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アラクネの姫、商人の木、オペラの怪人
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ランスロットと言う名の僕は過去を思い返していた。帝国を飛び出したのは数年前。戦争が停戦した次の日から、冒険者として身を落とした。元から親友トキヤと冒険者の真似事をし小銭稼ぎは行い。生きる術は彼と一緒に学んだ。そんな僕は小さな宿屋で一人、椅子に座りながら剣を撫でる。この剣は新しく鍛えてもらった逸品。聖剣は台座に戻し、王位継承者では無くなった。
「綺麗な人だなぁ。さすがトキヤ」
羨ましい、彼の生き方が。親友は長い時間を彼女を追い求め手にしている。その真っ直ぐな生き方に自分は憧れた。
父上にはいつも王子であれと言われて来たが彼のように一人だけの王子様と言うのは尊敬できる。そう、父上の生き方にそっくりなのだ。父上は母親を溺愛している。母親も溺愛していた。
「剣のように石から燃やし、鍛える。格好いい生き方ですね……」
だからか、いつしか僕は彼のようになりたいとも思うほど彼の背中を追いかけた。追いかけ、彼に聞いた。冗談だったのかもしれない。
「僕だけの姫様を探す」
旅の昔の目的を口に出す。彼もそれを口にして旅をしていた。何故だろう。今になって思い出すことに疑問を持ちながら、夜の一人の時間が経つのだった。
*
私は男たちが手伝いで何処かへ行っている間。酒場でお留守番をしていた。
親友同士だから息が合い。仕事ぶりも好評で大工屋からオファーが来るほどだ。魔族ではないが人間ほど異種族を嫌悪感を抱いていないこの都市の特徴を色んな種族が交ざっている商業都市の良さを目に焼き付ける。
異種族でも仲良くなれると学んだ。実体験もあり、絶対に無理ではないのだろう。
「あ~暇である。私は暇である。ですが、まぁ~いいでしょう」
彼らについて行こうかとしたが断られてしまい。仕方なく酒場で待っている。だが、苦ではない。
「女は男の職場で威張らず。紅塗って家で男を待つ」
私のために働いていると考えれば幸せな気分になる。ついつい、頬が緩んでしまいニヤケてしまった。
「ネフィア殿ですか?」
「ん? 守衛さん?」
「お願いがあります。実は………」
のんびりしていると声をかけられ、門を護る守衛に直接お願いされる。最近、アラクネが出没して行商者などが不安になり困っているらしい。
「何故、私? 他にいるでしょう?」
「ええっと………それがですね。ネフィア殿のお知り合いの方と思われます」
「私の知り合い。あっ!!」
思い出す。あの綺麗なアラクネの事を。
「そうです。帰ってきたみたいなのですが門を見るだけで危害は無いのですが不安で不安で」
「わかりました。何かあるのでしょう。向かいます」
私は現場へ向かうのだった。
*
雪が深い門を出ると砦に大きな巣が見える。視線を感じ……その巣を見つめる。すると、中から見覚えのあるアラクネが一匹。壁をはって降りてきた。彼女は知性がある。壁を越えてはいけない事を理解している節がある。
私は首にかけているメダルを強く握りしめ深呼吸をした。何故か大きな大きな分岐点に立っている気がしたのだ。
それも世界を変えるほどの選択だ。
「こんにちは、アラクネさん」
「こんにちは、ネフィアさん」
「口調。大人しくなりましたね」
昔は男っぽい、魔物らしい強い口調だった。服は脱いでいるのは汚れるのを気にしての事だろう。後で洗濯とかを教えないといけない。下着はつけているから成長したようだ。それでも目のやり場に困る。
「ええ、大人しくなりました。何故でしょうか? 私にもわかりません」
「そ・れ・は!! ずばり『恋』です!!」
「こい?」
「恋!!」
「?」
「女は好きっと言う感情で恋を知り、愛を知り。しおらしくなるものです。私は……逆に活発になってしまいました」
「………よくわからない」
「ランスロットさんをお探しでしょう?」
「な、なぜわかえうの!?」
「知ってますよ。わかりやすいです」
彼女が驚いた表情のあと、悲しげな顔になる。
「どうしましたか?」
「何でもないわ………何でもない」
「知ってますか? 『何でもない』と言う言葉は何か隠しているんです。さぁ!! さぁ!! 全部聞いてあげますからお話しましょ? 大丈夫。笑わない」
「それなら……」
重々しく口をあげ、魔物らしからぬか弱い囁く声で話始める。
「最近………彼が居なくなって寂しさを感じる。何故かわからなくて。逃がしたのも私で彼は都市に居た方がいいって思ってたのに。ええっと、親友にも会えるし、会わせたいって………ああ。なんだっけ……色々考える」
「まとめ。人間なので生きていくには都市での生活がいい。親友にも会えるので逃がした。しかし、逃がしたら寂しく想い……都市まで顔を出したとそういうことですね!!」
「そうそう、凄い!! なんで分かるの!?」
「愛の女神の信教者ですから!!」
ただ、彼女の言った事を反芻しただけである。トキヤ曰く、同じことを返せば聞いてくれていることを感じて深い所を探れるらしい。さすが私の夫様。さすが旦那様です。
「愛の女神の?」
「そうです。続きのお悩みをどうぞ」
手を差し出して続きを促す。彼女の言葉を信じる。
「はい、私は魔物であり彼とは餌としか思ってませんでした………」
「それで?」
「ええっと、彼はそう。綺麗だと言ってくれした。それは嬉しかったです」
「私も綺麗だと言われたら嬉しいです。夫に」
「あと、お話が楽しかった。世界が広いことを教えてくれました。それと……同時に………最近………人間を食べていたことに嫌悪感を抱くのです」
「それは……どうして?」
「それは、きっと………食べた人たちは彼のような世界を持っていたのではないか? それを奪ってしまった。そう思うと、悲しくなりました。それと同時に彼は巣にいてはいけないと思ったのです」
「そう」
「私は魔物であり。食べるのが普通。だけど………ああ。魔物であると言い聞かせると自分は悲しくなります」
声が震えだしている。悩みが何なのかを少しづつ理解して行く。
「魔物だから、魔物だから、彼を食べるのが普通。魔物だから、こう………襲うのは普通なんでしょう………でもでも。もう無理なんです。ここで人を見ても皆、美味しそうに見えない。見えないんです。私は変でしょうか? 私は魔物なんでしょうか? 今まで食べてきた事は間違いだったのでしょうか?」
「………私の見解。神でもない私の見解でいいならお答えしましょうか?」
「………お願いします」
私は深呼吸を行い。いい放つ。
「間違いではない。あなたは魔物であり、生きるために行ったことは間違いではありません。私が許します」
「!?」
驚愕した表情で私を見る。
「生きるためには生命は食べ、命の糧とする。万物の法則です。そこに罪はありません。しょうがないことなんです。それが自然なことです」
私は生きるためにこれからも戦うだろう。許すのはまぁ、聖職者の言い分だ。「神は寛大だ」と言うことを利用する。
「そして、あなたは変ではない。あなたは魔物でもある前に女性です。そう…………私と同じ女です」
「女………」
「はい。質問します。ランスロットと一緒に冒険出来れば素晴らしくないですか? 楽しそうではないでしょうか?」
「それは!! 絶対、楽しい……でも……私は魔物で………」
「ええ、魔物。ではもし魔物をやめれば!! 一緒に冒険出来ますよね?」
「ま、魔物をやめる?」
顔が明るくなってくる。希望に満ちた目線を私に向ける。すがるような信者の目に私は悪巧みを考えた。
「ど、どうすればいい!!」
「女になる。魔物ではなく。新しい自分になるのです。具体的には魔物であった自分を捨てる」
「捨てる?」
「人間の真似をする。女の子の真似をする。服を着たりして、気を引く。そう、ランスロットに魔物やめたいと相談すれば解決します。彼から人間の素振りを学ぶのです」
「………そ、そんなの無理」
「愛があれば女神は微笑んでくれるでしょう‼」
「愛………」
「彼と一緒に居たくないですか?」
「い、いたい」
私は畳み掛ける。愛の女神の教えを語るように。
「それが、愛です」
わかんないけど。そうだと思って断言する。彼女は戸惑っていたが、無理もない。魔物にその感情は無いのだろう。想うということを。パンに恋をするようなもんだ。ただの本能で生殖する魔物にはない感情だろう。
「戸惑うのは仕方ないです。最初はそうでしょう。愛はひとえに誰でも持てる感情です。壁が高いほど燃え上がり、胸に熱を持ちます。ときに体が燃え尽きるほど熱く、ときに体が太陽に当てられたかのように暖かく、ときに全てが輝いて見えるほど。偉大なのです‼ しかし、彼がいなくなった瞬間。胸の中は冷たく。寂しいのも愛なのです」
「ランスロット…………」
「では、質問します。会いたいですか? 会いたくないですか? 私は会わせる事が出来ます」
私は笑う。答えなんて聞かなくても分かる。
「会いたい!! 会わせて!!」
人は不器用で口で言わないと伝わらないものなんです。
*
状況を衛兵に説明し、渋々了承の元で壁を上がり。壁の上で待機する。
「どうするの? ネフィア」
「ふっふっふ。耳を閉じて見てて」
魔法を唱える。もちろん音の魔法出力全開で唱える。
「トキヤ!! だーいすきぃ!!!!!!!」
都市に響く愛の言葉。もちろん全域に響かせた。視線そっちのけで都市の中心で愛を囁く。
ビュウウンンン!!!
遠くから、風の魔法矢が私の横をすり抜ける。撃ち込んできた場所から声も聞こえてくる。
「くそったれ!! お前、くっそ恥ずかしいことを!!」
「ごめんね~」
「畜生!! ランスや他の大勢が大笑いで俺を指差してるじゃないか!! あああ、焦ってるよ。うるさいランス!! 笑い転げるな‼」
「ええっと。そのランスロット殿にお客さんです」
「お客さん? はぁ………それでわざわざあんなことを?」
「いいえ、1回やってみたかったんです。壁の上で愛を全力で叫ぶことを!!」
「………そこ動くな、覚えておけよ」
「えっ?」
「お・ぼ・え・て・お・け・よ!!」
「………わかる。わかってしまう。怒っている怒っている!?」
「ネフィア、大丈夫? 汗が……」
「う、うん。大丈夫、大丈夫。嘘、怒られる!! 怖い!! 怖い!!」
私は恐怖心を持ったまま大人しく待った。もちろん、こっぴどく怒られ、土下座する。
*
犬と言う、かわいい家畜魔物が居る。狼とは違った生き物がいる。人や亜人の愛玩動物だったり、冒険者、狩猟者の友だったりする珍しい生き物。
彼らは最初は狼だったと言う。しかし、中には人等に恐怖を抱かず。大胆に近付いて与えられた餌を食べ。愛嬌を持った狼。それが、次第に大切に育てられ、教育された結果。珍しい生き物、犬になったと言う。
犬はそう、元は狼と言う魔物だったのだ。そんなのを何故か思いつき、思い出しながら怒り狂ったトキヤについていき。壁の上で、久しぶりにアラクネの彼女に出会った。トキヤは嫁さんの相手をし、土下座をさせて怒声を浴びせている。
嫁さんは大泣きで謝っている姿を横目に彼女に挨拶した。やはり、なんとも言えない妖艶で綺麗な人だ。
「アラクネさん。こんにちは」
「ラ、ランスロット………」
「寒くないのですか?」
「ま、魔物だから…………」
「?」
何故か彼女は照れていた。クモの後ろ足をクルクルしたり。手をモジモジしたり。見た目に比べ、愛らしい仕草だった。それが少し不思議だった。
「まぁなにはともあれ。僕は元気になりました。これも介抱のお陰です。ありがとうございました」
「あっ、うん………捕まえたの私だけど……」
「でっ、用件とは?」
親友から会いたい人がいると聞かされ。考えたのは彼女だった。来て、やはり彼女だった。
「ええっと。また、話がしたい」
「話をですか? 僕と?」
彼女は頷く。
「いいですよ。僕で良ければ話し相手になりましょう」
「あ、ありがとう。今日は、そのあれなので………夜の湖のほとりで」
「はい、招待を承りました。お嬢様」
「あぐぅ」
トキヤの怒声が静まるまで。自分は彼女を見続ける。恐ろしい魔物である彼女だが、自分にとっては一人の女性に思えるのだった。
*
俺は困った。嫁の手を引きながら宿屋へ連れていく。
「ぐすん……ぐすん………」
「ネフィア、もう怒ってないから泣くなよ……怒りすぎたか……」
「うん………ぐすん」
凄く怒られたのが尾を引き続け、涙が止まら
いらしい。
「ネフィアぁ……まぁごめん。怒りすぎた。ごめんって」
「ぐしゅん……うん」
「あ、ああ。もう泣くなって!!」
「またぁ怒ったぁああああ」
周りの目線が痛い。泣く姿は可愛いが昔のこいつにこの姿より遥かにかわいい。
「ああち、ちが!!」
「うわああああん!!」
「イチゴジャム買ってやるから!! な? な?」
「うぅ……うっ……トキヤ……嫌いになってない?」
ネフィアの頭を撫でる。昔とは大違いだ。
「嫌いになんかならない。安心しろ、だから泣くなって………男の子だろ?」
「男扱いしないでぇ……えぐ……」
「ああ、ええっと。ごめん」
昔のこいつに今のこいつを見せたらさぞ吃驚するだろう。殺されそうだ。
「………うぅ………トキヤ。やさしい………えぐ……えぐ」
「まぁ泣くのやめて笑ってくれよ。そっちの方が好きだし。な、な?」
「う、うん………へへへ。ありがとうトキヤ」
「お、おう」
涙浮かべて笑うのは非常に可愛くておかしくなりそうだ。
「………ひっく…………トキヤぁ~ごめんなさい」
「もう、いいからいいから。今度はもうちょっと変えた言葉で頼む」
「うん………」
手を繋ぎ。嫁を宿屋に送った。
§
自分は悩みの種が多い。魔王の寝室を私物化し、アラクネの巣を潰し、自分の権力を見せつける。 簡単だ。もう命令終わっている。だが、ここへ来てふざけた話がある。
「申しあげます。都市で魔王が遊んでいます」
毎日の報告で胃を痛める。遊んでいる事は陽動。自分を囮にし、なにかをする。素晴らしい陽動だ。誰か隠れた戦力があるのだろう。
「まだ、わからぬのか?」
「はい。目的が不明です」
「くぅ……エルフ族長も四天王を辞めると言い出し逃げるように故郷に帰った。なにかあるはずだ」
「はい。必ず見つけます」
刺客を送っているが何もいい成果が上がらない。報酬金も鰻登りにも関わらずだ。
「腕のいい刺客はいないのか?」
「一人、向かわせました」
「そうか、安眠できるように頑張ってくれ」
「はい」
胃薬はまだ必要そうだ。
*
酒場での一時の平和。年末で騒がしいのがあと1日と迫る。
「ああ、今年も終わりですね」
「だなぁ~色々あったなぁ~」
紅茶をのほほんと飲んでいる。私たちはのんびりしている。
「だいたい、半年でありすぎじゃないですか?」
「そんなに多かったか?」
「勇者が攻めて来て。女にして、旅をして、好きになって、黒騎士撃退して、好きなって、看病して、好き、ドラゴン出会って、好き、家を買って、好き、また旅をして、好き、結婚。愛してますトキヤさん。で、親友に出会いましたね」
「好意が半分占めてるじゃぁねぇか!! 所々挟むな!!」
「今年は、恋愛の年でしたね。今年の最後………トキヤと迎えたい」
夜のお誘い。婬魔らしく舌を出す。
「くっそ、かわいいなぁかわいいなぁ~」
「私はかわいい。だって、愛されてますから‼」
「やめてください……ネフィア。恥ずかしいわ」
「満更でもない癖に」
「はは……」
鼻を掻くトキヤ。そんな中で定員が私たちの前に立つ。
「お客様。やめてください………ここでイチャイチャダメですよ。気の張った冒険者たちの場です」
「「すいません」」
二人で謝る。何故、冒険者はモテないのだろうかと疑問に思っていると頭の中で声がした。綺麗な声だ。そう、これは私ではない。こんな神聖な声は聞いた事がない。頭の中で声が響きなぜ冒険者がモテないのかを教えてくれた。
「冒険者がモテないのは居を構えておらず。その土地に縛られないからですね。愛を育てるに大変なんです。それと冒険者同士の恋愛は死に別れが辛いので中々踏ん切りがつかないことも多い。あと、恋仲は仲間内がギスギスする。仲間をそんな目で見れない等が理由です。ネフィアさん」
頭の声に従い全く同じことトキヤに喋り。反応を伺った。「空耳だろうか」と思う。
「死に別れはない。俺が護るし、護れなければ一緒に地獄へ堕ちてやる。仲間内でギスギスは俺ら二人っきりだし関係ない。それに仲間でもあり、友でもあり、頼れる俺だけの姫様だ」
「姫様やだぁ………!! 何度も言ってる‼」
「俺だけの嫁さんだ」
「は~い、嫁です」
心の誰かの声は喜んでいたが。気にせずに彼との時間を満喫するのだった。
*
自分は酒場の入り口を凝視し狙いをつけていた。レンズを覗き、魔法弾に魔力を注ぎ終え。アーティファクトである銃の引き金に指を置く。
アーティファクト銃は魔法の発展と魔物、人間の耐久が上がったために錆びれてしまった技術だ。そして弾に金がかかる。しかし、金さえ出せば魔族の頭を粉々にでき。弓、ボウガンよりも射程が長く、暗殺に向いていた。殺すやつを選べ、その頭を撃ち殺せば弾薬費はちゃらだ。「出てこないな。まぁ……出てきたが最後だ」と考えながら息を潜める。
監視し、魔王を待つ。素晴らしい依頼、巨万の富が約束される。たった一発で。だから、最上位の弾薬を持ってきた。ミスリル鋼の特殊弾薬。どんな、魔力障壁も突き抜けてくれる。
魔力を持つ者、人や魔族が普通の鉄の弾薬では死ななくなった理由に個人の魔力障壁、皮の耐久上昇。簡単に死ななくなっている。だが、工夫すればいい。暗殺も技術は上がっているのだ。魔王が出てきた。
狙いをつけ、息を吸い込み。3割吐き出して息を止め。しっかり銃床を肩に当てる。全身の力を抜いてぶれないようにそっと引き金を引く。時が1秒から数分に伸ばされた感覚。
撃鉄が弾丸の底を蹴り上げ、積めた魔力石を爆発させ弾丸が銃身を回転しながら進み。銃口から火花と硝煙を撒き散らし飛び出す。魔王の頭に向かって。
*
「トキヤ!!」
ぎゅぅうう
「おい!! いきなり背後から抱き付くな‼ 怒られたばっかだろう‼」
「へへへ」
バン!!
「「………」」
*
「!?」
咄嗟に避けられた。地面を抉るだけになった。慌てて薬莢を排出し、弾を込めて狙いをつけようとレンズを覗いた。その瞬間。
「なっ!?」
二人が真っ直ぐこちらを見ている。慌てて引き金を引いた。
ガチャ!!
「ここで弾詰まり!? 焦るな次だ」
銃を持ったまま、その場を離れる。念のため待機していた仲間に合流するために。
「久しぶりだ。失敗したのは」
本当に久しぶりだ。
*
「見ました?」
「見たな」
「イチゴジャムですね?」
「それは賞金の事を言ってるのか………それとも暗喩か?」
「さぁ~どっちでしょうねぇ~」
「じゃ……また後で」
「ええ。後で」
「会おう」
「会いましょう」
*
逃げた路地。本来は冷えている空気なのに今日はやけに湿った空気が纏まりつく。ドロッとした粘り気のある空気に身を引き締めた。
「…………はい、こんにちは」
「!?」
路地裏に綺麗な少女が口元に笑みを浮かべながら立っていた。銃を構えずに、後ろに向き走り出す。後ろから足音が聞こえ続ける。
「ついてきているだと!?」
丁字路を迷いなく足音がついてくる。
「仲間の元へ………」
とにかく、異常事態だ。魔王に見つかった。
「鬼さんはどちら? あなたの後ろ」
「くぅ!!」
ぴったり、後ろから声がする。エルフ族長を倒した人だ近接は勝てない。
「いたっ!!」
ガシッ!!
路地に座り込んでいるみすぼらしい目の前の少女を捕まえ小型の銃をこめかみに当てる。
「近付いたら………??」
振り抜いた先に誰もいなかった。しかし、足音ははっきり聞こえ。しばらくすると、歩いて彼女が現れる。
「鬼さんがみーつけた!」
背筋が冷える。いったい何が起きているのかわからない。
「近付いたら撃つ!!」
脅しをかける。情報によれば人を心配する優しい人格者になったらしい。ならば人質も躊躇するだろう。
「打てば?」
「はぁ!?」
歩いてくる。怖れず歩いてくる。
「止まれ!! 本当に……撃……ぐへっ!!」
腹部に鈍痛がしたと思った瞬間壁に押し付けられ、少女が引き剥がされた。そちらを見ると、彼女のパーティメンバーの一人が一瞥の眼差しを向ける。
「ネフィア。また会ったな」
「ええ、会えました。さぁ、怖いお兄さんは倒しました。大丈夫ですか?」
ターゲットは優しく手を差し出す。だからこそ、勝ったと思えた。
「大丈夫、ですよぉ!!」
少女姿の仲間が銃を引き抜き銃口を魔王の額に向け、引き金を引こうとした瞬間。男の手が仲間の頭を掴まれ壁に押し付けられ、銃弾があらぬ方向へ飛んでいく。
「あっ……あ!?」
自分は震え出す。不意打ちだった筈だった。男の方は自分を掴んでいた筈だった。しかし……はじめて聞く頭を割る音に背筋が冷え、腰が抜けたままになる。
「イチゴジャム………トキヤ…………顔を潰すと賞金首かわからないね」
「咄嗟だから。考えて動けない」
「そうだね。驚いちゃった」
彼らは女の子だったものを見つめて冷静に会話する。壁に押し付けられ縫い付けられたかにように頭らしき場所がくっついている。体が痙攣し、ピクピク動き。目の前の惨状に逃げなければ言う判断に至った。抜けた腰は大丈夫。仲間をやられ焦っただけだ。
「く………」
「炎球」
「うがああああああああああ!!」
立ち上がり、走り出した瞬間に脚に何かかが触れ燃え上がる。その場に転げ、火を払い除ける。火の魔法だ、正確に足を狙ってきやがった。
「首を落とすか?」
「任せました」
「だ、そうだ。首を置いてけ」
火を払い除け、立ち上がろうとした瞬間。首筋に剣先が伸び…………ゆっくり首に触れた。次の瞬間。自分の体と、男が剣を振り抜いた姿が目に写った。
*
ギルドの受付に首を置く。受付嬢は慣れた手つきで首を袋に詰めてお金を渡してくれる。
「お疲れさまでした。けっこう名のある首ですね」
「仲間が居たから。一人じゃないんだろうな」
「まぁでも。リーダーを落とせたのでいいと思います。衛兵に持っていきますね」
「イチゴジャム!! 買えるね‼」
「はいはい」
日常茶飯事。昔に盗賊ギルドに居たときを思い出す。そう、血生臭い世界。
「ネフィア………血は、臓物は怖くないんだな?」
「ええ、だって世界は魔物で溢れている。冒険者なら普通でしょ?」
「そう、普通なんだ………だがな。忘れている奴は多い」
「ふーん」
冒険者、衛兵は臭いなれなければならない。絶対に関わる。人の死に触れる。
「トキヤ~仕事しなくていいね‼」
「まぁな」
世界は、死に溢れている。
§
湖のほとり。そこである人が僕を待っていた。その人は蜘蛛の糸で遊びながら僕を待っていた。約束の時間前に彼女はいたようだ。
「お待たせしました」
「あっ、来てくれてありがとう」
「いえいえ、失礼ながら、お名前聞いていませんでしたね?」
「名前?」
「ええ、アラクネとは種族名です。お名前ですよ?」
「…………前にも言ったけど本当に魔物に名前はないの」
悲しそうな目をする。僕はデリカシーがないようだ。彼女を悲しませてしまった。
「思慮浅く申し訳ないです。そうですか………なんと呼べばいいのか悩みますね」
「名前………名前………」
彼女が悩む。そして、僕は思い付いた。ないなら新しく名乗ればいいと。そして……それならばと覚悟を決める。
「僭越ながら。名前を決めさせて貰ってもよろしいでしょうか?」
「名前をつけてくれるの?」
「はい」
きっと、名前をつければ彼女の魔物っという事を変えていけると考える。
「それは!! うれしい!! どんな名前にするんですか?」
「そうですね。僕のセンスはよろしくないですが大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、ランスロットがつけてくれる名前は何より優れている筈。私にとって」
彼女が笑い、嬉しそうな声で自分を見つめた。僕は胸を押さえて深呼吸をする。鼓動が早い。本当に少女のような彼女に何かしらの感情がある。そう、あのときから。確かめたい。
「何かありました? 胸を押さえて?」
「いいえ、何もありません」
「ん?」
変な動作だったので気になってしまったのだろう。何もないよう振る舞う。自分はおかしい。彼女の体を美しい人と思っている。下半身は恐ろしい蜘蛛なのに。
普通に人と少し変わっているにしか思っていない。なれてしまったようだ。
「…………それではつけさしてください」
「どうぞ」
沈黙、今日は冬晴れで遠くの対岸、白い山々が見えるほど空気が透き通っている。それを眺めて、悩んだ。そしてボソッと呟く。
「リディアでどうでしょうか?」
「リディア?」
「僕はあまりセンスがよくありません。だから普通の女性の名前にしました。もう少し時間をいただければもっといい名前を………」
「リディア………リディア………リディア………うん、リディア」
彼女が目を瞑り、手を胸の前で押さえて噛み締めるように名前を言う。何度も、何度も、囁くように優しい声でリディア……リディアっと言い。そのあまりに魔物とは違った可愛らしい仕草と誰からでもわかる喜んでいる姿に言葉を失う。
途中、僕は目を逸らし、深呼吸をまた行ったあと。冷静に鼓動を落ち着かせた。そんなに喜んでくれるならと思い言葉を発する。
「リディアさん」
「………はい、リディアです」
「ええ」
照れながらも、短く反応する。その初々しい姿をかわいいと思い。ここまで僕が女性を誉めることはなかった事だ。はっきりと自分が彼女に好意を抱いていることをこの瞬間に確信した。
「ありがとう。素敵なお名前」
「喜んでいただき。うれしい限りです」
「もっと、砕けた喋り方は出来ないの?」
「素晴らしい女性方に失礼がないように教育を受けてきたものですから。リディアさんは素晴らしい女性です」
「蜘蛛ですよ?」
「ええ、蜘蛛で綺麗な女性です。リボン似合ってます。前と違った姿なのでトキヤのご夫人殿に選んでもらったのでしょうか?」
「はい。ランスロットに見せたいと言ったら。服を用意してくださいました!!」
本当に笑顔が美しい人だ。トキヤのご夫人と似た笑顔。昔から色んな女性を見ていたがここまで綺麗に笑えるのは少なかった。みんな、僕を皇子として見ていたせい。仕方がない。
「ははは………何故でしょうね。僕が恥ずかしがってしまいました」
「困った顔、いいですね」
「そうですか? 変な方です」
「ランスロットも変わってますね」
心が落ち着く。外気は寒いが心は暖かい時間が過ぎて行った。
*
私たちは木影に隠れながら様子を伺っていた。
「ネフィア。覗きは良くない」
「トキヤはよく覗くのに? 風呂でも何処でも」
「悪いことを知っていてやっている」
「悪いことを知ってる。でも大丈夫。「不安だからついてきて」て相談されたからリディアに」
「そうだったのか………で。なんか雰囲気がいいみたいだが?」
「トキヤは二人をどう思う?」
「片方は戦ったことがあるから強さはわかる。暗殺するならあいつから。次にリディア殿は未知数。親友を殺ったあとにじっくり戦ってみるさ」
「…………ちゃうねん。そうじゃないねん。職業病だよね」
「いや、どう思うって他に?」
「自分以外の恋愛に鈍感じゃない?」
「恋愛してるのか!?」
「節穴ぁ!!」
私は驚いてしまう。どうみても恋愛でしょうと言いたい。
「節穴だったわ。目から鱗だ。嘘だろ!? アイツは皇子だろ!?」
「わかってないなぁ~でも面白いでしょ?」
「面白いな!!」
「さすがトキヤ。わかってる~説明いる?」
「詳しく」
「予想なんだけど………」
私と似たものなのだろう。知り合いの恋愛は面白い。知恵を持っている生き物は皆きっとそうなのだろうと確信したのだった。
*
時間が過ぎるのが早い。湖のほとりで彼との会話は楽しい。私は聞くだけなのだが世界が広がっていく気持ちになる。湖のほとりで毎日、彼に出会うのが楽しみになっていた。
「巣の外を見たい」
「リディアはもし行くなら何処へ行きたいですか?」
「海と桜を見てみたい。都市に入ってみたい」
「そうですか………都市に………」
「魔物以外の営みを見てみたい。絶対に魔物でいるより楽しい筈」
「ええ、楽しいですよ」
「ランスロットが生まれた場所も見てみたい」
「それはダメです。自殺と一緒です。僕が許しません」
「………そ、そう?」
「帝国は今は冷えています」
「そうなんだ」
「それよりか、オペラハウスっと言う都市が楽しいですよ、きっと中立国家みたいな所ですが」
会話して、色んな世界を旅をしたいと言う。だが本題はもっと別にある。友達が私に新しく教えてくれた事。
想いは言わなきゃ伝わらない。
「ランスロット………」
「なんでしょうか?」
「冒険者としていつか旅に出るのでしょうか?」
「ええ、冒険者ですから。ああ、逃げないとですね帝国の親族等から」
「もし、良ければ連れていってくれませんか?」
震える言葉で、お願いを言う。彼はそれを聞いたあと、腕を組み考えに耽る。
「すぐには答えを出せそうにないです」
「………………そ、そう」
「しかし、悪い答えはしません。安心してください。時間をいただきたいです」
「は、はい。期待しても?」
「女性を悲しませることをしてはいけませんから」
彼は格好いい。スゴく格好いい。だからだろう。足を振り上げた。
「何をされてるんですか?」
「何でもない!!」
勇気を出した行動。そういえば、この求愛は魔物だけの行為だった。
*
年末が数日に迫ったある日、僕は彼女からの相談に頭を悩ましていた。
「はぁ……」
「なんだ? ランス。溜め息なんて」
酒場のカウンターで肩を叩く。そちらを向き直ると親友とその奥さん。親友は椅子を引いて奥さんの席を用意し、奥さんはスカートを押さえながらゆっくりした動作で座る。親友はそのあと自分の隣に座った。一連の動作に夫婦愛を感じる。
「こんにちは。お二人さん」
「こんにちは、ランスロットさん」
「こんにちはランス。で、再度聞くが溜め息の理由は?」
「理由ですか………」
僕は彼らに悩みを打ち明ける。親より信頼が置ける友人。僕はどの皇子よりも運が良いことに感謝しながら。
「ああ、そうだよなぁ。あれは見た目がなぁ」
「私みたいに人型だったらよかったですね。ですがそれを含めてお好きなのでしょう?」
「それは………」
「体、種族は違えど似たもの同士です。それに、好意がなければ毎日通いませんし」
「君の奥さんは鋭いね」
「頭がお花畑なだけだよ」
「そんな彼女を愛してるんじゃないのかい?」
「んな!?」
「そうですよ、ランスロット。彼は誰より天の邪鬼です」
「天の邪鬼? 天の邪鬼か? 俺?」
「だって。トキヤは私の事、好きでしょ?」
「好きじゃないけど」
「トキヤ、本当に天の邪鬼なのかい?」
「好きじゃないだけだ」
「……えっえぇ? こ、心替わり!?」
焦り出す、奥さん。僕も焦り出す。迷いがない事を昔ながらにわかるからこそ背筋が冷える。しかし、杞憂に終わる。
「好きじゃない。愛しているだけだ」
まっすぐに言い放った言葉を聞き安心した。不意をつかれたのか、奥さんが顔をカウンターに沈め。自分も目線を下げた。男だけど顔に手を当てる。
「トキヤ、ずるい………日頃言ってくれないからうれしいけど………恥ずかしい」
「ちょっと……僕も恥ずかしいですね」
「俺も、恥ずかしい」
このあと、また店員に注意され、何を話し合っていのか忘れてしまっていた。そういえば、悩んでいたのだ。リディア、答えはまだ先になりそうだ。
§
年末をあと少しに迫った日。都市に激震が走った。魔国魔王城で編成された兵団が向かっている事がわかったのだ。いったい何が起きるのか、いったい何をするのかを秘密のまま。自分たち冒険者が酒場に集められる。
そして、カウンターの上に立つ魔王城のダークエルフの兵士が声高く叫ぶ。
「冒険者諸君!! 摂政トレイン様から大口の依頼だ!!」
「へぇ~摂政になったんだトレイン。偉いなぁ」
隣にいる嫁が他人事のように喋る。『「当事者だバカ」と言えばいいのだろうか? それとも呑気すぎると突っ込めばいいか?』と私は考え悩む。そして違う意見が浮かんだ。
「もしかして。お前を殺しに……」
「私って人気者だね。やった」
「人気者って……」
「そこ!! 五月蝿い!!」
「「すいません」」
ダークエルフに怒られた様子を見るにちょっと違うようだ。こいつが魔王だって知らされてない、しかも賞金首リストもみていないのだろう。ランスロットが湖から帰ってきたら仕事に誘おうかと考える。
「摂政トレイン様は被害に心を痛ませ!! 四天王であらせられる鋼糸のアラクネ族長に相談された。そして!! 許可を得た!!」
「ネフィア、『鋼糸のアラクネ』て知ってる? 俺は知ってる」
「さぁ?」
「おい!! おい!!」
「だ、だって……ね? 知ってるのと知らないのが混在してるの」
「はぁ~職務怠慢だなぁ」
ぼそぼそと話ながら。ダークエルフを見る。金額はいい仕事のようだ。さぁ重要なその内容はなんだろうか。
「アラクネの絶滅をアラクネの族長が許可した!! 故にあの者たちは魔物であり我らの敵である!! 一匹倒すごとに賞金を出そう!! 兵団が到着し、包囲する。自由にしてもらってかまわない!! さぁ冒険者!! 狩りの時間だ!!」
「「!?」」
自分はネフィアと顔を突き合わせる。酒場の冒険者達がパーティを組み。出発の準備を行っている。
「ネフィア。俺たちはすぐに出よう。運が悪いことに徒歩でも行ける場所に巣がある」
「う、うん!! 湖に行こう!!」
湖にいるリディア殿が危ない。自分達はすぐさま酒場を後にした。
*
僕は答えを決めきれずに時間だけが過ぎ。彼女と別れた。
「はぁ………僕はなんと情けない」
アラクネと言う魔物であることで冒険者に狙われている彼女を護って行くこと。彼女を無理矢理、人のように生活させる事の難しさや。果たしてそれが幸せかを悩ませる。自分の好意で決めるわけにはいかない。そう思ってしまう。
「親友なら、きっと。『護ってやる』と簡単に言うんでしょうけど………僕に果たしてその力があるか?」
答えはない。わかっている。親友のように魔術が得意じゃない。親友のように知識があるわけではない。親友のように力強くはない。
そう、彼は長い年月をかけて……それが使命として本気になって鍛えた。僕は胡座をかいていた。その差は山と谷の違いがある。
「彼が何故強いかを再確認出来たよ」
自分ならどれだけ時間がかかるだろうか。それまで彼女はリディアは待っていてくれるだろうか。
「ランス!! リディアさんは!!」
「ランスロットさん!! リディアは!!」
「ん……二方……慌ててなにかありました?」
彼らの真面目な表情で、何かしら状況が悪いことを察する。
「ランス。落ち着いて聞いてくれ」
「はい………なんでしょう」
胸がざわつく。自分は選択を迫られている気がした。
「ランスロットさん。魔国でアラクネ族を魔物とし、討伐指令が出されています」
「そ、それは!!」
「四天王、アラクネ族長が許可を出して危険の排除に乗り出しました。特に集まって巣を作るアラクネが対象でしょう。そう、ちょうどここに住んでいる者を対象に」
今までうやむやだった事が今になってはっきりとした問題として魔国で決定された。それはつまり。
「リディアは魔物として討伐されます‼ 巣に兵団が囲んでいます!!」
「く!!」
「ランス!!」
僕は剣を握り締めて走り出した。時間は残されていなかった。今ある力でどうにかしなければならない。
*
「ランス!!」
「トキヤ、待って‼」
ランスロットを追いかけようとする彼を引き留めた。腕を強く握って引っ張る。
「何故!! あいつは昔と同じ事をするぞ!!」
「違う!!」
「違う? 何故だ?」
「そう!! 彼は昔に剣を振ったのは失望と若さの過ち!! 今回はあなたと同じ理由で剣を握ったの!!」
「じゃぁ………追いかけて一緒に戦えば!! 冒険者にやられるぞ‼」
「私たちが行っても同じ!! トキヤらしくない!!落ち着いて‼ リディアは助けるよ!! 絶対に彼は!!」
「………確かにあいつなら」
「トキヤ、今私たちがしなければいけないことは逃げ道を作ること!! 私たちにしか出来ない!!」
「ああ、そっか冷静になった。そうだな、退路は必須だ」
「信じましょう。王子さまを」
私たちは、展開している兵を偵察することした。
*
私は自分の巣で頭を抱える。「一緒についていく」と言ったことを後悔し始める。悲しいことに彼を悩ませ苦しめてしまった。
「今さら、大丈夫なんて………言いたくない。ついていきたい。けど、悩んでしまう」
胸のなかにハッキリしない気持ちがクルクルと回転しているようで。胸のなかに雲があるかのようなモヤモヤとし、苦しめる。
ドンッ!!
「そっちいったぞ~!!」
「ファイアーボール!!」
「木を燃やせ!!」
今日は外が騒がしい。気にしていなかったのだが次第に叫び声が聴こえ恐る恐る私は巣から顔を出す。
「!?」
そして驚いた。眼下で炎が上がっていたのだ。木々が燃え上がり巣を焼こうとする。目の前に仲間達が巣から逃げ惑う。
「これは!?」
眼下で激しい戦いが行われていた。色んな種族が私たちと戦う。木々を斧で倒したり、炎をつけ巣から私たちを地面へ降ろして剣で戦う。
何人もの冒険者が腹を裂かれ、絶命しながらも私たちアラクネも足を切られ腹を裂かれ、首も落とされていく。そう、狩り合いがそこで行われていた。
「あっ」
私は恐怖する。仲間の死を見た瞬間に死んだら彼に会えなく事を理解し逃げようと違う木々に乗り移った。
「逃げなくちゃいけない!!」
仲間たちは巣を焼かれ、怒り、冒険者を殺しに行く。私は巣に未練がない。飛び移った木々が斬り倒される前に移動しようとした。その瞬間。
「あそこ!! ファイアーボール!!」
「うぐぅ!!」
火球が腹に当たり爆発。地面に落ちて転がる。痛みはするが致命傷には程遠い。だが、倒すのが目的ではない。
「前衛二人はお願いします!!」
「姉ちゃん任せな!!」
「ええ、行きます!!」
「あれ? 服を着てますね? でも、いいでしょう!! 詠唱始めます!!」
3人。耳の尖った種族2人と人間の冒険者が私に向かって殺意を向ける。やるしかない。
「よくも、叩き落としてくれ…………たな………」
何故か、口調が尻すぼみする。3人、そう3人だ。倒せる筈。だけど、体が緊張する。3人の人生を奪う事に躊躇いが生まれた。
「あぐぅ!! くぅ!!」
「逃げるぞ。追う!!」
「はい!!」
私はもう殺したくない。殺したら……彼に嫌われるかもしれない。
「足止めします!! ファイアーウォール!!」
炎の壁が邪魔をし。その場に私は立ち止まる。炎の壁が彼等と私たちを囲む。前衛の二人が大剣を握り直し、距離を詰める。
「ひぃ!?」
「さぁ……行くぜ!!」
「はい、左右から挟みます!!」
私は、泣きそうになりながら。頭を抱える。殺さなくちゃ死ぬ。でも殺したくない。でもでもと思考が回る。
「どうしたら、いいの? ランスロット………助けてよ………」
「ランスロット? 服を着ている………もしや!?」
「おい、止まるな!! 俺からいく援護を!!」
「あっはい!!」
右側から、耳の尖り毛並みがある男が剣を下段に構えながら走ってくる。
「右足は貰った!!」
「リディアアァアアアアアア!!」
ドンッ!!
「ぐげっ!!」
「おやっさん!!」
私は吃驚して口に手をやる。目の前に炎で燃えている背中に見覚えがあるからだ。そう、彼は炎の壁を越えて私を庇うために体当たりをし、彼を私から突き放す。肩が上下し、顔を下げて荒く息をする姿はここまで走ってきてくれた事を知らせてくれた。
「げほげほ!! 獲物の横取りは許さねぇぞ!! ランスロット!!」
「はぁはぁ…………うるさい、こいつは僕の…………知り合…………いいえ」
一瞬の逡巡。そして………彼は叫んだ。
「僕の女です!!」
剣を引き抜き、真っ直ぐ構える。私より小さい背中が強く、大きく見え、目の前が滲む。初めて熱い物で瞳を濡らす。内から溢れ出すこれが何なのか、すぐに私は理解した。うれし涙だ。
「ランスロット!? 君が言っていたのは彼女かい!?」
「ええ、そうです。僕のパーティメンバーのリディア・アラクネ・アフトクラトルです」
「ランスロット坊主、そいつは魔物だ」
「ええ、元魔物です。ですが僕だって元皇子。今では、同じ冒険者です」
「ら、ランスロットさん!! そんな!! あなた……えっと格好いいあなたがそんな!!」
「文句は剣で伺いましょうか? いいですよ、騎士として正々堂々、受けて立ちましょう!!」
「ちぇ!! 行くぞ!! こいつとやっても金にならん」
「そうですね。早く他を探しましょう」
「ランスロットさん………憧れてたのに………」
口々に不満を言いながら、彼らは次の獲物を探しに行く。
「はぁ、久しぶりの味方殺しは避けられたね。全く僕の運命と言うやつは……」
「ランスロット……」
「リディア。話は後で今は逃げましょう……ん? 泣いているんですか?」
「はい……嬉しくって……止まらないんです」
「そうですか。しかし、今は我慢してください。僕が責任を持ってあなたを逃がします。ついてきてください」
「………はい」
私は涙を拭いながら彼について行く。
*
私は機を伺う。ダークエルフの二人組が立ってアラクネを見張っている。そこをトキヤが一人の背後に忍び寄り、口元を押さえて気絶させた。
すぐさま引きずって木の裏へ隠す。私は顔を隠してもう一人の前に出る。
「はい!! こんにちは!!」
「だ、誰だ!? んごぅ!? んん………」
「よし、気絶したな」
手早く、もう一人も気絶させ、木の根本に転がせる。遠くで人の叫び声等、騒がしい音が木々を反響させ、凄まじい戦いなのが連想出来る。
「本当に闇討ち得意だねトキヤ」
「本職ですから」
「じゃぁ、彼らを呼ぶね」
「ああ、俺は再度。周りを確認してみる」
私は即席呪文を唱える。
「………ん。音拾い」
「見つけたか?」
「僕の女です………だって!! リディア、啜り泣いてる。終わったら声を伝えるよ」
「いい所だったんだな~」
「愛の告白だよねこれ?」
「まぁ……告白だな。いいのかよ……一応、許嫁いるのに。あっいないかもな犯罪者だから」
「どっちかな? でも……いるんだぁ………うん。収まった」
私は騒ぎが収まった瞬間に音を伝え。誘導する。すると彼らが木を避けながら向かってくるのが見えた。
「ありがとうございます。さすがトキヤですね」
「発案はネフィアだがな」
「うんうん。リディア、ランスロット。おめでとう」
「「?」」
二人は首を傾げた。
「ネフィア。先ずはここを離れるぞ。話はそれからでも遅くはないさ」
自分達は合流し、そのまま都市を目指すのだった。
*
私は都市の外壁で暖を取りながら話を始める。アラクネはほぼ滅ぼされるだろう。しかし、ここに一人のアラクネだった者がいる。
「私はこれからどうすればいいの?」
「僕もどうすればいいか。悩んでいたんですが答えが出ないです。すいません不甲斐なくて」
「私もない」
「ネフィア、私を唆して「彼と一緒に旅をすればいい」て言ったじゃない!!」
「言ったけど‼ 言ったけど‼ ごめん!! 結ばれたらいいなぁしか思ってなかった!!」
「結ばれた? 結ばれたとはなんですか?」
「えっ? ランスロットは僕の女だって言ってたよ? ねぇ?」
「ははは………聞いてたんですね」
「僕の女は? どういう意味ですか?」
「ええ~気付いてない!? あれだ!! 人間の求愛の言葉だよ‼」
「!?!?!?」
リディアが顔を押さえ、ランスロットを見る。
「はは、ええっとそうだね」
「私もランスロットならお受けします」
「おめでとう‼」
二人が幸せそうで何より、何より。
「おい!! 見つめ合うよりも先ずはこのあとどうするかだ!! 童話の王子さま姫さまは結ばれてチャンチャンだが。これは現実。続いていくんだぞ!!」
「「「……」」」
沈黙。そして、3人ともトキヤを見つめる。
「視線が俺に集まってますが?」
「トキヤなら、僕よりも上手く立ち回れる。お願いだ。教えてほしい」
「トキヤ、私も。勇敢なる者としてきっと妙案が浮かぶと信じてる」
「ネフィアの夫さま。私は魔物です。何かいい方法があれば………ランスロットにご教授をお願いします」
「お、おう」
「トキヤ」
「トキヤさん」
「トキヤさま」
「ちょ、ちょっと待て…………わかった!! わかった!!」
「さすが親友」
「さすが私の夫さま♥」
「さすがランスロットの親友でありネフィアの夫さまです」
「……………ちょっとはお前らも考えような?」
トキヤが溜め息と共に考えを話す。そして、自分達はダメ元で行動をするのだった。トキヤしか出来ず。勇者とは程遠い行為だが、これほど彼が似合う行為もないと思われる。
*
ギルド長の部屋。煙たい空気の中、婬魔のような悪魔のギルド長に話をする。私はトキヤの背後に隠れ。顔だけ出す。険しい顔のギルド長にちょっと私はビビっている。
「アラクネを冒険者に登録しろだと? 正気か?」
「魔王を嫁として連れている彼に正気を疑いますか?」
「………それもそうか」
「何で私を連れてると変人扱いなの!?」
「おい、俺を変人扱いするな。かわいいじゃないか? この代の魔王は」
「トキヤぁ~。そうだよ!! ただの夫婦だよ!! 普通だよ!!」
「…………………のろけるなら、つまみ出すぞ」
「あっ………それはダメかも」
「ネフィア。少し黙っていてくれ」
彼が真面目に話をする気になったらしく。底冷えする声が響き渡る。
「つまみ出すならこの都市は崩壊させるぞ。魔王軍を唆して破滅させてもいいし、俺が暴れまわってもいい。都市の壊し方は知っている。やめてくれよ? 史上もっとも多くの人を殺し都市を壊した個人になりたくはない」
私が背筋が冷えてしまう。やりかねないっと思ったからだ。見ている。彼の最上級の魔法を。あれをここで打つと………きっと都市は姿を保ちながら悲惨な状況になるだろう。ランスロットは彼に任せているのか一言も喋らない。
「ほう? 私に脅しをかけると?」
「脅し? 脅迫? いいや、これは命令だよ。竜狩りって知ってるだろ?」
「はん、そこのランスロットも竜狩りだ。精々、人智は越えないがな」
「鋼竜ウルツァイト」
「ほう………なんだいそれは?」
「俺が狩った。エルダードラゴンだ。ご存知ない? 『自分自身と混ざった竜を狩った』と言うのも変な気分だがな」
「………」
ギルド長の顔に一筋の汗が滴る。実は気付いているのだろう。トキヤの強さに。現に賞金首を何人もお金に変えている。
「まぁ、今回だけしか無理は言わない。それにそっちだって魔王の情報を売ったりしてたんだ。本来なら殺すけど、見逃してあげている。それに簡単だろ? リディアと言う名前の冒険者証明書を発行し押し印をするだけさ。悪い話じゃないだろ?」
「…………はぁ。金をくれ。やる気がでない」
「ありがとう。ほれ、金一袋だ」
腰につけているお金を酒が置かれている丸テーブルに置いた。
「畜生。悪魔め」
「ははは、知らなかったか? 人の皮を被ってるデーモンだよ。当たりだ」
嘘は言ってない。嘘はデーモンみたいに強いこと。
「さぁ、表で待とうぜ。ギルド長、英断ありがとう。君はいいギルド長だ」
私は思う。夫が敵ではなくて良かったと。その気になればトレインも殺れるだろう。
「君が親友で良かった。敵ではなくて本当に良かった」
ランスロットも同じこと思っていた。
「今は敵じゃないだけだな」
「脅かすのはやめてくれ」
「事実」
「ふむ………冒険者トキヤ」
悪魔のギルド長が立ち上がり、トキヤの目の前へ立ち上から下を舐め回すように見る。
「せっかくだ。1日、夜はどうだい?」
背後にいる私は顔を出し、怒り声を出す。唐突の告白で私は声を荒げて睨み付ける。
「おい、いまなっつった? ゆうてみぃ?」
「あら、魔王さん。彼を一日貸して欲しいんだけど?」
「あん!?」
「まぁ意思はトキヤから、聞くわ。ねぇ~こんな子ばっかりよりたまには違う味も良いわよ」
「おい、人の夫を誘惑するな。切られたいか? 殺されたいか? 燃やされたいか? 好きなの選ばせてやる」
「あなたには聞いてないわよ。冒険者職務放棄の威を借る女狐さん」
「ぐるるるる!!」
「ギルド長。お断りします」
「あら、残念。いい男なのに遊ばないと勿体ないわ~」
「へへ~ん!! 私がいるもん!!」
「まぁ、そういうことらしいので」
「人の夫ほど美味しい物はないのに。残念」
「悪趣味め」
「いい趣味だと思うわ?」
「目の前に奥さんが居て。一晩どうって言うのいい趣味ではないです!!」
「ふふ、悲惨な状況が美味しいのよ。目の前で奪われたら泣くでしょ?」
「奪え返す。目の前で、こうやって」
「んぐっ!?」
顔に勢いよく口を合わせる。私は見せつける。
「キスして仲がいいことを見せつける。婬魔の力でね」
「ふ~んあなたも中々の悪魔ね。まぁいいわ、発行してあげる。これっきりよ」
「ネフィア………時と場所をわきまえろ。うぶなランスロットが角で縮こまっているじゃないか」
「婬魔にそれを言うの? ごちそうさま♥」
「私も、あなたみたいに一人の男性を愛するべきかしら? さぁ仕事するから待ってなさい」
ギルド長が証明書の金属板を用意する。トキヤがそれを受け取り、偽物かを丁寧に確認した。しっかり、確認する彼。ここで私は帝国のあの日の事を、懐かしい思い出を思い出した。この一連の行動は全く勇者らしくなく、今はそれも含めて大好きである。
§
私たちは壁の外で待っているリディアに冒険者の証明書を渡す。思い出すのは最初の時、彼から貰ったこの一枚。どれだけ、私の助けになったのだろうか。その一枚がまた幸せを生むだろう。
「これは? ただの鉄板?」
私は笑う。その懐かし意見に答える。
「それはね。この世で冒険者と認められた人の証明書。貰って来てくれたんだ彼が。これで僕と同じ冒険者さ」
「この鉄板で冒険者に?」
「リディア、私も最初はその鉄板の素晴らしさを知らなかった。知ってからは手放せない。身分を証明し、都市に入りやすい証明書の一つだから無くさないように」
「これが………」
両面をくるくるし見る彼女は疑っている。最初はそんなものだ。
「さぁリディアお嬢様。ご案内させていただきます」
「ランスロット変なの。でも………悪くない気持ち」
「トキヤ~」
「こっち見てもやらないからな………」
「トキヤぁ……」
「指を咥えない」
「うぅ~ん」
「甘い声出して、ねだらない!! はぁ、はいはい。お手をお取りしましょう。お嬢様」
「うん!! くるしゅうない!!」
トキヤに手を引っ張られながら衛門へ行き、この前騒ぎを起こした時にいた衛兵に挨拶する。
「こんにちは~」
「……またですか? 一応賞金首でもあるでしょうに……」
「今度は違うぞ!! ほれ!! その証明書を見せてみろリディア!! さぁ!! あれが目に入らぬか!!」
私は胸を張ってリディアを指をさす。
「…………ぼ、冒険者!?」
「さぁ!! 衛兵!! 通せ!!」
「本当にすいません。うちの嫁が」
深々とトキヤが頭を下げる。
「えっ!? トキヤ!?」
「えっと、そうですね。気苦労お察しします」
「そちらも、では……まぁ色々ありますが通ります」
「問題を起こさぬようにお願いします」
「トキヤ!? 今、謝ったよね!? 謝ったよね!?」
トキヤの裾を掴んだ。迷惑かけている気はしてたがあまりの扱いに驚く。
「冒険者証明書を見せびらかせて衛兵を馬鹿にしてるような行為を謝ったんだ。別に衛兵は手下でも何でもないからな。俺は魔物から門を守る彼らに敬意を持ってる」
「ああ、夫さま………なんとありがたいお言葉か……ありがとうございます」
「すいませんでした……」
私は衛兵に頭を下げて都市に入れさせて貰う。衛兵も部下に持ち場を任せて一緒についていく。さすがに魔物だから信用はまだないようだ。
*
騒ぎがあったが衛兵が鎮めたまま。酒場にやっとの思いで到着する。トロール用の扉を開けて酒場入った。
冒険者は出払っていて残っているのは出遅れたボッチぐらいだ。まぁ悲鳴をあげるわけだけど。
「悲鳴になれました。ランスロットの悲鳴を聞いてみたいですね」
「リディア、僕は悲鳴をあげないよ。きっと」
「…………ランス。おれは色んな悲鳴聞いたぞ? 昔に」
「君は黙ってて。見栄を張らせて欲しい」
「男だなぁ……おまえ」
「君もだろ?」
きっと、ランスロットは好きな人の前で見栄を張りたい男の子。トキヤはもちろん私の事が大好きな男の子。何となく、私にも分かる。
「リディア~ささっと登録しに行こう」
「はい!! これで私も冒険者!!」
道中で登録の方法は教えている。ささっと終わり、個人の情報が書き込まれるのだ。受付嬢がビクビクしながらも業務をこなす。さすが、プロ。仕事はこなす。
「書き込んで来ました」
「見せて………やっぱり最下ランクか~」
「トキヤ、懐かしいですね。僕が初めて冒険者になった時が」
「おまえが目を輝かせて両手で持ち。俺に見せて喜んでいた事か?」
ランスロットかわいい。
「ははは、そんなこともあったあった」
「その後、お前は一生の宝にするとか。俺とお揃いだとか、一緒に依頼をとか…………捲し立てられたなぁ~」
「トキヤ、すまない。過去話は止めよう。僕が辛い。ちょっときつい」
ランスロットが顔を赤くしながら額に手をやる。
「トキヤさん。ランスロットの過去を教えてくださいね」
「もちろん。いいぞ」
「リディア。程々にして欲しい。すでに恥ずかしい」
目の前でイチャイチャしだす集団に酒場の冒険者から冷たい目で見られる。その中でふと私は気が付いた。
「ん? リディアの名前が変わってる。リディア・アラクネ・アフトクラトル?」
「私の名前、長いですね?」
「ランスロット・アフトクラトル。アフトクラトル王家の名前を使っていいのか? 怒られないか? ランス」
「トキヤ。魔物らしい。いい名前だと僕は思うよ」
「………魔物の巣。帝国城内。まぁ魔物が生易しい世界だよな。貴族様は」
「ああ。本当に」
少なくとも、リディアより魔物が住んでいるらしい。帝国内は嘘でしょうけど。比喩だ。
「同じ名前……婚姻かぁ。ランス。気が早いな」
「僕は君の親友。似た生き方をするよ」
無邪気に笑うランスロット。
「そうか。頑張れ」
「頑張る」
「うーん。案外早く、くっついたよね~もっと何かあるか思ったのに?」
ウンウンと頷く私。
「ネフィア、アラクネの巣の襲撃が何かじゃないのか? 切っ掛けはでかいぞ」
「そうですよ? 私には劇的に世界が変わりましたけど?」
「チィチィ!! 甘い!! 普通のロマンチックな物語じゃん!! 例えばね!!」
私は目を閉じて両手で物語を歌うように話始める。
「ドラゴンを倒せる勇敢なる騎士が城に囚われた。弱体化薬によって女にされた姫を助け!! 刺客や、敵から護りながら旅をし!! ゆっくり二人は二人の事を知り、恋を知り。愛による苦悩を乗り越えて結ばれる方がロマンチックです!!」
何処かで聞いたような事を喋る。リディアが感激し私の両手をつかんでうんうんした。
「確かに!! それはロマンチックですね!! でも!! 私だってロマンチックな出会いでした!! ねぇ!! ランスロット!!」
「そ、そうだね。喰われる筈だった気がしますが……」
「ネフィア……それは実話だろ……」
「既視感。ああ、すっごーく既視感。なんて素晴らしい実話でしょうか。そう!! ロマンチックです~あれ~なんか~覚えがあるぞ~素晴らしい物語だな~なんだろうなぁ~」
チラチラ
「おまえの人生だ!! 知ってて自慢してるだろ!! アホか!! 恥ずかしいわ!! この口か!! この口がいけないのか!!」
私の頬をトキヤが引っ張る。
「あふぁ!! つまひゃないでぇ~つまひゃないでぇ!!」
両方のほっぺを引っ張り続ける。
「あっ………やっぱりトキヤの物語か。ロマンチックだけど。自分で言うのかぁ……」
「自分で言って恥ずかしいですね………これ。でも私も羨ましいとは思いました」
「ネフィアぁああああああ!!」
「ごめなやひゃ!! ごめなやひゃい!! 自慢ひしゃかったの!!」
そのまま談笑しながら時間が過ぎる。帰ってきた冒険者と一悶着はあったが。なんとか、リディアは認められたのだった。
§
今年、最後の日に都市は活気づいた。至るところで今年を労うために酒を浴びるように飲む人達が店に溢れ。歌い暴れている。
もちろん、ギルド直轄の酒場も冒険者でごった返しているし受付嬢などが酒などを運び儲けていた。元気がいい給司の女性の亜人は両手がふさがっているので胸の谷間にお金を入れて貰っている。そこに関しても皆が騒がなくただ静かにしていた。理由は彼女のせいである。誰一人言葉を発しない。
~~♪
綺麗なピアノの旋律と歌が冒険者を癒す。小麦酒より葡萄酒が売れている理由はきっと落ち着いて飲みたいのだろう。癒される音色にランスロットは驚いた。
「トキヤ。君の奥さん本当に多芸だね。歌が上手いのは才能だよ……」
「引きこもってるときはそれぐらいしか出来なかったらしいからな。まぁ全く気付かなかったけどな」
「わ、私の耳には恥ずかしすぎて………悶えそうです」
「ラブソングだけど。毎日、すきすき言われたら。嫌でもなれる。それよりか、旋律を楽しむ方がいい。歌詞が耳に入って来なくても楽しめるからな」
彼女は年相応の少女である。だからこそ、あんなにも激しいのだ。いつか落ち着く日がくるだろう。
「毎日、君は幸せだね」
「ああ、そうだな……狙われてるけど」
1日数回、必ず好きと言われて、二人のときだけの濃厚な絡み合い以外、平和であり、落ち着いている。
「ふぅ~おひねりください」
歌い終えたネフィアが屈託のない笑顔で両手に灰皿を持って……ゆっくり床に置く。灰皿一杯に硬貨が投げ込まれ、溢れたり弾かれたりした。非常におひねりは多いが当然とも言える。
何故ならピアノの音さえも魔法で表現し、誰の耳にさえ遮ることなく音を届ける彼女はそこらの歌手とは一線を越えて存在感を示したのだ。
「お姉さん。君はオペラハウスへ行くべきだ」
「全くだ!! 来年、オペラハウスで春前に歌手等の募集があるから行くべき‼ ファンになるよ!!」
「えっと。そんなに褒めてくださりありがとうございます。そろそろ喉が疲れました。ふぃ~」
「にしても……大浴場であったけど本当に婬魔?」
「そそ、こんな。汚れを知らない歌声を持つのに婬魔なんだよなぁ~」
「ふふ、婬魔ってすごいでしょ? これからは婬魔の子に会いましたら。愛してみてください。きっと素晴らしい子になりますよ」
「そうかぁ~ちょっくら探してみるかなぁ~!!」
ネフィアが男たちに囲まれて、会話をする。別にセクハラとかじゃなく。女友達のような軽い絡み合い。しかし、それを睨んで見つめる女性の冒険者たち。
ネフィアは色々と女性に喧嘩を売られる程、嫌われているが、ネフィアはそれを知ってて気にしてないようだ。ネフィア曰く、女性の性らしい。俺にはわからない。
「いいよなぁ~君みたいな人が………あいつの嫁なんて」
「本当に羨ましいが………」
「ふふ、皆さん。頑張って彼みたいに竜狩りまでになりましたら。きっと、いい人に出会えますよ。応援してます」
「ああ、彼。そんなに強いのかぁ。そうだよな~賞金首を護る程だもんな」
「そうか。俺も頑張ってランクあげて君みたいな人を探すよ‼」
「やっぱ、冒険者でも出会いはあるんだ‼ 頑張ろうぜ‼」
「皆さんファイオーです。お悩み、女の子の気持ちとか、色々相談に乗りますよ? 女の子の気持ちとか男の気持ちとか知ってますし」
「はは、本当に男の気持ちとか知っててすごいよなぁ~」
「そそ、男の好きなもの分かってるのは流石だなぁ~フェチは大切だよ」
「そうですね。フェチは大切です。あそこの夫もいっぱいありますから」
「へぇ~」
「ネフィア。お前が暴露するなら嫌いになるぞ?」
嘘でも、彼女はオドオドしだす。廻りも嘘なのがわかっていてニヤニヤする。
「お、脅しは卑怯な………」
「本当に仲がいいよなぁ~いいなぁ~」
「いいだろ? 苦労して手にいれた俺の嫁だ。お前らにはやーらない」
「と、トキヤ!?」
「おお、暑い暑い。『まーたイチャイチャしてる』て怒られちまうぞ~」
「怒られるから。もう諦めて絡むわ~ほれーネフィア~」
「や、やめて!! 皆が見てる!!」
「珍しいな……恥ずかしがってるの」
「本当、本当!! いつも夫がーとか言ってる癖に」
「「「はははは」」」
酒も入り、和やかな空気のまま時間だけが過ぎていく。このまま、夜まで飲み。歌い、踊り。明日の昼まで祭りは続くのだった。
*
本当に僕の親友の奥さんは花があると思いながら。僕も隣の女性と葡萄酒を頂く。
「…………はぁ~」
「リディア、どうしたんですか?」
「ネフィアは花があって、綺麗で、羨ましいですね。歌もうまいし…………私は何もない…………」
「綺麗だよ、リディア。君には僕がいる。何もないわけじゃない。僕は君だけの王子さまになる」
リディアが顔を手で押さえて唸る。僕も恥ずかしいが。親友を見ているとあれよりかはマシだと思えた。
「ランスロット………そ、その」
「愛してるよ。僕だけの姫」
親友の口癖を真似る。彼は昔から何故、そこまでする理由をついに僕も手に入れた。
「服も似合っているよ」
親友の奥さんに選んでもらった服は白いニットのセーターであり。彼女の豊満な胸が強調されついつい目が行ってしまう。親友の奥さんは僕が何を好きかを理解しているらしい。恥ずかしいが………大好きだ。
「ランスロット。あ、ありがと」
「どういたしまして。姫様」
「や、やめて。姫様扱いしないで。私はそんな………事ない」
「リディア、君の名前は?」
「リディア・アラクネ・アフトクラトル?」
「僕の名前は?」
「ランスロット・アフトクラトル」
「そう。名家、アフトクラトルの皇子だ。皇子の奥さんが姫様なのは普通じゃないかい?」
「あ、あう………」
「頑張って慣れてほしい。これからもきっと名家らしい人になってもらう。僕のためにね。勉強教えるから」
「が、頑張ります‼」
リディアと一緒になってからわかった事だが。
「僕は君を独り占めにしたい」
親友のより僕の器は狭いようだ。
*
日が沈み、日付が変わる数分前。酒場で飲んでいた人達が皆。こぞって外へ出る。もちろん、酒が入ったコップを持って。中には、屋根に上がる人もいる。そう、私たちみたいに。
「すまない、僕たちは別の場所で見るよ」
「ランス? どうしてだ?」
「君は本当にわからないのかい?」
「んんんん………二人きりがいい?」
「そう、正解。リディアと二人で見るよ」
「わかった。また明日な」
「数十分後にね」
「トキヤ!! あっち行こう!!」
「ああ」
屋根を飛び越えて端の方の屋根へ渡る。他にも酒を持った亜人達が各々空を見上げていた。月も欠けた夜。夜風が冷たいのか、色んなカップルが抱き合っている。
「屋根へ上がるのは………恋人同士ばっかりだよ」
「なんで?」
「それは、二人っきりの世界だから。ロマンチックなの」
「へぇ~どうでもいい」
「知ってる。これはね、女の子が喜ぶ事だから。覚えるように‼」
「はいはい」
自分達も横にくっついて空を見上げる。月明かりだけが自分達を照らす。
「トキヤ、今年は色々あったね」
「本当にな……たった数ヵ月なのに」
「私は、生まれて一番の年になりました」
「それは、良かったな」
「うん、ありがとう。女にしてくれて。城から連れ出してくれて。そして………お嫁さんにしてくれて」
「喜んでくれたなら、幸いだ」
「トキヤ、こっち見て」
「ん?」
「すーき………ん」
振り向いた瞬間。柔らかく暖かい感触が触れる。それは、何度もやってきた事だが。何度でも飽きない行為。深く深く結び付いて。そして、離れる。
「…………はぁ」
ネフィアの顔が少し惚けている。
「トキヤ、来年もよろしくね」
「もちろん。よろしくな」
「………私って幸せ者だなぁ」
首を回しながら、彼女は笑う。美しく、綺麗に。自分だけに向ける笑顔。
「好きな人と年を一緒に迎えられて、そして一番始めに年初めに挨拶できるんだよ~幸せ者です」
「はは………照れるなちょっと」
「ふふん~♪よっと!!」
彼女が自分の足の上に乗り、首を回して姫様抱っこのような形になる。
「あと、数秒間だね。来年もいい年になりますように」
「いい年にしてやる。安心しろ」
「ふふ、うれしい。信じてるよ、私だけの勇者様」
ネフィアが言い切った瞬間。上空に炎の魔法弾が打ち上げられる。年が明けた。夜空に幾多の炎が舞い上がり、破裂し花を咲かせる。
いつも見た瞬間、感じる。遠い懐かしさと共に魔法で色々な色を出す花火にいつも心を奪われる。爆発の衝撃音が体を揺らした。何発も打ち上げられ破裂する音が心地いい。
「魔法使いの夜」
「ネフィアは初めてか?」
「いいえ、鳥籠の窓から眺めてました」
「そっか、今年も派手だな。帝国も何処行っても」
「だって、魔法使いの魔力を全力で打ち上げて誰が一番かを競うのでしょ? 力一杯だよ。派手に決まってる」
魔法使いの夜。魔法使い達がばか騒ぎする夜。誰にも咎められずに夜空に魔力尽きるまで魔法を打ち続ける行為。そして、誰が一番最後まで残るか、一番綺麗かを競い。楽しむ遊びだ。
花火の魔法は人に向けてのそこそこの威力だが。見た目重視のためあまり実用性はない。だが、皆が認める素晴らしい魔法だった。
「きれいだね~」
「ああ、綺麗だよ」
「トキヤ………花火見てないじゃん。私を見ても何もないよ?」
「ああ、綺麗だよ」
「………バーカ」ぷい
「照れてるなぁ」
「不意打ち!!」
彼女が腕のなかで悶える。かわいい。
「………明けたね。今年も一年よろしくお願いします」
「ああ、今年もよろしくお願いします」
「へへ………トキヤ。花火の魔法教えて」
「ああ、教えてやろう。人に向けるなよ。死にはしないが痛い」
呪文を口頭で伝え、彼女は自分から離れて空に向かって手をつき出す。大きな炎の玉が打ち上がる。
「愛を想えば………」
打ちあげられ、みるみる上がる。
「えらい、上へ行くな」
「私の愛は天井知らず‼」
「あっそ」
「ええ!?」
「にしても………高いなぁ」
「そろそろだよ」
ドゴーン!!!
重たい音と共に膨大な花が夜空を彩る。大きな大きな花が咲き誇る。そしてハート型の花弁となって舞い。夜に消えていく。
「はぁ~魔力は一級品だ。まぁちょっとハートが余計かな」
「一番重要。でも、私自身。驚いてる………胸の内から力が湧いてくるの」
「才能が開花したかな? 魔力使えば上がる奴もいる」
「開花しましたので。これからも愛でてくださいね」
「わかったよ」
その後は、仲良く抱き合って空を見続けた。
§
年始が明けた数日後。私たち二人は旅の準備を行った。そして準備中に忘れていた事を思い出したのだ。思い出したきっかけは冒険者ギルドでギルド長とブタ鼻の屈強な商人のオークが言い争いをしていたことで思い出す。
「あっ!! 送金!! 送金忘れてた!!」
「ネフィア。忘れてたのか? 俺はてっきりもっと貯めてからと思ってたけど」
「もう十分貯まったよ‼ 一括支払い出来る!!」
賞金首に感謝してる。ありがとう、命を、お金をくれて。そのお金を商人に渡して送るのを依頼しないといけない。ヘルカイトに借金しているのを返さないといけないのだ。
「にしても、何を言い争ってるんだ?」
「音拾い」
耳を済ませて二人で音を拾う。
「何故だ!! 誰かいないのか‼」
「庭師を呼べ!! 庭の木なんか冒険者でどうこう出来るわけがばいだろ!! 庭師がいるだろ!!」
「庭師が無理だって言うんだ!! だから、なんとか出来るのを探せ!!」
「アホか!! 木なんか知るか!!」
「金なら出す!!」
「無理なもんは無理だ‼」
なんとも、水平線の口論だ。ただ、あのオークに何故か。小さな光を感じ、その必死さからか私は彼に近付いた。背伸びをしてオークの肩を叩く。
「ん?………あんた。魔王さんか? 人違いならすまない」
「ご、ご存知で。正解です」
バレバレなのは仕方ないがこう、なんとも有名人すぎじゃないかな。
「ああ、やはり。商人ではもう噂が出回ってる。『魔王城を追い出された愚かな魔王がいる』てな」
「そうそう愚かな魔王です。そんなことよりも揉めているようでしたけども?」
ギルド長に目線をやった。肩を透かしながら説明してくれる。
「はぁ、こいつが庭師を探してるんだ。全く、ここは冒険者の集う場所。そうそう、いるわけないだろ?」
「彼、庭師」
「ネフィア!?」
「なに!? 彼が!!」
「…………ああ、いたなそういえば。後は任せた」
ギルド長がやっかい者を押し付けて姿を消す。私は、一応希望を持つ勇者に頼むことにした。何とかしてトキヤと手を合わせて念を送る。
「ネフィア!! 嘘もたいがいに………」
「君!! お願いだ!! お金は幾らでも払う!! 頼む!! 頼む!!」
「はは……はは……やっべー断りづらい」
オークがトキヤの両手をつかんで懇願する。そう、まるで藁をつかんだらかのような喜びようにトキヤが頭を抱える。
「トキヤ、ちょっと呼んでいる気がするから。付き合ってあげて」
「ネフィア………ああ、わかりました。庭を見せてください‼」
「ああ!! ついてきてくれ!!」
オークに連れられ私は酒場を後にした。
*
オークの名前は「豚屋」と言う。豚屋とはそこそこの商売人として成功者の一人だったが最近は仕事をしていないのだと言う。仕事内容は流通らしい。流通とは商品の横流しを円滑に行う仕事だそうだ。開発等も追々やっていきたいとも言っているが今はやる気が出ないとも言う。理由はわからない。
「ここです。私の家だ」
小さな一軒家。隣も同じような作りの家が立ち並ぶ。しかし、違いが見てとれる事があった。小さな庭に一本の木が生えているからだ。
立派な小さな庭から出てしまっているが普通の木。枯れてしまったのか、冬のためなのか葉を見せない。
「依頼の木はこれですね」
「ええ。一年間ずっと葉を持っていた木だったんです…………彼女と別れてから、枯れだしたんですよ」
彼女とはいったい誰だろうと思ったが……その表情に愛しい人を想う気持ちが現れていた。オークという種族は愛深いのかもしれない。
「そうですか………」
「お願いします‼ この木をお願いします‼」
「わかった。俺でいいなら見よう」
トキヤと私が近付く。トキヤが見たこともないような魔方陣。赤黒い魔方陣を書き。見つめた。
「…………魂はある。生きているな」
「そ、そうですか!!」
オークが嬉しそうにする。私はふと、聞いてみようと思った。
「強い思い入れがあるんですね?」
もちろんといったような表情で語ってくれる。
「ああ、ある。豚屋として名前を変えたとき……いいや、ずっとここで住んでいるときからこの木を気に入っていたんだ。色々あったよ。しかしさ、彼女が出来てから目が離れていたんだ………きっと神様がお怒りになったのさ。彼女に振られ、この木も失いそうなんだ。苦楽を共にしたってのにさ」
話を聞いた瞬間。私はなぜ呼ばれたのか理解する。
「トキヤ。魂がある木は夢を見るでしょうか?」
「わからない。しかし、本当に弱っている。だが………魂は熱いな。力強い……」
「トキヤ。夢渡りで少し、気を失います。任せました」
「えっ!? ちょっと待て!! おい!!」
「夢渡り」
私は彼の制止を無視して、フッと暗闇に落ちるのだった。
§
私の耳に色んな声が聞こえた時間のように耳を過ぎていく記憶たち。
その記憶はしっかりしたものではなくただ。ただ。聞いただけの記憶。
しかし、そこに一際大きい声が聞こえる。
「ああ、ボロ屋だな。まぁでも始まりならここでいい!! 絶対豪邸に住んでやる!! まぁ木があるしいいだろう」
声の主は若いオーク。そう、記憶が理解している。トンヤだと。オークの青年だ。
「はははは!! 絶対、こっから大きくなって有名商人になってやる!! 必ず、なってやる!!」
若く希望に満ちた声が響いた。そこから、声が響き続ける。
「なんだろうな。見られてる気がする。お前が見てるのか? 木に話しかけても帰ってこないよなぁ。だけどこれからは同居人仲良くしよう」
「そうそう、俺は豚屋。名前も変えた。絶対『豚屋』て名前を広めてオークでも商売が出来る事を証明してやる。あの族長に戦い以外で強くなれる事を見せつける」
「まぁ、金持ちになったらもっと大きい家を買うからそれまでだな!! がはははは!!」
オークに笑い声がずっと響く。そして、彼が話し声がずっと満たされる。
「おはよう」
「ただいま」
「おはよう。ああ、今日は面倒」
「ただいま。めっちゃ疲れた」
「おはよう。行ってくる」
「ただいま。ああ、聞いてくれよ………あいつがな足元見やがるんだ。まぁ!! 一文も負けてやらなかったがな!! 一文って言うのは東方での硬貨らしいが!! 商売は向こうの方が上手いんだろう。海の向こう側だな」
「おはよう。今日は、休む。ちょっと枝を切るぞ」
「おはよう」
「ただいま………」
「おは………」
「ただ…………」
「お…」
「た………」
毎日、春の風が枝を揺らす日も。夏の美味しい日差しの日も。秋のゆっくり寒さが来る日も。冬の雪が枝に乗る日も。オークは夢に向かって努力する。
そして、私に何度も何度も話し掛け。愚痴とか嬉しかったこと悲しかったこと楽しかったこと辛かったことを何度も話し掛けてくれた。
「くっそ!! 聞いてくれよ‼ 好きだった人間の女性に告白したらさぁ~オークは無理だってさ‼ はは…………畜生。わかってるよ。鏡で見る俺は不細工だって。オークの男は不細工なのに、オークの女はなんで普通なんだろうなぁ………くっそ。体は鍛えてるからまだ自信があったんだがなぁ。まだまだ、異種が結ばれるのは珍しいんだろうなぁ~オークの女はいいけど………いや。おれが劣等感抱いてるだけだな……族長に見せられねぇ」
彼が悲しそう声で語る。
「ああ、そう。劣等感。劣等感を越えたいから豚屋を広めて胸を張りたい。自信がほしい。よし!! 勇気が出た!! ありがとうな‼ いっつも!! 聞いてるか知らないけどさ!! 聞いてくれて」
(聞いてるよ)
「まぁ、俺もお前が何かを考えてるかわかんねぇし気楽だよ」
(いつも、楽しく聞いてるよ?)
「よし!! いっちょ明日も頑張って行くわ‼」
(頑張って。応援してる)
私は驚く。木の声が聞こえだしたのだ。記憶の中で確かに声がした。
「今日は腐葉土とってきたぞ!! 土とこれを交ぜてって!!」
(ありがとう)
「本当にこんなとこで根を張って大変だよなぁ~ここ、庭しか生える場所がない。だから、栄養とか大変だよなぁ」
(ありがとう)
「さぁ、ささっと土に混ぜよう」
(ありがとう‼)
「ドリアードに聞いたから大丈夫なはずだ」
(……………………)
木は悲しむ。声が届かない。木は自分を呪う。木に生まれた劣等感で。悲しむ。
動ける体がほしい。喋られる体がほしい。木は願う。願う日々が続くのだった。そんなある日、彼の事業が波に乗り。声をかけてくれる事がなくなる。帰ってくることはなく。帰って来ても女性と一緒だった。
「へへへ!! 良い体だな」
「そう?」
「じゃぁ、やろうぜ」
「ふふ、愛してるちょうだいね」
(……………)
そして、数ヵ月後。
「畜生、冒険者め。くそ、くそ………」
「あら、豚屋。別れましょ」
「な、なに?」
「お金なくなちゃってもう用済み。婬魔だからさ。次いくねぇ~」
「死ね!! 出ていけ!! お金目当てで付き合ってたのか騙された!!」
「いいじゃない気持ちよかったでしょ?」
(……………)
数日後。
「畜生。なんで失敗したんだ畜生」
(……………)
「ああ、木か。久しぶりな気がするな。ボサボサになっちまって…………俺、疲れたよ」
一番太い枝に縄を括る。括った輪にオークは首を入れる。用意した椅子を蹴飛ばし首を吊った。
(ダメ!!ダメぇ!!)
バキッバキッ!!!!バギイイイイ!!!
「ゲホゲホ、えっ?」
木は自分の体を折った。一番太い枝が折れ。半身を失ったような気がした。
「ダメって言ったか?」
(……………言った)
「今、声が聞こえた気がした………ああ。枝が折れちまった。いや? これ? 折った?」
(………………)
「はははは。何だ、何だははは………意思あるじゃないか………ははははぐす……はははは」
オークは、その場でうずくまり。泣き出した。そして、立ち上がり。
「まだだ、俺には借金がある。まだ行ける。ありがとうな………」
(……………はい)
木は初めて恩を返せた気がしていた。そして、木は自分の枝を折るという行為が出来たことで自信をもった。
動ける。動けるんだと信じた。
*
「おはよう。昨日の面白い話で魔王が居なくなった話の真否を聞いてくるよ。勇者が出たってな。行ってくる」
ある日、私は彼を見送ったあと。数分後、自分を見上げていることに気が付く。周りを見渡す。春らしい、風が髪を撫でる。髪。
「これは?」
小さな体。足がある。手がある。そして、彼が好きな胸もある。全裸で、立っている。
「服、着なくちゃ。鍵はここ」
自分の木の根本に落ちている鍵を拾った。豚屋はいつもここに置いている。忘れないために。無くさないために。不用心だが誰もまだ盗みに入ったことはない。家に入ると先ずは鏡を探した。
「あった…………ん………」
鏡を見つけた次は彼の大好きな肖像画をベットの下から拾う。部屋の中はなんとなしにわかる。
「ん、ん」
肖像画は彼の初恋の相手。女々しいだろうが捨てられない理由がある。これを見て劣等感を抱き。努力の活力に繋げているのだ。
「ん~」
鏡と見合わせる。緑の髪以外は似ていると思う。名前はベルらしい。しかし、私とは違う。だぼだぼなオークの服を着ながら。名前を決める。何故か浮かんだ名前はエウリュだった。
「私はエウリュ。私はエウリュ」
言い聞かせ、彼の帰りを待つ。長い時間を過ごしていたが。これほど待ち遠しく。時間の流れを遅く感じるのは初めてだった。
*
「ただいま。やっぱ本当に魔王は倒されたらしいな。でも『トレイン』て言う大悪魔がいてなんとかなるらしい」
「………おかえり。そして、ありがとう」
「えっ!?」
木の裏から、私は顔を出して。念願の一言を伝えたのだった。
§
私を彼は家にあげてくれた。彼の寝室に座る。
「君はいったい何処から?」
「わからない。気付けばここにいた」
「服もないのか? 身寄りは? あっいや。奴隷の印はないな」
「………」
彼を見つめる。いままで通り。見つめる。
「あっ……そこまで見続けられるとなんとも。はぁ~君は誰だい?」
「エウリュ」
「エウリュちゃんだね。はぁ~どうしようか~」
「お家に置いて」
「………わかった。身寄りが見つかるまでな」
「うん、ありがとう」
彼は驚いてた。その姿が新鮮で。ずっと見ていられた。それから私は彼との同棲を始める。ご飯は、いらない。変わりに自分は自分の木の手入れをする。
服も買ってくれた。また、恩が出来てしまった。
私は本も読めた。常識だって長い時間を見てきたので分かり、すぐに慣れる。
「おかえり。今日はパスタです」
「ああ、ただいま」
そして、彼に一番始めに挨拶できる喜びと会話ができる喜びを噛み締めていた。
「えっと、エウリュ。食べてるところをそんなにジロジロ見られると食べ辛い」
「うん。でも、見てる」
「はぁ、見てて楽しい?」
「楽しい、会話も楽しい」
「そうか………ええっと」
「エウリュね。豚屋を応援してる。いつかきっと誰よりもスゴい商売人になること信じてる。そして、この家を旅立つんだって知ってるよ」
「………ありがとう。応援」
「うん。あなたの夢が叶うといいね」
「エウリュ。君は俺のこと……そ、その好きなのか?」
「好き」
「そ、そっか……」
「商人なのに女の子の扱いは下手くそ」
「よく見てるな!?」
「見てる。だからさ今夜どうですか?」
「…………ごくっ。も、もちろん」
窓越しであの行為を横から見ていた私は悔しい想いをし、体があればと思っていた。また一つ願いは叶うのだった。
*
女を知った彼は商人として完成された。下品な会話から色んな会話を出来るように自信がつき、商談がうまくいく。そう、大きく花が開いたのだ。
彼はそれからも働いた。働き、夢に向かってお金を貯める。そんな中。
「はぁはぁ」
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫………あっ」
彼は倒れた。私は口を押さえて彼の名前を呼ぶ。力を振り絞り。彼を寝室へ運んだ。冬の寒さが彼を蝕んだのかわからない。蛇男の医者を呼び、診察を受けた。彼は、毒について詳しい名医。忙しい中、時間を見つけて来てくれたのだ。
「先生!! 彼は!!」
「………奥さん。ちょっと」
「は、はい………」
奥さんではないが。奥さんのふりをする。
「彼は誰かを敵に回したのかい?」
「えっ?」
「彼の血液から致死性の毒が検出された」
「そ、そんな!? で、でも毒がわかるなら………」
「血清は用意します。しかし、用意周到にゆっくりゆっくり殺すために長い時間。投与されたらしい。魔力で探りましたが肝臓等がもう………ダメです。ゆっくり衰弱してしまう」
「そ、そんな………」
「もう、長くはない。本当はもっと早くから気付いてただろうに……奥さん変なことはなかったですか?」
私は首を振る。
「………春まで持てばいいですが。お金があればお薬を用意します」
「お願いします………」
「…………力及ばず。すいません」
「…………いいえ」
「最後まで。看取ってあげてください」
「……はい」
医者はそう言って。診療所へ帰っていった。私は寝室に入る。窓を見つめる彼の横顔に胸が締め付けられた。
「はぁ………先生は何て言ってた?」
「何も言ってません」
「ははは、嘘はいけない。わかる。嘘をついている目だ。商人を騙そうとしない」
「………ごめんなさい」
「良いことじゃ無さそうだ。まぁ知っていたけどな」
「!?」
「夢半ば、嫌われ者でもやれることを示せた。ああ、裏切りにあったけど。まぁ相手は誰か何となくわかっている。出る杭は打たれただけだ」
「そ、そんな。まだ大丈夫だから」
「自分が一番ダメなのを知っている」
「つぅ………」
「嘘はいけない。いったいどれだけ時間が残っている?」
「春まで…………」
「春、狙ったな。4月、春先は酒が儲かる時だったのに。ああ、すまないすまない。商売人の癖だ」
「………あの。体の異変はいつから?」
「1ヶ月前から」
「何故、こうなるまで………」
「気付かなかった。あまりに君との生活で見失ったからね。すまない。心配をかけたくなかった」
「……………」
「好きって言ってくれ、夜だって色々してくれた。こんなオークのために何でも」
「そ、それは!! 感謝してるから………」
「感謝? 感謝するのは俺の方だ。ああ、幸せな数ヵ月だった。儲けるための理由があるのは良いことだ」
「…………」
「さぁ、短い余生を楽しもう。神が遣わせてくれた天使に感謝を。受け取ってくれ」
「これは?」
「女の子の扱いは下手くそだから。こんなになるまで踏ん切りがつかなかったぜ」
小さな木箱。中には緑の宝石が入っている。
「グリーンガーネット。君の緑の髪とよく似合う。好きだ。結婚してくれ」
「うぅ……う……」
私は、初めて。涙と言う物を知った。
*
彼はそのあと。毎日、毎日。喋り尽くした。後悔がないように生きたことを残すかのように私に何度も何度も話しかけた。そして、何度も何度も。
「ありがとう。幸せ者だ」
感謝の言葉を口にする。彼は少しづつ体の色つや等が悪くなる。部下だろうか何人も見舞いに来る。一人には彼が死んだら家に来ないかを誘われたが丁重に断り。帰って貰った。
息を引き取る前に机の手紙を読んで欲しいと言われた。私は約束を破り手紙を読んだ。彼の遺産相続と自分の事を忘れて幸せになって欲しい事が書かれている。
もちろん。私は手紙を破り捨てる。無理難題だからだ。
眠る彼に声をかける。彼の頭を優しく撫でた。
「聞いてくれてないかもしれませんね。立場が逆になってしまいましたね。私、エウリュはあの木なんです。気付いてましたか?」
「いつも、いつも、私に挨拶してくれましたね。声を出せない私に、毎日欠かさず」
「嬉しかったですよ。だから願いました。体を一つ。声を一つ。あなたに挨拶を返したい。いっぱい手入れしてくれた事を感謝したい」
「毎日、毎日願ってました。そして、叶いました。女神が微笑んでくれました」
「それからは本当に幸せでした。挨拶も出来る。感謝も出来る。でも、あなたは本当に感謝してもそれ以上に幸せをくださいました」
「生まれて一番楽しかった数十年。あなたの夢を追いかける姿が眩しく。美しく。応援出来たことを。そして、奥さんとして認めてくれたことを感謝します」
私は彼の口にキスをしたあと。体を持ち上げる。
「応援しています。最後まで見れませんがきっとオークの商人は素晴らしく大きい商人になるでしょう。信じてます」
「ありがとう。愛しのあなたさま」
私は自分の木に彼を押し付け、飲み込んだ。今なら、奇跡を起こせると信じて。
§
「ん……んん?」
「目が覚めたか?」
私は見たことのある天井を眺めていた。夢の続きかと思ったのだがトキヤの顔を見た瞬間にこれが現実であり、オークの家にいることを思い出させる。夢見は終わっていた。
「ええっと………」
ポロポロと目から雫が落ちる。最後の彼女の姿は何よりも気高く。美しく………そして悲しかった。
「何を見たかわからないが。勝手に寝ながら泣き出してたぞ」
「う、うん………そうだね。時間は?」
「2時間ちょいかな?」
彼女は今生の別れを惜しみながらも。何度も何度も彼との想い出を最後まで反芻していた。だからだろうか、長い時間がかかってしまった。
「ねぇ、オークの豚屋は?」
「木の手入れ。腐葉土を混ぜるんだそうだ」
「………そっか。彼は知ってるのかな?」
「何を?」
「あの木はドリアード。そして、彼の愛した女性。亜人です」
「なるほどな。それであそこまで甲斐甲斐しく手入れをするんだな」
「うん、そうだね」
姫様抱っこをほどいてもらい。私は立ち上がる。そのまま寝室に向かい目的の物を持って木の根本で見上げているオークの屈強な商人の場所へ向かった。
そして、声をかけた。まだ、終わってない。私が出来ることをしなくちゃいけない。そう信じて。
「豚屋さん」
「ああ、起きたのか? で何を見た?」
「エウリュ」
「何故その名前を!? どこでそれを!?」
「起きたのは最近ですね。豚屋さん。それも毒が一切ない」
「あ、ああ。最近だ。しかし、彼女はいなかった」
「気付いてませんか? その木が、エウリュ・ドリアードだと」
「…………やはり、そうか」
「確信は無かったのですね。いいえ、聞かなかった。木であってもどうでも良かったから」
「ああ、そうだよ。聞かなかった。エウリュはエウリュだ」
「残酷ですが。エウリュはあなたに生命力を注ぎ、治癒しました。自分の命を燃やして体を維持できなくなるまで。木の寿命を対価に」
「……………くぅ……どうして」
オークが膝をつき、四つん這いになる。頭は垂れ、悲しみに体を震わせる。啜り泣く声を聞きながら私は持ってきたものを渡そうと思う。
「これを。彼女は渡す気が無かったみたいですが。あなたには必要です」
彼が顔をあげて立ち上がりそれを掴む。一冊の分厚い本。
「これは………エウリュの字?」
「木は長い時間をかけ、文字を覚えていた。そして、熟考して勉強し。書として残した物」
「これは、商人の考察だ。的を得ている!?」
「彼女はあなたの話から導いた答えらしいです。失敗と成功の話をまとめた物。多く知っている知識のまとめです」
「何故、こんなものを………何故。渡さなかったんですか?」
「それは、応援したかった。夢を追いかける人に少しでも役に立つなら。しかし、彼女は信じた。この書かれている事よりもきっと。豚屋は理解し大商人になることを…………誰よりも願い、応援してるんですよ。今も」
「………それじゃぁ!?」
「そう、自分を犠牲にしてでも夢に向かって欲しい。彼女の声はそうなのです」
「あ、ああ………ああ…………」
オークが木に向かい合う。木は答えない。木は何も語らない。
「豚屋さん。奇跡を信じますか? もう一度だけ彼女に会いたくありませんか? いいえ、彼女と会話したくないですか?」
「したい………お願いだ!! 何でもする!!」
「わかりました。私の主人から依頼をお願いします。ちょうど商人を探してたところですから。では、最後の時を大切に………トキヤさん」
私はトキヤを呼ぶ。黙って成り行きを見ていた彼が近付いて抱き寄せる。
「お願いがあります。気を失うと思うので連れて帰って下さい。依頼説明もお願いします」
「ああ、わかった」
私は聖職者として奇跡の祝詞を唱える。そして、唱え終わった瞬間。体の奥から力が抜ける気がした。気を失うそう思った……しかし、気を失う最後に聞こえたのだ。
「ありがとう。女神様」
エウリュさんの優しい声がハッキリと聞こえたのだった。
*
自分は彼に依頼を承った。お金を預かった。彼女は眠るように彼に抱き抱えられて二人は去る。
その日の夜。エウリュが現れた、一糸纏わぬ体で。自分達は貪るように愛し合い。言葉も交わし。約束もした。
次の日には彼女はいなかったが、自分は立ち上がり、木の根本で彼女を見上げた。
彼女に少しだけ葉がついている。
自分は彼女に話しかけ続ける。
数日後、彼女は綺麗な花を咲かせた。
それが実るその時まで自分は彼女の近くにいたのだった。
§
酒場の一角、ある日。親友と一緒たむろしていた。
「トキヤ、話がある。君にしか聞けない事なんだ」
「なんだ?」
「君はどうやって指輪を選び。贈ったんだい?」
「そっか、そっか。おーいリディア!!」
「やめ!! やめろぉ!!」
「あー何でもない何でもない」
「くっ……君って奴は………油断も隙もない」
「指輪かぁ~そうだな。指の大きさは分かるか?」
「分かる。こっそり調べた」
「探しに行こう。一人で入る勇気もないだろ?」
「ありがとう。よく察してくれた」
「そりゃ長い付き合いだし。おーいお二人!!ちょっと二人で出るわ」
「はーい。いてら~」
「いってらっしゃい」
「仲がいいな彼女らは」
優しく彼女らを見る。ネフィアに価値観を教えてもらいながら頑張って人に近付こうとするアラクネの姿は可愛らしかった。確かに長髪で上半身のスタイルもいい、変な話が。人間のようで違うギャップが好ましかった。
「ネフィアはランスをよく知ってるし、緩く生きてるようで女としては完璧にこなしてるから先生と弟子みたいなもんだよ」
「お、男だよね? 聞けば……だが……」
「男だった。俺が女にした」
「君は変わり者だ」
そうだろう。だが、あんなに可愛ければ関係ないだろうと思う。
「蜘蛛を嫁にするやつに言われたくない。胸だろどうせ」
「親友であろうとバカにすると怒るぞ?」
「リディアに指輪の事をバラすぞ?」
「足元見るのは本当に得意だね」
「元黒騎士だからな」
「ああ、本当に黒い」
昔からの付き合いかたに懐かしさを覚えながら酒場を後にした。
*
残された私たちは酒場で勉強をやめて彼らを見た。
「本当に仲がいいな~彼はランスロットは本当にトキヤ殿が好きなんだね」
「分かるんだ」
結構、分かりやすいかもしれないが。リィデアは魔物だった。そこが分かるのは成長している証だ。
「分かる。私に向ける笑顔より、子供っぽい」
「そうだよね。トキヤもそう。昔はさ、ずっと堅い表情だったんだ。そう、使命感が顔に出てたかな? 今はやっと。彼の本心からの笑みを見ることが出来るようになったね」
「でも、仲がいいのは妬けませんか?」
「妬けないかな。ランスロットには同情できるから。もし、運が悪かったら彼は死んでいるしここまでの冒険者になってない」
現に仲間を殺して国外追放で免れてるのは運がいい。処刑されてしかるべきだ。
「全部、親友のお陰ですよね。妬ける」
「大丈夫。あなたの夫さん。女の体が好きだから………むっつりさん……だね」
「どこが好きなんです?」
「胸と腰、あなたのお尻とか、そのちょっと変わった趣味のお持ちですよ」
「お尻? このお尻?」
「そそ」
「教えてください。彼を食べられる機会です」
「あら、食べちゃうの?」
「はい、魔物ですから。私から、行こうと思います」
意味はなんとも淫乱な事だろう。食べるとは元魔物らしい。
「ふふ、じゃぁそうねぇ~彼は胸が大きいのが好き。対比で少し細い腰とかも堪らないらしい。それとね、こう。上半身が綺麗な、あなたの下半身の矛盾が皇子なのにこんな魔物に愛を誓うと言うことが『帝国の冒涜的で黒い感情が心地いい』と言う変態さんです。そう背徳感に囚われてる」
婬魔の能力で相手の好みを探れるのだ。素晴らしい。
「ふむふむ。攻め方は?」
「好きに攻めればすぐ。魔境に王子は堕ちると思うよ?」
「わかりました。今夜頑張ってみます」
「ふふ、足あげ運動はしなくていいよ?」
「やりません‼ もう、あんな恥ずかしいことはしません」
「そそ、面白い求愛行動だったよ~何度もするのに気付かれてなかったけどね」
「ああああああ!!!」
「ははは」
顔を押さえるリディアと私は酒場で笑い合うのだった。
*
宝石店。ランスロットが目まぐるしく見回した。
「ど、どれがいいんだい?」
「やっぱ、わからないか………皇子の癖に……宝石は見てきただろう?」
「そ、そうだが。あまり、こう。女性に贈るってことは初めてでして………それも指輪となると」
「モテるから貰ってばっかだったな」
「き、君もじゃないか!! 貰ってばっかりなのは!!」
「俺はまぁ悲しませる事ばっかだったさ。『好きな人がいる』てね。それでも気を引こうとするのは悲しくなるね。滑稽滑稽」
「酷いな、君は………」
「酷いさ。だからとっとと新しい人を見つけろってね。思うよ」
「優しいのか酷いのかわからなくなるな。で、宝石はどれがいいんだい?」
「俺は赤いガーネット。炎のように身を焦がす恋だったからな。お前の嫁さんの髪色でアメジストでもいいのでは?」
「紫水晶、アメジストか………よし!! それで行こう!!」
「決めるのが早いな」
「僕は何をあげた方がいいかわからない。諦めたよ。すいません、この宝石で指輪をお願いします」
「はい、かしこまりました。夕刻までに仕上げますね」
「ランス、いつ渡すんだ?」
「今夜、夜にしようと思う」
「そっか、末永くな」
「はは、君もね」
親友同士で仲良くなと言い合うのだった。
*
酒場に戻ると……喧嘩していた。
「いいえ!! ランスロットの方がお強いです」
「そんなことないトキヤの方が‼」
「ただいま、ネフィア。いったい何を言い争ってる?」
「リディア、ただいま。どうしたんだい?」
「「こいつが!!」」
両方が指を差す。
「よし、先ずはリディア殿から話を聞こう」
「リディア、話してくれ」
「こいつが、自慢で世界最強の騎士は主人言い出すんだよ‼ 違うと思うの!!」
「違わない!!」
「ああ、なるほどねぇ」
「僕もトキヤは強い騎士だと思うけど。やはり騎士を真似る魔術師の方だと僕は思う」
ランスロットの評価は正しい。現に風の魔術使いだ。
「まぁ、魔術師だからな。騎士はおまけだ。憧れ。だから世界最強はこいつでいいよ」
「と、トキヤ!?」
「ネフィア、何処の世界に暗殺が得意な騎士がいる? 騎士道は持ち合わせていない」
「トキヤ。僕はそれもどうかと思うよ。魔術師だけど暗殺が得意は流石に違うかな? 君は職を替えるべきだ」
「例えば、なんだよ?」
「勇者かアサシン」
「ああ、私もランスロットの意見の賛成です。魔王を倒せる者と言う意味で彼が最適ですね」
「勇者ねぇ~昔から、しっくりこない」
勇者なんて職はない。結局、英雄と同じだからだ。英雄的な事をしろと言うのだろう。
「トキヤ。私って倒されたよね。夜……暗がりの中。私を倒し、女にした勇者。流石だよ……勇者は魔王を倒せる人。押し倒され負けを認めさせる素晴らしい技術者」
技術者言うたぞこいつ!?
「ね、ネフィアさん!? それって!! 私はそんな事で倒せるなんて言ってませんけど!?」
「ネフィアさん!? そ、それは!! その!! やはり………ああ。僕は何て事を考えるんだ!!」
「…………ネフィア」
「嘘は言ってないでしょ?」
「ほっぺ、つねるぞ?」
「何で!? 私、婬魔!! 言っててもおかしくないよ!?」
「都合の良いときだけ婬魔のふりをしない!!」
「いひゃいいい!! ひたいい!!」
俺は柔らかいネフィアの頬をつねる。
「もうちょっと。時と場所を弁えろ!!」
「痛たかった………ヒリヒリする。時と場所を弁えたらいいの?」
「ああ、いいぞ」
「わかった。時と場所を弁えたらいいんだね。そういう辱しめを行う行為だから大丈夫って事だね?」
「おう、もう一回痛めてやろうか?」
「どうぞ。痛いの気持ちいいから。演技だよ~もっとちょうだい」
「お、おう!? お前!?」
背筋が冷えた。こいつマジかよ!?
「冗談でした。まだ痛いのはなれない~」
「焦った」
痛みも快楽とか無敵にしか思わなかった。
「まぁ追々ね?」
「真っ当でいてくれ………はぁ………」
「無理、だってなんでも愛おしいから」
昔のこいつが見たらどう思うか………ああ、真っ当に生きてくれ。
俺は心から願うのだった。
*
「はぁ……二人ってスゴい所まで………」
「そ、そうだね………部屋は狭くないかい?」
「大丈夫。トロールの種族は私より大きいみたいだから」
「たまたま、宿屋にトロール用があって良かったね」
「ええ………」
「………………」
「………………」
「あの!!」
「ちょっといいかな!!」
「「……………」」
「えっと。ランスロット何?」
「リディアこそ」
「ええっと………ランスロットが先にどうぞ」
「リディア。僕は紳士になろうと努力しようと思う。なのでここは女性に譲ろうと思う」
「ランスロット。都合が良いときだけって言葉をトキヤが言ってたね」
「………………」
「さぁ!! 言うのです‼」
「………これを君に」
「小さい石?」
「に、人間は奥さんになる人に指輪を贈る風習があるんだ。これはその指輪」
「えっえっと………」
「左手をお嬢様」
「こ、こう?」
「これが、親指、人差し指、中指、薬指、小指で薬指に嵌めるんだ」
「あ、ありがとう。よくわからないけど………なんだろう………胸が熱い」
「うん。僕も暑い。つけといて欲しい。それは君が僕の奥さんだという証拠になるんだ」
「これが、うれしい!!」
「僕の用事は済んだよ。さぁ、君の用事は?」
「私の用事は、これ………」
「えっ!? どうして服を脱ぐんだい!?」
「ランスロット!!」
「えっ!? えっ!?」
「いただきます」
「ま、待ってくれ!! 心の準備が!!」
「待たない♥」
「あー!!」
*
「ねぇ、トキヤ。今ごろ二人。何してるかな?」
「指輪を渡してるんじゃないかな?」
「指輪?………もしかして今日、買いに行ってたの?」
「そうそう」
「へぇ~さすが王子さま………覗いてみる?」
「音を拾うだけにしなさい」
「はーい………音拾い………あっ」
「どうしたんだ? 口を押さえて赤くなって」
「ト、トキヤ…………」
「………もしかして」
「そ、そう。食べられてる……」
「お、おう。聞くのもダメだったか……てか、お前。何故赤くなる」
「他人のとか上級者だよ~無理…………自分の声だって無理なのに」
「無理なのか?」
「すっごい恥ずかしい。終わったあとに頭を抱えるぐらい」
「へぇ~………なんだ。可愛らしいじゃん」
「と、トキヤ?」
「ちょっと。いいかな?」
「えっ………んぐ!? ん……んんん……ん……………ぅ」
「よし。いい顔だ」
「卑怯、こんなキスされたら………」
「されたら?」
「…………いわない」
「言わすまで、するだけだ」
「け、けだもの」
「逃げれるぞ? 逃げるのか?」
「うぅううううう………えっと。や、優しくお願いします」
「わかった。激しくな」
「ちがーう!! ああ!! トキヤがスイッチ入ってる!! い、苛めないで‼」
「無理」
「…………ああ、今日も泣かされちゃうんだ……ああ」
「昼間の威勢はどうした?」
「粉々になりました………」
「昼間は元気な女の子なのにな。夜は無垢な少女か?」
「…………トキヤがそうやって教育したぁ~」
「してない。勝手に弱ってるだけだ」
「むぐぅ」
*
「ランス、お前。起きてから鏡見たか?」
「なんだい? 何かついてるかい?」
「ランス、見てこい」
「リディア。やり過ぎです」
「だ、だってですね!! ま、魔物ですから………ごにょごにょ」
「わかった。見てくるよ」
「リディア。昨晩楽しみすぎ」
「ごにょごにょ」
「ネフィア。お前もな」
「わ、わたしは~そのぉ~婬魔だし~」
「そうだな。婬魔だな」
「トキヤ。やめて……そんな笑みで私を見ないで」
「ネフィアさんもお楽しみで?」
「も、もちろん!! 私が主導権を握ってね!!」
「……………にやぁ」
「ネフィアさん? 汗かいてますけど?」
「はははは………ベットの上じゃただの少女です」
ランスロットが鏡を見た。
「あああああああああああ!!」
「ああ、ランス。頭を抱えてどうしたんだい? キスマークがいっぱい、つけて」
「何故、皆が僕を見ていたかわかったよ!! リディア教えてくれよ………」
「恥ずかしくて、すいません………」
「ネフィア。回復魔法」
「はーい」
「………慣れてますね」
「ネフィアがな。つけまくるから」
アラクネが申し訳なさそうにネフィアに頼んできた。
「ネフィアさん。私にも魔法を教えて貰ってもいいですか?」
「いいですよ。魔法では無くて奇跡ですが。魔法です」
「???」
「あまり気にしなくていいです。愛する人にだけの特別製の魔法なので効果は高いと思います。風穴空いても大丈夫です。実証済み」
「お願いします」
「ランス。やったな!! これで心置きなく楽しめるぞ‼」
「トキヤ。君………奥さんと似てるって言われないかい?」
「キスマークつけていた奴に言われたくない」
「…………ぐぅの音もでない」
「まぁ、仲が良いのは良いことだ」
「そうですね。良いことです。昨日、ありがとう」
「お安い御用さ」
「本当に僕は頼ってばっかりだ」
「ランス、親友はそんなもの」
「そうですね。そんなものですね」
俺たちは奥さんを見続ける。自分達は似た者同士。どうしようもない程。姫様が好きなんだろうとわかり合った。
§
ある日。俺宛に手紙が届いた。姫様であるネフィアに見せずに内容を読んで欲しいとの事で隠れながら読むとエルフ族長がある喫茶で1日待っている事が書かれていた。
ネフィアにエルフ族長と話がある事を伝えその喫茶に出向く。手紙で話したい内容は理解していた。
「議題、姫様復権派についてか」
負けた彼は何をとち狂ったのだろうか。
*
喫茶店の鈴がなり、窓際に座る人物に手をあげる。あちらもこちらに気付いたのか手をあげた。長い耳が特徴のイケメンだ。
「彼は知り合いなので相席で。紅茶ひとつ」
「かしこまりました」
店員に注文を済ませ、窓際の向かい側に座る。人型専用の店だ。
「来ていただきありがとうございます。姫様の殿方、トキヤさま」
「ああ、あまりにも気が狂ったんじゃないか心配になってな。頭を強く打ったようだな」
「それはご心配ありません。気は確かですよ。それも清々しい程に」
「本気ってわけか」
俺は睨みつける。掌を返したこいつを信用するべきかと値踏みをするように。
「まぁ、飲み物来るまで雑談でもしよう」
「ええ、ご注文は?」
「済ませた」
「注文も聞いていただろうが」と思う。俺は店員に既に座る前に頼んでいる。変なタイミングで聞きに来られるのは嫌だからだ。
「慣れてらっしゃる」
「昔からこうやって、個人的な依頼もあったからな。暗殺とかさ、拉致とか。後は情報収集からなんでもかんでも。やって来た」
「そういう悪い話は明るいうちからが基本ですから」
「ああ、まったくな」
両方が値踏みする。どのような人物か探りを入れる。そんな間柄だ。
「四天王がここにいるのも変なものだ」
「四天王ですか。ああ、あんなの辞めました。元々、魔物のアラクネ、ネクロマンサー、大悪魔の監視で私が居たのです。それも、『終わりそうだな』と思いました。四天王は姫様を倒せと命令が下されていますが誰も姫様に敵わないでしょう」
「ふーん。ではただのエルフ族長か」
「はい、まぁまだ。味方は誰もいませんが」
「お待たせしました。どうぞ」
「ああ、ありがとう」
「私も、おかわりください」
「はい!! かしこまりました!!」
自分は即席魔法を唱え、音を押さえる。ネフィアに教えたのは俺だ。出来て当たり前。だが、ネフィアほど持続も広さもない。あいつは特化型の天才だった。彼女はこれだけの事を簡単のやってのけるのだが、それを愛の力といい自分の上を行く。その力は魔王らしくないが伝承に残るどの魔王より凶悪になるだろうと予想がついた。強い片鱗が見え……覚醒しているような程に強者に見える。剣の腕も見違えるように強い。魔法使いの癖に。
「色んな事を喋っても音は漏れない。例えば……」
机を強く叩く。大きな音がするが店員も他の客も気にしていない。そう、音が伝わらないためだ。ここだけにしか聴こえない。
「本当に、あなたは暗殺向きですね。魔法が」
「ネフィアの方が凄いぞ。都市中に愛の告白を叫びやがった。胸張って、世界の中心で誰よりも愛を叫ぶんだってさ…………迷惑な」
「さすが、姫様。深い愛ですね」
「姫様ねぇ………魔王さまじゃないのか?」
「魔王さまより、今の麗しくお美しい神に愛された姿は魔王と言う暗い恐怖の肩書きよりも姫様がお似合いだと存じます」
「…………おまえ、摂政トレイン側だろ?」
「四天王を辞めた後に実家に帰ると言っております。まぁ彼に色々していただきましたが全てお返ししました。絶縁です」
「そんなことしたら粛清されても文句は言えないだろ?」
「粛清されるほど。私たちは弱くはないですよ」
完全なる敵意。人が人なら芽を潰す。絶対に芽を潰す。黒騎士団のようなのが無いのだろう魔国には、だからこいつは生きている。
「………勇者さま。目的を先にお話ししましょう」
「ああ、聞こう」
「姫様を魔王に据えたい。私はね」
「却下、ネフィアは魔王を摂政トレインに譲って渡したいらしい。譲位派だ。俺もあのくそったれな席に嫁を置きたくはない。危険で汚れている。まだ、『あいつが座るべき席ではない』と言うことだ。それまで俺が許さない」
「そうですか。妥協案としてどのようなら姫様をお譲り出来ますでしょうか?」
「あいつを慕いながら全員従い。命を捧げてもいいと思うまでの奴隷に堕ちてもいいほどに苦にならない所まで仲間になる。無理だろうがな」
頭の奥でピリッとした痛みを伴う。何故か過去でそんなことをして命を落としたような気がする。昔の記憶じゃなく生前かもしれない。覚えていないからどうでもいいがな。
「……………無理ですね」
「じゃぁ、一生。魔王は無しだな。おまえもやる気がないし」
「やる気がない!? 許せませんね、その一言」
「許せないのは俺だ。『無理』て決めつけてやろうとしない。諦めてるやつに嫁を預けられるか?」
睨み会う俺たち。
「ああ、なるほど。あなたは勇者、苦難を切り開ける。わかりました。男に二言は無いですね? その条件を満たせば譲って頂けると?」
「ああ、俺もあいつの剣として尽力してやるよ。お前が愚者か勇者かを見させてもらおう」
「約束です。それと、助言を乞うのはよろしいでしょうか? 険しい茨道なので」
「いいだろう。好きにしな、俺が持てる情報を出してやろう」
「………交渉成立。骨が折れますが姫様の忠義のために」
パッと笑みを向けいい顔をする族長だと思った。だが恐ろしさも感じた。「聞いとかないとな」と、その考えに至ったのかと。
「エルフ族長。何故、あいつを魔王に据えたい? そして、決心させたのはなんだ? 負けたからか?」
「ええ、負けた事も一因ですが。長くなりますがいいでしょうか? 全部聞いてくださいますか!!」
「お、おう………」
テーブルを乗り上げてこっちを見る。ちょっと怖い。怖いどころか目に焦点があってないのを見た瞬間に薬をキメている気がして驚く。
「では私の小さな人生なぞ取るに足りません。結論から言いますと姫様に太陽のような熱く暖かい光を見ました!!」
「お、おう………炎の残りじゃないかな?」
そう見えただけだろう。炎を撒き散らすだけ。
「いいえ!! 昔の女神を称える文献に後光が差すっと言う言葉がありますが私はそれを見ました!!」
「あかん!! これ、聞いちゃあかん奴だ!! 止まらん奴だ!! 黒騎士団長みたいな帝国を崇拝してる奴と同じ臭いだ!! 族長ダメだぞ!!」
「荒々しい炎を巻き上げる姫様はまさしく魔王でした!! しかし、戦いが終わったあとに器の大きさ。優しさを私めに見せてくださいました。強さ、優しさ、器、全てに置いて歴代の魔王よりも上だと私は確信し!! 姫様の元でお仕事がしたいと願うようになりました!! あの笑顔でお仕事を褒められたい!! そう!! 恋に落ちた幼子のように私は名誉も何もかも捨てて崇めたいと思いました!! あのあと。夢、いいえ啓示を見たのです!! 姫様が族長の前で高々に宣言をするお姿を!! 大きな旗を掲がげるお姿を!! ああ!! なんとお美しいお姿でしたでしょうか? なんと心に残る夢でしたでしたしょうか? そう!! 光!! 暗いイメージを持つ魔国の光!! 光なのです!! そう、たとえ茨道でも私、勇者さまが手本となり命を通しての行動を見せつければ道が開かれると思うのですよ!! ええ、感謝します勇者さま!! 姫様をお救いになった事を!! 姫様を育て上げた事を!! 姫様万歳!!」
「これ、ヤバイ!!」と心で確信し、あることを願うのだった。彼が失敗し謀反で殺される事を願う。「死ねこいつ」と願う。嫁をここまで言われると気味が悪い。俺の方が恥ずかしくなり吐き気がした。
「勇者さま!! 聞いておられますか!!」
「あ、ああ………」
「遠くから眺めていたのですが!!」
その後も、彼は姫様の素晴らしさを喋り続けるのだった。俺の事を全く気にせずに。
*
疲れて宿屋に帰るとネフィアがイチゴジャムの瓶の蓋を開けている瞬間だった。
「あっ………トキヤ」
「はぁ……」
「これ、ちが!! あっれ~? なんでここにイチゴジャムあるんだろうねぇ~なんでかなぁ~?」
「おまえ、気を付けろ。お前に想いを募らせてる変人がいる………疲れたから休むわ」
「えっ、うん?」
「はぁ……怖い。エルフ族長怖い」
「あのトキヤが怖がってる!?」
「うぅ……うぅ……光が、姫様がぁ………」
「………まぁ、今のうちにジャムたべよ」
俺はすぐベットに倒れるのだった。
*
勇者が去った。テーブルで、私は何故かワクワクしている。
「厳しい道のりですが。やる気が湧いて湧いて仕方がないですね」
姫様は勇者という最強の護衛がついておられる。道半ばで倒れることはない。
紅茶をすすり、夢を思い出す。神の啓示と言った夢はあまりにもハッキリ覚えている。姫様の背後にウェーブのかかったフードを被った女神。
「愛の女神ですか。魔族にも神様がいてくださるのですね………」
女神に愛される魔王である姫様。その矛盾がなんとも新しい。
「ダークエルフ族長と会わなければ………」
長い因縁を終わらせよう。そう、姫様の名の元に。
*
僕は湖のほとりで洗濯物を干す。蜘蛛の糸が木々同士を結び。物干し竿の替わりになっている。飛ばないように、粘着の糸をつけ。お客さんの物で干す場所で分ける。
「ランスロット。洗濯物出来た」
「わかったよ」
寒い時期、僕たちはネフィアの発案で洗濯屋をやりだした。リディアは寒いのが得意らしく苦じゃない事を利用してだ。リディアはまだ最低ランク。冒険者ギルドで広告し、少しづつ上げていこうと思う。しかし、驚く。
「終わらない………」
「終わらないな………」
馬車が一杯の洗濯物で驚く。年末からやりだし、日に日に増えている。リディアは素晴らしく洗濯が得意なのか足も使って洗う。だが終わらない。皆が冷たい水での洗濯が嫌なのは僕でもわかる。お湯を使って洗濯すればいいのだが。お湯を沸かすのが億劫なのだろう。洗濯物を洗うのが億劫なのだろう。実際、大儲け中だ。
「私、これで食べて行ける気がする」
「洗濯屋ですね。今までなんで無かったんでしょうね?」
「やりたがらないから?」
「面倒なんでしょう。湯を沸かすのも。洗濯することも。さぁ、もうひとがんばりです」
「そうですね」
何でもない事だが。この時間は何より大切な時間だと僕は感じた。彼女との時間を噛み締めようと思う。都市ヘルカイトを親友から教えてもらった。自分は故郷に帰れない。もし、落ち着くならば彼と同じ地で落ち着こうと思うのだ。
「リディア、僕のわがままを聞いてほしい」
「いつもわがままを聞いてくれるランスロットのわがままなら何でもいいよ」
「親友言っていた都市へ行こうと思うのです。ついてきて貰ってもいいでしょうか?」
「………あなたと一緒にいられるなら何処へでも」
「ありがとう。リディア、さぁ早く終えてご飯にしよう」
「はい!!」
リディアの魔物とは思えない笑顔に、自分は胸が高鳴るのだった。
*
次の日、朝から俺たちは西門へ向かう。ドレイクに荷物を乗せ、宿屋から歩き出した。予定は西側から北上し魔王城を目指す。西側の都市オペラハウスを目指して。
都市オペラハウスは有名な歓楽街。一度は行ってみようじゃないかと嫁と話し合った結果だ。
大劇場は今、見物らしい。芸達者な男優の演技が素晴らしいとの事。仮面を被り、色んな仮面を変えて演じる人物に人気が集まっているらしい。
「おっ、ランス。お出迎えか? ちょっと遊んでくる」
「こんにちは、王子さま」
「こんにちは。少しお話があるんだ」
ランスが自分達と歩を合わせ、歩く。
「君たちが言っていた都市ヘルカイトへ行こうと思います」
「ありがとう。同じ民だな」
「同じ民かぁ~王子さま、いいんですか? 帝国は?」
「リディアと一緒の方が僕はいい。それに、君たちが言っていたまだ始まったばかりの都市だ。力になろうと思うよ」
「ありがとうな。親友」
「ええ、それとですね。魔王城へも行きます」
「魔王城へ?」
「ええ、君たちも向かうでしょう。なので………パーティ組んで攻略しましょう。それが終わったら一緒に帰りましょう」
「いいのか? 最悪、死ぬぞ?」
「僕を誰だと思いますか? 世界一の騎士と言ってましたよね?」
「はははは、確かに言った。わかった………じゃぁ魔王城の酒場で会おう」
「はい、会いましょう」
「「旅に幸あらんことを!!」」
親友と握手をし、二人で悪い笑みをする。人の家で暴れようと考えている笑みだ。
「本当に仲がいいんだから………ふふ」
ネフィアが口許に手を当てて笑う。自分達は親友と再開を誓い、西門から出る。まだ雪が残るが春草たちが顔を出している道を歩いた。
「トキヤ」
「ん?」
「親友は捨てなくて良かったね」
「ああ、まったくな………全部を捨てて君に逢いに来たのに」
「トキヤ、それは捨てたけど拾っただけだよ」
「拾った?」
「トキヤは全てを捨てたけど。そう………拾い直せる物もあるんだよ。きっとね」
もう、私のために落とさせない。逆に拾わせる。それが出来るのは私だ。
「自信満々のどや顔されてもなぁ~」
「だって、世界から捨てられた私を拾ったのトキヤでしょ?」
「そうだったな………そうだったそうだった」
「だから、拾えるものは拾いましょう。私たちのために………ね?」
「ああ、ネフィアの好きにすればいいよ」
「うん、そうします」
手を繋ぎ、二人で歩く。本腰を入れて、向かおう。2度目の魔王城へ。道草をしながら。
「あっイチゴジャムの件怒るの忘れてた」
「……ひゃい~」
私は背筋が冷える。
§
数日後。私たちはオペラハウスと言う都市にたどり着いた。
都市オペラハウスは芸術、音楽が盛んな都市。発祥はもっと西側のエルフ族長が治める妖精の王国等で妖精を楽しませる事とマナの木の感謝等を示すためにここの魔族がだれかに踊りと歌を教えてもらい楽しませた事が発祥らしい。
話を聞けば今でも妖精の王国へ行く使節団を持ち。魔国は一応、不可侵を結ぶ程かの国とは仲がいい。まぁエルフ族長が治めているため隷属らしいが。
なので平和な地域だ。マクシミリアン、帝国、妖精の王国、魔国が重なっているが西側は帝国にとって攻略が難しい地域の理由のひとつとなっている。国境が面してないのだ。
「うわぁ~!!!!!!」
「嘘だろ!? ここ、魔国かぁ!?」
高い城壁を掻い潜って目の前に現れた町並みに私と初めて知ったとトキヤは驚きの声を出す。家は一つ一つ、手入れや住み心地を無視した装飾。芸術家が自分の考えを表に出し表現した作り。絵本の物語の中に入っている感覚の世界だ。住みにくそう。
「凄いだろ~俺らの都市は!! さぁ楽しんでくれ」
衛兵が胸を張って自慢し私たちを通してくれた。自分達以外に冒険者を護衛につけている金持ちらしき人物が何人も馬車に乗ってやって来る。
「ス、スゴイ。魔国にこんな場所が………」
「帝国でも噂になってたがここまでとは…………」
宝石等の装飾品の店が並び。仮面等も売ってあった。ここでは身分を隠すためにつけている人も多い。そして、その仮面さえ作り手のこだわりが見てとれ一種の装飾品として完成されている。
ここでしかつけられない奇抜な物だが。皆が楽しんでつけているのはそういう事だ。
二人で店を見ながら手を繋いで歩く。私たちも興味本意で仮面を買った。一応は人間も多いので今更だが身分を隠してみる。今更だがバレバレで刺客どもを誘い、首を金にしてるが。
「すごいねぇ~」
「ネフィア、壁にある案内の地図。見てみろ」
「図書館、博物館、オペラ座?」
「オペラ座。劇場だよ」
「面積大きい………城じゃん」
「それだけ芸術に重きを置いてるんだろ。中心だしな。都市の管理者は誰だろうなぁ」
「誰だろう?」
私は綺麗な刺繍の制服に身を包んだ亜人の衛兵に声をかけた。彼は都市の資料集を納めた資料館の場所を教えてくれる。次いでに冒険者ギルドと安い宿屋を教えてくれ、私たちは宿屋へ向かう。
背の高い亜人がゴブリン種だと後に知って驚くのだった。
*
宿屋でドレイクを預け、私服に着替えた私たちは仮面をつけて都市を練り歩くことにする。
到着が早くまだ昼下がりであり。少し割り高い昼食を食べたあと。資料館へ辿りついた。
他にも旅行冒険者がちらほら入っていくのが見える。お屋敷のような場所を私たちはお金を払って中に入れさせてもらった。
「ご飯も高い。資料館は入場料がしっかりある」
「観光都市だな。凄い徹底ぶり」
資料館は豪邸の屋敷をそのまま改装したらしい建物で。中央に人間の青年の肖像画と赤い絨毯。木の手すり等を見ていると帝国の流れを汲んでいることがわかる。木のいい香りがする屋敷だった。
豪邸の中心に今度は背の低いゴブリンの衛兵が立って監視を行い、盗みがないかを巡回している。小さな体だがしっかり鎧を着こなし、目を光らせる。玄人ぽい。
「何で、肖像画が人間なのか……わかったぞ。これ、歴史が書いてある」
「どれ、どれ」
ある、一室に壁にこの都市の出来た理由と発展が書かれている。私たちはそれを読む。
始まりはゴブリンの小さな村だった。そこへ一人の人間が現れる。人間は帝国を迫害された芸術者。勇者として生まれたが芸術を忘れず。ここまで逃げてきた者。都市オペラハウスと言う名前は彼の夢の名前らしい。それは芸術の頂点。歌、踊り、背景、台本等全てが揃う場所。彼の夢の場所である。
ゴブリンに彼は知恵を授け、妖精と歌などで仲良くなりドワーフが村の一員となった。ゴブリンは小手先が器用であるが物を作るのは疎かった。しかし、ドワーフは作るのが得意であり、人間は新しい物を設計するのが得意だった。彼等は互いに補い、人間が設計。ドワーフが製作。ゴブリンが組み立てを行い都市が出来上がる。その時、中心にオペラ座を作り、人間の夢は叶い。彼は、惜しまれながらこの世を去った。
いつしか。ゴブリンとドワーフは彼が残した物を守るため、自分達は戦いが得意で無いことを物で補いながら都市を護り。他の都市と変わらないほど安全になり、戦争とは無縁となった。今日まで代わりに魔法を撃ってくれる放火砲がずっと壁の上で都市を護り続ける。
「これって。壁の上にあったアーティファクトかな?」
「あれ、放火砲って言うんだな……」
そして色んな種族がこの都市を聞いてやって来る。一人は作曲家になりたい者。一人は画家になりたい者。一人は踊り子として活躍したい者。いつしか、逃げてきた芸術家達の都市となり今日まで発展を遂げ。オペラ座は彼の夢を叶い続ける。
「監視者はゴブリンとドワーフかぁ。衛兵ゴブリンだった理由がわかったね。トキヤ」
「人間と身長、変わらんよなぁ~」
私たちは不思議な世界を見ている自覚があった。同じ血が臭う陰鬱な世界ではない。
「ん? 冒険者の二人よ。門兵のことか?」
熱心に歴史を見ていた私たちの問いに衛兵が答えてくれた。
「そうそう。あれはエルフに近い種族かと間違えた」
「ああ~いいや、俺らと同じゴブリンの異常種さ。人間の血が濃いとああなるらしい。ああいう衛兵は門とか重要な場所を護るのさ」
「人間の血ですか?」
私は首を傾げる。
「そうさ、俺らは人間とゴブリンとドワーフが混じってな。人間に近いか、ゴブリンに近いか、ドワーフに近い特徴を持って産まれるんだ。俺の息子も門兵だしな。全く似てないぞ」
「へぇ…混ざるんですね」
「まぁ、最初の人間から300年。そうなるわな。あんたら異種族同士。ちょっと気になって見ていたんだ」
「わかるのですか?」
「ああ、人間とあんたはぁ、悪魔かな?」
「正解です」
悪魔の中の下位種である。下位種とは思えないほどに便利な体だけど。
「そうかい。異種族同士大変だろうが、頑張りな」
「はい!!」
「ありがとうございます」
衛兵が巡回に戻る。私たちは他にも見て廻り、この都市が何故こうなったかを理解する。
「帝国は騎士が上位であるから、厳しいですね」
「騎士題材の芸術は多い。まぁそれ以外を求めるためここへ来るのか、それとも有名だから来るのかだな」
「芸術家の聖地ですね。戦争とは無縁な」
「自由な表現をこの都市は認めている。何でも」
「ええ、本当にここだけの場所ですね」
「平和が自由な芸術を産み出す」
「これ、名言ですね」
資料室の一室に飾られている絵にそう書かれていた。絵はゴブリンとドワーフと人間が笑って立っている姿だった。
*
冒険者ギルドも洒落た内装になっていた。何処の宮殿宜しく。白い内装と装飾された柱。歌う踊り子で高級感を漂わせている。お酒の銘柄もなんとも聞いたことのない名前ばかり。何年寝かしてましたと言われてもピンと来なかった。
「高いなぁお酒も」
「輸入品ばっかだからだろ」
「すいませんねぇ」
店長が苦笑いをする。黒い肌のダークエルフの店長が切り盛りしているらしい。小さなゴブリンの女の子も複数いて客のお相手をしていた。トロールと似て、愛らしい姿でナンパもされて困っている姿が見える。
「はは、金持ちが満足する酒を入れないとうるさくて」
「安い酒は?」
「あるけど、割り高。ここ、最西だからね」
「妖精国は?」
「交易がないよ。険しいし。使節団が少し持ってくるホウズキの神酒は高級品だ。まぁもう取れるのが数個と聞くがな」
「へぇ~」
「うーん。高いかぁ~よし!! 歌ってチップ貰う‼」
「おっ? お嬢さん歌うのかい? 残念だが今の子で足りてるよ~残念」
「あう~」
「ネフィア。別にお金を気にしなくていいぞ、別に」
「そそ、気にせず頼んでよ。それにしても、君は歌が得意なんだよね?」
「はい!!」
私は胸を張って高らかに返事をした。自信がある。愛の歌を歌わせてもらえれば誰より上手くトキヤの耳に入れられるだろう。捩じ込めるように。
「ははは、元気な人です。あそこの踊り子も挑戦するっと言ってたし。これ、どうだい?」
酒場の店主が紙を見せてくれる。オペラ座の歌手募集と書かれていた。歌手と言っても演劇もしなくてはいけないし、募集と言っても選考に合格した人しか採用しないらしい。一ヶ月選考し、演劇の練習を始め春に講演らしい。選考にはオペラ座の怪人も現れてくれると書かれている。
「へぇ~」
「オペラ座の怪人?」
「知らないのかい? 最近この都市に来たのか?」
「そうそう、今日来たばっか。資料館楽しかった」
「おおおお。お客さん資料館行ったんだね!! 素晴らしい!! なんとなしに声をかけてみたけど大当たりだよ‼」
「この都市好きなんですね」
「大好きさ。奥さんだってゴブリンの彼女だし」
指を指した先に可愛らしいゴブリンが手を振る。トロールと似通った真ん丸な顔とちょっと見える八重歯が可愛らしい。少女と言われればそうだろう。
「で、オペラ座の怪人は?」
「あ、すまない。オペラ座の怪人は数年前から活躍している男優で。仮面を付け替え役になりきって演じ、誰よりも歌や仕草がうまい人さ。劇場の女優が彼に惚れたりするけど振られてるね」
店長が熱を持って語り出す。
「へぇ~そんなにすごい?」
「ああ、凄い。他の男優も素晴らしいのだが彼は何故か他の男優が不得意な役もなんでもこなせるし………そう!! 悪役だ!! 悪役として演じさせたら彼は右に出るものはいない!! 嫌われ者の苦悩や………おっと………熱くなってしまった。奥さんにまた怒られてしまう」
反省と頭をかく店長に私は目を輝かせる。楽しそう。
「トキヤ!! 私、見たい!!」
「見に行きたいな‼」
トキヤも興味を示したのか頷いてくれる。
「ああ、残念だが。お休みなんだ。女優が決まる4月まで」
「他に居ないのか? 女優」
「いるが、お休みさ。女優も少なくてね。毎日公演出来ないんだ。オペラの怪人は毎日出てくるけどね。だから怪人って言われてるのさ」
「ん? お休みなのに冒険者多いよ?」
「ああ、それは。選考会はお金を払えば入れるから。ちょうど受付は明後日からだ」
「行こっか?」
「行こうぜ~」
「ついでに歌って楽しんでみるね」
「オススメするよ。オペラ座を」
私たちは明後日。オペラ座に観光することにした。観光し、楽しみが終わったら北東へ向かおうと相談し、その日は依頼を見ずに帰った。
長くは滞在しないだろう。ランスロットが先についているだろうから、数日後。楽しんだら都市を出ようとこのときは思うのだった。
§
オペラ座で女優の選考会がある日。私たちは受付を目指した。大きな大きな白い宮殿を見上げ、オペラ座の大きさを再確認する。
多くの観光客と女優選考会のお客さんと女優を目指す人だかりに揉まれながらも受付している場所にたどり着き。そこで参加費のお金を支払う。お支払が終わると木の番号札を貰った。
選考会参加費だけの支払いの理由は残念ながら席は埋まっていたのだ。席はオペラのファンが既に買い占め、残っているのは数倍のお金を払ったら売ってあげようと言う商魂逞しい転売商人だけである。
「あーあ。見たかったのに」
「酒場の店主が中々手に入らないから……参加で中を見たらいいと言ってたのはこの事だったな」
「参加なら、呼ばれて行けば護衛も入れるって言うね」
「まぁ貴族様も参加で来るからだろ」
貴族も目指すオペラの頂点。一度も公演を見たことがないがきっとそこは……心が奪われる世界なのだろう。ワクワクする。私の知らない世界に。
「見たいなぁ~」
「ネフィア。時期が悪い」
「まぁ、うん。悪いね~ああ、きっと素晴らしいんだろうな~」
くるくると回る。私服の鎧のスカートをはためかせながら。今日は鎧を着ての参加であり、鎧はスカートと胸当て、ティアラのような兜だけである。手は白い手袋をして姫騎士をイメージした姿にした。見栄えも重要らしい。
ドンッ!!
「あっ!! ごめんなさい!!」
「こら、こんなところで回るから!! すいません」
二人でぶつかった獣耳の女性に頭を下げる。小麦色の髪と金色の尖った耳にもふもふした何本もの尻尾が目立つ。何か扇のような物で口を隠し。目は少し切れ長。やんわりとした雰囲気はお上品さを醸し出していた。大人の女性と言えばわかるだろう。
「ん、ああ。そち、嬉しいのはわかるが大人げないぞ」
「そうですね。もっと叱ってください。ネフィア、大人げないぞ」
「トキヤ!?」
めっちゃ叱られて驚いてしまう。
「もっと落ち着きが必要だ。ネフィア」
「ふむ。まぁ謝った。許そうではないか……」
「あ、ありがとうございます」
「………それより。お前らはわらわが見えるのか?」
「ああ、すいません。幻術ですね。見えます」
「ごめんなさい。私が勝手に解いたかも」
鎧が勝手に解いたかもしれない。白金は魔法を弾きやすいし、呪いを受け付けにくい特性がある。故に指輪の材料ともなるし、神聖な金属として重宝する。
「ほほう………まぁかけ直せばよい。人が多いのは辛くて辛くて。有名なのも辛いの」
「そうですか。じゃぁ俺らが周りを警護しましょうか? 一応は冒険者。警護出来ますよ」
「おおう。それはかたじけない。勿論無料なのだな?」
「まぁ自分の奥さんが迷惑かけましたし。俺らも待ってる間、暇なのであそこの喫茶でもどうですか?」
トキヤが指を差す。お客さんはいるが数席だけ空いている喫茶。
「すまないが。番号を呼ばれたら行かなくてはならん………声が届く場所でおらんといけんのだ」
「あっそれなら私もですけど大丈夫です。音拾い」
「1番の方!! お入りください‼」
私たちの耳に番号を読み上げる声が届く。遠くでの声だしを拾ったのだ。トキヤはこれを針を通すような魔法だと言われたが……よくわからない。凄いことしかわからない。
「ほう? 変わった呪術を使うのう。そち」
「呪術?」
「おっと、すまぬ。ここいらでは魔法じゃったな。まぁ立ち話もなんだ。座ろうではないか」
「ええ、座りましょ座りましょ」
私たちは少し変わった彼女に興味を持ち。喫茶に座る。他にもここに見学に来た旅行者ばっかりだが店員曰く少ないと言う。
多い時期は公演がある春から秋までで……その時期は本当に多いとの事。妖精も来るらしく大変な混雑らしい。妖精も人のように大きいと聞いた。
注文し、すぐに慌てて紅茶を用意してくれる。何故か店員はちらちら彼女の事を見る事に違和感を持つが気にせずに話をした。
「ふぅ。一息つけるのぉ~」
「一息つけますねぇ~」
「話の続きでもしようかの~仮面をつけておるようじゃが?」
仮面は一応つけている。
「まぁ、私たち賞金首ですから一応つけてるんですよ。私は、ネフィア・ネロリリス。こちらはトキヤ・センゲさんです」
一応、センゲと言う。いつか私もセンゲになるだろうか。そのままか……どっちだろう。
「トキヤです。夫婦なんですが名前は別にしてるんです。もしかしたら変わるかもしれないので」
「千家とな!? また、何故……お主は家を出た!?」
「センゲをご存知で? と言うことは東方の出ですか?」
「あっ……ああ。しまったな。隠そうと思ったが。そうじゃ………東方の出じゃ。して、そなたもか?」
「いいえ、帝国で生まれました。センゲは父がそうです。父が東方の出でした」
東方の海を渡った国、刀が有名。そして、武人が多く戦争ばっかりしている国だ。通称、修羅の国。
「ふむ。まぁそれならいい。東方の出なら少し事を構えないといけないからのぉ~」
「追われてる身ですか?」
「そうじゃ。生まれてこのかた忌み子じゃ」
「そうですか。心中お察しします。私も魔王の忌み子でした」
「そうか、そうか。ワシらは親を選べんからの~」
「でも………」
「ん?」
「彼に会えたから。親には感謝します。生んでくださったことをね」
「…………ほほう。恨まんのか?」
「結果、私は幸せです。恨むより楽しみたいです」
「そうか……羨ましいの。好きな人に認めて貰って」
「あなたは誰かを好きなんですか?」
「………………秘密じゃ」
「そうですか。頑張ってください」
「言われなくても頑張る」
ゆっくり、紅茶を啜りながらも鋭い目付きをする。そう、獣のように。
「ああ、頑張ったんだ。頑張ったのに………私は………」
「?」
「な、なんでもないぞ。まぁあれだ。色々あるのだ。そう、色々な」
「そうですか。悩みなら聞きます」
「大丈夫じゃ………自分でなんとかしなくちゃいけないからのぉ………」
「わかりました。そういえば、名前を聞いて無かったですね」
私は首を傾げて問う。
「そうじゃ、失礼した。秘密じゃが、名をヨウコと言う。ヨウコ・タマモじゃ。種族は九尾………まぁ獣人じゃな」
「種族ですか。でしたら、私は悪魔と婬魔のハーフです。彼は人間」
「はい。人間です」
「ほうほう。悪魔と婬魔は人間と変わらぬのだな?」
「近縁でしょう。あと婬魔だから姿が変わったかも知れませんね。私は」
「ほう、なるほどの~」
「ヨウコさん。番号は?」
「15じゃ」
「あっ!! 私、16ですね!! ちょうどいいですから一緒に行きましょう!!」
参加者少ないのか数は低かった。
「ふむ。まぁこれも何かの運命かの~」
「?」
「こっちの話じゃ………恥ずかしい所を見せるが。許しておくれ」
「は、はい!!」
ヨウコさんが呼ばれるまで。他愛のない話を続ける。彼女が呼ばれるのにそこそこ時間を要し。呼ばれた時に私たちのついでに一緒に行くのだった。
*
ヨウコは知り合いなのか衛兵に挨拶したあとに。私たちに案内をするといい。彼女についていく感じで劇場に足を踏み入れた。そして私は息を飲み込んだ。
外とはうって変わった世界。ここだけ世界が隔離されたかのような静けさの中で唯一、劇場の赤いカーテンの上がった舞台の上で誰かが歌っていた。迫力のある声が端から端までを巡らせる。
周りを見ると階ごとに席があり。中心にもぎっしりお客が座っていた。しかし、誰も声を発しない。ただただ台の上の姫様見習いを見て楽しんでいる。
(すごい!? これがオペラ座!? なにここ………狂気の作りだよこれ!?)
人間が残した遺産は。大きなアーティファクトのように魔力も循環していた。この建物が異様な世界を作り上げる聖域に近く。汚れを知らない。
そう私たちにとって異世界だった。
(そっか……生前の人間がこれを作りたかった理由はわかった。確かに素晴らしい物かも)
私はオペラ座に魅せられる。天井に吊り下がったシャンデリアから照らされた席。一つ一つの魔力のカンテラが劇場を彩る。
大きな垂れ幕に劇台を囲む観客席。天井には綺麗な刺繍のような薔薇の紋様。何処を見ても彩られてあり。素晴らしいとしか感想が出ない劇場だった。
何処にもない、ここしかない。だからだ。だからここに魅せられた人はやって来るんだとわかる。
(感化され。芸術家たちはここで作品を作る。そう………これは)
芸術家を呼ぶアーティファクトだ。
「ネフィアさん、舞台裏へ案内しますわ」
「は、はい。す、すごいです」
「ああ、驚いた。縁がない俺でも魅せられる」
「ふふ、最初はそう。でももっと凄いのは舞台上………数千の人が舞台に目線を送るその圧迫感とプレッシャーは凄いよ。そして、その喚起、歓迎、罵詈雑言。人の感情は短絡化され。喜怒哀楽でしか表現出来なくなるの」
歌うように詳しく語る彼女に私は首を傾げる。
「………詳しいですね?」
「ええ、詳しいです」
彼女についていき、舞台裏を見せてくれた。ここで待てばいいのだろうが。私は台の側まで行きたいといい。ついていくことにした。そして、事件は起きる。劇台へ上がった彼女の姿を見た観客が騒ぎだすのだ。
「ど、どういことだ?」
「彼女は、ヨウコさんだろ?」
「番号を持ってるけど………」
私たちはその声を聞き二人で首を傾げた。
「トキヤ、音拾いで拾うね」
「おう………でっ? なんで?」
トキヤが疑問符を投げ掛ける。
「………ヨウコさん。ここのオペラ座にいる女優の一人だって」
拾った声で判断した。彼女はすでに女優だ。詳しい訳だ。
「じゃぁ!?」
「そう、なんで選考に?」
不思議がっていた瞬間。彼女が歌い出す。それは非常に熱い歌だった。見た目から予想出来ないぐらいの深い大きい声量。さっきの歌っていた方とは一戦を越える声量に驚きを隠せなかった。芯が揺さぶられる音量だ。誰に向けた歌かを私たちはわからないが。彼女は告白をしている。何度目かの告白を歌としてぶつけるのだ。
「これが………オペラ!!」
彼女は精一杯歌いきった。歓声とともに拍手が鳴り響く。そして、彼女は叫んだ。
「オペラの怪人!! どう!! これでもまだ、足りないって言うの!!」
劇台の上で、指を差し。一人の人物を呼んだ。観客席は静まり。好奇の目で彼女を見る。指を差された人物がどれかわからない。
「何かを答えなさい‼ オペラの怪人!!」
パチパチパチ
一人の乾いた拍手の音が響く。
「ああ、素晴らしい。さすがはタマモさん。名女優の一人」
「……ええ!! あなたが教えてくださったからね!! あれから…………何ヵ月!! 私の答えを保留にするつもり‼」
「保留とは?」
「とぼけないで‼」
「とぼける? なんの事だい?」
「くぅ!! 私はあなたの事が好きって言葉よ!!」
「ふむ。なるほど~劇場のこの場で演じた私に恋を………それはそれは。悲しい事を」
「悲しいですって!?」
「ええ、悲しい。私は怪人。人を愛することを忘れた人物。申し訳ないが、選考がまだでしてお帰りください。タマモ姫」
「また、なぁなぁにするつもりか!!」
「演劇でまたお会い出来ます。そこで愛を語り合いましょう」
「く、くぅ」
音だけを拾った私は明確にわかった。振られている。あまりの突っ張ねた振り方に何故かムカッとした。あそこまで熱唱し、劇場で全力の告白。そう、これは何度も何度も行ってきた事なのだろう。その都度、はぐらかされている。
「ふん!!」
彼女は怒りを露に劇台をおりた。しかし、彼女の激情は暖かくこの観客席に受け入れられている事がわかる。楽しんでいるのだ。この状況を。観客たちは。
「ごめんなさい。私のわがままに付き合わせの。次は貴女の番」
彼女は、悲しそうな顔で私の肩を叩く。
「彼はいつもあんなのなんですか?」
「ええ、昔から。彼は彼を見せてくれない。そう誰にも。仮面で隠し続けてる」
黒い服の仮面男に私は何かを感じた。
「…………ちょっと遊んできますね。タマモさん。頑張ってください。顔を上げて。いつか!! 届きます!!」
「ええ、ありがとう。あなたは凄いね。こんなに囲まれて固くならないの? 私の歌を聞いても大丈夫だったの?」
彼女は私が自信を無くしたのではないかと気を使う。こんなに観客がいるなか緊張しないかとも言う。多くの人はそれで終わるだろう。
「大丈夫です。私の観客はトキヤだけ。緊張することも自信を無くすこともないですよ」
「そう、強い。あなた本当は誰かが気になるわ。その胆力と勇気を見ているとね……名のある人物でしょうね」
「ネフィア。いってら~楽しんでこい」
「はい、行ってきます」
私は胸を張り劇台に姿を晒すのだった。
§
私は堂々と舞台に上がった。幾多の視線が私に突き刺さる。圧巻の広さと、視線によるプレッシャー。だが生死に直結はしない
私が知っている死線よりも緊張する物でもなかった。マクシミリアン王よりも。トキヤの重症の怪我の時よりも全く気にならない。
考えてみれば場数は踏んでいる。いつでも刺客と戦わないといけない故に。
「…………ん」
舞台上から仮面をつけている男性を見つける。顔の半分を仮面で隠し腕を組んでいた。彼と目線が合い。私はなにも言わず見つめ続ける。観客席がざわつき始め、司会者に促された。
「緊張してるんでしょうか? さぁどうぞ歌っていただいて大丈夫です。持ち時間もありますから。急いでください」
「………」
私は沈黙を貫く。真っ直ぐ司会者に向き直り、スカートを持ってお辞儀をする。気持ちは晴れやかで息を吸い込んだ。
せっかくこんなに人が見ているのだ。せっかくだし知って貰おう、私と言う女性を。知って貰おう私の愛を。そして、彼に届けよう。この声を。
「ある、所に。鳥籠に囚われた鳥がいました」
私は静かに囁くように言葉を発する。ざわつきが驚きに変わり私の声に耳を澄ませた。か弱い女性の声を皆の耳元に届け。囁くように一人一人の耳に物語を紡ぐ。
「生まれた時から鳥は飛ぶことを知らず。鳥籠の外も知らず。ただただ囚われていました」
自分の物語を声に出して歌い出す。囚われた鳥が悲しく鳴く。弱く、中性的な声で外を見てみたいと鳴く。外の鳥は誰も私の声を聞こうとしない。悲しく鳴く歌。すぐに歌い終わり、持ち時間を気にせず。言葉を続けた。
「あなたは………だれ? 私を連れていってくれるの? 鳥籠から出してくれるの?」
「もちろん、そのために来た。さぁ、出ておいで」
観客席が大きくざわめいた。私の声と模倣した彼の声に驚きを隠せないのだろう。私は模倣した彼の声を風に乗せた。次は旅立ちの歌。
鳥が飛び立つ物語。最初は飛ぶことを忘れ、うまく飛べないが次第にしっかり飛べるようになり、彼と一緒に飛べるようになる歌。
だんだんと明るく。中性的な声から女性の豊かな声に変化させ次第にピアノの伴奏を増やしていく。歌を歌いながら、鳥たちの囁き『相い』が次第に囁き『愛』に変わる。
音を操り、彼の声に私の声にピアノの伴奏。混ざり合い、愛を語り合う。短い時間で私の物語を鳥として模倣する。そして、私は歌い終える。
「鳥は運命の出会いを果たし、末永く自由の空を彼と共に飛び続けるでしょう………長いお時間ありがとうございました」
スカートをつまんで深々とお礼を言う。そして、私は舞台裏へとさっときびすを返し表舞台から消え去った。そして、彼に声をかける。
「飛び続けましょうね?」
「ああ、飛び続けるだろうね。きみはきっと、空に巣を作るほどに。ネフィア」
トキヤの胸に飛び込む。その瞬間に背後から沈黙していた観客席から拍手と声援が飛んでくる。少し驚いた。適当に物語を歌っただけで彼等にはそこまで悪いものでは無かったようだ。
「あなた!? 一体何者!?」
ヨウコが訪ねる。
「えっと、愛の信仰者?」
「ネフィア帰るぞ」
「はーい」
「ちょっと待って!!」
「まだ、何か?」
「………あれは魔法?」
「ええ、愛の魔法です」
「愛の魔法………」
「ヨウコさんと一緒の愛の歌ですよ~」
私はそのまま舞台裏を去る。選考とかはどうでも良かったのだ。他の方々と一緒で観光とか記念で参加だ。
本気で努力している人には申し訳ないと思いながらも大きな広場で歌えたのは気持ちよかった。たまには全力でやるのもいいかもしれないと思いながらその場を後にする。
*
自分は驚いている。目の前の光景に目を奪われていた。この場でいる誰もが耳をさわりながら歌を聞いていたのだ。
劇場は広い。広い部屋を満たせる歌声は決まっている。しかし、彼女は違った。か弱い女性の声、中性的な少年の声。男の声を操り。時に耳元で囁かれたような、時に声量を大きくし満たす歌声。歌声の中で、何処から聞こえるピアノの旋律。
そう、完成されている。
一人でピアノを弾き、歌い、物語を作り、劇場を彼女の世界に変えてしまった。
初めての現象。これが魔法なのだろう。魔法とは便利で楽をするもの。戦うための方法だった筈だ。それを彼女は芸術にしてしまった。
彼女の魔法は恐ろしくそして新しい世界の物であり。彼女だけの物だ。莫大な魔力消費だろう。彼女のインパクトはその後も続き。他の選考者たちの歌がまったく耳に入ってこなかった。
そして全員の劇場での歌が終わった夜。選考会は荒れに荒れる。夜、発表を行おうとしたのだが決まらないのだ。時間を無視したルール違反は選考除外な筈だが票は集まってしまったのだ。観客席にいる客は全員が彼女に入れたと言っても過言ではない。私も彼女に入れたのだ。
「彼女は何処だ?」
「辞退したらしい………」
「辞退!? ヨウコさん!! 一緒にいましたよね‼」
「え、ええ。ルール違反したので帰ると言って別れました」
「それでは再選考を」
「いいや!! 彼女を選ぶべきだ」
「しかし、ルール違反は………」
「ルール違反? あれを見て未だにそういうのか?」
「そうだ、俺はルール違反は目を瞑るべきだ」
「おれは規則優先だ」
「いや」
「だめ」
「そう」
選考会は荒れ、決められずにいた。発表は明日になるだろう。
「私は帰ります」
自分は帰ろうと思う。
「まて!!」
「選考はあなた方でお決めになってください」
「お前はどこへ?」
「さぁ~風の向くままです。失礼」
私はその場を後にした。後ろから誰かがついてくるのを気付きながら、オペラ座を後にする。オペラ座から出た後。声をかけられる雰囲気を察して後ろを振り向いた。
「怪人、待つのじゃ」
「ん? ヨウコ嬢どうかされましたか?」
ヨウコ嬢は劇場と外では口調を変えている。外では特徴的な訛りを見せる。
「何処へ行こうとしてるのじゃ?」
「風の向くままです。怪しい人ですから」
「…………彼女を探しにいくのじゃな?」
「………ほう。何故そう思われたんでしょうか?」
「正直、悔しいが。私はお前の心を奪うほどの実力はなかったようじゃ。あれを見せられたら……ちと自信無くなるのぉ。あんな方法、思い付かんかった」
「……………」
珍しい。強気な態度とはうって変わった大人しい声色と表情。
「だが、お前と同じ。オペラ座の演劇者の一人じゃ。見てみたいと思うのじゃ………あの、女性の演技を歌を………同じじゃろ? 同じ劇場に上がってほしいじゃろ?」
「………ええ、もちろんです」
「探すのも大変じゃ。そこでじゃ。何処にいるか教えてやろうと思うのじゃ」
「ご存知で?」
「そうじゃ、知っておる。彼女は冒険者。冒険者と言えば冒険者ギルドの酒場じゃ。故にあれだけの観客席に怖じ気ず。真っ直ぐに上を向けたのじゃろう。多くの修羅場を潜っている」
「冒険者………素晴らしい!! 世界を駆ける冒険者の姫!! 何処にもいない逸材だ‼」
私は叫んだ。これほどに熱がある。
「…………ふん。まぁよかろう。しかし、冒険者。説得できるかの?」
「して見せましょう。オペラ座の怪人ですから!!」
「………では、教えようぞ」
私は胸高らかに彼女についていった。
*
嬉々として私についてくる仮面の男。他の都市ではきっと怪しい人で嫌われるだろう。だが、道行く人は彼を指差し。女性は手を振り。彼もそれに振り返す。
まるで、演劇の延長戦であり。一挙手一投足で未だに演じている。何処でもいつ見ても彼は仮面の男を演じていた。
「はぁ………」
「おや? ヨウコ嬢さま。溜め息をひとつつかれていますが?」
「お前の事で溜め息を吐いているのじゃ」
「それは、それは。あなたのような綺麗な方が私めに吐いてくださるとは。痛く申し訳ないと思います。お美しい顔が台無しです」
「………ふん。いつも通りだな‼」
「あらあら、お怒りの顔をお美しいです」
いつだって彼は。人を褒め称える。誰にだって、他の女性はそれでも喜ぶだろうが私は……もっと奥を知りたい。好きになったために強く反発した。「本当にめんどくさい男を好きになってしまった………まぁ好きになってしまう理由なぞ沢山あるがの」とそんなことを思いながら深く溜め息を吐いた。
「ヨウコ嬢。そろそろお怒りをお沈めください。今日の事でお怒りであれば。あれは素晴らしい歌でした。日々努力されているのでしょう。努力も才能であります」
「ありがとう。努力しているのは………お前もじゃ」
「ははは? 努力ですか? まっさか………わたしめは才能です。日々才能で過ごしてますよ!! はははは」
オペラ座の怪人は才能っと言い張る。私は知っている。人一倍努力していることを。全力なのを。
彼はまったく。表に苦労や俗世感を出さない。物語の登場人物のようの幻想的な雰囲気を醸し出している。人とは違う。彼は誰とも違う。だからこそ怪人なのだ。怪人を演じているのだ。
「…………感謝はしてるのじゃ」
「何か言いましたでしょうか?」
「…………感謝の言葉」
「ああ、勿体ないお言葉をありがとう!!」
まったく。感謝の言葉が彼には伝わった気がしない。届いてる気がしない。数年前から、そうだった。拾われた時も。
「ここです。冒険者の酒場じゃ」
「ほほう!! ここですか!! 勇敢なる英雄たちの集う場所とは‼」
だからだろう。彼女を利用しようと思っている。彼女は彼の仮面の奥まで届かせた。彼が自分の意思で彼女に会いに来ている。
「何処にいるのでしょう? おっいましたね!! 我らの新しい姫様が」
彼は喜ぶ。目に入ってないだろう。彼の隣の人物が。私は運命に感謝をする。機会をくれたことを。あの、ぶつかった一瞬が神の奇跡なら今なら信じる。稲荷の糞神とは別にいる神に。願わくば、彼の素顔が見れることを。
彼を貶めるのに彼女を利用しよう。彼女は言った。諦めてはいけない事を。彼女は大丈夫。例え、怪人が惚れても。彼女にはすでに運命のお相手がいるのだから。
怪人は、ちっとやそっとでは動かないなら………例え、私が悪女となろうと怪人の仮面を剥いでやると心に決めたのだった。
*
私はカウンターでトキヤと会話しながら。申し訳ない気持ちを吐露する。
「あーあ、時間制限無視で遊びすぎたなぁ~迷惑だったろうなぁ~」
「まぁ、時間内で収めるのは人数とかの関係だろうし、劇場見てみたいから参加して、時間無視で暴れまわったら怒られるのが普通だな」
「でしょぉ~迷惑迷惑」
ちょっと反省する。調子に乗ったのだ。
「さすが俺の嫁。嫌がらせは得意」
「やめてよ~いま、反省してるんだから。まぁ謝るのもどうかと思うけど」
「最低な屑だった。俺が言おう。クズ」
「だって!!………まぁその~劇場は綺麗だったね」
「ははは、お客さん。大丈夫大丈夫。そんな輩は多いから大丈夫だって!! 気にしない気にしない!! 遊びの奴もいるしな‼」
「みんなでやれば怖くないだけど迷惑だよねやっぱ」
「「キャアアアアア!!」」
「ん?」
後ろから女性の歓喜に満ちた叫び声が聞こえる。酒場の人が騒ぎだす。自分達は振り返ると仮面をつけた男が女性の対応に応じていた。
仮面の男を理解しているが。ここまでの人気だとは思わなかった。
「あれは!? 怪人!! 何故こんな所に!?」
「酒でも飲みに来たんでしょう?」
「まぁ店を変える気分の日もあるさ。風を浴びてくる」
興味を示さずにトキヤが席を立つ。私には関係ないことなので気のすることはない。振り向くのをやめて店長に声をかける。
「店長~怪人ってそんなにすごい?」
「嫁が大ファン。ああ嫁が喜んでる。あれ? こっち来るぞ?」
「ああ、これは運命でしょうか‼ お嬢さん!! 劇場では目が合いましたね?」
「店長~なにそれ~口開けっぱなしでどうしたの~変だよ~」
私はあんぐりと口を開けた店長を指を差す。
「………………」
「店長変なの~くすくす」
「お嬢さん」
「ん?」
私は声をする方に振り向く。仮面の男がゆっくり手を前に腰を折ってお辞儀をする。
「お嬢さん。劇場でお会いしましたオペラ座の怪人でございます」
「名前を言え。名前を…………」
「お、おい。お客さん!! 彼は名前は無いんだよ」
「あら。失礼」
「申し訳ございません。偽名ですがエリックとお呼びください」
「それでは。私も偽名でネフィア・ネロリリスと申し上げます」
「ああ、リリスとは天使の名前。名前の通り天使のようにお美しい人だ。劇場に舞い降りた天使でしょうか?」
ちょっとキザっぽく。私につっかかって来る。天使は間違ってる。
「悪魔ですが?」
「………おっと、これは失礼しました。悪魔とは思えぬ純粋で無垢なお美しいお嬢様でしたので勘違いをいたしました。申し訳ありません」
あっ……ナンパだこれ。私は察した。
「それって悪魔をバカにしてません? 悪魔は純粋で無垢ではなく醜いと仰るのですか? ちょと視野が狭いですよ?」
「……………」
本当になんだろうかこの人。そう、中身が見えない怪しい人だった。
*
彼を案内し、騒ぎの間に酒場の端へ身を隠すように椅子に座る。彼が他の女性を褒めて中々彼女に近付けない中。ネフィアさんの想い人である千家の血族の男。時也と言う男が私の隣に椅子を持ってきて置いて座った。
「彼はネフィアに用事があるように見えるが……なんのようだ?」
「ほう、そちはわかるのか?」
「だいたい、ネフィア目的で逢いに来るやつは多い。それが敵か味方かは別としてな」
「そうじゃ。案内した………用件は口説きにでも来たんじゃろ」
「へぇ~」
「…………焦らないのか? あいつは素晴らしいほどいい男じゃぞ」
「敵か味方は別としてな。モテるのは知っているし。今回が初めてじゃない。売春婦に間違われた事さえある。まぁ焦らないのは俺の気持ちは変わらないし。あそこまで好意が高いと疑う余地がない」
「それは、それは………ええ女じゃな」
「まぁ元男なんだけどな」
「!?」
「驚いてる暇はないぞ……仮面の男が接触する。天然の所があるから振るにしても面白いんだよなぁ。見てて」
「お前、ええ趣味しとるの」
「人の奥さん口説こうとするバカを見て楽しんで何が悪い?」
「まぁ、まぁ本来は怒る立場じゃな」
私は接触する二人を見る。悲しい事に気づいてもらっていない。声をかけたがまったく呼ばれている自覚がいようだ。
「ぷふぅ……」
「くくっ……くく」
珍しい。彼が少し困った仕草をしたのは演技なのだろうが。本当に困ってそうで笑いを隣の夫と堪える。
「名前を言え。名前を…………」
腹が捻れそうだ。オペラ座の怪人は確かに名前じゃない。
「彼女をすごい面白いのじゃ」
「俺もここまで面白いとは思わなかった。片方くっそ真面目に紳士を演じてるようで紳士じゃないもんな~名前は必要だろ~」
他の女性なら叫んで喜ぶが。外から冒険者として来たばっかりの人からすれば怪しい人なのだ。笑ってしまう。方や人気男優だが知らないのでは仕方がない。
「天使のように美しい方だ」
「悪魔ですが?」
「…………」
「はははは!! やらかしておるわ!! はははははは!!」
「くくくく。天使って褒め称えてもそりゃ~悪魔じゃなぁ!! ははは」
「ダメじゃ!! 予想外の事で予定が狂うが!! 腹が痛い」
「めっちゃ真面目に口説いてるのに!!」
彼は落ち着いた雰囲気で謝るのだった。丁寧な礼をする。
「それって悪魔をバカにしてませんか?」
なのに怒られている。言い方を間違えたようだ。
「なんじゃ!! ははは。褒め方間違っておるの!!」
「いや!? ネフィアが敵意剥き出しだから褒められてもあんな態度を取るんじゃないか?」
「ん? そうなのか?」
「………そう、思うだけだけど。あそこまでキツくは言わない」
「ほうほう………では何か考えがあるのか?」
「それもわからないが。先にヨウコさんの考えを聞かせてもらっていいんじゃないか?」
「……………ないぞ」
「俺らは冒険者。お金を積めば仕事はするぞ? たんまりあるだろ? そっちの方が楽でいい」
「確かに……………じゃぁ………頼もうかの?」
「ご契約ありがとうございます。依頼内容は?」
「彼の素顔をみたい。あとは………彼を手に入れたい」
「………了解。だっ……そうだネフィア」
「はーい」
「!?」
耳元で彼女の声が聞こえビックリし、カウンターを見ると不敵に笑う彼女と目線が会う。
「彼の話を聞いてみるね。報告は宿屋で」
「だっそうだ。案内しよう。ヨウコ嬢」
「…………そちら、とんだ悪党だな」
私は彼についていく。裏の顔を見に。
「綺麗な人だなぁ。さすがトキヤ」
羨ましい、彼の生き方が。親友は長い時間を彼女を追い求め手にしている。その真っ直ぐな生き方に自分は憧れた。
父上にはいつも王子であれと言われて来たが彼のように一人だけの王子様と言うのは尊敬できる。そう、父上の生き方にそっくりなのだ。父上は母親を溺愛している。母親も溺愛していた。
「剣のように石から燃やし、鍛える。格好いい生き方ですね……」
だからか、いつしか僕は彼のようになりたいとも思うほど彼の背中を追いかけた。追いかけ、彼に聞いた。冗談だったのかもしれない。
「僕だけの姫様を探す」
旅の昔の目的を口に出す。彼もそれを口にして旅をしていた。何故だろう。今になって思い出すことに疑問を持ちながら、夜の一人の時間が経つのだった。
*
私は男たちが手伝いで何処かへ行っている間。酒場でお留守番をしていた。
親友同士だから息が合い。仕事ぶりも好評で大工屋からオファーが来るほどだ。魔族ではないが人間ほど異種族を嫌悪感を抱いていないこの都市の特徴を色んな種族が交ざっている商業都市の良さを目に焼き付ける。
異種族でも仲良くなれると学んだ。実体験もあり、絶対に無理ではないのだろう。
「あ~暇である。私は暇である。ですが、まぁ~いいでしょう」
彼らについて行こうかとしたが断られてしまい。仕方なく酒場で待っている。だが、苦ではない。
「女は男の職場で威張らず。紅塗って家で男を待つ」
私のために働いていると考えれば幸せな気分になる。ついつい、頬が緩んでしまいニヤケてしまった。
「ネフィア殿ですか?」
「ん? 守衛さん?」
「お願いがあります。実は………」
のんびりしていると声をかけられ、門を護る守衛に直接お願いされる。最近、アラクネが出没して行商者などが不安になり困っているらしい。
「何故、私? 他にいるでしょう?」
「ええっと………それがですね。ネフィア殿のお知り合いの方と思われます」
「私の知り合い。あっ!!」
思い出す。あの綺麗なアラクネの事を。
「そうです。帰ってきたみたいなのですが門を見るだけで危害は無いのですが不安で不安で」
「わかりました。何かあるのでしょう。向かいます」
私は現場へ向かうのだった。
*
雪が深い門を出ると砦に大きな巣が見える。視線を感じ……その巣を見つめる。すると、中から見覚えのあるアラクネが一匹。壁をはって降りてきた。彼女は知性がある。壁を越えてはいけない事を理解している節がある。
私は首にかけているメダルを強く握りしめ深呼吸をした。何故か大きな大きな分岐点に立っている気がしたのだ。
それも世界を変えるほどの選択だ。
「こんにちは、アラクネさん」
「こんにちは、ネフィアさん」
「口調。大人しくなりましたね」
昔は男っぽい、魔物らしい強い口調だった。服は脱いでいるのは汚れるのを気にしての事だろう。後で洗濯とかを教えないといけない。下着はつけているから成長したようだ。それでも目のやり場に困る。
「ええ、大人しくなりました。何故でしょうか? 私にもわかりません」
「そ・れ・は!! ずばり『恋』です!!」
「こい?」
「恋!!」
「?」
「女は好きっと言う感情で恋を知り、愛を知り。しおらしくなるものです。私は……逆に活発になってしまいました」
「………よくわからない」
「ランスロットさんをお探しでしょう?」
「な、なぜわかえうの!?」
「知ってますよ。わかりやすいです」
彼女が驚いた表情のあと、悲しげな顔になる。
「どうしましたか?」
「何でもないわ………何でもない」
「知ってますか? 『何でもない』と言う言葉は何か隠しているんです。さぁ!! さぁ!! 全部聞いてあげますからお話しましょ? 大丈夫。笑わない」
「それなら……」
重々しく口をあげ、魔物らしからぬか弱い囁く声で話始める。
「最近………彼が居なくなって寂しさを感じる。何故かわからなくて。逃がしたのも私で彼は都市に居た方がいいって思ってたのに。ええっと、親友にも会えるし、会わせたいって………ああ。なんだっけ……色々考える」
「まとめ。人間なので生きていくには都市での生活がいい。親友にも会えるので逃がした。しかし、逃がしたら寂しく想い……都市まで顔を出したとそういうことですね!!」
「そうそう、凄い!! なんで分かるの!?」
「愛の女神の信教者ですから!!」
ただ、彼女の言った事を反芻しただけである。トキヤ曰く、同じことを返せば聞いてくれていることを感じて深い所を探れるらしい。さすが私の夫様。さすが旦那様です。
「愛の女神の?」
「そうです。続きのお悩みをどうぞ」
手を差し出して続きを促す。彼女の言葉を信じる。
「はい、私は魔物であり彼とは餌としか思ってませんでした………」
「それで?」
「ええっと、彼はそう。綺麗だと言ってくれした。それは嬉しかったです」
「私も綺麗だと言われたら嬉しいです。夫に」
「あと、お話が楽しかった。世界が広いことを教えてくれました。それと……同時に………最近………人間を食べていたことに嫌悪感を抱くのです」
「それは……どうして?」
「それは、きっと………食べた人たちは彼のような世界を持っていたのではないか? それを奪ってしまった。そう思うと、悲しくなりました。それと同時に彼は巣にいてはいけないと思ったのです」
「そう」
「私は魔物であり。食べるのが普通。だけど………ああ。魔物であると言い聞かせると自分は悲しくなります」
声が震えだしている。悩みが何なのかを少しづつ理解して行く。
「魔物だから、魔物だから、彼を食べるのが普通。魔物だから、こう………襲うのは普通なんでしょう………でもでも。もう無理なんです。ここで人を見ても皆、美味しそうに見えない。見えないんです。私は変でしょうか? 私は魔物なんでしょうか? 今まで食べてきた事は間違いだったのでしょうか?」
「………私の見解。神でもない私の見解でいいならお答えしましょうか?」
「………お願いします」
私は深呼吸を行い。いい放つ。
「間違いではない。あなたは魔物であり、生きるために行ったことは間違いではありません。私が許します」
「!?」
驚愕した表情で私を見る。
「生きるためには生命は食べ、命の糧とする。万物の法則です。そこに罪はありません。しょうがないことなんです。それが自然なことです」
私は生きるためにこれからも戦うだろう。許すのはまぁ、聖職者の言い分だ。「神は寛大だ」と言うことを利用する。
「そして、あなたは変ではない。あなたは魔物でもある前に女性です。そう…………私と同じ女です」
「女………」
「はい。質問します。ランスロットと一緒に冒険出来れば素晴らしくないですか? 楽しそうではないでしょうか?」
「それは!! 絶対、楽しい……でも……私は魔物で………」
「ええ、魔物。ではもし魔物をやめれば!! 一緒に冒険出来ますよね?」
「ま、魔物をやめる?」
顔が明るくなってくる。希望に満ちた目線を私に向ける。すがるような信者の目に私は悪巧みを考えた。
「ど、どうすればいい!!」
「女になる。魔物ではなく。新しい自分になるのです。具体的には魔物であった自分を捨てる」
「捨てる?」
「人間の真似をする。女の子の真似をする。服を着たりして、気を引く。そう、ランスロットに魔物やめたいと相談すれば解決します。彼から人間の素振りを学ぶのです」
「………そ、そんなの無理」
「愛があれば女神は微笑んでくれるでしょう‼」
「愛………」
「彼と一緒に居たくないですか?」
「い、いたい」
私は畳み掛ける。愛の女神の教えを語るように。
「それが、愛です」
わかんないけど。そうだと思って断言する。彼女は戸惑っていたが、無理もない。魔物にその感情は無いのだろう。想うということを。パンに恋をするようなもんだ。ただの本能で生殖する魔物にはない感情だろう。
「戸惑うのは仕方ないです。最初はそうでしょう。愛はひとえに誰でも持てる感情です。壁が高いほど燃え上がり、胸に熱を持ちます。ときに体が燃え尽きるほど熱く、ときに体が太陽に当てられたかのように暖かく、ときに全てが輝いて見えるほど。偉大なのです‼ しかし、彼がいなくなった瞬間。胸の中は冷たく。寂しいのも愛なのです」
「ランスロット…………」
「では、質問します。会いたいですか? 会いたくないですか? 私は会わせる事が出来ます」
私は笑う。答えなんて聞かなくても分かる。
「会いたい!! 会わせて!!」
人は不器用で口で言わないと伝わらないものなんです。
*
状況を衛兵に説明し、渋々了承の元で壁を上がり。壁の上で待機する。
「どうするの? ネフィア」
「ふっふっふ。耳を閉じて見てて」
魔法を唱える。もちろん音の魔法出力全開で唱える。
「トキヤ!! だーいすきぃ!!!!!!!」
都市に響く愛の言葉。もちろん全域に響かせた。視線そっちのけで都市の中心で愛を囁く。
ビュウウンンン!!!
遠くから、風の魔法矢が私の横をすり抜ける。撃ち込んできた場所から声も聞こえてくる。
「くそったれ!! お前、くっそ恥ずかしいことを!!」
「ごめんね~」
「畜生!! ランスや他の大勢が大笑いで俺を指差してるじゃないか!! あああ、焦ってるよ。うるさいランス!! 笑い転げるな‼」
「ええっと。そのランスロット殿にお客さんです」
「お客さん? はぁ………それでわざわざあんなことを?」
「いいえ、1回やってみたかったんです。壁の上で愛を全力で叫ぶことを!!」
「………そこ動くな、覚えておけよ」
「えっ?」
「お・ぼ・え・て・お・け・よ!!」
「………わかる。わかってしまう。怒っている怒っている!?」
「ネフィア、大丈夫? 汗が……」
「う、うん。大丈夫、大丈夫。嘘、怒られる!! 怖い!! 怖い!!」
私は恐怖心を持ったまま大人しく待った。もちろん、こっぴどく怒られ、土下座する。
*
犬と言う、かわいい家畜魔物が居る。狼とは違った生き物がいる。人や亜人の愛玩動物だったり、冒険者、狩猟者の友だったりする珍しい生き物。
彼らは最初は狼だったと言う。しかし、中には人等に恐怖を抱かず。大胆に近付いて与えられた餌を食べ。愛嬌を持った狼。それが、次第に大切に育てられ、教育された結果。珍しい生き物、犬になったと言う。
犬はそう、元は狼と言う魔物だったのだ。そんなのを何故か思いつき、思い出しながら怒り狂ったトキヤについていき。壁の上で、久しぶりにアラクネの彼女に出会った。トキヤは嫁さんの相手をし、土下座をさせて怒声を浴びせている。
嫁さんは大泣きで謝っている姿を横目に彼女に挨拶した。やはり、なんとも言えない妖艶で綺麗な人だ。
「アラクネさん。こんにちは」
「ラ、ランスロット………」
「寒くないのですか?」
「ま、魔物だから…………」
「?」
何故か彼女は照れていた。クモの後ろ足をクルクルしたり。手をモジモジしたり。見た目に比べ、愛らしい仕草だった。それが少し不思議だった。
「まぁなにはともあれ。僕は元気になりました。これも介抱のお陰です。ありがとうございました」
「あっ、うん………捕まえたの私だけど……」
「でっ、用件とは?」
親友から会いたい人がいると聞かされ。考えたのは彼女だった。来て、やはり彼女だった。
「ええっと。また、話がしたい」
「話をですか? 僕と?」
彼女は頷く。
「いいですよ。僕で良ければ話し相手になりましょう」
「あ、ありがとう。今日は、そのあれなので………夜の湖のほとりで」
「はい、招待を承りました。お嬢様」
「あぐぅ」
トキヤの怒声が静まるまで。自分は彼女を見続ける。恐ろしい魔物である彼女だが、自分にとっては一人の女性に思えるのだった。
*
俺は困った。嫁の手を引きながら宿屋へ連れていく。
「ぐすん……ぐすん………」
「ネフィア、もう怒ってないから泣くなよ……怒りすぎたか……」
「うん………ぐすん」
凄く怒られたのが尾を引き続け、涙が止まら
いらしい。
「ネフィアぁ……まぁごめん。怒りすぎた。ごめんって」
「ぐしゅん……うん」
「あ、ああ。もう泣くなって!!」
「またぁ怒ったぁああああ」
周りの目線が痛い。泣く姿は可愛いが昔のこいつにこの姿より遥かにかわいい。
「ああち、ちが!!」
「うわああああん!!」
「イチゴジャム買ってやるから!! な? な?」
「うぅ……うっ……トキヤ……嫌いになってない?」
ネフィアの頭を撫でる。昔とは大違いだ。
「嫌いになんかならない。安心しろ、だから泣くなって………男の子だろ?」
「男扱いしないでぇ……えぐ……」
「ああ、ええっと。ごめん」
昔のこいつに今のこいつを見せたらさぞ吃驚するだろう。殺されそうだ。
「………うぅ………トキヤ。やさしい………えぐ……えぐ」
「まぁ泣くのやめて笑ってくれよ。そっちの方が好きだし。な、な?」
「う、うん………へへへ。ありがとうトキヤ」
「お、おう」
涙浮かべて笑うのは非常に可愛くておかしくなりそうだ。
「………ひっく…………トキヤぁ~ごめんなさい」
「もう、いいからいいから。今度はもうちょっと変えた言葉で頼む」
「うん………」
手を繋ぎ。嫁を宿屋に送った。
§
自分は悩みの種が多い。魔王の寝室を私物化し、アラクネの巣を潰し、自分の権力を見せつける。 簡単だ。もう命令終わっている。だが、ここへ来てふざけた話がある。
「申しあげます。都市で魔王が遊んでいます」
毎日の報告で胃を痛める。遊んでいる事は陽動。自分を囮にし、なにかをする。素晴らしい陽動だ。誰か隠れた戦力があるのだろう。
「まだ、わからぬのか?」
「はい。目的が不明です」
「くぅ……エルフ族長も四天王を辞めると言い出し逃げるように故郷に帰った。なにかあるはずだ」
「はい。必ず見つけます」
刺客を送っているが何もいい成果が上がらない。報酬金も鰻登りにも関わらずだ。
「腕のいい刺客はいないのか?」
「一人、向かわせました」
「そうか、安眠できるように頑張ってくれ」
「はい」
胃薬はまだ必要そうだ。
*
酒場での一時の平和。年末で騒がしいのがあと1日と迫る。
「ああ、今年も終わりですね」
「だなぁ~色々あったなぁ~」
紅茶をのほほんと飲んでいる。私たちはのんびりしている。
「だいたい、半年でありすぎじゃないですか?」
「そんなに多かったか?」
「勇者が攻めて来て。女にして、旅をして、好きになって、黒騎士撃退して、好きなって、看病して、好き、ドラゴン出会って、好き、家を買って、好き、また旅をして、好き、結婚。愛してますトキヤさん。で、親友に出会いましたね」
「好意が半分占めてるじゃぁねぇか!! 所々挟むな!!」
「今年は、恋愛の年でしたね。今年の最後………トキヤと迎えたい」
夜のお誘い。婬魔らしく舌を出す。
「くっそ、かわいいなぁかわいいなぁ~」
「私はかわいい。だって、愛されてますから‼」
「やめてください……ネフィア。恥ずかしいわ」
「満更でもない癖に」
「はは……」
鼻を掻くトキヤ。そんな中で定員が私たちの前に立つ。
「お客様。やめてください………ここでイチャイチャダメですよ。気の張った冒険者たちの場です」
「「すいません」」
二人で謝る。何故、冒険者はモテないのだろうかと疑問に思っていると頭の中で声がした。綺麗な声だ。そう、これは私ではない。こんな神聖な声は聞いた事がない。頭の中で声が響きなぜ冒険者がモテないのかを教えてくれた。
「冒険者がモテないのは居を構えておらず。その土地に縛られないからですね。愛を育てるに大変なんです。それと冒険者同士の恋愛は死に別れが辛いので中々踏ん切りがつかないことも多い。あと、恋仲は仲間内がギスギスする。仲間をそんな目で見れない等が理由です。ネフィアさん」
頭の声に従い全く同じことトキヤに喋り。反応を伺った。「空耳だろうか」と思う。
「死に別れはない。俺が護るし、護れなければ一緒に地獄へ堕ちてやる。仲間内でギスギスは俺ら二人っきりだし関係ない。それに仲間でもあり、友でもあり、頼れる俺だけの姫様だ」
「姫様やだぁ………!! 何度も言ってる‼」
「俺だけの嫁さんだ」
「は~い、嫁です」
心の誰かの声は喜んでいたが。気にせずに彼との時間を満喫するのだった。
*
自分は酒場の入り口を凝視し狙いをつけていた。レンズを覗き、魔法弾に魔力を注ぎ終え。アーティファクトである銃の引き金に指を置く。
アーティファクト銃は魔法の発展と魔物、人間の耐久が上がったために錆びれてしまった技術だ。そして弾に金がかかる。しかし、金さえ出せば魔族の頭を粉々にでき。弓、ボウガンよりも射程が長く、暗殺に向いていた。殺すやつを選べ、その頭を撃ち殺せば弾薬費はちゃらだ。「出てこないな。まぁ……出てきたが最後だ」と考えながら息を潜める。
監視し、魔王を待つ。素晴らしい依頼、巨万の富が約束される。たった一発で。だから、最上位の弾薬を持ってきた。ミスリル鋼の特殊弾薬。どんな、魔力障壁も突き抜けてくれる。
魔力を持つ者、人や魔族が普通の鉄の弾薬では死ななくなった理由に個人の魔力障壁、皮の耐久上昇。簡単に死ななくなっている。だが、工夫すればいい。暗殺も技術は上がっているのだ。魔王が出てきた。
狙いをつけ、息を吸い込み。3割吐き出して息を止め。しっかり銃床を肩に当てる。全身の力を抜いてぶれないようにそっと引き金を引く。時が1秒から数分に伸ばされた感覚。
撃鉄が弾丸の底を蹴り上げ、積めた魔力石を爆発させ弾丸が銃身を回転しながら進み。銃口から火花と硝煙を撒き散らし飛び出す。魔王の頭に向かって。
*
「トキヤ!!」
ぎゅぅうう
「おい!! いきなり背後から抱き付くな‼ 怒られたばっかだろう‼」
「へへへ」
バン!!
「「………」」
*
「!?」
咄嗟に避けられた。地面を抉るだけになった。慌てて薬莢を排出し、弾を込めて狙いをつけようとレンズを覗いた。その瞬間。
「なっ!?」
二人が真っ直ぐこちらを見ている。慌てて引き金を引いた。
ガチャ!!
「ここで弾詰まり!? 焦るな次だ」
銃を持ったまま、その場を離れる。念のため待機していた仲間に合流するために。
「久しぶりだ。失敗したのは」
本当に久しぶりだ。
*
「見ました?」
「見たな」
「イチゴジャムですね?」
「それは賞金の事を言ってるのか………それとも暗喩か?」
「さぁ~どっちでしょうねぇ~」
「じゃ……また後で」
「ええ。後で」
「会おう」
「会いましょう」
*
逃げた路地。本来は冷えている空気なのに今日はやけに湿った空気が纏まりつく。ドロッとした粘り気のある空気に身を引き締めた。
「…………はい、こんにちは」
「!?」
路地裏に綺麗な少女が口元に笑みを浮かべながら立っていた。銃を構えずに、後ろに向き走り出す。後ろから足音が聞こえ続ける。
「ついてきているだと!?」
丁字路を迷いなく足音がついてくる。
「仲間の元へ………」
とにかく、異常事態だ。魔王に見つかった。
「鬼さんはどちら? あなたの後ろ」
「くぅ!!」
ぴったり、後ろから声がする。エルフ族長を倒した人だ近接は勝てない。
「いたっ!!」
ガシッ!!
路地に座り込んでいるみすぼらしい目の前の少女を捕まえ小型の銃をこめかみに当てる。
「近付いたら………??」
振り抜いた先に誰もいなかった。しかし、足音ははっきり聞こえ。しばらくすると、歩いて彼女が現れる。
「鬼さんがみーつけた!」
背筋が冷える。いったい何が起きているのかわからない。
「近付いたら撃つ!!」
脅しをかける。情報によれば人を心配する優しい人格者になったらしい。ならば人質も躊躇するだろう。
「打てば?」
「はぁ!?」
歩いてくる。怖れず歩いてくる。
「止まれ!! 本当に……撃……ぐへっ!!」
腹部に鈍痛がしたと思った瞬間壁に押し付けられ、少女が引き剥がされた。そちらを見ると、彼女のパーティメンバーの一人が一瞥の眼差しを向ける。
「ネフィア。また会ったな」
「ええ、会えました。さぁ、怖いお兄さんは倒しました。大丈夫ですか?」
ターゲットは優しく手を差し出す。だからこそ、勝ったと思えた。
「大丈夫、ですよぉ!!」
少女姿の仲間が銃を引き抜き銃口を魔王の額に向け、引き金を引こうとした瞬間。男の手が仲間の頭を掴まれ壁に押し付けられ、銃弾があらぬ方向へ飛んでいく。
「あっ……あ!?」
自分は震え出す。不意打ちだった筈だった。男の方は自分を掴んでいた筈だった。しかし……はじめて聞く頭を割る音に背筋が冷え、腰が抜けたままになる。
「イチゴジャム………トキヤ…………顔を潰すと賞金首かわからないね」
「咄嗟だから。考えて動けない」
「そうだね。驚いちゃった」
彼らは女の子だったものを見つめて冷静に会話する。壁に押し付けられ縫い付けられたかにように頭らしき場所がくっついている。体が痙攣し、ピクピク動き。目の前の惨状に逃げなければ言う判断に至った。抜けた腰は大丈夫。仲間をやられ焦っただけだ。
「く………」
「炎球」
「うがああああああああああ!!」
立ち上がり、走り出した瞬間に脚に何かかが触れ燃え上がる。その場に転げ、火を払い除ける。火の魔法だ、正確に足を狙ってきやがった。
「首を落とすか?」
「任せました」
「だ、そうだ。首を置いてけ」
火を払い除け、立ち上がろうとした瞬間。首筋に剣先が伸び…………ゆっくり首に触れた。次の瞬間。自分の体と、男が剣を振り抜いた姿が目に写った。
*
ギルドの受付に首を置く。受付嬢は慣れた手つきで首を袋に詰めてお金を渡してくれる。
「お疲れさまでした。けっこう名のある首ですね」
「仲間が居たから。一人じゃないんだろうな」
「まぁでも。リーダーを落とせたのでいいと思います。衛兵に持っていきますね」
「イチゴジャム!! 買えるね‼」
「はいはい」
日常茶飯事。昔に盗賊ギルドに居たときを思い出す。そう、血生臭い世界。
「ネフィア………血は、臓物は怖くないんだな?」
「ええ、だって世界は魔物で溢れている。冒険者なら普通でしょ?」
「そう、普通なんだ………だがな。忘れている奴は多い」
「ふーん」
冒険者、衛兵は臭いなれなければならない。絶対に関わる。人の死に触れる。
「トキヤ~仕事しなくていいね‼」
「まぁな」
世界は、死に溢れている。
§
湖のほとり。そこである人が僕を待っていた。その人は蜘蛛の糸で遊びながら僕を待っていた。約束の時間前に彼女はいたようだ。
「お待たせしました」
「あっ、来てくれてありがとう」
「いえいえ、失礼ながら、お名前聞いていませんでしたね?」
「名前?」
「ええ、アラクネとは種族名です。お名前ですよ?」
「…………前にも言ったけど本当に魔物に名前はないの」
悲しそうな目をする。僕はデリカシーがないようだ。彼女を悲しませてしまった。
「思慮浅く申し訳ないです。そうですか………なんと呼べばいいのか悩みますね」
「名前………名前………」
彼女が悩む。そして、僕は思い付いた。ないなら新しく名乗ればいいと。そして……それならばと覚悟を決める。
「僭越ながら。名前を決めさせて貰ってもよろしいでしょうか?」
「名前をつけてくれるの?」
「はい」
きっと、名前をつければ彼女の魔物っという事を変えていけると考える。
「それは!! うれしい!! どんな名前にするんですか?」
「そうですね。僕のセンスはよろしくないですが大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、ランスロットがつけてくれる名前は何より優れている筈。私にとって」
彼女が笑い、嬉しそうな声で自分を見つめた。僕は胸を押さえて深呼吸をする。鼓動が早い。本当に少女のような彼女に何かしらの感情がある。そう、あのときから。確かめたい。
「何かありました? 胸を押さえて?」
「いいえ、何もありません」
「ん?」
変な動作だったので気になってしまったのだろう。何もないよう振る舞う。自分はおかしい。彼女の体を美しい人と思っている。下半身は恐ろしい蜘蛛なのに。
普通に人と少し変わっているにしか思っていない。なれてしまったようだ。
「…………それではつけさしてください」
「どうぞ」
沈黙、今日は冬晴れで遠くの対岸、白い山々が見えるほど空気が透き通っている。それを眺めて、悩んだ。そしてボソッと呟く。
「リディアでどうでしょうか?」
「リディア?」
「僕はあまりセンスがよくありません。だから普通の女性の名前にしました。もう少し時間をいただければもっといい名前を………」
「リディア………リディア………リディア………うん、リディア」
彼女が目を瞑り、手を胸の前で押さえて噛み締めるように名前を言う。何度も、何度も、囁くように優しい声でリディア……リディアっと言い。そのあまりに魔物とは違った可愛らしい仕草と誰からでもわかる喜んでいる姿に言葉を失う。
途中、僕は目を逸らし、深呼吸をまた行ったあと。冷静に鼓動を落ち着かせた。そんなに喜んでくれるならと思い言葉を発する。
「リディアさん」
「………はい、リディアです」
「ええ」
照れながらも、短く反応する。その初々しい姿をかわいいと思い。ここまで僕が女性を誉めることはなかった事だ。はっきりと自分が彼女に好意を抱いていることをこの瞬間に確信した。
「ありがとう。素敵なお名前」
「喜んでいただき。うれしい限りです」
「もっと、砕けた喋り方は出来ないの?」
「素晴らしい女性方に失礼がないように教育を受けてきたものですから。リディアさんは素晴らしい女性です」
「蜘蛛ですよ?」
「ええ、蜘蛛で綺麗な女性です。リボン似合ってます。前と違った姿なのでトキヤのご夫人殿に選んでもらったのでしょうか?」
「はい。ランスロットに見せたいと言ったら。服を用意してくださいました!!」
本当に笑顔が美しい人だ。トキヤのご夫人と似た笑顔。昔から色んな女性を見ていたがここまで綺麗に笑えるのは少なかった。みんな、僕を皇子として見ていたせい。仕方がない。
「ははは………何故でしょうね。僕が恥ずかしがってしまいました」
「困った顔、いいですね」
「そうですか? 変な方です」
「ランスロットも変わってますね」
心が落ち着く。外気は寒いが心は暖かい時間が過ぎて行った。
*
私たちは木影に隠れながら様子を伺っていた。
「ネフィア。覗きは良くない」
「トキヤはよく覗くのに? 風呂でも何処でも」
「悪いことを知っていてやっている」
「悪いことを知ってる。でも大丈夫。「不安だからついてきて」て相談されたからリディアに」
「そうだったのか………で。なんか雰囲気がいいみたいだが?」
「トキヤは二人をどう思う?」
「片方は戦ったことがあるから強さはわかる。暗殺するならあいつから。次にリディア殿は未知数。親友を殺ったあとにじっくり戦ってみるさ」
「…………ちゃうねん。そうじゃないねん。職業病だよね」
「いや、どう思うって他に?」
「自分以外の恋愛に鈍感じゃない?」
「恋愛してるのか!?」
「節穴ぁ!!」
私は驚いてしまう。どうみても恋愛でしょうと言いたい。
「節穴だったわ。目から鱗だ。嘘だろ!? アイツは皇子だろ!?」
「わかってないなぁ~でも面白いでしょ?」
「面白いな!!」
「さすがトキヤ。わかってる~説明いる?」
「詳しく」
「予想なんだけど………」
私と似たものなのだろう。知り合いの恋愛は面白い。知恵を持っている生き物は皆きっとそうなのだろうと確信したのだった。
*
時間が過ぎるのが早い。湖のほとりで彼との会話は楽しい。私は聞くだけなのだが世界が広がっていく気持ちになる。湖のほとりで毎日、彼に出会うのが楽しみになっていた。
「巣の外を見たい」
「リディアはもし行くなら何処へ行きたいですか?」
「海と桜を見てみたい。都市に入ってみたい」
「そうですか………都市に………」
「魔物以外の営みを見てみたい。絶対に魔物でいるより楽しい筈」
「ええ、楽しいですよ」
「ランスロットが生まれた場所も見てみたい」
「それはダメです。自殺と一緒です。僕が許しません」
「………そ、そう?」
「帝国は今は冷えています」
「そうなんだ」
「それよりか、オペラハウスっと言う都市が楽しいですよ、きっと中立国家みたいな所ですが」
会話して、色んな世界を旅をしたいと言う。だが本題はもっと別にある。友達が私に新しく教えてくれた事。
想いは言わなきゃ伝わらない。
「ランスロット………」
「なんでしょうか?」
「冒険者としていつか旅に出るのでしょうか?」
「ええ、冒険者ですから。ああ、逃げないとですね帝国の親族等から」
「もし、良ければ連れていってくれませんか?」
震える言葉で、お願いを言う。彼はそれを聞いたあと、腕を組み考えに耽る。
「すぐには答えを出せそうにないです」
「………………そ、そう」
「しかし、悪い答えはしません。安心してください。時間をいただきたいです」
「は、はい。期待しても?」
「女性を悲しませることをしてはいけませんから」
彼は格好いい。スゴく格好いい。だからだろう。足を振り上げた。
「何をされてるんですか?」
「何でもない!!」
勇気を出した行動。そういえば、この求愛は魔物だけの行為だった。
*
年末が数日に迫ったある日、僕は彼女からの相談に頭を悩ましていた。
「はぁ……」
「なんだ? ランス。溜め息なんて」
酒場のカウンターで肩を叩く。そちらを向き直ると親友とその奥さん。親友は椅子を引いて奥さんの席を用意し、奥さんはスカートを押さえながらゆっくりした動作で座る。親友はそのあと自分の隣に座った。一連の動作に夫婦愛を感じる。
「こんにちは。お二人さん」
「こんにちは、ランスロットさん」
「こんにちはランス。で、再度聞くが溜め息の理由は?」
「理由ですか………」
僕は彼らに悩みを打ち明ける。親より信頼が置ける友人。僕はどの皇子よりも運が良いことに感謝しながら。
「ああ、そうだよなぁ。あれは見た目がなぁ」
「私みたいに人型だったらよかったですね。ですがそれを含めてお好きなのでしょう?」
「それは………」
「体、種族は違えど似たもの同士です。それに、好意がなければ毎日通いませんし」
「君の奥さんは鋭いね」
「頭がお花畑なだけだよ」
「そんな彼女を愛してるんじゃないのかい?」
「んな!?」
「そうですよ、ランスロット。彼は誰より天の邪鬼です」
「天の邪鬼? 天の邪鬼か? 俺?」
「だって。トキヤは私の事、好きでしょ?」
「好きじゃないけど」
「トキヤ、本当に天の邪鬼なのかい?」
「好きじゃないだけだ」
「……えっえぇ? こ、心替わり!?」
焦り出す、奥さん。僕も焦り出す。迷いがない事を昔ながらにわかるからこそ背筋が冷える。しかし、杞憂に終わる。
「好きじゃない。愛しているだけだ」
まっすぐに言い放った言葉を聞き安心した。不意をつかれたのか、奥さんが顔をカウンターに沈め。自分も目線を下げた。男だけど顔に手を当てる。
「トキヤ、ずるい………日頃言ってくれないからうれしいけど………恥ずかしい」
「ちょっと……僕も恥ずかしいですね」
「俺も、恥ずかしい」
このあと、また店員に注意され、何を話し合っていのか忘れてしまっていた。そういえば、悩んでいたのだ。リディア、答えはまだ先になりそうだ。
§
年末をあと少しに迫った日。都市に激震が走った。魔国魔王城で編成された兵団が向かっている事がわかったのだ。いったい何が起きるのか、いったい何をするのかを秘密のまま。自分たち冒険者が酒場に集められる。
そして、カウンターの上に立つ魔王城のダークエルフの兵士が声高く叫ぶ。
「冒険者諸君!! 摂政トレイン様から大口の依頼だ!!」
「へぇ~摂政になったんだトレイン。偉いなぁ」
隣にいる嫁が他人事のように喋る。『「当事者だバカ」と言えばいいのだろうか? それとも呑気すぎると突っ込めばいいか?』と私は考え悩む。そして違う意見が浮かんだ。
「もしかして。お前を殺しに……」
「私って人気者だね。やった」
「人気者って……」
「そこ!! 五月蝿い!!」
「「すいません」」
ダークエルフに怒られた様子を見るにちょっと違うようだ。こいつが魔王だって知らされてない、しかも賞金首リストもみていないのだろう。ランスロットが湖から帰ってきたら仕事に誘おうかと考える。
「摂政トレイン様は被害に心を痛ませ!! 四天王であらせられる鋼糸のアラクネ族長に相談された。そして!! 許可を得た!!」
「ネフィア、『鋼糸のアラクネ』て知ってる? 俺は知ってる」
「さぁ?」
「おい!! おい!!」
「だ、だって……ね? 知ってるのと知らないのが混在してるの」
「はぁ~職務怠慢だなぁ」
ぼそぼそと話ながら。ダークエルフを見る。金額はいい仕事のようだ。さぁ重要なその内容はなんだろうか。
「アラクネの絶滅をアラクネの族長が許可した!! 故にあの者たちは魔物であり我らの敵である!! 一匹倒すごとに賞金を出そう!! 兵団が到着し、包囲する。自由にしてもらってかまわない!! さぁ冒険者!! 狩りの時間だ!!」
「「!?」」
自分はネフィアと顔を突き合わせる。酒場の冒険者達がパーティを組み。出発の準備を行っている。
「ネフィア。俺たちはすぐに出よう。運が悪いことに徒歩でも行ける場所に巣がある」
「う、うん!! 湖に行こう!!」
湖にいるリディア殿が危ない。自分達はすぐさま酒場を後にした。
*
僕は答えを決めきれずに時間だけが過ぎ。彼女と別れた。
「はぁ………僕はなんと情けない」
アラクネと言う魔物であることで冒険者に狙われている彼女を護って行くこと。彼女を無理矢理、人のように生活させる事の難しさや。果たしてそれが幸せかを悩ませる。自分の好意で決めるわけにはいかない。そう思ってしまう。
「親友なら、きっと。『護ってやる』と簡単に言うんでしょうけど………僕に果たしてその力があるか?」
答えはない。わかっている。親友のように魔術が得意じゃない。親友のように知識があるわけではない。親友のように力強くはない。
そう、彼は長い年月をかけて……それが使命として本気になって鍛えた。僕は胡座をかいていた。その差は山と谷の違いがある。
「彼が何故強いかを再確認出来たよ」
自分ならどれだけ時間がかかるだろうか。それまで彼女はリディアは待っていてくれるだろうか。
「ランス!! リディアさんは!!」
「ランスロットさん!! リディアは!!」
「ん……二方……慌ててなにかありました?」
彼らの真面目な表情で、何かしら状況が悪いことを察する。
「ランス。落ち着いて聞いてくれ」
「はい………なんでしょう」
胸がざわつく。自分は選択を迫られている気がした。
「ランスロットさん。魔国でアラクネ族を魔物とし、討伐指令が出されています」
「そ、それは!!」
「四天王、アラクネ族長が許可を出して危険の排除に乗り出しました。特に集まって巣を作るアラクネが対象でしょう。そう、ちょうどここに住んでいる者を対象に」
今までうやむやだった事が今になってはっきりとした問題として魔国で決定された。それはつまり。
「リディアは魔物として討伐されます‼ 巣に兵団が囲んでいます!!」
「く!!」
「ランス!!」
僕は剣を握り締めて走り出した。時間は残されていなかった。今ある力でどうにかしなければならない。
*
「ランス!!」
「トキヤ、待って‼」
ランスロットを追いかけようとする彼を引き留めた。腕を強く握って引っ張る。
「何故!! あいつは昔と同じ事をするぞ!!」
「違う!!」
「違う? 何故だ?」
「そう!! 彼は昔に剣を振ったのは失望と若さの過ち!! 今回はあなたと同じ理由で剣を握ったの!!」
「じゃぁ………追いかけて一緒に戦えば!! 冒険者にやられるぞ‼」
「私たちが行っても同じ!! トキヤらしくない!!落ち着いて‼ リディアは助けるよ!! 絶対に彼は!!」
「………確かにあいつなら」
「トキヤ、今私たちがしなければいけないことは逃げ道を作ること!! 私たちにしか出来ない!!」
「ああ、そっか冷静になった。そうだな、退路は必須だ」
「信じましょう。王子さまを」
私たちは、展開している兵を偵察することした。
*
私は自分の巣で頭を抱える。「一緒についていく」と言ったことを後悔し始める。悲しいことに彼を悩ませ苦しめてしまった。
「今さら、大丈夫なんて………言いたくない。ついていきたい。けど、悩んでしまう」
胸のなかにハッキリしない気持ちがクルクルと回転しているようで。胸のなかに雲があるかのようなモヤモヤとし、苦しめる。
ドンッ!!
「そっちいったぞ~!!」
「ファイアーボール!!」
「木を燃やせ!!」
今日は外が騒がしい。気にしていなかったのだが次第に叫び声が聴こえ恐る恐る私は巣から顔を出す。
「!?」
そして驚いた。眼下で炎が上がっていたのだ。木々が燃え上がり巣を焼こうとする。目の前に仲間達が巣から逃げ惑う。
「これは!?」
眼下で激しい戦いが行われていた。色んな種族が私たちと戦う。木々を斧で倒したり、炎をつけ巣から私たちを地面へ降ろして剣で戦う。
何人もの冒険者が腹を裂かれ、絶命しながらも私たちアラクネも足を切られ腹を裂かれ、首も落とされていく。そう、狩り合いがそこで行われていた。
「あっ」
私は恐怖する。仲間の死を見た瞬間に死んだら彼に会えなく事を理解し逃げようと違う木々に乗り移った。
「逃げなくちゃいけない!!」
仲間たちは巣を焼かれ、怒り、冒険者を殺しに行く。私は巣に未練がない。飛び移った木々が斬り倒される前に移動しようとした。その瞬間。
「あそこ!! ファイアーボール!!」
「うぐぅ!!」
火球が腹に当たり爆発。地面に落ちて転がる。痛みはするが致命傷には程遠い。だが、倒すのが目的ではない。
「前衛二人はお願いします!!」
「姉ちゃん任せな!!」
「ええ、行きます!!」
「あれ? 服を着てますね? でも、いいでしょう!! 詠唱始めます!!」
3人。耳の尖った種族2人と人間の冒険者が私に向かって殺意を向ける。やるしかない。
「よくも、叩き落としてくれ…………たな………」
何故か、口調が尻すぼみする。3人、そう3人だ。倒せる筈。だけど、体が緊張する。3人の人生を奪う事に躊躇いが生まれた。
「あぐぅ!! くぅ!!」
「逃げるぞ。追う!!」
「はい!!」
私はもう殺したくない。殺したら……彼に嫌われるかもしれない。
「足止めします!! ファイアーウォール!!」
炎の壁が邪魔をし。その場に私は立ち止まる。炎の壁が彼等と私たちを囲む。前衛の二人が大剣を握り直し、距離を詰める。
「ひぃ!?」
「さぁ……行くぜ!!」
「はい、左右から挟みます!!」
私は、泣きそうになりながら。頭を抱える。殺さなくちゃ死ぬ。でも殺したくない。でもでもと思考が回る。
「どうしたら、いいの? ランスロット………助けてよ………」
「ランスロット? 服を着ている………もしや!?」
「おい、止まるな!! 俺からいく援護を!!」
「あっはい!!」
右側から、耳の尖り毛並みがある男が剣を下段に構えながら走ってくる。
「右足は貰った!!」
「リディアアァアアアアアア!!」
ドンッ!!
「ぐげっ!!」
「おやっさん!!」
私は吃驚して口に手をやる。目の前に炎で燃えている背中に見覚えがあるからだ。そう、彼は炎の壁を越えて私を庇うために体当たりをし、彼を私から突き放す。肩が上下し、顔を下げて荒く息をする姿はここまで走ってきてくれた事を知らせてくれた。
「げほげほ!! 獲物の横取りは許さねぇぞ!! ランスロット!!」
「はぁはぁ…………うるさい、こいつは僕の…………知り合…………いいえ」
一瞬の逡巡。そして………彼は叫んだ。
「僕の女です!!」
剣を引き抜き、真っ直ぐ構える。私より小さい背中が強く、大きく見え、目の前が滲む。初めて熱い物で瞳を濡らす。内から溢れ出すこれが何なのか、すぐに私は理解した。うれし涙だ。
「ランスロット!? 君が言っていたのは彼女かい!?」
「ええ、そうです。僕のパーティメンバーのリディア・アラクネ・アフトクラトルです」
「ランスロット坊主、そいつは魔物だ」
「ええ、元魔物です。ですが僕だって元皇子。今では、同じ冒険者です」
「ら、ランスロットさん!! そんな!! あなた……えっと格好いいあなたがそんな!!」
「文句は剣で伺いましょうか? いいですよ、騎士として正々堂々、受けて立ちましょう!!」
「ちぇ!! 行くぞ!! こいつとやっても金にならん」
「そうですね。早く他を探しましょう」
「ランスロットさん………憧れてたのに………」
口々に不満を言いながら、彼らは次の獲物を探しに行く。
「はぁ、久しぶりの味方殺しは避けられたね。全く僕の運命と言うやつは……」
「ランスロット……」
「リディア。話は後で今は逃げましょう……ん? 泣いているんですか?」
「はい……嬉しくって……止まらないんです」
「そうですか。しかし、今は我慢してください。僕が責任を持ってあなたを逃がします。ついてきてください」
「………はい」
私は涙を拭いながら彼について行く。
*
私は機を伺う。ダークエルフの二人組が立ってアラクネを見張っている。そこをトキヤが一人の背後に忍び寄り、口元を押さえて気絶させた。
すぐさま引きずって木の裏へ隠す。私は顔を隠してもう一人の前に出る。
「はい!! こんにちは!!」
「だ、誰だ!? んごぅ!? んん………」
「よし、気絶したな」
手早く、もう一人も気絶させ、木の根本に転がせる。遠くで人の叫び声等、騒がしい音が木々を反響させ、凄まじい戦いなのが連想出来る。
「本当に闇討ち得意だねトキヤ」
「本職ですから」
「じゃぁ、彼らを呼ぶね」
「ああ、俺は再度。周りを確認してみる」
私は即席呪文を唱える。
「………ん。音拾い」
「見つけたか?」
「僕の女です………だって!! リディア、啜り泣いてる。終わったら声を伝えるよ」
「いい所だったんだな~」
「愛の告白だよねこれ?」
「まぁ……告白だな。いいのかよ……一応、許嫁いるのに。あっいないかもな犯罪者だから」
「どっちかな? でも……いるんだぁ………うん。収まった」
私は騒ぎが収まった瞬間に音を伝え。誘導する。すると彼らが木を避けながら向かってくるのが見えた。
「ありがとうございます。さすがトキヤですね」
「発案はネフィアだがな」
「うんうん。リディア、ランスロット。おめでとう」
「「?」」
二人は首を傾げた。
「ネフィア。先ずはここを離れるぞ。話はそれからでも遅くはないさ」
自分達は合流し、そのまま都市を目指すのだった。
*
私は都市の外壁で暖を取りながら話を始める。アラクネはほぼ滅ぼされるだろう。しかし、ここに一人のアラクネだった者がいる。
「私はこれからどうすればいいの?」
「僕もどうすればいいか。悩んでいたんですが答えが出ないです。すいません不甲斐なくて」
「私もない」
「ネフィア、私を唆して「彼と一緒に旅をすればいい」て言ったじゃない!!」
「言ったけど‼ 言ったけど‼ ごめん!! 結ばれたらいいなぁしか思ってなかった!!」
「結ばれた? 結ばれたとはなんですか?」
「えっ? ランスロットは僕の女だって言ってたよ? ねぇ?」
「ははは………聞いてたんですね」
「僕の女は? どういう意味ですか?」
「ええ~気付いてない!? あれだ!! 人間の求愛の言葉だよ‼」
「!?!?!?」
リディアが顔を押さえ、ランスロットを見る。
「はは、ええっとそうだね」
「私もランスロットならお受けします」
「おめでとう‼」
二人が幸せそうで何より、何より。
「おい!! 見つめ合うよりも先ずはこのあとどうするかだ!! 童話の王子さま姫さまは結ばれてチャンチャンだが。これは現実。続いていくんだぞ!!」
「「「……」」」
沈黙。そして、3人ともトキヤを見つめる。
「視線が俺に集まってますが?」
「トキヤなら、僕よりも上手く立ち回れる。お願いだ。教えてほしい」
「トキヤ、私も。勇敢なる者としてきっと妙案が浮かぶと信じてる」
「ネフィアの夫さま。私は魔物です。何かいい方法があれば………ランスロットにご教授をお願いします」
「お、おう」
「トキヤ」
「トキヤさん」
「トキヤさま」
「ちょ、ちょっと待て…………わかった!! わかった!!」
「さすが親友」
「さすが私の夫さま♥」
「さすがランスロットの親友でありネフィアの夫さまです」
「……………ちょっとはお前らも考えような?」
トキヤが溜め息と共に考えを話す。そして、自分達はダメ元で行動をするのだった。トキヤしか出来ず。勇者とは程遠い行為だが、これほど彼が似合う行為もないと思われる。
*
ギルド長の部屋。煙たい空気の中、婬魔のような悪魔のギルド長に話をする。私はトキヤの背後に隠れ。顔だけ出す。険しい顔のギルド長にちょっと私はビビっている。
「アラクネを冒険者に登録しろだと? 正気か?」
「魔王を嫁として連れている彼に正気を疑いますか?」
「………それもそうか」
「何で私を連れてると変人扱いなの!?」
「おい、俺を変人扱いするな。かわいいじゃないか? この代の魔王は」
「トキヤぁ~。そうだよ!! ただの夫婦だよ!! 普通だよ!!」
「…………………のろけるなら、つまみ出すぞ」
「あっ………それはダメかも」
「ネフィア。少し黙っていてくれ」
彼が真面目に話をする気になったらしく。底冷えする声が響き渡る。
「つまみ出すならこの都市は崩壊させるぞ。魔王軍を唆して破滅させてもいいし、俺が暴れまわってもいい。都市の壊し方は知っている。やめてくれよ? 史上もっとも多くの人を殺し都市を壊した個人になりたくはない」
私が背筋が冷えてしまう。やりかねないっと思ったからだ。見ている。彼の最上級の魔法を。あれをここで打つと………きっと都市は姿を保ちながら悲惨な状況になるだろう。ランスロットは彼に任せているのか一言も喋らない。
「ほう? 私に脅しをかけると?」
「脅し? 脅迫? いいや、これは命令だよ。竜狩りって知ってるだろ?」
「はん、そこのランスロットも竜狩りだ。精々、人智は越えないがな」
「鋼竜ウルツァイト」
「ほう………なんだいそれは?」
「俺が狩った。エルダードラゴンだ。ご存知ない? 『自分自身と混ざった竜を狩った』と言うのも変な気分だがな」
「………」
ギルド長の顔に一筋の汗が滴る。実は気付いているのだろう。トキヤの強さに。現に賞金首を何人もお金に変えている。
「まぁ、今回だけしか無理は言わない。それにそっちだって魔王の情報を売ったりしてたんだ。本来なら殺すけど、見逃してあげている。それに簡単だろ? リディアと言う名前の冒険者証明書を発行し押し印をするだけさ。悪い話じゃないだろ?」
「…………はぁ。金をくれ。やる気がでない」
「ありがとう。ほれ、金一袋だ」
腰につけているお金を酒が置かれている丸テーブルに置いた。
「畜生。悪魔め」
「ははは、知らなかったか? 人の皮を被ってるデーモンだよ。当たりだ」
嘘は言ってない。嘘はデーモンみたいに強いこと。
「さぁ、表で待とうぜ。ギルド長、英断ありがとう。君はいいギルド長だ」
私は思う。夫が敵ではなくて良かったと。その気になればトレインも殺れるだろう。
「君が親友で良かった。敵ではなくて本当に良かった」
ランスロットも同じこと思っていた。
「今は敵じゃないだけだな」
「脅かすのはやめてくれ」
「事実」
「ふむ………冒険者トキヤ」
悪魔のギルド長が立ち上がり、トキヤの目の前へ立ち上から下を舐め回すように見る。
「せっかくだ。1日、夜はどうだい?」
背後にいる私は顔を出し、怒り声を出す。唐突の告白で私は声を荒げて睨み付ける。
「おい、いまなっつった? ゆうてみぃ?」
「あら、魔王さん。彼を一日貸して欲しいんだけど?」
「あん!?」
「まぁ意思はトキヤから、聞くわ。ねぇ~こんな子ばっかりよりたまには違う味も良いわよ」
「おい、人の夫を誘惑するな。切られたいか? 殺されたいか? 燃やされたいか? 好きなの選ばせてやる」
「あなたには聞いてないわよ。冒険者職務放棄の威を借る女狐さん」
「ぐるるるる!!」
「ギルド長。お断りします」
「あら、残念。いい男なのに遊ばないと勿体ないわ~」
「へへ~ん!! 私がいるもん!!」
「まぁ、そういうことらしいので」
「人の夫ほど美味しい物はないのに。残念」
「悪趣味め」
「いい趣味だと思うわ?」
「目の前に奥さんが居て。一晩どうって言うのいい趣味ではないです!!」
「ふふ、悲惨な状況が美味しいのよ。目の前で奪われたら泣くでしょ?」
「奪え返す。目の前で、こうやって」
「んぐっ!?」
顔に勢いよく口を合わせる。私は見せつける。
「キスして仲がいいことを見せつける。婬魔の力でね」
「ふ~んあなたも中々の悪魔ね。まぁいいわ、発行してあげる。これっきりよ」
「ネフィア………時と場所をわきまえろ。うぶなランスロットが角で縮こまっているじゃないか」
「婬魔にそれを言うの? ごちそうさま♥」
「私も、あなたみたいに一人の男性を愛するべきかしら? さぁ仕事するから待ってなさい」
ギルド長が証明書の金属板を用意する。トキヤがそれを受け取り、偽物かを丁寧に確認した。しっかり、確認する彼。ここで私は帝国のあの日の事を、懐かしい思い出を思い出した。この一連の行動は全く勇者らしくなく、今はそれも含めて大好きである。
§
私たちは壁の外で待っているリディアに冒険者の証明書を渡す。思い出すのは最初の時、彼から貰ったこの一枚。どれだけ、私の助けになったのだろうか。その一枚がまた幸せを生むだろう。
「これは? ただの鉄板?」
私は笑う。その懐かし意見に答える。
「それはね。この世で冒険者と認められた人の証明書。貰って来てくれたんだ彼が。これで僕と同じ冒険者さ」
「この鉄板で冒険者に?」
「リディア、私も最初はその鉄板の素晴らしさを知らなかった。知ってからは手放せない。身分を証明し、都市に入りやすい証明書の一つだから無くさないように」
「これが………」
両面をくるくるし見る彼女は疑っている。最初はそんなものだ。
「さぁリディアお嬢様。ご案内させていただきます」
「ランスロット変なの。でも………悪くない気持ち」
「トキヤ~」
「こっち見てもやらないからな………」
「トキヤぁ……」
「指を咥えない」
「うぅ~ん」
「甘い声出して、ねだらない!! はぁ、はいはい。お手をお取りしましょう。お嬢様」
「うん!! くるしゅうない!!」
トキヤに手を引っ張られながら衛門へ行き、この前騒ぎを起こした時にいた衛兵に挨拶する。
「こんにちは~」
「……またですか? 一応賞金首でもあるでしょうに……」
「今度は違うぞ!! ほれ!! その証明書を見せてみろリディア!! さぁ!! あれが目に入らぬか!!」
私は胸を張ってリディアを指をさす。
「…………ぼ、冒険者!?」
「さぁ!! 衛兵!! 通せ!!」
「本当にすいません。うちの嫁が」
深々とトキヤが頭を下げる。
「えっ!? トキヤ!?」
「えっと、そうですね。気苦労お察しします」
「そちらも、では……まぁ色々ありますが通ります」
「問題を起こさぬようにお願いします」
「トキヤ!? 今、謝ったよね!? 謝ったよね!?」
トキヤの裾を掴んだ。迷惑かけている気はしてたがあまりの扱いに驚く。
「冒険者証明書を見せびらかせて衛兵を馬鹿にしてるような行為を謝ったんだ。別に衛兵は手下でも何でもないからな。俺は魔物から門を守る彼らに敬意を持ってる」
「ああ、夫さま………なんとありがたいお言葉か……ありがとうございます」
「すいませんでした……」
私は衛兵に頭を下げて都市に入れさせて貰う。衛兵も部下に持ち場を任せて一緒についていく。さすがに魔物だから信用はまだないようだ。
*
騒ぎがあったが衛兵が鎮めたまま。酒場にやっとの思いで到着する。トロール用の扉を開けて酒場入った。
冒険者は出払っていて残っているのは出遅れたボッチぐらいだ。まぁ悲鳴をあげるわけだけど。
「悲鳴になれました。ランスロットの悲鳴を聞いてみたいですね」
「リディア、僕は悲鳴をあげないよ。きっと」
「…………ランス。おれは色んな悲鳴聞いたぞ? 昔に」
「君は黙ってて。見栄を張らせて欲しい」
「男だなぁ……おまえ」
「君もだろ?」
きっと、ランスロットは好きな人の前で見栄を張りたい男の子。トキヤはもちろん私の事が大好きな男の子。何となく、私にも分かる。
「リディア~ささっと登録しに行こう」
「はい!! これで私も冒険者!!」
道中で登録の方法は教えている。ささっと終わり、個人の情報が書き込まれるのだ。受付嬢がビクビクしながらも業務をこなす。さすが、プロ。仕事はこなす。
「書き込んで来ました」
「見せて………やっぱり最下ランクか~」
「トキヤ、懐かしいですね。僕が初めて冒険者になった時が」
「おまえが目を輝かせて両手で持ち。俺に見せて喜んでいた事か?」
ランスロットかわいい。
「ははは、そんなこともあったあった」
「その後、お前は一生の宝にするとか。俺とお揃いだとか、一緒に依頼をとか…………捲し立てられたなぁ~」
「トキヤ、すまない。過去話は止めよう。僕が辛い。ちょっときつい」
ランスロットが顔を赤くしながら額に手をやる。
「トキヤさん。ランスロットの過去を教えてくださいね」
「もちろん。いいぞ」
「リディア。程々にして欲しい。すでに恥ずかしい」
目の前でイチャイチャしだす集団に酒場の冒険者から冷たい目で見られる。その中でふと私は気が付いた。
「ん? リディアの名前が変わってる。リディア・アラクネ・アフトクラトル?」
「私の名前、長いですね?」
「ランスロット・アフトクラトル。アフトクラトル王家の名前を使っていいのか? 怒られないか? ランス」
「トキヤ。魔物らしい。いい名前だと僕は思うよ」
「………魔物の巣。帝国城内。まぁ魔物が生易しい世界だよな。貴族様は」
「ああ。本当に」
少なくとも、リディアより魔物が住んでいるらしい。帝国内は嘘でしょうけど。比喩だ。
「同じ名前……婚姻かぁ。ランス。気が早いな」
「僕は君の親友。似た生き方をするよ」
無邪気に笑うランスロット。
「そうか。頑張れ」
「頑張る」
「うーん。案外早く、くっついたよね~もっと何かあるか思ったのに?」
ウンウンと頷く私。
「ネフィア、アラクネの巣の襲撃が何かじゃないのか? 切っ掛けはでかいぞ」
「そうですよ? 私には劇的に世界が変わりましたけど?」
「チィチィ!! 甘い!! 普通のロマンチックな物語じゃん!! 例えばね!!」
私は目を閉じて両手で物語を歌うように話始める。
「ドラゴンを倒せる勇敢なる騎士が城に囚われた。弱体化薬によって女にされた姫を助け!! 刺客や、敵から護りながら旅をし!! ゆっくり二人は二人の事を知り、恋を知り。愛による苦悩を乗り越えて結ばれる方がロマンチックです!!」
何処かで聞いたような事を喋る。リディアが感激し私の両手をつかんでうんうんした。
「確かに!! それはロマンチックですね!! でも!! 私だってロマンチックな出会いでした!! ねぇ!! ランスロット!!」
「そ、そうだね。喰われる筈だった気がしますが……」
「ネフィア……それは実話だろ……」
「既視感。ああ、すっごーく既視感。なんて素晴らしい実話でしょうか。そう!! ロマンチックです~あれ~なんか~覚えがあるぞ~素晴らしい物語だな~なんだろうなぁ~」
チラチラ
「おまえの人生だ!! 知ってて自慢してるだろ!! アホか!! 恥ずかしいわ!! この口か!! この口がいけないのか!!」
私の頬をトキヤが引っ張る。
「あふぁ!! つまひゃないでぇ~つまひゃないでぇ!!」
両方のほっぺを引っ張り続ける。
「あっ………やっぱりトキヤの物語か。ロマンチックだけど。自分で言うのかぁ……」
「自分で言って恥ずかしいですね………これ。でも私も羨ましいとは思いました」
「ネフィアぁああああああ!!」
「ごめなやひゃ!! ごめなやひゃい!! 自慢ひしゃかったの!!」
そのまま談笑しながら時間が過ぎる。帰ってきた冒険者と一悶着はあったが。なんとか、リディアは認められたのだった。
§
今年、最後の日に都市は活気づいた。至るところで今年を労うために酒を浴びるように飲む人達が店に溢れ。歌い暴れている。
もちろん、ギルド直轄の酒場も冒険者でごった返しているし受付嬢などが酒などを運び儲けていた。元気がいい給司の女性の亜人は両手がふさがっているので胸の谷間にお金を入れて貰っている。そこに関しても皆が騒がなくただ静かにしていた。理由は彼女のせいである。誰一人言葉を発しない。
~~♪
綺麗なピアノの旋律と歌が冒険者を癒す。小麦酒より葡萄酒が売れている理由はきっと落ち着いて飲みたいのだろう。癒される音色にランスロットは驚いた。
「トキヤ。君の奥さん本当に多芸だね。歌が上手いのは才能だよ……」
「引きこもってるときはそれぐらいしか出来なかったらしいからな。まぁ全く気付かなかったけどな」
「わ、私の耳には恥ずかしすぎて………悶えそうです」
「ラブソングだけど。毎日、すきすき言われたら。嫌でもなれる。それよりか、旋律を楽しむ方がいい。歌詞が耳に入って来なくても楽しめるからな」
彼女は年相応の少女である。だからこそ、あんなにも激しいのだ。いつか落ち着く日がくるだろう。
「毎日、君は幸せだね」
「ああ、そうだな……狙われてるけど」
1日数回、必ず好きと言われて、二人のときだけの濃厚な絡み合い以外、平和であり、落ち着いている。
「ふぅ~おひねりください」
歌い終えたネフィアが屈託のない笑顔で両手に灰皿を持って……ゆっくり床に置く。灰皿一杯に硬貨が投げ込まれ、溢れたり弾かれたりした。非常におひねりは多いが当然とも言える。
何故ならピアノの音さえも魔法で表現し、誰の耳にさえ遮ることなく音を届ける彼女はそこらの歌手とは一線を越えて存在感を示したのだ。
「お姉さん。君はオペラハウスへ行くべきだ」
「全くだ!! 来年、オペラハウスで春前に歌手等の募集があるから行くべき‼ ファンになるよ!!」
「えっと。そんなに褒めてくださりありがとうございます。そろそろ喉が疲れました。ふぃ~」
「にしても……大浴場であったけど本当に婬魔?」
「そそ、こんな。汚れを知らない歌声を持つのに婬魔なんだよなぁ~」
「ふふ、婬魔ってすごいでしょ? これからは婬魔の子に会いましたら。愛してみてください。きっと素晴らしい子になりますよ」
「そうかぁ~ちょっくら探してみるかなぁ~!!」
ネフィアが男たちに囲まれて、会話をする。別にセクハラとかじゃなく。女友達のような軽い絡み合い。しかし、それを睨んで見つめる女性の冒険者たち。
ネフィアは色々と女性に喧嘩を売られる程、嫌われているが、ネフィアはそれを知ってて気にしてないようだ。ネフィア曰く、女性の性らしい。俺にはわからない。
「いいよなぁ~君みたいな人が………あいつの嫁なんて」
「本当に羨ましいが………」
「ふふ、皆さん。頑張って彼みたいに竜狩りまでになりましたら。きっと、いい人に出会えますよ。応援してます」
「ああ、彼。そんなに強いのかぁ。そうだよな~賞金首を護る程だもんな」
「そうか。俺も頑張ってランクあげて君みたいな人を探すよ‼」
「やっぱ、冒険者でも出会いはあるんだ‼ 頑張ろうぜ‼」
「皆さんファイオーです。お悩み、女の子の気持ちとか、色々相談に乗りますよ? 女の子の気持ちとか男の気持ちとか知ってますし」
「はは、本当に男の気持ちとか知っててすごいよなぁ~」
「そそ、男の好きなもの分かってるのは流石だなぁ~フェチは大切だよ」
「そうですね。フェチは大切です。あそこの夫もいっぱいありますから」
「へぇ~」
「ネフィア。お前が暴露するなら嫌いになるぞ?」
嘘でも、彼女はオドオドしだす。廻りも嘘なのがわかっていてニヤニヤする。
「お、脅しは卑怯な………」
「本当に仲がいいよなぁ~いいなぁ~」
「いいだろ? 苦労して手にいれた俺の嫁だ。お前らにはやーらない」
「と、トキヤ!?」
「おお、暑い暑い。『まーたイチャイチャしてる』て怒られちまうぞ~」
「怒られるから。もう諦めて絡むわ~ほれーネフィア~」
「や、やめて!! 皆が見てる!!」
「珍しいな……恥ずかしがってるの」
「本当、本当!! いつも夫がーとか言ってる癖に」
「「「はははは」」」
酒も入り、和やかな空気のまま時間だけが過ぎていく。このまま、夜まで飲み。歌い、踊り。明日の昼まで祭りは続くのだった。
*
本当に僕の親友の奥さんは花があると思いながら。僕も隣の女性と葡萄酒を頂く。
「…………はぁ~」
「リディア、どうしたんですか?」
「ネフィアは花があって、綺麗で、羨ましいですね。歌もうまいし…………私は何もない…………」
「綺麗だよ、リディア。君には僕がいる。何もないわけじゃない。僕は君だけの王子さまになる」
リディアが顔を手で押さえて唸る。僕も恥ずかしいが。親友を見ているとあれよりかはマシだと思えた。
「ランスロット………そ、その」
「愛してるよ。僕だけの姫」
親友の口癖を真似る。彼は昔から何故、そこまでする理由をついに僕も手に入れた。
「服も似合っているよ」
親友の奥さんに選んでもらった服は白いニットのセーターであり。彼女の豊満な胸が強調されついつい目が行ってしまう。親友の奥さんは僕が何を好きかを理解しているらしい。恥ずかしいが………大好きだ。
「ランスロット。あ、ありがと」
「どういたしまして。姫様」
「や、やめて。姫様扱いしないで。私はそんな………事ない」
「リディア、君の名前は?」
「リディア・アラクネ・アフトクラトル?」
「僕の名前は?」
「ランスロット・アフトクラトル」
「そう。名家、アフトクラトルの皇子だ。皇子の奥さんが姫様なのは普通じゃないかい?」
「あ、あう………」
「頑張って慣れてほしい。これからもきっと名家らしい人になってもらう。僕のためにね。勉強教えるから」
「が、頑張ります‼」
リディアと一緒になってからわかった事だが。
「僕は君を独り占めにしたい」
親友のより僕の器は狭いようだ。
*
日が沈み、日付が変わる数分前。酒場で飲んでいた人達が皆。こぞって外へ出る。もちろん、酒が入ったコップを持って。中には、屋根に上がる人もいる。そう、私たちみたいに。
「すまない、僕たちは別の場所で見るよ」
「ランス? どうしてだ?」
「君は本当にわからないのかい?」
「んんんん………二人きりがいい?」
「そう、正解。リディアと二人で見るよ」
「わかった。また明日な」
「数十分後にね」
「トキヤ!! あっち行こう!!」
「ああ」
屋根を飛び越えて端の方の屋根へ渡る。他にも酒を持った亜人達が各々空を見上げていた。月も欠けた夜。夜風が冷たいのか、色んなカップルが抱き合っている。
「屋根へ上がるのは………恋人同士ばっかりだよ」
「なんで?」
「それは、二人っきりの世界だから。ロマンチックなの」
「へぇ~どうでもいい」
「知ってる。これはね、女の子が喜ぶ事だから。覚えるように‼」
「はいはい」
自分達も横にくっついて空を見上げる。月明かりだけが自分達を照らす。
「トキヤ、今年は色々あったね」
「本当にな……たった数ヵ月なのに」
「私は、生まれて一番の年になりました」
「それは、良かったな」
「うん、ありがとう。女にしてくれて。城から連れ出してくれて。そして………お嫁さんにしてくれて」
「喜んでくれたなら、幸いだ」
「トキヤ、こっち見て」
「ん?」
「すーき………ん」
振り向いた瞬間。柔らかく暖かい感触が触れる。それは、何度もやってきた事だが。何度でも飽きない行為。深く深く結び付いて。そして、離れる。
「…………はぁ」
ネフィアの顔が少し惚けている。
「トキヤ、来年もよろしくね」
「もちろん。よろしくな」
「………私って幸せ者だなぁ」
首を回しながら、彼女は笑う。美しく、綺麗に。自分だけに向ける笑顔。
「好きな人と年を一緒に迎えられて、そして一番始めに年初めに挨拶できるんだよ~幸せ者です」
「はは………照れるなちょっと」
「ふふん~♪よっと!!」
彼女が自分の足の上に乗り、首を回して姫様抱っこのような形になる。
「あと、数秒間だね。来年もいい年になりますように」
「いい年にしてやる。安心しろ」
「ふふ、うれしい。信じてるよ、私だけの勇者様」
ネフィアが言い切った瞬間。上空に炎の魔法弾が打ち上げられる。年が明けた。夜空に幾多の炎が舞い上がり、破裂し花を咲かせる。
いつも見た瞬間、感じる。遠い懐かしさと共に魔法で色々な色を出す花火にいつも心を奪われる。爆発の衝撃音が体を揺らした。何発も打ち上げられ破裂する音が心地いい。
「魔法使いの夜」
「ネフィアは初めてか?」
「いいえ、鳥籠の窓から眺めてました」
「そっか、今年も派手だな。帝国も何処行っても」
「だって、魔法使いの魔力を全力で打ち上げて誰が一番かを競うのでしょ? 力一杯だよ。派手に決まってる」
魔法使いの夜。魔法使い達がばか騒ぎする夜。誰にも咎められずに夜空に魔力尽きるまで魔法を打ち続ける行為。そして、誰が一番最後まで残るか、一番綺麗かを競い。楽しむ遊びだ。
花火の魔法は人に向けてのそこそこの威力だが。見た目重視のためあまり実用性はない。だが、皆が認める素晴らしい魔法だった。
「きれいだね~」
「ああ、綺麗だよ」
「トキヤ………花火見てないじゃん。私を見ても何もないよ?」
「ああ、綺麗だよ」
「………バーカ」ぷい
「照れてるなぁ」
「不意打ち!!」
彼女が腕のなかで悶える。かわいい。
「………明けたね。今年も一年よろしくお願いします」
「ああ、今年もよろしくお願いします」
「へへ………トキヤ。花火の魔法教えて」
「ああ、教えてやろう。人に向けるなよ。死にはしないが痛い」
呪文を口頭で伝え、彼女は自分から離れて空に向かって手をつき出す。大きな炎の玉が打ち上がる。
「愛を想えば………」
打ちあげられ、みるみる上がる。
「えらい、上へ行くな」
「私の愛は天井知らず‼」
「あっそ」
「ええ!?」
「にしても………高いなぁ」
「そろそろだよ」
ドゴーン!!!
重たい音と共に膨大な花が夜空を彩る。大きな大きな花が咲き誇る。そしてハート型の花弁となって舞い。夜に消えていく。
「はぁ~魔力は一級品だ。まぁちょっとハートが余計かな」
「一番重要。でも、私自身。驚いてる………胸の内から力が湧いてくるの」
「才能が開花したかな? 魔力使えば上がる奴もいる」
「開花しましたので。これからも愛でてくださいね」
「わかったよ」
その後は、仲良く抱き合って空を見続けた。
§
年始が明けた数日後。私たち二人は旅の準備を行った。そして準備中に忘れていた事を思い出したのだ。思い出したきっかけは冒険者ギルドでギルド長とブタ鼻の屈強な商人のオークが言い争いをしていたことで思い出す。
「あっ!! 送金!! 送金忘れてた!!」
「ネフィア。忘れてたのか? 俺はてっきりもっと貯めてからと思ってたけど」
「もう十分貯まったよ‼ 一括支払い出来る!!」
賞金首に感謝してる。ありがとう、命を、お金をくれて。そのお金を商人に渡して送るのを依頼しないといけない。ヘルカイトに借金しているのを返さないといけないのだ。
「にしても、何を言い争ってるんだ?」
「音拾い」
耳を済ませて二人で音を拾う。
「何故だ!! 誰かいないのか‼」
「庭師を呼べ!! 庭の木なんか冒険者でどうこう出来るわけがばいだろ!! 庭師がいるだろ!!」
「庭師が無理だって言うんだ!! だから、なんとか出来るのを探せ!!」
「アホか!! 木なんか知るか!!」
「金なら出す!!」
「無理なもんは無理だ‼」
なんとも、水平線の口論だ。ただ、あのオークに何故か。小さな光を感じ、その必死さからか私は彼に近付いた。背伸びをしてオークの肩を叩く。
「ん?………あんた。魔王さんか? 人違いならすまない」
「ご、ご存知で。正解です」
バレバレなのは仕方ないがこう、なんとも有名人すぎじゃないかな。
「ああ、やはり。商人ではもう噂が出回ってる。『魔王城を追い出された愚かな魔王がいる』てな」
「そうそう愚かな魔王です。そんなことよりも揉めているようでしたけども?」
ギルド長に目線をやった。肩を透かしながら説明してくれる。
「はぁ、こいつが庭師を探してるんだ。全く、ここは冒険者の集う場所。そうそう、いるわけないだろ?」
「彼、庭師」
「ネフィア!?」
「なに!? 彼が!!」
「…………ああ、いたなそういえば。後は任せた」
ギルド長がやっかい者を押し付けて姿を消す。私は、一応希望を持つ勇者に頼むことにした。何とかしてトキヤと手を合わせて念を送る。
「ネフィア!! 嘘もたいがいに………」
「君!! お願いだ!! お金は幾らでも払う!! 頼む!! 頼む!!」
「はは……はは……やっべー断りづらい」
オークがトキヤの両手をつかんで懇願する。そう、まるで藁をつかんだらかのような喜びようにトキヤが頭を抱える。
「トキヤ、ちょっと呼んでいる気がするから。付き合ってあげて」
「ネフィア………ああ、わかりました。庭を見せてください‼」
「ああ!! ついてきてくれ!!」
オークに連れられ私は酒場を後にした。
*
オークの名前は「豚屋」と言う。豚屋とはそこそこの商売人として成功者の一人だったが最近は仕事をしていないのだと言う。仕事内容は流通らしい。流通とは商品の横流しを円滑に行う仕事だそうだ。開発等も追々やっていきたいとも言っているが今はやる気が出ないとも言う。理由はわからない。
「ここです。私の家だ」
小さな一軒家。隣も同じような作りの家が立ち並ぶ。しかし、違いが見てとれる事があった。小さな庭に一本の木が生えているからだ。
立派な小さな庭から出てしまっているが普通の木。枯れてしまったのか、冬のためなのか葉を見せない。
「依頼の木はこれですね」
「ええ。一年間ずっと葉を持っていた木だったんです…………彼女と別れてから、枯れだしたんですよ」
彼女とはいったい誰だろうと思ったが……その表情に愛しい人を想う気持ちが現れていた。オークという種族は愛深いのかもしれない。
「そうですか………」
「お願いします‼ この木をお願いします‼」
「わかった。俺でいいなら見よう」
トキヤと私が近付く。トキヤが見たこともないような魔方陣。赤黒い魔方陣を書き。見つめた。
「…………魂はある。生きているな」
「そ、そうですか!!」
オークが嬉しそうにする。私はふと、聞いてみようと思った。
「強い思い入れがあるんですね?」
もちろんといったような表情で語ってくれる。
「ああ、ある。豚屋として名前を変えたとき……いいや、ずっとここで住んでいるときからこの木を気に入っていたんだ。色々あったよ。しかしさ、彼女が出来てから目が離れていたんだ………きっと神様がお怒りになったのさ。彼女に振られ、この木も失いそうなんだ。苦楽を共にしたってのにさ」
話を聞いた瞬間。私はなぜ呼ばれたのか理解する。
「トキヤ。魂がある木は夢を見るでしょうか?」
「わからない。しかし、本当に弱っている。だが………魂は熱いな。力強い……」
「トキヤ。夢渡りで少し、気を失います。任せました」
「えっ!? ちょっと待て!! おい!!」
「夢渡り」
私は彼の制止を無視して、フッと暗闇に落ちるのだった。
§
私の耳に色んな声が聞こえた時間のように耳を過ぎていく記憶たち。
その記憶はしっかりしたものではなくただ。ただ。聞いただけの記憶。
しかし、そこに一際大きい声が聞こえる。
「ああ、ボロ屋だな。まぁでも始まりならここでいい!! 絶対豪邸に住んでやる!! まぁ木があるしいいだろう」
声の主は若いオーク。そう、記憶が理解している。トンヤだと。オークの青年だ。
「はははは!! 絶対、こっから大きくなって有名商人になってやる!! 必ず、なってやる!!」
若く希望に満ちた声が響いた。そこから、声が響き続ける。
「なんだろうな。見られてる気がする。お前が見てるのか? 木に話しかけても帰ってこないよなぁ。だけどこれからは同居人仲良くしよう」
「そうそう、俺は豚屋。名前も変えた。絶対『豚屋』て名前を広めてオークでも商売が出来る事を証明してやる。あの族長に戦い以外で強くなれる事を見せつける」
「まぁ、金持ちになったらもっと大きい家を買うからそれまでだな!! がはははは!!」
オークに笑い声がずっと響く。そして、彼が話し声がずっと満たされる。
「おはよう」
「ただいま」
「おはよう。ああ、今日は面倒」
「ただいま。めっちゃ疲れた」
「おはよう。行ってくる」
「ただいま。ああ、聞いてくれよ………あいつがな足元見やがるんだ。まぁ!! 一文も負けてやらなかったがな!! 一文って言うのは東方での硬貨らしいが!! 商売は向こうの方が上手いんだろう。海の向こう側だな」
「おはよう。今日は、休む。ちょっと枝を切るぞ」
「おはよう」
「ただいま………」
「おは………」
「ただ…………」
「お…」
「た………」
毎日、春の風が枝を揺らす日も。夏の美味しい日差しの日も。秋のゆっくり寒さが来る日も。冬の雪が枝に乗る日も。オークは夢に向かって努力する。
そして、私に何度も何度も話し掛け。愚痴とか嬉しかったこと悲しかったこと楽しかったこと辛かったことを何度も話し掛けてくれた。
「くっそ!! 聞いてくれよ‼ 好きだった人間の女性に告白したらさぁ~オークは無理だってさ‼ はは…………畜生。わかってるよ。鏡で見る俺は不細工だって。オークの男は不細工なのに、オークの女はなんで普通なんだろうなぁ………くっそ。体は鍛えてるからまだ自信があったんだがなぁ。まだまだ、異種が結ばれるのは珍しいんだろうなぁ~オークの女はいいけど………いや。おれが劣等感抱いてるだけだな……族長に見せられねぇ」
彼が悲しそう声で語る。
「ああ、そう。劣等感。劣等感を越えたいから豚屋を広めて胸を張りたい。自信がほしい。よし!! 勇気が出た!! ありがとうな‼ いっつも!! 聞いてるか知らないけどさ!! 聞いてくれて」
(聞いてるよ)
「まぁ、俺もお前が何かを考えてるかわかんねぇし気楽だよ」
(いつも、楽しく聞いてるよ?)
「よし!! いっちょ明日も頑張って行くわ‼」
(頑張って。応援してる)
私は驚く。木の声が聞こえだしたのだ。記憶の中で確かに声がした。
「今日は腐葉土とってきたぞ!! 土とこれを交ぜてって!!」
(ありがとう)
「本当にこんなとこで根を張って大変だよなぁ~ここ、庭しか生える場所がない。だから、栄養とか大変だよなぁ」
(ありがとう)
「さぁ、ささっと土に混ぜよう」
(ありがとう‼)
「ドリアードに聞いたから大丈夫なはずだ」
(……………………)
木は悲しむ。声が届かない。木は自分を呪う。木に生まれた劣等感で。悲しむ。
動ける体がほしい。喋られる体がほしい。木は願う。願う日々が続くのだった。そんなある日、彼の事業が波に乗り。声をかけてくれる事がなくなる。帰ってくることはなく。帰って来ても女性と一緒だった。
「へへへ!! 良い体だな」
「そう?」
「じゃぁ、やろうぜ」
「ふふ、愛してるちょうだいね」
(……………)
そして、数ヵ月後。
「畜生、冒険者め。くそ、くそ………」
「あら、豚屋。別れましょ」
「な、なに?」
「お金なくなちゃってもう用済み。婬魔だからさ。次いくねぇ~」
「死ね!! 出ていけ!! お金目当てで付き合ってたのか騙された!!」
「いいじゃない気持ちよかったでしょ?」
(……………)
数日後。
「畜生。なんで失敗したんだ畜生」
(……………)
「ああ、木か。久しぶりな気がするな。ボサボサになっちまって…………俺、疲れたよ」
一番太い枝に縄を括る。括った輪にオークは首を入れる。用意した椅子を蹴飛ばし首を吊った。
(ダメ!!ダメぇ!!)
バキッバキッ!!!!バギイイイイ!!!
「ゲホゲホ、えっ?」
木は自分の体を折った。一番太い枝が折れ。半身を失ったような気がした。
「ダメって言ったか?」
(……………言った)
「今、声が聞こえた気がした………ああ。枝が折れちまった。いや? これ? 折った?」
(………………)
「はははは。何だ、何だははは………意思あるじゃないか………ははははぐす……はははは」
オークは、その場でうずくまり。泣き出した。そして、立ち上がり。
「まだだ、俺には借金がある。まだ行ける。ありがとうな………」
(……………はい)
木は初めて恩を返せた気がしていた。そして、木は自分の枝を折るという行為が出来たことで自信をもった。
動ける。動けるんだと信じた。
*
「おはよう。昨日の面白い話で魔王が居なくなった話の真否を聞いてくるよ。勇者が出たってな。行ってくる」
ある日、私は彼を見送ったあと。数分後、自分を見上げていることに気が付く。周りを見渡す。春らしい、風が髪を撫でる。髪。
「これは?」
小さな体。足がある。手がある。そして、彼が好きな胸もある。全裸で、立っている。
「服、着なくちゃ。鍵はここ」
自分の木の根本に落ちている鍵を拾った。豚屋はいつもここに置いている。忘れないために。無くさないために。不用心だが誰もまだ盗みに入ったことはない。家に入ると先ずは鏡を探した。
「あった…………ん………」
鏡を見つけた次は彼の大好きな肖像画をベットの下から拾う。部屋の中はなんとなしにわかる。
「ん、ん」
肖像画は彼の初恋の相手。女々しいだろうが捨てられない理由がある。これを見て劣等感を抱き。努力の活力に繋げているのだ。
「ん~」
鏡と見合わせる。緑の髪以外は似ていると思う。名前はベルらしい。しかし、私とは違う。だぼだぼなオークの服を着ながら。名前を決める。何故か浮かんだ名前はエウリュだった。
「私はエウリュ。私はエウリュ」
言い聞かせ、彼の帰りを待つ。長い時間を過ごしていたが。これほど待ち遠しく。時間の流れを遅く感じるのは初めてだった。
*
「ただいま。やっぱ本当に魔王は倒されたらしいな。でも『トレイン』て言う大悪魔がいてなんとかなるらしい」
「………おかえり。そして、ありがとう」
「えっ!?」
木の裏から、私は顔を出して。念願の一言を伝えたのだった。
§
私を彼は家にあげてくれた。彼の寝室に座る。
「君はいったい何処から?」
「わからない。気付けばここにいた」
「服もないのか? 身寄りは? あっいや。奴隷の印はないな」
「………」
彼を見つめる。いままで通り。見つめる。
「あっ……そこまで見続けられるとなんとも。はぁ~君は誰だい?」
「エウリュ」
「エウリュちゃんだね。はぁ~どうしようか~」
「お家に置いて」
「………わかった。身寄りが見つかるまでな」
「うん、ありがとう」
彼は驚いてた。その姿が新鮮で。ずっと見ていられた。それから私は彼との同棲を始める。ご飯は、いらない。変わりに自分は自分の木の手入れをする。
服も買ってくれた。また、恩が出来てしまった。
私は本も読めた。常識だって長い時間を見てきたので分かり、すぐに慣れる。
「おかえり。今日はパスタです」
「ああ、ただいま」
そして、彼に一番始めに挨拶できる喜びと会話ができる喜びを噛み締めていた。
「えっと、エウリュ。食べてるところをそんなにジロジロ見られると食べ辛い」
「うん。でも、見てる」
「はぁ、見てて楽しい?」
「楽しい、会話も楽しい」
「そうか………ええっと」
「エウリュね。豚屋を応援してる。いつかきっと誰よりもスゴい商売人になること信じてる。そして、この家を旅立つんだって知ってるよ」
「………ありがとう。応援」
「うん。あなたの夢が叶うといいね」
「エウリュ。君は俺のこと……そ、その好きなのか?」
「好き」
「そ、そっか……」
「商人なのに女の子の扱いは下手くそ」
「よく見てるな!?」
「見てる。だからさ今夜どうですか?」
「…………ごくっ。も、もちろん」
窓越しであの行為を横から見ていた私は悔しい想いをし、体があればと思っていた。また一つ願いは叶うのだった。
*
女を知った彼は商人として完成された。下品な会話から色んな会話を出来るように自信がつき、商談がうまくいく。そう、大きく花が開いたのだ。
彼はそれからも働いた。働き、夢に向かってお金を貯める。そんな中。
「はぁはぁ」
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫………あっ」
彼は倒れた。私は口を押さえて彼の名前を呼ぶ。力を振り絞り。彼を寝室へ運んだ。冬の寒さが彼を蝕んだのかわからない。蛇男の医者を呼び、診察を受けた。彼は、毒について詳しい名医。忙しい中、時間を見つけて来てくれたのだ。
「先生!! 彼は!!」
「………奥さん。ちょっと」
「は、はい………」
奥さんではないが。奥さんのふりをする。
「彼は誰かを敵に回したのかい?」
「えっ?」
「彼の血液から致死性の毒が検出された」
「そ、そんな!? で、でも毒がわかるなら………」
「血清は用意します。しかし、用意周到にゆっくりゆっくり殺すために長い時間。投与されたらしい。魔力で探りましたが肝臓等がもう………ダメです。ゆっくり衰弱してしまう」
「そ、そんな………」
「もう、長くはない。本当はもっと早くから気付いてただろうに……奥さん変なことはなかったですか?」
私は首を振る。
「………春まで持てばいいですが。お金があればお薬を用意します」
「お願いします………」
「…………力及ばず。すいません」
「…………いいえ」
「最後まで。看取ってあげてください」
「……はい」
医者はそう言って。診療所へ帰っていった。私は寝室に入る。窓を見つめる彼の横顔に胸が締め付けられた。
「はぁ………先生は何て言ってた?」
「何も言ってません」
「ははは、嘘はいけない。わかる。嘘をついている目だ。商人を騙そうとしない」
「………ごめんなさい」
「良いことじゃ無さそうだ。まぁ知っていたけどな」
「!?」
「夢半ば、嫌われ者でもやれることを示せた。ああ、裏切りにあったけど。まぁ相手は誰か何となくわかっている。出る杭は打たれただけだ」
「そ、そんな。まだ大丈夫だから」
「自分が一番ダメなのを知っている」
「つぅ………」
「嘘はいけない。いったいどれだけ時間が残っている?」
「春まで…………」
「春、狙ったな。4月、春先は酒が儲かる時だったのに。ああ、すまないすまない。商売人の癖だ」
「………あの。体の異変はいつから?」
「1ヶ月前から」
「何故、こうなるまで………」
「気付かなかった。あまりに君との生活で見失ったからね。すまない。心配をかけたくなかった」
「……………」
「好きって言ってくれ、夜だって色々してくれた。こんなオークのために何でも」
「そ、それは!! 感謝してるから………」
「感謝? 感謝するのは俺の方だ。ああ、幸せな数ヵ月だった。儲けるための理由があるのは良いことだ」
「…………」
「さぁ、短い余生を楽しもう。神が遣わせてくれた天使に感謝を。受け取ってくれ」
「これは?」
「女の子の扱いは下手くそだから。こんなになるまで踏ん切りがつかなかったぜ」
小さな木箱。中には緑の宝石が入っている。
「グリーンガーネット。君の緑の髪とよく似合う。好きだ。結婚してくれ」
「うぅ……う……」
私は、初めて。涙と言う物を知った。
*
彼はそのあと。毎日、毎日。喋り尽くした。後悔がないように生きたことを残すかのように私に何度も何度も話しかけた。そして、何度も何度も。
「ありがとう。幸せ者だ」
感謝の言葉を口にする。彼は少しづつ体の色つや等が悪くなる。部下だろうか何人も見舞いに来る。一人には彼が死んだら家に来ないかを誘われたが丁重に断り。帰って貰った。
息を引き取る前に机の手紙を読んで欲しいと言われた。私は約束を破り手紙を読んだ。彼の遺産相続と自分の事を忘れて幸せになって欲しい事が書かれている。
もちろん。私は手紙を破り捨てる。無理難題だからだ。
眠る彼に声をかける。彼の頭を優しく撫でた。
「聞いてくれてないかもしれませんね。立場が逆になってしまいましたね。私、エウリュはあの木なんです。気付いてましたか?」
「いつも、いつも、私に挨拶してくれましたね。声を出せない私に、毎日欠かさず」
「嬉しかったですよ。だから願いました。体を一つ。声を一つ。あなたに挨拶を返したい。いっぱい手入れしてくれた事を感謝したい」
「毎日、毎日願ってました。そして、叶いました。女神が微笑んでくれました」
「それからは本当に幸せでした。挨拶も出来る。感謝も出来る。でも、あなたは本当に感謝してもそれ以上に幸せをくださいました」
「生まれて一番楽しかった数十年。あなたの夢を追いかける姿が眩しく。美しく。応援出来たことを。そして、奥さんとして認めてくれたことを感謝します」
私は彼の口にキスをしたあと。体を持ち上げる。
「応援しています。最後まで見れませんがきっとオークの商人は素晴らしく大きい商人になるでしょう。信じてます」
「ありがとう。愛しのあなたさま」
私は自分の木に彼を押し付け、飲み込んだ。今なら、奇跡を起こせると信じて。
§
「ん……んん?」
「目が覚めたか?」
私は見たことのある天井を眺めていた。夢の続きかと思ったのだがトキヤの顔を見た瞬間にこれが現実であり、オークの家にいることを思い出させる。夢見は終わっていた。
「ええっと………」
ポロポロと目から雫が落ちる。最後の彼女の姿は何よりも気高く。美しく………そして悲しかった。
「何を見たかわからないが。勝手に寝ながら泣き出してたぞ」
「う、うん………そうだね。時間は?」
「2時間ちょいかな?」
彼女は今生の別れを惜しみながらも。何度も何度も彼との想い出を最後まで反芻していた。だからだろうか、長い時間がかかってしまった。
「ねぇ、オークの豚屋は?」
「木の手入れ。腐葉土を混ぜるんだそうだ」
「………そっか。彼は知ってるのかな?」
「何を?」
「あの木はドリアード。そして、彼の愛した女性。亜人です」
「なるほどな。それであそこまで甲斐甲斐しく手入れをするんだな」
「うん、そうだね」
姫様抱っこをほどいてもらい。私は立ち上がる。そのまま寝室に向かい目的の物を持って木の根本で見上げているオークの屈強な商人の場所へ向かった。
そして、声をかけた。まだ、終わってない。私が出来ることをしなくちゃいけない。そう信じて。
「豚屋さん」
「ああ、起きたのか? で何を見た?」
「エウリュ」
「何故その名前を!? どこでそれを!?」
「起きたのは最近ですね。豚屋さん。それも毒が一切ない」
「あ、ああ。最近だ。しかし、彼女はいなかった」
「気付いてませんか? その木が、エウリュ・ドリアードだと」
「…………やはり、そうか」
「確信は無かったのですね。いいえ、聞かなかった。木であってもどうでも良かったから」
「ああ、そうだよ。聞かなかった。エウリュはエウリュだ」
「残酷ですが。エウリュはあなたに生命力を注ぎ、治癒しました。自分の命を燃やして体を維持できなくなるまで。木の寿命を対価に」
「……………くぅ……どうして」
オークが膝をつき、四つん這いになる。頭は垂れ、悲しみに体を震わせる。啜り泣く声を聞きながら私は持ってきたものを渡そうと思う。
「これを。彼女は渡す気が無かったみたいですが。あなたには必要です」
彼が顔をあげて立ち上がりそれを掴む。一冊の分厚い本。
「これは………エウリュの字?」
「木は長い時間をかけ、文字を覚えていた。そして、熟考して勉強し。書として残した物」
「これは、商人の考察だ。的を得ている!?」
「彼女はあなたの話から導いた答えらしいです。失敗と成功の話をまとめた物。多く知っている知識のまとめです」
「何故、こんなものを………何故。渡さなかったんですか?」
「それは、応援したかった。夢を追いかける人に少しでも役に立つなら。しかし、彼女は信じた。この書かれている事よりもきっと。豚屋は理解し大商人になることを…………誰よりも願い、応援してるんですよ。今も」
「………それじゃぁ!?」
「そう、自分を犠牲にしてでも夢に向かって欲しい。彼女の声はそうなのです」
「あ、ああ………ああ…………」
オークが木に向かい合う。木は答えない。木は何も語らない。
「豚屋さん。奇跡を信じますか? もう一度だけ彼女に会いたくありませんか? いいえ、彼女と会話したくないですか?」
「したい………お願いだ!! 何でもする!!」
「わかりました。私の主人から依頼をお願いします。ちょうど商人を探してたところですから。では、最後の時を大切に………トキヤさん」
私はトキヤを呼ぶ。黙って成り行きを見ていた彼が近付いて抱き寄せる。
「お願いがあります。気を失うと思うので連れて帰って下さい。依頼説明もお願いします」
「ああ、わかった」
私は聖職者として奇跡の祝詞を唱える。そして、唱え終わった瞬間。体の奥から力が抜ける気がした。気を失うそう思った……しかし、気を失う最後に聞こえたのだ。
「ありがとう。女神様」
エウリュさんの優しい声がハッキリと聞こえたのだった。
*
自分は彼に依頼を承った。お金を預かった。彼女は眠るように彼に抱き抱えられて二人は去る。
その日の夜。エウリュが現れた、一糸纏わぬ体で。自分達は貪るように愛し合い。言葉も交わし。約束もした。
次の日には彼女はいなかったが、自分は立ち上がり、木の根本で彼女を見上げた。
彼女に少しだけ葉がついている。
自分は彼女に話しかけ続ける。
数日後、彼女は綺麗な花を咲かせた。
それが実るその時まで自分は彼女の近くにいたのだった。
§
酒場の一角、ある日。親友と一緒たむろしていた。
「トキヤ、話がある。君にしか聞けない事なんだ」
「なんだ?」
「君はどうやって指輪を選び。贈ったんだい?」
「そっか、そっか。おーいリディア!!」
「やめ!! やめろぉ!!」
「あー何でもない何でもない」
「くっ……君って奴は………油断も隙もない」
「指輪かぁ~そうだな。指の大きさは分かるか?」
「分かる。こっそり調べた」
「探しに行こう。一人で入る勇気もないだろ?」
「ありがとう。よく察してくれた」
「そりゃ長い付き合いだし。おーいお二人!!ちょっと二人で出るわ」
「はーい。いてら~」
「いってらっしゃい」
「仲がいいな彼女らは」
優しく彼女らを見る。ネフィアに価値観を教えてもらいながら頑張って人に近付こうとするアラクネの姿は可愛らしかった。確かに長髪で上半身のスタイルもいい、変な話が。人間のようで違うギャップが好ましかった。
「ネフィアはランスをよく知ってるし、緩く生きてるようで女としては完璧にこなしてるから先生と弟子みたいなもんだよ」
「お、男だよね? 聞けば……だが……」
「男だった。俺が女にした」
「君は変わり者だ」
そうだろう。だが、あんなに可愛ければ関係ないだろうと思う。
「蜘蛛を嫁にするやつに言われたくない。胸だろどうせ」
「親友であろうとバカにすると怒るぞ?」
「リディアに指輪の事をバラすぞ?」
「足元見るのは本当に得意だね」
「元黒騎士だからな」
「ああ、本当に黒い」
昔からの付き合いかたに懐かしさを覚えながら酒場を後にした。
*
残された私たちは酒場で勉強をやめて彼らを見た。
「本当に仲がいいな~彼はランスロットは本当にトキヤ殿が好きなんだね」
「分かるんだ」
結構、分かりやすいかもしれないが。リィデアは魔物だった。そこが分かるのは成長している証だ。
「分かる。私に向ける笑顔より、子供っぽい」
「そうだよね。トキヤもそう。昔はさ、ずっと堅い表情だったんだ。そう、使命感が顔に出てたかな? 今はやっと。彼の本心からの笑みを見ることが出来るようになったね」
「でも、仲がいいのは妬けませんか?」
「妬けないかな。ランスロットには同情できるから。もし、運が悪かったら彼は死んでいるしここまでの冒険者になってない」
現に仲間を殺して国外追放で免れてるのは運がいい。処刑されてしかるべきだ。
「全部、親友のお陰ですよね。妬ける」
「大丈夫。あなたの夫さん。女の体が好きだから………むっつりさん……だね」
「どこが好きなんです?」
「胸と腰、あなたのお尻とか、そのちょっと変わった趣味のお持ちですよ」
「お尻? このお尻?」
「そそ」
「教えてください。彼を食べられる機会です」
「あら、食べちゃうの?」
「はい、魔物ですから。私から、行こうと思います」
意味はなんとも淫乱な事だろう。食べるとは元魔物らしい。
「ふふ、じゃぁそうねぇ~彼は胸が大きいのが好き。対比で少し細い腰とかも堪らないらしい。それとね、こう。上半身が綺麗な、あなたの下半身の矛盾が皇子なのにこんな魔物に愛を誓うと言うことが『帝国の冒涜的で黒い感情が心地いい』と言う変態さんです。そう背徳感に囚われてる」
婬魔の能力で相手の好みを探れるのだ。素晴らしい。
「ふむふむ。攻め方は?」
「好きに攻めればすぐ。魔境に王子は堕ちると思うよ?」
「わかりました。今夜頑張ってみます」
「ふふ、足あげ運動はしなくていいよ?」
「やりません‼ もう、あんな恥ずかしいことはしません」
「そそ、面白い求愛行動だったよ~何度もするのに気付かれてなかったけどね」
「ああああああ!!!」
「ははは」
顔を押さえるリディアと私は酒場で笑い合うのだった。
*
宝石店。ランスロットが目まぐるしく見回した。
「ど、どれがいいんだい?」
「やっぱ、わからないか………皇子の癖に……宝石は見てきただろう?」
「そ、そうだが。あまり、こう。女性に贈るってことは初めてでして………それも指輪となると」
「モテるから貰ってばっかだったな」
「き、君もじゃないか!! 貰ってばっかりなのは!!」
「俺はまぁ悲しませる事ばっかだったさ。『好きな人がいる』てね。それでも気を引こうとするのは悲しくなるね。滑稽滑稽」
「酷いな、君は………」
「酷いさ。だからとっとと新しい人を見つけろってね。思うよ」
「優しいのか酷いのかわからなくなるな。で、宝石はどれがいいんだい?」
「俺は赤いガーネット。炎のように身を焦がす恋だったからな。お前の嫁さんの髪色でアメジストでもいいのでは?」
「紫水晶、アメジストか………よし!! それで行こう!!」
「決めるのが早いな」
「僕は何をあげた方がいいかわからない。諦めたよ。すいません、この宝石で指輪をお願いします」
「はい、かしこまりました。夕刻までに仕上げますね」
「ランス、いつ渡すんだ?」
「今夜、夜にしようと思う」
「そっか、末永くな」
「はは、君もね」
親友同士で仲良くなと言い合うのだった。
*
酒場に戻ると……喧嘩していた。
「いいえ!! ランスロットの方がお強いです」
「そんなことないトキヤの方が‼」
「ただいま、ネフィア。いったい何を言い争ってる?」
「リディア、ただいま。どうしたんだい?」
「「こいつが!!」」
両方が指を差す。
「よし、先ずはリディア殿から話を聞こう」
「リディア、話してくれ」
「こいつが、自慢で世界最強の騎士は主人言い出すんだよ‼ 違うと思うの!!」
「違わない!!」
「ああ、なるほどねぇ」
「僕もトキヤは強い騎士だと思うけど。やはり騎士を真似る魔術師の方だと僕は思う」
ランスロットの評価は正しい。現に風の魔術使いだ。
「まぁ、魔術師だからな。騎士はおまけだ。憧れ。だから世界最強はこいつでいいよ」
「と、トキヤ!?」
「ネフィア、何処の世界に暗殺が得意な騎士がいる? 騎士道は持ち合わせていない」
「トキヤ。僕はそれもどうかと思うよ。魔術師だけど暗殺が得意は流石に違うかな? 君は職を替えるべきだ」
「例えば、なんだよ?」
「勇者かアサシン」
「ああ、私もランスロットの意見の賛成です。魔王を倒せる者と言う意味で彼が最適ですね」
「勇者ねぇ~昔から、しっくりこない」
勇者なんて職はない。結局、英雄と同じだからだ。英雄的な事をしろと言うのだろう。
「トキヤ。私って倒されたよね。夜……暗がりの中。私を倒し、女にした勇者。流石だよ……勇者は魔王を倒せる人。押し倒され負けを認めさせる素晴らしい技術者」
技術者言うたぞこいつ!?
「ね、ネフィアさん!? それって!! 私はそんな事で倒せるなんて言ってませんけど!?」
「ネフィアさん!? そ、それは!! その!! やはり………ああ。僕は何て事を考えるんだ!!」
「…………ネフィア」
「嘘は言ってないでしょ?」
「ほっぺ、つねるぞ?」
「何で!? 私、婬魔!! 言っててもおかしくないよ!?」
「都合の良いときだけ婬魔のふりをしない!!」
「いひゃいいい!! ひたいい!!」
俺は柔らかいネフィアの頬をつねる。
「もうちょっと。時と場所を弁えろ!!」
「痛たかった………ヒリヒリする。時と場所を弁えたらいいの?」
「ああ、いいぞ」
「わかった。時と場所を弁えたらいいんだね。そういう辱しめを行う行為だから大丈夫って事だね?」
「おう、もう一回痛めてやろうか?」
「どうぞ。痛いの気持ちいいから。演技だよ~もっとちょうだい」
「お、おう!? お前!?」
背筋が冷えた。こいつマジかよ!?
「冗談でした。まだ痛いのはなれない~」
「焦った」
痛みも快楽とか無敵にしか思わなかった。
「まぁ追々ね?」
「真っ当でいてくれ………はぁ………」
「無理、だってなんでも愛おしいから」
昔のこいつが見たらどう思うか………ああ、真っ当に生きてくれ。
俺は心から願うのだった。
*
「はぁ……二人ってスゴい所まで………」
「そ、そうだね………部屋は狭くないかい?」
「大丈夫。トロールの種族は私より大きいみたいだから」
「たまたま、宿屋にトロール用があって良かったね」
「ええ………」
「………………」
「………………」
「あの!!」
「ちょっといいかな!!」
「「……………」」
「えっと。ランスロット何?」
「リディアこそ」
「ええっと………ランスロットが先にどうぞ」
「リディア。僕は紳士になろうと努力しようと思う。なのでここは女性に譲ろうと思う」
「ランスロット。都合が良いときだけって言葉をトキヤが言ってたね」
「………………」
「さぁ!! 言うのです‼」
「………これを君に」
「小さい石?」
「に、人間は奥さんになる人に指輪を贈る風習があるんだ。これはその指輪」
「えっえっと………」
「左手をお嬢様」
「こ、こう?」
「これが、親指、人差し指、中指、薬指、小指で薬指に嵌めるんだ」
「あ、ありがとう。よくわからないけど………なんだろう………胸が熱い」
「うん。僕も暑い。つけといて欲しい。それは君が僕の奥さんだという証拠になるんだ」
「これが、うれしい!!」
「僕の用事は済んだよ。さぁ、君の用事は?」
「私の用事は、これ………」
「えっ!? どうして服を脱ぐんだい!?」
「ランスロット!!」
「えっ!? えっ!?」
「いただきます」
「ま、待ってくれ!! 心の準備が!!」
「待たない♥」
「あー!!」
*
「ねぇ、トキヤ。今ごろ二人。何してるかな?」
「指輪を渡してるんじゃないかな?」
「指輪?………もしかして今日、買いに行ってたの?」
「そうそう」
「へぇ~さすが王子さま………覗いてみる?」
「音を拾うだけにしなさい」
「はーい………音拾い………あっ」
「どうしたんだ? 口を押さえて赤くなって」
「ト、トキヤ…………」
「………もしかして」
「そ、そう。食べられてる……」
「お、おう。聞くのもダメだったか……てか、お前。何故赤くなる」
「他人のとか上級者だよ~無理…………自分の声だって無理なのに」
「無理なのか?」
「すっごい恥ずかしい。終わったあとに頭を抱えるぐらい」
「へぇ~………なんだ。可愛らしいじゃん」
「と、トキヤ?」
「ちょっと。いいかな?」
「えっ………んぐ!? ん……んんん……ん……………ぅ」
「よし。いい顔だ」
「卑怯、こんなキスされたら………」
「されたら?」
「…………いわない」
「言わすまで、するだけだ」
「け、けだもの」
「逃げれるぞ? 逃げるのか?」
「うぅううううう………えっと。や、優しくお願いします」
「わかった。激しくな」
「ちがーう!! ああ!! トキヤがスイッチ入ってる!! い、苛めないで‼」
「無理」
「…………ああ、今日も泣かされちゃうんだ……ああ」
「昼間の威勢はどうした?」
「粉々になりました………」
「昼間は元気な女の子なのにな。夜は無垢な少女か?」
「…………トキヤがそうやって教育したぁ~」
「してない。勝手に弱ってるだけだ」
「むぐぅ」
*
「ランス、お前。起きてから鏡見たか?」
「なんだい? 何かついてるかい?」
「ランス、見てこい」
「リディア。やり過ぎです」
「だ、だってですね!! ま、魔物ですから………ごにょごにょ」
「わかった。見てくるよ」
「リディア。昨晩楽しみすぎ」
「ごにょごにょ」
「ネフィア。お前もな」
「わ、わたしは~そのぉ~婬魔だし~」
「そうだな。婬魔だな」
「トキヤ。やめて……そんな笑みで私を見ないで」
「ネフィアさんもお楽しみで?」
「も、もちろん!! 私が主導権を握ってね!!」
「……………にやぁ」
「ネフィアさん? 汗かいてますけど?」
「はははは………ベットの上じゃただの少女です」
ランスロットが鏡を見た。
「あああああああああああ!!」
「ああ、ランス。頭を抱えてどうしたんだい? キスマークがいっぱい、つけて」
「何故、皆が僕を見ていたかわかったよ!! リディア教えてくれよ………」
「恥ずかしくて、すいません………」
「ネフィア。回復魔法」
「はーい」
「………慣れてますね」
「ネフィアがな。つけまくるから」
アラクネが申し訳なさそうにネフィアに頼んできた。
「ネフィアさん。私にも魔法を教えて貰ってもいいですか?」
「いいですよ。魔法では無くて奇跡ですが。魔法です」
「???」
「あまり気にしなくていいです。愛する人にだけの特別製の魔法なので効果は高いと思います。風穴空いても大丈夫です。実証済み」
「お願いします」
「ランス。やったな!! これで心置きなく楽しめるぞ‼」
「トキヤ。君………奥さんと似てるって言われないかい?」
「キスマークつけていた奴に言われたくない」
「…………ぐぅの音もでない」
「まぁ、仲が良いのは良いことだ」
「そうですね。良いことです。昨日、ありがとう」
「お安い御用さ」
「本当に僕は頼ってばっかりだ」
「ランス、親友はそんなもの」
「そうですね。そんなものですね」
俺たちは奥さんを見続ける。自分達は似た者同士。どうしようもない程。姫様が好きなんだろうとわかり合った。
§
ある日。俺宛に手紙が届いた。姫様であるネフィアに見せずに内容を読んで欲しいとの事で隠れながら読むとエルフ族長がある喫茶で1日待っている事が書かれていた。
ネフィアにエルフ族長と話がある事を伝えその喫茶に出向く。手紙で話したい内容は理解していた。
「議題、姫様復権派についてか」
負けた彼は何をとち狂ったのだろうか。
*
喫茶店の鈴がなり、窓際に座る人物に手をあげる。あちらもこちらに気付いたのか手をあげた。長い耳が特徴のイケメンだ。
「彼は知り合いなので相席で。紅茶ひとつ」
「かしこまりました」
店員に注文を済ませ、窓際の向かい側に座る。人型専用の店だ。
「来ていただきありがとうございます。姫様の殿方、トキヤさま」
「ああ、あまりにも気が狂ったんじゃないか心配になってな。頭を強く打ったようだな」
「それはご心配ありません。気は確かですよ。それも清々しい程に」
「本気ってわけか」
俺は睨みつける。掌を返したこいつを信用するべきかと値踏みをするように。
「まぁ、飲み物来るまで雑談でもしよう」
「ええ、ご注文は?」
「済ませた」
「注文も聞いていただろうが」と思う。俺は店員に既に座る前に頼んでいる。変なタイミングで聞きに来られるのは嫌だからだ。
「慣れてらっしゃる」
「昔からこうやって、個人的な依頼もあったからな。暗殺とかさ、拉致とか。後は情報収集からなんでもかんでも。やって来た」
「そういう悪い話は明るいうちからが基本ですから」
「ああ、まったくな」
両方が値踏みする。どのような人物か探りを入れる。そんな間柄だ。
「四天王がここにいるのも変なものだ」
「四天王ですか。ああ、あんなの辞めました。元々、魔物のアラクネ、ネクロマンサー、大悪魔の監視で私が居たのです。それも、『終わりそうだな』と思いました。四天王は姫様を倒せと命令が下されていますが誰も姫様に敵わないでしょう」
「ふーん。ではただのエルフ族長か」
「はい、まぁまだ。味方は誰もいませんが」
「お待たせしました。どうぞ」
「ああ、ありがとう」
「私も、おかわりください」
「はい!! かしこまりました!!」
自分は即席魔法を唱え、音を押さえる。ネフィアに教えたのは俺だ。出来て当たり前。だが、ネフィアほど持続も広さもない。あいつは特化型の天才だった。彼女はこれだけの事を簡単のやってのけるのだが、それを愛の力といい自分の上を行く。その力は魔王らしくないが伝承に残るどの魔王より凶悪になるだろうと予想がついた。強い片鱗が見え……覚醒しているような程に強者に見える。剣の腕も見違えるように強い。魔法使いの癖に。
「色んな事を喋っても音は漏れない。例えば……」
机を強く叩く。大きな音がするが店員も他の客も気にしていない。そう、音が伝わらないためだ。ここだけにしか聴こえない。
「本当に、あなたは暗殺向きですね。魔法が」
「ネフィアの方が凄いぞ。都市中に愛の告白を叫びやがった。胸張って、世界の中心で誰よりも愛を叫ぶんだってさ…………迷惑な」
「さすが、姫様。深い愛ですね」
「姫様ねぇ………魔王さまじゃないのか?」
「魔王さまより、今の麗しくお美しい神に愛された姿は魔王と言う暗い恐怖の肩書きよりも姫様がお似合いだと存じます」
「…………おまえ、摂政トレイン側だろ?」
「四天王を辞めた後に実家に帰ると言っております。まぁ彼に色々していただきましたが全てお返ししました。絶縁です」
「そんなことしたら粛清されても文句は言えないだろ?」
「粛清されるほど。私たちは弱くはないですよ」
完全なる敵意。人が人なら芽を潰す。絶対に芽を潰す。黒騎士団のようなのが無いのだろう魔国には、だからこいつは生きている。
「………勇者さま。目的を先にお話ししましょう」
「ああ、聞こう」
「姫様を魔王に据えたい。私はね」
「却下、ネフィアは魔王を摂政トレインに譲って渡したいらしい。譲位派だ。俺もあのくそったれな席に嫁を置きたくはない。危険で汚れている。まだ、『あいつが座るべき席ではない』と言うことだ。それまで俺が許さない」
「そうですか。妥協案としてどのようなら姫様をお譲り出来ますでしょうか?」
「あいつを慕いながら全員従い。命を捧げてもいいと思うまでの奴隷に堕ちてもいいほどに苦にならない所まで仲間になる。無理だろうがな」
頭の奥でピリッとした痛みを伴う。何故か過去でそんなことをして命を落としたような気がする。昔の記憶じゃなく生前かもしれない。覚えていないからどうでもいいがな。
「……………無理ですね」
「じゃぁ、一生。魔王は無しだな。おまえもやる気がないし」
「やる気がない!? 許せませんね、その一言」
「許せないのは俺だ。『無理』て決めつけてやろうとしない。諦めてるやつに嫁を預けられるか?」
睨み会う俺たち。
「ああ、なるほど。あなたは勇者、苦難を切り開ける。わかりました。男に二言は無いですね? その条件を満たせば譲って頂けると?」
「ああ、俺もあいつの剣として尽力してやるよ。お前が愚者か勇者かを見させてもらおう」
「約束です。それと、助言を乞うのはよろしいでしょうか? 険しい茨道なので」
「いいだろう。好きにしな、俺が持てる情報を出してやろう」
「………交渉成立。骨が折れますが姫様の忠義のために」
パッと笑みを向けいい顔をする族長だと思った。だが恐ろしさも感じた。「聞いとかないとな」と、その考えに至ったのかと。
「エルフ族長。何故、あいつを魔王に据えたい? そして、決心させたのはなんだ? 負けたからか?」
「ええ、負けた事も一因ですが。長くなりますがいいでしょうか? 全部聞いてくださいますか!!」
「お、おう………」
テーブルを乗り上げてこっちを見る。ちょっと怖い。怖いどころか目に焦点があってないのを見た瞬間に薬をキメている気がして驚く。
「では私の小さな人生なぞ取るに足りません。結論から言いますと姫様に太陽のような熱く暖かい光を見ました!!」
「お、おう………炎の残りじゃないかな?」
そう見えただけだろう。炎を撒き散らすだけ。
「いいえ!! 昔の女神を称える文献に後光が差すっと言う言葉がありますが私はそれを見ました!!」
「あかん!! これ、聞いちゃあかん奴だ!! 止まらん奴だ!! 黒騎士団長みたいな帝国を崇拝してる奴と同じ臭いだ!! 族長ダメだぞ!!」
「荒々しい炎を巻き上げる姫様はまさしく魔王でした!! しかし、戦いが終わったあとに器の大きさ。優しさを私めに見せてくださいました。強さ、優しさ、器、全てに置いて歴代の魔王よりも上だと私は確信し!! 姫様の元でお仕事がしたいと願うようになりました!! あの笑顔でお仕事を褒められたい!! そう!! 恋に落ちた幼子のように私は名誉も何もかも捨てて崇めたいと思いました!! あのあと。夢、いいえ啓示を見たのです!! 姫様が族長の前で高々に宣言をするお姿を!! 大きな旗を掲がげるお姿を!! ああ!! なんとお美しいお姿でしたでしょうか? なんと心に残る夢でしたでしたしょうか? そう!! 光!! 暗いイメージを持つ魔国の光!! 光なのです!! そう、たとえ茨道でも私、勇者さまが手本となり命を通しての行動を見せつければ道が開かれると思うのですよ!! ええ、感謝します勇者さま!! 姫様をお救いになった事を!! 姫様を育て上げた事を!! 姫様万歳!!」
「これ、ヤバイ!!」と心で確信し、あることを願うのだった。彼が失敗し謀反で殺される事を願う。「死ねこいつ」と願う。嫁をここまで言われると気味が悪い。俺の方が恥ずかしくなり吐き気がした。
「勇者さま!! 聞いておられますか!!」
「あ、ああ………」
「遠くから眺めていたのですが!!」
その後も、彼は姫様の素晴らしさを喋り続けるのだった。俺の事を全く気にせずに。
*
疲れて宿屋に帰るとネフィアがイチゴジャムの瓶の蓋を開けている瞬間だった。
「あっ………トキヤ」
「はぁ……」
「これ、ちが!! あっれ~? なんでここにイチゴジャムあるんだろうねぇ~なんでかなぁ~?」
「おまえ、気を付けろ。お前に想いを募らせてる変人がいる………疲れたから休むわ」
「えっ、うん?」
「はぁ……怖い。エルフ族長怖い」
「あのトキヤが怖がってる!?」
「うぅ……うぅ……光が、姫様がぁ………」
「………まぁ、今のうちにジャムたべよ」
俺はすぐベットに倒れるのだった。
*
勇者が去った。テーブルで、私は何故かワクワクしている。
「厳しい道のりですが。やる気が湧いて湧いて仕方がないですね」
姫様は勇者という最強の護衛がついておられる。道半ばで倒れることはない。
紅茶をすすり、夢を思い出す。神の啓示と言った夢はあまりにもハッキリ覚えている。姫様の背後にウェーブのかかったフードを被った女神。
「愛の女神ですか。魔族にも神様がいてくださるのですね………」
女神に愛される魔王である姫様。その矛盾がなんとも新しい。
「ダークエルフ族長と会わなければ………」
長い因縁を終わらせよう。そう、姫様の名の元に。
*
僕は湖のほとりで洗濯物を干す。蜘蛛の糸が木々同士を結び。物干し竿の替わりになっている。飛ばないように、粘着の糸をつけ。お客さんの物で干す場所で分ける。
「ランスロット。洗濯物出来た」
「わかったよ」
寒い時期、僕たちはネフィアの発案で洗濯屋をやりだした。リディアは寒いのが得意らしく苦じゃない事を利用してだ。リディアはまだ最低ランク。冒険者ギルドで広告し、少しづつ上げていこうと思う。しかし、驚く。
「終わらない………」
「終わらないな………」
馬車が一杯の洗濯物で驚く。年末からやりだし、日に日に増えている。リディアは素晴らしく洗濯が得意なのか足も使って洗う。だが終わらない。皆が冷たい水での洗濯が嫌なのは僕でもわかる。お湯を使って洗濯すればいいのだが。お湯を沸かすのが億劫なのだろう。洗濯物を洗うのが億劫なのだろう。実際、大儲け中だ。
「私、これで食べて行ける気がする」
「洗濯屋ですね。今までなんで無かったんでしょうね?」
「やりたがらないから?」
「面倒なんでしょう。湯を沸かすのも。洗濯することも。さぁ、もうひとがんばりです」
「そうですね」
何でもない事だが。この時間は何より大切な時間だと僕は感じた。彼女との時間を噛み締めようと思う。都市ヘルカイトを親友から教えてもらった。自分は故郷に帰れない。もし、落ち着くならば彼と同じ地で落ち着こうと思うのだ。
「リディア、僕のわがままを聞いてほしい」
「いつもわがままを聞いてくれるランスロットのわがままなら何でもいいよ」
「親友言っていた都市へ行こうと思うのです。ついてきて貰ってもいいでしょうか?」
「………あなたと一緒にいられるなら何処へでも」
「ありがとう。リディア、さぁ早く終えてご飯にしよう」
「はい!!」
リディアの魔物とは思えない笑顔に、自分は胸が高鳴るのだった。
*
次の日、朝から俺たちは西門へ向かう。ドレイクに荷物を乗せ、宿屋から歩き出した。予定は西側から北上し魔王城を目指す。西側の都市オペラハウスを目指して。
都市オペラハウスは有名な歓楽街。一度は行ってみようじゃないかと嫁と話し合った結果だ。
大劇場は今、見物らしい。芸達者な男優の演技が素晴らしいとの事。仮面を被り、色んな仮面を変えて演じる人物に人気が集まっているらしい。
「おっ、ランス。お出迎えか? ちょっと遊んでくる」
「こんにちは、王子さま」
「こんにちは。少しお話があるんだ」
ランスが自分達と歩を合わせ、歩く。
「君たちが言っていた都市ヘルカイトへ行こうと思います」
「ありがとう。同じ民だな」
「同じ民かぁ~王子さま、いいんですか? 帝国は?」
「リディアと一緒の方が僕はいい。それに、君たちが言っていたまだ始まったばかりの都市だ。力になろうと思うよ」
「ありがとうな。親友」
「ええ、それとですね。魔王城へも行きます」
「魔王城へ?」
「ええ、君たちも向かうでしょう。なので………パーティ組んで攻略しましょう。それが終わったら一緒に帰りましょう」
「いいのか? 最悪、死ぬぞ?」
「僕を誰だと思いますか? 世界一の騎士と言ってましたよね?」
「はははは、確かに言った。わかった………じゃぁ魔王城の酒場で会おう」
「はい、会いましょう」
「「旅に幸あらんことを!!」」
親友と握手をし、二人で悪い笑みをする。人の家で暴れようと考えている笑みだ。
「本当に仲がいいんだから………ふふ」
ネフィアが口許に手を当てて笑う。自分達は親友と再開を誓い、西門から出る。まだ雪が残るが春草たちが顔を出している道を歩いた。
「トキヤ」
「ん?」
「親友は捨てなくて良かったね」
「ああ、まったくな………全部を捨てて君に逢いに来たのに」
「トキヤ、それは捨てたけど拾っただけだよ」
「拾った?」
「トキヤは全てを捨てたけど。そう………拾い直せる物もあるんだよ。きっとね」
もう、私のために落とさせない。逆に拾わせる。それが出来るのは私だ。
「自信満々のどや顔されてもなぁ~」
「だって、世界から捨てられた私を拾ったのトキヤでしょ?」
「そうだったな………そうだったそうだった」
「だから、拾えるものは拾いましょう。私たちのために………ね?」
「ああ、ネフィアの好きにすればいいよ」
「うん、そうします」
手を繋ぎ、二人で歩く。本腰を入れて、向かおう。2度目の魔王城へ。道草をしながら。
「あっイチゴジャムの件怒るの忘れてた」
「……ひゃい~」
私は背筋が冷える。
§
数日後。私たちはオペラハウスと言う都市にたどり着いた。
都市オペラハウスは芸術、音楽が盛んな都市。発祥はもっと西側のエルフ族長が治める妖精の王国等で妖精を楽しませる事とマナの木の感謝等を示すためにここの魔族がだれかに踊りと歌を教えてもらい楽しませた事が発祥らしい。
話を聞けば今でも妖精の王国へ行く使節団を持ち。魔国は一応、不可侵を結ぶ程かの国とは仲がいい。まぁエルフ族長が治めているため隷属らしいが。
なので平和な地域だ。マクシミリアン、帝国、妖精の王国、魔国が重なっているが西側は帝国にとって攻略が難しい地域の理由のひとつとなっている。国境が面してないのだ。
「うわぁ~!!!!!!」
「嘘だろ!? ここ、魔国かぁ!?」
高い城壁を掻い潜って目の前に現れた町並みに私と初めて知ったとトキヤは驚きの声を出す。家は一つ一つ、手入れや住み心地を無視した装飾。芸術家が自分の考えを表に出し表現した作り。絵本の物語の中に入っている感覚の世界だ。住みにくそう。
「凄いだろ~俺らの都市は!! さぁ楽しんでくれ」
衛兵が胸を張って自慢し私たちを通してくれた。自分達以外に冒険者を護衛につけている金持ちらしき人物が何人も馬車に乗ってやって来る。
「ス、スゴイ。魔国にこんな場所が………」
「帝国でも噂になってたがここまでとは…………」
宝石等の装飾品の店が並び。仮面等も売ってあった。ここでは身分を隠すためにつけている人も多い。そして、その仮面さえ作り手のこだわりが見てとれ一種の装飾品として完成されている。
ここでしかつけられない奇抜な物だが。皆が楽しんでつけているのはそういう事だ。
二人で店を見ながら手を繋いで歩く。私たちも興味本意で仮面を買った。一応は人間も多いので今更だが身分を隠してみる。今更だがバレバレで刺客どもを誘い、首を金にしてるが。
「すごいねぇ~」
「ネフィア、壁にある案内の地図。見てみろ」
「図書館、博物館、オペラ座?」
「オペラ座。劇場だよ」
「面積大きい………城じゃん」
「それだけ芸術に重きを置いてるんだろ。中心だしな。都市の管理者は誰だろうなぁ」
「誰だろう?」
私は綺麗な刺繍の制服に身を包んだ亜人の衛兵に声をかけた。彼は都市の資料集を納めた資料館の場所を教えてくれる。次いでに冒険者ギルドと安い宿屋を教えてくれ、私たちは宿屋へ向かう。
背の高い亜人がゴブリン種だと後に知って驚くのだった。
*
宿屋でドレイクを預け、私服に着替えた私たちは仮面をつけて都市を練り歩くことにする。
到着が早くまだ昼下がりであり。少し割り高い昼食を食べたあと。資料館へ辿りついた。
他にも旅行冒険者がちらほら入っていくのが見える。お屋敷のような場所を私たちはお金を払って中に入れさせてもらった。
「ご飯も高い。資料館は入場料がしっかりある」
「観光都市だな。凄い徹底ぶり」
資料館は豪邸の屋敷をそのまま改装したらしい建物で。中央に人間の青年の肖像画と赤い絨毯。木の手すり等を見ていると帝国の流れを汲んでいることがわかる。木のいい香りがする屋敷だった。
豪邸の中心に今度は背の低いゴブリンの衛兵が立って監視を行い、盗みがないかを巡回している。小さな体だがしっかり鎧を着こなし、目を光らせる。玄人ぽい。
「何で、肖像画が人間なのか……わかったぞ。これ、歴史が書いてある」
「どれ、どれ」
ある、一室に壁にこの都市の出来た理由と発展が書かれている。私たちはそれを読む。
始まりはゴブリンの小さな村だった。そこへ一人の人間が現れる。人間は帝国を迫害された芸術者。勇者として生まれたが芸術を忘れず。ここまで逃げてきた者。都市オペラハウスと言う名前は彼の夢の名前らしい。それは芸術の頂点。歌、踊り、背景、台本等全てが揃う場所。彼の夢の場所である。
ゴブリンに彼は知恵を授け、妖精と歌などで仲良くなりドワーフが村の一員となった。ゴブリンは小手先が器用であるが物を作るのは疎かった。しかし、ドワーフは作るのが得意であり、人間は新しい物を設計するのが得意だった。彼等は互いに補い、人間が設計。ドワーフが製作。ゴブリンが組み立てを行い都市が出来上がる。その時、中心にオペラ座を作り、人間の夢は叶い。彼は、惜しまれながらこの世を去った。
いつしか。ゴブリンとドワーフは彼が残した物を守るため、自分達は戦いが得意で無いことを物で補いながら都市を護り。他の都市と変わらないほど安全になり、戦争とは無縁となった。今日まで代わりに魔法を撃ってくれる放火砲がずっと壁の上で都市を護り続ける。
「これって。壁の上にあったアーティファクトかな?」
「あれ、放火砲って言うんだな……」
そして色んな種族がこの都市を聞いてやって来る。一人は作曲家になりたい者。一人は画家になりたい者。一人は踊り子として活躍したい者。いつしか、逃げてきた芸術家達の都市となり今日まで発展を遂げ。オペラ座は彼の夢を叶い続ける。
「監視者はゴブリンとドワーフかぁ。衛兵ゴブリンだった理由がわかったね。トキヤ」
「人間と身長、変わらんよなぁ~」
私たちは不思議な世界を見ている自覚があった。同じ血が臭う陰鬱な世界ではない。
「ん? 冒険者の二人よ。門兵のことか?」
熱心に歴史を見ていた私たちの問いに衛兵が答えてくれた。
「そうそう。あれはエルフに近い種族かと間違えた」
「ああ~いいや、俺らと同じゴブリンの異常種さ。人間の血が濃いとああなるらしい。ああいう衛兵は門とか重要な場所を護るのさ」
「人間の血ですか?」
私は首を傾げる。
「そうさ、俺らは人間とゴブリンとドワーフが混じってな。人間に近いか、ゴブリンに近いか、ドワーフに近い特徴を持って産まれるんだ。俺の息子も門兵だしな。全く似てないぞ」
「へぇ…混ざるんですね」
「まぁ、最初の人間から300年。そうなるわな。あんたら異種族同士。ちょっと気になって見ていたんだ」
「わかるのですか?」
「ああ、人間とあんたはぁ、悪魔かな?」
「正解です」
悪魔の中の下位種である。下位種とは思えないほどに便利な体だけど。
「そうかい。異種族同士大変だろうが、頑張りな」
「はい!!」
「ありがとうございます」
衛兵が巡回に戻る。私たちは他にも見て廻り、この都市が何故こうなったかを理解する。
「帝国は騎士が上位であるから、厳しいですね」
「騎士題材の芸術は多い。まぁそれ以外を求めるためここへ来るのか、それとも有名だから来るのかだな」
「芸術家の聖地ですね。戦争とは無縁な」
「自由な表現をこの都市は認めている。何でも」
「ええ、本当にここだけの場所ですね」
「平和が自由な芸術を産み出す」
「これ、名言ですね」
資料室の一室に飾られている絵にそう書かれていた。絵はゴブリンとドワーフと人間が笑って立っている姿だった。
*
冒険者ギルドも洒落た内装になっていた。何処の宮殿宜しく。白い内装と装飾された柱。歌う踊り子で高級感を漂わせている。お酒の銘柄もなんとも聞いたことのない名前ばかり。何年寝かしてましたと言われてもピンと来なかった。
「高いなぁお酒も」
「輸入品ばっかだからだろ」
「すいませんねぇ」
店長が苦笑いをする。黒い肌のダークエルフの店長が切り盛りしているらしい。小さなゴブリンの女の子も複数いて客のお相手をしていた。トロールと似て、愛らしい姿でナンパもされて困っている姿が見える。
「はは、金持ちが満足する酒を入れないとうるさくて」
「安い酒は?」
「あるけど、割り高。ここ、最西だからね」
「妖精国は?」
「交易がないよ。険しいし。使節団が少し持ってくるホウズキの神酒は高級品だ。まぁもう取れるのが数個と聞くがな」
「へぇ~」
「うーん。高いかぁ~よし!! 歌ってチップ貰う‼」
「おっ? お嬢さん歌うのかい? 残念だが今の子で足りてるよ~残念」
「あう~」
「ネフィア。別にお金を気にしなくていいぞ、別に」
「そそ、気にせず頼んでよ。それにしても、君は歌が得意なんだよね?」
「はい!!」
私は胸を張って高らかに返事をした。自信がある。愛の歌を歌わせてもらえれば誰より上手くトキヤの耳に入れられるだろう。捩じ込めるように。
「ははは、元気な人です。あそこの踊り子も挑戦するっと言ってたし。これ、どうだい?」
酒場の店主が紙を見せてくれる。オペラ座の歌手募集と書かれていた。歌手と言っても演劇もしなくてはいけないし、募集と言っても選考に合格した人しか採用しないらしい。一ヶ月選考し、演劇の練習を始め春に講演らしい。選考にはオペラ座の怪人も現れてくれると書かれている。
「へぇ~」
「オペラ座の怪人?」
「知らないのかい? 最近この都市に来たのか?」
「そうそう、今日来たばっか。資料館楽しかった」
「おおおお。お客さん資料館行ったんだね!! 素晴らしい!! なんとなしに声をかけてみたけど大当たりだよ‼」
「この都市好きなんですね」
「大好きさ。奥さんだってゴブリンの彼女だし」
指を指した先に可愛らしいゴブリンが手を振る。トロールと似通った真ん丸な顔とちょっと見える八重歯が可愛らしい。少女と言われればそうだろう。
「で、オペラ座の怪人は?」
「あ、すまない。オペラ座の怪人は数年前から活躍している男優で。仮面を付け替え役になりきって演じ、誰よりも歌や仕草がうまい人さ。劇場の女優が彼に惚れたりするけど振られてるね」
店長が熱を持って語り出す。
「へぇ~そんなにすごい?」
「ああ、凄い。他の男優も素晴らしいのだが彼は何故か他の男優が不得意な役もなんでもこなせるし………そう!! 悪役だ!! 悪役として演じさせたら彼は右に出るものはいない!! 嫌われ者の苦悩や………おっと………熱くなってしまった。奥さんにまた怒られてしまう」
反省と頭をかく店長に私は目を輝かせる。楽しそう。
「トキヤ!! 私、見たい!!」
「見に行きたいな‼」
トキヤも興味を示したのか頷いてくれる。
「ああ、残念だが。お休みなんだ。女優が決まる4月まで」
「他に居ないのか? 女優」
「いるが、お休みさ。女優も少なくてね。毎日公演出来ないんだ。オペラの怪人は毎日出てくるけどね。だから怪人って言われてるのさ」
「ん? お休みなのに冒険者多いよ?」
「ああ、それは。選考会はお金を払えば入れるから。ちょうど受付は明後日からだ」
「行こっか?」
「行こうぜ~」
「ついでに歌って楽しんでみるね」
「オススメするよ。オペラ座を」
私たちは明後日。オペラ座に観光することにした。観光し、楽しみが終わったら北東へ向かおうと相談し、その日は依頼を見ずに帰った。
長くは滞在しないだろう。ランスロットが先についているだろうから、数日後。楽しんだら都市を出ようとこのときは思うのだった。
§
オペラ座で女優の選考会がある日。私たちは受付を目指した。大きな大きな白い宮殿を見上げ、オペラ座の大きさを再確認する。
多くの観光客と女優選考会のお客さんと女優を目指す人だかりに揉まれながらも受付している場所にたどり着き。そこで参加費のお金を支払う。お支払が終わると木の番号札を貰った。
選考会参加費だけの支払いの理由は残念ながら席は埋まっていたのだ。席はオペラのファンが既に買い占め、残っているのは数倍のお金を払ったら売ってあげようと言う商魂逞しい転売商人だけである。
「あーあ。見たかったのに」
「酒場の店主が中々手に入らないから……参加で中を見たらいいと言ってたのはこの事だったな」
「参加なら、呼ばれて行けば護衛も入れるって言うね」
「まぁ貴族様も参加で来るからだろ」
貴族も目指すオペラの頂点。一度も公演を見たことがないがきっとそこは……心が奪われる世界なのだろう。ワクワクする。私の知らない世界に。
「見たいなぁ~」
「ネフィア。時期が悪い」
「まぁ、うん。悪いね~ああ、きっと素晴らしいんだろうな~」
くるくると回る。私服の鎧のスカートをはためかせながら。今日は鎧を着ての参加であり、鎧はスカートと胸当て、ティアラのような兜だけである。手は白い手袋をして姫騎士をイメージした姿にした。見栄えも重要らしい。
ドンッ!!
「あっ!! ごめんなさい!!」
「こら、こんなところで回るから!! すいません」
二人でぶつかった獣耳の女性に頭を下げる。小麦色の髪と金色の尖った耳にもふもふした何本もの尻尾が目立つ。何か扇のような物で口を隠し。目は少し切れ長。やんわりとした雰囲気はお上品さを醸し出していた。大人の女性と言えばわかるだろう。
「ん、ああ。そち、嬉しいのはわかるが大人げないぞ」
「そうですね。もっと叱ってください。ネフィア、大人げないぞ」
「トキヤ!?」
めっちゃ叱られて驚いてしまう。
「もっと落ち着きが必要だ。ネフィア」
「ふむ。まぁ謝った。許そうではないか……」
「あ、ありがとうございます」
「………それより。お前らはわらわが見えるのか?」
「ああ、すいません。幻術ですね。見えます」
「ごめんなさい。私が勝手に解いたかも」
鎧が勝手に解いたかもしれない。白金は魔法を弾きやすいし、呪いを受け付けにくい特性がある。故に指輪の材料ともなるし、神聖な金属として重宝する。
「ほほう………まぁかけ直せばよい。人が多いのは辛くて辛くて。有名なのも辛いの」
「そうですか。じゃぁ俺らが周りを警護しましょうか? 一応は冒険者。警護出来ますよ」
「おおう。それはかたじけない。勿論無料なのだな?」
「まぁ自分の奥さんが迷惑かけましたし。俺らも待ってる間、暇なのであそこの喫茶でもどうですか?」
トキヤが指を差す。お客さんはいるが数席だけ空いている喫茶。
「すまないが。番号を呼ばれたら行かなくてはならん………声が届く場所でおらんといけんのだ」
「あっそれなら私もですけど大丈夫です。音拾い」
「1番の方!! お入りください‼」
私たちの耳に番号を読み上げる声が届く。遠くでの声だしを拾ったのだ。トキヤはこれを針を通すような魔法だと言われたが……よくわからない。凄いことしかわからない。
「ほう? 変わった呪術を使うのう。そち」
「呪術?」
「おっと、すまぬ。ここいらでは魔法じゃったな。まぁ立ち話もなんだ。座ろうではないか」
「ええ、座りましょ座りましょ」
私たちは少し変わった彼女に興味を持ち。喫茶に座る。他にもここに見学に来た旅行者ばっかりだが店員曰く少ないと言う。
多い時期は公演がある春から秋までで……その時期は本当に多いとの事。妖精も来るらしく大変な混雑らしい。妖精も人のように大きいと聞いた。
注文し、すぐに慌てて紅茶を用意してくれる。何故か店員はちらちら彼女の事を見る事に違和感を持つが気にせずに話をした。
「ふぅ。一息つけるのぉ~」
「一息つけますねぇ~」
「話の続きでもしようかの~仮面をつけておるようじゃが?」
仮面は一応つけている。
「まぁ、私たち賞金首ですから一応つけてるんですよ。私は、ネフィア・ネロリリス。こちらはトキヤ・センゲさんです」
一応、センゲと言う。いつか私もセンゲになるだろうか。そのままか……どっちだろう。
「トキヤです。夫婦なんですが名前は別にしてるんです。もしかしたら変わるかもしれないので」
「千家とな!? また、何故……お主は家を出た!?」
「センゲをご存知で? と言うことは東方の出ですか?」
「あっ……ああ。しまったな。隠そうと思ったが。そうじゃ………東方の出じゃ。して、そなたもか?」
「いいえ、帝国で生まれました。センゲは父がそうです。父が東方の出でした」
東方の海を渡った国、刀が有名。そして、武人が多く戦争ばっかりしている国だ。通称、修羅の国。
「ふむ。まぁそれならいい。東方の出なら少し事を構えないといけないからのぉ~」
「追われてる身ですか?」
「そうじゃ。生まれてこのかた忌み子じゃ」
「そうですか。心中お察しします。私も魔王の忌み子でした」
「そうか、そうか。ワシらは親を選べんからの~」
「でも………」
「ん?」
「彼に会えたから。親には感謝します。生んでくださったことをね」
「…………ほほう。恨まんのか?」
「結果、私は幸せです。恨むより楽しみたいです」
「そうか……羨ましいの。好きな人に認めて貰って」
「あなたは誰かを好きなんですか?」
「………………秘密じゃ」
「そうですか。頑張ってください」
「言われなくても頑張る」
ゆっくり、紅茶を啜りながらも鋭い目付きをする。そう、獣のように。
「ああ、頑張ったんだ。頑張ったのに………私は………」
「?」
「な、なんでもないぞ。まぁあれだ。色々あるのだ。そう、色々な」
「そうですか。悩みなら聞きます」
「大丈夫じゃ………自分でなんとかしなくちゃいけないからのぉ………」
「わかりました。そういえば、名前を聞いて無かったですね」
私は首を傾げて問う。
「そうじゃ、失礼した。秘密じゃが、名をヨウコと言う。ヨウコ・タマモじゃ。種族は九尾………まぁ獣人じゃな」
「種族ですか。でしたら、私は悪魔と婬魔のハーフです。彼は人間」
「はい。人間です」
「ほうほう。悪魔と婬魔は人間と変わらぬのだな?」
「近縁でしょう。あと婬魔だから姿が変わったかも知れませんね。私は」
「ほう、なるほどの~」
「ヨウコさん。番号は?」
「15じゃ」
「あっ!! 私、16ですね!! ちょうどいいですから一緒に行きましょう!!」
参加者少ないのか数は低かった。
「ふむ。まぁこれも何かの運命かの~」
「?」
「こっちの話じゃ………恥ずかしい所を見せるが。許しておくれ」
「は、はい!!」
ヨウコさんが呼ばれるまで。他愛のない話を続ける。彼女が呼ばれるのにそこそこ時間を要し。呼ばれた時に私たちのついでに一緒に行くのだった。
*
ヨウコは知り合いなのか衛兵に挨拶したあとに。私たちに案内をするといい。彼女についていく感じで劇場に足を踏み入れた。そして私は息を飲み込んだ。
外とはうって変わった世界。ここだけ世界が隔離されたかのような静けさの中で唯一、劇場の赤いカーテンの上がった舞台の上で誰かが歌っていた。迫力のある声が端から端までを巡らせる。
周りを見ると階ごとに席があり。中心にもぎっしりお客が座っていた。しかし、誰も声を発しない。ただただ台の上の姫様見習いを見て楽しんでいる。
(すごい!? これがオペラ座!? なにここ………狂気の作りだよこれ!?)
人間が残した遺産は。大きなアーティファクトのように魔力も循環していた。この建物が異様な世界を作り上げる聖域に近く。汚れを知らない。
そう私たちにとって異世界だった。
(そっか……生前の人間がこれを作りたかった理由はわかった。確かに素晴らしい物かも)
私はオペラ座に魅せられる。天井に吊り下がったシャンデリアから照らされた席。一つ一つの魔力のカンテラが劇場を彩る。
大きな垂れ幕に劇台を囲む観客席。天井には綺麗な刺繍のような薔薇の紋様。何処を見ても彩られてあり。素晴らしいとしか感想が出ない劇場だった。
何処にもない、ここしかない。だからだ。だからここに魅せられた人はやって来るんだとわかる。
(感化され。芸術家たちはここで作品を作る。そう………これは)
芸術家を呼ぶアーティファクトだ。
「ネフィアさん、舞台裏へ案内しますわ」
「は、はい。す、すごいです」
「ああ、驚いた。縁がない俺でも魅せられる」
「ふふ、最初はそう。でももっと凄いのは舞台上………数千の人が舞台に目線を送るその圧迫感とプレッシャーは凄いよ。そして、その喚起、歓迎、罵詈雑言。人の感情は短絡化され。喜怒哀楽でしか表現出来なくなるの」
歌うように詳しく語る彼女に私は首を傾げる。
「………詳しいですね?」
「ええ、詳しいです」
彼女についていき、舞台裏を見せてくれた。ここで待てばいいのだろうが。私は台の側まで行きたいといい。ついていくことにした。そして、事件は起きる。劇台へ上がった彼女の姿を見た観客が騒ぎだすのだ。
「ど、どういことだ?」
「彼女は、ヨウコさんだろ?」
「番号を持ってるけど………」
私たちはその声を聞き二人で首を傾げた。
「トキヤ、音拾いで拾うね」
「おう………でっ? なんで?」
トキヤが疑問符を投げ掛ける。
「………ヨウコさん。ここのオペラ座にいる女優の一人だって」
拾った声で判断した。彼女はすでに女優だ。詳しい訳だ。
「じゃぁ!?」
「そう、なんで選考に?」
不思議がっていた瞬間。彼女が歌い出す。それは非常に熱い歌だった。見た目から予想出来ないぐらいの深い大きい声量。さっきの歌っていた方とは一戦を越える声量に驚きを隠せなかった。芯が揺さぶられる音量だ。誰に向けた歌かを私たちはわからないが。彼女は告白をしている。何度目かの告白を歌としてぶつけるのだ。
「これが………オペラ!!」
彼女は精一杯歌いきった。歓声とともに拍手が鳴り響く。そして、彼女は叫んだ。
「オペラの怪人!! どう!! これでもまだ、足りないって言うの!!」
劇台の上で、指を差し。一人の人物を呼んだ。観客席は静まり。好奇の目で彼女を見る。指を差された人物がどれかわからない。
「何かを答えなさい‼ オペラの怪人!!」
パチパチパチ
一人の乾いた拍手の音が響く。
「ああ、素晴らしい。さすがはタマモさん。名女優の一人」
「……ええ!! あなたが教えてくださったからね!! あれから…………何ヵ月!! 私の答えを保留にするつもり‼」
「保留とは?」
「とぼけないで‼」
「とぼける? なんの事だい?」
「くぅ!! 私はあなたの事が好きって言葉よ!!」
「ふむ。なるほど~劇場のこの場で演じた私に恋を………それはそれは。悲しい事を」
「悲しいですって!?」
「ええ、悲しい。私は怪人。人を愛することを忘れた人物。申し訳ないが、選考がまだでしてお帰りください。タマモ姫」
「また、なぁなぁにするつもりか!!」
「演劇でまたお会い出来ます。そこで愛を語り合いましょう」
「く、くぅ」
音だけを拾った私は明確にわかった。振られている。あまりの突っ張ねた振り方に何故かムカッとした。あそこまで熱唱し、劇場で全力の告白。そう、これは何度も何度も行ってきた事なのだろう。その都度、はぐらかされている。
「ふん!!」
彼女は怒りを露に劇台をおりた。しかし、彼女の激情は暖かくこの観客席に受け入れられている事がわかる。楽しんでいるのだ。この状況を。観客たちは。
「ごめんなさい。私のわがままに付き合わせの。次は貴女の番」
彼女は、悲しそうな顔で私の肩を叩く。
「彼はいつもあんなのなんですか?」
「ええ、昔から。彼は彼を見せてくれない。そう誰にも。仮面で隠し続けてる」
黒い服の仮面男に私は何かを感じた。
「…………ちょっと遊んできますね。タマモさん。頑張ってください。顔を上げて。いつか!! 届きます!!」
「ええ、ありがとう。あなたは凄いね。こんなに囲まれて固くならないの? 私の歌を聞いても大丈夫だったの?」
彼女は私が自信を無くしたのではないかと気を使う。こんなに観客がいるなか緊張しないかとも言う。多くの人はそれで終わるだろう。
「大丈夫です。私の観客はトキヤだけ。緊張することも自信を無くすこともないですよ」
「そう、強い。あなた本当は誰かが気になるわ。その胆力と勇気を見ているとね……名のある人物でしょうね」
「ネフィア。いってら~楽しんでこい」
「はい、行ってきます」
私は胸を張り劇台に姿を晒すのだった。
§
私は堂々と舞台に上がった。幾多の視線が私に突き刺さる。圧巻の広さと、視線によるプレッシャー。だが生死に直結はしない
私が知っている死線よりも緊張する物でもなかった。マクシミリアン王よりも。トキヤの重症の怪我の時よりも全く気にならない。
考えてみれば場数は踏んでいる。いつでも刺客と戦わないといけない故に。
「…………ん」
舞台上から仮面をつけている男性を見つける。顔の半分を仮面で隠し腕を組んでいた。彼と目線が合い。私はなにも言わず見つめ続ける。観客席がざわつき始め、司会者に促された。
「緊張してるんでしょうか? さぁどうぞ歌っていただいて大丈夫です。持ち時間もありますから。急いでください」
「………」
私は沈黙を貫く。真っ直ぐ司会者に向き直り、スカートを持ってお辞儀をする。気持ちは晴れやかで息を吸い込んだ。
せっかくこんなに人が見ているのだ。せっかくだし知って貰おう、私と言う女性を。知って貰おう私の愛を。そして、彼に届けよう。この声を。
「ある、所に。鳥籠に囚われた鳥がいました」
私は静かに囁くように言葉を発する。ざわつきが驚きに変わり私の声に耳を澄ませた。か弱い女性の声を皆の耳元に届け。囁くように一人一人の耳に物語を紡ぐ。
「生まれた時から鳥は飛ぶことを知らず。鳥籠の外も知らず。ただただ囚われていました」
自分の物語を声に出して歌い出す。囚われた鳥が悲しく鳴く。弱く、中性的な声で外を見てみたいと鳴く。外の鳥は誰も私の声を聞こうとしない。悲しく鳴く歌。すぐに歌い終わり、持ち時間を気にせず。言葉を続けた。
「あなたは………だれ? 私を連れていってくれるの? 鳥籠から出してくれるの?」
「もちろん、そのために来た。さぁ、出ておいで」
観客席が大きくざわめいた。私の声と模倣した彼の声に驚きを隠せないのだろう。私は模倣した彼の声を風に乗せた。次は旅立ちの歌。
鳥が飛び立つ物語。最初は飛ぶことを忘れ、うまく飛べないが次第にしっかり飛べるようになり、彼と一緒に飛べるようになる歌。
だんだんと明るく。中性的な声から女性の豊かな声に変化させ次第にピアノの伴奏を増やしていく。歌を歌いながら、鳥たちの囁き『相い』が次第に囁き『愛』に変わる。
音を操り、彼の声に私の声にピアノの伴奏。混ざり合い、愛を語り合う。短い時間で私の物語を鳥として模倣する。そして、私は歌い終える。
「鳥は運命の出会いを果たし、末永く自由の空を彼と共に飛び続けるでしょう………長いお時間ありがとうございました」
スカートをつまんで深々とお礼を言う。そして、私は舞台裏へとさっときびすを返し表舞台から消え去った。そして、彼に声をかける。
「飛び続けましょうね?」
「ああ、飛び続けるだろうね。きみはきっと、空に巣を作るほどに。ネフィア」
トキヤの胸に飛び込む。その瞬間に背後から沈黙していた観客席から拍手と声援が飛んでくる。少し驚いた。適当に物語を歌っただけで彼等にはそこまで悪いものでは無かったようだ。
「あなた!? 一体何者!?」
ヨウコが訪ねる。
「えっと、愛の信仰者?」
「ネフィア帰るぞ」
「はーい」
「ちょっと待って!!」
「まだ、何か?」
「………あれは魔法?」
「ええ、愛の魔法です」
「愛の魔法………」
「ヨウコさんと一緒の愛の歌ですよ~」
私はそのまま舞台裏を去る。選考とかはどうでも良かったのだ。他の方々と一緒で観光とか記念で参加だ。
本気で努力している人には申し訳ないと思いながらも大きな広場で歌えたのは気持ちよかった。たまには全力でやるのもいいかもしれないと思いながらその場を後にする。
*
自分は驚いている。目の前の光景に目を奪われていた。この場でいる誰もが耳をさわりながら歌を聞いていたのだ。
劇場は広い。広い部屋を満たせる歌声は決まっている。しかし、彼女は違った。か弱い女性の声、中性的な少年の声。男の声を操り。時に耳元で囁かれたような、時に声量を大きくし満たす歌声。歌声の中で、何処から聞こえるピアノの旋律。
そう、完成されている。
一人でピアノを弾き、歌い、物語を作り、劇場を彼女の世界に変えてしまった。
初めての現象。これが魔法なのだろう。魔法とは便利で楽をするもの。戦うための方法だった筈だ。それを彼女は芸術にしてしまった。
彼女の魔法は恐ろしくそして新しい世界の物であり。彼女だけの物だ。莫大な魔力消費だろう。彼女のインパクトはその後も続き。他の選考者たちの歌がまったく耳に入ってこなかった。
そして全員の劇場での歌が終わった夜。選考会は荒れに荒れる。夜、発表を行おうとしたのだが決まらないのだ。時間を無視したルール違反は選考除外な筈だが票は集まってしまったのだ。観客席にいる客は全員が彼女に入れたと言っても過言ではない。私も彼女に入れたのだ。
「彼女は何処だ?」
「辞退したらしい………」
「辞退!? ヨウコさん!! 一緒にいましたよね‼」
「え、ええ。ルール違反したので帰ると言って別れました」
「それでは再選考を」
「いいや!! 彼女を選ぶべきだ」
「しかし、ルール違反は………」
「ルール違反? あれを見て未だにそういうのか?」
「そうだ、俺はルール違反は目を瞑るべきだ」
「おれは規則優先だ」
「いや」
「だめ」
「そう」
選考会は荒れ、決められずにいた。発表は明日になるだろう。
「私は帰ります」
自分は帰ろうと思う。
「まて!!」
「選考はあなた方でお決めになってください」
「お前はどこへ?」
「さぁ~風の向くままです。失礼」
私はその場を後にした。後ろから誰かがついてくるのを気付きながら、オペラ座を後にする。オペラ座から出た後。声をかけられる雰囲気を察して後ろを振り向いた。
「怪人、待つのじゃ」
「ん? ヨウコ嬢どうかされましたか?」
ヨウコ嬢は劇場と外では口調を変えている。外では特徴的な訛りを見せる。
「何処へ行こうとしてるのじゃ?」
「風の向くままです。怪しい人ですから」
「…………彼女を探しにいくのじゃな?」
「………ほう。何故そう思われたんでしょうか?」
「正直、悔しいが。私はお前の心を奪うほどの実力はなかったようじゃ。あれを見せられたら……ちと自信無くなるのぉ。あんな方法、思い付かんかった」
「……………」
珍しい。強気な態度とはうって変わった大人しい声色と表情。
「だが、お前と同じ。オペラ座の演劇者の一人じゃ。見てみたいと思うのじゃ………あの、女性の演技を歌を………同じじゃろ? 同じ劇場に上がってほしいじゃろ?」
「………ええ、もちろんです」
「探すのも大変じゃ。そこでじゃ。何処にいるか教えてやろうと思うのじゃ」
「ご存知で?」
「そうじゃ、知っておる。彼女は冒険者。冒険者と言えば冒険者ギルドの酒場じゃ。故にあれだけの観客席に怖じ気ず。真っ直ぐに上を向けたのじゃろう。多くの修羅場を潜っている」
「冒険者………素晴らしい!! 世界を駆ける冒険者の姫!! 何処にもいない逸材だ‼」
私は叫んだ。これほどに熱がある。
「…………ふん。まぁよかろう。しかし、冒険者。説得できるかの?」
「して見せましょう。オペラ座の怪人ですから!!」
「………では、教えようぞ」
私は胸高らかに彼女についていった。
*
嬉々として私についてくる仮面の男。他の都市ではきっと怪しい人で嫌われるだろう。だが、道行く人は彼を指差し。女性は手を振り。彼もそれに振り返す。
まるで、演劇の延長戦であり。一挙手一投足で未だに演じている。何処でもいつ見ても彼は仮面の男を演じていた。
「はぁ………」
「おや? ヨウコ嬢さま。溜め息をひとつつかれていますが?」
「お前の事で溜め息を吐いているのじゃ」
「それは、それは。あなたのような綺麗な方が私めに吐いてくださるとは。痛く申し訳ないと思います。お美しい顔が台無しです」
「………ふん。いつも通りだな‼」
「あらあら、お怒りの顔をお美しいです」
いつだって彼は。人を褒め称える。誰にだって、他の女性はそれでも喜ぶだろうが私は……もっと奥を知りたい。好きになったために強く反発した。「本当にめんどくさい男を好きになってしまった………まぁ好きになってしまう理由なぞ沢山あるがの」とそんなことを思いながら深く溜め息を吐いた。
「ヨウコ嬢。そろそろお怒りをお沈めください。今日の事でお怒りであれば。あれは素晴らしい歌でした。日々努力されているのでしょう。努力も才能であります」
「ありがとう。努力しているのは………お前もじゃ」
「ははは? 努力ですか? まっさか………わたしめは才能です。日々才能で過ごしてますよ!! はははは」
オペラ座の怪人は才能っと言い張る。私は知っている。人一倍努力していることを。全力なのを。
彼はまったく。表に苦労や俗世感を出さない。物語の登場人物のようの幻想的な雰囲気を醸し出している。人とは違う。彼は誰とも違う。だからこそ怪人なのだ。怪人を演じているのだ。
「…………感謝はしてるのじゃ」
「何か言いましたでしょうか?」
「…………感謝の言葉」
「ああ、勿体ないお言葉をありがとう!!」
まったく。感謝の言葉が彼には伝わった気がしない。届いてる気がしない。数年前から、そうだった。拾われた時も。
「ここです。冒険者の酒場じゃ」
「ほほう!! ここですか!! 勇敢なる英雄たちの集う場所とは‼」
だからだろう。彼女を利用しようと思っている。彼女は彼の仮面の奥まで届かせた。彼が自分の意思で彼女に会いに来ている。
「何処にいるのでしょう? おっいましたね!! 我らの新しい姫様が」
彼は喜ぶ。目に入ってないだろう。彼の隣の人物が。私は運命に感謝をする。機会をくれたことを。あの、ぶつかった一瞬が神の奇跡なら今なら信じる。稲荷の糞神とは別にいる神に。願わくば、彼の素顔が見れることを。
彼を貶めるのに彼女を利用しよう。彼女は言った。諦めてはいけない事を。彼女は大丈夫。例え、怪人が惚れても。彼女にはすでに運命のお相手がいるのだから。
怪人は、ちっとやそっとでは動かないなら………例え、私が悪女となろうと怪人の仮面を剥いでやると心に決めたのだった。
*
私はカウンターでトキヤと会話しながら。申し訳ない気持ちを吐露する。
「あーあ、時間制限無視で遊びすぎたなぁ~迷惑だったろうなぁ~」
「まぁ、時間内で収めるのは人数とかの関係だろうし、劇場見てみたいから参加して、時間無視で暴れまわったら怒られるのが普通だな」
「でしょぉ~迷惑迷惑」
ちょっと反省する。調子に乗ったのだ。
「さすが俺の嫁。嫌がらせは得意」
「やめてよ~いま、反省してるんだから。まぁ謝るのもどうかと思うけど」
「最低な屑だった。俺が言おう。クズ」
「だって!!………まぁその~劇場は綺麗だったね」
「ははは、お客さん。大丈夫大丈夫。そんな輩は多いから大丈夫だって!! 気にしない気にしない!! 遊びの奴もいるしな‼」
「みんなでやれば怖くないだけど迷惑だよねやっぱ」
「「キャアアアアア!!」」
「ん?」
後ろから女性の歓喜に満ちた叫び声が聞こえる。酒場の人が騒ぎだす。自分達は振り返ると仮面をつけた男が女性の対応に応じていた。
仮面の男を理解しているが。ここまでの人気だとは思わなかった。
「あれは!? 怪人!! 何故こんな所に!?」
「酒でも飲みに来たんでしょう?」
「まぁ店を変える気分の日もあるさ。風を浴びてくる」
興味を示さずにトキヤが席を立つ。私には関係ないことなので気のすることはない。振り向くのをやめて店長に声をかける。
「店長~怪人ってそんなにすごい?」
「嫁が大ファン。ああ嫁が喜んでる。あれ? こっち来るぞ?」
「ああ、これは運命でしょうか‼ お嬢さん!! 劇場では目が合いましたね?」
「店長~なにそれ~口開けっぱなしでどうしたの~変だよ~」
私はあんぐりと口を開けた店長を指を差す。
「………………」
「店長変なの~くすくす」
「お嬢さん」
「ん?」
私は声をする方に振り向く。仮面の男がゆっくり手を前に腰を折ってお辞儀をする。
「お嬢さん。劇場でお会いしましたオペラ座の怪人でございます」
「名前を言え。名前を…………」
「お、おい。お客さん!! 彼は名前は無いんだよ」
「あら。失礼」
「申し訳ございません。偽名ですがエリックとお呼びください」
「それでは。私も偽名でネフィア・ネロリリスと申し上げます」
「ああ、リリスとは天使の名前。名前の通り天使のようにお美しい人だ。劇場に舞い降りた天使でしょうか?」
ちょっとキザっぽく。私につっかかって来る。天使は間違ってる。
「悪魔ですが?」
「………おっと、これは失礼しました。悪魔とは思えぬ純粋で無垢なお美しいお嬢様でしたので勘違いをいたしました。申し訳ありません」
あっ……ナンパだこれ。私は察した。
「それって悪魔をバカにしてません? 悪魔は純粋で無垢ではなく醜いと仰るのですか? ちょと視野が狭いですよ?」
「……………」
本当になんだろうかこの人。そう、中身が見えない怪しい人だった。
*
彼を案内し、騒ぎの間に酒場の端へ身を隠すように椅子に座る。彼が他の女性を褒めて中々彼女に近付けない中。ネフィアさんの想い人である千家の血族の男。時也と言う男が私の隣に椅子を持ってきて置いて座った。
「彼はネフィアに用事があるように見えるが……なんのようだ?」
「ほう、そちはわかるのか?」
「だいたい、ネフィア目的で逢いに来るやつは多い。それが敵か味方かは別としてな」
「そうじゃ。案内した………用件は口説きにでも来たんじゃろ」
「へぇ~」
「…………焦らないのか? あいつは素晴らしいほどいい男じゃぞ」
「敵か味方は別としてな。モテるのは知っているし。今回が初めてじゃない。売春婦に間違われた事さえある。まぁ焦らないのは俺の気持ちは変わらないし。あそこまで好意が高いと疑う余地がない」
「それは、それは………ええ女じゃな」
「まぁ元男なんだけどな」
「!?」
「驚いてる暇はないぞ……仮面の男が接触する。天然の所があるから振るにしても面白いんだよなぁ。見てて」
「お前、ええ趣味しとるの」
「人の奥さん口説こうとするバカを見て楽しんで何が悪い?」
「まぁ、まぁ本来は怒る立場じゃな」
私は接触する二人を見る。悲しい事に気づいてもらっていない。声をかけたがまったく呼ばれている自覚がいようだ。
「ぷふぅ……」
「くくっ……くく」
珍しい。彼が少し困った仕草をしたのは演技なのだろうが。本当に困ってそうで笑いを隣の夫と堪える。
「名前を言え。名前を…………」
腹が捻れそうだ。オペラ座の怪人は確かに名前じゃない。
「彼女をすごい面白いのじゃ」
「俺もここまで面白いとは思わなかった。片方くっそ真面目に紳士を演じてるようで紳士じゃないもんな~名前は必要だろ~」
他の女性なら叫んで喜ぶが。外から冒険者として来たばっかりの人からすれば怪しい人なのだ。笑ってしまう。方や人気男優だが知らないのでは仕方がない。
「天使のように美しい方だ」
「悪魔ですが?」
「…………」
「はははは!! やらかしておるわ!! はははははは!!」
「くくくく。天使って褒め称えてもそりゃ~悪魔じゃなぁ!! ははは」
「ダメじゃ!! 予想外の事で予定が狂うが!! 腹が痛い」
「めっちゃ真面目に口説いてるのに!!」
彼は落ち着いた雰囲気で謝るのだった。丁寧な礼をする。
「それって悪魔をバカにしてませんか?」
なのに怒られている。言い方を間違えたようだ。
「なんじゃ!! ははは。褒め方間違っておるの!!」
「いや!? ネフィアが敵意剥き出しだから褒められてもあんな態度を取るんじゃないか?」
「ん? そうなのか?」
「………そう、思うだけだけど。あそこまでキツくは言わない」
「ほうほう………では何か考えがあるのか?」
「それもわからないが。先にヨウコさんの考えを聞かせてもらっていいんじゃないか?」
「……………ないぞ」
「俺らは冒険者。お金を積めば仕事はするぞ? たんまりあるだろ? そっちの方が楽でいい」
「確かに……………じゃぁ………頼もうかの?」
「ご契約ありがとうございます。依頼内容は?」
「彼の素顔をみたい。あとは………彼を手に入れたい」
「………了解。だっ……そうだネフィア」
「はーい」
「!?」
耳元で彼女の声が聞こえビックリし、カウンターを見ると不敵に笑う彼女と目線が会う。
「彼の話を聞いてみるね。報告は宿屋で」
「だっそうだ。案内しよう。ヨウコ嬢」
「…………そちら、とんだ悪党だな」
私は彼についていく。裏の顔を見に。
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