだ?」
「冒険者ギルドの身分証。何者も知らない奴に依頼なんて託せないだろ? 都市に入るのにも……いる」
「確かに」と自分は思う。少しでも信頼がおける人に依頼したいものだ。「もしや、冒険者ギルドは仲介人の役割をしているのか?」と聞くと彼は頷いた。
「重要な身分証だからな。早くそれを持って登録を済ませる。魔法陣に自分の情報を刻み偽装できないようにな」
「我は、魔族ぞ。大丈夫なのか?」
「冒険者に魔族もない。この板があればいい。だがな、これを手にいれるのも大変な物。大切にしろよ」
「大変? こんな薄い一枚で?」
「そうだ、特権みたいなもので。これひとつで相手に理解してもらえる。都市間を移動も楽だ。特に魔国にもな」
「ふむ」
「あそこで登録できる」
勇者が指を差す先に女性の使用人が受付をしているのが見える。余はその女性の元へ行き声をかけた。
「はい、今日はなんのご用でしょうか?」
「登録を済ませたい」
「はい、では見させていただきます」
カウンターから受付している女性がギルドカードを受け取る。「少しお待ちください」と言った後に魔法詠唱する声が耳に届き、体にまとわりつく魔力を感じた。体を探られているのだ魔法で。
「はい。確認がとれました。身分証をお返しします」
金属の板を受け取る。金属の板の魔法陣が光だしたあと、ゆっくり収まった。
「どうぞ。女性の方ですね」
「ち、ちがう!!」
使用人がキョトンとした顔になり。勇者が自分の肩に手を置き。顔を近付けた。
「ネフィア、行くぞ。仕事探しに」
「ま、まて!! 訂正させろ!!」
「ネフィア。体は女性だろ? 器が狭くみえるぞ?」
「か、関係ない!! 関係ないぞ!!」
「あのー」
恐る恐る使用人が話しかけてくる。揉めているのを察したのだろう。
「偽装、変更等は受け付けておりません。嘘はダメなのです。すみません」
自分は金属の板を勇者の顔に叩きつけて反抗を示した。
*
帝国の情報は5つの壁で守られ、外壁の外にも護られていない街が続く。しかし、街の外だけはいつだって魔物との危険が隣り合わせで危険らしい。外壁外の者たちは王国の民ではないらしくここへ流れて来た者らしい事を教えてくれた。勇者が5番目の外壁の上から指を差して説明してくれる。
ギルドカード登録後。二人で貰った仕事は外壁の監視の仕事。週、月と契約を結び。外壁の上から魔物と外の動きを監視する。そんな簡単なお仕事だ。
今回は1週だけでの短期。一番賃金が安いが勇者が仕事をしながら街を見れる。いい機会だと選んできてくれた。
「ネフィア。地図を見た通りだろ?」
勇者の言葉を流しながら。買ってくれた地図を見比べ、帝国の中を覚えていく。いつか戦争で攻める時に役に立つだろう。
「堅牢で、大きな首都だ」
5つもの壁を越えていかなければ行かず。短期決戦は無理なのがわかった。壁が都市の成長と共に増えていっている。
「化け物め、帝国人」
「だから、戦争で強い。満足か?」
「うむ。敵の情報を生で見えるのは素晴らしくいい。『百聞は一見にしかず』だ。だが、まぁ復権してからの話だな……遠い」
今はまだ。元魔王のままであり、戻ったとしても魔族が攻めるには力不足だろうと思う。しかし……いつかはしなくてはいけないとも感じている。
「本当に。あの席はそんなにいいものだったか? わざわざ戦争をしようとするぐらいに」
勇者がまっすぐ自分を見つめて話しかけてくる。何故か、心を見透かされているように聞こえる。
「お前はどこまで知っている?」
「お前の全て」
「はん? 全てだと? バカな!! お前ごとき……なにも知らないだろう!!」
勇者が手で怒声をやめるように促す。周りを確認したあとに自分の目を見て話を続けた。
「人はいないな……同じことを言うけど。『全て』知っている」
「いい加減なことを言うな!! 昨日の今日、会ったばかりだろう!!」
自分は声を荒げ、勇者を怒鳴る。怒鳴る理由は無い。「知っているわけがない!! 自分が監禁されていたことなんて!!」と思う。
「いいや。いい加減じゃないネファリウス。父、兄弟は何人だったかな?」
「何が言いたい!! 知らない!!」
「わかっているんだろう。みんな殺されたって」
勇者が溜め息を吐く。自分は言葉が詰まった。自分が考えていた事と違う。勇者は暗殺を知っている。
「俺は知っている。ネフィアに順番が廻ってきただけのことだと言うことも」
「ああ、そうだ。私は何もせず魔王になった。それがどうした!!」
「辛くないのか? 周りの目線は? 戦争は勝てば権力でも成果で動きやすくなるだろうから狙うんだろう?」
魔王城の今までの事と言われていた陰口を思い出す。剣の鞘を握る手に力が入った。
「ふん!! それがどうした!! 魔王は弱味を見せるべきではない!! 勇者、それ以上言うと斬る!!」
「いいや!! 言うね!! 全力で!!」
自分は勇者の言葉を聞いた瞬間、剣を抜く。そして勇者に向けた。何故か息が荒い。しかし、勇者は剣に怯えずに優しく安心させるように笑った。
「今は弱味を見せてもいい。誰もネフィアを魔王と思わない。それに男だとも思ってない。今はやっと自由なんだ。ネフィアは自由なんだ。だからもっと楽しまないとな」
優しい言葉。胸が……暖かくなる。
「……………楽しまないとだと?」
「そう、ネフィアは自由だ。俺が自由を保証するから。今は肩の荷を降ろせばいい。『護ってやる絶対に。俺は絶対に護る』」
勇者が強い言葉を投げてくる。芯の強い言葉。
「…………ふん」
自分は勇者の意思に負け、突きつけていた剣を納めた。顔が熱く背中を向ける。
「いったい、お前は余に何を望んでるんだ………まったく。楽しめだと……勝手に言いやがって」
勇者が何故、そんなことを言うのかわからない。
「望んでるだろ。幸せになれネフィア。俺はそれだけが望みだ。本当だぞ?」
「わかった。わかった。お前は変人なのはわかった。変人な考えが移る。黙ってろ、この話は無しだ‼」
自分は、黙りを決め込み。この日はこの話の続きは無かった。勇者が何を言いたいかも、今はわからない。
*
帰宅後。勇者が知らない部屋へ行き、魔法を唱えてそのまま声をかけてくれる。
「風呂沸かす。入るだろ?」
「風呂があるのか!! 温泉か!?」
風呂は好きだ気持ちがいい。
「いいや、水を引き込んで暖める。温泉知ってるんだな……意外」
書物で知っている。話も聞いていた。
「それよりも何故言わなかった!! 風呂があると!!」
「風呂釜を洗ってなかったんだよ」
「見せろ‼ うわ、ちっさ」
部屋を見ると小部屋の真ん中に鉄で出来た風呂釜がある。本当に質素な物だった。
「庶民で風呂釜持っている奴なんて珍しいからな。それに一人入れれば上等だぞ? 大衆浴場でも行くか?」
「なぜ、余が大衆に混じって行かねばならん!!」
「女湯行くしかないしな」
「バ、バカな!! いや、そうだな」
今は女。男の方へ行くと騒がれてしまう。逆に覗きに行けるかも知れないが性に興味がない。それに女と混じって入るなぞ恥ずかしいので却下だ。
「湯沸かし、パンを焼くから大人しく待っててくれ」
「仕方がない。小さいが我慢しよう。清潔にしないと病気になる」
部屋に戻り、動きやすい部屋着に着替える。慣れないがスカートは思った以上に動きやすく。気にしなければすごく楽だった。
「はぁ……疲れた」
愚痴をこぼして数分が経ち。「勇者のお湯が沸いたぞ」と言う声が聞こえたので部屋からでる。そのまま脱衣場へ直行。勇者が料理する横を通り抜けた。
「先に入る」
「俺も一緒に入る」
勇者が脱衣場までついてくる。ビックリして振り向いた。
「来るな‼」
「男の背中を流してやろうと言ってるんだぞ?」
それはいい心がけだが。
「くぅ……ダメだ!! 覗くのも入るのも!! 嫌だ!!」
何故か心が嫌がっている。「恥ずかしい」と思うのだ。
「そっか!! わかった!! やっぱ女扱いでいいな」
それを聞いた勇者が満面の笑みで脱衣場を後にした。気味悪い気分のまま自分は服を脱ぐ。
そして自分じゃない誰かの体のような姿を鏡で再度確認し、大きな溜め息をついた。
「いつになったら男に戻れるか………気分を変えていこう」
熱めの湯に四苦八苦しながら入り、小さいながらも肩まで入れる深さで思ったより窮屈では無く、ちょうどいい大きさで気持ち良いもので驚く。勇者が乗り込んで来る気がして身構えていたが、覗きも、乱入もなく本当にいい湯だった。
*
次の日、勇者が市内を一人遊んでこいと言われた。警備は勇者一人で行うからとお小遣いも手渡される。
唐突の提案だったが人間の生活に興味があり自分は受けることにした。
「どこ行こう。それより飯だな。アイツ、こうなることを考えて朝飯抜きにしやがった」
つくづく、思慮深く優しい男だと思う。店が立ち並ぶ通りを歩き、入りやすい店を見つける。酒場なのだが、営業中と札が立ち、木の板にメニューの表記をしていた。
「ここにしよう」
木の扉を開けると鈴の音が店に響き、可愛らしい店員が声をかけてカウンターに案内される。そこに座るとお水が用意され、何がいいかを聞いてくれる。もちろん頼むのはスパゲッティー。フードを外して店内を見渡して自分以外の客もけっこう入っているのを確認した。談笑などが聞こえ、賑やかな雰囲気であり……監禁生活とは違った空気に笑みが自然と出た。
「はぁ、なんだろ」
異世界に来たような気分を味わう。ここまで騒がしいのはトロール族の族長と抜け出した日ぶりである。魔王になったらもう二度と味わえ無いものかと思ったのだが。自分は何故か懐かしさを覚える場所にいた。異国の土地であるはずなのに。
「お客さん」
「ん?」
物思いに耽っていると声をかけられる。そちらに向くと中年のバーデンダーがカウンター越しに話を始める。
「君、ここで働かないかい? 見たところ冒険者ギルドに所属しているんだろうから、直接依頼するけど?」
いきなりの話で狼狽える。「どうして冒険者とわかったのか?」と考える。自分にお誘いがあるのかわからない。色々考え、纏まらず。首を傾げる。
「ああ、給料はしっかり払うよ。それなりに出すから1ヶ月試しにどうだろう?」
「すまない警備があって」
「倍は払おう。警備は何もないと安いからね。警備はいつまで?」
「今週末までだけど。えっと………」
「じゃぁ契約書持ってくる」
店の奥へ行き、一枚の羊皮紙を手に現れる。羊皮紙には金額が書かれており、指印が押されている。そのままペンを差し出しわからぬままペンを掴んだ。
「そのぉ………わからないのだが?」
「ここに名前と指印を書いて契約完了だ。本当に始めてなんだね。気を付けないと詐欺に会うよ」
「う、うむぅ」
書類仕事とか全部、したことがない。そして言われた通り、記入を済ませる。
「ありがとう。これここの制服が入った袋。契約書の控えに就労時間が書いているからね」
「あっ!!」
自分は記入し終わった後に気が付く。ここで働くことになったのだと。
*
防壁警備中。俺は座り込み空を見上げる。今日は青天で雲ひとつもない青い空が広がっているので剣を立て掛けて休んでいた。
「はぁ、気が休まる。不安だけど常識はあるようだし大丈夫だろ」
ネフィアにお金を少し渡し、自由にさせた。元々魔王になるレベルなので剣の腕は立つし、天性の魔力もそれなりにあると思う。ある程度は自分の身は自分で守れると信じている。一応、町中では。
「問題なし。魔物はいない」
空を見上げたまま、監視を行う。実際、警備という仕事は囮や時間稼ぎ、空からくる魔物たちの餌である。
外壁外は別の警備の依頼であり、あちらも同じである。だが、その危険の代わりに魔物を倒せばその素材は全て物にでき。報酬も上乗せされる。これだけで稼ぐやつもいると聞く。魔物殺しとして……昔は味方殺しの大罪人になった親友とそうして稼いでいた。
「あー、団長にも占い師にも会いに行くかな。これが終わったら」
知り合いを思い浮かべながら。警護の仕事が終わった後を考える。ネフィアには黙っているが実はお金には困っていない。
旅の資金もあるし、すぐに稼ぐぐらいには腕に自信がある。なぜ、言わなかった理由はネフィアに今の体に慣れてもらうためと情報を手に入れ吟味するためだ。
「さぁ、俺はここから始まったばかりだ」
胸の宝物のロケットペンタンドを開けて眺める。その中には小さな肖像画が入っている。ネフィアの肖像画が微笑みを浮かべた綺麗な絵が入っている。
*
お店でご飯を済ませたすぐに自分は家に帰ってきた。袋の中身をベットに広げる。中身は白い給仕服であり、フリルのついた可愛らしいスカートだった。そう、店員と同じものだ。スカートは短い。
「くそ、店主!! 女物ではないか‼ 畜生!!」
剣を抜いて燃やしてやろうかとも思ったが、仕事を受けた身。深呼吸を行い落ち着かせ、服を手に取る。
「…………」
ちょっと気になる。どんなものか。
「まぁ着てみて無理なら、断ろう」
ススッ
着替えを行う。着替えるのにどうすればいいか悩んだが。着こなせ、サイズはぴったりでビックリした。胸の谷間を見るとすごく複雑な気分になるが着れる。
「まぁ、着たけど。どうだろう? 変かな?」
鏡の前には金色の美少女が可愛らしい服を着て立っている。その鏡を触れると同じ動作をし、首を傾げた。
「これが自分?」
昔は鏡で積極的に自分を見るのが嫌だったが、まるで別人の自分を見ると何故か照れ臭くなる。鏡の女の子が照れている姿は魔王の威厳は無く。
ただの女の子のそれであり本当に少しだけある人に似ている。よく見て初めて気が付いた。
「そっか、余はもう別人。でも髪が死んだ母親に似ているのは嫌だな………」
目を伏せる。鏡を見るのを嫌がったのは自分がそこまで素晴らしい魔族ではない負い目だった。女になって死んだ売女の婬魔母親に似ているのを見るのが嫌になる。自分を金で生んで売った母を思い出す。
「自分は自分だ……あんな女じゃない」
そう、言い聞かせて自分を震いたたせた。
§
早朝、警備の仕事が終わった日にネフィアに直接依頼があることを俺は聞いた。
その仕事を教えてはくれなかったのだが、鏡で接客の練習を行うところを見たので給仕として働いこうとしているのがわかる。
「いらっしゃいませ」の発声や、鏡で笑顔の練習をしているのを覗いたときはあまりの可愛さで心臓が跳ね。物音で見つかって殴られたが、心地いいものだった。
ネフィアが新しい自分と向き合ってるので良かったと思うので痛みなどは気にならないし、閉じ込められていた箱入り娘が元気だったのは嬉しさが勝つ。もっと心が死んでいると思っていたのだ。
ネフィアが仕事に行ったのを見送った後。自分は慣れ親しんだ場所に足を運ぶ事にした。
場所は表通りから冒険者ギルドを突き抜けた先にある黒騎士団の所有地の酒場。大きい酒場であり冒険者等多数の人が椅子に座り、たむろする場所である。そこで酒場に入りカウンターにいる店主に声をかけた。
「ん? なんだいボウズ」
「会いに来た」
「そうか。まぁ、お前は顔パスだ」
「どうも」
カウンターに入り、裏の扉を開ける。葉巻の臭いが廊下に充満し、暗がりの中に扉と衛兵が座っている。不審者からここを守っている。その衛兵に声をかけ、中に入れてもらった。中に入ると執務室になっており一人のローブを着た男が窓に向いて立っている。
「誰かな?」
「お久しぶりです黒騎士団長殿」
「その声は………」
黒騎士団長と呼ばれた男が振りかえった。顔の上部は仮面をつけ、表情を読み取れないが驚いているのがわかる。名前は隠匿しているし、何百年と生きている魔導士で変わった場所に執務室を設けている。
「団長!! 俺を忘れちゃ困る!!」
「アホが忘れるわけがない。魔法使いを辞める宣言した奴だ。忘れるわけがない」
「あー懐かしいなぁ」
「懐かしい。勇者としての任務はどうなった?」
「俺は諦めたよ」
「それほど手強いか魔国内は…………よし、飯を食べに行こう。積もる話もあるだろう聞かせろ」
「はいはい、情報提供ですね」
「そうだ、魔国の情報は重要だ。非常に」
昔から団長は変わらず少し安心した。彼は黒騎士団を纏める者であり、その魔力は騎士団全員を倒せるだろう。
そして帝国と契約した悪魔とも言われる人であり、多くの功績を残している。俺は団長に連れられ、大通りの有名店へ行く。
女性の給仕が可愛い子だけしか働いていないので人気のお店で中には貴族に嫁ぐ子もいるほどに店主がよく見つけてくる。何故ここにしたのかと言えば、騎士団に店が支援をしているので営業協力の名目だ。店長に挨拶をすませ、勝手に席に座る。昼飯前なので、まだ客は少ない。
「トキヤ。魔国の旅行はどうだった?」
団長はテーブルに肘を乗せ、仮面に見える口元に笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「人間と変わらないと思った。まぁ力が全ての世界だったかな? 結構、泥々してて帝国内と変わりない」
自分は灰皿を団長の前に移動させ小さい木の箱を灰皿の横に置く。お土産だ。
「ほう、これは」
「魔国の葉巻。どうぞ」
「いただこう」
木の箱から1本葉巻を取り。先を千切った所を火の魔法で点火する。それを吸って満足した声で「ほほう」と盛らす。
「んっ………良いものだ」
「それはよかった」
団長が葉巻をプカプカ吸っている間にお水が出された。
「ご注文はお………」
「ん?」
店員と目が合う。綺麗な店員だった。金色の髪で切れ目な美少女が顔を赤らめる。ここで働いてたようだ。
「お、おま!! おま!! 何でここに!!」
美少女ことネフィアが指を指し叫ぶ。団長が顔を眺めたのち自分に向き直り、口を押さえながら話始める。
「知り合いかい?」
「あ、ああ。冒険者仲間だよ」
「お前にか? 不思議なものだな。これを二つだ」
紙の上に書いてある料理を指差す。それをメモを取る元魔王ネフィア。女の体に慣れるのが早い気がするぐらいにスラスラ仕事を覚えていた。地頭の良さを見せる。
「は、はい!! かしこまりました!! 下僕よ!! ニヤニヤするな気色悪い!!」
自分が指摘されて初めてにやけているのを理解した。ちょっと頑張って我慢しても頬が緩んでしまう。緊張しなければいかないのにだ。
ネフィアの給仕姿が見れてうれしい。やはり可愛い。惚れた弱味はあるだろうが可愛いと思う。それに、案外世間体を知っているも好印象だ。
「似合ってるし、様になっているぞ」
ついつい、誉めてしまう。黒騎士団は帝国に忠誠を誓う集まりである。敵や売国には容赦がない。元でも魔王はバレたら殺しにかかってくる。それでも我慢できず、にやけてしまう。
「うるさい、黙れ屑」
「ははははは!! お前ら仲がいいな!! クククク。本当に冒険者仲間か?」
そんな、知らない団長が腹に手を当て笑いだした。ある意味情けないなと思う。
「お前が、困ってる姿は珍しい!! 面白い!! 女に興味がないものだと思っていた」
「お、おう」
ないわけじゃない。一途なだけだ。
「お嬢さん!! はいチップだ。良いものを見た御礼だと思ってくれ。女で困る姿なぞ、姫様ぶりだ。やはり占い師に女難の相が出ていると言われた通りだな」
「団長、全くそんなことはないと思うぞ」
心情は早くネフィアに去ってほしい。満足した、落ち着き考えると危険すぎる。女難の相は確かに今はそう思う。
「かしこまりました!! 覚えておけよ、お前」
「わかったよ、後でな」
「ふん!!」
彼女が去り胸を撫で下ろした。危ない危ない。
「はぁ……姫様でも振り向かなかったお前が。あの子にはご執心か? 面白いぞ。てっきり同性愛者と思っていた」
ある意味、間違ってない。元々、男である。男娼にもなれるぐらいには既に整っていたが。お陰ですぐにわかった。探した人は彼女だと。
「まぁ、他は興味がない。それより団長、あの子かわいいでしょ?」
「綺麗だが性格が悪いだろうな」
「まぁ………それを含めて。絶対護って行こうと思ってます」
「なら精々頑張れ。黒騎士団を蹴ったんだ不幸になれ」
「厳しい言葉ですね」
しかし本当に安心した。元魔王を知らないことに。そして、完全に自分は黒騎士団を裏切っている。裏切っているからこそ顔を出した。様子見である。
「団長、魔王に会ったことは?」
「ない、見たこともない」
「魔王はな、金髪の美青年の剣士だ」
嘘は言ってない。間違っちゃいない。だが、男であることを説明する。
「いい情報だ。お前より強いのだろうな。まだ、魔法は封じてるのか?」
「いいや、魔法は解禁するよ。普通の冒険者で生きていく」
「そうか、本当に諦めたのか」
「ああ」
このあとは魔国の情報を提供した。今は、目をつけられる訳にはいかない。安息が必要だ。ネフィアのために。
*
食事後、団長と別れてお店でネフィアの仕事が終わるのを待つ。終わった後を見計らって声をかけた。
「おつかれさま」
「長い時間ジロジロと眺めよって。仕事がしにくかった!! 何故ここに来た。他に店があっただろ!!」
「運が良かったんだ。俺の運が」
「自分は最悪だった。よりによってお前に見られるとは………くそ」
ネフィアの肩がうなだれながら深いため息を吐く。
「まぁ気を落とすな。『さすが魔王』と俺は思うぞ。違う体でもなれる早さ。すんなり仕事をこなすスキル。『さすが魔王』と言えると驚いている」
両手で大袈裟に驚いた素振りを見せた。同じ事を2度言う。
「フフフ、余は偉大だからな」
すんなり彼女は機嫌を治してくれる。「あんまり誉められたことがないのだろうか?」と思ったがそのとおりできっと褒められてない。
「偉大な魔王さま。仕事終わって疲れていると思うのですが。一人、君に会いたがっている人がいるので一緒に来て貰えませんか?」
「ん? 誰だ?」
「占い師」
「占い師? 占い? 何故?」
「まぁ、会ったらわかる。俺の人生を狂わした張本人様だ」
「狂わした?」
「まぁいずれ話すときが……来ればいいな。でどうする?」
「まぁ会ってやらんこともない。余は寛大だ」
胸を張りながら腕を組み。ふんぞり帰るがただ可愛いだけである。
「ありがたき幸せ。では、ご案内します」
誘ったのは俺だが……ネフィアは他の人にも簡単について行きそうで少し不安になる。店長に帰りの挨拶をすませ店を出た後。占い師の店がある場所へネフィアを連れて歩きだす。周囲に人がいない事を何度も確認し、話を始めた。
「ネフィア、真面目な話だ。今日、一緒に居たのは帝国黒騎士団団長様だ」
「!?」
ネフィアの顔が驚いた顔をする。帝国の黒騎士団ぐらいは知っているのだろう。さすが悪名高い騎士団。
「あの、味方殺しの騎士団か?」
「売国奴等。国益を損なう輩や国家転覆は全て摘む。昨日は味方でも帝国のためならなんだってする」
「お前はそんな奴と何故、親しげに話を?」
「元黒騎士団の騎士だから。知り合いなんだ」
ただ、異様に変人同士仲がいいだけである。まぁ、直接個人で依頼も受けてたし目立っていたから。
「お前、強いのか?」
「弱い。そう信じて鍛えてる。でも自信はある」
「………ふーん」
そして例の占い師の店の前の到着する。店は「雑貨」「魔法書屋」と看板に書かれている。あまり際立って珍しい店ではない。雑貨は一般人でも来るだろうが魔法書は魔力を持った者以外は必要がないため売れ行きは良くない筈である。
それに裏道であり表にはもっと大きな魔法書以外も売っている本屋がある。なので、商品を売って儲けてるように見えないが、店はここに存在し続けていた。ずっと昔から。
扉を開け中に入る。お客の来客を示す鈴が店内に響き渡り、店主を呼び出す。
「おやおや、お客かい?」
「ばあちゃん。お久しぶり」
奥の部屋から緑のローブを着た、腰の曲がった老女が杖を持って現れる。ローブの中の顔はしわしわのばあちゃんで、微笑ながら俺の名前を呼ぶ。
「ああ、トキヤ君だね。見つけたかい?」
俺は頷き彼女を紹介する。
「あの薬……ありがとう。見つけたから紹介するよ。元魔王ネファリウスだった。今はネフィアって言う偽名」
「そうかい。そうかい。お茶を淹れるよ」
「いや、挨拶だけだから。ネフィア、彼女が占い師だ。名前はない」
自分は手で彼女の背中押す。ネフィアを前に出した。
「こ、こんにちは」
「こんにちは。では、さっそく見せて貰おうかね?」
「な、何を見せるのだ!?」
自分は奥の部屋にゆびを指す。奥の部屋には紫のカーテンがかけられ中が覗けない。
「占いが本業だ。約束したんだ。見つけたら占いさせて欲しいって」
ネフィアの背中を優しく押した。そして自分は本を眺め、一冊だけ抜き取り窓際にある椅子に座って占いを行うまで時間を潰す事にした。
*
「さぁ、お嬢さんどうぞ」
勇者に連れられた来た店で占い師が怪しいカーテンの中に入る。勇者は椅子に座り、何かの本を取って読みだした。
「………失礼する」
自分も占い師について行き、カーテンを潜る。中は六角形のテントのような小部屋であり、中央に水晶玉が鎮座していた。椅子が二つと天井には魔法のカンテラが部屋を照らすために吊ってある。片方の椅子に座り水晶を覗くと、自分の顔が歪んで写った。
「何も、写らんよ。お嬢さん」
「う、うん。そうか」
ちょっと恥ずかしい。
「では、占ってあげよう」
占い師が水晶に手を乗せて魔力を流す。水晶が虹色に色を変えた。しかし、それ以上の変化はない。
「見えたね。じゃぁ……お話をしましょう」
「お話?」
「ええ、魔王ネファリウスは消えました」
「な、なに!? 余はここに居る!!」
声をあらげて言い放つ。
「静かに聞いてくださいね」
しかし、占い師が次の言葉を制止する。眼光が光った気がして少し気圧された。知らないが、何か深く強いと勘が囁く。化物でもあり、危険人物であると頭が理解する。
「わ、わかった。睨まないでくれ」
「いい子、ではお話しします」
占い師が水晶を撫でる。いとおしいそうに。
「魔王ネファリウスは死ぬ運命にありました。運命は枝分かれした木のように多岐にわたる選択で決められる物です。しかし、自分が全部選択出来るわけではなく。人によっても決まってくる物です」
「う、うむ。それで余は…………」
「死んでいたでしょう。彼が現れなければ遠からず」
「…………そうか」
「彼が行ったのは生まれ変わらせる方法であなたを救いました。今は、小さい双葉ですが寄り添っている大きい木に護られています」
「大きい木?」
「彼です。彼はあなたの剣であり盾であり絶対裏切ることのない道具みたいな人です。安心して彼を使ってあげてください。なんでもしてくれるでしょう」
「そうだ!! そこに疑問が!! なぜ奴がそこまで余に仕える!! 余に出会ったばっかりで何故!!」
椅子から立ち上がる。占い師が少し微笑んだ後に言葉を続けた。
「いつか、心から話せるようになると思います。その日まで、信じてあげてください。信じれないなら毒薬でもお売りましょうか? なんでも揃えております。ククククケケケケ」
占い師が憎たらしい笑みを浮かべる。
「いらない。あいつに頼らないといけないからな。やはりあいつから聞けと言うのか………」
「ええ、ええ。後悔はさせませんよ彼は」
「なぁ、占い師。未来は占えるのか?」
「いいえ、見ることは出来てもその通りになることはない。実際、あなたがここに居るのも予想外の結果であり、これからも予想外の結果が続くでしょう。だから楽しんです。ネフィアちゃんも楽しんでください。新しい世界を……いつか終わる世界をね」
含んだ言い方に背筋が冷える。
「奴も同じことを言う。楽しめと………魔王の席は逃げない。少し楽しむことにしよう」
それから余は他愛のない話をした。敵対しないように。
*
占い部屋から出た瞬間、勇者が立ち上がり話しかけてくる。
「終わった?」
「ああ、色々聞いたよ。楽しそうな場所も……」
「これ、あげるよ。お買い上げだ」
勇者が本を手渡してきたのでそれを受け取る。火の魔法書なのがわかり、本の内容が目に入ってくる。
「『お買い上げありがとう』と言いたいとこだけど面白かったからタダでいいよ。まぁ、全部なくなるしねぇ~ケケケケ」
占い師が満足げに笑いながら余の手から本を取り。持ち運びができるように取っ手をつけてくれた。このまま魔法具として扱えそうだ。
「いいのか?」
「いいさ、未来は見えてるとつまらない。面白い予想外の結果だから、ご褒美ね。今なら上手く扱っていける筈だよ?」
占い師が本を差し出し、自分はそれを受けとる。
「占いの結果?」
「いいえ。勘ですよネフィアちゃん。まぁ、あんまり強いと刈られちゃうよ」
自分は本を開き、一瞬だけ覗いた。昔では理解出来なかった物が、今では読める。そして余は御礼を言った後。勇者とともに店を後にした。
§
占い師から出会って数日がたった。ネフィアは毎日もらった本を読み、頭に魔方陣を覚えさせて戦える努力をしている。
本を読めるのは才があるからだ。ネフィアは扱える才がある事に誇りを持ち、毎日自慢してくる。そして今日は彼女はお店を休んだ。なので1日訓練に当て鍛えている。
「だいたい覚えた!! 後は実戦あるのみ!!」
「あーあんまり本を鵜呑みにするなよ」
「何故だ?」
「皆が忘れているが魔法ってのは世界のルールをねじ曲げる方法だ」
「そうだぞ? 忘れていない」
「いや、魔法ってのは自由なんだ」
「ん?」
「自由であるから十人十色の魔法になる」
「十人十色? そんなバカな話はない。先人が見つけたのを使って行くのに個人の色など…………」
「魔法は自由を導きだすルール改悪の悪法だ」
「よく、わからんぞ………言っている意味が」
「そっか。じゃぁ~まだ俺には敵わないな」
「な、なに!! 何の魔法が使えるが知らないが絶対にお前は剣士だ!! 余の方がうまく扱える!!」
ネフィアが背中に向け力一杯、魔法書で叩く。バシバシいい音が部屋に響く。
「はは………!! いたい!! いたい!! 本の角はやめろ!!」
「死ね!! 死ね!! 死ね!!」
殺意も込めて殴られる。
トントン
「「ん?」」
玄関の扉が叩かれる音がした。客人らしいので扉を開ける。開けた先では白い鎧を着た騎士が立っていた。大きな袋をもっている所を見ると旅の途中だったのだろう。
「すまない。ここはトキヤと言う御仁の家と伺っている」
鎧の兜から女性の声がした。男と思っていたが、鎧の主は女性らしい。マークからある国家を思い出す。
「はぁ俺ですが何か? マクシミリアン騎士団が何のようですか?」
マクシミリアン地方の騎士がわざわざ来ている。
「邪見しないでくれ。頼みがあって来たんだ」
「わかりました。中でお話を伺います」
彼女を案内し、椅子を下げる。そこに座っていただき、お客の接待の要領で対応する。
「マクシミリアン騎士団かぁ………」
自分は名高い騎士団の名前を思い出していた。帝国に与する騎士団、地方騎士であり、一領地を納める国とも言える大きな団だ。
帝国と戦い、守りきり。帝国領地を一部頂いた。帝国の法が届かない所。「その騎士団がなぜ?」と思う。
「ふぅ………やっと一息つける。兜を外すが他言無用で頼む。殺さないといけなくなるからな」
「わかった。約束しよう。他言無用だ、元黒騎士にかけて」
きっと、名のある人なのだろう。それも大分身分が上の。
「ありがとう」
兜を外した瞬間、綺麗な長い髪が落ちる。金色のネフィアと同じ髪色。そして、尖った耳に人間とは違った綺麗な顔つきとシルクのように白い肌。たったそれだけでわかる。人間じゃない。
「「!?」」
一目で誰でも。彼女が人間じゃないことがわかる。魔族は一部の人間より美しく見える。ネフィアの様に。
「初めましてエルミア・マクシミリアンです。現マクシミリアン騎士団長の大祖母であり、元騎士団長です。種族はハイエルフ。珍しいでしょ?」
ネフィアが声を出して驚く。何故ならハイエルフは本当に珍しいからだ。珍しい所じゃない、考えてみれば文献にしか書かれていない種族だ。全てのエルフの原点だ。
「ハイエルフ!? 森から一切でない引きこもり種族だぞ!? 余も引きこもりだったが、輪にかけて引きこもりだ」
「ネフィア!! やっぱりそうだよな!! エルフは魔族では珍しくないがハイエルフを外で見るとか信じられん!! 初めて見たし、文献でしか知らなかった」
魔族にいるのはハイエルフから混血となった者たち。ダークエルフとエルフだけである。
「ふふふ、外見的にはエルフと変わりません。ええ」
にっこりと驚いてくれたのが嬉しいのか笑みを浮かべる。手を押さえて笑う姿はお上品に見えた。ハイエルフはエルフと違いは大きい古い森の民であり。純血種だ。
「あーあー、驚いたがここを教えてもらったと言うことは黒騎士団長から?」
自分は彼女と接点はない。なら、誰かが差し向けたに違いない。
「そうです。教えていただきました」
「いったい何を依頼されたのですか?」
「精鋭数人の発注。マクシミリアン騎士よりも強く、生き残れるほどの強者」
「いや、依頼内容です」
「………………………契約後に。金額は個人の資産から出す。この家を建て替える金額を出そう‼」
中々、厄介な依頼。黒騎士団長、投げやがったなこっちに。関わりたくないのが見える見える。
「なんと!! 元勇者、受けるぞ‼」
金につられて顔を出すネフィア。俺は彼女に呆れる。
「あなたは? 彼女さん?」
「違う!! 汚ならしいこいつの彼女なぞヘドが出る!!」
「そうなの? わかった。なら依頼しても大丈夫そうね。恋仲を裂くかもしれないから」
エルミア嬢が胸を撫で下ろす仕草をした。自分は、何故か少し彼女の嬉しそうな寂しそうな表情に目に止まったがわからないでいる。察するには情報が足りない。
「わかった。行きましょう。その表情が知りたくなりました」
その表情は何故か自分を突き動かす物と良く似ていた気がしてつい、一つ返事で依頼を受けてしまう。と言うことは「愛」なのだろう。
「本当か!!」
エルミア嬢の表情が明るくなる。そして、暗転し申し訳なさそうに言葉を吐いた。
「本当に………い、いいのか?」
「この元勇者がいいって言うんだ‼ いいに決まってる!! さぁさぁ言うんだ‼ 依頼内容を‼」
「わかりました、信じましょう。依頼内容は死都の玉座まで私をつれてってください」
言い放った言葉に自分は「え!?」と驚きの声をあげる。死都は魔物によって滅ぼされた都市であり、スケルトンなどが死都を守るために徘徊している。危険な場所。
黒騎士団長は試算をした。マクシミリアン騎士団に恩を売るか騎士団の被害を試算して。そして、断った。彼は感情では動かない。故に割があわないと判断したのだ。
「あーマクシミリアン元騎士団長さま……」
「エルミアでいい。私はトキヤと呼ばせてもらう。そっちのが都合がいい。身分種族をかくしてるのでな」
「えっとエルミア嬢。死都はさぞ危険ですね」
「ああ、だが。行きたい。行きたいんだ。理由がある。終わったらゆっくり話をするから。お願い……連れてって」
エルミアが椅子から降り、丁寧な土下座する。元騎士団長がここまで懇願するのにビックリする。ネフィアが偉そうにその肩を叩き。俺は頭を押さえる。
「顔を上げよ。エルミア、大丈夫。彼なら何とかしてくれる。なっ? なっ?」
「お前はお留守番だ」
「何故だ!! 実戦じゃないか!!」
「危険だからだ」
「ふん、なんと言おうと行くからな。依頼だから」
お金で釣られてる。
「ネフィアと言ったか? やめた方が………」
エルミアが心配そうに言いだす。「その通り!!」と思う。
「ふふ、余は元魔王ぞ。大丈夫大丈夫」
「えっ!?」
「あっあああ!! 違う!! こう、変なこと言うんだ‼ ネフィアは!!」
ネフィアが少し怪訝な顔をしたあと、自分の口に手を当てた。
「…………ふふふ、わかった。隠し事だな。私と一緒の。では元魔王殿にも頼むとしようか」
少し、困った事になったがエルミア嬢詮索せずに詳しい話は自分の領内屋敷へと言い、そのまま家を出ていった。ネフィアが店員の仕事を終わった後で領地へ行く事にする。それよりも俺は怒る。
「すまぬ」
去ったあと、一言。ネフィアは申し訳なさそうに顔をふせて言った。それに怒るのをやめる。
「余計なことを口走った。本当にすまぬ」
「…………まぁ、相手が良かったから。気にするな」
「いや、気にする。ここでは禁句だ。殺されても文句は言えない」
「まぁな。でもそんときは逃がすさ。帝国からな」
旅資金はある。いつだって旅の支度は出来ている。そう、騎士団と殺し合いながら逃げる事になることぐらい予想している。
「まぁ、これで一攫千金。旅が出来るな‼」
「そうだな‼ でも、お前のことを黙っていてくれと言うことで足元見られるがな!!」
「そ、そんなぁ………」
ネフィアが残念そうな可愛い顔をする。非常に元気が出る顔だった。俺はそれだけで死地を覚悟する。
*
私は勇者から多くの事を聞く。マクシミリアン騎士団の治める領地は帝国から北西の方面一帯である。魔国の国境付近に都市があり、重要な拠点となって、東北側魔国から防衛している緩衝地となっている。
しかし、もう一つ役割があり、帝国の騎士団が恐れる死都の監視もこなしている。
死都は昔、栄えた都市だったが魔物によって滅ぼされ生きる動物がいない死んだ都市となった。魔物の様に厄介なものが蔓延っている。アンデットの都市に成り果てていた。
マクシミリアン騎士団の都市へ馬で走り、時間をかけて移動する。馬は2頭の理由は余が相乗りを嫌がった事が原因である。
そうして、ゆっくりとした道のりでマクシミリアン騎士団を訪ねた。案内されたマクシミリアン騎士団の屋敷は城のような堅牢ではなく3階ぐらいの豪邸である。そう隠居用の屋敷である。
中に入ると赤い絨毯が広がり、大きな肖像画がある。きっとマクシミリアン騎士団長なのだろう。普段着であろうドレスを着たエルミア嬢がご挨拶に出てくる。耳は人間である。そして……彼女に出会う。
「長い危険な旅路の御無事を祝うと共に感謝を」
「うむ!! くるしゅうない!!」
自分は胸を張る。勇者に呆れながら肩を叩かれた。
「今のお前は一般の冒険者な」
「はっ!?」
「くすくす。面白いわ、ネフィアちゃん。隠す気あるの?」
「くぅうう。あ、あるんだ一応」
「店でもそんな対応してないのになぁ」
「うるさい‼ 勇者!!」
「勇者言うな。勇者じゃない」
「へぇーあなたがあの部隊に居たのね」
「すぐに脱走したがな」
「正解よ。そう、正解……暗殺なんてくだらない」
エルミア嬢が手招きをしたあと。使用人を呼び荷物を預ける。
「ここで話もあれなので、私の部屋へどうぞ」
エルミア嬢についていきホールの階段を上がる。そしてついていった先の扉を開け部屋に入った。中は調度品等、貴族らしい装飾がなされている家具ばかり。金持ちのお家だ。
「どうぞ、椅子にお座りください。葡萄酒をご用意しますわ」
「大丈夫かネフィア?」
「バカにするな。これでもしっかり飲める口だ」
魔王城ではいつも一人で飲んでいた。葡萄酒だけは、好きに頼めた。他にすることもなく。忘れたい事があったから溺れている日もあった。
「ふふふ。マクシミリアン騎士団のお酒ですよぉ~美味しいですから期待してね」
自分は疑問に思い、質問した。
「騎士団も酒を作るのか?」
「ええ、もちろん騎士団の非番は農家ですから」
「騎士団なのか? それ?」
「マクシミリアン騎士団は徴兵制と募兵制があり、皆が騎士団員であるのですよ」
「そうだ、ネフィア。だから地場では強いから帝国は同盟で諦めてるんだ」
「…………なるほど。屈強なのか」
そういえば、魔国もこちらの領土を攻める話は聞かなかった。まぁ魔国と言ってもまだ、統一は出来てないがな。「黙っておこう」と思う。
トントン
「お持ちしました」
「ええ、入って」
使用人が応答後すぐ部屋に入ってくる。瓶に入った葡萄酒とワイングラスが3つ。机に置かれる。
「なにか他にご用意がありましたらお呼びください」
使用人の言葉に反応してエルミアが言う。
「自分で取りに行きます。台所まで」
「いいえ、使用人の私達に言っていただければご用意します。騎士団長から命令されております」
「…………わかった。ありがとう。下がっていいわ」
「はい」
使用人が下がった後。エルミアが愚痴を溢す。
「別に偉そうにしたい訳じゃないのに。まだ老後は早い」
「何故だ? 余なら頼むぞ?」
エルミアが自分を見た後、寂しそうな顔をする。
「私はマクシミリアンの者ではないのです。それに、どちらかと言えば仕事した方が気が紛れていいんです。一人は思い出す事が多い」
「ふぬ。体を動かすのは良いことだな」
「そうね」
何故だろうか、自分は何故かこの人の感情が読めてない気がする。勇者がワイングラスに葡萄酒を注ぎ、一口含んだ後に喋り出す。
「何か、あるんでしょうけど終わったらお話をお聞かせくださいエルミア嬢」
「ええ、もちろん。そのつもりですよ生きて帰ってきてからね」
*
葡萄酒が尽きるころ、雑談は終わった。ここの地方の特徴と明日から行く「魔都」「死都」の情報。別れた場合の集合場所等も確認した。そして、大浴場を使わせてもらい旅の疲れをとった後、部屋に戻った。
「おい、勇者」
「なんだ?」
先に風呂に入って出てきた筈の勇者が使用人に案内された部屋にいた。
「なんで、お前が居る!!」
「ここが案内された部屋だからだ」
「なにぃ!!」
「ダブルベットだし、眠れるだろう。久しぶりのベットだな」
野宿ではないベットでの就寝。だが、旅ではこいつと二人で寝ることは無かった。
「どうした? もしかして意識するか?」
「はぁ!? ふざけるのも大概にしろ‼ くそ!! 私は外で寝る!!」
部屋を出ようとする。「がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ」と音を立ててドアノブを回すが開かない。
「ん? ん?」
「どうした? ネフィア?」
「あ、開かない!!」
「ほう。鍵でもかけられたか?」
「な、何故だ‼」
「さぁな。でも好都合」
勇者がベットから降りてこちらに来る。
「な、なんだ? 勇者?」
何故か背筋に寒気がする。風呂に入った筈なのに冷や汗が出る。想像するのは淫らな物。
「ここには美少女がいます。ベットも」
「お、おい!! よせ!!」
ズリズリ、寄っては自分は逃げる。真剣な顔の勇者が恐くなる。身に覚えるのは危機感。襲われる。
「どうした? 逃げて?」
「ち、近付くなぁあああ!!!」
ドンッ!!
「なっ!? 角!?」
後退し、隅に追いやられた。逃げ場がない。
「ひ、ひい!!」
女として襲われると余は震える。
「……………くぅははははは」
突如、勇者が笑いだし。部屋にあった剣を拾って扉のドアノブ前に移動した。
「よっと、鍵開けっと。ほら開いた」
「なっなっ!?」
勇者らしくない鍵開けを披露し笑みを浮かべて話し出す。
「俺は外で寝るよ。そうそう、何を想像したんだ? ネフィアちゃん」
「…………」
顔が赤くなっているのが分かる。おちょくられたのだ。こいつに!!
「あああああああああ!! くっそおお!! ちくしょおおおお!!」
「はははは、おやすみ」
勇者が部屋から出ていった。自分はその場にへたりこみ悔しさに涙が出そうになる。そうして、数分後落ち着いた。
「くっそ、あとで一発殴ってやる」
そう決め、部屋を出る。怒りを静めるため。
「使用人を探して勇者が何処に居るかを………」
「なんだ? ネフィア」
「なんでお前がここにいる!?」
部屋を出たすぐの所で壁に背中を預けて勇者が寝ていた。すぐに手が届く場所に剣を置いて。
「癖さ、安心して寝ろ。誰も襲わない」
「…………お前、もしかして護衛してるのか? ここで? 安全だぞ?」
「エルミアはお前が魔王と知っている。少なからずまったく危険ではないとは言えないさ。まぁそんな事は全くないだろうが……趣味でここにいる」
真剣な顔で正面を見続ける彼。今さっきとは纏っている空気が違う。
「明日も野宿かも知れないんだろ?」
今さっきの怒りが嘘のように静まる。
「そうだな。だから早く寝ろよネフィア。誰も通さないからさ」
優しく勇者が声を出す。本当にここにいるのだろう。
「…………気が変わった。隣で寝ろ」
「えっ?」
勇者が今さっきとは違って驚いた顔をした。少し仕返し出来た気がして溜飲が下がる。
「まぁ絶対襲わないこと誓えよ‼」
「けっこう前に誓った気がする」
「…………余が忘れてただけか? まぁよい。ここは寝るには居心地は悪いだろうし、ここではなく中で護ればいい」
それだけ言った後、二人で寝た。何故か安心して背中を預ける事が出来たのは心に閉まっておこう。
*
森を抜け出した。
気紛れで遊びに出た。
禁止されてることに心が踊る。
そして、人に出会った。
美味しいものをくれて食べた。
何かの袋に詰めらた。
次に開けられたときは檻の中だった。
泣いても助けてくれなかった。
殴られた。
覆い被さった。
女を知った。
*
バッ!!!
「はぁはぁはぁ………んぐ………おえぇ………」
自分は寝ている体を起こし、吐き気を押さえる。すでに起きて支度をしていた勇者が驚いた顔をしたあと。水瓶から水をコップに入れ渡してくる。
「す、すまん。はぁはぁ」
「汗がすごい。いきなりうなされてたが悪夢か?」
「あ、悪夢だった…………」
男に犯される恐怖を味わった。
「すまん、離れてくれ。知らない男に襲われた夢だ。お前じゃない奴な。他人の夢……」
「…………わかった。先に部屋を出ている」
勇者が部屋の外へ出る。夢の内容は喋るにはヘドが出る内容だった。
「夢だったが、生々しい。いったい何が…………」
落ち着くまで。あれがいったい何だったのか考えたが答えは出なかった。わかるのは他人の夢だった事ぐらいだ。
§
我々は魔都へ向けて出発する。舗装されていない荒れた道を3人で歩く。馬を置いてきたのは馬が走れるような道じゃない、魔物、アンデットを呼び寄せる可能性があるからだそうだ。
今はまだそこまで酷く荒れていない道だが。この先は木が生い茂った森になると聞く。魔都は瓦礫の山らしいのでやっぱり馬は置いていくことになる。結局、お馬さんは邪魔になるのだ。
「二人とも本当にありがとうございます」
「いえ、依頼ですから。気になさらず」
ドレスみたいなスカートがついた鎧を身に纏ったエルミア嬢が声をかける。きっとこれが彼女の本当の女性用騎士鎧なのだ。年がわからないエルフだが、非常に可愛らしい鎧を着ている。余がわかるのは士気が上がるのかなと思う。男は単調であり、戦場の華になるだろう。
そう、例えば立派な悪魔の女性が装飾過多な白い鎧に白馬で戦場の前線で駆けていればきっと素晴らしく士気が上がるだろうと思う。
「報酬がいいからな。頑張れ、下僕」
「報酬は屋敷に帰ってきたら使用人が用意してますわ」
前方で大剣を振り回し、草を刈りながら前を進む勇者に話しかける。今更だが勇者の武器の事を聞き。それがツヴァイハンダーと言う両手剣らしい。
刃の根元は力一杯振れるように革が巻いてある。そこを掴み力一杯押すのに役立つらしく、そのまま叩き斬る重量級武器だ。片手でナイフのように軽々と振り回すので忘れるが重量がある武器だ。片手で振り回す重量武器。「化け物かこいつ」と背筋が冷えた。草刈りで使うことの無い。本来は人を殺す武器だ。
「草刈りを頑張るから近付くな、危ないぞ。それより昨日、鍵閉めたのはエルミア嬢か?」
「もちろんですわ。最後かもしれませんし」
「はぁ? 何故だ?」
「はっきり言います。死ぬかも知れません」
エルミア嬢が言い放つ。迷いない事にそこまで酷いのかと思われた。
「なんかそこまで言われると恐くなるな」
幽霊出ないと良いのだが。それはわからない。
「今から帰ってもよろしくてよ? ネフィアちゃん」
「ちゃん付けしないでくれ。男だ」
「あら? こんな可愛いのに?」
「今は体が女なんだ」
もう、ばれてしまっているので事の顛末を話す。エルミア嬢は何故か笑顔になり勇者の背後に立った。
「ねぇ、あなたは何故そんなことを?」
「残念、エルミア嬢。あなたもなにも言わないので言いません」
「そうきたのね。じゃぁいいわ。でも彼女が危ないわよ?」
「大丈夫、俺が護りますから」
「そう………ふふ、羨ましい」
エルミア嬢はまた、寂しそうな顔をする。自分はやはり、彼女の顔の意図が読めず。それ以降、皆が無口になった。そして……日が沈む。
「今日はこれ以上は進めないな。野宿しよう」
勇者の一言で、野宿の準備を行う。てきぱきと夜営出来る準備を行った。火を焚くのは寝る前に。時期はまだ春頃だか夜は冷えてしまう。
火を焚くと野党が現れたりするが、ここは野党は少ないと聞き女性二人もいるので焚くらしく。女扱いするなと言ったが聞いて貰えなかった。
食事は携帯用の小麦粉を練り固く焼いた物をいただく。途中で魔物に会えば魔物を刈るのだが遭遇率が少ない。恐ろしいほどに森は静かである。
「なかなか旅になれているのですね。トキヤ殿」
「まぁ、一人で魔王城まで行ったからな」
「魔王城へ? 一人で北を旅したと?」
「まったく。ナイフ一本で余の前に現れたときは正気かと疑ったがな」
最近の出来事だったがあの時を懐かしむ。あのあとのキスをした蛮行は忘れたことにする。いや、忘れたい。
「別に戦争に行くわけじゃないしな」
「ふふふ、トキヤ殿は底知れない力をお持ちですね。あの黒騎士団長が推薦した人としても」
「黒騎士に恩は感じない方がいい。厄介払いだからな……こっちに話をまわしたことは」
「同じこと言われましたわ」
「そうか。団長は感情では動かないから気を付けな。敵にするならだが」
「ええ、生きていれば気を付けます。それよりお二方!!」
エルミア嬢が手を会わせ首を傾げながら笑い、楽しそうな声を響かせる。
「仲は何処まで行ってるのですか?」
少女の好奇心のような質問。余は察して嫌な顔をする。勇者は笑い、余計に不快にしてくる。
「何度も言うが‼ まったくお前が言うような関係ではないぞ‼」
自分は立ち上がって抗議する。「絶対そんなことはあってはならない」と心を込めて言い聞かせる。
「あら? 昨日は仲良く寝ていたのでは?」
「それは!! 廊下で寝るなぞ可哀想だから慈悲をくれてやったんだ」
「あら? でも、勇者トキヤ殿は違うのですか?」
「違わない。思っている通りで俺は……」
勇者が真面目な顔で言葉を紡ぐ。
「ネフィアが好きだ」
一瞬、体がビクッと反応する。あまりの恥ずかしい言葉に顔が熱くなる。
「お、おま!! 気持ち悪い!!」
「…………こう言ってますけど?」
「俺の感情は『好き』ってだけですよ。だけど、感情は感情。俺の目的は絶対彼女を護ると決めたんです。関係ないですよ」
「嫌われても?」
「嫌われたら、護りにくいので嫌われないようにしたいですね」
「じゃぁ、聞くけど彼女は魔王と知ってても護るの? あなた勇者の見習いなら。帝国の規定に反しても?」
「もちろん、そんなものは全て小事だ。勇者じゃないですし」
「その道は、大変よ。皆の敵になってしまうかもしれない。魔王なら尚更、人間には敵」
勇者が胸のロケットペンタンドを握り締めている。御守りなのだろう。あんなに強く握るのだから。
「そんなのは、遥か昔にした覚悟です」
それを聞き、真っ直ぐな真面目な表情にビックリする。自分は背中を向けて顔を隠す。火が吹きそうなほど顔が熱い。
「ふふ、若いっていいね、妬ける。遥か昔を思い出すわぁ…………さぁ寝ましょう。一人、出来上がってるから」
「う、うるさい。勇者が恥ずかしいことをベラベラと……よく恥ずかしくないなお前……」
「ああ、恥ずかしくない。ネフィア。おやすみ」
「くぅっ。黙れ勇者…………」
寝袋を羽織り横になる。
「………おやすみ」
「おう」
勇者のうれしそうな声が響いた。気にせずに目を閉じる。こんなに想われるのは慣れていない。
*
人間と言うものに捕まった。
木の手錠という物は冷たい。
森での木の暖かみも感じれない。
男の体は重い。
下半身も、大きくなる胸もドロドロである。
何度も何度も私は汚される。
いったい、いつまで続くかわからない。わからない。帰りたい。
*
「うぷぅ!?」
寝ている体を起こす。まだ日は上っていないが焚き火の残り火で少し明るい。
「起きたか? また悪夢か?」
木に腰かけて寝ていたのだろう勇者が声をかける。大剣を肩にかけて。
「そ、そのようだな。悪夢だった」
「ほら、水だ」
「う、うむ」
勇者が水筒を差し出す。
「いただこ………いや、いい」
勇者の飲み口に嫌悪感が生まれたので断る。
「間接も嫌か、ほらコップを持て」
空の木製のコップを手渡される。中には何もない。
「中には何もないぞ?」
ちゃぷん
「よく見ろ、入っている」
「う、うむ?」
「おやすみ。早く寝ないと明日に響くぞ」
自分は水を見る。綺麗な水だ。しかし、今さっきまで重さも無かった。無かった筈だ。勇者はもう目を閉じて寝ている。
「……………こいつ」
水を扱う魔法使いだったのかとこの時、考えた。だが、もう勇者は眠っている。
*
旅の道のりは思ったほど歩きにくい所はなく順調に進んだ。森の切れ目に差し掛かり、開けた平地に出た。
平地は酷く臭い、驚きを隠せないほど腐敗している。草木一本も生えず、至るところにドロッとした沼が広がり、水も黒い。そして、もぞもぞ動くものが遠くからでも見えた。空気も重たく感じ、障気が目に見えるくらい漂っている。見た瞬間、自分は言葉を思い出す。
「不浄地………」
昔から、このような酷く。呪われし汚れた地はある。多いのは大合戦場や大きな都市の虐殺など、身の毛のよだつ過去を持つ土地に多く。それが土地に傷を負わせる。
「ネフィア。さすがに知ってるんだなこういうの」
「魔族では不浄地と呼び。一部の耐性がある魔族の住みかだ。北にその土地は多く。耐性のない魔物も避ける故に壁が要らない場所だが……住めるのは一部の者だけだな」
魔国でも滅多に行かない場所である。オーク族とダークエルフ族の領地だ。
「確か、突然変異スライム、妖精族の一部、ダークエルフだけか?」
「詳しいな、勇者。オーク族もだ」
「まぁ、冒険者ならここに入り込み宝物を盗むぐらいはする」
オーク族は確かに金は持ってそうだ。
「もしや、勇者トキヤ殿は得意ですか? こういう不浄な者たちに対して」
「ああ、不浄者や。呪いは大得意だ。だがここは勝手が違うようだな…………そうスケルトンの軍団が相手じゃな。時間がかかる」
目の前に広がる錆びた剣と盾を持ち、朽ちた鎧を一部だけ身につけフラフラと巡回している。勇者が自分を一度見たあとに前を向く。
「お前を護れないかもしれないな。だが、これで護れないなら先はない。ん、エルミア嬢!?」
「エルミア!?」
勇者と自分が叫ぶ。エルミア嬢が一人剣を抜き、走り出したのだ。作戦もなにもない。ただ、真っ直ぐに走り出す。
「王の間への道は分かる!! 結局、戦わないと進めない」
「くっ!! 勇者!! どうする!!」
自分は自然に勇者に頼ってしまった。何も考えず、口に出てしまった。
「依頼主の言う通りにしよう。良かったな実戦だぞ」
「…………まったく嬉しくない」
二人して追いかける。エルミア嬢の背を追い、勇者が前に出て大剣を抜く。
その姿は本当に……勇敢なる者の姿だった。
§
物音などで平地に居たスケルトンが一斉に自分達に向き襲ってくる。勇者が前衛で突き進み両手剣で邪魔なスケルトン達を盾をごと吹き飛ばしバラバラにした。細い十字の剣だが、長さのため重たいのだろう。スケルトンがどんどんバラバラになる。
「よし、まだスケルトンが集まってない。全力で魔都の中を走れ‼」
勇者の叫びと同時に自分達は瓦礫を乗り越えて走る、走る。魔都は瓦礫の山が散見されるが綺麗に町並みが残っており、昔は栄華を極めた都市だったのか素晴らしい建築技術だったのが伺える。エルミアが先頭に躍り出て、指を差した。
「奥にある王の間に扉があるはず。中に逃げ込めばスケルトン達は入ってこない。絶対、彼らはそんな不義を行わない」
エルミア嬢が先頭で走り、自分達はそれを追いかける。余は疑問を口にする。
「意識がないのではないのか?」
「もしかしたら、まだ彼らに意識があれば勝手に王の間に来ない筈。いいえ、感覚で来ない。それは魂に刻まれてる」
「わかった!! 王の間は分かるんだな!!」
「もちろんよ」
迷いなく、彼女は走り抜ける。走る後ろをぞろぞろ骨の兵士が集まり出した。
「ネフィア!! エルミア嬢!! 二人はそのまま、俺がここを押さえる!!」
「勇者!? あんな数を相手に出来るわけなかろう!!」
「トキヤ殿…………頼みます」
「ああ、ネフィアを頼む。後で追いかける」
勇者が止まり剣を構え直して逆走する。そして一団に斬りかかり、勢いよく吹き飛ばしていく。逞しい背中が何故か大きく見え、その場で立ち止まって勇者を見てしまう。
「ネフィアちゃん!! 走る!!」
「あ、ああ」
勇者を置いていくのが少し不安に感じながら先へ進んだ。後方で激しい金属音のぶつかり合いが聞こえる度に後ろが気になってしまう。しかし、激しい音とは裏腹にスケルトンが一切追ってこなくなり、安全になる。
「すごいね、彼。怖じ気づく事なく立ち向かう」
エルミア嬢が感心しながら歩を緩めた。追手がおらず、そのまま脇道に入り込み、案内してもらう。
「こっちの方が近い。さぁ行きましょう」
「うむ……」
迷いない歩みに少しだけ、余は疑問が生じる。なぜこんなに詳しい事に疑問を持つ。
*
「あー多い、しかも何故か俺ばっかり狙ってくる」
スケルトンを剣でバラバラに蹴散らしながら考える。本来は逃げた方にも一部でも追っていく筈なのにまったく目もくれず自分を倒そうとし、目の敵のようのしつこく戦いを挑んでくる。しかし、スケルトンには剣を振る。盾で守る等の簡単な動作しか出来ない故に弱く。人間の方が何倍も強い。しかし、アンデットは倒せども復活する厄介さが嫌われている。
「何故、こんなにも俺ばっかり狙う? それでいいが……」
剣で叩き付け、錆びた剣と錆びた盾を壊しながら考える。「何に反応しているのか? 何を敵と思っている」かを考えながら戦う。
「さぁ、どうするか。じり貧は避けたい」
戦いながらも糸口を探る。臭う、絶対にこいつらを誘うなにかが俺にあると考える。
「魔都は確か………滅んだ理由は魔物と長期の戦闘後。死霊術の副作用だったな」
心臓の辺りから熱いものが感じられる。力をつける方法の一つで試した人を辞める方法を思い出す。
「なるほどわかった。『魂』がお前らを誘う香りか」
スケルトンに近付き。一団の脇を走り抜けた。スケルトンの体に手を当てすり抜ける。すると触れたスケルトンを他のスケルトンが襲い出し、己の考えが間違いでない事を理解した。同じ事を繰り返すとスケルトン同士が相手を倒そうと同士討ちを始める。
「屍は何を見て襲うか分からなかったが。魂を見ているんだな。勉強になった…………では、あげよう少し。魔物から剥いだ魂を。俺はもう要らないからな」
俺はスケルトン1体1体に同じ作業を行うことにした。永遠に同士討ちをすればいい。自分には関係ないことだと割り切って行う。
スケルトンは魔物の魂を見つけて襲うようになっており、魂食いをした俺に反応し。そしてそれは森の中まで範囲が広がっていたのだろう。どうりで森に魔物の気配がなかった。
「一生戦ってろ、過去の亡霊ども」
俺は自分の魂を隠し、魔法でネフィアが何処へ行ったかを調べ追いかけた。
*
余は二人で歩き抜けた先で大きな扉が砕け、大きな白骨した魔物の亡骸と剣などの武器などが散らかっているのが見えた。
その瓦礫を乗り越え扉の中に入ると、今度は大きな柱が両脇でお出迎えし、中央の玉座に座る黒い物が見えた。黒い物をよく見ると黒い錆びた騎士が頭を垂れている物だとわかった。大きな錆びた剣のような鉄塊を掴みながら一切動きがない。
「マクシミリアン王…………」
そんな亡骸にエルミアが羨望な眼差しで見つめ名前を呼ぶ。
「マクシミリアン王!?」
「ええ、彼が私の探していた獲物です」
「肯定」と言うことはここは本当に玉座の間。王の謁見の場である。自分も同じところにい居たがここは重々しい空気が一段と漂っている気がした。
「生きているのか!?」
「いいえ、死んでいますが囚われてる。ここに最後の王として………魔物と盗賊から戦い続けてます。永遠に」
ザシュン!!
金属音が響く。玉座に座る騎士が立ち上がり、錆びた大剣を地面に突き刺す。昔は綺麗だっただろう大理石の表面は艶もないただの石となり、剣に砕かれている。
金属のこすれる音が玉座の間に響き、一歩一歩と彼は歩きだした。
「構えよ。魔王!!」
エルミアの声に賛同し剣を抜き、片手で構える。剣の持たない方で即席魔法を打ち出すために呪文を唱えた。
一定の距離で彼は歩みを止め顔を上げる。兜の中を覗き込むが目は見えず、兜の中は黒いモヤしか見えなかった。
ぎちっ………
鎧がきしむ音が響いた瞬間、王が走り出して一気に距離を詰められる。そのまま剣を大きく振りかぶった。余の目の前で。
「!?」
自分の目の前。速くて全く何も出来なかった。
「なっ!?」
体が、ブルッと震える。目の前でわかる殺意が背丈を倍以上に大きく見せる。プレッシャーで体が縮こまってしまう。
「死ぬ」と一瞬で沸き上がり。心が恐怖に震えた。初めて感じた絶対に殺される感覚。暗殺されるかもしれない過去の恐怖を思い出させた。
「何を!! ボサッとしているの!!」
「ファイアーボール!!」
激励で我に帰り、顔に向け覚えたての魔法を打ち出す。彼は顔を曲げかわしたあとに剣が降り下ろされた慌てて片手の剣で防せごうとする。動きについて行けた。
「んぐぅ!?」
ガッキン!!
大きな金属音。方手が痺れ、額に防いだ剣がぶつかる。頭に強烈な衝撃と痛みに声がでた。意識が飛びそうなのを我慢。剣がひじょうに重たい。「両手で防がないと…………こいつ!! 片手で剣を持ってる!?」と思い唇を噛んだ。力負けしてると。
そのまま「ふっ」と剣が軽くなる。しかし、次の瞬間右頬に拳の感触が触れた。視界が明後日の方向を向き、痛みと目の前が真っ暗になる。痛みはすぐにやってこない。
「ネフィア!!」
エルミアの声が耳元で聞こえた気がした。そのまま余は地面に転がり気絶した。
*
冷たい首輪と木の手錠。
ここは、何処かは考えない。
私は人形なのだから。
「おい!!」
「はい………なんでしょう………今日は何人ですか………」
「はは、一人だ」
「はい………ご主人様」
そう言ってご主人様は手錠と首輪を外し、服を破り。胸を揉み。いつもの事をする。
数分後、白くベタつく何かが体を汚した。
「さぁ水で体を綺麗にしろ。そしてこれを着ろ!!」
ご主人様に用意していただいた水で体を拭き、何か白い服を渡される。着方がわからないのでご主人様に着せて貰う。
「よし、では行くぞ‼」
布を被され、歩きだす。
「……………」
どこへ行くのか。興味はなかった。
いっぱい人の声がする。布の隙間から赤い絨毯が見える。「いっぱい人がいる。全員相手をしろと言われるのだろうか?」と考える。
ついていった先で、ご主人様が喋りだす。
「マクシミリアン様!! お時間を取らせてしまい申し訳ありません‼」
「ふん………気にするな」
男の重々しい声が響き渡る。
「では、マクシミリアン様!! 見ていただきましょう‼」
勢いよく、私の被せてある布が取られた。いっぱい人が集まり、皆が私を見る。
「なんと!! 魔国の住人。亜人のエルフの女の子です!! 拾った時は小さい子でしたが‼ 今では、胸も尻も足もしっかりした肉付きの人形です‼ どうでしょうか?」
自分は顔を下げたまま、ご主人様の言葉を聞く。何をすればいいのだろうか?
「顔をあげさせろ」
「おい、顔を上げろ。王様が見たいそうだ」
「はい………」
顔を上げ、目が合う。逞しい体にホリの深い顔が私に向いている。
「…………幾らだ」
「ははは、私どもに商売の出来る権限を頂ければ。無料でございます」
「よかろう。すぐ手配しよう。寝室へ連れてけ」
「はは………わかりました。ほら、行ってこい」
背中を押され、一歩前へ出る。一人の兵士に案内され豪華な部屋に閉じ込められる。ただボーっと部屋を見渡したあと。座り込んだ。
日が沈んでいく。
何もない。
ガチャ‼
「おわっ………な、何をしている。扉の前で」
今さっきのホリの深い人だ。
新しいご主人様だろう。
「………ご主人様。何をすればいいでしょうか?」
「なるほど。もうすでに調教済みか」
体をジロジロと眺めていく。
「体を洗ってこい兵士に聞いて………綺麗にな」
頭を撫でられる。優しい撫で方。
「あっ………う」
「では、行ってこい………ん?」
自分は手を掴む。撫でられた手を。
「……………わかった。もう少し撫でてやろう」
優しそうな声で、ご主人様は私に接する。
「そう言えばお前の名前を聞いていなかったな。名前は?」
「エルミアです。ご主人様」
*
「ごほ!? ゲホ」
金属の激しく打ち合う音が耳に届く。冷たい床に砂を少し噛んだのを吐き出す。気絶して夢を見ていたが、余は起き上がれた。
「エルミア?」
名前を聞いた、夢の中で。そんなことよりも体を起こしたのだ。顔もお腹も痛みを発するが寝ている暇じゃない。目の前で銀色の騎士と黒い錆びた騎士が剣を打ち合っている。それを余は……悲しい事だと理解する。
「マクシミリアン王!! 私をご存知ですか!! 覚えていますか‼ エルミアです!!」
エルミアが彼に何度も何度も繰り返し声をかける。至るところ鎧が壊れ、傷がつき、ボロボロとなっていた。自分が倒れている間に、相当の数を打ち合ったのだろう事が伺え、自分は焦りを感じる。互角じゃない。剣を弾かれ防戦一方だった。
「お願いです!! お声を聞かせてください‼」
ギャアアアアアアアン
「あっ!」
黒い錆びた騎士が大きく剣を振り上げエルミアの剣をはね除ける。胴ががら空きであり、そこに剣が突き入れられることを理解し、からだが勝手に動く。
「………あなたに殺されるなら」
「諦めるなぁああああ!!」
ヒョン!!
自分は転がっている錆びた剣を拾い投げつけた。エルミアの目の前に錆びた剣が回転しながら過ぎ去った。そして、何度も錆びた騎士に向け、近くにある錆びた剣を投げつけ続ける。それを彼はしっかりと弾く。
「ネフィアちゃん!! 起きたの‼」
「すまない!! 気絶してた」
剣を拾い、投げつけ続ける。とにかく気を反らせるしかできない。自分は弱い。彼に勝てない。一瞬で転がらされた。悔しいがわかる。エルミアは床にへたり込んでいる。疲れが顔を歪ませている。そう、生きてる者との差。体力が違う。
「くっ!! 魔法を………」
唱える時間が欲しい。いや、今唱える。
ギュルン
「ネフィアちゃん!! 避けて‼」
錆びた黒い騎士が錆びた剣を撃ち落とさず、空中で掴んだ。そして体を一回転し投げ返してくる。
投げ返された凶刃が目の前に迫った。魔法を使おうとする一瞬の差で自分は逃げ遅れる。これは、額に刺さる。心が恐怖で埋め尽くされた。嫌だ、死にたくない。 私はまたその場を動けなくなるのだった。
§
ガンッ!!
凶刃の恐怖で私は目を閉じていた。しかし、いつになっても死の痛みは訪れない。
「ん……」
恐る恐る目を開ける。ほんの少し風を感じた先に大きな、凄く大きな背中が見えた。剣を片手で振り上げた姿で、そのまま剣を下ろして王を退ける。そして彼は振り向いた。申し訳無さそうな表情だが余は安心する。
「ごめん。遅くなった」
「ゆ、うしゃ?」
小さく細い声を漏らし、それに勇者は頷いて背中を向けた。
「ああ、大丈夫だ。安心しろネフィア。それよりもエルミア嬢!!」
エルミアが声に反応しこちらに顔を向ける。
「助太刀はいるか?」
「いいえ………………大丈夫ですから。目が覚めました」
「エルミア!!!!」
自分は彼女に向かって叫ぶ。安心した結果、余は言わないといけないと思い声を張り上げる。
「お前が彼と何があったかは知らない!! でも、諦めろ‼ もう………意識はない。優しい王はもういないんだ!!」
勇者の背後で声を出す。我ながら情けない姿をさらしていたが、今ここで叫ばずにはいられなかった。なんとなくわかる。彼女と彼の関係は愛人だ。ならば………終わらせてあげなければならない。
「…………そうね。吹っ切れたわ」
エルミアが立ち上がる。剣を強く握って。
「マクシミリアン王。お覚悟を」
両手で剣を構え直し、勢いよく彼に斬りかかった。今度はエルミアが攻勢に出る。激しい打ち合う音が部屋に響いた。激しく右へ、激しく左へ、前へ、前へ。力強く攻撃を続ける。あまりの速さに「強いな」と勇者は感想を述べた。
「あなたの剣は重い。王だからこそ背負っている!!」
黒い騎士が少しずつ後ろへ下がる。
「でもね!!」
防戦一方の黒い騎士の剣が左右に弾かれ出す。エルミアの剣の振る力がさらに強まる。
「私のあなたへの想いのが今は強い!!」
ガッキン!!!
黒い騎士が大きく後ろへ大きく下がった。エルミアはそれに追いすがり剣を振り続ける。
「ずっと………ずっと…………忘れずに何年も!!」
黒い騎士が弾かれた剣を力強く握り、振り降ろした。エルミアはそれに合わせ剣を振り上げる。力強く、足に力を入れ、切り上げる。騎士の剣が輝きの一閃を錆びた剣に当てた。
ギャギィイイイイイイイイン!!
剣と剣が重なり、大きな音を立てて錆びた剣が砕け折れる。
「はぁあああああああ!!」
そのままエルミアが剣を弾き、もう一度、一閃をおみまいする。騎士の鎧は深々と切り払われた。そのまま黒騎士が膝から崩れる。
ガシャン!!
上半身と下半身に鎧が離れ中身がみえた。中は空洞だった。既に肉体は無く、その亡骸にエルミアがゆっくりと近付いた。
「マクシミリアンは滅びませんでした。安心してお眠りください………王」
兜に剣を突き入れ、深く深く、ゆっくりと刺し込む。そして、そのままエルミアが動かなくなった。少し体が震えている。
「ネフィア。決着はついたから外へ出るぞ」
「う、うむ」
勇者の後に余はついて行く。後ろを向くと、一人の少女が地面に手をついていた。嗚咽と大きな大きな涙と共に。
「………ネフィア。一人にするべきだ。何があったかは後で聞けるんだ」
「わかった………」
「彼女の最後の強さは何だったのだろうか?」と心に疑問を残し、ゆっくりとそれが感覚で答えを得る。その強さに余は目を奪われていた。いつか、あのような強い人に成りたいと私は願うのだった。
*
数分後。目が真っ赤なエルミアが玉座の間から出て来る。勇者はスケルトンを無効化したらしく帰りはそこまで危険を感じず。来た道を帰るだけで魔都を安全に脱出することが出来た。
途中、同士討ちを行うスケルトンの一団の横を抜け。無言のまま魔都から離れた。そのまま少ししてエルミアが口を開く。
「何故、彼が優しい事を知ってたの? ネフィアちゃん」
「余は夢で見たんだ」
夢の出来事を説明する。きっとあれはエルミアの記憶。きっと自分の血、夢魔が悪さをしている。勇者が顎に手をやり悩むそぶりをして話に加わる。
「夢はたしか記憶が元だったな」
「そうだ。余はそれを見たのだろうな」
「ネフィア。お前は………いや、なんでもない」
「勇者。はっきり言え」
エルミアがはっとした顔をする。「やはりバレたか」と私は言葉を漏らす。
「いいのか? お前の種族の話だから」
勇者、エルミアは心当たりがあるのだろう。なら、隠しても意味はない。
「ああ、そうだ夢魔だ。母がな、忌々しい夢魔。婬魔なぞの血が入っている。おぞましい」
勇者が鼻を掻く。
「そっか。俺は気にしないけどな」
「私も気にしません。納得しました」
「………余は気にする」
少し惨めになる。自分を高値で売った母親。売春婦だった母親。物語本で読む母親とは違う。
「大丈夫です。奴隷だった私より綺麗でしょ?」
「えっ?」
勇者が驚いた声をあげた。自分は、知っていたけれど勇者は知らないことを思い出す。帰ったら全部教えて貰おう。勇者と共に、そうすれば勇者も納得するだろう。
*
旅の途中、数人の騎士のお迎えに合流し屋敷に戻った。騎士たちは焦った声でエルミアに何度も無事かどうかを聞いている。
騎士団にとって重要な人物なのがそれだけで伺える。独断で魔都に向かった事を知って追いかけて来たようだ。
そして騎士団が慌てて追いかけるために使った馬を借り、そのまま駆けて深夜での帰宅。帰ったすぐに風呂場で汚れを落とし疲れからかすぐに眠りについた。
疲れていたせいで、昼まで寝た後。起きたすぐにエルミアに寝室にお呼ばれする。
「ありがとう。報酬は明日1日使って用意させるわ」
「やった!! これで旅が出来る‼」
「…………もう一つの報酬は今からか」
「ええ、黙っててごめんなさい。魔都へ行きたかった理由ですね」
エルミアが深呼吸をして昔話をする。
「私は元々ハイエルフの森の住人でした」
知っている。ハイエルフはそこにしかいない。
「ですが、私は禁を犯した。外に遊びに行ったのです。遠くへ、遠くへと。そして、人間の商人に出会った。まだ人間が今より多く、魔物が少ない時代です」
昔は魔物が弱かった。誰だって剣を持ち歩き回っていた時代らしい。だから戦争ばかりだった。
「その商人はすぐに私を捕らえ、色々調教を施しました。泣き叫べば殴られ。下半身はいつもいつも白い物で溢れてました。そんな日々に心を閉ざしていた私は売られていきます」
勇者が複雑そうな顔をする。綺麗な話じゃない。だから、恐る恐る言葉を勇者が発する。
「………もしや、買ったのは」
「マクシミリアン王です。マクシミリアンの治める国は絶頂期であり帝国と同じく強大でした」
「しかし滅んだ。魔物によって」
「はい…………新種の強くなった魔物の群れが集まり。長い長い戦いの末に滅びました。最後の方は死霊術で死体も動かし、毒沼を作って魔物を突き落としたりと酷いものでした。最初は人間らしい戦いでしたが次第に死人だけの戦いになり。そして、魔物が逃げ去った後はただの生きた者のいない魔都になってしまった」
エルミアが葡萄酒を口に含み。窓の外を見る。
「色んな人が死にました」
彼女の横顔は疲れきった顔だった。自分達が思う以上に辛く険しかったのだろう。勇者が続きを促す。
「最後まで魔都に?」
「いいえ、途中私達は国を捨てました。魔物の包囲を突破し………帝国へ落ち延びました。ある者は魔物に、ある者は野盗に殺されていき、バラバラに散り。女子供は皆、体力を奪われ死んでいきました」
自分達は淡々と話す彼女の悲惨な過去を黙って聞いている。想像を越えての悲惨な過去。
「ふふ、ごめんなさい。懐かしんでただけよ。悲しいけどね」
クスクスとエルミアは笑う。重たい笑み。
「貴族は弱かったわ。恐怖で壊れて。マクシミリアン王にすがるだけ。滑稽だった。マクシミリアン王はね、本当は自分も逃げたかったのにね。マクシミリアン王を皆は知らなかった…………」
エルミアが過去を話し出す。懐かしみながら幸せだった日を。
*
「エルミア………聞いてくれ」
「はい。なんでしょうか?」
「死ぬのが怖い。皆が俺に期待だけをする。怖い」
「私と一緒ですね王。思い出させてくれました。死ぬのが怖い事を」
「死んだ目をしてたからな」
「はい。でも王が目覚めさせてくれました」
「…………綺麗だったから。笑った方がいい」
「じゃぁ王も笑ってください。今日もベットの上で」
「ああ、お誘いか?」
「はい…………王は優しいです。私に出来ることはこれぐらいです」
「…………抱き締めてくれ」
「はい。王」
*
「エルミア…………最近魔物による被害が多い」
「そうなんですか? 私も戦います‼ 王に教えて貰った剣で‼」
「いいや、お前は戦わなくていい。一言、誉めてくれ」
「王はお強い。頑張ってください」
「ありがとう。勇気が出た………騎士の仕事は女子供を護ることだからな」
*
「エルミア………すまない。逃げるんだ」
「嫌です‼ 王様を捨ててなんて‼ まだ恩返しもなにもしてない!!」
「エルミア。生きろ………絶対生きるんだ」
「嫌です‼ 一緒に最後まで!!」
「…………いいや。ダメだ。お前にはやり残したことがある。血を絶やさぬことだ」
「血を? しかし、王の子を護れと言うことですか? 一人でも生き残れば………」
「いいや、違う。お前は自分だけで全力で生き抜けよ………そして、ありがとう。勇気をくれて。マクシミリアンは不屈だ」
「王………」
「名前は、アッシュがいいな」
「王? なんのお話ですか?」
「何でもない………絶対に死ぬな約束してくれ。俺のために」
「…………はい。約束します」
*
エルミアが過去のマクシミリアン王の間にあった出来事を話し終える。少し目は潤んでいた。
「沢山、彼と思い出があった。今でも思い出すぐらいに私は愛してたと想う。一度も好きとも愛してるとも言ってなかったけどね」
「うぅううううううう」
自分は号泣している。勇者が布を貸してくれてそれで涙を拭う。内容は悲愛だった。
「そして、彼は私に託した。宝物を」
エルミアがお腹を擦り、懐かしむ。そして微笑えんだ。
「逃げた帝国で彼との子を奇跡的に産んだ。正室、側室の子は全滅して彼の子は私が産んだ子だけになった。売春婦に身を落としても育て上げたわ。そして、いつしかマクシミリアンの生き残りを纏めあげ。魔都の近くに国を興した。息子は軌道に乗った時。帝国の侵略戦争で亡くなったけどね」
しかし、笑みは消えエルミアが目をつむる。
「皮肉ね。結局生き残ったのは奴隷の私。エルフは子供が産まれにくいのに彼だけが私を孕ませた。結果、繋ぎ止めた………あの魔物の襲撃が無ければ私の子は殺されていたのでしょうね。正室側室に。以上が昔話よ。なんで魔都へ行きたかった理由は簡単でしょ? 皆が止める理由も」
自分は鼻をかむ。夢で見ている故に涙が止まらない。
「わかる。王に会いたかったんだ」
「ええそうね。『死んでもいいかな』て思ってた。でも、それよりも王を休ませなくちゃとも。魔都に彼がアンデットで動いていると聞いたときは悩んだわ」
「エルミア嬢………少し、二人っきりでいいか? ネフィアは廊下で待っていてくれ」
「勇者? なんだ?」
「少しだけ、話をしたい」
「トキヤ殿。私も聞きたいわ」
「むぅ。余を邪険に扱うか!! ズビビ」
「ネフィアちゃん。ごめんね………後でネフィアちゃんにも二人っきりで話をしに行くから」
「………わかった。余は自分の部屋へ戻る」
自分はしぶしぶ部屋を後にした。
§
二人で話すと言われ、厄介払いされた自分は渋々と借りている部屋に戻る。部屋に入り、ベッドの上で三角座りして少しいじける。何故かソワソワと落ち着かないのを我慢しながら「むむむ」と唸った。
「二人でいったい何を………」
気になる。すごく気になる。胸の奥がモヤモヤするのだ。
「何故……気になるのだろうか?」
今の心境に戸惑う。焦っている。なにかに焦っている。
「はぁ………」
パフッ
自分はベッドに横になり、枕で顔を半分隠す。指で文字を書くように布団を指で弄った。
「早く帰ってこないかなぁ………」
……………はぁ?
「ちがーう!! 別に寂しくない!! 寂しくないんだ!! なんでもない!! なんでもない!!」
キモい、気持ち悪い。今さっきの一言もそう思う。
「くっそ………絶対男に戻ってやる」
「絶対に男に戻ってやるんだ」と言う意思を固め、恥ずかしさをまぎらわせる。今の女々しい発言を戒めるために頬をつねった。早くしないと戻れなくなる危機感も感じながら慌てしまう。
「くそ………なんでこんなに不安になるんだよ」
とうとう余は枕を壁に投げつけて布団にくるまった。早く寝て忘れようと考える。変なことを考えてしまう前に余は目を閉じた。
*
ネフィアは部屋を出た後に、彼女が盗み聞きしていないことを確認したエルミア嬢が話しを切り出す。
「二人っきりになれましたね。トキヤ殿」
「じゃぁ交渉しよう。先にいいですか?」
「どうぞ」
エルミア嬢が手を差し伸べ、話を促す。話しやすい人だ。
「依頼の報酬の話で相談がある。単刀直入で言うと金などいらない。助けた事の恩を残したい」
「理由を知りたい。続けて」
「理由は自分に何かがあればネフィアを頼みたい。もしくは彼女の力になって欲しい」
真っ直ぐエルミア嬢を見つめる。エルミア嬢が少しだけキツく声を発した。
「その行動は愛から?」
俺はその返答には絶対な答えが決まっていた。
「俺は俺の信念のため。決めた姫様を護るのが務めだ。何があっても。姫を護る騎士だ」
エルミア嬢の表情がスッと柔らかくなる。逆に笑みを浮かべる。
「ふふ、似てるね。死んだ彼にすごく。わかった……恩を貰います。返せる日が来ない事を願うわ」
自分は頭を下げた。そして、すぐに頭を上げる。エルミア嬢が話を始めたからだ。
「しかし、条件がある」
「なんでしょうか?」
「絶対、あなたは彼女のために命を投げ出すでしょう。それを咎めます。絶対に死んではダメ。死んだ物の想いを絶対、持っていくでしょう。それが呪いにならないとは言いきれません」
「…………無理ですよ、きっと」
現に敵は多い。魔王としても、魔王を狙う奴にも魅力的な餌である。
「わかる。大変なのも。でも無駄に命を投げ出さないで。残された方は寂しいわ」
「善処します。俺だって見たい笑顔を見なずに死にたくない」
「よろしい」
エルミア嬢が笑う。彼女の言葉は重たいと思った。長く苦しんだ言葉だった。そしてまたエルミアお嬢は真面目な顔で俺に質問する。
「では、次に私から。何故そこまでわがままの姫を庇う? 異常なほどに。出会ったのはここ最近だった筈」
出会ったのはここ最近。間違いない。ネフィアも同じことを疑問に思っている。
「今の彼女に魅力を感じない、にも関わらずです。トキヤ殿ならもっといい人と出会える筈。彼女を選ぶ理由がわからない」
俺はその過小評価に首を振る。
「出会えませんよ」
「ん?」
「彼女ほどいい女性はいない。彼女よりも、もっといい。そう、彼女よりいい彼女です」
「彼女より……いい女性でありながら彼女?」
エメリア嬢が困惑する。首を傾げながら目を細める。変な言葉に聞こえるが、彼女であり彼女ではない人が素晴らしいと言う話だ。
「彼女の笑顔を知りたい。意味を知りたいんです。絶対に暖かい笑顔を『俺』だけに向けているんです」
「トキヤ殿は何を言ってるの?」
自分は手を握り締める。思い出すのだ、目を閉じれば思い出す瞼の裏での彼女の笑みを。俺は彼女の姿で温かく微笑む姿を知っている。それは「未来」の事である。
「彼女に関わるのは彼女の笑顔の理由を知りたい。何を笑って、何を感じ、何を囁いたのか。占い師に占って貰ったんです昔に。それからでした。心を奪われて、ずっとずっと……求めてる」
隠す必要はない、彼女の口は固い筈だ。
「………では、彼女の占いで出た笑顔のためにだけで戦ってるのか? 未来の花嫁でも見たのか?」
頷き、肯定する。全くのその通りだ。
「そんな占い一つでそこまでするのか? 気が狂ってる。そんな事で………黒騎士を………敵に」
「ええ、気が狂ってるのは誉め言葉です。あと花嫁では無いです。出会う、女性の一人として占って貰いました。そう、花嫁候補の一人です」
エメリア嬢がため息を吐く。
「もっと野心があると思ったのに。魔王の臣下として恩を売る。他に愛する人のためかと思っていたわ」
「いや、好きなのは好きですよ。でも、野心もなにもかも捨てました」
「………そこまで?」
「そこまでの価値があるんです。占いで助けるなんて馬鹿馬鹿しいですよね。でも、俺は……呪われた」
ネフィアには黙っていたい。こんなバカらしいこと。信じて貰えるなんて思ってもない。それ以上に自分は踏み石でいい、踏み石で。そう、彼女に出逢えるだけで奇跡だからだ。
「そうね、わかった。決めたわ。彼女を貸して頂戴!!」
「内容によります」
「後悔はさせませんから……必ず。いい娘にします」
自分は何をするかを聞き出し。その内容に満足して頷くのだった。第二の人生の一歩になればと考えて。
*
トントン
ガチャ
「んっ……んんん。勇者?」
「いいえ………エルミアです。勇者は風を感じに外へ散歩しに行きました」
エルミアがベッドに腰掛ける。「何があったのだろうか?」と首を傾げる。
「二人で話しました。次はあなたと話そうと思います」
「余と?」
「ええ、あなたは何をしたいですか?」
質問の意味を考える。
「男に戻りたい。魔王に戻りたい」
今はそういう言葉しか出ない。
「なんで?」
「そう言われても。元男だからだ。魔王も同じ」
「そう、彼はどうするの?」
「魔王になれば臣下の一人ぐらい自由に出来るだろう」
エルミアが微笑む。嬉しそうに。
「なんだ!! ネフィアちゃんは彼を臣下にするんだ~嫌ってるわけじゃないんだね」
「はっ!? い、いや!! 決着はつけるぞ‼ 決着は!!」
「素直になりなよ」
「素直だ!!」
決着はつける。殺さない殺されない程度に。
「まぁ、でも。本当にそんな態度でいいの?」
「?」
自分は首を傾げた。意味がわからない。
「いいわ。おばあちゃんのお節介よ。あなたはただの偉そうな弱い冒険者の女よ。なんも価値もないわ」
自分の表情が強張るのがわかる。背筋が冷える。怒られている。自分が、この元魔王が。
「不満そうな顔ね。でも、それが現実で彼はそんなものに命を賭けている。可哀想………もし、愛想が切れたらあなたは死ぬ」
「……………わかってる」
小さく返答をする。気付いてない訳じゃない。もし私一人になった場合。永遠に魔国に帰れる気がしないのだ。刺客だって居るだろう。もしくは魔国全土が敵。魔王になりたいやつは多く。最悪はそれを全部、倒さなくちゃいけない。
「わかってるが………どうしろというんだよ」
「女に成りきるの彼の前だけ。悪女でもいい」
「なっ!? 出来るわけないだろ‼」
「出来る。出来ないじゃない。やるの、あなたは魔王ではないネフィアという女の子を演じる。彼に褒美をあげればいい。対価よ」
自分は無言になる。対価。そう対価だ。確かに貰ってばっかりだ。護って貰ってばかり。
「…………ん、確かに。対価はいるか?」
確かに考えてみると。ずっと頼ってばっかりでそれは果たして良いことなのだろうかと思う。臣下に給料を払うのも魔王の務めだ。
「あなたには彼ほど魔王の座に戻るのに覚悟が足りない。手に入れたいなら何かを犠牲にしなくちゃいけない場合もある。死ぬより安いでしょう?」
「………ああ、そうだな」
演じるだけで奴を操れるなら、安い。側近に復讐するのにも覚悟が足りなかったかもしれない。女になってるなんて死ぬより安いような気がする。生きている方が何倍も大切だ。
「ネフィアちゃん。私は草でも食ってでも生き長らえた。その覚悟ぐらい持ちなよ、元魔王さん」
「……………ありがとう、お説教。でもどうやって演じればいい?」
「大丈夫。彼から買ったから」
「は?」
「さぁ!! 使用人ネフィアちゃん!! 部屋を案内するわ」
「えっ!? ちょ!?」
「厳しくするわ。我が子のように」
「くそやろおおおおおお!! はめたなぁああああああ」
自分は叫ぶ。気付いた。あいつは自分を売りやがったのだ。
「ただいま。荒れてるけどどうした?」
扉を開けて勇者が帰ってくる。丁度いい、怒りが込み上げていた所だ。
「お、お前えええええ!!」
ベッドから起き上がり、拳に力を入れ全力で顔面に突き刺す。力一杯殴り抜けた。勇者は廊下の壁まで吹っ飛び、ぶつかる。
「はぁはぁはぁ………余を売るとはなんたる不敬!!」
勇者がふらふら立ち上がる。
「すまねぇ、騎士団総出でお前を魔王として討ち取る交渉で負けたんだ」
「ふざけるな!! 使用人なぞやれるかああああ!! まだ店員なら許せるが!! 使用人なぞ!!」
「ネフィア。使用人が客人に手を出すとは………」
「えっ、エルミア? そ、それなに?」
「よくしなる木で作ったハエ叩きよ。昔から悪い子には使ってたの」
エルミアがそれを両手で振り抜く。
ばっちいいいいいいいん!!
「ひゃあああああい!!!!」
エルミアにお尻をフルスイングで叩かれた。
「さぁ、あなたは使用人。ビシバシいくわ」
「エルミア!! やめろ!! 我は元魔王!!」
「ふーん。まだ足りない?」
バシ!!
「あっ!! う!! ごめんなさい‼ ごめんなさい‼」
「わかればいいわ」
「何故……余がこんなことに………」
「そうそう、使用人の期間は彼が売った金額の倍まで稼いだら。それまでの辛抱よ……簡単でしょ?」
自分は少し泣きそうになる。滅茶苦茶痛い。
「なんで、なんで、なんで」
「あなたが自分で元魔王言うからよ」
「そうでした………ああ、昔の自分を殴りたい」
「さぁ使用人の部屋に案内するわ」
「ひゃい………くそ勇者め」
「ごめんな………ネフィア」
とぼとぼ歩いて私は部屋を出た。契約に従わないといけないために。
§
マクシミリアン騎士団創設者エルミア・マクシミリアンの使用人になった。経緯は脅しである。力あるものによって脅され、奴隷の身分へと落ちてしまったのだ。そして、早朝5時。その元凶に叩き起こされる。
「さぁ!! 起きなさいネフィア!!」
「な、な!?」
小さな使用人の部屋で布団を剥がされた余は少し身震いする。春なので寒くはないだけが救い。しかし、ハエ叩きを持ったエルミアが立っているので全く救いはない。
「使用人の朝は早い‼」
「お、おう……ねむ」
「シャキッとする!!」
バッチーン!!
「あうあ!?」
痛みのせいで一瞬で目が覚めた。ヒリヒリと尻が傷む。
「さぁ!! 着替える!!」
「ううぅ……」
「もう一発?」
「着替える!! 着替えるから!! それやめるのだ!!」
涙目で尻をさわる。
「敬語を使いなさい‼」
「は、はい!!」
「何故、魔王である自分が」と文句を言いながら使用人の服に着替える。少し胸がきつい。
「………けっこう大きいのね。ついてきなさい」
「…………」
「返事は!!」
「は、はい!!」
『助けて、あっ助けない』と自問自答をして余計に気分が落ち込む。
「よし、行くぞ!!」
「はい!!」
何故、こんなことをしているのかをもう一度自問自答したい。何が悪かったのだろうかと悩む。王室で監禁生活してたのに、酷い仕打ちだ。
「そうそう。トキヤ殿は昼前に帝国首都へ向けて出発するからな」
「余を置いて行くのか!?」
「出稼ぎよ。さぁ何時までに集められるかなぁ?」
エルミアがニコニコ笑って楽しそうにする。このクソババァが楽しそうで苛々するが、自分はその気持ちを押さえ、黙って渋々エルミアについていった。そして到着した場所は広い厨房だった。
中には数人の女性のがいる。広い屋敷の使用人達だろう。朝食を作っている最中だった。
「ここの使用人は家事全般を行うことにしてるの。メイド長は彼女よ。紹介するわ。ネネ・マクシミリアン。孫の嫁さんよ」
「大母上様。おはようございます」
「おはようございます」
「お、おはようございます」
「シャキッとせんかぁあああああああ!!」
バッチーン!!
「はい!! おはようございます!! 痛い!! お尻!! すごく痛い!!」
「ふふ、昔を思い出しますね。夫も私も沢山叩かれましたね。でもけっこう遠慮ないですけど………誰でしょうか?」
「痛い………」
「ああ、ネフィアっと言う冒険者で全くっていいほど役に立たないから教育してやろうと思ったのだ。あまりに勇者トキヤ殿が可哀想なのでな」
何か含んだ言い方だったが自分にはそれを察する事が出来なかった。可哀想なのは自分であるとも思う。
「そうですか。それでは一緒に頑張りましょう」
「うむ」
バッチーン!!
「『うむ』でふんぞり返るな!! よろしくお願いしますで頭を下げる」
「よろしくお願いします‼」ペコリ
「ははは………じゃぁお昼の仕込みをお願いしようかな? ジャガイモを剥くのよ。けっこう問題児なのかな?」
包丁と芋を沢山用意する。
「こうやって皮を剥くの」
メイド長が綺麗に一個皮を剥いた。
「さぁ、頑張ってね」
「はい…………」
初めて包丁を持った。ジャガイモをもつ。
「くぅ………綺麗に剥けないぞ」
「ネフィアつべこべ言わずやるの!!」
「はい………お嬢様」
数分後。一個なんとか剥き終える。
「メイド長。私にも一本包丁を」
「えっ? 大母上様?」
「日が暮れるわ。監視よ監視」
「うぐぅ……難しい」
「さぁ、ネフィア。私の技を盗みなさい」
「大母上様。楽しそうですね………すごく」
自分はするするとエルミアの剥き方を感心しながら観察していた。包丁捌きをマスターすればきっと剣を扱いが上手くなりそうと思った。時間をかけながらもそうして全部剥き終わる。
「さぁ次はお掃除よ!!」
「はい!!」
「大母上様………あのぉ………教育は私にお任せを」
「いいえ。この子の観察は大切よ。いっぱい叩かなくては」
すごく、やめてほしい。張り切ってるのも悪い予感しかない。
「では、私の部屋を掃除してもらおうかしら?」
メイド長から用具の保管場所を教えてもらいエルミアお嬢様の部屋に掃除用具を持って向かった。
「では、私は席を外すから掃除しとくこと!! わかった?」
「はい!!」
「元気が良くて善し。では、かかりなさい」
エルミアお嬢様が部屋を出る。それを確認しため息を吐いた。
「はぁ……俺はいままで恵まれていたのだな………にしてもあのクソババァ。バシバシ叩きよって。なにがお嬢様だ。そんな歳でもないだろうに!!」
「はーい!! ネフィアちゃん!! 叩きに来たよ‼」
「地獄耳!? ひゃあああん!!」
バッチーン!!
お尻を叩く音が屋敷に響いた。
*
1時間後。エルミアお嬢様が部屋に入ってくる。
「よし、雑巾掛けしたわね」
「はい」
窓の近くへエルミアお嬢様が近付き、縁に人差し指をなぞる。
「はい、ホコリ」
「えっ……いや、あの」
「口答えしない!! すいません掃除し直しますを言う‼」
「すいません‼ 掃除し直します‼」
なんで、こんなこと言わされてるんだ俺。
「よろしい。だが残念だ!! 今から昼を作るぞ‼ 来い!!」
「はい!!」
用具を保管場所へ戻して厨房に戻る。メイド長に炒める事を教わった。今日はシチューらしい、牛と言う魔物を家畜化させてそれを捌き入れているらしい。
家畜の牛から搾り取った牛乳で煮込む。色々知らない言葉の調味料を言われた通りに入れ煮込んでいく。
「………ネフィアちゃん。筋がいいね料理に関して」
「大母上様。シチューは簡単な料理です。誰でも出来ます」
「鍋をひっくり返したり。不味い物が出来ると思ったのよ……」
「ふふふ!! さすが余だな‼」
バッチーン!!
「あう!? 何故叩く!!」
「調子に乗らない!! 淑女になりなさい‼」
「余は男だ!!」
バッチーン!!
「口答えするなって言ったよね? 私?」
「はい!! お嬢様すみませんでした!!」
自分は気付く。「諦め」と言う事が必要になっていることを。昼食はエルミアお嬢様の寝室。相席で昼食を取ることになった。
「あの、大母上様。使用人等は食堂がございますが?」
「いいの。私の部屋で………あなたもあったでしょ?」
「ははは………はい」
苦笑い。哀れみの目に私は察する。
「昼も一緒とか嫌だ‼」
「文句を言わないの」
ビシッ!!
「つぅ!! すみません!! 自分のお尻どうなる!? というか叩きすぎ!!」
「ふふ、不満そうね。でも魔王でしょ? こんなので魔王名乗られてもねぇ」
「くぅ………その魔王を叩くのはお前だがな」
「もう一発?」
「すみませんでした!! くっそ、魔王に戻ったらマクシミリアン騎士団なぞ潰してやるからな!! 絶対、潰してやる」
料理が運ばれる。クリームのふんわりした美味しそうな匂い。香ばしく焼かれたパン。
「では、いただきましょう。手を合わせて祝詞を」
「「いただきます」」
「この祝詞は東方の文化らしいので覚えるように」
「勇者が東方の出だからか?」
あいつはいつも手を会わせていた。ああいう文化なのだろう。
「勿論。郷に入っては郷に従えです。彼に合わせさせるのも一つの手」
自分はスプーンを握って食べる。
ペシッ!!
「うぐぅ!!」
スプーンがお嬢様によって叩いて落とされる。
「持ち方はこう!! 粗相がないように音をたてず食べること!! ほうばって食べるのは時と場所を選ぶこと!!」
「お、おう……」
「食べるマナーぐらいは魔王として当然覚えてたでしょ?」
「い、いや………その。放置されてたから」
いつも一人で食べていたから覚えようが無い。
「まぁいいわ。徹底的に教えるから」
ご飯の時も息苦しい。
「うぅうう」
「あー美味しい。さぁ食べなさい」
「はい………」
昼もいっぱい手を叩かれた。
*
午後、洗濯物だ。騎士団の下着や鎧の天日干しなどを行う。鎧干しは無いが、常在団員の洗い物を行う。訓練は過酷なのだろう泥々になった下着や服を井戸水を汲んだ桶に洗剤を混ぜて洗う。
「臭い、汚い………こんなものを触れと?」
「男の勲章です。干したら裁縫ですね」
至るところ破れている。何をしたらこうなるのかわからない。
「何をしてこうなるのだ?」
「ああ、これはですね。野戦の取っ組み合いの練習でボロボロになります。武器を使わず己の肉体だけで戦う練習です。マクシミリアン騎士団は一人で10人倒さないと帝国に負けますから」
マクシミリアン騎士団を攻めるのは止しておこう。甚大な被害が出そうだ。
「さぁ、ネフィア。こうやって板に当てて汚れを落とすのです。そのあとに水の魔法で脱水をかけて干す」
エルミアお嬢様が桶の洗濯物を手に取り、ギザギザした洗濯物を押し付けてる。
「お、お嬢様。私たちがしますので………」
「気にしなくていいわ。彼女に教えるためですもの。さぁ!! 早くする!!」
「はい!!」
見よう見まねで服の汚れを落としていく。
「………やっぱりネフィアちゃん筋がいい」
「そうかな?」
「ええ、綺麗に落ちてる」
水で泡を洗い流し、魔法を使える使用人が脱水をかけて、木で出来た物干しで洗濯物を干す。エルミアお嬢様は豊かな胸の前をつきだすかのように腰に手を当て満足気な顔をする。
「洗濯物であなたを叩けなかったのは残念」
「不満そうな顔じゃないぞ?」
「ごめんなさいね。叩けなくって」
「やめてください痛いです」
「ふふふ、お嬢様、楽しそうですね」
「では、乾いたら裁縫です」
本当に自分は何をしているのだろうかと自問自答するのだった。
*
裁縫のお時間。糸を通し、破れた箇所を新しい布で張り付ける。糸を通すのは大変な作業らしい。
「さぁネフィアちゃん。こうやって間隔を短く縫うんですよ。何重に縫って剥がれないようにするんです」
「こ、こうか?」
「…………どれどれ」
ビリリリリ
「あああああああ!! せっかく縫ったのだぞ!?」
縫った布の端を掴み。勢いよく千切られた。
「継ぎ目が甘い!! 指でつかめる!! 千切れる!! やり直し!!」
「鬼!! 悪魔!!」
バッチイイイイン!!
「黙って作業に戻る」
「………はい」
「元気がない」
「はい!!!」
涙が滲みそうになるのを堪える。怒りもあるが敵わない惨めさと悔しさを噛み締め我慢したのだった。
*
夜中。小さい部屋で着替え。床につく。尻の痛みもあるがそれより悔しさで唇を噛む。
「何故余が……こんなことに。勇者早く帰ってこいよ」
布団に入り愚痴を言う。
「あのババァ。叩きすぎ。それに料理洗濯なぞ女がするようなのを………」
そういえば、勇者が洗濯したり料理したりしてた気がする。手伝った記憶もない。
「あいつ………いつもこんなことをやっていたのか?」
いつも、箪笥の上に下着とかあったし。干してるとこを見たことはないが干してるのだろうかと疑問も生まれる。
「………身の回り事を全部していたのか、あいつ」
少しだけ、申し訳ない気持ちになる。
「それよりも悔しいが、まぁ勇者が帰ってくるまでの辛抱だ。我慢しよう」
悔しい思いが少しづつ薄れていく。やることは決まった。今は我慢の時だ。文句は言うが、我慢すれば魔王に戻れると信じよう。それまで目の前の事をゆっくり片付ける。
「早く寝よう。明日も早い」
逃げれないなら、やるまでだ。そう、やるまで。一般の生活も出来ない魔王なんて恥ずかしいだけなのだ。そう思いながらも……少し笑いながら眠る。夢はそれはそれは立派に火事をする。余の姿を見ながら。
§
使用人になって数日がたった日の朝。自分は下半身違和感を覚える。そして衝撃の事件が起きる。
「ンギギギギ!?」
腹痛。とにかく下半身が痛みだしたのだ。お腹の奥。腸とは別の場所の痛み。男の時についていた場所より少し上の場所が凄く痛み。痛みを出す場所が脈を打っているのがわかるほど熱く鼓動した。
「痛い!!」
ベトッ
下半身に水気が気になり、布団を足で退ける。真っ赤に染め上がっており。大量の血に驚き、血の気が引き体温が下がる。
「えっ………うそ………血!?」
なんかの病気だろうか、下半身から溢れている。あまりの量に怖くなってくる。まるで、刺されたかのように血がで続ける。黒く赤い液体が。
「ネフィア!! 朝よ!! 起きなさい!!」
「エルミアぁ…………」
「あっ………それ」
「どうしよう!! 病気だ………こんなに血を出して気分も………痛みもある………怖い」
「…………ぷぅクスクス」
「な、なぜ笑うんだ!! あふ………目眩が」
頭を押さえながらエルミアを睨み付ける。彼女は口元を押さえて笑っていた。こっちはそれどころじゃないのに。
「あのですね。ネフィアちゃん」
「な、なんだ。早く医者を紹介………」
「それは生理現象です」
「せいりげんしょう?」
「安心して、死ぬことはない。風呂と生理用品を用意します。本当に男だったんですよねぇ?」
「今も!! 男だと何度も何度も!! あう………叫んだら目眩がする」
「全然説得力無いね。だって、ネフィアちゃんって…………お、も、た、いからね!!」
「重たい?」
いったいなにが重たいのだろうか?
「さぁ、風呂で綺麗にしなさい。説明してあげるから」
*
わざわざ自分のためだけに風呂を沸かしてくれた。血濡れた下半身を洗い。股の………昔にあるものが着いていたところに穴が出来上がりそこから血が出ていたようだ。出たあとは、エルミアがベルトのような物と布を用意し、着ける。ちょうど穴を押さえる物らしく。「」せいりようひん」と言うらしい。
「では、部屋に来てちょうだい」
言われるまま部屋に行き。部屋に行くと黒い板が用意されていた。それに文字で「生理現象」と書かれている。
「なんだ? それ?」
「黒板。意思伝達に欠かせないすばらしい物よ。見たこと無い?」
「無い」
「これは、こうやって文字を書いてスッと消せるの」
「うわぁ!! すごい!!」
自分はその素晴らしい情報伝達方法に驚く。目眩はいただいた薬で引いており。口を大きく開けて驚きを表現した。
「ふふ、でしょ~昔には無かったの」
生理現象の文字を消す。
「では、女性の体について教えましょう」
「ええぇ……いらない」
「又、血が吹き出るし……原因知っとかないと嫌じゃない? 知らないのに血が出るなんて」
「………確かに」
気味が悪いもんな。安心してるのは「死ぬことはない」と言ってくれたからだ。
「では、これが女性にあります」
黒板に逆三角形の絵が描かれる。
「男の下半身についてる。あれって何か知ってる?」
「男の勲章………余にはもうない………」
「あ、あなた知識がない!? どうやって子供が出来るか知らないの?」
「お腹が大きくなる? 卵?」
余が読んでいた物語や本にはコウノトリや卵で生むと書かれていた。
「まぁ、えっと。どうしよう………先ずはこの絵から説明するわ」
絵に丸と棒を描く。言葉も書いていく。
「これが、卵巣、これが子宮、これが膣ね。今、あなたの体に在るものね」
「あるのか。ふむ」
「男性にはなくて女性にはあります。そして、卵巣は卵を作るところ。子宮が子供を作る育てるところ、膣が男を受け入れるところよ。ここにあるの」
エルミアが自分のお腹を触る。自分の中にそんなものがあることに驚きだった。そして、悲しくもある。女性の物らしいからこそ男の余にあってはならないのにあるのだ。
「悲しいが……それと血は何が関係があるんだ?」
「ネフィアちゃん。子宮はね。水袋みたいなベットで生まれた子供を抱くの。水ではなく血を使ってね。そして、ずっと使うと古くなるでしょ? だから捨てちゃうの新しいベットを作るために」
「へぇ………そうなんだぁ、うわぁ……うわぁ……」
気付いてしまった。なかなか、ショックが大きい。子供を抱くための物がお腹にあるなんて考えもしなかった。そして禁断の質問をする。
「もしかして、余は子供が出来る?」
「もちろん。生理現象は子供が何時でも出来るように準備をする行為。孕むことが出来る大人の女性の特徴よ」
「あ、ああ………あ……」
膝をついて、両手を床につける。完全に女性っと言われて絶望する。孕むと言うことの恐怖を覚えた。エルミアの夢で見たことをすれば自ずと出来てしまうらしい。
「生理現象は1月に1回ありますから。一生付き合ってくしかないですね。体と」
「1月に1回………これが………一生」
「あなたは特に症状が重たいから大変ね。人によってはケロッとしてるわ」
頭に追い討ちをかけられた気分だ。こんなのが一月にあるなんて嫌すぎる。
「だから、トキヤ殿に説明して調子が悪い日もあることを理解してもらわないと」
「いやだぁ………あいつに知られたくない……」
プライドがズタズタになるのは避けたい。
「はぁ………お腹にこんなのがああ、嫌だぁ………」
「まぁ、今はそう言うけど出来たら嬉しいよ」
「絶対!! 作らんからな!! 絶対絶対!! 作らない!!」
男に絶対戻ってやるんだ。お腹に出来る前に。
§
エルミアお嬢様の調教が始まって一月が経ったころ。午後の洗濯物を洗いながら話しかけられる。
「ネフィアちゃん………」
「はい、お嬢様」
スッと言葉が出る。
「………馴れるの早くない?」
「早いでしょうか?」
とぼけるがその評価は多くの使用人からいただいている。
「え、ええ。尻を叩けないのだけど?」
「それは残念ですね。お嬢様」
もう、愉快な気分で「どやぁ」と言う表情をした。本気になればこんなのは朝飯前だ。
「まぁいいけど。一緒に家事するのが理由だったし」
「そうですか? お嬢様は家事をなされなくてもよろしいかと」
ババァ。早くどっか行け。迷惑だぞ。
「お、怒ってる?」
「いいえ」
「そ、そうなのね」
全力で使用人を演じて冷たくする。自分は考え、使用人をしっかりやれば叩かれず。尚且つ自分にかまって欲しそうにするのを冷たくすれば少しでも嫌な気持ちが湧いて復讐が出来るのではないかと。それを今日、実行に移した。精神攻撃は基本である。
「メイド長、お嬢様が居ては落ち着きませんわね」
「そ、そんなことはありませんわ‼ 大母上様が居て助かります‼」
「そうですね。大助かりですね。お嬢様、一緒に頑張りましょう」
「え、ええ………」
エルミアお嬢様が狼狽えだす。悲しいかな、自分は彼女がここにいるだけで皆が落ち着いて仕事ができない事を感じ取った。
使用人達の休憩での談笑でエルミアお嬢様の凄さを聞いた結果、尊敬されてる事とこの屋敷で仕事ができる誇りを持っているらしい事がわかり、緊張する理由も知れた。存在が大きいのだ。
「そこの洗濯物をとっていただけます?」
隣のメイド長に話しかける。彼女も大変でお嬢様の監視をしている。他の使用人の粗相をいつでも庇うために。謝れるように。それだけの権力を持っている。
「ええネフィアさん、どうぞ」
エルミアお嬢様の方を見る。彼女が何故、避けられるかわかっている。
綺麗なエルフだが、マクシミリアン騎士団長初代であり、この地を纏め上げ。2代目騎士団長と共に帝国から奴隷にならないために楯突き戦い抜いた。
相手の騎士団を潰し、皇帝の目の前まで迫った大英雄様、勇者様だ。この地方の子供の童話として広く広まっており誰でも知っているほどの生ける伝説なのだ。
「そんな人が隣でジャガイモ剥いていたらどう思う?」と大きすぎる存在は寂しい事を学んだ。エルフと言う長命が孤独を生む。
そんな考え事をしていると小柄な可愛らしい使用人に声をかけられる。
「ネフィアさん。ちょっと手伝って貰っていい?」
エルミアお嬢様も来ようとする。
「あっ私も行こうかしら?」
「え、え、え!?」
勿論驚くだろう。逆に余がしなければいけないのは教える事。
「エルミアお嬢様は大丈夫です。自分だけで行ってきます。もう、存在の大きい事が重いんです」
自分が手で制する。来たら邪魔で皆さんが緊張する。そのままお辞儀をして小柄の子に話を伺った。
「えっと、鎧干したいの。いいかな?」
「はい。頑張らせてもらいます」
小さいメイドのお嬢さんに連れられる。演じれている。余は使用人を演じれている。「ヨシヨシ」としたたかに笑みを浮かべる。
「力仕事は女では大変ですね。ネフィアさんは力持ちで羨ましいです」
「ええ、元は色々ありましたから」
少し力が弱まっても元男の片鱗を味わえる力仕事は好きだ。勇者が、ばか力だったので気付かなかったが、そこらの女性より力はある。
屋敷に隣接している兵舎の倉庫から騎士団が訓練で使った鎧を持ち上げ、庭に出す。それを雑巾で拭き乾かす。今日はこれだけで一日が終わるだろう。
「あの~そこのお人」
「………」
「あの~仕事中すみません」
「あっ、ネフィアさんお呼ばれしてますよ?」
「あっはい。なんでしょうか?」
拭いていた兜を置いて声の主に向く。一人の青年が自分の目の前でお辞儀をする。
「一目見てから心を奪われました。もしよろしければ一緒に休日にお食事でもどうでしょうか‼」
「ごめんなさいね。興味はないです」
男に告白されるなんて気持ち悪い。これで二人目だ。自分は男なのだから好きになるわけがない。すっぱり断った。そして一瞥し、鎧を干す作業に戻る。
優しい言葉をかける気はない。
*
夕食前の休憩時間。使用人達で談笑をする。今日の内容はどうも自分らしい。
「ネフィアさんモテますね」
メイド長等も興味深く聞いてくる。
「あら、騎士の誰かに告白でもされたんですの?」
「ネフィアさんが告白されたんですが、すぐに振ったのです」
数人の使用人達も静まり、聞き耳を立てる。これは注目されている。ここで、発言しないときっとしつこく聞かれるのが感覚でわかる。女は、ねちっこいのだ。
「ええ、振りました。彼には可哀想ですが自分とは目指す場所が違います」
魔王として復権のために彼にその任が出来るとは一切感じなかった。というか、まず付き合うなど考えない。
「どうしてです? 彼は選ばれた騎士様ですよ?」
小さな使用人が体を乗り出して聞いてくる。その目は輝いている。しっかり理由を言わないと納得しないだろう気配。
「そ、そうですね。先ずは弱そう、彼の体からは強さを感じませんでした」
思い出す。勇者と対峙した時を、余裕を持った彼の姿を。大剣で多くの死霊の前に笑って見せる余裕。強者でしか出来ないだろう。
「それにあの武器では魔物を倒すのは大変でしょう。一人で倒せなければ、一人で魔都のスケルトンを相手にできないでしょう?」
勇者なら簡単に仕留めるだろう。規格外の実力者だ。
「そ、そうだね。基準が高い」
「ネフィアさん。もしや、一緒に居たお方の事を言っておられるのですか?」
余はビクッとする。
「い、いや!! そんなことはない!!」
「そうですの? ですが、該当が彼を思い浮かべれましたが」
「へぇ~もう決めている人がいるんだ」
「ち、ちが!!」
「ネフィアさん。花嫁修行なのですね。ここでの使用人でいることは」
「はは……は……」
もう、一同に弁明しようとしても照れ隠しと思われてしまった。正直、やってしまった気がする。女は色恋沙汰は脚色が入り、すぐ嘘が広まった。そう、自分は恐ろしい事を学んだ。
*
夕食、エルミアお嬢様の部屋に料理をお持ちする。鳥の焼き物と野菜を切った物。部屋に入ると彼女が椅子に座り落ち着いた雰囲気で待っている。食事の準備をし、自分も対面に座る。
「お嬢様。用意できましたわ」
「え、ええ。本当にすぐに馴れたわね」
「簡単です。魔王なのですから。さぁ、威張りました。どうぞお叩きください」
「………あなたは予想以上に優秀だった。きっとそれを教える機会が無かっただけね」
「ふふふ、淑女を演じると色々得することは多いみたいですね。あなたが困ってる姿は楽しい。気付いてるのでしょ?」
直接的にあなたは避けられている事をほのめかす。
「……………ええ。私はそんなに大きな存在ではないのですがね」
「いいえ、大きい。自分よりも大きいですね」
「大きい?」
「……自分は魔王に即位しても。何もしてこなかったのですから。しかし、お嬢様は違うでしょ? 帝国内に国を作った。皆が尊敬してましたよ」
「そう………そうよね。ええ」
「だから。親しく話せる仲が欲しかった。違いますか?」
「!?」
エルミアお嬢様が顔を上げる。
「ネフィア!? あなた、そこまで感じ取ってあんな冷たくしたの!?」
にやっと口許を緩ませる。いい顔だ。
「勿論、最初の仕返しで………まぁ目が覚めました。自分は何もしてこなかった」
一月、生活して思ったことだ。1日目で勇者の大変さを知った。これから長く苦しい旅が続くんだ。あいつを損耗させるべきじゃない。
「ふふ。じゃぁ………いいわね。手紙を出しましょう。彼を呼びますね」
少し寂しそうな顔をしたあとに手紙を渡してくる。3つ。しっかり届くように予備を含めて。
「明日それを出しなさい。彼が迎えに来るわ」
「はい?」
「交渉はあなたが人として一人前になって手紙を出す事にしているの。お金の取引はないのよ最初っから」
「嵌めましたね」
「ええ、楽しかったわ。他の人は私に対して気軽に話せないらしいから………でも、本当に言うならここに居て欲しいわ」
立場と言うものは大変なんだと学んだ。余の傀儡魔王とは大違いだ。
「…………エルミア・マクシミリアン」
だから。学ばせて貰った御礼に。彼女が求めるものを繋ごうと思う。
「なに? ネフィアちゃん?」
「色んな物を学ばせて貰った。その、全て終わったら遊びに来るよ。友達として」
「ネフィアちゃん?」
「一人は寂しいもんな。わかる」
現に昔は一人ぼっちだった。使用人とも仲良くなったしそこで初めて会話を楽しいと学んだ。
「ふふふ、簡単に大きくなって」
「大きくならないと玉座に座れない。戻れない」
「諦めないのね………」
「ええ、まぁ。目指す先がそこだけだからな……他に無いんだ……」
自分が生きる理由はそれだけしかない。それだけしかないと言い聞かせる。
「ありがとう、頑張ってね。新しい目標見つけれる旅になるといいわね」
「ああ、剣術も教えてもらったからな」
次の日に手紙を出した。そして一週間後に勇者トキヤは迎えに来たのだった。
§
「勇者の家に帰ってきた!! 勇者の家に帰ってきたぞおおおおお!! 我は帰ってきたぞおおお!! いやー!! 落ち着くうううううう!!」
第一声を叫んだあと、自分の部屋の布団に一目散に飛び付く。もちろん、軽装に着替えてからだ。
「開放感がたまらん!!」
布団にバタバタと手と足を振り回して自由を謳歌する。今まで窮屈な使用人の生活だった。後半は馴れて会話等を楽しむ場だったが、それでも使用人から開放された気分はひと味違う。
勇者との会話も昔より楽に出来る気がするし、道中は勇者が何をしていたかを難なく聞けた。
お金を集めてくれたみたいなのであと少しで旅が出来ると言う言葉を頂き。臣下としてしっかり働いている事に満足している。順風満帆で事が進んでいる。
「うまく事が運ばれている。店長には申し訳ないがもうあの店で働くことはないだろうな」
ちょっと寂しい気分でもあるが。冒険者なのだから仕方がない。勇者はというと荷物を整理してイゴイゴしていた。今は気にしないでおこう。
それよりも昼寝しよう。マクシミリアンの領地からここまで早足で逃げるように帰って来たので疲れている。野宿からふかふかのベットは違う。「もう二度と使用人なんかなるものか‼」と心に決めた。
「ふふふ、おやすみ~」
目を閉じ、昼寝をする。
*
数時間後、体を起こし背伸びをする。時間的には夕刻だ。
「よし、よし。疲れはとれたし、あの店に行き飯でも食おう」
部屋を扉を開けて早足で階段を降りる。勇者が吃驚した顔を向けてきた。
「ご飯、食べに行こう!! 余は自由だ!!」
「………マクシミリアンで何があったんだ?」
「色々あった。お前のせいでな。今日はいっぱい愚痴を聞いてもらうぞ‼」
「お、おう………変わったと聞いていたが。変わりすぎな気がするが?」
「気にするな!!」
*
久しぶりにお店に顔を出す。店長に挨拶と申し訳ないがもう働けない事を伝えた。店長は「残念、また頼むよ」と言い。冒険者と言う事を理解していたため引き留めることもなかった。
お店は夜は酒場となっているため、活気があり。歌ったり踊ったりしている者もいるがあれは踊り子と言うのだろう、綺麗な女性が男たちを楽しませている。夕食のナポリタンは美味い。自由の味がした。
「ああ、開放されたんだなぁ」
染々、思い出す。数日間、尻が叩かれ続けた事も今や過去である。
「苦労したんだなぁ。いっぱい叩かれて」
勇者が笑っている。知っているなこいつと納得する。
「ああ、苦労した。演じ続けるのは息苦しかったよ。お前の前でも演じれと言われたが。まったくその気が無くなったよ。余はこれが余だ。たまには演じてやろう。気紛れでな」
「ありがとう。まぁでも演じるとそりゃそうだ。息苦しいな………自由に生きたいだろ?」
「もちろんだ!!」
「はは、いい笑顔だ」
葡萄酒を注いでくれる。労ってくれている気がして少し心地いい。本当に優しいなこいつ。
だからこそ、その優しさに今まで気付かなかった事に申し訳ないと思いつつ。利用してやろうと思っている。占い師の言う通りに使わせてもらおう。
「さぁ今日は飲めばいい。使用人の時には飲めなかっただろう?」
「そうそう、使用人の時な………」
そして、自分は何故かこいつにだけは何でも話せる気がした。使用人の時にあった。エルミアの愚痴をいっぱい聞いてもらう。
そして時間が過ぎ1時間後。勇者が席を立つ。
「まだ!! 終わってないぞ!!」
「まぁ待て。トイレだ」
「すぐ帰ってこい」
「はいはい」
「店長おかわり!!」
「どうぞ!!…………にしても明るくなったね」
「そうか? それよりも!! うー!! 酒が美味しいなぁ。なんでだろーなぁー?」
ふわふわした気分。これも久しぶりの自由の味のせいなのだろうかと思う。
トントン
「君、一人かい?」
隣で机を叩く音が聞こえ、そちらを向く。目の前に豪華な服を着た青年が自分をみつめている。「こいつ、誰だ?」と思う。
「どちら様でしょうか?」
切り替える。ネフィアっと言う女性を演じるのだ。最近、自分が男をたぶらかせる事の出来る婬魔として動けることを知った。
あまり婬魔と言う自分が好きじゃないが使える道具として考え。自分ではないネフィアっと言う淫魔と思い込んで我慢する。
「初めまして。皇子のラスティっと申します」
「皇子ですか?」
「はい、この国の皇子です」
「そうなんですね。それで何の用でしょうか?」
心の中で「皇子で偉そうにされてもなぁ………こっちは元魔王だし」と毒つく。顔には出さないが嫌なオーラを出した。
「貴女がここで働いてるときにお目にかかり、気になってました。もしよろしければ………」
ドンッ
反対側で大きな音がする。勇者が帰ってきたのだ。皇子を睨み付けている。
「ただいま……」
「おかえりなさい。えっと………ごめんなさい、何でしょうか?」
「…………お付き合いされてますか? 彼と」
「いいえ、同じ冒険者仲間です」
「でしたら………自分とお付き合いしませんか? 悪いようにはしません」
ため息を吐く。なんか最近、吃驚するぐらいにモテる。確かに鏡で見る自分は美少女だろうが自分は男と付き合う趣味は無い。純異性交遊は禁じている。原因はきっと婬魔であることも影響してそうだ。
「ごめんなさい。冒険者なのでまだ落ち着く気はありません。旅をします」
冒険者お決まりの振るための台詞。便利である。
「そこを!! お金も名声も」
貴族程度の名声とお金なぞ、王以下。興味が沸かない。今、必要なのは強さだ。しつこそうなので勇者に会計を頼んだ。
「ごめんなさい。帰りましょう」
「だ、そうだ。皇子さま。ごめんな」
「くぅ………諦めませんから‼」
無駄なことを。魔国に帰るのに相手を知りもせず告白する愚か者。会計を済まし店を余たちは出る。
「酔いが覚めた」
「何処かに寄って買って帰ろうか?」
「気が利くな。ああ、買ってきてくれ」
「わかった。葡萄酒でいいな?」
「うむ、ありがとうな」
「うぐっ!? あ、ああ」
勇者が明後日の方向を向くが気にしない。それよりもなんて楽なんだ。頼めば買ってきてくれるなんて。本当に………優しいなこいつと見直すのだった。
*
次の日。やらかした。
「ウゥオ、オエエエエエ」
トイレに向かって。昨日の胃に残った物を吐く。胃液の酸味が気持ち悪い。頭もガンガンする。リビングに戻り勇者が水の入ったコップと粉末の薬を頂いた。
「昨日、イッキ飲みするから………」
「は、羽目を外しすぎた。気持ち悪いぃ……」
「一日、安静にしろ。黒騎士団長に呼ばれたから行ってくる。えっと、まぁ昼には帰ってくる」
「お、おう」
フラッ
ガシッ!!
「大丈夫じゃないなぁ」
「す、すこし目眩しただけだ。降りてこなければ布団が恐ろしいことに………」
布団で吐くなんて嫌だから降りてきた。とにかく、気分が悪い。
「よっと!!」
ヒョイッ!!
「お、おい……うぷ」
「黙って安静にしろよ」
勇者が自分を持ち上げて寝室に運んでくれる。ベットの上に自分を置いた後、彼は出掛けて行った。
「…………やっぱり優しいなあいつ」
思いの外、本当に優しい事に気が付いた。
「いい奴だったんだなぁ」
今更であるが、落ち着き色々と考えられる時間ができたお陰か余裕が出来た。あの使用人の一月は自分にとって自信がついたのかもしれない。
「褒美を取らせるか……まぁ追々、考えよう」
目を閉じて安静にする。昼には回復するだろう。きっと。
*
俺は久しぶりに出会って変わりすぎている事に驚いた。今までにない笑顔を見せたり、男らしい口調なのだが可愛いと思えるネフィアにドキドキしている自分がいた。そんな中で一呼吸をし、黒騎士団長様がいる。部屋の扉を開ける。
「黒騎士団長、こんにちは。マクシミリアンの依頼は終わったぞ」
「ふむ。厳しかったか?」
「ああ、騎士団動かさなくてよかったな。恩が売れた」
「それは、それは。動かさなくて良かったとは言えないな」
「で、用件って?」
「姫様を覚えているかな?」
「覚えてない」
「全く、お前と言う奴は姫様が気付いた。お前が帰ってきたことを嗅いだらしいな」
「そっか。まぁおれはあいつの事なんて興味はないが」
「それは。俺の口から何度も言ったが………姫様はお前のご執心だそうだ」
「何が彼女を惹き付けるんだろうね?」
「………さぁな。姫様も騎士として腕を鍛えた。お前がいいのだろうさ」
「あいつのための強さじゃぁねぇのに………」
あれは自分が護るべき者とは遥かに違う。美少女だろうと彼女は素晴らしくない。あんな綺麗な笑みを浮かべたり出来ないだろう。瞼の裏に写る彼女とは遥かに遠い。それに心は黒い。政権に染まりすぎてる。
「本当に姫様の婿になる気がないのだな」
「ない」
「姫様にはもう一度考えなすことを言ってみよう」
「用件はそれだけだな」
「ああ、説得をお願いされた。残念だが私には無理だ」
「騎士団長さまのご判断に感謝します。では失礼」
「……………」
ガチャ
自分は部屋を後にした。そろそろ………ここに留まっとくのは良くないようだ。あまり、姫様と関わりたくない。
*
昼過ぎ。勇者が帰ってきた。シチューを分けてもらい。寝ている自分のためにパンもふやかして用意してくれたものを昼食で頂いた。
「………ありがとう」
「いいさ、頭は大丈夫か?」
「もう、大丈夫」
「今度から、控えめにな」
「わかった………」
「素直になったな」
「いがみ合いは時間の無駄だ」
ドンドン!!
ドンドン!!ドンドン!!ドンドン!!
玄関から勢いよくドアを叩く大きな音が聞こえる。
「うぅうう……頭に響く」
「ネフィア、待ってろ。はいはい、誰ですか‼」
勇者が扉を開ける。そこにはピンク色のドレスみたいな装飾過多の騎士鎧を着た女性が立っていた。初めて見る人。顔は見えない。
「お久しぶりですわ‼ トキヤさまぁ!!」
その人がいきなり勇者に抱きつこうとして勇者に避けられている。
「おわっ!? 姫様!!」
トキヤが一瞬剣を掴もうとする素振りがあったがやめてしまう。姫と言ったのは聞き間違えではないだろう。
「何で避けま……………あら?」
こちらと目線が会う。一瞬顔が歪み睨まれたあとに満面の笑みで話しかけてくる。
「初めまして、第一皇女ネリス・インペリウムです。あなたはどちら様でしょうか?」
席を立ち、深々とお辞儀をし自己紹介をする。
「はい、私は冒険者のネフィアです。トキヤ殿と一緒に旅をさせてもらっています」
「ふーん」
勇者の腕を掴み皇女自身の胸を押し付ける。胸当てはしていないようで腕に柔らかそうな物が押し付けている。
何故か少しだけ、ほんの少しだけ。イラッとした。
「えーと、トキヤ殿? 薬で皇女殿とは?」
「あっ!?…………そうだなぁ、何でもないただのライバル。剣で腕を競い合った仲だよ!!」
「トキヤ殿、嘘はいけませんわ。フィアンセでしょう?」
「全力で否定してやろう。誰がお前と一緒になるか」
勇者が真顔で言い放つ。何故か胸がスカッとする。
「あら? トキヤ殿、いいんですか? 皇女を蔑ろにして?」
「…………はぁ、蔑ろにしていい。他にもっと素晴らしい人が居るだろう」
「そうですか………残念ですねぇ、絶対私の物にならない。だからこそ欲しい」
毒蛇に噛まれているようなイメージが浮かぶ。これは毒だ。
「さぁ、帰った帰った。おれはこいつとそろそろ旅の計画を練るんだ」
「わかりました。ふふ、ネフィアって言いましたわね?」
「はい」
「覚えといてあげる」
自分は絶対、忘れてやる。皇女は自分を睨み付けて、背中を向けて出て行った。
「全く、ネフィア………関わるなよ。面倒な奴だから」
「あんなくそ女どうでもいい。皇女なら皇女らしく淑女になれ」
「………」
「なんだよ、勇者?」
「お前の口からそんな言葉出て吃驚だ」
「よし、一発ぶん殴らせろ」
少しだけ、癪に触った。少しだけ。
そして今日は命知らずの勇者が目の前に立っている状況。他の部下は勝手に逃げ出した。「使えないやつらだ」と言えばいいだろうが余の立場はそんなに強くもない。
問題の暗殺者の勇者はここまで来る者で衛兵等では敵わないであろう事も考えられる。
「初めてだ。わざわざ敵国に潜入し我を倒そうとする者が現れるとは……」
余は自虐をのべて玉座から立ち上がる。魔剣を肩に担ぎ赤い絨毯を歩いて構える。人間は勇者と言うものをたまに輩出し、魔王を倒そうとする。それが伝統なのか、使命なのか知らないが。無様と思う。一人で暗殺して来いと言われ使い捨てるのだから。
たった一人で他国に来るのだ。
「ふふふ、ここまで来たのだ。名を聞こう、人間の勇者よ」
偉くもない余は偉そうに声をかけた。
「トキヤって言う。魔王さん」
皮の軽装に黒のローブを羽織った勇者トキヤが不敵に笑う。嬉しそうに……そして……優しそうに。泣きそうな声にさえ聞こえた。
「なぜ笑う?」
「いや、なんでもない。なんでもないんだ。それよりも名乗らないのかい? ネファリウス」
「知っているじゃないか勇者よ!! さぁ構えよ!! 余はここにいる」
自分は魔剣を構える。魔法より、剣のほうが得意だ。得意と信じたい。余は強いと信じたい。例え……長く閉じ込められて、傀儡だとしても。今を生きたいなら……戦うしかない。
「構えろって……これのこと?」
勇者が一本のナイフを取り出す。それはあまりにも小さく、10センチ程度で拍子抜けしそうなほどだった。
「冗談はよせ。そんな小さい剣でどうやって戦う」
「すまん、今はこれしかない。重いのは持ってこなかった」
「はっ?」
「この一本しか持ってないと言っている」
「その一本でここまで来たのか!?」
「ああ」
勇者とは恐ろしく強いものだとこの瞬間理解する。あのナイフでどうやって魔物を狩ってきたのがわからない。どうやって旅をしてきたのかわからない。わからないからこそ恐れる。背筋が冷える。「果たして自分は勝てるのか? いや……勝つしかない。勝つしかない」と言い聞かせる。
「まぁいい。そんな武器なぞ、死ぬ奴には関係ない」
「そうかな? 俺はこれからだと思う。これから始まるんだ」
余裕を見せた勇者に私は身体の異変を感じた。
「いったい何を……うぐっ!?」
体が熱いく全身が痛み、その痛みで身を捻る。
「な、何をした!!」
「『今』は何もしていない」
「今は!? どういう……ぐぅ」
カランカラン!
魔剣を落し乾いた金属音が部屋に響く、膝が折れ、床に手をつき。胃がむせ返るような頭痛に苛まれる。「こんな終わり? 自分の人生はこんな終わり方なのか? こんな……何もない人生」そう頭で悲しんだ。
「いや、だ……」
余は苦しみながら「何も知らず、この世を去るのかと 幸せも何もかもわからずに」と何度も何度も考える。
「はぁはぁはぁ、卑怯だぞ!! 勇者!!」
「うん、そうだね。卑怯だ。でも、我慢してくれ……」
勇者が我の肩を優しく撫でた。その勇者の後方に人影が見える。
「まだ死んでいなかったのですか?」
「お前は……トレイン!! 逃げ出してたのではないのか!!」
「ええ、お伺いに来たのですよ。いやー苦戦しているようで……なにより」
赤い絨毯を彼は堂々と歩く。トレインは優秀な部下であり、四天王を選び。魔国首都を大きく強くした。そして……余を閉じ込めて管理していた人物でもある。余が傀儡で、彼が主人だ。
「トレイン!! 勇者を倒せ!! こんな卑怯者なぞ消してしまえ!!」
「そうですか? わかりました」
トレインが杖を構える。私に向けて、そして……「ああ、そう言う事か」と納得もする。
「一緒に消えろ、魔王!!」
「トレイン!! 裏切るのか!!」
裏切るとか叫んでも意味はない。そう言う存在だ。
「いいえ!! あんたは勇者に討ち取られた。そういう話ですよ!!」
「トレイン!! きさまぁああああ!! どれだけ余を不幸にすれば……」
杖に魔力が集まり。黒い魔法球を打ち出す。それが迫る瞬間に目の前に勇者の余裕をぶった顔が見えた。目の前が暗くなっていった。そこで自分は死んだと知り……失意のまま。余は意識がなくなった。
§
鳥のさえずりが聞こえて意識がハッキリする。目の前が目を閉じていてもまぶしく感じる中でゆっくり瞼を開けた。暗闇から浮き上がるようなそんな感覚で体はどこも痛みはなかった。
「うん……ん?」
木造の天井が見える。窓から日の光が降り注ぎ、太陽が、今の時間が朝だと知らせてくれた。部屋を見渡すと「机」「椅子」「箪笥」「大きな鏡」の質素な部屋であり、気絶する前の死闘を繰り広げた場所ではない事がわかる。
「死後の世界? いや違う。何故?」
立ち上がり周りを見ながら、確認する。服を着ていない事よりもなぜか体が小さくなっている気がして落ち着かず。鏡の前へ進んで自身の姿を見たときに余に起きている出来事を理解することが出来た。
「えっ?」
変に高い声。鏡を見た瞬間に驚くのは顔以外が別人だったからだ。頬を摘まみ。痛みがすると同時に鏡の中も同じ動きをする。夢ではなく目の前は余である。夢でないのにおかしな事が起こっていた。
全裸で金髪の長い髪をおろし、綺麗な鋭い目つきに険しい表情。胸のあたりに大きな丸いできもの。細い腰、に驚くほど健康的な白い肌。全てじっくり、観察し答えを考える。どこからどう見ても答えは一つ。
「女じゃないか!! ちょっと待て、これは本当に余か!? 声も高い!?」
自分の姿に体や手足が震え。心の底から恐怖を覚える。華奢な体付きでありながら、豊満な胸に蠱惑的な美しい少女なのだ。自分の忌々しい婬魔の血族を思い起こさせるほど、人型には魅力的だ。余が「うぐうぅ」と唸っていると木製の扉の開く音が聞こえ、そちらに顔を向ける。
「起きたか魔王。おはよう」
宿敵。暗殺者の勇者が布の服を着た軽装、部屋着の状態で入ってきたのだ。もちろん、余は近付き。奴の胸倉を掴んで揺さぶる。「こいつのせいだ!!」と憤りながら。
「勇者貴様ぁあああ!! 何をしたぁあああああああ!!」
「魔王、落ち着け。あと、箪笥から服を出すから手を退かしてくれ。目のやり場に困る」
勇者が両手を上げ敵意がないことを示す。
「落ち着いていられるか!! なぜ我は生きている!! 女になっている!! お前が何故ここにいるのだ!! ここは何処だ!! 男の体に戻せ!! 殺すぞ!!」
「あーあー、落ち着こうな? ゆっくり説明するから」
「ふざけるな!! 質問に応え……!!」
グイッ
腰に手が回されたと同時に胸倉の手を強く払われた。勇者の顔が近づき。顔が触れてやわらかい感触に一瞬、時が止まった気がした。そして、何が起こったかを理解し、手を勇者に当てる。
ドンっ!!
そのまま余は勇者を突き飛ばす。勇者は後ろにのけぞった後、何事もなかったように、箪笥を弄り出した。余は勇者を指を指し叫ぶ。
「お、お前!! な、何をしたかわわわかって!!」
「すまん、つい手が出た。手っ取り早く胸倉から手を退かしてほしかったし。ショック療法」
「同性愛者かお前は!! 汚らわしい!! くそ!! くそ!!」
勇者が箪笥から折りたたまれた服を取り出し、近づいてくる。ビクッと私は反応する。初めてのキスで怯える。
「はい、服。本当にごめんな。そんな姿では落ち着けないだろうし、安物の服だが我慢してくれ」
「近づくな!!」
こいつ怖い。
「じゃぁ。服を着て、落ち着くなら近づかないし、もうキスもしない」
「くっ!! 勇者、我に指図するな!!」
「近づこうか? もう一回か?」
「や、やめ!! やめろ……」
「ここに置いとくから。落ち着いたら下に降りて来てくれ」
服を机に置き、部屋を出て行こうとして勇者は立ち止まる。
「場所だけは言っておこう。ここは帝国領だ」
「なに!? 帝国!!」
勇者はそれだけを言い残し部屋から出た。帝国ドレットノートの情報を思い出す。人間の収める国の一つであり魔国の敵対国。そこに我がいる。そう敵のど真ん中に。
「落ち着こう………落ち着け我よ。先ずは服を着よう。それからでも………ん? これは……」
服を広げて確認すると、女物の服だった。可愛らしいフリルがついているスカートだ。
「くっ……し、しかし。裸で走り回ってはただの変態だ」
我は箪笥を開けるが同じ物しかなかった。諦めて仕方がなく服を着たあとに鏡を見るとよく似合っている。鏡の前で何度も目を閉じて開けてを繰り返し、夢ではないことを確認した。そして現実は自分はやはり女性であることに溜め息を吐く。
「うぐぅ」
女装をしているようで気持ち悪い状態のまま部屋を出た。下着のつけ方もわからず……服だけである。パンツは履いた。上がわからない。
「スカートはなぜこうもスースーする!! まったく慣れそうにもない!!」
廊下に出るとパンが焼けるいい匂いが鼻をくすぐる。匂いにつられ階段を降りると台所にテーブル、竈があり。勇者の背中が見てとれた。
竈の構造も、台所も魔国と似ていて魔力で水を引き込みする水道。竈は魔晶石で火を起こす構造で簡単な物だ。
「魔王。ベーコンに玉子は食べられるか? 朝イチで買って来た物だから腐ってない筈だ」
勇者は雰囲気で我の存在を感じ取ったのかこちらを見ずに調理をしながら声をかける。
「食べられる。魔王に好き嫌いはない!!」
「それは、よかった。テーブルで待っていてくれ」
我は椅子に座りふんぞり返る。勇者が調理を終えたものを皿に移し目の前に置いてくれた。満月のような綺麗な黄色い丸の卵焼きに少し焦げたベーコンとパンだ。
「口に合うかわからないが、軍食よりうまいはずだ」
「お前、敵にご飯を………」
待っていた我が言うのもあれだが……変な話だ。
「敵意はないから、敵じゃない。毒も入ってない。毒入れて殺すなら。寝込みを刺すだろ? 安心してくれ」
「……………」
グウウウウウ
「よかったよかった。じゃぁ食事後にいろいろ質問があるだろうから応えよう。わかる範囲で。食べきらなければ答えないがな」
「くぅ。仕方がない!! まだ安心してないからな!!」
眠っていたからなのか。思った以上に空いていた。質問は食べてからにする。とにかく今はお腹に入れたい。毒とか気にせずに。そして……簡素ながら、すごく暖かくて、美味しかった。
「うむ。まぁまぁかな」
「魔王の口に合ってよかったよ」
「では、落ち着いたし。1つ1つ聞いていくぞ」
「どんとこい!!」
「何故!! 余は生きている!! 魔法を避けれなかっただろう!!」
自分は先ず、あのときの決戦を思い出していた。確かに魔法で消滅させられる瞬間だったはずである。勇者は白い羽のような固形物を出して説明してくれる。
「なんだこれは?」
「壊れた古代のアーティファクト。もう、二度とあのような事はできない。何処かで同じ物を持っていないとな。効果は危険から強制退避。この家に逃げてきたんだよ、こいつを使ってな。国家予算級の品物だったが命より安い」
「そ、そうなのか………なるほど」
何もわからないが助けて貰ったのはわかった。今さっきからの行動は敵に対するものではないし嘘は言ってないのだろう。すごい道具があるんだと結論づける。
「では次に何故、余を助けた。勇者よ」
「魔王、惚れた弱味ってあると思う。今のお前は綺麗だと思う。俺の中では1番だ」
「!?」
「キスに関しては我慢が足りなかった。今さっきの事は本当にすまないと思ってる。許してほしい。なんでもする」
勇者が机に頭を下げ黒髪のてっぺんを見せつける。私はその行為と今さっき出会った相手に告白されると思わなかった事で驚いた。
「くっ、朝食や助けた事でチャラにしてやる!!」
そして……許す。窮地から救った事やご飯の恩がある。大目に見てやることにした。ファーストキスは野郎とやった事は忘れようと思う。そうしてそのあとも余は勇者に質問をする。勇者は本当に何でも答えてくれた。
そして……最後の質問。
「ふむ。じゃぁ次になんで我の体が女なのだ!!!」
「毒の効果だと思うぞ」
「くぅ、アイツ!! 側近め!!」
拳をテーブルに勢いよく叩きつける。強く叩いた手が痛い。
「落ち着け。女で悪いことはない。好都合だ」
「好都合?」
「魔王は男。だれも女とは知らない。隠れるなら好都合なんだよ」
「隠れる? 我が? 今から魔王城に戻って奴を叩き斬る!! よくも裏切ったなと!!」
「やめとけ。今のお前じゃ無理だ、剣を振れない。そこに剣が転がっている。持ってみるといい」
「ふん………」
立ち上がり、勇者が指を差す壁にかけている剣を掴んだ。自分が持っていた魔王の剣と同じ大剣の種類だ。剣先が魔剣より細く長いぐらいである。だが、剣はびくともしない。
「も、持ち上がらない!? お、おもい……」
「急激の性別変化で力が弱くなってるんだ。体が変わったから、大剣で今までの戦い方は出来ない。それでも魔王城に帰りたいか?」
「もちろんだ」
「わかった。ついてきてくれ」
勇者が立ち上がり、手招きする。
「何処へ行く?」
「地下に武器がある。好きなのを選んでいい」
勇者についていき。階段下にある床の開口部を開けた。そこからは梯子で降り、カビ臭い中を魔法のカンテラで地下を照らす。魔法で照らされた武器が写し出されたときに私はここが武器庫なのを理解した。何種類も武器が飾られており、宝の山だと感じる。
「勇者。これは全てお前のか?」
「そう。大剣は振れそうにないから好きな物を選んでくれ。そう悪くはない物ばかりな筈だ」
「ほう…………言葉に甘えて戴くとしよう」
何故こうも準備がいいとか、何故武器を渡す事に不思議に思ったが。「好き」と言ったことを思い出し、考えないことにした。「恥ずかしいことを言いやがって!! 男からの告白はキモい!!」と心の中で毒づく。
「ん? これは。量産品じゃないか?」
余は1本の気になるショートソードを掴み、鞘から抜く。刀身が少し小さく炎が揺らめき。量産品の装飾もない剣から魔力を感じビックリする。
「魔剣!?」
「少し違うが、火山で採れる火石を打ち込んだ剣だ。名鍛冶士の逸品だぞ」
「…………ふん。面白い剣だ。気に入った」
火を治めて鞘に収める。あまり重い武器は持てないため片手剣がちょうどいい。それに……火が出るのがカッコいい。
「これをいただく。良いのだな?」
勇者が頷き。「今さっきの御礼だ」と言う。この剣で切ってやろうかと思ったが………あんだけの名剣をくれたんだ。我慢する。
「それにしても、武器もくれる。お前は人間の敵だな。何故、我を助ける? 『好き』だけでは説明つかない。落ち着いて考えたがやはり、お前は異常なほどに我を助けている。それは王国の王に対して裏切りだろう? 本当の理由はなんだ?」
勇者が腕を組み笑う。屈託なく、満面の笑みで。
「同じことを言った気がするが惚れた弱味って奴だって言ってるじゃないか。他にはない。本当に……それ以外がない」
「気色悪いことを。そっちの趣味はないぞ。少年婦でもないからな?」
「もちろん、冗談は言わない。本当にそうだからだ」
「……会ったばかりなのにか?」
「会ったばかりでも」
勇者が真っ直ぐ眼を見つめる。勇者の目の奥に気圧され、1歩後ろに下がった。その瞳には嘘が写ってない。またキスされそうで怖い。
「はぁ………まぁよい。敵意よりマシだ」
「信頼は行動で示す。よろしく」
「ふん、精々余のために頑張るんだな」
鞘に入った剣を眺めながら、側近の裏切りを思い出す。我は我の自由のために魔王の玉座に戻らなければならない。まだ、勇者が信用に値するかは追々考える事にして、目的のために利用するだけと割り切きった。
一目惚れ等を恥ずかしげもなく言い放つ事を考えると、勇者から変人な匂いがするが余は信用するしかない。
いや、初めて……信用してもいいかなと思った人だった。
*
勇者に武器を貰った後。何故か下着の付け方を教てくれる。勇者が詳しいことを気にせずに黙って着替えてきた。あの勇者に関しては考えを改めよう。変人すぎる。
「我は男なのに………くっそ。邪魔な肉を押さえるためだ。大きいなぁくそ」
一度服を脱ぎ、下着をつける。こうしないと動いて邪魔らしい。
「はぁ………なぜ、こんなことに」
地位も何もかも失ってしまった。勇者は女の姿の方が動きやすいと言っていたが簡単に吹っ切れるものじゃない。慣れた体に戻りたい。
「弱い、勇者に頼るしかない自分が惨めだ……」
「魔王、着替えたか?」
ドアを開けて入ってくる。
「か、勝手に入るな‼ ノックしろ‼」
この体は恥ずかしい。
「すまない。これ、ローブ。お前は目立つから外に出るときは被って隠れる事だ」
「確かに魔族だからな」
人型に近いと言っても、小さな所で人間と違う。悪魔の血を持ってるが頭の角などはまだ生えてきていないのが幸いである。
「帝国内でバレたら蜂の巣だな……確かに」
「そうそう、綺麗な女性はそれだけで目立つ。綺麗だぞ魔王ちゃん」
「やめんか!! 我を女扱いするでない!! 虫酸が走る」
「そんな小さいことはいいから。帝国内を紹介してあげよう」
「小さくない小さくないぞ!! 女ではない!! 男だ我は!!」
「今はどこから見ても女性の魔族」
「黙れ!! 知っている!! 言うな!! 惨めになる……うぐぅ」
「わかった。言わないが女扱いだけはするからな。これは譲らない。そうじゃないと協力しないぞ?」
「くぅ、足下見やがって!! 卑怯だぞ‼ 勇者の癖に」
「あ~勇者って言うのやめないか?」
「はん!! 勇者見習いの雑魚だったなお前は!! お前の名前なぞ、呼ばん!! おまえは『おまえ』だ‼ 勇者だ!! 名前なんて絶対呼んでやらん!! いや『下僕』だ!!」
「俺はどうしようか?」
「勝手に好きに呼んでろ。下僕」
自分はそっぽ向いた。調子が狂うが、何故だろう、すごい今までの生活で一番安心している自分がいる。それはきっと……傀儡ではないからだろう。
「それじゃぁ。偽名でネフィアでいいかな?」
「はん!! 弱々しい女の名前なぞ、やめんか!!」
「好きに呼ばせてもらうから」
「好きにしろ!!」
その日は罵るだけで終わった。罵っても罵っても、あいつは楽しそうに幸せそうに笑っているのだった。
*
次の日の昼過ぎ。テーブルを挟みアイツと顔を見合わせる。今日はトースターという柔らかいパンがご飯だった。まったく堅くなくてビックリする。魔王でもいいご飯は貰ってなかった。
「これからはどうするつもりだ? ネフィア」
「もちろん。魔王城へ行き、裏切り者に復讐だ。傀儡ではなく本当に魔王になる」
「手伝おう。現にあの者の計画は破綻させたからな」
「破綻した?」
「毒でも盛って俺に倒させるか、自分で倒して両方殺し魔王の仇を名乗る予定だったんだろう。下克上だよ」
「そうなのか。さすが、我が側近。悔しいが優秀だな。ずっと裏で操ってた奴だし」
「褒めるな褒めるな。お前を殺しそうとした奴を」
「それも、そうだな。しかし、よく見破った」
「盗み聞きしてたからな」
「勇者とはほど遠いな。お前のそれ」
「よく、言われる」
物語の勇者像が砕ける。カッコいい騎士のイメージだったが現実は違うようだ。わかっていたが……実物は知らなかった。
「まぁ………悲しいがそんな奴に危機に助けてもらったんだな………悲しいが」
用意してもらった安物の紅茶を啜り。溜め息を吐く。物語の騎士に憧れがあったと言えばそうだ。
「ネフィア。目的は決まったが数ヶ月は様子を見よう。そうそう玉座は逃げやしない」
「何故だ?」
「弱体化してるだろ? それに資金もいる。情報も」
「ムカツクがお前の言う通り。なにもかも足りないな」
余は無知である。そう、無知である。
「だから。稼ごう。鍛えよう。情報を集めよう。時間はある」
「あー癪だか郷に入っては郷に従え。仕方がない元魔王がその案に乗ってやろう」
「じゃぁ、長く生活するからここの設備を説明しとく。洗濯物はこの籠に………」
勇者が部屋を案内し、説明してくれる。そして今日から隠れるような生活が始まった。だが余は監禁監視されていた日々よりも窮屈じゃないと思い……少しだけ喜んでたりするのだった。
§
次の日、余は寝てる背中を優しく触れる感触で起きた。「余を背中を押して起こす奴なんていない……」と寂しい話で誰だと思ったが。頭が目覚めるにつれて状況がわかりだす。
「おはよう。飯、出来てるから降りてこい」
ただ一言、アイツは起きたことをわざわざ目で確認せずに部屋を後にする。起こすために背中を触ったのだろう。
「………襲われるか思ったが。大丈夫そう」
少し「襲われるのでは?」と身構えたが何もなく。余は着替えを済まして1階に降りた。今日も目玉焼きであり、皿に盛られたそれを食べながら勇者をみると皮鎧を着こみ。何処かへ出掛ける準備をしていた。
「ネフィア。ご飯は食べたら支度をしてくれ、冒険者ギルドで金稼ぎに行く」
「冒険者ギルド?」
「仕事を斡旋してくれる場所だよ」
勇者が壁にかけている剣を軽々と肩に担ぎ、背負う。その剣は昨日、余が持てなかった剣であり。勇者が慣れた手付きで背負った所から、本当は大剣使いなのが伺えた。
「傭兵みたいなものか?」
「何でも屋が一番近いな」
「ふむ。それで旅の資金を集めるのだな?」
「ああ、そうだ。それとネフィア」
「ん? なんだ?」
勇者が笑いながら、自分の頭を指差す。
「色んな物事に凝り固まっていたら大変だから。社会見学だ」
*
余も帯剣し、ローブを深くかぶった状態で勇者の家を出た。家の玄関は路地裏にあり、影が多く暗がりの中を進む。そう、声のする方へ向かった。
声はどうやら本通りの人々の声であり、路地から出た瞬間、暗がりから一転。出店の元気な客寄せの声と人々の話し声、太陽の光が出迎えてくれる。商売が盛んな道だと感想が出る。
「おっ、人間の店もあまり我ら魔族とは変わらぬのだな?」
「ネフィアは知ってるのか?」
勇者の驚いた顔で聞いてくる。どうやら……余の境遇を知っているようだ。
「まぁ、抜け出して遊んでいた」
遊んだとは嘘であり。引きこもりを脱走して逃げた事がある。だが、捕まって閉じ込められた。
「じゃぁ、ある程度は常識を知っているな」
「もちろん」
「安心した。そして城に見えるあれが冒険者ギルドだ」
勇者が大通りの一角を指差す。指の先には大きな建物が立っていた。王宮の様な、城のような建物。自分は驚いた。その大きさが言われたような城のようだったから。
「帝国の首都で本拠地だから大きい。首都自体が大きいからな、本店ばかりだぞ」
「そ、そうか」
王がいる場所ではないのにも関わらず。大きい事にドキドキする。初めて知る土地でもあるだろう。
そんな緊張を見透かされたのか勇者が背中を優しく叩いた。耳もとで、優しく勇者が囁く。そう、優しく。
「堅くなるなよ。敵とか忘れろ。今のお前は帝国の人間ネフィアだ。怪しまれるぞ」
「う、うむ。そうだな」
勇者の後に自分は静かについていく。建物に入ると、また凄く広い空間だった。大きな柱で建物を支える主柱が出迎えてくれる。
天井も高く、複合用途の施設案内が書かれていた。宿泊、酒場、訓練所。一つの町がくっついたような施設に「すごい」と盛らす。この城ひとつがギルドの持ち物らしい。
「面倒だから全部を入れればいいと考えたんだよ昔にな。他の冒険者ギルドも酒場と併設してる。あと、これを渡す。無くすなよ大切な物だ」
勇者が一枚の金属でできた板を渡してくる。それを受け取り、眺めるとネフィアと名前が掘ってある。名前以外の所は幾多の魔法陣が複雑に重なっており。わからないがすごい物だと感じた。
「これは、なんだ?」
「冒険者ギルドの身分証。何者も知らない奴に依頼なんて託せないだろ? 都市に入るのにも……いる」
「確かに」と自分は思う。少しでも信頼がおける人に依頼したいものだ。「もしや、冒険者ギルドは仲介人の役割をしているのか?」と聞くと彼は頷いた。
「重要な身分証だからな。早くそれを持って登録を済ませる。魔法陣に自分の情報を刻み偽装できないようにな」
「我は、魔族ぞ。大丈夫なのか?」
「冒険者に魔族もない。この板があればいい。だがな、これを手にいれるのも大変な物。大切にしろよ」
「大変? こんな薄い一枚で?」
「そうだ、特権みたいなもので。これひとつで相手に理解してもらえる。都市間を移動も楽だ。特に魔国にもな」
「ふむ」
「あそこで登録できる」
勇者が指を差す先に女性の使用人が受付をしているのが見える。余はその女性の元へ行き声をかけた。
「はい、今日はなんのご用でしょうか?」
「登録を済ませたい」
「はい、では見させていただきます」
カウンターから受付している女性がギルドカードを受け取る。「少しお待ちください」と言った後に魔法詠唱する声が耳に届き、体にまとわりつく魔力を感じた。体を探られているのだ魔法で。
「はい。確認がとれました。身分証をお返しします」
金属の板を受け取る。金属の板の魔法陣が光だしたあと、ゆっくり収まった。
「どうぞ。女性の方ですね」
「ち、ちがう!!」
使用人がキョトンとした顔になり。勇者が自分の肩に手を置き。顔を近付けた。
「ネフィア、行くぞ。仕事探しに」
「ま、まて!! 訂正させろ!!」
「ネフィア。体は女性だろ? 器が狭くみえるぞ?」
「か、関係ない!! 関係ないぞ!!」
「あのー」
恐る恐る使用人が話しかけてくる。揉めているのを察したのだろう。
「偽装、変更等は受け付けておりません。嘘はダメなのです。すみません」
自分は金属の板を勇者の顔に叩きつけて反抗を示した。
*
帝国の情報は5つの壁で守られ、外壁の外にも護られていない街が続く。しかし、街の外だけはいつだって魔物との危険が隣り合わせで危険らしい。外壁外の者たちは王国の民ではないらしくここへ流れて来た者らしい事を教えてくれた。勇者が5番目の外壁の上から指を差して説明してくれる。
ギルドカード登録後。二人で貰った仕事は外壁の監視の仕事。週、月と契約を結び。外壁の上から魔物と外の動きを監視する。そんな簡単なお仕事だ。
今回は1週だけでの短期。一番賃金が安いが勇者が仕事をしながら街を見れる。いい機会だと選んできてくれた。
「ネフィア。地図を見た通りだろ?」
勇者の言葉を流しながら。買ってくれた地図を見比べ、帝国の中を覚えていく。いつか戦争で攻める時に役に立つだろう。
「堅牢で、大きな首都だ」
5つもの壁を越えていかなければ行かず。短期決戦は無理なのがわかった。壁が都市の成長と共に増えていっている。
「化け物め、帝国人」
「だから、戦争で強い。満足か?」
「うむ。敵の情報を生で見えるのは素晴らしくいい。『百聞は一見にしかず』だ。だが、まぁ復権してからの話だな……遠い」
今はまだ。元魔王のままであり、戻ったとしても魔族が攻めるには力不足だろうと思う。しかし……いつかはしなくてはいけないとも感じている。
「本当に。あの席はそんなにいいものだったか? わざわざ戦争をしようとするぐらいに」
勇者がまっすぐ自分を見つめて話しかけてくる。何故か、心を見透かされているように聞こえる。
「お前はどこまで知っている?」
「お前の全て」
「はん? 全てだと? バカな!! お前ごとき……なにも知らないだろう!!」
勇者が手で怒声をやめるように促す。周りを確認したあとに自分の目を見て話を続けた。
「人はいないな……同じことを言うけど。『全て』知っている」
「いい加減なことを言うな!! 昨日の今日、会ったばかりだろう!!」
自分は声を荒げ、勇者を怒鳴る。怒鳴る理由は無い。「知っているわけがない!! 自分が監禁されていたことなんて!!」と思う。
「いいや。いい加減じゃないネファリウス。父、兄弟は何人だったかな?」
「何が言いたい!! 知らない!!」
「わかっているんだろう。みんな殺されたって」
勇者が溜め息を吐く。自分は言葉が詰まった。自分が考えていた事と違う。勇者は暗殺を知っている。
「俺は知っている。ネフィアに順番が廻ってきただけのことだと言うことも」
「ああ、そうだ。私は何もせず魔王になった。それがどうした!!」
「辛くないのか? 周りの目線は? 戦争は勝てば権力でも成果で動きやすくなるだろうから狙うんだろう?」
魔王城の今までの事と言われていた陰口を思い出す。剣の鞘を握る手に力が入った。
「ふん!! それがどうした!! 魔王は弱味を見せるべきではない!! 勇者、それ以上言うと斬る!!」
「いいや!! 言うね!! 全力で!!」
自分は勇者の言葉を聞いた瞬間、剣を抜く。そして勇者に向けた。何故か息が荒い。しかし、勇者は剣に怯えずに優しく安心させるように笑った。
「今は弱味を見せてもいい。誰もネフィアを魔王と思わない。それに男だとも思ってない。今はやっと自由なんだ。ネフィアは自由なんだ。だからもっと楽しまないとな」
優しい言葉。胸が……暖かくなる。
「……………楽しまないとだと?」
「そう、ネフィアは自由だ。俺が自由を保証するから。今は肩の荷を降ろせばいい。『護ってやる絶対に。俺は絶対に護る』」
勇者が強い言葉を投げてくる。芯の強い言葉。
「…………ふん」
自分は勇者の意思に負け、突きつけていた剣を納めた。顔が熱く背中を向ける。
「いったい、お前は余に何を望んでるんだ………まったく。楽しめだと……勝手に言いやがって」
勇者が何故、そんなことを言うのかわからない。
「望んでるだろ。幸せになれネフィア。俺はそれだけが望みだ。本当だぞ?」
「わかった。わかった。お前は変人なのはわかった。変人な考えが移る。黙ってろ、この話は無しだ‼」
自分は、黙りを決め込み。この日はこの話の続きは無かった。勇者が何を言いたいかも、今はわからない。
*
帰宅後。勇者が知らない部屋へ行き、魔法を唱えてそのまま声をかけてくれる。
「風呂沸かす。入るだろ?」
「風呂があるのか!! 温泉か!?」
風呂は好きだ気持ちがいい。
「いいや、水を引き込んで暖める。温泉知ってるんだな……意外」
書物で知っている。話も聞いていた。
「それよりも何故言わなかった!! 風呂があると!!」
「風呂釜を洗ってなかったんだよ」
「見せろ‼ うわ、ちっさ」
部屋を見ると小部屋の真ん中に鉄で出来た風呂釜がある。本当に質素な物だった。
「庶民で風呂釜持っている奴なんて珍しいからな。それに一人入れれば上等だぞ? 大衆浴場でも行くか?」
「なぜ、余が大衆に混じって行かねばならん!!」
「女湯行くしかないしな」
「バ、バカな!! いや、そうだな」
今は女。男の方へ行くと騒がれてしまう。逆に覗きに行けるかも知れないが性に興味がない。それに女と混じって入るなぞ恥ずかしいので却下だ。
「湯沸かし、パンを焼くから大人しく待っててくれ」
「仕方がない。小さいが我慢しよう。清潔にしないと病気になる」
部屋に戻り、動きやすい部屋着に着替える。慣れないがスカートは思った以上に動きやすく。気にしなければすごく楽だった。
「はぁ……疲れた」
愚痴をこぼして数分が経ち。「勇者のお湯が沸いたぞ」と言う声が聞こえたので部屋からでる。そのまま脱衣場へ直行。勇者が料理する横を通り抜けた。
「先に入る」
「俺も一緒に入る」
勇者が脱衣場までついてくる。ビックリして振り向いた。
「来るな‼」
「男の背中を流してやろうと言ってるんだぞ?」
それはいい心がけだが。
「くぅ……ダメだ!! 覗くのも入るのも!! 嫌だ!!」
何故か心が嫌がっている。「恥ずかしい」と思うのだ。
「そっか!! わかった!! やっぱ女扱いでいいな」
それを聞いた勇者が満面の笑みで脱衣場を後にした。気味悪い気分のまま自分は服を脱ぐ。
そして自分じゃない誰かの体のような姿を鏡で再度確認し、大きな溜め息をついた。
「いつになったら男に戻れるか………気分を変えていこう」
熱めの湯に四苦八苦しながら入り、小さいながらも肩まで入れる深さで思ったより窮屈では無く、ちょうどいい大きさで気持ち良いもので驚く。勇者が乗り込んで来る気がして身構えていたが、覗きも、乱入もなく本当にいい湯だった。
*
次の日、勇者が市内を一人遊んでこいと言われた。警備は勇者一人で行うからとお小遣いも手渡される。
唐突の提案だったが人間の生活に興味があり自分は受けることにした。
「どこ行こう。それより飯だな。アイツ、こうなることを考えて朝飯抜きにしやがった」
つくづく、思慮深く優しい男だと思う。店が立ち並ぶ通りを歩き、入りやすい店を見つける。酒場なのだが、営業中と札が立ち、木の板にメニューの表記をしていた。
「ここにしよう」
木の扉を開けると鈴の音が店に響き、可愛らしい店員が声をかけてカウンターに案内される。そこに座るとお水が用意され、何がいいかを聞いてくれる。もちろん頼むのはスパゲッティー。フードを外して店内を見渡して自分以外の客もけっこう入っているのを確認した。談笑などが聞こえ、賑やかな雰囲気であり……監禁生活とは違った空気に笑みが自然と出た。
「はぁ、なんだろ」
異世界に来たような気分を味わう。ここまで騒がしいのはトロール族の族長と抜け出した日ぶりである。魔王になったらもう二度と味わえ無いものかと思ったのだが。自分は何故か懐かしさを覚える場所にいた。異国の土地であるはずなのに。
「お客さん」
「ん?」
物思いに耽っていると声をかけられる。そちらに向くと中年のバーデンダーがカウンター越しに話を始める。
「君、ここで働かないかい? 見たところ冒険者ギルドに所属しているんだろうから、直接依頼するけど?」
いきなりの話で狼狽える。「どうして冒険者とわかったのか?」と考える。自分にお誘いがあるのかわからない。色々考え、纏まらず。首を傾げる。
「ああ、給料はしっかり払うよ。それなりに出すから1ヶ月試しにどうだろう?」
「すまない警備があって」
「倍は払おう。警備は何もないと安いからね。警備はいつまで?」
「今週末までだけど。えっと………」
「じゃぁ契約書持ってくる」
店の奥へ行き、一枚の羊皮紙を手に現れる。羊皮紙には金額が書かれており、指印が押されている。そのままペンを差し出しわからぬままペンを掴んだ。
「そのぉ………わからないのだが?」
「ここに名前と指印を書いて契約完了だ。本当に始めてなんだね。気を付けないと詐欺に会うよ」
「う、うむぅ」
書類仕事とか全部、したことがない。そして言われた通り、記入を済ませる。
「ありがとう。これここの制服が入った袋。契約書の控えに就労時間が書いているからね」
「あっ!!」
自分は記入し終わった後に気が付く。ここで働くことになったのだと。
*
防壁警備中。俺は座り込み空を見上げる。今日は青天で雲ひとつもない青い空が広がっているので剣を立て掛けて休んでいた。
「はぁ、気が休まる。不安だけど常識はあるようだし大丈夫だろ」
ネフィアにお金を少し渡し、自由にさせた。元々魔王になるレベルなので剣の腕は立つし、天性の魔力もそれなりにあると思う。ある程度は自分の身は自分で守れると信じている。一応、町中では。
「問題なし。魔物はいない」
空を見上げたまま、監視を行う。実際、警備という仕事は囮や時間稼ぎ、空からくる魔物たちの餌である。
外壁外は別の警備の依頼であり、あちらも同じである。だが、その危険の代わりに魔物を倒せばその素材は全て物にでき。報酬も上乗せされる。これだけで稼ぐやつもいると聞く。魔物殺しとして……昔は味方殺しの大罪人になった親友とそうして稼いでいた。
「あー、団長にも占い師にも会いに行くかな。これが終わったら」
知り合いを思い浮かべながら。警護の仕事が終わった後を考える。ネフィアには黙っているが実はお金には困っていない。
旅の資金もあるし、すぐに稼ぐぐらいには腕に自信がある。なぜ、言わなかった理由はネフィアに今の体に慣れてもらうためと情報を手に入れ吟味するためだ。
「さぁ、俺はここから始まったばかりだ」
胸の宝物のロケットペンタンドを開けて眺める。その中には小さな肖像画が入っている。ネフィアの肖像画が微笑みを浮かべた綺麗な絵が入っている。
*
お店でご飯を済ませたすぐに自分は家に帰ってきた。袋の中身をベットに広げる。中身は白い給仕服であり、フリルのついた可愛らしいスカートだった。そう、店員と同じものだ。スカートは短い。
「くそ、店主!! 女物ではないか‼ 畜生!!」
剣を抜いて燃やしてやろうかとも思ったが、仕事を受けた身。深呼吸を行い落ち着かせ、服を手に取る。
「…………」
ちょっと気になる。どんなものか。
「まぁ着てみて無理なら、断ろう」
ススッ
着替えを行う。着替えるのにどうすればいいか悩んだが。着こなせ、サイズはぴったりでビックリした。胸の谷間を見るとすごく複雑な気分になるが着れる。
「まぁ、着たけど。どうだろう? 変かな?」
鏡の前には金色の美少女が可愛らしい服を着て立っている。その鏡を触れると同じ動作をし、首を傾げた。
「これが自分?」
昔は鏡で積極的に自分を見るのが嫌だったが、まるで別人の自分を見ると何故か照れ臭くなる。鏡の女の子が照れている姿は魔王の威厳は無く。
ただの女の子のそれであり本当に少しだけある人に似ている。よく見て初めて気が付いた。
「そっか、余はもう別人。でも髪が死んだ母親に似ているのは嫌だな………」
目を伏せる。鏡を見るのを嫌がったのは自分がそこまで素晴らしい魔族ではない負い目だった。女になって死んだ売女の婬魔母親に似ているのを見るのが嫌になる。自分を金で生んで売った母を思い出す。
「自分は自分だ……あんな女じゃない」
そう、言い聞かせて自分を震いたたせた。
§
早朝、警備の仕事が終わった日にネフィアに直接依頼があることを俺は聞いた。
その仕事を教えてはくれなかったのだが、鏡で接客の練習を行うところを見たので給仕として働いこうとしているのがわかる。
「いらっしゃいませ」の発声や、鏡で笑顔の練習をしているのを覗いたときはあまりの可愛さで心臓が跳ね。物音で見つかって殴られたが、心地いいものだった。
ネフィアが新しい自分と向き合ってるので良かったと思うので痛みなどは気にならないし、閉じ込められていた箱入り娘が元気だったのは嬉しさが勝つ。もっと心が死んでいると思っていたのだ。
ネフィアが仕事に行ったのを見送った後。自分は慣れ親しんだ場所に足を運ぶ事にした。
場所は表通りから冒険者ギルドを突き抜けた先にある黒騎士団の所有地の酒場。大きい酒場であり冒険者等多数の人が椅子に座り、たむろする場所である。そこで酒場に入りカウンターにいる店主に声をかけた。
「ん? なんだいボウズ」
「会いに来た」
「そうか。まぁ、お前は顔パスだ」
「どうも」
カウンターに入り、裏の扉を開ける。葉巻の臭いが廊下に充満し、暗がりの中に扉と衛兵が座っている。不審者からここを守っている。その衛兵に声をかけ、中に入れてもらった。中に入ると執務室になっており一人のローブを着た男が窓に向いて立っている。
「誰かな?」
「お久しぶりです黒騎士団長殿」
「その声は………」
黒騎士団長と呼ばれた男が振りかえった。顔の上部は仮面をつけ、表情を読み取れないが驚いているのがわかる。名前は隠匿しているし、何百年と生きている魔導士で変わった場所に執務室を設けている。
「団長!! 俺を忘れちゃ困る!!」
「アホが忘れるわけがない。魔法使いを辞める宣言した奴だ。忘れるわけがない」
「あー懐かしいなぁ」
「懐かしい。勇者としての任務はどうなった?」
「俺は諦めたよ」
「それほど手強いか魔国内は…………よし、飯を食べに行こう。積もる話もあるだろう聞かせろ」
「はいはい、情報提供ですね」
「そうだ、魔国の情報は重要だ。非常に」
昔から団長は変わらず少し安心した。彼は黒騎士団を纏める者であり、その魔力は騎士団全員を倒せるだろう。
そして帝国と契約した悪魔とも言われる人であり、多くの功績を残している。俺は団長に連れられ、大通りの有名店へ行く。
女性の給仕が可愛い子だけしか働いていないので人気のお店で中には貴族に嫁ぐ子もいるほどに店主がよく見つけてくる。何故ここにしたのかと言えば、騎士団に店が支援をしているので営業協力の名目だ。店長に挨拶をすませ、勝手に席に座る。昼飯前なので、まだ客は少ない。
「トキヤ。魔国の旅行はどうだった?」
団長はテーブルに肘を乗せ、仮面に見える口元に笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「人間と変わらないと思った。まぁ力が全ての世界だったかな? 結構、泥々してて帝国内と変わりない」
自分は灰皿を団長の前に移動させ小さい木の箱を灰皿の横に置く。お土産だ。
「ほう、これは」
「魔国の葉巻。どうぞ」
「いただこう」
木の箱から1本葉巻を取り。先を千切った所を火の魔法で点火する。それを吸って満足した声で「ほほう」と盛らす。
「んっ………良いものだ」
「それはよかった」
団長が葉巻をプカプカ吸っている間にお水が出された。
「ご注文はお………」
「ん?」
店員と目が合う。綺麗な店員だった。金色の髪で切れ目な美少女が顔を赤らめる。ここで働いてたようだ。
「お、おま!! おま!! 何でここに!!」
美少女ことネフィアが指を指し叫ぶ。団長が顔を眺めたのち自分に向き直り、口を押さえながら話始める。
「知り合いかい?」
「あ、ああ。冒険者仲間だよ」
「お前にか? 不思議なものだな。これを二つだ」
紙の上に書いてある料理を指差す。それをメモを取る元魔王ネフィア。女の体に慣れるのが早い気がするぐらいにスラスラ仕事を覚えていた。地頭の良さを見せる。
「は、はい!! かしこまりました!! 下僕よ!! ニヤニヤするな気色悪い!!」
自分が指摘されて初めてにやけているのを理解した。ちょっと頑張って我慢しても頬が緩んでしまう。緊張しなければいかないのにだ。
ネフィアの給仕姿が見れてうれしい。やはり可愛い。惚れた弱味はあるだろうが可愛いと思う。それに、案外世間体を知っているも好印象だ。
「似合ってるし、様になっているぞ」
ついつい、誉めてしまう。黒騎士団は帝国に忠誠を誓う集まりである。敵や売国には容赦がない。元でも魔王はバレたら殺しにかかってくる。それでも我慢できず、にやけてしまう。
「うるさい、黙れ屑」
「ははははは!! お前ら仲がいいな!! クククク。本当に冒険者仲間か?」
そんな、知らない団長が腹に手を当て笑いだした。ある意味情けないなと思う。
「お前が、困ってる姿は珍しい!! 面白い!! 女に興味がないものだと思っていた」
「お、おう」
ないわけじゃない。一途なだけだ。
「お嬢さん!! はいチップだ。良いものを見た御礼だと思ってくれ。女で困る姿なぞ、姫様ぶりだ。やはり占い師に女難の相が出ていると言われた通りだな」
「団長、全くそんなことはないと思うぞ」
心情は早くネフィアに去ってほしい。満足した、落ち着き考えると危険すぎる。女難の相は確かに今はそう思う。
「かしこまりました!! 覚えておけよ、お前」
「わかったよ、後でな」
「ふん!!」
彼女が去り胸を撫で下ろした。危ない危ない。
「はぁ……姫様でも振り向かなかったお前が。あの子にはご執心か? 面白いぞ。てっきり同性愛者と思っていた」
ある意味、間違ってない。元々、男である。男娼にもなれるぐらいには既に整っていたが。お陰ですぐにわかった。探した人は彼女だと。
「まぁ、他は興味がない。それより団長、あの子かわいいでしょ?」
「綺麗だが性格が悪いだろうな」
「まぁ………それを含めて。絶対護って行こうと思ってます」
「なら精々頑張れ。黒騎士団を蹴ったんだ不幸になれ」
「厳しい言葉ですね」
しかし本当に安心した。元魔王を知らないことに。そして、完全に自分は黒騎士団を裏切っている。裏切っているからこそ顔を出した。様子見である。
「団長、魔王に会ったことは?」
「ない、見たこともない」
「魔王はな、金髪の美青年の剣士だ」
嘘は言ってない。間違っちゃいない。だが、男であることを説明する。
「いい情報だ。お前より強いのだろうな。まだ、魔法は封じてるのか?」
「いいや、魔法は解禁するよ。普通の冒険者で生きていく」
「そうか、本当に諦めたのか」
「ああ」
このあとは魔国の情報を提供した。今は、目をつけられる訳にはいかない。安息が必要だ。ネフィアのために。
*
食事後、団長と別れてお店でネフィアの仕事が終わるのを待つ。終わった後を見計らって声をかけた。
「おつかれさま」
「長い時間ジロジロと眺めよって。仕事がしにくかった!! 何故ここに来た。他に店があっただろ!!」
「運が良かったんだ。俺の運が」
「自分は最悪だった。よりによってお前に見られるとは………くそ」
ネフィアの肩がうなだれながら深いため息を吐く。
「まぁ気を落とすな。『さすが魔王』と俺は思うぞ。違う体でもなれる早さ。すんなり仕事をこなすスキル。『さすが魔王』と言えると驚いている」
両手で大袈裟に驚いた素振りを見せた。同じ事を2度言う。
「フフフ、余は偉大だからな」
すんなり彼女は機嫌を治してくれる。「あんまり誉められたことがないのだろうか?」と思ったがそのとおりできっと褒められてない。
「偉大な魔王さま。仕事終わって疲れていると思うのですが。一人、君に会いたがっている人がいるので一緒に来て貰えませんか?」
「ん? 誰だ?」
「占い師」
「占い師? 占い? 何故?」
「まぁ、会ったらわかる。俺の人生を狂わした張本人様だ」
「狂わした?」
「まぁいずれ話すときが……来ればいいな。でどうする?」
「まぁ会ってやらんこともない。余は寛大だ」
胸を張りながら腕を組み。ふんぞり帰るがただ可愛いだけである。
「ありがたき幸せ。では、ご案内します」
誘ったのは俺だが……ネフィアは他の人にも簡単について行きそうで少し不安になる。店長に帰りの挨拶をすませ店を出た後。占い師の店がある場所へネフィアを連れて歩きだす。周囲に人がいない事を何度も確認し、話を始めた。
「ネフィア、真面目な話だ。今日、一緒に居たのは帝国黒騎士団団長様だ」
「!?」
ネフィアの顔が驚いた顔をする。帝国の黒騎士団ぐらいは知っているのだろう。さすが悪名高い騎士団。
「あの、味方殺しの騎士団か?」
「売国奴等。国益を損なう輩や国家転覆は全て摘む。昨日は味方でも帝国のためならなんだってする」
「お前はそんな奴と何故、親しげに話を?」
「元黒騎士団の騎士だから。知り合いなんだ」
ただ、異様に変人同士仲がいいだけである。まぁ、直接個人で依頼も受けてたし目立っていたから。
「お前、強いのか?」
「弱い。そう信じて鍛えてる。でも自信はある」
「………ふーん」
そして例の占い師の店の前の到着する。店は「雑貨」「魔法書屋」と看板に書かれている。あまり際立って珍しい店ではない。雑貨は一般人でも来るだろうが魔法書は魔力を持った者以外は必要がないため売れ行きは良くない筈である。
それに裏道であり表にはもっと大きな魔法書以外も売っている本屋がある。なので、商品を売って儲けてるように見えないが、店はここに存在し続けていた。ずっと昔から。
扉を開け中に入る。お客の来客を示す鈴が店内に響き渡り、店主を呼び出す。
「おやおや、お客かい?」
「ばあちゃん。お久しぶり」
奥の部屋から緑のローブを着た、腰の曲がった老女が杖を持って現れる。ローブの中の顔はしわしわのばあちゃんで、微笑ながら俺の名前を呼ぶ。
「ああ、トキヤ君だね。見つけたかい?」
俺は頷き彼女を紹介する。
「あの薬……ありがとう。見つけたから紹介するよ。元魔王ネファリウスだった。今はネフィアって言う偽名」
「そうかい。そうかい。お茶を淹れるよ」
「いや、挨拶だけだから。ネフィア、彼女が占い師だ。名前はない」
自分は手で彼女の背中押す。ネフィアを前に出した。
「こ、こんにちは」
「こんにちは。では、さっそく見せて貰おうかね?」
「な、何を見せるのだ!?」
自分は奥の部屋にゆびを指す。奥の部屋には紫のカーテンがかけられ中が覗けない。
「占いが本業だ。約束したんだ。見つけたら占いさせて欲しいって」
ネフィアの背中を優しく押した。そして自分は本を眺め、一冊だけ抜き取り窓際にある椅子に座って占いを行うまで時間を潰す事にした。
*
「さぁ、お嬢さんどうぞ」
勇者に連れられた来た店で占い師が怪しいカーテンの中に入る。勇者は椅子に座り、何かの本を取って読みだした。
「………失礼する」
自分も占い師について行き、カーテンを潜る。中は六角形のテントのような小部屋であり、中央に水晶玉が鎮座していた。椅子が二つと天井には魔法のカンテラが部屋を照らすために吊ってある。片方の椅子に座り水晶を覗くと、自分の顔が歪んで写った。
「何も、写らんよ。お嬢さん」
「う、うん。そうか」
ちょっと恥ずかしい。
「では、占ってあげよう」
占い師が水晶に手を乗せて魔力を流す。水晶が虹色に色を変えた。しかし、それ以上の変化はない。
「見えたね。じゃぁ……お話をしましょう」
「お話?」
「ええ、魔王ネファリウスは消えました」
「な、なに!? 余はここに居る!!」
声をあらげて言い放つ。
「静かに聞いてくださいね」
しかし、占い師が次の言葉を制止する。眼光が光った気がして少し気圧された。知らないが、何か深く強いと勘が囁く。化物でもあり、危険人物であると頭が理解する。
「わ、わかった。睨まないでくれ」
「いい子、ではお話しします」
占い師が水晶を撫でる。いとおしいそうに。
「魔王ネファリウスは死ぬ運命にありました。運命は枝分かれした木のように多岐にわたる選択で決められる物です。しかし、自分が全部選択出来るわけではなく。人によっても決まってくる物です」
「う、うむ。それで余は…………」
「死んでいたでしょう。彼が現れなければ遠からず」
「…………そうか」
「彼が行ったのは生まれ変わらせる方法であなたを救いました。今は、小さい双葉ですが寄り添っている大きい木に護られています」
「大きい木?」
「彼です。彼はあなたの剣であり盾であり絶対裏切ることのない道具みたいな人です。安心して彼を使ってあげてください。なんでもしてくれるでしょう」
「そうだ!! そこに疑問が!! なぜ奴がそこまで余に仕える!! 余に出会ったばっかりで何故!!」
椅子から立ち上がる。占い師が少し微笑んだ後に言葉を続けた。
「いつか、心から話せるようになると思います。その日まで、信じてあげてください。信じれないなら毒薬でもお売りましょうか? なんでも揃えております。ククククケケケケ」
占い師が憎たらしい笑みを浮かべる。
「いらない。あいつに頼らないといけないからな。やはりあいつから聞けと言うのか………」
「ええ、ええ。後悔はさせませんよ彼は」
「なぁ、占い師。未来は占えるのか?」
「いいえ、見ることは出来てもその通りになることはない。実際、あなたがここに居るのも予想外の結果であり、これからも予想外の結果が続くでしょう。だから楽しんです。ネフィアちゃんも楽しんでください。新しい世界を……いつか終わる世界をね」
含んだ言い方に背筋が冷える。
「奴も同じことを言う。楽しめと………魔王の席は逃げない。少し楽しむことにしよう」
それから余は他愛のない話をした。敵対しないように。
*
占い部屋から出た瞬間、勇者が立ち上がり話しかけてくる。
「終わった?」
「ああ、色々聞いたよ。楽しそうな場所も……」
「これ、あげるよ。お買い上げだ」
勇者が本を手渡してきたのでそれを受け取る。火の魔法書なのがわかり、本の内容が目に入ってくる。
「『お買い上げありがとう』と言いたいとこだけど面白かったからタダでいいよ。まぁ、全部なくなるしねぇ~ケケケケ」
占い師が満足げに笑いながら余の手から本を取り。持ち運びができるように取っ手をつけてくれた。このまま魔法具として扱えそうだ。
「いいのか?」
「いいさ、未来は見えてるとつまらない。面白い予想外の結果だから、ご褒美ね。今なら上手く扱っていける筈だよ?」
占い師が本を差し出し、自分はそれを受けとる。
「占いの結果?」
「いいえ。勘ですよネフィアちゃん。まぁ、あんまり強いと刈られちゃうよ」
自分は本を開き、一瞬だけ覗いた。昔では理解出来なかった物が、今では読める。そして余は御礼を言った後。勇者とともに店を後にした。
§
占い師から出会って数日がたった。ネフィアは毎日もらった本を読み、頭に魔方陣を覚えさせて戦える努力をしている。
本を読めるのは才があるからだ。ネフィアは扱える才がある事に誇りを持ち、毎日自慢してくる。そして今日は彼女はお店を休んだ。なので1日訓練に当て鍛えている。
「だいたい覚えた!! 後は実戦あるのみ!!」
「あーあんまり本を鵜呑みにするなよ」
「何故だ?」
「皆が忘れているが魔法ってのは世界のルールをねじ曲げる方法だ」
「そうだぞ? 忘れていない」
「いや、魔法ってのは自由なんだ」
「ん?」
「自由であるから十人十色の魔法になる」
「十人十色? そんなバカな話はない。先人が見つけたのを使って行くのに個人の色など…………」
「魔法は自由を導きだすルール改悪の悪法だ」
「よく、わからんぞ………言っている意味が」
「そっか。じゃぁ~まだ俺には敵わないな」
「な、なに!! 何の魔法が使えるが知らないが絶対にお前は剣士だ!! 余の方がうまく扱える!!」
ネフィアが背中に向け力一杯、魔法書で叩く。バシバシいい音が部屋に響く。
「はは………!! いたい!! いたい!! 本の角はやめろ!!」
「死ね!! 死ね!! 死ね!!」
殺意も込めて殴られる。
トントン
「「ん?」」
玄関の扉が叩かれる音がした。客人らしいので扉を開ける。開けた先では白い鎧を着た騎士が立っていた。大きな袋をもっている所を見ると旅の途中だったのだろう。
「すまない。ここはトキヤと言う御仁の家と伺っている」
鎧の兜から女性の声がした。男と思っていたが、鎧の主は女性らしい。マークからある国家を思い出す。
「はぁ俺ですが何か? マクシミリアン騎士団が何のようですか?」
マクシミリアン地方の騎士がわざわざ来ている。
「邪見しないでくれ。頼みがあって来たんだ」
「わかりました。中でお話を伺います」
彼女を案内し、椅子を下げる。そこに座っていただき、お客の接待の要領で対応する。
「マクシミリアン騎士団かぁ………」
自分は名高い騎士団の名前を思い出していた。帝国に与する騎士団、地方騎士であり、一領地を納める国とも言える大きな団だ。
帝国と戦い、守りきり。帝国領地を一部頂いた。帝国の法が届かない所。「その騎士団がなぜ?」と思う。
「ふぅ………やっと一息つける。兜を外すが他言無用で頼む。殺さないといけなくなるからな」
「わかった。約束しよう。他言無用だ、元黒騎士にかけて」
きっと、名のある人なのだろう。それも大分身分が上の。
「ありがとう」
兜を外した瞬間、綺麗な長い髪が落ちる。金色のネフィアと同じ髪色。そして、尖った耳に人間とは違った綺麗な顔つきとシルクのように白い肌。たったそれだけでわかる。人間じゃない。
「「!?」」
一目で誰でも。彼女が人間じゃないことがわかる。魔族は一部の人間より美しく見える。ネフィアの様に。
「初めましてエルミア・マクシミリアンです。現マクシミリアン騎士団長の大祖母であり、元騎士団長です。種族はハイエルフ。珍しいでしょ?」
ネフィアが声を出して驚く。何故ならハイエルフは本当に珍しいからだ。珍しい所じゃない、考えてみれば文献にしか書かれていない種族だ。全てのエルフの原点だ。
「ハイエルフ!? 森から一切でない引きこもり種族だぞ!? 余も引きこもりだったが、輪にかけて引きこもりだ」
「ネフィア!! やっぱりそうだよな!! エルフは魔族では珍しくないがハイエルフを外で見るとか信じられん!! 初めて見たし、文献でしか知らなかった」
魔族にいるのはハイエルフから混血となった者たち。ダークエルフとエルフだけである。
「ふふふ、外見的にはエルフと変わりません。ええ」
にっこりと驚いてくれたのが嬉しいのか笑みを浮かべる。手を押さえて笑う姿はお上品に見えた。ハイエルフはエルフと違いは大きい古い森の民であり。純血種だ。
「あーあー、驚いたがここを教えてもらったと言うことは黒騎士団長から?」
自分は彼女と接点はない。なら、誰かが差し向けたに違いない。
「そうです。教えていただきました」
「いったい何を依頼されたのですか?」
「精鋭数人の発注。マクシミリアン騎士よりも強く、生き残れるほどの強者」
「いや、依頼内容です」
「………………………契約後に。金額は個人の資産から出す。この家を建て替える金額を出そう‼」
中々、厄介な依頼。黒騎士団長、投げやがったなこっちに。関わりたくないのが見える見える。
「なんと!! 元勇者、受けるぞ‼」
金につられて顔を出すネフィア。俺は彼女に呆れる。
「あなたは? 彼女さん?」
「違う!! 汚ならしいこいつの彼女なぞヘドが出る!!」
「そうなの? わかった。なら依頼しても大丈夫そうね。恋仲を裂くかもしれないから」
エルミア嬢が胸を撫で下ろす仕草をした。自分は、何故か少し彼女の嬉しそうな寂しそうな表情に目に止まったがわからないでいる。察するには情報が足りない。
「わかった。行きましょう。その表情が知りたくなりました」
その表情は何故か自分を突き動かす物と良く似ていた気がしてつい、一つ返事で依頼を受けてしまう。と言うことは「愛」なのだろう。
「本当か!!」
エルミア嬢の表情が明るくなる。そして、暗転し申し訳なさそうに言葉を吐いた。
「本当に………い、いいのか?」
「この元勇者がいいって言うんだ‼ いいに決まってる!! さぁさぁ言うんだ‼ 依頼内容を‼」
「わかりました、信じましょう。依頼内容は死都の玉座まで私をつれてってください」
言い放った言葉に自分は「え!?」と驚きの声をあげる。死都は魔物によって滅ぼされた都市であり、スケルトンなどが死都を守るために徘徊している。危険な場所。
黒騎士団長は試算をした。マクシミリアン騎士団に恩を売るか騎士団の被害を試算して。そして、断った。彼は感情では動かない。故に割があわないと判断したのだ。
「あーマクシミリアン元騎士団長さま……」
「エルミアでいい。私はトキヤと呼ばせてもらう。そっちのが都合がいい。身分種族をかくしてるのでな」
「えっとエルミア嬢。死都はさぞ危険ですね」
「ああ、だが。行きたい。行きたいんだ。理由がある。終わったらゆっくり話をするから。お願い……連れてって」
エルミアが椅子から降り、丁寧な土下座する。元騎士団長がここまで懇願するのにビックリする。ネフィアが偉そうにその肩を叩き。俺は頭を押さえる。
「顔を上げよ。エルミア、大丈夫。彼なら何とかしてくれる。なっ? なっ?」
「お前はお留守番だ」
「何故だ!! 実戦じゃないか!!」
「危険だからだ」
「ふん、なんと言おうと行くからな。依頼だから」
お金で釣られてる。
「ネフィアと言ったか? やめた方が………」
エルミアが心配そうに言いだす。「その通り!!」と思う。
「ふふ、余は元魔王ぞ。大丈夫大丈夫」
「えっ!?」
「あっあああ!! 違う!! こう、変なこと言うんだ‼ ネフィアは!!」
ネフィアが少し怪訝な顔をしたあと、自分の口に手を当てた。
「…………ふふふ、わかった。隠し事だな。私と一緒の。では元魔王殿にも頼むとしようか」
少し、困った事になったがエルミア嬢詮索せずに詳しい話は自分の領内屋敷へと言い、そのまま家を出ていった。ネフィアが店員の仕事を終わった後で領地へ行く事にする。それよりも俺は怒る。
「すまぬ」
去ったあと、一言。ネフィアは申し訳なさそうに顔をふせて言った。それに怒るのをやめる。
「余計なことを口走った。本当にすまぬ」
「…………まぁ、相手が良かったから。気にするな」
「いや、気にする。ここでは禁句だ。殺されても文句は言えない」
「まぁな。でもそんときは逃がすさ。帝国からな」
旅資金はある。いつだって旅の支度は出来ている。そう、騎士団と殺し合いながら逃げる事になることぐらい予想している。
「まぁ、これで一攫千金。旅が出来るな‼」
「そうだな‼ でも、お前のことを黙っていてくれと言うことで足元見られるがな!!」
「そ、そんなぁ………」
ネフィアが残念そうな可愛い顔をする。非常に元気が出る顔だった。俺はそれだけで死地を覚悟する。
*
私は勇者から多くの事を聞く。マクシミリアン騎士団の治める領地は帝国から北西の方面一帯である。魔国の国境付近に都市があり、重要な拠点となって、東北側魔国から防衛している緩衝地となっている。
しかし、もう一つ役割があり、帝国の騎士団が恐れる死都の監視もこなしている。
死都は昔、栄えた都市だったが魔物によって滅ぼされ生きる動物がいない死んだ都市となった。魔物の様に厄介なものが蔓延っている。アンデットの都市に成り果てていた。
マクシミリアン騎士団の都市へ馬で走り、時間をかけて移動する。馬は2頭の理由は余が相乗りを嫌がった事が原因である。
そうして、ゆっくりとした道のりでマクシミリアン騎士団を訪ねた。案内されたマクシミリアン騎士団の屋敷は城のような堅牢ではなく3階ぐらいの豪邸である。そう隠居用の屋敷である。
中に入ると赤い絨毯が広がり、大きな肖像画がある。きっとマクシミリアン騎士団長なのだろう。普段着であろうドレスを着たエルミア嬢がご挨拶に出てくる。耳は人間である。そして……彼女に出会う。
「長い危険な旅路の御無事を祝うと共に感謝を」
「うむ!! くるしゅうない!!」
自分は胸を張る。勇者に呆れながら肩を叩かれた。
「今のお前は一般の冒険者な」
「はっ!?」
「くすくす。面白いわ、ネフィアちゃん。隠す気あるの?」
「くぅうう。あ、あるんだ一応」
「店でもそんな対応してないのになぁ」
「うるさい‼ 勇者!!」
「勇者言うな。勇者じゃない」
「へぇーあなたがあの部隊に居たのね」
「すぐに脱走したがな」
「正解よ。そう、正解……暗殺なんてくだらない」
エルミア嬢が手招きをしたあと。使用人を呼び荷物を預ける。
「ここで話もあれなので、私の部屋へどうぞ」
エルミア嬢についていきホールの階段を上がる。そしてついていった先の扉を開け部屋に入った。中は調度品等、貴族らしい装飾がなされている家具ばかり。金持ちのお家だ。
「どうぞ、椅子にお座りください。葡萄酒をご用意しますわ」
「大丈夫かネフィア?」
「バカにするな。これでもしっかり飲める口だ」
魔王城ではいつも一人で飲んでいた。葡萄酒だけは、好きに頼めた。他にすることもなく。忘れたい事があったから溺れている日もあった。
「ふふふ。マクシミリアン騎士団のお酒ですよぉ~美味しいですから期待してね」
自分は疑問に思い、質問した。
「騎士団も酒を作るのか?」
「ええ、もちろん騎士団の非番は農家ですから」
「騎士団なのか? それ?」
「マクシミリアン騎士団は徴兵制と募兵制があり、皆が騎士団員であるのですよ」
「そうだ、ネフィア。だから地場では強いから帝国は同盟で諦めてるんだ」
「…………なるほど。屈強なのか」
そういえば、魔国もこちらの領土を攻める話は聞かなかった。まぁ魔国と言ってもまだ、統一は出来てないがな。「黙っておこう」と思う。
トントン
「お持ちしました」
「ええ、入って」
使用人が応答後すぐ部屋に入ってくる。瓶に入った葡萄酒とワイングラスが3つ。机に置かれる。
「なにか他にご用意がありましたらお呼びください」
使用人の言葉に反応してエルミアが言う。
「自分で取りに行きます。台所まで」
「いいえ、使用人の私達に言っていただければご用意します。騎士団長から命令されております」
「…………わかった。ありがとう。下がっていいわ」
「はい」
使用人が下がった後。エルミアが愚痴を溢す。
「別に偉そうにしたい訳じゃないのに。まだ老後は早い」
「何故だ? 余なら頼むぞ?」
エルミアが自分を見た後、寂しそうな顔をする。
「私はマクシミリアンの者ではないのです。それに、どちらかと言えば仕事した方が気が紛れていいんです。一人は思い出す事が多い」
「ふぬ。体を動かすのは良いことだな」
「そうね」
何故だろうか、自分は何故かこの人の感情が読めてない気がする。勇者がワイングラスに葡萄酒を注ぎ、一口含んだ後に喋り出す。
「何か、あるんでしょうけど終わったらお話をお聞かせくださいエルミア嬢」
「ええ、もちろん。そのつもりですよ生きて帰ってきてからね」
*
葡萄酒が尽きるころ、雑談は終わった。ここの地方の特徴と明日から行く「魔都」「死都」の情報。別れた場合の集合場所等も確認した。そして、大浴場を使わせてもらい旅の疲れをとった後、部屋に戻った。
「おい、勇者」
「なんだ?」
先に風呂に入って出てきた筈の勇者が使用人に案内された部屋にいた。
「なんで、お前が居る!!」
「ここが案内された部屋だからだ」
「なにぃ!!」
「ダブルベットだし、眠れるだろう。久しぶりのベットだな」
野宿ではないベットでの就寝。だが、旅ではこいつと二人で寝ることは無かった。
「どうした? もしかして意識するか?」
「はぁ!? ふざけるのも大概にしろ‼ くそ!! 私は外で寝る!!」
部屋を出ようとする。「がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ」と音を立ててドアノブを回すが開かない。
「ん? ん?」
「どうした? ネフィア?」
「あ、開かない!!」
「ほう。鍵でもかけられたか?」
「な、何故だ‼」
「さぁな。でも好都合」
勇者がベットから降りてこちらに来る。
「な、なんだ? 勇者?」
何故か背筋に寒気がする。風呂に入った筈なのに冷や汗が出る。想像するのは淫らな物。
「ここには美少女がいます。ベットも」
「お、おい!! よせ!!」
ズリズリ、寄っては自分は逃げる。真剣な顔の勇者が恐くなる。身に覚えるのは危機感。襲われる。
「どうした? 逃げて?」
「ち、近付くなぁあああ!!!」
ドンッ!!
「なっ!? 角!?」
後退し、隅に追いやられた。逃げ場がない。
「ひ、ひい!!」
女として襲われると余は震える。
「……………くぅははははは」
突如、勇者が笑いだし。部屋にあった剣を拾って扉のドアノブ前に移動した。
「よっと、鍵開けっと。ほら開いた」
「なっなっ!?」
勇者らしくない鍵開けを披露し笑みを浮かべて話し出す。
「俺は外で寝るよ。そうそう、何を想像したんだ? ネフィアちゃん」
「…………」
顔が赤くなっているのが分かる。おちょくられたのだ。こいつに!!
「あああああああああ!! くっそおお!! ちくしょおおおお!!」
「はははは、おやすみ」
勇者が部屋から出ていった。自分はその場にへたりこみ悔しさに涙が出そうになる。そうして、数分後落ち着いた。
「くっそ、あとで一発殴ってやる」
そう決め、部屋を出る。怒りを静めるため。
「使用人を探して勇者が何処に居るかを………」
「なんだ? ネフィア」
「なんでお前がここにいる!?」
部屋を出たすぐの所で壁に背中を預けて勇者が寝ていた。すぐに手が届く場所に剣を置いて。
「癖さ、安心して寝ろ。誰も襲わない」
「…………お前、もしかして護衛してるのか? ここで? 安全だぞ?」
「エルミアはお前が魔王と知っている。少なからずまったく危険ではないとは言えないさ。まぁそんな事は全くないだろうが……趣味でここにいる」
真剣な顔で正面を見続ける彼。今さっきとは纏っている空気が違う。
「明日も野宿かも知れないんだろ?」
今さっきの怒りが嘘のように静まる。
「そうだな。だから早く寝ろよネフィア。誰も通さないからさ」
優しく勇者が声を出す。本当にここにいるのだろう。
「…………気が変わった。隣で寝ろ」
「えっ?」
勇者が今さっきとは違って驚いた顔をした。少し仕返し出来た気がして溜飲が下がる。
「まぁ絶対襲わないこと誓えよ‼」
「けっこう前に誓った気がする」
「…………余が忘れてただけか? まぁよい。ここは寝るには居心地は悪いだろうし、ここではなく中で護ればいい」
それだけ言った後、二人で寝た。何故か安心して背中を預ける事が出来たのは心に閉まっておこう。
*
森を抜け出した。
気紛れで遊びに出た。
禁止されてることに心が踊る。
そして、人に出会った。
美味しいものをくれて食べた。
何かの袋に詰めらた。
次に開けられたときは檻の中だった。
泣いても助けてくれなかった。
殴られた。
覆い被さった。
女を知った。
*
バッ!!!
「はぁはぁはぁ………んぐ………おえぇ………」
自分は寝ている体を起こし、吐き気を押さえる。すでに起きて支度をしていた勇者が驚いた顔をしたあと。水瓶から水をコップに入れ渡してくる。
「す、すまん。はぁはぁ」
「汗がすごい。いきなりうなされてたが悪夢か?」
「あ、悪夢だった…………」
男に犯される恐怖を味わった。
「すまん、離れてくれ。知らない男に襲われた夢だ。お前じゃない奴な。他人の夢……」
「…………わかった。先に部屋を出ている」
勇者が部屋の外へ出る。夢の内容は喋るにはヘドが出る内容だった。
「夢だったが、生々しい。いったい何が…………」
落ち着くまで。あれがいったい何だったのか考えたが答えは出なかった。わかるのは他人の夢だった事ぐらいだ。
§
我々は魔都へ向けて出発する。舗装されていない荒れた道を3人で歩く。馬を置いてきたのは馬が走れるような道じゃない、魔物、アンデットを呼び寄せる可能性があるからだそうだ。
今はまだそこまで酷く荒れていない道だが。この先は木が生い茂った森になると聞く。魔都は瓦礫の山らしいのでやっぱり馬は置いていくことになる。結局、お馬さんは邪魔になるのだ。
「二人とも本当にありがとうございます」
「いえ、依頼ですから。気になさらず」
ドレスみたいなスカートがついた鎧を身に纏ったエルミア嬢が声をかける。きっとこれが彼女の本当の女性用騎士鎧なのだ。年がわからないエルフだが、非常に可愛らしい鎧を着ている。余がわかるのは士気が上がるのかなと思う。男は単調であり、戦場の華になるだろう。
そう、例えば立派な悪魔の女性が装飾過多な白い鎧に白馬で戦場の前線で駆けていればきっと素晴らしく士気が上がるだろうと思う。
「報酬がいいからな。頑張れ、下僕」
「報酬は屋敷に帰ってきたら使用人が用意してますわ」
前方で大剣を振り回し、草を刈りながら前を進む勇者に話しかける。今更だが勇者の武器の事を聞き。それがツヴァイハンダーと言う両手剣らしい。
刃の根元は力一杯振れるように革が巻いてある。そこを掴み力一杯押すのに役立つらしく、そのまま叩き斬る重量級武器だ。片手でナイフのように軽々と振り回すので忘れるが重量がある武器だ。片手で振り回す重量武器。「化け物かこいつ」と背筋が冷えた。草刈りで使うことの無い。本来は人を殺す武器だ。
「草刈りを頑張るから近付くな、危ないぞ。それより昨日、鍵閉めたのはエルミア嬢か?」
「もちろんですわ。最後かもしれませんし」
「はぁ? 何故だ?」
「はっきり言います。死ぬかも知れません」
エルミア嬢が言い放つ。迷いない事にそこまで酷いのかと思われた。
「なんかそこまで言われると恐くなるな」
幽霊出ないと良いのだが。それはわからない。
「今から帰ってもよろしくてよ? ネフィアちゃん」
「ちゃん付けしないでくれ。男だ」
「あら? こんな可愛いのに?」
「今は体が女なんだ」
もう、ばれてしまっているので事の顛末を話す。エルミア嬢は何故か笑顔になり勇者の背後に立った。
「ねぇ、あなたは何故そんなことを?」
「残念、エルミア嬢。あなたもなにも言わないので言いません」
「そうきたのね。じゃぁいいわ。でも彼女が危ないわよ?」
「大丈夫、俺が護りますから」
「そう………ふふ、羨ましい」
エルミア嬢はまた、寂しそうな顔をする。自分はやはり、彼女の顔の意図が読めず。それ以降、皆が無口になった。そして……日が沈む。
「今日はこれ以上は進めないな。野宿しよう」
勇者の一言で、野宿の準備を行う。てきぱきと夜営出来る準備を行った。火を焚くのは寝る前に。時期はまだ春頃だか夜は冷えてしまう。
火を焚くと野党が現れたりするが、ここは野党は少ないと聞き女性二人もいるので焚くらしく。女扱いするなと言ったが聞いて貰えなかった。
食事は携帯用の小麦粉を練り固く焼いた物をいただく。途中で魔物に会えば魔物を刈るのだが遭遇率が少ない。恐ろしいほどに森は静かである。
「なかなか旅になれているのですね。トキヤ殿」
「まぁ、一人で魔王城まで行ったからな」
「魔王城へ? 一人で北を旅したと?」
「まったく。ナイフ一本で余の前に現れたときは正気かと疑ったがな」
最近の出来事だったがあの時を懐かしむ。あのあとのキスをした蛮行は忘れたことにする。いや、忘れたい。
「別に戦争に行くわけじゃないしな」
「ふふふ、トキヤ殿は底知れない力をお持ちですね。あの黒騎士団長が推薦した人としても」
「黒騎士に恩は感じない方がいい。厄介払いだからな……こっちに話をまわしたことは」
「同じこと言われましたわ」
「そうか。団長は感情では動かないから気を付けな。敵にするならだが」
「ええ、生きていれば気を付けます。それよりお二方!!」
エルミア嬢が手を会わせ首を傾げながら笑い、楽しそうな声を響かせる。
「仲は何処まで行ってるのですか?」
少女の好奇心のような質問。余は察して嫌な顔をする。勇者は笑い、余計に不快にしてくる。
「何度も言うが‼ まったくお前が言うような関係ではないぞ‼」
自分は立ち上がって抗議する。「絶対そんなことはあってはならない」と心を込めて言い聞かせる。
「あら? 昨日は仲良く寝ていたのでは?」
「それは!! 廊下で寝るなぞ可哀想だから慈悲をくれてやったんだ」
「あら? でも、勇者トキヤ殿は違うのですか?」
「違わない。思っている通りで俺は……」
勇者が真面目な顔で言葉を紡ぐ。
「ネフィアが好きだ」
一瞬、体がビクッと反応する。あまりの恥ずかしい言葉に顔が熱くなる。
「お、おま!! 気持ち悪い!!」
「…………こう言ってますけど?」
「俺の感情は『好き』ってだけですよ。だけど、感情は感情。俺の目的は絶対彼女を護ると決めたんです。関係ないですよ」
「嫌われても?」
「嫌われたら、護りにくいので嫌われないようにしたいですね」
「じゃぁ、聞くけど彼女は魔王と知ってても護るの? あなた勇者の見習いなら。帝国の規定に反しても?」
「もちろん、そんなものは全て小事だ。勇者じゃないですし」
「その道は、大変よ。皆の敵になってしまうかもしれない。魔王なら尚更、人間には敵」
勇者が胸のロケットペンタンドを握り締めている。御守りなのだろう。あんなに強く握るのだから。
「そんなのは、遥か昔にした覚悟です」
それを聞き、真っ直ぐな真面目な表情にビックリする。自分は背中を向けて顔を隠す。火が吹きそうなほど顔が熱い。
「ふふ、若いっていいね、妬ける。遥か昔を思い出すわぁ…………さぁ寝ましょう。一人、出来上がってるから」
「う、うるさい。勇者が恥ずかしいことをベラベラと……よく恥ずかしくないなお前……」
「ああ、恥ずかしくない。ネフィア。おやすみ」
「くぅっ。黙れ勇者…………」
寝袋を羽織り横になる。
「………おやすみ」
「おう」
勇者のうれしそうな声が響いた。気にせずに目を閉じる。こんなに想われるのは慣れていない。
*
人間と言うものに捕まった。
木の手錠という物は冷たい。
森での木の暖かみも感じれない。
男の体は重い。
下半身も、大きくなる胸もドロドロである。
何度も何度も私は汚される。
いったい、いつまで続くかわからない。わからない。帰りたい。
*
「うぷぅ!?」
寝ている体を起こす。まだ日は上っていないが焚き火の残り火で少し明るい。
「起きたか? また悪夢か?」
木に腰かけて寝ていたのだろう勇者が声をかける。大剣を肩にかけて。
「そ、そのようだな。悪夢だった」
「ほら、水だ」
「う、うむ」
勇者が水筒を差し出す。
「いただこ………いや、いい」
勇者の飲み口に嫌悪感が生まれたので断る。
「間接も嫌か、ほらコップを持て」
空の木製のコップを手渡される。中には何もない。
「中には何もないぞ?」
ちゃぷん
「よく見ろ、入っている」
「う、うむ?」
「おやすみ。早く寝ないと明日に響くぞ」
自分は水を見る。綺麗な水だ。しかし、今さっきまで重さも無かった。無かった筈だ。勇者はもう目を閉じて寝ている。
「……………こいつ」
水を扱う魔法使いだったのかとこの時、考えた。だが、もう勇者は眠っている。
*
旅の道のりは思ったほど歩きにくい所はなく順調に進んだ。森の切れ目に差し掛かり、開けた平地に出た。
平地は酷く臭い、驚きを隠せないほど腐敗している。草木一本も生えず、至るところにドロッとした沼が広がり、水も黒い。そして、もぞもぞ動くものが遠くからでも見えた。空気も重たく感じ、障気が目に見えるくらい漂っている。見た瞬間、自分は言葉を思い出す。
「不浄地………」
昔から、このような酷く。呪われし汚れた地はある。多いのは大合戦場や大きな都市の虐殺など、身の毛のよだつ過去を持つ土地に多く。それが土地に傷を負わせる。
「ネフィア。さすがに知ってるんだなこういうの」
「魔族では不浄地と呼び。一部の耐性がある魔族の住みかだ。北にその土地は多く。耐性のない魔物も避ける故に壁が要らない場所だが……住めるのは一部の者だけだな」
魔国でも滅多に行かない場所である。オーク族とダークエルフ族の領地だ。
「確か、突然変異スライム、妖精族の一部、ダークエルフだけか?」
「詳しいな、勇者。オーク族もだ」
「まぁ、冒険者ならここに入り込み宝物を盗むぐらいはする」
オーク族は確かに金は持ってそうだ。
「もしや、勇者トキヤ殿は得意ですか? こういう不浄な者たちに対して」
「ああ、不浄者や。呪いは大得意だ。だがここは勝手が違うようだな…………そうスケルトンの軍団が相手じゃな。時間がかかる」
目の前に広がる錆びた剣と盾を持ち、朽ちた鎧を一部だけ身につけフラフラと巡回している。勇者が自分を一度見たあとに前を向く。
「お前を護れないかもしれないな。だが、これで護れないなら先はない。ん、エルミア嬢!?」
「エルミア!?」
勇者と自分が叫ぶ。エルミア嬢が一人剣を抜き、走り出したのだ。作戦もなにもない。ただ、真っ直ぐに走り出す。
「王の間への道は分かる!! 結局、戦わないと進めない」
「くっ!! 勇者!! どうする!!」
自分は自然に勇者に頼ってしまった。何も考えず、口に出てしまった。
「依頼主の言う通りにしよう。良かったな実戦だぞ」
「…………まったく嬉しくない」
二人して追いかける。エルミア嬢の背を追い、勇者が前に出て大剣を抜く。
その姿は本当に……勇敢なる者の姿だった。
§
物音などで平地に居たスケルトンが一斉に自分達に向き襲ってくる。勇者が前衛で突き進み両手剣で邪魔なスケルトン達を盾をごと吹き飛ばしバラバラにした。細い十字の剣だが、長さのため重たいのだろう。スケルトンがどんどんバラバラになる。
「よし、まだスケルトンが集まってない。全力で魔都の中を走れ‼」
勇者の叫びと同時に自分達は瓦礫を乗り越えて走る、走る。魔都は瓦礫の山が散見されるが綺麗に町並みが残っており、昔は栄華を極めた都市だったのか素晴らしい建築技術だったのが伺える。エルミアが先頭に躍り出て、指を差した。
「奥にある王の間に扉があるはず。中に逃げ込めばスケルトン達は入ってこない。絶対、彼らはそんな不義を行わない」
エルミア嬢が先頭で走り、自分達はそれを追いかける。余は疑問を口にする。
「意識がないのではないのか?」
「もしかしたら、まだ彼らに意識があれば勝手に王の間に来ない筈。いいえ、感覚で来ない。それは魂に刻まれてる」
「わかった!! 王の間は分かるんだな!!」
「もちろんよ」
迷いなく、彼女は走り抜ける。走る後ろをぞろぞろ骨の兵士が集まり出した。
「ネフィア!! エルミア嬢!! 二人はそのまま、俺がここを押さえる!!」
「勇者!? あんな数を相手に出来るわけなかろう!!」
「トキヤ殿…………頼みます」
「ああ、ネフィアを頼む。後で追いかける」
勇者が止まり剣を構え直して逆走する。そして一団に斬りかかり、勢いよく吹き飛ばしていく。逞しい背中が何故か大きく見え、その場で立ち止まって勇者を見てしまう。
「ネフィアちゃん!! 走る!!」
「あ、ああ」
勇者を置いていくのが少し不安に感じながら先へ進んだ。後方で激しい金属音のぶつかり合いが聞こえる度に後ろが気になってしまう。しかし、激しい音とは裏腹にスケルトンが一切追ってこなくなり、安全になる。
「すごいね、彼。怖じ気づく事なく立ち向かう」
エルミア嬢が感心しながら歩を緩めた。追手がおらず、そのまま脇道に入り込み、案内してもらう。
「こっちの方が近い。さぁ行きましょう」
「うむ……」
迷いない歩みに少しだけ、余は疑問が生じる。なぜこんなに詳しい事に疑問を持つ。
*
「あー多い、しかも何故か俺ばっかり狙ってくる」
スケルトンを剣でバラバラに蹴散らしながら考える。本来は逃げた方にも一部でも追っていく筈なのにまったく目もくれず自分を倒そうとし、目の敵のようのしつこく戦いを挑んでくる。しかし、スケルトンには剣を振る。盾で守る等の簡単な動作しか出来ない故に弱く。人間の方が何倍も強い。しかし、アンデットは倒せども復活する厄介さが嫌われている。
「何故、こんなにも俺ばっかり狙う? それでいいが……」
剣で叩き付け、錆びた剣と錆びた盾を壊しながら考える。「何に反応しているのか? 何を敵と思っている」かを考えながら戦う。
「さぁ、どうするか。じり貧は避けたい」
戦いながらも糸口を探る。臭う、絶対にこいつらを誘うなにかが俺にあると考える。
「魔都は確か………滅んだ理由は魔物と長期の戦闘後。死霊術の副作用だったな」
心臓の辺りから熱いものが感じられる。力をつける方法の一つで試した人を辞める方法を思い出す。
「なるほどわかった。『魂』がお前らを誘う香りか」
スケルトンに近付き。一団の脇を走り抜けた。スケルトンの体に手を当てすり抜ける。すると触れたスケルトンを他のスケルトンが襲い出し、己の考えが間違いでない事を理解した。同じ事を繰り返すとスケルトン同士が相手を倒そうと同士討ちを始める。
「屍は何を見て襲うか分からなかったが。魂を見ているんだな。勉強になった…………では、あげよう少し。魔物から剥いだ魂を。俺はもう要らないからな」
俺はスケルトン1体1体に同じ作業を行うことにした。永遠に同士討ちをすればいい。自分には関係ないことだと割り切って行う。
スケルトンは魔物の魂を見つけて襲うようになっており、魂食いをした俺に反応し。そしてそれは森の中まで範囲が広がっていたのだろう。どうりで森に魔物の気配がなかった。
「一生戦ってろ、過去の亡霊ども」
俺は自分の魂を隠し、魔法でネフィアが何処へ行ったかを調べ追いかけた。
*
余は二人で歩き抜けた先で大きな扉が砕け、大きな白骨した魔物の亡骸と剣などの武器などが散らかっているのが見えた。
その瓦礫を乗り越え扉の中に入ると、今度は大きな柱が両脇でお出迎えし、中央の玉座に座る黒い物が見えた。黒い物をよく見ると黒い錆びた騎士が頭を垂れている物だとわかった。大きな錆びた剣のような鉄塊を掴みながら一切動きがない。
「マクシミリアン王…………」
そんな亡骸にエルミアが羨望な眼差しで見つめ名前を呼ぶ。
「マクシミリアン王!?」
「ええ、彼が私の探していた獲物です」
「肯定」と言うことはここは本当に玉座の間。王の謁見の場である。自分も同じところにい居たがここは重々しい空気が一段と漂っている気がした。
「生きているのか!?」
「いいえ、死んでいますが囚われてる。ここに最後の王として………魔物と盗賊から戦い続けてます。永遠に」
ザシュン!!
金属音が響く。玉座に座る騎士が立ち上がり、錆びた大剣を地面に突き刺す。昔は綺麗だっただろう大理石の表面は艶もないただの石となり、剣に砕かれている。
金属のこすれる音が玉座の間に響き、一歩一歩と彼は歩きだした。
「構えよ。魔王!!」
エルミアの声に賛同し剣を抜き、片手で構える。剣の持たない方で即席魔法を打ち出すために呪文を唱えた。
一定の距離で彼は歩みを止め顔を上げる。兜の中を覗き込むが目は見えず、兜の中は黒いモヤしか見えなかった。
ぎちっ………
鎧がきしむ音が響いた瞬間、王が走り出して一気に距離を詰められる。そのまま剣を大きく振りかぶった。余の目の前で。
「!?」
自分の目の前。速くて全く何も出来なかった。
「なっ!?」
体が、ブルッと震える。目の前でわかる殺意が背丈を倍以上に大きく見せる。プレッシャーで体が縮こまってしまう。
「死ぬ」と一瞬で沸き上がり。心が恐怖に震えた。初めて感じた絶対に殺される感覚。暗殺されるかもしれない過去の恐怖を思い出させた。
「何を!! ボサッとしているの!!」
「ファイアーボール!!」
激励で我に帰り、顔に向け覚えたての魔法を打ち出す。彼は顔を曲げかわしたあとに剣が降り下ろされた慌てて片手の剣で防せごうとする。動きについて行けた。
「んぐぅ!?」
ガッキン!!
大きな金属音。方手が痺れ、額に防いだ剣がぶつかる。頭に強烈な衝撃と痛みに声がでた。意識が飛びそうなのを我慢。剣がひじょうに重たい。「両手で防がないと…………こいつ!! 片手で剣を持ってる!?」と思い唇を噛んだ。力負けしてると。
そのまま「ふっ」と剣が軽くなる。しかし、次の瞬間右頬に拳の感触が触れた。視界が明後日の方向を向き、痛みと目の前が真っ暗になる。痛みはすぐにやってこない。
「ネフィア!!」
エルミアの声が耳元で聞こえた気がした。そのまま余は地面に転がり気絶した。
*
冷たい首輪と木の手錠。
ここは、何処かは考えない。
私は人形なのだから。
「おい!!」
「はい………なんでしょう………今日は何人ですか………」
「はは、一人だ」
「はい………ご主人様」
そう言ってご主人様は手錠と首輪を外し、服を破り。胸を揉み。いつもの事をする。
数分後、白くベタつく何かが体を汚した。
「さぁ水で体を綺麗にしろ。そしてこれを着ろ!!」
ご主人様に用意していただいた水で体を拭き、何か白い服を渡される。着方がわからないのでご主人様に着せて貰う。
「よし、では行くぞ‼」
布を被され、歩きだす。
「……………」
どこへ行くのか。興味はなかった。
いっぱい人の声がする。布の隙間から赤い絨毯が見える。「いっぱい人がいる。全員相手をしろと言われるのだろうか?」と考える。
ついていった先で、ご主人様が喋りだす。
「マクシミリアン様!! お時間を取らせてしまい申し訳ありません‼」
「ふん………気にするな」
男の重々しい声が響き渡る。
「では、マクシミリアン様!! 見ていただきましょう‼」
勢いよく、私の被せてある布が取られた。いっぱい人が集まり、皆が私を見る。
「なんと!! 魔国の住人。亜人のエルフの女の子です!! 拾った時は小さい子でしたが‼ 今では、胸も尻も足もしっかりした肉付きの人形です‼ どうでしょうか?」
自分は顔を下げたまま、ご主人様の言葉を聞く。何をすればいいのだろうか?
「顔をあげさせろ」
「おい、顔を上げろ。王様が見たいそうだ」
「はい………」
顔を上げ、目が合う。逞しい体にホリの深い顔が私に向いている。
「…………幾らだ」
「ははは、私どもに商売の出来る権限を頂ければ。無料でございます」
「よかろう。すぐ手配しよう。寝室へ連れてけ」
「はは………わかりました。ほら、行ってこい」
背中を押され、一歩前へ出る。一人の兵士に案内され豪華な部屋に閉じ込められる。ただボーっと部屋を見渡したあと。座り込んだ。
日が沈んでいく。
何もない。
ガチャ‼
「おわっ………な、何をしている。扉の前で」
今さっきのホリの深い人だ。
新しいご主人様だろう。
「………ご主人様。何をすればいいでしょうか?」
「なるほど。もうすでに調教済みか」
体をジロジロと眺めていく。
「体を洗ってこい兵士に聞いて………綺麗にな」
頭を撫でられる。優しい撫で方。
「あっ………う」
「では、行ってこい………ん?」
自分は手を掴む。撫でられた手を。
「……………わかった。もう少し撫でてやろう」
優しそうな声で、ご主人様は私に接する。
「そう言えばお前の名前を聞いていなかったな。名前は?」
「エルミアです。ご主人様」
*
「ごほ!? ゲホ」
金属の激しく打ち合う音が耳に届く。冷たい床に砂を少し噛んだのを吐き出す。気絶して夢を見ていたが、余は起き上がれた。
「エルミア?」
名前を聞いた、夢の中で。そんなことよりも体を起こしたのだ。顔もお腹も痛みを発するが寝ている暇じゃない。目の前で銀色の騎士と黒い錆びた騎士が剣を打ち合っている。それを余は……悲しい事だと理解する。
「マクシミリアン王!! 私をご存知ですか!! 覚えていますか‼ エルミアです!!」
エルミアが彼に何度も何度も繰り返し声をかける。至るところ鎧が壊れ、傷がつき、ボロボロとなっていた。自分が倒れている間に、相当の数を打ち合ったのだろう事が伺え、自分は焦りを感じる。互角じゃない。剣を弾かれ防戦一方だった。
「お願いです!! お声を聞かせてください‼」
ギャアアアアアアアン
「あっ!」
黒い錆びた騎士が大きく剣を振り上げエルミアの剣をはね除ける。胴ががら空きであり、そこに剣が突き入れられることを理解し、からだが勝手に動く。
「………あなたに殺されるなら」
「諦めるなぁああああ!!」
ヒョン!!
自分は転がっている錆びた剣を拾い投げつけた。エルミアの目の前に錆びた剣が回転しながら過ぎ去った。そして、何度も錆びた騎士に向け、近くにある錆びた剣を投げつけ続ける。それを彼はしっかりと弾く。
「ネフィアちゃん!! 起きたの‼」
「すまない!! 気絶してた」
剣を拾い、投げつけ続ける。とにかく気を反らせるしかできない。自分は弱い。彼に勝てない。一瞬で転がらされた。悔しいがわかる。エルミアは床にへたり込んでいる。疲れが顔を歪ませている。そう、生きてる者との差。体力が違う。
「くっ!! 魔法を………」
唱える時間が欲しい。いや、今唱える。
ギュルン
「ネフィアちゃん!! 避けて‼」
錆びた黒い騎士が錆びた剣を撃ち落とさず、空中で掴んだ。そして体を一回転し投げ返してくる。
投げ返された凶刃が目の前に迫った。魔法を使おうとする一瞬の差で自分は逃げ遅れる。これは、額に刺さる。心が恐怖で埋め尽くされた。嫌だ、死にたくない。 私はまたその場を動けなくなるのだった。
§
ガンッ!!
凶刃の恐怖で私は目を閉じていた。しかし、いつになっても死の痛みは訪れない。
「ん……」
恐る恐る目を開ける。ほんの少し風を感じた先に大きな、凄く大きな背中が見えた。剣を片手で振り上げた姿で、そのまま剣を下ろして王を退ける。そして彼は振り向いた。申し訳無さそうな表情だが余は安心する。
「ごめん。遅くなった」
「ゆ、うしゃ?」
小さく細い声を漏らし、それに勇者は頷いて背中を向けた。
「ああ、大丈夫だ。安心しろネフィア。それよりもエルミア嬢!!」
エルミアが声に反応しこちらに顔を向ける。
「助太刀はいるか?」
「いいえ………………大丈夫ですから。目が覚めました」
「エルミア!!!!」
自分は彼女に向かって叫ぶ。安心した結果、余は言わないといけないと思い声を張り上げる。
「お前が彼と何があったかは知らない!! でも、諦めろ‼ もう………意識はない。優しい王はもういないんだ!!」
勇者の背後で声を出す。我ながら情けない姿をさらしていたが、今ここで叫ばずにはいられなかった。なんとなくわかる。彼女と彼の関係は愛人だ。ならば………終わらせてあげなければならない。
「…………そうね。吹っ切れたわ」
エルミアが立ち上がる。剣を強く握って。
「マクシミリアン王。お覚悟を」
両手で剣を構え直し、勢いよく彼に斬りかかった。今度はエルミアが攻勢に出る。激しい打ち合う音が部屋に響いた。激しく右へ、激しく左へ、前へ、前へ。力強く攻撃を続ける。あまりの速さに「強いな」と勇者は感想を述べた。
「あなたの剣は重い。王だからこそ背負っている!!」
黒い騎士が少しずつ後ろへ下がる。
「でもね!!」
防戦一方の黒い騎士の剣が左右に弾かれ出す。エルミアの剣の振る力がさらに強まる。
「私のあなたへの想いのが今は強い!!」
ガッキン!!!
黒い騎士が大きく後ろへ大きく下がった。エルミアはそれに追いすがり剣を振り続ける。
「ずっと………ずっと…………忘れずに何年も!!」
黒い騎士が弾かれた剣を力強く握り、振り降ろした。エルミアはそれに合わせ剣を振り上げる。力強く、足に力を入れ、切り上げる。騎士の剣が輝きの一閃を錆びた剣に当てた。
ギャギィイイイイイイイイン!!
剣と剣が重なり、大きな音を立てて錆びた剣が砕け折れる。
「はぁあああああああ!!」
そのままエルミアが剣を弾き、もう一度、一閃をおみまいする。騎士の鎧は深々と切り払われた。そのまま黒騎士が膝から崩れる。
ガシャン!!
上半身と下半身に鎧が離れ中身がみえた。中は空洞だった。既に肉体は無く、その亡骸にエルミアがゆっくりと近付いた。
「マクシミリアンは滅びませんでした。安心してお眠りください………王」
兜に剣を突き入れ、深く深く、ゆっくりと刺し込む。そして、そのままエルミアが動かなくなった。少し体が震えている。
「ネフィア。決着はついたから外へ出るぞ」
「う、うむ」
勇者の後に余はついて行く。後ろを向くと、一人の少女が地面に手をついていた。嗚咽と大きな大きな涙と共に。
「………ネフィア。一人にするべきだ。何があったかは後で聞けるんだ」
「わかった………」
「彼女の最後の強さは何だったのだろうか?」と心に疑問を残し、ゆっくりとそれが感覚で答えを得る。その強さに余は目を奪われていた。いつか、あのような強い人に成りたいと私は願うのだった。
*
数分後。目が真っ赤なエルミアが玉座の間から出て来る。勇者はスケルトンを無効化したらしく帰りはそこまで危険を感じず。来た道を帰るだけで魔都を安全に脱出することが出来た。
途中、同士討ちを行うスケルトンの一団の横を抜け。無言のまま魔都から離れた。そのまま少ししてエルミアが口を開く。
「何故、彼が優しい事を知ってたの? ネフィアちゃん」
「余は夢で見たんだ」
夢の出来事を説明する。きっとあれはエルミアの記憶。きっと自分の血、夢魔が悪さをしている。勇者が顎に手をやり悩むそぶりをして話に加わる。
「夢はたしか記憶が元だったな」
「そうだ。余はそれを見たのだろうな」
「ネフィア。お前は………いや、なんでもない」
「勇者。はっきり言え」
エルミアがはっとした顔をする。「やはりバレたか」と私は言葉を漏らす。
「いいのか? お前の種族の話だから」
勇者、エルミアは心当たりがあるのだろう。なら、隠しても意味はない。
「ああ、そうだ夢魔だ。母がな、忌々しい夢魔。婬魔なぞの血が入っている。おぞましい」
勇者が鼻を掻く。
「そっか。俺は気にしないけどな」
「私も気にしません。納得しました」
「………余は気にする」
少し惨めになる。自分を高値で売った母親。売春婦だった母親。物語本で読む母親とは違う。
「大丈夫です。奴隷だった私より綺麗でしょ?」
「えっ?」
勇者が驚いた声をあげた。自分は、知っていたけれど勇者は知らないことを思い出す。帰ったら全部教えて貰おう。勇者と共に、そうすれば勇者も納得するだろう。
*
旅の途中、数人の騎士のお迎えに合流し屋敷に戻った。騎士たちは焦った声でエルミアに何度も無事かどうかを聞いている。
騎士団にとって重要な人物なのがそれだけで伺える。独断で魔都に向かった事を知って追いかけて来たようだ。
そして騎士団が慌てて追いかけるために使った馬を借り、そのまま駆けて深夜での帰宅。帰ったすぐに風呂場で汚れを落とし疲れからかすぐに眠りについた。
疲れていたせいで、昼まで寝た後。起きたすぐにエルミアに寝室にお呼ばれする。
「ありがとう。報酬は明日1日使って用意させるわ」
「やった!! これで旅が出来る‼」
「…………もう一つの報酬は今からか」
「ええ、黙っててごめんなさい。魔都へ行きたかった理由ですね」
エルミアが深呼吸をして昔話をする。
「私は元々ハイエルフの森の住人でした」
知っている。ハイエルフはそこにしかいない。
「ですが、私は禁を犯した。外に遊びに行ったのです。遠くへ、遠くへと。そして、人間の商人に出会った。まだ人間が今より多く、魔物が少ない時代です」
昔は魔物が弱かった。誰だって剣を持ち歩き回っていた時代らしい。だから戦争ばかりだった。
「その商人はすぐに私を捕らえ、色々調教を施しました。泣き叫べば殴られ。下半身はいつもいつも白い物で溢れてました。そんな日々に心を閉ざしていた私は売られていきます」
勇者が複雑そうな顔をする。綺麗な話じゃない。だから、恐る恐る言葉を勇者が発する。
「………もしや、買ったのは」
「マクシミリアン王です。マクシミリアンの治める国は絶頂期であり帝国と同じく強大でした」
「しかし滅んだ。魔物によって」
「はい…………新種の強くなった魔物の群れが集まり。長い長い戦いの末に滅びました。最後の方は死霊術で死体も動かし、毒沼を作って魔物を突き落としたりと酷いものでした。最初は人間らしい戦いでしたが次第に死人だけの戦いになり。そして、魔物が逃げ去った後はただの生きた者のいない魔都になってしまった」
エルミアが葡萄酒を口に含み。窓の外を見る。
「色んな人が死にました」
彼女の横顔は疲れきった顔だった。自分達が思う以上に辛く険しかったのだろう。勇者が続きを促す。
「最後まで魔都に?」
「いいえ、途中私達は国を捨てました。魔物の包囲を突破し………帝国へ落ち延びました。ある者は魔物に、ある者は野盗に殺されていき、バラバラに散り。女子供は皆、体力を奪われ死んでいきました」
自分達は淡々と話す彼女の悲惨な過去を黙って聞いている。想像を越えての悲惨な過去。
「ふふ、ごめんなさい。懐かしんでただけよ。悲しいけどね」
クスクスとエルミアは笑う。重たい笑み。
「貴族は弱かったわ。恐怖で壊れて。マクシミリアン王にすがるだけ。滑稽だった。マクシミリアン王はね、本当は自分も逃げたかったのにね。マクシミリアン王を皆は知らなかった…………」
エルミアが過去を話し出す。懐かしみながら幸せだった日を。
*
「エルミア………聞いてくれ」
「はい。なんでしょうか?」
「死ぬのが怖い。皆が俺に期待だけをする。怖い」
「私と一緒ですね王。思い出させてくれました。死ぬのが怖い事を」
「死んだ目をしてたからな」
「はい。でも王が目覚めさせてくれました」
「…………綺麗だったから。笑った方がいい」
「じゃぁ王も笑ってください。今日もベットの上で」
「ああ、お誘いか?」
「はい…………王は優しいです。私に出来ることはこれぐらいです」
「…………抱き締めてくれ」
「はい。王」
*
「エルミア…………最近魔物による被害が多い」
「そうなんですか? 私も戦います‼ 王に教えて貰った剣で‼」
「いいや、お前は戦わなくていい。一言、誉めてくれ」
「王はお強い。頑張ってください」
「ありがとう。勇気が出た………騎士の仕事は女子供を護ることだからな」
*
「エルミア………すまない。逃げるんだ」
「嫌です‼ 王様を捨ててなんて‼ まだ恩返しもなにもしてない!!」
「エルミア。生きろ………絶対生きるんだ」
「嫌です‼ 一緒に最後まで!!」
「…………いいや。ダメだ。お前にはやり残したことがある。血を絶やさぬことだ」
「血を? しかし、王の子を護れと言うことですか? 一人でも生き残れば………」
「いいや、違う。お前は自分だけで全力で生き抜けよ………そして、ありがとう。勇気をくれて。マクシミリアンは不屈だ」
「王………」
「名前は、アッシュがいいな」
「王? なんのお話ですか?」
「何でもない………絶対に死ぬな約束してくれ。俺のために」
「…………はい。約束します」
*
エルミアが過去のマクシミリアン王の間にあった出来事を話し終える。少し目は潤んでいた。
「沢山、彼と思い出があった。今でも思い出すぐらいに私は愛してたと想う。一度も好きとも愛してるとも言ってなかったけどね」
「うぅううううううう」
自分は号泣している。勇者が布を貸してくれてそれで涙を拭う。内容は悲愛だった。
「そして、彼は私に託した。宝物を」
エルミアがお腹を擦り、懐かしむ。そして微笑えんだ。
「逃げた帝国で彼との子を奇跡的に産んだ。正室、側室の子は全滅して彼の子は私が産んだ子だけになった。売春婦に身を落としても育て上げたわ。そして、いつしかマクシミリアンの生き残りを纏めあげ。魔都の近くに国を興した。息子は軌道に乗った時。帝国の侵略戦争で亡くなったけどね」
しかし、笑みは消えエルミアが目をつむる。
「皮肉ね。結局生き残ったのは奴隷の私。エルフは子供が産まれにくいのに彼だけが私を孕ませた。結果、繋ぎ止めた………あの魔物の襲撃が無ければ私の子は殺されていたのでしょうね。正室側室に。以上が昔話よ。なんで魔都へ行きたかった理由は簡単でしょ? 皆が止める理由も」
自分は鼻をかむ。夢で見ている故に涙が止まらない。
「わかる。王に会いたかったんだ」
「ええそうね。『死んでもいいかな』て思ってた。でも、それよりも王を休ませなくちゃとも。魔都に彼がアンデットで動いていると聞いたときは悩んだわ」
「エルミア嬢………少し、二人っきりでいいか? ネフィアは廊下で待っていてくれ」
「勇者? なんだ?」
「少しだけ、話をしたい」
「トキヤ殿。私も聞きたいわ」
「むぅ。余を邪険に扱うか!! ズビビ」
「ネフィアちゃん。ごめんね………後でネフィアちゃんにも二人っきりで話をしに行くから」
「………わかった。余は自分の部屋へ戻る」
自分はしぶしぶ部屋を後にした。
§
二人で話すと言われ、厄介払いされた自分は渋々と借りている部屋に戻る。部屋に入り、ベッドの上で三角座りして少しいじける。何故かソワソワと落ち着かないのを我慢しながら「むむむ」と唸った。
「二人でいったい何を………」
気になる。すごく気になる。胸の奥がモヤモヤするのだ。
「何故……気になるのだろうか?」
今の心境に戸惑う。焦っている。なにかに焦っている。
「はぁ………」
パフッ
自分はベッドに横になり、枕で顔を半分隠す。指で文字を書くように布団を指で弄った。
「早く帰ってこないかなぁ………」
……………はぁ?
「ちがーう!! 別に寂しくない!! 寂しくないんだ!! なんでもない!! なんでもない!!」
キモい、気持ち悪い。今さっきの一言もそう思う。
「くっそ………絶対男に戻ってやる」
「絶対に男に戻ってやるんだ」と言う意思を固め、恥ずかしさをまぎらわせる。今の女々しい発言を戒めるために頬をつねった。早くしないと戻れなくなる危機感も感じながら慌てしまう。
「くそ………なんでこんなに不安になるんだよ」
とうとう余は枕を壁に投げつけて布団にくるまった。早く寝て忘れようと考える。変なことを考えてしまう前に余は目を閉じた。
*
ネフィアは部屋を出た後に、彼女が盗み聞きしていないことを確認したエルミア嬢が話しを切り出す。
「二人っきりになれましたね。トキヤ殿」
「じゃぁ交渉しよう。先にいいですか?」
「どうぞ」
エルミア嬢が手を差し伸べ、話を促す。話しやすい人だ。
「依頼の報酬の話で相談がある。単刀直入で言うと金などいらない。助けた事の恩を残したい」
「理由を知りたい。続けて」
「理由は自分に何かがあればネフィアを頼みたい。もしくは彼女の力になって欲しい」
真っ直ぐエルミア嬢を見つめる。エルミア嬢が少しだけキツく声を発した。
「その行動は愛から?」
俺はその返答には絶対な答えが決まっていた。
「俺は俺の信念のため。決めた姫様を護るのが務めだ。何があっても。姫を護る騎士だ」
エルミア嬢の表情がスッと柔らかくなる。逆に笑みを浮かべる。
「ふふ、似てるね。死んだ彼にすごく。わかった……恩を貰います。返せる日が来ない事を願うわ」
自分は頭を下げた。そして、すぐに頭を上げる。エルミア嬢が話を始めたからだ。
「しかし、条件がある」
「なんでしょうか?」
「絶対、あなたは彼女のために命を投げ出すでしょう。それを咎めます。絶対に死んではダメ。死んだ物の想いを絶対、持っていくでしょう。それが呪いにならないとは言いきれません」
「…………無理ですよ、きっと」
現に敵は多い。魔王としても、魔王を狙う奴にも魅力的な餌である。
「わかる。大変なのも。でも無駄に命を投げ出さないで。残された方は寂しいわ」
「善処します。俺だって見たい笑顔を見なずに死にたくない」
「よろしい」
エルミア嬢が笑う。彼女の言葉は重たいと思った。長く苦しんだ言葉だった。そしてまたエルミアお嬢は真面目な顔で俺に質問する。
「では、次に私から。何故そこまでわがままの姫を庇う? 異常なほどに。出会ったのはここ最近だった筈」
出会ったのはここ最近。間違いない。ネフィアも同じことを疑問に思っている。
「今の彼女に魅力を感じない、にも関わらずです。トキヤ殿ならもっといい人と出会える筈。彼女を選ぶ理由がわからない」
俺はその過小評価に首を振る。
「出会えませんよ」
「ん?」
「彼女ほどいい女性はいない。彼女よりも、もっといい。そう、彼女よりいい彼女です」
「彼女より……いい女性でありながら彼女?」
エメリア嬢が困惑する。首を傾げながら目を細める。変な言葉に聞こえるが、彼女であり彼女ではない人が素晴らしいと言う話だ。
「彼女の笑顔を知りたい。意味を知りたいんです。絶対に暖かい笑顔を『俺』だけに向けているんです」
「トキヤ殿は何を言ってるの?」
自分は手を握り締める。思い出すのだ、目を閉じれば思い出す瞼の裏での彼女の笑みを。俺は彼女の姿で温かく微笑む姿を知っている。それは「未来」の事である。
「彼女に関わるのは彼女の笑顔の理由を知りたい。何を笑って、何を感じ、何を囁いたのか。占い師に占って貰ったんです昔に。それからでした。心を奪われて、ずっとずっと……求めてる」
隠す必要はない、彼女の口は固い筈だ。
「………では、彼女の占いで出た笑顔のためにだけで戦ってるのか? 未来の花嫁でも見たのか?」
頷き、肯定する。全くのその通りだ。
「そんな占い一つでそこまでするのか? 気が狂ってる。そんな事で………黒騎士を………敵に」
「ええ、気が狂ってるのは誉め言葉です。あと花嫁では無いです。出会う、女性の一人として占って貰いました。そう、花嫁候補の一人です」
エメリア嬢がため息を吐く。
「もっと野心があると思ったのに。魔王の臣下として恩を売る。他に愛する人のためかと思っていたわ」
「いや、好きなのは好きですよ。でも、野心もなにもかも捨てました」
「………そこまで?」
「そこまでの価値があるんです。占いで助けるなんて馬鹿馬鹿しいですよね。でも、俺は……呪われた」
ネフィアには黙っていたい。こんなバカらしいこと。信じて貰えるなんて思ってもない。それ以上に自分は踏み石でいい、踏み石で。そう、彼女に出逢えるだけで奇跡だからだ。
「そうね、わかった。決めたわ。彼女を貸して頂戴!!」
「内容によります」
「後悔はさせませんから……必ず。いい娘にします」
自分は何をするかを聞き出し。その内容に満足して頷くのだった。第二の人生の一歩になればと考えて。
*
トントン
ガチャ
「んっ……んんん。勇者?」
「いいえ………エルミアです。勇者は風を感じに外へ散歩しに行きました」
エルミアがベッドに腰掛ける。「何があったのだろうか?」と首を傾げる。
「二人で話しました。次はあなたと話そうと思います」
「余と?」
「ええ、あなたは何をしたいですか?」
質問の意味を考える。
「男に戻りたい。魔王に戻りたい」
今はそういう言葉しか出ない。
「なんで?」
「そう言われても。元男だからだ。魔王も同じ」
「そう、彼はどうするの?」
「魔王になれば臣下の一人ぐらい自由に出来るだろう」
エルミアが微笑む。嬉しそうに。
「なんだ!! ネフィアちゃんは彼を臣下にするんだ~嫌ってるわけじゃないんだね」
「はっ!? い、いや!! 決着はつけるぞ‼ 決着は!!」
「素直になりなよ」
「素直だ!!」
決着はつける。殺さない殺されない程度に。
「まぁ、でも。本当にそんな態度でいいの?」
「?」
自分は首を傾げた。意味がわからない。
「いいわ。おばあちゃんのお節介よ。あなたはただの偉そうな弱い冒険者の女よ。なんも価値もないわ」
自分の表情が強張るのがわかる。背筋が冷える。怒られている。自分が、この元魔王が。
「不満そうな顔ね。でも、それが現実で彼はそんなものに命を賭けている。可哀想………もし、愛想が切れたらあなたは死ぬ」
「……………わかってる」
小さく返答をする。気付いてない訳じゃない。もし私一人になった場合。永遠に魔国に帰れる気がしないのだ。刺客だって居るだろう。もしくは魔国全土が敵。魔王になりたいやつは多く。最悪はそれを全部、倒さなくちゃいけない。
「わかってるが………どうしろというんだよ」
「女に成りきるの彼の前だけ。悪女でもいい」
「なっ!? 出来るわけないだろ‼」
「出来る。出来ないじゃない。やるの、あなたは魔王ではないネフィアという女の子を演じる。彼に褒美をあげればいい。対価よ」
自分は無言になる。対価。そう対価だ。確かに貰ってばっかりだ。護って貰ってばかり。
「…………ん、確かに。対価はいるか?」
確かに考えてみると。ずっと頼ってばっかりでそれは果たして良いことなのだろうかと思う。臣下に給料を払うのも魔王の務めだ。
「あなたには彼ほど魔王の座に戻るのに覚悟が足りない。手に入れたいなら何かを犠牲にしなくちゃいけない場合もある。死ぬより安いでしょう?」
「………ああ、そうだな」
演じるだけで奴を操れるなら、安い。側近に復讐するのにも覚悟が足りなかったかもしれない。女になってるなんて死ぬより安いような気がする。生きている方が何倍も大切だ。
「ネフィアちゃん。私は草でも食ってでも生き長らえた。その覚悟ぐらい持ちなよ、元魔王さん」
「……………ありがとう、お説教。でもどうやって演じればいい?」
「大丈夫。彼から買ったから」
「は?」
「さぁ!! 使用人ネフィアちゃん!! 部屋を案内するわ」
「えっ!? ちょ!?」
「厳しくするわ。我が子のように」
「くそやろおおおおおお!! はめたなぁああああああ」
自分は叫ぶ。気付いた。あいつは自分を売りやがったのだ。
「ただいま。荒れてるけどどうした?」
扉を開けて勇者が帰ってくる。丁度いい、怒りが込み上げていた所だ。
「お、お前えええええ!!」
ベッドから起き上がり、拳に力を入れ全力で顔面に突き刺す。力一杯殴り抜けた。勇者は廊下の壁まで吹っ飛び、ぶつかる。
「はぁはぁはぁ………余を売るとはなんたる不敬!!」
勇者がふらふら立ち上がる。
「すまねぇ、騎士団総出でお前を魔王として討ち取る交渉で負けたんだ」
「ふざけるな!! 使用人なぞやれるかああああ!! まだ店員なら許せるが!! 使用人なぞ!!」
「ネフィア。使用人が客人に手を出すとは………」
「えっ、エルミア? そ、それなに?」
「よくしなる木で作ったハエ叩きよ。昔から悪い子には使ってたの」
エルミアがそれを両手で振り抜く。
ばっちいいいいいいいん!!
「ひゃあああああい!!!!」
エルミアにお尻をフルスイングで叩かれた。
「さぁ、あなたは使用人。ビシバシいくわ」
「エルミア!! やめろ!! 我は元魔王!!」
「ふーん。まだ足りない?」
バシ!!
「あっ!! う!! ごめんなさい‼ ごめんなさい‼」
「わかればいいわ」
「何故……余がこんなことに………」
「そうそう、使用人の期間は彼が売った金額の倍まで稼いだら。それまでの辛抱よ……簡単でしょ?」
自分は少し泣きそうになる。滅茶苦茶痛い。
「なんで、なんで、なんで」
「あなたが自分で元魔王言うからよ」
「そうでした………ああ、昔の自分を殴りたい」
「さぁ使用人の部屋に案内するわ」
「ひゃい………くそ勇者め」
「ごめんな………ネフィア」
とぼとぼ歩いて私は部屋を出た。契約に従わないといけないために。
§
マクシミリアン騎士団創設者エルミア・マクシミリアンの使用人になった。経緯は脅しである。力あるものによって脅され、奴隷の身分へと落ちてしまったのだ。そして、早朝5時。その元凶に叩き起こされる。
「さぁ!! 起きなさいネフィア!!」
「な、な!?」
小さな使用人の部屋で布団を剥がされた余は少し身震いする。春なので寒くはないだけが救い。しかし、ハエ叩きを持ったエルミアが立っているので全く救いはない。
「使用人の朝は早い‼」
「お、おう……ねむ」
「シャキッとする!!」
バッチーン!!
「あうあ!?」
痛みのせいで一瞬で目が覚めた。ヒリヒリと尻が傷む。
「さぁ!! 着替える!!」
「ううぅ……」
「もう一発?」
「着替える!! 着替えるから!! それやめるのだ!!」
涙目で尻をさわる。
「敬語を使いなさい‼」
「は、はい!!」
「何故、魔王である自分が」と文句を言いながら使用人の服に着替える。少し胸がきつい。
「………けっこう大きいのね。ついてきなさい」
「…………」
「返事は!!」
「は、はい!!」
『助けて、あっ助けない』と自問自答をして余計に気分が落ち込む。
「よし、行くぞ!!」
「はい!!」
何故、こんなことをしているのかをもう一度自問自答したい。何が悪かったのだろうかと悩む。王室で監禁生活してたのに、酷い仕打ちだ。
「そうそう。トキヤ殿は昼前に帝国首都へ向けて出発するからな」
「余を置いて行くのか!?」
「出稼ぎよ。さぁ何時までに集められるかなぁ?」
エルミアがニコニコ笑って楽しそうにする。このクソババァが楽しそうで苛々するが、自分はその気持ちを押さえ、黙って渋々エルミアについていった。そして到着した場所は広い厨房だった。
中には数人の女性のがいる。広い屋敷の使用人達だろう。朝食を作っている最中だった。
「ここの使用人は家事全般を行うことにしてるの。メイド長は彼女よ。紹介するわ。ネネ・マクシミリアン。孫の嫁さんよ」
「大母上様。おはようございます」
「おはようございます」
「お、おはようございます」
「シャキッとせんかぁあああああああ!!」
バッチーン!!
「はい!! おはようございます!! 痛い!! お尻!! すごく痛い!!」
「ふふ、昔を思い出しますね。夫も私も沢山叩かれましたね。でもけっこう遠慮ないですけど………誰でしょうか?」
「痛い………」
「ああ、ネフィアっと言う冒険者で全くっていいほど役に立たないから教育してやろうと思ったのだ。あまりに勇者トキヤ殿が可哀想なのでな」
何か含んだ言い方だったが自分にはそれを察する事が出来なかった。可哀想なのは自分であるとも思う。
「そうですか。それでは一緒に頑張りましょう」
「うむ」
バッチーン!!
「『うむ』でふんぞり返るな!! よろしくお願いしますで頭を下げる」
「よろしくお願いします‼」ペコリ
「ははは………じゃぁお昼の仕込みをお願いしようかな? ジャガイモを剥くのよ。けっこう問題児なのかな?」
包丁と芋を沢山用意する。
「こうやって皮を剥くの」
メイド長が綺麗に一個皮を剥いた。
「さぁ、頑張ってね」
「はい…………」
初めて包丁を持った。ジャガイモをもつ。
「くぅ………綺麗に剥けないぞ」
「ネフィアつべこべ言わずやるの!!」
「はい………お嬢様」
数分後。一個なんとか剥き終える。
「メイド長。私にも一本包丁を」
「えっ? 大母上様?」
「日が暮れるわ。監視よ監視」
「うぐぅ……難しい」
「さぁ、ネフィア。私の技を盗みなさい」
「大母上様。楽しそうですね………すごく」
自分はするするとエルミアの剥き方を感心しながら観察していた。包丁捌きをマスターすればきっと剣を扱いが上手くなりそうと思った。時間をかけながらもそうして全部剥き終わる。
「さぁ次はお掃除よ!!」
「はい!!」
「大母上様………あのぉ………教育は私にお任せを」
「いいえ。この子の観察は大切よ。いっぱい叩かなくては」
すごく、やめてほしい。張り切ってるのも悪い予感しかない。
「では、私の部屋を掃除してもらおうかしら?」
メイド長から用具の保管場所を教えてもらいエルミアお嬢様の部屋に掃除用具を持って向かった。
「では、私は席を外すから掃除しとくこと!! わかった?」
「はい!!」
「元気が良くて善し。では、かかりなさい」
エルミアお嬢様が部屋を出る。それを確認しため息を吐いた。
「はぁ……俺はいままで恵まれていたのだな………にしてもあのクソババァ。バシバシ叩きよって。なにがお嬢様だ。そんな歳でもないだろうに!!」
「はーい!! ネフィアちゃん!! 叩きに来たよ‼」
「地獄耳!? ひゃあああん!!」
バッチーン!!
お尻を叩く音が屋敷に響いた。
*
1時間後。エルミアお嬢様が部屋に入ってくる。
「よし、雑巾掛けしたわね」
「はい」
窓の近くへエルミアお嬢様が近付き、縁に人差し指をなぞる。
「はい、ホコリ」
「えっ……いや、あの」
「口答えしない!! すいません掃除し直しますを言う‼」
「すいません‼ 掃除し直します‼」
なんで、こんなこと言わされてるんだ俺。
「よろしい。だが残念だ!! 今から昼を作るぞ‼ 来い!!」
「はい!!」
用具を保管場所へ戻して厨房に戻る。メイド長に炒める事を教わった。今日はシチューらしい、牛と言う魔物を家畜化させてそれを捌き入れているらしい。
家畜の牛から搾り取った牛乳で煮込む。色々知らない言葉の調味料を言われた通りに入れ煮込んでいく。
「………ネフィアちゃん。筋がいいね料理に関して」
「大母上様。シチューは簡単な料理です。誰でも出来ます」
「鍋をひっくり返したり。不味い物が出来ると思ったのよ……」
「ふふふ!! さすが余だな‼」
バッチーン!!
「あう!? 何故叩く!!」
「調子に乗らない!! 淑女になりなさい‼」
「余は男だ!!」
バッチーン!!
「口答えするなって言ったよね? 私?」
「はい!! お嬢様すみませんでした!!」
自分は気付く。「諦め」と言う事が必要になっていることを。昼食はエルミアお嬢様の寝室。相席で昼食を取ることになった。
「あの、大母上様。使用人等は食堂がございますが?」
「いいの。私の部屋で………あなたもあったでしょ?」
「ははは………はい」
苦笑い。哀れみの目に私は察する。
「昼も一緒とか嫌だ‼」
「文句を言わないの」
ビシッ!!
「つぅ!! すみません!! 自分のお尻どうなる!? というか叩きすぎ!!」
「ふふ、不満そうね。でも魔王でしょ? こんなので魔王名乗られてもねぇ」
「くぅ………その魔王を叩くのはお前だがな」
「もう一発?」
「すみませんでした!! くっそ、魔王に戻ったらマクシミリアン騎士団なぞ潰してやるからな!! 絶対、潰してやる」
料理が運ばれる。クリームのふんわりした美味しそうな匂い。香ばしく焼かれたパン。
「では、いただきましょう。手を合わせて祝詞を」
「「いただきます」」
「この祝詞は東方の文化らしいので覚えるように」
「勇者が東方の出だからか?」
あいつはいつも手を会わせていた。ああいう文化なのだろう。
「勿論。郷に入っては郷に従えです。彼に合わせさせるのも一つの手」
自分はスプーンを握って食べる。
ペシッ!!
「うぐぅ!!」
スプーンがお嬢様によって叩いて落とされる。
「持ち方はこう!! 粗相がないように音をたてず食べること!! ほうばって食べるのは時と場所を選ぶこと!!」
「お、おう……」
「食べるマナーぐらいは魔王として当然覚えてたでしょ?」
「い、いや………その。放置されてたから」
いつも一人で食べていたから覚えようが無い。
「まぁいいわ。徹底的に教えるから」
ご飯の時も息苦しい。
「うぅうう」
「あー美味しい。さぁ食べなさい」
「はい………」
昼もいっぱい手を叩かれた。
*
午後、洗濯物だ。騎士団の下着や鎧の天日干しなどを行う。鎧干しは無いが、常在団員の洗い物を行う。訓練は過酷なのだろう泥々になった下着や服を井戸水を汲んだ桶に洗剤を混ぜて洗う。
「臭い、汚い………こんなものを触れと?」
「男の勲章です。干したら裁縫ですね」
至るところ破れている。何をしたらこうなるのかわからない。
「何をしてこうなるのだ?」
「ああ、これはですね。野戦の取っ組み合いの練習でボロボロになります。武器を使わず己の肉体だけで戦う練習です。マクシミリアン騎士団は一人で10人倒さないと帝国に負けますから」
マクシミリアン騎士団を攻めるのは止しておこう。甚大な被害が出そうだ。
「さぁ、ネフィア。こうやって板に当てて汚れを落とすのです。そのあとに水の魔法で脱水をかけて干す」
エルミアお嬢様が桶の洗濯物を手に取り、ギザギザした洗濯物を押し付けてる。
「お、お嬢様。私たちがしますので………」
「気にしなくていいわ。彼女に教えるためですもの。さぁ!! 早くする!!」
「はい!!」
見よう見まねで服の汚れを落としていく。
「………やっぱりネフィアちゃん筋がいい」
「そうかな?」
「ええ、綺麗に落ちてる」
水で泡を洗い流し、魔法を使える使用人が脱水をかけて、木で出来た物干しで洗濯物を干す。エルミアお嬢様は豊かな胸の前をつきだすかのように腰に手を当て満足気な顔をする。
「洗濯物であなたを叩けなかったのは残念」
「不満そうな顔じゃないぞ?」
「ごめんなさいね。叩けなくって」
「やめてください痛いです」
「ふふふ、お嬢様、楽しそうですね」
「では、乾いたら裁縫です」
本当に自分は何をしているのだろうかと自問自答するのだった。
*
裁縫のお時間。糸を通し、破れた箇所を新しい布で張り付ける。糸を通すのは大変な作業らしい。
「さぁネフィアちゃん。こうやって間隔を短く縫うんですよ。何重に縫って剥がれないようにするんです」
「こ、こうか?」
「…………どれどれ」
ビリリリリ
「あああああああ!! せっかく縫ったのだぞ!?」
縫った布の端を掴み。勢いよく千切られた。
「継ぎ目が甘い!! 指でつかめる!! 千切れる!! やり直し!!」
「鬼!! 悪魔!!」
バッチイイイイン!!
「黙って作業に戻る」
「………はい」
「元気がない」
「はい!!!」
涙が滲みそうになるのを堪える。怒りもあるが敵わない惨めさと悔しさを噛み締め我慢したのだった。
*
夜中。小さい部屋で着替え。床につく。尻の痛みもあるがそれより悔しさで唇を噛む。
「何故余が……こんなことに。勇者早く帰ってこいよ」
布団に入り愚痴を言う。
「あのババァ。叩きすぎ。それに料理洗濯なぞ女がするようなのを………」
そういえば、勇者が洗濯したり料理したりしてた気がする。手伝った記憶もない。
「あいつ………いつもこんなことをやっていたのか?」
いつも、箪笥の上に下着とかあったし。干してるとこを見たことはないが干してるのだろうかと疑問も生まれる。
「………身の回り事を全部していたのか、あいつ」
少しだけ、申し訳ない気持ちになる。
「それよりも悔しいが、まぁ勇者が帰ってくるまでの辛抱だ。我慢しよう」
悔しい思いが少しづつ薄れていく。やることは決まった。今は我慢の時だ。文句は言うが、我慢すれば魔王に戻れると信じよう。それまで目の前の事をゆっくり片付ける。
「早く寝よう。明日も早い」
逃げれないなら、やるまでだ。そう、やるまで。一般の生活も出来ない魔王なんて恥ずかしいだけなのだ。そう思いながらも……少し笑いながら眠る。夢はそれはそれは立派に火事をする。余の姿を見ながら。
§
使用人になって数日がたった日の朝。自分は下半身違和感を覚える。そして衝撃の事件が起きる。
「ンギギギギ!?」
腹痛。とにかく下半身が痛みだしたのだ。お腹の奥。腸とは別の場所の痛み。男の時についていた場所より少し上の場所が凄く痛み。痛みを出す場所が脈を打っているのがわかるほど熱く鼓動した。
「痛い!!」
ベトッ
下半身に水気が気になり、布団を足で退ける。真っ赤に染め上がっており。大量の血に驚き、血の気が引き体温が下がる。
「えっ………うそ………血!?」
なんかの病気だろうか、下半身から溢れている。あまりの量に怖くなってくる。まるで、刺されたかのように血がで続ける。黒く赤い液体が。
「ネフィア!! 朝よ!! 起きなさい!!」
「エルミアぁ…………」
「あっ………それ」
「どうしよう!! 病気だ………こんなに血を出して気分も………痛みもある………怖い」
「…………ぷぅクスクス」
「な、なぜ笑うんだ!! あふ………目眩が」
頭を押さえながらエルミアを睨み付ける。彼女は口元を押さえて笑っていた。こっちはそれどころじゃないのに。
「あのですね。ネフィアちゃん」
「な、なんだ。早く医者を紹介………」
「それは生理現象です」
「せいりげんしょう?」
「安心して、死ぬことはない。風呂と生理用品を用意します。本当に男だったんですよねぇ?」
「今も!! 男だと何度も何度も!! あう………叫んだら目眩がする」
「全然説得力無いね。だって、ネフィアちゃんって…………お、も、た、いからね!!」
「重たい?」
いったいなにが重たいのだろうか?
「さぁ、風呂で綺麗にしなさい。説明してあげるから」
*
わざわざ自分のためだけに風呂を沸かしてくれた。血濡れた下半身を洗い。股の………昔にあるものが着いていたところに穴が出来上がりそこから血が出ていたようだ。出たあとは、エルミアがベルトのような物と布を用意し、着ける。ちょうど穴を押さえる物らしく。「」せいりようひん」と言うらしい。
「では、部屋に来てちょうだい」
言われるまま部屋に行き。部屋に行くと黒い板が用意されていた。それに文字で「生理現象」と書かれている。
「なんだ? それ?」
「黒板。意思伝達に欠かせないすばらしい物よ。見たこと無い?」
「無い」
「これは、こうやって文字を書いてスッと消せるの」
「うわぁ!! すごい!!」
自分はその素晴らしい情報伝達方法に驚く。目眩はいただいた薬で引いており。口を大きく開けて驚きを表現した。
「ふふ、でしょ~昔には無かったの」
生理現象の文字を消す。
「では、女性の体について教えましょう」
「ええぇ……いらない」
「又、血が吹き出るし……原因知っとかないと嫌じゃない? 知らないのに血が出るなんて」
「………確かに」
気味が悪いもんな。安心してるのは「死ぬことはない」と言ってくれたからだ。
「では、これが女性にあります」
黒板に逆三角形の絵が描かれる。
「男の下半身についてる。あれって何か知ってる?」
「男の勲章………余にはもうない………」
「あ、あなた知識がない!? どうやって子供が出来るか知らないの?」
「お腹が大きくなる? 卵?」
余が読んでいた物語や本にはコウノトリや卵で生むと書かれていた。
「まぁ、えっと。どうしよう………先ずはこの絵から説明するわ」
絵に丸と棒を描く。言葉も書いていく。
「これが、卵巣、これが子宮、これが膣ね。今、あなたの体に在るものね」
「あるのか。ふむ」
「男性にはなくて女性にはあります。そして、卵巣は卵を作るところ。子宮が子供を作る育てるところ、膣が男を受け入れるところよ。ここにあるの」
エルミアが自分のお腹を触る。自分の中にそんなものがあることに驚きだった。そして、悲しくもある。女性の物らしいからこそ男の余にあってはならないのにあるのだ。
「悲しいが……それと血は何が関係があるんだ?」
「ネフィアちゃん。子宮はね。水袋みたいなベットで生まれた子供を抱くの。水ではなく血を使ってね。そして、ずっと使うと古くなるでしょ? だから捨てちゃうの新しいベットを作るために」
「へぇ………そうなんだぁ、うわぁ……うわぁ……」
気付いてしまった。なかなか、ショックが大きい。子供を抱くための物がお腹にあるなんて考えもしなかった。そして禁断の質問をする。
「もしかして、余は子供が出来る?」
「もちろん。生理現象は子供が何時でも出来るように準備をする行為。孕むことが出来る大人の女性の特徴よ」
「あ、ああ………あ……」
膝をついて、両手を床につける。完全に女性っと言われて絶望する。孕むと言うことの恐怖を覚えた。エルミアの夢で見たことをすれば自ずと出来てしまうらしい。
「生理現象は1月に1回ありますから。一生付き合ってくしかないですね。体と」
「1月に1回………これが………一生」
「あなたは特に症状が重たいから大変ね。人によってはケロッとしてるわ」
頭に追い討ちをかけられた気分だ。こんなのが一月にあるなんて嫌すぎる。
「だから、トキヤ殿に説明して調子が悪い日もあることを理解してもらわないと」
「いやだぁ………あいつに知られたくない……」
プライドがズタズタになるのは避けたい。
「はぁ………お腹にこんなのがああ、嫌だぁ………」
「まぁ、今はそう言うけど出来たら嬉しいよ」
「絶対!! 作らんからな!! 絶対絶対!! 作らない!!」
男に絶対戻ってやるんだ。お腹に出来る前に。
§
エルミアお嬢様の調教が始まって一月が経ったころ。午後の洗濯物を洗いながら話しかけられる。
「ネフィアちゃん………」
「はい、お嬢様」
スッと言葉が出る。
「………馴れるの早くない?」
「早いでしょうか?」
とぼけるがその評価は多くの使用人からいただいている。
「え、ええ。尻を叩けないのだけど?」
「それは残念ですね。お嬢様」
もう、愉快な気分で「どやぁ」と言う表情をした。本気になればこんなのは朝飯前だ。
「まぁいいけど。一緒に家事するのが理由だったし」
「そうですか? お嬢様は家事をなされなくてもよろしいかと」
ババァ。早くどっか行け。迷惑だぞ。
「お、怒ってる?」
「いいえ」
「そ、そうなのね」
全力で使用人を演じて冷たくする。自分は考え、使用人をしっかりやれば叩かれず。尚且つ自分にかまって欲しそうにするのを冷たくすれば少しでも嫌な気持ちが湧いて復讐が出来るのではないかと。それを今日、実行に移した。精神攻撃は基本である。
「メイド長、お嬢様が居ては落ち着きませんわね」
「そ、そんなことはありませんわ‼ 大母上様が居て助かります‼」
「そうですね。大助かりですね。お嬢様、一緒に頑張りましょう」
「え、ええ………」
エルミアお嬢様が狼狽えだす。悲しいかな、自分は彼女がここにいるだけで皆が落ち着いて仕事ができない事を感じ取った。
使用人達の休憩での談笑でエルミアお嬢様の凄さを聞いた結果、尊敬されてる事とこの屋敷で仕事ができる誇りを持っているらしい事がわかり、緊張する理由も知れた。存在が大きいのだ。
「そこの洗濯物をとっていただけます?」
隣のメイド長に話しかける。彼女も大変でお嬢様の監視をしている。他の使用人の粗相をいつでも庇うために。謝れるように。それだけの権力を持っている。
「ええネフィアさん、どうぞ」
エルミアお嬢様の方を見る。彼女が何故、避けられるかわかっている。
綺麗なエルフだが、マクシミリアン騎士団長初代であり、この地を纏め上げ。2代目騎士団長と共に帝国から奴隷にならないために楯突き戦い抜いた。
相手の騎士団を潰し、皇帝の目の前まで迫った大英雄様、勇者様だ。この地方の子供の童話として広く広まっており誰でも知っているほどの生ける伝説なのだ。
「そんな人が隣でジャガイモ剥いていたらどう思う?」と大きすぎる存在は寂しい事を学んだ。エルフと言う長命が孤独を生む。
そんな考え事をしていると小柄な可愛らしい使用人に声をかけられる。
「ネフィアさん。ちょっと手伝って貰っていい?」
エルミアお嬢様も来ようとする。
「あっ私も行こうかしら?」
「え、え、え!?」
勿論驚くだろう。逆に余がしなければいけないのは教える事。
「エルミアお嬢様は大丈夫です。自分だけで行ってきます。もう、存在の大きい事が重いんです」
自分が手で制する。来たら邪魔で皆さんが緊張する。そのままお辞儀をして小柄の子に話を伺った。
「えっと、鎧干したいの。いいかな?」
「はい。頑張らせてもらいます」
小さいメイドのお嬢さんに連れられる。演じれている。余は使用人を演じれている。「ヨシヨシ」としたたかに笑みを浮かべる。
「力仕事は女では大変ですね。ネフィアさんは力持ちで羨ましいです」
「ええ、元は色々ありましたから」
少し力が弱まっても元男の片鱗を味わえる力仕事は好きだ。勇者が、ばか力だったので気付かなかったが、そこらの女性より力はある。
屋敷に隣接している兵舎の倉庫から騎士団が訓練で使った鎧を持ち上げ、庭に出す。それを雑巾で拭き乾かす。今日はこれだけで一日が終わるだろう。
「あの~そこのお人」
「………」
「あの~仕事中すみません」
「あっ、ネフィアさんお呼ばれしてますよ?」
「あっはい。なんでしょうか?」
拭いていた兜を置いて声の主に向く。一人の青年が自分の目の前でお辞儀をする。
「一目見てから心を奪われました。もしよろしければ一緒に休日にお食事でもどうでしょうか‼」
「ごめんなさいね。興味はないです」
男に告白されるなんて気持ち悪い。これで二人目だ。自分は男なのだから好きになるわけがない。すっぱり断った。そして一瞥し、鎧を干す作業に戻る。
優しい言葉をかける気はない。
*
夕食前の休憩時間。使用人達で談笑をする。今日の内容はどうも自分らしい。
「ネフィアさんモテますね」
メイド長等も興味深く聞いてくる。
「あら、騎士の誰かに告白でもされたんですの?」
「ネフィアさんが告白されたんですが、すぐに振ったのです」
数人の使用人達も静まり、聞き耳を立てる。これは注目されている。ここで、発言しないときっとしつこく聞かれるのが感覚でわかる。女は、ねちっこいのだ。
「ええ、振りました。彼には可哀想ですが自分とは目指す場所が違います」
魔王として復権のために彼にその任が出来るとは一切感じなかった。というか、まず付き合うなど考えない。
「どうしてです? 彼は選ばれた騎士様ですよ?」
小さな使用人が体を乗り出して聞いてくる。その目は輝いている。しっかり理由を言わないと納得しないだろう気配。
「そ、そうですね。先ずは弱そう、彼の体からは強さを感じませんでした」
思い出す。勇者と対峙した時を、余裕を持った彼の姿を。大剣で多くの死霊の前に笑って見せる余裕。強者でしか出来ないだろう。
「それにあの武器では魔物を倒すのは大変でしょう。一人で倒せなければ、一人で魔都のスケルトンを相手にできないでしょう?」
勇者なら簡単に仕留めるだろう。規格外の実力者だ。
「そ、そうだね。基準が高い」
「ネフィアさん。もしや、一緒に居たお方の事を言っておられるのですか?」
余はビクッとする。
「い、いや!! そんなことはない!!」
「そうですの? ですが、該当が彼を思い浮かべれましたが」
「へぇ~もう決めている人がいるんだ」
「ち、ちが!!」
「ネフィアさん。花嫁修行なのですね。ここでの使用人でいることは」
「はは……は……」
もう、一同に弁明しようとしても照れ隠しと思われてしまった。正直、やってしまった気がする。女は色恋沙汰は脚色が入り、すぐ嘘が広まった。そう、自分は恐ろしい事を学んだ。
*
夕食、エルミアお嬢様の部屋に料理をお持ちする。鳥の焼き物と野菜を切った物。部屋に入ると彼女が椅子に座り落ち着いた雰囲気で待っている。食事の準備をし、自分も対面に座る。
「お嬢様。用意できましたわ」
「え、ええ。本当にすぐに馴れたわね」
「簡単です。魔王なのですから。さぁ、威張りました。どうぞお叩きください」
「………あなたは予想以上に優秀だった。きっとそれを教える機会が無かっただけね」
「ふふふ、淑女を演じると色々得することは多いみたいですね。あなたが困ってる姿は楽しい。気付いてるのでしょ?」
直接的にあなたは避けられている事をほのめかす。
「……………ええ。私はそんなに大きな存在ではないのですがね」
「いいえ、大きい。自分よりも大きいですね」
「大きい?」
「……自分は魔王に即位しても。何もしてこなかったのですから。しかし、お嬢様は違うでしょ? 帝国内に国を作った。皆が尊敬してましたよ」
「そう………そうよね。ええ」
「だから。親しく話せる仲が欲しかった。違いますか?」
「!?」
エルミアお嬢様が顔を上げる。
「ネフィア!? あなた、そこまで感じ取ってあんな冷たくしたの!?」
にやっと口許を緩ませる。いい顔だ。
「勿論、最初の仕返しで………まぁ目が覚めました。自分は何もしてこなかった」
一月、生活して思ったことだ。1日目で勇者の大変さを知った。これから長く苦しい旅が続くんだ。あいつを損耗させるべきじゃない。
「ふふ。じゃぁ………いいわね。手紙を出しましょう。彼を呼びますね」
少し寂しそうな顔をしたあとに手紙を渡してくる。3つ。しっかり届くように予備を含めて。
「明日それを出しなさい。彼が迎えに来るわ」
「はい?」
「交渉はあなたが人として一人前になって手紙を出す事にしているの。お金の取引はないのよ最初っから」
「嵌めましたね」
「ええ、楽しかったわ。他の人は私に対して気軽に話せないらしいから………でも、本当に言うならここに居て欲しいわ」
立場と言うものは大変なんだと学んだ。余の傀儡魔王とは大違いだ。
「…………エルミア・マクシミリアン」
だから。学ばせて貰った御礼に。彼女が求めるものを繋ごうと思う。
「なに? ネフィアちゃん?」
「色んな物を学ばせて貰った。その、全て終わったら遊びに来るよ。友達として」
「ネフィアちゃん?」
「一人は寂しいもんな。わかる」
現に昔は一人ぼっちだった。使用人とも仲良くなったしそこで初めて会話を楽しいと学んだ。
「ふふふ、簡単に大きくなって」
「大きくならないと玉座に座れない。戻れない」
「諦めないのね………」
「ええ、まぁ。目指す先がそこだけだからな……他に無いんだ……」
自分が生きる理由はそれだけしかない。それだけしかないと言い聞かせる。
「ありがとう、頑張ってね。新しい目標見つけれる旅になるといいわね」
「ああ、剣術も教えてもらったからな」
次の日に手紙を出した。そして一週間後に勇者トキヤは迎えに来たのだった。
§
「勇者の家に帰ってきた!! 勇者の家に帰ってきたぞおおおおお!! 我は帰ってきたぞおおお!! いやー!! 落ち着くうううううう!!」
第一声を叫んだあと、自分の部屋の布団に一目散に飛び付く。もちろん、軽装に着替えてからだ。
「開放感がたまらん!!」
布団にバタバタと手と足を振り回して自由を謳歌する。今まで窮屈な使用人の生活だった。後半は馴れて会話等を楽しむ場だったが、それでも使用人から開放された気分はひと味違う。
勇者との会話も昔より楽に出来る気がするし、道中は勇者が何をしていたかを難なく聞けた。
お金を集めてくれたみたいなのであと少しで旅が出来ると言う言葉を頂き。臣下としてしっかり働いている事に満足している。順風満帆で事が進んでいる。
「うまく事が運ばれている。店長には申し訳ないがもうあの店で働くことはないだろうな」
ちょっと寂しい気分でもあるが。冒険者なのだから仕方がない。勇者はというと荷物を整理してイゴイゴしていた。今は気にしないでおこう。
それよりも昼寝しよう。マクシミリアンの領地からここまで早足で逃げるように帰って来たので疲れている。野宿からふかふかのベットは違う。「もう二度と使用人なんかなるものか‼」と心に決めた。
「ふふふ、おやすみ~」
目を閉じ、昼寝をする。
*
数時間後、体を起こし背伸びをする。時間的には夕刻だ。
「よし、よし。疲れはとれたし、あの店に行き飯でも食おう」
部屋を扉を開けて早足で階段を降りる。勇者が吃驚した顔を向けてきた。
「ご飯、食べに行こう!! 余は自由だ!!」
「………マクシミリアンで何があったんだ?」
「色々あった。お前のせいでな。今日はいっぱい愚痴を聞いてもらうぞ‼」
「お、おう………変わったと聞いていたが。変わりすぎな気がするが?」
「気にするな!!」
*
久しぶりにお店に顔を出す。店長に挨拶と申し訳ないがもう働けない事を伝えた。店長は「残念、また頼むよ」と言い。冒険者と言う事を理解していたため引き留めることもなかった。
お店は夜は酒場となっているため、活気があり。歌ったり踊ったりしている者もいるがあれは踊り子と言うのだろう、綺麗な女性が男たちを楽しませている。夕食のナポリタンは美味い。自由の味がした。
「ああ、開放されたんだなぁ」
染々、思い出す。数日間、尻が叩かれ続けた事も今や過去である。
「苦労したんだなぁ。いっぱい叩かれて」
勇者が笑っている。知っているなこいつと納得する。
「ああ、苦労した。演じ続けるのは息苦しかったよ。お前の前でも演じれと言われたが。まったくその気が無くなったよ。余はこれが余だ。たまには演じてやろう。気紛れでな」
「ありがとう。まぁでも演じるとそりゃそうだ。息苦しいな………自由に生きたいだろ?」
「もちろんだ!!」
「はは、いい笑顔だ」
葡萄酒を注いでくれる。労ってくれている気がして少し心地いい。本当に優しいなこいつ。
だからこそ、その優しさに今まで気付かなかった事に申し訳ないと思いつつ。利用してやろうと思っている。占い師の言う通りに使わせてもらおう。
「さぁ今日は飲めばいい。使用人の時には飲めなかっただろう?」
「そうそう、使用人の時な………」
そして、自分は何故かこいつにだけは何でも話せる気がした。使用人の時にあった。エルミアの愚痴をいっぱい聞いてもらう。
そして時間が過ぎ1時間後。勇者が席を立つ。
「まだ!! 終わってないぞ!!」
「まぁ待て。トイレだ」
「すぐ帰ってこい」
「はいはい」
「店長おかわり!!」
「どうぞ!!…………にしても明るくなったね」
「そうか? それよりも!! うー!! 酒が美味しいなぁ。なんでだろーなぁー?」
ふわふわした気分。これも久しぶりの自由の味のせいなのだろうかと思う。
トントン
「君、一人かい?」
隣で机を叩く音が聞こえ、そちらを向く。目の前に豪華な服を着た青年が自分をみつめている。「こいつ、誰だ?」と思う。
「どちら様でしょうか?」
切り替える。ネフィアっと言う女性を演じるのだ。最近、自分が男をたぶらかせる事の出来る婬魔として動けることを知った。
あまり婬魔と言う自分が好きじゃないが使える道具として考え。自分ではないネフィアっと言う淫魔と思い込んで我慢する。
「初めまして。皇子のラスティっと申します」
「皇子ですか?」
「はい、この国の皇子です」
「そうなんですね。それで何の用でしょうか?」
心の中で「皇子で偉そうにされてもなぁ………こっちは元魔王だし」と毒つく。顔には出さないが嫌なオーラを出した。
「貴女がここで働いてるときにお目にかかり、気になってました。もしよろしければ………」
ドンッ
反対側で大きな音がする。勇者が帰ってきたのだ。皇子を睨み付けている。
「ただいま……」
「おかえりなさい。えっと………ごめんなさい、何でしょうか?」
「…………お付き合いされてますか? 彼と」
「いいえ、同じ冒険者仲間です」
「でしたら………自分とお付き合いしませんか? 悪いようにはしません」
ため息を吐く。なんか最近、吃驚するぐらいにモテる。確かに鏡で見る自分は美少女だろうが自分は男と付き合う趣味は無い。純異性交遊は禁じている。原因はきっと婬魔であることも影響してそうだ。
「ごめんなさい。冒険者なのでまだ落ち着く気はありません。旅をします」
冒険者お決まりの振るための台詞。便利である。
「そこを!! お金も名声も」
貴族程度の名声とお金なぞ、王以下。興味が沸かない。今、必要なのは強さだ。しつこそうなので勇者に会計を頼んだ。
「ごめんなさい。帰りましょう」
「だ、そうだ。皇子さま。ごめんな」
「くぅ………諦めませんから‼」
無駄なことを。魔国に帰るのに相手を知りもせず告白する愚か者。会計を済まし店を余たちは出る。
「酔いが覚めた」
「何処かに寄って買って帰ろうか?」
「気が利くな。ああ、買ってきてくれ」
「わかった。葡萄酒でいいな?」
「うむ、ありがとうな」
「うぐっ!? あ、ああ」
勇者が明後日の方向を向くが気にしない。それよりもなんて楽なんだ。頼めば買ってきてくれるなんて。本当に………優しいなこいつと見直すのだった。
*
次の日。やらかした。
「ウゥオ、オエエエエエ」
トイレに向かって。昨日の胃に残った物を吐く。胃液の酸味が気持ち悪い。頭もガンガンする。リビングに戻り勇者が水の入ったコップと粉末の薬を頂いた。
「昨日、イッキ飲みするから………」
「は、羽目を外しすぎた。気持ち悪いぃ……」
「一日、安静にしろ。黒騎士団長に呼ばれたから行ってくる。えっと、まぁ昼には帰ってくる」
「お、おう」
フラッ
ガシッ!!
「大丈夫じゃないなぁ」
「す、すこし目眩しただけだ。降りてこなければ布団が恐ろしいことに………」
布団で吐くなんて嫌だから降りてきた。とにかく、気分が悪い。
「よっと!!」
ヒョイッ!!
「お、おい……うぷ」
「黙って安静にしろよ」
勇者が自分を持ち上げて寝室に運んでくれる。ベットの上に自分を置いた後、彼は出掛けて行った。
「…………やっぱり優しいなあいつ」
思いの外、本当に優しい事に気が付いた。
「いい奴だったんだなぁ」
今更であるが、落ち着き色々と考えられる時間ができたお陰か余裕が出来た。あの使用人の一月は自分にとって自信がついたのかもしれない。
「褒美を取らせるか……まぁ追々、考えよう」
目を閉じて安静にする。昼には回復するだろう。きっと。
*
俺は久しぶりに出会って変わりすぎている事に驚いた。今までにない笑顔を見せたり、男らしい口調なのだが可愛いと思えるネフィアにドキドキしている自分がいた。そんな中で一呼吸をし、黒騎士団長様がいる。部屋の扉を開ける。
「黒騎士団長、こんにちは。マクシミリアンの依頼は終わったぞ」
「ふむ。厳しかったか?」
「ああ、騎士団動かさなくてよかったな。恩が売れた」
「それは、それは。動かさなくて良かったとは言えないな」
「で、用件って?」
「姫様を覚えているかな?」
「覚えてない」
「全く、お前と言う奴は姫様が気付いた。お前が帰ってきたことを嗅いだらしいな」
「そっか。まぁおれはあいつの事なんて興味はないが」
「それは。俺の口から何度も言ったが………姫様はお前のご執心だそうだ」
「何が彼女を惹き付けるんだろうね?」
「………さぁな。姫様も騎士として腕を鍛えた。お前がいいのだろうさ」
「あいつのための強さじゃぁねぇのに………」
あれは自分が護るべき者とは遥かに違う。美少女だろうと彼女は素晴らしくない。あんな綺麗な笑みを浮かべたり出来ないだろう。瞼の裏に写る彼女とは遥かに遠い。それに心は黒い。政権に染まりすぎてる。
「本当に姫様の婿になる気がないのだな」
「ない」
「姫様にはもう一度考えなすことを言ってみよう」
「用件はそれだけだな」
「ああ、説得をお願いされた。残念だが私には無理だ」
「騎士団長さまのご判断に感謝します。では失礼」
「……………」
ガチャ
自分は部屋を後にした。そろそろ………ここに留まっとくのは良くないようだ。あまり、姫様と関わりたくない。
*
昼過ぎ。勇者が帰ってきた。シチューを分けてもらい。寝ている自分のためにパンもふやかして用意してくれたものを昼食で頂いた。
「………ありがとう」
「いいさ、頭は大丈夫か?」
「もう、大丈夫」
「今度から、控えめにな」
「わかった………」
「素直になったな」
「いがみ合いは時間の無駄だ」
ドンドン!!
ドンドン!!ドンドン!!ドンドン!!
玄関から勢いよくドアを叩く大きな音が聞こえる。
「うぅうう……頭に響く」
「ネフィア、待ってろ。はいはい、誰ですか‼」
勇者が扉を開ける。そこにはピンク色のドレスみたいな装飾過多の騎士鎧を着た女性が立っていた。初めて見る人。顔は見えない。
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その人がいきなり勇者に抱きつこうとして勇者に避けられている。
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「何で避けま……………あら?」
こちらと目線が会う。一瞬顔が歪み睨まれたあとに満面の笑みで話しかけてくる。
「初めまして、第一皇女ネリス・インペリウムです。あなたはどちら様でしょうか?」
席を立ち、深々とお辞儀をし自己紹介をする。
「はい、私は冒険者のネフィアです。トキヤ殿と一緒に旅をさせてもらっています」
「ふーん」
勇者の腕を掴み皇女自身の胸を押し付ける。胸当てはしていないようで腕に柔らかそうな物が押し付けている。
何故か少しだけ、ほんの少しだけ。イラッとした。
「えーと、トキヤ殿? 薬で皇女殿とは?」
「あっ!?…………そうだなぁ、何でもないただのライバル。剣で腕を競い合った仲だよ!!」
「トキヤ殿、嘘はいけませんわ。フィアンセでしょう?」
「全力で否定してやろう。誰がお前と一緒になるか」
勇者が真顔で言い放つ。何故か胸がスカッとする。
「あら? トキヤ殿、いいんですか? 皇女を蔑ろにして?」
「…………はぁ、蔑ろにしていい。他にもっと素晴らしい人が居るだろう」
「そうですか………残念ですねぇ、絶対私の物にならない。だからこそ欲しい」
毒蛇に噛まれているようなイメージが浮かぶ。これは毒だ。
「さぁ、帰った帰った。おれはこいつとそろそろ旅の計画を練るんだ」
「わかりました。ふふ、ネフィアって言いましたわね?」
「はい」
「覚えといてあげる」
自分は絶対、忘れてやる。皇女は自分を睨み付けて、背中を向けて出て行った。
「全く、ネフィア………関わるなよ。面倒な奴だから」
「あんなくそ女どうでもいい。皇女なら皇女らしく淑女になれ」
「………」
「なんだよ、勇者?」
「お前の口からそんな言葉出て吃驚だ」
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大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
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地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
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友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
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パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
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何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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