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若い魔王と勇者の親友
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風が冷たいので屋根から降り、リビングのソファに自分は座った。ネフィアも隣を座り、少し逡巡した素振りを見せたあと。ソファに置いている自分の手を触る。握ることが出来ないネフィアは恥ずかしがっているのだろう。
「えーと…………薬の効果、切れちゃったね」
「まぁもう。薬に頼らんでもいいだろ?」
「そうだといいなぁ………」
気恥ずかしい。すっごく気恥ずかしい。
「口移しにはビックリした」
「そう? 口移しは慣れてるから大丈夫。ずっと寝ている間はそうしてきたから」
「なんだ、キスは沢山してるじゃないか……」
「ううん、あれは違う。寝てるし、元気になってほしい一心での行為。今日のあれだって違うし…………トキヤ」
「なに?」
ネフィアが少し見上げる。何が言いたいかわかった。もちろん応えるつもりだ。
「普通のキスがしたい」
彼女の顎を持ち、顔を近付けて触れる。
「満足?」
「まんぞく!!」
「本当に、女になったんだなぁ………」
「なったよ。ありがとう。毒は全身に回ってしまった」
「ああ、いや。懺悔を」
「ふふ!! 聞こう聞こう!!」
「お薬、盛ったのは側近だけどすり替えたの俺」
「抱き締めたら許してあげる」
もちろん抱き締める。
「許す!!」
幸せそうに微笑んでる。年相応の少女になったかのような錯覚。これが本当の彼女なのだろう。
「嘘ついたのもぜーんぶ許してあげる。だって、私の事を想ってくれたんでしょ?」
「もちろん」
「だから許せる。遅かったけど。それと、いままで殴ってごめんなさい」
「気にするな、気にするな」
我慢は得意だ。
「トキヤ、いつから好きだった?」
顔を寄せて聞いてくる。綺麗な口元を見るたんびにキスを思い出してしまい。恥ずかしくなる。
「恥ずかしい事を聞くな!!」
「恥ずかしくない。だって私は好きだよ? やっぱり最初にしたキスのとき?」
「やめてくれ心臓がいたくなる。攻撃力高すぎなんだよ、お前の顔。あのとき……まぁその…………あまりの嬉しさに………歯止めが効かなかったんだ」
長年追い求めた彼女の姿をした人を見た故に反動が感情が押さえきれず爆発した結果だった。感情で動くとろくなことがない。
「あれだけ想ってたのによく我慢できたね」
「我慢は得意」
「私は我慢出来ないなぁ~だから今日から一緒に寝よ?」
「お、おう………」
その日から、普通に同じベットで寝るようになった。恐ろしく積極的なのでビックリする。そして人肌と柔らかさを知った。
*
次の日の朝。希望を持って起きた私は隣にトキヤがいないことをに気が付く。
「ちょっと気持ちよくて寝すぎたかな………ふぁ~イテテ……痛かったなぁー」
昨日、すごくいい事があった。夢が叶ったのだ。これからは私も頑張らなくてはいけない。彼が努力した分。女になりきらなくてはいけない。そして愛の女神に感謝をする。懺悔からここまでこれた事を。
ゆっくり1階に降りると。トキヤが朝食を作っており
懐かしさを感じる。半年前の出来事なのに。あれからスカートなどに馴れてしまった。お洒落もしないといけないと考える。
「…………懐かしい」
彼の背中を見ていると。昔は声をどうやってかけようかとかそんな事を悩んでいた時期を思い出す。
「よし……行こう」
でも、今なら。迷う事はない。恥ずかしくもない。胸を張って、言える。
「トキヤ、おはよう」
挨拶でもなんでも声かけられる。
「おはよう。今日はお寝坊だなぁ」
「気が抜けちゃって………へへ」
背中から彼に抱きつく。こういう事も我慢しなくていい。彼のいい匂いがする。堅く逞しい体が愛おしい。こんな所も女性だから出来るのだろう。
「ここたま、ここたま~」
「なに、それ?」
「ここが私の魂の居場所~」
「元魔王なら、玉座が居場所じゃ………」
「玉座? なにそれ? 私、しーらない」
「おい、玉座奪還はどうした!?」
「トキヤの言葉を借りるなら、そんなのは小事」
「えぇ~ええ………」
「私はトキヤがいれば何もいりません。けじめに行くぐらい。のんびりでいいかなって」
「まぁええっと………お前がそれでいいなら。さぁ離してくれ。朝食にするぞ~」
「はーい」
望んだ幸せを噛み締める。
*
ネフィアと朝食をとった。今までが嘘のように明るく溌剌な彼女にビックリする。まぁ……夜もすごかったが。
「そこまで、変わるものなのか?」
「女の子は愛を知れば変わるのです」
「へ、へぇ~」
「意外な顔をしますね?」
「この前まで『女扱いするなぁ』て言ってたからな」
「では、男扱いしてもいいですよ? では!! 一日男扱いするのはどうですか?」
ネフィアがいい思い付きと両手を合わせて提案してくる。遊び感覚のような軽さ。昔に怒鳴り散らかしていた彼女はいったいどこへ行ったのだろう。
「あー………男扱い、男扱い………どうすればいいんだ?」
「親友と同じ事されたらいいと思います」
「親友? 親友、あいつそういや元気かなぁ~ん? なんで親友を知ってる? あっ、記憶見たって言ってたな」
「はい。格好いい皇子様でした!! あっ………トキヤの方が私は格好いいと思いますよ?」
「つぅ!?」
「へへ、照れられますと言った私の方が恥ずかしいですね」
好意の刃で斬りつけられている気がして心が休まらない。
「なぁ、ネフィア。好意をもうちょっと押さえて」
「何をですか?」
「こう、恥ずかしくなる言葉とか……」
「言葉を抑えろですね?」
「そうそう!!」
「嫌です」
「落ち着かないから頼む!!」
「トキヤ」
「お、おう」
俺はたじろく。
「好きって気持ちは抑えられない物なのをご存知でしょう? いままで、あなたは誰に会いたくて努力してましたか? 私でしょ?」
「やめてくれ。顔から火を吹きそうだ」
「だから、好きです。ときやぁ~~」
「あーくっつくな!!」
「トキヤが今まで見たことがないぐらい照れてます。大丈夫、親友と同じ男だと思い込んでください」
「男同士でもくっつかない!!」
「男扱いするでない!! 私は女性だ!!」
「だぁ!! どっちでも離す気ねぇなぁ!!」
「うん!!」
結局、ネフィアのかわいさに根負けしてしまった。
「はぁ……今日はどうする?」
「あっ…………ヘルカイトさんに挨拶行ってません」
「よし、行こう!! すぐに行こう!!」
知っている。どんな恐ろしい御仁かを。
「トキヤ、案内するね」
「頼む」
自分は先ずは金を返さないといけないことを思い出したのだった。
*
この都市の大きな屋敷に彼だけが住んでいる。目的の部屋に勝手に上がり込んだ。使用人がいないことが問題と思うが、気むずかしい人なので仕方ないとも考える。
「お邪魔しまーす」
「こんにちは」
ネフィアと二人で執務室に顔を出した。今日も怖いおじさんが一人で悩んでいる。
「ん………お前は。臭いは鋼竜だが」
「すいません。別人のトキヤです。ごあいさつが遅れました」
「ヘルカイトだ。ふむ……お前がネフィアの想い人か。ようこそ我が都市へ。安心して生活すればいい。ヘルカイトがいるからな」
「ありがとうございます」
「まぁ、借りは返して貰う。そっちの娘がお前との旅を長引かせるように頼まれている。しっかり働いてくれ」
「…………ネフィア」
「えーと……………ごめん」
ネフィアが顔を背けて小さく謝る。
「傷の癒えるまでとかあったんだけど。二人で生活したかったし。長く一緒に少しでもいれるために。手を回してくれたの。ごめん」
「………いいよ。怒ってない」
「うん、ありがとう。お仕事頑張ろう」
両手でガッツポーズがかわいい。
「ああ、頑張ろうな」
「おい!! 目の前でいちゃつくな‼ 全くこれだから若いもんは………まぁいい!! ワシのこの都市は出来たばかり!! 発展させるために力を借りたい風の魔術師!!」
「発展のために………かぁ」
「そうだ!! 俺は何もわからん!! だから何をすればいいかを聞きたい!! 竜人も少なくて困っている」
「知名度を上げれば自ずと集まりますよ。未解地開拓を名目に冒険者でも集めればいいと思います」
「ふむ。冒険者ギルドを作り広報すればいいのだな?」
「はい。未開地の拠点として活用すればいいと思われます。資金も考えなければいけないでしょう。実際旅をしながら広報しますよ」
「…………ふむ。わかった。ギルドが出来るまで待ってろ。そっから仕事を用意する」
「はい」
借金分は働こうと思う。借金分はだ。それでチャラだ。
*
帰宅。結局仕事はギルドが出来てからだ。先ずは仕事を作らないといけない。まだ、この都市は出来たばかりでゆっくり発展していくだろう。他にはない強みがある。
「トキヤ」
竜人が居るというだけで安心できる都市なぞ世界に一つだけの強みだ。それをうまく使えばいい。
「トキヤ!!」
「お、おう!? ごめん。考え事してた」
「仕事熱心~」
「借金分はしっかり働かないとな」
「うん、そうだね………ねぇトキヤ」
ネフィアが後ろに手を隠してゴニョゴニョ言う。聞き取れないので魔法を唱え、無理矢理音を拾った。
「もう一回。聞こえない」
ネフィアが自分の腕の袖を摘まむ。
「…………あの。その………私のお手々、空いてます」
遠回しの意味に胸が高鳴る。昔なら気付かないふりをしていただろうが。今は………手を差し出す。
「はい」
「ありがとう。離さないでね」
差し出した手に彼女は重ねた。それを自分はしっかりに握り返してあげる。
そしたら………嬉しそうに。彼女は微笑むのだった。
*
家に帰るとお昼頃だ。何か、食べようと悩んでいるところトキヤが台所に立つ。
「小麦粉に砂糖と牛乳があるな。バターも用意と。とっておきのを作ってやろう」
「えっ? えっ?」
何をするんだろうか? 木のボウルに中身を入れかき混ぜる。即効魔法を唱えて再度かき混ぜる。
「よしよし、机に座って待ってろ」
「はーい」
トテトテと机に座る。小麦粉の焼けるいい匂いがする。
「なに、作ってるの?」
「パンケーキ」
「ああ!! あれ!! 私、大好き。あっトキヤ以下だけどね?」
「そんなフォローはいらない。言わなくてよろしい」
「はーい」
「まったく隙あらば言うな、お前」
「言わなくちゃ伝わらない」
「伝わったから言わなくていい」
「むり~」
喋っている合間にパンケーキが出来たらしく。バターと一緒にお皿に乗っては目の前にそっと置いてくれる。綺麗な丸い焦げ目と、美しい丸。お店で出す物より美しい。トキヤが作ったからっと言う贔屓ではない。
「うわぁ!? すごい!!」
「どうぞ」
「いただきます」
ナイフで切るとわかる。すっと空気を切っているような柔らかさ。そして、それをフォークで刺し口に入れた瞬間。驚く。
味はパンケーキなのだが………柔らかさが段違いでフワフワしている。
「す、すごい!! お店で出す物より美味しい!!」
「よかった。練習しててよかった」
「練習?」
「数年前にな。戦争が終わって穏やか暗殺日和の間に女性が喜ぶ事を調べてたんだ」
穏やかな暗殺日和とはいったい……それよりも。
「なんで、最初にしなかったの?」
「いや、もう。黒すぎて胸張れるほどいい人間じゃないしな。釣り合わないだろうと思ったんだ。結構、悩んでてずっとな」
「自己評価低いのか………そっか………私こそ釣り合わないかと思ってたのに」
「そうなんだ。何処を見てそう思うのか聞いてもいいか?」
「えーと。元精鋭黒騎士であり。色々やってお金持ち。冒険者でも最高ランクで。家もちだったし、恐ろしいほど強い。一人で魔王城に乗り込めりほどの実力者なのに。親友に皇子ランスロットがいるので皇族との縁有り。すごいよね」
「………ランスロットか。夢を覗いたんだなぁ本当に」
「起きてこないトキヤが悪い!! ずっと寂しかったんだからね‼」
「ごめん」
すぐ、謝るトキヤ。好きである。
「まぁ、その………こんな何も持ってない女の子といっぱい持ってる人じゃ釣り合わないかなって」
「気にするな。元魔王って肩書きがある」
「いらない肩書き。御馳走様でした。また、作ってね?」
「お粗末様でした。もちろん、姫様のお口に合いまして光栄です」
「うむ!!………ふふ、変なの~」
「ランスロットほど上手くはいかないな~」
私は、口に手を当てて笑う。トキヤも静かに笑い。和やかな空気が漂う。
「ねぇ、女性が喜ぶ事を勉強したんだよね」
「ああ、一応な。研究をランスロットと一緒に色んな所で聞き込んだ。あいつモテるから便利だった」
「親友を餌にするんだ。うん? 親友だからか?」
「まぁ無礼講だよ。だからこそ……処刑だけは見逃して貰った」
「ねぇ。研究結果、私で試してみませんか?」
「笑うなよ?」
「うん!! 絶対笑うと思う!!」
絶対、笑うだろうと思う。今だって口元が緩いもん。
「やりたくねぇ………」
「3日後でお願いします」
「仕方ない。わかった、3日後な」
私はほくそ笑む。既に手は打ってある。くそったれな母上様、婬魔として生まれてきたことを感謝します。くそったれな父上様。生んでくれて感謝します。愛の女神さま。祝福を感謝します。
§
朝6時30分、起きるのは自由だ。しかし、私はトキヤより起きるのが早い。もちろん隣で彼が寝ている中での起床だ。
「ふぁあ~ん」
欠伸をしたのち、彼の顔を覗く。何もない日は数分だけ眺める予定。愛しい人の寝顔を独り占め出来るこの瞬間が私は大好きだ。朝食を作りに起きるか2度寝をするか悩む。もちろん。仕事がないので彼の顔を見ながら2度寝をしようと思う。手を繋ぎ直して。
*
7時30分、トキヤが起き上がったのを察知して目が覚める。大きな欠伸をし彼が背伸びをする。
「………ふぁあああ!! んんん」
自分も合わせて起き上がる。
「おはよう、トキヤ」
「おはよう。朝食どうする?」
「うーん、パン焼くよ」
私はベットから出たあと、寝間着を脱ぎ出す。
「なぁ、部屋分けないか? 着替えする間とか明後日の方向を見なくちゃいけないのは辛い」
「気にしないで見ていいんだよ? 見るの好きでしょ? 男はそういうの好きだから。それにもう……いっぱい見たでしょ? 隠れながら」
「見たけど……何故わかる?」
「だって、元男だし? それに私は婬魔。視線はわかる」
私も鏡を見て変な気持ちになったのは過去の事。今は見慣れてしまった。美女は飽きるとはよく言ったものだ。
「それにトキヤに見られるのドキドキするし………見て欲しいかな。なんちゃって」
「やめてくれ。朝から目に毒だ」
「そうだよね。だって………トキヤの好みだもんね。色々」
「好みとは?」
「もう~白々しい。私は知ってるよ~何が好きかを全て」
「ないない、そんなのないって」
「ムッツリさん。女の子好きでしょ? それも、足が太めな。私は夢魔。わかるんだよ」
「……………早く朝食を食べよう」
「はーい」
本能が告げる。朝食後に攻め続けろと悪魔がささやく。
*
8時30分、トーストを食べたあと。本能通り行動する。
「ここたま!!」
「あー」
両手を広げてトキヤに近付く。もちろん抱き締めてくれる。
「う~ん。落ち着く」
「俺は一切落ち着かないがな。今日は買い物がしたい」
「………デート」
「一人で買い物がしたい」
「私はトキヤの『好み』を知ってるよ」
「そうか、んでそれが何か?」
「『フェチ』て言うんだよね?」
「ああ、まぁ~言うな~」
「トキヤは胸が好きでしょ?」
「ああ、聞こえない聞こえない」
彼は耳を押さえる。私はニヤニヤして話し続ける。
「胸でも大きいのが好き。手いっぱいで少しだけ溢れそうな、少し弾力のある胸が好き」
「…………」
彼は耳を塞ぎ続ける。
「あと、ウエストは気にしないけど。おしりは少し大きい方がいい」
「…………………」
頑なに耳を塞ぎ続ける。
「目が少し切れ長なちょっとツンとした感じがお好き。太股は女性なら細いのがいいんでしょうけど。男はちょっと肉がついてる太股がいいらしく。トキヤもちょっと肉がついてる私の足が好き」
「……………………………」
聞こえている。目が泳いでる。
「えーと、身長は少し低めが好み。頭半分ぐらいちょっと下。私も小さい方が好き、包んで抱き締められる感じがする。トキヤもそういうのが好き」
「…………………………………………」
露骨に目を逸らし出した。
「今、言った事を音の魔法で拡散しながら練り歩く」
「やめろおおおおおおおおおおおお!!」
「聞いてたんだ。ムッツリさん」
「畜生!! なんで的確なんだ!!」
「だって!! 鏡を見て自分の体を判断したらそうなんだもん!! 淫魔だぞ!!」
「くっそ………なんでこう。変態に聞こえるんだ。誰だってあるだろうに………」
「トキヤ、残念でした。デートしよ」
「はぁ、仕方がないな。いいぞ」
「やった!! でも、拡散しがら練り歩かないよ………」
「練り歩かなくていい!!」
「だって、好みは私だけが知ってればいいもん」
「慣れねぇ………慣れる気がしねえぇ………」
私は勝ち取った。オドオドする彼は新鮮だ。そう……守攻は変わったのだった。
*
12時00分。外でお散歩、外壁を練り歩き周辺の確認。
「お昼ですね」
「やっと、昼かぁ………やっと、昼かぁ………」
疲れた表情の彼、攻勢は順調である。
「何を食べに行こうか?」
「お店は無くて、1件の酒場だけです。料理も品が揃えが悪いですね」
「そうか、でもそこしかないしなぁ………この都市は不便だ」
「ドラゴンフルーツ食べましょう‼」
「おやつだぞ?」
「いいんです。他に食べるもの無いんですから」
私たちはそのまま壁から降りて酒場へ行き、お水を貰った後。ドラゴンフルーツを頼む。
「楽しいですね‼」
「………めっちゃ疲れる」
「大好きです!!」
「店で叫ぶな!!」
「大丈夫ですよ? 音は遮断してます」
「そ、そうか…………もうちょっと落ち着こう。な? な?」
「落ちついたら、何かくれるんですか?」
「あっいや………何もない」
「仕方ないですね。大人しくなります」
これ以上は望まない。指輪なんて望まない。大丈夫。
彼が一番だから。
「トキヤさん。実は………相談したい事があります」
「ん、なんだ?」
「傷が癒えましたら魔王城に向かいます‼」
「わかった。付き合うよ。絶対送り届けてやる」
「あっ、それは少し。その………食後でもう一度お話ししましょう」
「ん? いいけど………なんだ?」
「あ・と・で」
私はウィンクして人差し指を当てるのだった。
*
13時30分、食後。家に戻る道中。歩く人なんていない寂しい場所。
「本当に誰もいないな」
「竜人は少ないらしいね」
「まぁ、ここまで来る物好きは少ないだろうしな。で、話は?」
「魔王城に行くといいましたね?」
「ああ、言った」
「沢山、刺客と名声を得るため沢山の敵と出会うでしょう」
「そうだ、だから護ってやる。ん、どうした? 立ち止まって」
私が立ち止まってそれに釣られて彼も立ち止まり振り向き私の顔を覗いてくる。
「………ありがとう。でもね、違うの」
私は歩き出し、彼の横に並ぶ。
「最初は、背中を見続けていました」
「………」
彼が私の独白を黙って聞いてくれる。空気を読み、聞き手に徹してくれていた。
「背中を見続ける。護られているばっかりは嫌になりました」
彼の隣そこから。
「私を護って死別は嫌。私は共に歩いていきたい。隣で、ずっと」
彼の隣から目の前にすっと出る。両手を後ろで結んで。スカートをはためかせた。
「だから、私は強くなります。背中を見続ける姫様とお別れします。何故なら私は魔王だから。勇者の目の前に立てれるように頑張ります。元魔王なんて言い訳です。魔剣の持ち主は私のまま。だからけじめをつけてきます」
「ネフィア………」
自分は見た。目的のために努力する彼を。
「宣言します。目指す先は魔王を辞め。この都市でトキヤと暮らすこと。そのために魔王城へ行き、魔剣を彼に譲渡します」
「………俺はどうすればいい?」
「私の背中を見続けて欲しいです。背中を押して欲しいです。背中に居続けてください。振り向いたら安心できるように。あなたの横に並んでも遜色ないようになりますきっと!!」
護って貰ってはいつか彼は命を落としてしまう。それを防ぐためには私が強くなればいい。
「…………わかった。約束しよう」
「ありがとう。もし、全てが終わったらここへ帰ってきましょうね?」
「もちろん。例え、道半ばで尽きようと君一人にしない」
「同じことをそのまま言います。私も、トキヤが折れた瞬間。この体を貰った炎の剣の鞘になります」
「それじゃぁ………護って死ねないな。生き続けないと」
「あまり怪我もしないでください。心配する女の子がいますから」
「善処する」
私は彼に話をし意思を固めた。狙われる理由を消して望んだ平穏を手にいれるために。
*
16時00分。体を鍛える。鍛えると言っても剣を振るだけである。トキヤは大きな剣を振りまわしていた。
傷は癒えた訳じゃないだろうけど技は鋭い。嵐を纏っているかのような激しさの剣劇で本調子に戻ってきたのが伺い知れた。
「トキヤ。ちょっとまって」
「なんだ?」
上半身を脱ぎ。体を鍛えた彼の汗を拭き取る。
「ちょっ!! 自分で拭ける!!」
「拭きたい」
「………わかったよ」
彼が大人しく剣を置く。鍛えられた体は固い。男らしい、筋肉。ドキドキする。こんな体に抱き締められたんだと思った。
「気持ち悪くないのか?」
「トキヤだから全然そんなことない。嫌だったら一緒に寝てません」
「結構、尽くすタイプなんだな……」
「うん。尽くしたい」
今までの事、これからの事を感謝してる。私を生かしてくれた人。恩人だ。
「かわいい女性にここまでしてくれるなんて贅沢な気がする」
「トキヤ、いきなり誉めないで………照れちゃう」
「はは、俺もそんなに照れているからもっと落ち着いて欲しい」
「こんなに屈強なのに。ほんと私という女性のことになると弱いね」
「数日で慣れろてのが無理」
「そうなんだ。じゃ………二人で慣れてこ。時間はいっぱいあるから。想い出をいっぱい作りましょ」
「だな」
「…………汗拭き取ったの嗅いでもいい?」
「そんな変態な事はやめなさい」
タオルを取られてしまった。
*
18時00分。汗を流すため、お風呂をトキヤが入っている。
木の扉隔た先に彼がいる。脱衣場に着替え持って来た。脱いだ服を洗濯籠に入れ、声をかける。
「トキヤ、着替え置いとくね」
「お、おう………」
「背中、お流ししましょうか?」
「やめてくれ」
「一緒に入りましょうか?」
「悪化してる!! まだそんな時間じゃない。やめろ!!」
「男の癖に。私なら喜んで入るよ?」
「………痴女」
「いいえ。恥ずかしいですけどね。夢魔です」
「まぁいきなり入って来ないだけ有情だな」
「あっ…………そうすればいいのか」
「おい!! マジやめろ!!」
「うぶだなぁ」
「仕方ないだろ………好きなんだから」
自分は顔を抑える。心臓の鼓動が聞こえてくる。
「ふいうち。よくない!! ううぅ……」
「あの………いつまでそこにいる気?」
「か、からだ拭くまで」
「自分で拭く!!」
仕方なく。脱衣場から出るのだった。楽しいです。
*
23時00分。何もなく。夕食をすました。トキヤは距離を取り。追いかけても避けられる。しかし、寝る前は同じベットに入ってくれた。
「おやすみ、トキヤ」
「おやすみ………はぁ疲れた」
「ふふふ♪」
「どうした? 機嫌が良いけど?」
「1日ずっといれました。寝る前に愛しい人の顔を見ながら眠れる事を女神に感謝します」
「黙って寝てくれ」
「はい。明日も幸せが続きますように」
「………安心しろ。続かせるから」
「大好き。トキヤ」
瞼を閉じて、感謝しながら。眠りにつくのだった。
§
風が冷たい時期になる。火山地帯は温暖な場所と言われるが、精霊、エレメントたちの活躍もあって非常に冷たい風と気温に驚いた。本来は旅などは避けるべきだがトキヤに秘策があり、私たちはテーブルに地図を広げて魔国内の都市を確認する。これからの事を確認するために。
「こことここに立ち寄って観光。魔城を目指します」
「わかったけど、借金はどうするんだ?」
「借金は送金しながら旅をしようと思います。商人に送金依頼出せば自ずと商路が出来て素晴らしいと思います。お金稼ぎは何でも行って行きたいと思います」
「なるほど。商人を送って都市を助けながら借金返済をするわけか」
「ヘルカイトさんに苦情も言って都市を住みやすくしてもらいましょう。いろんな観光しながら魔城に向かいましょう」
「観光、観光………何故?」
「デートがしたいです」
「お前なぁ………刺客もいるかもしれないのに呑気な……」
「トキヤが頑張ってくれます。ねっ?」
「まぁ頑張るけど。死に出るような真似はするなよ」
「良かった。今まで仲良く旅が出来なかった分。楽しみます」
「しゃぁない。付き合うよ」
やれやれと言った感じで、彼は承諾してくれる。私も強くなっている。易々と殺されたりしない自信がある。
「でっ誰に魔王を継承。譲位をするんだ?」
「側近でいいと思う」
「ふーん。許せるの? 裏切った奴だぞ?」
「許せる。トキヤに逢えたから感謝してるし」
「優しいな」
「優しいです」
「自分で言うな。国内荒れるぞ……」
「へへへ、私はあなたに優しさと愛を教えていただけましたから。生きるなら大丈夫です」
トキヤが顔を剃らして鼻をかく。照れ屋さんだ。
「ヘルカイトに言うなら、怒らせるなよ」
「はーい」
私は簡略化した地図を頭に叩き込む。行く先はだいたい決まったのだった。
*
「くそ馬鹿、領主さま!!」
屋敷の執務室にネフィアの怒声が響く。俺は頭を抱えた。怒らせてしまった。
「くそ女。やるのか? 受けて立つぞ」
「ネフィアぁ、嘘だろおい、釘刺したのにな!! 引っこ抜きやがった!!」
「都市を良いものにしてください。文句はそれから聞きます。住みにくい!!」
「…………すまねぇ嬢ちゃん。そうだよなぁ」
「謝った!? 激昂が嘘のように鳴りを潜めやがった!? お前、本当にヘルカイトか!?」
「部下がいるのか知りませんが恐怖で意見を遮ってないですか? あと竜人にしっかり仕事を与えてないと動きませんよ?」
「何したらいいかわからないんだ。どうしたらいいか全くわからない。実はギルドの創立もよくわからないんだ」
恐ろしいぐらいの無知、だが仕方がないとも思う。彼は破壊を好む竜だ。作るのは不得意だろう。
「竜人の皆さんに都市の観光と生活を半年させてください。そうすれば何が足りないかを理解できるでしょう。勉強して来い言えばしますでしょ?」
「なるほど。ついでにギルドのやり方も学ばせよう。暇しているだろうからすぐに飛び立たせる」
「ヘルカイト、柔らかくなったなぁ」
「なに、長い生で新しい生き方も必要だろう。嬢ちゃんだって新しい生き方を見つけているからな」
丸すぎて昔を知っている自分は別人かと疑い出す。火山の覇竜と言われるほどに荒かった。
「そうですね。私は期待してます。この都市が立派な大都市になることを」
「嬢ちゃんが帰ってくる前にいい都市にしておきたいな。任せろ、魔国でも名のある大都市にしてやる」
「無理ですよ、それはすごく時間がかかります。でも私も帰ってくる予定ですので。そのときはお手伝いしますよ。私もここのヘルカイト民ですから。あと袋にいっぱいの鱗ください」
「嬢ちゃん!!………わかった。鱗だな、ちょい待ちな!! 保管してある。ヘルカイトの民かぁ。嬉しいことを言うな」
俺はネフィアのあまりの図々しさに驚く。ヘルカイトが用意していたのか机のしたから袋を出した。
「ほれ」
中を確認すると袋に鱗がみっしり入っている。いいお金になりそうだ。ヘルカイトもドラゴン。いい鱗なのだから。
「ありがとう。ヘル領主さま!!」
「へへ、民のためだ。頑張れよ、旅」
「お土産を期待してくださいね」
「期待しよう。我がお眼鏡に叶う物を所望する」
「あーまぁまぁの物をね」
恐れず会話を交わすネフィアに不安を覚えていたが問題ないみたいなのでホッと胸を撫で下ろした。しかし、もう一度だけ釘は刺しておこう。今のままだと、危なっかしい気がするのだった。
*
旅の準備をするために帰宅。帰宅した瞬間、私は壁に押さえつける。彼が真剣な表情で話始めた。
「ネフィア、結果的には良かったかも知れないが危険な橋は渡らない方がいい。わかるな?」
「ヘルカイト殿に暴言吐いたこと?」
「そう、それ。ヒヤッとしたぞ」
「ふふ、知ってる。でも大丈夫。トキヤがいれば大丈夫」
トキヤは全力で私を護るだろう。安心出来る。そして私も戦う。
「いや、あのな………はぁ調子狂うなぁ」
「狂う?」
私は人差し指を下唇につけて首を傾げる。何に狂うのかよくわからない。
「いや、こう………温度差がある気がしてな」
「トキヤは私のこと好き?」
「…………………好きだ」
「へへ、私も好き。温度差ないよ?」
「ぐぅ、かわいいからちょっと変になるんだ」
「………トキヤ、大丈夫。私の方が変だから、今だってドキドキする。壁に追い詰められて喜んでるんだ。私」
「ちょっと釘を刺すつもりだったのに。違う感じになってしまったな」
「へへへ、ごめんね。もうちょっと考えて暴言吐くね」
「吐くな。火種を作らない。大人しくする。ヘルカイトとの仲だから許されてる」
「はーい」
私は気のない返事をする。そう、甘えている彼に。優しい彼に。彼は肩を落とすがその仕草も新鮮で愛おしい。ヘルカイトの領主様も優しい。
「ねぇ、このままキスをしたら真面目になるかも」
「すでに不真面目な行為だぞ。魔王らしくない」
「魔王、辞めてあなたの女になるって決めたから。してくれないの?」
「しないとは言ってないだろ」
彼が私の腰に手を添えて、顔を近付け触れあう。ほんの一瞬。唇に触れすぐに離れる。
「うぅ………」
「ネフィア、何で不満そうな顔をするんだ?」
「だって、その。満足できなかった」
下を向きながらボソッと言う。
「ええぇ……」
「この前までこれでも満足できたのにトキヤのせいで満足できなくなちゃった。もっと深くお願いします」
「わがままな姫様だ」
「トキヤにだけわがままな姫様です……んん!!」
顎に彼が手をあて顔を彼に向けさせて強引に奪われる。今度はしっかり触れあった瞬間。舌を絡め。深く愛し合う。長い触れあいの後。離れた瞬間は唇に残る余韻に私は浸りながら一言。
「幸せです」
「よかったな。早く準備しような?」
「うん!!」
きっと私はこれからも彼と結び続けるだろう。
*
城門前、森が生い茂っている目の前を私たちの目の前にあり、杜撰な伐採で獣道が出来ている。城門は開けっ放しで解放され、その下をくぐり抜け旅立った。上空に同じように竜たちが旅立っていき、上を見上げながら成功する事を願う。
「いい都市になるといいなぁ。こう、何にも真似できない大都市になればいいなぁ」
「別に生きてくにはあれぐらいでも十分だ」
「トキヤ。下着とか服とか化粧品とか甘いものとか色々欲しいです」
「女って面倒だな」
「そうですね。面倒ですね。でも女って凄くいいんですよ?」
私は彼の皮手を掴み、手を繋ぐ。
「女だから。男に護ってもらえますし、大切にしてくれます。それにそれに、やっぱり、何でもないです」
私は思い出したかのように言い直した。そういえば、まだ。私たちは恋人だ。先ず目指す場所を再確認し俄然やる気が出てくる。
「なんだ? 最後のなんだ? 教えろよ」
彼も軽く話せる仲になり、昔は張り詰めた雰囲気も柔らかくなった気がする。
「秘密!! いつか近々で私からお願いするからね!!」
魔王を辞めたら「告白しよう」と心に決める。不安だけど、この旅でもっともっとトキヤの心を掴む。私は絶対彼じゃないとダメだ。結婚するなら彼とだけしか考えられない。
「何だろ? お願いかぁ………ヒント」
「やーだ」
「まぁ旅は長い。見つけてやるぜ!!」
「鈍感な君が私の事をわかるわけがない」
「くぅ!! 否定が出来ない」
「ふふふ」
笑いながら私は、絶対にトキヤの嫁さんになる事を決意し。譲位を行うために旅を再開したのだった。
§
森の中を魔物に警戒しながら歩く。荷物は全てトキヤが背負ってくれた。私も持とうとすると女性に重いものは持たせられないと言う。変わりに戦闘は私が行うことになった。
荷物持ちは女扱いをトキヤが勉強したらしいが、その一環だと思う。結局3日後なんたらの約束は「自分が恥ずかしい」と言う理由でうやむやなった。
「重い? 大丈夫? 少し持とうか?」
少し手伝おうと声をかける私。私はプラチナメイルなのでそれなりの重量の物を着込んでいる。しかし、そこまで非力ではないので荷物の一部ぐらいは持てる。女性よりちょっと強いと思う。体重も。
「大丈夫。重いのを持つのは得意だ。まぁ~都市に入ったらドレイクでも買って荷物持ちにさせよう」
ドレイクとは2足歩行だったり4足歩行だったりの竜だ。空でワイバーンの競争に負け、地面を這って生きていく種族。それがドレイクである。
昔読んだ辞書ではそう書かれていた。伝説では叩き落とされた竜の末裔とも現在は竜の面影は無い家畜が多く。魔国内の足は馬よりドレイクが多い。
「そうだね。そうそう、トキヤって種族はたぶん人間だけど、都市に入れるの?」
小さな疑問を口にする。彼は人間であり、頭に角がない。私も角は生えてないが婬魔と胸を張って言えるので問題はない。「私はいつ、角が生えるのだろうか?」と思う。
「入れるぞ。まだ帝国と戦争をしてないから人間の商人と人間冒険者の往来があるし、帝国でも冒険者に魔族もいるしな。その魔族がギルド長になって運営してたり。案外、お前みたいに人間と区別がつかない亜人もいるから。うまいこと出来てるんだ」
「わ、私より詳しい………」
「箱入り姫様は世間に疎いのが通説さ」
「うぅ……バカにしてるぅ。でも姫様扱いしてくれてるぅ。怒るべきか悩む」
「やーいやーい世間知~らず~」
「ああん!! もう、バカにして!! 怒るよ?」
でも、こうやって軽口叩ける仲になった事は素直に嬉しい。こう、仲が良くなった事を実感できる。心から信頼出来る。
「怒ってもかわいいから恐くない」
「トキヤ!! ぐぅぅずるい………そんなこと言ったら怒れないじゃん………ううぅ」
「拗ねた君もかわいい」
「………へーん。何だってかわいい言ってれば喜ぶと思ったら間違いだからね‼」
「じゃぁ言わないようにするわ」
「えっ………」
「かわいい言ったら喜ばないんだろ?」
「あっと、えっと………えっと………その……」
実際、嬉しいし言って欲しい。でも今さら曲げて言うなんて恥ずかしい。もじもじしてしまう。
「ほら、悩んでる。かわいいじゃん」
「うぐぅ………今日のトキヤは卑怯」
顔が熱い。彼の顔から目線を剃らす。
「いや、攻めないと流れを持っていかれるから」
「………でも、好き」
ボソッと呟いてしまう。卑怯でも意地悪でも彼が好き。気持ちが口から出てしまう。
「ほらぁ!! ほらぁ!! 流れが!! そういうのがいけないんだぞ」
「えっ!? なんでダメなの!?」
「いやぁ、ダメじゃないけど恥ずかしいわ!!」
「攻めてるトキヤも恥ずかしいこと。言ってるよ?」
見つめ合い沈黙。そして、二人で真っ赤になって顔を剃らした。
「は、恥ずかしいね」
「そ、そうだな」
まだ、恥ずかしく慣れてない。キスはしっかりする仲なのに。
*
夕刻。私たちは歩くのを止め夕食をとり、匂いで魔物が来ないようにまた少し歩き、野宿の準備を行う。冬の季節は寒いため本来、旅は危険な行為であり。時期をずらすのだがトキヤが風の魔法でなんとかなるといい。それを信じて出発した。そして本当に寒くない。魔方陣の中で首を傾げる。
「アクアマリンでもあったけど便利だね。なんでこの魔方陣の中は暖かいの?」
「魔方陣の中は仕切ってあるんだ四角に区切り。小さい家みたいな物で熱の移動だけを制限するから人肌だけで暖かい。結構魔法練るの時間がかかっただけはあるだろ?」
「うん!!」
鎧を脱ぎ、身軽になる。寝やすい姿で魔方陣の上にある薄い寝袋に横になる。
「脱ぐのか?」
「だって、魔物来ても大丈夫でしょ?」
「しかしなぁ………」
「大丈夫。トキヤは強い」
「俺を信用し過ぎは良くない」
「残念、絶対の信用だから」
「はぁ。まぁいいかぁ」
トキヤが木の幹に腰をおろし剣を横に置く。いつもの警戒しながら仮眠だ。
「………やっぱりここで寝るの止める」
「おいおい、寒いだろ?」
「大丈夫。多分」
私は、木の幹にいる彼に背中を預ける。暖かい。
「お、おい」
「おやすみ。んんん~いい夢、見れそう~ここたまここたま~」
彼に抱き止められる。彼の肩に頭を預ける。少し小柄な体に感謝しながら。
「まぁ仕方がないな。おやすみ」
彼の鼓動、体温、甘い匂いで安心しすぐに睡魔が襲ってくるのだった。
*
二人で数日間、森を山を降りながら進む。標高が高い場所に都市があったのか綺麗な眺めを降りながら感じ、平地に出たあと少し進んだ先で。農地が広がっていた。
そのまま農地を進むと魔国最東の都市が見える。最東はどこの種族が納める地だったかを私は知らない。
「見えたね。都市名は何?」
「都市名はないぞ。治める族長が決めるからちょくちょく変わる筈だ。同じ族長の血族ならいいが変わってしまったら前の名前は消される」
同じ種族同士で争っているため起きる現象だ。めんどくさそう。
「めんどくさそう。名前変わるの」
「だから、一部の魔族たちは治める族と番号、名前で確認してる。あそこはトロール族、1番だな」
「トロール族!?」
「なんで、驚く?」
「昔に族長に会った事がある!! 大きい種族だね」
トロール族、男は2mの巨体で怪力。大きな尖った耳を持ち。頭が少し弱い。しかし、仕事は真面目であり、気も優しい。見た目で損をしている種族だ。
しかし……女は逆に体が小さく。非力な種族なのも変だったりする。
「へぇ~どんなやつに会ったんだ?」
「優しいおデブさん。でも人一倍力持ち。でも、族長だったけど。もうやってないだろうなぁ」
「なんで?」
「私の脱走に加担したから」
「ああ、それは処罰されるなぁ……」
小さいときにドア越し出会い。遊んでくれた人。
「トロール族かぁ………」
「まぁ、トロール族は1番しかなかった筈」
「どうして?」
「覇権に興味を示さないからな。場所もド田舎だし、あの広い農地を耕すのがお仕事だ」
「そっか。平和そう」
「ああ、全く。争いがない良いところさ。きっと」
私達は始めての魔国都市。トロール族の治める都市に向かった。
§
トロールが治める地方。都市の周りは膨大に整地されており、水路があって雨が無い日でも水が撒けるようになっているようだった。水路は都市まで続いているほど膨大に入りくんでおり、インフラ整備がしっかりしている。
農場には小麦が植えられ緑の草が生い茂り。トロールの巨体とドレイクがちらほら見えるた。向こうも物珍しいのかこっちを見ては作業に戻っている。
「凄いなここ、農場の広さが帝国よりも広い。壁が無いから自由に広く使えるのか?」
「魔物、大変そう」
「ああ、こりゃ大変だ。拡張がいいが何も守る物がない」
農地を歩きながら緑を眺める。寒いだろうが植物は元気らしい。色んな農地があり、トロールがせっせと働いている。
「トロール族、ギルドあるかなぁ?」
「行ったことがないからなぁ。ネフィア、ちょっと待ってろ。遠視してみる」
トキヤが右目を閉じ短く詠唱する。きっと都市を覗いているんだ。私が拐われた時も使ったらしい。
「痛っ!?」
そしてトキヤが唐突に右目を抑えて痛がる。
「トキヤ、大丈夫!? どうしたの!?」
「まだ、本調子じゃぁないみたいだな。魔力を流したら頭痛と目がな………大魔法の代償だな。体の一部が壊れてる」
「無理しなくていいんだよ!?」
「大丈夫、痛いのは慣れてる。魔法の副作用は続いてるかぁ………護りきれるか?」
「痛いの慣れてるとかじゃぁないんだよ。心配するからね? 目を触れさせて」
立ち止まり、私は右目の瞼を撫でる。痛みを取るだけの魔法を唱えた。治すのは無理そう。
「大丈夫かな?」
「ああ、痛みが引いたよ。見えたけどギルドっぽいのは無いな」
「無いかぁ~お金稼ぎは次の都市かな?」
「だろう」
ゆっくりと歩き、豆粒だった都市が目前まで大きくなり。一応、木の壁の門の前に立っているトロール族に声をかける。考えてみると私はお尋ね者。「入れてくれるのだろうか?」と思うのだ。
「おう!? 珍しいなぁ東門からの客だぁ~」
「向こうから来ました」
来た道に指を差し、トロールの守衛さんを見上げる。
「向こうから? 遠回りしたもんだなぁ……」
「都市に入れてください」
「ああ、人間はダメだ~悪さしか働かねぇ~」
「あのぉ婬魔です。私たち」
「嘘でもダメさぁ~人間は嘘つくだぁ~」
「ええ!? 魔族否定されたんですけど!?」
「宿での休息、ドレイク等が欲しい。魔王城に行くために」
「だめさぁ~」
思った以上に外者に厳しい。私は溜め息一つしたあとに胸を張った。なんでも利用すると決めている。だから、身分をさらけ出す。
「余は魔王なるぞ、通せと言っている」
「おい!? ネフィア!!」
「魔王ぉ? 魔王……………」
「族長の上に立つものだ。たぶん」
トロールの守衛が焦り出す。「魔王」と言う存在を思い出したのか、「アワアワ」と言い出した。近くに置いてある角笛を拾い吹き、大きな音と共に扉が開く。そして数人のトロール族が現れた。各々が相談し合っている。これはもうダメかもしれない。
「トキヤ、もしダメなら次の都市行こ。大丈夫でしょ?」
「ああ、だが遠いぞ?」
「食糧分けてもらおう。だめなら魔物を狩っていこう」
「そうしようか。水は風からいただけるしな」
私達は都市を一つ諦める事も視野に入れる。トキヤとこれからの事を話してると唐突にトロールの一人に声をかけられた。
「俺たちじゃぁわかんねぇ……でも、魔王かも知らねぇ。怒られるのもおっかない。入れるべ。しかし、族長に会うべ」
「はーい。いいでしょう。入れてくれるなら」
「ネフィア。危ないぞやっぱり」
「大丈夫と思う」
「入るど」
トロールが棍棒を掴み都市のなかをそれで差す。巨人が棍棒をもつところを見ると恐ろしいぐらい迫力があった。他のトロールと一緒に入り、監視を含めて案内してもらえる。
「お、おお!?」
「大きいなぁ家が」
家や建物の扉が大きく。一軒一軒が豪邸のような大きさ。トロール族の家は全体的に大きい。一人のトロールが指を差す。
「あそこが唯一の宿屋。悪魔が経営してる。酒場はそこの隣」
「ギルドありますか?」
「知らないな~」
ギルドはやっぱりないらしい、道行くトロールや獣人、悪魔に聞いてみても答えは一緒だった。自分達はよそ者らしくチラチラ見られる。珍しいのもあるが私達が目立つのもあるだろう。
「宿で大人しくしててくれ。族長呼んでくる」
「はーい」
聞き込みを制止され大人しく宿に入る。中は至っては普通の部屋が沢山あるだけの宿。店主は角が生えた悪魔の男性だ。
お金を出して部屋を案内してくれる。一応、婬魔なので部屋は二人で眠れるベットを所望した。部屋に入ると溜め息を一つ。
「ネフィア………店主に変な目で見られたぞ」
「婬魔を連れて宿は売春で良くあるから」
「売春、この都市にあるのかぁ?」
「大体あると思うけど。トキヤの方が詳しいでしょ」
「売春はねぇ………よくわかんねぇ。いかねぇーから。話だけしか知らない。あそこがいいとかな」
「ふーん。ねぇ、トキヤさん。お買い上げありがとうございます。これからも可愛いがってください。なーんてね!!」
「もちろん。全部使って買ったんだ。可愛いがってやる」
「じょ、冗談で言っただけだから!!」
私は自分の体を抱いて睨む。
「冗談なら。婬魔は隠せよ。変な目で見られる」
「………同じベットで眠れるからやだ」
「普通に頼めばいいだろ?」
「別に私は婬魔は悪い種族と思って無いよ? 誇りに思う。夢魔と言ってもいい。例え、虐げられた種族だろうけども」
「そうか。それもそうか………恥ずかしい種族と言って隠すのもあれだな」
「そうだよ‼ それに婬魔はね、最上の種だって思ってる。優れてる」
私は婬魔に誇りを持てる。売春婦の糞母に感謝できるぐらい。
「それより、トキヤ」
「なんだ?」
「個室だから………抱き締めて」
「はいはい。時と場所弁えてるのは良いことだ」
鎧を脱いで、彼の胸に飛び込んだ。本当に安らげる私の場所で少しの時間が経つのだった。
*
悪魔の店主の言伝で私たちは酒場で待つことになる。酒場で商人を探すがこの時期はいないらしいが、都市は農業が主流であり収穫時期には買い付けの商人ばかり来る。その商人にヘルカイトの鱗を転売しようと思っていたのだが悲しい事に収穫時期が春先らしいため。商人はいないのだとか。
「諦めてご飯でも食べよう。ネフィア」
「はーい」
大きな酒場に大きなカウンター。その横にトロール族以外用のカウンターが段差をつけて用意されている。そこに座り、注文したパンを摘まみながら族長を待つことにした。
「間が悪いね」
「いや、忙しい時期じゃなくて良かった。のんびり出来る」
「大好きだね、のんびりすること」
「風の魔法使いだしな」
「魔法使いではなくて魔導師でしょ? そういえば剣士じゃなかったね」
メチャクチャな力業が得意な魔導師と言う変人である。デーモンの斧を弾き返す馬鹿力が売りで技術は力で押し潰す。戦い方が雑な部分を察する。
「まぁ、魔術士は強いのがわかってるからあえて魔法使いを名乗るさ。油断こそつけ入る隙が生まれるし剣士と思ったら魔法使い。魔法使いと思ったら剣士。戦い憎い事を積極的にする事だ」
「へぇ~ミスを誘うんだね」
「そうそう。それにしてもパンうまいなぁ~小麦の風味がいい」
「うーん、うまいけど。ジャム欲しい」
「ん? お客さんごめんなさい!! ブドウジャムあるよ‼」
店番のトロールが瓶を持ってきてカウンターに置いてくれる。私は驚きながらそれをつけてパンを貪る。
「あまぁ~い!! 久しぶりの極甘いもの!! 美味しい!!」
「へへへ、わしらのジャムは美味いだろぉ?」
「苺ジャムありますかぁ!! 分けてください‼ お金を出します買います!!」
「ああ、丁度あるね。小人用の3つ」
小人とは男性のトロール以外の小さい生き物を表す。
「全部!!」
「ネフィアまて!! お金をそこまで持ってない!!」
「全部で銀貨1枚でええで」
「やっす!?」
「へぇ~安いんやねぇ~ここでは普通さねぇ~」
さすが生産者たちこれが原価なのだろう。安い。
「やった!! ジャムが手に入った!! 苺ジャムぅ~」
「良かったね。お嬢さん。許してもらって」
「へへ~うん!!」
「仕方ないな。なんで苺ジャム好きだんだよ?」
「だって、トキヤも苺好きでしょ? それに思い出の味なんだぁ~トキヤが初めてくれた美味しいジャムで、嬉しかったなぁ~私を助けに来てくれたときの苺だしね!!」
「よく、覚えてるね」
「覚えてるよぉートキヤの事は」
「おまえ、馬鹿、アホしか言ってなかった子も覚えてるよ」
「む、昔を掘り返さないでよ」
「ここ、最近だと思うけどなぁ………」
トロールの店長にお金を渡し。小さな瓶を3つ手持ち袋に入れて貰った。旅の楽しみは増える。
「何処かで同じような商品があれば、うちらが作ったものねぇ~きっと」
「へぇ~、そうだ!! ジャムを分けてくださりありがとうございます。これを一枚どうぞ」
私の袋から、売る予定だったヘルカイトの鱗を1枚渡す。掌サイズの紅い鱗だ。トキヤは笑みを浮かべ黙って私の行動を見つめてくれている。
「これはぁ………ドラゴンの鱗!?」
「ヘルカイトと言うドラゴンの鱗です。感謝の印でどうぞお納めください」
「はぁ…………こんな高価なもんをありがとう。こりゃいい。御守りだぁ~」
店長が喜ぶ。喜んでくださると嬉しい限りだった。
「あ、あのぉ!!」
背後で声をかけられ、そちらに向き合う。小さい女の子だが胸の大きさ等でトロールの成人女性とわかる。非常にか弱そうに見えて生命力は強いと思われた。私は本の知識通りで嬉しい。世間知らずじゃないことが知れる。
「なんでしょうか?」
「そ、その………ドラゴンの鱗を譲って貰えないでしょうか?」
「ドラゴンの鱗のあまりは少ないんです。ごめんなさい。これはお金に替えないといけないんです」
「お、おかねなら。出します‼ 1枚ください!!」
必死に懇願する姿に……何かを感じる物がある。
「ドラゴンの鱗を誰かにあげるのですか?」
「はい!! 夫の御守りとして加工して………お渡ししようと思ってます」
「御守り?」
「お嬢さん。ここいらなぁ~ドラゴンの鱗を御守りにするのは普通だねぇ~昔からドラゴンは力の象徴だからねぇ」
「もっと詳しくいいかしら?」
「はい!! 私たち女性は外での作業を手伝えません。そして外では魔物等危険はつきもの。ですから帰って来て欲しいことをお願いするために御守りを作るのです。そのドラゴンの鱗はドラゴンのように逞しく、生命力あふれ、魔物に勝ち元気で帰って欲しいためにいい御守りが出来るのです」
簡単に言えば御守りの最高級の素材らしい。
「そうですか、では………一枚どうぞ」
袋から取り出し、一枚手渡す。
「あ、ありがとうございます。お金にすぐにご用意します!!」
「いいえ、結構です。好きな方に送るのであれば………いりません」
「えっ………しかし………」
「大丈夫ですよ。ね?」
「ああ、大丈夫。鱗は楽に稼ぐだけの方法のひとつだけ。別に稼ぐ方法は他にある。あまり気にするな」
「ありがとうございます!! 魔王さま!!」
「ん………んんんん!?」
鱗を貰った彼女が走って酒場を出る。急いでる彼女に何故、魔王と知っているのか聞こうとしたのだが。行ってしまった。
「あ、ああ………魔王なのを知ってる理由、聞きそびれちゃった」
「ネフィア、田舎だから噂が早いのかも。あとお前は宣言した」
「田舎、怖いです」
「いや……宣言した……」
「すいませーん!!」
酒場に何人かの女の子。もといトロールの女性が駆け込んでくる。
「ドラゴンの鱗をください!!」
「私も!!」
「お願いします!!」
「………あっはい」
トロールの女性はトロールに負けず劣らず屈強なのかもしれないと思ったのだった。
*
「鱗、なくなちゃったね」
「一応、俺らの故郷の道を教えたからそこへ行けば鱗を買えることを言ったが………まぁどうなるだろ」
枚数に限りがあり、一人一人に渡していたら無くなってしまった。無くなってしまったのにまだ来るため。都市ヘルカイトの場所を教え、鱗を譲ってくれる場所と説明した。
「鱗で儲かるなら商路出来そう」
「確かに………それだ!!」
「ん?」
「ネフィア!! ここのトロールさんたちに都市を教え、道を作って貰おう!!」
「…………ああ!! 名案、さすが私の勇者トキヤ!! かっこいいです。感激です‼」
「褒めすぎ」
「褒め足りませんけど?」
「はい、深呼吸」
「すーはー」
「落ち着いた?」
「すーきー」
「一旦黙ってろ」
「へへへ」
照れる彼は好物。魔物でも怯まない強者とのギャップがすごく、声に出してむぅ~っと唸るぐらい好きである。
「お二人、仲がいいですねぇ~~」
「でしょぉ~彼は私だけに優しいんだぁ~」
「そんなことないぞ」
「本当に? 本当に~?」
「ああ、本当に」
「帝国の姫様」
「ああ、ごめん。お前だけに優しいわ」
ちょっと毛嫌いし過ぎな気もする。可哀想だが私の勇者なので仕方がない。
「お待たせしました!! お二人さん。トロール族長です!!」
声をかけられ振り向く。一番初めに鱗を譲ってあげた女性とトロールの中でもまだ一際大きく、横にも大きいトロールが立っていた。その姿を思い出す。変わらない姿。
「あ、あなたは!! あの時の!!」
いつの日か一度だけ監禁生活に脱走を加担してくれたトロールだった。
「オデノコトオボエテル?」
片言でトロールが喋る。そう、このトロールは喋るのが上手くない。
「覚えてます‼ 小さい部屋から少しの間出してくれたのを!!」
「ソウカアノトキノコカァ………オオキクナッタナァ………オンナノコダッタノカ」
「はい!!」
「この人、喋るのと考えるのが苦手だから。私がちょっと探りでここにいたんです。ごめんなさい、魔王さま」
「いいえ!! 私こそ都市に入れていただきありがとうございます」
「オデ、カンシャシテル」
「鱗を譲っていただきありがとうございます」
「ええ、喜んでいただけて光栄ですわ」
変わった出会い方もあるものだと思う。もしかしてとも考えたが、本当に昔から変わらないのに運命を感じる。
「まだ、族長をされていたんですね。てっきり処罰されたと思ってました」
「ええっと、処罰はあったのですが。族長は彼以外務まりません。この都市で一番強いですから」
話を聞くと、族長になる者は都市に籠り女子供を護る役目があるらしい。男は全員、外で農家をするため。手薄な都市を護る重要な役らしい。不在は2番3番と強さ順で護るとの事。
「彼は族長に相応しい強さを持ってるので処罰とは関係ないです」
「オデ、ホカニナニモデキナイ………ダカラ、ズットマモノカラマモル」
「立派なお仕事ですよ‼ 本当に!! まだ、魔王ですから………魔王としてあなたのお仕事に賛辞を贈ります。今は言葉しか贈れるものがございませんことをお許しください」
「そ、そんな!? 勿体ないお言葉を!!」
「オ、オデウレシイゾ!! ホメラレタ!!」
「ふふ、でも。私はもう魔王を辞めますけどね」
「「!?」」
彼らが驚いた顔をする。奥さんの方が聞く。
「なんででしょうか?」
「ここにいる。彼は人間の勇者でトキヤと言います」
「トキヤです。どうも」
彼が頭を下げて挨拶を行う。
「私は彼に惚れ、一生を共にしようと思います。都市ヘルカイトで」
「都市ヘルカイト………あの、鱗を譲っていただいた場所ですか? 皆が行きたがってました。ドラゴンに会えると」
「はい、ここから東にあります。まだ道がなくて大変でした」
「そうですか………あなた」
「ンン?」
「その都市へ道を作ってみませんか?」
「ソウダナマカセル」
「はい!!」
私は驚く。簡単に都市が繋がってしまうかもしれない。
「地図で場所を教えて欲しいです」
「わかりました。地図ございますか?」
店長に聞き、店の奥から一枚の地図を持ってくる。
「はい、これさぁ~」
「ありがとうございます」
貰った地図をテーブルに拡げて書き記す。
「帰ってこられた時までに作っておきましょうね」
「ソレガイイ」
「本当に鱗、ありがとうございました。きっと帰ってくる頃までに完成させます」
「う、うん。ありがとう」
「いいえ!!………それに、皆に御守り行き渡らせたいじゃないですか!!」
族長の奥さんは笑いながら夫にくっつく。私はそれを見たあとにトキヤを見ると。撫でてくれた。それから、族長の奥さんと会話して夕食ごろ別れる。私たちも夕食を済まし宿屋部屋に戻った。
*
次の日はドレイクを買いに来た。ドレイクを生産し売りに出しているトロールに相談する。
「安いのでいいのでください」
「安いのねぇ………」
「安くてそれなりの物で。屈強ならいいが……贅沢は言わない」
「うーむ。ちょっと来てくれ。選んでくれればいい」
「はーい」
販売もとい生産者のトロールについていく。馬小屋と良く似た場所であり、一頭一頭繋がれているが子供なのか、値札がついていない。その小屋の横を通って行く。
「ん? トキヤあれ」
「はん? なんだあれ?」
小屋があり、中を覗くとなんと一頭だけ繋がれていた。まるで一頭だけ隔離されているような小屋があり。その中でドレイクが寝ている。他の子よりも屈強なドレイクで少し体が大きく強そうだ。
「なんですかあれ?」
「ああ、あれねぇ…………あまりの暴れん坊で買い手もつかないし、誰も乗せようとしないしで困ってるんだ。それに恐ろしい程にあそこから動かない。餌をあげなければ脱走し他の小屋まで行って餌を貪る」
「へぇ~飼い慣らしにくいドレイクだな」
「そうなんだよ………困ってる」
トロールがなにもできないとは相当の力持ちだ。
「さぁ、お客さんあの小屋が成人したドレイクの小屋だ」
「ネフィア、行くぞ」
「まって!!」
暴れん坊のドレイクの元へ私は行く。絶対荷物もちでは便利だ。そんな気がする。
「おい!! ネフィアやめろ!! 危ないぞ‼」
「そ、そそうです!! 危ない!!」
「大丈夫、大丈夫。おーい起きろ~」
ドレイクが目を開け、私を睨む。鋭い眼光に何故か既視感があったが気にせず話しかける。トキヤとか芯がある者の目だ。
「お願いがあるの、荷物もちでいいから手伝って欲しい」
「お客さん。ドレイクに言葉は通じませんぜ?」
「………ネフィア。まぁ任せる」
「はーい。ちょっと触ってみる」
私はドレイクに触ろうとし。尻尾で手を叩き落とされる。痛い。
「うーむ。警戒心が強いですねぇ」
「ネフィア。手綱受け取れ」
「お客さん。危ないですって!!」
「大丈夫、大丈夫。俺も挑戦するから」
「…………知りませんよ?」
トキヤが手綱を檻に投げて入れる。これをはめて連れ出せばいいらしいが私は持たない。ドレイクが荒々しい鼻息と共に立ち上がり。威嚇する。
「はい、大丈夫ですよぉ~」
「グルルル」
両手に広げて近付く、すると。
バシン!!
頬に尻尾が強打する。痛いが、そのままゆっくり距離をつめる。
「中々、生きがいいね」
「グルルル……ワンワン!!」
「「えっ?」」
私は振り返り、トキヤと目線が会う。
「ネフィア、ドレイクの鳴き声ってなんだっけ?」
「どうだっけ?」
「お客さん。ドレイクの鳴き声は鳥みたいな野太い声です」
私は「むぅ~」と唸りながら近付く。トキヤも柵を乗り越えて参戦。
「かわいいです!!」
「気持ち分かる。俺も触るの手伝うよ。ブラッシングしようぜ」
「お客さん、ブラッシングですか? 道具を持ってきます!!」
「グルルル…………」
「さぁ!! ドレイク!! 諦めなさい‼ 私に目についたら最後。はなしませんよ!!」
「俺らに目をつけられたら潔く降参しないと俺は我慢強いし。こいつは魔王やぞ」
「「無茶苦茶になるぞ!!」」
「…………………くぅ」
根気にやられたドレイクは人のようにため息を吐いたのちに大人しくなった。ブラッシング後はタダで売ってくれると言うのだ。太っ腹です。
「お客さんありがとうございます」
「お金は本当にいいの?」
「いやぁ~すごく大変なドレイクで困ってたんです」
「名前は?」
「無いですね」
「ネフィア、名前つけるか?」
「うーん。ドレイクらしい名前」
「俺も思い付かないなぁ」
「ワンワン言うし、ワンちゃんでいい?」
「ワンでいいぞ」
「へへ~ワンちゃんよろしく」
ドレイクの顔に私は頬を擦り寄せる。そのあと感謝されながらその場を離れ。宿屋に戻り馬舎にワンちゃんを入れる。ご飯は雑食らしいので家畜のお肉をあげた。
そして、次の都市へ行く準備をその日に済ませたのだった。
§
昨日。ドレイクを手に入れた。そして今日はそのドレイクに荷物を乗せる。2つ足のドレイクは乗るのにはいいが荷物を持つのはちょっと少ない。しかし、二人だけである事と水は用意しなくていいので少ない荷物で旅をすることができた。
「ワンちゃん。重い?」
「………」ブル!!
首を横に振る。言葉を少なからず理解をしてくれて、頭がいい子だ。私は頭を撫でトキヤは支度を行う。本当に大人しくなったドレイクの手綱は私が持つことにした。今ではすっかり従順である。
「よし!! 出来た。これで荷物は終わり」
「それじゃぁ行きましょう」
馬舎を出た後に北西へ向かい。中央の砂漠は避け、魔国最大の城壁がある都市へ向かう予定である。
「トロール族長に挨拶して行こうかな?」
「それがいい。またここを通るしな。珍しくお前を拒絶しない族長だからなぁ……」
「そっか、唯一かもしれないね」
自分達は彼ら夫婦の家を教えてもらい。向かう途中の道で出会う。
「こんにちは」
「こんにちは~族長さん少しいいでしょうか?」
「ン? オデ、タチニナンノヨウダ?」
「なんでしょうか。ネフィアさん」
彼等は魔王とは呼ばない。私の名前で呼んでくれた。
「ええ、これから北西へ行きます。その前にご挨拶をと思いまして」
「そうですか。わざわざ………」
「オデ、オウエンスル」
「はい、私も応援します」
「ありがとう、頑張ってきます‼」
「ミオクル」
そう言って、彼等は北門まで話をしながら向かい。北門で手を振って別れるのだった。トロール族は優しい種族だと心に刻んだ。
*
ドレイクの手綱を引きながら、北西の都市を目指す。農場から大きな森に変わり。土の商路の途中で魔物の気配があれば狩り取る予定だった。そんな中で私は歩むのを止める。「こっち…………」と言う導く声を聞いた。
「んっ!?」
「どうした。ネフィア?」
「声が聞こえた」
私は微かに声を聞いた。聞いたことのある声。何処で聞いたかを思い出そうとする。覚えている筈なのに思い出せない。一瞬だったから難しい。
「トキヤ。道外れてもいい?」
「大丈夫だ。戻ってこれるようにする」
地面に魔方陣を描いて目印にした後。声した方へ草を燃やしながら進んだ。
「ネフィア、声を聞いたと言ってたいたけど俺には聞こえなかった」
「聞こえなかったの? 『こっち』て………」
「ミミックとかの魔物の囁き? しかし、周囲を見ても………ん?」
トキヤが魔法で周囲を確認し、何かを見つけたようだ。
「トキヤ?」
「見つけた。あるな、確かに」
舗装された土道を外れて深く森を進む。すると小さな森が開けた場所に出た。そこで私たちは崩れた教会を目にする。崩れた壁以外何もない。ただそこに蔦等で絡まった教会が鎮座していた。
「教会かぁ………昔、人間がここまで勢力を広げていたのだろう。この近くに集落もあったかもしれないが今は廃墟だろうな。魔物が跋扈する前の時代だな」
「そうなんだ…………ワンちゃんここで待っていてね」
「ワン!!」
私は手綱を手放して教会に近付いた。壊れ、朽ちた扉を開け中を覗く。至るところ石畳みは朽ち草が芽生えており、蔦が教会を支えているのが分かった。割れかけたステンドグラス、朽ちた屋根の隙間から太陽が降り注ぐ。
廃墟特有のもの悲しい雰囲気だが、草などが芽吹き彩り、所々花が咲いて綺麗さも感じる。冬だけどこの辺りは温暖な地域なのだろうと思う。いや、教会がハウスになっているのかもしれない。
「教会だね………なんの神を崇めていたのだろうね?」
「ステンドグラスを見ると普通の女神だな」
「そっか」
「ネフィア? こら!! 中は危ないぞ‼」
「そこで待ってて」
私は声の主を思い出し教会の中へと歩を進める。周りは朽ちて折れた椅子などが散乱し、蔦が絡まり花を咲かせていた。教会の中心で膝をついて手を合わせ。目を閉じる。
「私のような、悪魔、婬魔に勇気と愛を教えていただきありがとうございます」
祈りを捧げるのは私にこの愛を信じることの助言をくれた名も無き神に祈りを捧げる。すると背後で物音がする。目を開け振り向くとトキヤが笑っていた。
「女神にお祈りとは殊勝な聖職者だな」
「はい、いつもいつも幸せを噛み締めていますから」
「そうか………」
トキヤが膝をつき、胸のロケットペンタンドを握りしめて目を閉じる。
「殊勝なる彼女に祝福があらんことを」
「トキヤ…………」
「人間の神とは決別したが。お前の言う女神には祈りを捧げよう」
「それでも、願ってるのは私の事なんだね」
「ああ、もちろん。今日は冬なのに暖かいな」
「はい……何ででしょうね?」
「太陽が出ているからかな?」
私のたちは立ち上がる。風もない日。教会の割れ目から見える穏やかな空。
「ネフィア、奇跡を信じるか?」
「今が奇跡です。私があなたに出逢えた事が奇跡です」
彼を見つめる。すると皮手を外し私の頬を撫でる彼。その手の上に私は自分の手を重ねる。もちろん鎧の籠手を外し、中の白い手袋も外して重ねた。見つめあって数分。彼の目付きが変わる。
「本当に綺麗な女になったな」
「へへ………女の方が幸せですね」
「なら、ちょうどいいな。教会だし」
頬から手を離し、彼が私に向いて跪く。
「ネフィア、君は太陽のように綺麗な女性である」
「と、トキヤ? どうしたの?」
「優しく。暖かく。そしてそれを自分は昔から知っている気がする」
「えっと………恥ずかしい言葉を並べてるけど大丈夫?」
「ああ、大丈夫。ネフィア、これを」
「!?」
彼が、小さな箱を取りだし私に捧げる。見たことのある箱。中身を私は知っている。私は口を押さえた。
「ネフィア、愛してる」
真っ直ぐ、私を見て。彼は短く言葉を付け加えた。私は震える手で箱を受け取り中身を見る。願った。旅が終わったら聞いてみようと思っていた物。それがここで手に収まる。
「……………うぅ」
開けて中を確認すると。赤い小さな宝石のはめられた指輪がある。赤いガーネットが太陽の光で輝いていた。見た瞬間、目の前がまた、濡れている。
「トキヤぁ………うれしい……」
「………」
「ごめん。嬉しいのに涙が出ちゃう………」
「答えを聞きたい」
トキヤが立ち上がる。真っ直ぐ私の言葉を待っている。答えは決まっている。
「受け取ります………」
「よかった。手を拝借」
彼が箱を取り指輪を出す。私の左手の薬指に嵌めてくれる。その後、指輪に彼がキスをし、宣言する。涙を拭い言葉を聞く。
「騎士として護りきることを誓います」
「騎士としてですか? ダメです」
「…………では、何を誓えばいい?」
「一生、私を妻として愛すことを誓って下さい。最後に怖じ気ないで」
「………ネフィアを自分の妻とし一生愛することを誓います」
「私も、トキヤと言う騎士を夫として一生愛すことを誓います」
宣言の後、彼が強く私を抱き寄せる。力強い包容。そして、私はわかっていたから目を閉じて彼に委ねる。唇に誓いを結ぶ。何分そうしていただろうか………私の頬に一筋の涙が乾くまでそうしていた。離れたあと。私は微笑みを自分の夫に向けた。
「これからもよろしく」
「ああ、こちらこそ。長い時間よろしく」
「………あーあ、どうしよう」
「どうした?」
「魔王城行く理由、半分なくなちゃった」
「何かあるか分からないから告白したんだけど。魔王城と何が関係が?」
「私……終わったら告白しようと思ったの。でも嬉しい」
「そうだったのか。それより、ええっと本当に俺でいいの?」
「トキヤこそ。私以外と想像できる?」
「できない」
「私も、トキヤ以外と想像できない。もっと自分を信じて私だけの旦那さま」
「…………途端に恥ずかしくなったなぁ」
チャリン!!
「ん?」
足元から音が聞こえた。見ると小さなメダルが落ちている。今さっきは無かった物。祈りを捧げる女性が彫られている。裏面にはエメリアと書かれていた。
「これ、今さっきあった?」
「いいや。無かったはずだ」
「………神様がくださったんだ」
「そんなバカな」
「そうだよ、きっと…………私たち今日、夫婦になりました。導きくださりありがとうございます」
「本当に居るのか女神が?」
トキヤはまだ疑っていたが私にはしっかり見守ってくれていることを肌で感じていた。女神は存在している。そして、私はその方に感謝するのだった。
§
土の道を歩くと少しずつ温度が下がっている気がして空を見上げた。空は曇り、今にも雪が降りそうな重い雲が漂っている。
この前の教会が嘘のような寒さに息が白い。しかし、そこまで寒さを感じない。それはトキヤが魔法で守ってくれているお陰である。
「雪が降るかな? ワンちゃんどう思う?」
「ワン」
「降るか~」
「今さっきから気になってたが会話できるのか?」
「出来るよ~ワン1回がはい。2回がいいえ」
「へぇ~」
「質問してみる?」
「いいや、何も聞きたいことないな。少しだけ懐かしい古き竜の臭いがするんだ。会ったことあるようなぁ……」
「ワンワン」
「ふーん? そんなことより降るね~」
「雪、降るな」
そう、言っていた通りにゆっくり雪が降りだす。
「あっ本当に雪だ」
「大雪になる。その前に今日は休もう」
道を外れ野宿の準備を行う。雪が大きくなり積もり出した。トキヤが用意した魔方陣の中で私たちは待機する。目の前がどんどん白くなり、歩きにくくなる。
「これは明日、大変だな。ネフィア」
「うん、大変だね」
「………もう少し緊張感を」
「夫が勇者なので無理ですね。頼る」
「勇者じゃない。魔王を倒してない」
「勇敢な騎士の者を勇者と言います。それに倒されましたよ?」
「倒された?」
「ネファリウスは倒され、ネフィアが残りました。後は、こう………押し倒されました」
「ああ、ええっと。あったねぇそういうこと」
「夫婦になる前から体の関係は持ってましたね」
「順序逆だったな」
「いいえ、あれで本当に女になれましたから」
魔方陣の外の雪を眺める。座りながら彼の肩を借りながら。
*
朝起きると魔方陣の外は雪がつもっていた。道までを炎の魔法で溶かし、土道に戻る。雪が深いため、少し困った。歩けない。
「トキヤ、ここで立ち往生?」
「いいや。後ろへ、ネフィア」
トキヤが剣を鞘から抜き、鞘を私は受けとった。そして彼は足を広げ肩に剣を担ぎ、柄の先端と剣の十字の根本を持ち剣先から嵐が纏わせる。
私はその構えを知っている。ある戦場で取得した居合いの技をアレンジした物で大剣でありながら高速の剣筋を産み出す。紫蘭から盗み、会得した彼だけの技術だ。そして剣にエンチャントを行い、嵐を打ち出す準備をする。
「ストームルーラー」
ブゥウウウウン!!
剣を降り下ろし、剣先から嵐が解き放たれる。渦を巻き、雪を巻き上げて突き進み、嵐が去った後には道が出来上がっていた。両脇に高くなった雪壁があり、それを見て満足したトキヤが鞘を受けとり剣を納め肩に担ぎ直す。
「道が真っ直ぐ進んでいればいいな」
「あのぉーもし人がいたら?」
「いないさ、冬に旅なんてしない」
無茶苦茶である。人が巻き込まれてないことを願いながら私たちは道を進んだ。
*
進んだ先で熊の魔物に出会った。3メートル以上の巨体だが、「臭みが強いが美味しいお肉だぁ」と嬉々として二人で倒す。
きっとトキヤの攻撃で冬眠から音で目が覚めてしまったのだろう。やっぱり、魔物なので大きく1日剥ぎ取りで時間をかけ、毛皮と熊の手、肉を手に入れた。肉は血抜き後に皮で丸めた。
臭いはやはりキツく。ドレイクのワンちゃんが嫌がると思っていたのだがそんなことはなかった。ワンちゃんは力持ちであり多くを積んでもびくともしない。魔物の遺体の近くで野宿し、匂いにつられた2匹目の魔物を待つが現れず。次の日に歩き出した。旅は順調である。
「ねぇ~トキヤ。次の都市ってなに?」
「商業都市かな? 砂漠を隔て北に進んだ先にある」
「族長はどなた?」
「魔王かな」
「はい?」
聞いたことがない。全く聞いたことがない。
「中心の商業都市は利益が見込めるため族長同士のいざこざが激しい。誰もまだ上が決まっていない。だから魔王が統べている。そういう建前だ」
「では、どうやって管理を?」
「族長の支配地域があり多種多様、大小様々な族長の派遣した者達が管理している」
「面倒そう」
「まぁ面倒そうだが。暗黙のルールがあるからな。全て金で解決。商人の世界だから簡単だろう?」
「うわぁ………愛がないのですか?」
「愛も金で買える」
「はぁ、もし魔王になったままでしたらすぐに終わらせますね」
「やめとけ。利権が絡みすぎているから。つついたら面倒だ。絶対に纏まることはない」
「魔王って大変そう、絶対なるもんか」と私は思うのだった。
*
雪道を歩いていると開けた場所に出る。もちろん人の手によって開拓された場所で大きな都市が見えた。
高い壁、そして人の出入りの多さ。雪道を歩く人々。誰もトロールの都市へ行く事はなかったが、行商は多いと見る。
「魔国中心の都市。名前はない。中心街っと言われてるぐらいか……」
「魔王城が中心だと思ってた」
「魔王城は奥深い雪ももっと多いと思う地域。北門の道は魔王城へ続く道。東門はトロール。もしくは古の森、ハイエルフ等の森の民。南は砂漠の亞人、スパルタ国。西は自然豊かな妖精国とエルフ族だな」
「…………ん」
「どうした?俺の顔を覗き込んで?」
「詳しい。詳しすぎる」
「一般教養だ。わかるか?」
「バカにしてることはわかった」
「本読んでたんだからわかるだろ?」
読んでた本が違う。
「物語ばっかりでした。それと、あんまり役にたたない」
「へぇ~本を読んでの料理は美味いのに?」
「努力の結果。夫には美味しいもの作って喜んで貰いたいから。ずっとこっそり勉強してたの……トキヤが眠ってる日々で」
「…………なんて言えばいい? 嬉しいけど何を言ったらいいかわからんのだが?」
「好きって言えばいい」
「ちょっと無理かな。簡単に言うもんじゃない。軽く思われるぞ?」
「好き好き好き!! 軽く見える?」
「見えないな~」
「言ってほしいなぁ~」
「さぁ~行こうかワン」
「ワンワン!!」
ワンちゃんがトキヤの肩を噛む。
「くそ!! お前も言えって!? お前……」
「ワン」
「………はぁわかったよ」
「わくわく」
「愛してる」
「愛してます」
「畜生、恥ずかしいなぁ。おい」
都市に向かって歩き出す。私はニコニコとしながら満足しながら。
*
魔城の執務室で自分は唸る。賞金首の情報も何もかもない。しかし、悠長に待ってるほど気も長くない。暗殺は失敗したが現に魔王はいない。ならば宣言すればいいと考え策を用意する。
「トレインさま。完全に見失いましたが替え玉が用意が出来ました」
「そうか、良かろう。これから有力者全員に招待状を送り。来年度、魔城でパーティーを開く」
「畏まりました」
「計画通りなら皆、ひれ伏す筈。我が力でねじ伏せ。魔王から譲位を宣言させる」
「悲願達成ですね」
「そうだ。魔王となる者は魔剣の持ち主だと誰が決めた? 強き者が魔王だ。そして……デーモンの父を越える」
「ええ、その通りです。大母上も喜ばれる事でしょう」
「ああ。それに………もう死んでるかもしれないしな。ははははは!! もっと早くそうしていればよかった!!」
族長に力を示し屈服させるには簡単だ。滅ぼす力を持ち見せればいい。
「服従選ばない者は見つかったか?」
「リストにございます」
「ふむ。では、見せしめはどの種族かな………」
自分は吟味することにする。力を示すならばそれなりに強い者がいい。そして、滅ぼせる力を示せれば魔王になるには簡単だ。
§
冒険者の身分証明書で私たちは都市に入った。全く疑われずに潜入できたので冒険者の身分証明書は凄いことを再認識する。
都市内部を見渡すと雪が無く。冬で寒いはずなのに人だかりと行商、色んな種族が行き交い活気に溢れていた。出店は無いが建物の中でしっかりと商いを行っているのがガラス越しで見え、店の中は魔法のカンテラと魔力石のストーブで暖かそうだった。
「ネフィア……人間より、いい生活してそうだな」
「魔力石ストーブって便利だよね~」
「魔力を入れて炎を産み出し続けるから管理が楽だろう。ただしっかりと換気しないと空気が薄くなるな」
行き交う人々の中に人間もいるので怪しまれず。トキヤは目立たない。しかし、私は目立つらしく目線が集中する。なのでフードをかぶり直した。
「皆、見てる。美しいからね。美少女はつらいよ」
「自分で言うな」
「だって、トキヤ。誉める事が少ないもん」
「はいはい。綺麗ですよ、お嬢様」
「違う~もっと心を込めて」
ドレイクの手綱を離して彼の腕を掴む。嬉しくて顔が緩んでしまう。
「おい、手綱!!」
「大丈夫、ついてきてね」
「ワン!!」
「ああ、くそ。くっつくな!!」
「やーだーくっつくの~」
「はぁ……周りの視線を気にしろよ」
「大丈夫、愛し合ってることを見せつけてるだけだから」
トキヤが溜め息を吐きながら冒険者御用達の宿屋へ行く。前に泊まっていたらしい場所に馬舎と一緒に借りて旅の疲れ等々落とす予定だ。早速、部屋に荷物を置きに来た。ベットはもちろん。
「ベットがひとつ。予備のシーツも用意してもらわなきゃ!!」
「予備のシーツ?」
「うん。いるよね? いるよね? 私の種族知ってるよね? 久しぶりだからワクワクする。夫婦での営みはさぞ愛が深いでしょうね!!」
「あーはいはい。落ち着こうな? 発情するな……」
「はーい。今日は寝かさないでね?」
「ド婬魔」
「婬魔だけど? だって………婬魔とか関係なくて。抱かれるの好きだから。夫の力強い抱擁は私を蕩けさせるのです~あああ~」
「はぁ……まぁ……あのな限度を知ると言えば……」
「へへ、相思相愛」
「だぁ!! こっぱずかしい!! 早く荷物を置いて、皮を売りに行くぞ‼」
「はーい」
荷物を運搬し置き。冒険者ギルドに熊の素材を持って出向くつもりだ。そのまま荷物だけ整理して着替えずに向かい、大通りから冒険者ギルドに入って魔物の物を早く売りさばく。いいお金になった。ギルドは他と同じ酒場と並列しているタイプで、大きさもそこまで変わらない。だが、トキヤが一つ。受付にお願いした。
「賞金首の用紙を全部貰おうか」
「トキヤなんでそんなことを?」
「お前を狙ってくる奴を仕留めていれば賞金首に出会うかもしれない」
「へぇ~………んんんん? それって私を餌に釣るってこと」
「見てみろ。お前の値段」
私の賞金首の値段が驚く金額になっている。
「うわぁ~すっごーい。もちろん知ってる。まぁ別に気にしないけど」
「あ、あの。その巨額の賞金首は取り下げられました」
獣人族の猫耳がついた亞人の店員が賞金首リストを持って現れる。
「へぇ~どうして?」
「見つかったらしいので。替え玉でしょうけど」
「ふ~ん」
「良かったなネフィア。賞金首じゃなくなって」
「そうだね。まぁでも~あんまり気にしてなかったから」
「俺が護るからか?」
「そうです。優しい強い夫さまが私を助けてくださいます。トキヤ!! デートしたいです‼」
「仕事して、金を稼いで、借金返すまでお預け!! ちっとは自制という言葉を覚えろ!! 何度も言うぞ!!」
「え~こんな体にしたのは何処の誰よ」
「それを言うと……何も言えんけど……」
「あっ、この冒険者バカップルだ」
「すいません。連れがあれで……」
私たちはそのまま賞金首の紙を貰い。それとは別に依頼の掲示板を覗く。魔物討伐等や護衛。雑用等だ。あとは祭りの用意。
「祭りの用意?」
「年末だな」
「年が変わるんだ‼」
「そそ。年が変わる日は重要なイベントだ」
「今年は一人で年を越さない!! 暗い部屋で越さない!!」
「あー明るく言ってるけど。なんと言えばいいか………今年は俺がいるから寂しい思いはさせないぞ」
「うん!! やっと、一人ぼっち卒業かな」
「す、すみません。他の冒険者が掲示板見たいのですが………その。イチャつかれましたら中々割って入れないので………えっと」
店員がまた。注意しにきてくれた。オドオドしたかわいい女の子だ。尻尾がピョコピョコしている。
「すまない。掲示板から離れるから」
「ごめんなさい。ついね」
「あ、ありがとうございます!!」
「仕方ない、ギルド長に挨拶でも行くか。仕事くれってな。後は恩が少しとお前に会わせてもいいかもしれない」
「職権乱用では?」
「大丈夫。知り合いだ」
「交友関係広いなぁトキヤは」
「勝手に広くなってしまうんだ。情報の取引で」
「知ってる。トキヤって強いから適当に助けて適当に恩を売ってサヨナラする人だもんね」
「恩を売っていれば少なからず、いつかは益になるからな」
「皇女」
「やめてくれ、あれは大失敗だった。忘れろ」
「は~い」
そんな話をしながら、ギルド長の部屋へ向かう、酒場の後ろからギルドの通路に入れるのはどこも同じであり、衛兵の悪魔に身分証明書を見せてお通し願った。そのまま案内してくれて入った部屋は煙臭く、奥に大きな天蓋付きの椅子とカーテンがあり、そこでパイプを咥えた女性が腰かけていた。
「………誰だい」
妖艶な婬魔のようなきわどい服を着た女性。鋭い瞳と丸い羊の角。種族は悪魔だろう。綺麗な女性やエロい人は全員婬魔と判断する。軽率だが……淫魔ぽい人だ。
「ああ、人間。久しぶりだ」
「久しぶり。悪魔ファウストさん」
「えっ? えっ? 悪魔?」
同族に見えた。
「そうだぞ。冒険者ギルド長で、お前の遠い遠い親戚だな」
「ん………そこの女は悪魔? 角が生えてないねぇ」
「婬魔とハーフです」
「婬魔とハーフ。もしや、お前は魔王ネファリウスかい?」
「いいえ、ネファリウスは死にました。ネフィア・ネロリリスです」
「そうかい………くそったれな父と母から生まれたわりには、まともそうだね」
「彼がいますので」
「んん? そうかいそうかい。まぁ彼は強いから。それで何のようだ? 人間」
「城の地図ありがとうございました」
「ああ、報酬はもらった。それ以上はお礼を言われる筋合いはないよ」
「まぁ儀礼的な物で御礼を述べただけです。『お仕事でなにかあれば下さい』と思ったのですが………どうでしょうか?」
「ふーん。お前が仕事をくれとな」
「まぁ早急ではなくていいのですが」
「………そっちは魔王と言ったか?」
「ええ、そうですね」
「なら、報酬は後でやろう。今日は帰るんだ」
「わかりました」
そのまま部屋を出る。ちょっと服が煙の臭いがついてしまう。
「あーあ。やっちまったか?」
「ん? どうして?」
「情報をあげてしまった……軽率だった………いや、何でもない。それより、珍しいだろ? 悪魔の冒険者」
「婬魔みたいな人だね」
「婬魔のように男を漁ってるから間違いじゃないな。満足出来ないだとさ色々。まぁ金でヤラせてくれるから人気な冒険者さ」
「へぇ~娼婦みたい」
「まぁ、人それぞれ」
「私が……娼婦したら儲かるかな?」
「ネフィア!!」
「冗談だよ。その反応、ありがとう嬉しい」
「………小悪魔」
「はい、悪魔です」
「悪魔は朝と寝る前にお祈りを捧げないぞ?」
「悪魔でも優しい女神様は大好きですよ」
その日は、仲良く駄弁ったあと深くドロドロに愛し合うだけで1日が終るのだった。
*
次の日。昨晩雪が降ったのか外では魔法によって除雪が進んでいた。私は袋からビンを取り出し蓋を開けスプーンで中身を掬おうとする。
シュ
だが瓶をトキヤに奪われる。
「ネフィア。朝からこれを朝食にしない!!」
「ジャムは朝から食べるものだ‼」
「直接食べるものじゃない!! 何か塗れ!!」
「パンが無くても食べられるじゃないか!!」
「お前!! 一瓶丸々食べきっただろ!! この前!!」
「大丈夫。半分で抑えるから」
「半分でも多いわ!! 糖分過剰接種は体に悪いんだぞ!!」
「嫌だ‼ そのまま食べる!!」
イチゴジャムの瓶を奪い返そうと手を伸ばす。
「ダメだ!!」
「嫌だ‼」
「食べ過ぎ!!」
「美味しい!!」
トキヤが瓶に蓋をし、抱えて逃げる。
「うぅ………どうしてダメなの?」
「一気に食うだろ‼」
「はは、そんなこと………ない……かな?」
「自信がないからダメだな。何度も言うぞ、過剰摂取だ」
「うぅぅぅ!!」
トキヤに抱きつく。
「お願いします!! 朝に食べないと元気がでないんです‼」
「いっつも元気だ!!」
「ううぅ。一口だけ一口だけ」
「………一口だけだぞ」
「わーい」
トキヤが瓶蓋を開け私に向ける。もちろんスプーンでごっそり持っていこうと思う。
「あっ………お前」
瓶に蓋をされる。
「ごっそり取る気だな」
「はは………なんでわかるの?」
「なんとなく」
「そっか、なんとなくかぁ」
少しだけ嬉しいかもしれない。以心伝心だ。
「スプーン貸せ」
「はい」
蓋を開け、一口分だけ掬い。それを私は口に含む。甘い。
「美味しい~」
「これで我慢しろ。食べに行くぞ朝食」
「はーい」
いつもより幸せと甘さを感じる。一口だった。
*
ギルドの隣の酒場でトーストを頼む。他の冒険者等も朝食を食べに来ている。私はイチゴジャムをトーストに塗り朝食をいただく。
「いただきまーす」
「本当に病気になるぞ?」
「看病してね」
「なる前提で話をしない。で、面白い情報ある?」
「私が今、酒場で噂を拾うと。何処かの族長と魔王軍で紛争がある噂と、魔王が見つかった噂と、帝国がまた連合国と戦争する話かな」
音拾いの魔法で手に入れた情報。お金稼ぎ出来そうな物はない。
「んん? お金稼ぎ出来そうな物があるな傭兵だ」
「傭兵?」
「そう、戦争に参加。兵士をな募集してるだろうからな。冒険者でもお金稼ぎで戦争参加を行うのはある」
「そうなんだぁ」
「そうそう………」
ガチャン!!
「大変だ‼ 魔物が現れた!! 至急応援を!!」
ギルド内にただらなぬ雰囲気でトカゲの獣人の衛兵が現れてギルドの受付に助けを求める。その騒ぎを聞いたのか奥の扉から赤い恥女のギルド長が顔を出した。パイプタバコを咥えたまま。妖艶な姿で登場する。
「なんだい? いきなり叫んでさぁ。確かにここは冒険者ギルド。何でも屋で揉め事等も請け負う。落ち着いて依頼の話をすればいい。叫ぶことないさね」
「ギルド長!! 至急、兵をお貸しください!!」
「ああ、報酬は後でいいね。そこのお二方。行ってあげな。お望みのお仕事だよ」
パイプを自分達に向け、「行って来い」と言う。私たちは顔を見合せ、席を立った。
「人間二人だと!? 他に居ないのか?」
「あん? あんたの目は節穴かい? まぁいいたっぷり請求してあげる。一体、誰を寄越したかをね」
「他を所望する!!」
「ネフィア、勝手に行こうぜ」
「音拾うと………騒ぎは西門だね。屋根登って行こう」
「店主。お代はあの衛兵の元締めから取ってくれ」
「はいよ!!」
「ま、まて!! 人間!!」
「さぁ、あんたはお金の話をしないといけないから待ちな‼」
トキヤと私は依頼を受けて酒場を後にした。
*
西門、屋根上だが到着するとトカゲの衛兵に魔物ぽい者を取り囲んで口論していた。特徴的な姿で下半身は蜘蛛の形を持ち8本の足に上半身は裸体の女性がくっついている姿だ。口論は「買い物させろ」と「ダメだ入って来るな」だけの押し問答だ。
「ネフィア、あれって」
「ええっと。珍しいね魔物のアラクネだよ……アラクネ」
人の姿をしているようで実は魔物のアラクネ族。何故なら彼らは私ら魔族を餌としか見ていない。四天王の一人もアラクネ族だが、あれも魔物のままであり、側近の戦力で多大な影響を持っている。そう、捕食者。生態系の上に位置する種族だ。
「アラクネって魔物だよな」
「言葉を喋れる魔物だね。魔族と敵対してる。食べられちゃうからね」
「………それより。いい胸だな」
裸体の女性を指差したので叩く。
スパーン!!
「い、いたい。ネフィア、すまんって!!」
「バカ!! どこ見てるの!!」
「胸、腰、顔」
「………人間ってけっこうアホなの?」
「男は皆、アホだよ。だから薬で抑えるんだ。俺はな」
「うん、理解できた。確かに下半身を目を瞑れば綺麗だね」
実際、上半身は美少女。顔に複眼がついてるのを気にしなければ素晴らしい女性だろう。トキヤが私を姫さま抱っこで持ち上げ屋根から降り、私を石畳みの道路へ下ろす。
「何故だ!! 入れさせろ‼」
「ダメだ!! 魔物を入れたら混乱が起きる。それに信用できるか!! アラクネの魔物め!!」
「あああ!! 全員始末するぞ!!」
「お、脅しに屈しない!!」
「もう!! 入れさせろ‼」
パチーン!!
「「!?」」
私は指を鳴らすと指を鳴らした音が周りに響き渡る。そして、喧騒が無くなり私の声が通るようになった。
やったことは音を奪うことと私の出す音を伝えやすくすることだけである。だがそれで皆に私を注目させる。
「音魔法、音奪いと音渡し」
衛兵とアラクネが何かを喋ろうとするが何も音を出さない。驚いて私を見続ける。
「初めまして。ネフィア・ネロリリスと言います。何か騒ぎがあったようですが? なんでしょうか? どうぞ、あなたからお聞きします」
アラクネの方向に手を差し伸ばし話を促す。
「あ、あ……声が出る。都市に入りたいんだ‼ 頼む!!」
「なんで入りたいのでしょう?」
「ふ、服とその………人間の食料を分けてもらおうと……」
「そうですか。衛兵さん。ダメでしょうか?」
次は衛兵に話を促す。
「どこの馬とも知れない奴が仲裁に入ってくるな‼ 余所者だろう!!」
「…………余所者?」
「そうだ!! 人間の癖に」
「人間………はぁ………」
ダンッ!!
地面を踏みつけて大きな重たい音を響かせ衛兵を睨み黙らせる。話が進まないので仕方がない。
「我は魔王ネファリウス。余所者ではない!!」
「ま、魔王さま!?」
「もう一度言う。彼女を都市に入れさせるのは是か非か!!」
「あ、えっと!! 混乱が乗じます。アラクネどのには申し訳ないのですがお引き取りお願いしたいと思います。魔王さまのご命令でもそこだけは譲れません!!」
「くぅ!! 認めない!! 魔王!! そこをどけ!!」
「……………そうですか。落ち着いてください、アラクネさん。必要なものを私たちがご用意します。それで手を打つのでよろしいでしょうか? ダメでしたら貴女を今ここで狩り取らないといけません」
「えっいいのか? お願いしよう。物が手に入ればいいからな」
「よかった!! では、次に衛兵さん。彼女をここで待たせることは許してもらえますね?」
「それぐらいであれば大丈夫です……」
私はうまく仲裁が出来た。トキヤが控えて大きな剣に嵐を纏わせて威嚇し、様子を見ていてくれたのも大きい。荒事も視野にいれていたので一番の平和な解決で良かった。
「あ、あの。魔王さま。生きておられたのですね」
「私を魔王と思いますか? 嘘ですよ」
「えっ?」
「ネフィア・ネロリリス。駆け出し冒険者です。衛兵さん、立派なお仕事ぶりでした。まぁ魔王を知らない人が多いので嘘もつけるんです」
衛兵に一礼をし、アラクネの元へ行く。周りが騒がしくなり、口々に自分の事を噂した。
「ええっと。何が必要でしたか?」
「人間のたべものと………そのぉ……わ、わたしの服が欲しい」
「わかりました。ちょっと体を測らせてください」
「はかる?」
「体に合った服を探します。あと魔物だからでしょうが裸は感心しませんね」
彼女の背中に乗り、体のサイズを大体測る。そして驚くのは胸が大きいこと。これはゆったりした服がいい筈だ。
「そ、そうか………あいつにもそう言われて買いに来たんだ」
「では、行ってきます」
「ネフィア。俺はどうしようか?」
「トキヤは衛兵の監視をお願いします」
「へーい」
「い、いつのまに!?」
トキヤがアラクネの背後に立つ。私も見逃すほどに動きが速かった。
「アラクネさん。嫁が帰ってくる前に色々話をしよう。大丈夫。あんたは俺が衛兵から守る」
「………人間は格好いい生き物なんだな……彼と同じように」
「お金は後で貰いますからね」
私は買い物をするべく商店へ出向く。そして変な感じがした。胸につけているメダルが震えたのだ。だから、私は察した。あの必死さはきっと彼女は誰かに恋をしてたのだとメダルから伝わる熱でわかる。そう思うと助けてあげようと自然に思えた。愛の宣教師として、女神を崇拝する者として。
*
アラクネの買い物を済ませ、彼女に服を着せる。白のワンピースでゆったりしたものを着せた。非常に胸の辺りが膨らみ、お腹が太っているように見えるところを大きなリボンで結び引き締めて腰と胸ののメリハリをつける。
とにかく服を着て貰わないと目に毒だった。門の前に男が見に来ている程に注目を集めていた。ドレイクのワンちゃんを呼んで、多くのご飯を乗せてアラクネについていく。
「すまない。わざわざ危ない里までついてきてくれて」
「いや、そのね。心当たりがある人だから」
「そうそう。すっごーく心当たりがあるんだ」
最初は買い物だけで済まそうと思っていたのだが。捕らえられている人の話を聞くとどうしても確認したくなったのだ。トキヤの知り合いぽく、私も夢で見たことがある人だ。
「そ、そうか!! ご友人か!! はぁ安心した。人間だからどうしたらいいかわからなかったんだ」
「へぇ~」
「ご飯も何をあげたらいいかを知らないから」
「………いつから? 捕らえたの?」
「1、2週間?」
「ネフィア!! アラクネ!! 早く行くぞ!!」
「うん!! これはいけない!! 餓死をする!!」
「えっ!? そ、そんな!! 一月は大丈夫なのでは?」
「「お前だけだ!!」」
「しゅん………」
「は、早く帰ろう!! あの人が死んでしまう!!」
「ワン………ワン………」
ドレイクが呆れて唸っていた。そのまま駆け足でアラクネの里へ入るのだった。
*
アラクネの里の手前にドレイクを隠し、アラクネはそのまま素通りする。自分達は後ろを隠密でついていく。高い木々に蜘蛛の糸で作られた足場と家らしき物が点々とし、テントのようになって雪が遮られていた。アラクネ族がカサカサ動いているが全員裸である。
里の中では魔物が吊るされ、それを他のアラクネがお食事中だろう、かぶりついている横を通ったりもした。音を立てずに一つの蜘蛛の巣に潜り込む。
「はぁ、魔物の巣窟だねここ」
「アラクネ族は魔王の傘下じゃぁ無いんだな? 知らなかったぞ」
「トキヤ。パン、お米に忠誠誓う?」
「つかないな」
巣の奥で誰かが蜘蛛の糸で縛られている。隣に白い鎧と高価そうな剣が置いてあった。
「………ん、帰って……来たんだね」
奥で憔悴しきった男が顔をあげる。見たことがあった。そしてわかる。危ない状態なのを。
「ネフィア回復魔法だ!!」
「無理だよ‼ 飢餓は癒せない!!」
「とにかく何かを入れないと!!」
「………誰か………いるのか………」
目が空いていない。これは本当に危ない。
「ど、ど、どうしたらいい?」
「えっと、自分で食べる事が出来ないから。これを砕いて細かくして飲み込ませるんだ‼ 一番は口移しがいいけど………覚悟がいる。私はやだ」
「口移しだな!!」
アラクネがパンを噛み千切り。そして咀嚼。憔悴しきった男にそのまま口から流し込んだ。彼から飲み込む音が聞こえた。
「水は飲ませてたの?」
「もちろん。だが………ご飯はどうすればいいかわからなかった。都市に行けばあると思ったんだ。殺されるかもしれないが………どうしたらいいか本当に分からなかったから」
「解放すれば良かったじゃないか?」
「……………それは、嫌だ」
「トキヤ、わかってないね。まぁそんな鈍感さんも好きですけど」
「お、おう」
「……………………本当はそうすべきだったのか」
ある程度、口移しを見守ったあと。私は外傷を調べたが無事そうで安心し、今日は帰ることにする。
「ランスロット。変な所で出会うとは……」
「本当ですね。屈強な王子さまもこうなればただの餌ですね。早く帰りましょう。お邪魔ですし」
「お邪魔?」
「はい、お邪魔です。吊り橋効果って知ってますか?」
「………知らないけど?」
「まぁ、元気になるまで待ちましょう」
私たちはアラクネにどうすればいいかを伝えて里を後にした。
§
夫の親友が意外な場所で出会った次の日。私たちはギルド長の部屋に報酬を受け取りに来る。
「あいよ!! 今回の報酬、安いだろうがいいだろ?」
「……」
私は覗き込むが小さい袋で貰った中身は金貨数十枚。安くはない。思った以上にけっこうな金額だった。
「けっこう入ってるね」
「ああん? そうか? お前を動かすには安い金額だ。まぁ、衛兵長に脅しといたから、ついでにたっぷり貰ったがな」
「ならもっとくれてもいいんじゃないか?」
「ふん、次の仕事を依頼するんだからいいだろ?」
「まぁいいけどな」
「トキヤ、苺ジャム買おう!!」
「却下。まだ、残ってるから今度な」
「……………はーい」
「ふふ、魔王。あんた彼に尻を引かれてるのかい? なっさけないねぇ~それでも悪魔かい? 男なら簡単に従えれるだろ」
「悪魔の前に彼のお嫁ですから」
「はは~ん。なるほどね~どうりで。わかった、早くここから出ていきな。仕事があったら呼んでやるよ。だから早く行った行った。そして忠告だ」
「なんでしょうか?」
「イチャイチャするのを控えろ。ここはそういう店じゃない」
「お、俺は一切そんなことは!!」
「私はただ!! 彼の隣にいるだけです‼」
「いや……ネフィアそれがいけないんだ?」
「なんで!? 仲間なら隣に立つでしょ!!」
私は嫌々と首を振って彼の腕に抱きつき離さない。
「苦情が上がってるんだよ。特に男の方にな………気を付けな。いい女を侍らせてる屑だってな」
「納得いかねぇ………俺だけかよ」
トキヤがぶつくさ愚痴を言いながら部屋を後にする。もちろん私はくっついたままだ。
「トキヤ、大丈夫だよ」
「お前が抑えるべきなんだよ!!」
「ひたぁい!! つまひないでぇ!!」
ほっぺを摘ままれて捻られる。無茶苦茶痛い。
「はぁ。嫁に手を出して何してるんだ俺は」
「ひたい……頬」
ほっぺをつねられた場所を擦る。
「酷い。私は悪くない」
「本心」
「悪いけど、抑えきれないから。先に謝っとく、ごめんなさい」
「……………昔のお前は本当に何処行ったんだろうな。謙虚さが抹消されたよな。噛みついていたお前が懐かしいよ本当に」
「あいつは死んだ。勇敢な死だった。それはもう立派な死だった」
「勝手に殺さない」
そのまま、依頼待ちと言うことで酒場を私たちは出た。冷たい空気が肌を刺す。しかし、すぐに緩和され動きやすくなった。彼の魔法は本当に暖かい。風が私を包む。
「どうしよっか? デート?」
「一緒に居ることをデートとすぐに言わない……まぁいいけど」
「ほ、本当に?」
冗談で言ったことが通る。儲けた。
「本当だ」
「やった!! じゃぁ行きたい所へ絶対についてくること!! いいね!!」
「い、いいけど。ど、どこ行くんだ? 普通な所な!!」
「ひ、み、つ」
私は彼の腕を掴み。唇に人差し指を押さえ、小悪魔の仕草を意識した。彼は空いた手で頭を押さえ全く効き目はなかった。
*
「えっと、何故ここ?」
「大衆浴場です」
「知ってるが? 昨日来たよな?」
昨日、汗と泥を取るためにここに入った。色んな種族の中にも風呂に入る種族もいる。エルフ等の人間に近い種族がよく入っている。
大きな建物に入り、受付を済ませる。少し高めだが昼間なので安い。夜は利用客が多く高いのだ。鍵を貰って彼を引っ張っていく。
「何処へ行くんだ?」
「ついてのお楽しみ」
鍵を明け個室に入る。トキヤは部屋に入って初めて分かったらしい。
「おい!? ここは共用か!! しかも個室の!!」
「そう、男風呂、女風呂………そして共用のための個室」
「落ちつけ。まだ、日は高いぞ!!」
「日が高いから安いんだよ? 昨日、お風呂で婬魔のお姉さんが教えてくれた」
売春婦の一団に声をかけて教えてもらったのだ。
「しかしだな………」
「夜はもっと凄いことしてるのに?」
「ま、まぁその………しかしだな」
「一緒に入りたいの。だめ?」
手を合わせて、可愛く首を傾げてお願いする。心ではニヤリと笑いながら。
「くっ、だめだだめだ!! 淫らだ」
「婬魔ですが」
「畜生、本職だ!! 畜生、恥じらいのない淫魔は手強い……」
「…………ねぇトキヤさん」
妖艶に耳元でに顔を近付ける。胸を彼の腕に押し付け。彼の手を太ももで挟む。彼が唾を飲み込んだ音が聞こえた。もう一息。
「一緒に入ろ?♥」
「あぐぐ………………はぁ、わかったよ」
変なところに細かい彼を説得し一緒に入れりようになった。勝ち誇りながら彼の服を脱がして入る。
*
小さな湯船、先に彼が入って貰っている。次いで私は浴室に入った。彼の逞しい体を見て心が跳ねる。「何度見てもああ、愛おしい」と思うのだ。
「ネフィア、なるべく体を隠してくれ」
「いいよ………隠した方が好きなんでしょ?」
「……………ええっと。そんなことはない」
「両方好きだったね」
「ぶくぶく………」
私は鏡の前に立ち自分の全体を眺める。胸と下半身の大事な所だけを隠していた手をするっと退けて形を見る。
「トキヤが好きそうな体だね」
「鏡を見て言わない………」
「照れてる?」
「お前は恥ずかしくないのかよ」
「恥ずかしくないわけじゃないよ?」
振り向き、彼に私を見せつける。
「それよりもトキヤの事が好きだから。我慢できる。それに嬉しいよね。自分の体が好きな人の好みだから。愛おしい体だもんね。これが婬魔です」
「何度も聞いてきたけど俺には絶対無理だ」
「ふふ、無理だよね~だってトキヤは男の子だもん」
「お前も元はおとこ………いや。無粋か……」
「じゃぁ、風呂入るね」
「かけ湯」
「はーい」
かけ湯のあとゆっくり入る。ちょっと高めの温度。彼が座っている場所の上に移動し背中を向けて座る。
「気持ちいいね」
「わざわざ俺の上に来るんだな」
「だって、これがしたかったらから………想像より気持ちいいよ………トキヤ」
「本当に俺のこと大好きだな、お前」
「今さらだよ。知らなかったの? だーい好き」
「依存してないか?」
「同じことを言い返していい?」
「…………まぁしてるかな。お前より長い間求めてたし。夢を諦めてネフィアに指輪を贈ったし」
「ぶくぶく」
「おい!! 離れて沈むな!! 何か言ってくれ恥ずかしい!!」
「ごめん。私も恥ずかしくなってきた」
二人、見つめあった後。少し可笑しくなり笑い合う。
「ふふ、裸で向き合ってるのに変なの~」
「はは、本当にな!!」
今度は、彼の正面に座り首に手を回す。
「ふふふん~♪」
「ご機嫌だな」
「ええ、凄く格好いい夫様だなって」
「ありがとう」
トキヤが優しく微笑み返してくれる。
「あっ………その顔ズルい。キュンとする」
「ええ~どうすればいいんだよ……」
「ん、許してのキス」
「キス魔め」
「悪魔ですから♪」
*
風呂上がりの休憩所。休んでいる所に私は小瓶に入ったミノタウロスの牛乳を持ってくる。
「おう、ありがとう」
「美味しいよね風呂上がり。これもトキヤが教えてくれたんだよねぇ~」
「まぁな、ミノタウロスかぁ」
「牛の魔族だけど家畜のより、うまいね」
「濃厚だよなぁ」
「いつか私も出るかな?」
「………………さぁ」
トキヤが明後日の方向へ向く。どんだけウブなんだよ。
「一番始めに味見してね」
「俺を変態にしたいのか?」
「すでに手遅れでしょう」と呆れた顔を私はした。自覚があるのか彼は自分の頬をつねり、苦しい表情をする。
「予言しよう。絶対飲む。男の子だもん。私なら飲む」
「なんでだろう。説得力がある」
「おお、めっちゃ可愛い婬魔いるじゃん!!」
トキヤにセクハラを行い満足している所へ。冒険者の一団が私たちを見て近付いてくる。メンバーは変わっていて、ダークエルフ、悪魔、人間二人だった。
「君、可愛いけど婬魔だよね。お兄さん幾らで買ったの?」
「いいねぇ!! もう入ったのだろうけど報酬が多目に入ったからさ~言い値の倍払うよ!!」
「お兄さん。何処でこんないい子見つけたんだよ‼ お店教えて」
「本当に素晴らしい体だな~帝国でも1、2争うじゃないか? 婬魔ってすげぇ~」
下品な話だが、私は察する。そういう種族でもあるのだ。
「あの~私はそう言うのやってないのですが? 非売品」
「いやいや? 君は婬魔だろ? 喜べ!! 男がいっぱいだぞ?」
「焼きたい。こいつら焼きたい。全力で。なんと不純な………いや……まぁ……その……私も不純ですね、人を見て我先考えるとはこの事だろうか?」と心の中で思い直すが、不純な部分は直す気はが私にはない。トキヤが困るのは面白いのだ。
「お兄さん。お金出すから譲ってよ」
「…………あのな。死にたいかここで」
流石に怒りを示すトキヤに私は茶々を入れる。
「トキヤ~うれしい!! 私も手伝うよ‼」
「ネフィア、黙ってて」
「あい」
トキヤが凄みをかける。大人しく彼の背中に隠れた私は叫んでやりたい気持ちになった。「お前らなんか束になってもこの人に敵わない」ことを自慢したかった。
「あのな、すまないがこいつは嫁さんなんだ。言ってる意味が理解できたなら去れ」
「えっ………嫁さん」
「すいません。奥さんだと知らずに」
「い、行こうぜ。悪いことしてすいませんでした」
「本当にな。ちょっと頭冷やそうぜ。報酬がよかったから浮かれてた。本当に申し訳ない」
なんか、あっさりで拍子が抜ける。婚約者や既婚者はすこぶる悪いと思うのだろう。
「がっつり来るかと思ったのに」
「嫁さんに手を出すのは万国共通でタブーなんだろうさ」
「………へへ、嫁さんかぁ」
彼を背中から抱き締める。力一杯、抱き締める。
「そろそろ、鎧着て行くか?」
「もう少し、もう少しだけ味わう」
「本当に触れるの好きだなぁ」
「うん!! 夫が一番好き!!」
彼の背中を満喫。満足するまで時間を要した。
*
遅くなった昼御飯を食べに酒場に戻って来た。すると、ザワザワと落ち着かない雰囲気を醸し出している。視線が全て自分に向かい。たじろいてしまう。
「な、なに?」
奥のカウンターで一人の男が立ち上がるのが見えた。細身の長身。大きな弓を背負っており、その彼が鋭く睨みながらゆっくりこちらへ進んで来る。見たことがある姿に私は驚きながら、真っ直ぐ見つめた。
「ネフィア、険しい顔してどうした?」
「側近の傘下。四天王の一人。それだけは知ってる」
ゆっくり彼が近付き、声をかけてくる。「お前を知っている」と目が語っていた。
「魔王ネファリウスさま。ここでは落ち着かないでしょう。都市外でお話をしませんか?」
唐突に私の元名前を呼ばれる。私は真面目に名前を呼んだ人を睨んだ。
「何処で情報を?」
「ここのギルド長から。どうします? ここで殺り合うのはいささか好まないのですが」
はい、刺客でした。本人が武道派だとは四天王の称号を持ってるだけで察した。
「わかりました。都市外ですね」
「ついていこう。いいだろ俺も」
「構いませんよ。『勇者』殿」
私たちは彼について行き、人気が少ない東門へと歩いて行く。途中、食べ歩きを敢行し緊張感がないことをトキヤに怒られながらも都市の外へ行くのだった。
*
雪の上、四天王の彼と向き合った。彼の名前は知っている。立場も有名。なので、刺客だろう。刺客な筈。たぶんだが。私を殺めに来たのだろう。
「名前は確かグレデンデでしたか?」
「ええ、エルフ族長グレデンデでございます」
真面目な声音で彼の名前を呼んだ。グレデンデは名の知れた強敵だろう。
「四天王でもある貴方が私に用があるのは1つだけですね」
「ええ、話が早くて助かります。首を貰いに来ました。我らエルフ族のために」
こうなることは分かっていた。刺客ぐらい来るだろうと。しかし、いきなり四天王が出てくるとは予想外である。今日で楽しかった日々も終わってしまうかもしれない。「ああ、楽しかったですねぇ」と想いを馳せる。死ぬ気はないが。
「都市外へ出ていただきありがとうございました。しかし、申し訳ございません。狩らせていただきたいと思います」
「優しいんですね。都市内で市民を巻き込まないように気を配って……民に対して」
「もちろん、大切な民ですから」
素晴らしい御仁なのがわかる一言。きっと私を裏切った者を信じてるのだろう。例え手段が悪くとも側近に従う理由が彼にはあるのだろうと思う。エルフ族のためと言っていたのでエルフ族の発展のために尽力しそうだ。
「ネフィア。俺は?」
「いいえ、手出し無用です。エルフ族長、一騎討ちで良いでしょうか?」
自信があるわけじゃない。しかし、トキヤに頼ってばかりもいけない。これから先を考えるなら四天王を退けるぐらいしないと彼の隣に立って甘えることは出来ないと思う。私は強くなる。生きるために。
「ええ、私はどちらでも構いませんよ」
エルフ族長から「絶対勝つ自信」が滲んでいる。
「なら、距離を取って始めましょう。トキヤは私の後ろから見ててください」
「ああ、もちろん」
私は深呼吸を行い切り替える。男らしく魔王として。トキヤの伴侶として共に歩けるぐらいに強くなりたいと願いながら。
*
私の目の前にいる、女になった魔王が背中を向けて距離を取りながら魔力を高めている。空気がピンっと張り詰めた。魔王は私に振り向き対峙し、剣を鞘から抜く。
鞘から炎が巻き上がり、火花が散っていた。魔剣の類いかもしれない。
魔王の周りの雪も溶け、地面が乾く。髪から小さな火の粉、そして両目の色が変わった。紅い、深めの紅だ。
「剣を抜きました。どうぞ構えてください。矢を放つ瞬間。勝負です」
魔王が片手で剣を横に構えている。私はあの剣からちらつく火で察する。名剣だと感じた。
そして、何があったか知らないが。あの、弱々しい姿だったネファリウスから全く別人のようなプレッシャーを感じる。強者の臭いが焦げた草に混じる。
「………いいんですか? そんなに距離を取っても」
「ハンデですよ。エルフ族長は弓使い。近距離でもそこそこでしょうが弓の強さは遠距離で発揮します」
「ええ、だからこそ………いいんでしょうか?」
「くどい。貴方に勝って見せましょう。勝たないとこれからの戦いで夫に迷惑をかけてしまう。それ以上に………どんな経緯があれども!!」
不思議と『女傑』と頭に過る。いったい何がここまで彼、彼女を変えたのだろうか。
「私はまだ!! 魔王!! ここで倒れる訳にはいきません‼」
魔王の力強い咆哮に弓を持つ手が自然に強く握りしめてしまう。強い意思に飲み込まれそうになる。
「………その覚悟、挫かせて貰います‼」
私は矢筒から一本抜き、弓の弦を引く。矢に魔力を込める。
ギュルルル
そのまま放ち、風を裂く魔力を纏った矢。当たれば体が粉々になる。しかし、魔王は怯まなかった。背中に彼が居るからなのか避けずにいる。
「エンチャント」
魔王は火の剣に何故か上から炎を纏わせる。自分のいる地面から火の粉が舞い自分の頬を焼くほど魔力が強まる。魔王は魔力が体を巡って大きく破裂しそうなほど高まり、危機感を覚えた。
ギャキィンイイイイイイン!!!
そして鋼がぶつかる甲高い音が響いた。音と一緒に矢が逸れる。魔王は一瞬で剣を振り上げ、そのままの勢いのまま一回転し、エルフ族長に向き直す。
「ふぅ………やはり魔王ですね」
私は冷ややかな表情で驚きを隠した。「見切られてる!? 飛んでる矢に剣を会わせる芸当!! 強い!!」と心の中で焦る。ここまで彼は強い気はしてなかったのだ。焦りがつもり背筋が冷えていく。
「………………」
1歩1歩、私の元へ魔王が歩いてくる。目の前の雪が溶け道を作られ、魔王を私の所へ導かれている錯覚に陥った。焦ったまま2本の矢を掴む。「な、何故、優雅に歩ける!! 怖くないのか‼」と考えながら今度は2連続の速射する。回転しながら貫通力を持った矢が魔王に迫る。
キィン、キィン。
それを一本は剣の矢先で弾き、1本は簡単に避けられた。魔王の髪が数本切れ、燃え上がり消える。
「なに!?………かすっただけでも抉る筈なのに効かないだと!? プラチナメイルが無効化? そんな馬鹿な‼」
少しづつ近付いてくる魔王。小さな女性の体なのにその何倍もの大きな物が迫ってくる気配。何本も矢を撃ち込んでみるが全く決定打にならない。
かすった矢は彼女の魔力に当てられ威力を発揮できない。魔力の障壁が魔王を守っている事がわかった。
「恐ろしい魔力だ!!」
ゆっくり、ゆっくり距離を詰められ、真っ直ぐ前だけを、私だけを見ている魔王。次第に恐怖心より何故か白い騎士鎧に身を包んだ女性の姿。勇ましい姿に心が鼓動が速くなる。魔族らしからぬ、美しいお姿に目が焼き付く。
「もう、距離は詰めきれます。最後の攻撃ですね」
魔王は歩みをやめ。剣を鞘に収め、腰を低くし、右手で剣を左手で鞘を掴む。私は理解する。次で避けられ防がれたら負けることを。そして……負けるだろう事を。
「ある人の真似事です。花のように強き美しい女性だった人の、いつか見た。記憶も元に、私のイメージで私だけの技とする。彼が言った魔法はイメージ。自由なのだ……なら剣技も……自由に出来る」
何故か私は魔王に全力で全てを出し切らないと申し訳ない気がした。予想を越えて強くなっている。短期間でいったい何故かわからない。才があったのかわからないが、その「強さを見てみたい」と心の中で浮かび上がる。
「最後ですね」
現魔王のお姿を私は目に焼き付けるために、3本の矢を同時に抜き、弓を引く。そして、矢に魔力を注ぎ入れ続けた。矢の先、空間が歪むほど濃密な魔力が注ぐ。魔物は肉片になりドラゴンの鱗さえ貫通する。豪矢へと昇華させる。自分が放つことの出来る最大を……打つ。
「それが、貴方の技ですね」
「ええ………波動矢。穿て!!」
ブフォン!!
解き放たれた3つの矢が衝撃派を放ちながら真っ直ぐ飛んでいく。放った瞬間に弓を落とし右手を抑えた。あまりの衝撃に右手が激痛を発し、魔力の高め過ぎにより頭痛がする。3本の矢は雪を巻き上げ、吹き飛ばしながら進んだ。魔王との距離も近く避けられない。
「避けようと抉る矢だ!! 魔王!!」
魔王が剣と柄に魔力を流しているのが見えた。それを勢いよく引き抜いた。魔力の摩擦が火花を散らし、魔力を細かく分散され、引き抜いた瞬間それが火花のように撒き散らされた。
炎を纏った刃が振り上げられ、炎の軌跡と共に火花となった魔力に伝達し数多くの小さな爆発が起こす。目の前を焼きつくす数千の小さな炎の爆発が触れ合い魔力同士の衝突が起きた。その爆発の炎の刃に波動矢が飲まれ、魔王の魔力に飲まれたあとに炎のうねりとなって生きているかの様に炎の壁が生まれ、再度爆発する。
「くぅ!? 衝撃が!!」
周りの雪が爆発で舞い上がり、溶けていく。爆発は収まったが炎の大きなうねりが残り熱を発する。
ぶわっ!!
「ま、魔王!? どこに!?」
そしてうねりの中から、魔王が剣を突き入れてくる。
「はぁあああああああああああ!!」
距離が一瞬で詰められ、驚いた顔をする私は矢を抜き剣のように突き入れようと構えた。しかし、遅いことを理解する。目の前に魔王が美しい顔に金色の髪を靡かせ笑みを溢していた。私は動けない。
「エルフ族長。私の勝ちです……やったぁ!!」
優しい声を発しながらも喉首に剣先を突きつけている。私は死を覚悟し挑んでいた。なので、彼女が寸止めで生かされた事に驚いた。そして諦める。
「…………どうぞ。突き入れください。油断し、これだけの有利を生かせない私の敗けですから」
潔く、敗けを認めた。清々しい気持ちになる。
「ええ、そうですね。生与奪が私にあります。ですから私はこうします」
魔王は剣を喉首から下ろし、鞘に戻す。
「な、何故!? 私は刺客ですよ!!」
「貴方は私の民であり、エルフのための族長です」
「なっ!?」
ハッとし、自分は情けない声を口にした。今さっきまで殺そうとしていたのに逆に咎める言い方だった。
「何故、あなたを殺そうとした者に情けをかけるのですか‼ また襲うかもしれないのですよ、刺客として!!」
「私は魔剣を譲り魔王を譲位を行う予定です。しかし、まだ魔王らしいので言います。あなたは私の民であると」
「魔王を辞める!?」
私は驚き、魔王を見つめる。彼女は微笑みを私に向け、優しく語りかける。復讐のために旅をしているのではない。その目は違う未来を見ていた。
「エルフ族長。生きてください。それまで刺客で来ようと何度だって相手をしてあげます。そして、何度でも生かしてあげましょう。生かし、何度でも言いましょう。次の魔王のために生きて力を示してください。あなたはきっと素晴らしい忠臣になるでしょう」
「次の魔王のために………」
魔王が私の手を取り、首を傾げながら諭すように囁く。その姿はあの父上の元魔王の子なのかと疑いたくなるような到底言い表せない感情を私は持つ。一切恐ろしさと無縁であり、彼女の周りだけ太陽が照らして明るいと錯覚さえ起きる。そう、悪魔が到底しないような慈愛の微笑みだった。
「ええ、その一人で挑む勇気と優しさを誰かに。お願いしますね。魔国を任せましたよ」
彼女が私から手を離し、綺麗な髪を振りあげながら背を向け。勇者の元へと駆け寄り、横にたち、彼と嬉しそうに会話をしていた。綺麗な横顔はこれが魔王とは言えない少女のものに変わっている。
「私は恐ろしい物を見た。そして、光も見た」
自分は立ち尽くし、唖然とする。死闘を行うほどの男のような胆力を持ちながら。女のように包み込むような慈愛の笑顔。そして、私を許す器の大きさに。ただ立ち尽くすだけだった。
*
私は歩きながら少し身震いをする。汗が冷えてしまった。
「あ~あ、汗かいちゃったし、寒いしまた風呂に入りたい。ねぇ魔法をかけて。寒い」
「切り替えの速さと緊張感のなさは流石だな」
「ぐだぐだしてもあれだからね~いや……褒めてないでしょ」
「まぁ、それがお前のいいとこ………おい。ちょっと見せろ」
トキヤが私の頬に触れ。私と目線が合う。
「お前、目の色赤だったか? オッドアイ?」
「えっ? オッドアイ?」
「右目だけ紅い」
「………ふん!!」
私は目を閉じ、鏡の自分を思い出す。ゆっくり目を開けて確認してもらう。
「どう?」
「ラピスラズリの宝石のような綺麗な紫の瞳で、二重に長い睫毛。切れ長の美しい目に戻った」
「トキヤ~トキヤ~そういう褒めるのは不意打ちですよ~恥ずかしい」
「綺麗だって言ってるだけだよ」
右頬を彼が擦る。暖かく大きく。男の手らしい固い手に触られると気持ちいい。
「ん~」
「さぁ、汗を流しに行こう」
「はーい」
私は本当に彼だけいれば幸せなのだろうと再確認し。今までにない強さを手に入れた実感があった。
過去、黒い錆びた王を倒した女性との戦いの記憶が正しかった。人は想いの力で強くなれること何となくだがわかったのだった。
§
僕はその日一人で魔物の調査をしていた。遠出をし、夜遅くまでかかり探していたが魔物を見つけられなかった。
幾つかの蜘蛛の巣を見つけたが藻抜けの殻。巣を移動させて生活している事を僕は知っていたため運が悪いと考えていた。月光の下、凍てつく空気の中、都市への整備された湖の縁近くを歩いていく。アラクネを見つけられなかった。
ギルドにアラクネの調査依頼があり僕はその仕事を受ける。アラクネの巣が移動した場所を突き止め皆に知らせるのが仕事だ。アラクネは危ない魔物であり。人の姿で惑わし誘って捕食する。狩りも行い、冒険者も沢山犠牲者を出している。狩れない理由は四天王の一人がアラクネであること。そして多くの冒険者や兵士の犠牲を出してしまうこと。逃げられ倒せないことが挙げられる。
アラクネ族は強いと聞く。鋭い爪に蜘蛛の糸。そして素早い移動により、分が悪いとすぐに逃げられてしまう。
「狩ることを諦めて極力近付かないことを注意する………目の上のたん瘤と言う言葉どうりですね」
色々あって冒険者となって多くの事を学んだ。本当に世界は広い。魔国には化け物が多くいて新鮮だった。
バシャッ!!
湖の脇の道を歩いていると水音が聞こえた。水面が揺れ月光を反射する。何かが水浴びをしているのがわかる。
「避けて帰りましょうか? いや、魔物なら漁師などの迷惑がかかる。狩れるなら狩りましょう。ただの魚かもしれませんし」
様子を伺うため木々に隠れながら顔を覗かせる。そして、そこで、僕は言葉を失った。女性だった。
月光に照らされる。綺麗な白い肌に長く艶やかな白紫色の髪を水で撫でるように洗っていた。半身を水から出し、細い腰に目が行ってしまう。月光の妖艶な光に照らされている女性に目を奪われる。
ザッ!!
「!?」
視線が会う。綺麗な瞳であった。「ああ、これは僕は謝らないといけない」と考える。覗き見をしてしまった。体を洗っていた彼女が反応し震える。本当に申し訳ない。
「すまない。覗き見をしたことを謝まります。物音がして確認のために来ました。水浴びをしてるとは思っても…………」
「夜は冒険者もいないと思ってたが。一人か保存食にいいな」
「!?」
湖で出会った彼女の口から物騒な言葉が聞き取れた。そして、彼女が勢いよく湖から這い出た後。下半身が露になり、僕は声を失う。何故なら人間や魔族とは違った異形な姿だった。そう、半身が大きな蜘蛛なのだ。
気付いたときには遅く。目の前に立ちはだかる。今思えば、冬でありこの時期に水浴びするものが人外であることを失念していた。全て見惚れてしまったことが原因と判断する。
「アラクネ!?」
「ご明察」
しゅっと腕に何かがネバつく。蜘蛛の糸。剣が抜けなくなったあと。自分は簀巻きにされ、息が出来なくなり気を失うのだった。
*
昨日、夜。湖で水浴びをしていた。夜に浴びる理由は冒険者に襲われない時間帯だからだ。しかし、予想外。夜中に保存食を手に入れた。巣の奥に鎧を外して保管してある。巣に持ち帰った私は嬉々として起きた。美味しそう。
「ん………ここは?」
「あら、お目覚め。息が止まってたけど流石、冒険者ね生命力が高い」
「!?」
「はは、驚いたぁ? ここは私の巣。アラクネの里」
「ここがですか?」
「ええ!! どう!! 怖いでしょ~ゆっくり食べてあげる」
「そうですか。自分の最後が貴女と言う女性の糧になる。それも悪くはないですね」
「…………怖くないの?」
「ええ、ちっとも怖くないですね。現にお綺麗です。薔薇の花にトゲがあることを身をもって感じております。見とれてしまった落ち度でしたが……やはり……お綺麗ではある」
「変なやつだな」
「そうでしょうか? 如何なる戦いで騎士として栄誉の死を行えないのが心残りではありますがどうぞ。お食べください」
「…………アラクネだぞ~魔物だぞ~死ぬんだぞ~」
「いつでも死を覚悟し戦うのが騎士です。お嬢さん。それに何度も何度も死刑から生かされてる身です……悲しいですけど」
「……………………はぁ。怖がって悲鳴を上げさせ、いたぶって。血と肉を引き締めた方が旨いんだけど?」
「すいません。帝国の騎士は死を恐れないので。僕に出来ることはないですね」
私は変な拾い物をした気がする。
「食べられる前に先に名乗るが礼儀ですね。僕はランスロット。今は冒険者で元騎士をやっておりました。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「魔物に名前はない」
名前を聞かれてのは初めてだった。そして悲鳴をあげない人と会話をするのも初めてだ。
「………………」
私の事を彼の深く青い瞳で見続ける。その瞳に吸い込まれそうな気分になった。
「………食べないのですか?」
「旨くないと言った。恐怖で冷えた血が好きなんだ」
「貴女を満足させられず申し訳ない」
「………ふむ」
怖がらないゆえに少し興味が出てきた。会話ができるなら会話をしてみよう。暇潰しにはなるだろう。
「なんか、話をしろ」
「お話をですか? わかりました。女性を飽きさせない事も必要と教えられてきましたので頑張ってお話をさせていただきます」
「つべこべどうでもいいから早く話せ」
「はい、では自己紹介を含めて身の上話を」
彼は食べようとする私に対して自分のお話をしてくれる。生まれた故郷から始まり。彼の人生を詳しく聞くのだった。
*
昼前。お話に夢中になっていると太陽が登りきっていた。彼の物語は初めて聞いたからなのか知らない世界の話なのかスゴく興味を引いた。
「えーと。お水をいただけないでしょうか? 口が乾いてしまいました」
「水か………少しまて」
話を中断し、蜘蛛の巣にある。水溜め場に顔をつけて口に含む。そして、それを顔の口に口をつけてそのまま流す。
「んぐ!? えっ!!」
「もうちょっといるか?」
「えっと!!」
「まだ、足りぬか」
顔が真っ赤な彼に同じことをもう1回行う。顔をブンブン振っていたの押さえつけて流し込んだ。
「どうした? 真っ赤になって?」
「い、いえ………いきなりのくちづけに焦っただけです」
「そうか、さぁ続きを聞きたい。そのバカな事を言っていたと申してた親友の話も」
「あっはい」
彼の物語は夜まで続いた。
*
数日たったある日の事。
「服を来てほしいです」
「服を? 何故、魔物が服を着なければならない」
「目のやり場の困るのです。女性の体を見慣れてないので………申し訳ないですが………」
「嫌だ」
「そうですか。慣れるように努力します」
彼はため息を吐く。最近疲れているのか顔色もよくない。
「……………何故、お前はあのとき剣を抜かなかった?」
話を聞き、冒険者の中でも強者の部類に入ることがわかる。そう、私はあの時に殺されてもおかしくはない程に。
「見惚れてしまいまして。剣を抜くのが遅くなりました。ええ、綺麗でした。最後でも貴女のような綺麗な人の糧になるのであれば何も後悔はないですね」
「き、綺麗だった?」
そんなことを仲間以外から……それも餌から聞かされて驚く。
「はい。僕にとって初めて息を飲むほどでした」
「………綺麗だった。人間の癖に? 私は魔物だぞ?」
「ええ、魔物でも綺麗な人はいるようですね」
体が熱い。心臓の辺りがスゴく苦しくなる。
「………お前は変な奴だ」
「ええ、わかってます。そうですね食べる前に懺悔をいいでしょうか?」
「懺悔?」
「はい、ただ。聞いてもらえるだけでいいんですよ。昔は彼がいたんですが………いいえ。何でもないですね……すいません」
「わかった。聞こう。話せ」
「…………ありがとうございます」
私はドキッとして体が跳ねる。恐怖とかそういうのを持たなかった筈なのに。弱々しく美味しそうな状態になっている。しかし、食欲は湧かない。弱っている彼には惹かれる。「惹かれる?」と疑問に思う。
「僕は親友に多大な迷惑をかけてしまいました。戦争があり、都市で白騎士たちが行う蛮行を許せず。味方を斬ってしまいました」
ああ、戦争中の出来事の話か。
「それは、今でも間違っているとは思っていないのですが…………戦争が終わり。戦後に処刑される筈だった僕を彼が助け、彼の功績は全て無くなってしまった。騎士としての栄光も名誉も。彼はいらないと言っていましたが………僕はずっと彼に助けられてばっかりで。冒険者の手解きも、世界と自由の素晴らしさも教えてもらいました。そして旅立つ日も『本物の騎士』と僕を肯定し背中を押してくれました」
長く、長く。ボソボソと弱々しく話していた。
「そんな、彼になに一つ恩を返せないことを。感謝と懺悔を………します。あの日々は楽しくて、いい人生でした。本当に……父上にも母上にも申し訳ない事をしました……」
私は何故か………黙って聞き続けた後。変な感情が芽生えだす。親友に会わせたい。元気になってほしいと思うのだ。
「…………」
魔物の癖に。餌を食べようとは思えなくなってしまった。
*
あれから、彼は少しずつ無口になり。顔色も悪くなる。そう、懺悔をした後。まったく生気を感じることが無くなってしまった。気付けばご飯をあげていない。餌にご飯を与えるなんて考えたこともない。どうすればいいか、わからず。焦り出す。
「…………ランスロット?」
「……………あっ、すまない。眠っていたようだ。なんだい?」
「ちょっと外へ行く」
「そうかい………いってらっしゃい」
私は、都市へ向かうことを決意する。殺されるかもしれない。しかし、人間の食べ物はあそこしかない。それに………彼のお願いを叶えたい。服も着よう。親友も探したい。それにはまずは生きて元気にならなくては何も出来ない。勇気を振り絞って都市へ向かうのだった。
*
都市の門、色んな亜人が悲鳴をあげて逃げ惑う。それを気にせずに門を潜るとトカゲの衛兵に槍を突きつけられた。
「アラクネ!? 何故、お前らがここにいる!! 四天王の族だからと言って都市に入ることは許されていない……魔物よ!! 出ていけ!!」
「入れさせろ!! 買い物がしたい!! お金はある‼」
獲物から剥ぎ取った物をかき集め保管をしていた。使える日が来るとは思っていなかったが綺麗なので残していたのがよかった。
「くっ!! それ以上動くと刺すぞ‼ 誰か!!」
「衛兵長に報告だ‼」
「し、死にたくねぇ……戦いたくねぇ……」
「ああ? 入って買い物するだけだ‼」
「ダメだ!! 混乱が起きる!!」
衛兵の数が増えていく。そして、私たちは睨み会う。入れさせろ、無理、入れさせろ、無理と繰り返しの押し問答。話が進まない。
昔の私なら、会話せず殺しを行ったが………今は、彼の顔がちらつき、会話だけで済まそうと必死になる。
「何故だ!! 入れさせろ‼」
「ダメだ!! 魔物を入れたら混乱が起きる。それに信用できるか!! 魔物め!!」
「あああ!! 全員始末するぞ!!」
脅してでも、入りたい!!
「お、脅しに屈しない!!」
「もう!! 入れさせろ‼」
私は「嫌だけど、殺してでも………嫌。何故、嫌? 何故そんなことを……」と考えて焦りがつのる。
パチーン!!
「「!?」」
そんな中で指を鳴らす音が響いた。小さい音なのに耳の近くで鳴らされたかのように耳に届く。不思議なほど大きく聞こえた。
「音魔法、音奪いと音渡し」
喧騒が無くなり艶やかな音色のような声だけ聞こえる。皆が一斉にその声の主に向いた。全員が彼女を認識する。白い四枚の花弁のスカートのような鎧を身に纏い。一目で名のある令嬢だと言うことがわかる。魔物である自分が綺麗だと形容できる人物だった。
「初めまして。ネフィア・ネロリリスと言います。何か騒ぎがあったようですが? なんでしょうか? どうぞ、あなたからお聞きします」
私の方向に手を差し伸ばし話を促す。一切、彼女以外の声が聞こえない静かな中で私は声を発した。
「あ、あ……声が出る。都市に入りたいんだ‼ 頼む!!」
「なんで入りたいのでしょう?」
「ふ、服とその………人間の食料を分けてもらおうと」
気恥ずかしさで後ろ足で地面に輪を描いたり。足をツンツングルグルしたりして気を落ち着けさせる。
「そうですか。衛兵さん。ダメでしょうか?」
彼女は次は衛兵に話を促す。衛兵も驚いた状態で怒声をあげた。
「どこの馬とも知れない奴が仲裁に入ってくるな‼ 余所者だろう!!」
「…………余所者?」
「そうだ!! 人間の癖に」
ダンッ!!
彼女は地面を蹴り衛兵を睨み黙らせる。彼女の行動一つ一つがまるで演劇の姫様のように眼に焼き付けられる。柔らかそうな表情から一変、鋭い目付きで衛兵を睨んだ。
「我は、魔王ネファリウス。余所者ではない!!」
「ま、魔王さま!?」
私は「魔王? 魔王!?」と驚く。四天王のアラクネが殺そうとしている人だからだ。
「もう一度言う。彼女を都市に入れさせるのは是か非か!!」
「あ、えっと!! 混乱が乗じます。アラクネどのには申し訳ないのですがお引き取りお願いしたいと思います。魔王さまのご命令でもそこだけは譲れません!!」
衛兵も引かない。それは誇りなのか蛮勇なのかわからないが苛立たせる。魔王は知っているがそんなことよりも今は大事なことがある。
「くぅ!! 認めない!! 魔王!! そこをどけ!!」
「……………そうですか。落ち着いてください、アラクネさん。必要なものを私たちがご用意します。それで手を打ちよろしいでしょうか? ダメでしたら今ここで貴女を狩り取らないといけません」
代わりに買ってくるといい、彼女が場を治めようとする。
「えっいいのか? お願いしよう。物が手に入ればいいからな」
そう、物があればいい。そして魔王ならしっかりしたものを買ってくるだろう。
「よかった!! では、次に衛兵さん。彼女をここで待たせることは許してもらえますね?」
「それぐらいであれば大丈夫です」
衛兵もそこが妥協点なのを理解し、大人しくなる。そして衛兵の方が恐る恐る喋りだす。
「あ、あの。魔王さま。生きておられたのですね」
「私を魔王と思いますか? 嘘ですよ」
「えっ?」
「えっ?」と私も心で思う。騙されたのか。
「ネフィア・ネロリリス。駆け出し冒険者です。衛兵さん、立派なお仕事ぶりでした。まぁ魔王を知らない人が多いので嘘もつけるんです」
彼女は衛兵に一礼をし、私の元へ。
「ええっと。何が必要でしたか?」
「人間のたべものと………そのぉ……わ、わたしの服が欲しい」
どう行ったものがいいのかわからないが。彼女のような鎧は可愛いと思えたし………よくわからない。
「わかりました。ちょっと体を測らせてください」
「はかる?」
「体に合った服を探します。あと魔物だからでしょうが裸は感心しません」
彼女が背中に乗り、体のサイズを大体測る。胸を揉まれ、色んなところを触られる。
「そ、そうか………あいつにもそう言われて買いに来たんだ」
裸はダメらしい。
「では、行ってきます」
「ネフィア。俺はどうしようか?」
「トキヤは衛兵の監視をお願いします」
「へーい」
「い、いつのまに!?」
振り抜いた先に大きな剣を担いだ剣士が立っていた。柔らかい物腰だが。その物腰から伺えるのは私程度を簡単に始末できるという雰囲気だった。そして彼は口を開く。
「アラクネさん。嫁が帰ってくる前に色々話をしよう。大丈夫。あんたは俺が衛兵から守る」
ドキッとする。真っ直ぐに魔物を護ると言い切った強者に鼓動が跳ねた。そう、彼のように。
「………人間は格好いい生き物なんだな彼と同じように」
格好いいっということを。優しいと言うことを学んだ。
「お金は後で貰いますからね」
彼女、ネフィアは買い物をするべく商店へ向かった。そして、色々と残った彼と話をする。トキヤと言う名前と彼の物語にいる親友の話が噛み合い。ランスロットの話をすると彼は驚いた顔をした。
「世間は狭いなぁ」
私は何故だろうか彼らと出会うのは運命な気がしたのだった。
§
私は彼らを巣に案内し、教えて貰った事を彼に行った。次の日から、少しずつ少しずつ、元気なって行く姿に何故か胸が踊る。しかし、同時に変な感情が芽生え、その気持ちがどういった物なのかも良くわからない。「彼はここにいていいのだろうか? 冒険者として世界を旅をするのが普通じゃないのか?」と思考がグルグルと周り、何故そんなことを思うのかや、色んな感情が胸のなかで生まれて胸の中でぐるぐると私を攻め立てる。
「ん…………んん?」
「ら、ランスロット!?」
そんな状態で見守っていき……数日がたったとき彼は目覚めた。血色も良くなり一安心する。生命力が本当に魔物のような人で良かったと胸を撫で下ろす。
これが騎士という格好いい生き物なのだろう。起きてしまうと悩んでたのが嘘のように鳴りを潜め。彼の目の前にたった。
「僕は…………生きている?」
「え、ええ」
「君は……………君は!? どうしたんだいその服!?」
「えっと………その………」
何故だろうか。言葉が口からでない。不安と恥ずかしさ。そう………評価を聞きたい。なんだろう……この感情は。
「……………ど、どうかな? 服……着てみたよ?」
胸が痛い。不安と期待が鼓動を早くする。手が震えてしまう。
「似合っている。綺麗ですよ」
「そ、そう!! わ、私はさ!! その……わからないの………魔物だから………」
ズキッとした胸の痛みがする。その鋭い痛みに胸を触って確認した。外傷はない。彼を想うと何故痛む。すごく痛む。
「魔物でも、綺麗な人ですよ」
「んっ!?」
「何か、変なことを僕は言いましたか?」
「あ、え、う……う……」
くすぐったいような、嬉しさと恥ずかしさに胸を押さえた。
「お嬢さん。僕を食べるのはいつになるのでしょうか?」
「ない!!……………あっ」
「ん?」
私は、とっさに叫び。口を押さえる。確かに食べる気はない。それ以上に………ああ。
「僕は美味しそうじゃなかったですね」
「ち、ちがう!!」
「???」
彼が首を傾げる。美味しそうとか……そうじゃない。
「喰ってしまったら。面白い話が聞けなくなってしまう」
「面白い話でしたか?」
「ええ、巣の外のお話は面白かったです」
「それは………良かったです」
彼が笑う。そして、私はその笑顔で決めた。
シュルシュル!! ドシャ!!
彼の拘束していた糸を切り、解放する。力なく倒れるも、手足をゆっくり動かし立ち上がった。不思議そうな顔をする彼。
「どうしたんですか?」
「………都市へ、冒険者はこんな巣で閉じ込めてはいけない」
「助けてくれるのですか?」
「………ええ。ここでは生活できない。ありがとう、少しの間だけどお話は楽しかったわ。助けてあげる。お礼よ」
「ありがとうございます」
「早く行く」
「急かされましても、鎧と剣があります。着替えて脱出します」
「そう、まぁいい。また捕まっちゃダメよ」
「はい。こんどは見とれないようにします」
彼が鎧を素早く着込み出口に向かう。さすがなのか体力の衰えも見せない強さを見せつけた。雄としての強さを感じる。
「お世話になりました。また、何処かで会いましょう。なんでしょうね……僕が生かされ続けるのは……」
「………………」
私は答えない。彼は寂しそうな表情をした後に勢い良く外へ旅だってしまった。
「これでいい。これで………私と住む世界が違うから」
胸に風穴が空いたかのような喪失感、悲しみ。寂しさ感情が沸き上がる。何故、こんな感情を抱くのかを私はわからないでいる。口調も強気になれない。
「…………はぁ………」
餌を逃がした。逃がした餌はすごく大きかった。
*
私ことネフィアはギルド長からお給料を貰いに悪魔のギルド長の元へ。トキヤは勿論、私の護衛で後ろを歩いていた。この前、ささっと3人程の暗殺者を倒し、賞金首として差し出した。私が手をかけずとも彼が倒し、規格外な強さを再認識する。味方で良かったとつくづく思う。
「はい、あんたの情報を暗殺者に売った金額とアラクネの巣の位置を教えてくれた報酬。あとは、ランスロットと言う騎士が生きている事の情報報酬だ。今回は本当にアラクネの巣を見つけられず、犠牲者は多かった」
「へぇ~そうなんだ。うわぁ~おもぉ」
「十分な金額だ。エルフ族長から追加で貰ったからな」
「情報を売ったときは殴ってやろうか思ったけど………こんだけ貰えるなら……考えるね」
「いい商売だろ?」
「いい商売です」
「「フフフフ」」
待っているだけで賞金首が釣れるのだ。笑うしかない。
「悪魔らしい悪い笑みだなネファリウスとトキヤめ」
「ありがとう。誉め言葉だ」
「ええ、あくまで悪魔ですから私は」
私は笑みが抑えられない。勝手にお金が舞い込んでくるのに笑いが止まらなくなりそうだった。イチゴジャムを沢山食べられる。
「さぁ、イチゴジャム買いに行こ!!」
「わかった、わかった。1瓶だけな」
「ケチ」
「あったらあっただけ食うくせに」
「もちろん」
「だから、ダメなんだよ」
「へ~い」
「こっそり買ってやるんだ」と心に決め、ギルド長室から酒場へと戻る。酒場には昼食を頼んでいる冒険者が多く。たむろしてパーティメンバーと雑談したり作戦会議を行ったりして賑わっている。私たちもカウンターへ座り。昼食のベーコンサンドを頼む。
「で、次の都市は何処へ行こうか?」
「オペラハウスは?」
「オペラハウス?」
「劇場や芸術が盛んな場所なんだが、ここの都市から西側の方の観光地都市だな。西側の奧は妖精が色々住んでいる場所らしく。そこの住人が歌って踊って妖精を楽しませたのが発端らしい。場所も南側は森が広がってて戦争とは無縁だしな」
「知らなかった………そんな楽しそうな場所があるなんて」
「おい、有名の有名で西側はマクシミリアンとそこがあること。妖精国もある関係で帝国は手を出すのを渋ってるって言われるぐらい有名な場所なんだ。貴族のお忍びで遊ぶ場所だしな」
「…………なぜ?」
「一度見ればその素晴らしさを知る。戦争と無縁な平和な都市だからだ。芸術を楽しむ事に特化したんだよ」
「へぇ~芸術ねぇ~」
「歌、躍り、劇が主だな。この都市からそこへ行く旅行者も多い」
「……………………………私って無知だなぁ、何故それを私は知らないのだろう……」
「初めてがあるってのはいいんだぞ? 新鮮な気持ちが味わえる」
「確かに。じゃぁ無知でいいや」
次の都市の話を聞いているとふと、トキヤの隣の席に座る騎士が目に写る。指を差し、トキヤを振り向かせた。
「ランスロットだぁ!! 皇子ランスロット!! 起きてる本物だぁ!!」
私は彼の顔を覗いた。もちろん彼も気付いている。
「初めまして綺麗なお嬢さん。僕はランスロットです。トキヤ、お久しぶり!! 君がここに居るなんて夢のようだ‼」
「お、おう……元気になったのか……アラクネは? ネフィア……じろじろ見すぎだろ。格好いいけどさー」
本当にイケメンだった。まじまじと見る。
「あの、アラクネのお嬢さんが助けてくれました。お知り合いですか?」
「えっ? まぁ知り合いになったかな? あの家に行ったんだよ。ネフィアと」
「そうだったんですか!! あのときの声はやはりトキヤでしたか!! 朦朧としていたので幻と思ってました」
「餓死しかけてたな、お前」
「ええ、死んでもいいと思っていましたので。綺麗な人でしたね」
「ランスロットさん!! そうでしょそうでしょ!! リボン可愛かったでしょ‼ 私が選んだんです」
「あ、えっと………はい。その………そちらのお嬢さん。お名前をもう一度、教えて貰っても良いでしょうか? 自分の事をご存知でしたし」
「えっ………アラクネから聞いてません?」
「彼女は一言も、僕に『早く逃げろ』と言ってました」
「ああ、ええっと。ネフィアです」
「ネフィア………ネフィア!? トキヤ、君は見つけたのかい!!」
「ああ、まぁ。見つけた……顔近い……」
「なんという日でしょうか、トキヤの本当に夢の中だけの思い人に出会えるとは」
「へへへ………」
ちょっとむず痒い。「すっ」とトキヤの足に手を置いた。
「彼女は魔王。名前はネフィア………俺の奥さんだ」
「はい、奥さんです」
「それで、僕をご存知だったのですね。本当にロケットペンタンドの肖像画通りですね。ちょっと……もしかしてと思ってたんです」
「もちろん!! 私は彼の想い人!! 彼の大好きな人で………もごもご」
「ネフィア、静かに。静かに。お前がはしゃいでどうする?」
「んんん……ぷはぁ!! だって。トキヤと同じイケメンさんだし~トキヤの大親友だし。苦労人だよね~トキヤ以外とは仲良くなれなくて、いつも一人でさぁ~トキヤがわざわざ誘ってあげてるんだよねぇ~恥ずかしくてトキヤを誘えない時もあったよねぇ~」
「トキヤ…………君はいったい何処まで彼女に話してるんだい?」
「こ、こいつ。夢魔だから記憶を覗きやがったんだ‼」
「恥ずかしいですね……なかなか」
「まぁ、馴れる馴れる」
トキヤが彼の肩を叩く。実はトキヤも嬉しいのか声が少しの明るい。私は小さな変化を見逃さなかった。
「本当に、変わらないな君は。いや、変わろうとしないのか?」
「変わったよ、妥協するようになった。おめぇ~も変わったな。軽くなった」
「ええ、指命も何もかも捨てた冒険者は楽しいですね」
「優等生が遊びだすと止まらない」
「そこまで子供ではないですね」
そこからは近況を説明。そしてまた、雑談に戻る。気付けば数時間たっていた。
*
酒場から離れて帰宅途中。彼と別れる。
「僕は今日は休んで明日から依頼をこなします」
「そっか。明日から動くのか?」
「ええ、鈍ってしまいましたから」
「ランスロットさん!! パーティ組みませんか?」
「ネフィア?」
「私に共通の話題があると思います‼」
「共通の話題ですか? 今日、お逢いしたばっかりですが?」
「私、ランスロットさんの口から過去を聞きたいです」
「そうですね。良いでしょう」
「………あのさぁ。やめて?」
「トキヤさんのあれこれ。いっぱい知りたいな」
「トキヤ、いっぱい教えたいな彼女に君もことを」
「お前ら!? えっ!? 仲良くないか!?」
ランスロットと手を合わせる。彼は、男でよかった。女だったらライバルになるかも知れなかった。そして……明日が楽しみだ。
*
彼が、去って数日。掴まえた魔物を食べながら考える。戴いた魔族のご飯は美味しい事と一人は寂しいことを。
「…………どうしよう」
魔物だから狩りをして、食べて、寝るを繰り返すだけだった。今は時間を持て余している。暇なので巣から出ると外は寒いが、寒い故に他の冬眠している魔物を狩りやすい。動きも鈍い。
「はぁ……」
白い息を出し。水浴びでもするかと考える。自分達は寒さに強い。全裸で生活いているし寒いなら糸で体を保温する。今で言えば服を着る。
「んん? あっ………」
「姉ちゃん。美人だねぇ‼」
一匹の雄のアラクネが飛んで木の上に降り立つ。派手な模様が目につき、雄のアラクメは後ろ足から二つ目を高く振り上げて振り回す。お尻も振り出し目障りだ。
「……………あっそ」
「ええ? ええ? フラれるのかぁ……」
求愛行動の一部始終を見たあと。興味が無いのでその場を去った。初めて見たが心踊る事は一切なく苛立ちが募るだけだった。そそくさと逃げる雄。何もかも、どうでも良くなっている。それよりも逃げた餌が気になって気になってしょうがない。
「変なやつ、糸で何か巻いてるし。すぐに交尾しないし」
「………魅力がない癖に」
「魅力? 魅力がない? ああ、もうちょっと大きい雄が好みか、処女だな」
「ええ、そうよ」
「わかった。じゃ~なぁ~」
魔物は大きい雄は人気がある。そう、大きい強い雄は人気だ。私はカサカサと巣を散歩する。何人かの雄に求愛を受けたが無視をした。何故、モテ出してるのか煩わしかった。そして、私は吊るされた人間の死骸を見つけて驚いてしまった。
「!?」
吃驚し、後ろへ引く。身震いがした。餌を見て私は、驚いている。絶望してひきつったまま命を絶った死人。彼にも色んな物語、世界、目的、友人が居ただろう。それを私たちは食べている。
「ランスロット…………うぷっ」
彼も同じようになってしまったらと思うと吐き気がした。美味しそうな筈の餌に嫌悪感を抱く。
「………うぐぅ。どうしちゃったの私」
これではまるで魔物らしくない。命を奪う行為に嫌悪感を抱いている。わからない、わからない。会いたい。会いたい。喋りたい。
溢れだす、感情に流され。私は巣を後にした。
*
僕は、親友と親友の奥さんと一緒に冒険者としての依頼をこなす。内容は祭りの準備。鎧等、部屋に置いて親友とお揃いの作業服を着る。奥さんも最近買った冬の私服を見せ、花を添える。驚くぐらい彼女はいい人であり、さすが親友が追い求めた価値のある女性だった。
「ランス!! 釘取ってくれ」
「はい、トキヤ。こっち持つから釘撃ってくれ」
「はーい」
自分達、男組はアーチの制作に追われている。木を重ね釘をうち、打ち込んだ鉄杭に巻き付けて立たせる。それを何個も作る。祭りの終わりも片付けに追われそうだ。
「お二人さーん。お昼でーす」
「もう、そんな時間か。まぁノルマは終わるな」
「終わるね。中々、いい運動になる」
「2、3週間動いてなかったんだろ。丁度いい体の慣らしだな」
「あの~お二人さん。あの、お店にしませんか?」
彼女の奥さんについていく。スカートをはためかせ、くるっと回転しながら楽しそうに歩いている。
そして……活発な女性である所を見ると確かに男だった事を知れば。なるほどと思う。彼女の周りだけ春が来たのではないかと思うほど明るい。
「トキヤ、本当に綺麗な奥さんだ」
「ランス。あれでも淫魔、悪魔、魔王なんだぞ。ギャップが可愛いんだよ」
「昔から君って変態かもしれないと思っていたけど本当に変態だった」
「変態扱いするな」
シュ!!
「イタタタタタ!! 間接を攻めないでくれ!!………くぅ。容赦がない」
「お前だって昔にやってただろ?」
「………本当に楽しかったな」
「ランス、過去は過去だ。今をあいつみたいに楽しまなくちゃ損だぞ」
「………」
店に入り、テーブルにつく。サンドウィッチをいただき。紅茶を啜った。奥さんを見ていると。自分の旅の目的を思い出される。親友のようになりたい。彼のように命を灯したい。だからだろうか……最近知り合った人ではない彼女を思い出した。
魔物のアラクネの女性を僕は……想い出していた。
「えーと…………薬の効果、切れちゃったね」
「まぁもう。薬に頼らんでもいいだろ?」
「そうだといいなぁ………」
気恥ずかしい。すっごく気恥ずかしい。
「口移しにはビックリした」
「そう? 口移しは慣れてるから大丈夫。ずっと寝ている間はそうしてきたから」
「なんだ、キスは沢山してるじゃないか……」
「ううん、あれは違う。寝てるし、元気になってほしい一心での行為。今日のあれだって違うし…………トキヤ」
「なに?」
ネフィアが少し見上げる。何が言いたいかわかった。もちろん応えるつもりだ。
「普通のキスがしたい」
彼女の顎を持ち、顔を近付けて触れる。
「満足?」
「まんぞく!!」
「本当に、女になったんだなぁ………」
「なったよ。ありがとう。毒は全身に回ってしまった」
「ああ、いや。懺悔を」
「ふふ!! 聞こう聞こう!!」
「お薬、盛ったのは側近だけどすり替えたの俺」
「抱き締めたら許してあげる」
もちろん抱き締める。
「許す!!」
幸せそうに微笑んでる。年相応の少女になったかのような錯覚。これが本当の彼女なのだろう。
「嘘ついたのもぜーんぶ許してあげる。だって、私の事を想ってくれたんでしょ?」
「もちろん」
「だから許せる。遅かったけど。それと、いままで殴ってごめんなさい」
「気にするな、気にするな」
我慢は得意だ。
「トキヤ、いつから好きだった?」
顔を寄せて聞いてくる。綺麗な口元を見るたんびにキスを思い出してしまい。恥ずかしくなる。
「恥ずかしい事を聞くな!!」
「恥ずかしくない。だって私は好きだよ? やっぱり最初にしたキスのとき?」
「やめてくれ心臓がいたくなる。攻撃力高すぎなんだよ、お前の顔。あのとき……まぁその…………あまりの嬉しさに………歯止めが効かなかったんだ」
長年追い求めた彼女の姿をした人を見た故に反動が感情が押さえきれず爆発した結果だった。感情で動くとろくなことがない。
「あれだけ想ってたのによく我慢できたね」
「我慢は得意」
「私は我慢出来ないなぁ~だから今日から一緒に寝よ?」
「お、おう………」
その日から、普通に同じベットで寝るようになった。恐ろしく積極的なのでビックリする。そして人肌と柔らかさを知った。
*
次の日の朝。希望を持って起きた私は隣にトキヤがいないことをに気が付く。
「ちょっと気持ちよくて寝すぎたかな………ふぁ~イテテ……痛かったなぁー」
昨日、すごくいい事があった。夢が叶ったのだ。これからは私も頑張らなくてはいけない。彼が努力した分。女になりきらなくてはいけない。そして愛の女神に感謝をする。懺悔からここまでこれた事を。
ゆっくり1階に降りると。トキヤが朝食を作っており
懐かしさを感じる。半年前の出来事なのに。あれからスカートなどに馴れてしまった。お洒落もしないといけないと考える。
「…………懐かしい」
彼の背中を見ていると。昔は声をどうやってかけようかとかそんな事を悩んでいた時期を思い出す。
「よし……行こう」
でも、今なら。迷う事はない。恥ずかしくもない。胸を張って、言える。
「トキヤ、おはよう」
挨拶でもなんでも声かけられる。
「おはよう。今日はお寝坊だなぁ」
「気が抜けちゃって………へへ」
背中から彼に抱きつく。こういう事も我慢しなくていい。彼のいい匂いがする。堅く逞しい体が愛おしい。こんな所も女性だから出来るのだろう。
「ここたま、ここたま~」
「なに、それ?」
「ここが私の魂の居場所~」
「元魔王なら、玉座が居場所じゃ………」
「玉座? なにそれ? 私、しーらない」
「おい、玉座奪還はどうした!?」
「トキヤの言葉を借りるなら、そんなのは小事」
「えぇ~ええ………」
「私はトキヤがいれば何もいりません。けじめに行くぐらい。のんびりでいいかなって」
「まぁええっと………お前がそれでいいなら。さぁ離してくれ。朝食にするぞ~」
「はーい」
望んだ幸せを噛み締める。
*
ネフィアと朝食をとった。今までが嘘のように明るく溌剌な彼女にビックリする。まぁ……夜もすごかったが。
「そこまで、変わるものなのか?」
「女の子は愛を知れば変わるのです」
「へ、へぇ~」
「意外な顔をしますね?」
「この前まで『女扱いするなぁ』て言ってたからな」
「では、男扱いしてもいいですよ? では!! 一日男扱いするのはどうですか?」
ネフィアがいい思い付きと両手を合わせて提案してくる。遊び感覚のような軽さ。昔に怒鳴り散らかしていた彼女はいったいどこへ行ったのだろう。
「あー………男扱い、男扱い………どうすればいいんだ?」
「親友と同じ事されたらいいと思います」
「親友? 親友、あいつそういや元気かなぁ~ん? なんで親友を知ってる? あっ、記憶見たって言ってたな」
「はい。格好いい皇子様でした!! あっ………トキヤの方が私は格好いいと思いますよ?」
「つぅ!?」
「へへ、照れられますと言った私の方が恥ずかしいですね」
好意の刃で斬りつけられている気がして心が休まらない。
「なぁ、ネフィア。好意をもうちょっと押さえて」
「何をですか?」
「こう、恥ずかしくなる言葉とか……」
「言葉を抑えろですね?」
「そうそう!!」
「嫌です」
「落ち着かないから頼む!!」
「トキヤ」
「お、おう」
俺はたじろく。
「好きって気持ちは抑えられない物なのをご存知でしょう? いままで、あなたは誰に会いたくて努力してましたか? 私でしょ?」
「やめてくれ。顔から火を吹きそうだ」
「だから、好きです。ときやぁ~~」
「あーくっつくな!!」
「トキヤが今まで見たことがないぐらい照れてます。大丈夫、親友と同じ男だと思い込んでください」
「男同士でもくっつかない!!」
「男扱いするでない!! 私は女性だ!!」
「だぁ!! どっちでも離す気ねぇなぁ!!」
「うん!!」
結局、ネフィアのかわいさに根負けしてしまった。
「はぁ……今日はどうする?」
「あっ…………ヘルカイトさんに挨拶行ってません」
「よし、行こう!! すぐに行こう!!」
知っている。どんな恐ろしい御仁かを。
「トキヤ、案内するね」
「頼む」
自分は先ずは金を返さないといけないことを思い出したのだった。
*
この都市の大きな屋敷に彼だけが住んでいる。目的の部屋に勝手に上がり込んだ。使用人がいないことが問題と思うが、気むずかしい人なので仕方ないとも考える。
「お邪魔しまーす」
「こんにちは」
ネフィアと二人で執務室に顔を出した。今日も怖いおじさんが一人で悩んでいる。
「ん………お前は。臭いは鋼竜だが」
「すいません。別人のトキヤです。ごあいさつが遅れました」
「ヘルカイトだ。ふむ……お前がネフィアの想い人か。ようこそ我が都市へ。安心して生活すればいい。ヘルカイトがいるからな」
「ありがとうございます」
「まぁ、借りは返して貰う。そっちの娘がお前との旅を長引かせるように頼まれている。しっかり働いてくれ」
「…………ネフィア」
「えーと……………ごめん」
ネフィアが顔を背けて小さく謝る。
「傷の癒えるまでとかあったんだけど。二人で生活したかったし。長く一緒に少しでもいれるために。手を回してくれたの。ごめん」
「………いいよ。怒ってない」
「うん、ありがとう。お仕事頑張ろう」
両手でガッツポーズがかわいい。
「ああ、頑張ろうな」
「おい!! 目の前でいちゃつくな‼ 全くこれだから若いもんは………まぁいい!! ワシのこの都市は出来たばかり!! 発展させるために力を借りたい風の魔術師!!」
「発展のために………かぁ」
「そうだ!! 俺は何もわからん!! だから何をすればいいかを聞きたい!! 竜人も少なくて困っている」
「知名度を上げれば自ずと集まりますよ。未解地開拓を名目に冒険者でも集めればいいと思います」
「ふむ。冒険者ギルドを作り広報すればいいのだな?」
「はい。未開地の拠点として活用すればいいと思われます。資金も考えなければいけないでしょう。実際旅をしながら広報しますよ」
「…………ふむ。わかった。ギルドが出来るまで待ってろ。そっから仕事を用意する」
「はい」
借金分は働こうと思う。借金分はだ。それでチャラだ。
*
帰宅。結局仕事はギルドが出来てからだ。先ずは仕事を作らないといけない。まだ、この都市は出来たばかりでゆっくり発展していくだろう。他にはない強みがある。
「トキヤ」
竜人が居るというだけで安心できる都市なぞ世界に一つだけの強みだ。それをうまく使えばいい。
「トキヤ!!」
「お、おう!? ごめん。考え事してた」
「仕事熱心~」
「借金分はしっかり働かないとな」
「うん、そうだね………ねぇトキヤ」
ネフィアが後ろに手を隠してゴニョゴニョ言う。聞き取れないので魔法を唱え、無理矢理音を拾った。
「もう一回。聞こえない」
ネフィアが自分の腕の袖を摘まむ。
「…………あの。その………私のお手々、空いてます」
遠回しの意味に胸が高鳴る。昔なら気付かないふりをしていただろうが。今は………手を差し出す。
「はい」
「ありがとう。離さないでね」
差し出した手に彼女は重ねた。それを自分はしっかりに握り返してあげる。
そしたら………嬉しそうに。彼女は微笑むのだった。
*
家に帰るとお昼頃だ。何か、食べようと悩んでいるところトキヤが台所に立つ。
「小麦粉に砂糖と牛乳があるな。バターも用意と。とっておきのを作ってやろう」
「えっ? えっ?」
何をするんだろうか? 木のボウルに中身を入れかき混ぜる。即効魔法を唱えて再度かき混ぜる。
「よしよし、机に座って待ってろ」
「はーい」
トテトテと机に座る。小麦粉の焼けるいい匂いがする。
「なに、作ってるの?」
「パンケーキ」
「ああ!! あれ!! 私、大好き。あっトキヤ以下だけどね?」
「そんなフォローはいらない。言わなくてよろしい」
「はーい」
「まったく隙あらば言うな、お前」
「言わなくちゃ伝わらない」
「伝わったから言わなくていい」
「むり~」
喋っている合間にパンケーキが出来たらしく。バターと一緒にお皿に乗っては目の前にそっと置いてくれる。綺麗な丸い焦げ目と、美しい丸。お店で出す物より美しい。トキヤが作ったからっと言う贔屓ではない。
「うわぁ!? すごい!!」
「どうぞ」
「いただきます」
ナイフで切るとわかる。すっと空気を切っているような柔らかさ。そして、それをフォークで刺し口に入れた瞬間。驚く。
味はパンケーキなのだが………柔らかさが段違いでフワフワしている。
「す、すごい!! お店で出す物より美味しい!!」
「よかった。練習しててよかった」
「練習?」
「数年前にな。戦争が終わって穏やか暗殺日和の間に女性が喜ぶ事を調べてたんだ」
穏やかな暗殺日和とはいったい……それよりも。
「なんで、最初にしなかったの?」
「いや、もう。黒すぎて胸張れるほどいい人間じゃないしな。釣り合わないだろうと思ったんだ。結構、悩んでてずっとな」
「自己評価低いのか………そっか………私こそ釣り合わないかと思ってたのに」
「そうなんだ。何処を見てそう思うのか聞いてもいいか?」
「えーと。元精鋭黒騎士であり。色々やってお金持ち。冒険者でも最高ランクで。家もちだったし、恐ろしいほど強い。一人で魔王城に乗り込めりほどの実力者なのに。親友に皇子ランスロットがいるので皇族との縁有り。すごいよね」
「………ランスロットか。夢を覗いたんだなぁ本当に」
「起きてこないトキヤが悪い!! ずっと寂しかったんだからね‼」
「ごめん」
すぐ、謝るトキヤ。好きである。
「まぁ、その………こんな何も持ってない女の子といっぱい持ってる人じゃ釣り合わないかなって」
「気にするな。元魔王って肩書きがある」
「いらない肩書き。御馳走様でした。また、作ってね?」
「お粗末様でした。もちろん、姫様のお口に合いまして光栄です」
「うむ!!………ふふ、変なの~」
「ランスロットほど上手くはいかないな~」
私は、口に手を当てて笑う。トキヤも静かに笑い。和やかな空気が漂う。
「ねぇ、女性が喜ぶ事を勉強したんだよね」
「ああ、一応な。研究をランスロットと一緒に色んな所で聞き込んだ。あいつモテるから便利だった」
「親友を餌にするんだ。うん? 親友だからか?」
「まぁ無礼講だよ。だからこそ……処刑だけは見逃して貰った」
「ねぇ。研究結果、私で試してみませんか?」
「笑うなよ?」
「うん!! 絶対笑うと思う!!」
絶対、笑うだろうと思う。今だって口元が緩いもん。
「やりたくねぇ………」
「3日後でお願いします」
「仕方ない。わかった、3日後な」
私はほくそ笑む。既に手は打ってある。くそったれな母上様、婬魔として生まれてきたことを感謝します。くそったれな父上様。生んでくれて感謝します。愛の女神さま。祝福を感謝します。
§
朝6時30分、起きるのは自由だ。しかし、私はトキヤより起きるのが早い。もちろん隣で彼が寝ている中での起床だ。
「ふぁあ~ん」
欠伸をしたのち、彼の顔を覗く。何もない日は数分だけ眺める予定。愛しい人の寝顔を独り占め出来るこの瞬間が私は大好きだ。朝食を作りに起きるか2度寝をするか悩む。もちろん。仕事がないので彼の顔を見ながら2度寝をしようと思う。手を繋ぎ直して。
*
7時30分、トキヤが起き上がったのを察知して目が覚める。大きな欠伸をし彼が背伸びをする。
「………ふぁあああ!! んんん」
自分も合わせて起き上がる。
「おはよう、トキヤ」
「おはよう。朝食どうする?」
「うーん、パン焼くよ」
私はベットから出たあと、寝間着を脱ぎ出す。
「なぁ、部屋分けないか? 着替えする間とか明後日の方向を見なくちゃいけないのは辛い」
「気にしないで見ていいんだよ? 見るの好きでしょ? 男はそういうの好きだから。それにもう……いっぱい見たでしょ? 隠れながら」
「見たけど……何故わかる?」
「だって、元男だし? それに私は婬魔。視線はわかる」
私も鏡を見て変な気持ちになったのは過去の事。今は見慣れてしまった。美女は飽きるとはよく言ったものだ。
「それにトキヤに見られるのドキドキするし………見て欲しいかな。なんちゃって」
「やめてくれ。朝から目に毒だ」
「そうだよね。だって………トキヤの好みだもんね。色々」
「好みとは?」
「もう~白々しい。私は知ってるよ~何が好きかを全て」
「ないない、そんなのないって」
「ムッツリさん。女の子好きでしょ? それも、足が太めな。私は夢魔。わかるんだよ」
「……………早く朝食を食べよう」
「はーい」
本能が告げる。朝食後に攻め続けろと悪魔がささやく。
*
8時30分、トーストを食べたあと。本能通り行動する。
「ここたま!!」
「あー」
両手を広げてトキヤに近付く。もちろん抱き締めてくれる。
「う~ん。落ち着く」
「俺は一切落ち着かないがな。今日は買い物がしたい」
「………デート」
「一人で買い物がしたい」
「私はトキヤの『好み』を知ってるよ」
「そうか、んでそれが何か?」
「『フェチ』て言うんだよね?」
「ああ、まぁ~言うな~」
「トキヤは胸が好きでしょ?」
「ああ、聞こえない聞こえない」
彼は耳を押さえる。私はニヤニヤして話し続ける。
「胸でも大きいのが好き。手いっぱいで少しだけ溢れそうな、少し弾力のある胸が好き」
「…………」
彼は耳を塞ぎ続ける。
「あと、ウエストは気にしないけど。おしりは少し大きい方がいい」
「…………………」
頑なに耳を塞ぎ続ける。
「目が少し切れ長なちょっとツンとした感じがお好き。太股は女性なら細いのがいいんでしょうけど。男はちょっと肉がついてる太股がいいらしく。トキヤもちょっと肉がついてる私の足が好き」
「……………………………」
聞こえている。目が泳いでる。
「えーと、身長は少し低めが好み。頭半分ぐらいちょっと下。私も小さい方が好き、包んで抱き締められる感じがする。トキヤもそういうのが好き」
「…………………………………………」
露骨に目を逸らし出した。
「今、言った事を音の魔法で拡散しながら練り歩く」
「やめろおおおおおおおおおおおお!!」
「聞いてたんだ。ムッツリさん」
「畜生!! なんで的確なんだ!!」
「だって!! 鏡を見て自分の体を判断したらそうなんだもん!! 淫魔だぞ!!」
「くっそ………なんでこう。変態に聞こえるんだ。誰だってあるだろうに………」
「トキヤ、残念でした。デートしよ」
「はぁ、仕方がないな。いいぞ」
「やった!! でも、拡散しがら練り歩かないよ………」
「練り歩かなくていい!!」
「だって、好みは私だけが知ってればいいもん」
「慣れねぇ………慣れる気がしねえぇ………」
私は勝ち取った。オドオドする彼は新鮮だ。そう……守攻は変わったのだった。
*
12時00分。外でお散歩、外壁を練り歩き周辺の確認。
「お昼ですね」
「やっと、昼かぁ………やっと、昼かぁ………」
疲れた表情の彼、攻勢は順調である。
「何を食べに行こうか?」
「お店は無くて、1件の酒場だけです。料理も品が揃えが悪いですね」
「そうか、でもそこしかないしなぁ………この都市は不便だ」
「ドラゴンフルーツ食べましょう‼」
「おやつだぞ?」
「いいんです。他に食べるもの無いんですから」
私たちはそのまま壁から降りて酒場へ行き、お水を貰った後。ドラゴンフルーツを頼む。
「楽しいですね‼」
「………めっちゃ疲れる」
「大好きです!!」
「店で叫ぶな!!」
「大丈夫ですよ? 音は遮断してます」
「そ、そうか…………もうちょっと落ち着こう。な? な?」
「落ちついたら、何かくれるんですか?」
「あっいや………何もない」
「仕方ないですね。大人しくなります」
これ以上は望まない。指輪なんて望まない。大丈夫。
彼が一番だから。
「トキヤさん。実は………相談したい事があります」
「ん、なんだ?」
「傷が癒えましたら魔王城に向かいます‼」
「わかった。付き合うよ。絶対送り届けてやる」
「あっ、それは少し。その………食後でもう一度お話ししましょう」
「ん? いいけど………なんだ?」
「あ・と・で」
私はウィンクして人差し指を当てるのだった。
*
13時30分、食後。家に戻る道中。歩く人なんていない寂しい場所。
「本当に誰もいないな」
「竜人は少ないらしいね」
「まぁ、ここまで来る物好きは少ないだろうしな。で、話は?」
「魔王城に行くといいましたね?」
「ああ、言った」
「沢山、刺客と名声を得るため沢山の敵と出会うでしょう」
「そうだ、だから護ってやる。ん、どうした? 立ち止まって」
私が立ち止まってそれに釣られて彼も立ち止まり振り向き私の顔を覗いてくる。
「………ありがとう。でもね、違うの」
私は歩き出し、彼の横に並ぶ。
「最初は、背中を見続けていました」
「………」
彼が私の独白を黙って聞いてくれる。空気を読み、聞き手に徹してくれていた。
「背中を見続ける。護られているばっかりは嫌になりました」
彼の隣そこから。
「私を護って死別は嫌。私は共に歩いていきたい。隣で、ずっと」
彼の隣から目の前にすっと出る。両手を後ろで結んで。スカートをはためかせた。
「だから、私は強くなります。背中を見続ける姫様とお別れします。何故なら私は魔王だから。勇者の目の前に立てれるように頑張ります。元魔王なんて言い訳です。魔剣の持ち主は私のまま。だからけじめをつけてきます」
「ネフィア………」
自分は見た。目的のために努力する彼を。
「宣言します。目指す先は魔王を辞め。この都市でトキヤと暮らすこと。そのために魔王城へ行き、魔剣を彼に譲渡します」
「………俺はどうすればいい?」
「私の背中を見続けて欲しいです。背中を押して欲しいです。背中に居続けてください。振り向いたら安心できるように。あなたの横に並んでも遜色ないようになりますきっと!!」
護って貰ってはいつか彼は命を落としてしまう。それを防ぐためには私が強くなればいい。
「…………わかった。約束しよう」
「ありがとう。もし、全てが終わったらここへ帰ってきましょうね?」
「もちろん。例え、道半ばで尽きようと君一人にしない」
「同じことをそのまま言います。私も、トキヤが折れた瞬間。この体を貰った炎の剣の鞘になります」
「それじゃぁ………護って死ねないな。生き続けないと」
「あまり怪我もしないでください。心配する女の子がいますから」
「善処する」
私は彼に話をし意思を固めた。狙われる理由を消して望んだ平穏を手にいれるために。
*
16時00分。体を鍛える。鍛えると言っても剣を振るだけである。トキヤは大きな剣を振りまわしていた。
傷は癒えた訳じゃないだろうけど技は鋭い。嵐を纏っているかのような激しさの剣劇で本調子に戻ってきたのが伺い知れた。
「トキヤ。ちょっとまって」
「なんだ?」
上半身を脱ぎ。体を鍛えた彼の汗を拭き取る。
「ちょっ!! 自分で拭ける!!」
「拭きたい」
「………わかったよ」
彼が大人しく剣を置く。鍛えられた体は固い。男らしい、筋肉。ドキドキする。こんな体に抱き締められたんだと思った。
「気持ち悪くないのか?」
「トキヤだから全然そんなことない。嫌だったら一緒に寝てません」
「結構、尽くすタイプなんだな……」
「うん。尽くしたい」
今までの事、これからの事を感謝してる。私を生かしてくれた人。恩人だ。
「かわいい女性にここまでしてくれるなんて贅沢な気がする」
「トキヤ、いきなり誉めないで………照れちゃう」
「はは、俺もそんなに照れているからもっと落ち着いて欲しい」
「こんなに屈強なのに。ほんと私という女性のことになると弱いね」
「数日で慣れろてのが無理」
「そうなんだ。じゃ………二人で慣れてこ。時間はいっぱいあるから。想い出をいっぱい作りましょ」
「だな」
「…………汗拭き取ったの嗅いでもいい?」
「そんな変態な事はやめなさい」
タオルを取られてしまった。
*
18時00分。汗を流すため、お風呂をトキヤが入っている。
木の扉隔た先に彼がいる。脱衣場に着替え持って来た。脱いだ服を洗濯籠に入れ、声をかける。
「トキヤ、着替え置いとくね」
「お、おう………」
「背中、お流ししましょうか?」
「やめてくれ」
「一緒に入りましょうか?」
「悪化してる!! まだそんな時間じゃない。やめろ!!」
「男の癖に。私なら喜んで入るよ?」
「………痴女」
「いいえ。恥ずかしいですけどね。夢魔です」
「まぁいきなり入って来ないだけ有情だな」
「あっ…………そうすればいいのか」
「おい!! マジやめろ!!」
「うぶだなぁ」
「仕方ないだろ………好きなんだから」
自分は顔を抑える。心臓の鼓動が聞こえてくる。
「ふいうち。よくない!! ううぅ……」
「あの………いつまでそこにいる気?」
「か、からだ拭くまで」
「自分で拭く!!」
仕方なく。脱衣場から出るのだった。楽しいです。
*
23時00分。何もなく。夕食をすました。トキヤは距離を取り。追いかけても避けられる。しかし、寝る前は同じベットに入ってくれた。
「おやすみ、トキヤ」
「おやすみ………はぁ疲れた」
「ふふふ♪」
「どうした? 機嫌が良いけど?」
「1日ずっといれました。寝る前に愛しい人の顔を見ながら眠れる事を女神に感謝します」
「黙って寝てくれ」
「はい。明日も幸せが続きますように」
「………安心しろ。続かせるから」
「大好き。トキヤ」
瞼を閉じて、感謝しながら。眠りにつくのだった。
§
風が冷たい時期になる。火山地帯は温暖な場所と言われるが、精霊、エレメントたちの活躍もあって非常に冷たい風と気温に驚いた。本来は旅などは避けるべきだがトキヤに秘策があり、私たちはテーブルに地図を広げて魔国内の都市を確認する。これからの事を確認するために。
「こことここに立ち寄って観光。魔城を目指します」
「わかったけど、借金はどうするんだ?」
「借金は送金しながら旅をしようと思います。商人に送金依頼出せば自ずと商路が出来て素晴らしいと思います。お金稼ぎは何でも行って行きたいと思います」
「なるほど。商人を送って都市を助けながら借金返済をするわけか」
「ヘルカイトさんに苦情も言って都市を住みやすくしてもらいましょう。いろんな観光しながら魔城に向かいましょう」
「観光、観光………何故?」
「デートがしたいです」
「お前なぁ………刺客もいるかもしれないのに呑気な……」
「トキヤが頑張ってくれます。ねっ?」
「まぁ頑張るけど。死に出るような真似はするなよ」
「良かった。今まで仲良く旅が出来なかった分。楽しみます」
「しゃぁない。付き合うよ」
やれやれと言った感じで、彼は承諾してくれる。私も強くなっている。易々と殺されたりしない自信がある。
「でっ誰に魔王を継承。譲位をするんだ?」
「側近でいいと思う」
「ふーん。許せるの? 裏切った奴だぞ?」
「許せる。トキヤに逢えたから感謝してるし」
「優しいな」
「優しいです」
「自分で言うな。国内荒れるぞ……」
「へへへ、私はあなたに優しさと愛を教えていただけましたから。生きるなら大丈夫です」
トキヤが顔を剃らして鼻をかく。照れ屋さんだ。
「ヘルカイトに言うなら、怒らせるなよ」
「はーい」
私は簡略化した地図を頭に叩き込む。行く先はだいたい決まったのだった。
*
「くそ馬鹿、領主さま!!」
屋敷の執務室にネフィアの怒声が響く。俺は頭を抱えた。怒らせてしまった。
「くそ女。やるのか? 受けて立つぞ」
「ネフィアぁ、嘘だろおい、釘刺したのにな!! 引っこ抜きやがった!!」
「都市を良いものにしてください。文句はそれから聞きます。住みにくい!!」
「…………すまねぇ嬢ちゃん。そうだよなぁ」
「謝った!? 激昂が嘘のように鳴りを潜めやがった!? お前、本当にヘルカイトか!?」
「部下がいるのか知りませんが恐怖で意見を遮ってないですか? あと竜人にしっかり仕事を与えてないと動きませんよ?」
「何したらいいかわからないんだ。どうしたらいいか全くわからない。実はギルドの創立もよくわからないんだ」
恐ろしいぐらいの無知、だが仕方がないとも思う。彼は破壊を好む竜だ。作るのは不得意だろう。
「竜人の皆さんに都市の観光と生活を半年させてください。そうすれば何が足りないかを理解できるでしょう。勉強して来い言えばしますでしょ?」
「なるほど。ついでにギルドのやり方も学ばせよう。暇しているだろうからすぐに飛び立たせる」
「ヘルカイト、柔らかくなったなぁ」
「なに、長い生で新しい生き方も必要だろう。嬢ちゃんだって新しい生き方を見つけているからな」
丸すぎて昔を知っている自分は別人かと疑い出す。火山の覇竜と言われるほどに荒かった。
「そうですね。私は期待してます。この都市が立派な大都市になることを」
「嬢ちゃんが帰ってくる前にいい都市にしておきたいな。任せろ、魔国でも名のある大都市にしてやる」
「無理ですよ、それはすごく時間がかかります。でも私も帰ってくる予定ですので。そのときはお手伝いしますよ。私もここのヘルカイト民ですから。あと袋にいっぱいの鱗ください」
「嬢ちゃん!!………わかった。鱗だな、ちょい待ちな!! 保管してある。ヘルカイトの民かぁ。嬉しいことを言うな」
俺はネフィアのあまりの図々しさに驚く。ヘルカイトが用意していたのか机のしたから袋を出した。
「ほれ」
中を確認すると袋に鱗がみっしり入っている。いいお金になりそうだ。ヘルカイトもドラゴン。いい鱗なのだから。
「ありがとう。ヘル領主さま!!」
「へへ、民のためだ。頑張れよ、旅」
「お土産を期待してくださいね」
「期待しよう。我がお眼鏡に叶う物を所望する」
「あーまぁまぁの物をね」
恐れず会話を交わすネフィアに不安を覚えていたが問題ないみたいなのでホッと胸を撫で下ろした。しかし、もう一度だけ釘は刺しておこう。今のままだと、危なっかしい気がするのだった。
*
旅の準備をするために帰宅。帰宅した瞬間、私は壁に押さえつける。彼が真剣な表情で話始めた。
「ネフィア、結果的には良かったかも知れないが危険な橋は渡らない方がいい。わかるな?」
「ヘルカイト殿に暴言吐いたこと?」
「そう、それ。ヒヤッとしたぞ」
「ふふ、知ってる。でも大丈夫。トキヤがいれば大丈夫」
トキヤは全力で私を護るだろう。安心出来る。そして私も戦う。
「いや、あのな………はぁ調子狂うなぁ」
「狂う?」
私は人差し指を下唇につけて首を傾げる。何に狂うのかよくわからない。
「いや、こう………温度差がある気がしてな」
「トキヤは私のこと好き?」
「…………………好きだ」
「へへ、私も好き。温度差ないよ?」
「ぐぅ、かわいいからちょっと変になるんだ」
「………トキヤ、大丈夫。私の方が変だから、今だってドキドキする。壁に追い詰められて喜んでるんだ。私」
「ちょっと釘を刺すつもりだったのに。違う感じになってしまったな」
「へへへ、ごめんね。もうちょっと考えて暴言吐くね」
「吐くな。火種を作らない。大人しくする。ヘルカイトとの仲だから許されてる」
「はーい」
私は気のない返事をする。そう、甘えている彼に。優しい彼に。彼は肩を落とすがその仕草も新鮮で愛おしい。ヘルカイトの領主様も優しい。
「ねぇ、このままキスをしたら真面目になるかも」
「すでに不真面目な行為だぞ。魔王らしくない」
「魔王、辞めてあなたの女になるって決めたから。してくれないの?」
「しないとは言ってないだろ」
彼が私の腰に手を添えて、顔を近付け触れあう。ほんの一瞬。唇に触れすぐに離れる。
「うぅ………」
「ネフィア、何で不満そうな顔をするんだ?」
「だって、その。満足できなかった」
下を向きながらボソッと言う。
「ええぇ……」
「この前までこれでも満足できたのにトキヤのせいで満足できなくなちゃった。もっと深くお願いします」
「わがままな姫様だ」
「トキヤにだけわがままな姫様です……んん!!」
顎に彼が手をあて顔を彼に向けさせて強引に奪われる。今度はしっかり触れあった瞬間。舌を絡め。深く愛し合う。長い触れあいの後。離れた瞬間は唇に残る余韻に私は浸りながら一言。
「幸せです」
「よかったな。早く準備しような?」
「うん!!」
きっと私はこれからも彼と結び続けるだろう。
*
城門前、森が生い茂っている目の前を私たちの目の前にあり、杜撰な伐採で獣道が出来ている。城門は開けっ放しで解放され、その下をくぐり抜け旅立った。上空に同じように竜たちが旅立っていき、上を見上げながら成功する事を願う。
「いい都市になるといいなぁ。こう、何にも真似できない大都市になればいいなぁ」
「別に生きてくにはあれぐらいでも十分だ」
「トキヤ。下着とか服とか化粧品とか甘いものとか色々欲しいです」
「女って面倒だな」
「そうですね。面倒ですね。でも女って凄くいいんですよ?」
私は彼の皮手を掴み、手を繋ぐ。
「女だから。男に護ってもらえますし、大切にしてくれます。それにそれに、やっぱり、何でもないです」
私は思い出したかのように言い直した。そういえば、まだ。私たちは恋人だ。先ず目指す場所を再確認し俄然やる気が出てくる。
「なんだ? 最後のなんだ? 教えろよ」
彼も軽く話せる仲になり、昔は張り詰めた雰囲気も柔らかくなった気がする。
「秘密!! いつか近々で私からお願いするからね!!」
魔王を辞めたら「告白しよう」と心に決める。不安だけど、この旅でもっともっとトキヤの心を掴む。私は絶対彼じゃないとダメだ。結婚するなら彼とだけしか考えられない。
「何だろ? お願いかぁ………ヒント」
「やーだ」
「まぁ旅は長い。見つけてやるぜ!!」
「鈍感な君が私の事をわかるわけがない」
「くぅ!! 否定が出来ない」
「ふふふ」
笑いながら私は、絶対にトキヤの嫁さんになる事を決意し。譲位を行うために旅を再開したのだった。
§
森の中を魔物に警戒しながら歩く。荷物は全てトキヤが背負ってくれた。私も持とうとすると女性に重いものは持たせられないと言う。変わりに戦闘は私が行うことになった。
荷物持ちは女扱いをトキヤが勉強したらしいが、その一環だと思う。結局3日後なんたらの約束は「自分が恥ずかしい」と言う理由でうやむやなった。
「重い? 大丈夫? 少し持とうか?」
少し手伝おうと声をかける私。私はプラチナメイルなのでそれなりの重量の物を着込んでいる。しかし、そこまで非力ではないので荷物の一部ぐらいは持てる。女性よりちょっと強いと思う。体重も。
「大丈夫。重いのを持つのは得意だ。まぁ~都市に入ったらドレイクでも買って荷物持ちにさせよう」
ドレイクとは2足歩行だったり4足歩行だったりの竜だ。空でワイバーンの競争に負け、地面を這って生きていく種族。それがドレイクである。
昔読んだ辞書ではそう書かれていた。伝説では叩き落とされた竜の末裔とも現在は竜の面影は無い家畜が多く。魔国内の足は馬よりドレイクが多い。
「そうだね。そうそう、トキヤって種族はたぶん人間だけど、都市に入れるの?」
小さな疑問を口にする。彼は人間であり、頭に角がない。私も角は生えてないが婬魔と胸を張って言えるので問題はない。「私はいつ、角が生えるのだろうか?」と思う。
「入れるぞ。まだ帝国と戦争をしてないから人間の商人と人間冒険者の往来があるし、帝国でも冒険者に魔族もいるしな。その魔族がギルド長になって運営してたり。案外、お前みたいに人間と区別がつかない亜人もいるから。うまいこと出来てるんだ」
「わ、私より詳しい………」
「箱入り姫様は世間に疎いのが通説さ」
「うぅ……バカにしてるぅ。でも姫様扱いしてくれてるぅ。怒るべきか悩む」
「やーいやーい世間知~らず~」
「ああん!! もう、バカにして!! 怒るよ?」
でも、こうやって軽口叩ける仲になった事は素直に嬉しい。こう、仲が良くなった事を実感できる。心から信頼出来る。
「怒ってもかわいいから恐くない」
「トキヤ!! ぐぅぅずるい………そんなこと言ったら怒れないじゃん………ううぅ」
「拗ねた君もかわいい」
「………へーん。何だってかわいい言ってれば喜ぶと思ったら間違いだからね‼」
「じゃぁ言わないようにするわ」
「えっ………」
「かわいい言ったら喜ばないんだろ?」
「あっと、えっと………えっと………その……」
実際、嬉しいし言って欲しい。でも今さら曲げて言うなんて恥ずかしい。もじもじしてしまう。
「ほら、悩んでる。かわいいじゃん」
「うぐぅ………今日のトキヤは卑怯」
顔が熱い。彼の顔から目線を剃らす。
「いや、攻めないと流れを持っていかれるから」
「………でも、好き」
ボソッと呟いてしまう。卑怯でも意地悪でも彼が好き。気持ちが口から出てしまう。
「ほらぁ!! ほらぁ!! 流れが!! そういうのがいけないんだぞ」
「えっ!? なんでダメなの!?」
「いやぁ、ダメじゃないけど恥ずかしいわ!!」
「攻めてるトキヤも恥ずかしいこと。言ってるよ?」
見つめ合い沈黙。そして、二人で真っ赤になって顔を剃らした。
「は、恥ずかしいね」
「そ、そうだな」
まだ、恥ずかしく慣れてない。キスはしっかりする仲なのに。
*
夕刻。私たちは歩くのを止め夕食をとり、匂いで魔物が来ないようにまた少し歩き、野宿の準備を行う。冬の季節は寒いため本来、旅は危険な行為であり。時期をずらすのだがトキヤが風の魔法でなんとかなるといい。それを信じて出発した。そして本当に寒くない。魔方陣の中で首を傾げる。
「アクアマリンでもあったけど便利だね。なんでこの魔方陣の中は暖かいの?」
「魔方陣の中は仕切ってあるんだ四角に区切り。小さい家みたいな物で熱の移動だけを制限するから人肌だけで暖かい。結構魔法練るの時間がかかっただけはあるだろ?」
「うん!!」
鎧を脱ぎ、身軽になる。寝やすい姿で魔方陣の上にある薄い寝袋に横になる。
「脱ぐのか?」
「だって、魔物来ても大丈夫でしょ?」
「しかしなぁ………」
「大丈夫。トキヤは強い」
「俺を信用し過ぎは良くない」
「残念、絶対の信用だから」
「はぁ。まぁいいかぁ」
トキヤが木の幹に腰をおろし剣を横に置く。いつもの警戒しながら仮眠だ。
「………やっぱりここで寝るの止める」
「おいおい、寒いだろ?」
「大丈夫。多分」
私は、木の幹にいる彼に背中を預ける。暖かい。
「お、おい」
「おやすみ。んんん~いい夢、見れそう~ここたまここたま~」
彼に抱き止められる。彼の肩に頭を預ける。少し小柄な体に感謝しながら。
「まぁ仕方がないな。おやすみ」
彼の鼓動、体温、甘い匂いで安心しすぐに睡魔が襲ってくるのだった。
*
二人で数日間、森を山を降りながら進む。標高が高い場所に都市があったのか綺麗な眺めを降りながら感じ、平地に出たあと少し進んだ先で。農地が広がっていた。
そのまま農地を進むと魔国最東の都市が見える。最東はどこの種族が納める地だったかを私は知らない。
「見えたね。都市名は何?」
「都市名はないぞ。治める族長が決めるからちょくちょく変わる筈だ。同じ族長の血族ならいいが変わってしまったら前の名前は消される」
同じ種族同士で争っているため起きる現象だ。めんどくさそう。
「めんどくさそう。名前変わるの」
「だから、一部の魔族たちは治める族と番号、名前で確認してる。あそこはトロール族、1番だな」
「トロール族!?」
「なんで、驚く?」
「昔に族長に会った事がある!! 大きい種族だね」
トロール族、男は2mの巨体で怪力。大きな尖った耳を持ち。頭が少し弱い。しかし、仕事は真面目であり、気も優しい。見た目で損をしている種族だ。
しかし……女は逆に体が小さく。非力な種族なのも変だったりする。
「へぇ~どんなやつに会ったんだ?」
「優しいおデブさん。でも人一倍力持ち。でも、族長だったけど。もうやってないだろうなぁ」
「なんで?」
「私の脱走に加担したから」
「ああ、それは処罰されるなぁ……」
小さいときにドア越し出会い。遊んでくれた人。
「トロール族かぁ………」
「まぁ、トロール族は1番しかなかった筈」
「どうして?」
「覇権に興味を示さないからな。場所もド田舎だし、あの広い農地を耕すのがお仕事だ」
「そっか。平和そう」
「ああ、全く。争いがない良いところさ。きっと」
私達は始めての魔国都市。トロール族の治める都市に向かった。
§
トロールが治める地方。都市の周りは膨大に整地されており、水路があって雨が無い日でも水が撒けるようになっているようだった。水路は都市まで続いているほど膨大に入りくんでおり、インフラ整備がしっかりしている。
農場には小麦が植えられ緑の草が生い茂り。トロールの巨体とドレイクがちらほら見えるた。向こうも物珍しいのかこっちを見ては作業に戻っている。
「凄いなここ、農場の広さが帝国よりも広い。壁が無いから自由に広く使えるのか?」
「魔物、大変そう」
「ああ、こりゃ大変だ。拡張がいいが何も守る物がない」
農地を歩きながら緑を眺める。寒いだろうが植物は元気らしい。色んな農地があり、トロールがせっせと働いている。
「トロール族、ギルドあるかなぁ?」
「行ったことがないからなぁ。ネフィア、ちょっと待ってろ。遠視してみる」
トキヤが右目を閉じ短く詠唱する。きっと都市を覗いているんだ。私が拐われた時も使ったらしい。
「痛っ!?」
そしてトキヤが唐突に右目を抑えて痛がる。
「トキヤ、大丈夫!? どうしたの!?」
「まだ、本調子じゃぁないみたいだな。魔力を流したら頭痛と目がな………大魔法の代償だな。体の一部が壊れてる」
「無理しなくていいんだよ!?」
「大丈夫、痛いのは慣れてる。魔法の副作用は続いてるかぁ………護りきれるか?」
「痛いの慣れてるとかじゃぁないんだよ。心配するからね? 目を触れさせて」
立ち止まり、私は右目の瞼を撫でる。痛みを取るだけの魔法を唱えた。治すのは無理そう。
「大丈夫かな?」
「ああ、痛みが引いたよ。見えたけどギルドっぽいのは無いな」
「無いかぁ~お金稼ぎは次の都市かな?」
「だろう」
ゆっくりと歩き、豆粒だった都市が目前まで大きくなり。一応、木の壁の門の前に立っているトロール族に声をかける。考えてみると私はお尋ね者。「入れてくれるのだろうか?」と思うのだ。
「おう!? 珍しいなぁ東門からの客だぁ~」
「向こうから来ました」
来た道に指を差し、トロールの守衛さんを見上げる。
「向こうから? 遠回りしたもんだなぁ……」
「都市に入れてください」
「ああ、人間はダメだ~悪さしか働かねぇ~」
「あのぉ婬魔です。私たち」
「嘘でもダメさぁ~人間は嘘つくだぁ~」
「ええ!? 魔族否定されたんですけど!?」
「宿での休息、ドレイク等が欲しい。魔王城に行くために」
「だめさぁ~」
思った以上に外者に厳しい。私は溜め息一つしたあとに胸を張った。なんでも利用すると決めている。だから、身分をさらけ出す。
「余は魔王なるぞ、通せと言っている」
「おい!? ネフィア!!」
「魔王ぉ? 魔王……………」
「族長の上に立つものだ。たぶん」
トロールの守衛が焦り出す。「魔王」と言う存在を思い出したのか、「アワアワ」と言い出した。近くに置いてある角笛を拾い吹き、大きな音と共に扉が開く。そして数人のトロール族が現れた。各々が相談し合っている。これはもうダメかもしれない。
「トキヤ、もしダメなら次の都市行こ。大丈夫でしょ?」
「ああ、だが遠いぞ?」
「食糧分けてもらおう。だめなら魔物を狩っていこう」
「そうしようか。水は風からいただけるしな」
私達は都市を一つ諦める事も視野に入れる。トキヤとこれからの事を話してると唐突にトロールの一人に声をかけられた。
「俺たちじゃぁわかんねぇ……でも、魔王かも知らねぇ。怒られるのもおっかない。入れるべ。しかし、族長に会うべ」
「はーい。いいでしょう。入れてくれるなら」
「ネフィア。危ないぞやっぱり」
「大丈夫と思う」
「入るど」
トロールが棍棒を掴み都市のなかをそれで差す。巨人が棍棒をもつところを見ると恐ろしいぐらい迫力があった。他のトロールと一緒に入り、監視を含めて案内してもらえる。
「お、おお!?」
「大きいなぁ家が」
家や建物の扉が大きく。一軒一軒が豪邸のような大きさ。トロール族の家は全体的に大きい。一人のトロールが指を差す。
「あそこが唯一の宿屋。悪魔が経営してる。酒場はそこの隣」
「ギルドありますか?」
「知らないな~」
ギルドはやっぱりないらしい、道行くトロールや獣人、悪魔に聞いてみても答えは一緒だった。自分達はよそ者らしくチラチラ見られる。珍しいのもあるが私達が目立つのもあるだろう。
「宿で大人しくしててくれ。族長呼んでくる」
「はーい」
聞き込みを制止され大人しく宿に入る。中は至っては普通の部屋が沢山あるだけの宿。店主は角が生えた悪魔の男性だ。
お金を出して部屋を案内してくれる。一応、婬魔なので部屋は二人で眠れるベットを所望した。部屋に入ると溜め息を一つ。
「ネフィア………店主に変な目で見られたぞ」
「婬魔を連れて宿は売春で良くあるから」
「売春、この都市にあるのかぁ?」
「大体あると思うけど。トキヤの方が詳しいでしょ」
「売春はねぇ………よくわかんねぇ。いかねぇーから。話だけしか知らない。あそこがいいとかな」
「ふーん。ねぇ、トキヤさん。お買い上げありがとうございます。これからも可愛いがってください。なーんてね!!」
「もちろん。全部使って買ったんだ。可愛いがってやる」
「じょ、冗談で言っただけだから!!」
私は自分の体を抱いて睨む。
「冗談なら。婬魔は隠せよ。変な目で見られる」
「………同じベットで眠れるからやだ」
「普通に頼めばいいだろ?」
「別に私は婬魔は悪い種族と思って無いよ? 誇りに思う。夢魔と言ってもいい。例え、虐げられた種族だろうけども」
「そうか。それもそうか………恥ずかしい種族と言って隠すのもあれだな」
「そうだよ‼ それに婬魔はね、最上の種だって思ってる。優れてる」
私は婬魔に誇りを持てる。売春婦の糞母に感謝できるぐらい。
「それより、トキヤ」
「なんだ?」
「個室だから………抱き締めて」
「はいはい。時と場所弁えてるのは良いことだ」
鎧を脱いで、彼の胸に飛び込んだ。本当に安らげる私の場所で少しの時間が経つのだった。
*
悪魔の店主の言伝で私たちは酒場で待つことになる。酒場で商人を探すがこの時期はいないらしいが、都市は農業が主流であり収穫時期には買い付けの商人ばかり来る。その商人にヘルカイトの鱗を転売しようと思っていたのだが悲しい事に収穫時期が春先らしいため。商人はいないのだとか。
「諦めてご飯でも食べよう。ネフィア」
「はーい」
大きな酒場に大きなカウンター。その横にトロール族以外用のカウンターが段差をつけて用意されている。そこに座り、注文したパンを摘まみながら族長を待つことにした。
「間が悪いね」
「いや、忙しい時期じゃなくて良かった。のんびり出来る」
「大好きだね、のんびりすること」
「風の魔法使いだしな」
「魔法使いではなくて魔導師でしょ? そういえば剣士じゃなかったね」
メチャクチャな力業が得意な魔導師と言う変人である。デーモンの斧を弾き返す馬鹿力が売りで技術は力で押し潰す。戦い方が雑な部分を察する。
「まぁ、魔術士は強いのがわかってるからあえて魔法使いを名乗るさ。油断こそつけ入る隙が生まれるし剣士と思ったら魔法使い。魔法使いと思ったら剣士。戦い憎い事を積極的にする事だ」
「へぇ~ミスを誘うんだね」
「そうそう。それにしてもパンうまいなぁ~小麦の風味がいい」
「うーん、うまいけど。ジャム欲しい」
「ん? お客さんごめんなさい!! ブドウジャムあるよ‼」
店番のトロールが瓶を持ってきてカウンターに置いてくれる。私は驚きながらそれをつけてパンを貪る。
「あまぁ~い!! 久しぶりの極甘いもの!! 美味しい!!」
「へへへ、わしらのジャムは美味いだろぉ?」
「苺ジャムありますかぁ!! 分けてください‼ お金を出します買います!!」
「ああ、丁度あるね。小人用の3つ」
小人とは男性のトロール以外の小さい生き物を表す。
「全部!!」
「ネフィアまて!! お金をそこまで持ってない!!」
「全部で銀貨1枚でええで」
「やっす!?」
「へぇ~安いんやねぇ~ここでは普通さねぇ~」
さすが生産者たちこれが原価なのだろう。安い。
「やった!! ジャムが手に入った!! 苺ジャムぅ~」
「良かったね。お嬢さん。許してもらって」
「へへ~うん!!」
「仕方ないな。なんで苺ジャム好きだんだよ?」
「だって、トキヤも苺好きでしょ? それに思い出の味なんだぁ~トキヤが初めてくれた美味しいジャムで、嬉しかったなぁ~私を助けに来てくれたときの苺だしね!!」
「よく、覚えてるね」
「覚えてるよぉートキヤの事は」
「おまえ、馬鹿、アホしか言ってなかった子も覚えてるよ」
「む、昔を掘り返さないでよ」
「ここ、最近だと思うけどなぁ………」
トロールの店長にお金を渡し。小さな瓶を3つ手持ち袋に入れて貰った。旅の楽しみは増える。
「何処かで同じような商品があれば、うちらが作ったものねぇ~きっと」
「へぇ~、そうだ!! ジャムを分けてくださりありがとうございます。これを一枚どうぞ」
私の袋から、売る予定だったヘルカイトの鱗を1枚渡す。掌サイズの紅い鱗だ。トキヤは笑みを浮かべ黙って私の行動を見つめてくれている。
「これはぁ………ドラゴンの鱗!?」
「ヘルカイトと言うドラゴンの鱗です。感謝の印でどうぞお納めください」
「はぁ…………こんな高価なもんをありがとう。こりゃいい。御守りだぁ~」
店長が喜ぶ。喜んでくださると嬉しい限りだった。
「あ、あのぉ!!」
背後で声をかけられ、そちらに向き合う。小さい女の子だが胸の大きさ等でトロールの成人女性とわかる。非常にか弱そうに見えて生命力は強いと思われた。私は本の知識通りで嬉しい。世間知らずじゃないことが知れる。
「なんでしょうか?」
「そ、その………ドラゴンの鱗を譲って貰えないでしょうか?」
「ドラゴンの鱗のあまりは少ないんです。ごめんなさい。これはお金に替えないといけないんです」
「お、おかねなら。出します‼ 1枚ください!!」
必死に懇願する姿に……何かを感じる物がある。
「ドラゴンの鱗を誰かにあげるのですか?」
「はい!! 夫の御守りとして加工して………お渡ししようと思ってます」
「御守り?」
「お嬢さん。ここいらなぁ~ドラゴンの鱗を御守りにするのは普通だねぇ~昔からドラゴンは力の象徴だからねぇ」
「もっと詳しくいいかしら?」
「はい!! 私たち女性は外での作業を手伝えません。そして外では魔物等危険はつきもの。ですから帰って来て欲しいことをお願いするために御守りを作るのです。そのドラゴンの鱗はドラゴンのように逞しく、生命力あふれ、魔物に勝ち元気で帰って欲しいためにいい御守りが出来るのです」
簡単に言えば御守りの最高級の素材らしい。
「そうですか、では………一枚どうぞ」
袋から取り出し、一枚手渡す。
「あ、ありがとうございます。お金にすぐにご用意します!!」
「いいえ、結構です。好きな方に送るのであれば………いりません」
「えっ………しかし………」
「大丈夫ですよ。ね?」
「ああ、大丈夫。鱗は楽に稼ぐだけの方法のひとつだけ。別に稼ぐ方法は他にある。あまり気にするな」
「ありがとうございます!! 魔王さま!!」
「ん………んんんん!?」
鱗を貰った彼女が走って酒場を出る。急いでる彼女に何故、魔王と知っているのか聞こうとしたのだが。行ってしまった。
「あ、ああ………魔王なのを知ってる理由、聞きそびれちゃった」
「ネフィア、田舎だから噂が早いのかも。あとお前は宣言した」
「田舎、怖いです」
「いや……宣言した……」
「すいませーん!!」
酒場に何人かの女の子。もといトロールの女性が駆け込んでくる。
「ドラゴンの鱗をください!!」
「私も!!」
「お願いします!!」
「………あっはい」
トロールの女性はトロールに負けず劣らず屈強なのかもしれないと思ったのだった。
*
「鱗、なくなちゃったね」
「一応、俺らの故郷の道を教えたからそこへ行けば鱗を買えることを言ったが………まぁどうなるだろ」
枚数に限りがあり、一人一人に渡していたら無くなってしまった。無くなってしまったのにまだ来るため。都市ヘルカイトの場所を教え、鱗を譲ってくれる場所と説明した。
「鱗で儲かるなら商路出来そう」
「確かに………それだ!!」
「ん?」
「ネフィア!! ここのトロールさんたちに都市を教え、道を作って貰おう!!」
「…………ああ!! 名案、さすが私の勇者トキヤ!! かっこいいです。感激です‼」
「褒めすぎ」
「褒め足りませんけど?」
「はい、深呼吸」
「すーはー」
「落ち着いた?」
「すーきー」
「一旦黙ってろ」
「へへへ」
照れる彼は好物。魔物でも怯まない強者とのギャップがすごく、声に出してむぅ~っと唸るぐらい好きである。
「お二人、仲がいいですねぇ~~」
「でしょぉ~彼は私だけに優しいんだぁ~」
「そんなことないぞ」
「本当に? 本当に~?」
「ああ、本当に」
「帝国の姫様」
「ああ、ごめん。お前だけに優しいわ」
ちょっと毛嫌いし過ぎな気もする。可哀想だが私の勇者なので仕方がない。
「お待たせしました!! お二人さん。トロール族長です!!」
声をかけられ振り向く。一番初めに鱗を譲ってあげた女性とトロールの中でもまだ一際大きく、横にも大きいトロールが立っていた。その姿を思い出す。変わらない姿。
「あ、あなたは!! あの時の!!」
いつの日か一度だけ監禁生活に脱走を加担してくれたトロールだった。
「オデノコトオボエテル?」
片言でトロールが喋る。そう、このトロールは喋るのが上手くない。
「覚えてます‼ 小さい部屋から少しの間出してくれたのを!!」
「ソウカアノトキノコカァ………オオキクナッタナァ………オンナノコダッタノカ」
「はい!!」
「この人、喋るのと考えるのが苦手だから。私がちょっと探りでここにいたんです。ごめんなさい、魔王さま」
「いいえ!! 私こそ都市に入れていただきありがとうございます」
「オデ、カンシャシテル」
「鱗を譲っていただきありがとうございます」
「ええ、喜んでいただけて光栄ですわ」
変わった出会い方もあるものだと思う。もしかしてとも考えたが、本当に昔から変わらないのに運命を感じる。
「まだ、族長をされていたんですね。てっきり処罰されたと思ってました」
「ええっと、処罰はあったのですが。族長は彼以外務まりません。この都市で一番強いですから」
話を聞くと、族長になる者は都市に籠り女子供を護る役目があるらしい。男は全員、外で農家をするため。手薄な都市を護る重要な役らしい。不在は2番3番と強さ順で護るとの事。
「彼は族長に相応しい強さを持ってるので処罰とは関係ないです」
「オデ、ホカニナニモデキナイ………ダカラ、ズットマモノカラマモル」
「立派なお仕事ですよ‼ 本当に!! まだ、魔王ですから………魔王としてあなたのお仕事に賛辞を贈ります。今は言葉しか贈れるものがございませんことをお許しください」
「そ、そんな!? 勿体ないお言葉を!!」
「オ、オデウレシイゾ!! ホメラレタ!!」
「ふふ、でも。私はもう魔王を辞めますけどね」
「「!?」」
彼らが驚いた顔をする。奥さんの方が聞く。
「なんででしょうか?」
「ここにいる。彼は人間の勇者でトキヤと言います」
「トキヤです。どうも」
彼が頭を下げて挨拶を行う。
「私は彼に惚れ、一生を共にしようと思います。都市ヘルカイトで」
「都市ヘルカイト………あの、鱗を譲っていただいた場所ですか? 皆が行きたがってました。ドラゴンに会えると」
「はい、ここから東にあります。まだ道がなくて大変でした」
「そうですか………あなた」
「ンン?」
「その都市へ道を作ってみませんか?」
「ソウダナマカセル」
「はい!!」
私は驚く。簡単に都市が繋がってしまうかもしれない。
「地図で場所を教えて欲しいです」
「わかりました。地図ございますか?」
店長に聞き、店の奥から一枚の地図を持ってくる。
「はい、これさぁ~」
「ありがとうございます」
貰った地図をテーブルに拡げて書き記す。
「帰ってこられた時までに作っておきましょうね」
「ソレガイイ」
「本当に鱗、ありがとうございました。きっと帰ってくる頃までに完成させます」
「う、うん。ありがとう」
「いいえ!!………それに、皆に御守り行き渡らせたいじゃないですか!!」
族長の奥さんは笑いながら夫にくっつく。私はそれを見たあとにトキヤを見ると。撫でてくれた。それから、族長の奥さんと会話して夕食ごろ別れる。私たちも夕食を済まし宿屋部屋に戻った。
*
次の日はドレイクを買いに来た。ドレイクを生産し売りに出しているトロールに相談する。
「安いのでいいのでください」
「安いのねぇ………」
「安くてそれなりの物で。屈強ならいいが……贅沢は言わない」
「うーむ。ちょっと来てくれ。選んでくれればいい」
「はーい」
販売もとい生産者のトロールについていく。馬小屋と良く似た場所であり、一頭一頭繋がれているが子供なのか、値札がついていない。その小屋の横を通って行く。
「ん? トキヤあれ」
「はん? なんだあれ?」
小屋があり、中を覗くとなんと一頭だけ繋がれていた。まるで一頭だけ隔離されているような小屋があり。その中でドレイクが寝ている。他の子よりも屈強なドレイクで少し体が大きく強そうだ。
「なんですかあれ?」
「ああ、あれねぇ…………あまりの暴れん坊で買い手もつかないし、誰も乗せようとしないしで困ってるんだ。それに恐ろしい程にあそこから動かない。餌をあげなければ脱走し他の小屋まで行って餌を貪る」
「へぇ~飼い慣らしにくいドレイクだな」
「そうなんだよ………困ってる」
トロールがなにもできないとは相当の力持ちだ。
「さぁ、お客さんあの小屋が成人したドレイクの小屋だ」
「ネフィア、行くぞ」
「まって!!」
暴れん坊のドレイクの元へ私は行く。絶対荷物もちでは便利だ。そんな気がする。
「おい!! ネフィアやめろ!! 危ないぞ‼」
「そ、そそうです!! 危ない!!」
「大丈夫、大丈夫。おーい起きろ~」
ドレイクが目を開け、私を睨む。鋭い眼光に何故か既視感があったが気にせず話しかける。トキヤとか芯がある者の目だ。
「お願いがあるの、荷物もちでいいから手伝って欲しい」
「お客さん。ドレイクに言葉は通じませんぜ?」
「………ネフィア。まぁ任せる」
「はーい。ちょっと触ってみる」
私はドレイクに触ろうとし。尻尾で手を叩き落とされる。痛い。
「うーむ。警戒心が強いですねぇ」
「ネフィア。手綱受け取れ」
「お客さん。危ないですって!!」
「大丈夫、大丈夫。俺も挑戦するから」
「…………知りませんよ?」
トキヤが手綱を檻に投げて入れる。これをはめて連れ出せばいいらしいが私は持たない。ドレイクが荒々しい鼻息と共に立ち上がり。威嚇する。
「はい、大丈夫ですよぉ~」
「グルルル」
両手に広げて近付く、すると。
バシン!!
頬に尻尾が強打する。痛いが、そのままゆっくり距離をつめる。
「中々、生きがいいね」
「グルルル……ワンワン!!」
「「えっ?」」
私は振り返り、トキヤと目線が会う。
「ネフィア、ドレイクの鳴き声ってなんだっけ?」
「どうだっけ?」
「お客さん。ドレイクの鳴き声は鳥みたいな野太い声です」
私は「むぅ~」と唸りながら近付く。トキヤも柵を乗り越えて参戦。
「かわいいです!!」
「気持ち分かる。俺も触るの手伝うよ。ブラッシングしようぜ」
「お客さん、ブラッシングですか? 道具を持ってきます!!」
「グルルル…………」
「さぁ!! ドレイク!! 諦めなさい‼ 私に目についたら最後。はなしませんよ!!」
「俺らに目をつけられたら潔く降参しないと俺は我慢強いし。こいつは魔王やぞ」
「「無茶苦茶になるぞ!!」」
「…………………くぅ」
根気にやられたドレイクは人のようにため息を吐いたのちに大人しくなった。ブラッシング後はタダで売ってくれると言うのだ。太っ腹です。
「お客さんありがとうございます」
「お金は本当にいいの?」
「いやぁ~すごく大変なドレイクで困ってたんです」
「名前は?」
「無いですね」
「ネフィア、名前つけるか?」
「うーん。ドレイクらしい名前」
「俺も思い付かないなぁ」
「ワンワン言うし、ワンちゃんでいい?」
「ワンでいいぞ」
「へへ~ワンちゃんよろしく」
ドレイクの顔に私は頬を擦り寄せる。そのあと感謝されながらその場を離れ。宿屋に戻り馬舎にワンちゃんを入れる。ご飯は雑食らしいので家畜のお肉をあげた。
そして、次の都市へ行く準備をその日に済ませたのだった。
§
昨日。ドレイクを手に入れた。そして今日はそのドレイクに荷物を乗せる。2つ足のドレイクは乗るのにはいいが荷物を持つのはちょっと少ない。しかし、二人だけである事と水は用意しなくていいので少ない荷物で旅をすることができた。
「ワンちゃん。重い?」
「………」ブル!!
首を横に振る。言葉を少なからず理解をしてくれて、頭がいい子だ。私は頭を撫でトキヤは支度を行う。本当に大人しくなったドレイクの手綱は私が持つことにした。今ではすっかり従順である。
「よし!! 出来た。これで荷物は終わり」
「それじゃぁ行きましょう」
馬舎を出た後に北西へ向かい。中央の砂漠は避け、魔国最大の城壁がある都市へ向かう予定である。
「トロール族長に挨拶して行こうかな?」
「それがいい。またここを通るしな。珍しくお前を拒絶しない族長だからなぁ……」
「そっか、唯一かもしれないね」
自分達は彼ら夫婦の家を教えてもらい。向かう途中の道で出会う。
「こんにちは」
「こんにちは~族長さん少しいいでしょうか?」
「ン? オデ、タチニナンノヨウダ?」
「なんでしょうか。ネフィアさん」
彼等は魔王とは呼ばない。私の名前で呼んでくれた。
「ええ、これから北西へ行きます。その前にご挨拶をと思いまして」
「そうですか。わざわざ………」
「オデ、オウエンスル」
「はい、私も応援します」
「ありがとう、頑張ってきます‼」
「ミオクル」
そう言って、彼等は北門まで話をしながら向かい。北門で手を振って別れるのだった。トロール族は優しい種族だと心に刻んだ。
*
ドレイクの手綱を引きながら、北西の都市を目指す。農場から大きな森に変わり。土の商路の途中で魔物の気配があれば狩り取る予定だった。そんな中で私は歩むのを止める。「こっち…………」と言う導く声を聞いた。
「んっ!?」
「どうした。ネフィア?」
「声が聞こえた」
私は微かに声を聞いた。聞いたことのある声。何処で聞いたかを思い出そうとする。覚えている筈なのに思い出せない。一瞬だったから難しい。
「トキヤ。道外れてもいい?」
「大丈夫だ。戻ってこれるようにする」
地面に魔方陣を描いて目印にした後。声した方へ草を燃やしながら進んだ。
「ネフィア、声を聞いたと言ってたいたけど俺には聞こえなかった」
「聞こえなかったの? 『こっち』て………」
「ミミックとかの魔物の囁き? しかし、周囲を見ても………ん?」
トキヤが魔法で周囲を確認し、何かを見つけたようだ。
「トキヤ?」
「見つけた。あるな、確かに」
舗装された土道を外れて深く森を進む。すると小さな森が開けた場所に出た。そこで私たちは崩れた教会を目にする。崩れた壁以外何もない。ただそこに蔦等で絡まった教会が鎮座していた。
「教会かぁ………昔、人間がここまで勢力を広げていたのだろう。この近くに集落もあったかもしれないが今は廃墟だろうな。魔物が跋扈する前の時代だな」
「そうなんだ…………ワンちゃんここで待っていてね」
「ワン!!」
私は手綱を手放して教会に近付いた。壊れ、朽ちた扉を開け中を覗く。至るところ石畳みは朽ち草が芽生えており、蔦が教会を支えているのが分かった。割れかけたステンドグラス、朽ちた屋根の隙間から太陽が降り注ぐ。
廃墟特有のもの悲しい雰囲気だが、草などが芽吹き彩り、所々花が咲いて綺麗さも感じる。冬だけどこの辺りは温暖な地域なのだろうと思う。いや、教会がハウスになっているのかもしれない。
「教会だね………なんの神を崇めていたのだろうね?」
「ステンドグラスを見ると普通の女神だな」
「そっか」
「ネフィア? こら!! 中は危ないぞ‼」
「そこで待ってて」
私は声の主を思い出し教会の中へと歩を進める。周りは朽ちて折れた椅子などが散乱し、蔦が絡まり花を咲かせていた。教会の中心で膝をついて手を合わせ。目を閉じる。
「私のような、悪魔、婬魔に勇気と愛を教えていただきありがとうございます」
祈りを捧げるのは私にこの愛を信じることの助言をくれた名も無き神に祈りを捧げる。すると背後で物音がする。目を開け振り向くとトキヤが笑っていた。
「女神にお祈りとは殊勝な聖職者だな」
「はい、いつもいつも幸せを噛み締めていますから」
「そうか………」
トキヤが膝をつき、胸のロケットペンタンドを握りしめて目を閉じる。
「殊勝なる彼女に祝福があらんことを」
「トキヤ…………」
「人間の神とは決別したが。お前の言う女神には祈りを捧げよう」
「それでも、願ってるのは私の事なんだね」
「ああ、もちろん。今日は冬なのに暖かいな」
「はい……何ででしょうね?」
「太陽が出ているからかな?」
私のたちは立ち上がる。風もない日。教会の割れ目から見える穏やかな空。
「ネフィア、奇跡を信じるか?」
「今が奇跡です。私があなたに出逢えた事が奇跡です」
彼を見つめる。すると皮手を外し私の頬を撫でる彼。その手の上に私は自分の手を重ねる。もちろん鎧の籠手を外し、中の白い手袋も外して重ねた。見つめあって数分。彼の目付きが変わる。
「本当に綺麗な女になったな」
「へへ………女の方が幸せですね」
「なら、ちょうどいいな。教会だし」
頬から手を離し、彼が私に向いて跪く。
「ネフィア、君は太陽のように綺麗な女性である」
「と、トキヤ? どうしたの?」
「優しく。暖かく。そしてそれを自分は昔から知っている気がする」
「えっと………恥ずかしい言葉を並べてるけど大丈夫?」
「ああ、大丈夫。ネフィア、これを」
「!?」
彼が、小さな箱を取りだし私に捧げる。見たことのある箱。中身を私は知っている。私は口を押さえた。
「ネフィア、愛してる」
真っ直ぐ、私を見て。彼は短く言葉を付け加えた。私は震える手で箱を受け取り中身を見る。願った。旅が終わったら聞いてみようと思っていた物。それがここで手に収まる。
「……………うぅ」
開けて中を確認すると。赤い小さな宝石のはめられた指輪がある。赤いガーネットが太陽の光で輝いていた。見た瞬間、目の前がまた、濡れている。
「トキヤぁ………うれしい……」
「………」
「ごめん。嬉しいのに涙が出ちゃう………」
「答えを聞きたい」
トキヤが立ち上がる。真っ直ぐ私の言葉を待っている。答えは決まっている。
「受け取ります………」
「よかった。手を拝借」
彼が箱を取り指輪を出す。私の左手の薬指に嵌めてくれる。その後、指輪に彼がキスをし、宣言する。涙を拭い言葉を聞く。
「騎士として護りきることを誓います」
「騎士としてですか? ダメです」
「…………では、何を誓えばいい?」
「一生、私を妻として愛すことを誓って下さい。最後に怖じ気ないで」
「………ネフィアを自分の妻とし一生愛することを誓います」
「私も、トキヤと言う騎士を夫として一生愛すことを誓います」
宣言の後、彼が強く私を抱き寄せる。力強い包容。そして、私はわかっていたから目を閉じて彼に委ねる。唇に誓いを結ぶ。何分そうしていただろうか………私の頬に一筋の涙が乾くまでそうしていた。離れたあと。私は微笑みを自分の夫に向けた。
「これからもよろしく」
「ああ、こちらこそ。長い時間よろしく」
「………あーあ、どうしよう」
「どうした?」
「魔王城行く理由、半分なくなちゃった」
「何かあるか分からないから告白したんだけど。魔王城と何が関係が?」
「私……終わったら告白しようと思ったの。でも嬉しい」
「そうだったのか。それより、ええっと本当に俺でいいの?」
「トキヤこそ。私以外と想像できる?」
「できない」
「私も、トキヤ以外と想像できない。もっと自分を信じて私だけの旦那さま」
「…………途端に恥ずかしくなったなぁ」
チャリン!!
「ん?」
足元から音が聞こえた。見ると小さなメダルが落ちている。今さっきは無かった物。祈りを捧げる女性が彫られている。裏面にはエメリアと書かれていた。
「これ、今さっきあった?」
「いいや。無かったはずだ」
「………神様がくださったんだ」
「そんなバカな」
「そうだよ、きっと…………私たち今日、夫婦になりました。導きくださりありがとうございます」
「本当に居るのか女神が?」
トキヤはまだ疑っていたが私にはしっかり見守ってくれていることを肌で感じていた。女神は存在している。そして、私はその方に感謝するのだった。
§
土の道を歩くと少しずつ温度が下がっている気がして空を見上げた。空は曇り、今にも雪が降りそうな重い雲が漂っている。
この前の教会が嘘のような寒さに息が白い。しかし、そこまで寒さを感じない。それはトキヤが魔法で守ってくれているお陰である。
「雪が降るかな? ワンちゃんどう思う?」
「ワン」
「降るか~」
「今さっきから気になってたが会話できるのか?」
「出来るよ~ワン1回がはい。2回がいいえ」
「へぇ~」
「質問してみる?」
「いいや、何も聞きたいことないな。少しだけ懐かしい古き竜の臭いがするんだ。会ったことあるようなぁ……」
「ワンワン」
「ふーん? そんなことより降るね~」
「雪、降るな」
そう、言っていた通りにゆっくり雪が降りだす。
「あっ本当に雪だ」
「大雪になる。その前に今日は休もう」
道を外れ野宿の準備を行う。雪が大きくなり積もり出した。トキヤが用意した魔方陣の中で私たちは待機する。目の前がどんどん白くなり、歩きにくくなる。
「これは明日、大変だな。ネフィア」
「うん、大変だね」
「………もう少し緊張感を」
「夫が勇者なので無理ですね。頼る」
「勇者じゃない。魔王を倒してない」
「勇敢な騎士の者を勇者と言います。それに倒されましたよ?」
「倒された?」
「ネファリウスは倒され、ネフィアが残りました。後は、こう………押し倒されました」
「ああ、ええっと。あったねぇそういうこと」
「夫婦になる前から体の関係は持ってましたね」
「順序逆だったな」
「いいえ、あれで本当に女になれましたから」
魔方陣の外の雪を眺める。座りながら彼の肩を借りながら。
*
朝起きると魔方陣の外は雪がつもっていた。道までを炎の魔法で溶かし、土道に戻る。雪が深いため、少し困った。歩けない。
「トキヤ、ここで立ち往生?」
「いいや。後ろへ、ネフィア」
トキヤが剣を鞘から抜き、鞘を私は受けとった。そして彼は足を広げ肩に剣を担ぎ、柄の先端と剣の十字の根本を持ち剣先から嵐が纏わせる。
私はその構えを知っている。ある戦場で取得した居合いの技をアレンジした物で大剣でありながら高速の剣筋を産み出す。紫蘭から盗み、会得した彼だけの技術だ。そして剣にエンチャントを行い、嵐を打ち出す準備をする。
「ストームルーラー」
ブゥウウウウン!!
剣を降り下ろし、剣先から嵐が解き放たれる。渦を巻き、雪を巻き上げて突き進み、嵐が去った後には道が出来上がっていた。両脇に高くなった雪壁があり、それを見て満足したトキヤが鞘を受けとり剣を納め肩に担ぎ直す。
「道が真っ直ぐ進んでいればいいな」
「あのぉーもし人がいたら?」
「いないさ、冬に旅なんてしない」
無茶苦茶である。人が巻き込まれてないことを願いながら私たちは道を進んだ。
*
進んだ先で熊の魔物に出会った。3メートル以上の巨体だが、「臭みが強いが美味しいお肉だぁ」と嬉々として二人で倒す。
きっとトキヤの攻撃で冬眠から音で目が覚めてしまったのだろう。やっぱり、魔物なので大きく1日剥ぎ取りで時間をかけ、毛皮と熊の手、肉を手に入れた。肉は血抜き後に皮で丸めた。
臭いはやはりキツく。ドレイクのワンちゃんが嫌がると思っていたのだがそんなことはなかった。ワンちゃんは力持ちであり多くを積んでもびくともしない。魔物の遺体の近くで野宿し、匂いにつられた2匹目の魔物を待つが現れず。次の日に歩き出した。旅は順調である。
「ねぇ~トキヤ。次の都市ってなに?」
「商業都市かな? 砂漠を隔て北に進んだ先にある」
「族長はどなた?」
「魔王かな」
「はい?」
聞いたことがない。全く聞いたことがない。
「中心の商業都市は利益が見込めるため族長同士のいざこざが激しい。誰もまだ上が決まっていない。だから魔王が統べている。そういう建前だ」
「では、どうやって管理を?」
「族長の支配地域があり多種多様、大小様々な族長の派遣した者達が管理している」
「面倒そう」
「まぁ面倒そうだが。暗黙のルールがあるからな。全て金で解決。商人の世界だから簡単だろう?」
「うわぁ………愛がないのですか?」
「愛も金で買える」
「はぁ、もし魔王になったままでしたらすぐに終わらせますね」
「やめとけ。利権が絡みすぎているから。つついたら面倒だ。絶対に纏まることはない」
「魔王って大変そう、絶対なるもんか」と私は思うのだった。
*
雪道を歩いていると開けた場所に出る。もちろん人の手によって開拓された場所で大きな都市が見えた。
高い壁、そして人の出入りの多さ。雪道を歩く人々。誰もトロールの都市へ行く事はなかったが、行商は多いと見る。
「魔国中心の都市。名前はない。中心街っと言われてるぐらいか……」
「魔王城が中心だと思ってた」
「魔王城は奥深い雪ももっと多いと思う地域。北門の道は魔王城へ続く道。東門はトロール。もしくは古の森、ハイエルフ等の森の民。南は砂漠の亞人、スパルタ国。西は自然豊かな妖精国とエルフ族だな」
「…………ん」
「どうした?俺の顔を覗き込んで?」
「詳しい。詳しすぎる」
「一般教養だ。わかるか?」
「バカにしてることはわかった」
「本読んでたんだからわかるだろ?」
読んでた本が違う。
「物語ばっかりでした。それと、あんまり役にたたない」
「へぇ~本を読んでの料理は美味いのに?」
「努力の結果。夫には美味しいもの作って喜んで貰いたいから。ずっとこっそり勉強してたの……トキヤが眠ってる日々で」
「…………なんて言えばいい? 嬉しいけど何を言ったらいいかわからんのだが?」
「好きって言えばいい」
「ちょっと無理かな。簡単に言うもんじゃない。軽く思われるぞ?」
「好き好き好き!! 軽く見える?」
「見えないな~」
「言ってほしいなぁ~」
「さぁ~行こうかワン」
「ワンワン!!」
ワンちゃんがトキヤの肩を噛む。
「くそ!! お前も言えって!? お前……」
「ワン」
「………はぁわかったよ」
「わくわく」
「愛してる」
「愛してます」
「畜生、恥ずかしいなぁ。おい」
都市に向かって歩き出す。私はニコニコとしながら満足しながら。
*
魔城の執務室で自分は唸る。賞金首の情報も何もかもない。しかし、悠長に待ってるほど気も長くない。暗殺は失敗したが現に魔王はいない。ならば宣言すればいいと考え策を用意する。
「トレインさま。完全に見失いましたが替え玉が用意が出来ました」
「そうか、良かろう。これから有力者全員に招待状を送り。来年度、魔城でパーティーを開く」
「畏まりました」
「計画通りなら皆、ひれ伏す筈。我が力でねじ伏せ。魔王から譲位を宣言させる」
「悲願達成ですね」
「そうだ。魔王となる者は魔剣の持ち主だと誰が決めた? 強き者が魔王だ。そして……デーモンの父を越える」
「ええ、その通りです。大母上も喜ばれる事でしょう」
「ああ。それに………もう死んでるかもしれないしな。ははははは!! もっと早くそうしていればよかった!!」
族長に力を示し屈服させるには簡単だ。滅ぼす力を持ち見せればいい。
「服従選ばない者は見つかったか?」
「リストにございます」
「ふむ。では、見せしめはどの種族かな………」
自分は吟味することにする。力を示すならばそれなりに強い者がいい。そして、滅ぼせる力を示せれば魔王になるには簡単だ。
§
冒険者の身分証明書で私たちは都市に入った。全く疑われずに潜入できたので冒険者の身分証明書は凄いことを再認識する。
都市内部を見渡すと雪が無く。冬で寒いはずなのに人だかりと行商、色んな種族が行き交い活気に溢れていた。出店は無いが建物の中でしっかりと商いを行っているのがガラス越しで見え、店の中は魔法のカンテラと魔力石のストーブで暖かそうだった。
「ネフィア……人間より、いい生活してそうだな」
「魔力石ストーブって便利だよね~」
「魔力を入れて炎を産み出し続けるから管理が楽だろう。ただしっかりと換気しないと空気が薄くなるな」
行き交う人々の中に人間もいるので怪しまれず。トキヤは目立たない。しかし、私は目立つらしく目線が集中する。なのでフードをかぶり直した。
「皆、見てる。美しいからね。美少女はつらいよ」
「自分で言うな」
「だって、トキヤ。誉める事が少ないもん」
「はいはい。綺麗ですよ、お嬢様」
「違う~もっと心を込めて」
ドレイクの手綱を離して彼の腕を掴む。嬉しくて顔が緩んでしまう。
「おい、手綱!!」
「大丈夫、ついてきてね」
「ワン!!」
「ああ、くそ。くっつくな!!」
「やーだーくっつくの~」
「はぁ……周りの視線を気にしろよ」
「大丈夫、愛し合ってることを見せつけてるだけだから」
トキヤが溜め息を吐きながら冒険者御用達の宿屋へ行く。前に泊まっていたらしい場所に馬舎と一緒に借りて旅の疲れ等々落とす予定だ。早速、部屋に荷物を置きに来た。ベットはもちろん。
「ベットがひとつ。予備のシーツも用意してもらわなきゃ!!」
「予備のシーツ?」
「うん。いるよね? いるよね? 私の種族知ってるよね? 久しぶりだからワクワクする。夫婦での営みはさぞ愛が深いでしょうね!!」
「あーはいはい。落ち着こうな? 発情するな……」
「はーい。今日は寝かさないでね?」
「ド婬魔」
「婬魔だけど? だって………婬魔とか関係なくて。抱かれるの好きだから。夫の力強い抱擁は私を蕩けさせるのです~あああ~」
「はぁ……まぁ……あのな限度を知ると言えば……」
「へへ、相思相愛」
「だぁ!! こっぱずかしい!! 早く荷物を置いて、皮を売りに行くぞ‼」
「はーい」
荷物を運搬し置き。冒険者ギルドに熊の素材を持って出向くつもりだ。そのまま荷物だけ整理して着替えずに向かい、大通りから冒険者ギルドに入って魔物の物を早く売りさばく。いいお金になった。ギルドは他と同じ酒場と並列しているタイプで、大きさもそこまで変わらない。だが、トキヤが一つ。受付にお願いした。
「賞金首の用紙を全部貰おうか」
「トキヤなんでそんなことを?」
「お前を狙ってくる奴を仕留めていれば賞金首に出会うかもしれない」
「へぇ~………んんんん? それって私を餌に釣るってこと」
「見てみろ。お前の値段」
私の賞金首の値段が驚く金額になっている。
「うわぁ~すっごーい。もちろん知ってる。まぁ別に気にしないけど」
「あ、あの。その巨額の賞金首は取り下げられました」
獣人族の猫耳がついた亞人の店員が賞金首リストを持って現れる。
「へぇ~どうして?」
「見つかったらしいので。替え玉でしょうけど」
「ふ~ん」
「良かったなネフィア。賞金首じゃなくなって」
「そうだね。まぁでも~あんまり気にしてなかったから」
「俺が護るからか?」
「そうです。優しい強い夫さまが私を助けてくださいます。トキヤ!! デートしたいです‼」
「仕事して、金を稼いで、借金返すまでお預け!! ちっとは自制という言葉を覚えろ!! 何度も言うぞ!!」
「え~こんな体にしたのは何処の誰よ」
「それを言うと……何も言えんけど……」
「あっ、この冒険者バカップルだ」
「すいません。連れがあれで……」
私たちはそのまま賞金首の紙を貰い。それとは別に依頼の掲示板を覗く。魔物討伐等や護衛。雑用等だ。あとは祭りの用意。
「祭りの用意?」
「年末だな」
「年が変わるんだ‼」
「そそ。年が変わる日は重要なイベントだ」
「今年は一人で年を越さない!! 暗い部屋で越さない!!」
「あー明るく言ってるけど。なんと言えばいいか………今年は俺がいるから寂しい思いはさせないぞ」
「うん!! やっと、一人ぼっち卒業かな」
「す、すみません。他の冒険者が掲示板見たいのですが………その。イチャつかれましたら中々割って入れないので………えっと」
店員がまた。注意しにきてくれた。オドオドしたかわいい女の子だ。尻尾がピョコピョコしている。
「すまない。掲示板から離れるから」
「ごめんなさい。ついね」
「あ、ありがとうございます!!」
「仕方ない、ギルド長に挨拶でも行くか。仕事くれってな。後は恩が少しとお前に会わせてもいいかもしれない」
「職権乱用では?」
「大丈夫。知り合いだ」
「交友関係広いなぁトキヤは」
「勝手に広くなってしまうんだ。情報の取引で」
「知ってる。トキヤって強いから適当に助けて適当に恩を売ってサヨナラする人だもんね」
「恩を売っていれば少なからず、いつかは益になるからな」
「皇女」
「やめてくれ、あれは大失敗だった。忘れろ」
「は~い」
そんな話をしながら、ギルド長の部屋へ向かう、酒場の後ろからギルドの通路に入れるのはどこも同じであり、衛兵の悪魔に身分証明書を見せてお通し願った。そのまま案内してくれて入った部屋は煙臭く、奥に大きな天蓋付きの椅子とカーテンがあり、そこでパイプを咥えた女性が腰かけていた。
「………誰だい」
妖艶な婬魔のようなきわどい服を着た女性。鋭い瞳と丸い羊の角。種族は悪魔だろう。綺麗な女性やエロい人は全員婬魔と判断する。軽率だが……淫魔ぽい人だ。
「ああ、人間。久しぶりだ」
「久しぶり。悪魔ファウストさん」
「えっ? えっ? 悪魔?」
同族に見えた。
「そうだぞ。冒険者ギルド長で、お前の遠い遠い親戚だな」
「ん………そこの女は悪魔? 角が生えてないねぇ」
「婬魔とハーフです」
「婬魔とハーフ。もしや、お前は魔王ネファリウスかい?」
「いいえ、ネファリウスは死にました。ネフィア・ネロリリスです」
「そうかい………くそったれな父と母から生まれたわりには、まともそうだね」
「彼がいますので」
「んん? そうかいそうかい。まぁ彼は強いから。それで何のようだ? 人間」
「城の地図ありがとうございました」
「ああ、報酬はもらった。それ以上はお礼を言われる筋合いはないよ」
「まぁ儀礼的な物で御礼を述べただけです。『お仕事でなにかあれば下さい』と思ったのですが………どうでしょうか?」
「ふーん。お前が仕事をくれとな」
「まぁ早急ではなくていいのですが」
「………そっちは魔王と言ったか?」
「ええ、そうですね」
「なら、報酬は後でやろう。今日は帰るんだ」
「わかりました」
そのまま部屋を出る。ちょっと服が煙の臭いがついてしまう。
「あーあ。やっちまったか?」
「ん? どうして?」
「情報をあげてしまった……軽率だった………いや、何でもない。それより、珍しいだろ? 悪魔の冒険者」
「婬魔みたいな人だね」
「婬魔のように男を漁ってるから間違いじゃないな。満足出来ないだとさ色々。まぁ金でヤラせてくれるから人気な冒険者さ」
「へぇ~娼婦みたい」
「まぁ、人それぞれ」
「私が……娼婦したら儲かるかな?」
「ネフィア!!」
「冗談だよ。その反応、ありがとう嬉しい」
「………小悪魔」
「はい、悪魔です」
「悪魔は朝と寝る前にお祈りを捧げないぞ?」
「悪魔でも優しい女神様は大好きですよ」
その日は、仲良く駄弁ったあと深くドロドロに愛し合うだけで1日が終るのだった。
*
次の日。昨晩雪が降ったのか外では魔法によって除雪が進んでいた。私は袋からビンを取り出し蓋を開けスプーンで中身を掬おうとする。
シュ
だが瓶をトキヤに奪われる。
「ネフィア。朝からこれを朝食にしない!!」
「ジャムは朝から食べるものだ‼」
「直接食べるものじゃない!! 何か塗れ!!」
「パンが無くても食べられるじゃないか!!」
「お前!! 一瓶丸々食べきっただろ!! この前!!」
「大丈夫。半分で抑えるから」
「半分でも多いわ!! 糖分過剰接種は体に悪いんだぞ!!」
「嫌だ‼ そのまま食べる!!」
イチゴジャムの瓶を奪い返そうと手を伸ばす。
「ダメだ!!」
「嫌だ‼」
「食べ過ぎ!!」
「美味しい!!」
トキヤが瓶に蓋をし、抱えて逃げる。
「うぅ………どうしてダメなの?」
「一気に食うだろ‼」
「はは、そんなこと………ない……かな?」
「自信がないからダメだな。何度も言うぞ、過剰摂取だ」
「うぅぅぅ!!」
トキヤに抱きつく。
「お願いします!! 朝に食べないと元気がでないんです‼」
「いっつも元気だ!!」
「ううぅ。一口だけ一口だけ」
「………一口だけだぞ」
「わーい」
トキヤが瓶蓋を開け私に向ける。もちろんスプーンでごっそり持っていこうと思う。
「あっ………お前」
瓶に蓋をされる。
「ごっそり取る気だな」
「はは………なんでわかるの?」
「なんとなく」
「そっか、なんとなくかぁ」
少しだけ嬉しいかもしれない。以心伝心だ。
「スプーン貸せ」
「はい」
蓋を開け、一口分だけ掬い。それを私は口に含む。甘い。
「美味しい~」
「これで我慢しろ。食べに行くぞ朝食」
「はーい」
いつもより幸せと甘さを感じる。一口だった。
*
ギルドの隣の酒場でトーストを頼む。他の冒険者等も朝食を食べに来ている。私はイチゴジャムをトーストに塗り朝食をいただく。
「いただきまーす」
「本当に病気になるぞ?」
「看病してね」
「なる前提で話をしない。で、面白い情報ある?」
「私が今、酒場で噂を拾うと。何処かの族長と魔王軍で紛争がある噂と、魔王が見つかった噂と、帝国がまた連合国と戦争する話かな」
音拾いの魔法で手に入れた情報。お金稼ぎ出来そうな物はない。
「んん? お金稼ぎ出来そうな物があるな傭兵だ」
「傭兵?」
「そう、戦争に参加。兵士をな募集してるだろうからな。冒険者でもお金稼ぎで戦争参加を行うのはある」
「そうなんだぁ」
「そうそう………」
ガチャン!!
「大変だ‼ 魔物が現れた!! 至急応援を!!」
ギルド内にただらなぬ雰囲気でトカゲの獣人の衛兵が現れてギルドの受付に助けを求める。その騒ぎを聞いたのか奥の扉から赤い恥女のギルド長が顔を出した。パイプタバコを咥えたまま。妖艶な姿で登場する。
「なんだい? いきなり叫んでさぁ。確かにここは冒険者ギルド。何でも屋で揉め事等も請け負う。落ち着いて依頼の話をすればいい。叫ぶことないさね」
「ギルド長!! 至急、兵をお貸しください!!」
「ああ、報酬は後でいいね。そこのお二方。行ってあげな。お望みのお仕事だよ」
パイプを自分達に向け、「行って来い」と言う。私たちは顔を見合せ、席を立った。
「人間二人だと!? 他に居ないのか?」
「あん? あんたの目は節穴かい? まぁいいたっぷり請求してあげる。一体、誰を寄越したかをね」
「他を所望する!!」
「ネフィア、勝手に行こうぜ」
「音拾うと………騒ぎは西門だね。屋根登って行こう」
「店主。お代はあの衛兵の元締めから取ってくれ」
「はいよ!!」
「ま、まて!! 人間!!」
「さぁ、あんたはお金の話をしないといけないから待ちな‼」
トキヤと私は依頼を受けて酒場を後にした。
*
西門、屋根上だが到着するとトカゲの衛兵に魔物ぽい者を取り囲んで口論していた。特徴的な姿で下半身は蜘蛛の形を持ち8本の足に上半身は裸体の女性がくっついている姿だ。口論は「買い物させろ」と「ダメだ入って来るな」だけの押し問答だ。
「ネフィア、あれって」
「ええっと。珍しいね魔物のアラクネだよ……アラクネ」
人の姿をしているようで実は魔物のアラクネ族。何故なら彼らは私ら魔族を餌としか見ていない。四天王の一人もアラクネ族だが、あれも魔物のままであり、側近の戦力で多大な影響を持っている。そう、捕食者。生態系の上に位置する種族だ。
「アラクネって魔物だよな」
「言葉を喋れる魔物だね。魔族と敵対してる。食べられちゃうからね」
「………それより。いい胸だな」
裸体の女性を指差したので叩く。
スパーン!!
「い、いたい。ネフィア、すまんって!!」
「バカ!! どこ見てるの!!」
「胸、腰、顔」
「………人間ってけっこうアホなの?」
「男は皆、アホだよ。だから薬で抑えるんだ。俺はな」
「うん、理解できた。確かに下半身を目を瞑れば綺麗だね」
実際、上半身は美少女。顔に複眼がついてるのを気にしなければ素晴らしい女性だろう。トキヤが私を姫さま抱っこで持ち上げ屋根から降り、私を石畳みの道路へ下ろす。
「何故だ!! 入れさせろ‼」
「ダメだ!! 魔物を入れたら混乱が起きる。それに信用できるか!! アラクネの魔物め!!」
「あああ!! 全員始末するぞ!!」
「お、脅しに屈しない!!」
「もう!! 入れさせろ‼」
パチーン!!
「「!?」」
私は指を鳴らすと指を鳴らした音が周りに響き渡る。そして、喧騒が無くなり私の声が通るようになった。
やったことは音を奪うことと私の出す音を伝えやすくすることだけである。だがそれで皆に私を注目させる。
「音魔法、音奪いと音渡し」
衛兵とアラクネが何かを喋ろうとするが何も音を出さない。驚いて私を見続ける。
「初めまして。ネフィア・ネロリリスと言います。何か騒ぎがあったようですが? なんでしょうか? どうぞ、あなたからお聞きします」
アラクネの方向に手を差し伸ばし話を促す。
「あ、あ……声が出る。都市に入りたいんだ‼ 頼む!!」
「なんで入りたいのでしょう?」
「ふ、服とその………人間の食料を分けてもらおうと……」
「そうですか。衛兵さん。ダメでしょうか?」
次は衛兵に話を促す。
「どこの馬とも知れない奴が仲裁に入ってくるな‼ 余所者だろう!!」
「…………余所者?」
「そうだ!! 人間の癖に」
「人間………はぁ………」
ダンッ!!
地面を踏みつけて大きな重たい音を響かせ衛兵を睨み黙らせる。話が進まないので仕方がない。
「我は魔王ネファリウス。余所者ではない!!」
「ま、魔王さま!?」
「もう一度言う。彼女を都市に入れさせるのは是か非か!!」
「あ、えっと!! 混乱が乗じます。アラクネどのには申し訳ないのですがお引き取りお願いしたいと思います。魔王さまのご命令でもそこだけは譲れません!!」
「くぅ!! 認めない!! 魔王!! そこをどけ!!」
「……………そうですか。落ち着いてください、アラクネさん。必要なものを私たちがご用意します。それで手を打つのでよろしいでしょうか? ダメでしたら貴女を今ここで狩り取らないといけません」
「えっいいのか? お願いしよう。物が手に入ればいいからな」
「よかった!! では、次に衛兵さん。彼女をここで待たせることは許してもらえますね?」
「それぐらいであれば大丈夫です……」
私はうまく仲裁が出来た。トキヤが控えて大きな剣に嵐を纏わせて威嚇し、様子を見ていてくれたのも大きい。荒事も視野にいれていたので一番の平和な解決で良かった。
「あ、あの。魔王さま。生きておられたのですね」
「私を魔王と思いますか? 嘘ですよ」
「えっ?」
「ネフィア・ネロリリス。駆け出し冒険者です。衛兵さん、立派なお仕事ぶりでした。まぁ魔王を知らない人が多いので嘘もつけるんです」
衛兵に一礼をし、アラクネの元へ行く。周りが騒がしくなり、口々に自分の事を噂した。
「ええっと。何が必要でしたか?」
「人間のたべものと………そのぉ……わ、わたしの服が欲しい」
「わかりました。ちょっと体を測らせてください」
「はかる?」
「体に合った服を探します。あと魔物だからでしょうが裸は感心しませんね」
彼女の背中に乗り、体のサイズを大体測る。そして驚くのは胸が大きいこと。これはゆったりした服がいい筈だ。
「そ、そうか………あいつにもそう言われて買いに来たんだ」
「では、行ってきます」
「ネフィア。俺はどうしようか?」
「トキヤは衛兵の監視をお願いします」
「へーい」
「い、いつのまに!?」
トキヤがアラクネの背後に立つ。私も見逃すほどに動きが速かった。
「アラクネさん。嫁が帰ってくる前に色々話をしよう。大丈夫。あんたは俺が衛兵から守る」
「………人間は格好いい生き物なんだな……彼と同じように」
「お金は後で貰いますからね」
私は買い物をするべく商店へ出向く。そして変な感じがした。胸につけているメダルが震えたのだ。だから、私は察した。あの必死さはきっと彼女は誰かに恋をしてたのだとメダルから伝わる熱でわかる。そう思うと助けてあげようと自然に思えた。愛の宣教師として、女神を崇拝する者として。
*
アラクネの買い物を済ませ、彼女に服を着せる。白のワンピースでゆったりしたものを着せた。非常に胸の辺りが膨らみ、お腹が太っているように見えるところを大きなリボンで結び引き締めて腰と胸ののメリハリをつける。
とにかく服を着て貰わないと目に毒だった。門の前に男が見に来ている程に注目を集めていた。ドレイクのワンちゃんを呼んで、多くのご飯を乗せてアラクネについていく。
「すまない。わざわざ危ない里までついてきてくれて」
「いや、そのね。心当たりがある人だから」
「そうそう。すっごーく心当たりがあるんだ」
最初は買い物だけで済まそうと思っていたのだが。捕らえられている人の話を聞くとどうしても確認したくなったのだ。トキヤの知り合いぽく、私も夢で見たことがある人だ。
「そ、そうか!! ご友人か!! はぁ安心した。人間だからどうしたらいいかわからなかったんだ」
「へぇ~」
「ご飯も何をあげたらいいかを知らないから」
「………いつから? 捕らえたの?」
「1、2週間?」
「ネフィア!! アラクネ!! 早く行くぞ!!」
「うん!! これはいけない!! 餓死をする!!」
「えっ!? そ、そんな!! 一月は大丈夫なのでは?」
「「お前だけだ!!」」
「しゅん………」
「は、早く帰ろう!! あの人が死んでしまう!!」
「ワン………ワン………」
ドレイクが呆れて唸っていた。そのまま駆け足でアラクネの里へ入るのだった。
*
アラクネの里の手前にドレイクを隠し、アラクネはそのまま素通りする。自分達は後ろを隠密でついていく。高い木々に蜘蛛の糸で作られた足場と家らしき物が点々とし、テントのようになって雪が遮られていた。アラクネ族がカサカサ動いているが全員裸である。
里の中では魔物が吊るされ、それを他のアラクネがお食事中だろう、かぶりついている横を通ったりもした。音を立てずに一つの蜘蛛の巣に潜り込む。
「はぁ、魔物の巣窟だねここ」
「アラクネ族は魔王の傘下じゃぁ無いんだな? 知らなかったぞ」
「トキヤ。パン、お米に忠誠誓う?」
「つかないな」
巣の奥で誰かが蜘蛛の糸で縛られている。隣に白い鎧と高価そうな剣が置いてあった。
「………ん、帰って……来たんだね」
奥で憔悴しきった男が顔をあげる。見たことがあった。そしてわかる。危ない状態なのを。
「ネフィア回復魔法だ!!」
「無理だよ‼ 飢餓は癒せない!!」
「とにかく何かを入れないと!!」
「………誰か………いるのか………」
目が空いていない。これは本当に危ない。
「ど、ど、どうしたらいい?」
「えっと、自分で食べる事が出来ないから。これを砕いて細かくして飲み込ませるんだ‼ 一番は口移しがいいけど………覚悟がいる。私はやだ」
「口移しだな!!」
アラクネがパンを噛み千切り。そして咀嚼。憔悴しきった男にそのまま口から流し込んだ。彼から飲み込む音が聞こえた。
「水は飲ませてたの?」
「もちろん。だが………ご飯はどうすればいいかわからなかった。都市に行けばあると思ったんだ。殺されるかもしれないが………どうしたらいいか本当に分からなかったから」
「解放すれば良かったじゃないか?」
「……………それは、嫌だ」
「トキヤ、わかってないね。まぁそんな鈍感さんも好きですけど」
「お、おう」
「……………………本当はそうすべきだったのか」
ある程度、口移しを見守ったあと。私は外傷を調べたが無事そうで安心し、今日は帰ることにする。
「ランスロット。変な所で出会うとは……」
「本当ですね。屈強な王子さまもこうなればただの餌ですね。早く帰りましょう。お邪魔ですし」
「お邪魔?」
「はい、お邪魔です。吊り橋効果って知ってますか?」
「………知らないけど?」
「まぁ、元気になるまで待ちましょう」
私たちはアラクネにどうすればいいかを伝えて里を後にした。
§
夫の親友が意外な場所で出会った次の日。私たちはギルド長の部屋に報酬を受け取りに来る。
「あいよ!! 今回の報酬、安いだろうがいいだろ?」
「……」
私は覗き込むが小さい袋で貰った中身は金貨数十枚。安くはない。思った以上にけっこうな金額だった。
「けっこう入ってるね」
「ああん? そうか? お前を動かすには安い金額だ。まぁ、衛兵長に脅しといたから、ついでにたっぷり貰ったがな」
「ならもっとくれてもいいんじゃないか?」
「ふん、次の仕事を依頼するんだからいいだろ?」
「まぁいいけどな」
「トキヤ、苺ジャム買おう!!」
「却下。まだ、残ってるから今度な」
「……………はーい」
「ふふ、魔王。あんた彼に尻を引かれてるのかい? なっさけないねぇ~それでも悪魔かい? 男なら簡単に従えれるだろ」
「悪魔の前に彼のお嫁ですから」
「はは~ん。なるほどね~どうりで。わかった、早くここから出ていきな。仕事があったら呼んでやるよ。だから早く行った行った。そして忠告だ」
「なんでしょうか?」
「イチャイチャするのを控えろ。ここはそういう店じゃない」
「お、俺は一切そんなことは!!」
「私はただ!! 彼の隣にいるだけです‼」
「いや……ネフィアそれがいけないんだ?」
「なんで!? 仲間なら隣に立つでしょ!!」
私は嫌々と首を振って彼の腕に抱きつき離さない。
「苦情が上がってるんだよ。特に男の方にな………気を付けな。いい女を侍らせてる屑だってな」
「納得いかねぇ………俺だけかよ」
トキヤがぶつくさ愚痴を言いながら部屋を後にする。もちろん私はくっついたままだ。
「トキヤ、大丈夫だよ」
「お前が抑えるべきなんだよ!!」
「ひたぁい!! つまひないでぇ!!」
ほっぺを摘ままれて捻られる。無茶苦茶痛い。
「はぁ。嫁に手を出して何してるんだ俺は」
「ひたい……頬」
ほっぺをつねられた場所を擦る。
「酷い。私は悪くない」
「本心」
「悪いけど、抑えきれないから。先に謝っとく、ごめんなさい」
「……………昔のお前は本当に何処行ったんだろうな。謙虚さが抹消されたよな。噛みついていたお前が懐かしいよ本当に」
「あいつは死んだ。勇敢な死だった。それはもう立派な死だった」
「勝手に殺さない」
そのまま、依頼待ちと言うことで酒場を私たちは出た。冷たい空気が肌を刺す。しかし、すぐに緩和され動きやすくなった。彼の魔法は本当に暖かい。風が私を包む。
「どうしよっか? デート?」
「一緒に居ることをデートとすぐに言わない……まぁいいけど」
「ほ、本当に?」
冗談で言ったことが通る。儲けた。
「本当だ」
「やった!! じゃぁ行きたい所へ絶対についてくること!! いいね!!」
「い、いいけど。ど、どこ行くんだ? 普通な所な!!」
「ひ、み、つ」
私は彼の腕を掴み。唇に人差し指を押さえ、小悪魔の仕草を意識した。彼は空いた手で頭を押さえ全く効き目はなかった。
*
「えっと、何故ここ?」
「大衆浴場です」
「知ってるが? 昨日来たよな?」
昨日、汗と泥を取るためにここに入った。色んな種族の中にも風呂に入る種族もいる。エルフ等の人間に近い種族がよく入っている。
大きな建物に入り、受付を済ませる。少し高めだが昼間なので安い。夜は利用客が多く高いのだ。鍵を貰って彼を引っ張っていく。
「何処へ行くんだ?」
「ついてのお楽しみ」
鍵を明け個室に入る。トキヤは部屋に入って初めて分かったらしい。
「おい!? ここは共用か!! しかも個室の!!」
「そう、男風呂、女風呂………そして共用のための個室」
「落ちつけ。まだ、日は高いぞ!!」
「日が高いから安いんだよ? 昨日、お風呂で婬魔のお姉さんが教えてくれた」
売春婦の一団に声をかけて教えてもらったのだ。
「しかしだな………」
「夜はもっと凄いことしてるのに?」
「ま、まぁその………しかしだな」
「一緒に入りたいの。だめ?」
手を合わせて、可愛く首を傾げてお願いする。心ではニヤリと笑いながら。
「くっ、だめだだめだ!! 淫らだ」
「婬魔ですが」
「畜生、本職だ!! 畜生、恥じらいのない淫魔は手強い……」
「…………ねぇトキヤさん」
妖艶に耳元でに顔を近付ける。胸を彼の腕に押し付け。彼の手を太ももで挟む。彼が唾を飲み込んだ音が聞こえた。もう一息。
「一緒に入ろ?♥」
「あぐぐ………………はぁ、わかったよ」
変なところに細かい彼を説得し一緒に入れりようになった。勝ち誇りながら彼の服を脱がして入る。
*
小さな湯船、先に彼が入って貰っている。次いで私は浴室に入った。彼の逞しい体を見て心が跳ねる。「何度見てもああ、愛おしい」と思うのだ。
「ネフィア、なるべく体を隠してくれ」
「いいよ………隠した方が好きなんでしょ?」
「……………ええっと。そんなことはない」
「両方好きだったね」
「ぶくぶく………」
私は鏡の前に立ち自分の全体を眺める。胸と下半身の大事な所だけを隠していた手をするっと退けて形を見る。
「トキヤが好きそうな体だね」
「鏡を見て言わない………」
「照れてる?」
「お前は恥ずかしくないのかよ」
「恥ずかしくないわけじゃないよ?」
振り向き、彼に私を見せつける。
「それよりもトキヤの事が好きだから。我慢できる。それに嬉しいよね。自分の体が好きな人の好みだから。愛おしい体だもんね。これが婬魔です」
「何度も聞いてきたけど俺には絶対無理だ」
「ふふ、無理だよね~だってトキヤは男の子だもん」
「お前も元はおとこ………いや。無粋か……」
「じゃぁ、風呂入るね」
「かけ湯」
「はーい」
かけ湯のあとゆっくり入る。ちょっと高めの温度。彼が座っている場所の上に移動し背中を向けて座る。
「気持ちいいね」
「わざわざ俺の上に来るんだな」
「だって、これがしたかったらから………想像より気持ちいいよ………トキヤ」
「本当に俺のこと大好きだな、お前」
「今さらだよ。知らなかったの? だーい好き」
「依存してないか?」
「同じことを言い返していい?」
「…………まぁしてるかな。お前より長い間求めてたし。夢を諦めてネフィアに指輪を贈ったし」
「ぶくぶく」
「おい!! 離れて沈むな!! 何か言ってくれ恥ずかしい!!」
「ごめん。私も恥ずかしくなってきた」
二人、見つめあった後。少し可笑しくなり笑い合う。
「ふふ、裸で向き合ってるのに変なの~」
「はは、本当にな!!」
今度は、彼の正面に座り首に手を回す。
「ふふふん~♪」
「ご機嫌だな」
「ええ、凄く格好いい夫様だなって」
「ありがとう」
トキヤが優しく微笑み返してくれる。
「あっ………その顔ズルい。キュンとする」
「ええ~どうすればいいんだよ……」
「ん、許してのキス」
「キス魔め」
「悪魔ですから♪」
*
風呂上がりの休憩所。休んでいる所に私は小瓶に入ったミノタウロスの牛乳を持ってくる。
「おう、ありがとう」
「美味しいよね風呂上がり。これもトキヤが教えてくれたんだよねぇ~」
「まぁな、ミノタウロスかぁ」
「牛の魔族だけど家畜のより、うまいね」
「濃厚だよなぁ」
「いつか私も出るかな?」
「………………さぁ」
トキヤが明後日の方向へ向く。どんだけウブなんだよ。
「一番始めに味見してね」
「俺を変態にしたいのか?」
「すでに手遅れでしょう」と呆れた顔を私はした。自覚があるのか彼は自分の頬をつねり、苦しい表情をする。
「予言しよう。絶対飲む。男の子だもん。私なら飲む」
「なんでだろう。説得力がある」
「おお、めっちゃ可愛い婬魔いるじゃん!!」
トキヤにセクハラを行い満足している所へ。冒険者の一団が私たちを見て近付いてくる。メンバーは変わっていて、ダークエルフ、悪魔、人間二人だった。
「君、可愛いけど婬魔だよね。お兄さん幾らで買ったの?」
「いいねぇ!! もう入ったのだろうけど報酬が多目に入ったからさ~言い値の倍払うよ!!」
「お兄さん。何処でこんないい子見つけたんだよ‼ お店教えて」
「本当に素晴らしい体だな~帝国でも1、2争うじゃないか? 婬魔ってすげぇ~」
下品な話だが、私は察する。そういう種族でもあるのだ。
「あの~私はそう言うのやってないのですが? 非売品」
「いやいや? 君は婬魔だろ? 喜べ!! 男がいっぱいだぞ?」
「焼きたい。こいつら焼きたい。全力で。なんと不純な………いや……まぁ……その……私も不純ですね、人を見て我先考えるとはこの事だろうか?」と心の中で思い直すが、不純な部分は直す気はが私にはない。トキヤが困るのは面白いのだ。
「お兄さん。お金出すから譲ってよ」
「…………あのな。死にたいかここで」
流石に怒りを示すトキヤに私は茶々を入れる。
「トキヤ~うれしい!! 私も手伝うよ‼」
「ネフィア、黙ってて」
「あい」
トキヤが凄みをかける。大人しく彼の背中に隠れた私は叫んでやりたい気持ちになった。「お前らなんか束になってもこの人に敵わない」ことを自慢したかった。
「あのな、すまないがこいつは嫁さんなんだ。言ってる意味が理解できたなら去れ」
「えっ………嫁さん」
「すいません。奥さんだと知らずに」
「い、行こうぜ。悪いことしてすいませんでした」
「本当にな。ちょっと頭冷やそうぜ。報酬がよかったから浮かれてた。本当に申し訳ない」
なんか、あっさりで拍子が抜ける。婚約者や既婚者はすこぶる悪いと思うのだろう。
「がっつり来るかと思ったのに」
「嫁さんに手を出すのは万国共通でタブーなんだろうさ」
「………へへ、嫁さんかぁ」
彼を背中から抱き締める。力一杯、抱き締める。
「そろそろ、鎧着て行くか?」
「もう少し、もう少しだけ味わう」
「本当に触れるの好きだなぁ」
「うん!! 夫が一番好き!!」
彼の背中を満喫。満足するまで時間を要した。
*
遅くなった昼御飯を食べに酒場に戻って来た。すると、ザワザワと落ち着かない雰囲気を醸し出している。視線が全て自分に向かい。たじろいてしまう。
「な、なに?」
奥のカウンターで一人の男が立ち上がるのが見えた。細身の長身。大きな弓を背負っており、その彼が鋭く睨みながらゆっくりこちらへ進んで来る。見たことがある姿に私は驚きながら、真っ直ぐ見つめた。
「ネフィア、険しい顔してどうした?」
「側近の傘下。四天王の一人。それだけは知ってる」
ゆっくり彼が近付き、声をかけてくる。「お前を知っている」と目が語っていた。
「魔王ネファリウスさま。ここでは落ち着かないでしょう。都市外でお話をしませんか?」
唐突に私の元名前を呼ばれる。私は真面目に名前を呼んだ人を睨んだ。
「何処で情報を?」
「ここのギルド長から。どうします? ここで殺り合うのはいささか好まないのですが」
はい、刺客でした。本人が武道派だとは四天王の称号を持ってるだけで察した。
「わかりました。都市外ですね」
「ついていこう。いいだろ俺も」
「構いませんよ。『勇者』殿」
私たちは彼について行き、人気が少ない東門へと歩いて行く。途中、食べ歩きを敢行し緊張感がないことをトキヤに怒られながらも都市の外へ行くのだった。
*
雪の上、四天王の彼と向き合った。彼の名前は知っている。立場も有名。なので、刺客だろう。刺客な筈。たぶんだが。私を殺めに来たのだろう。
「名前は確かグレデンデでしたか?」
「ええ、エルフ族長グレデンデでございます」
真面目な声音で彼の名前を呼んだ。グレデンデは名の知れた強敵だろう。
「四天王でもある貴方が私に用があるのは1つだけですね」
「ええ、話が早くて助かります。首を貰いに来ました。我らエルフ族のために」
こうなることは分かっていた。刺客ぐらい来るだろうと。しかし、いきなり四天王が出てくるとは予想外である。今日で楽しかった日々も終わってしまうかもしれない。「ああ、楽しかったですねぇ」と想いを馳せる。死ぬ気はないが。
「都市外へ出ていただきありがとうございました。しかし、申し訳ございません。狩らせていただきたいと思います」
「優しいんですね。都市内で市民を巻き込まないように気を配って……民に対して」
「もちろん、大切な民ですから」
素晴らしい御仁なのがわかる一言。きっと私を裏切った者を信じてるのだろう。例え手段が悪くとも側近に従う理由が彼にはあるのだろうと思う。エルフ族のためと言っていたのでエルフ族の発展のために尽力しそうだ。
「ネフィア。俺は?」
「いいえ、手出し無用です。エルフ族長、一騎討ちで良いでしょうか?」
自信があるわけじゃない。しかし、トキヤに頼ってばかりもいけない。これから先を考えるなら四天王を退けるぐらいしないと彼の隣に立って甘えることは出来ないと思う。私は強くなる。生きるために。
「ええ、私はどちらでも構いませんよ」
エルフ族長から「絶対勝つ自信」が滲んでいる。
「なら、距離を取って始めましょう。トキヤは私の後ろから見ててください」
「ああ、もちろん」
私は深呼吸を行い切り替える。男らしく魔王として。トキヤの伴侶として共に歩けるぐらいに強くなりたいと願いながら。
*
私の目の前にいる、女になった魔王が背中を向けて距離を取りながら魔力を高めている。空気がピンっと張り詰めた。魔王は私に振り向き対峙し、剣を鞘から抜く。
鞘から炎が巻き上がり、火花が散っていた。魔剣の類いかもしれない。
魔王の周りの雪も溶け、地面が乾く。髪から小さな火の粉、そして両目の色が変わった。紅い、深めの紅だ。
「剣を抜きました。どうぞ構えてください。矢を放つ瞬間。勝負です」
魔王が片手で剣を横に構えている。私はあの剣からちらつく火で察する。名剣だと感じた。
そして、何があったか知らないが。あの、弱々しい姿だったネファリウスから全く別人のようなプレッシャーを感じる。強者の臭いが焦げた草に混じる。
「………いいんですか? そんなに距離を取っても」
「ハンデですよ。エルフ族長は弓使い。近距離でもそこそこでしょうが弓の強さは遠距離で発揮します」
「ええ、だからこそ………いいんでしょうか?」
「くどい。貴方に勝って見せましょう。勝たないとこれからの戦いで夫に迷惑をかけてしまう。それ以上に………どんな経緯があれども!!」
不思議と『女傑』と頭に過る。いったい何がここまで彼、彼女を変えたのだろうか。
「私はまだ!! 魔王!! ここで倒れる訳にはいきません‼」
魔王の力強い咆哮に弓を持つ手が自然に強く握りしめてしまう。強い意思に飲み込まれそうになる。
「………その覚悟、挫かせて貰います‼」
私は矢筒から一本抜き、弓の弦を引く。矢に魔力を込める。
ギュルルル
そのまま放ち、風を裂く魔力を纏った矢。当たれば体が粉々になる。しかし、魔王は怯まなかった。背中に彼が居るからなのか避けずにいる。
「エンチャント」
魔王は火の剣に何故か上から炎を纏わせる。自分のいる地面から火の粉が舞い自分の頬を焼くほど魔力が強まる。魔王は魔力が体を巡って大きく破裂しそうなほど高まり、危機感を覚えた。
ギャキィンイイイイイイン!!!
そして鋼がぶつかる甲高い音が響いた。音と一緒に矢が逸れる。魔王は一瞬で剣を振り上げ、そのままの勢いのまま一回転し、エルフ族長に向き直す。
「ふぅ………やはり魔王ですね」
私は冷ややかな表情で驚きを隠した。「見切られてる!? 飛んでる矢に剣を会わせる芸当!! 強い!!」と心の中で焦る。ここまで彼は強い気はしてなかったのだ。焦りがつもり背筋が冷えていく。
「………………」
1歩1歩、私の元へ魔王が歩いてくる。目の前の雪が溶け道を作られ、魔王を私の所へ導かれている錯覚に陥った。焦ったまま2本の矢を掴む。「な、何故、優雅に歩ける!! 怖くないのか‼」と考えながら今度は2連続の速射する。回転しながら貫通力を持った矢が魔王に迫る。
キィン、キィン。
それを一本は剣の矢先で弾き、1本は簡単に避けられた。魔王の髪が数本切れ、燃え上がり消える。
「なに!?………かすっただけでも抉る筈なのに効かないだと!? プラチナメイルが無効化? そんな馬鹿な‼」
少しづつ近付いてくる魔王。小さな女性の体なのにその何倍もの大きな物が迫ってくる気配。何本も矢を撃ち込んでみるが全く決定打にならない。
かすった矢は彼女の魔力に当てられ威力を発揮できない。魔力の障壁が魔王を守っている事がわかった。
「恐ろしい魔力だ!!」
ゆっくり、ゆっくり距離を詰められ、真っ直ぐ前だけを、私だけを見ている魔王。次第に恐怖心より何故か白い騎士鎧に身を包んだ女性の姿。勇ましい姿に心が鼓動が速くなる。魔族らしからぬ、美しいお姿に目が焼き付く。
「もう、距離は詰めきれます。最後の攻撃ですね」
魔王は歩みをやめ。剣を鞘に収め、腰を低くし、右手で剣を左手で鞘を掴む。私は理解する。次で避けられ防がれたら負けることを。そして……負けるだろう事を。
「ある人の真似事です。花のように強き美しい女性だった人の、いつか見た。記憶も元に、私のイメージで私だけの技とする。彼が言った魔法はイメージ。自由なのだ……なら剣技も……自由に出来る」
何故か私は魔王に全力で全てを出し切らないと申し訳ない気がした。予想を越えて強くなっている。短期間でいったい何故かわからない。才があったのかわからないが、その「強さを見てみたい」と心の中で浮かび上がる。
「最後ですね」
現魔王のお姿を私は目に焼き付けるために、3本の矢を同時に抜き、弓を引く。そして、矢に魔力を注ぎ入れ続けた。矢の先、空間が歪むほど濃密な魔力が注ぐ。魔物は肉片になりドラゴンの鱗さえ貫通する。豪矢へと昇華させる。自分が放つことの出来る最大を……打つ。
「それが、貴方の技ですね」
「ええ………波動矢。穿て!!」
ブフォン!!
解き放たれた3つの矢が衝撃派を放ちながら真っ直ぐ飛んでいく。放った瞬間に弓を落とし右手を抑えた。あまりの衝撃に右手が激痛を発し、魔力の高め過ぎにより頭痛がする。3本の矢は雪を巻き上げ、吹き飛ばしながら進んだ。魔王との距離も近く避けられない。
「避けようと抉る矢だ!! 魔王!!」
魔王が剣と柄に魔力を流しているのが見えた。それを勢いよく引き抜いた。魔力の摩擦が火花を散らし、魔力を細かく分散され、引き抜いた瞬間それが火花のように撒き散らされた。
炎を纏った刃が振り上げられ、炎の軌跡と共に火花となった魔力に伝達し数多くの小さな爆発が起こす。目の前を焼きつくす数千の小さな炎の爆発が触れ合い魔力同士の衝突が起きた。その爆発の炎の刃に波動矢が飲まれ、魔王の魔力に飲まれたあとに炎のうねりとなって生きているかの様に炎の壁が生まれ、再度爆発する。
「くぅ!? 衝撃が!!」
周りの雪が爆発で舞い上がり、溶けていく。爆発は収まったが炎の大きなうねりが残り熱を発する。
ぶわっ!!
「ま、魔王!? どこに!?」
そしてうねりの中から、魔王が剣を突き入れてくる。
「はぁあああああああああああ!!」
距離が一瞬で詰められ、驚いた顔をする私は矢を抜き剣のように突き入れようと構えた。しかし、遅いことを理解する。目の前に魔王が美しい顔に金色の髪を靡かせ笑みを溢していた。私は動けない。
「エルフ族長。私の勝ちです……やったぁ!!」
優しい声を発しながらも喉首に剣先を突きつけている。私は死を覚悟し挑んでいた。なので、彼女が寸止めで生かされた事に驚いた。そして諦める。
「…………どうぞ。突き入れください。油断し、これだけの有利を生かせない私の敗けですから」
潔く、敗けを認めた。清々しい気持ちになる。
「ええ、そうですね。生与奪が私にあります。ですから私はこうします」
魔王は剣を喉首から下ろし、鞘に戻す。
「な、何故!? 私は刺客ですよ!!」
「貴方は私の民であり、エルフのための族長です」
「なっ!?」
ハッとし、自分は情けない声を口にした。今さっきまで殺そうとしていたのに逆に咎める言い方だった。
「何故、あなたを殺そうとした者に情けをかけるのですか‼ また襲うかもしれないのですよ、刺客として!!」
「私は魔剣を譲り魔王を譲位を行う予定です。しかし、まだ魔王らしいので言います。あなたは私の民であると」
「魔王を辞める!?」
私は驚き、魔王を見つめる。彼女は微笑みを私に向け、優しく語りかける。復讐のために旅をしているのではない。その目は違う未来を見ていた。
「エルフ族長。生きてください。それまで刺客で来ようと何度だって相手をしてあげます。そして、何度でも生かしてあげましょう。生かし、何度でも言いましょう。次の魔王のために生きて力を示してください。あなたはきっと素晴らしい忠臣になるでしょう」
「次の魔王のために………」
魔王が私の手を取り、首を傾げながら諭すように囁く。その姿はあの父上の元魔王の子なのかと疑いたくなるような到底言い表せない感情を私は持つ。一切恐ろしさと無縁であり、彼女の周りだけ太陽が照らして明るいと錯覚さえ起きる。そう、悪魔が到底しないような慈愛の微笑みだった。
「ええ、その一人で挑む勇気と優しさを誰かに。お願いしますね。魔国を任せましたよ」
彼女が私から手を離し、綺麗な髪を振りあげながら背を向け。勇者の元へと駆け寄り、横にたち、彼と嬉しそうに会話をしていた。綺麗な横顔はこれが魔王とは言えない少女のものに変わっている。
「私は恐ろしい物を見た。そして、光も見た」
自分は立ち尽くし、唖然とする。死闘を行うほどの男のような胆力を持ちながら。女のように包み込むような慈愛の笑顔。そして、私を許す器の大きさに。ただ立ち尽くすだけだった。
*
私は歩きながら少し身震いをする。汗が冷えてしまった。
「あ~あ、汗かいちゃったし、寒いしまた風呂に入りたい。ねぇ魔法をかけて。寒い」
「切り替えの速さと緊張感のなさは流石だな」
「ぐだぐだしてもあれだからね~いや……褒めてないでしょ」
「まぁ、それがお前のいいとこ………おい。ちょっと見せろ」
トキヤが私の頬に触れ。私と目線が合う。
「お前、目の色赤だったか? オッドアイ?」
「えっ? オッドアイ?」
「右目だけ紅い」
「………ふん!!」
私は目を閉じ、鏡の自分を思い出す。ゆっくり目を開けて確認してもらう。
「どう?」
「ラピスラズリの宝石のような綺麗な紫の瞳で、二重に長い睫毛。切れ長の美しい目に戻った」
「トキヤ~トキヤ~そういう褒めるのは不意打ちですよ~恥ずかしい」
「綺麗だって言ってるだけだよ」
右頬を彼が擦る。暖かく大きく。男の手らしい固い手に触られると気持ちいい。
「ん~」
「さぁ、汗を流しに行こう」
「はーい」
私は本当に彼だけいれば幸せなのだろうと再確認し。今までにない強さを手に入れた実感があった。
過去、黒い錆びた王を倒した女性との戦いの記憶が正しかった。人は想いの力で強くなれること何となくだがわかったのだった。
§
僕はその日一人で魔物の調査をしていた。遠出をし、夜遅くまでかかり探していたが魔物を見つけられなかった。
幾つかの蜘蛛の巣を見つけたが藻抜けの殻。巣を移動させて生活している事を僕は知っていたため運が悪いと考えていた。月光の下、凍てつく空気の中、都市への整備された湖の縁近くを歩いていく。アラクネを見つけられなかった。
ギルドにアラクネの調査依頼があり僕はその仕事を受ける。アラクネの巣が移動した場所を突き止め皆に知らせるのが仕事だ。アラクネは危ない魔物であり。人の姿で惑わし誘って捕食する。狩りも行い、冒険者も沢山犠牲者を出している。狩れない理由は四天王の一人がアラクネであること。そして多くの冒険者や兵士の犠牲を出してしまうこと。逃げられ倒せないことが挙げられる。
アラクネ族は強いと聞く。鋭い爪に蜘蛛の糸。そして素早い移動により、分が悪いとすぐに逃げられてしまう。
「狩ることを諦めて極力近付かないことを注意する………目の上のたん瘤と言う言葉どうりですね」
色々あって冒険者となって多くの事を学んだ。本当に世界は広い。魔国には化け物が多くいて新鮮だった。
バシャッ!!
湖の脇の道を歩いていると水音が聞こえた。水面が揺れ月光を反射する。何かが水浴びをしているのがわかる。
「避けて帰りましょうか? いや、魔物なら漁師などの迷惑がかかる。狩れるなら狩りましょう。ただの魚かもしれませんし」
様子を伺うため木々に隠れながら顔を覗かせる。そして、そこで、僕は言葉を失った。女性だった。
月光に照らされる。綺麗な白い肌に長く艶やかな白紫色の髪を水で撫でるように洗っていた。半身を水から出し、細い腰に目が行ってしまう。月光の妖艶な光に照らされている女性に目を奪われる。
ザッ!!
「!?」
視線が会う。綺麗な瞳であった。「ああ、これは僕は謝らないといけない」と考える。覗き見をしてしまった。体を洗っていた彼女が反応し震える。本当に申し訳ない。
「すまない。覗き見をしたことを謝まります。物音がして確認のために来ました。水浴びをしてるとは思っても…………」
「夜は冒険者もいないと思ってたが。一人か保存食にいいな」
「!?」
湖で出会った彼女の口から物騒な言葉が聞き取れた。そして、彼女が勢いよく湖から這い出た後。下半身が露になり、僕は声を失う。何故なら人間や魔族とは違った異形な姿だった。そう、半身が大きな蜘蛛なのだ。
気付いたときには遅く。目の前に立ちはだかる。今思えば、冬でありこの時期に水浴びするものが人外であることを失念していた。全て見惚れてしまったことが原因と判断する。
「アラクネ!?」
「ご明察」
しゅっと腕に何かがネバつく。蜘蛛の糸。剣が抜けなくなったあと。自分は簀巻きにされ、息が出来なくなり気を失うのだった。
*
昨日、夜。湖で水浴びをしていた。夜に浴びる理由は冒険者に襲われない時間帯だからだ。しかし、予想外。夜中に保存食を手に入れた。巣の奥に鎧を外して保管してある。巣に持ち帰った私は嬉々として起きた。美味しそう。
「ん………ここは?」
「あら、お目覚め。息が止まってたけど流石、冒険者ね生命力が高い」
「!?」
「はは、驚いたぁ? ここは私の巣。アラクネの里」
「ここがですか?」
「ええ!! どう!! 怖いでしょ~ゆっくり食べてあげる」
「そうですか。自分の最後が貴女と言う女性の糧になる。それも悪くはないですね」
「…………怖くないの?」
「ええ、ちっとも怖くないですね。現にお綺麗です。薔薇の花にトゲがあることを身をもって感じております。見とれてしまった落ち度でしたが……やはり……お綺麗ではある」
「変なやつだな」
「そうでしょうか? 如何なる戦いで騎士として栄誉の死を行えないのが心残りではありますがどうぞ。お食べください」
「…………アラクネだぞ~魔物だぞ~死ぬんだぞ~」
「いつでも死を覚悟し戦うのが騎士です。お嬢さん。それに何度も何度も死刑から生かされてる身です……悲しいですけど」
「……………………はぁ。怖がって悲鳴を上げさせ、いたぶって。血と肉を引き締めた方が旨いんだけど?」
「すいません。帝国の騎士は死を恐れないので。僕に出来ることはないですね」
私は変な拾い物をした気がする。
「食べられる前に先に名乗るが礼儀ですね。僕はランスロット。今は冒険者で元騎士をやっておりました。お名前を伺ってもよろしいですか?」
「魔物に名前はない」
名前を聞かれてのは初めてだった。そして悲鳴をあげない人と会話をするのも初めてだ。
「………………」
私の事を彼の深く青い瞳で見続ける。その瞳に吸い込まれそうな気分になった。
「………食べないのですか?」
「旨くないと言った。恐怖で冷えた血が好きなんだ」
「貴女を満足させられず申し訳ない」
「………ふむ」
怖がらないゆえに少し興味が出てきた。会話ができるなら会話をしてみよう。暇潰しにはなるだろう。
「なんか、話をしろ」
「お話をですか? わかりました。女性を飽きさせない事も必要と教えられてきましたので頑張ってお話をさせていただきます」
「つべこべどうでもいいから早く話せ」
「はい、では自己紹介を含めて身の上話を」
彼は食べようとする私に対して自分のお話をしてくれる。生まれた故郷から始まり。彼の人生を詳しく聞くのだった。
*
昼前。お話に夢中になっていると太陽が登りきっていた。彼の物語は初めて聞いたからなのか知らない世界の話なのかスゴく興味を引いた。
「えーと。お水をいただけないでしょうか? 口が乾いてしまいました」
「水か………少しまて」
話を中断し、蜘蛛の巣にある。水溜め場に顔をつけて口に含む。そして、それを顔の口に口をつけてそのまま流す。
「んぐ!? えっ!!」
「もうちょっといるか?」
「えっと!!」
「まだ、足りぬか」
顔が真っ赤な彼に同じことをもう1回行う。顔をブンブン振っていたの押さえつけて流し込んだ。
「どうした? 真っ赤になって?」
「い、いえ………いきなりのくちづけに焦っただけです」
「そうか、さぁ続きを聞きたい。そのバカな事を言っていたと申してた親友の話も」
「あっはい」
彼の物語は夜まで続いた。
*
数日たったある日の事。
「服を来てほしいです」
「服を? 何故、魔物が服を着なければならない」
「目のやり場の困るのです。女性の体を見慣れてないので………申し訳ないですが………」
「嫌だ」
「そうですか。慣れるように努力します」
彼はため息を吐く。最近疲れているのか顔色もよくない。
「……………何故、お前はあのとき剣を抜かなかった?」
話を聞き、冒険者の中でも強者の部類に入ることがわかる。そう、私はあの時に殺されてもおかしくはない程に。
「見惚れてしまいまして。剣を抜くのが遅くなりました。ええ、綺麗でした。最後でも貴女のような綺麗な人の糧になるのであれば何も後悔はないですね」
「き、綺麗だった?」
そんなことを仲間以外から……それも餌から聞かされて驚く。
「はい。僕にとって初めて息を飲むほどでした」
「………綺麗だった。人間の癖に? 私は魔物だぞ?」
「ええ、魔物でも綺麗な人はいるようですね」
体が熱い。心臓の辺りがスゴく苦しくなる。
「………お前は変な奴だ」
「ええ、わかってます。そうですね食べる前に懺悔をいいでしょうか?」
「懺悔?」
「はい、ただ。聞いてもらえるだけでいいんですよ。昔は彼がいたんですが………いいえ。何でもないですね……すいません」
「わかった。聞こう。話せ」
「…………ありがとうございます」
私はドキッとして体が跳ねる。恐怖とかそういうのを持たなかった筈なのに。弱々しく美味しそうな状態になっている。しかし、食欲は湧かない。弱っている彼には惹かれる。「惹かれる?」と疑問に思う。
「僕は親友に多大な迷惑をかけてしまいました。戦争があり、都市で白騎士たちが行う蛮行を許せず。味方を斬ってしまいました」
ああ、戦争中の出来事の話か。
「それは、今でも間違っているとは思っていないのですが…………戦争が終わり。戦後に処刑される筈だった僕を彼が助け、彼の功績は全て無くなってしまった。騎士としての栄光も名誉も。彼はいらないと言っていましたが………僕はずっと彼に助けられてばっかりで。冒険者の手解きも、世界と自由の素晴らしさも教えてもらいました。そして旅立つ日も『本物の騎士』と僕を肯定し背中を押してくれました」
長く、長く。ボソボソと弱々しく話していた。
「そんな、彼になに一つ恩を返せないことを。感謝と懺悔を………します。あの日々は楽しくて、いい人生でした。本当に……父上にも母上にも申し訳ない事をしました……」
私は何故か………黙って聞き続けた後。変な感情が芽生えだす。親友に会わせたい。元気になってほしいと思うのだ。
「…………」
魔物の癖に。餌を食べようとは思えなくなってしまった。
*
あれから、彼は少しずつ無口になり。顔色も悪くなる。そう、懺悔をした後。まったく生気を感じることが無くなってしまった。気付けばご飯をあげていない。餌にご飯を与えるなんて考えたこともない。どうすればいいか、わからず。焦り出す。
「…………ランスロット?」
「……………あっ、すまない。眠っていたようだ。なんだい?」
「ちょっと外へ行く」
「そうかい………いってらっしゃい」
私は、都市へ向かうことを決意する。殺されるかもしれない。しかし、人間の食べ物はあそこしかない。それに………彼のお願いを叶えたい。服も着よう。親友も探したい。それにはまずは生きて元気にならなくては何も出来ない。勇気を振り絞って都市へ向かうのだった。
*
都市の門、色んな亜人が悲鳴をあげて逃げ惑う。それを気にせずに門を潜るとトカゲの衛兵に槍を突きつけられた。
「アラクネ!? 何故、お前らがここにいる!! 四天王の族だからと言って都市に入ることは許されていない……魔物よ!! 出ていけ!!」
「入れさせろ!! 買い物がしたい!! お金はある‼」
獲物から剥ぎ取った物をかき集め保管をしていた。使える日が来るとは思っていなかったが綺麗なので残していたのがよかった。
「くっ!! それ以上動くと刺すぞ‼ 誰か!!」
「衛兵長に報告だ‼」
「し、死にたくねぇ……戦いたくねぇ……」
「ああ? 入って買い物するだけだ‼」
「ダメだ!! 混乱が起きる!!」
衛兵の数が増えていく。そして、私たちは睨み会う。入れさせろ、無理、入れさせろ、無理と繰り返しの押し問答。話が進まない。
昔の私なら、会話せず殺しを行ったが………今は、彼の顔がちらつき、会話だけで済まそうと必死になる。
「何故だ!! 入れさせろ‼」
「ダメだ!! 魔物を入れたら混乱が起きる。それに信用できるか!! 魔物め!!」
「あああ!! 全員始末するぞ!!」
脅してでも、入りたい!!
「お、脅しに屈しない!!」
「もう!! 入れさせろ‼」
私は「嫌だけど、殺してでも………嫌。何故、嫌? 何故そんなことを……」と考えて焦りがつのる。
パチーン!!
「「!?」」
そんな中で指を鳴らす音が響いた。小さい音なのに耳の近くで鳴らされたかのように耳に届く。不思議なほど大きく聞こえた。
「音魔法、音奪いと音渡し」
喧騒が無くなり艶やかな音色のような声だけ聞こえる。皆が一斉にその声の主に向いた。全員が彼女を認識する。白い四枚の花弁のスカートのような鎧を身に纏い。一目で名のある令嬢だと言うことがわかる。魔物である自分が綺麗だと形容できる人物だった。
「初めまして。ネフィア・ネロリリスと言います。何か騒ぎがあったようですが? なんでしょうか? どうぞ、あなたからお聞きします」
私の方向に手を差し伸ばし話を促す。一切、彼女以外の声が聞こえない静かな中で私は声を発した。
「あ、あ……声が出る。都市に入りたいんだ‼ 頼む!!」
「なんで入りたいのでしょう?」
「ふ、服とその………人間の食料を分けてもらおうと」
気恥ずかしさで後ろ足で地面に輪を描いたり。足をツンツングルグルしたりして気を落ち着けさせる。
「そうですか。衛兵さん。ダメでしょうか?」
彼女は次は衛兵に話を促す。衛兵も驚いた状態で怒声をあげた。
「どこの馬とも知れない奴が仲裁に入ってくるな‼ 余所者だろう!!」
「…………余所者?」
「そうだ!! 人間の癖に」
ダンッ!!
彼女は地面を蹴り衛兵を睨み黙らせる。彼女の行動一つ一つがまるで演劇の姫様のように眼に焼き付けられる。柔らかそうな表情から一変、鋭い目付きで衛兵を睨んだ。
「我は、魔王ネファリウス。余所者ではない!!」
「ま、魔王さま!?」
私は「魔王? 魔王!?」と驚く。四天王のアラクネが殺そうとしている人だからだ。
「もう一度言う。彼女を都市に入れさせるのは是か非か!!」
「あ、えっと!! 混乱が乗じます。アラクネどのには申し訳ないのですがお引き取りお願いしたいと思います。魔王さまのご命令でもそこだけは譲れません!!」
衛兵も引かない。それは誇りなのか蛮勇なのかわからないが苛立たせる。魔王は知っているがそんなことよりも今は大事なことがある。
「くぅ!! 認めない!! 魔王!! そこをどけ!!」
「……………そうですか。落ち着いてください、アラクネさん。必要なものを私たちがご用意します。それで手を打ちよろしいでしょうか? ダメでしたら今ここで貴女を狩り取らないといけません」
代わりに買ってくるといい、彼女が場を治めようとする。
「えっいいのか? お願いしよう。物が手に入ればいいからな」
そう、物があればいい。そして魔王ならしっかりしたものを買ってくるだろう。
「よかった!! では、次に衛兵さん。彼女をここで待たせることは許してもらえますね?」
「それぐらいであれば大丈夫です」
衛兵もそこが妥協点なのを理解し、大人しくなる。そして衛兵の方が恐る恐る喋りだす。
「あ、あの。魔王さま。生きておられたのですね」
「私を魔王と思いますか? 嘘ですよ」
「えっ?」
「えっ?」と私も心で思う。騙されたのか。
「ネフィア・ネロリリス。駆け出し冒険者です。衛兵さん、立派なお仕事ぶりでした。まぁ魔王を知らない人が多いので嘘もつけるんです」
彼女は衛兵に一礼をし、私の元へ。
「ええっと。何が必要でしたか?」
「人間のたべものと………そのぉ……わ、わたしの服が欲しい」
どう行ったものがいいのかわからないが。彼女のような鎧は可愛いと思えたし………よくわからない。
「わかりました。ちょっと体を測らせてください」
「はかる?」
「体に合った服を探します。あと魔物だからでしょうが裸は感心しません」
彼女が背中に乗り、体のサイズを大体測る。胸を揉まれ、色んなところを触られる。
「そ、そうか………あいつにもそう言われて買いに来たんだ」
裸はダメらしい。
「では、行ってきます」
「ネフィア。俺はどうしようか?」
「トキヤは衛兵の監視をお願いします」
「へーい」
「い、いつのまに!?」
振り抜いた先に大きな剣を担いだ剣士が立っていた。柔らかい物腰だが。その物腰から伺えるのは私程度を簡単に始末できるという雰囲気だった。そして彼は口を開く。
「アラクネさん。嫁が帰ってくる前に色々話をしよう。大丈夫。あんたは俺が衛兵から守る」
ドキッとする。真っ直ぐに魔物を護ると言い切った強者に鼓動が跳ねた。そう、彼のように。
「………人間は格好いい生き物なんだな彼と同じように」
格好いいっということを。優しいと言うことを学んだ。
「お金は後で貰いますからね」
彼女、ネフィアは買い物をするべく商店へ向かった。そして、色々と残った彼と話をする。トキヤと言う名前と彼の物語にいる親友の話が噛み合い。ランスロットの話をすると彼は驚いた顔をした。
「世間は狭いなぁ」
私は何故だろうか彼らと出会うのは運命な気がしたのだった。
§
私は彼らを巣に案内し、教えて貰った事を彼に行った。次の日から、少しずつ少しずつ、元気なって行く姿に何故か胸が踊る。しかし、同時に変な感情が芽生え、その気持ちがどういった物なのかも良くわからない。「彼はここにいていいのだろうか? 冒険者として世界を旅をするのが普通じゃないのか?」と思考がグルグルと周り、何故そんなことを思うのかや、色んな感情が胸のなかで生まれて胸の中でぐるぐると私を攻め立てる。
「ん…………んん?」
「ら、ランスロット!?」
そんな状態で見守っていき……数日がたったとき彼は目覚めた。血色も良くなり一安心する。生命力が本当に魔物のような人で良かったと胸を撫で下ろす。
これが騎士という格好いい生き物なのだろう。起きてしまうと悩んでたのが嘘のように鳴りを潜め。彼の目の前にたった。
「僕は…………生きている?」
「え、ええ」
「君は……………君は!? どうしたんだいその服!?」
「えっと………その………」
何故だろうか。言葉が口からでない。不安と恥ずかしさ。そう………評価を聞きたい。なんだろう……この感情は。
「……………ど、どうかな? 服……着てみたよ?」
胸が痛い。不安と期待が鼓動を早くする。手が震えてしまう。
「似合っている。綺麗ですよ」
「そ、そう!! わ、私はさ!! その……わからないの………魔物だから………」
ズキッとした胸の痛みがする。その鋭い痛みに胸を触って確認した。外傷はない。彼を想うと何故痛む。すごく痛む。
「魔物でも、綺麗な人ですよ」
「んっ!?」
「何か、変なことを僕は言いましたか?」
「あ、え、う……う……」
くすぐったいような、嬉しさと恥ずかしさに胸を押さえた。
「お嬢さん。僕を食べるのはいつになるのでしょうか?」
「ない!!……………あっ」
「ん?」
私は、とっさに叫び。口を押さえる。確かに食べる気はない。それ以上に………ああ。
「僕は美味しそうじゃなかったですね」
「ち、ちがう!!」
「???」
彼が首を傾げる。美味しそうとか……そうじゃない。
「喰ってしまったら。面白い話が聞けなくなってしまう」
「面白い話でしたか?」
「ええ、巣の外のお話は面白かったです」
「それは………良かったです」
彼が笑う。そして、私はその笑顔で決めた。
シュルシュル!! ドシャ!!
彼の拘束していた糸を切り、解放する。力なく倒れるも、手足をゆっくり動かし立ち上がった。不思議そうな顔をする彼。
「どうしたんですか?」
「………都市へ、冒険者はこんな巣で閉じ込めてはいけない」
「助けてくれるのですか?」
「………ええ。ここでは生活できない。ありがとう、少しの間だけどお話は楽しかったわ。助けてあげる。お礼よ」
「ありがとうございます」
「早く行く」
「急かされましても、鎧と剣があります。着替えて脱出します」
「そう、まぁいい。また捕まっちゃダメよ」
「はい。こんどは見とれないようにします」
彼が鎧を素早く着込み出口に向かう。さすがなのか体力の衰えも見せない強さを見せつけた。雄としての強さを感じる。
「お世話になりました。また、何処かで会いましょう。なんでしょうね……僕が生かされ続けるのは……」
「………………」
私は答えない。彼は寂しそうな表情をした後に勢い良く外へ旅だってしまった。
「これでいい。これで………私と住む世界が違うから」
胸に風穴が空いたかのような喪失感、悲しみ。寂しさ感情が沸き上がる。何故、こんな感情を抱くのかを私はわからないでいる。口調も強気になれない。
「…………はぁ………」
餌を逃がした。逃がした餌はすごく大きかった。
*
私ことネフィアはギルド長からお給料を貰いに悪魔のギルド長の元へ。トキヤは勿論、私の護衛で後ろを歩いていた。この前、ささっと3人程の暗殺者を倒し、賞金首として差し出した。私が手をかけずとも彼が倒し、規格外な強さを再認識する。味方で良かったとつくづく思う。
「はい、あんたの情報を暗殺者に売った金額とアラクネの巣の位置を教えてくれた報酬。あとは、ランスロットと言う騎士が生きている事の情報報酬だ。今回は本当にアラクネの巣を見つけられず、犠牲者は多かった」
「へぇ~そうなんだ。うわぁ~おもぉ」
「十分な金額だ。エルフ族長から追加で貰ったからな」
「情報を売ったときは殴ってやろうか思ったけど………こんだけ貰えるなら……考えるね」
「いい商売だろ?」
「いい商売です」
「「フフフフ」」
待っているだけで賞金首が釣れるのだ。笑うしかない。
「悪魔らしい悪い笑みだなネファリウスとトキヤめ」
「ありがとう。誉め言葉だ」
「ええ、あくまで悪魔ですから私は」
私は笑みが抑えられない。勝手にお金が舞い込んでくるのに笑いが止まらなくなりそうだった。イチゴジャムを沢山食べられる。
「さぁ、イチゴジャム買いに行こ!!」
「わかった、わかった。1瓶だけな」
「ケチ」
「あったらあっただけ食うくせに」
「もちろん」
「だから、ダメなんだよ」
「へ~い」
「こっそり買ってやるんだ」と心に決め、ギルド長室から酒場へと戻る。酒場には昼食を頼んでいる冒険者が多く。たむろしてパーティメンバーと雑談したり作戦会議を行ったりして賑わっている。私たちもカウンターへ座り。昼食のベーコンサンドを頼む。
「で、次の都市は何処へ行こうか?」
「オペラハウスは?」
「オペラハウス?」
「劇場や芸術が盛んな場所なんだが、ここの都市から西側の方の観光地都市だな。西側の奧は妖精が色々住んでいる場所らしく。そこの住人が歌って踊って妖精を楽しませたのが発端らしい。場所も南側は森が広がってて戦争とは無縁だしな」
「知らなかった………そんな楽しそうな場所があるなんて」
「おい、有名の有名で西側はマクシミリアンとそこがあること。妖精国もある関係で帝国は手を出すのを渋ってるって言われるぐらい有名な場所なんだ。貴族のお忍びで遊ぶ場所だしな」
「…………なぜ?」
「一度見ればその素晴らしさを知る。戦争と無縁な平和な都市だからだ。芸術を楽しむ事に特化したんだよ」
「へぇ~芸術ねぇ~」
「歌、躍り、劇が主だな。この都市からそこへ行く旅行者も多い」
「……………………………私って無知だなぁ、何故それを私は知らないのだろう……」
「初めてがあるってのはいいんだぞ? 新鮮な気持ちが味わえる」
「確かに。じゃぁ無知でいいや」
次の都市の話を聞いているとふと、トキヤの隣の席に座る騎士が目に写る。指を差し、トキヤを振り向かせた。
「ランスロットだぁ!! 皇子ランスロット!! 起きてる本物だぁ!!」
私は彼の顔を覗いた。もちろん彼も気付いている。
「初めまして綺麗なお嬢さん。僕はランスロットです。トキヤ、お久しぶり!! 君がここに居るなんて夢のようだ‼」
「お、おう……元気になったのか……アラクネは? ネフィア……じろじろ見すぎだろ。格好いいけどさー」
本当にイケメンだった。まじまじと見る。
「あの、アラクネのお嬢さんが助けてくれました。お知り合いですか?」
「えっ? まぁ知り合いになったかな? あの家に行ったんだよ。ネフィアと」
「そうだったんですか!! あのときの声はやはりトキヤでしたか!! 朦朧としていたので幻と思ってました」
「餓死しかけてたな、お前」
「ええ、死んでもいいと思っていましたので。綺麗な人でしたね」
「ランスロットさん!! そうでしょそうでしょ!! リボン可愛かったでしょ‼ 私が選んだんです」
「あ、えっと………はい。その………そちらのお嬢さん。お名前をもう一度、教えて貰っても良いでしょうか? 自分の事をご存知でしたし」
「えっ………アラクネから聞いてません?」
「彼女は一言も、僕に『早く逃げろ』と言ってました」
「ああ、ええっと。ネフィアです」
「ネフィア………ネフィア!? トキヤ、君は見つけたのかい!!」
「ああ、まぁ。見つけた……顔近い……」
「なんという日でしょうか、トキヤの本当に夢の中だけの思い人に出会えるとは」
「へへへ………」
ちょっとむず痒い。「すっ」とトキヤの足に手を置いた。
「彼女は魔王。名前はネフィア………俺の奥さんだ」
「はい、奥さんです」
「それで、僕をご存知だったのですね。本当にロケットペンタンドの肖像画通りですね。ちょっと……もしかしてと思ってたんです」
「もちろん!! 私は彼の想い人!! 彼の大好きな人で………もごもご」
「ネフィア、静かに。静かに。お前がはしゃいでどうする?」
「んんん……ぷはぁ!! だって。トキヤと同じイケメンさんだし~トキヤの大親友だし。苦労人だよね~トキヤ以外とは仲良くなれなくて、いつも一人でさぁ~トキヤがわざわざ誘ってあげてるんだよねぇ~恥ずかしくてトキヤを誘えない時もあったよねぇ~」
「トキヤ…………君はいったい何処まで彼女に話してるんだい?」
「こ、こいつ。夢魔だから記憶を覗きやがったんだ‼」
「恥ずかしいですね……なかなか」
「まぁ、馴れる馴れる」
トキヤが彼の肩を叩く。実はトキヤも嬉しいのか声が少しの明るい。私は小さな変化を見逃さなかった。
「本当に、変わらないな君は。いや、変わろうとしないのか?」
「変わったよ、妥協するようになった。おめぇ~も変わったな。軽くなった」
「ええ、指命も何もかも捨てた冒険者は楽しいですね」
「優等生が遊びだすと止まらない」
「そこまで子供ではないですね」
そこからは近況を説明。そしてまた、雑談に戻る。気付けば数時間たっていた。
*
酒場から離れて帰宅途中。彼と別れる。
「僕は今日は休んで明日から依頼をこなします」
「そっか。明日から動くのか?」
「ええ、鈍ってしまいましたから」
「ランスロットさん!! パーティ組みませんか?」
「ネフィア?」
「私に共通の話題があると思います‼」
「共通の話題ですか? 今日、お逢いしたばっかりですが?」
「私、ランスロットさんの口から過去を聞きたいです」
「そうですね。良いでしょう」
「………あのさぁ。やめて?」
「トキヤさんのあれこれ。いっぱい知りたいな」
「トキヤ、いっぱい教えたいな彼女に君もことを」
「お前ら!? えっ!? 仲良くないか!?」
ランスロットと手を合わせる。彼は、男でよかった。女だったらライバルになるかも知れなかった。そして……明日が楽しみだ。
*
彼が、去って数日。掴まえた魔物を食べながら考える。戴いた魔族のご飯は美味しい事と一人は寂しいことを。
「…………どうしよう」
魔物だから狩りをして、食べて、寝るを繰り返すだけだった。今は時間を持て余している。暇なので巣から出ると外は寒いが、寒い故に他の冬眠している魔物を狩りやすい。動きも鈍い。
「はぁ……」
白い息を出し。水浴びでもするかと考える。自分達は寒さに強い。全裸で生活いているし寒いなら糸で体を保温する。今で言えば服を着る。
「んん? あっ………」
「姉ちゃん。美人だねぇ‼」
一匹の雄のアラクネが飛んで木の上に降り立つ。派手な模様が目につき、雄のアラクメは後ろ足から二つ目を高く振り上げて振り回す。お尻も振り出し目障りだ。
「……………あっそ」
「ええ? ええ? フラれるのかぁ……」
求愛行動の一部始終を見たあと。興味が無いのでその場を去った。初めて見たが心踊る事は一切なく苛立ちが募るだけだった。そそくさと逃げる雄。何もかも、どうでも良くなっている。それよりも逃げた餌が気になって気になってしょうがない。
「変なやつ、糸で何か巻いてるし。すぐに交尾しないし」
「………魅力がない癖に」
「魅力? 魅力がない? ああ、もうちょっと大きい雄が好みか、処女だな」
「ええ、そうよ」
「わかった。じゃ~なぁ~」
魔物は大きい雄は人気がある。そう、大きい強い雄は人気だ。私はカサカサと巣を散歩する。何人かの雄に求愛を受けたが無視をした。何故、モテ出してるのか煩わしかった。そして、私は吊るされた人間の死骸を見つけて驚いてしまった。
「!?」
吃驚し、後ろへ引く。身震いがした。餌を見て私は、驚いている。絶望してひきつったまま命を絶った死人。彼にも色んな物語、世界、目的、友人が居ただろう。それを私たちは食べている。
「ランスロット…………うぷっ」
彼も同じようになってしまったらと思うと吐き気がした。美味しそうな筈の餌に嫌悪感を抱く。
「………うぐぅ。どうしちゃったの私」
これではまるで魔物らしくない。命を奪う行為に嫌悪感を抱いている。わからない、わからない。会いたい。会いたい。喋りたい。
溢れだす、感情に流され。私は巣を後にした。
*
僕は、親友と親友の奥さんと一緒に冒険者としての依頼をこなす。内容は祭りの準備。鎧等、部屋に置いて親友とお揃いの作業服を着る。奥さんも最近買った冬の私服を見せ、花を添える。驚くぐらい彼女はいい人であり、さすが親友が追い求めた価値のある女性だった。
「ランス!! 釘取ってくれ」
「はい、トキヤ。こっち持つから釘撃ってくれ」
「はーい」
自分達、男組はアーチの制作に追われている。木を重ね釘をうち、打ち込んだ鉄杭に巻き付けて立たせる。それを何個も作る。祭りの終わりも片付けに追われそうだ。
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「ランス、過去は過去だ。今をあいつみたいに楽しまなくちゃ損だぞ」
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