メス堕ち魔王は拐った勇者を気に入る『長編読者向け』

書くこと大好きな水銀党員

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私となった魔王

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 朝、起きて少ししてモヤモヤした気持ちを抱く。女になってからよく泣くようになった。男なのに恥ずかしい以上に惨めだ。しかし、女だから泣いてもあまり気にしなくてもいいんじゃないかとも思った。今の私はネフィアなのかネファリウスなのか分からなくなっている。夢魔の能力である変異も全く意味をなさないほどに。

「おはよう。冒険者ギルドに行くぜ」

「…………おはよう」

 小さな声で返す。昨日、何もなかったかのように勇者は支度をする。

「はぁ」

 それに対して溜め息を吐いて大人しく自分も支度しようと思う。最近おかしい。絶対おかしい。だけど、何が変なのかはわからない。

だっだっだ!!

ダンっ!! ダン!!

 そんな中で扉が勢いよく叩かれる。勇者がすぐに開けると紫蘭が血相を変えて彼を見ていた。

「トキヤ、緊急の依頼だ。壁の外でドラゴンの群れが‼ ギルド長がお呼びだ!!」

「ドラゴンの群れだと!? そんな馬鹿な‼」

 なんだろう。童話を思い出す。姫を助ける勇者の物語を。

「急いでくれ‼」

 自分達は急かされながら支度をし、冒険者ギルドに赴くのだった。





「ギルド長ガンドルフだ」

「冒険者トキヤです」

 案内されたのは中央にテーブルがあり一目で会議する場だと思われる場所に案内された。重々しい空気のなか、勇者がおじさんのギルド長と握手をする。他にも数人。腕が立ちそうな冒険者が数人ほど来ていた。

「紫蘭、彼が竜殺しだな」

「はい」

「そんなことはいいから情報をくれ」

 勇者が急かす。異常事態なのだろう。

「そうか、話が早いな。実はドラゴンの群れが北から来ているのだ。本来のここまで来ず、北の連合国で迎撃するのだが。ここの国にはバリスタが無く撃退できない」

「なぁ………本当にドラゴンなのか?」

「ああ、小型種だ」

 話を聞いた勇者が首を傾げる。

「ドラゴンは無法地帯か滅んだ都市など人がいない場所にしかいない。徹底的に俺らが狩るし、逆にドラゴン自体が弱者になってるから表へ出るのは名のあるヤバい奴しかいない。それに北から、毎年だろ?」

「そうだ、毎年。しかし、今回は迂回してこちらに来ているらしい」

「あーあー。ドラゴンじゃぁ~ないな。慌てて来たが……それワイバーンだ」

「トキヤ……お前、何を知っている?」

「黒板借りるぞ。お前らがドラゴンと思ってるやつの正体だ。ワイバーンな」

 黒板に言葉を書く。ワイバーン。

「そして、ワイバーンには種類も数も多い」

 授業みたいに彼は話を始める。ドラゴンとワイバーンの違いを事細かに書いていく。ドラゴンの劣化種がワイバーンらしいく今のドラゴンと言われるのはほとんどワイバーンらしい。

 ドラゴンとの違いは小さい体なため燃費が良く、長い距離を飛べるらしい事。成人が早いことで繁殖が盛んであり膨大な数がいること。

 弱点は個々が弱く、一対一ならドラゴンに食われるらしい。食われてもいいように毒持ちや、ドラゴンに傷を負わせ食べられる数を減らすために爪が発達したもの等。進化の多様性が進み。今では逆にドラゴンを越えた種類。一匹だけのワイバーンも誕生していると言っていた。ドラゴンは色違いはいるがほとんど一緒らしく。違っているのは突然変異種とのこと。

「ワイバーンか………しかし、弱くてもドラゴンだ」

「まぁ、美味しいから帝国じゃぁドラゴンの肉で売ってるし間違いじゃなないかもな。全部、ワイバーンの肉なんだけどな~気にしないんだろ。さぁ共通認識出来た。まぁ知識としちゃあんまり有名じゃないよな………本物見ないもんなぁ~ここらへんで」

「では………そのワイバーンとやらは、どうやって撃退すればいい?」

「簡単、魔法で数匹倒せばどっかに行く。生き物としてはドラゴンから逃げる種だ。回遊型のワイバーンは旅をするために危険なら逃げる癖がある」

 自分は見たことも聞いたこともない生き物だった。勇者は緊張せず、撃退方法を教えていく。

「ふぅ、安心した。さすがトキヤ殿」

「ははは、誉め言葉はいいからいいから………幾らをくれるが重要だ」

「トキヤ殿、一匹金袋一袋でどうだ? 皆もそれでいいな」

 他の黙っていた冒険者も緊張が解け、話し出す。だいたいそれぐらいで他の冒険者も良いらしい。

「よし!! わかった。じゃぁ依頼書を出すのではなく賞金首で出そう!! 皆期待している。騎士団には期待せずに我々で倒そうな」

 ギルド長が立ち上がり、紫蘭に指示を出し、会議はお開きになった。





 朝食。急いで出たが安心できるので今から朝食らしい。本当にマイペースな勇者だ。自分はパンケーキを黙々と食べる。まったく美味しくない。だから原因を問う。

「ねぇ、どうして。話をしてくれない」

「あ…うぅえ………昨日、話の続き?」

「ええ、そう」

「………話したくないって言ってもダメなんだよなぁ」

「もちろん。昨日………余の悪夢見たでしょ?」

「見た。部屋の中で泣いてる奴がいた。起きてビックリしたよ。夢じゃなかったのかって」

「『私』の過去を見て、お前の過去を見せないのは不公平だ」

 きつく睨み付ける。見れば見るだけ怒りが大きくなる。わがままだってわかってる。でも、「仲良くなるのに少しは心を開いたっていいじゃないか」と思う。

「信用してるし、誰にも話さないから」

「……………」

「………」

 自分の服を強く握る。「何故!! 何故!! こんなに!!」と強く心で叫ぶ。

「わかった!! もういい!! 私は私の方法で引き出す」

「夢渡りは……無理だぞ?」

「いいや、違う!! 勝負だ勇者」

「なっ!? 考え直せ‼ 俺とやってもムダだぞ!!」

「ああ、お前とやって勝てないだろう‼ ワイバーン………どちらが多く仕留めるか。賭けないか?」

 乗れば御の字。乗らなければ次を考える。大丈夫、余は魔王。私はネフィア。勝つために鍛えてる。

「それでも………無謀」

「やってみないとわからない。お前がよく使う言葉だ。私が勝ったらそのロケットペンタンド見せてもらう」

「………それで、俺が勝てば?」

「二度と聞かない………大人しくして言うこと聞く」

「はぁ、わかったそれで……………ネフィアが満足するなら」

 カウンターのしたでガッツポーズをする。乗ってくれた。

「私は誰だと思ってる。いいや、今はどうでもいい。勇者」

「そんな、呼び方するな………勇者じゃないって……」

「私にとっては勇者だ!! 皆には聞こえてない」

 自分は席をたつ。一緒に居るだけで怒りが混み上がってどうにかなりそうだった。指をさし叫ぶ。叫んでも勇者しか聞き取れないようにして叫ぶ大音量で。

「勇者!! 私は逃げないから!! 一人でやる!! ついてくるなよ!!」

 酒場を振り向かずに出る。ワイバーンが来るまで時間、少しでも離れたい。胸が苦しい。





 受付で見ていた。怒ってるのはわかったが声が一切聞こえない事に首を傾げた。そして彼はうな垂れ、その姿が少し気になり声をかけた。

「怒られてたみたいだけど、どうしたの?」

「紫蘭か、どうしたもこうしたも無い………怒らせてしまった」

「ほう、聞いてやろう。そんな鬱々しい姿で戦場には出れまい」

 話を聞いてやることにする。そして、聞いていく内に怒りを覚えた。

「悪いのお前だぞ。同じ仲間なら過去ぐらい話せ」

「話すべきか………」

「話すべきだ。お前は壁を作っている。あの子は若い………小さな事でもショックを受けるだろう」

「えっ? 若い?」

「私より大分若い。成人ではないだろう。お前だって若い」

「そ、そっか。ならあんなのは普通なのか」

「それもあるが………いや、これは本人達の問題」

「なんだよ? 言えよ!!」

「デリカシーがない。あの子はお前のなんだ?」

「………はい、ごめんなさい。知ってます」

 すぐに彼は謝りビックリした。あんなに恐ろしい敵だったのにこんなの素直な子とは思えなかったのだ。考えてみれば若い筈で戦争がこやつを魔物にした。

「あいつに言われてる。デリカシーがないなって。なぁ過去って重要か?」

「重要だ。お前は私と戦ったのはなんだった?」

「重要だな。大切な思い出だ」

 満面の笑み返される。屈託の無い真っ直ぐな顔。それにグッと唇を噛む。

「そ、そうだろ? 知りたいってのは仲がいい奴と過去の話をしたいってもんだ」

 本当は違う。「好きだから聞きたいのでは無いだろうか」と思う。ああ、私は少し知っている。恐ろしい少年だったが、今は好青年。成人。いい、男になっている。剣も実力も知っている。女を護るために前に出る男らしい事。

 女だから、殺さずに生かされた経緯もある。本当に芯はいい奴なんだ。割り切って生きているだけで。

「おい……顔が赤いぞ。昔に恥ずかしい事でも思い出したか?」

「ははは、ご明察」

 鈍感なのが幸いである。私も何処か、引き寄せられる。

「ワイバーン………そろそろ来るんじゃないか? いいのか? トキヤ」

「まだ来ないだろうし、ゆっくり狩るさ。賭けをしたんだネフィアと」

 内容を聞く。少し驚くのはワイバーンを賭けの対象にしたこと。本気だと思う。彼女の心は。

「それにしてもギルド長クラスが知らないなんて………変だよなぁ」

「元のギルド長はギルド長をやめて戦線に赴いた。お前が斬った騎士の一人だ。彼はなし崩し的に上がっただけ。だから知識が乏しくても仕方ない」

「それで、ドラゴンを知らないのか………ふーん」

 だけど、こいつは賭けを本気にしてなかった。





 やらかした。盛大にやらかした。酒場を勢いよく飛び出し。路地裏に入った瞬間。落ち着きを取り戻せた。そして紫蘭と話してていい雰囲気だ。

「ああ、何て事を………」

 勇者には嫌われては玉座に戻れない。怒りもあるが今までの感謝とか、鍛えてくれた事とか。怒り、悲しみや色々今までの事とかが頭でぐるぐるする。纏まらない。

「何で、あんな事を。と言うか何をしたんだ余は」

 考えが本当に纏まらない。胸を焦がすほどの感情は何処かへ消えてしまった。

「諦めよう。考えるの………今は勝つことだけが重要だ」

 勝って決めればいい。行き当たりばったりだが、やるしかない。自分一人で。覚悟が決まったら後は簡単だ。やるしかない。全力で今、出来るイメージで。

「迎撃は壁の上でだったな」

 壁まで歩き、階段を探し当て。壁を登った。帝国より高くない壁の頂上。他の冒険者らしき人々が見えた。緊張した表情で空を見上げる。

 いつ来るかはわからないが。今日には来ると情報があるらしい。周りを見渡しても勇者はまだ来ていないようだ。

「余裕だからか………まぁいい」

 好都合。今さっきの怒りを思い出す。ああ、そうだ。これだ。この怒りだ。最近、おかしいのは勇者に苛立っているからだ。手に炎が生み出されそれを抑え込む。

「くぅ!!」

 唇を噛み、怒りに堪える。まだ………まだ………まだだ。

「来たぞ‼」

 小さな影がポツポツ現れた。次第に数が多くなる。そして口元を歪ませる。

「余の怒りをその身に………」

 足元から火の粉が上がり、右手に熱が感じて握りしめた。目を閉じ、風の魔法をイメージする。空気が振動し、届けられる音を拾う。

「音拾い」

 ワイバーンの羽音、咆哮が耳元まで届けられる。今度は荒々しい怒りの炎のイメージをする。怒りを体現した炎が右手に生また。普通の火球じゃぁつまらない。怒りはもっと激しく。右手の火を目の前に持ってくる。ただ魔力が燃えているだけの物。だが、まだ生ぬるい。

「もっと………もっと熱く!!」

 右手の炎が渦を生み、うねりだす。丸の中心へ向かうように渦を巻き回転。真ん中に炎が圧縮されていく。怒りを内包するように。中心が白くなった。

「ファイアーボール!!」

 それを勢いよく、音を拾った個体へ向けて打ち出した。丸い球が飛んでいく。風に乗せて操ってワイバーンへ向けた。

「怒りをそのままに!!!!」

 遠くのワイバーンに触れる。

「はじけよ!!」

 1匹のワイバーンが圧縮した小さな火の玉に触れ、腹を穿たれた瞬間に玉が膨張し巨大化した炎がワイバーンを飲み込む。中からも外からも死ぬまで焦がす怒り。確かな手応えを感じてもう一発準備をする。怒りはまだまだあり、止めどない想いが炎を具現化する。

 一体どうやって唱えているかわからない。だが、炎は燃え上がっている。怒りによって。





「………はぁ、1匹2匹狩ればいいな」

自分は酒場を出て、重い足取りで壁を登る。思いの外、怒られたのが心にダメージを与えていたみたいで足取りが重い。どんな顔して会えばいいかわからない。

「はぁ」

 どんな謝りかたをすればいいかわからない。ワイバーンの咆哮が都市を揺らすがさほど気にしない程にそんなことよりネフィアが気になる。あれだけ鍛えたので倒されてないと思うが心配である。

「!?」

 壁を登り周りを見渡した。幾人の冒険者の亡骸の中で火の粉を纏って立っている女性がいた。その周りに黒く焦げたワイバーンが転がる。凛々しい姿に過去の幻を思い出す。

「遅いじゃないか………勇者」

「ね、ネフィア?」

 彼女が剣を片手に持って立っている姿に驚きを隠せない。昔とは違った力強い魔王の姿。元から才はあったのだろうが花が開くことはなかったこと。自分と大違いに才ある者の姿を垣間見た。

 そんな中でネフィアの背後にワイバーンが降り立つ。ネフィアが振り向き、睨みつけてワイバーンへ走った。剣から炎の奔流が巻き起こり、大きな炎の刀身となる。それをワイバーンに向けて振り抜いた。

 炎の刀身が触れたものは全て焦がす。炎がワイバーンに移り、ワイバーンの苦しそうな鳴き声を発して、もがく。そして、炎が収まると同時にワイバーンは動かなくなった。

「全部、お前が?」

他の冒険者も弓で打ち落としたり、魔法を当てたりしているがネフィアの周りだけ異様に焦げた亡骸が多く感じる。

「もちろん、怒りに身を任せてだ」

「あっうん」

 怒っている。まだ、彼女は怒っている。怒りが、炎を強くしてワイバーンに圧倒的な火力を見せた。目線をそらすと一匹のワイバーンが彼女を避けて町に降りようとする。ワイバーンもネフィアを怖がっている。

「ねぇ、勇者」

 背筋が冷える。魔王と言われても大丈夫なほど今は怖い。

「私の勝ちだよ?」

「あの。賭け事無しにしよう」

「………あああ、へぇ~」

 手汗が溢れる。時が止まったかのような沈黙。ネフィアがあの、悲しそうな顔をして心が痛む。

「ねぇ、私を絶対護るって約束したよね」

「あ、ああ」

「じゃぁ、聞くけど」

 ネフィアが壁の縁に立つ。

「今から飛び降りて死のうと思う。さぁどうする?」

「なっ!? 止めるんだ!! そんな馬鹿なことを!!」

「馬鹿はどっちだ‼ バカ!!」

 ネフィアが胸のペンタンド。アクアマリンを掴む。

「この先、死線を潜る仲間なのに。私は何も知らないんだ。話さないとここから飛び降りる」

「そ、そこまで聞きたいのか………」

 いきなりの激情に少し引いている自分。しかし、彼女の真っ直ぐな目線に強い意思を感じた。紫の珍しい瞳の彼女は今は紅く染まり、何かしら熱いものを感じて根負けし、ロケットペンタンドを首から取る。それを彼女に投げた。

「えっ……あ………」

 それをネフィアは両手で受け止めた。

「大切なものだ。勝ったんだろ………女々しいことはもう言わない。酒場で待ってる」

 真っ直ぐ見つめ返したあと。壁から身を引いた。若いワイバーンたちはまだ、空で伺っていたがこれだけ痛みを伴ったら引くだろう。人間以外に餌になる魔物は他にもいる。そして、そんなことよりも。ネフィアが強くなった事を誇り、今は素直に喜びたかった。


§

 自分はワイバーンを狩るのを早々と切り上げ、酒場へ向かう。そして道中で勇者に追い付く。「殴って振り向かせようか? それとも声をかけて振り向かせようか?」と悩み、いつものように恥ずかしい思いをする。だから、彼の裾をつまんで、引っ張る。今できる最大の努力だ。

「勇者、待って」

「もう狩りはいいのか? お金だぞ?」

「お金はいい、早よう。話せ」

「酒場で言ったじゃないか?」

「待てぬぞ」

「待てないなら話さない」

「ずるい」

「飛び降りる強迫よりマシだ」

 あの、胸を焼く激情は鳴りを潜める。酒場に帰ってくると藻抜けの殻。誰も居らず閑散としていた。居るのは店員だけ。実際、ワイバーンは強くない。お金が降ってきたものなのだろう。皆、出払っている。

「で、来たけど話せ」

「まず座ろうな」

 カウンターに二人で並んで座る。まだ日は明るいが勇者が葡萄酒を頼む。

「では話を」

「まて、酒が先だ」

「………このまま、なぁなぁにしたら魔法をぶつけるぞ。炎の魔法は即効性があるのに中々威力もある」

「まぁ、まて」

 やきもきしながら待つ。用意された葡萄酒を勇者が一気に飲み干し次を頼んだ。酔うつもりらしい。

「そのロケットペンタンド見たか?」

「まだ。開けてもいいのだな?」

「ああ」

 自分は恐る恐る中を確認する。綺麗な金髪の女性の絵。よく似ている人物を私は知っている。鏡で見ているからだ。あまりに似すぎて驚きを隠せない。

「えっ? 自分?」

「違うと思う。名前はネフィア。実は何者なのかわからない」

「これを何処で?」

「占い師が描いてくれた」

「これが過去と何か関係あるの?」

「黒騎士の時から彼女を探している。初恋の人だ」

「ん!?」

 胸の奥に棘が刺さった痛みを感じた。恐ろしく鋭い痛み。その痛みは何かを知らない。知りたくないと本能で感じる。

「彼女は占いで知ったんだ。人生で出会う事の出来る女性の一人として。一目惚れだった」

「そ、そうか」

「綺麗で美しい大人な女性だ。彼女に会うために鍛練を行った。そして冒険者となり、探したが人間の地域には彼女はいなかったんだ」

「か、彼女と余は。な、なにか関係があるのだろうか?」

「………怒らないで聞いてほしい。占い師にネファリウスと言う魔王を助けると魔王の助けで魔族での探索が楽になり見つかると聞いた。『絶対、ネフィアに会える』てな」

「そ、そうか……はは、それで余を助けるのか。彼女に会いたいために」

「すまない。利用してるんだ俺は君を」

 思っていた事と違い。自分は目眩がする。この姿になったのも納得もする。夢魔として能力が暴発したのだろう。だから似ている。

「隠してた理由は。利用してるからだったんだ」

「はは、うん。余も利用してるから。いいんだ別に」

「そっか。ありがとう。そして、ごめんな」

 優しく微笑んでくる。その微笑みから目を剃らす。何故だろう、直視が出来ない。何故だろう、知りたかった事だったのに嬉しくない。自分にはわからない。

「ネフィアって名前つけてすまないな」

「はは、気にするな。そんなに努力してるのに会えないなんて運がないな」

「ああ、運がないな。会いたいな……会って確かめたい」

「………もし、会えなかったら?」

「『会える』と信じてるから大丈夫。絶対会える」

「そうか。わかった。お前は変な奴だ。あったことがない女を追いかけるなんて」

「知ってる。変な奴で、醜い奴さ」

「頑張れ、勇者」

「おう………頑張る」

「ちょっと風に当たってくる。ワイバーンで火照った体が冷めそうにない」

「わかった。すまないな隠し事して。これからはお前になら何でも言えると思うよ。気が軽くなった。ありがとう」

 自分は席を立ち酒場を出た瞬間。勢いよく走る。「見られたくない!!女なんて嫌だ!!男に戻りたい!!」と泣きながら自身を呪う。もう、この感情の理由がわからないのに涙を流したくも泣きたくなかった。




§




「おはよう。ネフィア、鍛冶屋行くぞ」

 朝の時間。日が登り小さな借りた部屋を照らす中、昨日のことは何もなかったかのように彼は私に話しかけた。

 あのあと、部屋に帰ってきて泣き崩れていたのは覚えている。帰ってきた勇者は何も言わなかった。

「おはよう、勇者。鍛冶屋………うん。言ってたね」

 前に行くと言っていたのを思い出す。泣き腫らした目を擦りながら。2段ベットから降りて勇者の目の前で着替えを行う。

「ま、まて!! 俺がいる!! 脱ぐな‼」

「大丈夫、勇者は大丈夫」

「い、いや!! ダメだろ‼」

「だって男だし。それに………なんでもない」

 私を襲うことなんてない。黙々と着替える。

「あのな………他の奴の前では絶対するなよ」

「……わかった」

「す、素直だな」

「…………」

 沈黙。答える言葉が見つからない。今日は力が出ない。胸の中にある喪失感が私を襲う。その静かなまま、部屋を出たあと。何もなく馬舎まで行き馬に乗った。

「ネフィアは前に乗れ………今日のお前は危なっかしい」

「………わかった」

「めっちゃ素直。怖いぞ」

「うるさい」

 馬に乗り、勇者が後ろから声をかけてくれる。

「ネフィア、無理はするな。昨日の魔法の使いすぎによる反動だろう」

「………そっか」

 そうだといいなと考える。魔力は全くなくなるような感じもなかったので違う事はわかる。

「振り落とされないように捕まっとけよ」

「………うん」

 大人しく、彼の言う通りにするのだった。




 鍛冶屋は壁の外に個人で住んでいる。場所は北へ行く道の外れに木の杭で壁を作り囲われた家を見つけた。勇者は門の前で吊るされたハンマーを手に取り鐘を叩く。

カンカンカン

 中から、一人の細身の男が出てきた。細身の体に太い腕。笑顔で話しかける。

「久しぶりじゃないかトキヤ!! その子は?」

「…………始めまして。ネフィアと言います」

「鍛冶屋ボルボだ。よろしく」

「鍛冶屋のおっちゃん!! 例の物、頼むわ」

「ああ、前払いはきちっと貰っている。姉ちゃんちょっと来てくれ」

「あ、はい」

「おーい!! 母さんや‼」

 大きな一人の女性が家から現れる。エプロンで手を拭いている所を見ると主婦なのだろう。

「なんだい? おまえさん」

「彼女のスリーサイズ測ってくれ」

「はいはい、んまぁ!! 可愛いお嬢さんだね~」

「ネフィアと言います。可愛いお嬢さんなんて………ありがとうございます」

 勇者を見る。余所で鍛冶屋と何か打ち合わせをしているようだ。盗み聞き出来るだろうが、しても……意味などないと思う。今は元気がない。

「さぁネフィアちゃんこちらへ」

「………はい」

 大人しくボルボ夫人についていき、工房の中に入る。工房は倉庫を兼ねているのか何本も剣が飾られていた。夫人に案内された先はカーテンで仕切られた区画だ。

「はい、中へ」

「うむ」

「では、脱いで」

「………わかった」

 中へ入り服を脱ぎ出す。なんで脱がなければならないかを考えたが。どうでもよかった。あとで聞くだけ聞いてみよう。

「じゃぁ測りますよ」

「あの………なんで測るんですか?」

「鎧を発注されてるのよ。トキヤ殿からね。彼は上客だから。彼の武器も、あなたのその武器もここで鍛えたのよ」

「そうだったんですね………いい物です」

「ええ、ありがとう。でも夫に言って頂戴。喜ぶから」

「はい………」

「ちょっと揉むから我慢してね?」

「はい?」

「けっこう大きいわね」

ムニュウウウ

「へぅ!? あ!? ひゃああああああ!!」

「ごめんなさいね。敏感だった?」

 胸を捕まれる。そして……優しく揉まれた。振りほどいて自分は自分の胸を守るように手を組む。いきなりのことでビックリした。

「彼から鍛えられてるのね」

「違いますから‼ 触らせてませんから‼」

「あら~ごめんなさい~始めては彼がよかった?」

「あっ………いいえ。大丈夫です。あいつは…………その………他に好きな子が居ますから」

 また、悲しくなる事を思い出す。

「あら………ごめんなさい。失恋してたの」

「失恋? ちがいますよ。そんなのじゃないあいつとはそういう関係じゃないです」

「本当に?」

「はい………本当に」

「でも、あなた。辛そうよ?」

「…………」

「おばさんに話してみなさい。スッキリするわ。測り終えたし、お茶でも出すわ。ついてきて」

 自分は何故かボルボ夫人に黙ってついていくのだった。





 暖かい紅茶が注がれる。工房の隣に休憩用の小屋を作っているらしい。小さな小屋に軽い調理器具等も吊るされていた。

「ハーブティーよ」

「ありがとうございます」

「ふふ、いいのよ。残念なのはすぐに用意できないことかしら」

「用意できない? 何を用意できない物なんですか?」

「あなたの鎧」

「えっ? それってどう言うことですか?」

「あら~聞いてないの?」

 頭を縦に振る。

「彼は昔に注文してたのよ。でもサイズがわからないといけないから連れてきてねて言ったの」

「そ、そうなんですか……」

「そうよ。期待してね‼ 世界に1つしかないオーダーメイドの鎧なんだから」

「はい、期待してます!!」

 『世界に1つしかない』と言うフレーズが少し元気を引き出してくれる。少し気が楽になった。どんな鎧なのか気になる。

「ふふふ、可愛いわねぇ。それで、悩みごとは?」

「あ、そうでした。実は………変なんです」

「変とは?」

 アクアマリンの宝石を握る。

「彼と話すと、ここがきゅっとなったり。痛かったり、寂しかったり、泣き出して止まらなかったりします。変なんです最近」

「あら………それって」

「ご存じあるのですか?」

「あるわ。昔に………それって彼がいないとならないでしょ?」

「はい」

「なら………恋かしらねぇ~若いっていいわぁ~」

「はい!?」

「自覚ないの?」

 自分は体が硬直した。

「恋ですか?」

「恋だと思うわぁ~」

 自分は気持ち悪い気分と同時に男にそんな感情を持つのはどうなのだと自問自答する。

「恋を知らないの?」

「い、いいえ。本で読んだ事があります」

 色々の童話に恋愛物もある。姫と王子が出会う物語なんて沢山書かれてきた。何冊も目にし、憧れを持っている。そう、まるで今のように。

「あっ…………」

 何故、今まで考えなかったのか。考えてはダメだ戻れなくなる事に気が付いた。

「どうしたの?」

「わ、私……」

「おーい、ネフィア!! ボルボ殿が呼んでる!!」

「彼がお呼びね。ふふ、若いっていいわ~」

 小屋に彼が顔をだした。顔を直視出来ない自分は顔をそらして立ち上がる。

「い、いま……行きます」

「どうした? 声が上擦ってるけど」

「……あん?」

 ちょっとイラッとした。ああ、なんでああも怒ったりしたのがわかる気がする。「そうだ!! 別にこいつが誰を好きになっても関係ないじゃないか!!」と考える。少しでも期待してしまったのがいけないんだから。





 鍛冶屋のボルボさんの工房へ赴いた。勇者は私の後ろに控えている。

「どの武器を選んだか見せてほしい」

「これの事? お世話になってる」

 普通の何処にでも売っている剣。しかし、重い一撃でも折れない剣。

「これかぁ……始めに打ち直した奴か。これかぁ」

「あ、あの。この剣が何か?」

「いいや。一番受け取って貰えない剣と思っていたからな。装飾もない剣だ」

「でも、使いやすいですし。切る力はあります。武器としてしっかり役目を果たしてます」

「そっか。嬢ちゃん気に入った!! そう、武器は殺しを行う道具。装飾なんか無くていいんだ」

「俺もそう思う。武器として折れないのが一番だ」

「ははは!! あんたらに武器を売ってよかったよ‼ 特にトキヤ殿。あんたは俺の武器を名剣として押し上げている。さぁ鎧を作るから帰った帰った!!」

 せっかちな人だと私は思ったが職人と言うのを肌で感じれていい経験になったと思う。あとは………自分の感情を確かめるだけ。彼を見つめる。

 『彼女が好き』と言い放ったバカは私の鎧を注文した。何故なのかわからない。まだ、私には見えていない物がある。

「はぁ………」

 女は嫌いだ。落ち着いて思考できない。でも、悪い気持ちでもないか………余は元魔王である。そう考え強く立ち上がろうと思ったのだった。



§




 ワイバーンを撃退し10日がたった。そして、今日。ギルド長に私は呼ばれた。   

「なんでしょうか?」

「紫蘭、これを見てくれ」

 ある一枚の紙。破格の金額が提示された賞金首。自分はその顔に覚えがある。

「彼の付き人はいったい誰なんだ? これだけの金額を持つ首だ」

「私にも、わかりません」

「そうか。なら、命令だ。仲がいいだろ聞け」

「…………わかりました」

 自分は紙を丸め。ギルド長室から出た。すぐさまカウンターに仲良く座る彼らに会う。

「今、いいかな」

「ああ、いいぞ。ネフィアもいいな」

「ええ。どうぞ紫蘭さん」

 彼女は何故かあのワイバーンの襲撃から大人しくなった気がした。何があったかは知らない。それよりも、彼女の正体に私は気になる。令嬢で賞金首のネフィアと言う女の子。この子に何をされたのか気になったのだ。

「どうした? 深刻な顔して」

「どうしましたか?」

「すまない。君は席を外してくれるか?」

「わかりました。外で待っています」

 ネフィアが大人しく席を外してくれる。ありがたいことだ。

「彼女、変わったね。何かあった?」

「さぁな。ただわかってるのは俺は地獄行きが決まった事と。ネフィアには同じ場所に墜ちて欲しくはないなと思うことかな」

「含んだ言い方だな。また悪さをしたのか。お前って奴は彼女は本当に令嬢なのだろうに無下にして」 

「ああ、絶対怒るだろうが。それでいい」

「別れないのか?」 

「別れない。どんな事をしても護るって約束したからな」

「…………そうか」

 少しでも別れる気があれば良かったのだが。

「彼女は不幸を呼ぶ。お前を不幸にする。別れろトキヤ。諦めろ」

「唐突になんだ?」

「彼女は只者じゃないだろう? 何者だ。教えてほしい」

「…………教えられない」

「そうか、わかった。ありがとう。じゃぁな」

「ああ!! またな」

 自分は立ち上がり、ギルド長に報告しに行った。彼女は黒だと確信して。





 勇者が深刻な顔をして出てくる。

「ネフィア逃げるぞ」

「ん? 勇者?」

「今、ギルド長と紫蘭が話しているのを聞いた。俺に探りに来た報告を行っている。お前は賞金首らしいな」

 勇者が一枚の紙を見せてくれる。一人の人間が手にすることの出来ない金額だ。何処で手に入れたか聞くと紫蘭から盗んだらしい。

「あー賞金首」

「最近、大人しいなお前」

「騒いでも。意味は無いからな。さぁ行こう勇者」

「ああ、北へ行こう。顔は隠せ……そのまま鍛冶屋によっていく」

「わかったわ」

 会計用の硬貨を置いて席を立つ。私は、あの日から悩んでいる。あの感情の延長線に数多くの感情がある。確かめ時間は多いだろう。私は勇者の後を黙ってついていく。ネフィアを演じながら。ネフィアに擬態しながら。

「こそっと抜ける。荷物は置いていく………鍛冶屋で分けてもらおう」

「馬は?」

「今から取りに行く。西門の前で待っていてくれ。1頭だけだが……すまない。二人乗りだ」

「大丈夫、馴れたわ」

 二人の乗りの方が体が楽だと知った。なにもしなくてもいいのは便利だ。女扱いされるより利を大切にする。あと、気持ちが安心するのは黙っていよう。凄く安眠も出来る。

「女扱いだけはしないでくれたら二人の乗りでもいいわ」

「お、おう? 女口調で女扱いするなって言われてもなぁ」

「気にしないで。では西門で」

 自分は勇者と別れて西門へ向かった。





 黒と報告をしたあと。私は悩んでいた。

「紫蘭。これだけの金額あれば………ギルドを大きく出来るな。討伐任務発注だ」

「しかし………彼らは」

「数人集まれば大丈夫だろう? 高ランク者を全員をここへ」

「わかりました」

「これでやっと自分もギルド長として胸を張れる」

「…………はい、失礼します」

 部屋を出た後。溜め息を吐く。あいつに会って、会話して、依頼を頼んで報告を読んで、感じるものがあった。昔を思い出させるほど変わっていない。「なんだろうか?」と胸に手を当てる。

 今のギルド長は昔のギルド長に遠く及ばないと思ってしまう。昔のギルド長はそれはそれは素晴らしい人だった事を何度も何度も思い出してしまう。思い出す言葉たち。

「紫蘭………お前と一騎討ちする黒騎士は強いか?」

「いいえ、逃げ腰の屑です」

「しかし、毎回目の前に立ちはだかっているだろう?」

「はい。ですが、すぐ逃げます」

「そうか………紫蘭。羨ましいな」

「はい?」

「全力でかかっても倒せない好敵手が居るなんて羨ましいな」

 あの後、彼は前線の長を勤め………ある黒騎士に対面して斬られた。斬った黒騎士はもちろんあいつだった。

 聞けばよかった。しかし、聞かなくてもよかったと思
う。最後を聞いたら皆と同じで過去で怨んでしまった事を思い出すのが怖かった。しかし、逆の感情もある。

「ああ、思い出す。あいつを見ると」

 昔、散っていった仲間全員を思い出させられる。

「ん?」

 腰に指していた手配書がない。

「あいつ!? 何故、死地に赴いく!! なんで、どいつもこいつも!! 死んで行くんだ‼ 私を置いて!!」

 私は生き残った。慈悲によって。




 勇者と二人で西門から北の鍛冶屋に寄って。北へ逃げる。門を出た後、振り向き色々あったことを思い出した。ずっと居られる事はないと感じていたがそれでも長く居た気がする。「帰ってくることはないだろう」と口に出して手元の手配書を眺める。

「この賞金を出してるのは魔国かぁ……すごいなぁ」
 
 自分は馬に揺られながら紙の数字を何度も数える。これだけの金額を手にいれようとしたらワイバーンを狩り尽くさなければならないだろう。ワイバーンは全滅だ。「あとは何が出来るだろうか?」と色々考える。

「ネフィア、破くなよ」

「何故だ?」

「綺麗に描けてる。男をモデルに書き直したのか……一瞬だけ見て書き直したのかわからんがよく似てる」

「確かに書けている」

 自分でも吃驚の美少女だ。ああキモい。自分で自分を美少女と思うのはキモい。だが仕方がない。男の感性で見るとどうしてもそう思う。鏡を見ると恥ずかしいのは今もそうなのだろう。別人でいたら、美少女だって思う。

「大切にしたい。破くなよ」

「………わかった」

 しかし、それよりも。勇者だ。「くっそ!! なんで恥ずかしいことを言えるんだこいつ!!」と心の中で愚痴る。

「まったく」

 でも、そんなこと言って『彼女』が好きなんだろう。

「やっぱり破く」

「うわあああああ!! やめろって!!」

「お前が悪いんだ‼」

 破り捨て、火球に触れさせる。燃えカスは風に流されていく。ざまぁみろ。

「まったく。絵など無くてはいいじゃないか」

「そうは言うがな? 鎧の下に入れる事は……」

「ばーか、絵など見ずとも余を見ればいいではないか?」

「………はい」

 「大切にしたい」て言われるのは嬉かった。そして、その都度『彼女』が好きと言った言葉を思い出すのは悲しかった。


*   


 都市外れの鍛冶屋に寄っていく。「鎧は出来たのだろうか?」と疑問に思う。既に下地以外は出来上がっていたと聞いていたがそんなにすぐ出来るとは思えない。鐘を木槌で叩き。家に上がらせてもらう。

「こんにちは!! 出来てるわよ!!」

 お迎えは夫人。主人は工房で待っているとの事。

「すまない。夫人、お願いがある。旅の荷物を分けてほしい。このまま北へ旅に出る」

「………わかった。あなたの頂いた貴金属の余りを頂けるから。持っていきなさい。ネフィアちゃん!!」

「は、はい!!」

「彼と幸せに」

「え、ええ………」

 嬉しい言葉をかけてくれる。覚えたての言葉を思い出し口にする。

「ありがとうございます。夫妻の神のご祝福があらんことを」

「ネフィア………すまんが悪はこっちだぞ」

「ひゃ!? え?」

「ボルボ夫人。彼女は元魔王だ。本当に支援を感謝する」

「ふふ、いいのよ。お金を出せば全員客人。準備は私が済ませるわ。昔、冒険者だったから安心して。そして………秘密を教えてくれて、ありがとう。納得した」

 自分達は準備を彼女に任せて工房へ向かう。工房の大きな引き扉は開け放たれておりそこから入る。ボルボ殿が自分達に気が付き迎えてくれる。

「ああ、来たか‼ 出来ているぞ。そこの脱衣室に運び入れている。見てみろ‼ お嬢さん!!」

「は、はい!!」

「ネフィア、行ってこい」

「う、うん………」

 自分は脱衣室を覗き。口を抑える。広い脱衣室の中心に立つ鎧に吃驚したからだ。

「ネフィア、早く着替えてくれ時間が惜しい」

「まて!! 女物の鎧ではないか‼」

 演じるよりも素で叫んでしまう。

「………追っ手が来るかもしれない。元魔王だろ? 小さい事だ気にするな。それに身分相応な鎧だぞ?」

「身分相応………わかった我慢して着ます」

 自分は脱衣室に入り、鎧に近付く。白銀色のドレスと思っていた物はしっかりした鎧であり、似た者で夢で見たエルミアお嬢様の鎧を思い出させる装飾つきだった。6枚の花びらのようなスカート。ガンドレット一つ一つに華の紋様。胸の開いた魅惑な胸当て。

 もも当ては途中で切れており、太ももが少し見えそうだ。兜はどちらか言えばティアラのような装飾もので防御力があるのか怪しい。

 鎧の機能より見た目を重視している。しかし重要な場所はしっかり護っている。あのボルボ殿が作った鎧にしては手が混んでいた。この剣と大違い。装飾いらないと言った職人が作ったとは思えなかった。

「はぁ………自分がこんな物を着るのか? 想像つかないぞ」

 でも何故か、見とれてしまっている。綺麗な鎧だった。





 鎧を着付け。古い皮の防具は捨てる。処分はボルボ夫妻がしてくれるらしい。

 鏡で見た自分は何処かの令嬢そのままであった。友人のエルミアお嬢様を思い出し、鏡が自分ではない誰かを写して偽っていると言われれば信じてしまいそうな姿だった。「あいつの反応を知りたいな」と思う。

「勇者、着てあげたぞ。まったく、落ち着かない」

「おう!! 早くここから………うぶぁ!?」

「おい、どうした!! 変か? 変なのか!?」

「あっ……いや………よよよよく似合ってますです」

「………あ、ありが………とう」

 ちょっと気恥ずかしい。勇者が逃げるように何処かへ行く。

「だああああああああ!! くそ甘ぇなぁ!!!」

 ボルボ殿が叫びに我に帰る。彼が笑顔で話を始める。

「先ずは商品の説明をさせてくれ!!」

「あっ……はい。どうぞ」

「あっ、俺は先に行って準備を手伝ってくる」

「わかった」

「嬢ちゃん、材質はわかるか?」

「白銀か? また高価な物だなぁ」

 この世の硬貨は金、銀、銅で成り立っている。それとは別に貴金属という価値ある金属があり白銀は銀の中でも白色が強い光沢を出し、非常に珍しい金属だ。貴金属と呼ばれ装飾品としても有名である。

「残念。その鎧は本来硝子張りの博物館か貴族の部屋にでも飾られるべき鎧だ。白金だよ」

「ぷ、プラチナ!?」

「プラチナとミスリルの合金で作られた鎧であり、その絶対の安定が魔法のようになって剣を弾く。貴金属の素材で作ったアホな鎧さ。今回は嫌いな装飾も頑張った理由は初めて使う金属を試させてもらった御礼だよ。面白かったぜ」

「えーと………こんな高価な物を着てもいいのでしょうか?」

「いいと思うぜ? あんた魔王だろ? 似合ってるぜ‼ 鎧は飾るもんじゃぁ~ねぇからな!!」

 プラチナは指輪や魔法具、魔法の触媒等色々な物に使える。だが装飾品が多い貴金属。ミスリルは魔法金属の鋼だ。鋼製造時に魔力等を埋め込み強度を上げた金属であり。生産が難しい。こんな高価な物は宝物庫に入っていてもおかしくはない。着る鎧ではない。

「よし、嬢ちゃん。その剣はどうする? その鎧に似合わんぞ? 新しい剣があるが?」

「これ慣れ親しんだ物なんです。ごめんなさい。これ以外は……無理そうです」

 剣をぎゅっと抱きしめる。

「………ありがとう。職人冥利に尽きるよ。早く行きな‼ あー満足!! 仕事が出来ねぇわ充足感で」

「あ、ありがとうございました!!」

 私は急いで工房を出た。向かうは勇者が待っているだろう場所。そこへ向かうと荷物を馬に乗せている夫人と勇者が支度が終わった直後だった。

「あら~かわいい!! 本当に似合うわね~羨ましいわぁ~。かわいいよねぇトキヤ殿~」

「えっと………はい。綺麗ですね」

「は、はい………その、ありがとう……ございます」

 御礼の言葉が尻すぼみ、顔は熱を持つ。褒められた2度も褒められた。

「はい、ささ!! 二人とも行きな‼ これ身を隠すローブ!!」

「本当にありがとう‼ 夫人!!」

「いいさね!! 夫が満面の笑みだろうからね!!」

 スッと馬に乗る。プラチナを着込んでも馬は立派に立ち続けた。二人乗っても難なく耐える。さすが魔物。びくともしない。そして自分達は夫人に見送られアクアマリンの都市を完全に去ったのだった。



§





 北へ逃げる私たちは次の都市へ馬に揺られながら向かった。森の中を魔法で音を拾いながら魔物を避けて進み。木の影の隙間を縫う太陽の光でちょうどいい気温の中を進んだ。

 黙々と歩を進める馬。今のところ追っ手はない。魔物もいるが避けて通ってきたため平和な旅だ。

「勇者、そういえばお前変わったな」

 何が変わったがわからないが変わった気がする。

「変わった? どこが?」

「あーなんだろうか?」

「それ、俺が変わったのではなくて。ネフィアが変わったでいいんだよ」

「なに!? 何処がだ!! 強くなった事か?」

「馬に乗せてくれている。女扱いするなぁ~が少なくなった」

「………女扱いするな」

「思い出したかのように言わない事」

「し、仕方ないだろう。女の体のままなんだ!!」

「板がついてきたな」

「余は火を操る魔法使い。現出し、もごっ!?」

「おい!! 俺に向かって唱えるな!!」

 手で口を押さえられる。これでは魔法を唱えられない。

「もごもご」

「あーなに言ってるかわからん。もう唱えるなよ」

「余は火を操る」

「音奪い!!」

「対抗呪文!! どうだ!! 声が出るぞぉ」

「あ、負けたか」

「フフフ!! 音では負けない!!」

 勇者の驚く顔が身近で見れて満足。

「あっ!! はぁあああああ!!」

「お、おい。どうした!?」

「か、顔近い………」

「あっ……いや。はい」

 自分は黙り混み明後日の方向を向いた。ああ、何でこう………これも一人ではわからない。恋と言う物のせいかもしれなかった。





 夜食。いただいた物は保存食のベーコンと堅いパン。それをしゃぶって柔らかくしてから飲み込む。

「ネフィア………ちょっといいか?」

「はむ?」

 堅パンをしゃぶるのをやめ、勇者が用意した水を飲む。

「なんで俺の方向いて食べるの?」

「そんなことはないぞ?」

 堅パンをまたしゃぶる。小麦の風味が美味しい。帝国の堅パンが不味いだけだな。あと、なんか甘く感じる。

「なぁ………やっぱ見てるよな?」

「えーと」

「なんかある?」

「勇者を見て食べると甘いような気がするだけだ。別に気がするだけなのでどっか向いとくぞ」

「はい、お願いします。俺が気が気でない」

 まったく。なんで明後日の方向を見て食べるという面倒なことをしなくちゃいけないんだ。

 まぁ、なんか普通に気恥ずかしいかったから別に良いけどな。





 森を抜けると次の都市が見えた。名前はグリーンズ。平原に立てられた城を中心に壁を作る至って一般的な都市で農園が広がる。特徴は連合国家の都市と都市の中継点なので商人が冒険者を連れて出入りが激しく農園だからこそ食材売買も多い。

 アクアマリンからの商人とすれ違う整備された道は避けて森から通って行った。深いローブを被り、身を隠しながら都市へ入る。もちろん身分証を提示してだ。見せるがここではあまり賞金首は一般的に話題にはなってないらしい。

「1、2日の滞在だが大丈夫か? いきなりの旅だったからな」

「大丈夫だ。今回は楽しかったぞ」

「お、おう」

「どうした? 顔が赤いぞ?」

「なんでもねぇ。早く宿を探そう」

「うむ!! 久しぶりのベッドだな」

 今回の逃避行は距離が短いのもあったが短く感じた。



§
  

 都市国家グリーンズに我々はいる。自分達は北門に近い場所に宿を取り、そこを拠点として旅立つ準備を行う。保存食の補充程度だが。それが一番大切だ。

「せっかくの晴れ姿。フードとマントで隠しては意味がない」

 こんなに可愛いドレスのような鎧を隠すのはどうかと思う。フードで隠しマントで隠す。

「賞金かかってるんだ。無理言うな」

「………この鎧を用意したのは間違いでは?」

「似合うと信じて図面描いて長い時間をかけたんだ。無駄にしたくない」

「そこまで労力がかかっておるのか?」

「ああ、かかってるんだ。お金儲けも沢山したし。ドラゴンも狩って稼いだな。そのドラゴンの素材も使ってる」

「確かに金はかかってるな。お前は皮の鎧の癖に」

「鎧を着ろと言うなら全裸になる」

「やめろぉ!! 余の仲間が変態なのは嫌だぞ‼」

 二人で会話をしながら歩き必要なものを買い込む。そのまま宿に一旦戻った。歩いて感じたこの国の特徴は商業。アクアマリンの海の幸、山の幸がここで取引され運ばれる。

 そのため商人の護衛として冒険者も多く出入りし、他にも仕事が多いと見えた。この国の治安はそこそこで騎士団もいるが冒険者同士でルールを守って居るようだ。「金が稼げるなら」という相互関係。とにかく目まぐるしく金が動いている。

「帝国の商業区に似ている。まぁこっちは1国。あっちは1区だから違うかもしれない。ネフィア、飯はどうする? アクアマリンより不味いぞ」

「不味いぞって………まぁ。お前が行くなら行く」

「じゃぁ行こうか」

 宿屋は1階が酒場を兼ねている所を取ったのでそのまま降りていき。カウンターに座る。頼むものは腸詰めとパン。何処に行っても必ずある。美味しさに違いはあれど。そこまで不味い訳じゃない。

「しっかり皮を焼いてくれ」

「俺も」

 注文を頼み待つあいだに彼に色々相談しようと思っている。思っているのだが。後ろで大きい声がしてそれどころではなくなった。

「おう!! 坊主!! こんなところで何してるかなぁ?」

 二人で振り向く。小さい男の子、少年が大人に絡まれていた。体がまだ発達していない可愛らしい美少年がそこにはいた。

「僕はここでご飯です。なんですか?」

 僕っ子らしい。「かわいい……女の子かな? 男の子かな?」と考えて勇者に聞くと「男だろう」と帰って来た。

「はぁん? ガキが来るところじゃぁねぇ。ママの所へ帰りな‼ 目障りだ!!」

「一応冒険者です僕」

「はん? 冒険者だと? お前が?」

「はい」

「ははん~おままごとかなぁ? まぁいいちょっとついてこい。冒険者デラスティ」

「なんだ。最初から知ってるじゃん。僕の事」

「さぁ来い」

「ご飯がまだです」

ザッ!!

 数人少年の周りに配置されていたのか一斉に立ち上がる。「これはなんだ」と「少年一人に多くないか」と勇者と二人で言い合う。そして勇者に釘を刺される。

「他人の抗争に首を突っ込むなよ……ネフィア? いや、首を振るな!!」

 自分はサッと立ち上がり少年の近くに進む。周りの目線に晒された。

「お、お久しぶり!! 冒険者デラスティくん」

「ネフィア!? ああ、まったく仕方ないな」

 勇者も硬貨を置いて立ち上がり、少年に抱きついて頭を撫でる。

「お前、大きくなって!! どこ行ってたんだよ‼ 心配かけさせやがって‼」

 全く知らない冒険者に知っているフリをする。

「…………はは!! お兄さんお姉さん!! お久しぶり!!」

「ちょっと表へ出ようぜ!! こんな所で飯は食えねぇ」

「うん、そうだね」

 少年が合わせてくれる。周りの男達が援軍に少し逡順する。仲間でないだろう事は明白だが勇者の剣を見て部が悪いかもという悩みも出ただろう。その隙にサッと酒場を3人で出た瞬間、少年を抱き締めて出入口の横にしゃがんだ。音を拾うと「外に出たチャンスだ追いかけるぞ」と仲間で言い合っていた。

「幻影」

「音奪い………ちょっと黙って静かにしてね」

「は、はい」

 酒場の出入口を注意するとあの絡んできた男達が慌てて出てくる。

「くそ!! どこ行った!!」

「これではお頭に向ける顔がねぇ!!」

「探せ!! あいつは探し出し………殺れ」

 彼らが明るい内から殺気立って少年を狙う。「この子はいったい何をしたのだろうか?」と疑問を口にした。すると勇者が首を振る。詮索するなと言いたいのだろう。

「あーあ、飯。食いそびれたな。ネフィア」

「ごめん。大人が寄って集って子供を苛めるのは少し気が引けたから。よくない事だ」

「こいつは冒険者。割り切って行かないと死ぬぞ?」

「すまん。いや、すまぬ。トキヤよ」

「まぁでも。酒場の中で殺し合いになってたかもしれないから結果から言うなら一番落ちついた結果だな」

 勇者は子供の頭を撫でる。それが合図だった。

「もう、喋っていいね? お兄さん、お姉さん。ありがとう。僕がご飯を奢るよ。でも、凄いね!! どうやったらこんな相手を出し抜ける事が出来るの!!」

 自分は抱き締めていた少年を解放する。目を輝かせて自分達を見る少年。「説明は大変だろうな」と思った。

「秘密だ。残念だが専売特許でね」

「私は彼から少し教わっただけ」

「あぁ~残念です。強くなれるチャンスだったかもしれないので。それよりご飯を食べに行きましょう‼ 奢ります!! これでも立派な大人に近いんですから」

 自分達は場所を変えることにした。





 酒場とは一風変わったテラスのお店。商人や冒険者等が昼を食べにくる人が多い所を選んだ。殺気立ってこんな所で殺ろう物なら即、騎士団に殺られる。

「最初からこっちにすれば安心してご飯を食べれましたね。盲点でした」

「追われることに慣れていないな」

「二人とも追われているのですか?」

「音奪い、いいよ、喋って。はい、私達は追われてます。そして向かっています。向かっている先は魔国の都市ですね」

「へぇ~魔国って花がいっぱい咲くからワイバーンの繁殖地だったりするんだよね。そういえば自己紹介まだだった」

「そうだな。まだだったが追われてる身。隠しといた方がいいだろう?」

 一応名前は知っている。だが、それ以外は知らない。そのままの方が後腐れないのだろう。

「僕は隠さない。助けてくれた恩人には感謝をする。そう教えて貰ったから。僕の名前はデラスティ。竜狩りです」

「「な!?」」

 小さい男の子から聞いた言葉に驚く。

「竜狩りってトキヤと一緒」

「お兄さんも竜狩れるんだ!? あっ……でも一人で?」

「ああ、一人で。でも狩れるのは素ドラゴンだけだな」

「お兄さん。凄いんだね」

「お前も一人で狩れる様だし。そんな小さい剣で頑張るな」

「あーすぐ、無くしちゃうから僕。これ飾り」

 少年の剣は私のように量産品を使っているみたいだ。飾りと言うには理由があるのだろう。

「えーと、驚いたが。俺はトキヤだ」

「ネフィアと言います」

「へぇ~お兄さん達は何日ぐらいここに」

「昨日から、2、3日したら旅立つさ」

「あー長くは居ないんですね。残念です。頼みたい事があったのですが………」

 少年が落ち込んだあとそのまま談笑に移った。ご飯を食べながら他愛のない話をする。別れたあと。ただひとつ気になったのは次へ向かう都市がドラゴンの襲撃があった事を少年は教えてくれた。

 しかし、少年の情報が酒場で広まったのは次の日だった。それに勇者が違和感を持つ。

 都市から都市の連絡より、早く少年が情報を持っていた事を。





 少年と出会い、ドラゴンの情報を貰った次の日。2階の宿部屋で自分は相談しようと思う。

「勇者、少しいいかな?」

「今さっき、騒がれてるドラゴン襲撃の話しか? 俺を勇者と呼ぶのをやめないことか?」

「その話しはどうでもいいです。『勇者?』と聞けるのは勇者だけです」

「変な確認方法を………」

 呼び方で勇者と呼ぶが他はなんと言っているか聞こえない。首を傾げる人も居るが気にしない人の方が多い。結局他人なのだろう。大多数は気にしないのだ。

「で? なに?」

「この旅の終着点を聞きたい」

「終着点か、俺はネフィアが玉座に座った瞬間に目の前から去るよ」

「それは、余に[彼女]を探す手伝いをさせないのか?」

「あっ……いや。えっと。手伝いしてくれるのか?」

「もちろん。探す手伝いをする。でもな一発ぶん殴ってやらないと気がすまない。そやつを」

「いやぁ~それは可哀想だな」

「可哀想? お前が一生懸命探しているのに出てこずにのんびり過ごしてそうな女だぞ、許せるか?」

「あー許せる」

「お前は心底甘い男だな‼ 私は許せない」

「それは、困ったな」

 そう、勇者がこんなに想っている「彼女」がもし素晴らしくないなら人でないなら。「先に見つけて始末しよう」とも思う。

「!?」

「ど、どうした? 顔を押さえて?」

「な、なんでもない」

 心の奥底で、黒い感情が湧き出る。怒りと歪みを混ぜた黒い感情。それが嫉妬なのがわかった。

 彼に愛されながら。一向に世の中から出てこない女性。目の前にいない癖に愛される彼女。羨ましいと思うのだ。

「あっう、勇者は『彼女』を諦める事は出来ないのか?」

「…………出来ない」

「そっか!! 変なこと聞いてごめんなさい」

 ああ、痛い。思い出せば思い出すほどに。悩めば悩むほどに。考えれば考るほどに。玉座に戻れば彼を失う、行ってしまう彼女の元へ。

「………あぁ好き、なんだな………」

「!?」

「……………はぁ」

 勇者は私のために頑張っていく。彼女と違う私のために。目を閉じれば目蓋の裏に見えるのは大きな背中と彼との日々。短いたった数ヵ月の旅。恋をしている言われたが本当にそうかも知れない。

 男同士なんて嫌だ。男に戻りたい。しかし…………戻ったら何処かへ彼は行ってしまう。思考が巡る。今は答えが見いだせない。

「勇者、お腹すいたな‼ 飯食べに行こう!!」

「あっ……う、うん? ネフィア? 今さっき」

「今さっき? なんだ?」

「あっ……いえ。何でもない」

「勇者の顔が赤いが?」

キィイイイイイイイイン!!!

「「!?」」

 聞いた瞬間にいきなり、甲高い音に吃驚する。窓を開けて外の様子を勇者が確認した。

「全員耳押さえている!! 俺だけじゃない聞こえたのは!!」

「うるさいが何もないけど………!?」

 窓から、甲高い音以外で震える声が届いた。その音は地面を揺らし、心の奥に恐怖を芽生えさせる咆哮だった。自分達が恐怖を抱き続ける魔物の咆哮。魔物の代表格の存在を思い出す。

「ネフィア………やばい」

「い、今さっきの咆哮は!?」

「正真正銘のドラゴンだ」

 勇者の一言で背筋が冷えたのは言うまでもなかった。





  上空から羽ばたく大きな影が都市国家を栄華を遮る。路地は人がごった返し走り回っている。南へ南へ逃げようと皆が走っていく。自分達は真ん中の混乱する路地には行かず屋根の上へ登った。赤い屋根上で空を見上げる。

「やっぱりレッドドラゴン。一般的な奴だ」

 自分は思う。童話の話でどうもドラゴンに縁がある気がしてならない。しかし、今回は異常事態だ。呑気な事は言っていられない。

「……なんで来たんだ?」

「飯でも食いに来たか? ワイバーンが避けてアクアマリンに来たのはこいつのせいだろうな。ワイバーンが逃げるドラゴンなんてそうそうお目にかかれるレベルじゃない。ネームドかもしれない」

「勇者、どうしようか?」

「どうしようって言ったってなぁ……何も出来ないぞ。俺たちも逃げれば………」

「逃げれば? この都市国家を見捨てると?」

 滅んだ都市は数多い。ここが焼け野原になるかもしれない。そんな事を想像した。

「騎士団もいるし、冒険者も多い。被害は出るが大丈夫だ」

「お前は倒せるのだろう?」

 勇者なら簡単に仕留められる気がする。ならばと思う。そんな中で状況が変わる。

「ドラゴンが中心に降りてる!! トキヤ!!」

「戦う理由がない。お前を逃がす。早く宿に………って!! おい!!」

 自分は屋根の上を走り出した。何かに呼ばれるように耳に「助けて」と言うような言葉が浮かんだ。







 阿鼻叫喚。ドラゴンが降りた場所で怒声や泣き声が飛び交う。騎士団はバリスタの用意を怠ったことが原因だろう。簡単に侵入を許してしまっていた。

 自分は屋根上からドラゴンを見つめる。ここまで来た。「でもどうしようか?」と悩む。あれからあの甲高い音は聞こえない。「助けて」と言う言葉が聞こえない。

「うぅう………怖い」

 ここまで来た。けど足がすくむ。初めて見たワイバーンと違う。鱗や牙、鋭い瞳、全て違う。あれの目の前で戦うなんて無理だと思う。しかし、勇者なら。

「お、男は度胸だぁああああ!!」

 屋根上からドラゴンの背後に降り立ち、即効魔法を唱え、火球をぶつけた。勇気を出してちょっかいをかけた。

「やっぱり、効かない………でも!!」

 ドラゴンはこっちを向く。正面からドラゴンを私は初めて見た。屈強な肢体、本能が勝てないと悟らせる鋭い目。大きな口を開け、炎が渦巻く。ドラゴンの火吹きだ。目の前に迫る熱波、炎。感じ取る自分の火の魔法の上位。震える体で、目を深く閉じ祈る。信じて待つ。

「其は風の………」

ゴォオオオオオオ!!

 熱波が感じられなくなり、焼けることもなく。自分は生きている。目を開けると信じた、彼がいた。

「全く!! 自分から飛び込んで負けるなら飛び込まない!! 蛮勇は自殺と一緒だ!!」

 勇者が緑の魔方陣を現出し炎を防ぐ。周りの家に飛び火し燃え上がっていく。しかし、熱さを感じなかった。

「ごめんなさい。そして………ありがとう」

 いつからだろう。あやまるのに感謝するのは。そして絶対安心できる。絶対来てくれると思えるのは。

「でっ、俺があいつを狩れと‼」

「このままだと被害が大きい。少しでも被害を少なくさせなければ」

「魔族で元魔王のお前が人間の心配をするな‼」

「バカ!! 強いものが弱いものを助けないで何が王だ!! いいや!! 助ける力があるなら使うまで!! いつか支配してやるのだからそれまで大切にだ!!」

「…………そうか。わかった。なら!!」

 勇者が剣を鞘から外した。それを構え唱え始める。

「付与魔法。ストームルーラー」

 刀身に風が集まり出し、嵐のように渦巻く。風のうねりの轟音が耳元まで届いた。そして勇者が剣で魔方陣ごと縦に切り払う。嵐の刃が一直線に炎を吹き飛ばし、ドラゴンに触れて巨体を吹き飛ばした。

 しかし、ドラゴンは爪を地面に食い込ませ耐える。大きな嵐の風の音が都市、全てを覆った。しかし、剣にはまだ嵐が纏っている。

「えっ……勇者」

「下がってろ、安全な所へ」

 ドラゴンが距離を取る。その行為は様子見だ。わかる。勇者は戦える。よかった。これで逃げる時間は生まれるだろう。

「うん、後は任せ………」

キイイイイイイイイイイイン!!

「うん!? また、あの音だ!!」

 ドラゴンが音の方向も見る。そこへ飛び立とうとするが、跳躍した瞬間何かに頭を打ち抜かれ落ちる。それは勇者の魔法だ。ドラゴンは風の矢に邪魔されている。

「アローショット!! ネフィア!!」

「うん!!」

「音の発生源を探れ!! あれがドラゴンを呼んでいる!! 時間だけは稼ぐ」

「わかった………倒す必要はないぞ?」

 自分は音のした方へ走り出した。勇者が階段状に風の魔方陣を用意し、それから屋根へ登る。音の場所はわかる。勇者を信じ、自分はアクアマリンの宝石に祈るのだった。

「死んだら許さんからな」

 そう、言葉を残して。





 僕はどっちに行くべきが悩んだ。そして結局。ドラゴンの方へ向かった。

 吃驚したことに先客が戦っていた。ドラゴンの火吹きを耐えたり、爪を弾いたりし、ドラゴンを追い詰めている。飛ぼうものなら魔法で撃ち落としている。しかも、一歩も動かずに。

「あれ、お兄さんだ。いや、強い!?」

 始めてみる。人間とドラゴンの一騎討ちに胸が踊る。絶対強者のドラゴンにほとんどが敵わないと言われる人間が個人で圧倒する。尊敬できる行為。

 だが、拮抗は崩れた。もう一匹、お兄さんの後ろに降りてくる。そして自分もお兄さんの後ろへ屋根から降りた。

「ああ、やっべ。遊びすぎたか………2匹か」

「トキヤお兄さん!! 後ろは任せて!!」

「デラスティ!! ああ、子供だからって関係ない。ここは戦場だ。任せる」

「話が早くて楽だぁ。ああそれと彼等は殺さないでね。追い返すだけでいい。言葉も通じるよ」

「えっ?」

「もうひとつ!! 僕のこと黙ってて狙われるから!!」

 自分は後方のドラゴンに向けて走り出して思い出す。元の自分の姿を。魔力の霧が体を覆い。一瞬で視界が変わりそのまま近付いて、体を回転し尻尾を叩きつけドラゴンを痛め付けた。鈍い痛みが尻尾に響く。

「さぁ僕たち魔物は帰った!! 帰った!!」

「ワイバーン!? デラスティおまえ!?」

「お兄さんの声。不思議と遠くでもよく聞こえるなぁ。話は後でね。さぁお姉さん。後は僕がやるから帰りましょう」

「ぐうううううう!! 嫌よ!!」

「ドラゴンも喋った!? どういう事だ!? エルダードラゴンか!?」

「はぁ………姉さんの分からずやぁああああ!!」

 自分は叫んで体当たりをする。





 屋根の上から発生源らしい所を見つけた。馬車の大きな荷台から激しくぶつかる音が響く。非常に大きい物で布が被せられていた。人がごった返し動きが取れていない状況で商人、冒険者が「道を開けろ!!」と叫んでいる。

「あうぅ幻影とか使えない。どうしよ」

 どうやって、確認するべきか。考えても仕方がない。「やるまで」と決めて勢いよく屋根から飛び。

がしゃん!!

 天板に着地。しかし、音は響かせず冒険者も気付かない。この中で何かのうめき声と暴れる音が聞こ続けた。後ろに降りてドアを見ると、錠前がついている。

「いけるか?」

 剣を抜き方手で構え炎のエンチャントを行い。錠前に振れさせる。ゆっくり金属が溶け開けられるようになる。冒険者や商人が前方で逃げようとしている隙に中を確認したい。

 急いで大きな鉄の引っかけを取る。重たいが、なんとか抜きドアを開けた。布で隠された箱はどうやら鉄格子の牢獄だった。そして驚く中身だった。

「えっ!?」

 小さいドラゴンが両足に鉄球を繋がれ身動きを封じられた姿が目に写る。ドラゴンが威嚇しながら震えている。今さっきの「助けて」の願いはこの子からだったのだろうと確信した。剣を収めてゆっくり近付く。両手で敵意がないことを示しながら。何をすればいいか、わかる。

「大丈夫。私は敵じゃない。大丈夫………」

「ガルルルル!!」

「大丈夫だから」

「グワァ!!」

ガブッ!!

「くぅ!!」

 噛まれたが少しも痛みがない。鎧でしっかり防がれ噛み砕かれるまでは行かない。堅いのだろうすぐに噛むのをやめる。近くに行くとやはりドラゴンなので大きいがそれの腹へ飛び込み抱き付いた。

「大丈夫、大丈夫」

「ガル………本当?」

「!?…………ああ、本当。ちょっと待ってろ」

 剣を抜き、繋がれている鎖を溶断した。いきなり言葉を発したのには驚いたが。人間と同じ脳の大きさもあれば普通のことだろうと納得する。今は助けるのが先だ。

「飛べる?」

「うん………飛べると思う」

「よし、扉から出てすぐに飛び立て!!」

「ありがとう………お姉さん」

「お礼は親にね」

 私の母親とは違った。助けに来たのは子を思う優しい親だろう。ドラゴンの子は勢いよく牢を出た。悲鳴が響き渡り、その中を飛んでいく。

「あっあああ!! ドラゴンが逃げたぞ!!」

「誰だ!! くそ!! 苦労したのが………」

「お前か!! 冒険者デラスティ!!」

 デラスティと呼ばれて少しこの事件が見えてきた気がした。自分は牢屋の天盤に乗り直してマントとフードを取る。そして、風の魔法を全力で唱えた。

「余はネフィア……ええっと。冒険者ネフィア・ネロリリス!! 皆よ聞け!! そこの悪質な商人がドラゴンの子を盗みこの都市を危険に晒せた。この危険は全てこいつらの責任だ!!」

「あ、あいつを黙らせ」

 うるさい商人は黙らせる。

「音奪い………諸君!! ドラゴンは我が抑える!! 故にこやつの処罰は任せた!!」

 言葉を全て、ここいら一帯に響かせる。視線が集まり、全員の顔が怒りに染まる。自分はそれを見届けて天板から降り、勇者が戦ってい場所へ走り出した。逃げてくる人を避けながら向かい。ついた頃にはドラゴンは帰った後だった。




§


 戦い後の処理。あまり目立ちたくないために後から現れた騎士団から見つからずに隠れながら酒場へと戻ってきた。

 騎士団と冒険者はなんとまぁ腰抜けばかり。集まって戦いに来たが遅すぎた。結局、全て終わってやってきて手柄を取り合っていた。

 そんな愚痴を言いながらも酒場でご飯を注文し、二人は今さっきのドラゴンと対峙した緊張した雰囲気が抜け落ち、落ち着いて席に座っていた。

「腰抜けばっかりだった」

「いやいや、ドラゴンと戦うなら武器が必要。装備を変えてたんだろ。槍とか、バリスタとか」

「そうだね。こんな剣とかよりリーチ長い武器がいいよね。後は魔法使いを集めなきゃ」

「へぇ~そうなんだ。ドラゴンと戦い慣れ過ぎてない?」

「ネフィア、一応は竜狩りだぞ」

「まぁまぁ。それよりもお兄さんにお姉さん。ありがとう。今回は僕だけじゃどうしようも無かったよ。前回は商人を逃がしちゃったし」

 前回はきっと北の方の都市の事なのだろう。詳しく聞くとあそこでも同じことがあったらしい。

「そう、それとお兄さんには教えたけど僕は素ワイバーンの竜人、デラスティです。ドラゴンの雛を盗んだ人を追っかけていたんだ。刺客多くて大変だった」

「ドラゴンの雛は貴重だからなぁ。帝国でも家畜化を研究されているな。使役する方法とか。ワイバーンは比較的に使役しやすいが管理費が高いし弱いしであまり進んでない」

「うん。僕の種族は弱い。素のワイバーンは」

「あっ……すまん。貶したわけじゃないんだ」

「お兄さん大丈夫ですよ………弱いけど強くなるために努力してます!!」

 少年が元気よく笑って勇者を向く。兄弟みたいな絵面だが、けっこう幼い男子はかわいいと思った。やっぱり自分は変な趣味なのかもしれない。男の方がいい気がするのは変だ。

「それより竜人ってなんでしょう? わかる?」

「いやわからん」

「えっと竜人は元は魔物のドラゴン種が人に似せて縮んだ姿だよ。知恵があり、体を変化させる魔法と運と才能でなれる。『燃費のいい姿だね』て兄貴が言ってた」

「ドラゴンは燃費がわるいの?」

 天空の覇者の意外な弱点を知る。

「すっごくお腹すくんだって。僕はワイバーンだから普通だけどそれでも空きやすいかな?」

 私の知らない世界で「変わった亜人もいるもんだな」と私は思う。

「それより、あの親子も竜人?」

「そそ、竜人」

「喋るのに吃驚したもんな。全員そうなのか?」

「いいや。教育受けてる人だけ。大多数は魔物だよ。でも人の生活に憧れる人もいるから。人にさせて言語学んで。やっと竜人になる」

「はぁ……まぁ今度から喋って聞いてみるか」

 そう考えれるの勇者だけだと思う。目の前に立てるの勇者だけだと思う。

「今日は、いっぱい奢るよ~お金いっぱいあるし貰えるし~明日には出発でしょ? 魔国行くなら僕たちの故郷も寄ってよ!! 地図渡すから‼」

「わかった。いいよ。よらせてね」

「やった!!」

「おいおい。遠くなるかもしれないぞ?」

「いいよ………長い旅ならそれだけ………」

「……お姉さん?」

「あっ何でもない!! 今日は夜にパーっとしましょ!!」

 両手を合わせて「ねっ」といい、誤魔化した。長い旅なら。それだけ一緒にいれるもんね。願わくば、終わって欲しくないと思う。





 夜、暇なので葡萄酒をいただく。飛竜デラスティはあの後、すぐに魔物の跋扈する無法地域へ旅立って行った。新しい町がそこにあるらしく、第二の故郷と言っていた。このまま北へ行けばあるらしい。

「美味しい」

「飲み過ぎるな。明日出発だからな」

「飲んでもあなたが手綱持ってるから大丈夫」

「はぁ……吐かれたら困る。どうしたんだ?」

「お酒に溺れたい日ってあるよね」

 お酒の力を借りようと思う。明日には記憶がない忘れたと言い張る。

「溺れたい日か。たまにあるけど………無茶するなよ」

「心配ばっかしやがって‼ 自分はどうなんだよ‼ 自分は!!」

「俺は~心配するより。思った以上に心配性だからな。落ち着かない事が多いかな?」

「なに? 落ち着かない? なんで落ち着かない? なんで?」

 今日はグイグイ行こうと思う。こいつの知っている事を増やしたい。

「絡みがしつこいなぁ~絡みがしつこいなぁ~」

「絡み酒!!」

「わかった。酔っていることがわかった」

「さぁ恥ずかしい事を教えて。ねぇ~」

「いきなり女口調やめてくれ……テンポが狂う」

「テンポが狂うのは私。あなたを見ているとドキドキするし、ドラゴンの前でも引かない姿は格好いいし、彼女の話をするとここが痛むし………何だろうね? これ?」

「なんでしょうねそれ………はぁ~酔ってるなぁ」

「…………あっそ」

「あーなんか怒らせた?」

「怒ってない」

「………ごめんな」

 謝らないで欲しい。勝手に言って勝手に悲しんでるだけだから。

「やんや!! やんや!!」

「姉ちゃん、ええ腰使い!!」

 酒場の一角に一段上がった台場がありそこで踊り子が踊っている。見せ物は一般的であり、大きい酒場、多くのお客が来る場所では普通の事らしい。

 帝国のギルドでは金を取るらしく、他にも歌や音楽など、見せ物は酒場を盛り上げる多様性に富んでいる。貴族もそれ目的でお忍び顔を出すとも聞いた。

「店長、元気にしてるかな………」  

「してるだろ。黒騎士団の庇護下だしな。それより、あんまり見せ物は踊り子より歌の方が好きだな。落ち着いた音も激しい音も、風に乗って耳に届くものは全部な。激しいのは激しく騒いで呑むのに好きだし、落ち着いたものはゆっくり酒を嗜むのにいい」

「おまえ、結構。好みが細かい」

「黒騎士団長と同じだよ」

「そっか、歌が好きか………」

「えっ!? おまえ何処へ!?」

 自分は立ち上がり、台場に上がる。踊り子に一曲歌わせてといい、ローブとマントを外す。

 最初は野次だったが脱いだ瞬間、皆が黙る。男って奴は短絡だな。

「姉ちゃん、何処の人で!?」

「秘密だが、何処かの令嬢でも思っておいてくれ」

 慣れた男っぽい女口調。紫蘭やエルミアの口調など真似をすれば勇ましい女騎士に見えるだろう。

 深呼吸し、魔法を唱える。

「音渡し、音産み」

 1つは、音を届けるために。もう1つは音を新しく産むために。

 ゆっくり、両手を胸に当て歌い出す。

 いつも一人で暇なので歌っていたし、音楽を嗜むぐらいは許されていた。芸術に触れるのは許されていたのだ。全く力に結び付かないらしいから。
 




 彼女がいきなり、立ち上がって歌い出すのに驚いた。

 ローブとマントを外し、白いドレスような鎧を着た彼女は目を閉じ、曲を紡ぎ出す。

 ピアノの伴奏などが響いているのに驚きながらもその優しい旋律に声が出ない。

 小さな口が開く。耳元で囁かれているような声量。なのにしっかり耳に届く。

「ネフィアに歌の才能があったのか!? あったのか!?」

 酒場は今さっきの喧騒が嘘のように静まり返っている。そして、音が大きくなり音楽の佳境に入る。その言葉に自分は頭を殴られた衝撃を感じた。



「あなたに好きと言われたい」



 心臓が跳ねるのがわかる。全身から汗が吹き出るような熱さ、血が勢いよく巡る。悲愛の歌だ。

 歌が終わり。静けさの後、啜り泣く声と共に拍手が起こった。わかる、素晴らしいほどの音楽だった。 

 こんなところで聞けるものじゃない。帝国にある劇場で歌っても遜色のない物だ。

 呆けた自分の元に彼女は歩いて、隣に座る。

「う、うまいじゃないか歌」

「ふふ、ありがとう……疲れちゃった」

「あ、あのさ……曲の一部に………って」

「すぅ……………」

 すぐ寝息が聞こえ。言葉を飲み込んだ。

 周りの視線がある中。幸せそうな笑顔で寝る彼女。もう声は届かないだろう。

「……………言ってやれない。すまん」

 自分は地獄行きは決定だったが。地獄では生温いだろうと思うのだった。

  

§




 朝起きたとき、晴々した気持ちだった。 

「勇者!! 何があった!! 気分がすこぶるいい!!」

「歌を歌って寝た。なーんも無かったよ」

 町から出る準備を黙々と勇者が行うのを見ると確かに何もなかったのかもしれない。だが心は晴れやかだ。

「何も無かったか?」

「あっ、歌はすごく良かった。次は明るい曲で頼む」

「う、うん、そっか!! 良かったか!! そうなのか?」

 歌を褒められて悪い気はしない。何を歌ったかは忘れてしまったが。

「そういえばネフィア。ネファリウスに戻る気は無いのか?」

「あーあ、あるぞ‼ まぁでも今はネフィアで慣れてしまったから追々な」

 黙っているが「なんでそんな質問をするのだろうか?」と言う疑問がある。男に戻ったら。そっぽ向かれるだろう事はわかっている。それは胸の奥から痛みがする。嫌だとはっきりと感じる。しかし、もし男に戻ったら、勇者も自由になるんじゃないかとも思う。

「おーい!! もう出るぞ!!」

「あっ……うん!!」

 心の底で「こんな悲しい気持ちも無くなるんだろうか?」と考えもする。





 北門、勇者と馬に乗り。門を潜ろうとした瞬間。馬に乗った騎士に後ろから声をかけられる。「門番だろうか?」と気に掛ける。

「何処ぞの姫様!!」

「わ、私のこと?」

 驚く私は勇者の顔色を伺うと、嫌そうな顔をしていた。

「ええ、お名前を教えて欲しいのです‼ お忍びでしょうが‼ お名前!!」

「な、なぜ?」

「昨日、あの酒場にいました」

 指をさした先にはきっと昨日飲んでいた店があるのだろう。記憶にないが。

「昨日? 何かありましたか?」

「素晴らしい歌声となんとも心を穿たれる曲でした‼ 自分も恋をしており勇気をいただきました!! ですのでお気持ちですがお納めください‼」

 騎士が金袋を渡そうとする。しかし、自分は手で制し言葉を続けた。流石に覚えがないので受けとれもしないし、悪い気がした。

「ネフィア・ネロリリスと言います。褒めていただきありがとうございます。お気持ちだけいただきます。ですのでこれは頂けません。恋をされているのでしたら、その想い人にお使いください。聖職者ではないですが………騎士様に幸あらんことをお祈りしております」

「は、はい!! ありがとうございます!! ネフィア殿、長い旅に幸多くあらんことを!!」

 手を振り騎士と別れる。ちょっと胸があたたかい。騎士は自分達が見えなくなるまで見ていた。彼に何があったかは知らないが勇気が出るなら良いことだと思う。ただ、一人の男は不機嫌だったが。





 森の中、整備された土の道を進む。他に商馬車や護衛、冒険者とすれ違ったり追い越されたりする。けっこう行き来いの多い道で公共の道路になっている。

「ちょっとびっくりしたね。騎士」

「本当にな、それだけ素晴らしかったって事だよ。もう人前で歌うな。注目を浴びてしまう」

「ふふ、うれしい。昔は誰も聞いてくれなかったから。歌を誰かに褒められたの初めて」

「ちっ」

 初めてだった勇者以外の他人に褒められるのは。こんなに嬉しいなんて……初めてだ。

「昔か………ずっと部屋だったんだろ?」

「うん、そう。窓から見える光景と本ばっかりの部屋が私の世界だった」

「狭い世界だな」

「狭い世界だった。ねぇ聞いてくれる?」

「………ああ。聞こうか」

 馬を歩かせながら、自分は勇者の胸にくっつく。目を閉じ、昔を語ろうと思う。彼には知って欲しい。そう思って語る。

「私の父は悪魔の魔王。母は娼婦だった。母はお金欲しさで私を産み父に売ったそうだ。だから忌み子だった」

「他の王子にとってだろ?」

「ああ、それもだけど。保険みたいな扱いだったよ。他の兄弟後継者が死んだ時の保険だから何も危険な事は一切禁じられた」

 鳥籠の鳥のような扱いだった。全くなにもさせてくれない。だから一人で遊んでいた。夢にも渡って遊んでいた。

「しかし、ある日から兄弟が消えていく。一人一人………いつ自分がくるのかと、怖かった。次は私なんじゃないかと。あのときは寝るのが怖く、ずっと起きて朝日が登ったら眠っていた」

「それで………父親も」

「そう、父親も病気でゆっくり息を引き取ったそうだ。族長同士は喧嘩し、次の魔王は自分だと言い合っていた。そして忘れられていた私が側近から魔剣を授かった」

「運がいいのか悪いのか………」

「お前が最初に言った事で玉座は良いのものかどうかを言っていたが………自分にとってはあの鳥籠から抜け出せるいい機会だった。魔剣は私に剣術の知識をくれたよ。直接」

「魔剣スゲー!!」

「勇者!! そこに反応するな!!」

「ごめん、辛気臭い話がどうも苦手なんだ」

 勇者が申し訳なさそうにする。何度も何度も見た。一番、多い表情だ。

「いっつも悪い悪いって………謝ってばかりだな勇者は」

「悪いのは俺だから。現に魔国から連れ出してし」

「ああ、そうだな。連れ出してくれたな」

 自分は少し黙った後。小さな声で囁く。囁くが聞こえるように。

「ありがとう、連れ出してくれて」

「お、おう!?」

「一度しか言わない!! 恥ずかしいからな」

「あ、うん。わかった」

 勇者が狼狽える。それを見ると笑いが込み上げてくる。本当に、情けないぐらい感謝に疎い奴だ。なのにドラゴンとも戦え、私より強いのに全然自慢とかせずにしっかり護ってくれている。あの連れ出した日からずっと。

「あの日、一本のナイフで現れたお馬鹿者がここまで強い殿方とは思わなかった」

「強さを隠すのは良いことだ。油断を誘い刈り取るのにな」

「そういう事を言ってるんじゃない。褒めているんだ」

「あっ……ありがとう。頑張った甲斐があるよ」

「素直でよろしい」

「うぅ……お前、おかしいぞ」

「ふふ、おかしいよ」

 何故か今はすごく幸せを感じているから。彼女を思い出さなければ、彼女を彼が忘れてくれれば。覚悟を決められる。だが、彼は忘れないだろう。

 彼の強さは「彼女」のために。



§



 次の都市についたのは10日後。森が繁った場所から出たすぐに焦げた農地が広がり、都市を守る壁が見えない。

 都市国家フィールドランド。壁を囲わずに広げた農業を主とし、魔物と戦いながら農家を営む屈強な都市だ。ワイバーンと戦えるガーベラ北騎士団がいる。しかし、そんな騎士団でも目に見えて被害が出ているのがわかるほど焼け野はらだ。遠くから見えるのは膨大な焼き払われた農地が見えるのだ。

「酷い」

 徹底的に潰している。もし、私達が解決しなければあの都市国家もこうなっていたかも知れない。一人の愚かな行いがここまでの怒りを喰らったのだ。

「まぁこの国は農地を縛らないお陰で復興は早いだろう。いつだって隣は無法地帯とワイバーンの通り道。壊れても大丈夫なんだよ。あとこれは焼き畑な」

「えっ?」

「壊されてもすぐ治すのがここの特徴なんだ。不屈な国だよ。植物も強い、もう生えてきてる。これを焼いて肥料にするんだ」

「えっと………生命力が高いのか?」

「そそ、何度も何度も崩壊を迎えようと不屈で立ち上がる。そんな都市国家さ。山が多くって採掘も盛んだしな。何故か滅びない」

「……そっか。凄いんだな」

「そう、凄い。ドラゴンで滅んでないのだからな」

 勇者と共に焦げた農地を進む。何の植物か知らないが確かにポツポツと双葉が生えていた。そして、芋が埋まっていることも聞いた。

「わぁ……凄い生命力」

「植物は舐めてはいけない。俺らが滅ぼうと植物や風は世界にあり続ける。風の魔法使いはこれを理解しないとな」

「さすが勇者………」

「なぁ……本当にそろそろ勇者と言うのやめないか?」

「嫌がる姿が楽しいのでダメです」

 怒らせてもいいと思う。わからず屋なので嫌がらせしたい。そんな悪戯中、門の下まで来ると騎士が身分証提示お願いだれて自分はそれを提示した。勇者も提示する。すると、騎士がじっと彼を見て、そして言葉を発する。

「冒険者トキヤ。待ち人がいます。ここへ」

 一枚の紙を渡される。地図らしく、この都市の一つの酒場の位置が示されていた。

「いったい誰だ? 馬舎のある宿に荷物を置いて向かおう」

「感謝します。近くにある宿はこの地図のここですね」

 宿の位置も教えて貰った。「待ち人とはいったい誰だろう?」と思う。







 宿屋に荷物を置き。言われた酒場へと足を運んだ。入ったとき、カウンターに見覚えのある背中が目に留まる。紫蘭さんだ。アクアマリンの受付嬢がそこに座っていた。

「紫蘭!?」

「紫蘭さん!?」

「思った以上に早かったな。もっとゆっくり仲良く旅してるかと思ったよ」

 彼女が、振り向き鋭い目付きを勇者と私に向ける。何か、真っ直ぐな視線に少し冷たさを感じた。

「なんでここに? いや………冗談は抜きだ」

 勇者が彼女の隣に座る。自分も真似て座った。

「賞金目当てで来たか?」

「それもあるが、話がしたい」

「なんだ?」

「一つ、お前らに連合国内の冒険者ギルドは討伐依頼を出した」

「で? いっぱい敵が来るから気を付けろと?」

「ふん………集まらなかったよ。お前は誰かと正体を教えたら金に目が眩んでたのが全員、目を醒ましやがった。残念だが腰抜けしか居なかったよ。既に戦える奴はもう『居ない』んだ」

「連合国も落ちぶれたもんだ」

「死にたくない奴だけになった……悲しい事だ。知り合いは傭兵のオークと旅をしているし、霧散したんだ」

 自分は息を飲む。一本の糸がピンっと張っている空気に緊張感で頭が痺れる。

「で、そんな情報を伝えに? わざわざ先回りして元同じ騎士団に伝言を?」

「いいや、これを」

 何か手紙みたいな物を彼女は勇者に手渡す。

「これは……!?」

「ああ、そうだな。相手は私だ………誰も狩りたがらないからな仕方なく狩ってやろう『魔物』を」

 自分はそれが何かを覗き込むがわからない。

「………刀は捨てたんじゃなかったのか!!」

 勇者が強く言い放つ。

「さぁな、拾い直しただけ。トキヤ、彼女と二人っきりでいいか? 話がしたい」

 鋭い目付きを私に投げる。その威圧に押し負けるように顔を縦に振った。

「ネフィア!! ダメだこいつはお前を………」

「大丈夫、お前と事が終わるまで。それまで手を出さない。刀に誓って」

「しかし……」

「勇者、大丈夫。そこまで言うんだから信じましょう」

「くっ…………わかった!!」

ダンッ!!

 勇者がカウンターを強く叩き、立ち上がる。

「紫蘭、何かしたら……………死より過酷な事を覚悟しとけよ」

「…………わかった。何もしない」

 底が冷える声で凄んだ勇者がマントを翻して酒場を出ていく。彼女と二人っきりなった。さぁ何を喋るのだろう。身構える。

「………別れなさい」

「!?」

「あなたは彼を不幸にし、死地へ追いやるわ」

「なっ!! なっ!!」

 慌てて音を切る。勇者に聞こえないように。

「彼は何も言わないでしょうけど。あなたは巨額の賞金首。連合国にいなくても帝国。いいえ何者かもわからないほど数多くの者と戦うでしょう」

「そ、それは………」

「考えてなかったでしょ?」

 確かに私は賞金首。しかし、彼なら。そう私は信じる。

「彼なら………大丈夫」

バチーン!!!

 頬に痛みがする。怒られてる。ヒリヒリ痛む頬に触れる。

「ふざけないで、あなたを護って死ねって?」

「死ねって………そんな、言ってない!!」

「あなたをね。護るために彼は自分を犠牲にする。ああいう馬鹿は死んでも治らないの」

「……………絶対死なない。絶対死なない!!」

「だから、何度同じことを!!」

 自分は目に涙を浮かべる。彼は死なない絶対。その理由に胸が締め付けられる。頬の痛みより痛い。紫蘭が言葉を窮する。忘れていた訳じゃない。そう私は勇者を利用しているのだ。

「勇者は………ロケットペンタンドに描かれてる『彼女』に会うまで死ねないってきっと思ってる。私じゃない、私に似た誰かさんに逢いたいから。教えて貰ったから。あの強さはそのために……だから」

「…………なら、なんであなたがずっと彼の近くに飛び回ってるの? 別にあなた強いでしょ? ワイバーン戦で見てたわ」

「それは………」

「ふん、一騎討ち彼じゃなくてあなたにすれば良かったわ。彼、かわいそう。好きでもない人を護ってね」

 紫蘭が立ち上がり、私を一瞥し酒場を去っていく。入れ替わるように勇者が入ってきた。罰が悪そうな顔をして。

「ネフィア? なんで泣いてるんだ?」

「なんでもない!!」

 私は立ち上がり、酒場を去ろうとして、彼に聞こえないように声を消して叫ぶ。

 「彼女が言っていることはわかってる‼ わかってる‼ 彼は義務として、私に悪いと思って助けてくれている。それを利用してるのは私だ!! そうしようと考えた!! だけど、だけど!! 一緒にいたいって!! 思ってしまってるんだ‼ 考えたくなかった考えたくなかった!! 見ないように見ないように見ないように見ないように!!見ないように………してたのに」

 彼女の影が私を苛む。私の心の奥の感情が『ネファリウス』を苛む。

ガシッ!!

 強く腕を捕まれた。

「待て。何を言われたか……知らないが一人で行くな」

「離して!! 一人にして‼」

「無理だ!!」

「『彼女』の元へ行けばいいじゃない!! ロケットペンタンドの『彼女』の元へ!!」

「何を吹き込まれたか…………こっちへ」

 強く引っ張られる。痛いほど。路地裏に連れられ、彼は自分を抱き締める。強く、逃げられそうにないほどに。

「逃がさない、何を言われた!! 言うんだ‼」

「…………私が近くにいると『不幸になる』て賞金首だから………沢山、沢山来るって」

「………」

「勇者は死地へ向かわせてるのは私だって言ってた………そうだと思う。もう私一人で生きていけるぐらい大丈夫なのに頼ってるって………それでそれで………」

 好きでもない奴とか………そこは伏せて話をした。言いたいことは別にあるけど。言えないでいる。

「そうか、あいつはそう言ったんだな?」

「うん………だから、ごめん。離れて……その通りだと思う。私一人で大丈夫だから。お荷物だから」

「絶対嫌だ」

「!?」

「絶対離さない。最後まで戦う、絶対だ。紫蘭は関係ない。俺の意志は俺が決める。お前が嫌がろうとな。残念だが、諦めろ」

「………うぅ」

「だから、いつか言った嫌われても勝手に護る。わかったな」

 勇者が抱擁を解く。

「俺が正しいか紫蘭が正しいか明日でわかる。果たし状、一騎討ちを頼まれたからな。気が乗り気じゃなかったが…………気分が変わったよ。俺が……決めないといけないんだ」

「う、うう………」

「………今日はもう宿に行こう」

 抱擁を解いても彼は私の手を絶対離さなかった。逃がさないように強く強く握りしめられ。やっとその手が離れたのは部屋に戻ってからでした。





 次に日、早朝。果たし状とは一騎討ちの挑戦状や白い手袋を投げる意味と同じものだった。それを知り、不安になりながら一言も喋らず朝食を済ましてその場所に向かった。

 壁の外、焦げた農地を勇者の後について歩いていた。遠くに、片腕の剣士が立っている。騎士の鎧を身に包み。肩に華の騎士団のマークがある。彼女だろう。

「逃げずに来たな。トキヤ」

「ああ、ネフィア離れてろ……邪魔だ」

「う、うん」

「トキヤに護られているお姫様はさぞ楽で良いだろうね」

「…………おい。挑発は俺にしてこい。それと俺を倒したら………ネフィアをどうする?」

「勿論同じところへ送ってあげる。慈悲深く。私は……お前と違う」

「ありがとう。聞けてよかった」

 二人は距離を取る。そして、殺し合いの用意をするのだ。勇者が剣を担ぎ。紫蘭は刀の柄をつかむ。

 ピンっと空気が引き締まる。

 そして、二人は走りだし距離を縮めた。切り合いが始まるっと思っていた。だが切り合いなんか一切なかった。

 勇者が剣を離して近付き、紫蘭の右手を左手で掴み。そして右手にはあのナイフで紫蘭の腹を突かれ鮮血が鎧の間から滴る。

 勇者が両手を離して蹴飛ばし、距離を取った瞬間、手放した両手剣を持ち直し、そのまま斬りかかった。

 それに応じ抜き放った紫蘭の刀を上から叩きつけ、彼女を斬り払う。圧倒的な、圧倒的な決着に唖然とする。

「えっ?」

 状況を見ていた自分は、情けない声を出した。紫蘭が倒れ、終わってみればあっという間だった。容赦のない……太刀筋に私は狼狽える。これが戦い。





 痛い、一瞬。一瞬だった。何が起こったか考える。

 相手の大剣と刀のリーチ差を考え深く踏み込んだ筈だったのに。気付けば刀を抑えられ居合いを止められ、腹に痛みがし、後ろへ下がったと思ったら剣を降り下ろしている瞬間だった。それに居合いを放ったのに………それすらも力で押し返される。

 そして今、私は空を仰いでいる。激痛のなかで温かい液体が体を濡らしている。

「紫蘭………強かった。そして、さようなら。俺は地獄行きだからさ。次は逢えないと思うよ」

「バカ強いな、トキヤ」

 全く歯が立たなかった。いや、わかっていた。ずっと戦い続けて来たんだこいつは私は全盛期から変わってない太刀筋だったのに。ここまで差が開いた事に満足する。

「紫蘭さん………ごめんなさい」

 近くでネフィアの声と同時に頭に触れるものがある。激痛が引いていき何も感じなくなった。四肢は動かないが、意識はまだあった。私の手をネフィアが両手で掴んでいる。

「ごめんなさい。痛みだけ感じなようにしました………ごめんなさい。私にはそれが精一杯です……ひぐ……」

「ネフィア!! 手を貸してはダメだ!! 果たし状に書いていただろ、御法度だ!!」

「勇者!! ごめん!! でも………少しの間、会話させて」

「………」

 手が温かい。彼女を見ると目があった。

「ごめんなさい。昨日、怒ってくれたこと感謝します。それで………何故一緒にいるかお答えしようと思います。彼には聞かれたくないのでこっそりいいます」

 涙を含んだ目で真っ直ぐ見つめる彼女。多分言いたいことはわかる。わかってしまう。

「私は、彼が好きです。だから一緒にいたい…………それは間違いないです。だから、本当に迷惑かけるんです」

「…………そう…………やっぱり」

「!?」

「ふふ、私も強い男は好き………彼も騎士団長も皆………でも皆、私を置いて旅立って行った。皆が空へ」

 ああ、もう最後だし言っていいか。優しい彼女に。語っても。

「恨んだよトキヤを。殺さなかった事を」

「…………」

「皆と一緒に行けなかった事を。でも、トキヤは変わってなかった」

 静かに自分の言葉を聞く彼女。こんな最後でよかった。もっと早くもっと早く。終わりたかった。

「変わってないとさ、思い出す。皆のこと、置いてかれた気がしてさ………はは」

「………死後のあなたに奇跡有らんことを願います。また仲間に出会える奇跡を。魔族の夢魔だけど、祈ります」

「優しいね。本当にごめんね。叩いて。妬いたんだ少し、昔を知ってる人が幸せそうにしてるの。妬いたんだその幸せそうにしているお相手に」

「大丈夫です。ありがとう。気付かせてくれて。でも……でも………他にいい方法………なかったんですか!! 絶対に死ぬってわかっていたでしょう!!」

「ごめん。ギルド長に命令されたし………それに………トキヤの昔の私の勇姿を聞いたら、もう一度戦いたいって…………ああ、勝てない訳だ。だってさ」

 あのとき殺される筈だったのに、それを今になっただけなのだから。優しい行為の残酷な行為。

「あー、トキヤ…………殺さなかったの恨んでるから………そして、ありがとう戦ってくれて。全力で……………」

 目が霞む。眠い。

「………そしてごめん。未来を希望も全て生かされたのに。お前のいう女になれなくて、戦って死ぬしかない武人ですまない。トキヤ、好きだったぞ」

 目を閉じる。目蓋に写る仲間たち。すまない。遅くなった。

「今、行くから。遅くなって……すまない、皆」







 私は、目を閉じた彼女を見届ける。あまりにも呆気ない終わりに心が軋む。あっさりすぎる終わりにポロポロと涙を流す。

「同情するな。戦争とはそういうものだ。俺の不始末で彼女は苦しんだんだな。悪いことをした…………本当に悪いことした……一人残してしまったんだ俺が……」

「そうだね………でも。大丈夫。満足した顔だよ」

「はぁ………綺麗な女性で好敵手だったから紅塗って男と幸せになって欲しかったのに」

「それが出来なかったんだよ。好きな人がこの世にいないから。そして……なんでもない」

 彼女もきっと惚れたのだろう。勇者に。だけど、もう彼女には何も出来なかった。

「…………俺が斬った誰かだったんだろうか? 好きな人。恨まれて当然の事をしてる自覚はあるが。堪えるな」

 彼女は喋らない。もう眠ってしまった。

「何処か……彼女を供養できる場所は無い……かな」

「騎士としての最後だ。騎士に頼もう」

「うん…………もし、私が居なかったら勇者は彼女と仲良くしてたのかな………」

「無い。絶対ないから。考えても無駄だから。お前は悪くない。俺が悪い」

「………………そっか」

 彼女は勇者を本当に好きだったのだろう。いや、新しく惚れたのかも。私と一騎討ちすればよかったと言った真意は………私が邪魔だったからだろう。でも無理だ。私の前には彼が立つから。だからこそ彼女は最初から彼を選んだ。

「!?……………ああ、そっか。諦めきれなかったんだ彼女」

 一騎討ちし、もし勇者が瀕死にしたあと私を切るつもりだったんだ。恋を知ったからわかる。自分は彼女と同じことをする絶対。[彼女]に同じことを。そう、勇者を瀕死にし[彼女]を殺る。

「今、私………何を考えた?」

 黒い感情が沸き上がる。またあの時のように黒く黒く。嫉妬の心が生まれる。

「ネフィア、行こう………」

「あっ………うん」

 私は立ち上がった。少しへんな妄想を振り払って彼女の死後に幸あらん事を願うのだった。




§




 あの後、騎士団にお願いし、埋葬を彼ら彼女らは快く引き受けてくれた。

 人の生き死は呆気ないものだ。勝手に戦って勝手に死んでいく。自分の信念だけで死地へ向かう。彼女は騎士団に昼のうちに火葬されるらしい。名のある騎士だったのだろう手厚い弔いだった。

 そして一騎討ちによる殺傷は不問であり。それよりも門番だった騎士や色々な騎士から決闘の内容を教えてほしいと言われた。嘘なく伝えたら御礼を言われ困惑したものだ。

 騎士とは本当にわからぬ物だ。何故、そこまで死にこだわる変な生き方をする。そして、勇者は聞かれた騎士に答えるのだった。

 自分の好敵手は後にも先にも彼女だけだろうと。それを聞いた騎士たちは敬礼を返すのだった。

 私の知らない世界だった。そして私は情けないことにそれに嫉妬する。彼女の行いで勇者の心にしっかりと彼女が刻まれてしまったと言うことを考えてしまったから。浅ましい気持ちだと思う。

 そうして説明義務を果たしたのは騎士団に解放されたのはその日の日が完全に落ちた時間だった。そして……夜は寝付けはあまりよろしくなかった。





 次の日、勇者が私に声をかける。

「行きたい所がある」

 そう言って私の手を取り連れて来られた場所は教会だった。確かに最近は嘘でも祝詞を唱えたりの練習はしていたが偽物信仰者なので足など踏み入れた事がない場所だ。でも、外見は綺麗だと感想が出るぶんには信仰深いかもしれない。

「珍しく……あるから、久し振りに見ようと思ってな」

「わ、わかった。ついていく」

 勇者が教会を説明してくれる。この都市は珍しく立派な教会があり、ここの騎士団たちは死の恐れを取り払うために神を信仰しているらしい。騎士団が昨日、祈りを亡くなった彼女に捧げていたのを思い出す。

 中に入り、見回して変なものに目が止まる。小さな箱に扉が二つの変な物。あれは何かを問う。

「懺悔の部屋。片方に聖職者が入って片方に懺悔を聞いてほしい人が入るんだ」

「そうか………」

「なんか懺悔したいことでも?」

「ない、かな。彼女のことは彼女が納得している結果だった筈だから。勇者は?」

 彼女とはネフィアの事である。ネファリウスではない。

「ない。懺悔はない」

 勇者が言い切る。強い言い方にまるで言い聞かせているような気がした。自分はそれ以上追求せず。木の長い椅子に二人で座る。

「元魔王がこんなところに来るとは………」

「俺もこんなところに来るとは思わなかった」

「お前が誘ったのに?」

「もう、二度と神の前に来るとは思わなかっただけさ。決別してるんだ一応な………もう声も聞こえない」

「…………私が祝詞を覚えているのに。人間のお前がそれでいいのかなぁ?」

「さぁ~どうだろうな」

 ステンドガラスに太陽の光が差し込み。教会を照らす。女神なのだろう像が輝いているように見える。俗世とは違った雰囲気。神聖と言う言葉を思い出す空間だった。

「綺麗な教会、本当に………」

 誰もいないのが寂しいが静かでいい場所だ。魔族の私は不相応なのだろうが心の底からそう思う。隣を見れば、彼もいる。

「ここは信仰深いからな。帝国にもあるが。ここまで手入れが行き届いていないと思うぞ。記憶では帝国民はまったく興味なかったからな教会なんて………今も」

「………何で来た? 私の方が楽しんでるではないか?」

「いや、まぁもしかしたらとか。ええっと。何でもない」

 変な奴だ。隠し事が下手くそだ。でも、私は微笑んでいる。やっぱり信仰深いらしい。

「………人間はこんな綺麗な所で愛を誓うのだな」

「そ、そうだな」

 自分は童話を思い出す。どの童話でも姫に愛を誓う場所は教会だった。綺麗な純白のウェディングドレスを来た女性に騎士が手を差しのべ。神の前で愛を誓い、結婚指輪を贈る。

 昔はただの儀礼だと思っていた。でも今ならわかる気がする。こんな綺麗な場所で愛を誓うなんて、きっと最上の幸せをなのだろう。妄想する。自分の晴れ姿を。そして。お相手を。

「………ふふ」

 妄想だけなら。許してくれるでしょう。絶対、有り得ない夢だ。夢魔はそれを他人にも見せれる。

「ご機嫌だな」

「ええ、幸せです」

 「ご機嫌だな」と言う夢の中の彼に声を出し微笑んであげる。言い声だった。

「な!?」

「どうしましたか?」

「な、なんでもない…………」

 勇者が視線をそらし、天井を仰ぐ。そして、また私を真っ直ぐ目を見る。

「顔を下げて………目を閉じてくれないか?」

「ん? なんでしょう?」

「『いい』と言うまで頼む」

 真摯に見つめる彼に私は頷いた。「なんだろうか?」と思ったがそのまま目を閉じる。

「………どうぞ」

 目を閉じて、下を向いたまま音を聞く。勇者がごそごそと音を立てて何かをしている。

 音がやむと勇者の息遣いが聞こえて胸が高鳴る。「なんだろうか?」と気になる。そしてほんの少しの時間がすぎる。勇者の合図はない。長い。

「………」

 私は、気になり何も考えず薄目で様子を伺った。座っている勇者の手に小さな箱があり輝くものを見る。





 そう、綺麗な赤い宝石の指輪が輝いていた。






 私は慌てて目を瞑り直し、今さっきの見た物を考える。綺麗な赤い宝石の指輪。童話を思い出す。赤い宝石はガーネットだろう。夫婦がする結婚指輪か婚約指輪によく似ていた。

 「何故? 勇者がここで? 一体誰に?」と考えて胸がはち切れるかのように高鳴る。心音勇が者に聞かれるのではないかと思うほどに音を出す。「もしかして、私にくれるの? あなたの愛を?」と期待する声が胸から聞こえる。

「ネフィア、もういいぞ。すまない、何でもないんだ………」

「あっ………そう……なの?………へ、へんなの」

「ごめん。俺、ちょっと教会の外で風を感じてくる」

「わかった………」

 勇者が立ち上がって教会を出た。私は彼の背を眺め続ける事しか出来ない。

「…………」

 彼が去った瞬間、自分の体を強く抱き締めた。強く強く。爪を立て。痛く痛く。抱き締める。軽い気持ちで見てしまった事を後悔する。見なければ良かったと「自分」は「余」は「私」は「まとめて」自分を呪うのだった。



§





 月が出ている夜。私はこっそり宿を抜け出した。魔力のカンテラを片手に向かう先は教会だ。扉が閉まっていれば大人しく帰ろうと思っていた。しかし、扉は開いており、驚く。導かれるように中に入った。

 中に入ると月明かりに照らされた女神像など昼とは違った神秘的な光景が目に写る。綺麗だった。でも、私はこれを見るために来た訳じゃない、昼間に教えてもらった懺悔の小さな箱に用がある。その片方の扉を開けて中に入り真っ暗な部屋をカンテラで照らすと小さな椅子とカーテンがかかった隣の部屋に通じる小窓がひとつある。それ以外は仕切られた空間だった。

「音奪い」

 仕切られた空間だったが聞かれたくないので音を漏れないようにする。一人になりたかった。誰もいない所で。懺悔したかった。

「…………はぁ」

 今日の出来事が忘れられない。あの出来事のせいで忘れようとしていた事が全て泡のように浮き上がる。疑問も全て。独り言で一人で自問自答をする。

 聞いてくれる人は誰もおらず。聞いてほしい人は私を見ていないと思っている。

「指輪………何だったの………」

 赤い宝石、ガーネット。意味を知れば彼がわからなくなる。間違いなく………私に渡そうとした。

「………いつからだろう。こんなに辛くなったのは? なんで、私はネフィアを演じるのを続けているのだろうか? 私はいつから、いつから私と思っていたのだろうか?」

 男だった自分。男だった筈の自分が。今は女々しい思いに駆られている。「男だ!!」と考えても。全く昔の自分を思い出せなくなっていた。

 そう、思い出そうとしたら。思い出すには彼との旅ばかり。数年の男だった思い出よりも数ヶ月の思い出ばかりが胸にある。

 この気持ちはネフィアの物だと言っても全く違う反応をしてしまう。ネフィアは私だ。私の大切な想い出なんだと。ネファリウスを捨てている。

「…………好き」

 勝手に口から溢れる言葉は誰も拾わない。

「私のために、ずっとしてくれてる。危険を犯してくれている。出会った時からずっと」

 約束は守っている。私を襲わないことを。触れることさえ怖かったのに今では手を繋がれるのを喜ぶ私。

「魔都で護ってくれたのは彼だった」

 覚えている。あの大きな背中を。強い背中を。いつだって、彼は私の前に立ってくれた。

「エルミアお嬢さま………」

 エルミアお嬢さまの使用人の日々。思い出せば辛い事も楽しい事もあった。毎日毎日、彼の迎えを期待していた。エルミアお嬢さまには少し恨んでいたけど。今は感謝できる。女性として教えてもらった。

「エルミアさんに会ったらお礼言わなきゃ………」

 女性の基礎を教えてくれた彼女に。それのおかげで演じる事が出来る事を。

 帝都に帰った時は自由になった気がした。けど考えてみれば勇者が連れ出した時に………すでに自由だった気がする。店で働けたし、新しい発見は多かった。

「あの後、連れ拐われた時………怖かったな~」

 囲まれ、暗い所に連れていかれた時は怖かった。また、暗がりの部屋にずっと閉じ込められてしまうんじゃないかを怖がって震えた。でも、彼は来てくれた。初めてあのとき、大泣きしたのを覚えている。優しく抱き締めてくれた。泣き止むまで。

「助けてくれた。黒騎士団も裏切って………」

 黒騎士団から庇ったりしてくれた。帝都を飛び出し、彼は私のために故郷を捨てる。味方だった騎士団も捨て。私のために魔国へ連れていってくれる。

「逃げた途中と都市で美味しいもの沢山教えてもらったなぁ……」

 アクアマリンで初めて食べるあれこれ。そして、一番嬉しかった事はアクアマリンの首飾りをいただいたこと。一番綺麗なデザインの宝石だった。今で思う、彼は見ていた。そして、わざわざ戻って買ってくれたのだ。

「………うれしかった」

 馬でさえ一緒に乗るのは嫌だったのに。今では背中に彼が居てくれる。振り向けば彼がいる状況を好ましいと思っている。凄く安心して居られた。

 そう、狙われていても安心できた。本来なら刺客でも恐れる筈なのに全く恐れを感じない。いつだって彼はそんな事を一切、感じさせない。一度助けられたからだろう。

 短い期間の記憶を巡る。いっぱいあった。魔法を教えてもらったり。占いしたり、訓練でいっぱい叩かれたりもした。ここまで、色んな事をしてくれている。何だってしてくれてる。

「だから………理由を知りたかっただけなのに」

 これだけの事を彼はしてくれているのに理由は知らなかった。私にためにっと言うだけで。そして、聞いてみたら一つ。私に似てる誰か、『彼女』のためにだった。

「私じゃなかった………」

 それを聞いたとき。私は理由がわからず泣いてしまった。そして、あまり考えないようにした。したが、今日、また彼の考えがわからなくなった。

 悲哀の歌を歌ってたのを勇者の夢で知った。少しでも知って欲しかったから酔って歌ったのだろう。

 どうせ私の恋は始まっても終わってしまうものだと思っていたのに。今日は諦めて想像だけで満足しようしてた。だけど、今日。赤い宝石の指輪を見てしまったから。

「うぅうう………ごめんなさい‼ 「私に惚れている」て言葉の嘘を信じてごめんなさい‼ 彼は私を好きだって思ってました!! キスだってしたから!! だけど私に似た誰かを好きだったなんて聞いたら………私だって似てるなら『彼女』を殺してすりかわったりしたりとか!!  指輪を貰えると思いました!! 紫蘭がいなくなった事!! 少しでも喜んだ自分が忌ましい!! ごめんなさい‼ ごめんなさい‼ だから……」

 目から溢れでる何度目かの涙。泣き虫になった私。

「私は………彼の大きな背中が好き……」

「私は………何処へだって助けてくれる彼が……好き………」

「私は………優しい、彼が大好きです………ですから」

 これ以上………これ以上。

「私以外の『彼女』を追いかける姿なんか見たくないです!! ごめんなさい。好きなのに振られるのが怖い。指輪………欲しかった!! 欲しかった!!」

 想いが溢れて止まらなくなる。

「辛いなら、こんなに辛いなら。部屋で閉じ込められたまま…………ずっと知らずに………」

 顔を押さえていると。声が聞こえた気がした。

「愛してますか?」

「愛してる!! 彼を愛してます!!」

「なら真っ直ぐ進みなさい。つかんで下さい未来を!!」








「ん、んんんん~ん?」

 目が覚めると。宿屋のベットの上だ。太陽が部屋を照らしている。

「あ、う……ん? 宿屋? なんで?」

 体をお起こし周りを見渡す。昨日抜け出した筈の借りた自分のベットだ。隣の別のベットを見ると勇者は居なかった。

「ネフィア。おはよう」

「私………あれ夢だった? 懺悔室に居た気がする」

「ああ、寝てたからここまで運んだんだ。懺悔室で何を懺悔したか悩みを打ち明けたか知らないけど。抜け出すなら帰ってくる事な。心配するから」

 彼は頭を優しく撫でてくれる。

「へへへ…………う、うん………ありがとう………」

「何か食べたいか? 寝過ごしてるからもう昼だ」

「えっと、ラザニア~」

「作ってる店はあるかな~?」

 勇者が困った顔をする。

「………ちょっとスッキリした」

「ん? 何が?」

「なんでもないよー」

 あの声は幻聴だったかもしれない。でも…………諦めきれないなら。

 愛してる気持ちを持って貫くまで!!

 何処かで告白しよう。

 それで行き当たりバッタリで考えよう。

 うん………わかった。もう目をそらしません。私の気持ちに。

 勇者を愛しています。






「黒騎士団長。何処で迎え撃ちますか?」

「…………国境付近だ。奴等が都市から出た連絡はまだだろう?」

「わかりました。丁度いい高台もありますね。さぁ彼らの長かった旅も終わりです」

「全くだ。先回りし、待たされた。秋が終わる頃に帝国へ帰る。裏切り者一人に長い時間拘束されたな」

「ええ、本当に。裏切り者には死を」






§





 私たちは人間最後の都市から無法地帯へ旅立った。無法地帯な理由は魔物の強さ、ドラゴンの棲み家。山など険しい山岳や、平地の少なさ。火山等自然が厳しいのも理由である。

 しかし、そんな場所でも住まう強者がいるらしく。向かう場所は冒険者デラスティが言っていた新都市へ向かい、そして無法地帯を抜けた先から廻り込んで魔国の首都へと向かおうと考えた。無法地帯の魔物は非常に強く恐ろしいが勇者がいるので問題はないだろう。彼の頼みであるが仕方ない。私は弱い。

 馬については売り払い旅の資金に当てる。この先は人を拒む整備されていない未開地なのだ。馬では何処まで行けるかわからない。荷物も人が持てる最少の物だけで挑む。魔物も見つけて狩る事も必要になっていくだろう。

「次の都市はどんな所だろうね?」

 私は彼についていく。何処で告白しようか考えながら機を伺いながら。『彼女』を見つける前に情を持たせて優位を持ち込みたい。婬魔、夢魔である事に今は感謝している。

「まだ『都市としての機能は果たせてない』て書いてる。あんな所に都市を作ってもなぁ………くる奴居ないだろ」

「ドラゴンに潰されるよね」

「まぁドラゴンを倒す寄せ餌にするならいいけどな」

「酷い考え~」

「それが目的かもな?」

「そんなことないと私は思うけどなぁ~」

 仲良くそんな他愛のない会話をしながら二人仲良く並んで歩いていた。私にとっては安らげる時間である。昔より、最初の頃よりから考えられない変化だ。いがみ合いがずっと続いていたのにいつの間にか「私」と言い出してしまっている。

「ん? ネフィア……気を付けろ」

「なにが?」

 ふと、森の中に目の前にローブを着た男が立っている。顔は見えず。ただ薄汚れたローブが少し不気味さを醸し出していた。私が気付いたのは魔法使いである事ぐらいだ。

「君たちは冒険者か? 良いところへ来た。道を間違えているんだ。都市フィールドランドはどちらかな?」

 声をかけてきた男。怪しさが増す。勇者身構える。緊張感から、勇者の顔が強ばっている。

「………なぁなんでここにいるんでしょうか?」

「ふ、だから言ったではないか道を間違えているとな。トキヤ。君がだよ」

「誰ですか? 彼は?」

「お嬢さん。いいえ、魔王だったかな? ネファリウスだったか?」

「えっ!?」

 勇者が私を守るように「後ろに引け」と言い。護るように私の前出る。

「黒騎士団長様直々にお出迎えとはな、伏兵が……数人もいるな。気付かなかった」

「勇者!! いま、こいつ!! 私の名前を」

「ああ、誰が一番始め気付くかと思っていたが…………よりよって黒騎士団長様が一番だった」

 黒騎士団長がフードを捲り、顔をさらす。鉄の仮面で表情は読めない。

「言葉は不要か。残念だよ。私自ら赴いて君を殺さないといけないからね」

 騎士団長は両手を開け、火球と冷気を貯めた球を現出させて牽制する。二つの属性を操る魔術師なのだろう。恐ろしい技術なのが伺えた。

「あんたが、わざわざ戦うなんて………!?」

 勇者が剣を抜き構える。構えた瞬間だった。

 勇者が振り向き、私を吹き飛ばし、私を見ながら庇うように立ち回る。

ドンッ!!ザシュ!!!

「えっ?」

 目の前で勇者の腹に防具を貫通した大きな矢が刺さった。それを勇者がつかみ押さえ、血が滴る。ボトボトと彼の鮮血が大地を染める。

「げはぁ、大丈夫か………ネフィア………くそ………スナイパーの姉ちゃんか」

「………ト、キ、ヤ?…………トキヤあああああああああああ!!」

 私は勇者の名前、「トキヤ」と絶叫する。目に見える傷が、血が、恐怖を思い起こさせる。死ぬんじゃないかと焦り出す。

「勇敢なる騎士は姫様を庇う。不意に魔王を射させればお前は絶対庇うだろう? お前が言っていたな『感情が無ければ見えない』と。残念だが分かりやすい感情は見えやすいぞ。まぁお前ドラゴン用の矢でも即死はないだろうが死にかけにはなったな」

「………くそったれ。あんた自身が囮かよ、俺の注意をそらさせるためにな‼」

「その傷でよく喋られるなお前。まぁそうだ」

 黒騎士団長が魔法を唱えるのを止め、手を挙げた。

「全員!! 負傷した勇者を殺し魔王を捕らえろ‼ 気を付けろ!! 奴等は魔王と本物の勇者だ」

 遠くの茂みや身を隠せる場所から身を乗りだし、黒い騎士たち駆けてくる。四方八方から同時に攻めてくる。私はトキヤが倒れるのを抱き止めた。生暖かいヌルッとした血の感触が恐怖を掻き立て、身を震わして叫ぶ。

「トキヤ!! トキヤ!! トキヤぁあああ!!」

「ああ、聞こえてる。大丈夫、まだ動ける。安心しろって」

「でもでも!! こんな血が!! 今、回復魔法を!!」

「こんな風穴じゃ無理さ………少し間、女扱い許してくれ」

「な、なんでそんな事を今!!」

ギュゥ

 強く抱き締められる。傷を負っている筈なのに力強く。そして優しい言葉を聞いた。

「お前だけ、絶対。護る。そう約束しただろ……任せろ」

 勇者は私から離れ立ち上がりいつもの背中を見せ騎士団長を睨みつける。

 そして、手を掲げた。手のひらから大きな緑の魔方陣が浮かび上がり、風が舞い上がった。何度も、何度も、何度も、見た大きい背中。大規模な魔力の高まりを感じた。勇者の声が風を震わす。音の魔法を多重で唱え、それによる多重魔法の重ねがけだ。理解できるそれは即効性がある大魔法を一瞬で生み出すための秘策だろう。

「其は風を支配し、使役する魔術士である」

「トキヤ、何するの!?」

「………お前、やはり‼ 魔法使いじゃぁないな!!」

「故に、今ここに風の征服者として我が操る!! 操られよ風よ!! 我が使命のために」

「伝達!! あいつから離れろ!! 今すぐに!!」

 辺り一帯が静まる。なんの物音もしない。そんな中でも耳元にトキヤの声が響く。

「風最上位魔法、絶空」

 その声と同時に手のひらの魔方陣が何枚も重なり層と成した。多重の詠唱が一瞬で魔法現象を生み出す。私とトキヤ以外の周りが白くなり、白くなったと思った瞬間には真っ暗になった。情況が全くわからない。

「これは一体なに………」

ドサッ‼

「トキヤ!? 火球!!」

 右手の炎玉を転がして辺りを照らす。トキヤがすぐ近くで倒れており服などが赤く染まっていた。深々と刺さった矢。何が出来るかわからない。両手で彼の右手を掴む。

「トキヤ!!」

「………ネフィア。魔法が解けたら北へ。戻るな。黒騎士がいる」

「トキヤ!! どうして!! どうしてそこまで私を護ってくれるの!! 『彼女』に似ているだけなのにどうして………いつも、いつも……」

 右手を掴んでいる手に額を当て、また泣き出してしまう。大切な人が私を庇って死にかけている事に涙する。

「…………はは、泣いているのか」

 トキヤが目を閉じながら声を出す。

「だって、だって………トキヤが、トキヤが」

「大丈夫、ただ一人の狂った騎士がいなくなるだけ………泣くなよ………生きろ」

「嫌だよ!! 死なないでトキヤ……」

「泣かないでくれ………ああ、泣かないでくれ」

 トキヤは私の声が聞こえてないのか伝わらない。しかし、空いた手で涙を拭い、目を閉じながらも笑っている。すごく、幸せそうに。

「なんで笑ってるの!? ねぇトキヤ!!」

「ああ、泣き止まないなぁ………はは、泣いてくれてるの………うれし……んだけ……ど」

「トキヤ!! トキヤ!!」

「笑ってる……ほう………が…………いま……はいい……な…」

「トキヤアアアアアアアア!!」

 私は叫び彼の体を揺すった。

「目を覚まして!! 私を護るって!! 魔国まで帰すって言ったでしょ!! お願い!! お願いだから!!」

 彼は満足そうに眠っている。息はある。

「嫌だ‼ 起きて!! 私はまだ、言ってない事が沢山あるの!! 沢山貰ったもの返せてない!! お願い…………お願い………」

 私は錯乱し彼の手を強く握った。白い世界が明けた。すると周りにいた黒騎士達が倒れている。全員、気絶していた。私はトキヤに覆い被さる。行きたくない。彼を置いて行きたくなかった。

トクンッ

「!?」

 覆い被さって聞こえてきたのは鼓動。耳を当てると彼はトキヤは生きていた。矢に刺さっているが生きている。

「まだ!! まだ生きてる!! 諦めちゃダメだ!! 諦めちゃダメだ‼ 神よ私の愛する人を助けたまえ!! 癒しを!!」

 両手で矢の刺さった辺りを止血する。矢は抜かない。抜いた場合傷口が大きくなり私では止血する事が今は出来ない。矢ごと傷口を塞ぐ。魔力を注ぎ込み。何とか止血は出来た。しかし、中身や矢は刺さったまま。失った血もある。

「後戻りは出来ない。殺されちゃう………なら、進むしかない」

 私は地図を見て距離を確認する。出来るか確認するが絶望的。でも………やるしかない。諦めたくなかった。

「トキヤ、ごめん。私が回復魔法とか全然出来なくて………でも置いていかないから」

 荷物をもって、彼から貰った鎧を脱ぎ身軽になる。そのままトキヤの装備も置いていく。そして軽くなった彼を背負い、歩き出す。

「トキヤがくれた鎧。綺麗だったけど………トキヤほど素晴らしい物じゃないから置いてくね」

 私は力強く歩き出す。進むしかない。少しでも彼を見殺しだけはしたくはなかった。都市に行けばなんとかなると信じて。






「はぁ………はぁ…………はぁ…………」

 森に入りゆっくり背負いながら、気を付けながら進む。

ガッ!! ドサッ‼

「うッ!!………つううう」

 木の根っこに足を取られ転けてしまう。トキヤを心配し見ると矢が刺さっている以外は問題は無さそうだった。

「はぁ………よかっ……つぅ!! はぁはぁ」

 足に激痛が走りそれを押さえる。足が取られた所が腫れていた。変な方向に捻ってしまったらしい。

「ヒール!!」

 何とか痛みと腫れも抑える。しかし、完全に治ったわけではない。鞄から痛み止めの薬とトキヤが用意していた塗り薬も塗る。体がそれに答えるように完治する。

「こんな所で………休んでる訳にはいかない!!」

 トキヤを背負い直して立ち上がる。まだ少し痛みはあるが歩けない訳じゃない。「トキヤがやってくれたことに比べればどうってことない」と言い聞かせて歩む。

「はぁはぁ、頑張れ私。彼のために」

 生きてて「誰かのために」と思った事はこれが初めてだろう。それほど強く私は彼を想っている。

「生かさなくちゃ、生かさなくちゃ!! こんなにしてくれたのに‼ まだ、なにも恩返し出来てないのに!!」

 自分を奮い立たせる。そして前へ前へと……突き進んだ。突き進みながらふと、物音がした気がする。小さな葉を踏む音だ。

「………音拾い」

カサッ、ザッ!!

 何かが近づく音を拾う。

「いっぱい、いる。これは………魔物!?」

 私はトキヤをおろし、木に立てかける。魔物がこちらに来ていた。血の臭いで寄せ付けているかもしれない。

「背負って逃げられない。やるしかない」

 私だけ持ってきた右手で剣を抜き。そして左手で火球を現出させた。そして、音を便りに打ち出す。

 何匹いるのかわからない。今のうちに数を減らそうと思い攻撃する。

 打ち出された火球は森の木々の隙間を縫うように音がするほうへ向かわせる。着弾を音で確認した。襲ってくる気配はなくなる。

 そして再度トキヤを背負い、歩き出した。彼はすごく重たい。鎧より、荷物より。何故か重たかった。





 夜、彼を木に腰かけさせる。胸と口に手を触れる。息はある。強い鼓動もある。

「はぁ、はぁ………急がなきゃ……だけど」

 魔物がついてきていた。目の前に狼系の魔物達が私を囲み、機を伺っていたのだ。彼が死ぬのを舌を舐めずって涎を垂らし。「早く、早く、捨ててくれ」とついてくる。

 絶対の私が捨てると言う事を信じて待つことに苛立つ。

「うぅ……」

 暗がりの中、瞳だけが見える。トキヤは本当にいつも夜番をしてくれていた。私はそれに甘えていた。

「今度は私が……」

 剣を構える。魔物は距離を取っていたが次第に円を狭めてくる。ぎらついた瞳が私を睨む。「食べさせて。美味しそう」と言っているように聞こえて身震いをした。

「どっか行け!! これは餌じゃない!!」

 火の魔法を唱え、打ち出す。ウルフが燃えるが身震い一つで炎を消す。火山地帯の生き物らしく火耐性があるらしく。ゆっくりと狩りの範囲が狭まる。ここは他と違った魔物なんだと理解する。一定の距離で睨み合い。私は体力を減らす。彼らは時間をかければいい。私は時間もない。トキヤから離れられない。

 部が悪すぎた。知恵を絞れ。考えろ考えろと私自身を奮い立たせる。そんな中で火球を打ち出し。周囲の視界を確保していたが情況は悪化していく。冷や汗が滴り、唇を噛む。

バサァアアアアアアア!!!

 そんな中で今度は大きな翼の音が聞こえてきた。

バキバキバキ!!

「な、なに!?」

 そして、木々をなぎ倒し。大きい何かが降ってくる。

ズシャ!!

 光に照らされたそれは一匹のワイバーンだった。細い体で逞しい咆哮をあげる。ウルフ達がそれに驚き一目散に逃げていく。

 私は剣を構えなおす。前、戦ったことがある素のワイバーンだ。「大丈夫、大丈夫、ウルフの数よりは厄介じゃない」と言い聞かせる。そんな中でワイバーンが慌て出した。

「ま、まって!! 僕だよ‼ デラスティだよ!!」

 ワイバーンが私から距離を取って喋り出した。ワイバーンの体が霧に包まれ少年へと変貌する。

「け、剣を納めてお姉さん!!」

「本当に………デラスティ?」

「そうだよ‼ まって!! ワイバーン戻るから‼」

 ワイバーンにまた変貌した彼。そして状況を説明する前に近付く。

「トキヤお兄さん重症だね!! 時間がないから僕の知り合いの所に連れていくから‼ お兄さんを背中に括って!! 安静で治療が一番だろうけど無理だから‼」

 私は神がいる事を知る。私は感謝をした。この僥倖を。神様を。

「ありがとう………本当にありがとう」

「恩はあるからね‼ さぁお姉さんも乗って」

 ワイバーンに抱きつき、トキヤを紐で縛り。空を飛んだ。火球が魔力を失い暗くなるが、遠くに小さな火の明かりが見えた。空は涼しく、しかし、暗く。星が綺麗だった。

 この奇跡に私は懺悔室のあの声の主を信仰しようかと思うのだった。




§




 ワイバーンに連れられ夜中。森の中に輝く篝火の元へゆっくり羽ばたきながら降りる。

 降りた先には長く赤い紅い髪の大人の女性が立っていた。スラッとした肢体に鋭い瞳。額には何かの宝石みたいなのが埋め込まれている。

「お帰り、デラスティ。見つけた? 彼女がそう?」

「うん!! 見つけた!! それより竜姉!! 重傷者が!!」

「わかった。早く家に」

「うん!! ネフィ姉ぇもついて来て!!」

「はい!!」

 そこからトキヤを担いだまま数分歩き。ついた場所は一件の小さな木の家だった。魔物から守る城壁もなにもない。ただただ普通の家だ。

「小さい家だが。さぁ先に入れ」

「は、はい。でも彼は」

「矢を抜かないといけないだろ? マンドラゴラの塗り薬と魔法で何とか塞ぐ」

「わ、わたしも手伝います‼ ヒールぐらいなら‼」

「わかった。じゃぁ抜いたら私と一緒に唱える。いいな?」

「僕が矢をぬくよ‼ 姉ちゃんたち!!」

 デラスティが人の姿に戻り、彼の刺さった太い矢の先を折る。そして返しがなくなった矢を一瞬で引き抜いた。鮮血が飛び、急いで傷口を塞ぐように魔力を流し唱えた。竜姉と言われていた女性はマンドラゴラの塗り薬と言う薬に魔力を流し傷口に塗ると塗り薬が傷口にくっつき塞がる。私もそこへ、ありったけの魔力を注いだ。

「すごい………はぁはぁ。傷口がなくなった……」

「デラスティ!! 寝室に運び、服を全て脱がせ」

「わかった!!」

 自分は膝をつき両手を地面につける。体が重い。

「バカね、体力分も全部注いだな。傷が塞がるだけで良かったのに。だが、そのお陰で早く塞がったな」

「す、すいません、加減わからないんです。彼は大丈夫なのでしょうか?」

「後は根気だ。運が良ければだがな。さぁ家に入れ」

 私はふらつく体で立ち上がり、頭を下げる。

「ありがとうございます」

「お礼ならデラスティにいいな。私はあまり関わりたくないので」

「………はい」

 私は彼女の背中を追いかけて家に入った。木材の家であり。木の香りが部屋に満ちている。

「竜姉!! 体温が低い!! 血を流しすぎたんだ!!」

「デラスティ、トキヤの体温が低いの?」

「うん!! 危ない!! 体が動かなくなるし‼ 新陳代謝も低くなる‼」

「あなたが添い寝してあげな。人肌で暖めるんだ。簡単だろ」

「どこ、ですか? 彼は」

「あっちの部屋に!!」

「わかりました」

 部屋はすぐそこ。すぐに向かい、向かった先では横になって寝ている彼が見え、顔色はよくないが息も鼓動もあることに一時は安心する。

 しかし、まだ。危ないことには変わりがない。私は服を脱ぎ、躊躇せずに布団に入る。肌が触れあうとわかる体の冷たさに驚いた。恥ずかしさなんて今はない、助ける絶対と決めて抱きつく。

「トキヤ………ごめんね。何も出来なくて」

 冷たい彼の体に触れて暖め続けた。部屋の外から耳に声が届く。私は回復した魔力で盗み聞く。

「お姉さん。一緒に寝るみたい」

「そう………デラスティの言う通り恋仲なのね」

「うん!! それは仲のいい二人だよ‼」

「どうしましょう。ベット一つだけになったから。む、むかしと同じ。い、一緒に寝る?」

「ごめん竜姉、僕はもう大人だよ。恥ずかしいし。なので都市に行くよ。朝市でご飯と包帯を多目に買ってくるから‼」

「あっ………うん。そ、そうね。で、でも私にとってはまだ子供だし」

「…………子供………うん!! 行ってきます‼」

「あ、ああ!!………いってらっしゃい」

 私は二人に感謝しながら、落ち着く。安心したのか睡魔に負け眠るのだった。





 朝、トキヤの冷えた体もある程度暖かくなっていた。足りない血をどうにかしないといけないし。内蔵などの欠損を修復しないといけない。魔法で何とか出来ないだろうかと考えるがそれは創造に近い事で無理である。

 だが、今なら私は神の奇跡も簡単に扱える気がした。愛を謳う祝詞だって心から言えるし恥ずかしい事はない。そう考えながら服を着て、部屋を出た。するといい匂いがする。パンの焼ける匂いが。

「起きたか、おはよう。これでも食って英気を養え。お前倒れたらダメだからね」

 パンとベーコンの焼き物。それを持って部屋に行こうとした。後ろから頭を叩かれる。

「こら!! 待て何をする気だ!?」

「トキヤに食べさせようかと………」

「まて。まて。食べさせるのは後だ。先ずはお前が食え。倒れるだろうが。あんだけ魔力と体温使ったんだから」

「えっと、はい………いただきます」

 机に皿を戻して食べる。美味しいけど、ソワソワする。そんな中でも周りを見ながら机の上には観葉植物の鉢植えが飾られていたのが目についた。そしてその観葉植物が震えて根っ子が顔を出す。

モゾモゾ。ボゴッ!!

「ちぃーす」

「………ちぃーす?」

 丸く太った根っ子が喋ってくる。愛らしいコロコロした姿。

「ああ、自分は魔族のマンドラゴラっす。薬が効いて良かったっすね」

「ええっと。うん。ありがとうございます」

 根っ子に頭を下げる。こんな魔族居るんだと驚いた

「いやぁ~姉ちゃん~魔族でもとびきり人型できれいっすねぇ~根っ子でも綺麗さがわかるってもんす。と言うか根っ子ですか?」

「あ、ありがとう」

 根っ子が勝手に話しかけてくるのは少し。いや、すっごーくビックリした。「叫ばないの? マンドラゴラは叫ぶでしょう?」と言う疑問も浮かんでくる。

「ああ、ビックリした? こいつはペットのマンドラゴラだ。あと遅くなったが。私は火竜の上位種。エルダードラゴンの爆竜のボルケーノだ」

 私は驚かない。なんとなくそんな気がしていたからだ。ただの魔族、亜人ではないと。

「ええっと私は元魔王。ネフィア・ネロリリスです。助けてくださりありがとうございます」

「飛竜デラスティのお陰だな。魔力が高まって色々衝撃波があったらしい。爆心地にいけば高級な見たことのある鎧があったそうだ。黒騎士たちは息を引き取って死んでいたらしいな」

「そうなのですね………まぁ彼らも死ぬ覚悟ぐらいあったでしょうから」

 そう、私は運が良かっただけなのだ。私は朝ごはんを食べ終わるが、何故か味はあまりしなかった。心配で心配で味覚が狂っているのかもしれない。

「トキヤのご飯。どうしましょう?」

「実は私も悩んでいてね」

「………自分、喋ってええすか?」

「なにマンちゃん?」

「マンちゃん………自分、マンちゃんすか?」

「マンドラゴラだからマンちゃん」

「ああ、ネフィアさん。ここの家主よりかわいいすね~。ご飯っすけど蒸かした芋とこの葉っぱを細かく千切って口に含んで柔らかくしっかり魔力を注げば生命力が上がるっす。そして無理やり飲み込ませたら損傷してる臓器もなんとか修復出来るんじゃないっすかね?」

 マンドラゴラが自分の頭の葉っぱを千切る。それを私に差し出す。「ぶちっ」と痛そうな音と汁が垂れていた。

「痛くないの?」

「大丈夫っす。恋するかわいいお嬢さんのためっす。どうぞ使って下さい。泣き顔は見たくないっすから」

「マンちゃん!! ありがとう!!」

「私のペットとすごく仲良くなっている。まぁ、それより家主よりかわいい。家主かわいいかぁ。仕方いよなぁ。仕方ないよなぁ。ええ歳だし」

 ボルケーノお姉さんがぶつぶつと独り言を言う。私は気にせず調理場を借りて芋を貰い、蒸かしたあとにマンドラゴラの葉っぱを持って部屋に戻った。トキヤはすやすや眠っていた。

「トキヤ………まだ寝てる」

 蒸かした芋と混ぜないといけない。しかし、彼は食べることが出来ない。トキヤの体を起こさせたが彼は起きない。

「しょうがない。ごめんなさいトキヤ」

 自分は塩を少しつけた芋を噛む。葉っぱも少しかじるといい匂いがした。モグモグしながら、魔力を混ぜる。

 そして彼の口を見る。ちょっとドキドキするが躊躇なんかしたくない。「生かすために必要なこと」と男らしく覚悟を決め。そして、彼の口に触れて流し込む。「元気になって」と願いながら。





「ただいま!! ネフィア姉ちゃん、竜姉!!」

 勢いよく玄関の扉が開け放たれ。小さな少年が飛び込んでくる。

「おかえり。ネフィアが先だと!?」

「おかえりなさい。包帯買ってきてくれたの? お金払うわ」

「お金はいいよ。元気になったら頼みたいことあるし」

「わかった。ありがとう」

 私は包帯を貰い。木のバケツに水を酌み。寝室へ向かう。向かった先で先ずは体を拭いた。次に汚れて乾いた血まみれの包帯を交換する。傷口が塞がったが、何故か滲んでいた。だが、傷口があった場所は肌の色が違うが塞がっており、触れると皮がある。トキヤは少し異常なほどの生命力が高い気がする。

「これなら………すぐに治るかも」

 少し元気が出てきた。彼のたくましい胸に耳を当てる。鼓動もしっかりしていて、いい音だった。

「最初はどうなるかと思ったけど………これで、ひと安心」

「ネフィア姉ちゃん。どんなかんじ?」

 デラスティが部屋に入って元気よく確認にくる。

「少し、血行もいいし。順調かな」

「ネフィア姉ちゃん!! 良かったね」

「うん!!」

 彼が生きてる。本当に嬉しかった。私は彼の未来を繋ぎ止められた。

「まだ、私は。告白してませんから。死なれたら困る」

「僕もだね!! ねぇ、お姉さん。もし安心できるようになったら都市へ行きませんか?」

「都市へ?」

「都市ヘルカイト。まだ都市じゃないけどいつかは都市になる。そこで相談があるんだ。いっぱい」

「わかりました。恩を頂いたのです。喜んで行きましょう」

「………おお。ありがとう。それよりもお姉さん変わった?」

「変わった? そんな感じはないですけど。恋を認めた事ぐらいです」

「そっか~うん!! 今のお姉さんちょっと………ドキドキする。なんか魅力的に見える。魅惑的かな」

「ふふふ。ダメですよ。私はトキヤが好きですから」

 私は寝ている彼を見る。そう見つめる。

「う、うんそれはわかるんだ。でもパッと見たとき竜姉に似てるって思って」

 私は部屋の鏡を見て確認する。全く変わらない私。金色の髪。昔は意気消沈していた姿だったが今は大好きな姿だ。

「今はどう?」

「うーん髪が赤い」

「…………もしかして。音奪い………ボルケーノ姉さん好きですか? 大丈夫、魔法で音は漏れません私だけに聞こえます」

 彼女に聞かれないように聞いた。確認のために。

「うん!! 竜姉好きなんだ!! なんでわかったの!?」

「ああ、うん。私そういえば淫魔だった。ちょっとまって………ふん!!」

 魔力を抑え込む。少し漏れていたのだろう。気付けば私は……………婬魔。マンドラゴラの根っ子にはもしや同族に見えていたのかもしれない。

「あっ!! 戻った」

「ごめんなさい………暴走してたみたい。一部の夢魔は『好意の相手の姿を見せる』能力があるの」

「恐ろしいね淫魔って」

「……ええ」

 何故、この瞬間に淫魔らしい能力が発現したかわからない。だが、それ故に私は「彼女」にも『私』にもなれるのかもしれないと考える。

「もしかして。この体に完全に馴染んだ?」

 私は女の体の変化にネフィアとして気付くのだった。





 執務室で目覚めた。よく知った帝国の黒騎士団長室。頭に違和感と頭痛。

「………ごほ!!」

 眠っていた。何故なのかわからない。

「おかしい、何故ここに? 国境付近であいつと相対していた筈だ」

 「夢なのか? 死後の世界か?」と自問自答する。白い壁に迫られたのは覚えているがその先は覚えがない。

「お目覚めかい? 黒騎士団長さん」

「グランドマザー? 何故ここに?」

「黒騎士団長が負ける未来が見えてね。興味本意で現れたのさ」

 黒い影が魔女の姿に変わる。これが本来の姿だろう。

「見えただと‼ あいつは生きているのか‼」

「残念ね。あなたが彼女のきっかけを生み出した。花が開いていく。それは恐ろしいほど綺麗な花さ。5部咲きだけど。きっかけになってしまった。木から栄養を奪ってね」

「ここは、死後か?」

「いいや。運が良かったね。そこに割れた硝子細工があるだろう?」

「ああ、これは………」

 机の上に割れた四角い硝子細工。中には羽が入っていたらしい。天使の羽が入っていたらしい。だが、私には何も見えなかった。しかし、あいつには見えた。なにか違いがあるのだろう。

「死の運命を一度だけ回避する伝説の魔法具さ。彼、トキヤに貰ったものだね」

「………ふん。殺そうとした奴を助けるなぞ。甘い」

「彼なりの感謝だろうね。さぁどうする?」

「被害の確認と追撃は無理だ。諦める。他にもやらないといけないことが多いからな」

「残念だったねぇ~」

「ああ、裏切り者を始末できなかった」

 自分はとっておきのタバコを一本、火をつけた。同じ魔術士の高みを持つものだったのを見抜けんかった後悔がある。そして「忘れよう」と考える。いつかこの事が帝国に仇にならないことを望みながら。

 ただ、後悔するなら対魔法陣を先に大きく展開すれば良かったと唸る。爪が甘かった事もある。

「マザー、これから俺はどうなる? 見れるか?」

「かわらないさ。ずっと」

「なら良かった」

 使命は全う出来そうだ。





 一週間。彼は目覚める気配がなくずっと看病してきた。まだ、本調子ではないだろうが何故か目覚めない。息はある。暖かみも、鼓動も。驚異の回復力で健康そのものだ。しかし、彼は目覚めない。

「ネフィア姉ちゃん!! 都市へ行こう!!」

 元気よくデラスティが駆け寄ってくる。竜姉ボルケーノに睨まれるがちょっかいはない。こっそり「あなたがこの子にご執心なのをバラす」と言ったら彼女は焦りだし、「黙っていて欲しい」旨を言われた。分かりやすい二人である。

 だが、私から見るとデラスティと暴竜ボルケーノの関係は母と子である。ボルケーノは全てを話してくれた。隠居していた彼女は。はぐれたワイバーンのデラスティを拾い育てらしい。

 だが、大きく強くなるデラスティに何かしらを初めて感じているのこと。もちろん私はそれを「恋」だと知っているが………彼女には秘密にしている。

 もちろん彼も、子供扱いをやめて一人の男と見て貰いたいらしい。これは、どういった気持ちかはまだよくわからない。愛か、親に誉めて欲しい年頃なのか。両方か。わからない。

「あっ、うん。どうしよう」

「大丈夫、まだ寝てるよ」

「えっと………起きたときに一番始めに『おはよう』と『ありがとう』。そして胸に飛び付きたいから」

「姉さん!! そんなことするのお姉さんしかいないから大丈夫だって、行こう行こう!! 帰ってたらすればいいよ!!」

「………わかったよ。強く引っ張らないの」

 自分は拾ってきた鎧を着込む。貰った白金の鎧と剣で身を包み家を出た。庭には既に手綱をつけたワイバーンが待っている。もちろんデラスティだ。

「デラスティ。道中は野良ドラゴン、ワイバーンに気を付けなさい。あとヘルカイトには気を付けて」

「大丈夫だって、心配性だなぁ。行くよ~ネフィ姉」

「ええ、お願いします。竜騎士デラスティ」

「へへへへ………なんかそれ。痒いなぁ~」

「姫を護る者は皆、騎士ですよ」

「おい、イチャつくな」

「ボルケーノ。嫉妬してるんですか?」

「誇り高き火竜だ。嫉妬なぞせん」

「ふふ、いってきます」

 彼の背に乗り、飛び立った。強情な人を見ると昔の自分を見てるようで微笑ましくなる。素直になれないのだ。

「捕まっていてね。寒いよ」

「わかった。いいよ。大丈夫」

 向かうは都市ヘルカイト。日用品を買いに向かう。後は私に会いたい人がいると聞いている。いったい誰か検討がつかないが、会ってみようと思う。顔見知りの良さはこの飛竜で知った。縁は必ず無駄にはならない。私はそう学ぶ。





 飛んでいる空は過ごしやすかった。暑い気候なのだが風でそこまで暑さを感じない。空を飛ぶって気持ちいいと思った。「いつか飛べたらいいな」と考える。

「んんんんん!!」

 青空の下、よくわからない経緯で飛竜の背に乗り。私は手を広げる。風を大きく感じるために。

「そこまで寒くないわね」

「ここら一帯暖かい地域だからかなぁ? えっ? なんでこんなに綺麗に声聞こえるの?」

「そういう魔法ですよ」

「便利!!」

「そう、便利な便利な愛おしい魔法ですよ」

 彼から教わった彼より上手く扱える音の魔法。風の魔法で唯一、私が物に出来た魔法だ。

「あっ、見えてきた。前方」

 そう言われ見ると、確かに壁が立ち上がっているのが見えた。小さい、今まで見た都市より遥かに小さい。その都市の上空へ来ると建物も少ないのが分かる。そう、出来たばっかりと言うのが伺えた。

「あそこに降りるね」

 大きな石畳の上へ自分達は降りた。石畳は四角く加工され用意してあり、これが飛び降り出来る場所して作っているのがわかった。他にも飛べる種族のためか。竜人のためか、その両方かはわからない。

「デラスティ以外に飛び降りする人がいるの?」

「いるね。数人」

「ドラゴン?」

「竜人。ドラゴンをやめて生活する人たち。人間、亜人に憧れて」

 石畳から、酒場まで移動する。ここの酒場は店も兼ねているらしい。店に入るとカウンターで待っている用に言われ、大人しく待つこと20分ほどドラゴンフルーツを食べながら待つことにした。

 ドラゴンフルーツはほんのり甘く、小さな実がサクサクしてて美味しい果物だ。自生しているらしく、魔物やドラゴンは木を痛めないように生活しているらしい。なのでここでは多く自生しているとデラスティに聞いた。

「お姉さん!! ごめん遅くなった」

「お待たせしました。こんにちは。あのときはどうも、お世話になりました」

「はい、こんにちは? 先月?」

 会った記憶がない二人である。

「ええ、子供を救っていただきありがとうございます。都市を襲った火竜でございます。監禁懲罰が終わったのでお礼に来ました」

「あっ!! あのときの‼ 子供はお元気ですか?」

「はい。元気です。本当にありがとうございます」

 都市を襲った火竜は人竜族だったらしい。話を聞くとやっと生まれた子だったが拉致に会い。それを追って都市を襲っていたらしいのだ。「人間の自業自得だなぁ」と思う。関係ない人も巻き込まれているが、その怒りもわかる気がする。

「それで、少なからずお礼と言うことでヘルカイト様に会ってもらってもいいでしょうか?」

「ヘルカイトさま? 都市名だけど?」

「ああ、お姉さん。兄貴はここの都市を作った人だよ。気紛れが多いから気を付けてね。酒場の奥に部屋があるから。ついてきて」

 そう言われ、ちょっと怖くなりながらついていく。「お礼はいらない」と言っておこうと思う。奥へ案内されると帝国の昔働いていた店を思い出した。作りが本当に似ていて、隠れ部屋が多い感じだ。

「帝国のお店似ていますね」

「真似たからね。真似て作る。ノウハウないし」

「誰がお作りに?」

「ドワーフの魔族に依頼を出してる。ここに住んでるよ。少しだけ」

「へぇ~」

「ドラゴンはまだ不器用が多いから」

 奥の部屋に案内され扉を開ける。すると豪傑な髭を生やした大男が座っている。彼がヘルカイトだろう。

 少し、デラスティに彼を教えてもらう。覇竜ヘルカイト。ドラゴンの最上位変異体であり、主食はドラゴンだったというドラゴンでも変異種な存在だったらしい。今はただの兄貴風情のおじさんと聞く。

「どうした、デラスティ? なんの用だ?」

「兄貴!! 彼女はこの前、お世話になった人だよ‼」

「なにぃ!! 我が名は覇竜ヘルカイト。倅が世話になった。有能な冒険者と聞く。今、用意できる物は我の鱗だけだ。お金を用意すればいいが今は金欠で。すまぬな」

「えっ? いや!! もう恩は返して貰ってますので‼」

「いいや、我が火竜の倅が『どうしても』と言うのでな。儂の鱗にしたんだ」

「え、ええっと」

 ありがたくいただこう。押し問答になりそうだ。

「ありがたくいただきます。覇竜ヘルカイト殿」

「若い者が世話になった。そして姉ちゃん。頼みを一ついいかな?」

「はい、なんでしょうか?」

「冒険者としてこの都市を広めて欲しい。安全だとか言ってな。部下の火竜がいる。そこらの都市より遥かに安全だと広報してくれ……」

「ああ、ええっと。わかりました」

「報酬は………追々相談させてくれな」

「兄貴が頭下げてる!? 力で従わせてる兄貴が!!」

「おう、坊主表へ出ろ!! そんなことしてねぇ」

「ごめんって!! 怒んないで‼」

「えっと、仲がよろしいですね」

「もちろん師弟だからな!! こいつは儂が育てた」

「兄貴に鍛えられた」

 その後は色々都市に必要な事を聞かれたが。私はなんでも知っているトキヤを連れてくる事を交渉とし、物品を補充しその日は帰った。

 ここの品は火竜が空輸を行っているらしいく魔物が魔物ではない生活している。

 私は少し疑問を持つ。「魔物」と言ったがそれはもう亜人だろう。私は変わった縁を手に入れた気がする。そして、彼とはある程度の話をしたあとに帰ることにした。そろそろトキヤが心配だから。




 ヘルカイトと言うドラゴンに出会って一月がたった。

 マンドラゴラのマンちゃんの薬のお陰で早い段階で表面は治った。色々なお世話をし、起きるのを待つ。待つのだが。起きる気配がない。

 ご飯はしっかり消化できているのは色々な事で確認できている。臓器も穴が開いていてもマンドラゴラはくっついて治るまで塞ぐらしい。本当に妙薬さまさまだ。そして完治している筈である。

 そんなことを思いながら。今日も台所で竜姉と一緒に晩飯の用意をする。今日はイノシシ肉のマンドラゴラ葉包みで臭いを消す料理法。

 マンドラゴラの葉はハーブみたいに匂いがいい。取れる部位によって香りの強さも違うと言ういい香草だ。

 さすがマンちゃん。料理でも使える。今度、マンドラゴラを抜くときは優しく語りかけてみようと考えた。

「彼、起きないですね」

「おかしいわね。もう起きてもいい筈。ネフィア、心当たりは?」

「ないですね」

 けっこう、「恋する女性同士」と言うのもあり。最初の高圧的な会話が無くなる。これが本当の彼女なのだろう。なかなかに優しい。キツい言葉で中身はスゴく優しい彼女。昔はそんなこと無かったらしいとはデラスティの談だ。デラスティを育てた結果なのだろう。

「植物人間になる筈無いんだけどな。頭は無事?」

「頭は無事かなぁ………倒れたとき打ったかな?」

「ああ、それなら。納得だけど………」

「夢は見てるんでしょうか?」

「わからない。あなた夢魔でしょ? 確認すれば?」

「そうでした!! 婬魔、夢魔でした!!」

「…………はぁ………」

「そんな残念な子を見る目をしないでください!!」

 作り終え、そそくさと、ご飯を食べ終わる。気付けば単純。今なら、意識がないし対抗呪文があったとしても力が強くなっており、打ち破って夢見が出来ると思い急いで部屋に入る。そう、悪い事だけどついでにトキヤの記憶を全部見ようと思う。『彼女』を越えるために。私のために私は魔族の悪魔になった。




§





 悪魔になる決意のまま、寝ている彼の側に椅子を置き頭に触れた。やることは一つで彼の夢を見る。それは記憶を覗くことに他ならず。今度は対抗呪文を越えると
意気込んだ。今なら絶対に越えられる。

 強い意思を胸に彼から貰ったアクアマリンを握り締める。意識を落とし込んだ。これは夢だとはっきりと認識出来るほどに夢魔の力が強い。現世と夢の混濁した黒い世界を私は落ちていく。だが、私は自分の意思でフワッとゆっくり落下させて見えない地面に足をつける。

 すると見覚えのある小さな部屋が私の中心に広がる。

 そう、長く住んだ魔国の城。暗い暗い世界。自分は昔、自分には戻っていなかった。鏡を見るとそう。ネフィア・ネロリリスが立っている。

 白金の鎧を身に包む女騎士のような風貌。今さっきまでは着ていなかったので今の私がイメージする姿だ。

「ひぐ……えぐ…………」

 小さな部屋ですすり泣く声が聞こえる。小さなかわいい少年が一人で泣いている。小さく震えて。寂しそうに。対抗呪文だろう。

「こんにちは。僕」

「だ、誰!?」

「ふふ、誰でしょうね? 綺麗なお姉さん?」

「ナルシスト?」

「ふふ、そうそう………寂しいでしょ」

「うん………」

「大丈夫、貴方は私。もう一人じゃない」

 小さな体を抱き締める。そう、抱き締められたら寂しさは無くなる。彼からこっそり教わったこと。

「………うん。そうだね………だって」

「そう、だって」

「「トキヤがいるから‼」」

 視界が暗転し。深く深く落ちていく。越えた過去を私は乗り越えた。そして落ちる………深く深く。彼の中へ。夢の中へ。

 フワッ

 スタッ!!

 黒い夢の中、また見えない地面に足をつけた。幾つかの記憶らしいものが泡になって浮いている。記憶の塊だと私は理解した。

 いくつもいくつも、どの記憶も糸で繋がっていた。関係があるから意図で繋がれている。

 この泡は私のイメージ。糸も私のイメージだ。見やすいようにイメージした。その中を進むと一際大きい泡がある。それが始まりなのか全ての糸が泡に繋がっている。大きい泡に映っている物に私は驚く。

 そこには私が映っている。そこには「彼女」が映っていた。

「これが彼が探している彼女なの?」

 彼の求める彼女の記憶だろう。それに………私は触れた。そして私は彼の今まで辿って来た道を旅することになる。全ての始まりから。私に出会うまでの物語を。

 勇者となる者の記憶に私は盗み見る。



§
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