メス堕ち魔王は拐った勇者を気に入る『長編読者向け』

書くこと大好きな水銀党員

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隠居編

拐われた姫君

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§大帝国城塞都市ドレッドノート①

 大帝国首都ドレッドノート。夫であるトキヤの生まれ故郷。そして私がここで初めて冒険者になった土地である。

 私は椅子に座り、曇る窓をその手で拭きながら窓から見る城下町を見る。色んな人間が厚い冬服を来て行き交い、生活を営んでいるのが見えた。遠くにはもう1つ城のような冒険者ギルドの建物があり………懐かしく思う。

 何年か前に数ヵ月ほど住んでいたことを考えさせられる。当時は若く受付のお姉さんに女扱いされて怒ったし、店員のお仕事でお金を稼ごうとした。城をマッピングして、どうやってこの土地を攻めようかとかも考えた。

「ここから。始まったんですよね」

 私は落ち着きを取り戻したと言うよりは………昔に戻ったと思う。諦めた日々に逆戻り。閉じ込められているのは慣れていた。いや、慣れさせられた。

「…………」

 そう思っていたのに。

「トキヤ………」

 昔と違い………私は一度外を飛び回ってしまい………楽しい日々を過ごしてしまった。眼下の城下町を見たときにあそこを走っていた私を思い出し………幸せだった日々を思い出し………窓に触れる。

 力は使えない、鉄格子さえ燃やすことも出来ない。心の炎も翼を一瞬でもがれてしまった。

「………」

 拷問もされる事もなく無為に時間だけが過ぎていく。自害も許されず。ただ………ただ………城下町の人々を見るだけ。

「………………すぅ」

 鉄格子の間から少し窓を開けた。冷たい風が部屋に入ってくる。気を紛らわせるために私は深呼吸をして…………言葉を紡ぐ。音を……ピアノの音を創造し風に乗せて声を届けようとする。

 透き通った冬の空気。その空気に私は歌を乗せる。気を紛らわそうと歌い出したが………出たのは恋慕………トキヤを求む歌だった。

 願わくば愛しいあの人にこの声と歌が届きますようにと。

「……………うぅ」

 歌い終え私は顔を押さえる。昔には戻れない。あの幸せだった日々に。

 会いたい………彼に………トキヤに。

 彼は私に寂しさを教え………そして愛を教えてくれた。

 だから。私は彼を想い涙が出るのだった。失ったお腹を撫でながら。



 


 俺は数日間に城下町で噂になっている原因を知っていたし、その歌い手に心当たりがあった。城の廊下を歩きながら背後についてきている皇女。婚約者のネリスが問い掛けた。

「トキヤ。何処へ行くのです?」

「魔王の元へだ」

「何故?」

「城下町で噂になっている。城に美しい声の姫が囚われているとな。実際、窓から魔王を見たものもいる。その美しい姿にどこの令嬢なのかと噂が立っている」

「………別にあなたが行ってどうこうする事はないわ。衛兵に任せればいい。拷問も何もしないのでしょう?」

「…………しないな。死にたがりの女を拷問して、死なれても困る。お前はついてくるな」

「どうして?」

「また。ぶったりするだろう」

「………さぁ? そんなことしました?」

「………ついてくるな」

「はいはい。わかりました。でも1つだけ」

「なんだ?」

「あなたは私の婚約者なのよ。それだけは覆せないわ」

「……ああ」

 女神がそう創った。覆せはしない。それに俺は皇族ではない、陛下の血筋は創った時に混ぜただろうかパッと出の男がズカズカ偉そうにしていても気に入らないだろう。ネリスはいい後ろ盾なのだ。俺は彼女から威を借りている。

「あいつは悪魔。人間を魅了してたぶらかす。気を付けて、歌を止めるには良いことだけどね」

「そうだ。それがあるから歌も『やめるよう』に言う」

 元オペラ歌手と言われても本当にその通りなほどに歌が届くのだ。ネリスが踵を返し、俺は封印術が施された部屋へたどり着く。二人の衛兵に敬礼し、扉を開けてもらう。

 悲しい声で囀ずる姫が座ったままで出迎えてくれる。近くまで歩いたが気付かない。声をかけてやっとだ。

「おい」

「………あら」

「落ち着いたか。もう死ぬ気は無くなったか?」

「……………死ねないのに『どうしろ』と言うのですか?」

 潤んだ瞳で私を見上げる。あまりに綺麗な瞳に吸い込まれそうな錯覚がおきた。拳を固く締める。

「歌うのをやめろ」

「………今度は声も奪うのですね」

 彼女は窓を見る。寂しそうな横顔に心がざわつく。

「拷問や殺さないだけ恩情と思え」

「ひとつ………いいですか?」

「なんだ?」

「…………国賓を招くような厚遇。何ででしょうか?」

「罠は最後までとっておく」

「………生死は関係ないです」

「盾にする」

「拷問しても大丈夫ですよね」

「…………ふん。しなくてもしても変わらない」

「優しいですね。拐っておいて何もしないのですから」

「………ふん。そんなことよりも歌は禁ずる」

「わかりました。ただ………最後に歌わせて貰ってもいいですか?」

 断るべきだ。そんなのは許しちゃいけない。

「いいぞ」

 だが、出る言葉は全く逆の言葉を口にした。

「ありがとうございます。ええっと…………勇者さま」

 胸の奥で痛みがする。名前を呼ばれなかった事に何処か………寂しさを覚える。

「………ふぅ………」

 彼女は歌を囀ずる。窓の外に向けて寂しく………想いを乗せて。その姿に胸が締め付けられる。

「…………」

 彼女の想いは元勇者。裏切り者に捧げている。それを考えるだけで苛立ちを覚えたのだった。







 彼女の部屋から玉座の間へ廊下を歩きながら俺は悩む。

「トキヤさん。どうした?」

「ああ、何でもないです。悩み事ですよ」

 衛兵に声をかけて貰える。

「悩みですか? 自分もなんすよ」

「………ん?」

「最近、聞こえる歌が耳から離れねぇんすよ」

「ああ。大丈夫。もう聞こえないぞ多分」

「そうなんすねぇ~噂では何処かの姫様が歌われてたって言うじゃないすか? きっと綺麗な方なんでしょうね~あれでしょ? 他国の姫様」

「………何処でその情報を?」

「使用人でさぁ。最近、お料理や身の回りを世話してるって言うんですが。驚くぐらい綺麗な方って言うんですよ」

 それは魅せられている。彼女の種族特性だろう。理想の像を魅せるのだ。

「どんな姿だい? きっとその人の好みだろう?」

「違うっす。金色に靡く長い髪に切れ長の目に長い睫毛。とにかく美少女らしいっす」

 種族特性ではないようだ。まぁ、本当に綺麗な娘だ。

「一度でいいから会ってみたいっすねぇ~」

「やめとけ。魅せられてぼろ雑巾のように使われる」

「そりゃ~そんだけ綺麗ならワガママでしょうねぇ」

「………まぁ」

 彼女はそんなことはしないだろう。どちらかと言えば………尽くす。完成された女性なんて気味が悪いが彼女はそれが普通だろう。わかる。一目見たときから。

「トキヤさん。辛そうっすね」

「?」

「顔が凄い歪んでるっす」

「ああ、悩みが深いんだ」

 俺は悩んでいる。

「じゃぁまた」

「はい………またっす」

 衛兵の一人と別れた。俺は何をしたいのだろうか。女神が創った俺は何をしているのだろうか。






 私は悩んだ。トキヤが理由も無く彼女の部屋に向かう日々は続いている。しかも部屋に入らず衛兵に状態を聞いて帰ると言う。面白くない。面白くない。

「トキヤ………拷問させて」

「どうしたらいきなり?」

「魔王を痛め付けたい」

「………やめろと言ったではないか?」

 執務室で彼は苦虫を潰した顔をする。

「何故? 彼女を庇うの?」

「………処刑をするんだ。それまで穏やかに過ごさせればいい」

「処刑を?」

「神がジビレを切らして神託が下った。断頭台で首を落とし晒す」

「なら………いいわ!! 楽しみ!! いついつ?」

 あの憎き女が死ぬ日を私は聞く。わくわくが止まらない。

「10日後」

「わかった。楽しみぃ!! 死体の処理は任せてほしいわ」

「いいだろう………」

「楽しみね。色々出来そう」

「…………はぁ」

「なにため息ついてるの?」

「いいや。何でもない」

「ええ~言いなさいよ~」

「まぁ比較したらな。ため息出てしまっただけだ」

「ん?」

 何かムッとした。何となくバカにされている気がしたからだ。

「まぁ10日後だ………」

 彼は気が乗らないと言った表情で私から目線をそらす。私はモヤッとした気持ちだったが魔王が消えるのだから気にせずにその日は彼と寝たのだった。






 処刑決まったらしい。直接勇者が私に伝えてきたのだった。私はそれを頷く。

「遅かれ早かれです。ただ………最後に一度でもいいからトキヤに会いたかったです」

「あっさり諦めるのだな」

「………どうすることも出来ませんから。諦めるのしかないんです」

「ふん。女神も気紛れで困る。処刑も女神がやれやれうるさいんだ。最初は罠で元勇者を誘って殺そうとしたが。君を殺して見せつける方が楽しいだと気付いたらしい」

「私の子を殺した女神らしいですね」

「…………ああ」

 複雑そうな顔の彼に私は言う。

「勇者が魔王を殺すのは普通なんです。たまたま………それが伸びただけです。気にやむことなんてないんですよ」

「……………ふん」

 トントン

「すいません!! トキヤ殿………退出いいでしょうか?」

 部屋に数人の衛兵が慌てて入ってきた。慣れた手つきで私の手と足に手枷をはめる。最近は彼がいるときは外して貰っている。何故かわからないが。

「なんだ!? 処刑は10日後だろ!? それにお前らは………親衛隊じゃないか!?」

「トキヤ殿退出いいでしょうか?」

 一人の衛兵の長が勇者を連れ出す。衛兵に囲まれながら私は首を傾げた。何故こうも護衛がいるのだろう。直立不動の彼らが唐突に敬礼をし出す。

 そしてその異様な光景の中、扉から白髪のおじいさまが現れる。豪華な衣装に鋭い目。腰は曲がっておらずズカズカと部屋に入ってきた。その威風堂々たるや、風格と強さを持っている。大きな体。太い腕。大きい手のひら。全てが力強い。

「魔王と言ったな」

「元魔王です。今はただのか弱き女ですよ」

 私は手枷を見せる。何も出来ないことを示した。

「そうか………おい!! 手枷を外せ」

「いけません。ダメです」

 私はそれを拒否する。私が否定したのを周りは驚く。

「……何故だ?」

「私は魔族であり元魔王であり危険人物です。皇帝陛下。もしもの事があったらダメでしょう」

 私は何故か直感で彼が皇帝陛下とわかる。誰だってわかる。分かりやすい。いや、もう彼がそうだと雰囲気で見せている。これがこの国の王だ。

「ふ、ふふふ。はははははははは」

 彼は豪快にまるで領主ヘルカイトのように笑う。

「初めまして、ネフィア・ネロリリスです」

 立ち上がって私は頭を下げたのだった。私はただの小娘だから。


§大帝国城塞都市ドレッドノート②



「顔を上げよ。同じ王ではないか?」

 私は言われるまま顔を上げる。

「元魔王と言いました。すでにその身分は捨てております。いえ、譲位いたしました」

 囚われている私に何の用事があるのかが知らないが私の元にこの帝国の頂点を築いた人が目の前に立っている。

「ふむ。俺の名前はグラム・ドレッドノート。我が帝国へようこそ。ネフィア姫」

「はい。厚遇感謝します」

「皮肉に聞こえるな?」

「いいえ。とんでもございません」

 皮肉だ。ちょっとだけの……抵抗。拐っておいて厚遇と言う。

「…………変わった女だ。衛兵長」

「はっ!!」

「全員を連れて外へ。自由行動だ」

「し、しかし!! 危険では!?」

「手枷をつけているだろうが。それに………老いてもまだ女に負けるような非力ではない‼」

「…………畏まりました。衛兵を数人扉で待機させときます。なにかありましたらお声をお掛けください」

「うむ」

 衛兵たちが皆部屋から出ていく。それを確認後、皇帝陛下は向かいの席へ座わった。

「ふぅ………全く。固いやつらだ」

「私は当然の対応だったと思います」

「まぁよい。これでゆっくり話が出来る………」

 椅子に座った瞬間深いため息を吐き疲れきった顔を私に見せた。今さっきの風格はどこへやら。ただの歳を取ったおじいちゃんに見える。

「はぁ………もう歳で長くはないと言うのに。威張ってしまう」 

「………」

「意外な顔をしているな」

 意外しかないでしょう。こんなこと、奴隷のように落ちぶれている私に重要人物が会いに来てるのだから。

「まぁ理由を話そう。ベットで横になっていると聞こえてきたんだ歌が…………それも悲しい歌が。最近は聞かないが聞けば禁止されていたのだろう」

「………はい」

「禁止は取り止めよう。そこで、明るい歌でも聞きたいと思い訪れた」

「陛下、来ていただき嬉しゅうございます。ですが…………今は明るく楽しい歌は歌えないと思います」

「そうか。無理か………いや。そうだな、考えればそうか」

「申し訳ありません。陛下」

「では代わりに、この老いぼれの話し相手でもしてはくれぬか?」

「はい、喜んで。ここには何もありませんから」

 私は少しだけ笑みを溢す。変わった出会い方だった。最後に皇帝陛下を見れる機会はもうないだろう。彼は使用人を呼び何かを持ってくるように指示を出した。

「手枷も外せ」

「ダメです。私自身もそれは………」

「どうやって私が用意させた物を飲む? ネフィア姫」

「すいませんでした。ありがたくいただきます」

 私に使用人が手枷足枷を外す、それを持って使用人は部屋を出た。数分後、見覚えのある木の実とクッキーが皿に乗せられて私と皇帝陛下の前にお出しされる。木の実に穴を開けてグラスに注ぐ。芳醇な香りが漂う。

「これは魔族の都市で手に入ったと聞く。世界樹の木の実だ。中には酒がある」

「世界樹ですか?」

「知っているだろう。世界一大きい樹である。生命力に溢れた樹だ。伝承でしか知らないか?」

「いえ…………その…………陛下」

「ん?」

「商人と言うのは嘘でも言って買わせようとします。だから………」

 陛下が顎を撫でる。

「世界樹の木の実ではないのだろう。やはりな………ではなんだと言うのだ?」

「はい。この木の実は女の子の頑張りで実ってます。亞人、樹の精。ドリアードの木の実です」

「ドリアードとは?」

「木が本体の種族です。私の故郷の大きな大きな木がドリアードです。彼女はユグドラシルと言う名前です。私の友人の娘ですね」

「そうか………魔族の実か。優しい味だ」

「ユグドラシルちゃんは優しい女の子ですから」

 口に含むと仄かな甘さと芳醇な香りが広がり。美味な甘い白いワインだった。驚く、どうやって作ってるのだろう。何か……懐かしさも感じる。

「懐かしい味です」

 拐われて数日しかたっていないと思う。なのに何年の前のことのような気持ちになる。

「魔国はどう言った場所だ?」

「色んな種族が自分の土地だけで引きこもって住んでいます。色んな方が居て、色んな方が自由を謳歌しています。纏まりはないですね」

「纏まりはないのに何故、帝国は長年支配下に置けないのだろうな?」

「時間の問題でしょう」

「…………時間か。ははははは」

 陛下が寂しそう笑い、立ち上がり窓の外を見る。

「最初は小さい地域だった」

「………?」

「老いぼれの昔話だ聞いてくれるか?」

「処刑がある日までなら」

「そうか………では………聞いてくれ。誰も老いぼれの話を聞いてはくれぬのだ」

「聞いてはくれませんか?」

「………ああ」

 陛下の背は大きく見える。私は彼の若き日の背を見る。夢の中のような錯覚が襲ったのだった。

 荒野をドラゴンの紋章が書かれた旗と剣を掲げる。馬に乗り声を荒げて先頭を走る。多くの敵と対峙し倒して来た。四方八方を駆け巡る旗の光景を。

「……ん」

 目を擦ると今さっきのは幻だったようだ。

「どうした?」

「私は夢魔と言う種族です。短い間、夢を見ました。広大な土地を駆け巡り………征服していくお姿を。皇帝陛下、あなたは初代ですか?」

「いかにも初代だ」

 私は目の前のお祖父様に尊敬の念を持つ。これを彼は一代で築いたのだから。





 帝国の歴史は深い。1000年以上前には帝国になる前の国があったと言う。ここまで大きくなったのは500年。色んな戦いの中で大きくなったのだ。

「500才ですか?」

「…………そうだ」

「人でそこまで生きられるなんて………それにお若く感じます」

「魔物や病気をしなければ生きられるが………中身はズタズタだ。私もそう……長くはない。意味なく生きている」

「意味ですか?」

「自分の手に負えないと判断し白騎士黒騎士四方騎士を作ったが………気付けば城に閉じ込められた。長い戦が奴らに力をつけさせた。ただただ何も出来なくなっていき。そう………前線へ赴く事も。仲間と約束し最後の一人となって全てを見届けて逝こうとしたが……………つまらない国になった。今は偽物のワシの影武者が動かしている。親衛隊なんてワシの監視役だ」

 つまらない国と彼は言う。私には立派な国にしか、おもえないのだけど。彼は「つまらない」と言う。

「目指すべき物は?」

「この大陸を統一すること。全ての国に我が国旗を立たせるのが夢だった」

「………時間が足りないですね。それは」

「そうだ。昔ほど若くは無く。力も失った。老いては夢だけが先走り………結局。諦める事になった」

「後継者は? 後継者に夢を託すのはどうでしょうか?」

「魔族でありながら。魔国を心配せずに助言か?」

「今は魔族の前に……友でしょう。胸の内をはなさってくださってます。この場だけは……ですが」

「友か……何年ぶりに聞く」

「お立場が違うのでしょう」

 誰にも言えない事を。皇帝だからこそ。弱い姿は見せず。ただただ王を演じるために生きてきた。そんな彼の最後の時間に私はいる。

「友と呼べるものはみな病に伏した。最後に残ったのは自分だ。ゲホッ………」

 陛下が膝をつく。そして何度も何度も咳を吐く。私はゆっくり近付き彼の背中を撫でる。少しだけなら魔力は使えるだろう。痛みぐらいは癒せそうだ。

「!?」

「確かにもう。体はボロボロですね…………痛くはないですか?」

「………落ち着いた。魔族でありながら癒し手でもあるのか?」

「これは、ある人がいつもいつも無理をするので出来るようになりました。鎮痛だけですが」

「………そうか。ネフィアと言ったな」

「はい………」

「男はいるか?」

「申し訳わりません………います」

「そうか。素晴らしい姫だ。男はきっとそれ相応の強さを持っているのだろう」

「はい」

「聞かせてもらえぬか? その男の事を」

「はい!! ですが先ずは発作を落ち着かせましょう」

 私は肩をお貸しし椅子に座らせた後に使用人を呼んだ。お薬と暖かい湯を頼む。

「ふぅ………ふぅ………」

「あまり無理はなされてはいけませんね」

「ああ。全くだ」

 私は体を拭く用に置いていただいているタオルで陛下の汗を拭った。

「全く………いい女だ」

「それは弱っている時に見れば誰だっていい女に見えますよ?」

「違いない………」

 発作が落ち着くまで私は陛下の背を撫でるのだった。






 俺は陛下の病室が変わったことを聞き、移った先に眉を潜める。だから、問いただしに部屋を訪れる。

「魔王、陛下をどうした!!」

「………何でしょうか?」

「処刑の取り止め!! そして………厚遇を約束された。陛下を魅了したのか?」

「魅了したかと言われればしたのかもしれません。ですが………こればっかりは私は引きません」

「なにぃ!?」

「ご老体を邪険にして………功労者を煙たがって………確かに野心はあるかもしれませんが………話し相手ぐらいは出来るでしょう!!」

 俺は驚く。この前まで死にそうだった彼女が元気よく歯向かってくる。燃えるように激しい思いを見せた。

「話し相手ぐらい………するさ」

「………私は陛下を尊敬する一人です。それ以上もそれ以下もない」

「尊敬!?………魔族でありお前が!?」

「ネフィアとして………王を尊敬して何が悪いでしょうか? 元魔王だったからこそ………苦労がわかる。私には出来ない事をやってこられた方だ」

「……………聞きたい」

「何でしょうか?」

「もし。陛下が『魔国を滅ぼす』と言うのなら。お前の意見は!!」

「賛同します。反対します。話をします」

「…………」

「私たちは口があるのです。言葉を交わせば何がしたいかを理解できる。それに………昔の帝国はひどいながらも優しかった」

 何を言っているか理解が出来ない。だが、一つだけわかった事がある。

「現魔王を殺したが………」

 「拐ってしまったのは悪手だったのではないか?」と思ってしまう。

「………殺したのですか? 彼を?」

「強かったが俺のが強い。偽勇者が失敗作なら。女神が言う、完成された祝福が俺だ。当たり前のことだ」

「帝国の勝利ですね。トップがいないので」

「何故、余裕なんだ」

「…………トキヤ以外はいりませんから」

 恐ろしく歪んでいる。そして、一本芯が通っている。そう……強い。

「偽勇者のどこがいいんだ? 君を護れはしなかった」

「全て」

 ハッキリ言葉を言う。とりつく島もない。真っ直ぐ見つめる彼女の視線。凛々しく立つ姿は美しい。

「…………陛下にくれぐれも悪さをしないように」

「はい」

 俺は踵を返す。頭を押さえながら。






 数日間、私は陛下と同じ時間を共にした。彼は胸の内を全てを吐き出すように昔話を話してくれた。彼と言う長い歴史を刻むように私に話をする。覚える。

 それはまるで英雄譚。私は話にのめり込んだ。一瞬でもトキヤを忘れるほどに。全てを話せた訳じゃないが…………陛下の顔が若い夢を持った青年のように見える。幻覚だったが確かに見た。

「魔王………いや………元魔王か。問おう。ネフィア姫ならどうやって世界を手に入れる?」

「世界もなにも興味は無く。近くの愛しい人の世界だけで十分です」

「………それはいい。もしも手に入れなければ……そやつが手に入らないなら? どうする?」

 誘導。聞きたいのだろう。値踏みされている気がする。

「もし、そうだったなら…………出来ません」

「出来ない?」

「…………はい。魔国を統一しそれで終わりです。ごめんなさい何も案がないんです。おぼろ気にただこうすれば良くなるとしか思えないんです。熱意が出ないです」

「ネフィア。私から一つ。老人の忠告をいたそう」

 陛下が腕を組み笑う。

「王とはなんだネフィア? 王はどうやってなる?」

「国民が決めて………『この人なら』と思う人ですね。力もある才能もある。王になる能力者です」

「違う」

「?」

「私は一切能力なんてない。手にした剣がたまたま聖剣であり。それを振るう力があっただけだ」

「ですから力があった………」

 陛下が首を振る。そして指を上にあげた。

「ネフィア・ネロリリス。王を選ぶのはこれだ」

「天井ですか?」

「ククク、笑わせる。もっと上。天だ」

「???」

「わからぬか? 王とは天が決める。故に王だと」

「それの意味は…………誰が王になるかわからない? ですか?」

「そうだ。例え、何があっても王になるやつは王になる。何も知らない奴でもな‼」

「女神が決めるのですか? 女神は………ひどい人です」

「違う。女神なぞ信じない。だが………俺は王だ」

 強く笑みを出す。

「悔しいのはお前の言う素晴らしい英国。魔族亞人の統べる国を我が帝国に与し。旗を掲げる事が出来なかった事だけだな」

「大丈夫。誰かかが魔王のいない魔国を統一しますよ。人間は………私の夫は強いです。強いですから」

「ククク。ああ、晩年になり枯れたと思っていたが楽しいなぁ………世界の話は。やはり壁の外こそ理想郷なり」

「お気持ちわかります。ですがそれもまた知れるのは強さをお持ちゆえです」

「世界は昔は狭く感じたが………愚かだった。世界はまだまだ広く飽きさせない。ああもう一度………若き力が欲しい程に。さすればまた駆けたものを」

 楽しそうに愛しいという陛下に相槌を打った。確かにそれは一種の楽しみだろう。否定はしない。

「ネフィア嬢。あとひとつ聞こうと思っていた。ランスロットは元気か? たまたま剣を抜けてしまった若者だが。剣に選ばれた。遠い孫、養子の子だか気になる」

「元気です。亞人を妻に持ち日々を生きてます。一応はご友人ですね」

「そうか………理由あって王にはなれなんだ。しかし、英魔国に取られた逸材。真の白騎士だった。友達と言ったな?」

「はい、旦那様の親友ですから」

「そうか。わかった。そういう事だな」

「ランスロットさんは帰ってきませんね。妻を溺愛してますから」

「ふむ。今の偽物の候補者よりずっと良かったのだがな。奪われたなら仕方ない」

 聞けば剣はすり変わっているらしい。実物は消えた。

「これもまた。天が決めるか………」

「ありがたいお話。ありがとうございますですが…………囚われの身。いかせる日があればいいですね」

「お前の言う彼はやってくる。そして………婿王子トキヤと戦うだろう。奴は強い。お前の愛しい騎士は勝てるか?」

「勝ると信じたいです…………」

「まぁワシも賭けるとしよう」

「私の彼にですか?」

「いいや」

 陛下は不敵な笑みを溢し私を見るだけだった。


§大帝国城塞都市ドレッドノート③



 帝国へ拐われてから1月が経とうとしている。あっという間だったような気がする。一人長く苦しむと思ったが色々と良くしてくれるからだろう。しかし、私は今の状況に狼狽えてしまう。尋問されているからだ。考えてみればここは帝国。深いローブを着た男性が私の目の前に座る。そう、昔は私を殺そうとした相手。黒騎士団長が目の前に座っているのだ。少し悩ましい。

「煙草吸ってもよろしいか? ネフィア嬢」

「は、はい」

 私は初めて黒騎士団長と二人きりになった。彼は懐からケースを取りだし嗜好品を嗜む。

「舞踏会から久しいですね。陛下に了承をいただき謁見を許されました」

「………グラムお爺様は何故こうも私に優しくしてくれるのでしょうか?」

 厚遇、一室に閉じ込められているが不自由はしていない。お風呂についても時間で許されている。逃げられないように衛兵がついているが自由だ。

「それは歌を歌われている。陛下が『気に入った』と言うことです」

「ええ。グラムお爺様は………慰めてくださいます。お返しできるのは歌だけですから。精一杯歌わせてもらってます」

「トキヤは元気ですか?」

「………子供が亡くなってずっと二人で泣いてました。その時に拐われましたので。どうなったか私はわかりません」

「子が? 魔族と人の子が出来ると?」

「出来ます」

 言い切った。

「………いい情報です。気を付けましょう」

 きっと帝国に魔族を入れないように注意するのだろう。それでいいと思う。私のようにならないためには触れ合うべきではなのでしょうから。

「次にランスロット殿は剣に何か言っておりましたか?」

「剣ですか? エクスカリパーですか?」

「エクスカリパー?」

「偽物の剣をいたく気に入っておりました」

「…………偽物ではないですが? まぁいいでしょう。何かの手違いで偽物っと思ったのでしょうね」

「偽物でしょう? 抜けましたよ皆さん?」

「………ん? そうですか。偽物ですねそれは」

 仮面の奥の表情が読めない。私の知り合いに好き好んで仮面を被る優男がいるけれど。少し違う、自分を隠そうとしている。

「色々、ありましたがこうやって話が出来ると言うのはいいですね。中々有用な情報を持っている。連合国も編入が終わりそうですし魔国へ攻めるのも時間の問題ですね。魔王が不在な今がチャンスです」

「…………陛下は『諦めた』と言っておりましたが?」

「四方騎士団がやる気ですから。ですので急所を教えろ」

「急所をですか? ええっと…………中心ですか? 商業都市は名前もついていないほど纏まっておりませんから。制圧できれば中心に位置しますし………なんとかなるのではないでしょうか?」

「………やはりそこか」

「その………私はあまり才能はなく。しっかり助言は出来かねます」

「ふん。裏切り者から聞く情報は鵜呑みにするほど愚かではないが………聞くだけ聞けば何かが掴める。最後になるが…………女神とはなんだ?」

 黒騎士団長が煙草を吐きながら聞いてくる。

「女神ですか………」

「ネリス嬢が連れてきた男だ。確かに容姿は奴でありネリス嬢が言うには『女神が授けてくれた』と言う。全く情報もない…………一から人間を作るなぞ」

「…………でも目の前にいますよね?」

「ああ、不気味だ。女神がいるということが不気味だ」

 黒騎士団長が皿に煙草を押し付ける。そしてもう一本取り出して火をつける。香草の焦げる臭いが部屋に満ちていく。

「そんな高位な存在がいるのかどうかを聞いている」

「結論はいます。世迷い言でしょう。しかし、いるのです。そして…………私たちに囁くのです。悪魔のように。我が子を呪い殺したように」

「…………その話は誰が知っている?」

「知っている方は少ないと思います。少なくとも勇者に類する方は知っています。聖職者であればわかる方はわかるでしょう」

「そうか…………わかった。今のところ新しいトキヤは益になっている。今のところはな」

「…………」

「だが、出る杭は打たれる」

「信用してないのですか?」

「お前は信用出来るのか?」

 首を私は振る。信用はしたくない。我が子を殺されたのだ。その女神の尖兵に「信用しろ」と言うのは難しい。それに…………違う理由で苦手なのだ。

「ふぅ………全く。何かが始まろうとしているのは思っていたが………わからないままだ」

 たばこを深く吸い込んで吐いた。わっかの煙が空に上がっていく。黒騎士団長は何を考えているか私にはわからなかったが複雑な心境なのは察する事が出来た。

 味方を疑うのが仕事なのだ。黒騎士は。







 昨日、黒騎士団長の尋問は夜まで続き。根掘り葉掘り聞かれた。嘘は言っておらず。嘘を言えば鳴るベルを用意していたらしい。逆に嘘を一つも言わなかった事に驚きのお言葉と「アホ」と言うお言葉をいただいたのだった。

「おはようございます。ネフィア嬢」

 監視と身の回りのことを相談係りとして新しくご用意された騎士が私を起こす。私は今、能力が制限されているのか………夢が一切見れない状態が続いている。しかし、良かったと思ってもいる。

 子を失った事を。子を孕んでいたときを思い出して夢に見たらきっと…………起きたとき泣き叫ぶ。絶対に。

「おはようございます。衛兵さん」

「すいません。おやすみの所ですが………謁見依頼がありました」

「はい」

「服を着替え、ご用意ください」

「わかりました」

 衛兵がそそくさを部屋を出る。私は出たことを確認し………お花を摘みに行った後に白いドレスに着替える。

 着替えが終わると扉を開け、衛兵に用意が出来たことを伝えた。朝食が運ばれ私はそれを口にする。

 陛下が来るまで食事の喉を通らなかったが。少し元気が戻ったのか食べられるようになった。少し痩せたがまた戻りつつある。食事を終えるとそれをゆっくり下げ。そして………私は座りながらその時を待つ。

トントン

「どうぞ」

 戸を叩く音に返事をした。すると、扉が開け放たれ。一人の小柄で黒い長い髪の女性がおじきをして入室する。私も立ち上がり頭を下げる。

「ネフィア・ネロリリスと言います。初めまして」

「アメリア・アフトクラトルと言います。初めまして魔国の姫様」

 魔国の姫様ではないが私は黙っておく。関係ない話だから。それよりも私は名前に驚く。

「アフトクラトルですか!?」

「アフトクラトル家です。私はランスロットの母親でございます」

「ランスロットさんのお母様でございますか!?」

 私は狼狽える。別にトキヤのお母様でもないが知り合いのお母様と聞くだけでもドキマギしてしまう。きっと息子についてだろう。

 本当にどうしよう。アラクネと人間と言う付き合いを伝えるのは勇気がいる。

「席をどうぞ」

「ありがとう………本当に魔族なんですか?」

「はい。悪魔と婬魔のハーフです。皆さん疑いますけどね」

「ごめんなさい。失礼を」

「いえ!! 気にしません!! それに………お堅いのは少し疲れるので自然体でいいですか?」

「はい。私もその方がよろしいです」

 席に座る少女みたいな女性。出るとこは出ているが体が小さく。黒長い髪と相まって若く見える。

 ランスロットが成人を越えた年なので40~50以上と思うのだが成人したての女性のように若々しい。肌の張りもシワもない。雰囲気だけは大人である。

 使用人がお茶とお菓子を用意してくれる。用意が終わったのを確認してアメリアさんは口を開いた。

「ランスロットはお元気ですか?」

「はい。1ヶ月前ぐらいの情報ですが新しい都市で冒険者を纏めるギルド長をしております」

「そう………良かった。一人息子だから………気になってたの。手紙で奥さん見つけた事が書いてたのどんな方?」

「えっと………」

 目線を剃らしてしまう。奥さん蜘蛛ですなんて言えばどうなるんだろうか。考えたくない。しかし、追々言わなくちゃいけないとも。

「お名前とか教えてほしいです」

「リディア・アラクネ・アフトクラトルです。その…………人間じゃないです」

「知ってます。ただ………容姿については一切書かれてませんでした。手紙には」

「驚くからと思います。アメリア奥様。驚かれますが………容姿については不思議な種族です」

「覚悟しております。どうやってその方と出会ったのでしょうか?」

 私は覚悟を決めて全てをお話しする。水浴びを覗いた時から始まった魔物を恋に落とした話を。話を終えたとき、アメリア奥さまは驚いた表情で私を見る。

「そんな稀有な事があったのですね」

「はい、ありました。今では家で夫を待つただ一人の女性です。魔物とか侮蔑されるかもしれませんが………深く愛し合ってますので許してあげてください」

「帝国には息子が好む令嬢はいませんでした。きっと魔物でありながら美しいのでしょう。貴女のように………本当に彼の子。家の事なんて気にせず愛に生きるなんてね」

「ランスロットさんのお父さんはどんな人ですか?」

「物語の王子様に憧れる子供のような人です。息子をまるで王子様のようにするのは違うと思うんですが……言うことは聞かなかったですね。息子もそれが合ったのか本当に物語の王子様みたいになちゃって…………一人息子だったから期待してたんです」

 深い溜め息を吐くが。節々に愛を感じる言葉だった。

「愛を感じます。恵まれてたんですね」

「そうですね。自分で言うのもあれでしょうが恵まれてるでしょう。私よりも親に恵まれてます。母上父上のように放任主義では無かったですから」

「同じですね。私も母親に売られて。父親も放任主義でした」

「ふふ、でも親は関係ないです」

「はい。関係ないです」

「旦那様は好きですか?」

「大好きです。大好きです…………」

「会えるといいですね」

「はい………望みはまた二人で暮らしたいです。でも難しそうですね」

 少し瞳が涙で滲んでしまう。思い出さないようにしていたのだが………つい。大好きと言葉にしてしまい幸せだった日々を思い出してしまう。

スッ

 アメリア奥さまは立ち上がり私に近付いて手を握る。

「辛いでしょう。でも…………私たち女性は待つしかないのです。弱いから。不安でしょうけど。信じて待つしかないのです」

 深い言葉だと思った。何故か頷けるほどに。

「…………はい」

「楽しいことを考えましょう。お子さまのご予定は?」

「……………流産しました」

「………あっ…………ごめんなさい」

「いいえ。知らなかったので仕方ないです」

「もしかして、流産して拐われたのです?」

「………はい」

「……………」

 ギュウウウ!!

「ネフィアさん。今までよく頑張りました」

「アメリア奥さま?」

「私も母親としてその気持ちがわかります。ランスロットは難産でした。若かった事と体が小さく弱かった事で危なかったのです。それがあったのか………二人目は流産しました。その気持ち痛いほどわかります。私も」

 座った私を抱き締めながら頭を撫でてくれる。ランスロットの母親は優しさに溢れた女性だった。きっとこの優しさに彼の夫は好きになったのだろうとも予想できる。

「だから、出産の大変さを知っています。辛いでしょう。ですが………生きていればきっと王子さまは現れます」

「………はい、知ってます」

 私はアメリア奥さまの胸の中で少し気が楽になったのだった。







 その夜、アメリア奥さまと日が暮れるまで話し合った。「主人が帰って来ます」と言い。奥さまは私を撫でて帰って行く。入れ換わるようにある人が入ってくる。

「………話は終わったようだな」

「はい、勇気をいただきました」

「勇気ですか?」

「はい。私の王子さまは現れます。そして………私を救ってくれますきっと」

 真っ直ぐ私は彼を見つめ返す。睨むように。敵意を剥き出して。

「…………いい顔だ」

「そうですか。綺麗な顔でしょう?」

「自分で言うのか?」

「王子さまが好きな顔ですから」

「ああ、そうだろうな」

 彼がゆっくり近づく。私は苦手意識があり一歩後ろへ下がった。

「近付かないで」

「…………何故だ?」

「苦手なんです。あなたは似ている。私の愛する人に顔も仕草も。何もかも彼を思い出す材料なんです。辛いんです!! 会いたいって!! 思ってしまうです!!」

「…………同じトキヤだ」

「違う!! あなたは偽物で私が愛したトキヤとは似ている別人!!…………だからお願い。私の前から消えて」

すっ!!

「近付かないで!!………何も出来ないですが………お願い近付かないで………」

 彼が無言で近付き気付けば壁に追い詰められ。見下げるように顔が近付く。

ドンッ!!

 壁に手を置いて彼は囁く。私が逃げられないように手を掴んで壁に押し付けて。私は目を閉じて顔を背ける。

「偽物だ俺は。作られた偽物だ。俺が一番知っている」

「えっ………自分自身が本物って」

 背けたまま言葉をひねり出す。怖い。襲われるのが怖い。似ている彼に妥協するのではないかと心が恐怖する。絶対嫌だと叫ぶ。

「君の目には偽物に写っている」

「………」

「記憶も全て作られた。結局、偽物だ」

「んぐぅ!?」

 私は彼の空いた手で顎を掴まれ顔を向けさせられた。そして奪われる。

「んんんん!!」

ガリッ!!

「痛っ!!」

 舌を私は噛む。血の味がし床に吐き捨て袖で拭う。涙を浮かべながら睨み付けた。

「酷い……ひどい………」

「…………ああ。ひどい。流産し弱っている所に奴と仲を引き裂いて。こうやって君を泣かせている」

「…………なら、何故こんなことを!!」

「俺は偽物でもトキヤだ。ネフィア嬢。綺麗な髪」

「さ、さわらないで!!」

 髪を撫でられながら下へと手が動く。頬に首に手に。そして顎に。

「この目、睫毛に何もかも好みだ。性格も……強い。聖女のように優しい時もあれば悪女のように激しい性格。声もいい。何もかも…………俺の好みだなんだ」

「…………偽物の癖に」

「この想いだけは本物だ。好きだネフィア」

「!?」

 彼が私の手を離して距離を取る。私は目線が合い瞳の奥に深い火を見る。嘘なんて言ってない。

「トキヤを殺し。君を俺のものにする。女神の尖兵だろうが………女神を裏切る行為だが………女神を説き伏せてみせる」

 彼が背を向ける。あまりにも似ている背に驚きを隠せない。唐突の告白から私は呆けてしまうのだった。





 彼女が元気になった。なってから想いを俺にぶつける。不満を俺にだけにぶつける。唇を奪い。部屋を出た瞬間だった。声が頭の中で響く。

「トキヤ、説き伏せるですって? ククク」

「………」

「聞こえないふりしても無理よ」

「見たならわかるだろ?」

 俺は天井に話しかける。

「ええ、わかる」

「交渉だ。殺した後は俺は自由に彼女を飼う。部屋で閉じ込める。外へは出さない。それでいいだろ?」

「いいわよ。飼い殺すのも面白そう。それに………ね? ふふふ」

「………なら。交渉成立だ。女神」

「ええ。頑張ってね本物の勇者」

 女神の高笑いが頭で木霊する。本当の女神は何故こうも醜く。魔族であるネフィアの方が女神に見えるのだろうかと思うのだった。

「酷い勇者ね」

「覗き見する女神に言われたくない」







「ネリス、あなたの言う通りになったわ」

「女神さま………そうですか」

「部屋で飼い殺すつもりらしいわ」

「わかりました。教えていただきありがとうございます」

「いいえ。私もあなたも彼女が邪魔なんですから利害の一致ですわ」

「そうですね。では………しっかり飼い殺しましょう」

「ええ。ペットは死んじゃう物ですから」




§大帝国城塞都市ドレッドノート④


 俺は彼女に惚れている。それに気がついたのは拐ってから時間が経ってからだった。

 女神に処刑を依頼された時のモヤッとした感情も今となっては理解が出来る。

 俺には記憶トキヤとしての記憶がある。黒騎士で戦って来た記憶も全て。しかし……穴が開いている記憶がある多々ある。

 運命の相手を占う記憶。ネリスが占いで出てきたと言う。そこまではいい。その後の記憶がない。その日から、記憶の一部欠落があり。何かを考えたが、何を考えていたかわからない。

「………」 

 与えられた屋敷のベランダで夕暮れに彩られた城を眺める。一室を見つめ…………耳を澄ました。 

 空から歌が降ってくる。そんな表現しか出来ない状況が生まれる。陛下のために今日も歌っているのだろう。耳を澄ませる。ベランダから見える使用人たちも耳を澄ませている。

 貴族街は今日も…………彼女の声に惚れるのだ。今日は力強い声で歌っている。昨日は切なそうに歌っていた。色んな声を演じて魅了させてくる。元気になりつつある。

「……………ネフィア」

 記憶の穴に彼女の影がある。実際に一目見たとき自分は好みだと思った。しかし、それ以上に体が彼女を求めた。俺は作られた。しかし、さほど気にしなかった。だが…………ネフィアに出会った瞬間。俺を奴と違う事を彼女が示した。

 奴は女神を裏切った勇者であり。偽物は奴だと思っていたのだろう。心の底で。だが、結果は。

「俺が偽物だった」

 彼女は俺を避ける。彼女は俺をトキヤと見ない。同じ筈なのに何もかも違うと思われている。

「トキヤじゃないなら俺は何なんだ?」

 自問自答が心の中で渦を巻き。答えを見失う。地に足がついていない感覚。何もかも俺は………違う。

「くっそ………」

 ネフィアはきっと。俺には笑顔を見せない。だが。

「無理やり笑わせる」

 奴を倒し命乞いをさせて俺の物にする。作られた記憶の穴を埋めたいために。おれは………ネフィアに嫌われよう。奴を倒して。

「来たわよ」

「わかった。準備しよう」

 囁く声は悪魔の声だった。





 懐かしい光景。懐かしい匂い。懐かしい場所。長年住んでいた故郷に俺は帰ってきた。

「ワン。速足で運んでくれてありがとう。普通の馬ならもう1ヶ月かかっていただろう。帰り道はわかるな…………ユグドラシルが待っている」

「トキヤご主人。待ちます」

「………いや。これ以上は」

 草むらにワン・グランドが座り込む。ここを動きませんと言うように。

「ありがとう。ワン・グランド。ネフィアを連れてくるから帰りは一緒に帰ろう」

「はい………期待してます」

「…………本当に昔はすまなかった。俺はワガママでさ」

「御主人。鋼竜の記憶は過去。今を大事にしましょう」

「そうだな。じゃぁ行ってくる」

「…………ええ。謝るのは自分です」

 ワン・グランドが頭を下げる。

「一緒に戦えず。臆し、ここで待っている事しかできない事を」

「ワン。帰るとき足はいるだろ? しっかり休んでな。それが仕事だからな!!」

「………はい」

 俺は剣を担ぎ。ローブを深く被り。壁の外の集落へと足を運ぶ。壁の方法で抜けられる。そう、ヒビが入っている場所から抜けられるのだ。

「待ってろネフィア…………お前を失うのは死と同じだ」






 私は歌い終え窓を閉めようとしたときだった。

「楽しそうに歌うじゃないか」

「えっ!?」

 聞こえてきたのはいつもいつも隣で耳元で聞いていた声。間違うことのない私のたった1人も旦那様の声だった。

「待ってろネフィア」

「と、トキヤ!?」

 鉄格子の窓に乗り出しながら私は壁の上に立っている人影を見る。軽装で大きな剣を携えた姿が目に映る。嬉しい、でもそれ以上に心配になってしまう。

「トキヤ…………逃げて罠よ」

「ネフィア。罠だからって逃げると思ってるか?」

「………」

 思ってない。

「ネフィア。わがまま言っていいんだぞ」

 風が私の頬を撫で。髪を靡かせる。

「トキヤ………お願い。私をここから奪って」

「ああ。何度も何度も奪ってやる。俺の姫様だからな」

 壁から飛び屋根伝いに彼が走る。私はあまりの嬉しさにその場にしゃがみこみ。嗚咽と共に涙を流す。

 いつだってそうだ。魔城から救ってくれた。盗賊ギルドからも救ってくれた。黒騎士からもいつだって彼ならやってくれると私は信じている。

ガチャ!!

「ネフィア。来たらしいな………ついてこい。会わしてやる」

「………近寄らないで。彼が来るの」

「ああ」

 部屋に偽物のトキヤが入ってくる。そして私の手を引っ張る。力が抜けて抵抗できずに私を担ぐ。

「離して!! 下ろして!!」

「………動かない癖に元気だな。まぁいいそれも今日で最後だ」

 担がれたまま私は部屋出る。

「何処へ!!」

「玉座の間。借りている」

 廊下を歩き、王が謁見するための場に私はつれてこられる。そして、大きな鳥籠が吊るされどういう原理かそれが降りてくる。私はその中でゆっくり肩から下ろされた。力が入らず横たわる。

「昔は罪人を吊し上げ。皆で議論するため道具だったらしい。魔力があれば未だに動く」

「………」

 睨み付ける。弱っている事が悔しい。

「入れ。そして見届ければいい。俺が勝つからな………どうやっても」

 鉄格子の鳥籠は閉められ、ゆっくりと上がっていく。昔は周りに玉座の間は広く聴衆が集まり罪人を晒して罪を議論しあったのだろう。しかし今は私を閉じ込める篭だ。

「トキヤ………」


 私はただただ下を見るだけで何も出来ない。忌まわしき呪具によって。







 あいつがやって来る。大きな大きな閉じていた玉座の門がゆっくり開かれ、一人の男が入り込む。

 幻影のようにそこにいたのか姿を表し風が玉座を巡った。姿を消していたのか騒ぎにもならずここまで来た。得意な事は知っているし、昔ほど無差別ではなくなった。

 ネフィアを知っている。奴は弱くなり、奴は強くなった事を。

「トキヤ!!」

 鉄格子からネフィアが叫ぶ。声に喜びを含ませてるのに嫌味を感じた。

「姫様がお世話になったな。引き取りに来た」

「残念だがお引き取りください」

「それは相談できんな」

「知ってる」

 シャキン!!

 俺は両手剣を抜き構える。同じ剣じゃない。クレイモアという形の剣だ。

「………問答無用か」

「お前は彼女を取り戻そうとする。俺はそれをさせない。それだけだ」

「分かりやすくていいな」

 奴も特徴な両手剣を構える。ツヴァイハインダーという両手剣だ。幅広の剣より細く長く突きも出来る剣。

「トキヤ………」

「ネフィア。待ってろ………目の前の幻影。消してから降ろしてやるよ」

「うん………」

「…………」

 俺は唇を噛み。近付いて剣を振るう。玉座に間に激しい金属音が鳴り響く。衛兵が来ないのは奴が音を消して漏らしていないからだろう。玉座に来るのは不貞な輩のみ。だからこそ好都合。「彼女に。俺の強さを見せつける‼」と息巻いて戦う。

ギィン!!

「………つえぇじゃねぇか偽物」

「………弱いじゃないか本物」

 打ち合うからこそ分かる力の差。やはり俺の方が上だ。奴が一筋の汗を流し、地面に触れた瞬間。距離を取る。奴が息を吐き肩に剣をかけた。隙があり、入っていけそうな構え。だが俺は知っている。何故か俺には出来ない業。

 ある女性から盗み取り。腕を持っていった業。居合い。大きな剣で何よりも速く誰よりも早く切り下ろす業。

「…………小競り合いで勝てないのが分かったからこそ。苦し紛れ」

「…………」

 答えない。

「お前は勇者として未完成。所詮魔術士であり何もかも中途半端だ。だが俺は違う」

 俺が叫ぶと同時に玉座の間に女性の声が響く。悪魔の囁く声。女神の声が響き渡る。

「祝福されし完成をとくと見なさい。元勇者」

「…………なら飛び込んで来いよ」

 透き通る。落ち着いた表情。苛立ちを覚えるが俺は我慢する。これだけは本物に敵わない。だが他なら。

バチバチバチバチバチ!!

「と、トキヤ!! 構えを解いて!!!!」

「チッ!!」

稲妻ライトニング

 トキヤが構えを解き横に飛ぶ。

ドゴーーーン!!

 玉座の間に雷鳴が轟く。瞬速の雷がトキヤを追うが柱に阻まれ、地面に吸われる。俺は剣を構え追いかける。剣に電流を流しながら。

「祖は風の………」

稲妻ライトニング!! 遅い!!」

 雷が手からはとばしり奴の唱える時間を削ぐ。構えを解かし、無理矢理剣の戦いに持ち込むため踏みしめ、地面に雷を流し速度をあげた。

 風の魔法の真空を作る魔法は厄介だが。唱える時間を削げば問題ない。剣を振り、雷を打ち出す。青い雷の光が一瞬で奴を包もうとする。

「絶空!!」

青い稲妻ボルテックス!!」

 奴が手をかざして緑の魔方陣と白い壁。全てを拒絶する真空の壁を作る。何も通さない事を魔方陣に命じているだろう。

 しかし、雷は貫通して、かざした左手に蛇のように絡みダメージを通す。左手を焦がし、痺れて使い物にしない。そこへ俺は剣を振り下ろす。

 ガッキン!!

「完全に空気を遮断はできてないみたいだな」

「くぅ、ほざけ……このまま呼吸出来ないように………」

青い稲妻の剣 ボルテックスソード

 鍔迫り合いから雷を生み出し。まとわりつかせる。

「ぐぅ!?」

「お前は甘くなった!! 城の衛兵に気を使ったのが死因だ!! 無駄に魔法を使った事をな」

 一歩離れ、剣を振り下ろす。手が痺れて剣で防ごうとしても遅く。鮮血が飛び散る。深く切り下ろせた。

「トキヤああああああああ!!」

 彼女の悲鳴と共に血が地面に絨毯に染みを作った。奴は驚いた顔と不敵な笑み浮かべて倒れる。

「ふふふ、はははははははははははははははは!!!」

「いやぁあああああああああああああああああ!!!」

 女神の高笑い。ネフィアの悲鳴が玉座の間に満ちていく。

 首を落とすために俺は剣を振り上げるのだった。


§大帝国城塞都市ドレッドノート⑤



 俺は草の上で寒い中。風の音を聞きながら座り、成り行きを見届けていた。見届けていると言っても城を囲むように高く壁がそびえ立ち。中で何か行われているかを見る術がない。空も飛べないために。

「………」

 主人のトキヤ殿は忍ぶのが得意だ。得意だからこそ問題なく潜入出来るだろう。しかし………もう一人のネフィア殿は無理だ。とにかく目立つ。

ぐいぃ

 首を上げて空を見上げる。ワイバーンに乗る人とワイバーン達が空で優雅に羽ばたいていた。空はまだ寒そうだが。楽しそうではある。

「………暇ですね」

 そう。待つだけ。昔はドレイクでただ寝るだけ、食うだけ、暴れるだけだった。今は食ってただ寝る事は出来ず。ユグドラシルと言う緑髪が綺麗なお嬢さんのお守りをしている。

 そう、楽しい日々を過ごしている。だからこそ今のこの待つだけと言う行為が辛い。何も出来ない事が。

「トキヤさんを待っているんですね」

「破廉恥な女神さん!?」

「それ、やめません?」

 俺は声の主を探すように首を回す。しかし、何処にも羞恥の女神はいない。

「私はあなたの中にいます」

「何でついて行かなかったのですか!!」

「私に力は無く。何も出来ないですから…………」

「俺と同じでしたか………」

「いいえ。同じじゃありません。体があります」

「ありますが………」

 ドレイクにどうしろと言うんだ。肉片になるだけだ。

「実は勇者が負けそうです」

「な!? トキヤご主人が!?」

「才能の差で負けてます。凡才と秀才では開きがあるんです」

 俺は立ち上がる。行かなくちゃいけない。ネフィア殿を連れ帰る約束をユグドラシルとしたんだ。

「いかなくてはいけない。だが………」

 城まで行っても帰りはどうする。俺は空を見上げる。見上げて焦がれる。ワイバーンたちに。そして………あれを相手にして城まで……「騎士を相手にしていけるのか?」とも思う。

「悩んでますね」

「一人では行き着く前に切り殺されそうだ」

「ええ、ですから………そろそろ来ますね」

 ぶわぁああああああ!! バサバサ!!

「ん!?」

 大きな羽ばたき音と風が草を揺らす。そしてゆっくり音と風が収まっていく。砂埃も舞い。俺は目を閉じていた。

「おい。グランド!!」

 聞こえてきた声は図太く太く逞しい男声。声の主は紅のドラゴンの最位種。覇龍ヘルカイトの声だった。

「グランド。お待たせしました」

 目を開けて私を撫でる芯を持ったハスキーな声の主の女性は死ぬことのないドラゴンゾンビ。腐った龍ナスティ嬢。

「グランドじいちゃん。ちっす」

 若く少年の男とも女とも取れる可愛らしい声。声の主はワイバーン通常種でありながら。エルダードラゴンに認められた。新しい世代を見せている飛竜デラスティ。

「…………エルダードラゴンが首を突っ込むのはいけないけど。デラスティがしょうがなくね」

 若い少年の頭を小突くきながら大人の落ち着いた声を持ち主。昔より柔らかくなった火の赤いドラゴン。火龍ボルケーノ。

 目の前に都市ヘルカイトの近隣で棲んでいる。遥か昔に弱肉強食の頂点だったものとそれに類する人物が集まっていた。

「お前ら!? どうして!? すぐに出ても一月はかかる!!」

「そりゃ~地上より飛んだ方がはえーわ」

「まぁ、ギリギリ間に合わなかったみたいだけどね」

「仕方ないよ。皆、生活や立場に仕事とか色々あったしね。僕は龍姉説得があったし」

「はぁ~全く。世界をつつくような事を。私は止めたんだがな。仕方なく説得されて仕方なくだ」

「全面戦争よりましじゃよ。ヘルカイト」

「いや!! どうして!?」

「ネフィアさんとトキヤさんの人徳ですね」

 フワッと白い服を着た女神の幻影が現れる。

「「「「破廉恥!!」」」」

「………緊張感ないですね………ねぇ……」

「ワシら。ドラゴンぞ。緊張感なぞ昔に捨ててきた。あと、ネフィア嬢に『破廉恥言え』と言われててのぉ。いや、人型をしるワシも破廉恥思うぞ」

「ですね。ヘルに同じです」

「龍姉。どうして僕の目を隠すの?」

「見ちゃいけない。デラスティ」

「………人徳ありすぎですよ」

 空気が緩くなる。俺は首を振って叫ぶ。

「そんなことよりも!! ご主人が危ない!! 緊張感は拾い直せ!!」

「グランド!! 待て!!」

 俺が駆け出しそうになるのをヘルカイトが止める。

「帰りはお前らが姫様を運んでくれ。俺は行く!! 行きたい我慢できん!!」

「まぁ!! 落ち着け!!………お前だけに行かせるとは言ってない」

「???」

「集まった理由を聞け。皆、ネフィア嬢奪還に来た精鋭だ。都市で何人も来たがる奴を黙らせる事とユグドラシルが実や都市を守らない作らんと駄々こねたりと、まぁ………色々あった。それを落ち着かせるために来たんだ」

「簡単に言うのヘル。大切な『領民拐われた』となって都市ヘルカイトは黙ってないの。急いで纏めて寝ずに飛んできたわ」

「まぁそういう事だ。デラスティ!! 説明をしてやれ。冒険者として何度か帝国来てるだろ」

「うん。グランドさん。飛んではダメです。帝国は大きな大きな呪法とバリスタがあって実は空から行くと迎撃されるんだ。野良ワイバーンがここを避けるのはそういうこと」

「………何が言いたいのですか?」

 ヘルカイトが地図を出す。帝国の地図だ。それにナスティが指を差しながら説明をする。

「折角、人数がいるし。迷惑をかけてやろうと思う。グランドは門から城に向かって侵入。私たちは空から騒ぎを起こして目線をそらす。そして、より騒ぎを起こして行きやすくするわ」

「そういうこった。行ってこい。絶対帰ってこい。少しは動きやすいだろうから絶対にヘマするな」

「お前ら…………」

「ただし。グランド………時間は30分ほどしかしないわ。帝国に迷惑だし。スッゴい騒ぎになる」

 俺は既にエルダードラゴンが結託して事に当たることはすごい騒ぎな気がするが、黙る。嵐龍テンペストぶりだ。結託するのは。まぁあれは結託と言うよりもただただムカつくから皆で戦っただけだが。

「では、私たちが飛んでから始まりね」

「デラスティ!! あの新しい竜騎兵団がどれぐらい強いか調べよう。技や魔法なしで殴りのみだ」

「ヘルカイトの兄貴。OK!! 昔やった撃墜数勝負だね」

「やめなさい!! 遊びじゃないのよヘルカイト!! デラスティ!!」

「うわぁ!! ババぁが怒った~」

「ぶっ……ヘル兄!! それ言っちゃダメだよ」

 バサッ!!

 変化後のヘルカイトのドラゴンに変化後のワイバーンがついて飛んでいく。

「あっ!? 待ちなさい!!」

 そして、火竜が続いた。残ったのはラスティだけ。

「グランド。トキヤ殿に会ったら一言、言っておいて」

「………何と?」

「一人で向かったこと皆、怒ってる。帰って怒られなさいと伝えてね」

「わかった」

 ぶわぁああああああ!!!!

 4枚の翼を持つドラゴンゾンビが飛び立った。遠くでワイバーンが集まり出し上空で激しい戦闘が行われる。

「行きましょうか。私もついて行きます」

「女神…………」

「はい?」

「全力で飛ばしますよ」

「ええ!!」

 俺は駆け出すのだった。正門を目指す。風を切り、丘を下り。石で舗装された道路に体を晒す。運が良かったのは鞍が背中についたまま。皆が指を差して誰かの馬が逃げたのだと気にしない。それよりも………

「上空にドラゴン!!」

「しかも4頭だと!?」

「馬車を避難させろ!!」

「荷物を!!」

 石の道路の交易商人が騒ぎだし。それを横目に突き進む。

 願わくばもっと速く。速く。

「あっ!? ドレイク!? ドラゴンにビビって暴れてるのか!! 危ない!!」

「なんて日だ!!」

 門の衛兵を飛び越えていく。地面を強く踏みしめて前々へと進む。

 阿鼻叫喚だが気にせず前だけを見て走る。家等の建物が後方へ後方へと流れる。駆け抜けながら。感じるのは城の中心に姫様がいることだけ。高い位置。やはり翼が欲しい。あそこにいる。

「………ワン・グランド。願いなさい」

 走りながら女神の声が聞こえる。俺はヘルカイトに千切られた翼を想う。自分のためじゃなく。姫様のために。

「ワンちゃん。願いなさい」

 女神ではない。ネフィア姫の声が頭に響く。

「あなたが願う姿は?」

 やさしく姫様が問う。姿はそう、ワンと鳴いても違和感のない姿がいい。包み込むような毛並みも欲しい。触ってもらいたいために。

 身が焦げるような熱さを感じる。身から焔が揺らめいている。姫様のあの翼のように身を包む。

「俺は…………姫様の足だ。姫様の従者だ。諦め、滅びるのを待っていた俺に希望を持たしてくれた。たのしい日々をくれた!! 今度は俺がお返しする番だ!!」

 姫様を救いたい。そしてユグドラシルの喜ぶ姿をみたい。家がだんだん小さく見え出す。体が変わっていくのがわかった。体が熱い。熱い。熱い。

 失った筈の翼があるような錯覚。翼が熱く感じ取れる。

 ゴゴゴガチャン!! ドゴォンン!! ベキベキ!!

 俺は壁の閉じられた門に体当たりをかまして裏の閂を壊しこじ開けた。大きな爪や大きな牙を俺は生やすているだろう。

「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」

 大きくなった体で俺は遠吠えを行い。大気を揺るがした。思い出した。俺は地のエルダードラゴン。昔とは姿形が全く違うが俺はドラゴン。

 俺の名前は地の王ワン・グランドだ!!





上空で俺は老いた体でワイバーンを噛み砕く。大きな下牙で刺し殺し。地面に肉片が落ちていく。

「ヘル兄さんあれ!!」

 遠くでワイバーンを撒いて来た飛竜デラスティが俺に手は翼なため尻尾で差し示した。

「あれは…………グランド!?」

 ドレイクが道路の真ん中で人を蹴散らしながら進むが。次第に焔に包まれる。地竜にそんな力はない筈なのに。

 何かが起こっているのがわかった。焔から顔が出たと思ったらその顔はドラゴンとは似て非なるもの。鼻が伸び、鬣があり、特長的な蹄がある。角も後ろに伸び。青く黒い。

 背中に翼の形をした焔がゆっくり形を作り立派なドラゴンの翼を生み出す。焔が消え失せた尻尾は毛並みを持ち。鱗の部分と鬣から背中の一部が白毛を持つ。

 キマイラを連想させる出で立ちに変わった友。壁を越え、扉を突き破る。そして大きく遠吠えをしたときに俺は感じ取った。

「翼を生み出し、手に入れたかグランド」

 一度は地に叩き落とした同胞が空を飛ぼうとしている。

「さぁ上がってこい。昔のようにな‼ ガハハハハ!!」

 ドレイクに身を落としたエルダードラゴンはまた翼を手に入れ。姫様の元へ駆けていく。








「願ったのは。新しい翼」


「願ったのは。姫様を救える翼」


「願ったのは。ドラゴンとしての空」


「そして、それは強い想いで成就された」


「ネフィア様。今、行きます」


§大帝国城塞都市ドレッドノート⑥


「いやぁあああああああああああああああああ!!!」

 私は叫んだ。愛する人が切られ倒れる姿に……負ける姿に。勝てないと思っていた……だけどトキヤならやってくれると信じてしまっていた。その結果は彼の体が崩れ倒れる結果となる。

「うぅ……ぐぅ!!」

 私は悲しみと共に悔しさが滲み出た。見ているだけ。まただ。また私は見ているだけの姫様だ。

 自分自身が許せなくなる。心が熱くなり、思い出すのは過去の私を庇い死にかけたあの日の事。私は変わった筈なのに護られる姫様は「やめる」と言ったのに現状は全く変わっていない。

 トキヤが倒れて私は初めて身をもって姫様の愚かさを感じる。今の立場に怒りを持つ。

「ぐぅううううう!!」

 右手や枷に魔力を注ぐ。今、身を焦がさんとする怒りと彼への情愛がそうさせる。体が勝手に動く。

ジュウウウウウウウウ!!

 皮膚が焦げる匂い。枷が自分の熱で皮膚を焦がす。

「うわぐああああああああああぐぅううう!!」

 枷がひとつふたつと溶け出して皮膚を焦がす。熱い痛みを耐え抜き回復呪文でやけど傷を塞ぐ。背中に炎を感じ、火球で鉄格子をも溶かし私はそこから飛び降りた。激情が私を突き動かす。考えなしに体が動く。

「あなたは絶対。私が護る!!」





 俺は剣を振り上げ、ゆっくり歩を進める。気をつけなければいけない。切った感触は浅く感じた。死んでいないのはわかる。気をつけるべきだ。

「……!?」

 フワッ

 白い、金色の羽根が舞う。地面に触れたそれは燃え上がり一瞬で消えた。自分の体に触れたそれは熱い。城の外から狼の遠吠えも聞こえ、あまりの状況変化に戸惑ってしまう。

 ドゴオオオオオン!! スタッ!!
 
 頭上の檻から音が響く。そして、目の前に天使が降ってきた。背中に炎の翼を、いや、白い翼を持って現れた。
 
「なに!?」

 ネフィアが彼を庇うように立ち塞がる。大きな白色の炎の翼を靡かせ、白いドレスが所々焼け焦がしながら立つ。上を見ると鉄格子が赤くドロドロに溶けて、羽根が舞っていた。

「ね、ネフィア!?」

「呼び捨てしないで!!」

 彼女は手を広げて彼を護るように立つ。俺の剣の間合いに入る。

「どけ!! 一緒に切るぞ!!」

「切りなさい!! 護れないなら………一緒に死ぬまでよ!!」

 熱い言葉、真っ直ぐな綺麗な瞳。揺るぎない勇気に俺は気圧される。炎の魔法は使えるが。結局は丸腰。切り払える筈だが。しかし……剣を降り下ろせない。

「くぅ」

 眩しく見える。

「だろうな」

 ふと、奴の声が聞こえた。剣は何処かへ消え失せる。周りを見ると王宮の間ではない。知らない場所、知らない世界。そこでネフィアが花が咲き誇る丘の上に背中を向けていた。背筋が冷える。これは幻だ。

「幻、お前にとってはな」

「お前!! 何を見せる気だ!!」

「同じような魂だから。触れるのは簡単だった。見せてやろう。お前の見てこなかった世界を!!」

「ぐわっ……くう」

 頭を押さえる。占い師からの占い結果。そして、魔王城で会ったネファリウス。家でワガママを言うネフィア。美味しいものを食べて喜ぶ彼女。そして、初めての拐われたあとの泣き顔。笑顔と泣き顔、困り顔に意地悪な顔。

「くぅ!!」

 俺は知りたくなかった。偽物だなんて。

「言葉と笑顔の意味を知りたい」

「やめろおぉおおお!!」

 口は拒否をするが。丘に立つ彼女を見てしまう。見せつけられてしまう。

「偽物。俺は!! ここから始まった!! 全てを裏切ってでも彼女を救ってあげたいと!! なんでもやった!! 強くなるために!!」

 奴の声が響く。本物の声が俺を苛む。

「魔王だとか関係ない!! 救うためだけに!! 元から雲を掴む話だった!! 諦めが………ついた筈。忘れられなかったが……諦めた。ネフィアを愛したからな。だが!!」

 奴の声がピタリと止む。

「…………時間ないよね」

 胸がざわつき、世界が彩られる。春の太陽が彼女を照らす。女神のように丘上に、一人の女性が立っている。風に金色の髪を靡かせる背中姿。お腹を擦っていた。

 そして彼女は振り返る。

 困った表情からパッと明るくなり短い言葉を発した。たった………3文字。


「あなた」


 世界が一瞬で暗くなる。俺は膝つき絶望する。全てを見せられた。

「お前がどれだけ祝福されし本物だろうと」

 目の前に奴が立ち笑みを向ける。自信満々な表情に俺は戦慄する。憎き奴の顔が歪んで見える。

「お前にアイツと過ごした日々は一瞬も無い」

 絶望した。倒せばすり変わると思っていた浅はかさに。後から割り込むなんてのは無理だと言うことに。俺は…………希望がなくなっていく。

「俺は偽物フェイクの勇者だろう。だけどあいつの旦那ユウシャは俺だけだ」






「うわあああああああああ!! ぐぅううううう!!」

「!?」

 いきなり、目の前の偽物が方目を押さえながら叫び出した。私は身構えるが少し様子が違う。苦しそうに悶え、頭を振る。
 
「トキヤあああぁああああ!! クソクソ!! なぜ変わった俺は!! なぜ産み出された!!」

 支離滅裂の言葉を投げ掛ける。剣を構え私を突こうと剣を構え直した。明確な自分に対する殺意。

「はぁはぁ………すまない消えてくれ!! ネフィア!!」

「どけ‼ ネフィア!!」

ドンッ!!

 私は横凪ぎに風が吹いたのがわかり腹部に鈍痛と共に横に少し吹き飛ばされた。

 そして……私の居た場所にトキヤが立ち、大剣を下から振り上げていた。偽物はトキヤに剣を突き入れ。床に鮮血が飛ぶ。トキヤの剣は偽物の剣を持つ腕とは逆の腕を肩から切り上げている。

「と、トキヤ!?」

「ぐわあああああああ!!」

 二人の勇者が二人の剣で二人は傷を負う。切り上げた腕がベチと音を立てて床に落ちた。

「ゲフッ。俺の命でお前の腕を貰う」

「くうぅ!?」

 偽物勇者が剣を抜きトキヤが倒れる。偽物も剣を落として肩に手を置き痛みで叫ぶ。

「くっそおおおおおお!! 死んだ振りか!! 勇者!!」

 血が滴る肩から手をどかし、偽物が血塗れの剣を掴む。私は立ち上がりトキヤの近くへ行き、彼の手から剣を借りた。

 昔は重かった。今は手に吸い付くぐらい軽く感じる。真っ直ぐ相手の振り下ろした剣に合わせて振り上げて弾く。激しい金属音。私は唇を噛みしめ睨み付ける。目の前の敵に。

「そ、そんな目で俺を見るなああああ!!」

 片手だけでは力が出ないのか私は剣を弾ける。心の底から激情が私に剣を振らせる。背中の炎が離れトキヤを包む。まだ間に合う筈。悪運が強い彼なら………回復できる。

「回復させるか!! 殺す!!」

「させない!!」

青い稲妻ボルテッカー!!」

 彼の剣が青い稲妻が帯電し切り払おうとする。

ドゴオオオオオン!!

「くっ!?」

「ん!?」

 何かの大きな衝撃で振り向き背後の玉座の扉含む壁が崩れ石埃で視界が遮られる。私は翼をはためかせて煙を払うと………大きな青黒い爪と角と牙を持った不思議な生き物に出会う。初めて見る姿だったが私はその優しい瞳に見覚えと鳴き声に心当たりがあった。

「ワオオオオオオオオオオオオオオン!!!」

「なっ!? 魔物!?」

「ワンちゃん!!」

「ご主人様助けに来ました」

 私は自分の信奉する女神に感謝した。今この瞬間に一番うれしい事であり。僥倖と言わざるえない。

「ワン!! トキヤを口に含んで逃げて!!」

「姫様は!?」

「あなたの背に乗る!!」

 トキヤをワンちゃんが含み。私は彼の背に乗った。

「行かせるか!! 稲妻ライトニング!!」

バチバチバチバチ!!

 雷が走りワンちゃんの毛の尻尾に当たる。しかし、全く効き目がない。電撃は壁に受け流されていた。相性は最悪らしい。

「な、なに!?」

「ワオオン!!」

 ワンちゃんが壊した壁を逆走し、私は背後を見る。膝をつき、うなだれる偽物にホッとしながら。目を閉じてトキヤの治療に専念するのだった。

「トキヤ………今度は絶対。私が護るから。一人で立つから」









 部屋の隅で全てを見ていた。ずっと伺い。勇者の後ろに立つ姉を見ていた。

「どういう事よ!? この結末は!!」

 姉は激怒で叫ぶ。枷は外され、勇者が負傷し、魔王に逃げられる。それも意味がわからない魔物によって。それに憤りを覚えて壊れかけの勇者を責めている。

「………お姉さまそこで見てらしたのですね」

 作られた勇者に同情しながらも尖兵となった偽物を助けようとは思わないが顔見せぐらいはしたかった。

「お姉さま? あなたは!? 私の世界で消えた筈じゃ!! あの世界に留めた筈」

「深淵の深い深い底から這い上がって来ましたお姉さま」

「エメリア!!」

 姉は私の名前を叫ぶ。昔より姿が黒くハッキリ見え、形もハッキリしている姉。昔より強くなっている。一人ぐらい無から有を産み出すほど。

「ヴィナスお姉さま。お久しゅうございますね」

「ええ。魔王の子を殺した夢ぶりね。久しいわ。それよりも今は世界の滅ぶ元凶魔王が逃げてしまった。次の手を考えないの構ってる暇はないわ」

「世界の滅ぶ元凶ですか?」

 私はクスクス笑う。鏡を持って見せつけたい程に。「あなたが言うんですか」と私は思う。

「そうよ。人間の世界が滅んでしまう。逃がしてしまったから」

「………そうですよね。姉さまは旧人間の復活の女神。だから魔族の女神を消し去った。そして私も」

「…………謝るわ。あなたを封印したこと。だから一緒に昔のように愛を振り撒きましょう?」

「愛を振り撒き。無償の愛を振り撒き………結局、私どうなりました?」

「………さぁ?」

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 私が消えた理由は私の宗教が無くなったからだ。ある一種族の驕りで。そして、直接の信仰種族を奴隷まで落とした。

「大丈夫よ………その人間の種族は根絶やしにしたからね」

「私が力を失ってからですね!!」

「…………ごめんなさい。遅かったね」

 わざとだ。私は昔、無垢だった。愛を振り撒き与えるだけでいいと思っていた。結局それは間違いだった。ある種族は他の種族が富を得たら「ください」と言い。ダメと言ったら駄々をこねて批判した。私は大いに悩んだ。だが………何もわからなかった。最後まで。

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 姉の形相が怒りに歪む。

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「はい。時代遅れのゴミ女神。首を洗って待ってなさい。旧人類なぞ復活願うのもバカらしい」

「…………ちっ」

 私はその場から消える。口汚く言葉を残して。
 




 私はワンちゃんの背に乗りながら帝国の道路を駆けていく。

「どけ!! 矮小なる人族ども!! 姫のお帰りだ!! ガルル!!」

 門を閉じられ騎士が立ち塞がると思ったのだが騎士が門を開けて行く。一直線に道路が外まで見える。

「さぁ!! 魔物よ通るがいい!!」

「ふん!! 最初っからそうしていろ」

 ワンちゃんが駆け出し。門を潜り本通りを駆け抜ける。人が掻き分けられており真っ直ぐ進みやすい。

 まるで、誰かの命令によって道が開かれているような気がする。

「…………ワンちゃん止まって」

「ご主人?」

「おねがい。10秒でいい」

 ワンちゃんがピタッと速度を落とし止まる。私は振り返り、一室を覗いた。

「…………」

「10秒です」

「ええ、行きましょう」

「にしても口に含んで喋るのは大変です」

 ワンちゃんが走り出す。壊れた門を潜り抜け。しっかりと踏みしめながら。





 ベランダに俺は立つ。眼下でドラゴンらしき魔物がネフィア嬢を乗せて走っている。

「陛下、良かったのですか?」

「この騒ぎはネフィア嬢のせいだ。帰さないと何が起きるかわからん」

「………騎士団が制圧します」

「ふん」

 甚大な被害が出るだろう。それよりも………彼女はこんな狭い一室よりも外へ出るべきだ。

「いい女だった。そして、素晴らしい姫だった」

 眼下でドラゴンが止まる。そしてネフィアが振り返り目線が合う。

「グランお爺様」

「なっ!? 陛下!? セイレーンの魔法です!! 気を付けてください!!」

「ククク!!」

 俺は笑みを向け叫ぶ。真っ直ぐ見つめる美少女に恋してしまいそうなほど輝いて見える。誰にも真似できないだろう。魔物を従える事なぞ。

「ネフィア・ネロリリス!! 帝国一の最高の女だった!! お前はこんなちっぽけな場所で囚われてはいかん!! 二度と捕まるな!!」

「はい。お褒めありがとうございます。皇帝陛下」

「………道は用意した。さぁ行け。お前の道を」

「本当にありがとうございました」

 鳥籠の鳥を空へ逃がす。耳元に綺麗な囀ずりはもう聞こえないが。

 その飛び立つ姿は最後に相応しい程に心に焼き付く。帝国の運が無かったのはあやつが人間で生まれず魔族で生まれた事。

「陛下?」

「今日はいい日だ。げほ………」

「陛下!?」

 老い先短い俺は最後にいい奴と出会った事を初めて女神を信じ感謝するのだった。



§大帝国城塞都市ドレッドノート⑦



 帝国の門を潜り抜け青い寒い空の下、草原をワン・ドレイクは駆け抜ける。草の匂いに春の鼓動を感じさせる太陽の光。風は冷たいが私は体が火照って丁度いい。

 どれだけ駆けただろうか。気付けば今度は森が見え。それを飛び越える。

 空をドレイクだった彼が飛ぶのは少し感慨深い。翼がないことを今まで触れてこなかった。翼がないからドレイクに身をやつしていたのだろうと勝手に思い込み。気にせず可愛がったのだが……杞憂だったようだ。

 彼はしっかりとドラゴンとして飛べる。何処までも。

 ブワッ!!

「ついた!! 集合場所だ」

 ワンちゃんが森に丸く木を切り開き。作られた広場に降り立つ。無造作に燃え、無造作に投げられている木々。木の焦げた匂いと煙で「なんだろう」と思っていたが。ここへ降りるとは思ってもいなかった。

 ドンッ!!

 降り立ち。私はすぐに背から飛び降りてワンちゃんの口に近付く。口に手を入れ、トキヤを引きずり出す。

「すいません。ヨダレでべちゃべちゃです」

「いいです!! それよりも………」

 私は胸に手をやり祝詞を唱える。私なら出来ると信じる。誰のために覚えたか。誰のために本来魔族で扱うなんて考えない魔法を習得したか。それは今、この時のために。

「おい!? どうだったワンころ!!」

「待て!! 姫様が唱えている。黙ってろヘルカイト。ぶっ飛ばすぞ」

「ヘル。離れていましょう」

 知り合いの懐かしい声が聞こえるが私は気にせずに祈祷に入るのだった。




「インフェ、見えた」

 ヘルの声に私たちは顔を上げる。ドラゴンゾンビである私と皆は切り開かれた森のなかで待っていた。ワン・グランドが降りてきた時にただならぬ雰囲気を感じ取り駆け寄る。ワン・グランドが無言で座り込み。ネフィアが彼の口から何かを下ろす。

 何かはお腹に風穴があき。如何にも重症なのが一目でわかる。よく見るとそれがトキヤさんで目を閉じて今にも命の光が消えそうなほど弱っている。

「おい!? どうだったワンころ!!」

「待て!! 姫様が唱えている。黙ってろヘルカイト」

「ヘル。離れていましょう」

 私はヘルカイトの腕にしがみつき後ろに引っ張る。他のドラゴンたちにも静かにするように伝え成り行きを見守った。

 聖職者のように座り込んで祈りを捧げるネフィア。魔族と言うのを言われなければわからないほどに似合い、私たちにその姿を魅せる。私は少し恋い焦がれる感情を抱いた。昔の男だった記憶を思い出すほどに。

「あなたはいつもそう。私のために簡単に命を投げ出す。いつだって………そうだった」

 祝詞のように彼女は話し出す。背中から炎の翼が色を変える。赤から金色そして………白色に。

 ゆっくり翼がはためくたびに魔力の火の粉が羽根のように形取り。舞い散りながら地面に触れ魔力となって消えていく。

「誰よりも傷付いて。私を助けようとする。だから………私は悪魔をやめたんです。あなたの傷を癒したい一心で聖職者の真似事をしました」

 ネフィアが1枚の降りてくる羽根に手を差し出す。手の中に羽根が降りて小さな炎となった。翼は閉じ、手の中の炎が大きくなる。それを優しく包んで抱きしめた。

「だから。今度は………今度こそは………出来る筈。無力じゃありません」

 立ち上がり。手を彼の上にかざす。ゆっくりと下を開くと火の粉が微かに輝いて彼にふりかかる。

 火の粉が彼に触れると火が立ち上がった。まるで天使の施しのような光景に私たちは見とれてしまう。焦げたドレスが灰や炭の残り火のように煌めく。

「我が咎める。余のために清き血を流すことを。僕は感謝する。私のために戦う騎士様に癒しを。勇敢なるあなたに………祝福を愛してます

 倒れていた彼の傷が白い炎が立ち上がって塞がっていく。血汚れは羽根になり、地面に消えていった。

 トキヤは血色も良くなり安らかな顔となる。すぐにでも起きそうな程に。

「………魂はある。やっぱりトキヤは凄い。凄いんだか…………ら………」

 立ち眩みかネフィアが目を閉じて前へ倒れそうになり、グランドが毛並みのいい尻尾で彼女を受け止める。彼女は笑顔で目を閉じ………気を失ったようだ。

「………凄いね。ヘル」

「あ、ああ………どうみても手遅れだったのにな。悪運が強いなこいつ」

「僕、ネフィアお姉ちゃんが天使って言われたら信じるよ?」

「私もよ。生まれて始めて見たわ………魔族の奇跡を」

 皆が思い思いに言葉を綴る。幻想的だった。

「さぁ!! 皆、惚けてないで帰る支度をする!! 傷が塞がったとはいえ風穴が空いてたの。大丈夫と思うけど!! 安心できない!!」

「ラスティ姉さんの言う通りだ!! 帰ろう!! 僕たちの故郷へ!!」

「ユグドラシルが待っていますね」

「そうだな!! ワシ!! 仕事ほっぽり出して来てしまった帰らないとな!!」

「デラスティ!! 先にトキヤさんを連れて飛んで!! ヤブ医者に見せなさい!!」

「了解!! 竜姉さん!!」

 私たちはドラゴンに変化をし。故郷へ向けて空を飛び立った。

 彼女たちは故郷へつくまでの間。一切起きることなく。数日をかけて都市ヘルカイトにつくのだった。





 また木の天井と私は思いながら。ネフィア・ネロリリスの私は目を覚ました。起き上がった時。感極まって泣きそうになるのを我慢しながら隣の人の頭を撫で撫でたあと頭を抱きしめる。

「あなたを失わなくてよかった………生きてる………生きてます」

 トキヤは答えない。安らかに眠り微かな寝息が凄く愛おしい。

 子供と同じ場所へ逝くのかと。私を置いていくのかと夢で何度も何度も見たけれど。あれは夢で本当によかった。

 ふわり

「おはよう。ネフィア。ここどこだかわかるわね? 都市ヘルカイトよ」

 純白のドレスに身を包んだ女神が私の横に降りベットに腰掛ける。慈しみに溢れた微笑みで私を見つめ。少し照れて顔を背けてしまう。

「あ、あの………えっと………」

「………あれ? 破廉恥言わない?」

「…………破廉恥?」

「言わなくていい」

「ごめんなさい。本当は凄く感謝してます。トキヤを助けてくれてありがとうございました」

「ふふ………ネフィア」

 女神が手を伸ばし私の頭を撫でる。

「私は何もしてません」

「えっ………でも。確かに彼の傷が癒えて魂を留める事ができました」

「私は切っ掛けを作っただけ。奇跡を起こしたにはあなた。ネフィア・ネロリリスその人よ」

「わ、わたしが?」

 女神が頷く。

「誰よりも誰よりも想いは強く。それは翼にもなり。彼を癒す奇跡にもなるほどに愛してる証拠です。それは本当に強い」

「………」

 私は自分の手を見る。ただただ祈りを捧げただけだったのに。気付けば癒し手を持っていた。

「陛下も癒したでしょ? 気付かなかった?」

「………でも、トキヤの傷は深かったです。死んでしまう程に」

「だから。あなたの愛は世界を歪める程に深く熱く明るく。大きいんです。誇りなさい。愛の女神が言います。世界の誰よりもあなたは彼を愛している」

「………はい!!」

 私は強く頷いた。すると。

 ギュゥ

 女神が私を深く抱きしめる。家族を愛するかのような抱擁。柔らかな女性の感触とフワッとした名も知らない花の香りがした。女神に私は触れられる。

「女神さま?」

「エメリア。呼び捨てでいいよ」

「………エメリア」

「ネフィア。私はあなたにお願いします」

「何をでしょうか?」

「しがらみを。魔族と人間の間にある壁を消してほしい。種族なんて関係ない。愛する者同士結ばれる世界を」

「…………女神を倒せと。エメリアのお姉さまを『倒せ』と言いますか?」

「ええ……ネフィア。あなたの苦しみを他に与えてはいけない」

 それは、流産のことだろう。確かに他にこんな悲しいことを感じさせてはいけない。私だけでいい。私だけで終わらせれるならそれがいい。

「私は………また。彼を死地に追いやるのでしょうか?」

「いいえ。今度はあなたが前へ出る番」

「私にそんな力は……ないです」

「………いいえ。信じてます。褒美の話をしましょう」

 女神が耳元で悪魔の囁きをする。それは魅力的な話だった。何よりも何よりも魅力的で断れる筈がなかった。

「もう一度。彼の子を宿したくありませんか?」

「…………できますか?」

「できます。きっとね」

 私は頷く。我慢していた涙が出てしまう。諦めていた事だった。でも、もう一度もう一度だけチャンスがあるらしい。

「そのために。女神ヴィナスを倒しなさい」

 耳元で信託を言い渡す。

「今は復讐でも構わないから歩いて止まらないで」

「はい………エメリア」

 私は強く涙を流しながら女神の信託を受けとる。私のために。殺された我が子のために。再度剣を取ろうと思うのだった。



















 




 


 



   






















 






 


















































 



 
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