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余は「私」になる
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最近、勇者との会話が増えた気がする。女扱いは嫌だったのがネフィアという別人格者が肩代わりしてくれていると考えた結果。細かいことを気にしなくなった。
慣れと心の余裕も生まれ、そういえば自分は勇者のことを何もわかってないことに気がつく。
臣下の事を一切知らないのは如何なものかと思い。期を見て話しかけようと考える。考えるのだが。「どうやって声をかければいいんだ?」と悶々と悩んでいる。
勇者は今、昼食の豚の腸詰めを焼いてくれていた。これをパンに挟むと美味しい。いや、今は関係ない話だ。自分から声をかける。意識してやったことがない。気恥ずかしさでどうすればいいかわからない。
「なんだろこの。声をかけるのに躊躇する気分は……………あああ!! まどろこっしい!!」
だから、勢いよく自分は勇者の頭を叩いた。勢いでなんとかしようとする。
バシッ!!
「いたい………ん? なにか気になる事があった? ごめんな」
いつもいつも叩いている気がするが今日は申し訳なくなる。意味もなく叩くのだ。怒って当然だろうが勇者は笑うだけ。勇者は謝るだけ。とにかく優しくされる。まるで姫様のように。
「す、すまん。ネフィアが話しかけようと思ったんだけど。ど、どうしたらいいかわからなくて………叩いた。ごめん。痛かったか?」
「大丈夫。それより話がしたいのか? いきなり、かわいい言い訳で不意打ち過ぎるんだか!?」
「かわいいと言うなキモい。そうそう、第二人格の『ネフィア』が会話をしたい。現に自分はお前の事を知らなすぎる。一緒に旅をするのだから最低限知ってないとダメだろうと思う」
恥ずかしいのでへんな言い訳を言う。別人格に擦り付ける。今はもう、ネファリウスとは別人と思うことにした。勇者が天井を見上げて考える。
「なるほど。一理あるから食後でいいな」
「ああ!! もちろん!!」
「……なんで、こんなに可愛くなったんだろうな………笑うようになったからか」
「あほ、かわいいと言うなと言っただろうが」
*
食後、紅茶を貰い。一口すする。あつくて「フーフー」とする。
「で、そろそろ話してもいいかな?」
勇者が肘をつきながら話を始める。
「いままで、あまり話してこなかったけど。信用に足る存在って思ってくれるなら話そう」
「思うさ、現に行動で示している。それに余はお前しか頼れないようだ」
庇う瞬間の背中は大きかった。安心出来る背中だった。間違いない。余の剣である。
「じゃぁ秘密にしていた事を色々話すよ。黒騎士団長も知らないことや知っているが内容は知らないことを」
「お、おう………何故、いままで秘密に?」
「ネフィア、お前。話すだろ?」
「バカ言うな‼ 余は口が固い元魔王ぞ!!」
「エルミア嬢は知っている」
「………はい、ネフィアは口が軽い奴でした」
そうだった。簡単に言ってしまったんだ。金に目が眩んで。しかも、お金もくれなかったなエルミアは。
「俺は黒騎士団の魔法使いだ」
「水の魔法使いだな。この前に水を出してただろ?」
空だったコップに水を生み出したのはこいつだ。
「ああ、あれかぁ。軽く水魔法に触れているけど厳密には風の魔法で応用だな。俺の得意分野は風の魔法使いだ」
「風の魔法使い? また珍妙な属性を選んだな。聞いたことがない。風を操るのか?」
「そうそう」
「なんか………弱そう。いや、あまり皆が修練しない属性だな」
水の魔法使いや炎を操る魔法使いの方が格好いい事は知っている。自分も炎の魔法が扱える様になったので炎の魔法使いだが。「俺は風の魔法使い!!」と胸張って威張っても………パッとしない気がする。イメージしにくいのだ。
「バカにしてくれていい。俺には剣と技術があるから。大丈夫さ………侮ってくれて」
「…………お前、また余を騙すか?」
ハッタリ。余は少し残念そうにし、悲しい顔を演じる。
「自分はまだ………信じて貰えてないんだな……」
落胆し、チラッとして勇者を眺める。すぐに口を割った。
「ごめん……悪かった。言う言う!! 風の魔法を選んだのは色々な事が出来て便利なんだ。補助的な物なら最高だし……あとは……」
勇者が慌てて言い直す。焦った姿が何故か可愛く見えて口元が緩んでいる自分がいた。面白い。ネフィアを演じるのも。
「あまり、誉められた強さじゃないが暗殺が得意なんだ」
「えっ? 暗殺?」
「そうだ。風の魔法は隠密に向いているし人探しも出来る。盗み聴く事もでき、物音を立てず忍び寄って急所を刺すことが出来る。野営でも便利であり生活する上で楽なんだ。隠密出来なければ魔王の玉座なんて無理だ。まぁ皆、逃げてたがな」
「とことん勇者らしくないな………まぁなんとなく便利な道具みたいな魔法と言う解釈で問題ない?」
「問題ない。だから旅するときは隠密は得意だから、何かあれば言ってくれ。窃盗も得意だな」
「ますます、自分の勇者像から遠退いてくんだけど?」
引きこもっていた中で読んだ。物語りは魔族の勇者が王国の王様を仲間と共に冒険し討ち取る物語だった。そんな汚い手を使う奴なんて思いもしない。
「読んだ本は確か……人間の本だったのだが……」
読んだ本は人間が魔族になっている写本だと知ってはいた。いつの世も、魔王は神かがった力の勇者に倒されるらしい。それでも面白い本なので内容を切り替えたのだろう。種族を変えて、種族を虐げて。
「勇者では無い………ただのネフィアの配下だ」
「それも、そうか………お前は余を倒してないからな」
「まぁな」
「まぁ、他に呼ぶこともないから勇者でいいな」
「…………あまり好きじゃない。その呼び方。魔王を倒す者の称号だから」
「まぁ倒せそうだからいいじゃないか。細かいことは気のするな。変な所に細かいな?」
「自分でも思うよ。他に聞きたいことは?」
「ない。一緒に長い道のりの途中で聞いてくさ」
勇者とは長い冒険になりそう。そんな予感がする。
*
帝国の中心に立つ城。皇帝陛下の城下町に威光を示す建物。その一室に姫である私は伺う。殺してほしい女の相談をするために。
「お兄様、入ります」
一言、中に居る筈の兄に伝え。扉を開けた。貴族の制服に身を包んだラスティ皇子が紅茶を啜っていた。
「妹君か………なんだい?」
「お兄様とお話がしたいと思い。お伺いしました。今日はお暇なのですね」
「ああ、そうだね………傷心さ」
「ふふふ、フラられたのですね。お店の給仕に」
「冒険者だから無理だってね………はぁ………お金で雇えば大丈夫かな………綺麗な人」
お兄様は「ネフィア」と言う女性に振られたのを知ったのはここ最近だった。今だに諦めがついていないのも聞いている。残念なことに給仕の仕事は辞めたらしい。運が良いことだ。狙いにくい。
「お兄様、私も実は好きな人がいるのですよ………」
「妹君もかい? 庶民を好きになったのは?」
「はい。庶民の中にも宝石の原石はございますでしょう? 政略結婚でも良いですが………側室は自分の好みがいいでしょう」
側室じゃない。勇者トキヤは正室にさせる。彼を私の物にしたい。彼の子を王にも出来ると踏んでいる。
「全く、その通りだ。何処の令嬢より綺麗な人が居るんだ。好きになっても仕方がない」
「そこでです、お兄様。ネフィア殿の近くにいる冒険者をご存知ですか?」
「ああ、彼か。同じ冒険者仲間だろう。羨ましいな」
「名前はトキヤ。孤児院出身の元黒騎士です。黒騎士でも黒騎士団長が一目置く、逸材ですね」
お兄様の顔が険しくなる。黒騎士は帝国では実力者としての側面と盗賊ギルドの様な陰に隠れた者たちであり、何をしているか全貌を知っているのは限られた人たちだろう。事件に黒騎士と付くと途端に何もかもが怪しくなる。
「元黒騎士………だと?」
「はい。私が黒騎士団に視察に行ったとき。決闘をした相手です。手加減してもらい私が勝たせてもらいました。そのときに知り合ってます。勇者の部隊に配属なる少し前ですね」
あれから何度も遊びに誘ったし、色々と手を出したがあまりいい感触はなかった。理由は「女がいる」て言うのだからわからないわけではない。庶民ほど、こだわる。
「………何故。黒騎士団が。いや、勇者部隊………精鋭」
多額なお金を払う事を約束した勇者部隊。精鋭と冒険者を集め。魔国に魔王暗殺の任を行う者たち。9割は帰ってこないが脱落し帰ってきた1割のお陰で魔国の内情がわかるようになった。魔王を倒せると信じてないので威力偵察が主な任務で、冒険者に扮して情報収集をするスパイとも言える。
「怪しいですね、あの女。お兄さん」
「黒騎士。勇者部隊の生き残り………彼が護衛する人物だとしっくりくる。彼女は令嬢より綺麗だ。絶対、何処かの姫君で間違いない」
「そうですね、同じ意見です。ネフィアは偽名でしょう。私の知人に調べさせます。それとどうでしょうか?手を組みませんか?」
「見えてきた。妹君は元黒騎士の彼が欲しい。自分はネフィアと言う姫君が欲しい。違うかね?」
「間違いありませんわ。お兄様」
「よし、わかった。手を組もう。令嬢なら正室にも出来る。有名な姫では無い小さい所の出だろう。帝国の圧力で我が嫁に出来る。妹君感謝するぞ」
「いえいえ、利が一致しただけです。それでは失礼します」
私は、踵を返し口元を歪ませる。喜ばしい。これできっと、後継者の一人のお兄様も始末できる。
*
「トレイン様」
魔国の仕事場兼自室の部屋で一人の亞人が現れる。婬魔の男性だ。姿形を変え、潜入を得意とする者。殺し損ねた魔王と同じ種族だ。悪魔族の中では下級の者である。
「なんだ? 族長たちが騒がしいか?」
魔国内を治める多種多様の族長を思い出す。あれらが従わず反旗を翻したのかと考えた。または、魔王保護して摂政として権力奪いに来たかと思う。
「いいえ、帝国に旅立った仲間から魔王を見つけたと報告が上がりました」
「見つけたか」
「一番始めの国で当たるとは運が良いことですね」
「まったくだ。族長たちは?」
「まだ、男として探っているのでしょう。見つけておりません」
「一番乗りか、族長に先を越されるな!! 四天王にもな!!」
「はい」
部下が一礼したのち、部屋を出る。彼に任せれば大丈夫だろう。暗殺が得意で雇った男なのだ。早々に悪い報告は上がって来ないだろう。
「まったく………ぬかった事がここまで大きな面倒事になるとは」
計画は失敗した。勇者に倒させ、自分が仇を取り勇者を倒せる者の名実と共に魔王の玉座に座り、一気に族長も従える筈だった。弱体化の薬で弱らせた魔王は倒されるか、薬で死ぬかどっちかだったのだが。何故か女になって逃げられた。
「せっかく、魔王の親族をチマチマと毒殺し。族長含めて暗殺して世襲性を潰し!! 族長達、四天王の一部を出し抜いて新しい魔王となる筈だった!!」
ドンッ!!
机を勢いよく叩きつける。監禁し、無能となった幼い子を魔王に上げたのに水の泡だ。自分が監禁した子の血族を絶やさないための理由と魔王にしたいと言う噂も流し仇取りの理由を作ったのにも関わらず。全く違う結果になってしまった。
「そして、族長たちめ………魔王が居ないなら俺が魔王だと言い出しやがった。魔王の首を取った奴が魔王と抜かしやがって。四天王も同調するし………くっそくっそ………これも勇者が狂った変人だったのがいけない………魔王を連れ去るとは!!」
握りしめた鉛筆が折れる。腹の底から呪詛めいた言葉を吐き。魔王ネファリウスと勇者を呪う。狂わされた計画を思い起こして唇噛む。そのまま一呼吸を挟んで壁を見つめて、我が物になった黒い剣を眺める。
「まぁ、魔剣はここにある」
魔王以外が持てば剣が吹き飛んで離れる。そのため無理やりに紐で引っ張てここに隠している。魔王の象徴。これが持てるようになるのは魔王が死んだとき、魔王から新魔王への譲渡だけである。剣を騙さないといけない。
「ふふふ、大丈夫。落ち着け…………この象徴があれば……まだ。魔王になれる。トップになれる!! この大きい国を全て我が物に出来る」
自分は椅子から立ち上がり隣にある寝室を覗く。寝室に飾られている魔王の象徴をもう一度眺めて笑みを溢した。いつか自分の物になるものに向かって叫ぶ。
「待っていろ剣よ。俺が必ず主になってやるからな」
最高の悪魔になってやる。
§
「買い物行ってくる。物が足りない」
変わった多くの物が入る箱の中に旅の支度をしている途中で足りない物がわかり勇者に声をかける。大体は勇者がすでに用意していた物の確認だけでありすぐに終わるものと考えていが、女の子に必要な「あれ」がない。
「買いに行くときに気を付けな………目立つからな、お前」
「大丈夫だ。エルミア・マクシミリアン様に剣の手解きをいただいたからな‼ 痛かったぜ」
木刀で力一杯殴られた。手加減は無しだ。最後の方でやっと防御出来たぐらい鋭い剣捌きだった。
女であそこまで力強くなれるのに驚いたものだが………マクシミリアン王の時より手加減してくれていた気がする。防御したとき、衝撃は重たくなかった。「何でだろうか?」と疑問に思いながらも感覚で何かを掴めそうな感じがする。
「で、何が足りないんだ? 用意してあったろ?」
勇者が何時でも出れるように用意してくれていたのを再度確認していたが。こいつは典型的な物しか用意しない。自分もこの身になって初めて苦労した物がない。そう、ある用品が足りない。
「お前は………デリカシーがない。まぁ無いものはない!!」
「おかしいなぁ……絶対用意したはずなのに」
勇者が悩む。こいつは要らないだろう。だが、悲しいが、泣きたくなるが、いやだが。生理用品がない悲し過ぎる。「ああ男に戻りたい」と声に出して悲しむ。
「なに買ってくるんだ?」
「秘密だバカ」
「おやつは三銅貨までな」
「わかったぞ」
「子供扱いしよって」と思いながら、生理は大人になるための成長である。それを理解して悶々しながら部屋を出た後、始めての生理を思い出す。
生理が始めてきたのは使用人の時。ドロッとした血が溢れ、布団に染みていった時は体が凍りついた。病気になったと勘違いしエルミアに相談したら笑われてしまい、無知を恥じた。そして、気を付けないといけないことも教えてもらった。子供が出来るというのはわかる。異種では出来ない事もあるだろうが、余は夢魔であるからこそ気を付けなければならない。
「はぁ………くっそ………早く男に戻りたい。孕むなぞ、気持ち悪い。気味が悪い」
想像できない。今まで男だった訳だからそんなもの。お腹に子なぞ。
「まぁ………あいつが襲って来ないのだから気にする必要はないな」
家を出る。そして、トボトボ歩き出した。路地から出た後、下着も買わないといけないことを思い出す。
「ああ、胸当て………買わないと」
サイズが間違っている。勇者が用意した奴は苦しいしすこしはみ出てしまう。あれもエルミアから聞いて始めてわかったことだった。
余はギルドのお店へ向かう。少しずつ、女性の体に理解をしていく自分が怖くなりつつあるが。悲しい事にこれが今の余だった。
「あいつか………」
「ん?」
何か、見られて「あいつか」と声が聞こえた気がして後ろを見る。しかし、誰もいない。「気のせいだったのだろうか?」と思う。
「気のせいか…………ああ、やだやだ。女って奴は」
面倒だ。本当に女の子は面倒だ。
*
買い物帰りの大通り。歩きながら愚痴を溢す。
「高い‼」
女性の下着等は高い。男物より数倍高い。ビックリする。かわいい物など関係なしに高い。
「へい!! そこの美人のお姉さん!! 果物買っていかない?」
「……………」
「おーい!! そこのお姉さん!!」
「ん?」
「そそ!! 君!!」
自分が声をかけられているのを自分で指を差し確認する。声をかけられる回数が多いのでもう気にしない。
「余か?」
「そうだよ!! なんか買っておくれ!! 美味しい果物だよ!! この林檎とかどうだい!!」
果物は好きだ。特に赤くて、小さい種が多く、柔らかくて、甘い果実が好きだ。腐るのが早く中々出回らないらしいが………ここでは珍しく小箱に入って売っている。値段はやはり高い。珍しいものだからだ。
「これ、好きなんだけど高いから………ごめんなさい。今、手持ちなくて」
「そうかい………残念だよ」
「………でも、やっぱり」
勇者も好きって言ってたな確か。なら………あいつに払わせよう。
「買います」
「ありがとう‼ 姉ちゃん!!」
少し痛い出費だが、大丈夫だろう。小さい木箱を貰い。そのまま両手で持って歩く。路地に入る。帰って食べるのを楽しみする。
人混みを避けそれなりの広さの道をうきうきしながら歩き。早く帰って二人で食べようと思っていた瞬間だった。
ザッ!!
路地の前方に男が二人横から現れ、道を塞がれた。
「…………」
踵を返し、来た道を戻ろうとした。しかし、後ろにも二人。道を塞いでくる。昔に脱走し捕まった時の事を思い出し、背筋が凍った。マスクで顔が隠した男らしき者達がゆっくり近付く。
「何者だ‼ 余になんのようだ!!」
荷物を置き、剣を抜く。刀身に炎がちらついた。
「これ以上近付くと切る!! 遠慮はしないぞ‼」
剣を両手で構えて、相手の出方を待つ。相手も腰につけた鞘から剣を抜いた。自分の剣より短い。リーチはないが路地では短い方が振りやすいだろう。
「一緒に来て頂きたいのですが?」
「ふん!! お前らは刺客か!! なら切るぞ!! 切るからな‼」
「まぁまぁ、お姉さんお話を!!」
「話すことなぞ………ない!!」
スタッ!!
後ろから音がし、振り返る。すぐ目の前にマスクの男が拳を固めているのが見えた。背後を取られる。
「5人目!?」
頬を力一杯の力で殴られる。頭が大きく揺れ、意識が一瞬飛ぶ。
そして考えた……5人目は家の屋根に潜伏し、機を窺っていたのだ。痛みが走り抜ける。
「くっそ!!」
油断した訳じゃない。とにかく、目の前のを倒さないといけない。
ガシッ!!
「あっがっ!?」
足を後ろから掴まれ引っ張られた、勢いよく地面に転げる。そこへ二人がのしかかり手などが拘束された。魔法を練ろうにも力が抜けて魔法も不発になる。拘束具が対魔法装備なのだ。
「諦めろ。魔封じのあーティファクトだ」
「放せ!! 余を誰だと思っておる!!」
「ただの冒険者。ネフィアと言うな」
「くっそ!! 誰の差し金だ!!」
「元気だな。少し黙ってもらおう」
「もごっ!?」
口に布を押し込まれた。そして、担がれ運ばれる。
どうするつもりかわからない。「また、部屋に閉じ込められるのだろうか」と昔を思い出す。そうなるとまたあの日と仝になり悲しくなってくる。また箱のなかに閉じ込められる。何故か勇者の顔が思い浮かぶ。「またか………また、余はどうして……普通の生き方ができないんだ。どうして、いつも、なにも出来ないんだ………」と防がれた口の中で悔しくて舌を噛んだ。
*
夕刻ごろ、ネフィアの帰りが遅く、気になり。ギルドに顔を出した。昼には買い物をすませ帰ったと聞く。
いつもの何処かに気紛れで遊んでいるのかも知れないと店仕舞いをしている店員に声をかけた。
「すまない。昼間に綺麗な金髪の女性が通らなかったか?」
「ああ、向かいの果物屋から買い物してたね。綺麗な娘だったから覚えてる」
「ありがとう、情報料だ」
銅貨を一枚渡す。当たりが早い。
「まいど」
次に向かい側のお店の店員に声をかけた。
「ここに、金髪な美少女が来なかったか?」
「ああ、苺を買ってくれたね。嬉しそうに両手で持って早く帰って食べると言ってたね~どうしたんだい?」
「帰ってこない。ありがとう………情報」
この店員にも銅貨1枚を渡す。
「………巻き込まれたか何かに。帰って来ない理由はなんだ? 準備出来しだい出発だから。早く準備を進めていたのにほったらかしで遊ぶか?」
一番外へ旅したがっているのはネフィアだ。用意が出来しだい首都から出る手筈だった。気になり、自分は路地裏に入る。人はいない事を確認し魔法を唱える。
「…………詠唱開始」
風の魔法を唱え、空中に緑の魔方陣を展開し、その上に乗って建物の上へ登る。
屋根に上がった後、風を強く感じれるこの場所で再度別の魔法を唱える。いくつかの緑の魔方陣が自分を包む。左目を閉じ、左目の瞼の裏に幾多の路地裏が写り込んだ。
「探知魔法で探すが、見つかるかな? 何処だ?」
風が大気が自分に情報を伝えた。膨大な情報と魔法の維持によって頭痛が起こる。時間をかければ脳が焼ききれてしまう。暗いため、暗視の魔法も唱え。微量な光でも判断できるようにした。
一つ、一つ、近場の路地裏を見る。そして、見つける。木箱と………ネフィアの炎の剣が落ちている。屋根からそこへ向かい。飛び降り、着地。周囲を見渡す。
「………剣を抜いている。しかし、血がない」
剣を拾い、眺める。心の底から黒い感情が溢れそうになった。次に木箱を拾うと中にはネフィアが好きな果実の苺が入っている。ドンピシャリだ。
「何処のどいつだ………拐った奴は………」
綺麗な女性は価値がある事は知っている。だけど油断した。人拐い。人身売買。奴隷。お金になる事を気にしてなかった。目立つのに。売春宿でも売られてしまう。
「探知………風は動いていない残り香があれば…………いい」
もう一度、屋根へ上がる。そこで、大きく息を吸い魔法を唱えた。緑の魔方陣が何枚も重なった。頭痛が起こるが噛み潰す。デメリットの吐き気なぞは気のせいだとして噛み潰す。全て小事として、脳が壊れるまで酷使しようと思う。
「俺が潰れるか先か……………見つけるか先か…………」
風で探索する魔法で全ての会話を風で拾い自分に伝えたものを吟味し糸口を見つけようと考える。何万の会話を、一人の人間が処理をする。自分は口を押さえる。歪んだ口を歪む。怒りで歪む。
「絶対、護ってみせる。何があっても」
*
お城の一角。私は自室の寝室で報告を待つ。
トントン
「入れ」
「はい、姫様。捕まえました!!」
一人の冒険者が入ってくる。彼は満面の笑みで報告する。しかし、その様相も姿も雰囲気も作り物だ。本性は盗賊。お金が貰えるならなんだってする。偽りながら。
「お仕事が早くてよろしいですね。では、そこの金袋でも持っていきなさい」
「ありがとうございます。皇子にもお伝えしました」
「御苦労様。お兄様もきっとお喜びになるわ」
「いやーいつもいつも、ありがとうございます‼ 姫様!!」
袋を担ぎ上げ、部屋から去っていく。その姿を見ながら笑いながら窓の外に声をかける。
「聞きまして?」
「はい、姫様」
「では、お願いしますわ。お給料は今さっきの金袋と同じよ。後払い」
「はい………畏まりました」
「後で、黒騎士と一緒に視察するわ」
窓の外から気配が消えた。仕事を始めようとするのだろう。
「三途の川のお駄賃は如何なものなのかしら? ふふふふ………ネフィアさん」
ベランダから出たあと夜風に触れる。眼下を見下ろしながら今夜はぐっすり眠れそうだと思うのだった。報告はきっと女の子の亡骸を楽しみにして。
*
「はぁ、いい女だったなぁ」
「確かにな。勿体ないが皇子の物だ」
「気が強そうだけどベットの上じゃぁな。男が上さ」
裏通りの酒場。表と違い、騒がしいのが好きじゃない人が集まる。酒場とは商談や冒険者ギルド以外の依頼などを交換しあう場所でもある。裏には隠し通路があり、世界の裏側を見ることが出来る。黒い暗い、お金で安全を買う場所。カウンターに座る二人の男性の隣に……俺は座った。
「綺麗な子が居るの? 紹介してよ」
「盗み聞きはよくねぇなぁ。残念だ、先客がいる」
「そっか、金髪で切れ長の目であり。少し気が強い冒険者の女の子」
「………いったい誰だ? 顔がローブで見えねぇ」
「名前はネフィアって言うんだったかな?」
「お前、誰だ………何のようだ」
「何処へやった彼女を………」
「誰が喋ると思って!!」
ドシュッ
「アガアアアアアアアアア!!」
カウンターに置いている手に勢いよくナイフを突き刺しカウンターに縫い合わせる。抜けないように強く、縫い付けるように差し込んだ。
「なにしてんだぁあああ!! お前!!」
もう一人が立ち上がり剣を抜く。
自分も立ち上がり。長い間、使い続けたツヴァイハンダーを片手で掴んだ。周りの客の一部も各々が武器を持ち、様子を伺っている。
一般人らしい者は酒場から逃げていった。いるのは手練れのみ。
カウンターにナイフを縫い合わされた男がナイフを抜こうとするが抜けないのを尻目に覚悟する。
「何者だお前は!!」
「何者かだって?」
俺はフードを外し、言い放つ。
「答える愚かな者はいないだろう。バカが」
言葉を発すると同時に目の前の男に斬りかかる。剣で防御をしようとする剣よりも先に。頭から下半身を大剣が通り抜ける。遅い動きに腕の差を感じさせた。
ある程度、反り血は風で防げる。だが、少しは頬についてしまう。それを拭い。全員の様子を伺った。
「やろぉ!! ここが盗賊ギルドだって知っての………」
叫ぶ人に指を差し、即席魔法を唱えた。声を奪い静かになる。
「黙ってろ」
「…………!?」
皆が、驚きながらも自分を囲んでいく。魔法を唱える者も居るが即席魔法以外は今は唱える事が出来ないだろう。音が響かないのだから。そして、俺は囲んでいく者たちに斬りかかる。斬りかかった結果……肉体が二つになる者や。首だけ落ちる者。
二人いっぺんに横の切り払い真っ二つにしたり。叩き潰し、原型がなくなる者。一人一人、恐怖に顔を歪ませるのを眺めた。懐かしい感覚。黒騎士だった時を思い出すほど戦災な現場となる。
何人かを斬り伏せた後。誰も向かって来ようとせずに逃げようとする者が現れる。その逃げる背を突き刺し、それを壁に投げつけ。また生きている者を背中から斬って行く。
床がヌルッとした赤いカーペットを敷くように壁は激しい剣の爪痕が残る。
酒場の上へ逃げようとする者と出口から逃げようとするものが、逃げないように前もって魔方陣で壁を作り。逃げられずに泣き叫び、自分はそれを剣で黙らせた。
命乞いをするものは魔法を唱えて呼吸を封じ、首を掴みながら苦しく悶え、動かなくさせた。
気付けば、手や足は血まみれになり。床には糸や細いもの、踏みつけたら柔らかい物で溢れる。
「はぁ~けほ……むせるな」
鉄臭い匂い。むせる。終わってゆっくりと深呼吸してため息を吐いた。
自分は最初にカウンターでナイフを突き刺し、身動きが取れない男に近付く。手に刺しただけでは逃げられるだろうから固定しなおして問いかける。ゆっくり、近付いて笑顔で問いかける。
「さぁ、隠した所は? 地下か?」
「ひぃひいい……神様お願いします。お助けをお助けを………神様………お助けを!!」
伏せている顔を横から覗く。
「かみさまぁ? 残念。あのくそったれ人間贔屓の女神はお前を助けてはくれなかった。言え」
誰のかわからないナイフを拾い。もう片方の手を掴みカウンターに乗せる。抵抗するが力が弱いためカウンターに簡単に乗った。
「うわああああああ!! お願い!! 助け!! 助け!!!」
その手にもナイフを刺し込んだ。男が泣き叫び、絶叫する。そして、何も言わないので仕方がないので仲間の元へ送って差し上げた。頭をカウンターに叩きつけて潰し静かになる。
「探知……風で声を拾えば……」
「上で何かがあった!!」
「どうする!? 鍵閉めようぜ!!」
地下へ降りる扉が酒場の裏にあるようだ。声が聞こえた。
*
「んぐ………んんん」
どれだけ時間が経っただろうか………もがいて疲れきってしまった。
「姉ちゃん元気だな。温存しとけよ!! 王子様が来るからな!! しっかりご奉仕出来る様に」
下卑た笑い声が部屋に響く。カンテラだけで灯された部屋は薄暗らい。湿気があり、じめっとした空気が肌にまとわりつく。床や壁は黄色く変色した点がいくつもあり、汚れている。しかしベットの上は白い綺麗なシーツが被せてあった。ベットだけは。
ガシャアアアン!!
「ぎゃあああああ!!」
部屋の外から叫び声がする。悲痛な声が木霊する。
「なんだ!?」
男が椅子から立ち上がり、木の扉の前へ。耳を立て、伺ったあと。剣を引き抜き。勢いよく部屋から出て行った。少しして悲鳴がまた響く。
逃げろ、助けて等の声も部屋の中まで聞こえた。「な、何が起こってる? だ、誰か来る!?」と思いびっくりする。足音が床を伝って耳元に届ける。金属を引きずる音。
扉のドアをゆっくりと開ける。自分は震えた。何者かが襲撃している。何も出来ない。殺されるかもしれない可能性に身が固まる。体を強張らせて目を閉じる。「怖い」と感じて、身震いもした。
キィイ
木の軋む音。そして………誰かが入ってくる。
「迎えに来た。ネフィア………すまない遅くなって」
自分はその声に目を見開き、顔を扉の方に向ける。血水泥の勇者が立っていた。強張った体が弛緩する。勇者が近付き血生臭い剣を置いて拘束具を触る。
「今、外す」
縄と腕輪を外してもらい、体が自由になる。勇者が手を差し伸べてくれた。それを掴むと力を強く引っ張られた。
ギュゥ
抱き締められてしまった。すこし、ヌメッとする。
「よかった。無事なようで………よかった」
「………うん。バカ、遅かったじゃないか………すごく………すごく。怖かったんだぞ、ひっく……」
何故だろう、瞳からこぼれだした涙が止まらない。何故だろう、今さっきの恐怖が嘘のように消えて安心している。
「油断した。すまない」
自分は泣き止むまでずっと勇者に抱き付いていた。泣き止み、勇者から離れた後に顔を抑える。今度は落ち着いた時に恥ずかしさが込み上げる。「今、何をやっていた? 僕は?」と自問自答する。
「落ち着いたか。なら早く出よう………騒ぎになってるから逃げないと」
「…………わ、わかった」
勇者の背中を追いかける。壁にかけてあるカンテラを奪い通路を照らした。付いていく先に進めば進むほど。血の匂いが濃くなる。
「うぐぅ………」
暗がりの中で、黒赤い物が紐のような物を地面に広げている。
「うぷっ………勇者………」
「慣れてないだろ。あまり見るんじゃない」
「これ、全部お前が?」
「…………ああ」
遅れて勇者が返事をする。
「怖くなかったのか?」
「怖いか………がむしゃらに戦ったからわかんない。もっと多くの人に囲まれた事がある」
何か言うべきかもしれないが何も言葉が浮かんでこない。黙ったまま自分達は通路を歩き階段を上がった。
「うっ!?」
上がった瞬間、もっとひどい臭いがする。ムワッとする濃い血の臭いが充満していた。口の中まで血に染まったかのような錯覚。舌に鉄の味がする気がした。恐る恐る、前へ進むと惨劇がそこにあった。
「お、おえええ………」
なにも食べていなかった。胃液だけが紅い床を濡らす。
「ネフィア、大丈夫か? 今は慣れろとしか言えないが。この先もこんなことはあるだろうな」
「はぁはぁ………うん。わかった………そうだ。そうなんだ………自分が知らないだけで魔物に滅ばされた都市や戦場は………こんなのなんだ。うん……大丈夫。余は大丈夫。これが……外の世界なんだ」
言い聞かせる。この先も刺客とこんな事になる筈。今さら、ショックを受けるなんて馬鹿馬鹿しい。余は元魔王だ。真っ直ぐ惨劇を見つめる。殺し合いの世界なんだここは。
「お前を知っている者は全て口封じた。時間が稼げればいいが。本当に大丈夫か?」
「………ああ、もし同じことがあったらもう一度同じことを?」
「もちろん、何度だってやる」
「そっか………なら、かわいそうだから捕まれないな」
「………そうだな。ネフィア」
「ん? お、おい!!」
勇者が自分を担ぎ上げる。
「こら!! 下ろせ!!」
「汚れるだろ?」
「女扱いするな‼ お前も汚れてるだろ!!」
「大丈夫、沼を過ぎたら下ろすから」
勇者は言った通り酒場の入り口で下ろす。
「さぁ、帰って寝よう………今日は疲れた」
「本当に疲れたな………」
二人で血を拭い、その後、惨劇を後にする。逃げるように家に向かった。
§
夜、眠れない。目を閉じれば血塗れの惨劇が目に浮かぶ。
「はぁ………キツい」
初めて、初めて外の世界の暗いところを見た気がする。
コツコツ………
「ん?」
廊下から足音がする。勇者だろう、いや、この家には勇者しかいない。扉を少し開け確認すると3階へ向かって行く背中が見えた。少し上が気になりこっそり付いていく。3階に上がるとまた奧に梯子があり勇者が上がっていく、3階の廊下から入る部屋は鍵がかかっており寝室ではないようだ。
「ここが寝室じゃない? 部屋があるのは知ってたけど。どれだけ自分はアイツを知らないんだ。知らなすぎではないか?」
今まで3階以上に来たことがなかった。梯子を上がって確認すると上がった先は三角形の部屋であり、屋根裏だとわかる。
覗いた先にはベットと諸々の家具。どうやら勇者の寝室は屋根の裏らしい。月明かりが窓から部屋を照らし、屋根の上へ行ける窓が開け放たれている。勇者は今、屋上に居るのだろう。
自分も窓の外へ出るための梯子を登った。顔を出すと勇者が上を向いて夜空を見ている。雲ひとつ無い夜空をただ見つめていた。
その横顔は悲壮感ではなく勇敢な表情だった。そう、真っ直ぐ夜空を見ていた。強い視線を空に向けている。あんな事があっても揺らがないだろう強さを見せる。
トクンッ
「!?」
胸の辺りで跳ねる音が聞こえた。「いったいなに?」と胸を当てた。
「ん? ああ、どうした?」
少し、驚いて小さい音をたててしまったらしい。勇者に気付かれた。髪が夜風で靡く中で屋根に上がってみる。
「眠れない。その中でおまえが上がるのが見えた。何をやってる?」
「風を感じている。そろそろ、夏になるなって思ってさ。春の風は終わるんだなって」
「…………呑気だな」
「まぁ、その~すまない。こんな奴なんだ俺は。同情は出来るが割り切ってるんだ」
申し訳なさそうに勇者が喋る。きっと惨劇の話だろう。
「いや、それが正しい。割り切ってないといけない自分が幼いだけなんだ」
気付かされる。無知なのを全て。壁の外なんかもっと酷いだろう。魔物が蔓延る世界なんだから。
「ネフィア、落ち込んでないで上を見上げろ」
「上を?」
勇者が笑う。見上げた先は夜空。
「夜空が好きなんだ俺は。魔国も、帝国もこの空は変わらないからな。どこに行ったって月はあるんだ」
「…………そんなこと考えたことが無かったな」
「魔国の空はどうだった? 俺は好きだけど?」
「どうだろう。あんまり好んで見てなかったな」
いつも、窓の中から見ても何も思わなかった。代わり映えのしない夜空だって思っていた。
「ふーん、じゃぁ………少し良いものを見せてあげよう」
勇者が手を空にかざす。手の前に緑に輝く魔方陣が生まれ。魔力が高まる。そして気付けば周りの人の生活する灯りと月明かりが消える。
しかし、まったく暗くなかった。
「綺麗………」
自分は声が漏れる。空一面に星が見える。数える事なんて出来ない。頭の上に幾多の星が輝き、世界を照らしている。川のように広がる星に言葉がでない。
「星の明かりは小さい。だから他の灯りと月明かりを消し、星の明かりを増幅させる。すると凄く綺麗なんだ」
「これが風の魔法………綺麗なんだ」
「そう、風の魔法使いだけの世界だ」
「なんだ、お前。他にしっかりできるじゃないか」
「そうだったな。はは、何が出来るか把握できてないな」
勇者の隣で座って星を見続ける。少しした後、眠気が来たので寝室へ戻った。
目を閉じれば星の海が目に浮かび。いつの間にか朝が来てるのだった。
★
昼まで寝ていた様だ。お腹が空き、食事をしに1階へ降りようとした。
ドンッ!!
見えない壁に阻まれて1階へ降りれない。勇者が壁を作っているのかも。魔法壁。空気壁と言う空気を固定させる魔法だろう。
「な、なに?」
「ネフィア起きたか? すまない来客中だ」
「来客中? いったい誰?」
耳を澄ませて1階の様子を探る。聞いたことのある声だ。
「トキヤ。今から色々聞こうと思っている。これも用意した」
「あ………真実のベル。国が持ってるアーティファクトじゃないですか黒騎士団長殿」
「そうだ。わざわざ………取ってきた。お前のために」
「嬉しいことで」
声を聞いてわかった。黒騎士団長がいる。自分は息を潜め会話を聞くことにする。
「ネフィア、気を付けろ……」
「わかった……静かにする」
私は注意されたので息を潜めた。
*
黒騎士団長直々の訪問に自分は背筋が冷える。昨日、盗賊ギルドを雇ったのは黒騎士団長かもしれないと思っている。ネフィアを拐った張本人だと。どこでバレたかも確認する。
「でっなんですか?」
「昨日、盗賊ギルドの一つが壊滅した。黒騎士団が攻め入った。誰一人生きて居なかった」
「それで?」
「大剣を持った男が一人で暴れたことは、逃げた者に聞き出した。そういうことだ。昨日、お前は何処に居た?」
「まどろっこしいのはやめましょう。盗賊ギルド潰しました。相方が拐われましてね……」
「…………ふむ。鳴らないな。嘘ではない」
アーティファクトを黒騎士団長が眺める。音が鳴れば嘘なのだ。
「そうか、今、皇子は牢だ」
「皇子は牢? どう言うことだ? 皇子? どこの誰?」
思い出す王室後継者は最近出会ったナンパ野郎しか思い出せない。多すぎるのだ。
「今回、盗賊ギルドを潰したのは我が黒騎士団になっている。そして、盗賊ギルドの近くで取引していた皇子を拘束」
黒騎士団長が雇った訳ではない。皇子が雇った。酒場の皇子と名乗ったアホをもう一回、思い出す。皇子なら身分は隠すべきだが名乗ったアホである。親友の国外追放者のランスと言う友人も隠してないが隠さなくてもいいほどに強い。弱いくせに喋るのは拐ってくれと言ってるようなもんだ。
「取引?」
「人身の拉致だ。君の相方だったか? 皇子が近付いたのは?」
「はい。酒場で」
「言質は取った。皇子は黒だな」
「それだけですか? 自分に聞きたいのは?」
「いいや……煙草はいいかね?」
「いいですよ」
灰皿の変わりに木の皿を持ってくる。黒騎士団長は煙草に火をつけて大きく息を吸い込んで吐き出す。
「はぁ……姫様から情報があった。拐われているのを見たとな」
「……見た?」
「そうだ。うまく行きすぎている。全てが。皇子は嵌められたと叫んでいるしな。さぁ皇子が消えたら嬉しい奴は多い。姫様もな」
「姫様が? 王位継承権があるのか?」
細かく言うとある剣を抜けば王位継承者であるが……それでは他が面白くないため。色々とある。
「ある。秘密裏だが全て姫様一人の仕業だ。他の盗賊ギルドもお前の後に入ったらしいな。お金が荒らされた形跡がある。段取り通りだな姫様の」
「あいつを連れ去ったのは姫様かよ………」
皇子は違う様で姫様が両方を雇ったらしい。もしかして、あのときに俺がネフィアに色目を使ったのを察したのだろう。恐ろしい女って言うのは感じ取っていたが、ここまでとは思わなかった。姫様と言う身分じゃ無ければ噛み殺してやったのに。歯がゆい。
「釘を刺しに来た。これが用件だ。姫様を殺ろうとするなよ」
「まさか!! そんなことするわけ無いでしょう‼」
悔しいが出来ない。復讐はやる意味がない。
「………鳴らない。わかった信じよう」
来た理由が見えた。黒騎士団長は姫様を庇う。俺が姫様の仕業と嗅いでいると思っていたのだろうがそこまでは俺もわからなかった。風の探知もネフィアと言う言葉だけを探したのでこの方法では姫が犯人とわかりようがない。
「本件は終わりだ。安心したまえ、他になにもない。そうそう。ネフィアさんだったかな? 彼女は何処かの令嬢かな?」
自分は即効魔法を唱えた。音奪い。どんな音も振動させず伝えない。
「いいえ、ただの冒険者です」
リン、ゴーン!!
鐘が鳴ったが俺は音を伝えない。本当に危ない。
「鳴らない。そうか………にしても怪しいな」
気付く魔王とはバレてない。しかし、ヤバイ事に黒騎士団長が嗅いで来やがった。一瞬油断しそうになったが持ち直した。鐘の音を消し去って無ければ危なかった。
「いやいや、姫様がね。知りたがってるだ。ネフィアさんの事を。そして姫様の言い分で目から鱗が落ちたよ。気付かなかったよ」
「ははは、何処にでもいる女の子ですよ。拾ったんです」
「そうか? まぁ聞け………」
黒騎士団長の冷たい視線が自分に向けられる。
「俺の意見はお前がそこまでする理由はなんだ? 盗賊ギルドを壊滅させる理由。壊滅させるのは口封じだろう。死人に口無しだ。姫様に言われた。元黒騎士のトキヤと言う護衛をつけるほどの人物はいったい誰かとな」
姫様余計なことを。いや、好意が邪魔だ。
「安全を確保するのが重要です。そこまでやる理由ですか? 黒騎士団長には絶対にわかりませんよ」
わからないだろう。一途の騎士の意地と言うものは。
「確かに近すぎてわからなかった。さぁ言え……奴はいったい誰だ。お前が護るほどの人物はいったい誰か」
「いや、わかってない」
俺は笑みを向けた。正直に答えてやろうと思うから。
▼
隠れながら会話を聞いていると流れが変わったのに気付く。黒いねっとりした声が廊下に響く。絡みつくように。肌に言葉がうねる。
「俺の意見はお前がそこまでする理由はなんだ? 盗賊ギルドを壊滅させる理由。壊滅させるのは口封じだろう。死人に口無しだ。姫様に言われた。トキヤと言う護衛をつけるほどの人物はいったい誰かとな」
「安全を確保するのが重要です。そこまでやる理由ですか? 黒騎士団長にはわかりませんよ」
「確かに、近すぎてわからなかった。さぁ言え……奴はいったい誰だ。お前が護るほどの人物はいったい誰か」
「いや、わかってない」
自分は恐ろしくなる。余の事が気づかれたかもしれない会話に心臓がキュッと萎んだ気がした。騎士団長の目の前のにいる勇者はもっと圧力があるんじゃないかと思う。尋問だこれは。
「わかってない? 誰かわからないのか?」
「いいや、何故そこまでする理由がわかってない騎士団長殿。あなたはわからない」
「では、教えてもらおうか………」
少し、静かになる。沈黙。聞き耳を立てる。「どうやって乗り切るのだろうか?」と気になる。
「俺は彼女に惚れている。それ以上それ以下の話はない!!」
「ひゃう!?」
ビックリして声をあげてしまう。慌てて口を抑える。耳や顔が熱くなる。何故かすごく恥ずかしい。いきなり予想外のやり方に血が熱くなる。燃えそうに血がわく。目に火が見える。
「………そうだったな。感情が抜けていた」
「騎士団長や姫様は損得で物事を測る癖がある。だから気付かない。マクシミリアンの時もそうだ」
「その通りだ。わかった納得した。惚れた女の子を護るんだろう。精々不幸になれ」
玄関の扉を閉める音が聞こえた。たまらず勇者の元へ行く。勇者は机に屈服して、唸っていた。
「はぁあああああ、ネフィア………緊張でごっつい、疲れたわ……」
「そそそっか!!」
「聞いてたか? 聞いてたよなぁ……」
「い、いいや!! 部屋でビクビクしていたんだ‼」
「ああ、安心していい。一難、去った」
「よかったよかった……」
「だが支度をしてすぐに出る。黒騎士、姫様が嗅いで来やがる。逃げるぞ」
勇者は立ち上がって自分を見た後。支度を始める。余は何も追及できずそのまま流されたのだった。
*
支度が終わり自分は鞄を背負う。勇者も鞄を背負い玄関の扉の前に体をつける。
「偵察………2、3人か」
「いったい何を?」
勇者の右目に魔方陣が浮かぶ。そこに景色が写るのだろう。
「風の魔法で外を覗いている。団長が雇った監視員が3人居る。屋上の屋根は何故かバリスタのスナイパーが構えていて吃驚した」
「風の魔法は便利だなぁ。どうする? どうやって逃げるんだ?」
「静かに逃げる。玄関を開けたら黙ってついてこい。行くぞ」
首を上げ下げして肯定を表した。
キィイイ
勇者が玄関を開け自分が出た瞬間ゆっくり閉める。そして、歩き出し黙ってついていったが人がいて驚く。
「!?」
そして監視を行っている人と目があった。しかし、何もなく彼はまた違う方向を向く。
「????」
絶対に見られた筈なのにわからない。ついて行った先で勇者が制止を促す。
「よし、喋っていい。今から馬を貰う」
「おい!! 今さっき見られたぞ!! どうして何もないんだ!?」
「ああ、あれか。風の魔法で姿を消したんだ。幻惑だな。姿を消した。光をいじっただけだけどな」
「そんなことも出来るのか!?」
「暗殺が得意って言った。専門じゃないが、どの属性よりヤバいからな」
「それは………姿を消すことが出来るとは普通は考えないぞ」
「そうだよな、まぁ少しだけなら惑わせる事が出来る。まぁ詳しい話は後だ。フードを被れ、目立つからな」
フードを深く被る。勇者が向かった先は色々な色を持つ馬が飼育されている場所だった。馬舎、魔国はドラゴンの最劣化種のドレイクが主だが、人間は違う。昔からの名残だろう。たまに魔物らしく蹴り飛ばして人を怪我させるらしい。店主に勇者が声をかけた。
「ひさしぶり。元気にしてた?」
「おお!! トキヤの兄ちゃん!! 兄ちゃんとその子が来たってことは馬だな‼ 用意は出来てるぜ‼」
牧草まみれたおじさんが笑って答える。
「一頭は屈強な荷物持ちだったな。大丈夫さ!! 家畜でも魔物だからな‼」
「ああ、ありがとう」
馬主が馬舎に入り、3頭を連れて歩いてくる。黒い馬と甘栗のような栗毛の2匹だ。
「ご要望の馬たちだ。こいつが荷物持ちだな。屈強だぞ」
自分の鞄を勇者に渡す。それを黒い馬に手際よく引っ掻けて行く。自分も黒い馬に乗れと指示を受け、乗った。堅い毛。生きている熱を彼から感じる。ドレイクと違った乗り心地。あまり馬上は得意じゃない。乗ってこなかったからだ。
「ありがとう。いい馬だ………これが礼賃だ」
硬貨袋を馬主に投げる。馬主が慌てて受けとると困った表情をする。
「飼育費も馬3頭分のお金はすでに貰ってる。これ以上は契約違反だ」
「なに、重たいから軽くしたかったんだ。それにもう帰ってこない。いままでありがとう」
「はん!! まいどあり!!」
勇者も馬に跨がる。
「ついてこい、ネフィア。行き先は門を出てから教える」
「わかったぞ、あまり速くは走らないでくれ。慣れてないんだ馬に」
「了解」
勇者がゆっくり馬を歩かせる。それについていく。もう1匹は長い手綱を引いていた。勇者が後ろに手を振る。馬主も手を振り返し、金袋を見ている。
「あーあ。とうとう、逃げる日が来たかぁ。袋の中身は……金貨!? こんなに!?」
後ろから、大きなありがとうの声が聞こえた。「いったい幾らをあげたのだろうか」と思うが怒りそうなので聞かずに黙った。
§
向かう先は帝国から東。都市連合国と言う帝国と停戦中の場所だ。何故そこへ行くかと問うと北の緩衝地スパルタ国と砂漠地帯では余と渡るのは危ないとの事。東から迂回して通った道のが安全と言うことだ。
細かく言うなら最短は追っての予想がつきやすいと言う。あと砂漠は魔法があってもしんどいとの事。
「だからって遠回りではないか!!」
「遠回りでも安全を優先する。あと美味しいもん食いたくないか?」
「美味しいもの……」
「美味しいものな」
「………」
「………」
「仕方がない。余に砂漠は無理だ」
砂漠で何人の冒険者が消えたかを私はしっている。物語で。
「そうだな」
食い意地があるわけではない、決してあるわけではない。勇者が美味しいものと言う物にハズレは無かったのだ。きっと美味しいに違いない。イチゴも旨かった。あの落とした苺、勿体なかったと思う。
「ん? 分かれ道?」
森の舗装されていない草が生えているボロボロの道を進んでいくと二手に分かれた道が標識もなく現れる。
「こっちだ。よし、お前は向こうへ……自由だぞ」
一匹、馬の手綱を外しもう片方の道へ誘導する。勢いよく、片方の道を走り出して嘶いた。魔物らしい、迷いがない走り。言葉を理解し自由を謳歌する。
「何故? 放した?」
「追撃に気付かれたとき、片方にも馬を走らせたり。放牧したりすると追いかける側は迷うんだ。半分に部隊を分けないといけないしな」
「手慣れてるな?」
「まぁ、何度もやって来た事だから」
何度もやって来た。追いかけられたことがあるのだろう。
「本当に底の知れない奴だなお前は」
「底が知れたら、漬け込まれるからな。相手が嫌がることは積極的に。それが戦争」
本当に自分はこいつが味方で良かったと思うのだった。
*
野宿、道を外れて森の中に入り込み自分だけ寝袋を広げる。勇者はローブだけで十分らしい。寒くないのだろうかと疑問に感じた。
野宿の準備が終わり次第、勇者が用意した堅パンをゆっくり食べる。堅パンとは水分を飛ばしたカチカチのパンであり、味は小麦の風味のパサパサした感触。携行食としては優秀だが。味気ない。
「不味い、小麦の味しかしない」
「まぁ待て。こんなのもあるから」
勇者が鞄から瓶を取り出す。赤い赤い液体のような物が入っている。瓶の蓋を外しスプーンで小さく砕いた堅パンに少し塗る。血のような紅。
「砂糖は高級品だが、手に入らない訳じゃないからな。ほれ、俺はあまり好きじゃない」
「ほう、ちょっとグロテスクだが………どれ」
一つ、口に運ぶ。甘さと果物の優しい風味が口に広がる。そして、その風味は記憶が正しければ大好きな苺の味。
「ん!? ん!? 何これ!? ん? んんん??」
堅いパンが甘いお菓子に変わる。
「苺をすりつぶし、砂糖と一緒に煮込むんだ。するとこのように保存が効くジャムになる。高級品だがな」
「美味しい!? もしかしてこの苺は……」
「ああ、お前が買って来た苺だ。見に行ったらあったからな、拾って煮沸して食べれるようにした」
「美味しい!! そのままでくれ!!」
「ダメだ!! 濃いからな!! 胃袋が荒れる!!」
「そんなこと言わずに!!」
寄っていく。勇者が瓶を持ち上げる。自分はそれに手を伸ばす。
「ダメだ!! 抱きついてキスするぞ!!」
「くぅ!? し、仕方がないと……でも言うか!! ばか野郎!!」
「あー!! 近付くなぁ!! 溢れる!!」
溢れたら困るのでしぶしぶ離れた。最初からあるのなら用意してくれてもよかったのに。
「はぁ……わかった。諦める」
「これを直で食べる奴、始めて見たぞ………健康に悪いからなぁ過剰摂取は」
「うまいものは体に悪いんだなぁ……」
「過、剰、摂、取!!」
「ああ、わかったわかった。でも旅のほんの少し楽しみが出来たのは嬉しいなぁ!!」
「………お前、食い意地が張ってない?」
「はぁ!? 余は元魔王ぞ!! 嗜好品が好きなだけだ‼」
「いや、それ………食い意地」
会話を続けながら食事を取り、寝る準備を行った。ゴツゴツした石を退けて、木の根元で眠りにつく。目を閉じながら考えることは今日は魔物に会わなかった。
会っていたら、お肉料理になっただろう。ある意味で命拾いした魔物たちを私は想った。
*
次の日、早朝から同じように舗装されていない道を進み、森を抜ける。森を抜けた先は草原になっており風に青草の匂いが交じり。髪を撫でた。
奥に四角い建物が見えた。勇者はもう一匹をそこで放す。残った黒い馬に荷物を乗せ替えを行う。逞しく大きい黒い馬は難なく荷物を乗せ、自分と勇者を乗せても大丈夫そうだった。しかし、懸念がある。
「二人乗りしないからな!!」
「何故?」
「そ、それは……だ、だな!! 二人乗りなぞ!! そんなこと!! 女扱いじゃないか‼ 何処の姫様だ!! 余は男だ!! 二人乗りなぞ許容できん!!」
「男同士でも乗るけどなぁ……」
「それでもだ!! 絶対余は前であろう!!」
「勿論、俺より体が小さいからな」
「いやだ!!」
「…………わかった。もし、何かあれば二人乗りになるから覚悟しろ」
「し、仕方がないな」
勇者が徒歩で馬の手綱を持ち自分が馬に乗る。何となくこれも姫様扱いされてて落ち着かなが、考え過ぎなのかもしれない。ネフィアに切り替えて考えるのをやめる。
少しずつ、遠くの四角い物が鮮明になる。石壁だ。それもそれなりに大きい。
「あれは町か?」
「ああ、都市国家の一つだった物だな」
「ん? 今は都市国家ではないのか?」
「帝国との緩衝用の都市だった。今は滅んでいる」
「ほ、滅んでいる!?」
「誰もいないのさ。帝国も連合国も」
「な、なぜ?」
「……………俺たちが滅ぼした。いいや、連合国もか」
少し怖いが近付く。幽霊は嫌いだ。殴れないから。不浄地で幽霊が主だったらどうしようと思う。
「避けて行かないか?」
「今夜はあそこで野宿だ」
「や、やめよう!! 嫌だ‼」
「ん?」
「不浄地だ!! 嫌だ‼ 不浄地なぞは過ぎるか迂回するべきだ‼」
「ああ、そうだな。だからあそこがいい。魔物は絶対来ないからな」
「魔物以上に厄介なものがいる!!」
「大丈夫、地縛霊や幽霊も弱い奴は見えないし触れない。害はない」
「居るじゃないか‼ 幽霊!!」
「………もしかして、元魔王の男だったのに幽霊怖いのか?」
「うぐ!? い、いや!! そんなことないぞ!! 余は怖いもの知らずだ‼」
嘘である。幽霊も怖いし、拉致も怖い。
「よし、なら大丈夫だな。さすが元魔王」
「はははは!! そうであろう‼ そうであろう‼」
心の中で「あああああああああああああああああああ!!」と叫ぶ。頭を押さえて泣きたくなる。
「顔、強張ってる」
「気のせい、気のせい」
ゆっくりと滅んだ都市に近付く。近付く度に心の底から恐怖が生まる。この世は怖いものが多い。
「安心しろ、幽霊は喰ってやるから。近付かせたりしない」
「た、頼む」
「任された」
どうやって倒すのかわからないが、信じて心を決め都市に入る。崩れた門の下を通り様子をみた。魔都よりも激しい崩れかたをし、家は全て瓦礫となっていた。一部だけそのまま残っているが。窓は壊れ、誰も住んでいる雰囲気は無かった。燃えた後も痛々しい。
「………何故、この都市は滅んだ?」
「中立を宣言。運悪くその後、帝国軍と連合国軍がこの都市を跨いで対立。睨み合いが続いたが帝国軍が攻勢。都市が滅び占拠されそのまま連合国と衝突。住民は逃げるし、領主も逃げた。激戦後帝国は進撃しここを駐屯地とせず見せしめに壊して次の都市が帝国の物になった」
「何故駐屯地にしない?」
「壁が壊れすぎた。門も見ただろ? 機能がしないんだ」
「………確かに攻め落とすのは簡単だな」
守る壁が無いのだ。防御側の有利は無いのだろう。
「俺もここで戦ったけど。領主はアホだったな。みーんな殺されたよ。連合国側に逃げた奴も皆」
「そうか………」
周りを見る。徹底的に壊されている。壁も、何もかも。だが、気味が悪い雰囲気はしなかった。
「多くの人が死んだ筈。なのに雰囲気がそこまで………」
「逃げたからな全員。ここより少し離れたところが不浄地だ。帝国も連合国も仲良くそこで始末したからな~取り決めで」
「…………どちらに与すれば良かったんだろうか?」
「結果論でなら帝国。このあともずっと快進撃で都市を落としたからな。次の都市は帝国領だ」
「そうか………無惨だな」
盗賊ギルドの惨状より酷かったのだろうと予想ができる。
「まぁ、もう数年前の事だな。初陣だから」
「お前は参加していたんだな。でっ帝国が勝ったんだろ?」
「領地拡大したな」
「お前は黒騎士で参加を?」
「そそ、その時から剣を振っている。魔法使いなんだけどな」
「………何故。いやいい」
どうせ、教えてくれない気がした。魔法使いではなく剣を振っている理由は何度聞いてもはぐらかされる。まだ、信用に値しないのだろう。
「好き」て言う言葉で、「惚れているから」と言う言葉の壁で何かを覆い隠してる。気になる。しかし、聞いても無理。聞いてみたい私はいるが、だが聞いても無駄。だがしかし、希望もある。
「おい!! おいって!! ネフィア!!」
「う!? うむ!! なんだ!!」
勇者が覗き込んできた。
「考え事か?」
「いいや、違う。悩み事だ」
思考の堂々巡りだった。
「まぁいいや。今日はあの本屋に泊まろう」
「本屋?」
「ああ、本屋だった」
比較的綺麗な建物に入る。誰も住んでいないためか埃が層になり、歩いたところは足跡がつき。魔導書以外の本が散らばっている。
勇者が割れた窓を解き放ち、埃臭いを空気を入れ換えて消していく。少しだけましになった程度だが。
「使い物にならない本だけがあるな。日が暮れだした。飯にしよう」
「うむ。そうだな………ん?」
一冊、埃が被った本に目が止まる。近付き拾い上げ、埃を払う。
懐かしい一冊だった。小さいとき、数年前に良く読んでいた童話だった。人間の本。しかし、内容は覚えていない。
読まなくなったのは………いつからか嫌になったからだ。思い出すのも嫌になるほど。
どんな嫌な内容だったのだろうか。それでも好きだった筈なのに忘れたいほどに記憶を封じる物は。記憶を消すほどに。あんなにも好きでたまらなかった筈なのに童話は所詮、子供向けなのだろうか。
「………ここの本は」
「拾ってもいい………読まれることもなく朽ちるだけさ」
「いや、盗むのはよくない」
本を元の位置に戻す。
「そっか、俺なら遠慮なく盗んだ」
「ははははは、お前は勇者失格だな」
「喜ばしいことで」
全く、こいつは本当に勇者らしくない。そうこうして勇者と会話しながら今夜は過ごすのだった。
*
滅びた都市から旅を続け、草原で魔物に出会った。黒い狼の群れ。小さい体だから群れで集まり生存競争を生き抜いている一団に出会った。
「ファイアーボール!!」
右手に現出させた火球を一匹の狼に当て、こんがり焼く。囲まれている中、自分だけは剣を抜き応戦する。
「中々、いいじゃないか?」
「上手いだろ?」
「ああ、だがな。上には上が居るもんだ」
勇者が呪文を唱え両手に魔法陣を生み出す。狼たちは距離を離し唸る。
「全員で来ないからいけないんだ。火球」
勇者が一言、右手に火球を現出させ頭上に投げる。
「嵐」
小さなつむじ風が大きくなり風の渦となる。火球を飲み込み。風の渦の魔力が引火し火の渦に変わり、狼を飲み込んでいく。まるで、ワームに補食されるかのように飲み込まれ、肉が焦げる臭いを撒き散らす。
そして渦は小さくなり、消えたころには狼の死体だけだった。
「一部は逃げたか? いい判断………狼は美味くないが肉だぞ」
「お、おう……」
一瞬の出来事でビックリしている。
「火の魔法、使えるんだな………自分よりも」
「火の魔法はほんの少ししか使えない。ただ、風の魔法で増幅させただけ」
「………くぅ。余の方がうまく使えると思ったのに‼」
「いいや、上手いだろ? 火球制御してぶつけてるんだ。上級魔法さ。誘導ってのはなかなか出来る物じゃない」
「………あんなもの見せられたら微妙だ」
「そうか? まぁまだお前が自分の思う魔法に至って無いだけだけどな」
「……くぅ覚えておれ。必ず越えるからな!!」
「ああ、越えてくれ。全てを熱し、全てを塵芥に帰すほど激しい物で神も全て踏み潰せて前へ行くぐらい」
「はははは!! もちろんだ!!」
「期待してる。さぁ今日の飯は狼肉だな」
「うまいかなぁ?」
「固いかな?」
二人で少量を剥いで別の場所で焼き直し、塩をふって食べるのだった。いい匂いで別の魔物が来るだろうからすぐさまそこから離れて旅を続ける。
§
次の元都市国家に到着した。外壁はどこも変わらず重々しい雰囲気を持ち、外敵を阻んでいる。
ここは帝国で最も東の町らしく。東騎士団の一部が駐留しているらしい。勇者と二人で魔物を退けながら到着したのは滅んだ名もない都市から10日後だった。勇者がかすかな声で説明してくれた。その声は何故か耳元で囁かれているように聞き取れる。「魔法だろうか?」と疑問に思う。
「目の前の都市ではフードを深くかぶり、顔を下に向け続けろ」
「な、なぜ?」
「生気がないんだ。ここの住人は」
「だからなぜ?」
「無理矢理帝国民にされてる。圧力だな。最後に帝国に負けたのさ。何度も蜂起しても潰されて、もう力もない」
「………力に屈服したのか?」
「ああ。屈服させたんだ」
勇者が遠い目をする。「何を見てきたんだろうか?」と思うが声に出さず黙る。目の前で検問が始まったからだ。
「止まれ!! 身分を証明出来るものは‼」
「はい、これ。滞在は1日だけ」
騎士4人が余を囲む。その一人に対して冒険者ギルドの身分証明を提示する。
「ふん!! 冒険者か。さぞ、スパイ業務は楽しいだろう? はははは」
下卑た笑いかたをする騎士だ。東騎士団のイメージが悪くなる。
「ささ、どうぞ!! 帝国領へ」
「ああ、安心してるよ」
勇者がそう言い。そのまま馬の手綱をもって歩きだす。背中を追いかけ、隣に並んだ。
「なんだあの態度は!!」
「騎士団の下はあんなもんだ。4大騎士団長のお里が知れる」
「東西南北の英雄だったかな?」
「さぁな。ただの欲に溺れた4大愚将だったような気がする。まぁ何も知らんがな。ランスの父上が確か……いや。やめておこう」
帝国人なのにそんなこと言って良いのだろうかと疑問を持ちながら歩くとしっかりした町並みが見える。壁内にも畑がある都市である。
そのまま街に入ると、窓は木の板で遮られ。大通りなのにも関わらず出店もなく。出歩く人も少ない。皆、顔を伏せている。元気なのは青空だけだった。すぐに空は曇りそうだなと感じるぐらに空気が暗い。
「さぁ……暗く過ごすぞ。元気無いようにな」
「わかった。でも、早くここから抜けたいな」
「ネフィア、全くの同意見だ」
自分達は何故か居心地が悪く感じる。ここに居るべきでないと肌で感じとる。
気味を悪がりながら宿屋を探し、すぐ近くに宿屋を見つけて馬舎がある宿屋に受付を済まる。旅で浪費した物の補充を買い出しに行き。部屋で旅の物品を手入れし、その時間だけで一日が終わるのだった。
*
次の日、逃げるように宿屋を後にする。早朝の冷めた空気の中で一言も喋らず黙って道を歩き、門の外へ出る。出る場合は騎士には止められなかった。馬の上で自分は背伸びをする。
「ぷっはぁああああ!! この町は!! 息苦しい!!」
「圧迫感があって俺も好きじゃない。風が悪い」
「本当に、元気がないな誰も」
「ああ、元気がない。だから余所者が一目でわかってしまう」
「この町はどうなるんだろうな?」
「わからない。それよりもお前にこれを」
勇者が大きい袋に手を入れて取り出す。一冊の薄い本。
「それは? 魔術書?」
「いいや、童話。お前が拾ったのと同じ奴だな。内容は知っていたから見つけるのは容易かった」
「お前、わざわざ………」
「だって、お前の好きな童話だったんだろ? 俺も好きだしさ。同じもの読んで大きくなったって知ったらうれしくて、つい」
「……ふん!! 気持ち悪い。まぁでも懐かしいなぁ。内容は読んで思い出すとするか」
勇者が馬上の自分に本を手渡してくれる。手綱は勇者が引いているので落ちないようにすればいい。本を開く。
「本当に何で嫌いなったんだろうなぁ………内容を封印して忘れるぐらいに」
長い髪を耳にかけて本を読む。懐かしい絵。人によって書き方が違うが、概ねは同じ。
「あるところに綺麗なお姫様がいました………」
内容も一緒な筈。
「姫様はある時、悪いドラゴンに捕まってしまいます」
ゆっくり、読んでいく。声に出さず、噛み締めるように。内容は姫様を連れ去ったドラゴンと騎士の戦いを描いた物。結局、ドラゴンと騎士は相討ちになるが英雄として名を残したという事で終わる。思い出した。嫌いになった沢山の理由。
男だから騎士に憧れた。だが自分は騎士にはなれないことを知った。姫のように自分を助けてくれる人が皆無で羨ましくて嫌になったのだ。
「ああ、そうだ………大きくなるにつれ現実と物語が違いすぎて嫌になったんだ」
閉じ込められているのに男だったから姫様のように騎士は現れず。男だったのに騎士のような逞しい強い者になれなず。童話を読むのも思い出すのも辞めたのだ。夢と現実の違いに苦しんだのだ。
「読み終わった?」
「……うむ。あまりいい気分じゃない。現実と童話を同じように考えていたんだ。小さいときは」
「俺も俺も。同じように考えてた」
勇者がうんうんと頭をふる。それに自分は感想を述べる。
「大きくなると………全く違う感じ方をするな。今、読むと姫様は何もしてない」
ただ、護られているだけ。それに関してトキヤが返事をする。
「そっか………あんまりそこは気にせずに読んでいなかったな。姫様のためにドラゴンと戦う騎士が格好良くて憧れたんだ。俺は」
「お前もか?」
「ネフィアも?」
「あっ………何でもない」
顔を伏せ、横目で勇者を見る。胸張って言うべきじゃない。恥ずかしい物だこれは。叶わなかった事。所詮夢は夢である。
「そうそう、俺は憧れた自分になれてる気がして満足だなぁ。黒騎士になったし、今は………まぁ」
勇者と目が合う。
「姫様護ろうと頑張れるから」
「こっちを見るなバカ。余は姫様じゃない」
目を反らす。今は護ってくれる人がいた。そういえば今は女性。顔が熱くなる。頭の中で今の立場を思い出して「おかしいなぁ、何故か今は物語の姫様と同じような気がする。まぁ流石にドラゴンなんかと対峙しないだろう」と考えた。
「顔が赤い。大丈夫かネフィア?」
「黒歴史を思い出しただけだ。触れるな、ばか」
「本当にすまん………黒歴史かぁ……おう……」
沈黙が続き。次に会話をしたのは日が暮れてからだった。
*
夕食後、自分は剣の素振りを行う。
「ふん!!」
昔の悔しさと。騎士の夢を思い出したからか、剣を握る手に力が入る。最近になってやっとこの剣が馴染むようになった。片手で振る。両手で振る。エルミアお嬢をイメージしながら。
「今日も精が出るね。ネフィア」
「うむ、昨日は出来なかったからな」
鍛練は実は好きだ。引きこもって出来なかった事が出来る。体を動かせる。
「でも、お前には敵わないだろうなぁ」
「わからない。やってみないとわからないぞ。殺し合いは出たとこ勝負だ。最後に立っている奴が勝者。卑怯者と言われようがな」
「………獅子は兎を刈るにも全力を出す」
「兎が切り札を持ってるかもしれないからな」
「そうだったな。余も捕まったときは屋根から襲われて何も出来なかった」
「ああ、それで………剣に血がついて無かったのか」
あのときは意表を突かれたが。どうすれば切り抜けられたのだろうかと考える。わからないので剣を鞘に戻し聞いてみようと思う。
「なぁ、勇者。お前なら敵が前後に2人、上に1人の状態だったらどうする?」
「前の2人を殺す。そのまま、追ってきた奴も倒す。一人は生かし拷問する。情報を吐かせ始末する」
「…………お前、勇者じゃなくて悪魔じゃないか?」
神様の加護、光のイメージが全くない。どちらかと言えば邪神の加護がありそうだ。
「悪魔ねぇ。まぁ悪魔でもいいさ別に。さぁ俺も素振りをしよう。ちょっと離れてろ危ないから」
勇者が剣を鞘から抜く。それを両手で掴み、振り回す。袈裟切り、1回転から再度袈裟切り。横の凪ぎ払い。大きな剣を軽々と振り回す。振られた瞬間の風切り音が耳まで届く。そういえば、どれだけ剣撃が強いか知らない。
「なぁ、1回切り合わない?」
なので少しだけ気になった。
「いや、危ないから」
「1回だけ防ぐから」
「いやいや、力が違うって」
「大丈夫だ!! マクシミリアン王の一撃を防いだぞ‼ 大丈夫」
「………乗り気にならないなぁ」
「余の命令だ。こうやって防御するから」
剣を横にし、頭の上に両手で押さえる形をとる。受け止める。
「命令なら仕方がない」
「ははは、まぁ最初に対峙したときもそんなに緊張しなかったしな。さぁ!! 来い!!」
勇者が剣を振り上げる。
「いくぞ」
言葉を発した瞬間、背筋が冷えた。真っ直ぐ自分を見る勇者の目に体が緊張する。防げる気がしない。そして、降り下ろされる瞬間。叩き潰される気がして目を閉じてしまう。
キン!!
手に小さな衝撃。恐る恐る目を開く。勇者が剣を下ろし、申し訳ないと言葉を発した。
「無理だわ、やっぱ。満足してくれ………俺には出来ない」
「……あ、ああ大丈夫だ!! ま、満足した!!」
足が震える。強く重いもんじゃない。何とも言えないが。対峙したときに本当にやる気が無かったのが理解した。全力なら私は真っ二つになっている。それが体で理解出来た。
「ネフィア、戦い方を変えた方がいい」
「ん?」
「防御をするのをやめた方がいい。受けきれない」
「な、なに!! ああ、いや。うん」
否定しようが思ったが。今さっき既に無理だって思ったのだ。潰されると感じたのだ。
「防御を捨てて避けることを専念すべきだ」
「………本当にこの体はか弱い」
力で、押し勝てない。歯痒い。
「まぁ、エルミアにも同じことを言われたがな………あいつは力で押し勝てたのに自分は何が足りないんだ………」
地面の石ころを蹴る。絶対に何かが足りない。それが何かわかっている筈なのにわからない。
「…………強さはな一朝一夕で染み付かない。大丈夫さ。俺も弱かった」
「それも……そうか。最初っから強い奴は居ないんだよな」
「ああ、居ない。もし、良ければ風の魔法でも修練するか?」
「いいのか!?」
「難しいけど、教えるよ」
自分が見てきた風の魔法は強い。本当に強くなれるだろう。今の自分に必要だ。だけどそれだけじゃダメだ。
「勇者!! 風の魔法もだが余を強くしろ‼」
「え!?」
「魔王が勇者に教えを乞うなぞおかしい話だが‼ 一番手っ取り早い!! 命令だ!!」
勇者が自分の目を見る。真っ直ぐ見つめ返す。
「…………よし、わかった。粗削りだが教えよう」
「やった!」
「う!? かわいいな仕草」
胸の前で握りこぶしを作りガッツポーズをとった。ふと我に返り、胸を張って言い直す。
「お、ほん!! よろしい勇者よ!! しっかり教えるのだぞ‼」
「もちろん、姫様。あかん、かわいい」
「女扱いするなといっただろぉ!!」
「はいはい………姫様。だめだ、かわいすぎるな」
「くっ!! このばか野郎!! かわいい言うな!!」
勢いよく顔面を殴り付けた。終始、勇者は笑顔だ。いつもいつも。多分これからもこんなのだろう。
§
旅の最中、勇者に風の魔法を教えてもらう。勇者は手綱を持って歩きながら会話をし自分は学んでいく。
「ネフィア。4大元素わかるか?」
「火、水、土、風」
「正解」
「はははは!! さすが余だ」
「一般常識だ」
「……………おう」
「で、実はこれは世界を形を作っている物と考えられてる。確かに当てはめると大体は区分できるし、二つの属性を持つものだってある」
「ほうほう………」
難しくない? 難しい。
「では、問題。風とは何でしょうか?」
「風とは? ええっと………こう!! 髪が靡く!!」
「答えは、動きだ」
「お、おう?」
ダメだ!! 自分にはさっぱりわからない!!
「風の根本原理はこの空気の膨張、収縮、圧力の変化で移動する事なんだ」
「そうかそうか!!」
一切、わからない。悔しいのでわかったフリをする。
「風の魔法は魔力で空気を動かす。無理矢理動かすのが風の魔法なんだ。火の魔法は火を生み出し操る。水の魔法は水を操り、生み出したり増やしたりする。土は地面を隆起させたり操ったりする」
「わかった!! 風の魔法は空気を操る魔法なのか!!」
「そうそう」
理解できた。操る物が空気なのか!! 風じゃないのか!!
「それで、何故………音を消したり、姿を隠せるんだ?」
「音の原理。音は波だ」
「………ごめん。わかんない」
「あー、声帯ってわかるか? 喉さわったら震えるだろ?」
「あー、あー、あー」
「そうそう」
「うむ。わかった」
「それを使って空気を震わせて音になる。それが耳に入り、音として感知できる。まぁ即席で操れるのは本当にちょっとだけだがな。あとは唱えないとダメだ」
「へぇ~なるほどな………じゃぁ空気がなかったら?」
「音は伝わらない」
「………空気を無くしてるのか?」
それが出来たら強そう。呼吸出来なくなる。
「いいや、震えないように魔力を流してるだけ」
「ふーん簡単そう」
少しだけ世界を知った気がする。空気なんて気にしてなかった。精々、呼吸するだけの物。無ければ息苦しいだけ。
「分かれば簡単だ。じゃぁ、次に姿を消せるのは光の発した色を変えているだけ。こっちはもっと難しい。空気を通っている光を変える。すべての物は反射で成り立っている。光を反射し目がそれを受けとるらしいく………」
「はい!! わかりません!!」
見栄とか捨てる。ダメだ自分。
「簡単に言えば風の中に含まれてるから操ってやろうってやつ。空気にも水が含まれてるからある程度水の魔法っぽく操れる」
勇者が唱えて、水球を生み出す。
「ここにある物を使うから、水の魔法より便利だ。温度や場所によって水の保有量が違う。冷えたコップ水滴がつくのは空気に水が含まれているからな」
「へぇ~。なんで水が出るの?」
「温度によって保有量が違うって言っただろ? 保有出来ない水が出てきてるだけだ」
「はい!! わかんないです!!」
自分は理解をする。火、水、土よりも見えないし難しい世界だと言うことを。
「簡単な音の魔法だけ教えて」
「…………諦めた?」
「い、いや……余には炎があるからな!!」
「わかった。魔方陣を描いて渡してあげるさ」
「はは………」
風の魔法は諦めよう。自分には無理だ。妥協で音だけを教えてもらった。
*
夕刻、早めの野宿の準備。そして勇者が特別訓練をしてくれる。何処から持ってきたのか、大きな木の棒を彼は持っていた。
「何をする?」
「えーと、スパルタで行こうかなっと」
「スパルタ? スパルタ国の方法?」
砂漠の屈強な国にスパルタ国がある。コロシアムが有名だ。スパルタ王と言う屈強な王も有名で帝国の初代王と同じ歳と聞いている。
「いや、『厳しく』の意味でスパルタって言うんだ」
「そ、そっか!! 厳しくか!!」
「怖じ気ついた? まさか元魔王である君が怖じ気つくなんて………」
「ばか野郎!! 怖じ気ついてない!!」
「よし、男に二言はないな」
「おう!!」
男扱いやる気が出た。
「じゃぁ、全部避けろ」
勇者が両手で木の棒をつかみ、振り回す。
「ま、まて!! 当たったら痛いだろ!!」
「当たったらそれで、終わりだな。何故なら」
バガァアアアアン!!
「かはっ!?」
「折れるから」
「げほげほ!!」
お腹に鈍痛が。早すぎる。しかも、容赦がない。
「痛い!! 手加減しろ!!」
「そうだな。女だから手加減する」
「女扱いするなと………あっ……」
「あと一本ある。わかった女扱いしない」
自分は変に後悔する。女扱いは得なのではないかと。そして………そのあとすぐに一本が折れた。痛みと共に。
「ひでぇ……てて」
「あぁ……結構避けてくれると信じてたんだが。過大評価だったか。2回死んでる」
「くぅ」
確かに2回切り払われている。それは実戦では致命傷を受けた事になる。
「今日はこれまで、明日は1本だけでやるから安心しろ」
「………痛い」
「死ぬより安い。まぁ、ちょっと甘やかし過ぎたかもしれないからな………俺が居なくても大丈夫にしなくては」
勇者が顎に手をやり悩む。何かを考えてる。それよりも疑問が生まれた。
「………ずっと居ないのか?」
「ああ、お前が魔王に戻れば。魔王城に解毒剤もあって男にも戻れるだろうし。そうなったら俺は捜してる彼女を……見つける旅をつつけるかもな」
少し、唐突に別れの時期を切り出され驚く。
「余はお前の現彼女じゃない?」
「ああ、違う違う。ネフィアに似ている女性に会って確かめたいことがあるんだ。お前じゃないっぽいかな?」
勇者が初めて目的に近いことを言った気がする。
「そ、そっか。せっかく臣下にしてやろうと思ってたのに」
「まぁ冒険者だからな。風の向くままさ」
「はは………そうだなぁ冒険者だもんなぁ………」
魔王になったら。こいつと別れる。それが何故だろうか、寂しい気持ちになっている自分がいた。
「さぁ、飯食って寝よう」
「うむ」
自分の胸を見ても。その気持ちの意味が全くよくわからなかった。
§
黒騎士団長室に私はやって来た。トキヤが家に居ない事の報告をもらい。それの確認のために。仮面の彼の名前はしらない。親もいないので役職で呼ぶ、高圧的に。
「黒騎士団長。家に居ないとはどう言うこと?」
「そのままの意味だ。姫様」
「………監視をつけていたそうだね」
「そう、昨日までな」
一月、監視を続けた結果。出る気配もなく、数日が過ぎたらしい。そして怪しく感じて突入したのが昨日だった。
「何故わかったの?」
「俺がおかしいと報告を受けて挨拶に出向いたら留守だった。もちろん壊した扉は直したが」
「あら、荒々しい」
「怪しいのは怪しいからな……そして、もぬけの殻だったさ」
「何故わからなかったのかしら?」
「さぁな、昔から暗殺は特異な奴で監視も多く配置したんだ。それを察して我慢している。攻めてくるかもしれないとあいつをよく知る者が考え身構えたわけだ。しかし、逃げるような事をした。結局、一緒にいる彼女が誰かもわからなかったな」
「ええ、そうね。私のところもダメだった。怪しいわ………それに憎い。二人きりが」
黒騎士団長に聞いたが非常によろしくない。私のお控えに調べて貰ったがわからなかった。トキヤを奪ったあの女は許さない。今は何処へ行ったかを個人で調べさせている。
「黒騎士団は今の所、奴の捜索はしない。干渉はない。姫様よ、忙しいのだよ私達は」
「ええ、いつもありがとう。帝国を守ってくれて」
黒騎士団長にはこれ以上頼めないらしい。まぁ十分活躍はしてもらった。後は自分で何とかする。
「見つけたら………女を殺っても問題ないかしら?」
「ええ、干渉しません」
「わかったわ。では、またね団長様」
「はい、姫様」
部屋を後にする。何処へ行こうと、今度は掴まえてみせる。
*
姫様が去った執務室。入れ替わるように部下が紙を持ってくる。最近の賞金首リストだ。黒騎士でも賞金目的で狙う。軍資金と治安維持のために。故にリストの更新確認もする。
「今回、巨額の懸賞がかけられている人が居ます。では失礼します」
部下の黒騎士が持ってきた紙を1枚1枚捲る。すでに何枚かバツ印をしてあり。赤い印は誰かに先を越されたもの。黒い印は自分達が刈り取った者と分けている。優秀な黒騎士はこれを個人の懐にも入れていた。そんなリストを見ていると一枚の賞金首の紙で手が止まる。
「ん?」
1枚、気になる賞金首があった。巨額の懸賞がかけられている賞金首。今さっき部下が言ったのはこいつの事だ。
バンっ!!
それを机に叩きつけて席を立ちじっくり見る。内容は魔国の首都がある場所まで生け捕りに多額の賞金。首で半値とかかれていた。これは魔国からの異例の依頼であることがわかる。急いで今さっきの部下を呼びなおし。黒い対魔の鎧を身を包んだ部下が急いで駆け込んできた。
「団長!! なんでしょうか!!」
「これの出所は!!」
賞金首の紙を見せる。似ている。あの女に。
「それは恐らく。魔国からの商人からです。一番高額で破格の価格ですね。敵国の魔国ですからしっかり貰えるかどうか、わかりませんが?」
「そうか。急がしてすまない………下がれ」
「はい!!」
部下をすぐに下げた。魔国からの異例の依頼と言うのは確定とする。依頼主は魔国内の権力の重役者。姫様には言っていない事で、トキヤが馬を3頭購入した情報がある。そして、逃げるように消えた二人。執務机に両肘をつけ、意識を思考の海に落とす。用意周到な逃げに疑問が出る。
「賞金首、心当たりがある」
何度も紙を見ても勇者と一緒の冒険者だ。「何故、魔国が出すのか?」と黒騎士団に入ってきた情報をまとめる。スパイによると魔国は現在、「魔王が居ない」と言う噂が流れている。
「感情が無いから見えない………か………」
勇者として行動していたトキヤが怪しいのは明白。何かを知っている。何かを隠している。こそこそ逃げるように都市から消えたこと。馬を3頭買ったのは追っ手を考えての事。どう見ても過剰。だからこそ、引っかかる。
「勇者は黒。堂々と出来ないのは後ろめたい事があるからだ。あいつが後ろめたい事なんて………いや、変わった」
近くに女が出来た。「惚れている」と言っていた。姫様ではない女。だが、何処か高貴な雰囲気もあった。
「ネフィアっと言った冒険者は確か……」
3ヶ月程度前。春先に登録された新米冒険者。それ以外の素性は知らない。いや、わからない。あれだけ目立つ令嬢がだ。箱入り娘なら分かるが、令嬢ならば政略結婚の使い道はある筈。あれだけの娘なら噂にならない筈がない。
勇者の任務を放棄してトキヤが帰ってきたのも最近だ。
「何故だ………何故だ? 魔王が消えた噂は最近だが、消えた月は大体3ヶ月前との噂では予想されている。族長同士が抗争激化は最近と言っていたかな」
何故か、時期が合う。消えた時期と帰ってきた時期が。
「仮定をして、論を組み立てた方が早い。情報はある。賞金首と言う情報も」
仮定を決めて論を組み立てる。魔国からの賞金首はネフィア。魔国は下剋上のある国。ネフィアは重要な位置に居たのではと思う。そして気になるフレーズがある。
賞金首を持ってくる勇者求むと書かれている。勇者の意味は魔王を倒す英雄と考えられる。露骨な表現。だが、それは本当に勇者だったのならば。
「………そうか。あれが魔王!!」
ネフィアっと言う女は新米の魔王だ。男だと思っていたが勇者の任務を持った奴が言った。「魔王は強い男だった」とあいつが黒ならこれは俺を騙すために言うだろう。
「仕組まれた嘘!! 気付かなかった!! 魔王は女だ!!」
全ての話に繋がる。考えて見れば過剰とも言える盗賊ギルドの口封じや、たった3人での魔都での活躍。手元の賞金首の線は簡単だ。下剋上が起きている。あの新米魔王より上と信じる族長や他が魔王になろうとして首求めている。禅譲ではない。力が全ての世界が魔国だ。あれが魔王ならば力で纏めるには無理だろう、裏切られたに違いない。一目見た情報で器がない事を感じる。
魔国では新しい王になれるチャンスなのだろう。いつだって魔国は王が変わる時期がある。いや、コロコロと変わっている。安定していない。波乱の時代。
「………裏切り者め。始末しないといけないか」
裏切り者を殺すのは黒騎士団の鉄則。次に弱い魔王を捕まえ拷問し殺す。帝国内に長く入りすぎた。情報を持ってしまっている。不安分子だ。
「!?」
その時気が付いた。自分はあいつの風の魔法を詳しく知らない事に気が付いた。敵である奴を全く知らない。机を殴る。悔しさよりも自分への戒めに。そう、まんまと出し抜かれたのがわかったのだ。
「あいつ!? 俺に手の内を見せていない!! 黒騎士に誰も!! いつからだ‼ いつから!!」
思い出を片っ端から思い出す。最後に見たのは入団試験。その時から変な奴だった。
「初めから、手の内を見せてこなかった?」
あの後は魔法使いの5番隊から奴の希望で1番隊へ行き。連合国での戦争で輝かしい功績を残した。
1番隊前線の斬り込み。猛将との一騎討ちで勝利。猛将への一人での時間稼ぎ無力化。
魔法使いよりも剣を振る騎士の有用性を示し、一人で暗殺もこなした。俺への不敬を咎めるが、使い勝手のいい奴だった。
あいつが勇者になると言ったとき。少し、惜しいと思ったがこいつなら倒せるとも考えれたし、姫様の推薦もあった。姫は奴が帰ってくると信じていたし、結婚するのも予定に入れていた。故に、早期退職を承認した。輝かしい未来だからこそ。
「全て、この為なら。変人だと思っていたが。もし、護るために最初っから決めていたら?」
奇行に辻褄が合う。いつだって、含んだ言い方をしていた。損得関係が無く感情だけで動くなら。全てに辻褄が合う。そして狂気を孕んでいる。
「………占い師」
自分は席を立ち。すぐに部屋を出た。
*
「あら、珍しいお客さんだね」
「話がある。グランドマザー」
俺は裏通りの占い店へ足を運んだ。彼女は椅子に座って紅茶を啜っている。椅子に座り話始める。長い間、死なないこいつを監視兼調べをしている。隠した実力者でもある。
「風の魔術師トキヤを知っているな?」
「ええ、上客だねぇ。それよりあんたがここへ来るときは何時だって悩んでいる時だ。なんだい?」
占い師はよく当たる。ヒントもある。利用できるなら利用する。
「悩んでいるのはトキヤに関してだ。末恐ろしい予想がある。それに……ああ」
「ショックなんだね」
「……………そうだな。出し抜かれた事もだが、新しくあいつを番隊長に据えてどこぞの真似事で6番隊を作る事も考えたからな。裏切れる事など慣れていたし、出さないようしてたのだが。出てしまった」
「恐怖ね。だけど風の柳はしなるからねぇ」
「…………まったくだ。予想外だよ」
あいつは俺に恐怖を抱かなかった。その他にもどんなに大軍を前にしても、強敵を前にしてもだ。だた、真っ直ぐ前を向いていた。そして、多くの者の前に立ち。斬り込み勇気を与えていた。だから勇者になる奴はこいつだろうと考えた。他にない力が芯があった。
「落ち着いたかね」
「ああ、落ち着いた」
「そりゃ良かった。占い師は本来、悩めるのを相談されるのが仕事だかぁねぇ。予言なんて当てにならないさね~」
「だが、それを信じた馬鹿が居るだろう? あいつがここを好きだと聞いたぞ」
「ああ、いるさねぇ。流石だね。占った。そして、あの子だけにしか見えない何かを見た。黒騎士騎士団入団前だね」
「やはり、情報源はここか。予言が当たったか?」
「いいや、予言は大外れ。姫様との大きな奔流だった筈さ。帝国の勇者になる筈だった」
「予想外の結果か」
「そうさ。何時だって予想が出来ない。だから占いは当てにならない」
自分は口を押さえる。理解した、あいつの人物像が。狂っている事も。
「うまく逃げられたか。わかった。駄賃だ受けとれ」
金袋を机に置く。情報をくれるだろう。
「まいど………そうそう、彼女は今は蕾だ」
「殺るなら今か」
「そうさ。でも、気を付けな。大きな大きな大木に守られているからねぇ。あまりに成長した大木ね」
「ふん…………」
「何人か死ぬだろうねぇ。どうするの?」
「決まったことを」
自分は席を立ち。部隊を集める。狩るための精鋭を集めようと決めたのだった。
*
「はぁ………面白いねぇ。あの子は」
黒騎士団長が去ったあと。冷えた紅茶を啜る。見える未来より。見えない未来。今はまったく見えない方の未来だった。外れない筈の未来が外れる。
「開花は心の『きっかけ』。どんな花を咲かせるかな」
水晶球を覗いたとき。枯れた花から、落ちた芽が伸び。蔦バラのそれが勇者という木に絡み付き栄養を貰い大きくなり蕾になる。しかし、花は開いていない。蕾のまま。きっかけが必要なのだろう。
何かの拍子に変わるだろう。昔は芽だった勇者のように。
「楽しみだねぇ……全く。暇で仕方ないからねぇ」
私はクスクス笑うのだった。長い時の中で蜂起を待つ間の一休憩。大いなる物事を行うまでの暇潰しなのだ。世界は壊れる。必ず、壊れる。私達の手で。世界樹の鍵で我々は復活する。
「暇潰しは楽しい……ククク」
笑う。結局、過去の遺物の魔族は死ぬのにと思いながら。
§
旅の途中で自分達は目的地へ到着した。大陸最東の場所であり、漁業が盛んな連合国最大の都市アクアマリンだ。海の上にも壁が立ち水棲魔物から民を護っており、水を称える都市であるらしい。
勇者トキヤの情報によれば。海の魔物に対する海軍力を持ち、屈強な戦士も多い国らしい。刀という極東の剣を持つ騎士も多く。連合国では頭1つ飛び抜けた国である。だが、海軍は海の軍であり、大陸内では帝国に屈している。それに帝国は海からは魔物もおり、全く攻めないと言う。
遠くから見える城は白く、屋根は海の色のように蒼かった。我々は衛兵に身分証を示し壁の中に入れさせてもらう。壁の中も白い壁、白い煉瓦の建物であり、明るい雰囲気を感じとる。
勇者に教えてもらった磯の香りは風が届けてくれた。海のように雲1つ無い快晴で眩しく。余は目を細める。
「ついたな。ここが都市アクアマリンだ」
「帝国の首都より小さいなぁ」
「帝国が異常に大きいだけだ。こっちの方が装飾は綺麗だし。噴水も多い。飯もうまい。旅行者も多い。では先ずは短期間だけ部屋を借りよう」
「短期間? 長い間ここにいるのか?」
「短期間って言ったよな? まぁ資金稼ぎ。ネフィアを鍛えるための時間稼ぎ」
「ふーん、そうだな、時間があるならそれがいいなぁ。まぁそれよりも!!」
何故、資金稼ぎが必要なのか疑問に思ったが聞かず。それよりもワクワクする気持ちが止められずに馬から降りる。隙間の無い石畳みに足をおろし異国の地を楽しむ。
「うわぁ~全部白い。出店は無いのか?」
「海側にある。こっちは移住区、農業区、産業区だ」
勇者の説明によると海の方に商業区があるらしい。魚の魔物の水揚げは海側で行うためと聞いた。
「早く!! 部屋を借りよう!!」
「お、おう………何ではしゃぐんだ?」
「お前がここの国は素晴らしいものが多いと言った!! 期待!!」
「あー信じてくれるのか?」
「もちろん!! 嘘じゃなさそうだしな‼」
美味しいものが多いと聞いている。素っ気ない堅いパンばっかりだったから美味しいのが今は食べたいと思うのは普通の事だと思う。決して食い意地が張っている訳ではないと言い聞かせる。
「そんな顔をするなぁあ!! はやくいくぞ!!」
「へいへい」
勇者が少し呆れながら馬の手綱を引く。今、自分はすごく楽しい。
*
小さな部屋を借りた。上下2段のベットの細長い部屋。こんな部屋が集まった建物らしく隣近所にも人がいるらしい。建物は3階立ての集合住宅だ。壁の中の限られた移住区はギチギチになっており、宿屋はいつもこんなものらしい。風呂は無い。トイレも共用である。荷物を置いたすぐに勇者が窓枠を調べ、窓を叩き逃走経路を確認する。そして部屋の外の逃走経路探索が終わってやっと荷崩しを行う。
水などは部屋の外にある井戸から汲めるらしいが海水が染みてきた物らしいので塩分がある。塩分があるので魔法で塩を抜かなければならないらしく。水瓶は空だ。
「勇者、あのぉ~風呂は? 汚れを落としたいのだが?」
「ああ、大衆浴場があるな。国営の」
「大衆浴場?」
「大きな風呂だ。連合国には大衆浴場の文化が根強い」
「ほほう!! 行こうではないか‼ 冒険者ギルドは明日でいいな!!」
「明日でいい」
「行こう行こう。綺麗さっぱりしたい!!」
「へーい」
皮の鎧を脱ぎ。勇者には出ていってもらった普段着に着替える。私服に身を包み、支度を済ませてすぐに部屋を出た。そして、勇者は廊下で着替えていた。余はその行為に気が付く。
「すまぬな」
「いや、いい………着替えの時は女の様に気をつけ出したな」
「ああ、だるいなぁ。男の時は何処でも着替えられるというのに………気になってしょうがない」
「ここで着替えていいぞ。眺めるし、魔法で隠してやるから」
「そ・れ・が・い・や・な・ん・だ!! 覗くな‼」
「なら、気を付けな。可愛いんだから」
勇者がにっこり笑いかける。
「お、おう……くっそ、やめろ。心臓が痛くなる」
「えーと、地図は。ああここか大衆浴場。じゃぁ行くぞ~ネフィア」
「わ、わかった」
勇者に後ろからついていく。フードで顔を伏せながら。
*
旅の疲れを癒すためについた建物は白い壁は共通だったが屋根は赤く、棒状の煙突が高く立ち上がり、煙を吹いている。
道中、タオルを購入しその大きな門みたいな扉を潜る。変な布が垂れ下がって「湯」と書いてあった。
暖簾と言うらしい。店にもかけてあるから気にしなかったが初めて知る色濃く残った極東の文化を感じ取った。ゆっくりと帝国も同じように暖簾文化に染められていっているらしい。
「ふむぅ」
中に入ると軽装の兵士が受付している。銅硬貨で支払い、中に入れて貰う。勇者についていくと何故か周囲が自分を見てる気がする。
「なぁ、ネフィア」
「なんだ?」
「こっち、男湯」
「……どうした?」
「お前、大衆浴場は男湯と女湯があってだな。お前はこっちに来ちゃいけない」
「余は男ぞ? 男ぞ、男ぞ」
「言い聞かせてもダメだ。出ていく」
勇者が兵士を呼ぶ。近くにいた女性の兵士に手を引かれて連れていかれそうになる。兵士に硬貨を勇者は渡した。
「すまない。令嬢だからわからないんだ。教えてあげてくれ。はい、駄賃だ」
「そうですか。わかりました。気前がいい貴族様」
「あ、あああ………あうぅ」
逃げられない。
「北から来たのですか? 混浴は無いんですよ、ごめんなさい」
「ネフィア。お姉さんについて行けばいい」
余は首を振って惨めな気持ちで「くそったれ!!!! くそったれええええええええええ!!!」と心の中で叫ぶ。
案内された先で女兵士に一通り説明を受けたあと肩を落とした。貴重品は宝物庫にいれてくださいとも教えてもらう。
「…………女湯」
脱衣場に渋々入る。中は棚が沢山ある。そこに衣類を入れるらしい。「それよりも‼ いっぱい裸の女性がいる!!」と心でいけない事をしているような気持ちになった。それが何故かとても辛い。覗き見してる気もするし、男だった自分が自分以外の女性の裸を初めて見た。
マクシミリアン騎士団の時は時間で避けて風呂に入った。「抜かった!! 大衆浴場を知らなかった!! あああああああああああああ」と頭を抱える。綺麗な乳房、若い女性も、沢山おり。自分の体が変わった事を再確認させられる。気が動転し勇者に助けをと考えて。「勇者は男湯だぁああああ!!」とアホな事を考える。
「あのーもしかして、初めてですか?」
「あ、ああ。そ、そうです。どうすればいいんでしょうか? あまり、外へ出たのも最近で」
嘘ではない。気恥ずかしい。
「あら、やはり何処かのお嬢さんですね。案内します」
近くにいた人の親切に落ち着きを取り戻す。「少し申し訳ない」と思いつつ、脱衣場の説明を受けて服を脱いだ。棚に服を収めた。風呂場は驚くぐらいに大きく装飾も綺麗だろうがまったく落ち着けなかった。
「こんなのがずっと………続いてくのだろうか? 辛いなぁ………」
慣れる日は来るのだろうかと余は不安になる。
*
「どっと疲れた。さっぱりしたのに心が淀んでしまった………申すわけない。女性たちよ」
出た後に、休憩場所の長椅子に罪悪感で頭を抱えて座る。勇者はまだ入っているのだろう。
「ああ、女って大変だぁなぁ」
ピトッ!!
「ひゃう!? 冷た!!」
「かわいい、悲鳴だなぁ。ほれ、高いんだぞこれ。ここの名物なんだ」
「う、うん?」
瓶に入った牛乳を渡される。ほんのり赤い。それを勇者が首に押し当てたのだろう。今は、怒る元気もなくそのまま受け取った。
牛乳はそこまで珍しくはない。帝国にもあった。勇者がガラス蓋を取り、それを真似て自分も栓を取る。
そして勇者は腰を当てて、美味しそうに一気飲みをする。豪快に。満面の笑みで。「そんなにうまいのかなぁ?」と自分も食べる。
「いただきます」
冷たい飲み物を含んだ。一口でわかる。甘さ、仄かの苺の風味。なめらかな牛乳の飲み口。
「美味しい!?」
ミルクの柔かい飲み心地に風味と甘さの絶妙なバランス。今まで飲んだ物よりも驚きが隠せない。
「なにこれ!? なにこれ!?」
「苺をすりつぶして牛乳に混ぜただけなんだが。調合バランスがすごくいいんだよなぁここ。他の店もあるけど一番ここのが旨いと思う」
「すごく………美味しい」
飲み干して、余韻に浸る。飲み干してしまった寂しさも、満足感もあり。今さっき悩んでいたのがバカみたいに思えた。
「はぁ……美味しかった」
「よかったなネフィア」
「うん!! あっ……えっと!! 余は満足!! くるしゅうない!!」
「飲み終わった瓶は返すから。くれ」
勇者が瓶を受け取り、返却箱とかかれている箱におさめた。素直に返事をしてしまい、恥ずかしい思いをする。
「まだ少し日が高いな。じゃぁ次は商店でも見に行くか」
「そ、そうだな。行く」
女湯だった愚痴を言おうと思ったのに。全部、あの飲み物で鬱憤が消えてしまった。それぐらいに本当に美味しかった。
*
大浴場の宝物庫から貴重品を取り出して商店へ、長い道のりをお金を払い馬車で移動しないといけないぐらいに遠い。見える商店は帝国と同じ感じであったが置いている商品が違っている。
「ここが、この国の商店」
出店が立ち並び自分達以外の冒険者や、どこからの観光客がいる。ここに来る観光客は金持ちだろうと思う。魔物を倒せる冒険者を雇って来なければいけないからだ。帝国からの旅行客だろう。装いが違う。
「ん………んん!?」
そんな商業地を歩いていると芳醇な、甘さと炭と焦げ臭い油の匂いで反応する。
「な、なに!? この匂い!!」
「これは…………あっちか」
ぐうううううう
「ネフィア、お腹すいたから何かを食べよう。ちょうどいい匂いがするしな」
「女だからって気にしてるわけじゃないからな‼ お腹が鳴ったのは自然な事!! 気を使うな‼」
どうしてこんなに恥ずかしいのかわからないが照れ隠しをする。
「はいはい、でもお腹すいたし。食べ歩きながら見ていこう」
「軽く流しよって………余は恥ずかしかったんだぞ」
「そっか、あっちから匂うな。けっこう距離あるぞ」
勇者が魔法で場所を突き止め、先行し歩く。自分は後ろをついていき。さすが風の魔法使いと言ったところかと感心した。
勇者が止まり一つのお店に指を指す。近くに寄ると何かを炭で焼いてお客に渡しているのがわかる。
「へい!! 屈強そうな姉ちゃん兄ちゃん!! 珍しいかい?」
「ああ、珍しいな。ここでしか食えない。鰻の蒲焼き」
「おっ!? 通だなぁ‼ 姉ちゃんはマジマジと見てるから知らないもんかと思ったぞ‼ そこ姉ちゃん、鰻の蒲焼きって言うんだ。うまいから買ってくれや」
「うなぎのかばやき?」
聞いたこともない。
「3本頂戴」
「へい!! 焼きますぜ」
何かの身を串に刺し、つぼの中には黒い液体につけて炭で焼いていく。いい香りだ。勇者がお代を皿の上に置き、そのまま待つ。
「へい、お代は丁度!! ちょっと待ちな」
焼いていく物をひっくり返し、黒い液体を筆で塗っていく。何故か自分は口の中が湿ってる気がする。
「食べたことがないはずなのに………じゅる」
「姉ちゃん初めてだろう、美味しいぜ‼」
「ネフィア。期待していいぞ」
「うむ、ワクワクするな」
両手で握り拳を作り眺めた。
「はいよ!! 出来たぜ!! まいどあり~ゴミは他の店にでも渡してくれ。ポイ捨ては罰金だぜ」
焼いた何かを大きな葉っぱの上に置き、それを食べ歩けるように。勇者はそれを持ち、歩く。
「ほら、ネフィア。1本取りな」
「うむぅ!! いただきます‼」
たまらず、勢いよく食べる。ざらっとした身だった。小骨もある。だが、味は予想外だった。
「………うまい。甘く辛い味と炭の焦げた風味が合わさって。美味しい」
「鰻と言う生で食べると毒の魔物だ。焼けばうまいんだよ」
「うむい~」
お腹が空いていたのか一本を勇者より早く食べ終える。
「多目にもう1本買ったから食べていいぞ。醤油に蜂蜜って合うんだよなぁ。このタレはそれで甘さを出してる」
「いいのか?」
「いいぞ、笑って食べる姿は幸せそうだから」
「うむぅ。かたじけない」
1本食べ終え。もう一本を掴む。2本目は、美味しさより。満たされる物があった。暖かい、優しい味がする気がして、少し戸惑う。「なんだろう? 最近、頭がおかしい」と首を傾げるが、原因がわからない。そんな中で大きい声によって思考が遮られる。
「退いた退いたあああああ!! 通るよぉ‼」
道の奥から大きな声と馬の蹄の音。そして、ゆっくりと大きな大きな生き物の死体が馬によって引っ張られ。道の真ん中を通っていく。銀色と黒色の光沢。大きな目。たぶん魚だと思うが建物のように大きく太い。
「おっ!? 今回いいもの釣れてるじゃん‼」
「ははは!! 兄ちゃん期待してな!! ククク今回大量だから‼」
「何人やられた? この魔物に」
「ああ。わっかんねぇ………しかし、悔いは無いだろうさ‼」
勇者が兵士に声をかけ、仲良く話をする。多分他人だろうけど。これが冒険者と言うものだと感心する。
「さぁ、ネフィア。行こうか」
「あれは何だ? あの大きな魚は!!」
「海の魔物だ。人食い黒マグロって言って美味なんだ。美味いから命を賭けて狩るんだよ。この国は食べ物関連では化け物だからね」
「美味なのか………」
「脂の乗った大トロって言う部位の高級食材が美味い。後は頭の方のカマトロかな? 今日は安く食べられそうだ。まぁ安いって言っても高いけど」
「………期待してもいい?」
「もちろん。この国に来たのは。楽しんで貰うためだからな」
「へ?」
勇者が嬉しそうに、楽しそうに微笑む。
「ネフィアが楽しんでる姿が一番のご褒美さ。俺はそのためにいる」
「…………」
声が出なくなる。優しい声と格好いいその顔で言われて顔から火を吹き出すぐらい暑くなる。
「さぁ!! 行こうか、この先に牡蠣っと言う大人向けの貝がある。俺は好きだなぁ」
「う、うん。私もまだもっと食べてみたい」
余は口を抑える。「私」と言ってしまったことに気が付いて。
「よし、いこう」
勇者が気付かずに前を歩く。それに対して自分は「私」を隠して大人しくついていくのだった。
§
次の日。連合国の冒険者ギルドに顔を出す。連合国冒険者ギルドの建物は移住区と商業区に複数あった。帝国とは違って酒場と隣接して大きいだけの施設。帝国のは城一つがギルドで多機能だっただけに帝国の規模の大きさ再確認した。
そしてギルドに来た理由は仕事をするためにはギルドの受け付けに頼み登録しないといけない。いい条件の依頼を回してもらうためにも酒場に居ると言う事を知ってもらうためだ。出来る事が多い勇者のお陰ですぐに依頼は来るだろう。自分が先に登録する。黒髪ポニーテールのきつい目の受付嬢が対応してくれる。ビックリしたのは片腕がなかった。
「では、ここに滞在期間を。気にするな片腕のことは、戦争の怪我だ」
「あっはい!! すいません」
「いや、いい。慣れている。みられるのはな」
落ち着いた芯のある、片腕でも強い大人な女性だ。
「冒険者ランクは普通のシルバーか」
「はい」
マクシミリアンの依頼によってランクが上がったらしい。ブロンズ、シルバー、ゴールド、ダイアの四種類が基本だ。
ダイアはギルド長がそのランク帯らしい。なので大体3段階。ダイアより上が有ると言うけど。それは余り知られてないらしい。そういうこと勇者は知っていたので教えてくれた。勇者はゴールドと言っていたが、それを知っている事が嘘をついていると察する。
「じゃぁ、仕事があれば呼ぶよ。ネフィア殿」
「あっ待って欲しい。パーティーが居るんだ。おーい!! 登録済ませたぞ‼ お前も同じ内容なんだから早くしろ‼」
「ああ、悪い。薬を買っていたんだ。これがないと辛くて辛くて」
「病気でもないのに薬なぞ……」
「性欲抑制剤はいる。絶対」
「……………おう。絶対飲め」
いつも飲んでる薬はそういうのだったかと納得した。病気かどうか不安だったが、杞憂に終わる。約束は守ってくれるのだ。男として襲わないと約束してくれている。
「はい、これ。おれのカード。ん? きみは……」
「ん? お前」
勇者が身分証を提示し、目を細める。相手も身分証をしっかりと見ている。二人は知り合いなのだろう。
「ネフィア、頼むがあっち行ってろ。古い仲だ」
「お、おう。わかったぞ」
緩い雰囲気から一辺。真面目な顔で言われたので渋々離れる。酒場の空いている椅子に座り、自分はこっそり魔法を唱えた。酒場で紅茶を頼みながら横目で見る。
「音拾い」
教えて貰った魔法を発動させる。音を細かく拾うだけの魔法だが、隠し話は聞きやすくなる。風魔法の応用らしいが、何故かこの応用だけはスッと覚えれた。
自分は拾う音を酒場の人間の声が聞こえるが削除していき、勇者と受け付け嬢だけに絞る。
二人で見つめ合う姿に嫌な気持ち、ワケわからない憤り、嫉妬などの感情が湧きながらも。平静を装い。押さえて盗み聞いた。少し勇者が違う顔をしている。いつもと違う冷たい表情で口を開いた。
「ここで、会うなんてな。ガーベラ騎士団の騎士」
「同じく、帝国の『魔物』黒騎士が何のようだ?」
「黒騎士は抜けた。今は、冒険者。そっちは受け付け嬢かな? 抜けたのか?」
「…………ふ、片腕切り落として言う台詞はそれか?」
自分は驚き、口を抑えて落ち着かせる。「切り落とした!?」と声が漏れそうになったのだ。
「何か言ったらどうだ?」
自分は息を飲む。知り合いどころの話じゃない。それよりも、勇者を知れるチャンスっと思っていたのに加害者だとは驚いた。これは聞いていていいことなのかどうかを悩むが結局、盗み聞き事態。誉められた行為ではない。
しかし、自分は何があったかを。彼の過去を知りたがっているため。悪いと感じつつ、聞くことにした。
「すまない………そうだったな」
「ふん、仕方がない。それが戦争って奴だ。お前を倒せなかった私の実力不足だったのさ。お前は私に勝った」
「いいや、実力は同じだった。ああ、強かった。戦場のガーベラ騎士。名前は知らなかったけどな。こういうところで出会うんだなぁって本当にわからないもんだ」
「トキヤっと言うんだな、お前………」
「よろしく。ガーベラ騎士団の名騎士様の名前は?」
「紫蘭だ」
「紫蘭かぁ。俺と同じ東方の民の出だったか」
「いや、アクアマリンの民だ。そういう名前をつける奴がここにもいる」
「ふーん。積もる話もあるだろう。今夜、どうかな?」
「ふん。よかろう。強敵と飲む酒の味はいかほどの物かな?」
何か、仲良くなってる。昔から知っているのだろう。勇者を知っている事に少し妬ける。妬けると考えて自分の心情に驚き。唇を噛んで落ち着かせる。
そんな中で勇者が戻ってきた。少し複雑そうな顔をして自分の前の席に座る。だが、彼は彼女との事は一切話さなかった。
*
受付時間が終わり。酒場が活気づいていく。一枚の紙に目を通す。
トキヤと言う冒険者の身分証の写しだ。こいつは黒騎士の注意人物。黒騎士団は死神たちと言われ恐れられていた。そんな中での一人だ。ネームド「魔物」と言われ、恐ろしい力で多くの騎士を屠っている。
「抜けて、ドラゴンでも狩ったのか………冒険者でもネームドじゃぁないか」
冒険者のランクにダイアと違った物がある。ダイアはギルド長になれば貰えるし、ギルド長と同じランクの人物でも贈られる称号だ。だが、別にネームドランクと言うものがある。
物差しで計る以外の物。何が出来るか分かりやすくするために付けている。知っているものは少ない。持っている者が言い触らすこともないためそのランクはレジェンドランクとも言われている。出会うだけでもビックリだ。
「ドラゴンキラー」
ランク名に分かりやすい、何が出来るかを記入していた。竜を狩れる者ほど強い者。
「戦争が終わっても戦い続けて居たんだな」
このランクは並々ならぬ努力をしなくては取れない物。コネや金などでは取れない。本当にドラゴンを倒しているのかもしれない。だから、こそ。
「トキヤと言ったか………どんな話を聞けるのだろうな」
失った左腕のを撫でるように触る。長く、失った物。何かと一緒に失くした物を思い出せるといいかと考えて。
*
夜中、勇者が一人で出掛けると言う。それを見送るわけだが。自分はすぐに支度をする。そして魔法を唱えた。
「音拾い」
勇者の足音を拾い。遠くから尾行する。あいつがあの女性と会いに行き一緒に酒を飲むらしい事は知っている。昔を知れるチャンスだと考える。「決して気になる訳じゃない。喋らないあいつが悪い」と言い訳を心の中で考える。
「くぅ!! 男の余が何故こんなことをコソコソと。まぁ黙って待つよりかいいか。そうだネフィアが知りたがっている。そうそう余ではない余ではない。誰かが知りたがっているのだ」
言い聞かせながら酒場に入り、中で勇者の声を拾う。
「紫蘭さん遅くなりました」
「さん付けだと!? トキヤ、お前は普段そんななのか?」
「そ、そうですが?」
「はぁ……悪魔、魔物のような男と思っていたぞ」
自分は心の中で「それは、自分からも言うが。中身は悪魔だぞ。まぁ………余以外の者に対してだが」と考えながら酒場の外飲み用テラスで店員に葡萄酒を頼んだ。盗み聞く風の魔法は便利で片手間の情報を収集できる。
音を拾うだけなのにこんなにも便利な魔法を知ることが出来てよかった。
「悪魔で魔物ですから。当たりです」
「ふむ。元気だな異様に。あの戦争で精神が病んだ奴も多いのに」
「確かに、歪んだ奴が出てきた。俺は元から歪んでたから変わらないんです」
「………自分を卑下するな、お前」
「心持ちだよ。俺は何も出来ない。『才もない運もない力もない』と思い込んでる。だけど一つだけ一つだけ。これだけは絶対に出来ると信じている物があるんだ」
「何を信じている?」
沈黙。長い沈黙。自分も盗み聞きながら息を飲む。
「彼女を助ける事しか出来ないと信じている。それしか俺には出来ないと律する。絶対にそれ以外を今は求めない」
いつも遠い目をして語る『彼女』の話だろう。いつも、たまに話をしてくれる。『彼女を捜している』と教えてもらっている。
「今日、来ていた子か?」
「近いかも遠いかもしれない。まぁそうかもしれない。ずっと前からそれだけ信じて生きている。俺しか居ないんだ。今は護ってくれる奴が」
「彼女はなんだ? 令嬢か?」
「令嬢。それもすごく上だぞ。まぁ器が小さいが。そんなもの後からついてくる。きっと必ず。もっともっと大きくなる。それまで必ず。必ず。護るんだ」
「ふむ。しっかり騎士はやっているんだな」
「ああ、ネフィアと出会う前から。だが悩んでいる。俺が求める『彼女』の名前をそのまま偽名で使っているけど。良いのだろうか……………きっと別人だろうに」
「偽名か。やはり。帝国の令嬢で皇帝陛下の姫か? お前ならそんぐらい行けそうだ」
「ああ、あれじゃない。あの糞女ではない!!」
「知り合いではあるんだな。ククク」
それから二人は過去話をしだす。姫の愚痴から始まり。戦争の時の話をする。自分は『別人』と言う言葉に引っ掛かりを覚える。胸が痛い。
「あのとき。目の前に若造が来てビックリしたんだぞ」
「そのまま油断してくれて良かったのに……」
「アホか。油断は死に直結する。まぁ正解だったがな。何回だ? 戦ったのは?」
「12回」
「しつこい奴だったな、お前は」
「命令だったんだ。刀を持った女騎士を抑えるのが。こっちのネームド名は『毒花』だったなぁ」
「それで、すぐに戦が終われば逃げたのか………」
「生きるが目標だったから。打ち合って成長して。どんな壁さえ壊してでも強くならなくちゃいけなかった。いい師匠だったよ敵ながら。覚えられた」
「段々手強くなってきて最後に腕を持っていかれた。いや、お情けか」
「ああ、すまん。仲間の元へ送るより。情が湧いて惜しいと思ったからな。綺麗な女だと思ったよ」
「お前は『女が前へ立つな。女性なら家で紅を引き、男の帰りを待て』て言われてカッとなったことは覚えている。あれは本心からだったのだろう?」
自分は運ばれてきた葡萄酒を受け取りそれを眺める。何故か、まったく話してくれない事を彼女に話す彼に怒りを覚える。
「本心半分、挑発半分。乗ってくれると思ったから」
「まんまと時間稼ぎされたよ。12回も。だが楽しかった。変なことを言うが楽しかった」
「俺は怖かった。でも、慣れる。慣れたらやっぱかっこ良かった。大きく見え、越えないとその先にいる『彼女』を護れないと思ったよ。確かに戦ってる間は何も考えられ無かったが」
「そうか………………あのときから前を見ていたのか。愛されているな」
「まぁ当時はまだ会っては居ないけどな………」
私は胸を抑える。少し、痛みがした。「彼女」と何度も何度も聞くたびに痛み出す。
「ロケットペンダントまだ持っているんだな。見せてくれ。チラチラ戦いながら見えていたからな。全く切れないし落ちないから驚いていたよ」
「ほれ………」
「なるほどな。本当に騎士だな。恐ろしいほど。芯が通る強さだ。負ける理由もわかったよやっと」
ロケットペンダント。勇者が着替えの時にいつも首にかけているものだ。余も気になったので窓から覗くが小さくて何も見えない。
「ん……………ちょっとトイレ。すまんな」
「ああ、わかった。葡萄酒おかわり」
勇者が立ち上がるのが見えたので急いで隠れる。目が会ってはないと思う。一瞬だけしかこっちを見ていない。
「ネフィア、どうしてここに?」
大丈夫では無かった。
*
「こっちが、同業者のネフィアだ」
「よろしく。受付嬢の紫蘭だ」
「はい、ネフィアです。こんばんわ」
「同席いいかな?」
「ああ………もちろん」
捕まってしまった。しかし、チャンスである。わざわざ紫蘭さんの隣に座る。捕まってしまったなら直接聞くまでのことだ。
「紫蘭さん。彼とはどういった間柄で?」
「敵同士。戦場で殺し合った仲さ。私が負けて腕を落とされたがね」
「そ、そうなんですか」
「過去さ、今は関係ない。緊張しなくていい」
「ごめんなさい」と心の中で謝った。知ってました。演じています。何も知らないと。
「彼は、過去を話してくれません。どんな方でしたか?」
「ああ、敵の私から見ると本当に厄介者だった。私に仕事をさせてはくれず。しかし、そう。刀で斬れない楽しい敵だった」
「楽しい敵?」
「ああ、何度も全力を出しても立っている。初めて出会った全力を出せる相手だった」
「俺はめっちゃ怖かった。途中から逃げたら追いかけてくるし、向こうから俺を呼ぶんだからなぁ……」
「ふん。呼んだら絶対、出て来た癖に」
「もちろん。騎士団長の依頼だし、いい相手だった」
何故だろうか敵同士認め合っている関係。すごく、綺麗な関係。すごく、胸がモヤモヤする。
「だから、だろうか。腕を切られても恨むことは無かったな。強いものに負けたんだ悔いは無い」
「そ、そうなんですね」
その関係が羨ましく思う。非常に。
「なぁ、紫蘭」
呼び捨てで真っ直ぐ勇者が彼女を見つめる。
「なんだ?」
「もう、刀を持つことはないのか?」
「………残念。片手では無理だ」
「そうか、残念だ。出会いたくない敵だったが。本当に残念だ。本当に」
「ありがとう。その言葉だけで満足だ」
疎外感以上に悔しく思う。彼女は認められている。「自分はどうだろうか? まったく強さで認められていないのではないだろうか?」と自問自答し、落ち込む。
「そうだ!! トキヤ。ちょっと待ってろ」
紫蘭さんが立ち上がり、少しした後。カウンターに戻ってくる。数枚の依頼書と共に。それを勇者が受けとり眺める。
「これを、見てくれ」
「依頼書? 斡旋してくれるのか? いいのか、勝手に」
「奢ってくれるだろう?」
「ああ、わかった。もちろん見せてもら。あああ!?」
勇者が嫌な顔をする。その顔を紫蘭に向けた。
「おい、これ…………他に居ないのか?」
「いないから、ずっとギルド長に頼んでる。ギルド長も嫌がって嫌がって結局、保留」
「なんでいつもいつも。どこのギルド行ってもこんな面倒な物を持ってくるんだよ‼」
「はは~ん。やっぱお前、他でも同じように斡旋されるんだな。保留が無くなっていい」
余は「なんだろう? どんな依頼だろう?」とそれを覗かして貰う。
「くっそ、ああ。何で皆、こんなの頼むんだよ。他に居ないのかよ。おかしい」
「いないからお前なのだろう? ランクは知ってるだろう?」
「ゴールド」
「わかった。嘘をつくんだな。ドラゴンキラー」
そこから、紫蘭が説明し勇者が渋々依頼を受けた。勇者は冒険者でも恐ろしいほど凄いことが今になってわかった。ドラゴンキラーと言うのは流石にわかりやすい指標だ。
さすがに童話のようにドラゴンは無いだろうと思っていたのだが。詳しく聞くと本当にすでに倒していたらしい。さすがは彼と言った所だと納得し、余はそのまま二人の仲の良さを見続けた。
「いつか余もここまで仲良くなればいいな」と考えながら。
§
探索開始日の1日目、紫蘭からの依頼の一つを受け、今は連合国騎士団と共にその依頼を行おうとしている。預けていた馬ともう一匹買い付けてアクアマリンの数人の騎士と共に都市を出たのが早朝。そこから南下し、舗装されていない道を進む。
道中で弱い数メートルもある液体状の魔物に出会ったが馬で走り抜けた。それ以外ではそこまで足止めを食らう事はなかった。
到着は太陽が沈みかけの時刻となり。馬で走っても半日ではいけない場所である事を再確認。時間も遅いので探索は明日となった。夜営の準備を行い。夜食はベーコンの薫製と柔らかいパンを食べる。
短期間なので長持ちする食料は持ってきていない。薫製ベーコンだけである。そして騎士に夜。言い寄られたが、勇者と一緒に殴って蹴り飛ばした。
*
2日目の探索。今日、本命のダンジョン探索である。依頼内容は最近発見された遺跡ダンジョンの地図作成と先行の軽い調査だ。依頼者はアクアマリンの国。
そして、もうひとつ。盗賊等盗掘者の始末するために騎士団を駐留させたい。なので騎士団を同行させ、探索を直接報告することになっている。勇者と自分は探索の準備を行う。
騎士団たちは木を切ってテントや壁を造り。駐留箇所を作り、後続に備える。我々は軽装に身を包んでの先行探索だ。
「探索ってなんでダイヤ以上なんだ? 誰だって出来るだろう?」
「いいや、一人二人じゃ誰も出来ない。良いことを教えてやろう。戦争で威力偵察で放った場合。何割生き残る?」
「………5割?」
「1割以下。1割生き残っていればいい。敵もバカじゃない、全力で殺してくる。ダンジョンもそうだ。一人でも生きていれば情報が共有できる。数を沢山用意すればいいな」
「そうすればいいのか? なら何故………やらぬ?」
「戦争の爪痕で人がいないのさ。人がいないのに殺してどうする? それに『死にます。いきませんか?』と言って集められるか?」
「あーなるほど。大切な人材、死にたがり以外に来ないから無闇に頼めないのか……」
二人で話ながらダンジョンの入り口まで足を運ぶ。周りは朽ちた石材の建物が建ち並び草に覆われ、石の足場の間から小さな小川等が流れている。魔物から護る壁もないの昔の建造物だ。
最近になって地下の入り口が見つかったらしい。だが、盗賊ギルドに先を越されていると噂がある。出会ったら戦闘だ。
「ここが、そうか」
大きな大きな口を開いて冒険者を飲み込もうとするダンジョンの口。中は真っ暗だ。幽霊出るだろうから背筋が冷える。
「幽霊いそう」
「いたら、喰うだけ」
「………お前、喰う言うけど。倒すことを喰らうと言葉を兼ねているんだよな?」
「そうだけど?」
「そうか、てっきり幽霊を食べるのかと思ったぞ」
「ああ、美味くないからしないけどな」
「んんんんん!? 含んだ言い方。どっちだ?」
「ほら、魔法を唱えるぞ。じゃま」
「あっ!! わかった。音は任せろ」
余も風の魔法を唱える。
「よし、行くぞ」
「音拾い」
「風読み」
ダンジョンの中に向けて魔法を唱えた。勇者は風を流して姿を探し、自分は音を拾う。中は幾多の足音が響いていた。風魔法は便利だ本当に。
「魔物がいる。足音、複数。数までわからない」
「ええっと、こっちは降りる階段までは見えた。魔物はいない。どこまで拾えた?」
「わかんない」
勇者が地図を書く。直線の階段、そこから分岐している。マッピングという物だ。
「迷路かもしれない。戻れなくならないように印をつけて進む。ゆっくり……ゆっくりとな」
「わかった」
ダンジョンの口の中へ入っていく。魔力のカンテラを腰につけて照らし進んだ。分岐についた瞬間勇者が目を閉じて魔法で確認する。
「今から長い詠唱をするから警戒してくれ」
「うむ。音拾い………」
勇者が跪き黙々と呪文を唱える。足元に緑の魔方陣が広がっていた。それが、複数生まれ魔力の増幅を感じる。多段詠唱と言う高等テクニックだ。
ドン!! カサカサ
「何か来る!?」
耳元に近付いてくる足音が聞こえる。重量のある。恐ろしいほど力強くなにかを擦る音。廊下の奥を覗く。暗くてなにも見えないがずっと奥に確かに何かがいる。自分は時間があることを利用し魔法を詠唱。詠唱時間を長くして威力を上げる。
「ファイアーボール!!」
片手に廊下を埋めるほど大きな炎の球を生み出す。それを打ち出した。炎の球が回転しながら進み。通路を照らし出しながら進んでいく。
「音拾い!! そこぉにシュート!!」
そして曲がり角で炎を曲げる。音のする方へ誘導し、そして………耳元に。
ドゴォオオオオオン!!
着弾音を確認する。魔物の動きがない。目標沈黙。
「よし、他にもいる!!」
同じように索敵。そこからもう一発用意し打ち出した。音の魔法は本当に便利だと思う。一方的に見つけていける。
「よし、出来た。風見!!」
「うわぅ!? ちょ!!」
ブワッ!! ペチ!!
ダンジョンの中を風が巡っていく。強い風に煽られ、転けた。痛い。スカートがはためき、倒れた余を勇者は手を伸ばしてそれをつかむ。
「やるならやるって言え!! くそばか!!」
「すまん、すまん。よし、全部の空気を入れ換えまで時間がかかるが。図面は出来た」
勇者が目の前に魔方陣を生み出してマップを表示する。その細道一本一本がゆっくりと表示される。迷路になっており、風に魔力を乗せて張り巡らしたのだろう。
「凄い………もうマッピングが終わったのか?」
「書き写しがある。はぁ………1日かかるだろう」
「何故、迷路が?」
「宝石を取られたくないから迷路にする。珍しい事じゃない。防衛手段さ」
「宝石があるのか?」
「わからない。ゴーレム、デーモン、スケルトンがいれば確実だ。特に個人的な理由でデーモンは好きだ」
「ふむ。じゃぁ………写してる間、暇潰しで魔物を倒す」
今さっきと同じように音を拾い。そこに向けて炎の球を走らせる。着弾させて魔物の数を減らして行く。
「………ネフィア。凄いな」
「えっ!? 今なんて!? 褒め称えたか!!」
「凄いな、その発想。音で索敵したのを倒すなんて。それと魔法を操る技量もすごいなぁ」
「ふふふ!! もっと誉めてもいいのよ?」
「凄い凄い!!」
「へへへ!!」
やっとやっと褒めてくれた気がする。その日は、ダンジョンのお掃除と書き写しで終わった。そのままダンジョンの出口で夜営をし明日に備える。
*
3日目は雨である。ダンジョンに入らないよう返しがついていて水が入っていかない。しかし、階段と廊下に一応水抜けようの側溝が掘ってあり、マップを見ると大きなフロアがあるらしい。
地下水がそこに溜まっているのではないかと予想がたてられる。マップを使い探索。勇者が描いた物を元に最深部を目指す。
「一応、二人のパーティだ。前方は俺、後方は頼む。気を付けて行くぞ」
「わかった」
二人で最初の分かれ道の右を進む。左は全て行き止まりだ。手元のカンテラで照らしながら進む。余は魔法で音を拾いながら気を付けていた。
「あーいないねぇ」
「いないなぁ……あっ。まて」
通路の先に黒い生き物が見える。近付くと焦げた臭いが鼻についた。蜘蛛のような魔物だが死んでいる。小さい蜘蛛もおり、多くの亡骸が転がっている。
「あーここは巣か」
「うえっ………キモい」
「大きくなるとキモいな。先は長い。印を残しながら行くぞ」
「うん、音拾いしながらついてく」
「そうだな。それよりも……ネフィアは俺より拾える範囲が広い」
「まぁ……うん。そうだな。あー先に1匹いる」
「直接、攻撃する」
勇者に話を盗み聞くために頑張った結果だ。そして魔物がちょうど通路の先にいる。奥は明るく、姿が見える。発光している生き物だ。
「あれは………デーモンだ」
「あれが?」
牛頭に斧を持って歩いてくる。明るい理由はデーモンの近くに魔力の塊が浮いていた。カンテラと同じように魔力の力で照らしているのだろう。初めて見たデーモン。しかし、英魔の悪魔族の上位のデーモンとは違うようだ。牛の頭に石の大斧を持ってる。
「ぶほ。ぶおおおおおおおおお!!」
我々は視認され、デーモンが叫ぶ。
「下がってろ、炎の球でも用意して」
勇者が背負ている剣を掴み鞘から抜き、片手でもち歩く。デーモンが声をあげて走ってきた。それに呼応するように勇者の歩がだんだん早くなり走り出す。
「ぶもおおお」
デーモンが石斧を降り下ろし潰そうとする。勇者が両手で剣を持ち。下から上へ振り上げ、斧に下から真っ向でぶつけた。
廊下の中央でぶつかり合い、ダンジョンが揺れる衝撃が生まれた。自分が持っているカンテラ大きく揺れて衝撃の強さがわかる。
ガキン!!
そして、デーモンの斧が砕け散り、上に弾かれる。その隙に勇者が懐へ入り込こんで大きく横に切り払い。素早く再度デーモンの股から剣を振り上げる。
十字に切られたデーモンの動きが止まり石になり、砕け、砂になった。そのまま勇者が自分の元に戻り、投げていた剣を鞘に収めて背負い直す。
「デーモンが力負けした!?」
恐ろしい光景だった。はるかに体が小さい筈なのに。力負けをしない。しかも一瞬で屠った。
「さぁ行こう。この先にあるらしい」
「う、うむ」
軽く勇者の強さに引きながら。自分達は歩を進める。途中、白骨した死体と。至るところ噛み後がある倒れている人を見つけた。もちろん、死んでいる。盗賊ギルドのメンバーだろうと勇者は言う。
「まて、ネフィア」
「どうした?」
「奥を照らす。ファイアーボール」
勇者が手で制した後に右手でファイアーボールを放った。壁に穴が開いてあり、地面には矢が転がっている。
「壁から矢が出る罠だ。迂回しよう………迂回して通れる」
「考えて作ってるね。知らないと引っかかる」
迂回し、奥を進んだ。魔物にも会わず、順調に進み壊れた扉が見える。中を確認し、色んな物が大切に保管されていたが一個も取らず。きびすを返した。印を頼りに入り口まで戻る。結局、2日で依頼が終わり。勇者の腕の高さを垣間見たのだった。
*
その夜。雨は上がり、ジメっとした空気。報告は「明日でいいだろう」と言うことで二人でご飯を作る。作ると言っても焼くだけ。薫製の腸詰めとパン。しかし今回はマスタードがある。それを塗って挟んで食べる。
薫製されたウィンナーのパリッとした皮と桜と言う木の薫製はほんのり花の香りがする。勇者はわからないようで、余の方が舌が繊細だとわかった。
「あぁ美味しい」
「本当に幸せそうに食べるね」
「美味しい……なんで?」
「いや~俺に聞かれても。花の香り。桜……もう春も終わって暑い夏だしなぁ。見せたかったけど来年だな」
「ふーんそんなに綺麗なんだ」
「ああ、凄く綺麗だ。まぁ俺は……いや、なんでもない」
「………また『彼女』と見る方がいいと思ってる?」
「もちろん」
「そっか~」
「何か? 含んだ笑い方だな? あっそう。雨でジメッて気持ち悪い。風呂でも入るか?」
「別に~なんでも。ん? えっ? お風呂?」
「ああ、お風呂。どうする?」
泥まみれより、さっぱりするから入ってみたい。それに最近は綺麗にしないと、気が気でない。
「うん、入る。うん…………はぁ…………」
「溜め息ついてどうした? やっぱ疲れたか」
「うん………疲れた」
「じゃぁ早めに作るよ。石畳の綺麗な底材を捜してっと」
勇者が立ち上がり呪文を唱えて水を生み出し。石畳を洗う。底に魔方陣が浮かび上がり、洗った水とは別に四角に固定される。
「えーと水の温度が9度。いい温度まであげたいから………1リットルで必要な熱量は………よし」
四角の透明な水の箱から湯気があがる。自分は隣で見ていたのだが何をしているのかわからなかった。火でお湯を作ってない。
「なんでお湯が?」
「風から温度もらってるんだ。風が冷たいぞマイナスだ」
「さぶぅ!! わざわざ風をぶつけんでいい!!」
めちゃくちゃ冷たい風が体にあたった。
「ははは、さぁ入ればいい」
「お、おう………覗くなよ」
「覗かない、覗かせないから安心しろ」
「うむ………覗かないか」
『残念だな』と何故かそう思い首を傾げながらも、軽装の鎧と服を脱ぎ暑めのお湯に入るのだった。
*
「入り終えたぞ」
武具を手入れしている勇者に声をかけた。鎧は脱いで服だけである。タオルは何故か持って来ていた謎が解ける。何処でも風呂が入れるからなのだろう。
「わかった。俺も綺麗にする」
自分は髪を丁寧にタオルで拭き取る。火の魔法を使い。小さな火球でゆっくり乾かす。そのあと、毛先を小さな鋏で切る。こうすることで痛んだ先の毛を捨て、ゆっくり髪を伸ばすのだ。
もう伸ばすことがないので気にせず切り揃える。
「ふふふ~ん♪」
夏の風がちょうど火照った体を冷やし気持ちいい。鼻唄混じりで髪を整えハッとする。
チャプ
「あっ? えっ?」
勝手に風の魔法を唱えてしまったようで勇者が入った水の音が聞こえるてしまった。暴発するぐらいに体に馴染んでいる。
「………なんで? でも、ちょっと覗いても」
髪の手入れをやめ、立ち上がりこっそり湯船に浸かる勇者を覗く。逞しい堅い体と幾多の傷跡。それがカンテラで照らされている。
「…………何してるんだろ、『私』」
少しして、髪の手入れに戻るのだった。本当に何してるんだろう。
§
4日目は騎士団と合流した。ボコボコにした騎士団員はこそこそと隠れているのを横目に隊長らしい人に俺は声をかけた。
「終わったぞ。ほれ、地図。盗賊ギルドの連中は全員死去。奥になんかあったけど依頼外だ。見てくるといい」
「早いな!? 野営地はまだ杭を打ち込みむので手が一杯だ。まだまだかかる」
「じゃぁ俺らは帰る。保存食と医療品置いてくから使ってくれ。部下によろしくな」
「すまない。奴は彼女と別れたばっかりだったからムシャクシャしたんだってな。しかし、いいのか? 奥の物を持って帰らず」
「俺らはいらない。必要な所に渡すだけ。依頼主だし、元騎士だからあんたの苦労も分かる」
「かたじけない」
ネフィアが用意した皮袋を騎士の隊長に渡す。
「どうぞ、騎士さま。あの方にも新しい彼女が出来ればいいですね」
「な、なんと………優しい………」
「でわ、私たちは行きます。ご武運があらんことを」
祈るふり。人間の女神なぞくそったれだが喜ばれるのでやるらしい。
「はぁ……なんと清きプリーストだ」
「ごめんなさい。魔法剣士です」
「そ、そうなのか。いやぁ聖職者より綺麗なので」
褒めてるのか聖職者を揶揄してるのか考えさせられる。
「それでは失礼します」
馬に乗り手を振ってその場を後にする。馬を並べ都市へ向かう。
「お前、あんなの何処で覚えてくるんだ?」
「聖職者がやってたの真似たんだ。喜べ軽い回復魔法を覚えようと思ったんだ。便利そうだから」
昨日、傷だらけの体を見られた。これからもきっと傷だらけになるだろうからと考えての事だろう。
「便利そうだが………祝詞だぞ?」
「大丈夫、聖職者の奴等も神様なぞ金儲けの方法らしい。酒場で聞いた。信仰無くても使える」
「そうだけどな。お前は仮にも魔王だったんだぞ?」
「勇者らしくない勇者がいるのに魔王らしくない魔王がいない訳じゃないだろう?」
「確かに……ははは」
「ふふふ」
道中は本当に平和で。俺は嬉しくて口をずっと押さえていた。
*
ついたのは夜中。ご飯も食べずに走ってきたので酒場に顔を出す。ちょうど紫蘭が葡萄酒を飲んでいる所だった。
「あっ!! 紫蘭さん」
「その声は、ネフィア殿とトキヤ。何か足りないものでも補充に?」
「いいや、終わったから帰ってきた」
「終わっただと!? バカな!? 早すぎる!! 後輩たちは!?」
「置いて帰ってきました。まだ杭を打ってる最中です」
「………本当に終わったのか?」
紫蘭が勇者の顔を覗く。近いのにヤキモキする。
「これが今、騎士が持っている地図の複写だ。魔物は蜘蛛類の巣。無機物のデーモンだ」
紫蘭がその地図をカウンターに広げる。赤い線が引いてあり、そこが正解の道だ。
「なるほど。ダイヤ以上の働きだ。ルートまで見つけるなぞ。短期間で2月程かかる依頼料金を貰ったのにこれでは……まぁいい、明日払おう」
「おっ? いいのか?」
「1か月分な」
「いいや、2ヶ月。儲けてるだろ? 依頼を出してる時点で儲かる。それに奥の秘宝は手を出してない」
「………わかった。いいだろう。明日、取りに来い。騎士にはその旨を伝えたか?」
「もちろんだ。あっちの方が早い。しかし、人が足りないだろう」
「ギルド長から直接依頼を出して冒険者を募る。明日、向かわせる準備をさせ取りに行く。騎士団より先に取らないとな。あっちはもう知っているのに動きが遅いのがいけない。いいや、駐留所が出来て探すのが本来の目的だな。お前の仕事が早すぎて出し抜けるのかぁ……ビックリだ」
「じゃぁ2ヶ月でいいな。奢ってやるよ」
「もちろんだ」
一瞬のやり取りを聞いていたが。自分が入り込める事じゃないのがわかる。両方が儲かっている話なのだろう。そんなことより、ご飯ほしい。
「お腹すいたし、なに食べましょうか?」
「マグロの刺身ある? おっ? ある!! じゃぁ大トロ!!」
勇者が叫ぶ。店の人が言うには今日獲れた物らしい。
「大トロ?」
「魚の脂身だ。美味しいぞ」
「豪勢だな、私も貰ってもいいかい?」
「どうぞ」
店員が白と赤の入り交じった物を用意する。「箸」と言う物で二人は食べるのだが、自分はフォークで刺して頂く。口の中でとろける感触。魚と言う物に命を賭けても獲る理由がわかった。言葉は不要。うまい、うまいから取る。
「あー明日は何をしようかな」
「仕事を回してやろう。こんなに早く終わると思わなかったから明後日来てくれ。用意する………本当に腕がある冒険者は仕事が入ってくるな。金には困らんだろう?」
「いや……めっちゃ困ったぞ。稼げども稼げども足りなかったから。お金は鍛冶屋につぎ込んでる。まぁそれで、昔は大変だっただけ。そんときにドラゴンを狩ったんだよ」
「そうか、金稼ぎか」
「貧乏だったのですね」
まぁ、昔の話だろう。
「今はなんで稼ぐんだトキヤ」
「紫蘭。こいつが食うのが好きなんだ」
「は、はい。お恥ずかしながら」
「餌付けかい?」
「もちろん。食べてる姿が幸せそうだからねぇ」
「そ、そんな!! 食いしん坊みたいじゃないですか‼」
「ネフィアは食いしん坊だろ? ここの国で食べたもの思い出せ」
いっぱい思い出せる。あれやこれやと。
「……はい。私は食いしん坊です」
「ははは……いっぱい食べて鍛えような」
「はい!!」
元気いっぱい返事を返した。ネフィアとして。
§
都市に帰って来て我々は多くの資金を得る。勇者がすでに一級品のレベルになっているので簡単なだけだろうことだが本当にこいつが魔王を殺す勇者じゃなくて良かった。だから今、思うのは絶対勝てない事。すでに勝つのを諦めた。木の棒の訓練も避けれるようになったが実戦は違うだろう。絶対に勇者に負ける自信がある。逆にその絶対の強者が我に安心をもたらされている。
だからこそ、回復呪文を早く覚えたい。
「何しようかな………」
朝起きて天井を眺める。上段は自分が、下の段は彼。二段ベットは上と決まっている。初めての2段ベットはすごくワクワクした。奇跡の本を読み、回復呪文を頭に入れる。
「何するかな。おい!? ネフィア、スカートはだけってぞ!! あぶねぇ!!」
我の足を見て勇者がたじろく。我も慌てて隠した。
「うわっ!? えっと……エッチばか」
「不可抗力だからな!! そんなことより一日暇だし。商店行こーぜ。鍛冶屋は次の依頼が終わった後だな」
「鍛冶屋?」
「いい鍛冶師がいる。お前の剣を鍛えた人だ」
我の剣はただの剣ではない。火が出る。
「あってみたいな‼ こんな業物を鍛える御仁はさぞ凄いのだろう‼」
「気は難しいがな………敵の騎士にも武器作るし壁の外にすんでるんだよ。まぁ今日はいかねぇーがな」
「よし、商店で遊びに行くか」
二段ベットから降りる。足元の靴を履き、剣を腰につけて準備を終える。
「じゃぁ行くとしようか勇者よ」
「お、おう。昔に比べて動くなぁ……これが本来のネファリウスなのだろうな」
「その名前は今はどうでもいい」
我は自分の名前を見捨てて二人で商店に出向く。弱いネファリウスとはお別れしたいほど。いい思い出のない名前と思うのだった。
*
外へ出るとむわっとする熱に顔をしかめる。夏らしく日差しが強くて肌に痛みを感じるほどに熱される。
「待て………風で防ぐ」
「いつも、ありがとう」
勇者が自分達にエンチャントを行う。内容は暑さのシャットアウトと日差しによる温度上昇分の放熱だ。快適である。ほんとに便利であり、これがあるからこそ勇者が楽に砂漠に越えられるたのだろう。
「はぁ、お前と出会って季節感が無くなったぞ。夏でも風で全然快適だからな」
「暑いのがいいか?」
「汗もかくし、臭いも気になるからやだ。特に体臭がな」
「理由が女の子らしいんだけど?」
「冗談冗談、暑いのが嫌なだけだ。人間でも魔族でも変わらん」
本当は少しは臭いを気にする。「臭いのは嫌だな」と勇者に思われるのが嫌だ。そんな内情を知らない勇者と二人で商店の通りへ馬車で移動した。今回は色んな物を見て回ろうと思う。
「そういえば、お前。回るはいいけど買うものあるのか?」
「ない。ただ一緒に行くだけ」
「完全な暇潰しなんだな」
「ネフィアと一緒に回ったら楽しい。楽しくない?」
「楽しい………おい!! 何を言わせる!! 笑うなぁ!!」
勇者の背中を強く叩いた。「くそくそ!! 恥ずかしい」と文句を言いながら叩き続ける。勇者は満面の笑みだ。
「へい!! そこのカップル!! 彼氏さん!! 彼女にプレゼントにどうだい?」
出店のおじさんの声を聞きそちらを見る。出店に綺麗な宝石を並べており、活気のいいおじさんが笑みで手招きする。
「残念、彼女じゃないんだ店主」
「へぇー仲が良さそうに見えたけどねぇ」
「………違います」
そう、違う。余は勇者が求める捜し人の「彼女」じゃない。そう言い聞かせる。では、「余は勇者のなんなのだろうか?」と思うが。それは答えがわからない。
「まぁでも!! アクアマリンの名物、アクアマリンの宝石はどうだい? 自慢の物さ」
「宝石………」
綺麗な青色の宝石が並んでいる。ここぞと言うばかりに店主が営業を行う。流暢に説明してくれる。
「アクアマリンは海に投げ込むと消えてなくなってしまうんだ。だからこれは海の力がそのまま石になった物なんだよ。海の御守りとしてこの国じゃ漁師はみーんな持っているね!!」
「持っている奴は屈強な奴も多いな」
「そそ!! それに女性への贈り物でも人気が高い!! どうだい? 悪くないだろう?」
きっと、自分に営業をしているのだろう。一個ペンタンドのダイヤの形をした蒼いアクアマリンは綺麗だと思う。思ってしまう。だが、自分は男だ。
「ごめんなさい。良いものですから高くて手が出ません、本当にごめんなさい」
「すまない、手持ちが少ないんだ」
「あら……残念………うち、証明書しっかりしてるから値段張るからなぁ」
頭を下げ、その場を去る。男なんだ自分は。
「なぁネフィア?」
「………」
「おーいネフィア~」
「……………」
「ネフィアちゃーん」
「……………………」
「ネファリウス」
「うぉ!? な、なんだ!! その名前は危ない‼」
「上の空だったぞ?」
「な、なんでもない。それよりクレープ食べようぜ!!」
「いいな!! 食おう。あの店でいいな、今回は」
「ああ」
クレープとは粉と塩を混ぜて薄く焼いたパンみたいな物。イチゴジャムを包んで食べると美味しい。出店で売っている中のおやつ、朝飯として好みだ。店の前で二つ頼み、銀貨を2枚渡す。なかなか値段が高いのがちょっと残念ではあるが美味だからこその値段だろう。
「ほれ」
「ありがとう」
勇者が買ってきた物を手渡してもらえる。そのまま広場の噴水前へ行き、観光客用のベンチに腰をかけた。広場まで、けっこう歩いたと思う。
「ふぅ、一息入れよう」
周りを見ながらここの広場は変わっている事を再確認する。中央に噴水がありそこから網目のように水が流れて海に戻っていく。舐めるとしょっぱいので海水らしく、魔法石が中央にあることを考えると海から汲み上げているようだ。
景観のためにある施設。あとは海水を汲み。真水にして飲料用にするのだろう。お水精製した物を格安で売っていた。
そしてベンチで休憩できるようになっているが我々以外の観光客の皆は日陰の場所で休んでいる。日差しが暑いからだろう。
「ネフィア。ちょっと用事があるからここで待ってろ。絶対動くな。拉致られるな」
「バカ!! 余はそこまでお間抜けではない!!」
「前科一犯」
「うるさい!! ここで待っていてやるから早くいけ!!」
今度は遅れを取らない。余は強くなってる。
「じゃぁ………ちょっと待っててくれ」
勇者が走って元の道へ帰っていく。一体何を考えたのやら、わからなかった。
「なんなんだ全く。あっ………勇者が離れたから暑い。切れたな魔法」
周りを見ると噴水に足をつけたり、大きい噴水の周りで子供がはしゃいでいる。観光客も海水に足を浸して涼んでいた。
自分もそれを見てベンチから移動し、素足になって流れに足を入れる。入れた瞬間、思った以上に冷たく。きっと地下を通って汲んでいるのだろうから冷やされてここに来ていると考えた。
「…………あーん」
余はクレープを食べながら暑さに耐える。自分の足をまじまじと見て本当の「白く健康的な綺麗な足」と感想を抱いた。「本当に女だな」と思う。勇者がドキドキする理由もわかる気がした。
「………隠した方がいいな」
勇者にとって目に毒だ。自分が自分の足にドキドキするんだ。勇者はもっとだろう。夢魔の力が強くなってる。
「しかし、はぁ………平和だなぁ」
雲一つない青空を見上げて呟く。あの閉じ込められていた暗い部屋と大違いだ。あの日から想像できない日々を過ごしている自覚がある。
「これが、夢で………起きたらあの暗い部屋の中だったら嫌だな。彼は自分が作った幻影とか」
それは本当に嫌だ。あのときに戻りたくない。でも夢じゃない。
「………おっそいなぁ」
「お待たせ。ごめんって……風出すから」
「あー涼しい~おかえり」
勇者の声が後ろで聞こえる。水から足を抜き、乾かすため女座りをする。他の座りかたは中が見えてしまうためだ。
スッ
そんな座っている自分の目の前に勇者がペンタンドを見せる。綺麗なアクアマリンの宝石が吊ってあり、青空のように煌めいていた。あの店で一番綺麗だなと思った物だった。
「えっ?」
頭をあげて勇者を見ると、勇者の顔が頬が赤い。
「プレゼントだ」
「あっ………女扱いするな!! 別に欲しいとは言ってない!!」
「御守りだ!! 俺も同じの買った!! もし、俺の偽物が現れたらアクアマリン持っているか聞け!! 魔族にはいるだろうからな、変装が得意なやつ。俺も聞く。約束な」
それは我の夢魔の事を言っているのだろう。確かに変装できるかもしれない。持っておくにはいい理由だった。
「………確かにいるな。わかった。確認のためと御守りだ。アクアマリンなぞここでしか買わないから。いい確認方法だな」
勇者の言い分はもっともだ。だから、自分は両手のひらでそれを受けとる。手のひらに綺麗に輝く青に胸がときめいた。
「あーあ、喉乾いたから水買ってくるわ。いるだろ?」
「………うん」
勇者が何処かへ行く。勇者を見ずに風で音を拾い。離れたことを確認する。両手で掴んだそれを眺め続ける。
「なんで………どうして………こんな石ころで……こんなに私はうれしいのだろうか?」
胸の前に持っていくと胸の中に熱を感じ、口元は自然と笑みを浮かべた。
「はは、これじゃ女じゃないか………はは」
大丈夫、男にまだ戻れる。戻れる。そう言い聞かせた。しかし、どうにも、何も。すぐに戻りたいと言う熱がゆっくり失われつつあることを自覚していく。
「……もう少し。ネフィアでいようか」
夢魔の力で余は戻れるだろう事を最近やっと、わかってきたのだった。
§
夜中、カンテラを最小の明るさに調製して2段ベットで横のなりながら商店で買った回復魔法の初級本を眺める。昔は読めなかったが読めるように変わっており適正有りと本が判断した。胸糞悪い、恥ずかしい言葉が書いてある。回復魔法と言わず、奇跡と言うらしい。どうでもよいと思うが我は我のために学ぶ。
「奇跡なぞ………無いと言うのに。いや……」
頭に何かが引っかかる物を感じ、考えないようにする。魔族が奇跡奇跡と言って気持ち悪いし変だ。だが、実際は感じている部分がある。
チャラ
本を置いてアクアマリンの宝石を手に取り、眺めた。綺麗だと思う心に戸惑いを持ちながら。それを見続ける。「知りたい」と言う心の声が響いた。勇者を知りたい。そんな想いが募る。だからこそ……だから、今日は絶対に夢を覗いて過去を引き出そうと考えた。
勇者が寝るまで勉強しながら待つ。そして勇者の寝息を感じるまで時間はかからなかった。そこから音を殺し、ゆっくり、ベットから自分は降りる。
「すやすや寝よって………余が暗殺者なら一瞬だな」
全く、警戒心の無い顔。珍しい腑抜けた顔を眺める。
「ふふ、あんなに恐ろしいほど強い奴なのに寝る姿はかわいいもんだ」
何分間そうしていただろうか。余は顔を振り本来の目的を思い出す。
「い、いかん!! というか何故見とれるんだ‼」
勇者の頭に手を乗せる。夢魔は淫らな夢を見せる事が出来るため夢を操るのは得意。本能でどうすればいいかを知っている。姿を変える事も理解できた。
「お前が悪いんだ。何も言わないお前が」
アクアマリンを触れていない方の手を握り締め、胸に当てる。そしてゆっくり目を閉じて夢に入った。
*
「ん………ここは?」
四角い部屋、本棚が沢山あり。机の上には自分が大好きな童話が開いている。
赤い豪華な天井つきベット。
窓から日の光が、差し込んでいる。
「……………あれ?」
見たことある。場所。
布団から立ち上がり、窓の外を見る。
魔国の城下町が目に飛び込む。
「………えっ?」
トントン
「ご飯をお持ちしました」
「あっ………うん」
いつものパンとシチュー。ダークエルフの衛兵の一人が準備をする。
「今日は外へ行きたいと泣かれないのですね。ネファリウスさま」
「あっ……え? 夢……だよね?」
「どうされました?」
「風の勇者とか、余が女になって………旅をする」
「ははは、面白い夢ですね!! ああ、その童話ですか? 面白い夢だったんでしょう。それでは失礼します」
ガチャン。カチャ
鍵を閉められる音。何度も聞いた音。
「えっ………夢………え?」
鏡を見ると男の子だ。しだいに視界がボヤける。
「いや………いや………」
あの日々は幻想だったなんて……嫌だ。嘘だ。
目に涙が浮かべる。
また、狭い世界で時が過ぎる。
「お願い……夢だって言ってえええええ!!」
「おい‼ 起きろネフィア!!」
*
「おい!! 起きろネフィア!!」
「!?」
目を開け、飛び起きる。目頭が熱く、目の前が涙で見えない。勇者に覆い被さってる。
「どうした!? すすり泣いた声が聞こえてビックリして起きたら………」
「はは………なんだ。夢だ。うぅうううう」
「あ~お前。大丈夫。悪夢は去った」
「ひっく……そうだな………うん」
勇者が頭を撫でてくれる。優しく。すごく大きく暖かい手。女になって泣き虫になった。でも我慢しようとしても我慢できない。落ち着くのに時間がかかる。
「お前、俺の夢を見ようとしただろ?」
「な、なぜそれを!?」
「頭に呪文かけて寝てたんだ。夢魔だから覗かれるのが嫌だからな。だけど、すまない。悪気があったわけじゃないんだ。本当にすまない。こんなに……悲しい想いをさせるつもりじゃなかったんだ」
「………すん」
「ああええっと!! 何でもするから!! 何でも!!」
「……………じゃぁ教えてよ!! 『私』に!! なんでこんなことするようになった過去を!! ネフィアって誰!! ねぇ!! 『彼女』って誰!!」
「………ああぁ……ええっと………」
「…………もういい。寝る。バカ。でもチャラにしてあげる。ありがとう………バカ」
自分は二段ベットにあがって布団にくるまった。怒りと感謝を混ぜた感情がぐるぐるする。そして次第に眠くなり、でも今度は安心して夢を見れそうな気がした。
慣れと心の余裕も生まれ、そういえば自分は勇者のことを何もわかってないことに気がつく。
臣下の事を一切知らないのは如何なものかと思い。期を見て話しかけようと考える。考えるのだが。「どうやって声をかければいいんだ?」と悶々と悩んでいる。
勇者は今、昼食の豚の腸詰めを焼いてくれていた。これをパンに挟むと美味しい。いや、今は関係ない話だ。自分から声をかける。意識してやったことがない。気恥ずかしさでどうすればいいかわからない。
「なんだろこの。声をかけるのに躊躇する気分は……………あああ!! まどろこっしい!!」
だから、勢いよく自分は勇者の頭を叩いた。勢いでなんとかしようとする。
バシッ!!
「いたい………ん? なにか気になる事があった? ごめんな」
いつもいつも叩いている気がするが今日は申し訳なくなる。意味もなく叩くのだ。怒って当然だろうが勇者は笑うだけ。勇者は謝るだけ。とにかく優しくされる。まるで姫様のように。
「す、すまん。ネフィアが話しかけようと思ったんだけど。ど、どうしたらいいかわからなくて………叩いた。ごめん。痛かったか?」
「大丈夫。それより話がしたいのか? いきなり、かわいい言い訳で不意打ち過ぎるんだか!?」
「かわいいと言うなキモい。そうそう、第二人格の『ネフィア』が会話をしたい。現に自分はお前の事を知らなすぎる。一緒に旅をするのだから最低限知ってないとダメだろうと思う」
恥ずかしいのでへんな言い訳を言う。別人格に擦り付ける。今はもう、ネファリウスとは別人と思うことにした。勇者が天井を見上げて考える。
「なるほど。一理あるから食後でいいな」
「ああ!! もちろん!!」
「……なんで、こんなに可愛くなったんだろうな………笑うようになったからか」
「あほ、かわいいと言うなと言っただろうが」
*
食後、紅茶を貰い。一口すする。あつくて「フーフー」とする。
「で、そろそろ話してもいいかな?」
勇者が肘をつきながら話を始める。
「いままで、あまり話してこなかったけど。信用に足る存在って思ってくれるなら話そう」
「思うさ、現に行動で示している。それに余はお前しか頼れないようだ」
庇う瞬間の背中は大きかった。安心出来る背中だった。間違いない。余の剣である。
「じゃぁ秘密にしていた事を色々話すよ。黒騎士団長も知らないことや知っているが内容は知らないことを」
「お、おう………何故、いままで秘密に?」
「ネフィア、お前。話すだろ?」
「バカ言うな‼ 余は口が固い元魔王ぞ!!」
「エルミア嬢は知っている」
「………はい、ネフィアは口が軽い奴でした」
そうだった。簡単に言ってしまったんだ。金に目が眩んで。しかも、お金もくれなかったなエルミアは。
「俺は黒騎士団の魔法使いだ」
「水の魔法使いだな。この前に水を出してただろ?」
空だったコップに水を生み出したのはこいつだ。
「ああ、あれかぁ。軽く水魔法に触れているけど厳密には風の魔法で応用だな。俺の得意分野は風の魔法使いだ」
「風の魔法使い? また珍妙な属性を選んだな。聞いたことがない。風を操るのか?」
「そうそう」
「なんか………弱そう。いや、あまり皆が修練しない属性だな」
水の魔法使いや炎を操る魔法使いの方が格好いい事は知っている。自分も炎の魔法が扱える様になったので炎の魔法使いだが。「俺は風の魔法使い!!」と胸張って威張っても………パッとしない気がする。イメージしにくいのだ。
「バカにしてくれていい。俺には剣と技術があるから。大丈夫さ………侮ってくれて」
「…………お前、また余を騙すか?」
ハッタリ。余は少し残念そうにし、悲しい顔を演じる。
「自分はまだ………信じて貰えてないんだな……」
落胆し、チラッとして勇者を眺める。すぐに口を割った。
「ごめん……悪かった。言う言う!! 風の魔法を選んだのは色々な事が出来て便利なんだ。補助的な物なら最高だし……あとは……」
勇者が慌てて言い直す。焦った姿が何故か可愛く見えて口元が緩んでいる自分がいた。面白い。ネフィアを演じるのも。
「あまり、誉められた強さじゃないが暗殺が得意なんだ」
「えっ? 暗殺?」
「そうだ。風の魔法は隠密に向いているし人探しも出来る。盗み聴く事もでき、物音を立てず忍び寄って急所を刺すことが出来る。野営でも便利であり生活する上で楽なんだ。隠密出来なければ魔王の玉座なんて無理だ。まぁ皆、逃げてたがな」
「とことん勇者らしくないな………まぁなんとなく便利な道具みたいな魔法と言う解釈で問題ない?」
「問題ない。だから旅するときは隠密は得意だから、何かあれば言ってくれ。窃盗も得意だな」
「ますます、自分の勇者像から遠退いてくんだけど?」
引きこもっていた中で読んだ。物語りは魔族の勇者が王国の王様を仲間と共に冒険し討ち取る物語だった。そんな汚い手を使う奴なんて思いもしない。
「読んだ本は確か……人間の本だったのだが……」
読んだ本は人間が魔族になっている写本だと知ってはいた。いつの世も、魔王は神かがった力の勇者に倒されるらしい。それでも面白い本なので内容を切り替えたのだろう。種族を変えて、種族を虐げて。
「勇者では無い………ただのネフィアの配下だ」
「それも、そうか………お前は余を倒してないからな」
「まぁな」
「まぁ、他に呼ぶこともないから勇者でいいな」
「…………あまり好きじゃない。その呼び方。魔王を倒す者の称号だから」
「まぁ倒せそうだからいいじゃないか。細かいことは気のするな。変な所に細かいな?」
「自分でも思うよ。他に聞きたいことは?」
「ない。一緒に長い道のりの途中で聞いてくさ」
勇者とは長い冒険になりそう。そんな予感がする。
*
帝国の中心に立つ城。皇帝陛下の城下町に威光を示す建物。その一室に姫である私は伺う。殺してほしい女の相談をするために。
「お兄様、入ります」
一言、中に居る筈の兄に伝え。扉を開けた。貴族の制服に身を包んだラスティ皇子が紅茶を啜っていた。
「妹君か………なんだい?」
「お兄様とお話がしたいと思い。お伺いしました。今日はお暇なのですね」
「ああ、そうだね………傷心さ」
「ふふふ、フラられたのですね。お店の給仕に」
「冒険者だから無理だってね………はぁ………お金で雇えば大丈夫かな………綺麗な人」
お兄様は「ネフィア」と言う女性に振られたのを知ったのはここ最近だった。今だに諦めがついていないのも聞いている。残念なことに給仕の仕事は辞めたらしい。運が良いことだ。狙いにくい。
「お兄様、私も実は好きな人がいるのですよ………」
「妹君もかい? 庶民を好きになったのは?」
「はい。庶民の中にも宝石の原石はございますでしょう? 政略結婚でも良いですが………側室は自分の好みがいいでしょう」
側室じゃない。勇者トキヤは正室にさせる。彼を私の物にしたい。彼の子を王にも出来ると踏んでいる。
「全く、その通りだ。何処の令嬢より綺麗な人が居るんだ。好きになっても仕方がない」
「そこでです、お兄様。ネフィア殿の近くにいる冒険者をご存知ですか?」
「ああ、彼か。同じ冒険者仲間だろう。羨ましいな」
「名前はトキヤ。孤児院出身の元黒騎士です。黒騎士でも黒騎士団長が一目置く、逸材ですね」
お兄様の顔が険しくなる。黒騎士は帝国では実力者としての側面と盗賊ギルドの様な陰に隠れた者たちであり、何をしているか全貌を知っているのは限られた人たちだろう。事件に黒騎士と付くと途端に何もかもが怪しくなる。
「元黒騎士………だと?」
「はい。私が黒騎士団に視察に行ったとき。決闘をした相手です。手加減してもらい私が勝たせてもらいました。そのときに知り合ってます。勇者の部隊に配属なる少し前ですね」
あれから何度も遊びに誘ったし、色々と手を出したがあまりいい感触はなかった。理由は「女がいる」て言うのだからわからないわけではない。庶民ほど、こだわる。
「………何故。黒騎士団が。いや、勇者部隊………精鋭」
多額なお金を払う事を約束した勇者部隊。精鋭と冒険者を集め。魔国に魔王暗殺の任を行う者たち。9割は帰ってこないが脱落し帰ってきた1割のお陰で魔国の内情がわかるようになった。魔王を倒せると信じてないので威力偵察が主な任務で、冒険者に扮して情報収集をするスパイとも言える。
「怪しいですね、あの女。お兄さん」
「黒騎士。勇者部隊の生き残り………彼が護衛する人物だとしっくりくる。彼女は令嬢より綺麗だ。絶対、何処かの姫君で間違いない」
「そうですね、同じ意見です。ネフィアは偽名でしょう。私の知人に調べさせます。それとどうでしょうか?手を組みませんか?」
「見えてきた。妹君は元黒騎士の彼が欲しい。自分はネフィアと言う姫君が欲しい。違うかね?」
「間違いありませんわ。お兄様」
「よし、わかった。手を組もう。令嬢なら正室にも出来る。有名な姫では無い小さい所の出だろう。帝国の圧力で我が嫁に出来る。妹君感謝するぞ」
「いえいえ、利が一致しただけです。それでは失礼します」
私は、踵を返し口元を歪ませる。喜ばしい。これできっと、後継者の一人のお兄様も始末できる。
*
「トレイン様」
魔国の仕事場兼自室の部屋で一人の亞人が現れる。婬魔の男性だ。姿形を変え、潜入を得意とする者。殺し損ねた魔王と同じ種族だ。悪魔族の中では下級の者である。
「なんだ? 族長たちが騒がしいか?」
魔国内を治める多種多様の族長を思い出す。あれらが従わず反旗を翻したのかと考えた。または、魔王保護して摂政として権力奪いに来たかと思う。
「いいえ、帝国に旅立った仲間から魔王を見つけたと報告が上がりました」
「見つけたか」
「一番始めの国で当たるとは運が良いことですね」
「まったくだ。族長たちは?」
「まだ、男として探っているのでしょう。見つけておりません」
「一番乗りか、族長に先を越されるな!! 四天王にもな!!」
「はい」
部下が一礼したのち、部屋を出る。彼に任せれば大丈夫だろう。暗殺が得意で雇った男なのだ。早々に悪い報告は上がって来ないだろう。
「まったく………ぬかった事がここまで大きな面倒事になるとは」
計画は失敗した。勇者に倒させ、自分が仇を取り勇者を倒せる者の名実と共に魔王の玉座に座り、一気に族長も従える筈だった。弱体化の薬で弱らせた魔王は倒されるか、薬で死ぬかどっちかだったのだが。何故か女になって逃げられた。
「せっかく、魔王の親族をチマチマと毒殺し。族長含めて暗殺して世襲性を潰し!! 族長達、四天王の一部を出し抜いて新しい魔王となる筈だった!!」
ドンッ!!
机を勢いよく叩きつける。監禁し、無能となった幼い子を魔王に上げたのに水の泡だ。自分が監禁した子の血族を絶やさないための理由と魔王にしたいと言う噂も流し仇取りの理由を作ったのにも関わらず。全く違う結果になってしまった。
「そして、族長たちめ………魔王が居ないなら俺が魔王だと言い出しやがった。魔王の首を取った奴が魔王と抜かしやがって。四天王も同調するし………くっそくっそ………これも勇者が狂った変人だったのがいけない………魔王を連れ去るとは!!」
握りしめた鉛筆が折れる。腹の底から呪詛めいた言葉を吐き。魔王ネファリウスと勇者を呪う。狂わされた計画を思い起こして唇噛む。そのまま一呼吸を挟んで壁を見つめて、我が物になった黒い剣を眺める。
「まぁ、魔剣はここにある」
魔王以外が持てば剣が吹き飛んで離れる。そのため無理やりに紐で引っ張てここに隠している。魔王の象徴。これが持てるようになるのは魔王が死んだとき、魔王から新魔王への譲渡だけである。剣を騙さないといけない。
「ふふふ、大丈夫。落ち着け…………この象徴があれば……まだ。魔王になれる。トップになれる!! この大きい国を全て我が物に出来る」
自分は椅子から立ち上がり隣にある寝室を覗く。寝室に飾られている魔王の象徴をもう一度眺めて笑みを溢した。いつか自分の物になるものに向かって叫ぶ。
「待っていろ剣よ。俺が必ず主になってやるからな」
最高の悪魔になってやる。
§
「買い物行ってくる。物が足りない」
変わった多くの物が入る箱の中に旅の支度をしている途中で足りない物がわかり勇者に声をかける。大体は勇者がすでに用意していた物の確認だけでありすぐに終わるものと考えていが、女の子に必要な「あれ」がない。
「買いに行くときに気を付けな………目立つからな、お前」
「大丈夫だ。エルミア・マクシミリアン様に剣の手解きをいただいたからな‼ 痛かったぜ」
木刀で力一杯殴られた。手加減は無しだ。最後の方でやっと防御出来たぐらい鋭い剣捌きだった。
女であそこまで力強くなれるのに驚いたものだが………マクシミリアン王の時より手加減してくれていた気がする。防御したとき、衝撃は重たくなかった。「何でだろうか?」と疑問に思いながらも感覚で何かを掴めそうな感じがする。
「で、何が足りないんだ? 用意してあったろ?」
勇者が何時でも出れるように用意してくれていたのを再度確認していたが。こいつは典型的な物しか用意しない。自分もこの身になって初めて苦労した物がない。そう、ある用品が足りない。
「お前は………デリカシーがない。まぁ無いものはない!!」
「おかしいなぁ……絶対用意したはずなのに」
勇者が悩む。こいつは要らないだろう。だが、悲しいが、泣きたくなるが、いやだが。生理用品がない悲し過ぎる。「ああ男に戻りたい」と声に出して悲しむ。
「なに買ってくるんだ?」
「秘密だバカ」
「おやつは三銅貨までな」
「わかったぞ」
「子供扱いしよって」と思いながら、生理は大人になるための成長である。それを理解して悶々しながら部屋を出た後、始めての生理を思い出す。
生理が始めてきたのは使用人の時。ドロッとした血が溢れ、布団に染みていった時は体が凍りついた。病気になったと勘違いしエルミアに相談したら笑われてしまい、無知を恥じた。そして、気を付けないといけないことも教えてもらった。子供が出来るというのはわかる。異種では出来ない事もあるだろうが、余は夢魔であるからこそ気を付けなければならない。
「はぁ………くっそ………早く男に戻りたい。孕むなぞ、気持ち悪い。気味が悪い」
想像できない。今まで男だった訳だからそんなもの。お腹に子なぞ。
「まぁ………あいつが襲って来ないのだから気にする必要はないな」
家を出る。そして、トボトボ歩き出した。路地から出た後、下着も買わないといけないことを思い出す。
「ああ、胸当て………買わないと」
サイズが間違っている。勇者が用意した奴は苦しいしすこしはみ出てしまう。あれもエルミアから聞いて始めてわかったことだった。
余はギルドのお店へ向かう。少しずつ、女性の体に理解をしていく自分が怖くなりつつあるが。悲しい事にこれが今の余だった。
「あいつか………」
「ん?」
何か、見られて「あいつか」と声が聞こえた気がして後ろを見る。しかし、誰もいない。「気のせいだったのだろうか?」と思う。
「気のせいか…………ああ、やだやだ。女って奴は」
面倒だ。本当に女の子は面倒だ。
*
買い物帰りの大通り。歩きながら愚痴を溢す。
「高い‼」
女性の下着等は高い。男物より数倍高い。ビックリする。かわいい物など関係なしに高い。
「へい!! そこの美人のお姉さん!! 果物買っていかない?」
「……………」
「おーい!! そこのお姉さん!!」
「ん?」
「そそ!! 君!!」
自分が声をかけられているのを自分で指を差し確認する。声をかけられる回数が多いのでもう気にしない。
「余か?」
「そうだよ!! なんか買っておくれ!! 美味しい果物だよ!! この林檎とかどうだい!!」
果物は好きだ。特に赤くて、小さい種が多く、柔らかくて、甘い果実が好きだ。腐るのが早く中々出回らないらしいが………ここでは珍しく小箱に入って売っている。値段はやはり高い。珍しいものだからだ。
「これ、好きなんだけど高いから………ごめんなさい。今、手持ちなくて」
「そうかい………残念だよ」
「………でも、やっぱり」
勇者も好きって言ってたな確か。なら………あいつに払わせよう。
「買います」
「ありがとう‼ 姉ちゃん!!」
少し痛い出費だが、大丈夫だろう。小さい木箱を貰い。そのまま両手で持って歩く。路地に入る。帰って食べるのを楽しみする。
人混みを避けそれなりの広さの道をうきうきしながら歩き。早く帰って二人で食べようと思っていた瞬間だった。
ザッ!!
路地の前方に男が二人横から現れ、道を塞がれた。
「…………」
踵を返し、来た道を戻ろうとした。しかし、後ろにも二人。道を塞いでくる。昔に脱走し捕まった時の事を思い出し、背筋が凍った。マスクで顔が隠した男らしき者達がゆっくり近付く。
「何者だ‼ 余になんのようだ!!」
荷物を置き、剣を抜く。刀身に炎がちらついた。
「これ以上近付くと切る!! 遠慮はしないぞ‼」
剣を両手で構えて、相手の出方を待つ。相手も腰につけた鞘から剣を抜いた。自分の剣より短い。リーチはないが路地では短い方が振りやすいだろう。
「一緒に来て頂きたいのですが?」
「ふん!! お前らは刺客か!! なら切るぞ!! 切るからな‼」
「まぁまぁ、お姉さんお話を!!」
「話すことなぞ………ない!!」
スタッ!!
後ろから音がし、振り返る。すぐ目の前にマスクの男が拳を固めているのが見えた。背後を取られる。
「5人目!?」
頬を力一杯の力で殴られる。頭が大きく揺れ、意識が一瞬飛ぶ。
そして考えた……5人目は家の屋根に潜伏し、機を窺っていたのだ。痛みが走り抜ける。
「くっそ!!」
油断した訳じゃない。とにかく、目の前のを倒さないといけない。
ガシッ!!
「あっがっ!?」
足を後ろから掴まれ引っ張られた、勢いよく地面に転げる。そこへ二人がのしかかり手などが拘束された。魔法を練ろうにも力が抜けて魔法も不発になる。拘束具が対魔法装備なのだ。
「諦めろ。魔封じのあーティファクトだ」
「放せ!! 余を誰だと思っておる!!」
「ただの冒険者。ネフィアと言うな」
「くっそ!! 誰の差し金だ!!」
「元気だな。少し黙ってもらおう」
「もごっ!?」
口に布を押し込まれた。そして、担がれ運ばれる。
どうするつもりかわからない。「また、部屋に閉じ込められるのだろうか」と昔を思い出す。そうなるとまたあの日と仝になり悲しくなってくる。また箱のなかに閉じ込められる。何故か勇者の顔が思い浮かぶ。「またか………また、余はどうして……普通の生き方ができないんだ。どうして、いつも、なにも出来ないんだ………」と防がれた口の中で悔しくて舌を噛んだ。
*
夕刻ごろ、ネフィアの帰りが遅く、気になり。ギルドに顔を出した。昼には買い物をすませ帰ったと聞く。
いつもの何処かに気紛れで遊んでいるのかも知れないと店仕舞いをしている店員に声をかけた。
「すまない。昼間に綺麗な金髪の女性が通らなかったか?」
「ああ、向かいの果物屋から買い物してたね。綺麗な娘だったから覚えてる」
「ありがとう、情報料だ」
銅貨を一枚渡す。当たりが早い。
「まいど」
次に向かい側のお店の店員に声をかけた。
「ここに、金髪な美少女が来なかったか?」
「ああ、苺を買ってくれたね。嬉しそうに両手で持って早く帰って食べると言ってたね~どうしたんだい?」
「帰ってこない。ありがとう………情報」
この店員にも銅貨1枚を渡す。
「………巻き込まれたか何かに。帰って来ない理由はなんだ? 準備出来しだい出発だから。早く準備を進めていたのにほったらかしで遊ぶか?」
一番外へ旅したがっているのはネフィアだ。用意が出来しだい首都から出る手筈だった。気になり、自分は路地裏に入る。人はいない事を確認し魔法を唱える。
「…………詠唱開始」
風の魔法を唱え、空中に緑の魔方陣を展開し、その上に乗って建物の上へ登る。
屋根に上がった後、風を強く感じれるこの場所で再度別の魔法を唱える。いくつかの緑の魔方陣が自分を包む。左目を閉じ、左目の瞼の裏に幾多の路地裏が写り込んだ。
「探知魔法で探すが、見つかるかな? 何処だ?」
風が大気が自分に情報を伝えた。膨大な情報と魔法の維持によって頭痛が起こる。時間をかければ脳が焼ききれてしまう。暗いため、暗視の魔法も唱え。微量な光でも判断できるようにした。
一つ、一つ、近場の路地裏を見る。そして、見つける。木箱と………ネフィアの炎の剣が落ちている。屋根からそこへ向かい。飛び降り、着地。周囲を見渡す。
「………剣を抜いている。しかし、血がない」
剣を拾い、眺める。心の底から黒い感情が溢れそうになった。次に木箱を拾うと中にはネフィアが好きな果実の苺が入っている。ドンピシャリだ。
「何処のどいつだ………拐った奴は………」
綺麗な女性は価値がある事は知っている。だけど油断した。人拐い。人身売買。奴隷。お金になる事を気にしてなかった。目立つのに。売春宿でも売られてしまう。
「探知………風は動いていない残り香があれば…………いい」
もう一度、屋根へ上がる。そこで、大きく息を吸い魔法を唱えた。緑の魔方陣が何枚も重なった。頭痛が起こるが噛み潰す。デメリットの吐き気なぞは気のせいだとして噛み潰す。全て小事として、脳が壊れるまで酷使しようと思う。
「俺が潰れるか先か……………見つけるか先か…………」
風で探索する魔法で全ての会話を風で拾い自分に伝えたものを吟味し糸口を見つけようと考える。何万の会話を、一人の人間が処理をする。自分は口を押さえる。歪んだ口を歪む。怒りで歪む。
「絶対、護ってみせる。何があっても」
*
お城の一角。私は自室の寝室で報告を待つ。
トントン
「入れ」
「はい、姫様。捕まえました!!」
一人の冒険者が入ってくる。彼は満面の笑みで報告する。しかし、その様相も姿も雰囲気も作り物だ。本性は盗賊。お金が貰えるならなんだってする。偽りながら。
「お仕事が早くてよろしいですね。では、そこの金袋でも持っていきなさい」
「ありがとうございます。皇子にもお伝えしました」
「御苦労様。お兄様もきっとお喜びになるわ」
「いやーいつもいつも、ありがとうございます‼ 姫様!!」
袋を担ぎ上げ、部屋から去っていく。その姿を見ながら笑いながら窓の外に声をかける。
「聞きまして?」
「はい、姫様」
「では、お願いしますわ。お給料は今さっきの金袋と同じよ。後払い」
「はい………畏まりました」
「後で、黒騎士と一緒に視察するわ」
窓の外から気配が消えた。仕事を始めようとするのだろう。
「三途の川のお駄賃は如何なものなのかしら? ふふふふ………ネフィアさん」
ベランダから出たあと夜風に触れる。眼下を見下ろしながら今夜はぐっすり眠れそうだと思うのだった。報告はきっと女の子の亡骸を楽しみにして。
*
「はぁ、いい女だったなぁ」
「確かにな。勿体ないが皇子の物だ」
「気が強そうだけどベットの上じゃぁな。男が上さ」
裏通りの酒場。表と違い、騒がしいのが好きじゃない人が集まる。酒場とは商談や冒険者ギルド以外の依頼などを交換しあう場所でもある。裏には隠し通路があり、世界の裏側を見ることが出来る。黒い暗い、お金で安全を買う場所。カウンターに座る二人の男性の隣に……俺は座った。
「綺麗な子が居るの? 紹介してよ」
「盗み聞きはよくねぇなぁ。残念だ、先客がいる」
「そっか、金髪で切れ長の目であり。少し気が強い冒険者の女の子」
「………いったい誰だ? 顔がローブで見えねぇ」
「名前はネフィアって言うんだったかな?」
「お前、誰だ………何のようだ」
「何処へやった彼女を………」
「誰が喋ると思って!!」
ドシュッ
「アガアアアアアアアアア!!」
カウンターに置いている手に勢いよくナイフを突き刺しカウンターに縫い合わせる。抜けないように強く、縫い付けるように差し込んだ。
「なにしてんだぁあああ!! お前!!」
もう一人が立ち上がり剣を抜く。
自分も立ち上がり。長い間、使い続けたツヴァイハンダーを片手で掴んだ。周りの客の一部も各々が武器を持ち、様子を伺っている。
一般人らしい者は酒場から逃げていった。いるのは手練れのみ。
カウンターにナイフを縫い合わされた男がナイフを抜こうとするが抜けないのを尻目に覚悟する。
「何者だお前は!!」
「何者かだって?」
俺はフードを外し、言い放つ。
「答える愚かな者はいないだろう。バカが」
言葉を発すると同時に目の前の男に斬りかかる。剣で防御をしようとする剣よりも先に。頭から下半身を大剣が通り抜ける。遅い動きに腕の差を感じさせた。
ある程度、反り血は風で防げる。だが、少しは頬についてしまう。それを拭い。全員の様子を伺った。
「やろぉ!! ここが盗賊ギルドだって知っての………」
叫ぶ人に指を差し、即席魔法を唱えた。声を奪い静かになる。
「黙ってろ」
「…………!?」
皆が、驚きながらも自分を囲んでいく。魔法を唱える者も居るが即席魔法以外は今は唱える事が出来ないだろう。音が響かないのだから。そして、俺は囲んでいく者たちに斬りかかる。斬りかかった結果……肉体が二つになる者や。首だけ落ちる者。
二人いっぺんに横の切り払い真っ二つにしたり。叩き潰し、原型がなくなる者。一人一人、恐怖に顔を歪ませるのを眺めた。懐かしい感覚。黒騎士だった時を思い出すほど戦災な現場となる。
何人かを斬り伏せた後。誰も向かって来ようとせずに逃げようとする者が現れる。その逃げる背を突き刺し、それを壁に投げつけ。また生きている者を背中から斬って行く。
床がヌルッとした赤いカーペットを敷くように壁は激しい剣の爪痕が残る。
酒場の上へ逃げようとする者と出口から逃げようとするものが、逃げないように前もって魔方陣で壁を作り。逃げられずに泣き叫び、自分はそれを剣で黙らせた。
命乞いをするものは魔法を唱えて呼吸を封じ、首を掴みながら苦しく悶え、動かなくさせた。
気付けば、手や足は血まみれになり。床には糸や細いもの、踏みつけたら柔らかい物で溢れる。
「はぁ~けほ……むせるな」
鉄臭い匂い。むせる。終わってゆっくりと深呼吸してため息を吐いた。
自分は最初にカウンターでナイフを突き刺し、身動きが取れない男に近付く。手に刺しただけでは逃げられるだろうから固定しなおして問いかける。ゆっくり、近付いて笑顔で問いかける。
「さぁ、隠した所は? 地下か?」
「ひぃひいい……神様お願いします。お助けをお助けを………神様………お助けを!!」
伏せている顔を横から覗く。
「かみさまぁ? 残念。あのくそったれ人間贔屓の女神はお前を助けてはくれなかった。言え」
誰のかわからないナイフを拾い。もう片方の手を掴みカウンターに乗せる。抵抗するが力が弱いためカウンターに簡単に乗った。
「うわああああああ!! お願い!! 助け!! 助け!!!」
その手にもナイフを刺し込んだ。男が泣き叫び、絶叫する。そして、何も言わないので仕方がないので仲間の元へ送って差し上げた。頭をカウンターに叩きつけて潰し静かになる。
「探知……風で声を拾えば……」
「上で何かがあった!!」
「どうする!? 鍵閉めようぜ!!」
地下へ降りる扉が酒場の裏にあるようだ。声が聞こえた。
*
「んぐ………んんん」
どれだけ時間が経っただろうか………もがいて疲れきってしまった。
「姉ちゃん元気だな。温存しとけよ!! 王子様が来るからな!! しっかりご奉仕出来る様に」
下卑た笑い声が部屋に響く。カンテラだけで灯された部屋は薄暗らい。湿気があり、じめっとした空気が肌にまとわりつく。床や壁は黄色く変色した点がいくつもあり、汚れている。しかしベットの上は白い綺麗なシーツが被せてあった。ベットだけは。
ガシャアアアン!!
「ぎゃあああああ!!」
部屋の外から叫び声がする。悲痛な声が木霊する。
「なんだ!?」
男が椅子から立ち上がり、木の扉の前へ。耳を立て、伺ったあと。剣を引き抜き。勢いよく部屋から出て行った。少しして悲鳴がまた響く。
逃げろ、助けて等の声も部屋の中まで聞こえた。「な、何が起こってる? だ、誰か来る!?」と思いびっくりする。足音が床を伝って耳元に届ける。金属を引きずる音。
扉のドアをゆっくりと開ける。自分は震えた。何者かが襲撃している。何も出来ない。殺されるかもしれない可能性に身が固まる。体を強張らせて目を閉じる。「怖い」と感じて、身震いもした。
キィイ
木の軋む音。そして………誰かが入ってくる。
「迎えに来た。ネフィア………すまない遅くなって」
自分はその声に目を見開き、顔を扉の方に向ける。血水泥の勇者が立っていた。強張った体が弛緩する。勇者が近付き血生臭い剣を置いて拘束具を触る。
「今、外す」
縄と腕輪を外してもらい、体が自由になる。勇者が手を差し伸べてくれた。それを掴むと力を強く引っ張られた。
ギュゥ
抱き締められてしまった。すこし、ヌメッとする。
「よかった。無事なようで………よかった」
「………うん。バカ、遅かったじゃないか………すごく………すごく。怖かったんだぞ、ひっく……」
何故だろう、瞳からこぼれだした涙が止まらない。何故だろう、今さっきの恐怖が嘘のように消えて安心している。
「油断した。すまない」
自分は泣き止むまでずっと勇者に抱き付いていた。泣き止み、勇者から離れた後に顔を抑える。今度は落ち着いた時に恥ずかしさが込み上げる。「今、何をやっていた? 僕は?」と自問自答する。
「落ち着いたか。なら早く出よう………騒ぎになってるから逃げないと」
「…………わ、わかった」
勇者の背中を追いかける。壁にかけてあるカンテラを奪い通路を照らした。付いていく先に進めば進むほど。血の匂いが濃くなる。
「うぐぅ………」
暗がりの中で、黒赤い物が紐のような物を地面に広げている。
「うぷっ………勇者………」
「慣れてないだろ。あまり見るんじゃない」
「これ、全部お前が?」
「…………ああ」
遅れて勇者が返事をする。
「怖くなかったのか?」
「怖いか………がむしゃらに戦ったからわかんない。もっと多くの人に囲まれた事がある」
何か言うべきかもしれないが何も言葉が浮かんでこない。黙ったまま自分達は通路を歩き階段を上がった。
「うっ!?」
上がった瞬間、もっとひどい臭いがする。ムワッとする濃い血の臭いが充満していた。口の中まで血に染まったかのような錯覚。舌に鉄の味がする気がした。恐る恐る、前へ進むと惨劇がそこにあった。
「お、おえええ………」
なにも食べていなかった。胃液だけが紅い床を濡らす。
「ネフィア、大丈夫か? 今は慣れろとしか言えないが。この先もこんなことはあるだろうな」
「はぁはぁ………うん。わかった………そうだ。そうなんだ………自分が知らないだけで魔物に滅ばされた都市や戦場は………こんなのなんだ。うん……大丈夫。余は大丈夫。これが……外の世界なんだ」
言い聞かせる。この先も刺客とこんな事になる筈。今さら、ショックを受けるなんて馬鹿馬鹿しい。余は元魔王だ。真っ直ぐ惨劇を見つめる。殺し合いの世界なんだここは。
「お前を知っている者は全て口封じた。時間が稼げればいいが。本当に大丈夫か?」
「………ああ、もし同じことがあったらもう一度同じことを?」
「もちろん、何度だってやる」
「そっか………なら、かわいそうだから捕まれないな」
「………そうだな。ネフィア」
「ん? お、おい!!」
勇者が自分を担ぎ上げる。
「こら!! 下ろせ!!」
「汚れるだろ?」
「女扱いするな‼ お前も汚れてるだろ!!」
「大丈夫、沼を過ぎたら下ろすから」
勇者は言った通り酒場の入り口で下ろす。
「さぁ、帰って寝よう………今日は疲れた」
「本当に疲れたな………」
二人で血を拭い、その後、惨劇を後にする。逃げるように家に向かった。
§
夜、眠れない。目を閉じれば血塗れの惨劇が目に浮かぶ。
「はぁ………キツい」
初めて、初めて外の世界の暗いところを見た気がする。
コツコツ………
「ん?」
廊下から足音がする。勇者だろう、いや、この家には勇者しかいない。扉を少し開け確認すると3階へ向かって行く背中が見えた。少し上が気になりこっそり付いていく。3階に上がるとまた奧に梯子があり勇者が上がっていく、3階の廊下から入る部屋は鍵がかかっており寝室ではないようだ。
「ここが寝室じゃない? 部屋があるのは知ってたけど。どれだけ自分はアイツを知らないんだ。知らなすぎではないか?」
今まで3階以上に来たことがなかった。梯子を上がって確認すると上がった先は三角形の部屋であり、屋根裏だとわかる。
覗いた先にはベットと諸々の家具。どうやら勇者の寝室は屋根の裏らしい。月明かりが窓から部屋を照らし、屋根の上へ行ける窓が開け放たれている。勇者は今、屋上に居るのだろう。
自分も窓の外へ出るための梯子を登った。顔を出すと勇者が上を向いて夜空を見ている。雲ひとつ無い夜空をただ見つめていた。
その横顔は悲壮感ではなく勇敢な表情だった。そう、真っ直ぐ夜空を見ていた。強い視線を空に向けている。あんな事があっても揺らがないだろう強さを見せる。
トクンッ
「!?」
胸の辺りで跳ねる音が聞こえた。「いったいなに?」と胸を当てた。
「ん? ああ、どうした?」
少し、驚いて小さい音をたててしまったらしい。勇者に気付かれた。髪が夜風で靡く中で屋根に上がってみる。
「眠れない。その中でおまえが上がるのが見えた。何をやってる?」
「風を感じている。そろそろ、夏になるなって思ってさ。春の風は終わるんだなって」
「…………呑気だな」
「まぁ、その~すまない。こんな奴なんだ俺は。同情は出来るが割り切ってるんだ」
申し訳なさそうに勇者が喋る。きっと惨劇の話だろう。
「いや、それが正しい。割り切ってないといけない自分が幼いだけなんだ」
気付かされる。無知なのを全て。壁の外なんかもっと酷いだろう。魔物が蔓延る世界なんだから。
「ネフィア、落ち込んでないで上を見上げろ」
「上を?」
勇者が笑う。見上げた先は夜空。
「夜空が好きなんだ俺は。魔国も、帝国もこの空は変わらないからな。どこに行ったって月はあるんだ」
「…………そんなこと考えたことが無かったな」
「魔国の空はどうだった? 俺は好きだけど?」
「どうだろう。あんまり好んで見てなかったな」
いつも、窓の中から見ても何も思わなかった。代わり映えのしない夜空だって思っていた。
「ふーん、じゃぁ………少し良いものを見せてあげよう」
勇者が手を空にかざす。手の前に緑に輝く魔方陣が生まれ。魔力が高まる。そして気付けば周りの人の生活する灯りと月明かりが消える。
しかし、まったく暗くなかった。
「綺麗………」
自分は声が漏れる。空一面に星が見える。数える事なんて出来ない。頭の上に幾多の星が輝き、世界を照らしている。川のように広がる星に言葉がでない。
「星の明かりは小さい。だから他の灯りと月明かりを消し、星の明かりを増幅させる。すると凄く綺麗なんだ」
「これが風の魔法………綺麗なんだ」
「そう、風の魔法使いだけの世界だ」
「なんだ、お前。他にしっかりできるじゃないか」
「そうだったな。はは、何が出来るか把握できてないな」
勇者の隣で座って星を見続ける。少しした後、眠気が来たので寝室へ戻った。
目を閉じれば星の海が目に浮かび。いつの間にか朝が来てるのだった。
★
昼まで寝ていた様だ。お腹が空き、食事をしに1階へ降りようとした。
ドンッ!!
見えない壁に阻まれて1階へ降りれない。勇者が壁を作っているのかも。魔法壁。空気壁と言う空気を固定させる魔法だろう。
「な、なに?」
「ネフィア起きたか? すまない来客中だ」
「来客中? いったい誰?」
耳を澄ませて1階の様子を探る。聞いたことのある声だ。
「トキヤ。今から色々聞こうと思っている。これも用意した」
「あ………真実のベル。国が持ってるアーティファクトじゃないですか黒騎士団長殿」
「そうだ。わざわざ………取ってきた。お前のために」
「嬉しいことで」
声を聞いてわかった。黒騎士団長がいる。自分は息を潜め会話を聞くことにする。
「ネフィア、気を付けろ……」
「わかった……静かにする」
私は注意されたので息を潜めた。
*
黒騎士団長直々の訪問に自分は背筋が冷える。昨日、盗賊ギルドを雇ったのは黒騎士団長かもしれないと思っている。ネフィアを拐った張本人だと。どこでバレたかも確認する。
「でっなんですか?」
「昨日、盗賊ギルドの一つが壊滅した。黒騎士団が攻め入った。誰一人生きて居なかった」
「それで?」
「大剣を持った男が一人で暴れたことは、逃げた者に聞き出した。そういうことだ。昨日、お前は何処に居た?」
「まどろっこしいのはやめましょう。盗賊ギルド潰しました。相方が拐われましてね……」
「…………ふむ。鳴らないな。嘘ではない」
アーティファクトを黒騎士団長が眺める。音が鳴れば嘘なのだ。
「そうか、今、皇子は牢だ」
「皇子は牢? どう言うことだ? 皇子? どこの誰?」
思い出す王室後継者は最近出会ったナンパ野郎しか思い出せない。多すぎるのだ。
「今回、盗賊ギルドを潰したのは我が黒騎士団になっている。そして、盗賊ギルドの近くで取引していた皇子を拘束」
黒騎士団長が雇った訳ではない。皇子が雇った。酒場の皇子と名乗ったアホをもう一回、思い出す。皇子なら身分は隠すべきだが名乗ったアホである。親友の国外追放者のランスと言う友人も隠してないが隠さなくてもいいほどに強い。弱いくせに喋るのは拐ってくれと言ってるようなもんだ。
「取引?」
「人身の拉致だ。君の相方だったか? 皇子が近付いたのは?」
「はい。酒場で」
「言質は取った。皇子は黒だな」
「それだけですか? 自分に聞きたいのは?」
「いいや……煙草はいいかね?」
「いいですよ」
灰皿の変わりに木の皿を持ってくる。黒騎士団長は煙草に火をつけて大きく息を吸い込んで吐き出す。
「はぁ……姫様から情報があった。拐われているのを見たとな」
「……見た?」
「そうだ。うまく行きすぎている。全てが。皇子は嵌められたと叫んでいるしな。さぁ皇子が消えたら嬉しい奴は多い。姫様もな」
「姫様が? 王位継承権があるのか?」
細かく言うとある剣を抜けば王位継承者であるが……それでは他が面白くないため。色々とある。
「ある。秘密裏だが全て姫様一人の仕業だ。他の盗賊ギルドもお前の後に入ったらしいな。お金が荒らされた形跡がある。段取り通りだな姫様の」
「あいつを連れ去ったのは姫様かよ………」
皇子は違う様で姫様が両方を雇ったらしい。もしかして、あのときに俺がネフィアに色目を使ったのを察したのだろう。恐ろしい女って言うのは感じ取っていたが、ここまでとは思わなかった。姫様と言う身分じゃ無ければ噛み殺してやったのに。歯がゆい。
「釘を刺しに来た。これが用件だ。姫様を殺ろうとするなよ」
「まさか!! そんなことするわけ無いでしょう‼」
悔しいが出来ない。復讐はやる意味がない。
「………鳴らない。わかった信じよう」
来た理由が見えた。黒騎士団長は姫様を庇う。俺が姫様の仕業と嗅いでいると思っていたのだろうがそこまでは俺もわからなかった。風の探知もネフィアと言う言葉だけを探したのでこの方法では姫が犯人とわかりようがない。
「本件は終わりだ。安心したまえ、他になにもない。そうそう。ネフィアさんだったかな? 彼女は何処かの令嬢かな?」
自分は即効魔法を唱えた。音奪い。どんな音も振動させず伝えない。
「いいえ、ただの冒険者です」
リン、ゴーン!!
鐘が鳴ったが俺は音を伝えない。本当に危ない。
「鳴らない。そうか………にしても怪しいな」
気付く魔王とはバレてない。しかし、ヤバイ事に黒騎士団長が嗅いで来やがった。一瞬油断しそうになったが持ち直した。鐘の音を消し去って無ければ危なかった。
「いやいや、姫様がね。知りたがってるだ。ネフィアさんの事を。そして姫様の言い分で目から鱗が落ちたよ。気付かなかったよ」
「ははは、何処にでもいる女の子ですよ。拾ったんです」
「そうか? まぁ聞け………」
黒騎士団長の冷たい視線が自分に向けられる。
「俺の意見はお前がそこまでする理由はなんだ? 盗賊ギルドを壊滅させる理由。壊滅させるのは口封じだろう。死人に口無しだ。姫様に言われた。元黒騎士のトキヤと言う護衛をつけるほどの人物はいったい誰かとな」
姫様余計なことを。いや、好意が邪魔だ。
「安全を確保するのが重要です。そこまでやる理由ですか? 黒騎士団長には絶対にわかりませんよ」
わからないだろう。一途の騎士の意地と言うものは。
「確かに近すぎてわからなかった。さぁ言え……奴はいったい誰だ。お前が護るほどの人物はいったい誰か」
「いや、わかってない」
俺は笑みを向けた。正直に答えてやろうと思うから。
▼
隠れながら会話を聞いていると流れが変わったのに気付く。黒いねっとりした声が廊下に響く。絡みつくように。肌に言葉がうねる。
「俺の意見はお前がそこまでする理由はなんだ? 盗賊ギルドを壊滅させる理由。壊滅させるのは口封じだろう。死人に口無しだ。姫様に言われた。トキヤと言う護衛をつけるほどの人物はいったい誰かとな」
「安全を確保するのが重要です。そこまでやる理由ですか? 黒騎士団長にはわかりませんよ」
「確かに、近すぎてわからなかった。さぁ言え……奴はいったい誰だ。お前が護るほどの人物はいったい誰か」
「いや、わかってない」
自分は恐ろしくなる。余の事が気づかれたかもしれない会話に心臓がキュッと萎んだ気がした。騎士団長の目の前のにいる勇者はもっと圧力があるんじゃないかと思う。尋問だこれは。
「わかってない? 誰かわからないのか?」
「いいや、何故そこまでする理由がわかってない騎士団長殿。あなたはわからない」
「では、教えてもらおうか………」
少し、静かになる。沈黙。聞き耳を立てる。「どうやって乗り切るのだろうか?」と気になる。
「俺は彼女に惚れている。それ以上それ以下の話はない!!」
「ひゃう!?」
ビックリして声をあげてしまう。慌てて口を抑える。耳や顔が熱くなる。何故かすごく恥ずかしい。いきなり予想外のやり方に血が熱くなる。燃えそうに血がわく。目に火が見える。
「………そうだったな。感情が抜けていた」
「騎士団長や姫様は損得で物事を測る癖がある。だから気付かない。マクシミリアンの時もそうだ」
「その通りだ。わかった納得した。惚れた女の子を護るんだろう。精々不幸になれ」
玄関の扉を閉める音が聞こえた。たまらず勇者の元へ行く。勇者は机に屈服して、唸っていた。
「はぁあああああ、ネフィア………緊張でごっつい、疲れたわ……」
「そそそっか!!」
「聞いてたか? 聞いてたよなぁ……」
「い、いいや!! 部屋でビクビクしていたんだ‼」
「ああ、安心していい。一難、去った」
「よかったよかった……」
「だが支度をしてすぐに出る。黒騎士、姫様が嗅いで来やがる。逃げるぞ」
勇者は立ち上がって自分を見た後。支度を始める。余は何も追及できずそのまま流されたのだった。
*
支度が終わり自分は鞄を背負う。勇者も鞄を背負い玄関の扉の前に体をつける。
「偵察………2、3人か」
「いったい何を?」
勇者の右目に魔方陣が浮かぶ。そこに景色が写るのだろう。
「風の魔法で外を覗いている。団長が雇った監視員が3人居る。屋上の屋根は何故かバリスタのスナイパーが構えていて吃驚した」
「風の魔法は便利だなぁ。どうする? どうやって逃げるんだ?」
「静かに逃げる。玄関を開けたら黙ってついてこい。行くぞ」
首を上げ下げして肯定を表した。
キィイイ
勇者が玄関を開け自分が出た瞬間ゆっくり閉める。そして、歩き出し黙ってついていったが人がいて驚く。
「!?」
そして監視を行っている人と目があった。しかし、何もなく彼はまた違う方向を向く。
「????」
絶対に見られた筈なのにわからない。ついて行った先で勇者が制止を促す。
「よし、喋っていい。今から馬を貰う」
「おい!! 今さっき見られたぞ!! どうして何もないんだ!?」
「ああ、あれか。風の魔法で姿を消したんだ。幻惑だな。姿を消した。光をいじっただけだけどな」
「そんなことも出来るのか!?」
「暗殺が得意って言った。専門じゃないが、どの属性よりヤバいからな」
「それは………姿を消すことが出来るとは普通は考えないぞ」
「そうだよな、まぁ少しだけなら惑わせる事が出来る。まぁ詳しい話は後だ。フードを被れ、目立つからな」
フードを深く被る。勇者が向かった先は色々な色を持つ馬が飼育されている場所だった。馬舎、魔国はドラゴンの最劣化種のドレイクが主だが、人間は違う。昔からの名残だろう。たまに魔物らしく蹴り飛ばして人を怪我させるらしい。店主に勇者が声をかけた。
「ひさしぶり。元気にしてた?」
「おお!! トキヤの兄ちゃん!! 兄ちゃんとその子が来たってことは馬だな‼ 用意は出来てるぜ‼」
牧草まみれたおじさんが笑って答える。
「一頭は屈強な荷物持ちだったな。大丈夫さ!! 家畜でも魔物だからな‼」
「ああ、ありがとう」
馬主が馬舎に入り、3頭を連れて歩いてくる。黒い馬と甘栗のような栗毛の2匹だ。
「ご要望の馬たちだ。こいつが荷物持ちだな。屈強だぞ」
自分の鞄を勇者に渡す。それを黒い馬に手際よく引っ掻けて行く。自分も黒い馬に乗れと指示を受け、乗った。堅い毛。生きている熱を彼から感じる。ドレイクと違った乗り心地。あまり馬上は得意じゃない。乗ってこなかったからだ。
「ありがとう。いい馬だ………これが礼賃だ」
硬貨袋を馬主に投げる。馬主が慌てて受けとると困った表情をする。
「飼育費も馬3頭分のお金はすでに貰ってる。これ以上は契約違反だ」
「なに、重たいから軽くしたかったんだ。それにもう帰ってこない。いままでありがとう」
「はん!! まいどあり!!」
勇者も馬に跨がる。
「ついてこい、ネフィア。行き先は門を出てから教える」
「わかったぞ、あまり速くは走らないでくれ。慣れてないんだ馬に」
「了解」
勇者がゆっくり馬を歩かせる。それについていく。もう1匹は長い手綱を引いていた。勇者が後ろに手を振る。馬主も手を振り返し、金袋を見ている。
「あーあ。とうとう、逃げる日が来たかぁ。袋の中身は……金貨!? こんなに!?」
後ろから、大きなありがとうの声が聞こえた。「いったい幾らをあげたのだろうか」と思うが怒りそうなので聞かずに黙った。
§
向かう先は帝国から東。都市連合国と言う帝国と停戦中の場所だ。何故そこへ行くかと問うと北の緩衝地スパルタ国と砂漠地帯では余と渡るのは危ないとの事。東から迂回して通った道のが安全と言うことだ。
細かく言うなら最短は追っての予想がつきやすいと言う。あと砂漠は魔法があってもしんどいとの事。
「だからって遠回りではないか!!」
「遠回りでも安全を優先する。あと美味しいもん食いたくないか?」
「美味しいもの……」
「美味しいものな」
「………」
「………」
「仕方がない。余に砂漠は無理だ」
砂漠で何人の冒険者が消えたかを私はしっている。物語で。
「そうだな」
食い意地があるわけではない、決してあるわけではない。勇者が美味しいものと言う物にハズレは無かったのだ。きっと美味しいに違いない。イチゴも旨かった。あの落とした苺、勿体なかったと思う。
「ん? 分かれ道?」
森の舗装されていない草が生えているボロボロの道を進んでいくと二手に分かれた道が標識もなく現れる。
「こっちだ。よし、お前は向こうへ……自由だぞ」
一匹、馬の手綱を外しもう片方の道へ誘導する。勢いよく、片方の道を走り出して嘶いた。魔物らしい、迷いがない走り。言葉を理解し自由を謳歌する。
「何故? 放した?」
「追撃に気付かれたとき、片方にも馬を走らせたり。放牧したりすると追いかける側は迷うんだ。半分に部隊を分けないといけないしな」
「手慣れてるな?」
「まぁ、何度もやって来た事だから」
何度もやって来た。追いかけられたことがあるのだろう。
「本当に底の知れない奴だなお前は」
「底が知れたら、漬け込まれるからな。相手が嫌がることは積極的に。それが戦争」
本当に自分はこいつが味方で良かったと思うのだった。
*
野宿、道を外れて森の中に入り込み自分だけ寝袋を広げる。勇者はローブだけで十分らしい。寒くないのだろうかと疑問に感じた。
野宿の準備が終わり次第、勇者が用意した堅パンをゆっくり食べる。堅パンとは水分を飛ばしたカチカチのパンであり、味は小麦の風味のパサパサした感触。携行食としては優秀だが。味気ない。
「不味い、小麦の味しかしない」
「まぁ待て。こんなのもあるから」
勇者が鞄から瓶を取り出す。赤い赤い液体のような物が入っている。瓶の蓋を外しスプーンで小さく砕いた堅パンに少し塗る。血のような紅。
「砂糖は高級品だが、手に入らない訳じゃないからな。ほれ、俺はあまり好きじゃない」
「ほう、ちょっとグロテスクだが………どれ」
一つ、口に運ぶ。甘さと果物の優しい風味が口に広がる。そして、その風味は記憶が正しければ大好きな苺の味。
「ん!? ん!? 何これ!? ん? んんん??」
堅いパンが甘いお菓子に変わる。
「苺をすりつぶし、砂糖と一緒に煮込むんだ。するとこのように保存が効くジャムになる。高級品だがな」
「美味しい!? もしかしてこの苺は……」
「ああ、お前が買って来た苺だ。見に行ったらあったからな、拾って煮沸して食べれるようにした」
「美味しい!! そのままでくれ!!」
「ダメだ!! 濃いからな!! 胃袋が荒れる!!」
「そんなこと言わずに!!」
寄っていく。勇者が瓶を持ち上げる。自分はそれに手を伸ばす。
「ダメだ!! 抱きついてキスするぞ!!」
「くぅ!? し、仕方がないと……でも言うか!! ばか野郎!!」
「あー!! 近付くなぁ!! 溢れる!!」
溢れたら困るのでしぶしぶ離れた。最初からあるのなら用意してくれてもよかったのに。
「はぁ……わかった。諦める」
「これを直で食べる奴、始めて見たぞ………健康に悪いからなぁ過剰摂取は」
「うまいものは体に悪いんだなぁ……」
「過、剰、摂、取!!」
「ああ、わかったわかった。でも旅のほんの少し楽しみが出来たのは嬉しいなぁ!!」
「………お前、食い意地が張ってない?」
「はぁ!? 余は元魔王ぞ!! 嗜好品が好きなだけだ‼」
「いや、それ………食い意地」
会話を続けながら食事を取り、寝る準備を行った。ゴツゴツした石を退けて、木の根元で眠りにつく。目を閉じながら考えることは今日は魔物に会わなかった。
会っていたら、お肉料理になっただろう。ある意味で命拾いした魔物たちを私は想った。
*
次の日、早朝から同じように舗装されていない道を進み、森を抜ける。森を抜けた先は草原になっており風に青草の匂いが交じり。髪を撫でた。
奥に四角い建物が見えた。勇者はもう一匹をそこで放す。残った黒い馬に荷物を乗せ替えを行う。逞しく大きい黒い馬は難なく荷物を乗せ、自分と勇者を乗せても大丈夫そうだった。しかし、懸念がある。
「二人乗りしないからな!!」
「何故?」
「そ、それは……だ、だな!! 二人乗りなぞ!! そんなこと!! 女扱いじゃないか‼ 何処の姫様だ!! 余は男だ!! 二人乗りなぞ許容できん!!」
「男同士でも乗るけどなぁ……」
「それでもだ!! 絶対余は前であろう!!」
「勿論、俺より体が小さいからな」
「いやだ!!」
「…………わかった。もし、何かあれば二人乗りになるから覚悟しろ」
「し、仕方がないな」
勇者が徒歩で馬の手綱を持ち自分が馬に乗る。何となくこれも姫様扱いされてて落ち着かなが、考え過ぎなのかもしれない。ネフィアに切り替えて考えるのをやめる。
少しずつ、遠くの四角い物が鮮明になる。石壁だ。それもそれなりに大きい。
「あれは町か?」
「ああ、都市国家の一つだった物だな」
「ん? 今は都市国家ではないのか?」
「帝国との緩衝用の都市だった。今は滅んでいる」
「ほ、滅んでいる!?」
「誰もいないのさ。帝国も連合国も」
「な、なぜ?」
「……………俺たちが滅ぼした。いいや、連合国もか」
少し怖いが近付く。幽霊は嫌いだ。殴れないから。不浄地で幽霊が主だったらどうしようと思う。
「避けて行かないか?」
「今夜はあそこで野宿だ」
「や、やめよう!! 嫌だ‼」
「ん?」
「不浄地だ!! 嫌だ‼ 不浄地なぞは過ぎるか迂回するべきだ‼」
「ああ、そうだな。だからあそこがいい。魔物は絶対来ないからな」
「魔物以上に厄介なものがいる!!」
「大丈夫、地縛霊や幽霊も弱い奴は見えないし触れない。害はない」
「居るじゃないか‼ 幽霊!!」
「………もしかして、元魔王の男だったのに幽霊怖いのか?」
「うぐ!? い、いや!! そんなことないぞ!! 余は怖いもの知らずだ‼」
嘘である。幽霊も怖いし、拉致も怖い。
「よし、なら大丈夫だな。さすが元魔王」
「はははは!! そうであろう‼ そうであろう‼」
心の中で「あああああああああああああああああああ!!」と叫ぶ。頭を押さえて泣きたくなる。
「顔、強張ってる」
「気のせい、気のせい」
ゆっくりと滅んだ都市に近付く。近付く度に心の底から恐怖が生まる。この世は怖いものが多い。
「安心しろ、幽霊は喰ってやるから。近付かせたりしない」
「た、頼む」
「任された」
どうやって倒すのかわからないが、信じて心を決め都市に入る。崩れた門の下を通り様子をみた。魔都よりも激しい崩れかたをし、家は全て瓦礫となっていた。一部だけそのまま残っているが。窓は壊れ、誰も住んでいる雰囲気は無かった。燃えた後も痛々しい。
「………何故、この都市は滅んだ?」
「中立を宣言。運悪くその後、帝国軍と連合国軍がこの都市を跨いで対立。睨み合いが続いたが帝国軍が攻勢。都市が滅び占拠されそのまま連合国と衝突。住民は逃げるし、領主も逃げた。激戦後帝国は進撃しここを駐屯地とせず見せしめに壊して次の都市が帝国の物になった」
「何故駐屯地にしない?」
「壁が壊れすぎた。門も見ただろ? 機能がしないんだ」
「………確かに攻め落とすのは簡単だな」
守る壁が無いのだ。防御側の有利は無いのだろう。
「俺もここで戦ったけど。領主はアホだったな。みーんな殺されたよ。連合国側に逃げた奴も皆」
「そうか………」
周りを見る。徹底的に壊されている。壁も、何もかも。だが、気味が悪い雰囲気はしなかった。
「多くの人が死んだ筈。なのに雰囲気がそこまで………」
「逃げたからな全員。ここより少し離れたところが不浄地だ。帝国も連合国も仲良くそこで始末したからな~取り決めで」
「…………どちらに与すれば良かったんだろうか?」
「結果論でなら帝国。このあともずっと快進撃で都市を落としたからな。次の都市は帝国領だ」
「そうか………無惨だな」
盗賊ギルドの惨状より酷かったのだろうと予想ができる。
「まぁ、もう数年前の事だな。初陣だから」
「お前は参加していたんだな。でっ帝国が勝ったんだろ?」
「領地拡大したな」
「お前は黒騎士で参加を?」
「そそ、その時から剣を振っている。魔法使いなんだけどな」
「………何故。いやいい」
どうせ、教えてくれない気がした。魔法使いではなく剣を振っている理由は何度聞いてもはぐらかされる。まだ、信用に値しないのだろう。
「好き」て言う言葉で、「惚れているから」と言う言葉の壁で何かを覆い隠してる。気になる。しかし、聞いても無理。聞いてみたい私はいるが、だが聞いても無駄。だがしかし、希望もある。
「おい!! おいって!! ネフィア!!」
「う!? うむ!! なんだ!!」
勇者が覗き込んできた。
「考え事か?」
「いいや、違う。悩み事だ」
思考の堂々巡りだった。
「まぁいいや。今日はあの本屋に泊まろう」
「本屋?」
「ああ、本屋だった」
比較的綺麗な建物に入る。誰も住んでいないためか埃が層になり、歩いたところは足跡がつき。魔導書以外の本が散らばっている。
勇者が割れた窓を解き放ち、埃臭いを空気を入れ換えて消していく。少しだけましになった程度だが。
「使い物にならない本だけがあるな。日が暮れだした。飯にしよう」
「うむ。そうだな………ん?」
一冊、埃が被った本に目が止まる。近付き拾い上げ、埃を払う。
懐かしい一冊だった。小さいとき、数年前に良く読んでいた童話だった。人間の本。しかし、内容は覚えていない。
読まなくなったのは………いつからか嫌になったからだ。思い出すのも嫌になるほど。
どんな嫌な内容だったのだろうか。それでも好きだった筈なのに忘れたいほどに記憶を封じる物は。記憶を消すほどに。あんなにも好きでたまらなかった筈なのに童話は所詮、子供向けなのだろうか。
「………ここの本は」
「拾ってもいい………読まれることもなく朽ちるだけさ」
「いや、盗むのはよくない」
本を元の位置に戻す。
「そっか、俺なら遠慮なく盗んだ」
「ははははは、お前は勇者失格だな」
「喜ばしいことで」
全く、こいつは本当に勇者らしくない。そうこうして勇者と会話しながら今夜は過ごすのだった。
*
滅びた都市から旅を続け、草原で魔物に出会った。黒い狼の群れ。小さい体だから群れで集まり生存競争を生き抜いている一団に出会った。
「ファイアーボール!!」
右手に現出させた火球を一匹の狼に当て、こんがり焼く。囲まれている中、自分だけは剣を抜き応戦する。
「中々、いいじゃないか?」
「上手いだろ?」
「ああ、だがな。上には上が居るもんだ」
勇者が呪文を唱え両手に魔法陣を生み出す。狼たちは距離を離し唸る。
「全員で来ないからいけないんだ。火球」
勇者が一言、右手に火球を現出させ頭上に投げる。
「嵐」
小さなつむじ風が大きくなり風の渦となる。火球を飲み込み。風の渦の魔力が引火し火の渦に変わり、狼を飲み込んでいく。まるで、ワームに補食されるかのように飲み込まれ、肉が焦げる臭いを撒き散らす。
そして渦は小さくなり、消えたころには狼の死体だけだった。
「一部は逃げたか? いい判断………狼は美味くないが肉だぞ」
「お、おう……」
一瞬の出来事でビックリしている。
「火の魔法、使えるんだな………自分よりも」
「火の魔法はほんの少ししか使えない。ただ、風の魔法で増幅させただけ」
「………くぅ。余の方がうまく使えると思ったのに‼」
「いいや、上手いだろ? 火球制御してぶつけてるんだ。上級魔法さ。誘導ってのはなかなか出来る物じゃない」
「………あんなもの見せられたら微妙だ」
「そうか? まぁまだお前が自分の思う魔法に至って無いだけだけどな」
「……くぅ覚えておれ。必ず越えるからな!!」
「ああ、越えてくれ。全てを熱し、全てを塵芥に帰すほど激しい物で神も全て踏み潰せて前へ行くぐらい」
「はははは!! もちろんだ!!」
「期待してる。さぁ今日の飯は狼肉だな」
「うまいかなぁ?」
「固いかな?」
二人で少量を剥いで別の場所で焼き直し、塩をふって食べるのだった。いい匂いで別の魔物が来るだろうからすぐさまそこから離れて旅を続ける。
§
次の元都市国家に到着した。外壁はどこも変わらず重々しい雰囲気を持ち、外敵を阻んでいる。
ここは帝国で最も東の町らしく。東騎士団の一部が駐留しているらしい。勇者と二人で魔物を退けながら到着したのは滅んだ名もない都市から10日後だった。勇者がかすかな声で説明してくれた。その声は何故か耳元で囁かれているように聞き取れる。「魔法だろうか?」と疑問に思う。
「目の前の都市ではフードを深くかぶり、顔を下に向け続けろ」
「な、なぜ?」
「生気がないんだ。ここの住人は」
「だからなぜ?」
「無理矢理帝国民にされてる。圧力だな。最後に帝国に負けたのさ。何度も蜂起しても潰されて、もう力もない」
「………力に屈服したのか?」
「ああ。屈服させたんだ」
勇者が遠い目をする。「何を見てきたんだろうか?」と思うが声に出さず黙る。目の前で検問が始まったからだ。
「止まれ!! 身分を証明出来るものは‼」
「はい、これ。滞在は1日だけ」
騎士4人が余を囲む。その一人に対して冒険者ギルドの身分証明を提示する。
「ふん!! 冒険者か。さぞ、スパイ業務は楽しいだろう? はははは」
下卑た笑いかたをする騎士だ。東騎士団のイメージが悪くなる。
「ささ、どうぞ!! 帝国領へ」
「ああ、安心してるよ」
勇者がそう言い。そのまま馬の手綱をもって歩きだす。背中を追いかけ、隣に並んだ。
「なんだあの態度は!!」
「騎士団の下はあんなもんだ。4大騎士団長のお里が知れる」
「東西南北の英雄だったかな?」
「さぁな。ただの欲に溺れた4大愚将だったような気がする。まぁ何も知らんがな。ランスの父上が確か……いや。やめておこう」
帝国人なのにそんなこと言って良いのだろうかと疑問を持ちながら歩くとしっかりした町並みが見える。壁内にも畑がある都市である。
そのまま街に入ると、窓は木の板で遮られ。大通りなのにも関わらず出店もなく。出歩く人も少ない。皆、顔を伏せている。元気なのは青空だけだった。すぐに空は曇りそうだなと感じるぐらに空気が暗い。
「さぁ……暗く過ごすぞ。元気無いようにな」
「わかった。でも、早くここから抜けたいな」
「ネフィア、全くの同意見だ」
自分達は何故か居心地が悪く感じる。ここに居るべきでないと肌で感じとる。
気味を悪がりながら宿屋を探し、すぐ近くに宿屋を見つけて馬舎がある宿屋に受付を済まる。旅で浪費した物の補充を買い出しに行き。部屋で旅の物品を手入れし、その時間だけで一日が終わるのだった。
*
次の日、逃げるように宿屋を後にする。早朝の冷めた空気の中で一言も喋らず黙って道を歩き、門の外へ出る。出る場合は騎士には止められなかった。馬の上で自分は背伸びをする。
「ぷっはぁああああ!! この町は!! 息苦しい!!」
「圧迫感があって俺も好きじゃない。風が悪い」
「本当に、元気がないな誰も」
「ああ、元気がない。だから余所者が一目でわかってしまう」
「この町はどうなるんだろうな?」
「わからない。それよりもお前にこれを」
勇者が大きい袋に手を入れて取り出す。一冊の薄い本。
「それは? 魔術書?」
「いいや、童話。お前が拾ったのと同じ奴だな。内容は知っていたから見つけるのは容易かった」
「お前、わざわざ………」
「だって、お前の好きな童話だったんだろ? 俺も好きだしさ。同じもの読んで大きくなったって知ったらうれしくて、つい」
「……ふん!! 気持ち悪い。まぁでも懐かしいなぁ。内容は読んで思い出すとするか」
勇者が馬上の自分に本を手渡してくれる。手綱は勇者が引いているので落ちないようにすればいい。本を開く。
「本当に何で嫌いなったんだろうなぁ………内容を封印して忘れるぐらいに」
長い髪を耳にかけて本を読む。懐かしい絵。人によって書き方が違うが、概ねは同じ。
「あるところに綺麗なお姫様がいました………」
内容も一緒な筈。
「姫様はある時、悪いドラゴンに捕まってしまいます」
ゆっくり、読んでいく。声に出さず、噛み締めるように。内容は姫様を連れ去ったドラゴンと騎士の戦いを描いた物。結局、ドラゴンと騎士は相討ちになるが英雄として名を残したという事で終わる。思い出した。嫌いになった沢山の理由。
男だから騎士に憧れた。だが自分は騎士にはなれないことを知った。姫のように自分を助けてくれる人が皆無で羨ましくて嫌になったのだ。
「ああ、そうだ………大きくなるにつれ現実と物語が違いすぎて嫌になったんだ」
閉じ込められているのに男だったから姫様のように騎士は現れず。男だったのに騎士のような逞しい強い者になれなず。童話を読むのも思い出すのも辞めたのだ。夢と現実の違いに苦しんだのだ。
「読み終わった?」
「……うむ。あまりいい気分じゃない。現実と童話を同じように考えていたんだ。小さいときは」
「俺も俺も。同じように考えてた」
勇者がうんうんと頭をふる。それに自分は感想を述べる。
「大きくなると………全く違う感じ方をするな。今、読むと姫様は何もしてない」
ただ、護られているだけ。それに関してトキヤが返事をする。
「そっか………あんまりそこは気にせずに読んでいなかったな。姫様のためにドラゴンと戦う騎士が格好良くて憧れたんだ。俺は」
「お前もか?」
「ネフィアも?」
「あっ………何でもない」
顔を伏せ、横目で勇者を見る。胸張って言うべきじゃない。恥ずかしい物だこれは。叶わなかった事。所詮夢は夢である。
「そうそう、俺は憧れた自分になれてる気がして満足だなぁ。黒騎士になったし、今は………まぁ」
勇者と目が合う。
「姫様護ろうと頑張れるから」
「こっちを見るなバカ。余は姫様じゃない」
目を反らす。今は護ってくれる人がいた。そういえば今は女性。顔が熱くなる。頭の中で今の立場を思い出して「おかしいなぁ、何故か今は物語の姫様と同じような気がする。まぁ流石にドラゴンなんかと対峙しないだろう」と考えた。
「顔が赤い。大丈夫かネフィア?」
「黒歴史を思い出しただけだ。触れるな、ばか」
「本当にすまん………黒歴史かぁ……おう……」
沈黙が続き。次に会話をしたのは日が暮れてからだった。
*
夕食後、自分は剣の素振りを行う。
「ふん!!」
昔の悔しさと。騎士の夢を思い出したからか、剣を握る手に力が入る。最近になってやっとこの剣が馴染むようになった。片手で振る。両手で振る。エルミアお嬢をイメージしながら。
「今日も精が出るね。ネフィア」
「うむ、昨日は出来なかったからな」
鍛練は実は好きだ。引きこもって出来なかった事が出来る。体を動かせる。
「でも、お前には敵わないだろうなぁ」
「わからない。やってみないとわからないぞ。殺し合いは出たとこ勝負だ。最後に立っている奴が勝者。卑怯者と言われようがな」
「………獅子は兎を刈るにも全力を出す」
「兎が切り札を持ってるかもしれないからな」
「そうだったな。余も捕まったときは屋根から襲われて何も出来なかった」
「ああ、それで………剣に血がついて無かったのか」
あのときは意表を突かれたが。どうすれば切り抜けられたのだろうかと考える。わからないので剣を鞘に戻し聞いてみようと思う。
「なぁ、勇者。お前なら敵が前後に2人、上に1人の状態だったらどうする?」
「前の2人を殺す。そのまま、追ってきた奴も倒す。一人は生かし拷問する。情報を吐かせ始末する」
「…………お前、勇者じゃなくて悪魔じゃないか?」
神様の加護、光のイメージが全くない。どちらかと言えば邪神の加護がありそうだ。
「悪魔ねぇ。まぁ悪魔でもいいさ別に。さぁ俺も素振りをしよう。ちょっと離れてろ危ないから」
勇者が剣を鞘から抜く。それを両手で掴み、振り回す。袈裟切り、1回転から再度袈裟切り。横の凪ぎ払い。大きな剣を軽々と振り回す。振られた瞬間の風切り音が耳まで届く。そういえば、どれだけ剣撃が強いか知らない。
「なぁ、1回切り合わない?」
なので少しだけ気になった。
「いや、危ないから」
「1回だけ防ぐから」
「いやいや、力が違うって」
「大丈夫だ!! マクシミリアン王の一撃を防いだぞ‼ 大丈夫」
「………乗り気にならないなぁ」
「余の命令だ。こうやって防御するから」
剣を横にし、頭の上に両手で押さえる形をとる。受け止める。
「命令なら仕方がない」
「ははは、まぁ最初に対峙したときもそんなに緊張しなかったしな。さぁ!! 来い!!」
勇者が剣を振り上げる。
「いくぞ」
言葉を発した瞬間、背筋が冷えた。真っ直ぐ自分を見る勇者の目に体が緊張する。防げる気がしない。そして、降り下ろされる瞬間。叩き潰される気がして目を閉じてしまう。
キン!!
手に小さな衝撃。恐る恐る目を開く。勇者が剣を下ろし、申し訳ないと言葉を発した。
「無理だわ、やっぱ。満足してくれ………俺には出来ない」
「……あ、ああ大丈夫だ!! ま、満足した!!」
足が震える。強く重いもんじゃない。何とも言えないが。対峙したときに本当にやる気が無かったのが理解した。全力なら私は真っ二つになっている。それが体で理解出来た。
「ネフィア、戦い方を変えた方がいい」
「ん?」
「防御をするのをやめた方がいい。受けきれない」
「な、なに!! ああ、いや。うん」
否定しようが思ったが。今さっき既に無理だって思ったのだ。潰されると感じたのだ。
「防御を捨てて避けることを専念すべきだ」
「………本当にこの体はか弱い」
力で、押し勝てない。歯痒い。
「まぁ、エルミアにも同じことを言われたがな………あいつは力で押し勝てたのに自分は何が足りないんだ………」
地面の石ころを蹴る。絶対に何かが足りない。それが何かわかっている筈なのにわからない。
「…………強さはな一朝一夕で染み付かない。大丈夫さ。俺も弱かった」
「それも……そうか。最初っから強い奴は居ないんだよな」
「ああ、居ない。もし、良ければ風の魔法でも修練するか?」
「いいのか!?」
「難しいけど、教えるよ」
自分が見てきた風の魔法は強い。本当に強くなれるだろう。今の自分に必要だ。だけどそれだけじゃダメだ。
「勇者!! 風の魔法もだが余を強くしろ‼」
「え!?」
「魔王が勇者に教えを乞うなぞおかしい話だが‼ 一番手っ取り早い!! 命令だ!!」
勇者が自分の目を見る。真っ直ぐ見つめ返す。
「…………よし、わかった。粗削りだが教えよう」
「やった!」
「う!? かわいいな仕草」
胸の前で握りこぶしを作りガッツポーズをとった。ふと我に返り、胸を張って言い直す。
「お、ほん!! よろしい勇者よ!! しっかり教えるのだぞ‼」
「もちろん、姫様。あかん、かわいい」
「女扱いするなといっただろぉ!!」
「はいはい………姫様。だめだ、かわいすぎるな」
「くっ!! このばか野郎!! かわいい言うな!!」
勢いよく顔面を殴り付けた。終始、勇者は笑顔だ。いつもいつも。多分これからもこんなのだろう。
§
旅の最中、勇者に風の魔法を教えてもらう。勇者は手綱を持って歩きながら会話をし自分は学んでいく。
「ネフィア。4大元素わかるか?」
「火、水、土、風」
「正解」
「はははは!! さすが余だ」
「一般常識だ」
「……………おう」
「で、実はこれは世界を形を作っている物と考えられてる。確かに当てはめると大体は区分できるし、二つの属性を持つものだってある」
「ほうほう………」
難しくない? 難しい。
「では、問題。風とは何でしょうか?」
「風とは? ええっと………こう!! 髪が靡く!!」
「答えは、動きだ」
「お、おう?」
ダメだ!! 自分にはさっぱりわからない!!
「風の根本原理はこの空気の膨張、収縮、圧力の変化で移動する事なんだ」
「そうかそうか!!」
一切、わからない。悔しいのでわかったフリをする。
「風の魔法は魔力で空気を動かす。無理矢理動かすのが風の魔法なんだ。火の魔法は火を生み出し操る。水の魔法は水を操り、生み出したり増やしたりする。土は地面を隆起させたり操ったりする」
「わかった!! 風の魔法は空気を操る魔法なのか!!」
「そうそう」
理解できた。操る物が空気なのか!! 風じゃないのか!!
「それで、何故………音を消したり、姿を隠せるんだ?」
「音の原理。音は波だ」
「………ごめん。わかんない」
「あー、声帯ってわかるか? 喉さわったら震えるだろ?」
「あー、あー、あー」
「そうそう」
「うむ。わかった」
「それを使って空気を震わせて音になる。それが耳に入り、音として感知できる。まぁ即席で操れるのは本当にちょっとだけだがな。あとは唱えないとダメだ」
「へぇ~なるほどな………じゃぁ空気がなかったら?」
「音は伝わらない」
「………空気を無くしてるのか?」
それが出来たら強そう。呼吸出来なくなる。
「いいや、震えないように魔力を流してるだけ」
「ふーん簡単そう」
少しだけ世界を知った気がする。空気なんて気にしてなかった。精々、呼吸するだけの物。無ければ息苦しいだけ。
「分かれば簡単だ。じゃぁ、次に姿を消せるのは光の発した色を変えているだけ。こっちはもっと難しい。空気を通っている光を変える。すべての物は反射で成り立っている。光を反射し目がそれを受けとるらしいく………」
「はい!! わかりません!!」
見栄とか捨てる。ダメだ自分。
「簡単に言えば風の中に含まれてるから操ってやろうってやつ。空気にも水が含まれてるからある程度水の魔法っぽく操れる」
勇者が唱えて、水球を生み出す。
「ここにある物を使うから、水の魔法より便利だ。温度や場所によって水の保有量が違う。冷えたコップ水滴がつくのは空気に水が含まれているからな」
「へぇ~。なんで水が出るの?」
「温度によって保有量が違うって言っただろ? 保有出来ない水が出てきてるだけだ」
「はい!! わかんないです!!」
自分は理解をする。火、水、土よりも見えないし難しい世界だと言うことを。
「簡単な音の魔法だけ教えて」
「…………諦めた?」
「い、いや……余には炎があるからな!!」
「わかった。魔方陣を描いて渡してあげるさ」
「はは………」
風の魔法は諦めよう。自分には無理だ。妥協で音だけを教えてもらった。
*
夕刻、早めの野宿の準備。そして勇者が特別訓練をしてくれる。何処から持ってきたのか、大きな木の棒を彼は持っていた。
「何をする?」
「えーと、スパルタで行こうかなっと」
「スパルタ? スパルタ国の方法?」
砂漠の屈強な国にスパルタ国がある。コロシアムが有名だ。スパルタ王と言う屈強な王も有名で帝国の初代王と同じ歳と聞いている。
「いや、『厳しく』の意味でスパルタって言うんだ」
「そ、そっか!! 厳しくか!!」
「怖じ気ついた? まさか元魔王である君が怖じ気つくなんて………」
「ばか野郎!! 怖じ気ついてない!!」
「よし、男に二言はないな」
「おう!!」
男扱いやる気が出た。
「じゃぁ、全部避けろ」
勇者が両手で木の棒をつかみ、振り回す。
「ま、まて!! 当たったら痛いだろ!!」
「当たったらそれで、終わりだな。何故なら」
バガァアアアアン!!
「かはっ!?」
「折れるから」
「げほげほ!!」
お腹に鈍痛が。早すぎる。しかも、容赦がない。
「痛い!! 手加減しろ!!」
「そうだな。女だから手加減する」
「女扱いするなと………あっ……」
「あと一本ある。わかった女扱いしない」
自分は変に後悔する。女扱いは得なのではないかと。そして………そのあとすぐに一本が折れた。痛みと共に。
「ひでぇ……てて」
「あぁ……結構避けてくれると信じてたんだが。過大評価だったか。2回死んでる」
「くぅ」
確かに2回切り払われている。それは実戦では致命傷を受けた事になる。
「今日はこれまで、明日は1本だけでやるから安心しろ」
「………痛い」
「死ぬより安い。まぁ、ちょっと甘やかし過ぎたかもしれないからな………俺が居なくても大丈夫にしなくては」
勇者が顎に手をやり悩む。何かを考えてる。それよりも疑問が生まれた。
「………ずっと居ないのか?」
「ああ、お前が魔王に戻れば。魔王城に解毒剤もあって男にも戻れるだろうし。そうなったら俺は捜してる彼女を……見つける旅をつつけるかもな」
少し、唐突に別れの時期を切り出され驚く。
「余はお前の現彼女じゃない?」
「ああ、違う違う。ネフィアに似ている女性に会って確かめたいことがあるんだ。お前じゃないっぽいかな?」
勇者が初めて目的に近いことを言った気がする。
「そ、そっか。せっかく臣下にしてやろうと思ってたのに」
「まぁ冒険者だからな。風の向くままさ」
「はは………そうだなぁ冒険者だもんなぁ………」
魔王になったら。こいつと別れる。それが何故だろうか、寂しい気持ちになっている自分がいた。
「さぁ、飯食って寝よう」
「うむ」
自分の胸を見ても。その気持ちの意味が全くよくわからなかった。
§
黒騎士団長室に私はやって来た。トキヤが家に居ない事の報告をもらい。それの確認のために。仮面の彼の名前はしらない。親もいないので役職で呼ぶ、高圧的に。
「黒騎士団長。家に居ないとはどう言うこと?」
「そのままの意味だ。姫様」
「………監視をつけていたそうだね」
「そう、昨日までな」
一月、監視を続けた結果。出る気配もなく、数日が過ぎたらしい。そして怪しく感じて突入したのが昨日だった。
「何故わかったの?」
「俺がおかしいと報告を受けて挨拶に出向いたら留守だった。もちろん壊した扉は直したが」
「あら、荒々しい」
「怪しいのは怪しいからな……そして、もぬけの殻だったさ」
「何故わからなかったのかしら?」
「さぁな、昔から暗殺は特異な奴で監視も多く配置したんだ。それを察して我慢している。攻めてくるかもしれないとあいつをよく知る者が考え身構えたわけだ。しかし、逃げるような事をした。結局、一緒にいる彼女が誰かもわからなかったな」
「ええ、そうね。私のところもダメだった。怪しいわ………それに憎い。二人きりが」
黒騎士団長に聞いたが非常によろしくない。私のお控えに調べて貰ったがわからなかった。トキヤを奪ったあの女は許さない。今は何処へ行ったかを個人で調べさせている。
「黒騎士団は今の所、奴の捜索はしない。干渉はない。姫様よ、忙しいのだよ私達は」
「ええ、いつもありがとう。帝国を守ってくれて」
黒騎士団長にはこれ以上頼めないらしい。まぁ十分活躍はしてもらった。後は自分で何とかする。
「見つけたら………女を殺っても問題ないかしら?」
「ええ、干渉しません」
「わかったわ。では、またね団長様」
「はい、姫様」
部屋を後にする。何処へ行こうと、今度は掴まえてみせる。
*
姫様が去った執務室。入れ替わるように部下が紙を持ってくる。最近の賞金首リストだ。黒騎士でも賞金目的で狙う。軍資金と治安維持のために。故にリストの更新確認もする。
「今回、巨額の懸賞がかけられている人が居ます。では失礼します」
部下の黒騎士が持ってきた紙を1枚1枚捲る。すでに何枚かバツ印をしてあり。赤い印は誰かに先を越されたもの。黒い印は自分達が刈り取った者と分けている。優秀な黒騎士はこれを個人の懐にも入れていた。そんなリストを見ていると一枚の賞金首の紙で手が止まる。
「ん?」
1枚、気になる賞金首があった。巨額の懸賞がかけられている賞金首。今さっき部下が言ったのはこいつの事だ。
バンっ!!
それを机に叩きつけて席を立ちじっくり見る。内容は魔国の首都がある場所まで生け捕りに多額の賞金。首で半値とかかれていた。これは魔国からの異例の依頼であることがわかる。急いで今さっきの部下を呼びなおし。黒い対魔の鎧を身を包んだ部下が急いで駆け込んできた。
「団長!! なんでしょうか!!」
「これの出所は!!」
賞金首の紙を見せる。似ている。あの女に。
「それは恐らく。魔国からの商人からです。一番高額で破格の価格ですね。敵国の魔国ですからしっかり貰えるかどうか、わかりませんが?」
「そうか。急がしてすまない………下がれ」
「はい!!」
部下をすぐに下げた。魔国からの異例の依頼と言うのは確定とする。依頼主は魔国内の権力の重役者。姫様には言っていない事で、トキヤが馬を3頭購入した情報がある。そして、逃げるように消えた二人。執務机に両肘をつけ、意識を思考の海に落とす。用意周到な逃げに疑問が出る。
「賞金首、心当たりがある」
何度も紙を見ても勇者と一緒の冒険者だ。「何故、魔国が出すのか?」と黒騎士団に入ってきた情報をまとめる。スパイによると魔国は現在、「魔王が居ない」と言う噂が流れている。
「感情が無いから見えない………か………」
勇者として行動していたトキヤが怪しいのは明白。何かを知っている。何かを隠している。こそこそ逃げるように都市から消えたこと。馬を3頭買ったのは追っ手を考えての事。どう見ても過剰。だからこそ、引っかかる。
「勇者は黒。堂々と出来ないのは後ろめたい事があるからだ。あいつが後ろめたい事なんて………いや、変わった」
近くに女が出来た。「惚れている」と言っていた。姫様ではない女。だが、何処か高貴な雰囲気もあった。
「ネフィアっと言った冒険者は確か……」
3ヶ月程度前。春先に登録された新米冒険者。それ以外の素性は知らない。いや、わからない。あれだけ目立つ令嬢がだ。箱入り娘なら分かるが、令嬢ならば政略結婚の使い道はある筈。あれだけの娘なら噂にならない筈がない。
勇者の任務を放棄してトキヤが帰ってきたのも最近だ。
「何故だ………何故だ? 魔王が消えた噂は最近だが、消えた月は大体3ヶ月前との噂では予想されている。族長同士が抗争激化は最近と言っていたかな」
何故か、時期が合う。消えた時期と帰ってきた時期が。
「仮定をして、論を組み立てた方が早い。情報はある。賞金首と言う情報も」
仮定を決めて論を組み立てる。魔国からの賞金首はネフィア。魔国は下剋上のある国。ネフィアは重要な位置に居たのではと思う。そして気になるフレーズがある。
賞金首を持ってくる勇者求むと書かれている。勇者の意味は魔王を倒す英雄と考えられる。露骨な表現。だが、それは本当に勇者だったのならば。
「………そうか。あれが魔王!!」
ネフィアっと言う女は新米の魔王だ。男だと思っていたが勇者の任務を持った奴が言った。「魔王は強い男だった」とあいつが黒ならこれは俺を騙すために言うだろう。
「仕組まれた嘘!! 気付かなかった!! 魔王は女だ!!」
全ての話に繋がる。考えて見れば過剰とも言える盗賊ギルドの口封じや、たった3人での魔都での活躍。手元の賞金首の線は簡単だ。下剋上が起きている。あの新米魔王より上と信じる族長や他が魔王になろうとして首求めている。禅譲ではない。力が全ての世界が魔国だ。あれが魔王ならば力で纏めるには無理だろう、裏切られたに違いない。一目見た情報で器がない事を感じる。
魔国では新しい王になれるチャンスなのだろう。いつだって魔国は王が変わる時期がある。いや、コロコロと変わっている。安定していない。波乱の時代。
「………裏切り者め。始末しないといけないか」
裏切り者を殺すのは黒騎士団の鉄則。次に弱い魔王を捕まえ拷問し殺す。帝国内に長く入りすぎた。情報を持ってしまっている。不安分子だ。
「!?」
その時気が付いた。自分はあいつの風の魔法を詳しく知らない事に気が付いた。敵である奴を全く知らない。机を殴る。悔しさよりも自分への戒めに。そう、まんまと出し抜かれたのがわかったのだ。
「あいつ!? 俺に手の内を見せていない!! 黒騎士に誰も!! いつからだ‼ いつから!!」
思い出を片っ端から思い出す。最後に見たのは入団試験。その時から変な奴だった。
「初めから、手の内を見せてこなかった?」
あの後は魔法使いの5番隊から奴の希望で1番隊へ行き。連合国での戦争で輝かしい功績を残した。
1番隊前線の斬り込み。猛将との一騎討ちで勝利。猛将への一人での時間稼ぎ無力化。
魔法使いよりも剣を振る騎士の有用性を示し、一人で暗殺もこなした。俺への不敬を咎めるが、使い勝手のいい奴だった。
あいつが勇者になると言ったとき。少し、惜しいと思ったがこいつなら倒せるとも考えれたし、姫様の推薦もあった。姫は奴が帰ってくると信じていたし、結婚するのも予定に入れていた。故に、早期退職を承認した。輝かしい未来だからこそ。
「全て、この為なら。変人だと思っていたが。もし、護るために最初っから決めていたら?」
奇行に辻褄が合う。いつだって、含んだ言い方をしていた。損得関係が無く感情だけで動くなら。全てに辻褄が合う。そして狂気を孕んでいる。
「………占い師」
自分は席を立ち。すぐに部屋を出た。
*
「あら、珍しいお客さんだね」
「話がある。グランドマザー」
俺は裏通りの占い店へ足を運んだ。彼女は椅子に座って紅茶を啜っている。椅子に座り話始める。長い間、死なないこいつを監視兼調べをしている。隠した実力者でもある。
「風の魔術師トキヤを知っているな?」
「ええ、上客だねぇ。それよりあんたがここへ来るときは何時だって悩んでいる時だ。なんだい?」
占い師はよく当たる。ヒントもある。利用できるなら利用する。
「悩んでいるのはトキヤに関してだ。末恐ろしい予想がある。それに……ああ」
「ショックなんだね」
「……………そうだな。出し抜かれた事もだが、新しくあいつを番隊長に据えてどこぞの真似事で6番隊を作る事も考えたからな。裏切れる事など慣れていたし、出さないようしてたのだが。出てしまった」
「恐怖ね。だけど風の柳はしなるからねぇ」
「…………まったくだ。予想外だよ」
あいつは俺に恐怖を抱かなかった。その他にもどんなに大軍を前にしても、強敵を前にしてもだ。だた、真っ直ぐ前を向いていた。そして、多くの者の前に立ち。斬り込み勇気を与えていた。だから勇者になる奴はこいつだろうと考えた。他にない力が芯があった。
「落ち着いたかね」
「ああ、落ち着いた」
「そりゃ良かった。占い師は本来、悩めるのを相談されるのが仕事だかぁねぇ。予言なんて当てにならないさね~」
「だが、それを信じた馬鹿が居るだろう? あいつがここを好きだと聞いたぞ」
「ああ、いるさねぇ。流石だね。占った。そして、あの子だけにしか見えない何かを見た。黒騎士騎士団入団前だね」
「やはり、情報源はここか。予言が当たったか?」
「いいや、予言は大外れ。姫様との大きな奔流だった筈さ。帝国の勇者になる筈だった」
「予想外の結果か」
「そうさ。何時だって予想が出来ない。だから占いは当てにならない」
自分は口を押さえる。理解した、あいつの人物像が。狂っている事も。
「うまく逃げられたか。わかった。駄賃だ受けとれ」
金袋を机に置く。情報をくれるだろう。
「まいど………そうそう、彼女は今は蕾だ」
「殺るなら今か」
「そうさ。でも、気を付けな。大きな大きな大木に守られているからねぇ。あまりに成長した大木ね」
「ふん…………」
「何人か死ぬだろうねぇ。どうするの?」
「決まったことを」
自分は席を立ち。部隊を集める。狩るための精鋭を集めようと決めたのだった。
*
「はぁ………面白いねぇ。あの子は」
黒騎士団長が去ったあと。冷えた紅茶を啜る。見える未来より。見えない未来。今はまったく見えない方の未来だった。外れない筈の未来が外れる。
「開花は心の『きっかけ』。どんな花を咲かせるかな」
水晶球を覗いたとき。枯れた花から、落ちた芽が伸び。蔦バラのそれが勇者という木に絡み付き栄養を貰い大きくなり蕾になる。しかし、花は開いていない。蕾のまま。きっかけが必要なのだろう。
何かの拍子に変わるだろう。昔は芽だった勇者のように。
「楽しみだねぇ……全く。暇で仕方ないからねぇ」
私はクスクス笑うのだった。長い時の中で蜂起を待つ間の一休憩。大いなる物事を行うまでの暇潰しなのだ。世界は壊れる。必ず、壊れる。私達の手で。世界樹の鍵で我々は復活する。
「暇潰しは楽しい……ククク」
笑う。結局、過去の遺物の魔族は死ぬのにと思いながら。
§
旅の途中で自分達は目的地へ到着した。大陸最東の場所であり、漁業が盛んな連合国最大の都市アクアマリンだ。海の上にも壁が立ち水棲魔物から民を護っており、水を称える都市であるらしい。
勇者トキヤの情報によれば。海の魔物に対する海軍力を持ち、屈強な戦士も多い国らしい。刀という極東の剣を持つ騎士も多く。連合国では頭1つ飛び抜けた国である。だが、海軍は海の軍であり、大陸内では帝国に屈している。それに帝国は海からは魔物もおり、全く攻めないと言う。
遠くから見える城は白く、屋根は海の色のように蒼かった。我々は衛兵に身分証を示し壁の中に入れさせてもらう。壁の中も白い壁、白い煉瓦の建物であり、明るい雰囲気を感じとる。
勇者に教えてもらった磯の香りは風が届けてくれた。海のように雲1つ無い快晴で眩しく。余は目を細める。
「ついたな。ここが都市アクアマリンだ」
「帝国の首都より小さいなぁ」
「帝国が異常に大きいだけだ。こっちの方が装飾は綺麗だし。噴水も多い。飯もうまい。旅行者も多い。では先ずは短期間だけ部屋を借りよう」
「短期間? 長い間ここにいるのか?」
「短期間って言ったよな? まぁ資金稼ぎ。ネフィアを鍛えるための時間稼ぎ」
「ふーん、そうだな、時間があるならそれがいいなぁ。まぁそれよりも!!」
何故、資金稼ぎが必要なのか疑問に思ったが聞かず。それよりもワクワクする気持ちが止められずに馬から降りる。隙間の無い石畳みに足をおろし異国の地を楽しむ。
「うわぁ~全部白い。出店は無いのか?」
「海側にある。こっちは移住区、農業区、産業区だ」
勇者の説明によると海の方に商業区があるらしい。魚の魔物の水揚げは海側で行うためと聞いた。
「早く!! 部屋を借りよう!!」
「お、おう………何ではしゃぐんだ?」
「お前がここの国は素晴らしいものが多いと言った!! 期待!!」
「あー信じてくれるのか?」
「もちろん!! 嘘じゃなさそうだしな‼」
美味しいものが多いと聞いている。素っ気ない堅いパンばっかりだったから美味しいのが今は食べたいと思うのは普通の事だと思う。決して食い意地が張っている訳ではないと言い聞かせる。
「そんな顔をするなぁあ!! はやくいくぞ!!」
「へいへい」
勇者が少し呆れながら馬の手綱を引く。今、自分はすごく楽しい。
*
小さな部屋を借りた。上下2段のベットの細長い部屋。こんな部屋が集まった建物らしく隣近所にも人がいるらしい。建物は3階立ての集合住宅だ。壁の中の限られた移住区はギチギチになっており、宿屋はいつもこんなものらしい。風呂は無い。トイレも共用である。荷物を置いたすぐに勇者が窓枠を調べ、窓を叩き逃走経路を確認する。そして部屋の外の逃走経路探索が終わってやっと荷崩しを行う。
水などは部屋の外にある井戸から汲めるらしいが海水が染みてきた物らしいので塩分がある。塩分があるので魔法で塩を抜かなければならないらしく。水瓶は空だ。
「勇者、あのぉ~風呂は? 汚れを落としたいのだが?」
「ああ、大衆浴場があるな。国営の」
「大衆浴場?」
「大きな風呂だ。連合国には大衆浴場の文化が根強い」
「ほほう!! 行こうではないか‼ 冒険者ギルドは明日でいいな!!」
「明日でいい」
「行こう行こう。綺麗さっぱりしたい!!」
「へーい」
皮の鎧を脱ぎ。勇者には出ていってもらった普段着に着替える。私服に身を包み、支度を済ませてすぐに部屋を出た。そして、勇者は廊下で着替えていた。余はその行為に気が付く。
「すまぬな」
「いや、いい………着替えの時は女の様に気をつけ出したな」
「ああ、だるいなぁ。男の時は何処でも着替えられるというのに………気になってしょうがない」
「ここで着替えていいぞ。眺めるし、魔法で隠してやるから」
「そ・れ・が・い・や・な・ん・だ!! 覗くな‼」
「なら、気を付けな。可愛いんだから」
勇者がにっこり笑いかける。
「お、おう……くっそ、やめろ。心臓が痛くなる」
「えーと、地図は。ああここか大衆浴場。じゃぁ行くぞ~ネフィア」
「わ、わかった」
勇者に後ろからついていく。フードで顔を伏せながら。
*
旅の疲れを癒すためについた建物は白い壁は共通だったが屋根は赤く、棒状の煙突が高く立ち上がり、煙を吹いている。
道中、タオルを購入しその大きな門みたいな扉を潜る。変な布が垂れ下がって「湯」と書いてあった。
暖簾と言うらしい。店にもかけてあるから気にしなかったが初めて知る色濃く残った極東の文化を感じ取った。ゆっくりと帝国も同じように暖簾文化に染められていっているらしい。
「ふむぅ」
中に入ると軽装の兵士が受付している。銅硬貨で支払い、中に入れて貰う。勇者についていくと何故か周囲が自分を見てる気がする。
「なぁ、ネフィア」
「なんだ?」
「こっち、男湯」
「……どうした?」
「お前、大衆浴場は男湯と女湯があってだな。お前はこっちに来ちゃいけない」
「余は男ぞ? 男ぞ、男ぞ」
「言い聞かせてもダメだ。出ていく」
勇者が兵士を呼ぶ。近くにいた女性の兵士に手を引かれて連れていかれそうになる。兵士に硬貨を勇者は渡した。
「すまない。令嬢だからわからないんだ。教えてあげてくれ。はい、駄賃だ」
「そうですか。わかりました。気前がいい貴族様」
「あ、あああ………あうぅ」
逃げられない。
「北から来たのですか? 混浴は無いんですよ、ごめんなさい」
「ネフィア。お姉さんについて行けばいい」
余は首を振って惨めな気持ちで「くそったれ!!!! くそったれええええええええええ!!!」と心の中で叫ぶ。
案内された先で女兵士に一通り説明を受けたあと肩を落とした。貴重品は宝物庫にいれてくださいとも教えてもらう。
「…………女湯」
脱衣場に渋々入る。中は棚が沢山ある。そこに衣類を入れるらしい。「それよりも‼ いっぱい裸の女性がいる!!」と心でいけない事をしているような気持ちになった。それが何故かとても辛い。覗き見してる気もするし、男だった自分が自分以外の女性の裸を初めて見た。
マクシミリアン騎士団の時は時間で避けて風呂に入った。「抜かった!! 大衆浴場を知らなかった!! あああああああああああああ」と頭を抱える。綺麗な乳房、若い女性も、沢山おり。自分の体が変わった事を再確認させられる。気が動転し勇者に助けをと考えて。「勇者は男湯だぁああああ!!」とアホな事を考える。
「あのーもしかして、初めてですか?」
「あ、ああ。そ、そうです。どうすればいいんでしょうか? あまり、外へ出たのも最近で」
嘘ではない。気恥ずかしい。
「あら、やはり何処かのお嬢さんですね。案内します」
近くにいた人の親切に落ち着きを取り戻す。「少し申し訳ない」と思いつつ、脱衣場の説明を受けて服を脱いだ。棚に服を収めた。風呂場は驚くぐらいに大きく装飾も綺麗だろうがまったく落ち着けなかった。
「こんなのがずっと………続いてくのだろうか? 辛いなぁ………」
慣れる日は来るのだろうかと余は不安になる。
*
「どっと疲れた。さっぱりしたのに心が淀んでしまった………申すわけない。女性たちよ」
出た後に、休憩場所の長椅子に罪悪感で頭を抱えて座る。勇者はまだ入っているのだろう。
「ああ、女って大変だぁなぁ」
ピトッ!!
「ひゃう!? 冷た!!」
「かわいい、悲鳴だなぁ。ほれ、高いんだぞこれ。ここの名物なんだ」
「う、うん?」
瓶に入った牛乳を渡される。ほんのり赤い。それを勇者が首に押し当てたのだろう。今は、怒る元気もなくそのまま受け取った。
牛乳はそこまで珍しくはない。帝国にもあった。勇者がガラス蓋を取り、それを真似て自分も栓を取る。
そして勇者は腰を当てて、美味しそうに一気飲みをする。豪快に。満面の笑みで。「そんなにうまいのかなぁ?」と自分も食べる。
「いただきます」
冷たい飲み物を含んだ。一口でわかる。甘さ、仄かの苺の風味。なめらかな牛乳の飲み口。
「美味しい!?」
ミルクの柔かい飲み心地に風味と甘さの絶妙なバランス。今まで飲んだ物よりも驚きが隠せない。
「なにこれ!? なにこれ!?」
「苺をすりつぶして牛乳に混ぜただけなんだが。調合バランスがすごくいいんだよなぁここ。他の店もあるけど一番ここのが旨いと思う」
「すごく………美味しい」
飲み干して、余韻に浸る。飲み干してしまった寂しさも、満足感もあり。今さっき悩んでいたのがバカみたいに思えた。
「はぁ……美味しかった」
「よかったなネフィア」
「うん!! あっ……えっと!! 余は満足!! くるしゅうない!!」
「飲み終わった瓶は返すから。くれ」
勇者が瓶を受け取り、返却箱とかかれている箱におさめた。素直に返事をしてしまい、恥ずかしい思いをする。
「まだ少し日が高いな。じゃぁ次は商店でも見に行くか」
「そ、そうだな。行く」
女湯だった愚痴を言おうと思ったのに。全部、あの飲み物で鬱憤が消えてしまった。それぐらいに本当に美味しかった。
*
大浴場の宝物庫から貴重品を取り出して商店へ、長い道のりをお金を払い馬車で移動しないといけないぐらいに遠い。見える商店は帝国と同じ感じであったが置いている商品が違っている。
「ここが、この国の商店」
出店が立ち並び自分達以外の冒険者や、どこからの観光客がいる。ここに来る観光客は金持ちだろうと思う。魔物を倒せる冒険者を雇って来なければいけないからだ。帝国からの旅行客だろう。装いが違う。
「ん………んん!?」
そんな商業地を歩いていると芳醇な、甘さと炭と焦げ臭い油の匂いで反応する。
「な、なに!? この匂い!!」
「これは…………あっちか」
ぐうううううう
「ネフィア、お腹すいたから何かを食べよう。ちょうどいい匂いがするしな」
「女だからって気にしてるわけじゃないからな‼ お腹が鳴ったのは自然な事!! 気を使うな‼」
どうしてこんなに恥ずかしいのかわからないが照れ隠しをする。
「はいはい、でもお腹すいたし。食べ歩きながら見ていこう」
「軽く流しよって………余は恥ずかしかったんだぞ」
「そっか、あっちから匂うな。けっこう距離あるぞ」
勇者が魔法で場所を突き止め、先行し歩く。自分は後ろをついていき。さすが風の魔法使いと言ったところかと感心した。
勇者が止まり一つのお店に指を指す。近くに寄ると何かを炭で焼いてお客に渡しているのがわかる。
「へい!! 屈強そうな姉ちゃん兄ちゃん!! 珍しいかい?」
「ああ、珍しいな。ここでしか食えない。鰻の蒲焼き」
「おっ!? 通だなぁ‼ 姉ちゃんはマジマジと見てるから知らないもんかと思ったぞ‼ そこ姉ちゃん、鰻の蒲焼きって言うんだ。うまいから買ってくれや」
「うなぎのかばやき?」
聞いたこともない。
「3本頂戴」
「へい!! 焼きますぜ」
何かの身を串に刺し、つぼの中には黒い液体につけて炭で焼いていく。いい香りだ。勇者がお代を皿の上に置き、そのまま待つ。
「へい、お代は丁度!! ちょっと待ちな」
焼いていく物をひっくり返し、黒い液体を筆で塗っていく。何故か自分は口の中が湿ってる気がする。
「食べたことがないはずなのに………じゅる」
「姉ちゃん初めてだろう、美味しいぜ‼」
「ネフィア。期待していいぞ」
「うむ、ワクワクするな」
両手で握り拳を作り眺めた。
「はいよ!! 出来たぜ!! まいどあり~ゴミは他の店にでも渡してくれ。ポイ捨ては罰金だぜ」
焼いた何かを大きな葉っぱの上に置き、それを食べ歩けるように。勇者はそれを持ち、歩く。
「ほら、ネフィア。1本取りな」
「うむぅ!! いただきます‼」
たまらず、勢いよく食べる。ざらっとした身だった。小骨もある。だが、味は予想外だった。
「………うまい。甘く辛い味と炭の焦げた風味が合わさって。美味しい」
「鰻と言う生で食べると毒の魔物だ。焼けばうまいんだよ」
「うむい~」
お腹が空いていたのか一本を勇者より早く食べ終える。
「多目にもう1本買ったから食べていいぞ。醤油に蜂蜜って合うんだよなぁ。このタレはそれで甘さを出してる」
「いいのか?」
「いいぞ、笑って食べる姿は幸せそうだから」
「うむぅ。かたじけない」
1本食べ終え。もう一本を掴む。2本目は、美味しさより。満たされる物があった。暖かい、優しい味がする気がして、少し戸惑う。「なんだろう? 最近、頭がおかしい」と首を傾げるが、原因がわからない。そんな中で大きい声によって思考が遮られる。
「退いた退いたあああああ!! 通るよぉ‼」
道の奥から大きな声と馬の蹄の音。そして、ゆっくりと大きな大きな生き物の死体が馬によって引っ張られ。道の真ん中を通っていく。銀色と黒色の光沢。大きな目。たぶん魚だと思うが建物のように大きく太い。
「おっ!? 今回いいもの釣れてるじゃん‼」
「ははは!! 兄ちゃん期待してな!! ククク今回大量だから‼」
「何人やられた? この魔物に」
「ああ。わっかんねぇ………しかし、悔いは無いだろうさ‼」
勇者が兵士に声をかけ、仲良く話をする。多分他人だろうけど。これが冒険者と言うものだと感心する。
「さぁ、ネフィア。行こうか」
「あれは何だ? あの大きな魚は!!」
「海の魔物だ。人食い黒マグロって言って美味なんだ。美味いから命を賭けて狩るんだよ。この国は食べ物関連では化け物だからね」
「美味なのか………」
「脂の乗った大トロって言う部位の高級食材が美味い。後は頭の方のカマトロかな? 今日は安く食べられそうだ。まぁ安いって言っても高いけど」
「………期待してもいい?」
「もちろん。この国に来たのは。楽しんで貰うためだからな」
「へ?」
勇者が嬉しそうに、楽しそうに微笑む。
「ネフィアが楽しんでる姿が一番のご褒美さ。俺はそのためにいる」
「…………」
声が出なくなる。優しい声と格好いいその顔で言われて顔から火を吹き出すぐらい暑くなる。
「さぁ!! 行こうか、この先に牡蠣っと言う大人向けの貝がある。俺は好きだなぁ」
「う、うん。私もまだもっと食べてみたい」
余は口を抑える。「私」と言ってしまったことに気が付いて。
「よし、いこう」
勇者が気付かずに前を歩く。それに対して自分は「私」を隠して大人しくついていくのだった。
§
次の日。連合国の冒険者ギルドに顔を出す。連合国冒険者ギルドの建物は移住区と商業区に複数あった。帝国とは違って酒場と隣接して大きいだけの施設。帝国のは城一つがギルドで多機能だっただけに帝国の規模の大きさ再確認した。
そしてギルドに来た理由は仕事をするためにはギルドの受け付けに頼み登録しないといけない。いい条件の依頼を回してもらうためにも酒場に居ると言う事を知ってもらうためだ。出来る事が多い勇者のお陰ですぐに依頼は来るだろう。自分が先に登録する。黒髪ポニーテールのきつい目の受付嬢が対応してくれる。ビックリしたのは片腕がなかった。
「では、ここに滞在期間を。気にするな片腕のことは、戦争の怪我だ」
「あっはい!! すいません」
「いや、いい。慣れている。みられるのはな」
落ち着いた芯のある、片腕でも強い大人な女性だ。
「冒険者ランクは普通のシルバーか」
「はい」
マクシミリアンの依頼によってランクが上がったらしい。ブロンズ、シルバー、ゴールド、ダイアの四種類が基本だ。
ダイアはギルド長がそのランク帯らしい。なので大体3段階。ダイアより上が有ると言うけど。それは余り知られてないらしい。そういうこと勇者は知っていたので教えてくれた。勇者はゴールドと言っていたが、それを知っている事が嘘をついていると察する。
「じゃぁ、仕事があれば呼ぶよ。ネフィア殿」
「あっ待って欲しい。パーティーが居るんだ。おーい!! 登録済ませたぞ‼ お前も同じ内容なんだから早くしろ‼」
「ああ、悪い。薬を買っていたんだ。これがないと辛くて辛くて」
「病気でもないのに薬なぞ……」
「性欲抑制剤はいる。絶対」
「……………おう。絶対飲め」
いつも飲んでる薬はそういうのだったかと納得した。病気かどうか不安だったが、杞憂に終わる。約束は守ってくれるのだ。男として襲わないと約束してくれている。
「はい、これ。おれのカード。ん? きみは……」
「ん? お前」
勇者が身分証を提示し、目を細める。相手も身分証をしっかりと見ている。二人は知り合いなのだろう。
「ネフィア、頼むがあっち行ってろ。古い仲だ」
「お、おう。わかったぞ」
緩い雰囲気から一辺。真面目な顔で言われたので渋々離れる。酒場の空いている椅子に座り、自分はこっそり魔法を唱えた。酒場で紅茶を頼みながら横目で見る。
「音拾い」
教えて貰った魔法を発動させる。音を細かく拾うだけの魔法だが、隠し話は聞きやすくなる。風魔法の応用らしいが、何故かこの応用だけはスッと覚えれた。
自分は拾う音を酒場の人間の声が聞こえるが削除していき、勇者と受け付け嬢だけに絞る。
二人で見つめ合う姿に嫌な気持ち、ワケわからない憤り、嫉妬などの感情が湧きながらも。平静を装い。押さえて盗み聞いた。少し勇者が違う顔をしている。いつもと違う冷たい表情で口を開いた。
「ここで、会うなんてな。ガーベラ騎士団の騎士」
「同じく、帝国の『魔物』黒騎士が何のようだ?」
「黒騎士は抜けた。今は、冒険者。そっちは受け付け嬢かな? 抜けたのか?」
「…………ふ、片腕切り落として言う台詞はそれか?」
自分は驚き、口を抑えて落ち着かせる。「切り落とした!?」と声が漏れそうになったのだ。
「何か言ったらどうだ?」
自分は息を飲む。知り合いどころの話じゃない。それよりも、勇者を知れるチャンスっと思っていたのに加害者だとは驚いた。これは聞いていていいことなのかどうかを悩むが結局、盗み聞き事態。誉められた行為ではない。
しかし、自分は何があったかを。彼の過去を知りたがっているため。悪いと感じつつ、聞くことにした。
「すまない………そうだったな」
「ふん、仕方がない。それが戦争って奴だ。お前を倒せなかった私の実力不足だったのさ。お前は私に勝った」
「いいや、実力は同じだった。ああ、強かった。戦場のガーベラ騎士。名前は知らなかったけどな。こういうところで出会うんだなぁって本当にわからないもんだ」
「トキヤっと言うんだな、お前………」
「よろしく。ガーベラ騎士団の名騎士様の名前は?」
「紫蘭だ」
「紫蘭かぁ。俺と同じ東方の民の出だったか」
「いや、アクアマリンの民だ。そういう名前をつける奴がここにもいる」
「ふーん。積もる話もあるだろう。今夜、どうかな?」
「ふん。よかろう。強敵と飲む酒の味はいかほどの物かな?」
何か、仲良くなってる。昔から知っているのだろう。勇者を知っている事に少し妬ける。妬けると考えて自分の心情に驚き。唇を噛んで落ち着かせる。
そんな中で勇者が戻ってきた。少し複雑そうな顔をして自分の前の席に座る。だが、彼は彼女との事は一切話さなかった。
*
受付時間が終わり。酒場が活気づいていく。一枚の紙に目を通す。
トキヤと言う冒険者の身分証の写しだ。こいつは黒騎士の注意人物。黒騎士団は死神たちと言われ恐れられていた。そんな中での一人だ。ネームド「魔物」と言われ、恐ろしい力で多くの騎士を屠っている。
「抜けて、ドラゴンでも狩ったのか………冒険者でもネームドじゃぁないか」
冒険者のランクにダイアと違った物がある。ダイアはギルド長になれば貰えるし、ギルド長と同じランクの人物でも贈られる称号だ。だが、別にネームドランクと言うものがある。
物差しで計る以外の物。何が出来るか分かりやすくするために付けている。知っているものは少ない。持っている者が言い触らすこともないためそのランクはレジェンドランクとも言われている。出会うだけでもビックリだ。
「ドラゴンキラー」
ランク名に分かりやすい、何が出来るかを記入していた。竜を狩れる者ほど強い者。
「戦争が終わっても戦い続けて居たんだな」
このランクは並々ならぬ努力をしなくては取れない物。コネや金などでは取れない。本当にドラゴンを倒しているのかもしれない。だから、こそ。
「トキヤと言ったか………どんな話を聞けるのだろうな」
失った左腕のを撫でるように触る。長く、失った物。何かと一緒に失くした物を思い出せるといいかと考えて。
*
夜中、勇者が一人で出掛けると言う。それを見送るわけだが。自分はすぐに支度をする。そして魔法を唱えた。
「音拾い」
勇者の足音を拾い。遠くから尾行する。あいつがあの女性と会いに行き一緒に酒を飲むらしい事は知っている。昔を知れるチャンスだと考える。「決して気になる訳じゃない。喋らないあいつが悪い」と言い訳を心の中で考える。
「くぅ!! 男の余が何故こんなことをコソコソと。まぁ黙って待つよりかいいか。そうだネフィアが知りたがっている。そうそう余ではない余ではない。誰かが知りたがっているのだ」
言い聞かせながら酒場に入り、中で勇者の声を拾う。
「紫蘭さん遅くなりました」
「さん付けだと!? トキヤ、お前は普段そんななのか?」
「そ、そうですが?」
「はぁ……悪魔、魔物のような男と思っていたぞ」
自分は心の中で「それは、自分からも言うが。中身は悪魔だぞ。まぁ………余以外の者に対してだが」と考えながら酒場の外飲み用テラスで店員に葡萄酒を頼んだ。盗み聞く風の魔法は便利で片手間の情報を収集できる。
音を拾うだけなのにこんなにも便利な魔法を知ることが出来てよかった。
「悪魔で魔物ですから。当たりです」
「ふむ。元気だな異様に。あの戦争で精神が病んだ奴も多いのに」
「確かに、歪んだ奴が出てきた。俺は元から歪んでたから変わらないんです」
「………自分を卑下するな、お前」
「心持ちだよ。俺は何も出来ない。『才もない運もない力もない』と思い込んでる。だけど一つだけ一つだけ。これだけは絶対に出来ると信じている物があるんだ」
「何を信じている?」
沈黙。長い沈黙。自分も盗み聞きながら息を飲む。
「彼女を助ける事しか出来ないと信じている。それしか俺には出来ないと律する。絶対にそれ以外を今は求めない」
いつも遠い目をして語る『彼女』の話だろう。いつも、たまに話をしてくれる。『彼女を捜している』と教えてもらっている。
「今日、来ていた子か?」
「近いかも遠いかもしれない。まぁそうかもしれない。ずっと前からそれだけ信じて生きている。俺しか居ないんだ。今は護ってくれる奴が」
「彼女はなんだ? 令嬢か?」
「令嬢。それもすごく上だぞ。まぁ器が小さいが。そんなもの後からついてくる。きっと必ず。もっともっと大きくなる。それまで必ず。必ず。護るんだ」
「ふむ。しっかり騎士はやっているんだな」
「ああ、ネフィアと出会う前から。だが悩んでいる。俺が求める『彼女』の名前をそのまま偽名で使っているけど。良いのだろうか……………きっと別人だろうに」
「偽名か。やはり。帝国の令嬢で皇帝陛下の姫か? お前ならそんぐらい行けそうだ」
「ああ、あれじゃない。あの糞女ではない!!」
「知り合いではあるんだな。ククク」
それから二人は過去話をしだす。姫の愚痴から始まり。戦争の時の話をする。自分は『別人』と言う言葉に引っ掛かりを覚える。胸が痛い。
「あのとき。目の前に若造が来てビックリしたんだぞ」
「そのまま油断してくれて良かったのに……」
「アホか。油断は死に直結する。まぁ正解だったがな。何回だ? 戦ったのは?」
「12回」
「しつこい奴だったな、お前は」
「命令だったんだ。刀を持った女騎士を抑えるのが。こっちのネームド名は『毒花』だったなぁ」
「それで、すぐに戦が終われば逃げたのか………」
「生きるが目標だったから。打ち合って成長して。どんな壁さえ壊してでも強くならなくちゃいけなかった。いい師匠だったよ敵ながら。覚えられた」
「段々手強くなってきて最後に腕を持っていかれた。いや、お情けか」
「ああ、すまん。仲間の元へ送るより。情が湧いて惜しいと思ったからな。綺麗な女だと思ったよ」
「お前は『女が前へ立つな。女性なら家で紅を引き、男の帰りを待て』て言われてカッとなったことは覚えている。あれは本心からだったのだろう?」
自分は運ばれてきた葡萄酒を受け取りそれを眺める。何故か、まったく話してくれない事を彼女に話す彼に怒りを覚える。
「本心半分、挑発半分。乗ってくれると思ったから」
「まんまと時間稼ぎされたよ。12回も。だが楽しかった。変なことを言うが楽しかった」
「俺は怖かった。でも、慣れる。慣れたらやっぱかっこ良かった。大きく見え、越えないとその先にいる『彼女』を護れないと思ったよ。確かに戦ってる間は何も考えられ無かったが」
「そうか………………あのときから前を見ていたのか。愛されているな」
「まぁ当時はまだ会っては居ないけどな………」
私は胸を抑える。少し、痛みがした。「彼女」と何度も何度も聞くたびに痛み出す。
「ロケットペンダントまだ持っているんだな。見せてくれ。チラチラ戦いながら見えていたからな。全く切れないし落ちないから驚いていたよ」
「ほれ………」
「なるほどな。本当に騎士だな。恐ろしいほど。芯が通る強さだ。負ける理由もわかったよやっと」
ロケットペンダント。勇者が着替えの時にいつも首にかけているものだ。余も気になったので窓から覗くが小さくて何も見えない。
「ん……………ちょっとトイレ。すまんな」
「ああ、わかった。葡萄酒おかわり」
勇者が立ち上がるのが見えたので急いで隠れる。目が会ってはないと思う。一瞬だけしかこっちを見ていない。
「ネフィア、どうしてここに?」
大丈夫では無かった。
*
「こっちが、同業者のネフィアだ」
「よろしく。受付嬢の紫蘭だ」
「はい、ネフィアです。こんばんわ」
「同席いいかな?」
「ああ………もちろん」
捕まってしまった。しかし、チャンスである。わざわざ紫蘭さんの隣に座る。捕まってしまったなら直接聞くまでのことだ。
「紫蘭さん。彼とはどういった間柄で?」
「敵同士。戦場で殺し合った仲さ。私が負けて腕を落とされたがね」
「そ、そうなんですか」
「過去さ、今は関係ない。緊張しなくていい」
「ごめんなさい」と心の中で謝った。知ってました。演じています。何も知らないと。
「彼は、過去を話してくれません。どんな方でしたか?」
「ああ、敵の私から見ると本当に厄介者だった。私に仕事をさせてはくれず。しかし、そう。刀で斬れない楽しい敵だった」
「楽しい敵?」
「ああ、何度も全力を出しても立っている。初めて出会った全力を出せる相手だった」
「俺はめっちゃ怖かった。途中から逃げたら追いかけてくるし、向こうから俺を呼ぶんだからなぁ……」
「ふん。呼んだら絶対、出て来た癖に」
「もちろん。騎士団長の依頼だし、いい相手だった」
何故だろうか敵同士認め合っている関係。すごく、綺麗な関係。すごく、胸がモヤモヤする。
「だから、だろうか。腕を切られても恨むことは無かったな。強いものに負けたんだ悔いは無い」
「そ、そうなんですね」
その関係が羨ましく思う。非常に。
「なぁ、紫蘭」
呼び捨てで真っ直ぐ勇者が彼女を見つめる。
「なんだ?」
「もう、刀を持つことはないのか?」
「………残念。片手では無理だ」
「そうか、残念だ。出会いたくない敵だったが。本当に残念だ。本当に」
「ありがとう。その言葉だけで満足だ」
疎外感以上に悔しく思う。彼女は認められている。「自分はどうだろうか? まったく強さで認められていないのではないだろうか?」と自問自答し、落ち込む。
「そうだ!! トキヤ。ちょっと待ってろ」
紫蘭さんが立ち上がり、少しした後。カウンターに戻ってくる。数枚の依頼書と共に。それを勇者が受けとり眺める。
「これを、見てくれ」
「依頼書? 斡旋してくれるのか? いいのか、勝手に」
「奢ってくれるだろう?」
「ああ、わかった。もちろん見せてもら。あああ!?」
勇者が嫌な顔をする。その顔を紫蘭に向けた。
「おい、これ…………他に居ないのか?」
「いないから、ずっとギルド長に頼んでる。ギルド長も嫌がって嫌がって結局、保留」
「なんでいつもいつも。どこのギルド行ってもこんな面倒な物を持ってくるんだよ‼」
「はは~ん。やっぱお前、他でも同じように斡旋されるんだな。保留が無くなっていい」
余は「なんだろう? どんな依頼だろう?」とそれを覗かして貰う。
「くっそ、ああ。何で皆、こんなの頼むんだよ。他に居ないのかよ。おかしい」
「いないからお前なのだろう? ランクは知ってるだろう?」
「ゴールド」
「わかった。嘘をつくんだな。ドラゴンキラー」
そこから、紫蘭が説明し勇者が渋々依頼を受けた。勇者は冒険者でも恐ろしいほど凄いことが今になってわかった。ドラゴンキラーと言うのは流石にわかりやすい指標だ。
さすがに童話のようにドラゴンは無いだろうと思っていたのだが。詳しく聞くと本当にすでに倒していたらしい。さすがは彼と言った所だと納得し、余はそのまま二人の仲の良さを見続けた。
「いつか余もここまで仲良くなればいいな」と考えながら。
§
探索開始日の1日目、紫蘭からの依頼の一つを受け、今は連合国騎士団と共にその依頼を行おうとしている。預けていた馬ともう一匹買い付けてアクアマリンの数人の騎士と共に都市を出たのが早朝。そこから南下し、舗装されていない道を進む。
道中で弱い数メートルもある液体状の魔物に出会ったが馬で走り抜けた。それ以外ではそこまで足止めを食らう事はなかった。
到着は太陽が沈みかけの時刻となり。馬で走っても半日ではいけない場所である事を再確認。時間も遅いので探索は明日となった。夜営の準備を行い。夜食はベーコンの薫製と柔らかいパンを食べる。
短期間なので長持ちする食料は持ってきていない。薫製ベーコンだけである。そして騎士に夜。言い寄られたが、勇者と一緒に殴って蹴り飛ばした。
*
2日目の探索。今日、本命のダンジョン探索である。依頼内容は最近発見された遺跡ダンジョンの地図作成と先行の軽い調査だ。依頼者はアクアマリンの国。
そして、もうひとつ。盗賊等盗掘者の始末するために騎士団を駐留させたい。なので騎士団を同行させ、探索を直接報告することになっている。勇者と自分は探索の準備を行う。
騎士団たちは木を切ってテントや壁を造り。駐留箇所を作り、後続に備える。我々は軽装に身を包んでの先行探索だ。
「探索ってなんでダイヤ以上なんだ? 誰だって出来るだろう?」
「いいや、一人二人じゃ誰も出来ない。良いことを教えてやろう。戦争で威力偵察で放った場合。何割生き残る?」
「………5割?」
「1割以下。1割生き残っていればいい。敵もバカじゃない、全力で殺してくる。ダンジョンもそうだ。一人でも生きていれば情報が共有できる。数を沢山用意すればいいな」
「そうすればいいのか? なら何故………やらぬ?」
「戦争の爪痕で人がいないのさ。人がいないのに殺してどうする? それに『死にます。いきませんか?』と言って集められるか?」
「あーなるほど。大切な人材、死にたがり以外に来ないから無闇に頼めないのか……」
二人で話ながらダンジョンの入り口まで足を運ぶ。周りは朽ちた石材の建物が建ち並び草に覆われ、石の足場の間から小さな小川等が流れている。魔物から護る壁もないの昔の建造物だ。
最近になって地下の入り口が見つかったらしい。だが、盗賊ギルドに先を越されていると噂がある。出会ったら戦闘だ。
「ここが、そうか」
大きな大きな口を開いて冒険者を飲み込もうとするダンジョンの口。中は真っ暗だ。幽霊出るだろうから背筋が冷える。
「幽霊いそう」
「いたら、喰うだけ」
「………お前、喰う言うけど。倒すことを喰らうと言葉を兼ねているんだよな?」
「そうだけど?」
「そうか、てっきり幽霊を食べるのかと思ったぞ」
「ああ、美味くないからしないけどな」
「んんんんん!? 含んだ言い方。どっちだ?」
「ほら、魔法を唱えるぞ。じゃま」
「あっ!! わかった。音は任せろ」
余も風の魔法を唱える。
「よし、行くぞ」
「音拾い」
「風読み」
ダンジョンの中に向けて魔法を唱えた。勇者は風を流して姿を探し、自分は音を拾う。中は幾多の足音が響いていた。風魔法は便利だ本当に。
「魔物がいる。足音、複数。数までわからない」
「ええっと、こっちは降りる階段までは見えた。魔物はいない。どこまで拾えた?」
「わかんない」
勇者が地図を書く。直線の階段、そこから分岐している。マッピングという物だ。
「迷路かもしれない。戻れなくならないように印をつけて進む。ゆっくり……ゆっくりとな」
「わかった」
ダンジョンの口の中へ入っていく。魔力のカンテラを腰につけて照らし進んだ。分岐についた瞬間勇者が目を閉じて魔法で確認する。
「今から長い詠唱をするから警戒してくれ」
「うむ。音拾い………」
勇者が跪き黙々と呪文を唱える。足元に緑の魔方陣が広がっていた。それが、複数生まれ魔力の増幅を感じる。多段詠唱と言う高等テクニックだ。
ドン!! カサカサ
「何か来る!?」
耳元に近付いてくる足音が聞こえる。重量のある。恐ろしいほど力強くなにかを擦る音。廊下の奥を覗く。暗くてなにも見えないがずっと奥に確かに何かがいる。自分は時間があることを利用し魔法を詠唱。詠唱時間を長くして威力を上げる。
「ファイアーボール!!」
片手に廊下を埋めるほど大きな炎の球を生み出す。それを打ち出した。炎の球が回転しながら進み。通路を照らし出しながら進んでいく。
「音拾い!! そこぉにシュート!!」
そして曲がり角で炎を曲げる。音のする方へ誘導し、そして………耳元に。
ドゴォオオオオオン!!
着弾音を確認する。魔物の動きがない。目標沈黙。
「よし、他にもいる!!」
同じように索敵。そこからもう一発用意し打ち出した。音の魔法は本当に便利だと思う。一方的に見つけていける。
「よし、出来た。風見!!」
「うわぅ!? ちょ!!」
ブワッ!! ペチ!!
ダンジョンの中を風が巡っていく。強い風に煽られ、転けた。痛い。スカートがはためき、倒れた余を勇者は手を伸ばしてそれをつかむ。
「やるならやるって言え!! くそばか!!」
「すまん、すまん。よし、全部の空気を入れ換えまで時間がかかるが。図面は出来た」
勇者が目の前に魔方陣を生み出してマップを表示する。その細道一本一本がゆっくりと表示される。迷路になっており、風に魔力を乗せて張り巡らしたのだろう。
「凄い………もうマッピングが終わったのか?」
「書き写しがある。はぁ………1日かかるだろう」
「何故、迷路が?」
「宝石を取られたくないから迷路にする。珍しい事じゃない。防衛手段さ」
「宝石があるのか?」
「わからない。ゴーレム、デーモン、スケルトンがいれば確実だ。特に個人的な理由でデーモンは好きだ」
「ふむ。じゃぁ………写してる間、暇潰しで魔物を倒す」
今さっきと同じように音を拾い。そこに向けて炎の球を走らせる。着弾させて魔物の数を減らして行く。
「………ネフィア。凄いな」
「えっ!? 今なんて!? 褒め称えたか!!」
「凄いな、その発想。音で索敵したのを倒すなんて。それと魔法を操る技量もすごいなぁ」
「ふふふ!! もっと誉めてもいいのよ?」
「凄い凄い!!」
「へへへ!!」
やっとやっと褒めてくれた気がする。その日は、ダンジョンのお掃除と書き写しで終わった。そのままダンジョンの出口で夜営をし明日に備える。
*
3日目は雨である。ダンジョンに入らないよう返しがついていて水が入っていかない。しかし、階段と廊下に一応水抜けようの側溝が掘ってあり、マップを見ると大きなフロアがあるらしい。
地下水がそこに溜まっているのではないかと予想がたてられる。マップを使い探索。勇者が描いた物を元に最深部を目指す。
「一応、二人のパーティだ。前方は俺、後方は頼む。気を付けて行くぞ」
「わかった」
二人で最初の分かれ道の右を進む。左は全て行き止まりだ。手元のカンテラで照らしながら進む。余は魔法で音を拾いながら気を付けていた。
「あーいないねぇ」
「いないなぁ……あっ。まて」
通路の先に黒い生き物が見える。近付くと焦げた臭いが鼻についた。蜘蛛のような魔物だが死んでいる。小さい蜘蛛もおり、多くの亡骸が転がっている。
「あーここは巣か」
「うえっ………キモい」
「大きくなるとキモいな。先は長い。印を残しながら行くぞ」
「うん、音拾いしながらついてく」
「そうだな。それよりも……ネフィアは俺より拾える範囲が広い」
「まぁ……うん。そうだな。あー先に1匹いる」
「直接、攻撃する」
勇者に話を盗み聞くために頑張った結果だ。そして魔物がちょうど通路の先にいる。奥は明るく、姿が見える。発光している生き物だ。
「あれは………デーモンだ」
「あれが?」
牛頭に斧を持って歩いてくる。明るい理由はデーモンの近くに魔力の塊が浮いていた。カンテラと同じように魔力の力で照らしているのだろう。初めて見たデーモン。しかし、英魔の悪魔族の上位のデーモンとは違うようだ。牛の頭に石の大斧を持ってる。
「ぶほ。ぶおおおおおおおおお!!」
我々は視認され、デーモンが叫ぶ。
「下がってろ、炎の球でも用意して」
勇者が背負ている剣を掴み鞘から抜き、片手でもち歩く。デーモンが声をあげて走ってきた。それに呼応するように勇者の歩がだんだん早くなり走り出す。
「ぶもおおお」
デーモンが石斧を降り下ろし潰そうとする。勇者が両手で剣を持ち。下から上へ振り上げ、斧に下から真っ向でぶつけた。
廊下の中央でぶつかり合い、ダンジョンが揺れる衝撃が生まれた。自分が持っているカンテラ大きく揺れて衝撃の強さがわかる。
ガキン!!
そして、デーモンの斧が砕け散り、上に弾かれる。その隙に勇者が懐へ入り込こんで大きく横に切り払い。素早く再度デーモンの股から剣を振り上げる。
十字に切られたデーモンの動きが止まり石になり、砕け、砂になった。そのまま勇者が自分の元に戻り、投げていた剣を鞘に収めて背負い直す。
「デーモンが力負けした!?」
恐ろしい光景だった。はるかに体が小さい筈なのに。力負けをしない。しかも一瞬で屠った。
「さぁ行こう。この先にあるらしい」
「う、うむ」
軽く勇者の強さに引きながら。自分達は歩を進める。途中、白骨した死体と。至るところ噛み後がある倒れている人を見つけた。もちろん、死んでいる。盗賊ギルドのメンバーだろうと勇者は言う。
「まて、ネフィア」
「どうした?」
「奥を照らす。ファイアーボール」
勇者が手で制した後に右手でファイアーボールを放った。壁に穴が開いてあり、地面には矢が転がっている。
「壁から矢が出る罠だ。迂回しよう………迂回して通れる」
「考えて作ってるね。知らないと引っかかる」
迂回し、奥を進んだ。魔物にも会わず、順調に進み壊れた扉が見える。中を確認し、色んな物が大切に保管されていたが一個も取らず。きびすを返した。印を頼りに入り口まで戻る。結局、2日で依頼が終わり。勇者の腕の高さを垣間見たのだった。
*
その夜。雨は上がり、ジメっとした空気。報告は「明日でいいだろう」と言うことで二人でご飯を作る。作ると言っても焼くだけ。薫製の腸詰めとパン。しかし今回はマスタードがある。それを塗って挟んで食べる。
薫製されたウィンナーのパリッとした皮と桜と言う木の薫製はほんのり花の香りがする。勇者はわからないようで、余の方が舌が繊細だとわかった。
「あぁ美味しい」
「本当に幸せそうに食べるね」
「美味しい……なんで?」
「いや~俺に聞かれても。花の香り。桜……もう春も終わって暑い夏だしなぁ。見せたかったけど来年だな」
「ふーんそんなに綺麗なんだ」
「ああ、凄く綺麗だ。まぁ俺は……いや、なんでもない」
「………また『彼女』と見る方がいいと思ってる?」
「もちろん」
「そっか~」
「何か? 含んだ笑い方だな? あっそう。雨でジメッて気持ち悪い。風呂でも入るか?」
「別に~なんでも。ん? えっ? お風呂?」
「ああ、お風呂。どうする?」
泥まみれより、さっぱりするから入ってみたい。それに最近は綺麗にしないと、気が気でない。
「うん、入る。うん…………はぁ…………」
「溜め息ついてどうした? やっぱ疲れたか」
「うん………疲れた」
「じゃぁ早めに作るよ。石畳の綺麗な底材を捜してっと」
勇者が立ち上がり呪文を唱えて水を生み出し。石畳を洗う。底に魔方陣が浮かび上がり、洗った水とは別に四角に固定される。
「えーと水の温度が9度。いい温度まであげたいから………1リットルで必要な熱量は………よし」
四角の透明な水の箱から湯気があがる。自分は隣で見ていたのだが何をしているのかわからなかった。火でお湯を作ってない。
「なんでお湯が?」
「風から温度もらってるんだ。風が冷たいぞマイナスだ」
「さぶぅ!! わざわざ風をぶつけんでいい!!」
めちゃくちゃ冷たい風が体にあたった。
「ははは、さぁ入ればいい」
「お、おう………覗くなよ」
「覗かない、覗かせないから安心しろ」
「うむ………覗かないか」
『残念だな』と何故かそう思い首を傾げながらも、軽装の鎧と服を脱ぎ暑めのお湯に入るのだった。
*
「入り終えたぞ」
武具を手入れしている勇者に声をかけた。鎧は脱いで服だけである。タオルは何故か持って来ていた謎が解ける。何処でも風呂が入れるからなのだろう。
「わかった。俺も綺麗にする」
自分は髪を丁寧にタオルで拭き取る。火の魔法を使い。小さな火球でゆっくり乾かす。そのあと、毛先を小さな鋏で切る。こうすることで痛んだ先の毛を捨て、ゆっくり髪を伸ばすのだ。
もう伸ばすことがないので気にせず切り揃える。
「ふふふ~ん♪」
夏の風がちょうど火照った体を冷やし気持ちいい。鼻唄混じりで髪を整えハッとする。
チャプ
「あっ? えっ?」
勝手に風の魔法を唱えてしまったようで勇者が入った水の音が聞こえるてしまった。暴発するぐらいに体に馴染んでいる。
「………なんで? でも、ちょっと覗いても」
髪の手入れをやめ、立ち上がりこっそり湯船に浸かる勇者を覗く。逞しい堅い体と幾多の傷跡。それがカンテラで照らされている。
「…………何してるんだろ、『私』」
少しして、髪の手入れに戻るのだった。本当に何してるんだろう。
§
4日目は騎士団と合流した。ボコボコにした騎士団員はこそこそと隠れているのを横目に隊長らしい人に俺は声をかけた。
「終わったぞ。ほれ、地図。盗賊ギルドの連中は全員死去。奥になんかあったけど依頼外だ。見てくるといい」
「早いな!? 野営地はまだ杭を打ち込みむので手が一杯だ。まだまだかかる」
「じゃぁ俺らは帰る。保存食と医療品置いてくから使ってくれ。部下によろしくな」
「すまない。奴は彼女と別れたばっかりだったからムシャクシャしたんだってな。しかし、いいのか? 奥の物を持って帰らず」
「俺らはいらない。必要な所に渡すだけ。依頼主だし、元騎士だからあんたの苦労も分かる」
「かたじけない」
ネフィアが用意した皮袋を騎士の隊長に渡す。
「どうぞ、騎士さま。あの方にも新しい彼女が出来ればいいですね」
「な、なんと………優しい………」
「でわ、私たちは行きます。ご武運があらんことを」
祈るふり。人間の女神なぞくそったれだが喜ばれるのでやるらしい。
「はぁ……なんと清きプリーストだ」
「ごめんなさい。魔法剣士です」
「そ、そうなのか。いやぁ聖職者より綺麗なので」
褒めてるのか聖職者を揶揄してるのか考えさせられる。
「それでは失礼します」
馬に乗り手を振ってその場を後にする。馬を並べ都市へ向かう。
「お前、あんなの何処で覚えてくるんだ?」
「聖職者がやってたの真似たんだ。喜べ軽い回復魔法を覚えようと思ったんだ。便利そうだから」
昨日、傷だらけの体を見られた。これからもきっと傷だらけになるだろうからと考えての事だろう。
「便利そうだが………祝詞だぞ?」
「大丈夫、聖職者の奴等も神様なぞ金儲けの方法らしい。酒場で聞いた。信仰無くても使える」
「そうだけどな。お前は仮にも魔王だったんだぞ?」
「勇者らしくない勇者がいるのに魔王らしくない魔王がいない訳じゃないだろう?」
「確かに……ははは」
「ふふふ」
道中は本当に平和で。俺は嬉しくて口をずっと押さえていた。
*
ついたのは夜中。ご飯も食べずに走ってきたので酒場に顔を出す。ちょうど紫蘭が葡萄酒を飲んでいる所だった。
「あっ!! 紫蘭さん」
「その声は、ネフィア殿とトキヤ。何か足りないものでも補充に?」
「いいや、終わったから帰ってきた」
「終わっただと!? バカな!? 早すぎる!! 後輩たちは!?」
「置いて帰ってきました。まだ杭を打ってる最中です」
「………本当に終わったのか?」
紫蘭が勇者の顔を覗く。近いのにヤキモキする。
「これが今、騎士が持っている地図の複写だ。魔物は蜘蛛類の巣。無機物のデーモンだ」
紫蘭がその地図をカウンターに広げる。赤い線が引いてあり、そこが正解の道だ。
「なるほど。ダイヤ以上の働きだ。ルートまで見つけるなぞ。短期間で2月程かかる依頼料金を貰ったのにこれでは……まぁいい、明日払おう」
「おっ? いいのか?」
「1か月分な」
「いいや、2ヶ月。儲けてるだろ? 依頼を出してる時点で儲かる。それに奥の秘宝は手を出してない」
「………わかった。いいだろう。明日、取りに来い。騎士にはその旨を伝えたか?」
「もちろんだ。あっちの方が早い。しかし、人が足りないだろう」
「ギルド長から直接依頼を出して冒険者を募る。明日、向かわせる準備をさせ取りに行く。騎士団より先に取らないとな。あっちはもう知っているのに動きが遅いのがいけない。いいや、駐留所が出来て探すのが本来の目的だな。お前の仕事が早すぎて出し抜けるのかぁ……ビックリだ」
「じゃぁ2ヶ月でいいな。奢ってやるよ」
「もちろんだ」
一瞬のやり取りを聞いていたが。自分が入り込める事じゃないのがわかる。両方が儲かっている話なのだろう。そんなことより、ご飯ほしい。
「お腹すいたし、なに食べましょうか?」
「マグロの刺身ある? おっ? ある!! じゃぁ大トロ!!」
勇者が叫ぶ。店の人が言うには今日獲れた物らしい。
「大トロ?」
「魚の脂身だ。美味しいぞ」
「豪勢だな、私も貰ってもいいかい?」
「どうぞ」
店員が白と赤の入り交じった物を用意する。「箸」と言う物で二人は食べるのだが、自分はフォークで刺して頂く。口の中でとろける感触。魚と言う物に命を賭けても獲る理由がわかった。言葉は不要。うまい、うまいから取る。
「あー明日は何をしようかな」
「仕事を回してやろう。こんなに早く終わると思わなかったから明後日来てくれ。用意する………本当に腕がある冒険者は仕事が入ってくるな。金には困らんだろう?」
「いや……めっちゃ困ったぞ。稼げども稼げども足りなかったから。お金は鍛冶屋につぎ込んでる。まぁそれで、昔は大変だっただけ。そんときにドラゴンを狩ったんだよ」
「そうか、金稼ぎか」
「貧乏だったのですね」
まぁ、昔の話だろう。
「今はなんで稼ぐんだトキヤ」
「紫蘭。こいつが食うのが好きなんだ」
「は、はい。お恥ずかしながら」
「餌付けかい?」
「もちろん。食べてる姿が幸せそうだからねぇ」
「そ、そんな!! 食いしん坊みたいじゃないですか‼」
「ネフィアは食いしん坊だろ? ここの国で食べたもの思い出せ」
いっぱい思い出せる。あれやこれやと。
「……はい。私は食いしん坊です」
「ははは……いっぱい食べて鍛えような」
「はい!!」
元気いっぱい返事を返した。ネフィアとして。
§
都市に帰って来て我々は多くの資金を得る。勇者がすでに一級品のレベルになっているので簡単なだけだろうことだが本当にこいつが魔王を殺す勇者じゃなくて良かった。だから今、思うのは絶対勝てない事。すでに勝つのを諦めた。木の棒の訓練も避けれるようになったが実戦は違うだろう。絶対に勇者に負ける自信がある。逆にその絶対の強者が我に安心をもたらされている。
だからこそ、回復呪文を早く覚えたい。
「何しようかな………」
朝起きて天井を眺める。上段は自分が、下の段は彼。二段ベットは上と決まっている。初めての2段ベットはすごくワクワクした。奇跡の本を読み、回復呪文を頭に入れる。
「何するかな。おい!? ネフィア、スカートはだけってぞ!! あぶねぇ!!」
我の足を見て勇者がたじろく。我も慌てて隠した。
「うわっ!? えっと……エッチばか」
「不可抗力だからな!! そんなことより一日暇だし。商店行こーぜ。鍛冶屋は次の依頼が終わった後だな」
「鍛冶屋?」
「いい鍛冶師がいる。お前の剣を鍛えた人だ」
我の剣はただの剣ではない。火が出る。
「あってみたいな‼ こんな業物を鍛える御仁はさぞ凄いのだろう‼」
「気は難しいがな………敵の騎士にも武器作るし壁の外にすんでるんだよ。まぁ今日はいかねぇーがな」
「よし、商店で遊びに行くか」
二段ベットから降りる。足元の靴を履き、剣を腰につけて準備を終える。
「じゃぁ行くとしようか勇者よ」
「お、おう。昔に比べて動くなぁ……これが本来のネファリウスなのだろうな」
「その名前は今はどうでもいい」
我は自分の名前を見捨てて二人で商店に出向く。弱いネファリウスとはお別れしたいほど。いい思い出のない名前と思うのだった。
*
外へ出るとむわっとする熱に顔をしかめる。夏らしく日差しが強くて肌に痛みを感じるほどに熱される。
「待て………風で防ぐ」
「いつも、ありがとう」
勇者が自分達にエンチャントを行う。内容は暑さのシャットアウトと日差しによる温度上昇分の放熱だ。快適である。ほんとに便利であり、これがあるからこそ勇者が楽に砂漠に越えられるたのだろう。
「はぁ、お前と出会って季節感が無くなったぞ。夏でも風で全然快適だからな」
「暑いのがいいか?」
「汗もかくし、臭いも気になるからやだ。特に体臭がな」
「理由が女の子らしいんだけど?」
「冗談冗談、暑いのが嫌なだけだ。人間でも魔族でも変わらん」
本当は少しは臭いを気にする。「臭いのは嫌だな」と勇者に思われるのが嫌だ。そんな内情を知らない勇者と二人で商店の通りへ馬車で移動した。今回は色んな物を見て回ろうと思う。
「そういえば、お前。回るはいいけど買うものあるのか?」
「ない。ただ一緒に行くだけ」
「完全な暇潰しなんだな」
「ネフィアと一緒に回ったら楽しい。楽しくない?」
「楽しい………おい!! 何を言わせる!! 笑うなぁ!!」
勇者の背中を強く叩いた。「くそくそ!! 恥ずかしい」と文句を言いながら叩き続ける。勇者は満面の笑みだ。
「へい!! そこのカップル!! 彼氏さん!! 彼女にプレゼントにどうだい?」
出店のおじさんの声を聞きそちらを見る。出店に綺麗な宝石を並べており、活気のいいおじさんが笑みで手招きする。
「残念、彼女じゃないんだ店主」
「へぇー仲が良さそうに見えたけどねぇ」
「………違います」
そう、違う。余は勇者が求める捜し人の「彼女」じゃない。そう言い聞かせる。では、「余は勇者のなんなのだろうか?」と思うが。それは答えがわからない。
「まぁでも!! アクアマリンの名物、アクアマリンの宝石はどうだい? 自慢の物さ」
「宝石………」
綺麗な青色の宝石が並んでいる。ここぞと言うばかりに店主が営業を行う。流暢に説明してくれる。
「アクアマリンは海に投げ込むと消えてなくなってしまうんだ。だからこれは海の力がそのまま石になった物なんだよ。海の御守りとしてこの国じゃ漁師はみーんな持っているね!!」
「持っている奴は屈強な奴も多いな」
「そそ!! それに女性への贈り物でも人気が高い!! どうだい? 悪くないだろう?」
きっと、自分に営業をしているのだろう。一個ペンタンドのダイヤの形をした蒼いアクアマリンは綺麗だと思う。思ってしまう。だが、自分は男だ。
「ごめんなさい。良いものですから高くて手が出ません、本当にごめんなさい」
「すまない、手持ちが少ないんだ」
「あら……残念………うち、証明書しっかりしてるから値段張るからなぁ」
頭を下げ、その場を去る。男なんだ自分は。
「なぁネフィア?」
「………」
「おーいネフィア~」
「……………」
「ネフィアちゃーん」
「……………………」
「ネファリウス」
「うぉ!? な、なんだ!! その名前は危ない‼」
「上の空だったぞ?」
「な、なんでもない。それよりクレープ食べようぜ!!」
「いいな!! 食おう。あの店でいいな、今回は」
「ああ」
クレープとは粉と塩を混ぜて薄く焼いたパンみたいな物。イチゴジャムを包んで食べると美味しい。出店で売っている中のおやつ、朝飯として好みだ。店の前で二つ頼み、銀貨を2枚渡す。なかなか値段が高いのがちょっと残念ではあるが美味だからこその値段だろう。
「ほれ」
「ありがとう」
勇者が買ってきた物を手渡してもらえる。そのまま広場の噴水前へ行き、観光客用のベンチに腰をかけた。広場まで、けっこう歩いたと思う。
「ふぅ、一息入れよう」
周りを見ながらここの広場は変わっている事を再確認する。中央に噴水がありそこから網目のように水が流れて海に戻っていく。舐めるとしょっぱいので海水らしく、魔法石が中央にあることを考えると海から汲み上げているようだ。
景観のためにある施設。あとは海水を汲み。真水にして飲料用にするのだろう。お水精製した物を格安で売っていた。
そしてベンチで休憩できるようになっているが我々以外の観光客の皆は日陰の場所で休んでいる。日差しが暑いからだろう。
「ネフィア。ちょっと用事があるからここで待ってろ。絶対動くな。拉致られるな」
「バカ!! 余はそこまでお間抜けではない!!」
「前科一犯」
「うるさい!! ここで待っていてやるから早くいけ!!」
今度は遅れを取らない。余は強くなってる。
「じゃぁ………ちょっと待っててくれ」
勇者が走って元の道へ帰っていく。一体何を考えたのやら、わからなかった。
「なんなんだ全く。あっ………勇者が離れたから暑い。切れたな魔法」
周りを見ると噴水に足をつけたり、大きい噴水の周りで子供がはしゃいでいる。観光客も海水に足を浸して涼んでいた。
自分もそれを見てベンチから移動し、素足になって流れに足を入れる。入れた瞬間、思った以上に冷たく。きっと地下を通って汲んでいるのだろうから冷やされてここに来ていると考えた。
「…………あーん」
余はクレープを食べながら暑さに耐える。自分の足をまじまじと見て本当の「白く健康的な綺麗な足」と感想を抱いた。「本当に女だな」と思う。勇者がドキドキする理由もわかる気がした。
「………隠した方がいいな」
勇者にとって目に毒だ。自分が自分の足にドキドキするんだ。勇者はもっとだろう。夢魔の力が強くなってる。
「しかし、はぁ………平和だなぁ」
雲一つない青空を見上げて呟く。あの閉じ込められていた暗い部屋と大違いだ。あの日から想像できない日々を過ごしている自覚がある。
「これが、夢で………起きたらあの暗い部屋の中だったら嫌だな。彼は自分が作った幻影とか」
それは本当に嫌だ。あのときに戻りたくない。でも夢じゃない。
「………おっそいなぁ」
「お待たせ。ごめんって……風出すから」
「あー涼しい~おかえり」
勇者の声が後ろで聞こえる。水から足を抜き、乾かすため女座りをする。他の座りかたは中が見えてしまうためだ。
スッ
そんな座っている自分の目の前に勇者がペンタンドを見せる。綺麗なアクアマリンの宝石が吊ってあり、青空のように煌めいていた。あの店で一番綺麗だなと思った物だった。
「えっ?」
頭をあげて勇者を見ると、勇者の顔が頬が赤い。
「プレゼントだ」
「あっ………女扱いするな!! 別に欲しいとは言ってない!!」
「御守りだ!! 俺も同じの買った!! もし、俺の偽物が現れたらアクアマリン持っているか聞け!! 魔族にはいるだろうからな、変装が得意なやつ。俺も聞く。約束な」
それは我の夢魔の事を言っているのだろう。確かに変装できるかもしれない。持っておくにはいい理由だった。
「………確かにいるな。わかった。確認のためと御守りだ。アクアマリンなぞここでしか買わないから。いい確認方法だな」
勇者の言い分はもっともだ。だから、自分は両手のひらでそれを受けとる。手のひらに綺麗に輝く青に胸がときめいた。
「あーあ、喉乾いたから水買ってくるわ。いるだろ?」
「………うん」
勇者が何処かへ行く。勇者を見ずに風で音を拾い。離れたことを確認する。両手で掴んだそれを眺め続ける。
「なんで………どうして………こんな石ころで……こんなに私はうれしいのだろうか?」
胸の前に持っていくと胸の中に熱を感じ、口元は自然と笑みを浮かべた。
「はは、これじゃ女じゃないか………はは」
大丈夫、男にまだ戻れる。戻れる。そう言い聞かせた。しかし、どうにも、何も。すぐに戻りたいと言う熱がゆっくり失われつつあることを自覚していく。
「……もう少し。ネフィアでいようか」
夢魔の力で余は戻れるだろう事を最近やっと、わかってきたのだった。
§
夜中、カンテラを最小の明るさに調製して2段ベットで横のなりながら商店で買った回復魔法の初級本を眺める。昔は読めなかったが読めるように変わっており適正有りと本が判断した。胸糞悪い、恥ずかしい言葉が書いてある。回復魔法と言わず、奇跡と言うらしい。どうでもよいと思うが我は我のために学ぶ。
「奇跡なぞ………無いと言うのに。いや……」
頭に何かが引っかかる物を感じ、考えないようにする。魔族が奇跡奇跡と言って気持ち悪いし変だ。だが、実際は感じている部分がある。
チャラ
本を置いてアクアマリンの宝石を手に取り、眺めた。綺麗だと思う心に戸惑いを持ちながら。それを見続ける。「知りたい」と言う心の声が響いた。勇者を知りたい。そんな想いが募る。だからこそ……だから、今日は絶対に夢を覗いて過去を引き出そうと考えた。
勇者が寝るまで勉強しながら待つ。そして勇者の寝息を感じるまで時間はかからなかった。そこから音を殺し、ゆっくり、ベットから自分は降りる。
「すやすや寝よって………余が暗殺者なら一瞬だな」
全く、警戒心の無い顔。珍しい腑抜けた顔を眺める。
「ふふ、あんなに恐ろしいほど強い奴なのに寝る姿はかわいいもんだ」
何分間そうしていただろうか。余は顔を振り本来の目的を思い出す。
「い、いかん!! というか何故見とれるんだ‼」
勇者の頭に手を乗せる。夢魔は淫らな夢を見せる事が出来るため夢を操るのは得意。本能でどうすればいいかを知っている。姿を変える事も理解できた。
「お前が悪いんだ。何も言わないお前が」
アクアマリンを触れていない方の手を握り締め、胸に当てる。そしてゆっくり目を閉じて夢に入った。
*
「ん………ここは?」
四角い部屋、本棚が沢山あり。机の上には自分が大好きな童話が開いている。
赤い豪華な天井つきベット。
窓から日の光が、差し込んでいる。
「……………あれ?」
見たことある。場所。
布団から立ち上がり、窓の外を見る。
魔国の城下町が目に飛び込む。
「………えっ?」
トントン
「ご飯をお持ちしました」
「あっ………うん」
いつものパンとシチュー。ダークエルフの衛兵の一人が準備をする。
「今日は外へ行きたいと泣かれないのですね。ネファリウスさま」
「あっ……え? 夢……だよね?」
「どうされました?」
「風の勇者とか、余が女になって………旅をする」
「ははは、面白い夢ですね!! ああ、その童話ですか? 面白い夢だったんでしょう。それでは失礼します」
ガチャン。カチャ
鍵を閉められる音。何度も聞いた音。
「えっ………夢………え?」
鏡を見ると男の子だ。しだいに視界がボヤける。
「いや………いや………」
あの日々は幻想だったなんて……嫌だ。嘘だ。
目に涙が浮かべる。
また、狭い世界で時が過ぎる。
「お願い……夢だって言ってえええええ!!」
「おい‼ 起きろネフィア!!」
*
「おい!! 起きろネフィア!!」
「!?」
目を開け、飛び起きる。目頭が熱く、目の前が涙で見えない。勇者に覆い被さってる。
「どうした!? すすり泣いた声が聞こえてビックリして起きたら………」
「はは………なんだ。夢だ。うぅうううう」
「あ~お前。大丈夫。悪夢は去った」
「ひっく……そうだな………うん」
勇者が頭を撫でてくれる。優しく。すごく大きく暖かい手。女になって泣き虫になった。でも我慢しようとしても我慢できない。落ち着くのに時間がかかる。
「お前、俺の夢を見ようとしただろ?」
「な、なぜそれを!?」
「頭に呪文かけて寝てたんだ。夢魔だから覗かれるのが嫌だからな。だけど、すまない。悪気があったわけじゃないんだ。本当にすまない。こんなに……悲しい想いをさせるつもりじゃなかったんだ」
「………すん」
「ああええっと!! 何でもするから!! 何でも!!」
「……………じゃぁ教えてよ!! 『私』に!! なんでこんなことするようになった過去を!! ネフィアって誰!! ねぇ!! 『彼女』って誰!!」
「………ああぁ……ええっと………」
「…………もういい。寝る。バカ。でもチャラにしてあげる。ありがとう………バカ」
自分は二段ベットにあがって布団にくるまった。怒りと感謝を混ぜた感情がぐるぐるする。そして次第に眠くなり、でも今度は安心して夢を見れそうな気がした。
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