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担ぎ上げられた英雄
白き翼を持つ新しき盟主
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§魔国イヴァリース①帰郷、族長の思惑.
私は地図を元に道を探り。やっとの思いで魔国首都イヴァリースの花畑に着地する。ぶわっと花が舞い、世界を彩った。花畑が一帯に広がる場所はいつも見ても美しい。
「いつ来ても綺麗ですね。魔国の首都なのに………農場やそういった物が少なくて。運ばれてくる物だけで生活するなんてね。そんなの成長しないのに」
「かわりに景観は損なわれません。あと全ての人に送る花はここで取られた物でしょう」
「そうだよね。長持ちするし強いから…………ドレイク姿でいい? 少なくとも花は踏みしめてしまうけど」
「いいですよ」
ワンちゃんの体が縮み。ドレイクの姿へと変わる。 小さくなった体に私は再度乗り。手綱を持つ。
「では、門まで行きましょう」
「襲われたりしませんか?」
「襲われたら。倒すまでです。突入!! ワンちゃん!!」
「はぁ……はい」
ザッと土を蹴りあげて舗装された道に出る。フードを被り商隊に混じる。前より厳しい検問をしているようでちょっとヒヤヒヤする。
「ワンちゃん。喋っちゃいけないよ」
「ワン」
ゆっくりと検問を行うダークエルフとエルフ。最近何故か………この種族が一緒な気がする。私の番が回ってきたとき黒い鉄鎧を着込んだらダークエルフに止められる。
「止まれ。一人の所を見ると冒険者…………おい。相棒。姫様だ」
「そうか………」
ザッ!!
「「姫様………おかえりなさいませ」」
「…………」
二人の衛兵が跪く。私は頬をひきつりながらワンちゃんに進めと命じる。何故わかった。何故かバレた。
「お待ちしておりました。姫様を狙う輩も多く危険です。お気をつけください」
「姫様………陽の導きがあらんことを」
「え、ええ。お仕事頑張ってくださいね」
「「ありがたきお言葉!!」」
後ろの視線もあり、私は逃げるようにその場を後にする。
「ワンちゃん!! どうして一瞬でバレたかな?」
「………わかりませぬ」
逃げるように路地裏に入るのだった。
*
冒険者や商隊が宿泊する宿屋。トキヤと泊まったのもここであり、店主とは顔会わせている。秘匿してくれるのでいいトロールの店主だ。ドレイクを宿屋の前に停め。宿屋の扉を開けて潜る。少し高級そうなお店に懐かしい気持ちになる。寝込みを敵に襲われたなぁ。
「こんにちは」
「こんにち………姫様!? ああ!! 姫様………」
「………」
トロールの店主が手を重ねて拝み始める。首を傾げながら宿泊部屋をお願いする。ワンちゃんもいることを伝えた。
「かしこまりました。聖獣様はこちらで案内させていただきます。姫様はどうぞこちらへ………」
「えっ? 鍵を渡してくれるんじゃないのですか?」
「ええ。鍵なのですがその前に魔方陣があり登録しなければなりませぬ」
「わかりました」
防犯がしっかりしているのを聞くと昔の侵入されたのを考えてそうしたのだろう。彼についていき階段を登る。1階2階3階4階5階と上がりそして大きな扉を開けて案内される。5階全部が部屋になっていた。生活できる環境。家のような宿泊場所に私は………固まる。
「お気に召されませんか?」
「ま、前の部屋でも充分でしたのに………」
「いえ、姫様をあんな狭い場所に宿泊させるつもりはございません」
「でも………ここは令嬢用であり宿代も………」
「長く大変な冒険の後ですし。一度姫様には恩を貰っております。どうぞ、お使いください」
「あれは私が勝手に壊して………」
「まぁまぁそう仰らず。あとは私の商売のお話ですから。姫様が泊まった部屋として箔がつくのです」
巨体に「どうぞどうぞ」と言われて渋々部屋に入る。「魔方陣に手を当ててほしい」と聞き、そのまま私は壁に手を当てる。こうすることで鍵も無くても入れるそうだ。
「姫様、何かあればお呼びください」
「う、うん」
「ドレイクのワン殿も、お呼びします」
「い、いいの? 入れても?」
「はい。我ら種族や大きい種族も泊まれる場所です。ドラゴンは難しいですが」
「ふぅ。本当にありがとうございます」
「いっ、いいえ。そのええ」
何故か狼狽え出すトロールの店主。顔を背けるのを見たとき。私は魔力が漏れているのではと確認するがそんなことはなかった。
「では失礼します」
「は、はい」
そそくさと逃げるように部屋を後にする。残された私は机に荷物を置き鎧を脱いで動きやすい服に着替える。魔法使いらしい軽装だ。まぁ魔法使いは体を鍛えることを疎かにしているから軽装なのだろうが。
「ワン」
ドレイク姿のワンちゃんが部屋にやって来る。
「ワンちゃん一緒に眠れるね」
「ええ、安心してお眠りください。長旅でお疲れでしょう」
「お風呂入ってからにしようかな?」
今さっき確認したがなんと個室の風呂がある。大きい大きい種族も入れるようになっており、アラクネまでなら入れそうだ。木の枠で囲われ、魔力炉もあり、お金がかかってそうと言えるほどしっかりしたものだった。魔力炉でお湯を作り風呂に流す。
「ワンちゃん!!」
「なんでしょうか?」
「洗うから湯船に入って」
「いいんですか!? いいんですか!?」
ブンブンとドレイクの尻尾を振り上げる。本当に犬の魔物。家畜にされた狼の魔物に近い。
「汚れてるしね。さぁ、はやく」
「では、言葉に甘えて」
風呂場にドレイクが入り私は湯をかけて鱗を擦り洗う。毛皮ではないのは面白い。大きくなるとモサッとするのは何故だろうか。
気持ち良さそうに目を細めるワンちゃんを見ながら馬を手入れするように丁寧に体を洗う。
「いつもありがとう」
「………」ブンブン
「キャッ!! こら!!」
「すいません」
「ふふふ、ダメよ尻尾振っちゃ」
敵地といえば敵地だが、穏やかな時間を過ごすのだった。
*
執務室でソファーに座りながら報告を私は聞いた。
「衛兵とトロールの宿屋から姫様の目撃情報がありました」
「さすがダークエルフ族長。情報が早い。市民に馴染んでいるだけはある」
「衛兵ですから。義兄上どうします?」
「や、やめろ。虫酸が走る。グレデンデと呼べ」
「グレデンデお兄さん」
「や、やめろおおお!! 気持ち悪いと言っておるだろう」
「ククク。はははははは。いいざま」
「はぁ。面白がりやがって。妹も何故こんなやつと……結婚なんか」
「けしかけといて、それはないだろう!! まぁエルフ族とダークエルフ族の友好の証として利用できるさ」
「そこまで考えていなかったぞ。精々奴隷か人質だ」
「そうだろうが。俺は………まぁ。色々してくれるいい女だよ。グレデンデ」
「それは私の妹だからな」
「だろうな。本当に仕事してくれる」
「ふぅ。まぁ好きに使えと言った。そう使うならそれでいいだろう」
「夜の仕事もこなすからな。しっかり」
「やめろ。言うな、ヘドが出る」
「まぁまぁ。ククク、お前をからかうのは面白いが………話を進めないとな」
「そうだな……奴が来るのを待てんし、進めるか」
ガチャン!!
「えっと……エリック様がお見えです」
姫様の姿に似たフィアが一人の仮面の男をつれてくる。何故かフィアの手を持ち顔を近付けた。
「ありがとう。麗しき姫。もしお仕事でなければ………お誘いしたかったよ。今度どうかな?」
「わ、わたしには……その…………えっと………お、想い人がいますので………」
「大丈夫です。私は既婚者………間違いは起こりませんよ」
「間違いしか起こらないだろ!! しょっぴくぞ!! 衛兵として!!」
「フィア!! 汚れた手を離しなさい」
「は、はい!!」
フィアが慌てて手を離す。
「おお。そんなに拒絶しなくても……傷付いてしまいます」
「ご、ごめんなさい……」
「いいえ。困り顔も美しいですね」
「グレデンデ。斬っていいか? 俺でもイカンと思う」
「許可する」
「ははは、冗談が効かないなぁ。まぁ………真面目になりましょうか」
元気な優男のような声が大人しい声へと変わる。切り替えの早さに驚くが、これが彼ら上位婬魔族の特徴とも言え、演劇者らしい役分けが出来る。「つかみ所がない」とも言えた。
「でっ、『姫様が来た』と言うことですか?」
「そうだ。トロール族の宿屋。衛兵で保護してある」
「予想通り、本当にトロール族の宿屋へ来ましたね。流石ですエルフ族長」
「五分五分だったが。まぁ監視がしやすくていい」
実際、全ての宿屋には根を回している。治安維持を名目に兵士を宿屋に一人つけていた。聖歌隊の面子なので裏切りも心配はない。裏切りは死となる。
「でっ………エリック殿は?」
「ええ。なんにも変わらずです。今か今かと抑えるのが大変ですね」
エリックには他の族長のパイプ役を頼んでいた。結果は上々。姫様を襲おうとする種族は武力派の面々であり、それ以外は手を出さないと言う。
「滅びる種族が減ってよかったですね。二人とも」
「全くだ。もう無駄な血を流すことはないよな。エリック族長もそう思うだろう?」
「姫様に関わったら滅びるかもしれない。本当に昔の私は恐れ知らずで告白したものです。恐れ多いことでした」
エリックが仮面を外し、人間のような顔を見せる。額には鎖の焼き印がついているが気にしていないようだ。逆にこれがファッションと言われても問題ない。
「エルフ族長はこのあと?」
「数日後、玉座の間に集まる。それからだな……賭けの行く末を見守ろう」
「ああ、そうだな。オーク、リザードマンが何処まで動くかだ」
「ダークエルフ族長は?」
「衛兵は衛兵らしく治安を守るさ。ネフィア様の命令通り」
今のところ成り行きを見届けるしかない。私はグラスに葡萄酒を注いで乾杯の準備をする。そして各々が高く掲げる。
「では、合言葉を」
「「「陽の導きがあらんことを!!」」」
私たちは葡萄酒を一気に飲み干すのだった。
§魔国イヴァリース②女神の思惑
私は族長たちの動きを知るために。魔国にもある冒険者ギルド兼酒場に足を踏み入れた。驚くべきことに魔国全土から来たのだろう冒険者たちが集い。カードゲームに興じている。
人が入れなさそうな雰囲気で私はギルド直轄の酒場はあきらめて他を当たるが…………どこも満員であり困った。
表通りを空いている酒場がないかと練り歩き。運良く空いていた壁際のカウンター席に座れたのは30分探してだった。
そろそろ夏に近付くためか暖かい気候に喉が乾いてしまう。妖精国が寒く感じたのはきっと妖精姫のせいだろう。本通りも兵士が多く。ピリピリした空気が漂っていた。
何かの表紙で喧嘩があれば大きく広がる。そう、にらみ合いが続いているのだ。ローブで身を隠し息も詰まる思いでここまで来た。
「はぁ………」
ちょっと外を歩くだけで疲れた。しまいには深いため息を吐き、カウンターに出されたお冷やを一気に飲む。狐耳の獣族であるマスターを手を振って呼ぶ。
「マスター。何か飲み物オススメありますか?」
「それではこのユグドラ汁はいかがですか姫様。姫様の隠居している都市の名品ですよ」
速攻で姫と言われる。
「………何故バレたの? あっ違うのがいいです」
「では、葡萄酒かリンゴ酒どちらがいいですか?」
「朝から酒は………紅茶はないかしら?」
「わかりました。後ですね姫様。ハッタリに簡単に乗ってはいけません」
「……………ハッタリ?」
「もしかして姫様かなと疑問を投げ掛けただけですよ」
ハッタリだったのか。確信もって私を姫とよんだぞ、この人。隣のカウンターはひとつ空いているが、そのもうひとつには冒険者が座っている。聞かれたんじゃないかヒヤヒヤしたが隣は気にせずに談笑をしていた。胸を撫で下ろす。
「分かりやすいです。先ず身分を隠したいのかローブで身を隠してますが顔や髪などを見えたとき。本当に分かりやすいですね。見てくださいあれ」
店の壁に何故か私の肖像画よろしく額縁に賞金首の時の絵が飾られていた。賞金の所は赤いインクでバツの字で取り下げられたことを示している。賞金は出ない筈なのに飾っている。
「店に来ていただき実は泣き叫ぶほど、嬉しいのですがお忍びと言うことで我慢しております。どうぞ、紅茶です。妖精国からの贈り物であり魔力回復も行えます」
「あ、ありがとう。うっ苦い」
「ちょっと渋味が強いでしょうか?」
「でも香りは凄くいい。美味しい」
マスターが他の店員に店を任せると言い。私の目の前で待機する。まるで使用人のように壁際のお客さんをもてなすのは異様だが気にしてもしょうがない。どちらかと言えば情報を買いに来たのだ。
「遅いですが朝食は食べられましたか?」
「いいえ。食べようとしたら………どこも満員で。運良くカウンターが空いてましたのでここに」
「では、私が作らせて頂きます。お待ちください」
マスターがそう言って店の奥へと姿を消す。紅茶を飲みながら私は酒場の音を拾う。会話内容は私が現れたとか、次の魔王は誰かとか、族長の精鋭たちが殺し合いしたらどうなるかとかの物騒な話題が多い。話を聞いていくとどうも傭兵が多いようだ。
「傭兵が蜂起したら………」
これは………もう、ダメかもしれない。首都は戦場となり魔国は分裂だ。
「姫様、どうぞお待たせしました。朝食は軽い方がよろしいと思い。ホットサンドでございます」
ささっと軽めにつくった割にはトマトやレタスハム等々。身がぎっしり入っている。驚くべきは野菜の量。
「おお。美味しそう!! 野菜畑そのままが詰まっているみたいですね!?」
「当店の自慢の逸品です。最近物流が良く。いい品が届くのです。妖精国からですね」
「道なんてあったかな?」
「専門の商路があるようです。妖精に認められた者しか使えないそうです」
「へぇ~」
空からでは森しか見えなかったが森に隠れて舗装された道があるのだろう。初めて知った。そりゃそうか遠回りになるからしないのだろう。
「マスター………結構情報通?」
「何でしょうか? 知っている部分でしたらお伝えできます」
私は金貨を差し出す。差し戻された。いらないらしい。
「何故、私が……余が有力候補に?」
「ご存知ないのですね?」
「聞いても隠されてる。『一度魔王をしたからだ』と言われてるが。余は何も魔王らしいことをしたことがない」
「姫様。何故、魔王有力候補なのかの理由は多岐に渡ります。それも一つでしょう」
「他は?」
「新しい希望の花でしょうか?」
「魔族に似つかわしくない言葉だな。でも………私は嫌いじゃない」
そう、私は希望を持っている。トキヤという希望が。
「魔族に似つかわしくないと言えば姫様の存在もそうでしょう。似つかわしくないですよ」
「…………」
私は否定出来なかった。女神は信奉するし、聖職者しか使えない奇跡魔法。回復魔法は使えるし。悪魔の翼だって白かった。角だって生えていないし、あまりにも悪魔と違う。婬魔にしても……悪魔の亜種のような物だ。
切っ掛けは何だったのだろうか。そうだ………切っ掛けも似つかわしくない。愛だ。
トキヤと過ごし。彼に触れ、彼に恋をして彼を愛して、女神に祈った。何もかもが似つかわしくない。
「私は魔族らしくないですね」
「魔族らしくないからこそ。我々は惹かれるのでしょう。私たちに無いものを持っている。しかしそれは………姫様なら当然の事と思います」
「まぁでも………魔王はやりたくないわ」
「…………そうですか…………残念です」
「あなたはどうして魔王になって欲しかったんですか?」
そうだ。何故、魔王を所望するのか聞いてみた。
「これをご存知ですか?」
一冊の本を手渡される。新しく作られた本らしい。題名はなんか聞いたことある。
「翼をもつ姫様?」
「ええ、姫様をモデルに書かれている。週刊伝記です」
「私をモデルに?」
「はい。色んな方が色んな解釈で物語を書いております。しかし…………嘘か本当かわかりません」
私は悪寒が走る。
「ぜ、全部嘘よ………」
「では、家を借金で購入したがすぐに返済できた事は?」
「な、なぜそれを………」
「本に書かれています。あとは………勇者が誰よりも姫様を深く愛しておられることは事実ですか?」
「え、ええ………はい」
「じゃぁ………勇者は姫様を愛するために全てを捨てたのですね」
「うぅううう」
真っ赤になっているのがわかるほど暑い。そう、まるでその場にいた者が書いているような内容だ。畜生なんだこの本は。
「まぁ………これは聖書をモデルにしたものですね。それをこう………我々と同じような魔族で描いたものです」
「聖書?」
「ええ、私も……………つっ!?」
ふと、マスターの顔が歪み頭を抑える。唐突でびっくりする。
「はは、なんでもございません。そうですね。私が姫様を押す理由は弱肉強食で言うなら強者であると言えるからでしょう」
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。今、喋ろうとしたことは禁忌ですね」
「………禁忌?」
「すいません、これ以上は喋られません。誰に聞いても女神が止めるでしょう」
まただ。また…………私は情報を隠される。それよりも女神って。
「その女神さんは………白いドレスに破廉恥な姿で現れませんでしたか?」
「やはり、姫様のお知り合いでしたか。流石です。姫様?」
「…………畜生」
私は気が付いてしまった。情報を隠されているのはわかっていたがそれが誰の手によって隠されているかを知り。怒りが胸のなかに溢れてくる。
「エメリア!! そこにいるんでしょう!!」
店の中で叫んだ。店が静まり帰り、視線が私に集中するが気にはしない。今は怒りの方が強い。
「エメリア!! 何故隠す!! 私が裏切ると!? 私が信用できないと!? 何故、何も言わなかった!! 『自由にしろ』と言いながら!! なんで嘘をついた!! 愛の女神エメリア!! 答えろ!! 何を企んでる!!」
大きく腹の底から客の迷惑を考えず叫ぶ。しかし、返答はなく。私は滲む涙を拭った。
「ありがとう、美味しかった」
お金をカウンターを置き私はトボトボと店を後にする。視線があったが気にせずに………情報を集めるのを諦める。そして落ち着き………今度は悲しさだけ残るのだった。
「信じてたのに…………あなたを」
*
ネフィアがフードを外し怒りに任せて叫び出す。
「エメリア!! そこにいるんでしょう!!」
強い怒りを滲んだ言葉が私を苛む。女神に裏切られた信者のような叫びに耳を塞ぎたくなる。
「エメリア!! 何故隠す!! 私が裏切ると!? 私が信用できないと!? 何故、何も言わなかった!! 自由にしろと言いながら!! なんで嘘をついた!! 愛の女神エメリア!! 答えろ!! 何を企んだ!!」
ネフィアが怒りを私にぶつけてくる。何も言わなかった。何も教えなかった。知っていても隠していたし、隠し通した。私は自分の精神体の体を抱き締める。
辛い。彼女の感情が辛い。
ネフィアはいつもバカにしていたが何と言っても信奉者であり、私を信じていた。だけど………今まで嘘をつかれていたのだと知って彼女は悲しくなった。その全ての感情が流れてくる。
「信じていたのに……」
ごめんなさい。彼女に謝りたい気持ちを抑える。トボトボと歩き出すネフィアに申し訳なくなってしまう。私は彼女を利用している。彼女を不幸にしている。彼女の望みをダメにしている。私の復讐のために利用している。
「女神エメリア様。何も言わなかったのですね。謝るぐらいはいいでしょうに」
棒立ちになっている私に優しく声をかけてくれる。その人は酒場のテラスで一人酒を飲んでいた。何故、ネフィアは気付かなかったのかと思うのだが………それほどショックだったのだろう。
「エルフ族長グレデンデさん………」
「姫様が酒場を練り歩いていると聞いて駆けつけてみれば………悲しそうに店を出ていきましたね」
「…………はぁ、私は悪神です」
「悪い神は自分を悪いとは思わないでしょう。しかし、これは仕方のないことです。姫様を魔王に向かわせるために何も教えなかった。席をどうぞ。運よく空いてます」
「考えて見ればあなたは私が見えるのですね?」
「逆に姫様はあなたに疑惑を抱いて見えなくなった。まぁ私は聖職者ですからね」
エルフ族長が葡萄酒を注いでくれる。飲めはしないが………捧げ物としては嬉しい。
「神様の懺悔を聞いてくれますか?」
「いいですよ。あなたは最高の共犯者です」
エルフ族長が笑みを向ける。共犯者。彼も姫様を利用する者。私と同士と言える協力者だ。私は空席に座る。座ると言っても姿勢だけだ。
「私は…………」
*
「私は…………一番初めての信者で一番の信仰者を利用しています。私の復讐のために。彼女の幸せを奪いました」
自分は席の向かい側に愛の女神と言う妖精みたいな存在と話をする。というよりは懺悔を聞く。本来は逆な立場だが。
「奪った?」
「ネフィアの願いは………スゴく単純なんです」
「ええ、教えてもらいました」
「勇者と一緒に幸せに暮らしたい。一般的な女の子の望みです」
「叶えたではないですか?」
「いいえ、叶えてないでしょう」
「一瞬でも叶っていれば『叶った』と言えるのです。私は感謝してますよ。あの平和に避けてくれたことを。時間を稼いでくれました。立派に」
「…………悪い人ですね」
「協力者、共犯者ですから」
悪びれもせずに演じる。心ではいつかは罰を受けるつもりだ。全てが終わってから。それぐらいの覚悟を持ってる。
「都市ヘルカイトから姫様を引きずり出し、この首都へ導き。姫様が嫌がって妨害する事をさせない手腕。素晴らしいです。流石………女神に報告し、煽り………殺させた程に」
「…………ええ、ええ………そうよ」
自分はこの女神からシナリオを提案され快く引き受けた。利害が一致するからだ。女神は姫様に魔王になり女神に復讐してほしい。自分も姫様に魔王になってほしい。共通した目標があった。
「崔は投げられたのです。今さら後悔しても無駄です」
「………ええ。ええ。そうね」
「姫様の願いは本当に分かりやすく叶えやすい。トキヤ殿が居ればそれでいいというのはある意味厄介ですね。そして………トキヤ殿も姫様の自由にさせるし姫様のためになんでもする」
「だから…………魔王に勝手にさせる事や姫様の活躍を広める事をするとトキヤさんに怒られちゃうわね。やめさせられる。逆にネフィアもまったく疑わず従う」
「世界樹が枯れていることも黙っていた。しかし、あなたは『知らぬ』と言って姫様を付き合わせた。驚きましたよ。正当な理由で引っ張れました。予想外は剣が抜けたことと世界を救った事ですかな。あれのお陰でさらに箔がついた」
「あれは………抜けるかもと思ってたわ。でも………あんなに仲良くなって形見になるなんて思わなかった。魔王になってから。教えるつもりだったのに順序が逆になってしまったわ」
世界樹は利用された。しかし、結果は姫様の慈悲の行為で美談となる。シナリオ通りにはならないが大筋通り進んでいるとも言える。
「もし、私がなにもしなかったら………」
「姫様はきっと都市ヘルカイトで余生を過ごし、子だくさんで幸せな人生でしたでしょう」
「姉さんを少し煽って呪いをかけさせ………目を瞑って流産まで待つのは辛かった」
「お陰で今があります。英断でした………沢山の魔族が救われるでしょう。不満ですか?」
「不満よ………不満…………家族の幸せを踏みにじったのよ……割り切れない………あんなにあんなに私を信仰してくれたのに………」
女神は悩み続ける。これで良かったのかとずっと悩み続ける。しかし、それは私も同じ事だ。遅かれ早かれ女神が居る限り。「人と魔族は混じれない」だろう。
「遅かれ早かれ、どうしたって犠牲者が出た。姫様の子にな。拐った事から見るに『恨み』が強い」
「……はい。もう目の敵です」
「なら、あなたは何も出来なかった。それも説明出来る日が来るまで耐えましょう」
「はい」
私は本当に女神の悩みを聞いてあげれた。昔の私とは大違いで笑う。変わったことを。
§不思議の国の勇者
ジ、カチ
目覚まし時計が朝を告げる前に止め。そろそろ朝なので俺は起きようと思い目をあける。すると………目の前に金髪の美少女が馬乗りしていた。
思春期男子にとっては夢のような光景だろう。よくある幼馴染みが起こしに意味なく乗るあれだ。漫画でよく予習している。
「………あっ起きた?」
「何やってる………ネフィア」
「何やってるでしょうか?」
「起こしに来た?」
制服をはだけさせ、彼女は笑みを浮かべる。
「襲いに来た」
「朝からアホなことやってないで。退いてくれよ」
「むぅ。つれないなぁ………襲いたいなぁ」
「殴るぞ」
「ひっどーい!!」
いそいそと布団から退く彼女は小鳥遊ネフィアというハーフの美少女だ。顔は我らが東洋人が好きそうな完成された美を持ち。その肢体はハーフらしくナイスバディで日本語も流暢。学校のアイドル的存在。実際スカウトもあったらしい。
「早く降りて来てね。ご飯出来てるよ。トキヤ」
「………おう」
トテトテと階段を降りて行く音が聞こえ。壁にかけてある制服に手を伸ばした。アイロンがしっかりとかけられているそれに袖を通す。もちろん昨日、彼女が俺の制服をアイロンがけをしてくれたのだ。出来た女だと思う。
「ああ、さむ」
温かく温もった布団から這い出た俺は身震いをしながら寝室から1階のリビングに顔を出した。台所に長い黒髪の女性とネフィアが一緒に立っている。リビングの机には茶髪のボサボサ頭の男性が新聞片手にコーヒーを飲んでいた。
長い黒髪の女性と男性を見たとき………何故か心臓が跳ねてしまう。
「おはよう。トキヤ…………」
「あっ………おはよう言ってなかった。おはよう、トキヤ」
「トキヤ………おはよう」
「お、おはよう………ごめん。顔洗ってくる」
俺はいそいそとリビングから逃げるように洗面台に向かった。
鏡を見ると眠気で涙目な俺がいるように見える。しかし、全くそんなことはなく。溢れでる涙が止まらなかった。何故だろうか。何故だろうか。
自問自答。涙が止まらなかった。黒髪の女性に茶髪の男性を見た瞬間込み上げてきたのだ。
「トキヤ? どうしたの?」
ネフィアが洗濯場の扉から俺を覗き見る。
「い、いや。なんでもない」
「………トキヤ」
ネフィアは俺を後ろから抱き締める。柔らかい感触と女性の甘い匂いが俺を落ち着かせる。
「ご飯、さめちゃうし………ここは寒いよ。行こ」
「ああ、行こう」
涙を振り払いリビングに戻り席に座るとこんがり焼けた食パンとコンポタと言うシチューのような物が用意され、別にコーヒーも淹れてある。
「トキヤ。冬休みが近いから気が抜けているだろ。成績を落とすなよ」
「お父さん。成績なんて関係ないでしょ? 大きくなればいいのよ?」
「体だけ大きくてはダメだ。心も大きくならないとな」
「お父さんが言うと説得力ないですよ?」
「母さん………味方だよね?」
「父さん母さん………いただきます」
俺は何故か懐かしい気持ちでマーガリンを塗ったパンをかじった。隣ではイチゴジャムをべったり塗ったネフィアが流暢な英語で「delicious」と叫んでいた。
俺はその光景を黙々とパンを食べながら目に焼き付けるのだった。何故かもう二度と見れない光景だと思って。
*
「行ってきます。母さん」
「はい。行ってらっしゃい」
「行ってきます。お母様」
「ふふ、ネフィアちゃんは今日も可愛いですね」
「お母様もお綺麗ですよ」
二人でキャキャと仲良く触れ合ったあとに俺たちは門を出た。
何故、小鳥遊ネフィアが俺の家で寝泊まりしていると言うと。長くなるが元々、両親の不仲でこっちに幼少期は住んでいたが両親が和解。そして向こうで住むことになったが本人はずっと帰って来たかったらしく高校生になった時に両親を説得し条件付きで単身……帰って来たのだ。
その条件とは………幼馴染みの家にホームステイすることだった。
「トキヤ……手が寒い」
「手袋あるだろ?」
「………」
「ああ、もう……」
ネフィアが息で手をハァハァして暖める。手袋はある筈だが。わざと着けない。我慢して着けない。だから俺は彼女の手を握る。
「まったく………」
「そう言って、いつも暖めてくれるトキヤ大好きだよ」
「お前の手の方が熱いのになぁ」
「触れることが大事なのですよ」
帰国子女は本当にフレンドリーを越えてグイグイと好意を隠さず。俺に浴びせる。
クラスに入ってきた時は本当にビビった。帰ってきた理由は俺に告白と付き合うためと恥ずかしげもなく言い切りやがったのだ。そのあとの質問攻めは苦労したが。
断る理由もないために付き合うことになった。それが良かったのか女性から僻まれず。男からもいい寄られずに色んな人とフレンドリーに触れられている。
「誰に見られても恥ずかしくないのがすげぇわ」
「この国の人。オカシイネ。スシナラスシというべき」
「おい。わざとへたっぴに日本語喋るのさまになるな。スシかぁ寿司食いたいなぁ」
「寿司じゃない!! スシ!!」
「はいはい、寿司寿司」
彼女を手を掴みながら登校する。最初はコソコソ噂された物だが……慣れたのか気にされずにいる。人間、慣れると無関心になるものだ。
「ああ!! またあなたは!!」
「うげっ!? 風紀委員」
学校の校門前で風紀取り締まる女子生徒に目をつけられる。ネフィアは別にスカートが短い訳でもないが………まぁ色々あるよね。
「学舎の聖地で不謹慎です!!」
「生徒会長。頭固い!! 考えてみて!! 私たちは愛があって生まれてるんですよ!? みーんな、お父さんとお母さんが………ムゴゴゴゴ!!」
学校の朝っぱらから保健体育の話で風紀を乱そうとする彼女の口を押さえた。
「ネフィア、黙って従う。社会のルールだ」
「千家さん。ネフィアさんを抑えるの大変ですが………あなたも同罪です」
「ネフィア。全力で乱そうぜ」
同罪ならもう抑えてもダメだな。
「トキヤ!! やっと気が付いてくれましたか!! 保健室に行きましょう!! ゴムは………ノープロブレム!!」
「いや!? ぶっ飛び過ぎだろ!!」
「きゃああああ!! なんてハレンチな会話を!!」
「ちっちっち!! 生物の基本です」
「ネフィア飽きた。もう遊んでないで行こうぜ。寒いわ」
「あっうん」
「待ちなさい!! まだ話が終わってないです!!」
後ろからガミガミ言われるが俺らは気にせずに教室へ向かうのだった。
*
昼休み、ネフィアと弁当を食べた後。彼女が立ち上がりんっんっと膝を指を差す。
「ああ、わかった。どうぞ」
「わーい」
ネフィアが俺の膝の上に俺に向いて座る。柔らかなお尻の感触と彼女の匂い。目の前に見える柔らかそうな二つの山。男なら憧れる体勢だろう。実際、遠くの思春期男子の目線が集まる。
「トキヤの匂い~」
抱きついて幸せそうに声を出すネフィア。ネフィアは本当にあったかく。というか熱い。
「落ち着く~トキヤも落ち着く?」
「まぁなれてるし。最初にやって来たときは驚いたけどな」
「おっパブは男の憧れ」
「どこで聞いてくるんだそんなことを!?」
「私自身。いっぱい勉強したから!!」
ネフィアは恐ろしいほどに一途で色々とアタックしてくる。その激しさは愛と言う玉のドッチボールではなく。銃弾を撃ち込んでくるほどエグい。
「暑くなったね? 脱ごっか?」
「殴られたくないなら。やめろよ?」
「家では………あんなに獣なのに………」
「ウソを言うな。つねるぞ」
「これが今話題のドメスティックバイオレンスと言うプレイですね。いいですよ………トキヤなら全て受け入れます。はぁはぁ」
「鼻息荒れぇ!?」
背筋が冷える。襲われると言う事が脳裏に浮かんだからだ。
「ネフィア………きめぇ」
「………それはちょっとショック」
「赤マナ1かな?」
「それはショック」
俺は話を剃らすことに成功した。
「帰ったらやる?」
「やる~」
「カード資産多いよなぁお前」
「だってお小遣い全部費やしてるもん」
その後、エロい会話から180度回転しカードゲームの話になるのだった。
*
家に帰ると。ネフィアは自室があるに関わらず俺の部屋で着替える。「さぁ覗け」と言わんばかりに。
「自分の部屋で着替えると言うことは?」
「辞書にない」
「見飽きるぞ?」
「本当に? なら………着替えて大丈夫だね。恥ずかしいけど。トキヤに見られるの好き」
「………外国は皆お前みたいに変態なのか?」
「好きな人に見つめられるのを変態と言うなら多くの人は変態」
「いや………いや………それ違う気がする」
「それに。光熱費削減だよ」
「………そりゃまぁ」
二つの部屋でストーブ焚くより。一つですむもんな。
「それに………トキヤはヘタレ………」
「うっさい!! 俺は童貞でもないし!! 一応お前を孕ませ…………てないよな? 童貞だよな?」
「…………」
今一瞬だけ。何故だろうか変な感じに言葉が出た。そんな困惑する俺に彼女は頭を撫でる。
「トキヤは頑張ってる。ヘタレと言ったのはごめんね。でも………抱いてもいいんだよ?」
「親がいるのにか?」
「両親の許可取ったよ!! 避妊はしっかりだって‼」
「お、おう!?」
俺は両親の判断にドン引く。なに許可してんだ。なに両親に言ってるんだこいつは。
「まぁでも………避妊しなくても子は出来ないけどね」
「えっ?」
「何でもないよ~」
「何でもないよ」と彼女は悲しそうに笑う。しかし、俺は聞こえていたがそれ以上踏み込んで話を聞けなかった。
「あっうん……何でもないよな」
何故か胸の奥で恐怖していた。聞くのを怖がっている俺がいる。
「ねぇ!! トキヤ!!………おりゃ!!」
ネフィアが俺の手を掴む。そして、勢いよくそれを股に挟んだ。
「どうだぁ!! 柔らかいだろ!!」
「まぁ……うん」
すべすべして程よい弾力と柔らかさ。非常にそそられる太股だ。
「元気になった? 下の方」
「気持ち元気になったが息子は反応なし」
「………めっちゃ手強い。全裸でもだめか?」
「やめろよ。今は………なんかやりたくない」
「………はーい。残念」
ネフィアが諦めて部屋着に着替える。そして………笑顔で遊ぼうと提案し、俺たちはカードゲームで遊び始めるのだった。
*
風呂、上がった時に俺の脱いだパンツを嗅ぎまくるネフィアをしばいた後。2階の自室へ戻りベット入り込む。冷えたベットを我慢しながら入った瞬間。あったかくてびっくりする。
「ああ、温い………なんでや!?」
「ふふふ。私が暖めてました」
しばかれた筈のネフィアが得意気に言い放ちのそのそと布団に潜り込んで俺に抱きつく。
「暖かい。今日はこっちで寝る」
「………はぁ。仕方ないな」
俺は彼女の頭を撫でるとキュウ~と鳴きながら体を擦りつけてくる。幸せそうに、俺の腕のなかで横になる彼女。
「トキヤ…………おやすみ」
「おう。おやすみ」
彼女を抱き締めながら目を閉じる。ネフィアの寝息を聞きながらゆっくりと微睡み俺は夢を見た。
あるときは魔法使い、あるときは騎士。そして………勇者となる夢だ。ネフィアはおらず、ネフィアを探して、ネフィアを見つけた夢だ。
長い長い夢。まるで体験してきたような夢に俺は第3者目線で夢を見続ける。
「トキヤ………トキヤ起きて」
「んあぁ? んんんんん。ネフィア?」
「トキヤ。ごはんできたよ」
「お、おう」
一瞬のうちに眠り。一瞬のうちに起きた気がした。体を起こして夢を思い返す。
「…………俺は中二病発症した?」
頭を抱えて。何を想像したんだと悶えた。
*
1ヶ月たった。あの日から夢を何度もみる。夢の俺はネフィア・ネロリリスと言う小鳥遊ネフィアによく似た女の子を孕ませていた。あまりの美しい母親になろうとする少女に驚きながらも。俺は………恐怖する。
幸せそうな日々の結末を俺は何故か知っていた。その夢を見る前に飛び起きた。しかし………俺は夢の続きを見なくちゃいけないとも思っている。
「はぁはぁ………」
「トキヤどうしたの?」
隣で寝ているネフィアが優しく問いかける。悪夢を見たというと頭を撫でてくれる。
「思い出さなくていいんだよ?」
彼女は優しく言葉をかける。しかし、俺は彼女を撫でる手を掴み、引っ張る。よろけたネフィアを抱きしめた。
「………思い出さなくていいんだろうけど。思い出さないと。息子に申し訳ないだろ」
「そっか………」
バカな男だ。忘れてはいけない事を忘れてしまっていたのだ。
俺は彼女から離れベットから這い出る。着替えは………しなくていい。イメージすれば姿は変わるだろう。夢の中だから。
「死んでないのか俺は………ネフィアが救ったのか? わかるか偽者」
「心外な!! 偽者じゃない!!」
「ん?」
幼馴染みを演じていた誰かと思ったのだが。
「本人でもないだろ? 本人ならもうちょっと自制が効く。もう少しお上品だ」
「………仕方ないじゃない。熱いんだから」
ネフィアが溶け燃え上がり、一羽の炎の鳥となる。俺は驚きながら炎の鳥に手を伸ばした。
「意思があったのか!? 魔法だろう!?」
そう、ベットに1羽の炎鳥。フェニックが俺を見つめていた。
「意思があったのではなく。あなたへの愛情の具現化です。私はネフィアよ。でも、完全じゃない」
「それで………色々歯止めが効いてなかったのか」
「だって!! 大好きだもん!!」
バサバサバサ
炎の鳥は鷹のような大きさから小さな雀のような愛らしい姿に変わり俺の肩に止まる。ほっぺたに擦りつけてくる。ネフィアは何を考えて感情だけを寄越したのかわからない。
「ちぃちぃ………トキヤ~トキヤ~」
「えっと………確かこの世界の出口は空だったよな?」
「そうだよ。もっといっぱいここに居たかったけど。癒えたから行くよね?」
「………本体は動く?」
「実はわかりません。トキヤしか眼中にないから」
「さすが鳥目だな」
ネフィアの炎は役にはたたないらしい。俺は学校へ向かうために家を出ようと玄関に降りる。すると、そこには黒髪の母さんと茶髪の父さんが立っていた。
「トキヤ、行くのか」
「トキヤ。行くのね」
「………ええ。ちょっと寝すぎました」
父さんが笑みを見せる。母さんも笑みを見せる。俺の両親は死んでいる筈でこれは俺が産み出した幻想だろう。そう………今は思っていた。
「すまないな。勝手に死んで」
「ごめんね。家に帰らなくて。冒険者失格ね」
「…………」
「まぁでも。ずっとお前を見ていたよ後ろでな。危なっかしい事ばっかしてな。ヒヤヒヤしたぜ………でも立派な冒険者。俺より強い冒険者になって嬉しかった」
「ごめんね。トキヤ………母さんたち。弱い冒険者だったのに………無理しちゃって。あなたを悲しませて。でも………よかった。こんなに素晴らしい嫁さんに出会えて本当によかった。子供は残念だけど………大丈夫。きっと奇跡は起こるわ」
俺は唇を噛み締める。拳を強く握りしめ真っ直ぐ突き出した。
「母さん父さん。ありがとう………弱いって言ってたけど。そりゃ………俺って言ったらあれだがエルダードラゴン相手じゃな。まぁ仇は取ってやったよ」
胸の中で罪悪感が沸く。今ではそのドラゴンも俺の一部だからだ。
「はははは………本当に無茶苦茶する」
「お父さんと一緒ね」
「………俺行くよ。嫁が待ってる」
「ああ………もう会うことはないな」
「ええ、トキヤさようなら」
最初に何故泣いたかわかった。これは本人だ。俺は魂が見える。後ろについてきていたなんて灯台元暗しだ。周りが見えていなかったのかもしれない。
「じゃぁ………行ってきます」
「帰ってくんなよ」
「そうよ。頑張って」
俺は踵を返し、歩き出し。目を醒ますのだった。
§魔国イヴァリース④傍若無人
私は酒場からそのまま、エルフ族長に会いに彼の建物に行ったが断られ宿屋に戻ったあと、鎧を脱ぎ捨ててベットに横になる。ワンちゃんが不安そうに駆け寄ってきた。尻尾をだらりと下げて顔を覗いてくる。
「ネフィア様?」
「なーに」
「ムッとしたお顔です」
「愚痴を聞いてよ。私は情報を求めに足を運んだの」
「ええ」
ワンちゃんの顔を掴み逃げないように睨みつける。
「エメリアが情報統制して私の耳に一切何も伝えないのよ。自由にしていいと言いながら情報を隠すの。おかしくない? もう私はカンカンよ」
「何かお考えがあるのでしょう」
「………なんで教えてくれないの?」
「敵を騙すのには味方からと言う言葉がありますが?」
「………なんかね。皆、私に黙ってるの。コソコソとしてる」
そう、疎外感。私の事を見ているが距離を取っている感じがひしひしと伝わっていたが。それが確信へと変わったのだ。
「一人だけ………一人だけ………仲間外れな気がして………」
「くぅ~ん」
「ごめん。強く当たっちゃった。ワンちゃんは居てくれるもんね」
「はい」
私はドレイクに顔を寄せて頬をスリスリする。
「あーあ………せっかくこっちに帰ってきたのになーんも出来ないなんてね。エルフ族長にも会えないし」
「忙しいのでしょう」
「ああ、もうやだぁああああ!! 素直に帰ればよかった!!」
なんか変な噂を聞きに来たら。なーんにも出来ない。これならトキヤに会いに帰る方がよかった。
「今から………帰りますか?」
「もう少しいる。ちょっと焦げ臭いようなムワッとするような気分。遊んでから帰る」
「そうですか」
「ええ、もうコソコソするのやめる。もう女神のためとかどうでもいい」
そう、身分を隠す必要なんてなかったんだ。なんでそうしたのか理由を思い出す。結局は命を狙われていると聞いたから。だが………もうそれもどうでもいい。
私はヤケクソになる。なーんも教えてくれないなら。勝手にやるまでよ。
*
次の日、ローブを燃やし白金の鎧を着て胸を張って大通りを歩く。色んな人が私を見るが気にせずに買い物を楽しもうと思う。最初から。コソコソせずに堂々とすればよかった。話しかけられるのが嫌とか命を狙われて巻き込まれるのが嫌とか考えていたが吹っ切れた。来るなら来い。余は逃げも隠れもせぬぞ。
「と言うわけで。お邪魔しまーす」
カランカラン~
私は良さそうな店を見つけて扉を開けてから店に入る。店はお上品で品が良く、窓に硝子の大きな物を使い店内を見えるようにしている。店の中は女性服が売られており店頭には人形が立って服をアピールしていた。
鈴の音色に反応した店員がこの店で作ったのだろうドレスを着ている。令嬢用の服と言える高級感漂うお店だった。中も……広い。
「いらっしゃいま………!?」
店員のエルフ族の女性が固まる。黒いドレスなので肩などの白い肌が良く際立っていい。いい服のセンスだ。
「可愛いですね。そのドレス」
「あ、ありがとうございます。姫様」
おそるおそる頭を下げる店員。私はそれを見ながら手をヒラヒラさせる。
「そんなに畏まらなくていいです。いつものようにしていれください。勝手に見ますから」
「そ、そうですか? では、お客さま………どういったのがお探しで?」
店員が手を横に出し営業的なスマイルになる。綺麗な笑みは令嬢なのではと思うほど上品だ。この店も人型魔族の富裕層が買う店なので店員もそこそこ富裕層なのかもしれない。
「そうね。今、こんな鎧しかなくてね。表通りでも歩ける私服が欲しいの。色は………黒と白一着づつかな? 黒と言っても紺色でもいいわね。白は純白。自分で選んでみるわ」
「そうですか。ごゆっくりどうぞ。何かありましたら一言声をかけてくださいね」
「ええ、そうさせていただくわ」
私から店員が離れる。他の客はいないようなので気にせずに買い物を楽しむ。
服を選ぶときに私はうーんと唸る。そろそろ春も終わりごろであるが、魔国首都は北側であり夜は冷え込む。なので1枚薄着で、重ね着することで温度調節を出来るようにするべきだ。ワンピースっぽいドレスに上から同色でも羽織ってもいいかもしれない。同色にするなら刺繍はしっかりしたものがいいだろう。そうすると下は無地がいいのかな。
「ふふふん~ふふふん~♪」
私は色々と服を見ながら妄想で自分を着飾る。かわいい服が好きでそれが似合う容姿で生まれたのは運が良かった。問題は男受けする衣装が多いことで都市ヘルカイトでは冒険者に声をかけられたこともある。「人妻です」とお断りばっかりだった。
「楽しいですね。全部欲しいですが………ここは資金とご相談です」
何着かを手に取り。それを持って店員を呼んだ。そそくさと私の元へ来る。
「これとこれを試着したいのですが? 羽も広げたいし」
「試着室でしたらあちらにございます。どんな大きいお客さまでも入れますから羽も広げられても大丈夫です。え、羽ですか?」
店員がすらすらと喋った後に首を傾げる。しかし、すぐに営業スマイルになった。流石プロ。
「えっと。ご案内します。商品は預かりします」
「うむ」
店員が商品を持ってくれる。最初のプラン通りでいい服というよりも素晴らしく美しい服があり私はそれとブーツを用意した。試着室は大きな箱と鏡がある。用意した服はもちろんスカート。
「どちらから試着しますか?」
「黒い方から。お願い」
店員から黒いドレスを受け取り鎧を脱いで着替える。下から着こんで袖に手を通しファスナーをあげた。足甲を取り。黒い薔薇の造花のロングブーツを履く。白い翼を生み出し、頭に白と黒のカチューシャをつけて全身鏡を見た。
非常に美しい美少女が妖艶な笑みを向けて満足げである。
「うん。やはり、白と黒は相反し似合うね」
「お客さま。お似合いですね!! まさか………翼をお持ちだったとは思いませんでした」
「よし。これ一着決定!!」
そして私は次の試着に移るのだった。
*
大体の服の試着が終わり。満足しながら値段をみると中々価格が太くて。それでも欲しいと言う感情が勝ち。支払いをしたときだった。窓ガラスの前に耳が垂れた猫の獣人の少女が輝く目でドレスを眺めているのが見えたのだ。
「あら?」
服をみる限りでは富裕層ではないにしろ、しっかり良いもの着せてもらっている気がした。
「お客さま。お釣りです」
「え、ええ」
少女は白い少女用のドレスを眺めて。ため息を吐く。確かにこの店は品がいい商品は多いが……悲しいことに値段相応なのだ。少女の小遣いでは買えないだろう。私でも大変なのだから。
なぜ非常に高いかと言うと驚くべきことに魔法によってひとつひとつ丁寧に縫われた物だからだ。職人の技術の高さを伺い知れ。そのため意味もなく魔法の効果をあげる事が出来る服になっている。無駄な高級品だが美しい。
「…………」
「お客さまどうしましたか?」
小さな女の子と目が合い。女の子がおじきをする。小さくても「女性なんだなぁ」と暖かい気持ちになり私は受け取った服をカウンターに置く。
「この黒い方を返品できるかしら?」
「はい、大丈夫です」
「でっ、替わりにこの展示されてる服を買います」
「お客さま? お客さまの身長では合いませんが?」
「大丈夫ですよ」
「わかりました。ご用意します」
店員が人形を脱がして服を畳む。ガラス前の女の子が驚きながら。残念そうな顔になり時間が経つにつれて「しゅん」と悲しそうな顔になった。
「どうぞ。お客さま」
「ええどうも」
新しい服を布でくるみ。紐で縛る。会計を済ませそれを受け取り、私は店を出た。
「ありがとうございました」
店員に感謝の言葉を背中で受け取り。小さな獣人の少女と目が合う。少女はうらめしそうに私を見て来る。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
そんな少女に私は声をかけながらしゃがみこんだ。同じ目線の高さで話しかける。
「お名前は?」
「えっと………イブナと言います。お姉さんは?」
私は名前を言うべきかどうかを悩んだが、黙っておくことにした。質問に答えず話をふる。
「そう、イブナちゃんね。この店の服は好き?」
「好きです。でも………お姉さんが買って………しまって。もう見れないです」
「ふふ。私もかわいい服は好き。イブナちゃんも女の子だね」
「う、うん………」
幼さない返答に私は頭を撫でる。小さい子………もし私が流産しなければこんな感じにかわいい娘が出来たかもしれない。
「お姉さん? なんで悲しい顔をするの?」
「昔にね。お腹の中で子供が死んじゃったの………もし、大きくなったらとか考えちゃってね。お姉さんじゃなくておばさんかな?」
「う、うん? お姉さん綺麗だもん。おばさんじゃないし………その元気だして。お姉さん!! 綺麗で金持ちだし!!」
「うん、元気出す。ありがとう。慰めてくれたお礼にこれあげるね」
「?」
イブナちゃんに私が店で買った服を渡す。イブナちゃんは真ん丸な目を見開いて交互に私と服を見て驚きを表現する。
「いいの!! お姉さん!!」
「いいんですよ。お姉さんと約束してくれたら」
「する!! する!!」
「じゃぁ………いい子になるんですよ。いっぱい勉強して立派な女にね」
「うん!! わかった!!」
私は立ち上がった。そして、再度頭を撫でてその場を去ろうとする。
「バイバイ!! お姉さん!! ありがとう!!」
「ええ、バイバイ」
私は優しい笑みを向けて手を振り別れる。「まだ、お姉さんか~」と喜びつつ。気まぐれの好意を噛み締めるのだった。
*
私は一度宿屋に戻り白いドレスの私服に着替えた。そして、再度宿屋を出て路地裏を歩く。一応は剣も持って歩くため。非常に変な格好に見えるが。気にしはしない。こっそり持ってきたアクアマリンのネックレスが谷間に挟まれる。
「ふふ~ん~」
白いドレスを着て遊びに行こうと建物の影になっている路地裏を歩いていると。目の前にトカゲ男が立ちふさがった。槍を持っているのを見るとリザードマンの兵士だろう。
「ネフィア・ネロリリスだな」
「いかにも余はネフィアだが?」
「すまないが一緒に来てもらおう。族長が呼んでおられる」
「余は忙しい。他を当たってはくれないだろうか? こんなところでダンスは嫌だろう?」
「生死は問わない。では………後は任せた」
トカゲ男がその場を去り。入れ替わるように後ろに牛の亜人。悪魔の亜人。前に人間二人が立ちふさがる。傭兵。お金で雇われているようだ。理由はどうあれ敵である。
「ふぅ。余は今…………手加減をする気はない。がむしゃらに暴れたいのでな」
傭兵が距離を縮めずに止まる。何も喋らず各々が武器を抜く。
「最後の忠告だ。動けば………」
傭兵が一気に駆け込んでくる。
「殺す」
私は手を振り上げて魔法を唱えるのだった。
*
その日、路地裏を爆音が響き。都市で噂が広がる。内紛が始まったと。
§魔国イヴァリース⑤九大英族長
エルフ族長である私は思案する。「魔王とは圧倒的な権力や暴力をふるい、常人離れした才能・能力の持ち主であり。それは魔国の族長達が冷戦を選ばないといけないほどの物でないといけない」と私は思っている。魔王であるならば。しかし、姫様は果たして魔王なのだろうか。
そんなことをいつも自問自答しながらわかりきった答えに満足する。すでに答えは手に入っている。
「では、族長の全員集まった訳ですし。話を始めましょう」
玉座の間で私たちは対峙する。そう、今この瞬間に魔国で一番力を持つ9人の族長が顔を見せた。この玉座の間に入ることが出来る者9人。あの魔剣を掴み玉座に座ることが出来る者たち。昔はもっと数が多かったが。今はこの9人の代表者の下へと下ったのだ。新生勢力もある。
「では、会議を始めましょう。議題は………昨日に物騒な事件が起きました。それについてでしょうか? 兵を動かした人がいるのでしょうかね?」
昨日、裏路地で傭兵の戦闘があり50名ほど大火傷を負った。その事について話をするために集まったのだ。私は検討はついているが知らない振りをして一人一人顔をうかがう。
右隣1列目にはダークエルフ族長バルバロス。魔国の精鋭衛兵隊を纏める指揮官。姫様に負けてから彼は自ずからを鍛え直し衛兵も鍛え直して今の状況を作り上げている本人だ。そう………魔国首都の兵士は全て彼の傘下へ入った。精鋭だけを持ち込んでいる族長では敵わない。今の魔国イヴァリースの秩序を最低限守っているとも言える。よく短期間でここまで強くなったものだと舌を巻いた。
左隣1列目には新しく夢魔と悪魔を纏めあげ、オペラハウスの実権を握っている仮面をつけた男の夢魔族長エリック。新生勢力だが、兵力は私を凌ぐほどに膨れあがった。古代兵器の持ち主となり。低級亜人ゴブリンの兵士を従えている。しかし低級は遥か昔の事。今では騎士のように戒律を重んじてあの治安が悪くなりそうなオペラハウスという都市を守り続けている。
次に右隣2列目、トロールと言う巨人族の大きな体躯を持つ族長が昼寝をしている。昔に処罰を受けたが私の力で時効とし。自由に行き交い出来るようにした。トロール族の都市は田舎と馬鹿にされるぐらいだったが。今では聖樹都市ヘルカイトの中継地点だ。農場もあり、魔国の台所事情。小麦粉を生産する重要拠点の主である。
今度は向かい側に視線を動かす。名をセレファと言う吸血鬼がニコニコしながら立っていた。彼は都市インバスの吸血鬼だが女神に魅せられ裏切り。しかし、ある事件を切っ掛けにその行為に協賛した吸血鬼と狼男の協力の元。都市インバスを短期間で制圧した化け物だ。マリオネット人形の聖なる霊を兵とし。吸血鬼の私兵を持ち。捨てられた人間の衛兵を持ち。狼男の兵隊を持つ。女神信奉の教会の権力者だ。
右3列目。リザードマンの背中にトライデントという槍を持つ蜥蜴の王が立っていた。奴の名はリザードと言い。少ないが多くの種族の獣人族が跋扈していた魔国において力で全て彼の仲間へと下し。纏まりのなかった獣人族が一致団結し都市を持っている。砂漠の都市リザード。彼の名前の都市であり、そして全ての獣族の管理者がいる都市であり故郷だ。非常に屈強な砂漠の兵士を要している。しかしオーク族だけ別物なのだ。
次に向かい側の3列左側はオーク族長。オークキングと言われる役を持ち。デュナミスと言う。オーク族とは豚の獣人族だが多種を孕ませられる繁殖力の力で数が多く。リザードの傘下に降らず。単種族だけで勢力を持つ屈強な部族だ。都市も魔国の隣に持ち。不浄地でも住めるほどの屈強な体でダークエルフ族と同じように不浄地に都市を置いている。
最後に4列目。左右にいるのは女性の魔族長の代理だ。片方はオニヤンマと言う部族らしく。頭に触覚と背中に透明な堅い羽が生えている。滑らかな体を持ち。最近まで魔物だった奴等の集団だ。都市を持たず魔物の村を転々と持ち。多種の虫のような魔物が集まったようだ。滅びた標準的なアラクネの一人が族長となり。魔物に知恵を授け魔族へと昇華させたらしい。オニヤンマのカスガと言い。故郷兼まとめ役のアラクネ族長は都市ヘルカイトにいるらしい。そう…………都市ヘルカイトにいる。人間の夫を持つ優しき蜘蛛姫がそこを拠点に勢力が広がっているのだ。特徴は全員が胸が大きい。
そして最後は妖艶な笑みを見せるが緊張してるだけのスキャラと言うタコの水棲魔族の代表者。スキャラ族長だ。彼らは魔国から西側海岸線が全て彼女らの領有であり。海に浸かった海中都市スキャラと漁業都市マーメイドがある。スキャラと人魚や半魚人など。水棲の亜人を束ね。海中海上は最強と思われている。だが……彼女は今最近になって族長となった者。その笑みは仮面だろうと思うのだった。このメンバーの中で何故なら震えているからだ。弱い。
以上、自分を含め9人の最も力がある族長達。
「あの騒ぎは俺がした」
その9人の中で一人が白状する。槍を持った蜥蜴の男が目を見開き話始める。
「お前が渡した資料を疑っている。ネフィアは死なないと聞いたが果たして本当か見定める」
資料とは私が族長たちに手渡した魔王への推薦状のようなもの。内容は信じれるものではないが現実がそうだ。そして俺は一言。「もしネフィア様を姫様を殺せるならば。あなたが魔王です。従います」と付け加えたのだ。
「ガハハハハハ!! リザード!! お前がやったか!! はははは!! 確かにこれは全く信じれるものではない。まぁ抜け駆けは感心せんがな」
「なら、デュナミス。オーク族長らしくやればいい。我は我の自由にさせてもらう。では………行く」
リザードが宣戦布告と取れる言葉を投げ玉座の間を去る。聞く耳を持たないと言うことだ。
「ククク。ならワシも今から準備をしよう。グレデンデ………そうすればネフィアはここへ来るのだな?」
「ええ、見ず知らずの誰よりも身内やそう恋愛事には首を突っ込んで来ます」
「くくく。なら俺はお前らの目の前。そう!! ここで力を示してやる!! ネフィアと言う女を殴り犯してな!! ガハハハハハ!!」
筋肉隆々としたオークキングも玉座の間から去る。彼に案を授け。姫様をこの場に惹き付ける役目を喜んで受けてくれた。息子を利用して。姫様を魔王と判断は自分の目で見るために。
「結局残ったのはこれらだけか………スキャラ族長オクトパスはどうされま………」
「オクトパス殿。人魚とは美しい種族なのですね。オクトパス殿このあとどうでしょうか?」
「………私を人魚と間違うの。スキャラ族だ。私と一緒に何処かへいきたいの?」
「それは驚きました。スキャラ族ですか。この世にはまだあなたのような美しい女性が隠れていたのですね。人魚と間違い申し訳ありません。童話の美しい人魚姫を思い出したものですから」
「…………もしかして口説ているのね? ふふ、ダメよ。あなたを食べちゃったら狐に焼かれてしまうわ。ごめんなさい。やめてください……私が死んでしまいます。怖いです」
「知らなければ問題ありません。一晩どうでしょうか? 夢の世界へ誘いますよ」
「オクトパス。やめた方がいいわ。私も誘われたけど人の男を食べると厄介よ」
「カスガさまも。お綺麗でつい体が動くのです」
「あと。軽い男は嫌われるわよ。エリック」
「カスガさまを抱けるなら。嫌われようと手に入れましょうか?」
「力で押さえることも出来ると?」
「ええ。出来ますよ」
「……………エリック!!」
「ははは。冗談はこれぐらいにしましょう。カスガさま。オクトパスさま。何卒、よろしくお願いいたします」
エリックが知らぬ間に口説いていたがはね除けられていた。気持ちはわからんでもないが。
「で、オクトパス殿は?」
「ふぅ。私たちはスキャラ族は誰が魔王になるかを見届けるだけね………なんで私の代でこんなことに………」
「中立と言うことですね」
「あなたよりのね。グレデンデ、エリック、セレファ、カスガ、バルバトス、そしてトロールの……お名前きいてませんわね。怖いよぉ~怖いよぉ~」
「オデ、トロール」
「トロールなのね名前。ここに残った者は皆、ネフィアさんの知り合いでしょう。私は敵にもなる気も何も干渉しないわ。だから………殺さないでね。早く帰りたい」
「ええ。中立というだけでありがたいですね」
そう。実力者である残った私たちは皆が姫様の知り合いだ。カスガさんは違うが。アラクネ族長は親友である。
「じゃぁ、私は都市オクトパスに帰るわ。後で教えてね?」
「戴冠式の出席は?」
「出たいやつだけ残すわ。わたしは………男を探してる。いい人食べたいじゃない? 帰りたい帰りたい帰りたい」
ネットリと舌を出す。スキャラ族長、かわいいですね。その見栄っ張りを演じるの。本心も漏れてます。
「では、私と一晩どうでしょうか?」
「あなたは既婚者よ。後腐れがあるの。やめて関わらないで」
「妻は置いてきました」
「……………まぁしつこい。スキャラ族よりしつこい」
「オクトパス様が綺麗ですから。襲いたいのです」
「ああ………しつこい。うぐぅ」
オクトパスが逃げるように玉座の間を去る。後ろからエリックがついていき口説き続けていた。
「オデ、カエル」
「ああ、トロール。何かあれば呼ぶ」
「タタカイマカセロ」
「わかったよ」
「じゃぁ俺も衛兵の仕事に戻る。冒険者が多く治安が悪くなっている。騒ぎの後始末もやらないといけない」
「恩に着るよ」
「グレデンデ。戴冠式はいつやる予定だ?」
「オーク族長が動きしだいで変わる」
「了解した」
ダークエルフ族長とトロール族長も間を去る。
「では、私も帰ろう。顔を見合わせてわかった。私たちはたまたまと言うにはおかしいほど顔見知りだ。そうだろうエルフ族長」
「セレファ殿。何ででしょうね」
「お前の報告通りなら姫様のせいだな。インフェと歩かないといけないので帰るよ」
「わかりました」
また一人、族長が間を去る。そして残ったのはアラクネ族長の代理。オニヤンマのカスガだ。
「まとまりがないな。私も帰るとしようか」
「カスガさん。私とお茶でもどうですか? 少しお話を聞きたいですね」
「カスガでいい。何が聞きたいエルフ族長」
「アラクネ族長リディアさんはご自身を族長と思っては居なかったようですが?」
「エルフ族長。私たちはまだ人に慣れていない。お前らをまだ餌だと感じている。餌と一緒に暮らすには手引きがいる。そしてその手引きが出来る魔族は蜘蛛姫だけだ。時間の問題で私たちは人を愛せるようになる。モデルがいるからこそ…………手を取り合えるようになった」
「では、誰かを愛したいと想いですか?」
「思う。言葉を聞ける。喋られるのだから。エルフ族長……誘いには乗りましょう」
体を撫でながら、自分たちも玉座の間を去る。結局誰も座ろうとせずにこの場を去った。
そして私は心の底から笑みを見せる。9人のうち自分を含めて6人がすでに姫様の影響下にある。そう、既に魔王は彼女以外は無理な状況となってしまったのだった。顔を見合わせたとき確信する。
自分の報告書の正しさを。
*
「マスター朝食お願いいたします」
「ネフィア様……ローブは?」
「身を隠して何になるの? バレている者が着ても滑稽よ」
「しかし、一応は命を狙われていると聞いています」
「それが? 身に降りかかる火の粉を払ってこそ冒険者よ。それに…………もう隠れもしない。かかってくるならかかってこい。ホットサンド一つ」
私は狐の耳をピコピコしている獣族のマスターに朝食を所望した。ここのホットサンドは美味しい。
「かしこまりました。流石はネフィア様と言った所ですね」
店の奥へと料理にしに向かう。それよりも私に視線がある方がおもしろい。皆が私を伺い見ている。懐かしい感覚が私を奮い立たせた。仕草にも気を使う。まるで劇場の上に立っているような気分だ。
「ふぅ………まぁ昨日はやりすぎたけど。でも殺してないから衛兵にも怒られないわよね?」
わからない。バレたら治安を乱したと言うことでしょっぴかれるかもしれない。相手が悪いのにな。
「隣いいでしょうか?」
「いいですよ」
私の隣に昨日、出会い傭兵を差し向けてきた蜥蜴の男が槍をカウンターに置いて隣に座った。
「遅い朝食ですね」
「昨日、魔力をたくさん使ったから~騒ぎが落ち着いてからここに顔を出したの。いきなり襲わないのは感心しますよ」
「そうですね。50人を殺さず無力化したその手腕はなかなかの物ですね」
「ムシャクシャシテヤッタコウカイハシテイナイ。ああ、トキヤには黙っててね。怒られるかも」
騒ぎを起こしたらいっつも怒られていたから。あの生活をもう一度したい。あの…………幸せだった1、2年を。もう無理だろうとは思うが。
「はぁ、どうして………幸せだったのに………」
「何かあったが知りませんがいきなり落ち込まれてもですね………」
「ごめん。それよりも自己紹介してない。失礼よ」
「ネフィア様、ホットサンドができまし………!?」
狐の頭の耳がピンっと真っ直ぐに伸びる。狼狽え、隣の蜥蜴の男を見る。ドヤと顔を偉そうに笑い。その仕草に私は………
「やった!! ホットサンド来た!!」
何も感じなかったので両手を合わせて「いただきます」と言う。どうでもいいのである。
「お、う」
隣の蜥蜴の男が体勢を崩したが気にしない。私は手をお手拭きで汚れを取り。両手でホットサンドをつかんで頬張った。
「おいしい!! ふふ」
「ネフィア様、左様ですか。それで族長殿は何か頼みますか?」
「…………うむ。同じものを」
「わかりました」
「で、食事中すまない。私の名前はリザード。獣族をまとめる長である」
「あら、お偉いさんですね」
「驚かれないのですね?」
「ヘルカイトや女神や世界樹を見てきた私を驚かしたいならトキヤをつれてくればいい」
「ほう。まぁ流石は女神に愛された御仁と言うわけか。質問いいか?」
「いいですよ?」
ホットサンドをハムハムとくわえながら話を聞く。ワザワザ昨日の今日で顔を見合わせたんだ。何かあるのだろう。
「魔王になるおつもりか?」
「なるつもりはない。断りに来た。余は都市ヘルカイトで夫である勇者を置いてきている。家に帰り家事をしなくてはいけない」
「…………ほう。家事を」
「余は女であり。女は紅を塗って家で男を待つのがお仕事だ」
「ほう、では聞こう。魔王とはなんだ?」
「魔国の王。族長のまとめ役。しかし………一筋縄ではいかないでしょうね。次の魔王さん大変そう」
「もし、私が魔王になり傘下に降るならどうする?」
「傘下に降る? 魔王になれば自然と魔国民は傘下だ。それに上が変わっても一般生活変わらないのに気にする必要はない」
「そうか、実は悩んでいる。私は魔王を目指すべきかそれとも…………エルフ族長と共に推薦をするかを。ネフィア様を魔王に推薦をな。昨日のことで尚更悩んでいる」
「なっ!? なっ!? ええ、推薦!! 取り下げ!! 取り下げ!!」
今、次の魔王は大変と言ったばっかりに自分がなるとか拷問でしかない。胸ぐらを掴み揺さぶる。
「げほ!! 落ち着け!! ネフィア様!!」
「落ち着けない!! 何とかしなさい!!」
「ま、まて。何とか出来ない状況なのだ。世代交代が終わり。既に9人の最高権力者の6人がネフィア様の息がかかった族長なのだ。私一人では勝てない」
「手を貸します。ぶっ潰してしまいしょう」
「ま、まて。これを動かしているのはエルフ族長のグレデンデだ。奴を止めればいい」
「今からカチコミに行きますよ」
「はぁ………傍若無人な振る舞いの女性だな。いや……元男なら普通か」
「あっ………ごめんなさい。私がしたことが取り乱しましたわ。ホホホ」
「今さら、女々しく振る舞っても無駄だぞ?」
「はぁ、何でしょうね。最近、ヤサグレてるんです。世界樹の友達も死んじゃいましたし。女神が私に隠し事はするし。トキヤとも会えないですし………ぐすん…………うぅぅ」
「お、落ち着け泣くな!?」
「トキヤに………トキヤに会いたい………」
私はとうとう我慢出来ずに泣き出してしまうのだった。
*
我は砂漠の王。リザード。多くの敵と戦ってきた私は非常に今、困っている。すごく困った。
隣の魔王候補者のネフィア様が激しく怒ったかと思えば、泣き出してしまったのだ。まるで夕立。晴れていたのに大雨が唐突に降る感覚だ。
さめざめと人目を気にせずに泣き出してしまい。マスターがどうしたかと狼狽えだす。
私が泣かした訳ではないのに。視線が痛い。
「ま、まぁ泣くな。トキヤと言ったな? 大丈夫だ会える!!」
「ぐすん…………会えるかな」
「ああ、大丈夫会える。家があるなら帰れば会えるさ」
「うん………ありがとう。もうちょっと我慢して刺客を倒すよ」
「ああ」
送っている本人だがなんとも。気が抜ける。しかしそれは絶対の自信があるという、あらわれでもある。小事で気にしないのだろう。そう………本気ではない。「本気を出すまでもない」と言っているのだ。
「刺客に狙われているなら何故、鎧を着ない?」
「綺麗な服を着たいと言うのは女の子の夢です。鎧もいいんですが。久しぶりにファッションを楽しみたいのです」
「そ、そうか………」
全く感覚が違いすぎる。だが、不思議と嫌な気持ちにらずに世間話が出来る。益や損を考えないためか自然体で居られた。
カランカラン!!
店に小さな娘が現れた。猫耳が特徴の娘だ。綺麗な高級な服を着て私に駆け寄る。母似過ぎて全く自分の子ではないように見える。リザードマンの特徴はないが、男ならリザードマンで生まれてきただろう。私が族をまとめた結果、最近は混血が多い。
「ああ、イブナ。どうしたんだい?」
「お母さんがね。お父さんを探してって。お父さん………いつ帰るの?」
「さぁ………わからない」
今は全く動きがない。妻は近衛兵から私が惚れ。求婚した猫族の女性。近衛兵のため一緒に来ているが。やはり長い間、都市を空けるのはよろしくないとも忠告していた。話があると言うのは。衛兵を雇った事についてだろうか。
「イブナちゃん。こんにちは」
「ん?…………お姉さん!! お姉さん、こんにちは!!」
「お姉さんとは………もしや!? 服をくださったのは!? 白い鎧の女性と聞いていたが………」
「そう!! お父さん!! この人!! お父さんの知り合いだったんだ!!」
「ああ、まぁ………家に帰ったら教えてあげるから母にはネフィア様と謁見中と伝えてくれ」
「うん!!…………じゃぁねお姉さん!!」
「ええ。じゃぁね」
ネフィア様が手を振る。「こんなことがあるのか」と俺は思いつつ。エルフ族長の報告書を思い出していた。背筋が冷える。
「イブナちゃん。可愛いですね」
「あ、ああ。可愛い一人娘だ」
「羨ましいです。子がいるのは………」
報告書にそう言えば経産婦であると書かれていた。流産だったが。人との混血を生み出す事が出来るとの見解に俺は驚いたものだ。
「イブナに服を買ってくださりありがとうございます。我が子だとは………気付かれてなかったようですね」
「たまたま。店で羨ましそうに眺めていたのを見てね。気まぐれで買い。あげちゃったんです。ごめんなさい………勝手にあげちゃって。甘やかしてしまいましたね」
「いいえ、買ってあげられるほど裕福ではありませんから。贅沢よりも都市発展のために………家族には無理をさせています」
「素晴らしい王ですね。尊敬しますよ」
「尊敬できるには我が子が白昼堂々と過ごせるこの都市の治安の良さですがな」
「ダークエルフ族長のお陰ね。そう言えば砂漠の都市と言ってましたね?」
「ええ。場所は商業都市から東南です」
「…………帝国に一番近い都市ね」
「そうです。故に団結し、都市を護らなければならない」
「帝国は強いわ。きっと負けるでしょう」
「な、なに!?」
「今のままでは負けるでしょう。まぁ気にしませんけど。あの子の幸せのために………祖国を裏切るも方法です」
私は「魔国が負ける」と言われ驚く。魔国には族長たちがいる。そう易々と負けるとは思えないのだ。しかし、ネフィア様は何かを見て知っているらしい。
「何故負けるか………ご存知で?」
「さぁ? ただ何となくです」
私はホットサンドを口に突っ込んで水を飲み流し込んだ。焦り、焦燥が体をねっとり包み込み急かす。会計を済ませ。私は立ち上がった。
「失礼します」
「ええ、お疲れ様」
*
自分は執務室でカスガさんをおもてなししている。フィアに紅茶とお菓子を頼み。それをカスガさんは美味しそうにいただいていた。黒目に白目の彼女は違和感があるが。それも次第に美味しそうに食べているのをみると慣れ。綺麗な女だと思う。
「グレデンデさま。お客様です」
「ん? 通していいよ」
「誰?」
「えっと。獣族長リザードさんです」
「「!?」」
カスガさんと私は目が合う。そうこうしているうちに蜥蜴の男が入って来た。神妙な顔をした状態で。
「アラクネ族長代理もいるのか………エルフ族長。至急話が聞きたい」
「え、ええ。何でしょうか?」
「なんだ? 焦った表情で………」
「ネフィア様と会ってきた」
それだけを言うと私は笑みを向ける。また一人………彼女に魅せられたか。関わらないといけなくなったようだ。
確信する。これで…………中立含む8人目。最後はやはりと言うかオーク族長が立ち塞がるだろう。
あと一歩を俺は確信する。
魔王ネフィア・ネロリリスの誕生を。
§魔国イヴァリース⑥女騎士
私は酒場に入り浸る。路地裏等ではいまだに腕を計るために襲撃されるが酒場内では伺うだけで一切関わろうとしない。冒険者の聖域は犯すことはない。いいや、衛兵に殺されるから避けるのだろう。そんなことを思いながらも私はこの狐人が経営する店に入り浸っていた。
「ネフィア様………いいのですか身を潜めなくても」
マスターが心配してくれる。何故なら私の首に賞金がつき、狙われる事が多くなったのだ。壁に金額が提示された私の肖像画が張ってあり。目も疑うような金額が提示されている。一生トキヤと過ごせそうな金額だ。しかし、子供がいた場合は無理だろう。
「蜥蜴のリザードさんもあれから顔を見せませんね」
「のんきにしてますが………ネフィア様は狙われているのですよ!?」
「ふぅ、マスターよ。余を心配してくれるか………」
「それは………心配してます」
「昔は誰一人として声をかけてはくれなんだが………今は皆が心配し、声をかけてくれる」
そう、距離を取っていた人が皆。声をかけてくれるのだ。賞金首になった瞬間に衛兵も「何かあれば助けを呼んでいい」と言うし。「賞金つけたやつを倒そう」とか………「一緒に戦おう」なども声をかけてくれる。全部断ったが、心は複雑だった。
「手のひらクルクルしてからに!! 今まで全く興味を示さなかったくせに、魔王の時は!!」
「…………ネフィア様。もし昔の罪を問うのでしたら。私一人の命でどうか皆をお許しください」
「は? はぁあああああ!?」
蚊帳の外だったと思っていた私は知らぬ間に中心人物となり。今の魔国を揺るがしている。その自覚はあったが流石に言葉を疑う。
「ま、まて。余はそんなことはしない!! 過去は過去だ…………気にしないから………簡単に命を投げ出すのは許さんし、なんでポンポンそんな事を言うんだ……」
「ありがとうございます」
おかしい、皆。私に対しておかしすぎる。
「はぁ、これも情報を封じられているから………わからない」
そう、おかしい。そう思いながら頭を抱えていると声をかけられる。
「冒険者ネフィア・ネロリリスだな」
声は凛とした逞しい女性の声だ。振り向くと赤い鎧を着た屈強そうな女性が立っている。キツイ顔つきだが非常に切れ長で親友狐人のヨウコのような長身美人の人間だ。そして背中に背負っている得物で何となくどこ出身の騎士かわかった。剣は刀という切れ味が恐ろしく鋭い剣だ。しかし、その剣は太く。大きく長い。刀の大剣と言った所であり。太刀と言うものだ。知っている。私はよく知っている。それがアクアマリンの故郷の物だと。
「ええ、私ですよ」
口調を和らげる。最近気が付いたのだがたまに「余」と言ったり、声が変わったりしてしまう。自覚がないが。
「ネフィア………冒険者として直接依頼がある」
「何でしょうか?」
罠かな。ならば、引っ掛かってみるのも一興かも知れない。
そんなことを思いながら彼女は隣に座り。深刻な声で依頼を口にする。その横顔や、匂いなどで女の勘が働く。
「相棒を………助けてくれ」
「もちろん。話を聞かせて」
「は、早いな」
「私の勘が囁くのです。あなた…………恋してるでしょ?」
驚く赤い女騎士は私の口を塞ぎ。慌てて周りを見る。その焦り振りに私は確信する。
恋バナである。
*
私はマスターに料理の注文をし、宿屋に持ってきて貰うことをお願いする。そのあと、人目を気にせずに堂々と歩き。宿屋に戻ってきた。戻って来る途中に彼女から自己紹介をお願いして彼女の事がわかる。
彼女の名前はクロウディア。生まれはアクアマリンと言う都市で生まれで育ったらしい。小さい頃から勝ち気であり、男に混じって剣士の稽古を行っていたとの事。アクアマリンでは珍しくなく。女騎士は花の騎士と呼ばれ。その中には花の名前に変える者もいる。 しかし、親から貰ったものを変える気はなく。クロウディア・ベンセイルのままであるとの事。
名のある。騎士らしく………私は知らないが「戦争で活躍した生き残り」と言う。「トキヤを知っているか?」と聞いたら。「戦場は違えと知っている」と言っていた。詳しく聞くと本当に帝国と連合国の戦争に関わっていたみたいだ。囲まれたこともあったとか。
「どうぞ………借宿ですが」
「うむ。なんとまぁ………流石は魔王か………豪華な」
「魔王じゃ………ないんですけど。ネフィアと呼んで。クロウディア」
「いいのか? 我はしがない冒険者であるぞ?」
「いいの、いいの。もし言わないと暴露されるけどいい?」
「ネフィア!! それは言わないでくれ!! わ、私からいつか言う!! それまでは………なんとか勇気を………」
「言えない時点で終わってるけどね」
「な、なにを!! そういう貴様はどうなのだ!!」
私は赤い宝石の指輪を見せる。そして………フッと鼻で笑ってやった。
「大好きな人と結ばれてますけど何か? 流産ですが経産婦ですよ?」
「その歳で流産だと!? しかし………う、うぐぅ………くっ………負けだ」
この赤い女騎士は面白いぐらい………いじりやすい。高貴な雰囲気だが。なおそれでいじると楽しそうだ。歳については見た目、お姉さんで通じるもんね。実際何歳だろうか。
「流産か………よく平気で言葉に出来るな………」
「平気じゃない。でも………乗り越えなくちゃ前は進めない。私は幸せになるなら何でもする。『生きる』てそういう事じゃない?」
「…………強いな」
「女は強いですよ。知らないだけで……母強し」
そう。私はたまには泣くし、たまには落ち込むがそれでいいのだ。泣けばすっきりするし。落ち込んでも時間が経てばケロッと出来る。
「そんなことよりも。ソファにどうぞ。鎧も脱いでいいですよ。ワンちゃん!!」
部屋の奥からドレイクが現れる。
「ネフィア様。なんのようですか?」
「四周の警戒をお願いします。私に依頼です」
「わかりました」
「ど、ドレイクが喋っているだと!?」
「…………うわぁお。そういえば驚きますよね」
ドレイクが喋っているのに慣れすぎて。「ドレイクはしゃべるもんだ」と思ってしまい。野良ドレイクに声をかけてしまう事もあり恥ずかしい思いをしたこともあった。ああ、私よ。思い出すんじゃない。恥ずかしいじゃないか。
「では、庭で見張るとしましょう」
ドレイクのワンちゃんが広いベランダへ歩を進め巨大化し犬と鳥のキメラのような姿のドラゴンになる。
「な、な!?」
「驚く人、初めてです」
「ま、魔国の首都はドレイクは犬の魔物になるのか!?」
「エルダードラゴンだから。こうやって姿を変えられるんだと思う。特別なだけです。さぁ話をしましょう。お茶を淹れますね」
「わ、わかった」
しどろもどろになりながら。ソファに座る彼女。私は彼女の仕草で考えた時。一つだけ気が付いたことがあった。それは………私の視線ではきっとわからなかっただろう。オーバーリアクションに見えるだろう。しかし………彼女の仕草は普通なのだ。
そう、私が異常なのだ。気が付いた。私は他人とは違いすぎる事を普通ではないことを思い出させる。変わり者だと。
*
「鎧を脱がないと依頼を聞かないわ」
魔王ことネフィアのワガママで私は鎧を脱がされる。彼女もネグリジェに着替え薄着で私のために紅茶を用意した。透けた衣装から可愛らしい下着が見える。
「何故体を隠すんですか? 女の子同士………盛り上がりましょう?」
笑みを向ける彼女。綺麗な白い肌。ふくよかな太股と長い睫毛。クリッとした目と思いきや切れ長の目となる妖艶に見える女性であり、私自身もこれは………美人だと認めざる得ない女性だった。人形。そう………人間らしく人間らしくない。だからこそ魔族なのだろう。人間好みの容姿。これを妻にした旦那はさぞ素晴らしい男なのだろう。
「い、いや。私の体は傷で汚れている」
「名誉の勲章です。女騎士なら仕方ないですよ?」
「あ、ああ。そうならいいな」
「傷を気のするのは相手がいるからですね」
「な、なにを!?」
「騎士は傷を気にしない。男なら傷を自慢する。でも………女である私たちは………見られることを気にする。誰に?」
にやっと笑う彼女に背筋が冷える。私は間違った。優しそうな雰囲気だった彼女が逃がさないと目をぎらつかせる。
全部を話さないといけないかもしれない。
「そ、それより依頼の話をしよう。私の相棒が魔王城へ閉じ込められた。父上を止めるために単身で乗り込み。帰ってこない………聞けば………処刑されると噂を耳にした」
「そこで私に取り止めるようにお願いするわけね」
「次期魔王なら………と」
「残念ですが権限はないです。相手はどんな方? 囚われている檻を襲ってもいいかもしれないですね」
「そうか………相手は強い。強い筈だが………負けたのだろう」
「強いとかじゃなくて容姿とか。探すの大変です」
「容姿は………オーク族で屈強な拳闘士だ」
「出会いとか聞きたいな」
「腹を括って話をしよう」と思う。彼女を満足させて協力を取り付けないといけない。だから、私は彼との出会いを話始めたのだった。
§都市イヴァリース⑦女騎士の想い
私はアクアマリンの女騎士だ。武勇に自身があり、誰よりも卓越した剣の腕もあると信じていた。しかしそれでも100人中、100番目でしかない程に上には上が居た時代。あの時代はそれが当たり前な程だった。
そんな中、私は一人の傭兵と出会う。
「すいません!! クロウディア様!! お手を煩わせて」
「いいや。気にしなくていい」
ある日の事だ。騎士団のそこそこの地位を手に入れ。部隊を持つ私は部下の一人から喧嘩の仲裁を頼まれたのだ。場所は大通りの中心。その中心に倒れる騎士と介抱する騎士。剣を抜き身構える騎士がいた。
「この!! くそ豚やろう!!」
「………」
豚やろうと罵りながら対峙する先に彼は居たのだ。
「何か言え!! 豚め!! 同僚を倒しやがって‼」
「ふん。『かかってこい』と決闘を申し込んだのはお前だ。ただそれに答えただけだ」
ローブを深く被った男。大きな太い腕。得物は持っていないが勘が告げる。強いと。
「では、失礼」
ローブの男が去ろうとする。その男をあろうことか私たちの仲間である騎士は背後から斬り込んでしまう。私は仲間は殴ろうとした。「やめさせなければ」と考えて。
そう思ったつかの間、ローブがその場で斬り払われる。この騎士の罪を問わないといけないと考えた瞬間だった。切れたローブから、大きい拳と巨体が躍り出て騎士の顔面に拳を叩き込み振り抜いた。剣を落として吹き飛ばされて地面を転がる同僚騎士。
「…………弱い」
弱いと愚痴る男を私は見る。緑の屈強な体を持つ。亜人………オーク族が立っているのだった。
*
ローブが剥がれ姿が晒されると大通りは大騒ぎになる。何故なら亜人が騎士を倒す構図は敵が攻めてきたと誤認するほどに分かりやすい。混乱や驚きで冷静を失い。不確定な情報が都市に広まっていた。亜人が最近多く入ってきている事も不安を増長する理由だろう。
「魔国が攻めてきた」と全く無知な者が騒ぐのだ。
おかしな話だ。魔国が攻めてくるなら北から都市を落としていくだろうし、大軍が来たらその矛先も分かる。故に………彼らは違うのだが。知らないことを言ってもどうしようもない。呆れながら去ろうとするオークに私は声をかける。
「待て!!」
声をかけ歩を止める瞬間に目の前に躍り出て手を広げる。騒ぎは「騎士様お願いします」とかを叫ぶ民衆が五月蝿いが。仕方がないことと割り切る。
今、民衆が恐怖で荒れている。亜人の傭兵も都市に入り込み治安も悪くなっている。亜人と人間のいざこざが起こり過ぎているのだ。
「すまない。私と一緒に来て騒ぎを静めてもらえないだろうか? 手荒い真似はしない………」
「………ふん。興味はない。帝国との戦争が起きるまで寝るだけだ」
戦争と言う言葉が出た瞬間、民衆が静まる。沸々と込み上げる不安と恐怖が背筋を冷やした。
そう…………魔国なんて攻めてこない。それよりも恐ろしい帝国が牙を向けているからだ。それを知っている。「待っている」と言うことはやはり傭兵だろう。珍しくもない亜人の傭兵。私たちは帝国より兵が少なく。彼らに頼らなければいけないのだ。
「傭兵でしたか。わかりました。ですが騒ぎを治める身、見過ごす事はできませんのでついてきて欲しいです」
「…………ほう。嫌だと言ったら剣を抜くか?」
オークがギラリと目を剥く。
「最後の手段です。言葉が通じるならば………なんとか会話で治めたい」
「弱気者の言葉など聞くに足らん。弱肉強食と言う根本原理からは外れない」
「ああ、外れない」
「ならば、連れていきたくば……剣を抜け!!」
オークが無骨な手甲をつけて身構える。目を閉じて深呼吸をひとつ。次に目を開けたときは私の目をしっかりと覗き込む。好奇心を持って。大衆が私に期待を寄せる。
仕方がないと私は背中の武器を抜き構える。峰打ちは出来ないだろう。すまない………亜人よ。大衆を一安心させるためなんだ。
「先に謝っておく。すまん」
言葉とともに太刀を振り上げて素早く降り下ろした。兜ごと一刀両断できる重き斬撃が亜人を襲う。
「兜割り!!」
技名を声に出し、力を込める。剣圧が生まれ地面ごと、こやつを一刀のもとに削らんとする。
「ふぅ………はぁ!!」
オークがゆっくりと手を両手で太刀の反りに添えてスッと横に剃らす。太刀はそのままオークの左側に逸れて地面を斬った。
「!?」
たった一瞬を合わせられ、隙が生まれてしまう。もちろん、そんな隙を見逃したりはしなかった。気付けば目の前にオークが立っていて腹部に鈍痛で口から胃液が吹き出る。そのまま、オークが身を引き、私は太刀を落として手をついた。
「ゲホゲホ………お、おええええ………」
胃袋の中身を吐瀉。咳を出しながら腹を押さえる。内蔵がひっくり返ったようなグチャグチャな衝撃に涙が出る。
「ふぅ………謝っておく。手加減出来なんだが………お主は生きている。素晴らしい耐久だ」
頭の上から偉そうにオークが喋る。周りの大衆も恐ろしくなったのか散々に逃げ出し大混乱となった。歓声から悲鳴へと変わる。
「………ゲホゲホ。オーク。すまない…………殺そうとした」
「同じだ。殺そうとした。手加減出来なかったが驚いた。技は使わずとも生きている。女の身でありながら恐ろしい耐久だな」
私より強い傭兵。
「名も知らぬオーク。私は大衆のため一時の安心のためにお前を斬ろうとした。殺されても文句は言えない…………負けたのだ。好きにするがいい。だが、騒ぎだけは身を潜めて落ち着くのを待ってて欲しい。お願いだ」
「ふむ。謝るのは俺の方だ。お前の仕事の邪魔をしたばかりか喧嘩を吹っ掛けてお前に剣を抜かせた。すまん…………暇で暇で……体が強者を求めて暴走した。許せ」
「…………なら。身を潜めてほしい。人目のつかない場所で」
「ああ、そうする。女騎士よ………名を聞こう」
「クロウディア」
「クロウディア、俺の名前はレオン・オークだ」
そう言って彼は路地裏に消える。そして………数日後また騒ぎを起こすのだった。
*
あの一件からレオンは度々喧嘩を吹っ掛けられるようになってしまった。
曰く、「オークよ。騎士誰々を倒したそうだな」と腕に自信があると見え、決闘を申し渡されていた。
そう、私を倒したことがある意味。有名になり、腕に自信がある騎士がこぞってヤツと喧嘩を行った。他にも腕に自信があるだけで傭兵と決闘する者も出始め。流行り、大怪我し入院する奴も出だし、国として決闘を禁止するまでに至る。
「クロウディア………頼む。やらせてくれ」
「ならん………何度言ってもダメだ」
「体がウズいて仕方がないのだ。一瞬でいい」
「一瞬でも大怪我だ。お前は味方を殺す気か?」
「傭兵だ。誰と戦おうと問題あるまい」
「はぁ……」
そう、色々な事が重なり私はレオンの監視役になってしまった。こいつは腕を上げに世界を旅している。だから戦争があり、強いものと死闘が出来ると喜んでこの土地に来たらしい。変なやつだ。
「レオン………戦場まで待て。今はにらみ合いが起きているし。自然にお前の望んだ相手と戦えるだろう」
「ワクワクするな」
大きな体を振り回して目を輝かせる戦闘狂。私が聞いていたオークは雌なら誰でもいいと言う色欲の塊と思っていたが。偏見だったようだ。いや………色欲が戦闘欲に行っただけかもしれない。
「何故、お前は戦闘が好きなんだ?」
「俺は父上よりはるかに小さい。オークの中でもな。だから………鍛えた。だがそれでも強くはならなかった。心技体という言葉を知っているか?」
「もちろん。体が一番。次に技。そして………最後に不屈の意思」
「そうだ。だがな………楽しくないか? 遥かに体で劣っていても技で勝てる瞬間を………そう!! その瞬間。努力が報われた幸福感がするのだ。いいや………戦っている時も………心が闘争心を持つ限り!! 楽しい!!」
「戦闘狂め」
「誉め言葉だ。オークとして………屈強な体で生まれたのだ。色んな奴と手合わせしてこそだ!!」
こいつはいつもいつも戦いの事ばかり考えていた。どんなときでも、鍛練を怠らず。故に………このオークの体は鍛えられた鋼のような武器となる。
いつからか奴のたゆまぬ戦いへの努力にひかれていくのにそう時間はかからなかった。
*
ある程度。懐かしみながら話をする。目の前の女性。ネフィア・ネロリリスは目を輝かせながら話を聞いて頬を赤らめていた。
「クロウディア………お相手……オークなんだ」
「う、うぐぅ………ぜ、絶対言うではないぞ? 私もおかしいとは思っている。だが!! あいつはそこいらのオークとは違う!! そう、その精神は騎士を彷彿させるほどに紳士だ!!」
「あのね。『惚れてます』と言うのはいいから続き聞きたい」
「うぐぅ」
「惚れたきっかけは?」
「戦争中に助けて貰ったのだ。敗戦濃厚の末期、敵を一人でも多く道連れにしようとしたが………奴は私を庇い肩にかついで逃げた。最初は怒ったさ………だがな。奴は頼みがあると言って恩を売った。魔物と戦いたいから生きて俺をそいつと会わせろだとな。残念ながら………そいつは紫蘭の腕を切り落とした後に消えたがな」
「………ああ、紫蘭さん」
「知っているのか?」
「ええ。同じ男を愛した人ですよ、魔物を。魔物と言われた男性をね。残念ながら愛しい彼に切られて亡くなりましたね」
「そうか。私が魔国で冒険者をしている間に決闘をしたか。騎士らしい最後だな。彼女を知っていて驚いたよ」
「もうひとつ。驚くことがあります。魔物………それ……今は私の旦那です。本名はトキヤ・センゲですね」
私は驚くと言うよりも何故か納得してしまう。なぜまら「あの恐ろしい獣を従えられる人物だろう」と思うからだ。それだけ、彼女は強い。
「ふむ。今日は本当に驚いてばかりだ」
「私は普通なんですけどね。もう、普通でもないみたいですけど………」
「もう、大体話したな………冒険者をやっているのも奴の監視役になってから長い間に奴の扱いに慣れてきたからだ。ふと、血がたぎるのを抑えてやるために一緒に………いや。惚れてしまったからついていってるんだ。それだけだ」
私は言い直す。いまさら取り繕っても意味はない。「惚れている」と言った方が分かりやすい。
「お話は面白く聞けました。そうですね………一人の乙女の願いを聞きたくなるぐらいには」
「ネフィア?」
「もっと。自分に自信を持っていいと思いますよ。長い時間一緒なら。あとは切っ掛けだけでしょう」
彼女が立ち上がり。今度は葡萄酒をあけた。
「仕事の話をしましょ………私の目の前で悲愛は認めません」
「あ、ありがとう」
「いいんですよ」
優しい笑みを向ける彼女に私は感謝する。
「ついでに族長全員に殴り込みに行こうかと思ってましたし」
私は背筋が冷える。やらかしたのではないかと身震いするのだった。
*
俺は大通りを歩いていた。人はみな、逃げてくれている。目の前には大きな大きな斧を両手に持ったオークが立っていた。同じ種族同じ豚野郎。
「息子よ来たか」
俺は大通りで何年ぶりかの親との再開を噛みしめる。
「親父、本当に戦ってもいいんだな」
「ああ」
喜んだ。筋肉が喜んだ。
ガッキン!!
おれの渾身の正拳突きは斧を交差させて防いでいる。うるさい金属音が大通りを響かせる。
不気味なほどの太った豚。おれの親父は誰よりも肥えている。だが、素早く力強い。
「少しはやるようになったか?」
「………さぁ………今の一撃でまだ俺は親父を越えれそうにないかもな」
「ほう、聡明になったか息子よ!!」
斧で俺の止まった拳を弾く。巨体に似合わず。攻撃も速い。
「くくく。聡明になった息子よ。お前に頼みがある」
「なんだ? 親父? まだ戦いは始まったばかりだ。やっと殺し合いをしてくれるのだろう?」
「魔王と殺り合いたくないか?」
「ん?」ぴくっ
俺は体が反応してしまう。聞けばあの武勇伝が広まり。魔国で今一番話題の元魔王ネフィアのことだろう。殺りたくないか……話だけは聞いてみよう。
「話をしてやろう………お前。女がいるな?」
「相棒だ」
クロウディアのことだろう。俺は戦闘バカでいつもいつも迷惑をかけている。背中を任せられるぐらいには信用しているし、俺より弱いが女で見れば破格の強さだろう。人間でありながら。
「くく。お前は弱いままだな。長い年月武者修行でちょっとはやるかと思ったが。ただの餓鬼だ」
オヤジが大笑いし。そして、大きな声で言う。
「だが、そんなお前でも前座を任せてやろう。勝てばお前が俺と戦う。負ければ俺は魔王と戦い勝ち、新しい魔王となってやろう」
「………俺が今、親父を狩ればいいな」
「くく。やりたいのはわかった。だが………俺は今から逃げるぞ? いいのか? 戦ってやる理由がない」
オヤジは斧を落として手を上げる。得物を持たないオヤジとやっても楽しくない。よくわかってる。
「………畜生。どうやったら戦ってくれる?」
「俺に捕まれ。そして………1週間後にわかる。お前を使い魔王を誘う」
「………??」
「くくく。わからんか? わからんだろうな~でも。来る。奴はな」
オヤジは腹を叩きながら豪快に笑う。何を考えているかわからない。しかし、俺は仕方なく捕まるのだった。クロウディアには悪いが。勝手に居なくなる。オヤジと戦うために。
§魔国イヴァリース⑧はかりごと
エルフ族長として報告を待つ中。ダークエルフ族長の部下がわざわざ報告に部屋を訪れてきてくれた。それを彼と聞く。
「クロウディアと言う女騎士と接触したらしいです」
「そうか」
ダークエルフ族長同志から報告を聴き、二人で唸った。なんとか接触し、姫様を動かす事が出来たらしい。
「お前が彼女を誘導させた結果だな」
「………誘導せずとも姫様なら巡り合っていただろう」
「しかし、まぁ本当にお前の言う通りになるとはな。驚くよ。そんなことがあり得るのかと」
「バルバトス。奔流を俺たちの手によって生み出し。姫様を巻き込めたからこそ。予想が出来た。見えてくるのだよ」
「いや、できないぞ………俺」
「信心が足りない」
「ばっか!! お前のは盲信、狂信だ」
「…………?」
「いや……おい」
私は答えない。無視する。
「でっ………どうする?」
「数週間前にオーク族長は我が子を餌に釣ることを了承した。その餌に食いついたんだ。引き込むだけ」
「だからどうやって手繰り寄せる?」
「ふん。今日、オーク族長が我が子を3日後に処刑すると宣言した。族長に楯突いた罪でな。場所は玉座の間で族長全員に見せるという内容だな」
「嘘だろ?」
「本当だ。まぁ本当に処刑は………するかもしれないが。これで構図は出来た。姫様ならどうする?」
「姫様なら…………来る」
「簡単だな。なぁ女神様」
「ええ」
フワッと天井から破廉恥な女神が降りてくる。目が腐りそうだが、フィアを見て目を休ませる。彼女も見えてるのか口を押さえていた。
「恋心をもてあそぶなんて女神も酷いですね」
「処刑されそうな愛する人を求めるなんてドラマチックでしょう?」
「当人は休まらんな………俺なら嫌だ」
「ふふ、ダークエルフのお兄さん。妹ちゃん寝取られちゃいましたね?」
「グレデンデ!?」
「女神!! 意趣返しか!! 妹なぞただの親族だ。何もない!! バルバトス!! その剣槍を使おうとするな!!」
「ふふふ」
「グレデンデ。妻とはなにかあったのか聞こう」
「お前!? 嫉妬するのか!?」
「いいや。もし………」
「ダメ!!」
バルバトスの袖にフィアが掴む。
「ダメです。エルフ族長はこれから大きなお仕事があるんです!! だから………斬るなら私を………私が身代わりになりますから!!」
「あっ………いや。ただの冗談だから? な?」
ダークエルフ族長がフィアを撫でる。やめろ、汚れるだろうが。
「フィアちゃん。姫様と同じで綺麗で美しいね」
ガチャ
「お兄様、ちょっとお金で気になる事が…………あっ」
私の執務室にノックせず。書類を持って現れたのはエルフ族の妹だった。昔にダークエルフの慰め……もとい人質で突きだし。今では衛兵団の運用を彼の変わりに行っている程にまでなった。流石兄弟だったのか、書類仕事も運用もうまい。影の立役者だ。
「………バルバトス?」
「ああ。グレーシア。どうした?」
「その………ごめん。なんでもない。お兄様また後で」
「うむ」
妹は沈んだ顔で部屋を去る。そして女神が滅茶苦茶に大笑いをした。
「なんて甘いのかしら!! 撫でられていたのを見て嫉妬したあとにその感情に戸惑い。そして、大人げないと我慢して帰るなんて。ああ、あまりに辛くて泣いちゃうわね彼女。知ってないでしょうね………バルバトスに弱味を見せないように我慢してるの。独占欲が強いわ」
「グレーシア!?」
「バルバトス。仕事の話が終わってないぞ。席に座れ」
「そ、それどころじゃ!!」
妹と恋仲なのは面白い。
「姫様に賞金かけたのは私だ。そして、魔王城に傭兵を雇い誘い込んで姫様を殺させよう」
「ちょ!? ちょ!? ま、ちくしょう!!」
「行ってもいいぞ? 姫様を殺すためにいっぱい雇うからなぁ~ああ、衛兵に伝達して欲しいなぁ~」
「お前………覚えてろ」
バルバトスが顰めっ面で席に座り。私の計画を聞く。フィアがオロオロし、女神は満面の笑みで成り行きを見守るのだった。
*
ドンドンドンドンドンドンドンドン!!
「ネフィア!!」
「うーん……あーい」
宿屋、部屋の扉を叩く音とクロウディアらしき声に怠惰を貪っていたところを叩き起こされる。布団から這い出たあと玄関へ向かう。
ガチャ
「眠い」
「ネフィア様!! 全裸ですよ!?」
「ネフィア!! 話が…………な!?」
「はぁ……全裸のひとつや…………えっ?」
私は自分の体を確認する。きれいな肌色。
「きゃああああああああああああああああああ!!!」
「ネフィア!! お前!!」
「ネフィア様!! しゃがまずに先ずは戸を閉めてください!!」
「ネフィア!! 先ずは服を着てくれ」
ドン!!
「ふごぉおお!! おでこがああああおでこがああああ………痛い!!」
強く扉を閉められ、頭を突き出す形でしゃがみ込んでいたので閉められた瞬間、頭を強打する。
「いった…………つぅ。完全に眼が醒めました」
「ネフィア様………アホですか? いいえアホですね。トキヤさまが居ない場合。しっかりしていると仰っていましたが。確信しました。どんどんダメになってますよ」
服をくわえて私に説教をする、ワンちゃん。渋々頷きながら………それを受取り。着替える。
「うーん。大人の女性なんだけどなぁ~」
「たまに格好いいがめっきり見なくなりましたね」
「トキヤ成分が足りないからだと思う」
「ネフィア様………トキヤ様がいたらダメになり。いなくなれば、時間と共にダメになる。結局ダメですね」
「その通りだと思う。これこそ、骨抜きだね」
そのあともワンちゃんと談笑する。ああ、楽しい。
「おい!! ネフィア!! いつまで着替えているのだ!!」
「あっクロウディア」
痺れを切らした彼女が客室に入ってくる。
「うーん。焦っているね? どうしたの?」
「こ、これを!!」
一枚の用紙。報告書みたいな物を彼女が手渡してくる。内容は…………彼女の思い人の処刑だ。
「えっ………どういう事? 捕まってるだけじゃないの!?」
「奴、バカだから実の父親に楯突いたんだ!! 奴の父親はオーク族長なんだよ」
「あっ」
それは楯突いたら処刑されそう。納得してしまう。
「くぅ。あのバカは!! いつだって戦う事ばかり!! そのあとの事を考えろといつも言っているのに!!」
「それでも好き。いいえ、それを含めて好き」
「……………」
クロウディアと名乗る誇り高き女騎士が顔を真っ赤にし、手で顔を隠してしゃがむ。ああ~懐かしい。私も昔はトキヤの言葉でここまで恥ずかしくなったものだ。
「きっと格好いいんでしょうねぇ~異種族でなおかつ、オークだし」
「………見、見た目より中身が大事だ」
「すぐにフォローするところは本当に好きだね」
「……………うぐ」
クロウディアは茹であがってしまい動かなくなってしまう。
「乙女ねぇ~」
「ネフィア様も乙女ですが? トキヤ様が目の前にいるネフィア様によく似ていますね」
「してない。こんなに恥ずかしがったりしてない」
「まぁ、ネフィア様。自覚症状ありませんからね」
「そんなことよりもクロウディア………どうしたい?」
「あ、ああ。それはもちろん助けに行くさ」
「では、行きましょうか3日後」
「な、なぜ?」
私は紙を見せ。一ヶ所を指を差す。
「族長………玉座の間」
「処刑を見せびらかせるのか~威厳を見せるのか~それとも我が子を殺すほど躊躇がない事を示し、恐怖で支配するか~まぁ何かあるんだろうね。でっ族長は集まるし、私も用事があるから3日目に助けに行くのなら調度いいよね」
「し、しかし!! それよりも前に助けた方が………」
「私………牢屋の場所。わかんない。音で探るにも時間かかるし。それよりも玉座の間にいるのを助けた方が楽。あとなんで……何故3日目なのか気になって」
色々と負に落ちない。3日目もだが、何故かこう………モヤッとする。
「わかった………すまないが。私の一人の力では無理なんだ。3日目だな」
「ええ、3日目に。城の前で待ち合わせましょう。お願いがあるの………」
「なんだ?」
「3日目までに情報を集めて欲しい。私は集めるのが得意じゃないの。その前に牢屋の場所がわかればいいしね」
「わかった…………集めよう」
クロウディアは頷く。そして、何故か殴り込みになりそうな予感がするのだった。
*
紙を貰った相手に会いに来た。ギルドの酒場で彼は待っていた。
「クロウディアさん。釣れました?」
「…………ああ。三日目の城の前でだ」
「そうですか。わかりました。時間を稼ぎましょう。処刑を遅らせて遅らせて。登場まで間を持たせましょう」
「ありがとうございます。エルフ族長グレデンデ殿」
「いいえ、これも愛の女神のためですから。姫様には内緒です」
「…………わかっている」
「3日目………楽しみですね」
「………………」
「これで皆に見せる事が出来る。報告書の通りだとな………フフフ」
私は何故か操られている気がしてならなかった。見えない糸で縛られながら。
§魔国イヴァリース⑨魔王城突入
私は3日目にネフィアに言われた待ち合わせの広場に顔を出す。非常にこれからのことを考えると足取りが重い。この、騎士であるクロウディアがだ。それほどまでに罪悪感もある。
彼女……ネフィアはそこで待っているだろう。私は情報を集めて彼女に報告する約束をしていた。だが、集めれば集めるほどに。私はある一つの答を導き出した。答を知ったとき。操り人形として利用されている自分にヘドが出る。悔しい思いを秘めて彼女に話そうと思う。私は「あなたを騙した」のだと。
広場には色んなお店が連なり、テラスとして広場を使用し白い椅子やテーブルが置かれている。色んな種族が談笑し、商売交渉しているなか。その中央に噴水があり、その縁に白い鎧を着た騎士が小鳥と戯れていた。
言葉がわかるのか数羽が膝に座り。歌を唄っている彼女の声を聞き続けていた。穏やかな昼下がりにこれから行われるであろう事とは違って穏やかな時間が流れている。
「ネフィア………こんにちは」
「こんにちは。クロウディア」
挨拶すると小鳥たちが空を飛んでいく。1匹のあとに続いて順番に。
「小鳥の言葉がわかるんですか?」
「1匹は妖精です。妖精が庇護し………あの鳥は生きていられるそうですね。魔物では最底辺ですが………なんとか生きているそうです」
「妖精?」
「そう。自然を司る監視者………でも妖精だから。遊ぶのが好きなんです。歌わされちゃいました」
口に手をやりながらクスクスと笑う彼女に………罪悪感を持ちながらも情報を話して判断してもらおうと思う。謝らないといけない。
「ネフィア………いいや。ネフィア様。私はあなたに謝らないといけないことがあります」
「ん? どうしたの畏まって?」
「情報を集めてきました」
私は静かにゆっくりと報告をする。
傭兵が多くこの日に城に集まっていること。ネフィア様の首には多額の資金がかけられ、魔王城には雇われた傭兵と賞金首狙いでごった返していること。
これが行われたのは私がある人に報告したことで動いた事。全てである。
「ネフィア様………これはあなたを殺そうと仕掛けられた罠です。私はあなた様に依頼をするように差し向けられ。ネフィア様が一人単独で城に来る状況を作られています。やめましょう………きっと処刑もなにもかも族長たちの策略です。申し訳ありません。何も知りませんでした」
「ふーん。でっオークの彼は………レオン殿は姿を見せたか?」
「い、いいえ。情報では…………オーク族長と共に居るそうです」
「ふぅ………」
彼女が息を吸う。そして吐き出して目を細めた。
「誰か仕組んだ罠はどうでもいいです。私を殺したい人は多いでしょうから誰かやったなんて特定出来ません。ですが…………あなたをほったらかして彼がそれに加担しているなら。許せる?」
「そ、それは………無理です。卑怯だ」
「卑怯。いいえ。まどろっこしい。直接言えば言いのよ。『殺したいからこの日に来い』てね。余は逃げも隠れもしないわ」
彼女が立ち上がり。そして迷いなく魔王城へ向けて歩を進める。
「ま、まってください!!」
「はい。待ちます」
ピタッと彼女が止まって首を傾げる。可愛らしくまるで散歩に行くような軽さに頭を押さえた。
「わ、罠でしょう」
「知ってます。でも、皆が私を待っています。それに…………あなたは憤りを感じない?」
「憤りですか………」
「優しいですね。私は憤ってます。グダグダグダと魔王になる気があればすぐ宣言すればいい。それがない癖に私を怖がる。それに………」
ネフィア様は可愛くウィンクして笑う。悪戯っぽく。
「こんな可愛い姫様を置いて何処かへ行く男に憤りますね」
「な!! それだけで!! 死にに行くのか!?」
「死にません。いいえ………死にたくない。だけど!! 私はこれを試練と受け取りましょう。こんなのに負けていたら…………女神は倒せないでしょうから」
彼女が踵を返して歩き出す。力強く。そして私は決めた。あの人形のような操られている気分はなくなる。
「お供させてください」
「いいですよ。オークのレオンさんに出会ったら怒りましょうね」
「ええ………怒ります。一発では済みそうにないです」
それどころか、私は今。身震いをする。本能が感じるのだ。これから起こることに対して。
*
ガチャ!!
城の扉の前。衛兵のダークエルフ族が門番を勤め、槍を交差させて私たちを止める。
「ネフィア様。今は危険です。忠告します」
「はい。ネフィア様……この先は傭兵が控えております。お引き取りを」
門番を勤める衛兵が嘘偽りなく彼女に報告した。そしてネフィア様は笑顔で槍を退かす。
「ありがとう。心配してくれて。でもここは元、私の家よ。通しなさい」
「しかし………」
「通しなさい」
「………」
渋々門を開ける。ムワッとした空気が感じられて私は懐かしくも恐ろしい感覚にビックリする。まるで戦場のような殺意が赤い絨毯や壁などに敷き詰め張り付けられている。しかし、ネフィア様は怖じ気づくことなく。剣を引き抜き。また空いている手から緑色の剣が生み出される。背中に大きな白翼を羽ばたかせ、翼から羽根が舞い散った。
「ネフィア様!?」
魔族の彼女。しかし、その姿は…………天使その者であり。衛兵がしゃがんで拝み出すほどに神々しい。これが新しき魔王の姿だろうとわかる。
「行きますよ。クロウディア………背中は任せました」
「は、はい」
私は剣を抜き。盾を構えた。太刀ではないスタイルで行く。騎士であるから。
「すぅうううううう!!」
ネフィア様が息を吸う。そして大きい声を出す。
「余は帰ってきた!! 死にたくない奴は帰れ!! 忠告はしたぞ!!」
城を揺らすほどの声量で言葉を発し、それと同時に隠れていた人間の傭兵が我先にと殺到したのだった。
*
「余は帰ってきた!! 死にたくない奴は帰れ!! 忠告はしたぞ!!」
私はエルフの代表の族長として玉座の間で8人の族長と対峙していた時に声が響いた。驚く数人に私はほくそ笑む。その中で獣族長リザードが喋り出す。話の続きを促している。
「エルフ族長。おまえは言ったはずだ。姫様であればどんな奇跡も起こり得るとな。姫様はそうなる前に自身の環境を変える。ゆえにその強運は女神に祝福された。ただ一人の魔族の証拠なのだと」
「ええ、言いました」
実際、祝福され。それを他人にも分け与えられる。魔族でありながら聖職者になった姫様。しかし、私はそれも何もかも姫様にとっては必然なのだろうと思う。
「現に生きている間に奇跡を起こし続けていた。だからこそ。今回は実験なのです。もし、ここまでたどり着き。そして。オーク族長の目の前に来たのなら。50点です。ええ」
「50点………あと50点は?」
「オーク族長。倒すこと」
「ガハハハハ!! エルフ族長よ!! 御執心だな!! トレイン以上でなければ雑魚だぞ?」
話を聞いたオーク族長が大きく天を仰ぎながら面白いといい笑うのだ。
「まぁ姫様は………そこら辺、大丈夫でしょう。トレイン弱かったですし。彼はまぁ、体のいい傀儡でした」
先代の魔王はオーク族長より弱い。戦いを避けてきた男だったゆえに地力が違うと考える。
「ん?………皆、静かに。耳を澄ませろ」
ダークエルフ族長バルバトスが何かに気が付いた。私たちは耳を澄ませた。
~~♪
微かにオルガンの荘厳な音楽が流れる。アップテンポでまるで戦闘を彩る音楽だ。オペラハウスの悪魔族エリックが驚いた声をあげる。
「パイプオルガンだ。それもこの音色はオペラハウスのオペラ座で背後に隠してある物そっくり。曲は知らないが……荘厳で恐ろしい。そう……魔王が攻めてきている気がする。流石は姫様………ここを劇場と彩るか。いや違う。これは強化魔法?」
エリックが玉座の間を離れようとするのを私は彼に近付き手で制止する。
「公演が始まっている。見に行かなくては」
「同じ気分だが。終幕をこの場で見るべきだ」
「…………それもそうか。特等席で見させて貰おう」
玉座の間の部屋の隅に椅子が置いてある。それを人数分、部屋の端に置いて何人かの族長が座り。エリックが何処から持ってきたのかおやつを手渡す。
「コーンを焼き、空気が膨張し爆発させた物に塩を振りました。わが都市の名物です。飲み物はこちらにございます。姫様が来るまでの間、おもてなしをさせていただきます」
何人かの族長と仲良くおやつを食べ出し談笑しだした時。オーク族長は怪訝な顔だったが俺は笑顔になる。
こいつらは姫様の毒に当てられてると感じ取り。嬉しくなったのだった。
*
私は何を見ているのだろうか。
自問自答しながら彼女の背後を守ろうと身を動かそうとしたが。既に彼女は次の攻撃の動作と移動を終わらせて傭兵の猫耳の獣人を緑色の光を放つ剣を突き刺していた。剣を差したまま、離れ。人間の傭兵が背後から翼を切ろうと背後から襲う瞬間。翼が横凪ぎに振り払われて、傭兵が燃え上がる。
私は懐かしい光景を見ていた。
多くの同志、仲間を失った。帝国との戦争。そう、これは戦争だ。
地べたに幾多の傭兵の死体が積み上がり。オルガンの音楽が彼女を彩る。舞い散る羽根が部屋に満ち。死体の上に天使が舞い降りる。純白な姿で。返り血を浴びず。美しく。
「行きましょう。このフロアは制圧しました」
単調に剣を納めて歩き出す彼女。私はただただ、この現場を見る傍観者へと変わっていく。
「…………」
彼女の戦い方は………美しい。流れるように攻撃を掻い潜り。一刀両断で的確に敵を倒し。時に剣を納めてどこで習ったかわからない炎を激しく生み出す居合い切りで仕留め、緑の剣を投げつけて倒し。しかし、投げつけた剣は必ず彼女の元へ戻った。
空いた手で炎を生み出し、フロアごと焼ききることもあれば打ち出された弾が曲がりながら傭兵に当たったりもしていた。翼を振り回せばそれは炎なのか透過して敵を燃やした。音楽とともに戦う姿はまるで演舞。アクアマリンの海の神への演舞のような物だと私は思った。
気が付けば死屍累々。最初は余裕の表情だった傭兵たちも真面目な顔となり。今度は恐怖を見せる顔となり。一部の傭兵は跪き。得物を目の前に置いていた。
いつしか………傭兵は誰もおらず。いつしか………色んな種族の兵士が跪き。頭を垂れて廊下の端で彼女の帰りを歓迎している。
そんな中で。廊下の真ん中で仁王立ちする影が見えた。その姿に我に返り声を出す。怒りより何よりも…………安心したのだ。
「レオン!! 無事だったか!!」
「クロウディア。すまないな。姫様………ここを通りたくば我を倒して通れ」
「レオン!! お前!! バカな事はやめるんだ!!」
「無理だ。血がたぎって………何も考えられない」
「………いいでしょう。しかし。勝手に通らせて貰います」
「簡単に通すと思うなよ!!」
「レオン!!」
「すまねぇ!! 死んだら骨は拾ってくれや!!」
「はぁ………そうか。こんな人なのね。クロウディア………変な趣味」
「…………」
レオンが拳に手甲をはめて構えた。そして、ネフィア様も緑色の剣と炎球を用意する。私は声を出して制止を促したが………流れは止められなかったのだった。
§魔国イヴァリース⑩オーク族長VS聖炎翼の魔王
構える二人に私は息を飲む。二人のとてつもない強さを見てきた私はどうなるかが予想できない。
どれだけ力量差があろうと戦ってみくちゃわからない。だからこそ………戦いは面白いとレオンは言っていた。見ることしか出来ない私は胸に手を当てる。クロウディアとして彼は……そういう人だと知っているから。
「ふぅ………」クイクイ
レオンが呼吸をリズムよく刻み。手でコイコイと挑発する。オルガンの音楽は鳴り響き続ける。その中でハッキリと私の耳元でネフィア様は囁く。
「私が撹乱します。1発どうぞ」
「!?」
離れていても囁きが聞こえた。耳を押さえてみるが顔なんてない。レオンの反応もないので幻聴かと思ったが。それもすぐに幻聴ではないと気付く。そうだ。音楽が流れている時点でおかしい。音を使う魔法だ。それも
高度な。
「3、2、1」
カウンントが聞こえた。身構える。
「0」
ゼロと言った瞬間にネフィア様が仕掛ける。防御姿勢でカウンター狙いのレオンに向けて。緑色に光る剣を投げつけた。
ギャン!!
「武器を捨てたか!! 愚かな!! いいや、囮か!!」
剣の次に炎の球を打ち出し、それが膨張する。レオンを呑み込もうと。
「ははは!! 魔法でのカウンターの構えを解かし!! 魔法を当てるか!! 遠距離で戦う気か? うぉおおおおおおらああああああ」
レオンが叫び。炎を殴り付けた。炎が拳によって破砕され散々に飛び、それらは羽根となって消えていく。私は駆け出す。私は見えていた。
「目の前に殺気がない……背後か!?」
彼は背後を振り向き拳を構えた。しかし、攻撃は来ない。
フワッ!! スタッ!! ダっダっ!!
構えた先。炎で目の前を視線を切ったネフィアは翼をはためかせレオンの頭上を飛んで避け。そのまま廊下を走り出す。聞こえてくる声は明るい。
「勝手に通らせてもらったわ。一人なら………抜けることは容易いね」
「なっ!! ま、まて!! 俺と戦え!!」
振り向いて、ネフィア様を追いかけようとするレオン。私は意表を突かれ注意が散漫な彼の後頭部を。
「レオン!! このバカたれええええええええ!!!」
ガッコーーーーーン!!
盾で頭におもいっきり叩きつけるのだった。
*
ガッコーーーーーン!!
背後から鐘の音のような激しい金属音がする。声を聞くとクロウディアがレオンに怒っている声が聞こえて笑みがこぼれた。流石は女騎士。殴る事が出来たらしい。
「ふふ。私もやりましたね………昔に」
ああ、懐かしい、昔にトキヤが勝手に居なくなったあの日。私は彼を捕まえて。そして色々あって頭を蹴飛ばした事がある。
今思う。あれはヤバイ一撃だった。痛かっただろう。
「久しぶりね、ここ」
玉座の間の扉まで私は来た。追いかけてくる気配も無いが私は後ろを確認する。そして………少し逡巡したあと。顔を振り払って扉に手を置く。
ゆっくりと開け放ち私は驚いた。
「やぁ!! 綺麗な女神様」
「姫様!! あああ!! なんと輝かしい!!」
「ネフィア様。どうも」
「オデ!! ヒサシブリ!!」
「姫様、お久し振りですね」
知り合いが多かった。9人の族長が頂点を目指していると言われていたが知り合いばっかりである。タコ、トンボ、白い黒い人に巨人、豚、蜥蜴、吸血鬼と種族も様々である。
「えっと………」
知り合いの顔に意表を突かれてしまった。
「ふむ。お前が………エルフ族長が言っていた魔王か」
「いいえ。魔王じゃない。あなたは誰?」
「ははは!! 魔王かを決めるのは俺だ!! 覚悟」
質問に答えないオーク族。両手の斧を素早く振り私を狩ろうとした。あまりの速さに髪が数本切れて燃える。
「オーク族長ですよね。名を名乗りなさい。私は魔王と言う名前じゃない。余はネフィアなり!!」
「くくく。ワシの一撃をかわすとは。やる口だな!! それでこそ好敵手!! 我が名を名乗らせて貰おう!! デュミナス!! デュミナス・オークだ!!」
「子も子なら親も親ですね」
「ガハハハハ!! 誉め言葉と受け取っておこう!!」
ビュンビュン!!
斧を振り回しながら迫ってくる。私は異界の知識で草刈り機を思い出していた。それぐらいに激しい。そして、驚く。
地面や壁、柱などに切り跡が増えていく。目に見えない凶刃をかわしながら。居合いで剣を抜き防御する。触れていない筈なのに金属音が響く。
「ほう!! 防ぐか!! かまいたちを!!」
「違う。これは一定以上の戦士が使うことが出来る。剣圧と一緒。こんなのはよく知ってる」
「ふん!! 何だっていい!! お前を切り刻むまでだ!! はははは!!」
楽しそうに斧を振り回し、私を壁際まで追い詰める。猛攻、激しい嵐のような一撃必殺の攻撃たち。私は剣を抜いてしまい。居合いも出来ない。しかし、振って刃は届く気がしなかった。剣圧なんか私には居合い以外にそんなに出せない。
「しねぇえええ!!」
オークが斧を大きく振りかぶり振り下ろす。振り下ろす速度は雷の如く速く。岩のように重かった。
「ぐぅ………ふふ」
マナの剣を取りだし。両手剣を交差さして斧を受け止める。私の背後の壁が吹き飛んだ。この圧力、この大きさ。本物だ。
「何故笑う?」
「ああ、懐かしい」
「なに?」
「一番始め。マクシミリアン王と言う亡霊騎士に出会った。余は一撃で床に叩きつけられ気を失った事がある」
「それよりも強いぞ。ワシは!!」
「ええ、強い。だけど………背負う重さが違うんですよねぇ~」
私は真理を……この世界の理を肌で感じていた。両手に力を加え。愛する彼を想い。斧を振り払う。私の剣は重い。
「うおっ!?」
オークの巨体が数歩下がる。その隙をつき脇を抜けた。
「逃がすか…………!?」
慌てて後ろを彼は見た。しかし、彼は見失い。周りを警戒しながら見渡す。私は笑みを浮かべる。
「どこへ消えた? 柱の裏か? それよりも…………殺気がない。匂いは…………ある。それも………上から!!」
私はその隙に剣を納めていた。そして、逆さの状態で天井を踏みしめて飛ぶ。ジャンプをして相手の視界から消えており、天井に足をつけていた。
「おおおおおおお!!」
「んっ………」
シャン!!
剣の鞘を掴み魔力を流し込んだ。そして、勢いよく抜き魔力の爆発で勢いをつけ。魔力の摩擦で火花が散らす。炎の刃が赤く熱する。そのまま、スッとオークの右腕に逆袈裟切りで当てた。
ドシャ!!
「ぐへっ!!」
天井から私は勢いよく飛んだので。頭から地面にぶつかり、跳ね返り。地面を転がった。羽根が散り、翼も萎れる。族長の心配する声が聞こえてゆっくりと顔をあげた。
「ぐおおおおおおおおおおおおお!!!」
オーク族長の右腕の付け根が燃え上がり。切り落とされた腕も燃えていた。血は焼け、傷口を塞ぐ。オーク族長が左腕で炎を掴んで消し。涎を滴ながら激痛を耐える。
「はぁはぁ!!………俺は生きている!! 俺の勝ちだ!!」
左腕で斧を掴み。私の元へ歩いてくる。そして、振りかぶった。私は自爆したのか、勢いをつけすぎたためにまだ立てない。
「はははは!! シネ!!」
「………ここまでね」
ドシャ!!!
私の目の前で斧が振り下ろされ地面を抉った。
「…………殺す前に問おう。何故だ?」
「はぁはぁ………んぐぅ………ふぅ」
ゆっくりと自分の魔力で体が癒える。痛みが引き、私は立ち上がって剣を納めた。殺意を感じれない。やはり強者。わかってしまったか。
「これが分かるとはな。元から殺す気はない」
「ふむ。それで最初から殺意を感じなかったのか………」
「これを言えば………納得出来ないでしょうが。あなたは王になれる。そんな逸材を殺す気がしなかっただけ。それに腕を落とせば弱くなり。下手すれば強者でも無くなる。死んだも同じかもしれない。しかし、殺すには惜しい」
「……………ワシが魔王を名乗れと言うのか?」
私は立ち上がる。皆の視線が集まる。
「正直な所、誰でもいい。勝手になればいい。止めはしない………だけど!! グダグダグダ!! 決めずに時間だけを浪費してお前らは何がしたい!! 余はお前らの誰かが私を殺そうとしたことは別に気にしない!! だがな!! 纏まらないお前らに辟易している。城の外で民は困っている。だれがなるかを!!」
私は玉座に進む。
「なるものが選らべないなら…………手を取り合え。私は見た。帝国を。帝国の強さを!! あの団結力と陛下を!! だからこそ………族長たちに忠告に来た。リザードにポロっと言ってしまったが。魔国はこのままでは滅びる」
玉座の間に緊張が走った。当たり前か。
「お前らは身内で言い争うしかできない愚かな魔族なり。だから………お前らには要らぬだろう。いいや!! これがあるから!! 手を取り合えない!!」
私は緑の光を放つ形見の聖剣。マナの剣を取り出し。玉座の前の階段を上がり、両手で玉座を切り落とす。背もたれがズレ、見るも無惨に真っ二つになった。
「魔王で争うなら居なくていい。忠告する。今のままでは帝国に負ける。以上だ。魔剣なぞも無価値だ。必要なのは……敵の前に纏まること」
私は剣を納めて歩き出す。翼をおさめて。
*
玉座の間は静かだった。皆は静かに姫様の背中を見つめる。そして………見えなくなった時に私は天を仰いだ。エルフ族として生きてきてここまで爽快感があるのは驚きだった。
「見ましたか!! これが姫様!! いいえ………新しき魔王のお姿です!! あああなんと神々しい!! そして、誰よりも思慮深く。誰よりも強く、誰よりも美しい!!」
「エルフ族長。姫様勘違いしてるぞ? 怒られたぞ?」
「ええ、ええ!! 怒られた!! 私たちが不甲斐ないと!! 素晴らしいですね!! 素晴らしいですね‼」
私は涙を流して感激する。これこそ求めていた結果だった。
「オークゾクチョウダイジョウブ?」
「トロール。大丈夫だ。姫様の魔法で痛みはない。これも教訓だ。腕は捨てる。姫様に刃向かった罰なのだから」
皆が一斉にオークを見る。実は私も驚いて涙が引き彼を見た。清々しく満足そうな笑みを皆に向ける。
「弱肉強食だ。従うべきだろう。それに…………楽しかった。全力で攻撃したのを受け止めた始めての相手だった。受け止めた瞬間から決した。ああ………このまま死んでも悔いはない。満足だ」
「死なれたら困る。約束は約束だ。私が賭けに勝った」
「すまん。余韻に浸る。後日にしてくれ」
オーク族長が斧をしまい。玉座の間を去る。
「オーク族長がああ言った。スキャラ族長殿」
「わかってるわ。まぁ………その。あなたの報告書通りだし。残念ながら。私たち海の者も最初から服従だったわ。『いただきます』なんて言うだけで宗教者と言うのはねぇ~ズルいわ。まぁでも!! 心置きなく言えるわね。よかったぁ……心臓に悪かった……」
「皆が普通にしていることを宗教にして何が悪いですか?」
「ふむ。私もインフェに報告しないとですね」
「エルフ族長グレデンデ。姫様の力は見た。我が都市も姫様は来てくれるだろうな?」
「リザード。気が早い。先ずは………戴冠式でしょう」
「どうやってだ? 嫌がっているだろう?」
「皆さん………影武者はいますよ。フィア!!」
声を出して彼女を呼ぶ。控え室に隠していた彼女が笑顔で現れる。
「ネフィア様!! 素晴らしかったですね!! ご主人様嬉しそうです!!」
「ああ!! フィア!! 滅茶苦茶嬉しい!! 嬉しい!! 今なら窓を突き破って空が飛べる気がするよ!!」
彼女を掴んで掲げる。姫様より小さく軽くおっぱい大きい。
「なるほど。代理か」
「最後の手段ですがね。では………全員に流布しましょうか。1週間後?」
皆が頷く。そして全員が胸に手をやる。
「では…………新しい陽に!!」
「「「「「「「陽の加護があらことを!!」」」」」」」
9人の大族長が結託した。
*
私は酒場でワインを注文し焼け飲みする。マスターがニコニコして私の空いたグラスにワインを注いだ。狐の耳がピクピク動く。
「疲れた」
「今さっきから。そればっかりですね」
私はぐったりする。クロウディアはレオンと揉めているが幸せそうだった。割って入れないほどに。というかクロウディアが号泣しレオンが焦りだしてるのを見るのがおもしろい。
「はぁ、私は何しに行ったのだろう?」
途中、体が勝手に動き。オーク族長の腕も切り落としてしまった。まぁ懐は帰りに死んだ傭兵から剥ぎ取り温かく。ワインも年代物を飲んでいる。渋い。
「ただ、暴れて。ただ、暴言吐いて。ただ、散歩しただけだった。あっ……でも美味しいワインを飲めるからそこだけはいいね。傭兵たんまり持ってたし」
「ネフィア様。それは盗みでは?」
「遺体から剥ぎ取るのは常套手段。壁の外では普通よ。情報もあるし~それに。冒険者カードをギルドに渡せば~死んだ冒険者が分かるから喜ばれるのよ」
「図太いですね。私は死体を見るだけで背筋が冷えますよ」
「死体は色んな所で見慣れてますし。知り合いに死体もいますよ」
「………姫様の交遊関係広いですね」
「自慢は陛下が友達」
「陛下とは?」
「現帝国初代皇帝ドレッドノート。辛いとき慰めてくれた一人ですね」
「…………ぉ驚きすぎて声が出なくなりますね」
私はワインを流し込む。美味しいな。
「美味しいですか? ネフィア」
「げっ!? 破廉恥。死ねよ」
「酷くないですか!? あっでも言われる事はしてますね」
「あー酒が入って幻覚が見える」
「幻覚あつかいしないで!!」
私は隣を見た。愛の女神エメリアが微笑んでいる。殴りたい。殴った。何もなかった。
「酷いですね」
「裏切り者め」
「………これも必要だったのです。答え合わせといきましょう」
エメリアが真面目な表情になる。そして、店の出入口を指差した。
ドタドタドタドタ!! ガチャン!!
悪魔族の青年が店に飛び込んで転がっていく。慌てて皆が彼を立ち上げさせた。
「どうした!!」
「大速報!! ネフィア様が1週間後戴冠式を行い復権するらしい!! やっべ!! チビりそう!!」
「お、おれ!! それ皆に伝えてくるわ!!」
男達が店を出ていく。何人か私を見ておじきをした。
「へ~。ネフィア・ネロリリス即位するんだぁ~へぇ~やっと魔王が出てきて魔国内は落ち着くね」
「ネフィア。冗談で言ってる?」
「まさか。私が即位するとは…………はいぃ? どういう事どういう事どういう事どういう事どういう事どういう事」
私は席を立ち上がりエメリアを見る。
「おめでとう。魔王ネフィア」
あのとき9人殺しとくべきだったと私は思うのだった。
§魔国イヴァリース⑪三回お願い
私は慌てて家に帰る。酒場が私の魔王就任で盛り上がる前に逃げてきたのだ。ローブ被り逃げてきたのだ。ワンちゃんはお散歩と言う置き手紙が書いてある。
「エメリア………どういう事? 全部許すから教えて!! お願い!! ヤバいよ!!」
「ヤバい?」
「ヤバいよ!!」
「どこが?」
「なんで私が魔王!? 女だよ!! それに………こう!! あれだよ!! 魔王ぽくないよ!!」
「一騎当千の活躍でしたね」
「殺っちまったよ!!」
警告はした。向かってくるのを殺しただけだ。族長は生かしたけど。傭兵と族長の価値は違うのだ。それは仕方がない。
「何故!? 何故!?………しかし、大丈夫だ。ここに引きこもれば!!」
「フィアと言う。エルフ族長の彼女がいます」
「えっ? 彼女?」
彼女は関係がある。気になる。
「エルフ族長が手厚く庇護してますよ。それもまるで宝物を守るかのように。気が付いてないのかだいぶ暖まっています」
「ネフィアちゃんも春が来たのね。よかった。もっと教えてよ」
「魔王のことはいいの?」
「良くない!! しまった!! 似てる子がいる!! 影武者なってしまう!!」
似ている彼女が戴冠式をして。ネフィアを名乗ったら終わりだ。
「えっ………待てよ…………もしかして」
私は一つ閃く。あまりにも影武者を用意するのが早い。これは。
「エルフ族長、もしかして彼女を用意したのは………私の影武者になれるから!? 何年前の話よ!!」
「ご明察。全てはエルフ族長グレデンデが行ったこと。まぁ~あなたを信酔してるんですけどね。しかし、好みはあなたに似ても。泣きホクロは譲れなかったのでしょうね。強い強い想いよ」
「いつから!? いつから!? エルフ族長は仕掛けてたの!!」
「あなたに負けたその日から」
「おーけー。ヤバいよ!!」
私は恐ろしいほどに崖ぷちだった。用意周到の手際、知り合いばかりの族長。エルフ族長派が多い中での魔王推薦。それはもう民意である。
「いや!! でも!! 代表者の族長全員が友好な筈ないし」
「メンバー思い出す」
「知らないタコ。トンボの確かリディアの友達に淫魔エリック。トロールオジサンに脳筋オーク。吸血鬼人形愛好家セレファ。トカゲ人にエルフ族の二人」
「知り合い多いね」
「お、おう………顔見知りばっかだよ。いや!! しかし!! オーク族長とか知らない人もいる!!」
「全員オッケーだって」
満場一致とかあり得るのか。
「マジで?」
「マジマジ」
「ああああん!! どうしたらいいの!!」
「クスクス。なんでそんなに嫌なの?」
「魔王の器なんてない。何も出来ない。それに………トキヤとイチャイチャ出来なくなるかも知れないじゃん!! 家に帰れないじゃん!!」
「知ってます。でも、手遅れでしょう?」
「畜生!! もっと早くに聞いていれば!! 手の打ち方が………」
私は気がついた。こんなにも口裏合わせが行われているのに。私の耳に一切入ってこなかった。そう、今更である。それもほぼ末期。
「エメリアあああああああああああ!! 謀ったな!!」
「ごめんなさい。あなたを魔王にするのを加担した。それに………マナの剣抜いちゃったし。選定はバッチリね!! 世界樹マナも一枚噛んだわ。世界を護るために」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………」
私は頭を抱えてベットに潜る。
「トキヤ!! 助けて!! 魔王にされちゃう!!」
「残念ながら。手遅れよ」
私は引きこもることを決定する。
*
ドンドンドン!!
「姫様!! お話を!! ドレスの寸法チェックさせてください!!」
扉が叩かれる。私は全力で言う。相手はエルフ族長相手に。
「いやじゃ!! いやだ!! 魔王になんてなるか!!」
「くっ………イチゴジャムありますよ!! なんとイチゴも!!」
「…………じゅる。も、物で釣ろうなど無駄だ!!」
「あっ……トキヤ殿!!」
「ん………いや。音が聞こえない」
私は攻防を続ける。
「ネフィア、男なら腹を括りなさい」
隣で女神が笑いながら現れる。
「どこの世界に子を孕む雄がいるか!! 魔王にならん!!」
「目の前に。愛の力ね」
「私は女です!!」
「姫様!! お願いします!! 顔をお見せください!!」
「いやだあああああああ!! 影武者を使え!!」
「流石に戴冠式は姫様ご自身で」
「いやだ!!」
「わかりました。今日は引くとしましょう」
なんとか耐え忍んだ。
*
次の日。静かだ。
「よし、諦めたな」
「残念ね」
「はぁ、影武者が魔王でいい。妥協だ」
全部フィアに投げる。奴隷から女王だ。素晴らしいだろう。
「く、クロウディア。本当にここでするんだな」
「お前は何でもすると言った。男に二言はないのだろう?」
「しかし、ここは………」
「子を作るのに女神の近くがいい」
「「!?」」
私は扉に耳を当てる。女神もだ。
「ぬ、脱がすぞ?」
「ま、まて。心の準備がまだ」
「脱がすぞ」
「うぐ。恥ずかしい」
エメリアを見る。
「やる?」
「やると思います。止めないと………玄関が変な臭いになりますよ」
「なんと言う………恐ろしい手だ」
私は悩む。
「まぁ、いっか」
気にしないことにした。
「バレたようだ」
「畜生演技が下手だったか?」
「私は本気だったぞ?」
「えっ?」
「この鈍感やろう」
私は慌てて再度、扉に耳をつける。
「何年一緒についてきてるか考えろよ」
「クロウディア!? どうした!? わるい物でも食ったか?」
ぶん殴ってやりたい。出てからぶん殴ってやりたい。私が説教をしたい。
ゴン
鈍い音がした。
「お、おっ………めちゃいたい」
「お前はデリカシーがない」
うわぁあああ。懐かしい!。私も言ったことある。
「だからな。レオン。知っといてくれ。何年も待てんぞ」
「わ、わかった」
あまーい空間を覗きたがった。私は今日も耐えた。だが………悶々とする日になるのだった。
*
そしてまた次の日。
ガチャガチャ!!
扉の前がめっちゃうるさい。攻城兵器かもしれないので慌てて耳を当てる。
カチャカチャ
「ん?」
皿や食器の音がする。そして話し声。数人の族長が話しあっている。
「うまそうだな。ガハハハ」
「カスガさん。食べらないものがあれば教えてください」
「肉類全般が主食だから。家畜の肉で十分だ」
「魚介類だめです。私は仲間を思い出すのと………生臭いのが無理です。実は魚食べれないんです」
「スキャラさん? どうやって食い繋いでたのですか?」
「陸の物を食べてました。偏食家です」
「いやぁ~きれいな女性が目の前にいるのはいいですね。はぁ~スキャラ……今晩どうですか?」
「しつこい。カスガ助けて」
「いやだ」
話を聞いていると玄関先で料理を広げて宴会をしていた。数人の族長同士。巨人、豚、エルフ、淫魔、タコ、トンボ、トカゲ、そして吸血鬼に吸血鬼の使用人。インフェと言う女の子がいるらしい。ダークエルフ族長は仕事らしい。
「「「乾杯!!」」」
何人かがグラスを叩く音が聞こえた。
「タコうまい。砂漠にはこんなのはいない」
「我の姿に似たのを食われると複雑」
「タコは美味しいですね。こうプリと可愛らしく、なめるとこう。弾力があって」
「悪魔族長。私を見ながらやめてくれない? 目が胸に行ってるわ」
「このタコのように柔らかいのでしょうね。実力行使しましょうか?」
「や、やめ!! この淫魔め!!」
「誉め言葉です」
外で談笑が響く。楽しそうに飲み食いし、皆が持ちよった肴でお酒を飲んでいるのだろう。
「うまぁああ!!」
「くぅううう!! ビールと言う酒はうまいなぁ」
「トロール族長。エエもん作ってる」
「オデモビールスキ」
「がははは!! うまいうまい!!」
めちゃくちゃ楽しんでいる。
「………ひゃひゃ!! 温かいなぁ~私暑いなぁ~」
「スキャラ。すっかり出来上がったな。赤い」
「ゆでタコですよぉ~う。気分がいいので!!」
「なんだ? 何をする?」
「踊りまーす」
「ちょ!! スキャラ服!!」
「おっ!? 嬢ちゃん踊り子するのか?」
「おお、素晴らしい上半身」
「娘も妻もいるが。なかなかいい。体つきだ」
「ご主人様!? 見ちゃダメです!!」
「インフェ。君も脱いで踊りなさい」
「ご主人様!? 出来上がってる!!」
男どもが下品に女にセクハラを働く。それも全力で。カスガという亜人の女も皆が脱ぎ出したので下着になるらしい。釣られてだろう。
とにかく。めっちゃ楽しそう。踊ってもいるし。
「皆さん!! 私は愛の女神エメリア!! 脱ぎます!!」
「「「「破廉恥きたー!!」」」」
「ふふふ!! 今日は許してあげましょう!!」
女神もなにしてんねん。いいや………これが本来の女神か。昔から神は酒乱だ。
「…………ふぅ。楽しそう」
「ネフィア様。覗かれてはどうですか?」
「…………ワンちゃん。まぁ少しぐらいなら」
扉をゆっくり開ける。目の前に散乱した衣類や料理がある。そして………踊り子何人かが男を釣ろうとする。フィアもいて脱いでエルフ族長の膝に乗っていた。遠慮なく胸を揉んでいたりと歯止めが効いていない。
「あっ」
「あっ」
エルフ族長と目があった。
「姫様!!」
「や、やば!!」
慌てて扉を閉めようとしたが。動かない。
ガシッ!!
「!?」
逆に扉をこじ開けられた。オーク族長とトロール族長に。
「えっと………やぁ!!」
「「「「「「「確保!!」」」」」」」
「うわああああああ!! ちょ!! さわらないで!! 誰!! 胸をさわってるの!! 股も触るな!!」
「おお柔らかい。スベスベ」
「エリックきさまああああああ!!」
私は酔った族長たちに。どこで持ってきたのかわからない布で簀巻きにされ。胸と股を触ったエリックは全員にボコボコにされていた。そして一言。
「この痛みを耐えられるほどに完璧な感触でした」
二人で簀巻きになるのだった。
*
簀巻きのまま城に連行される。魔法で逃げようとも考えたが。逃げたら「都市ヘルカイトの家を燃やす」と言われ戦慄した。脅して来やがった。
城につくと豪華な寝室と庶務室が重なった王族の部屋。そこへ優しく置かれ。簀巻きが解かれた。他の衛兵が私の荷物を全て運び込む。
「3日で確保は素晴らしい」
「やはり。アクアマリンで伝わる方法は有効だったらしいな。スキャラ名演技でした」
「あれ? スキャラは?」
カスガさんが周りを見る。いない。
「オデサッキミタ。エリックガツレテイクノヲ」
「あっ持ち帰りされてる」
「エリックはあの簀巻きを脱出したわけですか」
「あいつ実は強いのでは? インフェ一応探してほしい。エリックも一応既婚者だ」
「はい、ご主人様」
メイドが何処かへ行く。私は体をほぐして背筋を伸ばした。そして声を出して罵倒する。
「畜生!! エルフ族長嵌めやがったね!!」
「姫様。お遅くなりました。申し訳ありません」
「嫌だからな!! 魔王なぞ!! お前がなれ」
「それも如何な物かと。お願いします………姫様」
族長たちが跪く。そして懇願するのだ。いつから私はこんなにもあげられるようになったのかわからない。
「手の平クルクルだな」
「過去の姫様は確かに不足でした。しかし!! 今、武勇伝を持ち。多くの逸話と世界を旅したその目で治めて欲しいのです」
「だから私には………」
「器と実力がないと? エメリア様から伺ってます」
「うむ」
エメリアめ。余計な事を。
「ご安心ください。代表者9人以下全族長があなたをサポート………いいえ。実力がない部分全てを行います。器と言うのは私たちが用意します。そう………象徴として魔王になっていただきたい」
「魔王と言う言葉が嫌い。暗いし悪のイメージ」
「姫様、魔王とは便宜上そう言い表してました。姫様がなられるのは新しい王の形です。姫様もご存知でしょう。エメリアさんと私のある本での知恵で決めました」
私はもう逃げられないと確信してしまう。流れが出来てしまっている。恐ろしいほどの流れが。勘でわかる。魔国が変わった。エルフ族長がゆっくりと声を出し笑いながら話始める。
「大英魔族共栄圏。初代白き翼を持つ新しき盟主。女王陛下ネフィア・ネロリリスさま」
投げた石は水面に波紋を広げ、それはもう戻らないと知る。
§白き翼を持つ新しき盟主ネフィア
私はベットの上で思考に耽る。「生まれたときから魔王になることはない」と思われていた。しかし、予備。傀儡政権用の駒として生かされてきた。
気付けば形だけの魔王だった。昔は何も知らない。本の知識しか知らない愚かな魔王だった。
だが全て、勇者の勇敢な一途の想いが私を変えた。余は私になり。愚かだったことを知った。
多くの出会いによって。私は学ぶ。
最初の出会いから、長く連れ添う事によって。
私は多くの物を手に入れ、多くの事柄を学んだ。
悪魔として覚醒し白翼を手に入れた。炎の魔法も剣の技術も何もかも。
気付けばそう………私は強くなっていた。
「はぁ………」
王族の寝室で私はゆっくりとベットから起き上がる。寝間着を脱いで全身鏡に立つ。堂々と。
エルフ族長が言っていた。「新しい枠組みの盟主となってください」とお願いされ、「答えを戴冠式までに」と言うことでその場は引いてもらった。
「今日も綺麗だけど。不安そうな顔だぞネフィア」
全身鏡を見ると顔に重圧や、何もかもから逃げ出したいと願う少女がいた。鏡に額をくっつけて鏡の彼女に言う。
「あいつらは勝手に簡単に言うが………簡単じゃないんだぞ」
王とは責任を伴う。そう魔国全土から押し寄せる重圧を支えないといけない。そんな重圧をこの体は耐えられるほど甘くはない。
「皆が支えると言ってくれたけど………」
目を閉じてある王を思い出す。王に準ずる者たちを思い出す。夢の中で見てこれた世界を。
勇ましく。誰よりも強く………気高い人たちを。
「あれに………あなたはなれるのネフィア」
鏡に問いかける。昔から私は鏡の自分を見てきた。笑みもなく真面目に私の瞳を写し出す。
「男から女になった。悪魔から聖職者になった。ネファリウスからネフィアになった。少女から母親にもなった。今度は魔王から元魔王。そして女王陛下になれるの?」
問いに答えない。私は泣きそうになりながら。へたりこんだ。
「無理だよ………無理。トキヤ………どうしたらいい?」
トキヤは答えない。トキヤがいない。不安が募り貯まった不安がヘドのようにドロドロと身を焦がす。なるという事なんて一切考えてこなかった。いいえ………何もかも隠されてきた。
トントン
「入ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
エルフ族長が入ってくる。
「ええ………つっ!? 服を着てください。あと、ハンカチをどうぞ」
「あ、うん………」
「姫様。いきなりの申し出に困惑しているご様子ですね。泣かれている所を見ると………彼が恋しいですか?」
「うん。相談したい。どうしたらいいのか………わからない」
エルフ族長がマントを私に被せる。そしてひとつの手紙を用意した。
「なに?」
「宛名を」
宛名は…………トキヤ・ネロリリス。
「これは!! 彼の字」
汚い字が描かれている。あまり物書きは得意ではなく。魔方陣もへたくそだ。そんな彼の字で名前が書かれている。
「汚い字………」
でも。大好きな字。特徴的ですぐにわかる。中を確認する。内容は戴冠式に姫を頂戴すると言うもの。嬉しくてつい笑ってしまった。
「エルフ族長。彼、お起きたんですね………よかった………うぅう………よかった」
今度は手紙を顔に近付けて嬉しさのあまりに手紙を濡らしてしまう。
「戴冠式。衛兵はトキヤ様と交戦せぬようにお通しすることを命じました。戴冠式ご参加していただけますね?」
「…………」
ゆっくりと頭を下げる。トキヤに会えるなら。会ってから彼に………何をすればいいか聞けば………う、うん。相談したい。
「畏まりました。ドレスのサイズを見させてください」
「鎧を持っていけばいい。それでサイズを確認して」
「わかりました」
白い鎧をエルフ族長が部下を呼んで持っていく。
「では、静かにお待ちください。戴冠式の日を」
「何故、戴冠式を。魔剣は?」
「あなた様の剣。マナの剣でしょう」
「…………そうだった」
「戴冠式もティアラでございます。全ては英魔族のために」
「ふぅ………英魔族ね」
皇帝陛下が魔族を評価し英魔族と言っていたが。本当にそんな呼び名が生まれるとは思っても見なかった。
「英魔族とは………なに?」
「争いを続ける者を魔族。姫様の庇護下を英魔族しております。英魔族エルフ族、エルフ族長グレデンデと言います。姫様も英魔族天使族でございます」
「天使族?」
「魔族を英魔族に昇華し。我々を一つに纏めた象徴です。ええ」
何もしていない。
「暇でしょうから。本を置いておきます。おすすめは新しい枠組みの構想と姫様の私が書きました新約聖書です。お読みください」
机に数冊の本が置かれた。やな予感がする。今、封じられてきた情報が火を吹くだろう。現に私を貶めた。知らなかったあの頃に戻れない。
「姫様。ひとつだけいいます。姫様は本当に何もしなくていい。我々英魔族長たちが行います。そう………魔王はもう居ないのです。君主議会制と言いましょうか? 族長が選ばれるのは民意なので民主主義とも言えますかな?」
「その言葉!?」
「ワンダーランドは楽しかったですか? 私は楽しかったですよ。エメリア様にいい勉強をさせていただきました」
「…………そうだ。エメリア」
私は天を睨んだ。エメリアに聞かないといけない。隠し事全てを。
「ねぇ、族長。あなたの開発したドレスを一つ。色は黒っぽいのと朝食。それに…………エメリアが居れば伝えて。寝室で待っていると」
「畏まりました」
エルフ族長はそう言って寝室を出た。
*
「ネフィア。呼ばれたから来たわ」
「エメリア………はぁ。落ち着いたから聞きます!! あなたの思惑はなに!!」
「姉を止めること。姉は人間の神。故に人間の勝利こそ至上とします。しかし、それは間違いです。ネフィア…………何故、間違いでしょうか?」
「人間も英魔族も関係ない。愛があれば一つになれる。答えは私自身………はっ!?」
私は問いをスラスラと口に出した。驚く。
「何でも答えましょう。ネフィア」
「私を魔王………いいえ。女王としようとする行為を隠した理由は?」
「あなたの行動力に恐れたの。魔王となりたくないと思われたら一生無理です。だからこそ魔王にはなりたくない。ならば女王にしてしまおうと決めたのです。成功でした。魔王にはなれてません」
すごい屁理屈を聞いた。
「細かな話はトキヤさんと交えて話しましょう。女王陛下」
「むぅ………トキヤなら絶対私の味方になってくれる。そう信じてる」
「本当のあなたは彼に依存してますね」
「依存してます。一途なんです。私は」
早く会いたい。戴冠式なんてどうでもいいから早く会いたかった。
「………エメリア。こう女神の転位術をパパっと」
「姉の特権です。私は使えません」
「役にたたねぇ。くっそたたねぇ。消えちまえ。マナに謝ってこい」
「し、辛辣ですね」
「女神の癖に謀略」
「綺麗な女神はいませんよ」
一通り文句をいい。少し落ち着いた。慌てても慌てても女王は女王なのだから。
「逃げたい」
「逃がしませんよ?」
「いや!! 魔法を撃ってしまえば!!」
「不動なる宝箱それは安息の地。聖域なり。不純な物は淘汰され霧散する」
「えっ?」
魔法が打てない。私は魔法を唱えようとした瞬間魔力が吸われたのを感じ取った。壁が白く光出す。
「ちょ!?」
部屋全体の壁を見ると細かな文字が掘られている。全て魔法を吸収する魔法陣。
「愛は無尽蔵。受け入れ先も無尽蔵。壁の中には神器も埋め込み。この部屋だけは絶対に壊れることはありません。安眠のために敵の攻撃を防ぎます」
「どう見ても私を閉じ込める機構じゃないですか!!」
「そうですよ。苦労してましたね。色んな試運転も兼ねて。そして………外は普通ですが中は聖域となり。あなたを護るでしょう」
「脱走防止じゃないですかやだぁああああああ!!」
「別名、高級鳥籠です」
「このくそ女神いいいいいいい」
「なお、私も入ったら出れないです」
「バカじゃん!! あっ!! 扉に鍵が閉まってる!! 裏に鍵穴とか狂ってるの!? 鍵が2つもあるし!!」
「なんで焦るんですか?」
外に衛兵がいるのが微かな声で聞こえる。いるのがわかった。ならば。
「助けて!! 天井にハレンチな亡霊が見えるの!! 怖い!! 襲われる」
「ちょっと!! ネフィア!! 亡霊って!!」
「すいません。女王陛下。破廉恥な女神とご一緒でしょうが………逃げられてはいけませんので。民のため………今一度我慢をお願いできればと思います」
「我々の力不足。お許しください」
「うぐぅ………」
全部、手のひらの上で転がされている気がしたのだった。仕方なく持ってきた本でも読もうと思い。私は仕方なく椅子に座る。
私は地図を元に道を探り。やっとの思いで魔国首都イヴァリースの花畑に着地する。ぶわっと花が舞い、世界を彩った。花畑が一帯に広がる場所はいつも見ても美しい。
「いつ来ても綺麗ですね。魔国の首都なのに………農場やそういった物が少なくて。運ばれてくる物だけで生活するなんてね。そんなの成長しないのに」
「かわりに景観は損なわれません。あと全ての人に送る花はここで取られた物でしょう」
「そうだよね。長持ちするし強いから…………ドレイク姿でいい? 少なくとも花は踏みしめてしまうけど」
「いいですよ」
ワンちゃんの体が縮み。ドレイクの姿へと変わる。 小さくなった体に私は再度乗り。手綱を持つ。
「では、門まで行きましょう」
「襲われたりしませんか?」
「襲われたら。倒すまでです。突入!! ワンちゃん!!」
「はぁ……はい」
ザッと土を蹴りあげて舗装された道に出る。フードを被り商隊に混じる。前より厳しい検問をしているようでちょっとヒヤヒヤする。
「ワンちゃん。喋っちゃいけないよ」
「ワン」
ゆっくりと検問を行うダークエルフとエルフ。最近何故か………この種族が一緒な気がする。私の番が回ってきたとき黒い鉄鎧を着込んだらダークエルフに止められる。
「止まれ。一人の所を見ると冒険者…………おい。相棒。姫様だ」
「そうか………」
ザッ!!
「「姫様………おかえりなさいませ」」
「…………」
二人の衛兵が跪く。私は頬をひきつりながらワンちゃんに進めと命じる。何故わかった。何故かバレた。
「お待ちしておりました。姫様を狙う輩も多く危険です。お気をつけください」
「姫様………陽の導きがあらんことを」
「え、ええ。お仕事頑張ってくださいね」
「「ありがたきお言葉!!」」
後ろの視線もあり、私は逃げるようにその場を後にする。
「ワンちゃん!! どうして一瞬でバレたかな?」
「………わかりませぬ」
逃げるように路地裏に入るのだった。
*
冒険者や商隊が宿泊する宿屋。トキヤと泊まったのもここであり、店主とは顔会わせている。秘匿してくれるのでいいトロールの店主だ。ドレイクを宿屋の前に停め。宿屋の扉を開けて潜る。少し高級そうなお店に懐かしい気持ちになる。寝込みを敵に襲われたなぁ。
「こんにちは」
「こんにち………姫様!? ああ!! 姫様………」
「………」
トロールの店主が手を重ねて拝み始める。首を傾げながら宿泊部屋をお願いする。ワンちゃんもいることを伝えた。
「かしこまりました。聖獣様はこちらで案内させていただきます。姫様はどうぞこちらへ………」
「えっ? 鍵を渡してくれるんじゃないのですか?」
「ええ。鍵なのですがその前に魔方陣があり登録しなければなりませぬ」
「わかりました」
防犯がしっかりしているのを聞くと昔の侵入されたのを考えてそうしたのだろう。彼についていき階段を登る。1階2階3階4階5階と上がりそして大きな扉を開けて案内される。5階全部が部屋になっていた。生活できる環境。家のような宿泊場所に私は………固まる。
「お気に召されませんか?」
「ま、前の部屋でも充分でしたのに………」
「いえ、姫様をあんな狭い場所に宿泊させるつもりはございません」
「でも………ここは令嬢用であり宿代も………」
「長く大変な冒険の後ですし。一度姫様には恩を貰っております。どうぞ、お使いください」
「あれは私が勝手に壊して………」
「まぁまぁそう仰らず。あとは私の商売のお話ですから。姫様が泊まった部屋として箔がつくのです」
巨体に「どうぞどうぞ」と言われて渋々部屋に入る。「魔方陣に手を当ててほしい」と聞き、そのまま私は壁に手を当てる。こうすることで鍵も無くても入れるそうだ。
「姫様、何かあればお呼びください」
「う、うん」
「ドレイクのワン殿も、お呼びします」
「い、いいの? 入れても?」
「はい。我ら種族や大きい種族も泊まれる場所です。ドラゴンは難しいですが」
「ふぅ。本当にありがとうございます」
「いっ、いいえ。そのええ」
何故か狼狽え出すトロールの店主。顔を背けるのを見たとき。私は魔力が漏れているのではと確認するがそんなことはなかった。
「では失礼します」
「は、はい」
そそくさと逃げるように部屋を後にする。残された私は机に荷物を置き鎧を脱いで動きやすい服に着替える。魔法使いらしい軽装だ。まぁ魔法使いは体を鍛えることを疎かにしているから軽装なのだろうが。
「ワン」
ドレイク姿のワンちゃんが部屋にやって来る。
「ワンちゃん一緒に眠れるね」
「ええ、安心してお眠りください。長旅でお疲れでしょう」
「お風呂入ってからにしようかな?」
今さっき確認したがなんと個室の風呂がある。大きい大きい種族も入れるようになっており、アラクネまでなら入れそうだ。木の枠で囲われ、魔力炉もあり、お金がかかってそうと言えるほどしっかりしたものだった。魔力炉でお湯を作り風呂に流す。
「ワンちゃん!!」
「なんでしょうか?」
「洗うから湯船に入って」
「いいんですか!? いいんですか!?」
ブンブンとドレイクの尻尾を振り上げる。本当に犬の魔物。家畜にされた狼の魔物に近い。
「汚れてるしね。さぁ、はやく」
「では、言葉に甘えて」
風呂場にドレイクが入り私は湯をかけて鱗を擦り洗う。毛皮ではないのは面白い。大きくなるとモサッとするのは何故だろうか。
気持ち良さそうに目を細めるワンちゃんを見ながら馬を手入れするように丁寧に体を洗う。
「いつもありがとう」
「………」ブンブン
「キャッ!! こら!!」
「すいません」
「ふふふ、ダメよ尻尾振っちゃ」
敵地といえば敵地だが、穏やかな時間を過ごすのだった。
*
執務室でソファーに座りながら報告を私は聞いた。
「衛兵とトロールの宿屋から姫様の目撃情報がありました」
「さすがダークエルフ族長。情報が早い。市民に馴染んでいるだけはある」
「衛兵ですから。義兄上どうします?」
「や、やめろ。虫酸が走る。グレデンデと呼べ」
「グレデンデお兄さん」
「や、やめろおおお!! 気持ち悪いと言っておるだろう」
「ククク。はははははは。いいざま」
「はぁ。面白がりやがって。妹も何故こんなやつと……結婚なんか」
「けしかけといて、それはないだろう!! まぁエルフ族とダークエルフ族の友好の証として利用できるさ」
「そこまで考えていなかったぞ。精々奴隷か人質だ」
「そうだろうが。俺は………まぁ。色々してくれるいい女だよ。グレデンデ」
「それは私の妹だからな」
「だろうな。本当に仕事してくれる」
「ふぅ。まぁ好きに使えと言った。そう使うならそれでいいだろう」
「夜の仕事もこなすからな。しっかり」
「やめろ。言うな、ヘドが出る」
「まぁまぁ。ククク、お前をからかうのは面白いが………話を進めないとな」
「そうだな……奴が来るのを待てんし、進めるか」
ガチャン!!
「えっと……エリック様がお見えです」
姫様の姿に似たフィアが一人の仮面の男をつれてくる。何故かフィアの手を持ち顔を近付けた。
「ありがとう。麗しき姫。もしお仕事でなければ………お誘いしたかったよ。今度どうかな?」
「わ、わたしには……その…………えっと………お、想い人がいますので………」
「大丈夫です。私は既婚者………間違いは起こりませんよ」
「間違いしか起こらないだろ!! しょっぴくぞ!! 衛兵として!!」
「フィア!! 汚れた手を離しなさい」
「は、はい!!」
フィアが慌てて手を離す。
「おお。そんなに拒絶しなくても……傷付いてしまいます」
「ご、ごめんなさい……」
「いいえ。困り顔も美しいですね」
「グレデンデ。斬っていいか? 俺でもイカンと思う」
「許可する」
「ははは、冗談が効かないなぁ。まぁ………真面目になりましょうか」
元気な優男のような声が大人しい声へと変わる。切り替えの早さに驚くが、これが彼ら上位婬魔族の特徴とも言え、演劇者らしい役分けが出来る。「つかみ所がない」とも言えた。
「でっ、『姫様が来た』と言うことですか?」
「そうだ。トロール族の宿屋。衛兵で保護してある」
「予想通り、本当にトロール族の宿屋へ来ましたね。流石ですエルフ族長」
「五分五分だったが。まぁ監視がしやすくていい」
実際、全ての宿屋には根を回している。治安維持を名目に兵士を宿屋に一人つけていた。聖歌隊の面子なので裏切りも心配はない。裏切りは死となる。
「でっ………エリック殿は?」
「ええ。なんにも変わらずです。今か今かと抑えるのが大変ですね」
エリックには他の族長のパイプ役を頼んでいた。結果は上々。姫様を襲おうとする種族は武力派の面々であり、それ以外は手を出さないと言う。
「滅びる種族が減ってよかったですね。二人とも」
「全くだ。もう無駄な血を流すことはないよな。エリック族長もそう思うだろう?」
「姫様に関わったら滅びるかもしれない。本当に昔の私は恐れ知らずで告白したものです。恐れ多いことでした」
エリックが仮面を外し、人間のような顔を見せる。額には鎖の焼き印がついているが気にしていないようだ。逆にこれがファッションと言われても問題ない。
「エルフ族長はこのあと?」
「数日後、玉座の間に集まる。それからだな……賭けの行く末を見守ろう」
「ああ、そうだな。オーク、リザードマンが何処まで動くかだ」
「ダークエルフ族長は?」
「衛兵は衛兵らしく治安を守るさ。ネフィア様の命令通り」
今のところ成り行きを見届けるしかない。私はグラスに葡萄酒を注いで乾杯の準備をする。そして各々が高く掲げる。
「では、合言葉を」
「「「陽の導きがあらんことを!!」」」
私たちは葡萄酒を一気に飲み干すのだった。
§魔国イヴァリース②女神の思惑
私は族長たちの動きを知るために。魔国にもある冒険者ギルド兼酒場に足を踏み入れた。驚くべきことに魔国全土から来たのだろう冒険者たちが集い。カードゲームに興じている。
人が入れなさそうな雰囲気で私はギルド直轄の酒場はあきらめて他を当たるが…………どこも満員であり困った。
表通りを空いている酒場がないかと練り歩き。運良く空いていた壁際のカウンター席に座れたのは30分探してだった。
そろそろ夏に近付くためか暖かい気候に喉が乾いてしまう。妖精国が寒く感じたのはきっと妖精姫のせいだろう。本通りも兵士が多く。ピリピリした空気が漂っていた。
何かの表紙で喧嘩があれば大きく広がる。そう、にらみ合いが続いているのだ。ローブで身を隠し息も詰まる思いでここまで来た。
「はぁ………」
ちょっと外を歩くだけで疲れた。しまいには深いため息を吐き、カウンターに出されたお冷やを一気に飲む。狐耳の獣族であるマスターを手を振って呼ぶ。
「マスター。何か飲み物オススメありますか?」
「それではこのユグドラ汁はいかがですか姫様。姫様の隠居している都市の名品ですよ」
速攻で姫と言われる。
「………何故バレたの? あっ違うのがいいです」
「では、葡萄酒かリンゴ酒どちらがいいですか?」
「朝から酒は………紅茶はないかしら?」
「わかりました。後ですね姫様。ハッタリに簡単に乗ってはいけません」
「……………ハッタリ?」
「もしかして姫様かなと疑問を投げ掛けただけですよ」
ハッタリだったのか。確信もって私を姫とよんだぞ、この人。隣のカウンターはひとつ空いているが、そのもうひとつには冒険者が座っている。聞かれたんじゃないかヒヤヒヤしたが隣は気にせずに談笑をしていた。胸を撫で下ろす。
「分かりやすいです。先ず身分を隠したいのかローブで身を隠してますが顔や髪などを見えたとき。本当に分かりやすいですね。見てくださいあれ」
店の壁に何故か私の肖像画よろしく額縁に賞金首の時の絵が飾られていた。賞金の所は赤いインクでバツの字で取り下げられたことを示している。賞金は出ない筈なのに飾っている。
「店に来ていただき実は泣き叫ぶほど、嬉しいのですがお忍びと言うことで我慢しております。どうぞ、紅茶です。妖精国からの贈り物であり魔力回復も行えます」
「あ、ありがとう。うっ苦い」
「ちょっと渋味が強いでしょうか?」
「でも香りは凄くいい。美味しい」
マスターが他の店員に店を任せると言い。私の目の前で待機する。まるで使用人のように壁際のお客さんをもてなすのは異様だが気にしてもしょうがない。どちらかと言えば情報を買いに来たのだ。
「遅いですが朝食は食べられましたか?」
「いいえ。食べようとしたら………どこも満員で。運良くカウンターが空いてましたのでここに」
「では、私が作らせて頂きます。お待ちください」
マスターがそう言って店の奥へと姿を消す。紅茶を飲みながら私は酒場の音を拾う。会話内容は私が現れたとか、次の魔王は誰かとか、族長の精鋭たちが殺し合いしたらどうなるかとかの物騒な話題が多い。話を聞いていくとどうも傭兵が多いようだ。
「傭兵が蜂起したら………」
これは………もう、ダメかもしれない。首都は戦場となり魔国は分裂だ。
「姫様、どうぞお待たせしました。朝食は軽い方がよろしいと思い。ホットサンドでございます」
ささっと軽めにつくった割にはトマトやレタスハム等々。身がぎっしり入っている。驚くべきは野菜の量。
「おお。美味しそう!! 野菜畑そのままが詰まっているみたいですね!?」
「当店の自慢の逸品です。最近物流が良く。いい品が届くのです。妖精国からですね」
「道なんてあったかな?」
「専門の商路があるようです。妖精に認められた者しか使えないそうです」
「へぇ~」
空からでは森しか見えなかったが森に隠れて舗装された道があるのだろう。初めて知った。そりゃそうか遠回りになるからしないのだろう。
「マスター………結構情報通?」
「何でしょうか? 知っている部分でしたらお伝えできます」
私は金貨を差し出す。差し戻された。いらないらしい。
「何故、私が……余が有力候補に?」
「ご存知ないのですね?」
「聞いても隠されてる。『一度魔王をしたからだ』と言われてるが。余は何も魔王らしいことをしたことがない」
「姫様。何故、魔王有力候補なのかの理由は多岐に渡ります。それも一つでしょう」
「他は?」
「新しい希望の花でしょうか?」
「魔族に似つかわしくない言葉だな。でも………私は嫌いじゃない」
そう、私は希望を持っている。トキヤという希望が。
「魔族に似つかわしくないと言えば姫様の存在もそうでしょう。似つかわしくないですよ」
「…………」
私は否定出来なかった。女神は信奉するし、聖職者しか使えない奇跡魔法。回復魔法は使えるし。悪魔の翼だって白かった。角だって生えていないし、あまりにも悪魔と違う。婬魔にしても……悪魔の亜種のような物だ。
切っ掛けは何だったのだろうか。そうだ………切っ掛けも似つかわしくない。愛だ。
トキヤと過ごし。彼に触れ、彼に恋をして彼を愛して、女神に祈った。何もかもが似つかわしくない。
「私は魔族らしくないですね」
「魔族らしくないからこそ。我々は惹かれるのでしょう。私たちに無いものを持っている。しかしそれは………姫様なら当然の事と思います」
「まぁでも………魔王はやりたくないわ」
「…………そうですか…………残念です」
「あなたはどうして魔王になって欲しかったんですか?」
そうだ。何故、魔王を所望するのか聞いてみた。
「これをご存知ですか?」
一冊の本を手渡される。新しく作られた本らしい。題名はなんか聞いたことある。
「翼をもつ姫様?」
「ええ、姫様をモデルに書かれている。週刊伝記です」
「私をモデルに?」
「はい。色んな方が色んな解釈で物語を書いております。しかし…………嘘か本当かわかりません」
私は悪寒が走る。
「ぜ、全部嘘よ………」
「では、家を借金で購入したがすぐに返済できた事は?」
「な、なぜそれを………」
「本に書かれています。あとは………勇者が誰よりも姫様を深く愛しておられることは事実ですか?」
「え、ええ………はい」
「じゃぁ………勇者は姫様を愛するために全てを捨てたのですね」
「うぅううう」
真っ赤になっているのがわかるほど暑い。そう、まるでその場にいた者が書いているような内容だ。畜生なんだこの本は。
「まぁ………これは聖書をモデルにしたものですね。それをこう………我々と同じような魔族で描いたものです」
「聖書?」
「ええ、私も……………つっ!?」
ふと、マスターの顔が歪み頭を抑える。唐突でびっくりする。
「はは、なんでもございません。そうですね。私が姫様を押す理由は弱肉強食で言うなら強者であると言えるからでしょう」
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。今、喋ろうとしたことは禁忌ですね」
「………禁忌?」
「すいません、これ以上は喋られません。誰に聞いても女神が止めるでしょう」
まただ。また…………私は情報を隠される。それよりも女神って。
「その女神さんは………白いドレスに破廉恥な姿で現れませんでしたか?」
「やはり、姫様のお知り合いでしたか。流石です。姫様?」
「…………畜生」
私は気が付いてしまった。情報を隠されているのはわかっていたがそれが誰の手によって隠されているかを知り。怒りが胸のなかに溢れてくる。
「エメリア!! そこにいるんでしょう!!」
店の中で叫んだ。店が静まり帰り、視線が私に集中するが気にはしない。今は怒りの方が強い。
「エメリア!! 何故隠す!! 私が裏切ると!? 私が信用できないと!? 何故、何も言わなかった!! 『自由にしろ』と言いながら!! なんで嘘をついた!! 愛の女神エメリア!! 答えろ!! 何を企んでる!!」
大きく腹の底から客の迷惑を考えず叫ぶ。しかし、返答はなく。私は滲む涙を拭った。
「ありがとう、美味しかった」
お金をカウンターを置き私はトボトボと店を後にする。視線があったが気にせずに………情報を集めるのを諦める。そして落ち着き………今度は悲しさだけ残るのだった。
「信じてたのに…………あなたを」
*
ネフィアがフードを外し怒りに任せて叫び出す。
「エメリア!! そこにいるんでしょう!!」
強い怒りを滲んだ言葉が私を苛む。女神に裏切られた信者のような叫びに耳を塞ぎたくなる。
「エメリア!! 何故隠す!! 私が裏切ると!? 私が信用できないと!? 何故、何も言わなかった!! 自由にしろと言いながら!! なんで嘘をついた!! 愛の女神エメリア!! 答えろ!! 何を企んだ!!」
ネフィアが怒りを私にぶつけてくる。何も言わなかった。何も教えなかった。知っていても隠していたし、隠し通した。私は自分の精神体の体を抱き締める。
辛い。彼女の感情が辛い。
ネフィアはいつもバカにしていたが何と言っても信奉者であり、私を信じていた。だけど………今まで嘘をつかれていたのだと知って彼女は悲しくなった。その全ての感情が流れてくる。
「信じていたのに……」
ごめんなさい。彼女に謝りたい気持ちを抑える。トボトボと歩き出すネフィアに申し訳なくなってしまう。私は彼女を利用している。彼女を不幸にしている。彼女の望みをダメにしている。私の復讐のために利用している。
「女神エメリア様。何も言わなかったのですね。謝るぐらいはいいでしょうに」
棒立ちになっている私に優しく声をかけてくれる。その人は酒場のテラスで一人酒を飲んでいた。何故、ネフィアは気付かなかったのかと思うのだが………それほどショックだったのだろう。
「エルフ族長グレデンデさん………」
「姫様が酒場を練り歩いていると聞いて駆けつけてみれば………悲しそうに店を出ていきましたね」
「…………はぁ、私は悪神です」
「悪い神は自分を悪いとは思わないでしょう。しかし、これは仕方のないことです。姫様を魔王に向かわせるために何も教えなかった。席をどうぞ。運よく空いてます」
「考えて見ればあなたは私が見えるのですね?」
「逆に姫様はあなたに疑惑を抱いて見えなくなった。まぁ私は聖職者ですからね」
エルフ族長が葡萄酒を注いでくれる。飲めはしないが………捧げ物としては嬉しい。
「神様の懺悔を聞いてくれますか?」
「いいですよ。あなたは最高の共犯者です」
エルフ族長が笑みを向ける。共犯者。彼も姫様を利用する者。私と同士と言える協力者だ。私は空席に座る。座ると言っても姿勢だけだ。
「私は…………」
*
「私は…………一番初めての信者で一番の信仰者を利用しています。私の復讐のために。彼女の幸せを奪いました」
自分は席の向かい側に愛の女神と言う妖精みたいな存在と話をする。というよりは懺悔を聞く。本来は逆な立場だが。
「奪った?」
「ネフィアの願いは………スゴく単純なんです」
「ええ、教えてもらいました」
「勇者と一緒に幸せに暮らしたい。一般的な女の子の望みです」
「叶えたではないですか?」
「いいえ、叶えてないでしょう」
「一瞬でも叶っていれば『叶った』と言えるのです。私は感謝してますよ。あの平和に避けてくれたことを。時間を稼いでくれました。立派に」
「…………悪い人ですね」
「協力者、共犯者ですから」
悪びれもせずに演じる。心ではいつかは罰を受けるつもりだ。全てが終わってから。それぐらいの覚悟を持ってる。
「都市ヘルカイトから姫様を引きずり出し、この首都へ導き。姫様が嫌がって妨害する事をさせない手腕。素晴らしいです。流石………女神に報告し、煽り………殺させた程に」
「…………ええ、ええ………そうよ」
自分はこの女神からシナリオを提案され快く引き受けた。利害が一致するからだ。女神は姫様に魔王になり女神に復讐してほしい。自分も姫様に魔王になってほしい。共通した目標があった。
「崔は投げられたのです。今さら後悔しても無駄です」
「………ええ。ええ。そうね」
「姫様の願いは本当に分かりやすく叶えやすい。トキヤ殿が居ればそれでいいというのはある意味厄介ですね。そして………トキヤ殿も姫様の自由にさせるし姫様のためになんでもする」
「だから…………魔王に勝手にさせる事や姫様の活躍を広める事をするとトキヤさんに怒られちゃうわね。やめさせられる。逆にネフィアもまったく疑わず従う」
「世界樹が枯れていることも黙っていた。しかし、あなたは『知らぬ』と言って姫様を付き合わせた。驚きましたよ。正当な理由で引っ張れました。予想外は剣が抜けたことと世界を救った事ですかな。あれのお陰でさらに箔がついた」
「あれは………抜けるかもと思ってたわ。でも………あんなに仲良くなって形見になるなんて思わなかった。魔王になってから。教えるつもりだったのに順序が逆になってしまったわ」
世界樹は利用された。しかし、結果は姫様の慈悲の行為で美談となる。シナリオ通りにはならないが大筋通り進んでいるとも言える。
「もし、私がなにもしなかったら………」
「姫様はきっと都市ヘルカイトで余生を過ごし、子だくさんで幸せな人生でしたでしょう」
「姉さんを少し煽って呪いをかけさせ………目を瞑って流産まで待つのは辛かった」
「お陰で今があります。英断でした………沢山の魔族が救われるでしょう。不満ですか?」
「不満よ………不満…………家族の幸せを踏みにじったのよ……割り切れない………あんなにあんなに私を信仰してくれたのに………」
女神は悩み続ける。これで良かったのかとずっと悩み続ける。しかし、それは私も同じ事だ。遅かれ早かれ女神が居る限り。「人と魔族は混じれない」だろう。
「遅かれ早かれ、どうしたって犠牲者が出た。姫様の子にな。拐った事から見るに『恨み』が強い」
「……はい。もう目の敵です」
「なら、あなたは何も出来なかった。それも説明出来る日が来るまで耐えましょう」
「はい」
私は本当に女神の悩みを聞いてあげれた。昔の私とは大違いで笑う。変わったことを。
§不思議の国の勇者
ジ、カチ
目覚まし時計が朝を告げる前に止め。そろそろ朝なので俺は起きようと思い目をあける。すると………目の前に金髪の美少女が馬乗りしていた。
思春期男子にとっては夢のような光景だろう。よくある幼馴染みが起こしに意味なく乗るあれだ。漫画でよく予習している。
「………あっ起きた?」
「何やってる………ネフィア」
「何やってるでしょうか?」
「起こしに来た?」
制服をはだけさせ、彼女は笑みを浮かべる。
「襲いに来た」
「朝からアホなことやってないで。退いてくれよ」
「むぅ。つれないなぁ………襲いたいなぁ」
「殴るぞ」
「ひっどーい!!」
いそいそと布団から退く彼女は小鳥遊ネフィアというハーフの美少女だ。顔は我らが東洋人が好きそうな完成された美を持ち。その肢体はハーフらしくナイスバディで日本語も流暢。学校のアイドル的存在。実際スカウトもあったらしい。
「早く降りて来てね。ご飯出来てるよ。トキヤ」
「………おう」
トテトテと階段を降りて行く音が聞こえ。壁にかけてある制服に手を伸ばした。アイロンがしっかりとかけられているそれに袖を通す。もちろん昨日、彼女が俺の制服をアイロンがけをしてくれたのだ。出来た女だと思う。
「ああ、さむ」
温かく温もった布団から這い出た俺は身震いをしながら寝室から1階のリビングに顔を出した。台所に長い黒髪の女性とネフィアが一緒に立っている。リビングの机には茶髪のボサボサ頭の男性が新聞片手にコーヒーを飲んでいた。
長い黒髪の女性と男性を見たとき………何故か心臓が跳ねてしまう。
「おはよう。トキヤ…………」
「あっ………おはよう言ってなかった。おはよう、トキヤ」
「トキヤ………おはよう」
「お、おはよう………ごめん。顔洗ってくる」
俺はいそいそとリビングから逃げるように洗面台に向かった。
鏡を見ると眠気で涙目な俺がいるように見える。しかし、全くそんなことはなく。溢れでる涙が止まらなかった。何故だろうか。何故だろうか。
自問自答。涙が止まらなかった。黒髪の女性に茶髪の男性を見た瞬間込み上げてきたのだ。
「トキヤ? どうしたの?」
ネフィアが洗濯場の扉から俺を覗き見る。
「い、いや。なんでもない」
「………トキヤ」
ネフィアは俺を後ろから抱き締める。柔らかい感触と女性の甘い匂いが俺を落ち着かせる。
「ご飯、さめちゃうし………ここは寒いよ。行こ」
「ああ、行こう」
涙を振り払いリビングに戻り席に座るとこんがり焼けた食パンとコンポタと言うシチューのような物が用意され、別にコーヒーも淹れてある。
「トキヤ。冬休みが近いから気が抜けているだろ。成績を落とすなよ」
「お父さん。成績なんて関係ないでしょ? 大きくなればいいのよ?」
「体だけ大きくてはダメだ。心も大きくならないとな」
「お父さんが言うと説得力ないですよ?」
「母さん………味方だよね?」
「父さん母さん………いただきます」
俺は何故か懐かしい気持ちでマーガリンを塗ったパンをかじった。隣ではイチゴジャムをべったり塗ったネフィアが流暢な英語で「delicious」と叫んでいた。
俺はその光景を黙々とパンを食べながら目に焼き付けるのだった。何故かもう二度と見れない光景だと思って。
*
「行ってきます。母さん」
「はい。行ってらっしゃい」
「行ってきます。お母様」
「ふふ、ネフィアちゃんは今日も可愛いですね」
「お母様もお綺麗ですよ」
二人でキャキャと仲良く触れ合ったあとに俺たちは門を出た。
何故、小鳥遊ネフィアが俺の家で寝泊まりしていると言うと。長くなるが元々、両親の不仲でこっちに幼少期は住んでいたが両親が和解。そして向こうで住むことになったが本人はずっと帰って来たかったらしく高校生になった時に両親を説得し条件付きで単身……帰って来たのだ。
その条件とは………幼馴染みの家にホームステイすることだった。
「トキヤ……手が寒い」
「手袋あるだろ?」
「………」
「ああ、もう……」
ネフィアが息で手をハァハァして暖める。手袋はある筈だが。わざと着けない。我慢して着けない。だから俺は彼女の手を握る。
「まったく………」
「そう言って、いつも暖めてくれるトキヤ大好きだよ」
「お前の手の方が熱いのになぁ」
「触れることが大事なのですよ」
帰国子女は本当にフレンドリーを越えてグイグイと好意を隠さず。俺に浴びせる。
クラスに入ってきた時は本当にビビった。帰ってきた理由は俺に告白と付き合うためと恥ずかしげもなく言い切りやがったのだ。そのあとの質問攻めは苦労したが。
断る理由もないために付き合うことになった。それが良かったのか女性から僻まれず。男からもいい寄られずに色んな人とフレンドリーに触れられている。
「誰に見られても恥ずかしくないのがすげぇわ」
「この国の人。オカシイネ。スシナラスシというべき」
「おい。わざとへたっぴに日本語喋るのさまになるな。スシかぁ寿司食いたいなぁ」
「寿司じゃない!! スシ!!」
「はいはい、寿司寿司」
彼女を手を掴みながら登校する。最初はコソコソ噂された物だが……慣れたのか気にされずにいる。人間、慣れると無関心になるものだ。
「ああ!! またあなたは!!」
「うげっ!? 風紀委員」
学校の校門前で風紀取り締まる女子生徒に目をつけられる。ネフィアは別にスカートが短い訳でもないが………まぁ色々あるよね。
「学舎の聖地で不謹慎です!!」
「生徒会長。頭固い!! 考えてみて!! 私たちは愛があって生まれてるんですよ!? みーんな、お父さんとお母さんが………ムゴゴゴゴ!!」
学校の朝っぱらから保健体育の話で風紀を乱そうとする彼女の口を押さえた。
「ネフィア、黙って従う。社会のルールだ」
「千家さん。ネフィアさんを抑えるの大変ですが………あなたも同罪です」
「ネフィア。全力で乱そうぜ」
同罪ならもう抑えてもダメだな。
「トキヤ!! やっと気が付いてくれましたか!! 保健室に行きましょう!! ゴムは………ノープロブレム!!」
「いや!? ぶっ飛び過ぎだろ!!」
「きゃああああ!! なんてハレンチな会話を!!」
「ちっちっち!! 生物の基本です」
「ネフィア飽きた。もう遊んでないで行こうぜ。寒いわ」
「あっうん」
「待ちなさい!! まだ話が終わってないです!!」
後ろからガミガミ言われるが俺らは気にせずに教室へ向かうのだった。
*
昼休み、ネフィアと弁当を食べた後。彼女が立ち上がりんっんっと膝を指を差す。
「ああ、わかった。どうぞ」
「わーい」
ネフィアが俺の膝の上に俺に向いて座る。柔らかなお尻の感触と彼女の匂い。目の前に見える柔らかそうな二つの山。男なら憧れる体勢だろう。実際、遠くの思春期男子の目線が集まる。
「トキヤの匂い~」
抱きついて幸せそうに声を出すネフィア。ネフィアは本当にあったかく。というか熱い。
「落ち着く~トキヤも落ち着く?」
「まぁなれてるし。最初にやって来たときは驚いたけどな」
「おっパブは男の憧れ」
「どこで聞いてくるんだそんなことを!?」
「私自身。いっぱい勉強したから!!」
ネフィアは恐ろしいほどに一途で色々とアタックしてくる。その激しさは愛と言う玉のドッチボールではなく。銃弾を撃ち込んでくるほどエグい。
「暑くなったね? 脱ごっか?」
「殴られたくないなら。やめろよ?」
「家では………あんなに獣なのに………」
「ウソを言うな。つねるぞ」
「これが今話題のドメスティックバイオレンスと言うプレイですね。いいですよ………トキヤなら全て受け入れます。はぁはぁ」
「鼻息荒れぇ!?」
背筋が冷える。襲われると言う事が脳裏に浮かんだからだ。
「ネフィア………きめぇ」
「………それはちょっとショック」
「赤マナ1かな?」
「それはショック」
俺は話を剃らすことに成功した。
「帰ったらやる?」
「やる~」
「カード資産多いよなぁお前」
「だってお小遣い全部費やしてるもん」
その後、エロい会話から180度回転しカードゲームの話になるのだった。
*
家に帰ると。ネフィアは自室があるに関わらず俺の部屋で着替える。「さぁ覗け」と言わんばかりに。
「自分の部屋で着替えると言うことは?」
「辞書にない」
「見飽きるぞ?」
「本当に? なら………着替えて大丈夫だね。恥ずかしいけど。トキヤに見られるの好き」
「………外国は皆お前みたいに変態なのか?」
「好きな人に見つめられるのを変態と言うなら多くの人は変態」
「いや………いや………それ違う気がする」
「それに。光熱費削減だよ」
「………そりゃまぁ」
二つの部屋でストーブ焚くより。一つですむもんな。
「それに………トキヤはヘタレ………」
「うっさい!! 俺は童貞でもないし!! 一応お前を孕ませ…………てないよな? 童貞だよな?」
「…………」
今一瞬だけ。何故だろうか変な感じに言葉が出た。そんな困惑する俺に彼女は頭を撫でる。
「トキヤは頑張ってる。ヘタレと言ったのはごめんね。でも………抱いてもいいんだよ?」
「親がいるのにか?」
「両親の許可取ったよ!! 避妊はしっかりだって‼」
「お、おう!?」
俺は両親の判断にドン引く。なに許可してんだ。なに両親に言ってるんだこいつは。
「まぁでも………避妊しなくても子は出来ないけどね」
「えっ?」
「何でもないよ~」
「何でもないよ」と彼女は悲しそうに笑う。しかし、俺は聞こえていたがそれ以上踏み込んで話を聞けなかった。
「あっうん……何でもないよな」
何故か胸の奥で恐怖していた。聞くのを怖がっている俺がいる。
「ねぇ!! トキヤ!!………おりゃ!!」
ネフィアが俺の手を掴む。そして、勢いよくそれを股に挟んだ。
「どうだぁ!! 柔らかいだろ!!」
「まぁ……うん」
すべすべして程よい弾力と柔らかさ。非常にそそられる太股だ。
「元気になった? 下の方」
「気持ち元気になったが息子は反応なし」
「………めっちゃ手強い。全裸でもだめか?」
「やめろよ。今は………なんかやりたくない」
「………はーい。残念」
ネフィアが諦めて部屋着に着替える。そして………笑顔で遊ぼうと提案し、俺たちはカードゲームで遊び始めるのだった。
*
風呂、上がった時に俺の脱いだパンツを嗅ぎまくるネフィアをしばいた後。2階の自室へ戻りベット入り込む。冷えたベットを我慢しながら入った瞬間。あったかくてびっくりする。
「ああ、温い………なんでや!?」
「ふふふ。私が暖めてました」
しばかれた筈のネフィアが得意気に言い放ちのそのそと布団に潜り込んで俺に抱きつく。
「暖かい。今日はこっちで寝る」
「………はぁ。仕方ないな」
俺は彼女の頭を撫でるとキュウ~と鳴きながら体を擦りつけてくる。幸せそうに、俺の腕のなかで横になる彼女。
「トキヤ…………おやすみ」
「おう。おやすみ」
彼女を抱き締めながら目を閉じる。ネフィアの寝息を聞きながらゆっくりと微睡み俺は夢を見た。
あるときは魔法使い、あるときは騎士。そして………勇者となる夢だ。ネフィアはおらず、ネフィアを探して、ネフィアを見つけた夢だ。
長い長い夢。まるで体験してきたような夢に俺は第3者目線で夢を見続ける。
「トキヤ………トキヤ起きて」
「んあぁ? んんんんん。ネフィア?」
「トキヤ。ごはんできたよ」
「お、おう」
一瞬のうちに眠り。一瞬のうちに起きた気がした。体を起こして夢を思い返す。
「…………俺は中二病発症した?」
頭を抱えて。何を想像したんだと悶えた。
*
1ヶ月たった。あの日から夢を何度もみる。夢の俺はネフィア・ネロリリスと言う小鳥遊ネフィアによく似た女の子を孕ませていた。あまりの美しい母親になろうとする少女に驚きながらも。俺は………恐怖する。
幸せそうな日々の結末を俺は何故か知っていた。その夢を見る前に飛び起きた。しかし………俺は夢の続きを見なくちゃいけないとも思っている。
「はぁはぁ………」
「トキヤどうしたの?」
隣で寝ているネフィアが優しく問いかける。悪夢を見たというと頭を撫でてくれる。
「思い出さなくていいんだよ?」
彼女は優しく言葉をかける。しかし、俺は彼女を撫でる手を掴み、引っ張る。よろけたネフィアを抱きしめた。
「………思い出さなくていいんだろうけど。思い出さないと。息子に申し訳ないだろ」
「そっか………」
バカな男だ。忘れてはいけない事を忘れてしまっていたのだ。
俺は彼女から離れベットから這い出る。着替えは………しなくていい。イメージすれば姿は変わるだろう。夢の中だから。
「死んでないのか俺は………ネフィアが救ったのか? わかるか偽者」
「心外な!! 偽者じゃない!!」
「ん?」
幼馴染みを演じていた誰かと思ったのだが。
「本人でもないだろ? 本人ならもうちょっと自制が効く。もう少しお上品だ」
「………仕方ないじゃない。熱いんだから」
ネフィアが溶け燃え上がり、一羽の炎の鳥となる。俺は驚きながら炎の鳥に手を伸ばした。
「意思があったのか!? 魔法だろう!?」
そう、ベットに1羽の炎鳥。フェニックが俺を見つめていた。
「意思があったのではなく。あなたへの愛情の具現化です。私はネフィアよ。でも、完全じゃない」
「それで………色々歯止めが効いてなかったのか」
「だって!! 大好きだもん!!」
バサバサバサ
炎の鳥は鷹のような大きさから小さな雀のような愛らしい姿に変わり俺の肩に止まる。ほっぺたに擦りつけてくる。ネフィアは何を考えて感情だけを寄越したのかわからない。
「ちぃちぃ………トキヤ~トキヤ~」
「えっと………確かこの世界の出口は空だったよな?」
「そうだよ。もっといっぱいここに居たかったけど。癒えたから行くよね?」
「………本体は動く?」
「実はわかりません。トキヤしか眼中にないから」
「さすが鳥目だな」
ネフィアの炎は役にはたたないらしい。俺は学校へ向かうために家を出ようと玄関に降りる。すると、そこには黒髪の母さんと茶髪の父さんが立っていた。
「トキヤ、行くのか」
「トキヤ。行くのね」
「………ええ。ちょっと寝すぎました」
父さんが笑みを見せる。母さんも笑みを見せる。俺の両親は死んでいる筈でこれは俺が産み出した幻想だろう。そう………今は思っていた。
「すまないな。勝手に死んで」
「ごめんね。家に帰らなくて。冒険者失格ね」
「…………」
「まぁでも。ずっとお前を見ていたよ後ろでな。危なっかしい事ばっかしてな。ヒヤヒヤしたぜ………でも立派な冒険者。俺より強い冒険者になって嬉しかった」
「ごめんね。トキヤ………母さんたち。弱い冒険者だったのに………無理しちゃって。あなたを悲しませて。でも………よかった。こんなに素晴らしい嫁さんに出会えて本当によかった。子供は残念だけど………大丈夫。きっと奇跡は起こるわ」
俺は唇を噛み締める。拳を強く握りしめ真っ直ぐ突き出した。
「母さん父さん。ありがとう………弱いって言ってたけど。そりゃ………俺って言ったらあれだがエルダードラゴン相手じゃな。まぁ仇は取ってやったよ」
胸の中で罪悪感が沸く。今ではそのドラゴンも俺の一部だからだ。
「はははは………本当に無茶苦茶する」
「お父さんと一緒ね」
「………俺行くよ。嫁が待ってる」
「ああ………もう会うことはないな」
「ええ、トキヤさようなら」
最初に何故泣いたかわかった。これは本人だ。俺は魂が見える。後ろについてきていたなんて灯台元暗しだ。周りが見えていなかったのかもしれない。
「じゃぁ………行ってきます」
「帰ってくんなよ」
「そうよ。頑張って」
俺は踵を返し、歩き出し。目を醒ますのだった。
§魔国イヴァリース④傍若無人
私は酒場からそのまま、エルフ族長に会いに彼の建物に行ったが断られ宿屋に戻ったあと、鎧を脱ぎ捨ててベットに横になる。ワンちゃんが不安そうに駆け寄ってきた。尻尾をだらりと下げて顔を覗いてくる。
「ネフィア様?」
「なーに」
「ムッとしたお顔です」
「愚痴を聞いてよ。私は情報を求めに足を運んだの」
「ええ」
ワンちゃんの顔を掴み逃げないように睨みつける。
「エメリアが情報統制して私の耳に一切何も伝えないのよ。自由にしていいと言いながら情報を隠すの。おかしくない? もう私はカンカンよ」
「何かお考えがあるのでしょう」
「………なんで教えてくれないの?」
「敵を騙すのには味方からと言う言葉がありますが?」
「………なんかね。皆、私に黙ってるの。コソコソとしてる」
そう、疎外感。私の事を見ているが距離を取っている感じがひしひしと伝わっていたが。それが確信へと変わったのだ。
「一人だけ………一人だけ………仲間外れな気がして………」
「くぅ~ん」
「ごめん。強く当たっちゃった。ワンちゃんは居てくれるもんね」
「はい」
私はドレイクに顔を寄せて頬をスリスリする。
「あーあ………せっかくこっちに帰ってきたのになーんも出来ないなんてね。エルフ族長にも会えないし」
「忙しいのでしょう」
「ああ、もうやだぁああああ!! 素直に帰ればよかった!!」
なんか変な噂を聞きに来たら。なーんにも出来ない。これならトキヤに会いに帰る方がよかった。
「今から………帰りますか?」
「もう少しいる。ちょっと焦げ臭いようなムワッとするような気分。遊んでから帰る」
「そうですか」
「ええ、もうコソコソするのやめる。もう女神のためとかどうでもいい」
そう、身分を隠す必要なんてなかったんだ。なんでそうしたのか理由を思い出す。結局は命を狙われていると聞いたから。だが………もうそれもどうでもいい。
私はヤケクソになる。なーんも教えてくれないなら。勝手にやるまでよ。
*
次の日、ローブを燃やし白金の鎧を着て胸を張って大通りを歩く。色んな人が私を見るが気にせずに買い物を楽しもうと思う。最初から。コソコソせずに堂々とすればよかった。話しかけられるのが嫌とか命を狙われて巻き込まれるのが嫌とか考えていたが吹っ切れた。来るなら来い。余は逃げも隠れもせぬぞ。
「と言うわけで。お邪魔しまーす」
カランカラン~
私は良さそうな店を見つけて扉を開けてから店に入る。店はお上品で品が良く、窓に硝子の大きな物を使い店内を見えるようにしている。店の中は女性服が売られており店頭には人形が立って服をアピールしていた。
鈴の音色に反応した店員がこの店で作ったのだろうドレスを着ている。令嬢用の服と言える高級感漂うお店だった。中も……広い。
「いらっしゃいま………!?」
店員のエルフ族の女性が固まる。黒いドレスなので肩などの白い肌が良く際立っていい。いい服のセンスだ。
「可愛いですね。そのドレス」
「あ、ありがとうございます。姫様」
おそるおそる頭を下げる店員。私はそれを見ながら手をヒラヒラさせる。
「そんなに畏まらなくていいです。いつものようにしていれください。勝手に見ますから」
「そ、そうですか? では、お客さま………どういったのがお探しで?」
店員が手を横に出し営業的なスマイルになる。綺麗な笑みは令嬢なのではと思うほど上品だ。この店も人型魔族の富裕層が買う店なので店員もそこそこ富裕層なのかもしれない。
「そうね。今、こんな鎧しかなくてね。表通りでも歩ける私服が欲しいの。色は………黒と白一着づつかな? 黒と言っても紺色でもいいわね。白は純白。自分で選んでみるわ」
「そうですか。ごゆっくりどうぞ。何かありましたら一言声をかけてくださいね」
「ええ、そうさせていただくわ」
私から店員が離れる。他の客はいないようなので気にせずに買い物を楽しむ。
服を選ぶときに私はうーんと唸る。そろそろ春も終わりごろであるが、魔国首都は北側であり夜は冷え込む。なので1枚薄着で、重ね着することで温度調節を出来るようにするべきだ。ワンピースっぽいドレスに上から同色でも羽織ってもいいかもしれない。同色にするなら刺繍はしっかりしたものがいいだろう。そうすると下は無地がいいのかな。
「ふふふん~ふふふん~♪」
私は色々と服を見ながら妄想で自分を着飾る。かわいい服が好きでそれが似合う容姿で生まれたのは運が良かった。問題は男受けする衣装が多いことで都市ヘルカイトでは冒険者に声をかけられたこともある。「人妻です」とお断りばっかりだった。
「楽しいですね。全部欲しいですが………ここは資金とご相談です」
何着かを手に取り。それを持って店員を呼んだ。そそくさと私の元へ来る。
「これとこれを試着したいのですが? 羽も広げたいし」
「試着室でしたらあちらにございます。どんな大きいお客さまでも入れますから羽も広げられても大丈夫です。え、羽ですか?」
店員がすらすらと喋った後に首を傾げる。しかし、すぐに営業スマイルになった。流石プロ。
「えっと。ご案内します。商品は預かりします」
「うむ」
店員が商品を持ってくれる。最初のプラン通りでいい服というよりも素晴らしく美しい服があり私はそれとブーツを用意した。試着室は大きな箱と鏡がある。用意した服はもちろんスカート。
「どちらから試着しますか?」
「黒い方から。お願い」
店員から黒いドレスを受け取り鎧を脱いで着替える。下から着こんで袖に手を通しファスナーをあげた。足甲を取り。黒い薔薇の造花のロングブーツを履く。白い翼を生み出し、頭に白と黒のカチューシャをつけて全身鏡を見た。
非常に美しい美少女が妖艶な笑みを向けて満足げである。
「うん。やはり、白と黒は相反し似合うね」
「お客さま。お似合いですね!! まさか………翼をお持ちだったとは思いませんでした」
「よし。これ一着決定!!」
そして私は次の試着に移るのだった。
*
大体の服の試着が終わり。満足しながら値段をみると中々価格が太くて。それでも欲しいと言う感情が勝ち。支払いをしたときだった。窓ガラスの前に耳が垂れた猫の獣人の少女が輝く目でドレスを眺めているのが見えたのだ。
「あら?」
服をみる限りでは富裕層ではないにしろ、しっかり良いもの着せてもらっている気がした。
「お客さま。お釣りです」
「え、ええ」
少女は白い少女用のドレスを眺めて。ため息を吐く。確かにこの店は品がいい商品は多いが……悲しいことに値段相応なのだ。少女の小遣いでは買えないだろう。私でも大変なのだから。
なぜ非常に高いかと言うと驚くべきことに魔法によってひとつひとつ丁寧に縫われた物だからだ。職人の技術の高さを伺い知れ。そのため意味もなく魔法の効果をあげる事が出来る服になっている。無駄な高級品だが美しい。
「…………」
「お客さまどうしましたか?」
小さな女の子と目が合い。女の子がおじきをする。小さくても「女性なんだなぁ」と暖かい気持ちになり私は受け取った服をカウンターに置く。
「この黒い方を返品できるかしら?」
「はい、大丈夫です」
「でっ、替わりにこの展示されてる服を買います」
「お客さま? お客さまの身長では合いませんが?」
「大丈夫ですよ」
「わかりました。ご用意します」
店員が人形を脱がして服を畳む。ガラス前の女の子が驚きながら。残念そうな顔になり時間が経つにつれて「しゅん」と悲しそうな顔になった。
「どうぞ。お客さま」
「ええどうも」
新しい服を布でくるみ。紐で縛る。会計を済ませそれを受け取り、私は店を出た。
「ありがとうございました」
店員に感謝の言葉を背中で受け取り。小さな獣人の少女と目が合う。少女はうらめしそうに私を見て来る。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
そんな少女に私は声をかけながらしゃがみこんだ。同じ目線の高さで話しかける。
「お名前は?」
「えっと………イブナと言います。お姉さんは?」
私は名前を言うべきかどうかを悩んだが、黙っておくことにした。質問に答えず話をふる。
「そう、イブナちゃんね。この店の服は好き?」
「好きです。でも………お姉さんが買って………しまって。もう見れないです」
「ふふ。私もかわいい服は好き。イブナちゃんも女の子だね」
「う、うん………」
幼さない返答に私は頭を撫でる。小さい子………もし私が流産しなければこんな感じにかわいい娘が出来たかもしれない。
「お姉さん? なんで悲しい顔をするの?」
「昔にね。お腹の中で子供が死んじゃったの………もし、大きくなったらとか考えちゃってね。お姉さんじゃなくておばさんかな?」
「う、うん? お姉さん綺麗だもん。おばさんじゃないし………その元気だして。お姉さん!! 綺麗で金持ちだし!!」
「うん、元気出す。ありがとう。慰めてくれたお礼にこれあげるね」
「?」
イブナちゃんに私が店で買った服を渡す。イブナちゃんは真ん丸な目を見開いて交互に私と服を見て驚きを表現する。
「いいの!! お姉さん!!」
「いいんですよ。お姉さんと約束してくれたら」
「する!! する!!」
「じゃぁ………いい子になるんですよ。いっぱい勉強して立派な女にね」
「うん!! わかった!!」
私は立ち上がった。そして、再度頭を撫でてその場を去ろうとする。
「バイバイ!! お姉さん!! ありがとう!!」
「ええ、バイバイ」
私は優しい笑みを向けて手を振り別れる。「まだ、お姉さんか~」と喜びつつ。気まぐれの好意を噛み締めるのだった。
*
私は一度宿屋に戻り白いドレスの私服に着替えた。そして、再度宿屋を出て路地裏を歩く。一応は剣も持って歩くため。非常に変な格好に見えるが。気にしはしない。こっそり持ってきたアクアマリンのネックレスが谷間に挟まれる。
「ふふ~ん~」
白いドレスを着て遊びに行こうと建物の影になっている路地裏を歩いていると。目の前にトカゲ男が立ちふさがった。槍を持っているのを見るとリザードマンの兵士だろう。
「ネフィア・ネロリリスだな」
「いかにも余はネフィアだが?」
「すまないが一緒に来てもらおう。族長が呼んでおられる」
「余は忙しい。他を当たってはくれないだろうか? こんなところでダンスは嫌だろう?」
「生死は問わない。では………後は任せた」
トカゲ男がその場を去り。入れ替わるように後ろに牛の亜人。悪魔の亜人。前に人間二人が立ちふさがる。傭兵。お金で雇われているようだ。理由はどうあれ敵である。
「ふぅ。余は今…………手加減をする気はない。がむしゃらに暴れたいのでな」
傭兵が距離を縮めずに止まる。何も喋らず各々が武器を抜く。
「最後の忠告だ。動けば………」
傭兵が一気に駆け込んでくる。
「殺す」
私は手を振り上げて魔法を唱えるのだった。
*
その日、路地裏を爆音が響き。都市で噂が広がる。内紛が始まったと。
§魔国イヴァリース⑤九大英族長
エルフ族長である私は思案する。「魔王とは圧倒的な権力や暴力をふるい、常人離れした才能・能力の持ち主であり。それは魔国の族長達が冷戦を選ばないといけないほどの物でないといけない」と私は思っている。魔王であるならば。しかし、姫様は果たして魔王なのだろうか。
そんなことをいつも自問自答しながらわかりきった答えに満足する。すでに答えは手に入っている。
「では、族長の全員集まった訳ですし。話を始めましょう」
玉座の間で私たちは対峙する。そう、今この瞬間に魔国で一番力を持つ9人の族長が顔を見せた。この玉座の間に入ることが出来る者9人。あの魔剣を掴み玉座に座ることが出来る者たち。昔はもっと数が多かったが。今はこの9人の代表者の下へと下ったのだ。新生勢力もある。
「では、会議を始めましょう。議題は………昨日に物騒な事件が起きました。それについてでしょうか? 兵を動かした人がいるのでしょうかね?」
昨日、裏路地で傭兵の戦闘があり50名ほど大火傷を負った。その事について話をするために集まったのだ。私は検討はついているが知らない振りをして一人一人顔をうかがう。
右隣1列目にはダークエルフ族長バルバロス。魔国の精鋭衛兵隊を纏める指揮官。姫様に負けてから彼は自ずからを鍛え直し衛兵も鍛え直して今の状況を作り上げている本人だ。そう………魔国首都の兵士は全て彼の傘下へ入った。精鋭だけを持ち込んでいる族長では敵わない。今の魔国イヴァリースの秩序を最低限守っているとも言える。よく短期間でここまで強くなったものだと舌を巻いた。
左隣1列目には新しく夢魔と悪魔を纏めあげ、オペラハウスの実権を握っている仮面をつけた男の夢魔族長エリック。新生勢力だが、兵力は私を凌ぐほどに膨れあがった。古代兵器の持ち主となり。低級亜人ゴブリンの兵士を従えている。しかし低級は遥か昔の事。今では騎士のように戒律を重んじてあの治安が悪くなりそうなオペラハウスという都市を守り続けている。
次に右隣2列目、トロールと言う巨人族の大きな体躯を持つ族長が昼寝をしている。昔に処罰を受けたが私の力で時効とし。自由に行き交い出来るようにした。トロール族の都市は田舎と馬鹿にされるぐらいだったが。今では聖樹都市ヘルカイトの中継地点だ。農場もあり、魔国の台所事情。小麦粉を生産する重要拠点の主である。
今度は向かい側に視線を動かす。名をセレファと言う吸血鬼がニコニコしながら立っていた。彼は都市インバスの吸血鬼だが女神に魅せられ裏切り。しかし、ある事件を切っ掛けにその行為に協賛した吸血鬼と狼男の協力の元。都市インバスを短期間で制圧した化け物だ。マリオネット人形の聖なる霊を兵とし。吸血鬼の私兵を持ち。捨てられた人間の衛兵を持ち。狼男の兵隊を持つ。女神信奉の教会の権力者だ。
右3列目。リザードマンの背中にトライデントという槍を持つ蜥蜴の王が立っていた。奴の名はリザードと言い。少ないが多くの種族の獣人族が跋扈していた魔国において力で全て彼の仲間へと下し。纏まりのなかった獣人族が一致団結し都市を持っている。砂漠の都市リザード。彼の名前の都市であり、そして全ての獣族の管理者がいる都市であり故郷だ。非常に屈強な砂漠の兵士を要している。しかしオーク族だけ別物なのだ。
次に向かい側の3列左側はオーク族長。オークキングと言われる役を持ち。デュナミスと言う。オーク族とは豚の獣人族だが多種を孕ませられる繁殖力の力で数が多く。リザードの傘下に降らず。単種族だけで勢力を持つ屈強な部族だ。都市も魔国の隣に持ち。不浄地でも住めるほどの屈強な体でダークエルフ族と同じように不浄地に都市を置いている。
最後に4列目。左右にいるのは女性の魔族長の代理だ。片方はオニヤンマと言う部族らしく。頭に触覚と背中に透明な堅い羽が生えている。滑らかな体を持ち。最近まで魔物だった奴等の集団だ。都市を持たず魔物の村を転々と持ち。多種の虫のような魔物が集まったようだ。滅びた標準的なアラクネの一人が族長となり。魔物に知恵を授け魔族へと昇華させたらしい。オニヤンマのカスガと言い。故郷兼まとめ役のアラクネ族長は都市ヘルカイトにいるらしい。そう…………都市ヘルカイトにいる。人間の夫を持つ優しき蜘蛛姫がそこを拠点に勢力が広がっているのだ。特徴は全員が胸が大きい。
そして最後は妖艶な笑みを見せるが緊張してるだけのスキャラと言うタコの水棲魔族の代表者。スキャラ族長だ。彼らは魔国から西側海岸線が全て彼女らの領有であり。海に浸かった海中都市スキャラと漁業都市マーメイドがある。スキャラと人魚や半魚人など。水棲の亜人を束ね。海中海上は最強と思われている。だが……彼女は今最近になって族長となった者。その笑みは仮面だろうと思うのだった。このメンバーの中で何故なら震えているからだ。弱い。
以上、自分を含め9人の最も力がある族長達。
「あの騒ぎは俺がした」
その9人の中で一人が白状する。槍を持った蜥蜴の男が目を見開き話始める。
「お前が渡した資料を疑っている。ネフィアは死なないと聞いたが果たして本当か見定める」
資料とは私が族長たちに手渡した魔王への推薦状のようなもの。内容は信じれるものではないが現実がそうだ。そして俺は一言。「もしネフィア様を姫様を殺せるならば。あなたが魔王です。従います」と付け加えたのだ。
「ガハハハハハ!! リザード!! お前がやったか!! はははは!! 確かにこれは全く信じれるものではない。まぁ抜け駆けは感心せんがな」
「なら、デュナミス。オーク族長らしくやればいい。我は我の自由にさせてもらう。では………行く」
リザードが宣戦布告と取れる言葉を投げ玉座の間を去る。聞く耳を持たないと言うことだ。
「ククク。ならワシも今から準備をしよう。グレデンデ………そうすればネフィアはここへ来るのだな?」
「ええ、見ず知らずの誰よりも身内やそう恋愛事には首を突っ込んで来ます」
「くくく。なら俺はお前らの目の前。そう!! ここで力を示してやる!! ネフィアと言う女を殴り犯してな!! ガハハハハハ!!」
筋肉隆々としたオークキングも玉座の間から去る。彼に案を授け。姫様をこの場に惹き付ける役目を喜んで受けてくれた。息子を利用して。姫様を魔王と判断は自分の目で見るために。
「結局残ったのはこれらだけか………スキャラ族長オクトパスはどうされま………」
「オクトパス殿。人魚とは美しい種族なのですね。オクトパス殿このあとどうでしょうか?」
「………私を人魚と間違うの。スキャラ族だ。私と一緒に何処かへいきたいの?」
「それは驚きました。スキャラ族ですか。この世にはまだあなたのような美しい女性が隠れていたのですね。人魚と間違い申し訳ありません。童話の美しい人魚姫を思い出したものですから」
「…………もしかして口説ているのね? ふふ、ダメよ。あなたを食べちゃったら狐に焼かれてしまうわ。ごめんなさい。やめてください……私が死んでしまいます。怖いです」
「知らなければ問題ありません。一晩どうでしょうか? 夢の世界へ誘いますよ」
「オクトパス。やめた方がいいわ。私も誘われたけど人の男を食べると厄介よ」
「カスガさまも。お綺麗でつい体が動くのです」
「あと。軽い男は嫌われるわよ。エリック」
「カスガさまを抱けるなら。嫌われようと手に入れましょうか?」
「力で押さえることも出来ると?」
「ええ。出来ますよ」
「……………エリック!!」
「ははは。冗談はこれぐらいにしましょう。カスガさま。オクトパスさま。何卒、よろしくお願いいたします」
エリックが知らぬ間に口説いていたがはね除けられていた。気持ちはわからんでもないが。
「で、オクトパス殿は?」
「ふぅ。私たちはスキャラ族は誰が魔王になるかを見届けるだけね………なんで私の代でこんなことに………」
「中立と言うことですね」
「あなたよりのね。グレデンデ、エリック、セレファ、カスガ、バルバトス、そしてトロールの……お名前きいてませんわね。怖いよぉ~怖いよぉ~」
「オデ、トロール」
「トロールなのね名前。ここに残った者は皆、ネフィアさんの知り合いでしょう。私は敵にもなる気も何も干渉しないわ。だから………殺さないでね。早く帰りたい」
「ええ。中立というだけでありがたいですね」
そう。実力者である残った私たちは皆が姫様の知り合いだ。カスガさんは違うが。アラクネ族長は親友である。
「じゃぁ、私は都市オクトパスに帰るわ。後で教えてね?」
「戴冠式の出席は?」
「出たいやつだけ残すわ。わたしは………男を探してる。いい人食べたいじゃない? 帰りたい帰りたい帰りたい」
ネットリと舌を出す。スキャラ族長、かわいいですね。その見栄っ張りを演じるの。本心も漏れてます。
「では、私と一晩どうでしょうか?」
「あなたは既婚者よ。後腐れがあるの。やめて関わらないで」
「妻は置いてきました」
「……………まぁしつこい。スキャラ族よりしつこい」
「オクトパス様が綺麗ですから。襲いたいのです」
「ああ………しつこい。うぐぅ」
オクトパスが逃げるように玉座の間を去る。後ろからエリックがついていき口説き続けていた。
「オデ、カエル」
「ああ、トロール。何かあれば呼ぶ」
「タタカイマカセロ」
「わかったよ」
「じゃぁ俺も衛兵の仕事に戻る。冒険者が多く治安が悪くなっている。騒ぎの後始末もやらないといけない」
「恩に着るよ」
「グレデンデ。戴冠式はいつやる予定だ?」
「オーク族長が動きしだいで変わる」
「了解した」
ダークエルフ族長とトロール族長も間を去る。
「では、私も帰ろう。顔を見合わせてわかった。私たちはたまたまと言うにはおかしいほど顔見知りだ。そうだろうエルフ族長」
「セレファ殿。何ででしょうね」
「お前の報告通りなら姫様のせいだな。インフェと歩かないといけないので帰るよ」
「わかりました」
また一人、族長が間を去る。そして残ったのはアラクネ族長の代理。オニヤンマのカスガだ。
「まとまりがないな。私も帰るとしようか」
「カスガさん。私とお茶でもどうですか? 少しお話を聞きたいですね」
「カスガでいい。何が聞きたいエルフ族長」
「アラクネ族長リディアさんはご自身を族長と思っては居なかったようですが?」
「エルフ族長。私たちはまだ人に慣れていない。お前らをまだ餌だと感じている。餌と一緒に暮らすには手引きがいる。そしてその手引きが出来る魔族は蜘蛛姫だけだ。時間の問題で私たちは人を愛せるようになる。モデルがいるからこそ…………手を取り合えるようになった」
「では、誰かを愛したいと想いですか?」
「思う。言葉を聞ける。喋られるのだから。エルフ族長……誘いには乗りましょう」
体を撫でながら、自分たちも玉座の間を去る。結局誰も座ろうとせずにこの場を去った。
そして私は心の底から笑みを見せる。9人のうち自分を含めて6人がすでに姫様の影響下にある。そう、既に魔王は彼女以外は無理な状況となってしまったのだった。顔を見合わせたとき確信する。
自分の報告書の正しさを。
*
「マスター朝食お願いいたします」
「ネフィア様……ローブは?」
「身を隠して何になるの? バレている者が着ても滑稽よ」
「しかし、一応は命を狙われていると聞いています」
「それが? 身に降りかかる火の粉を払ってこそ冒険者よ。それに…………もう隠れもしない。かかってくるならかかってこい。ホットサンド一つ」
私は狐の耳をピコピコしている獣族のマスターに朝食を所望した。ここのホットサンドは美味しい。
「かしこまりました。流石はネフィア様と言った所ですね」
店の奥へと料理にしに向かう。それよりも私に視線がある方がおもしろい。皆が私を伺い見ている。懐かしい感覚が私を奮い立たせた。仕草にも気を使う。まるで劇場の上に立っているような気分だ。
「ふぅ………まぁ昨日はやりすぎたけど。でも殺してないから衛兵にも怒られないわよね?」
わからない。バレたら治安を乱したと言うことでしょっぴかれるかもしれない。相手が悪いのにな。
「隣いいでしょうか?」
「いいですよ」
私の隣に昨日、出会い傭兵を差し向けてきた蜥蜴の男が槍をカウンターに置いて隣に座った。
「遅い朝食ですね」
「昨日、魔力をたくさん使ったから~騒ぎが落ち着いてからここに顔を出したの。いきなり襲わないのは感心しますよ」
「そうですね。50人を殺さず無力化したその手腕はなかなかの物ですね」
「ムシャクシャシテヤッタコウカイハシテイナイ。ああ、トキヤには黙っててね。怒られるかも」
騒ぎを起こしたらいっつも怒られていたから。あの生活をもう一度したい。あの…………幸せだった1、2年を。もう無理だろうとは思うが。
「はぁ、どうして………幸せだったのに………」
「何かあったが知りませんがいきなり落ち込まれてもですね………」
「ごめん。それよりも自己紹介してない。失礼よ」
「ネフィア様、ホットサンドができまし………!?」
狐の頭の耳がピンっと真っ直ぐに伸びる。狼狽え、隣の蜥蜴の男を見る。ドヤと顔を偉そうに笑い。その仕草に私は………
「やった!! ホットサンド来た!!」
何も感じなかったので両手を合わせて「いただきます」と言う。どうでもいいのである。
「お、う」
隣の蜥蜴の男が体勢を崩したが気にしない。私は手をお手拭きで汚れを取り。両手でホットサンドをつかんで頬張った。
「おいしい!! ふふ」
「ネフィア様、左様ですか。それで族長殿は何か頼みますか?」
「…………うむ。同じものを」
「わかりました」
「で、食事中すまない。私の名前はリザード。獣族をまとめる長である」
「あら、お偉いさんですね」
「驚かれないのですね?」
「ヘルカイトや女神や世界樹を見てきた私を驚かしたいならトキヤをつれてくればいい」
「ほう。まぁ流石は女神に愛された御仁と言うわけか。質問いいか?」
「いいですよ?」
ホットサンドをハムハムとくわえながら話を聞く。ワザワザ昨日の今日で顔を見合わせたんだ。何かあるのだろう。
「魔王になるおつもりか?」
「なるつもりはない。断りに来た。余は都市ヘルカイトで夫である勇者を置いてきている。家に帰り家事をしなくてはいけない」
「…………ほう。家事を」
「余は女であり。女は紅を塗って家で男を待つのがお仕事だ」
「ほう、では聞こう。魔王とはなんだ?」
「魔国の王。族長のまとめ役。しかし………一筋縄ではいかないでしょうね。次の魔王さん大変そう」
「もし、私が魔王になり傘下に降るならどうする?」
「傘下に降る? 魔王になれば自然と魔国民は傘下だ。それに上が変わっても一般生活変わらないのに気にする必要はない」
「そうか、実は悩んでいる。私は魔王を目指すべきかそれとも…………エルフ族長と共に推薦をするかを。ネフィア様を魔王に推薦をな。昨日のことで尚更悩んでいる」
「なっ!? なっ!? ええ、推薦!! 取り下げ!! 取り下げ!!」
今、次の魔王は大変と言ったばっかりに自分がなるとか拷問でしかない。胸ぐらを掴み揺さぶる。
「げほ!! 落ち着け!! ネフィア様!!」
「落ち着けない!! 何とかしなさい!!」
「ま、まて。何とか出来ない状況なのだ。世代交代が終わり。既に9人の最高権力者の6人がネフィア様の息がかかった族長なのだ。私一人では勝てない」
「手を貸します。ぶっ潰してしまいしょう」
「ま、まて。これを動かしているのはエルフ族長のグレデンデだ。奴を止めればいい」
「今からカチコミに行きますよ」
「はぁ………傍若無人な振る舞いの女性だな。いや……元男なら普通か」
「あっ………ごめんなさい。私がしたことが取り乱しましたわ。ホホホ」
「今さら、女々しく振る舞っても無駄だぞ?」
「はぁ、何でしょうね。最近、ヤサグレてるんです。世界樹の友達も死んじゃいましたし。女神が私に隠し事はするし。トキヤとも会えないですし………ぐすん…………うぅぅ」
「お、落ち着け泣くな!?」
「トキヤに………トキヤに会いたい………」
私はとうとう我慢出来ずに泣き出してしまうのだった。
*
我は砂漠の王。リザード。多くの敵と戦ってきた私は非常に今、困っている。すごく困った。
隣の魔王候補者のネフィア様が激しく怒ったかと思えば、泣き出してしまったのだ。まるで夕立。晴れていたのに大雨が唐突に降る感覚だ。
さめざめと人目を気にせずに泣き出してしまい。マスターがどうしたかと狼狽えだす。
私が泣かした訳ではないのに。視線が痛い。
「ま、まぁ泣くな。トキヤと言ったな? 大丈夫だ会える!!」
「ぐすん…………会えるかな」
「ああ、大丈夫会える。家があるなら帰れば会えるさ」
「うん………ありがとう。もうちょっと我慢して刺客を倒すよ」
「ああ」
送っている本人だがなんとも。気が抜ける。しかしそれは絶対の自信があるという、あらわれでもある。小事で気にしないのだろう。そう………本気ではない。「本気を出すまでもない」と言っているのだ。
「刺客に狙われているなら何故、鎧を着ない?」
「綺麗な服を着たいと言うのは女の子の夢です。鎧もいいんですが。久しぶりにファッションを楽しみたいのです」
「そ、そうか………」
全く感覚が違いすぎる。だが、不思議と嫌な気持ちにらずに世間話が出来る。益や損を考えないためか自然体で居られた。
カランカラン!!
店に小さな娘が現れた。猫耳が特徴の娘だ。綺麗な高級な服を着て私に駆け寄る。母似過ぎて全く自分の子ではないように見える。リザードマンの特徴はないが、男ならリザードマンで生まれてきただろう。私が族をまとめた結果、最近は混血が多い。
「ああ、イブナ。どうしたんだい?」
「お母さんがね。お父さんを探してって。お父さん………いつ帰るの?」
「さぁ………わからない」
今は全く動きがない。妻は近衛兵から私が惚れ。求婚した猫族の女性。近衛兵のため一緒に来ているが。やはり長い間、都市を空けるのはよろしくないとも忠告していた。話があると言うのは。衛兵を雇った事についてだろうか。
「イブナちゃん。こんにちは」
「ん?…………お姉さん!! お姉さん、こんにちは!!」
「お姉さんとは………もしや!? 服をくださったのは!? 白い鎧の女性と聞いていたが………」
「そう!! お父さん!! この人!! お父さんの知り合いだったんだ!!」
「ああ、まぁ………家に帰ったら教えてあげるから母にはネフィア様と謁見中と伝えてくれ」
「うん!!…………じゃぁねお姉さん!!」
「ええ。じゃぁね」
ネフィア様が手を振る。「こんなことがあるのか」と俺は思いつつ。エルフ族長の報告書を思い出していた。背筋が冷える。
「イブナちゃん。可愛いですね」
「あ、ああ。可愛い一人娘だ」
「羨ましいです。子がいるのは………」
報告書にそう言えば経産婦であると書かれていた。流産だったが。人との混血を生み出す事が出来るとの見解に俺は驚いたものだ。
「イブナに服を買ってくださりありがとうございます。我が子だとは………気付かれてなかったようですね」
「たまたま。店で羨ましそうに眺めていたのを見てね。気まぐれで買い。あげちゃったんです。ごめんなさい………勝手にあげちゃって。甘やかしてしまいましたね」
「いいえ、買ってあげられるほど裕福ではありませんから。贅沢よりも都市発展のために………家族には無理をさせています」
「素晴らしい王ですね。尊敬しますよ」
「尊敬できるには我が子が白昼堂々と過ごせるこの都市の治安の良さですがな」
「ダークエルフ族長のお陰ね。そう言えば砂漠の都市と言ってましたね?」
「ええ。場所は商業都市から東南です」
「…………帝国に一番近い都市ね」
「そうです。故に団結し、都市を護らなければならない」
「帝国は強いわ。きっと負けるでしょう」
「な、なに!?」
「今のままでは負けるでしょう。まぁ気にしませんけど。あの子の幸せのために………祖国を裏切るも方法です」
私は「魔国が負ける」と言われ驚く。魔国には族長たちがいる。そう易々と負けるとは思えないのだ。しかし、ネフィア様は何かを見て知っているらしい。
「何故負けるか………ご存知で?」
「さぁ? ただ何となくです」
私はホットサンドを口に突っ込んで水を飲み流し込んだ。焦り、焦燥が体をねっとり包み込み急かす。会計を済ませ。私は立ち上がった。
「失礼します」
「ええ、お疲れ様」
*
自分は執務室でカスガさんをおもてなししている。フィアに紅茶とお菓子を頼み。それをカスガさんは美味しそうにいただいていた。黒目に白目の彼女は違和感があるが。それも次第に美味しそうに食べているのをみると慣れ。綺麗な女だと思う。
「グレデンデさま。お客様です」
「ん? 通していいよ」
「誰?」
「えっと。獣族長リザードさんです」
「「!?」」
カスガさんと私は目が合う。そうこうしているうちに蜥蜴の男が入って来た。神妙な顔をした状態で。
「アラクネ族長代理もいるのか………エルフ族長。至急話が聞きたい」
「え、ええ。何でしょうか?」
「なんだ? 焦った表情で………」
「ネフィア様と会ってきた」
それだけを言うと私は笑みを向ける。また一人………彼女に魅せられたか。関わらないといけなくなったようだ。
確信する。これで…………中立含む8人目。最後はやはりと言うかオーク族長が立ち塞がるだろう。
あと一歩を俺は確信する。
魔王ネフィア・ネロリリスの誕生を。
§魔国イヴァリース⑥女騎士
私は酒場に入り浸る。路地裏等ではいまだに腕を計るために襲撃されるが酒場内では伺うだけで一切関わろうとしない。冒険者の聖域は犯すことはない。いいや、衛兵に殺されるから避けるのだろう。そんなことを思いながらも私はこの狐人が経営する店に入り浸っていた。
「ネフィア様………いいのですか身を潜めなくても」
マスターが心配してくれる。何故なら私の首に賞金がつき、狙われる事が多くなったのだ。壁に金額が提示された私の肖像画が張ってあり。目も疑うような金額が提示されている。一生トキヤと過ごせそうな金額だ。しかし、子供がいた場合は無理だろう。
「蜥蜴のリザードさんもあれから顔を見せませんね」
「のんきにしてますが………ネフィア様は狙われているのですよ!?」
「ふぅ、マスターよ。余を心配してくれるか………」
「それは………心配してます」
「昔は誰一人として声をかけてはくれなんだが………今は皆が心配し、声をかけてくれる」
そう、距離を取っていた人が皆。声をかけてくれるのだ。賞金首になった瞬間に衛兵も「何かあれば助けを呼んでいい」と言うし。「賞金つけたやつを倒そう」とか………「一緒に戦おう」なども声をかけてくれる。全部断ったが、心は複雑だった。
「手のひらクルクルしてからに!! 今まで全く興味を示さなかったくせに、魔王の時は!!」
「…………ネフィア様。もし昔の罪を問うのでしたら。私一人の命でどうか皆をお許しください」
「は? はぁあああああ!?」
蚊帳の外だったと思っていた私は知らぬ間に中心人物となり。今の魔国を揺るがしている。その自覚はあったが流石に言葉を疑う。
「ま、まて。余はそんなことはしない!! 過去は過去だ…………気にしないから………簡単に命を投げ出すのは許さんし、なんでポンポンそんな事を言うんだ……」
「ありがとうございます」
おかしい、皆。私に対しておかしすぎる。
「はぁ、これも情報を封じられているから………わからない」
そう、おかしい。そう思いながら頭を抱えていると声をかけられる。
「冒険者ネフィア・ネロリリスだな」
声は凛とした逞しい女性の声だ。振り向くと赤い鎧を着た屈強そうな女性が立っている。キツイ顔つきだが非常に切れ長で親友狐人のヨウコのような長身美人の人間だ。そして背中に背負っている得物で何となくどこ出身の騎士かわかった。剣は刀という切れ味が恐ろしく鋭い剣だ。しかし、その剣は太く。大きく長い。刀の大剣と言った所であり。太刀と言うものだ。知っている。私はよく知っている。それがアクアマリンの故郷の物だと。
「ええ、私ですよ」
口調を和らげる。最近気が付いたのだがたまに「余」と言ったり、声が変わったりしてしまう。自覚がないが。
「ネフィア………冒険者として直接依頼がある」
「何でしょうか?」
罠かな。ならば、引っ掛かってみるのも一興かも知れない。
そんなことを思いながら彼女は隣に座り。深刻な声で依頼を口にする。その横顔や、匂いなどで女の勘が働く。
「相棒を………助けてくれ」
「もちろん。話を聞かせて」
「は、早いな」
「私の勘が囁くのです。あなた…………恋してるでしょ?」
驚く赤い女騎士は私の口を塞ぎ。慌てて周りを見る。その焦り振りに私は確信する。
恋バナである。
*
私はマスターに料理の注文をし、宿屋に持ってきて貰うことをお願いする。そのあと、人目を気にせずに堂々と歩き。宿屋に戻ってきた。戻って来る途中に彼女から自己紹介をお願いして彼女の事がわかる。
彼女の名前はクロウディア。生まれはアクアマリンと言う都市で生まれで育ったらしい。小さい頃から勝ち気であり、男に混じって剣士の稽古を行っていたとの事。アクアマリンでは珍しくなく。女騎士は花の騎士と呼ばれ。その中には花の名前に変える者もいる。 しかし、親から貰ったものを変える気はなく。クロウディア・ベンセイルのままであるとの事。
名のある。騎士らしく………私は知らないが「戦争で活躍した生き残り」と言う。「トキヤを知っているか?」と聞いたら。「戦場は違えと知っている」と言っていた。詳しく聞くと本当に帝国と連合国の戦争に関わっていたみたいだ。囲まれたこともあったとか。
「どうぞ………借宿ですが」
「うむ。なんとまぁ………流石は魔王か………豪華な」
「魔王じゃ………ないんですけど。ネフィアと呼んで。クロウディア」
「いいのか? 我はしがない冒険者であるぞ?」
「いいの、いいの。もし言わないと暴露されるけどいい?」
「ネフィア!! それは言わないでくれ!! わ、私からいつか言う!! それまでは………なんとか勇気を………」
「言えない時点で終わってるけどね」
「な、なにを!! そういう貴様はどうなのだ!!」
私は赤い宝石の指輪を見せる。そして………フッと鼻で笑ってやった。
「大好きな人と結ばれてますけど何か? 流産ですが経産婦ですよ?」
「その歳で流産だと!? しかし………う、うぐぅ………くっ………負けだ」
この赤い女騎士は面白いぐらい………いじりやすい。高貴な雰囲気だが。なおそれでいじると楽しそうだ。歳については見た目、お姉さんで通じるもんね。実際何歳だろうか。
「流産か………よく平気で言葉に出来るな………」
「平気じゃない。でも………乗り越えなくちゃ前は進めない。私は幸せになるなら何でもする。『生きる』てそういう事じゃない?」
「…………強いな」
「女は強いですよ。知らないだけで……母強し」
そう。私はたまには泣くし、たまには落ち込むがそれでいいのだ。泣けばすっきりするし。落ち込んでも時間が経てばケロッと出来る。
「そんなことよりも。ソファにどうぞ。鎧も脱いでいいですよ。ワンちゃん!!」
部屋の奥からドレイクが現れる。
「ネフィア様。なんのようですか?」
「四周の警戒をお願いします。私に依頼です」
「わかりました」
「ど、ドレイクが喋っているだと!?」
「…………うわぁお。そういえば驚きますよね」
ドレイクが喋っているのに慣れすぎて。「ドレイクはしゃべるもんだ」と思ってしまい。野良ドレイクに声をかけてしまう事もあり恥ずかしい思いをしたこともあった。ああ、私よ。思い出すんじゃない。恥ずかしいじゃないか。
「では、庭で見張るとしましょう」
ドレイクのワンちゃんが広いベランダへ歩を進め巨大化し犬と鳥のキメラのような姿のドラゴンになる。
「な、な!?」
「驚く人、初めてです」
「ま、魔国の首都はドレイクは犬の魔物になるのか!?」
「エルダードラゴンだから。こうやって姿を変えられるんだと思う。特別なだけです。さぁ話をしましょう。お茶を淹れますね」
「わ、わかった」
しどろもどろになりながら。ソファに座る彼女。私は彼女の仕草で考えた時。一つだけ気が付いたことがあった。それは………私の視線ではきっとわからなかっただろう。オーバーリアクションに見えるだろう。しかし………彼女の仕草は普通なのだ。
そう、私が異常なのだ。気が付いた。私は他人とは違いすぎる事を普通ではないことを思い出させる。変わり者だと。
*
「鎧を脱がないと依頼を聞かないわ」
魔王ことネフィアのワガママで私は鎧を脱がされる。彼女もネグリジェに着替え薄着で私のために紅茶を用意した。透けた衣装から可愛らしい下着が見える。
「何故体を隠すんですか? 女の子同士………盛り上がりましょう?」
笑みを向ける彼女。綺麗な白い肌。ふくよかな太股と長い睫毛。クリッとした目と思いきや切れ長の目となる妖艶に見える女性であり、私自身もこれは………美人だと認めざる得ない女性だった。人形。そう………人間らしく人間らしくない。だからこそ魔族なのだろう。人間好みの容姿。これを妻にした旦那はさぞ素晴らしい男なのだろう。
「い、いや。私の体は傷で汚れている」
「名誉の勲章です。女騎士なら仕方ないですよ?」
「あ、ああ。そうならいいな」
「傷を気のするのは相手がいるからですね」
「な、なにを!?」
「騎士は傷を気にしない。男なら傷を自慢する。でも………女である私たちは………見られることを気にする。誰に?」
にやっと笑う彼女に背筋が冷える。私は間違った。優しそうな雰囲気だった彼女が逃がさないと目をぎらつかせる。
全部を話さないといけないかもしれない。
「そ、それより依頼の話をしよう。私の相棒が魔王城へ閉じ込められた。父上を止めるために単身で乗り込み。帰ってこない………聞けば………処刑されると噂を耳にした」
「そこで私に取り止めるようにお願いするわけね」
「次期魔王なら………と」
「残念ですが権限はないです。相手はどんな方? 囚われている檻を襲ってもいいかもしれないですね」
「そうか………相手は強い。強い筈だが………負けたのだろう」
「強いとかじゃなくて容姿とか。探すの大変です」
「容姿は………オーク族で屈強な拳闘士だ」
「出会いとか聞きたいな」
「腹を括って話をしよう」と思う。彼女を満足させて協力を取り付けないといけない。だから、私は彼との出会いを話始めたのだった。
§都市イヴァリース⑦女騎士の想い
私はアクアマリンの女騎士だ。武勇に自身があり、誰よりも卓越した剣の腕もあると信じていた。しかしそれでも100人中、100番目でしかない程に上には上が居た時代。あの時代はそれが当たり前な程だった。
そんな中、私は一人の傭兵と出会う。
「すいません!! クロウディア様!! お手を煩わせて」
「いいや。気にしなくていい」
ある日の事だ。騎士団のそこそこの地位を手に入れ。部隊を持つ私は部下の一人から喧嘩の仲裁を頼まれたのだ。場所は大通りの中心。その中心に倒れる騎士と介抱する騎士。剣を抜き身構える騎士がいた。
「この!! くそ豚やろう!!」
「………」
豚やろうと罵りながら対峙する先に彼は居たのだ。
「何か言え!! 豚め!! 同僚を倒しやがって‼」
「ふん。『かかってこい』と決闘を申し込んだのはお前だ。ただそれに答えただけだ」
ローブを深く被った男。大きな太い腕。得物は持っていないが勘が告げる。強いと。
「では、失礼」
ローブの男が去ろうとする。その男をあろうことか私たちの仲間である騎士は背後から斬り込んでしまう。私は仲間は殴ろうとした。「やめさせなければ」と考えて。
そう思ったつかの間、ローブがその場で斬り払われる。この騎士の罪を問わないといけないと考えた瞬間だった。切れたローブから、大きい拳と巨体が躍り出て騎士の顔面に拳を叩き込み振り抜いた。剣を落として吹き飛ばされて地面を転がる同僚騎士。
「…………弱い」
弱いと愚痴る男を私は見る。緑の屈強な体を持つ。亜人………オーク族が立っているのだった。
*
ローブが剥がれ姿が晒されると大通りは大騒ぎになる。何故なら亜人が騎士を倒す構図は敵が攻めてきたと誤認するほどに分かりやすい。混乱や驚きで冷静を失い。不確定な情報が都市に広まっていた。亜人が最近多く入ってきている事も不安を増長する理由だろう。
「魔国が攻めてきた」と全く無知な者が騒ぐのだ。
おかしな話だ。魔国が攻めてくるなら北から都市を落としていくだろうし、大軍が来たらその矛先も分かる。故に………彼らは違うのだが。知らないことを言ってもどうしようもない。呆れながら去ろうとするオークに私は声をかける。
「待て!!」
声をかけ歩を止める瞬間に目の前に躍り出て手を広げる。騒ぎは「騎士様お願いします」とかを叫ぶ民衆が五月蝿いが。仕方がないことと割り切る。
今、民衆が恐怖で荒れている。亜人の傭兵も都市に入り込み治安も悪くなっている。亜人と人間のいざこざが起こり過ぎているのだ。
「すまない。私と一緒に来て騒ぎを静めてもらえないだろうか? 手荒い真似はしない………」
「………ふん。興味はない。帝国との戦争が起きるまで寝るだけだ」
戦争と言う言葉が出た瞬間、民衆が静まる。沸々と込み上げる不安と恐怖が背筋を冷やした。
そう…………魔国なんて攻めてこない。それよりも恐ろしい帝国が牙を向けているからだ。それを知っている。「待っている」と言うことはやはり傭兵だろう。珍しくもない亜人の傭兵。私たちは帝国より兵が少なく。彼らに頼らなければいけないのだ。
「傭兵でしたか。わかりました。ですが騒ぎを治める身、見過ごす事はできませんのでついてきて欲しいです」
「…………ほう。嫌だと言ったら剣を抜くか?」
オークがギラリと目を剥く。
「最後の手段です。言葉が通じるならば………なんとか会話で治めたい」
「弱気者の言葉など聞くに足らん。弱肉強食と言う根本原理からは外れない」
「ああ、外れない」
「ならば、連れていきたくば……剣を抜け!!」
オークが無骨な手甲をつけて身構える。目を閉じて深呼吸をひとつ。次に目を開けたときは私の目をしっかりと覗き込む。好奇心を持って。大衆が私に期待を寄せる。
仕方がないと私は背中の武器を抜き構える。峰打ちは出来ないだろう。すまない………亜人よ。大衆を一安心させるためなんだ。
「先に謝っておく。すまん」
言葉とともに太刀を振り上げて素早く降り下ろした。兜ごと一刀両断できる重き斬撃が亜人を襲う。
「兜割り!!」
技名を声に出し、力を込める。剣圧が生まれ地面ごと、こやつを一刀のもとに削らんとする。
「ふぅ………はぁ!!」
オークがゆっくりと手を両手で太刀の反りに添えてスッと横に剃らす。太刀はそのままオークの左側に逸れて地面を斬った。
「!?」
たった一瞬を合わせられ、隙が生まれてしまう。もちろん、そんな隙を見逃したりはしなかった。気付けば目の前にオークが立っていて腹部に鈍痛で口から胃液が吹き出る。そのまま、オークが身を引き、私は太刀を落として手をついた。
「ゲホゲホ………お、おええええ………」
胃袋の中身を吐瀉。咳を出しながら腹を押さえる。内蔵がひっくり返ったようなグチャグチャな衝撃に涙が出る。
「ふぅ………謝っておく。手加減出来なんだが………お主は生きている。素晴らしい耐久だ」
頭の上から偉そうにオークが喋る。周りの大衆も恐ろしくなったのか散々に逃げ出し大混乱となった。歓声から悲鳴へと変わる。
「………ゲホゲホ。オーク。すまない…………殺そうとした」
「同じだ。殺そうとした。手加減出来なかったが驚いた。技は使わずとも生きている。女の身でありながら恐ろしい耐久だな」
私より強い傭兵。
「名も知らぬオーク。私は大衆のため一時の安心のためにお前を斬ろうとした。殺されても文句は言えない…………負けたのだ。好きにするがいい。だが、騒ぎだけは身を潜めて落ち着くのを待ってて欲しい。お願いだ」
「ふむ。謝るのは俺の方だ。お前の仕事の邪魔をしたばかりか喧嘩を吹っ掛けてお前に剣を抜かせた。すまん…………暇で暇で……体が強者を求めて暴走した。許せ」
「…………なら。身を潜めてほしい。人目のつかない場所で」
「ああ、そうする。女騎士よ………名を聞こう」
「クロウディア」
「クロウディア、俺の名前はレオン・オークだ」
そう言って彼は路地裏に消える。そして………数日後また騒ぎを起こすのだった。
*
あの一件からレオンは度々喧嘩を吹っ掛けられるようになってしまった。
曰く、「オークよ。騎士誰々を倒したそうだな」と腕に自信があると見え、決闘を申し渡されていた。
そう、私を倒したことがある意味。有名になり、腕に自信がある騎士がこぞってヤツと喧嘩を行った。他にも腕に自信があるだけで傭兵と決闘する者も出始め。流行り、大怪我し入院する奴も出だし、国として決闘を禁止するまでに至る。
「クロウディア………頼む。やらせてくれ」
「ならん………何度言ってもダメだ」
「体がウズいて仕方がないのだ。一瞬でいい」
「一瞬でも大怪我だ。お前は味方を殺す気か?」
「傭兵だ。誰と戦おうと問題あるまい」
「はぁ……」
そう、色々な事が重なり私はレオンの監視役になってしまった。こいつは腕を上げに世界を旅している。だから戦争があり、強いものと死闘が出来ると喜んでこの土地に来たらしい。変なやつだ。
「レオン………戦場まで待て。今はにらみ合いが起きているし。自然にお前の望んだ相手と戦えるだろう」
「ワクワクするな」
大きな体を振り回して目を輝かせる戦闘狂。私が聞いていたオークは雌なら誰でもいいと言う色欲の塊と思っていたが。偏見だったようだ。いや………色欲が戦闘欲に行っただけかもしれない。
「何故、お前は戦闘が好きなんだ?」
「俺は父上よりはるかに小さい。オークの中でもな。だから………鍛えた。だがそれでも強くはならなかった。心技体という言葉を知っているか?」
「もちろん。体が一番。次に技。そして………最後に不屈の意思」
「そうだ。だがな………楽しくないか? 遥かに体で劣っていても技で勝てる瞬間を………そう!! その瞬間。努力が報われた幸福感がするのだ。いいや………戦っている時も………心が闘争心を持つ限り!! 楽しい!!」
「戦闘狂め」
「誉め言葉だ。オークとして………屈強な体で生まれたのだ。色んな奴と手合わせしてこそだ!!」
こいつはいつもいつも戦いの事ばかり考えていた。どんなときでも、鍛練を怠らず。故に………このオークの体は鍛えられた鋼のような武器となる。
いつからか奴のたゆまぬ戦いへの努力にひかれていくのにそう時間はかからなかった。
*
ある程度。懐かしみながら話をする。目の前の女性。ネフィア・ネロリリスは目を輝かせながら話を聞いて頬を赤らめていた。
「クロウディア………お相手……オークなんだ」
「う、うぐぅ………ぜ、絶対言うではないぞ? 私もおかしいとは思っている。だが!! あいつはそこいらのオークとは違う!! そう、その精神は騎士を彷彿させるほどに紳士だ!!」
「あのね。『惚れてます』と言うのはいいから続き聞きたい」
「うぐぅ」
「惚れたきっかけは?」
「戦争中に助けて貰ったのだ。敗戦濃厚の末期、敵を一人でも多く道連れにしようとしたが………奴は私を庇い肩にかついで逃げた。最初は怒ったさ………だがな。奴は頼みがあると言って恩を売った。魔物と戦いたいから生きて俺をそいつと会わせろだとな。残念ながら………そいつは紫蘭の腕を切り落とした後に消えたがな」
「………ああ、紫蘭さん」
「知っているのか?」
「ええ。同じ男を愛した人ですよ、魔物を。魔物と言われた男性をね。残念ながら愛しい彼に切られて亡くなりましたね」
「そうか。私が魔国で冒険者をしている間に決闘をしたか。騎士らしい最後だな。彼女を知っていて驚いたよ」
「もうひとつ。驚くことがあります。魔物………それ……今は私の旦那です。本名はトキヤ・センゲですね」
私は驚くと言うよりも何故か納得してしまう。なぜまら「あの恐ろしい獣を従えられる人物だろう」と思うからだ。それだけ、彼女は強い。
「ふむ。今日は本当に驚いてばかりだ」
「私は普通なんですけどね。もう、普通でもないみたいですけど………」
「もう、大体話したな………冒険者をやっているのも奴の監視役になってから長い間に奴の扱いに慣れてきたからだ。ふと、血がたぎるのを抑えてやるために一緒に………いや。惚れてしまったからついていってるんだ。それだけだ」
私は言い直す。いまさら取り繕っても意味はない。「惚れている」と言った方が分かりやすい。
「お話は面白く聞けました。そうですね………一人の乙女の願いを聞きたくなるぐらいには」
「ネフィア?」
「もっと。自分に自信を持っていいと思いますよ。長い時間一緒なら。あとは切っ掛けだけでしょう」
彼女が立ち上がり。今度は葡萄酒をあけた。
「仕事の話をしましょ………私の目の前で悲愛は認めません」
「あ、ありがとう」
「いいんですよ」
優しい笑みを向ける彼女に私は感謝する。
「ついでに族長全員に殴り込みに行こうかと思ってましたし」
私は背筋が冷える。やらかしたのではないかと身震いするのだった。
*
俺は大通りを歩いていた。人はみな、逃げてくれている。目の前には大きな大きな斧を両手に持ったオークが立っていた。同じ種族同じ豚野郎。
「息子よ来たか」
俺は大通りで何年ぶりかの親との再開を噛みしめる。
「親父、本当に戦ってもいいんだな」
「ああ」
喜んだ。筋肉が喜んだ。
ガッキン!!
おれの渾身の正拳突きは斧を交差させて防いでいる。うるさい金属音が大通りを響かせる。
不気味なほどの太った豚。おれの親父は誰よりも肥えている。だが、素早く力強い。
「少しはやるようになったか?」
「………さぁ………今の一撃でまだ俺は親父を越えれそうにないかもな」
「ほう、聡明になったか息子よ!!」
斧で俺の止まった拳を弾く。巨体に似合わず。攻撃も速い。
「くくく。聡明になった息子よ。お前に頼みがある」
「なんだ? 親父? まだ戦いは始まったばかりだ。やっと殺し合いをしてくれるのだろう?」
「魔王と殺り合いたくないか?」
「ん?」ぴくっ
俺は体が反応してしまう。聞けばあの武勇伝が広まり。魔国で今一番話題の元魔王ネフィアのことだろう。殺りたくないか……話だけは聞いてみよう。
「話をしてやろう………お前。女がいるな?」
「相棒だ」
クロウディアのことだろう。俺は戦闘バカでいつもいつも迷惑をかけている。背中を任せられるぐらいには信用しているし、俺より弱いが女で見れば破格の強さだろう。人間でありながら。
「くく。お前は弱いままだな。長い年月武者修行でちょっとはやるかと思ったが。ただの餓鬼だ」
オヤジが大笑いし。そして、大きな声で言う。
「だが、そんなお前でも前座を任せてやろう。勝てばお前が俺と戦う。負ければ俺は魔王と戦い勝ち、新しい魔王となってやろう」
「………俺が今、親父を狩ればいいな」
「くく。やりたいのはわかった。だが………俺は今から逃げるぞ? いいのか? 戦ってやる理由がない」
オヤジは斧を落として手を上げる。得物を持たないオヤジとやっても楽しくない。よくわかってる。
「………畜生。どうやったら戦ってくれる?」
「俺に捕まれ。そして………1週間後にわかる。お前を使い魔王を誘う」
「………??」
「くくく。わからんか? わからんだろうな~でも。来る。奴はな」
オヤジは腹を叩きながら豪快に笑う。何を考えているかわからない。しかし、俺は仕方なく捕まるのだった。クロウディアには悪いが。勝手に居なくなる。オヤジと戦うために。
§魔国イヴァリース⑧はかりごと
エルフ族長として報告を待つ中。ダークエルフ族長の部下がわざわざ報告に部屋を訪れてきてくれた。それを彼と聞く。
「クロウディアと言う女騎士と接触したらしいです」
「そうか」
ダークエルフ族長同志から報告を聴き、二人で唸った。なんとか接触し、姫様を動かす事が出来たらしい。
「お前が彼女を誘導させた結果だな」
「………誘導せずとも姫様なら巡り合っていただろう」
「しかし、まぁ本当にお前の言う通りになるとはな。驚くよ。そんなことがあり得るのかと」
「バルバトス。奔流を俺たちの手によって生み出し。姫様を巻き込めたからこそ。予想が出来た。見えてくるのだよ」
「いや、できないぞ………俺」
「信心が足りない」
「ばっか!! お前のは盲信、狂信だ」
「…………?」
「いや……おい」
私は答えない。無視する。
「でっ………どうする?」
「数週間前にオーク族長は我が子を餌に釣ることを了承した。その餌に食いついたんだ。引き込むだけ」
「だからどうやって手繰り寄せる?」
「ふん。今日、オーク族長が我が子を3日後に処刑すると宣言した。族長に楯突いた罪でな。場所は玉座の間で族長全員に見せるという内容だな」
「嘘だろ?」
「本当だ。まぁ本当に処刑は………するかもしれないが。これで構図は出来た。姫様ならどうする?」
「姫様なら…………来る」
「簡単だな。なぁ女神様」
「ええ」
フワッと天井から破廉恥な女神が降りてくる。目が腐りそうだが、フィアを見て目を休ませる。彼女も見えてるのか口を押さえていた。
「恋心をもてあそぶなんて女神も酷いですね」
「処刑されそうな愛する人を求めるなんてドラマチックでしょう?」
「当人は休まらんな………俺なら嫌だ」
「ふふ、ダークエルフのお兄さん。妹ちゃん寝取られちゃいましたね?」
「グレデンデ!?」
「女神!! 意趣返しか!! 妹なぞただの親族だ。何もない!! バルバトス!! その剣槍を使おうとするな!!」
「ふふふ」
「グレデンデ。妻とはなにかあったのか聞こう」
「お前!? 嫉妬するのか!?」
「いいや。もし………」
「ダメ!!」
バルバトスの袖にフィアが掴む。
「ダメです。エルフ族長はこれから大きなお仕事があるんです!! だから………斬るなら私を………私が身代わりになりますから!!」
「あっ………いや。ただの冗談だから? な?」
ダークエルフ族長がフィアを撫でる。やめろ、汚れるだろうが。
「フィアちゃん。姫様と同じで綺麗で美しいね」
ガチャ
「お兄様、ちょっとお金で気になる事が…………あっ」
私の執務室にノックせず。書類を持って現れたのはエルフ族の妹だった。昔にダークエルフの慰め……もとい人質で突きだし。今では衛兵団の運用を彼の変わりに行っている程にまでなった。流石兄弟だったのか、書類仕事も運用もうまい。影の立役者だ。
「………バルバトス?」
「ああ。グレーシア。どうした?」
「その………ごめん。なんでもない。お兄様また後で」
「うむ」
妹は沈んだ顔で部屋を去る。そして女神が滅茶苦茶に大笑いをした。
「なんて甘いのかしら!! 撫でられていたのを見て嫉妬したあとにその感情に戸惑い。そして、大人げないと我慢して帰るなんて。ああ、あまりに辛くて泣いちゃうわね彼女。知ってないでしょうね………バルバトスに弱味を見せないように我慢してるの。独占欲が強いわ」
「グレーシア!?」
「バルバトス。仕事の話が終わってないぞ。席に座れ」
「そ、それどころじゃ!!」
妹と恋仲なのは面白い。
「姫様に賞金かけたのは私だ。そして、魔王城に傭兵を雇い誘い込んで姫様を殺させよう」
「ちょ!? ちょ!? ま、ちくしょう!!」
「行ってもいいぞ? 姫様を殺すためにいっぱい雇うからなぁ~ああ、衛兵に伝達して欲しいなぁ~」
「お前………覚えてろ」
バルバトスが顰めっ面で席に座り。私の計画を聞く。フィアがオロオロし、女神は満面の笑みで成り行きを見守るのだった。
*
ドンドンドンドンドンドンドンドン!!
「ネフィア!!」
「うーん……あーい」
宿屋、部屋の扉を叩く音とクロウディアらしき声に怠惰を貪っていたところを叩き起こされる。布団から這い出たあと玄関へ向かう。
ガチャ
「眠い」
「ネフィア様!! 全裸ですよ!?」
「ネフィア!! 話が…………な!?」
「はぁ……全裸のひとつや…………えっ?」
私は自分の体を確認する。きれいな肌色。
「きゃああああああああああああああああああ!!!」
「ネフィア!! お前!!」
「ネフィア様!! しゃがまずに先ずは戸を閉めてください!!」
「ネフィア!! 先ずは服を着てくれ」
ドン!!
「ふごぉおお!! おでこがああああおでこがああああ………痛い!!」
強く扉を閉められ、頭を突き出す形でしゃがみ込んでいたので閉められた瞬間、頭を強打する。
「いった…………つぅ。完全に眼が醒めました」
「ネフィア様………アホですか? いいえアホですね。トキヤさまが居ない場合。しっかりしていると仰っていましたが。確信しました。どんどんダメになってますよ」
服をくわえて私に説教をする、ワンちゃん。渋々頷きながら………それを受取り。着替える。
「うーん。大人の女性なんだけどなぁ~」
「たまに格好いいがめっきり見なくなりましたね」
「トキヤ成分が足りないからだと思う」
「ネフィア様………トキヤ様がいたらダメになり。いなくなれば、時間と共にダメになる。結局ダメですね」
「その通りだと思う。これこそ、骨抜きだね」
そのあともワンちゃんと談笑する。ああ、楽しい。
「おい!! ネフィア!! いつまで着替えているのだ!!」
「あっクロウディア」
痺れを切らした彼女が客室に入ってくる。
「うーん。焦っているね? どうしたの?」
「こ、これを!!」
一枚の用紙。報告書みたいな物を彼女が手渡してくる。内容は…………彼女の思い人の処刑だ。
「えっ………どういう事? 捕まってるだけじゃないの!?」
「奴、バカだから実の父親に楯突いたんだ!! 奴の父親はオーク族長なんだよ」
「あっ」
それは楯突いたら処刑されそう。納得してしまう。
「くぅ。あのバカは!! いつだって戦う事ばかり!! そのあとの事を考えろといつも言っているのに!!」
「それでも好き。いいえ、それを含めて好き」
「……………」
クロウディアと名乗る誇り高き女騎士が顔を真っ赤にし、手で顔を隠してしゃがむ。ああ~懐かしい。私も昔はトキヤの言葉でここまで恥ずかしくなったものだ。
「きっと格好いいんでしょうねぇ~異種族でなおかつ、オークだし」
「………見、見た目より中身が大事だ」
「すぐにフォローするところは本当に好きだね」
「……………うぐ」
クロウディアは茹であがってしまい動かなくなってしまう。
「乙女ねぇ~」
「ネフィア様も乙女ですが? トキヤ様が目の前にいるネフィア様によく似ていますね」
「してない。こんなに恥ずかしがったりしてない」
「まぁ、ネフィア様。自覚症状ありませんからね」
「そんなことよりもクロウディア………どうしたい?」
「あ、ああ。それはもちろん助けに行くさ」
「では、行きましょうか3日後」
「な、なぜ?」
私は紙を見せ。一ヶ所を指を差す。
「族長………玉座の間」
「処刑を見せびらかせるのか~威厳を見せるのか~それとも我が子を殺すほど躊躇がない事を示し、恐怖で支配するか~まぁ何かあるんだろうね。でっ族長は集まるし、私も用事があるから3日目に助けに行くのなら調度いいよね」
「し、しかし!! それよりも前に助けた方が………」
「私………牢屋の場所。わかんない。音で探るにも時間かかるし。それよりも玉座の間にいるのを助けた方が楽。あとなんで……何故3日目なのか気になって」
色々と負に落ちない。3日目もだが、何故かこう………モヤッとする。
「わかった………すまないが。私の一人の力では無理なんだ。3日目だな」
「ええ、3日目に。城の前で待ち合わせましょう。お願いがあるの………」
「なんだ?」
「3日目までに情報を集めて欲しい。私は集めるのが得意じゃないの。その前に牢屋の場所がわかればいいしね」
「わかった…………集めよう」
クロウディアは頷く。そして、何故か殴り込みになりそうな予感がするのだった。
*
紙を貰った相手に会いに来た。ギルドの酒場で彼は待っていた。
「クロウディアさん。釣れました?」
「…………ああ。三日目の城の前でだ」
「そうですか。わかりました。時間を稼ぎましょう。処刑を遅らせて遅らせて。登場まで間を持たせましょう」
「ありがとうございます。エルフ族長グレデンデ殿」
「いいえ、これも愛の女神のためですから。姫様には内緒です」
「…………わかっている」
「3日目………楽しみですね」
「………………」
「これで皆に見せる事が出来る。報告書の通りだとな………フフフ」
私は何故か操られている気がしてならなかった。見えない糸で縛られながら。
§魔国イヴァリース⑨魔王城突入
私は3日目にネフィアに言われた待ち合わせの広場に顔を出す。非常にこれからのことを考えると足取りが重い。この、騎士であるクロウディアがだ。それほどまでに罪悪感もある。
彼女……ネフィアはそこで待っているだろう。私は情報を集めて彼女に報告する約束をしていた。だが、集めれば集めるほどに。私はある一つの答を導き出した。答を知ったとき。操り人形として利用されている自分にヘドが出る。悔しい思いを秘めて彼女に話そうと思う。私は「あなたを騙した」のだと。
広場には色んなお店が連なり、テラスとして広場を使用し白い椅子やテーブルが置かれている。色んな種族が談笑し、商売交渉しているなか。その中央に噴水があり、その縁に白い鎧を着た騎士が小鳥と戯れていた。
言葉がわかるのか数羽が膝に座り。歌を唄っている彼女の声を聞き続けていた。穏やかな昼下がりにこれから行われるであろう事とは違って穏やかな時間が流れている。
「ネフィア………こんにちは」
「こんにちは。クロウディア」
挨拶すると小鳥たちが空を飛んでいく。1匹のあとに続いて順番に。
「小鳥の言葉がわかるんですか?」
「1匹は妖精です。妖精が庇護し………あの鳥は生きていられるそうですね。魔物では最底辺ですが………なんとか生きているそうです」
「妖精?」
「そう。自然を司る監視者………でも妖精だから。遊ぶのが好きなんです。歌わされちゃいました」
口に手をやりながらクスクスと笑う彼女に………罪悪感を持ちながらも情報を話して判断してもらおうと思う。謝らないといけない。
「ネフィア………いいや。ネフィア様。私はあなたに謝らないといけないことがあります」
「ん? どうしたの畏まって?」
「情報を集めてきました」
私は静かにゆっくりと報告をする。
傭兵が多くこの日に城に集まっていること。ネフィア様の首には多額の資金がかけられ、魔王城には雇われた傭兵と賞金首狙いでごった返していること。
これが行われたのは私がある人に報告したことで動いた事。全てである。
「ネフィア様………これはあなたを殺そうと仕掛けられた罠です。私はあなた様に依頼をするように差し向けられ。ネフィア様が一人単独で城に来る状況を作られています。やめましょう………きっと処刑もなにもかも族長たちの策略です。申し訳ありません。何も知りませんでした」
「ふーん。でっオークの彼は………レオン殿は姿を見せたか?」
「い、いいえ。情報では…………オーク族長と共に居るそうです」
「ふぅ………」
彼女が息を吸う。そして吐き出して目を細めた。
「誰か仕組んだ罠はどうでもいいです。私を殺したい人は多いでしょうから誰かやったなんて特定出来ません。ですが…………あなたをほったらかして彼がそれに加担しているなら。許せる?」
「そ、それは………無理です。卑怯だ」
「卑怯。いいえ。まどろっこしい。直接言えば言いのよ。『殺したいからこの日に来い』てね。余は逃げも隠れもしないわ」
彼女が立ち上がり。そして迷いなく魔王城へ向けて歩を進める。
「ま、まってください!!」
「はい。待ちます」
ピタッと彼女が止まって首を傾げる。可愛らしくまるで散歩に行くような軽さに頭を押さえた。
「わ、罠でしょう」
「知ってます。でも、皆が私を待っています。それに…………あなたは憤りを感じない?」
「憤りですか………」
「優しいですね。私は憤ってます。グダグダグダと魔王になる気があればすぐ宣言すればいい。それがない癖に私を怖がる。それに………」
ネフィア様は可愛くウィンクして笑う。悪戯っぽく。
「こんな可愛い姫様を置いて何処かへ行く男に憤りますね」
「な!! それだけで!! 死にに行くのか!?」
「死にません。いいえ………死にたくない。だけど!! 私はこれを試練と受け取りましょう。こんなのに負けていたら…………女神は倒せないでしょうから」
彼女が踵を返して歩き出す。力強く。そして私は決めた。あの人形のような操られている気分はなくなる。
「お供させてください」
「いいですよ。オークのレオンさんに出会ったら怒りましょうね」
「ええ………怒ります。一発では済みそうにないです」
それどころか、私は今。身震いをする。本能が感じるのだ。これから起こることに対して。
*
ガチャ!!
城の扉の前。衛兵のダークエルフ族が門番を勤め、槍を交差させて私たちを止める。
「ネフィア様。今は危険です。忠告します」
「はい。ネフィア様……この先は傭兵が控えております。お引き取りを」
門番を勤める衛兵が嘘偽りなく彼女に報告した。そしてネフィア様は笑顔で槍を退かす。
「ありがとう。心配してくれて。でもここは元、私の家よ。通しなさい」
「しかし………」
「通しなさい」
「………」
渋々門を開ける。ムワッとした空気が感じられて私は懐かしくも恐ろしい感覚にビックリする。まるで戦場のような殺意が赤い絨毯や壁などに敷き詰め張り付けられている。しかし、ネフィア様は怖じ気づくことなく。剣を引き抜き。また空いている手から緑色の剣が生み出される。背中に大きな白翼を羽ばたかせ、翼から羽根が舞い散った。
「ネフィア様!?」
魔族の彼女。しかし、その姿は…………天使その者であり。衛兵がしゃがんで拝み出すほどに神々しい。これが新しき魔王の姿だろうとわかる。
「行きますよ。クロウディア………背中は任せました」
「は、はい」
私は剣を抜き。盾を構えた。太刀ではないスタイルで行く。騎士であるから。
「すぅうううううう!!」
ネフィア様が息を吸う。そして大きい声を出す。
「余は帰ってきた!! 死にたくない奴は帰れ!! 忠告はしたぞ!!」
城を揺らすほどの声量で言葉を発し、それと同時に隠れていた人間の傭兵が我先にと殺到したのだった。
*
「余は帰ってきた!! 死にたくない奴は帰れ!! 忠告はしたぞ!!」
私はエルフの代表の族長として玉座の間で8人の族長と対峙していた時に声が響いた。驚く数人に私はほくそ笑む。その中で獣族長リザードが喋り出す。話の続きを促している。
「エルフ族長。おまえは言ったはずだ。姫様であればどんな奇跡も起こり得るとな。姫様はそうなる前に自身の環境を変える。ゆえにその強運は女神に祝福された。ただ一人の魔族の証拠なのだと」
「ええ、言いました」
実際、祝福され。それを他人にも分け与えられる。魔族でありながら聖職者になった姫様。しかし、私はそれも何もかも姫様にとっては必然なのだろうと思う。
「現に生きている間に奇跡を起こし続けていた。だからこそ。今回は実験なのです。もし、ここまでたどり着き。そして。オーク族長の目の前に来たのなら。50点です。ええ」
「50点………あと50点は?」
「オーク族長。倒すこと」
「ガハハハハ!! エルフ族長よ!! 御執心だな!! トレイン以上でなければ雑魚だぞ?」
話を聞いたオーク族長が大きく天を仰ぎながら面白いといい笑うのだ。
「まぁ姫様は………そこら辺、大丈夫でしょう。トレイン弱かったですし。彼はまぁ、体のいい傀儡でした」
先代の魔王はオーク族長より弱い。戦いを避けてきた男だったゆえに地力が違うと考える。
「ん?………皆、静かに。耳を澄ませろ」
ダークエルフ族長バルバトスが何かに気が付いた。私たちは耳を澄ませた。
~~♪
微かにオルガンの荘厳な音楽が流れる。アップテンポでまるで戦闘を彩る音楽だ。オペラハウスの悪魔族エリックが驚いた声をあげる。
「パイプオルガンだ。それもこの音色はオペラハウスのオペラ座で背後に隠してある物そっくり。曲は知らないが……荘厳で恐ろしい。そう……魔王が攻めてきている気がする。流石は姫様………ここを劇場と彩るか。いや違う。これは強化魔法?」
エリックが玉座の間を離れようとするのを私は彼に近付き手で制止する。
「公演が始まっている。見に行かなくては」
「同じ気分だが。終幕をこの場で見るべきだ」
「…………それもそうか。特等席で見させて貰おう」
玉座の間の部屋の隅に椅子が置いてある。それを人数分、部屋の端に置いて何人かの族長が座り。エリックが何処から持ってきたのかおやつを手渡す。
「コーンを焼き、空気が膨張し爆発させた物に塩を振りました。わが都市の名物です。飲み物はこちらにございます。姫様が来るまでの間、おもてなしをさせていただきます」
何人かの族長と仲良くおやつを食べ出し談笑しだした時。オーク族長は怪訝な顔だったが俺は笑顔になる。
こいつらは姫様の毒に当てられてると感じ取り。嬉しくなったのだった。
*
私は何を見ているのだろうか。
自問自答しながら彼女の背後を守ろうと身を動かそうとしたが。既に彼女は次の攻撃の動作と移動を終わらせて傭兵の猫耳の獣人を緑色の光を放つ剣を突き刺していた。剣を差したまま、離れ。人間の傭兵が背後から翼を切ろうと背後から襲う瞬間。翼が横凪ぎに振り払われて、傭兵が燃え上がる。
私は懐かしい光景を見ていた。
多くの同志、仲間を失った。帝国との戦争。そう、これは戦争だ。
地べたに幾多の傭兵の死体が積み上がり。オルガンの音楽が彼女を彩る。舞い散る羽根が部屋に満ち。死体の上に天使が舞い降りる。純白な姿で。返り血を浴びず。美しく。
「行きましょう。このフロアは制圧しました」
単調に剣を納めて歩き出す彼女。私はただただ、この現場を見る傍観者へと変わっていく。
「…………」
彼女の戦い方は………美しい。流れるように攻撃を掻い潜り。一刀両断で的確に敵を倒し。時に剣を納めてどこで習ったかわからない炎を激しく生み出す居合い切りで仕留め、緑の剣を投げつけて倒し。しかし、投げつけた剣は必ず彼女の元へ戻った。
空いた手で炎を生み出し、フロアごと焼ききることもあれば打ち出された弾が曲がりながら傭兵に当たったりもしていた。翼を振り回せばそれは炎なのか透過して敵を燃やした。音楽とともに戦う姿はまるで演舞。アクアマリンの海の神への演舞のような物だと私は思った。
気が付けば死屍累々。最初は余裕の表情だった傭兵たちも真面目な顔となり。今度は恐怖を見せる顔となり。一部の傭兵は跪き。得物を目の前に置いていた。
いつしか………傭兵は誰もおらず。いつしか………色んな種族の兵士が跪き。頭を垂れて廊下の端で彼女の帰りを歓迎している。
そんな中で。廊下の真ん中で仁王立ちする影が見えた。その姿に我に返り声を出す。怒りより何よりも…………安心したのだ。
「レオン!! 無事だったか!!」
「クロウディア。すまないな。姫様………ここを通りたくば我を倒して通れ」
「レオン!! お前!! バカな事はやめるんだ!!」
「無理だ。血がたぎって………何も考えられない」
「………いいでしょう。しかし。勝手に通らせて貰います」
「簡単に通すと思うなよ!!」
「レオン!!」
「すまねぇ!! 死んだら骨は拾ってくれや!!」
「はぁ………そうか。こんな人なのね。クロウディア………変な趣味」
「…………」
レオンが拳に手甲をはめて構えた。そして、ネフィア様も緑色の剣と炎球を用意する。私は声を出して制止を促したが………流れは止められなかったのだった。
§魔国イヴァリース⑩オーク族長VS聖炎翼の魔王
構える二人に私は息を飲む。二人のとてつもない強さを見てきた私はどうなるかが予想できない。
どれだけ力量差があろうと戦ってみくちゃわからない。だからこそ………戦いは面白いとレオンは言っていた。見ることしか出来ない私は胸に手を当てる。クロウディアとして彼は……そういう人だと知っているから。
「ふぅ………」クイクイ
レオンが呼吸をリズムよく刻み。手でコイコイと挑発する。オルガンの音楽は鳴り響き続ける。その中でハッキリと私の耳元でネフィア様は囁く。
「私が撹乱します。1発どうぞ」
「!?」
離れていても囁きが聞こえた。耳を押さえてみるが顔なんてない。レオンの反応もないので幻聴かと思ったが。それもすぐに幻聴ではないと気付く。そうだ。音楽が流れている時点でおかしい。音を使う魔法だ。それも
高度な。
「3、2、1」
カウンントが聞こえた。身構える。
「0」
ゼロと言った瞬間にネフィア様が仕掛ける。防御姿勢でカウンター狙いのレオンに向けて。緑色に光る剣を投げつけた。
ギャン!!
「武器を捨てたか!! 愚かな!! いいや、囮か!!」
剣の次に炎の球を打ち出し、それが膨張する。レオンを呑み込もうと。
「ははは!! 魔法でのカウンターの構えを解かし!! 魔法を当てるか!! 遠距離で戦う気か? うぉおおおおおおらああああああ」
レオンが叫び。炎を殴り付けた。炎が拳によって破砕され散々に飛び、それらは羽根となって消えていく。私は駆け出す。私は見えていた。
「目の前に殺気がない……背後か!?」
彼は背後を振り向き拳を構えた。しかし、攻撃は来ない。
フワッ!! スタッ!! ダっダっ!!
構えた先。炎で目の前を視線を切ったネフィアは翼をはためかせレオンの頭上を飛んで避け。そのまま廊下を走り出す。聞こえてくる声は明るい。
「勝手に通らせてもらったわ。一人なら………抜けることは容易いね」
「なっ!! ま、まて!! 俺と戦え!!」
振り向いて、ネフィア様を追いかけようとするレオン。私は意表を突かれ注意が散漫な彼の後頭部を。
「レオン!! このバカたれええええええええ!!!」
ガッコーーーーーン!!
盾で頭におもいっきり叩きつけるのだった。
*
ガッコーーーーーン!!
背後から鐘の音のような激しい金属音がする。声を聞くとクロウディアがレオンに怒っている声が聞こえて笑みがこぼれた。流石は女騎士。殴る事が出来たらしい。
「ふふ。私もやりましたね………昔に」
ああ、懐かしい、昔にトキヤが勝手に居なくなったあの日。私は彼を捕まえて。そして色々あって頭を蹴飛ばした事がある。
今思う。あれはヤバイ一撃だった。痛かっただろう。
「久しぶりね、ここ」
玉座の間の扉まで私は来た。追いかけてくる気配も無いが私は後ろを確認する。そして………少し逡巡したあと。顔を振り払って扉に手を置く。
ゆっくりと開け放ち私は驚いた。
「やぁ!! 綺麗な女神様」
「姫様!! あああ!! なんと輝かしい!!」
「ネフィア様。どうも」
「オデ!! ヒサシブリ!!」
「姫様、お久し振りですね」
知り合いが多かった。9人の族長が頂点を目指していると言われていたが知り合いばっかりである。タコ、トンボ、白い黒い人に巨人、豚、蜥蜴、吸血鬼と種族も様々である。
「えっと………」
知り合いの顔に意表を突かれてしまった。
「ふむ。お前が………エルフ族長が言っていた魔王か」
「いいえ。魔王じゃない。あなたは誰?」
「ははは!! 魔王かを決めるのは俺だ!! 覚悟」
質問に答えないオーク族。両手の斧を素早く振り私を狩ろうとした。あまりの速さに髪が数本切れて燃える。
「オーク族長ですよね。名を名乗りなさい。私は魔王と言う名前じゃない。余はネフィアなり!!」
「くくく。ワシの一撃をかわすとは。やる口だな!! それでこそ好敵手!! 我が名を名乗らせて貰おう!! デュミナス!! デュミナス・オークだ!!」
「子も子なら親も親ですね」
「ガハハハハ!! 誉め言葉と受け取っておこう!!」
ビュンビュン!!
斧を振り回しながら迫ってくる。私は異界の知識で草刈り機を思い出していた。それぐらいに激しい。そして、驚く。
地面や壁、柱などに切り跡が増えていく。目に見えない凶刃をかわしながら。居合いで剣を抜き防御する。触れていない筈なのに金属音が響く。
「ほう!! 防ぐか!! かまいたちを!!」
「違う。これは一定以上の戦士が使うことが出来る。剣圧と一緒。こんなのはよく知ってる」
「ふん!! 何だっていい!! お前を切り刻むまでだ!! はははは!!」
楽しそうに斧を振り回し、私を壁際まで追い詰める。猛攻、激しい嵐のような一撃必殺の攻撃たち。私は剣を抜いてしまい。居合いも出来ない。しかし、振って刃は届く気がしなかった。剣圧なんか私には居合い以外にそんなに出せない。
「しねぇえええ!!」
オークが斧を大きく振りかぶり振り下ろす。振り下ろす速度は雷の如く速く。岩のように重かった。
「ぐぅ………ふふ」
マナの剣を取りだし。両手剣を交差さして斧を受け止める。私の背後の壁が吹き飛んだ。この圧力、この大きさ。本物だ。
「何故笑う?」
「ああ、懐かしい」
「なに?」
「一番始め。マクシミリアン王と言う亡霊騎士に出会った。余は一撃で床に叩きつけられ気を失った事がある」
「それよりも強いぞ。ワシは!!」
「ええ、強い。だけど………背負う重さが違うんですよねぇ~」
私は真理を……この世界の理を肌で感じていた。両手に力を加え。愛する彼を想い。斧を振り払う。私の剣は重い。
「うおっ!?」
オークの巨体が数歩下がる。その隙をつき脇を抜けた。
「逃がすか…………!?」
慌てて後ろを彼は見た。しかし、彼は見失い。周りを警戒しながら見渡す。私は笑みを浮かべる。
「どこへ消えた? 柱の裏か? それよりも…………殺気がない。匂いは…………ある。それも………上から!!」
私はその隙に剣を納めていた。そして、逆さの状態で天井を踏みしめて飛ぶ。ジャンプをして相手の視界から消えており、天井に足をつけていた。
「おおおおおおお!!」
「んっ………」
シャン!!
剣の鞘を掴み魔力を流し込んだ。そして、勢いよく抜き魔力の爆発で勢いをつけ。魔力の摩擦で火花が散らす。炎の刃が赤く熱する。そのまま、スッとオークの右腕に逆袈裟切りで当てた。
ドシャ!!
「ぐへっ!!」
天井から私は勢いよく飛んだので。頭から地面にぶつかり、跳ね返り。地面を転がった。羽根が散り、翼も萎れる。族長の心配する声が聞こえてゆっくりと顔をあげた。
「ぐおおおおおおおおおおおおお!!!」
オーク族長の右腕の付け根が燃え上がり。切り落とされた腕も燃えていた。血は焼け、傷口を塞ぐ。オーク族長が左腕で炎を掴んで消し。涎を滴ながら激痛を耐える。
「はぁはぁ!!………俺は生きている!! 俺の勝ちだ!!」
左腕で斧を掴み。私の元へ歩いてくる。そして、振りかぶった。私は自爆したのか、勢いをつけすぎたためにまだ立てない。
「はははは!! シネ!!」
「………ここまでね」
ドシャ!!!
私の目の前で斧が振り下ろされ地面を抉った。
「…………殺す前に問おう。何故だ?」
「はぁはぁ………んぐぅ………ふぅ」
ゆっくりと自分の魔力で体が癒える。痛みが引き、私は立ち上がって剣を納めた。殺意を感じれない。やはり強者。わかってしまったか。
「これが分かるとはな。元から殺す気はない」
「ふむ。それで最初から殺意を感じなかったのか………」
「これを言えば………納得出来ないでしょうが。あなたは王になれる。そんな逸材を殺す気がしなかっただけ。それに腕を落とせば弱くなり。下手すれば強者でも無くなる。死んだも同じかもしれない。しかし、殺すには惜しい」
「……………ワシが魔王を名乗れと言うのか?」
私は立ち上がる。皆の視線が集まる。
「正直な所、誰でもいい。勝手になればいい。止めはしない………だけど!! グダグダグダ!! 決めずに時間だけを浪費してお前らは何がしたい!! 余はお前らの誰かが私を殺そうとしたことは別に気にしない!! だがな!! 纏まらないお前らに辟易している。城の外で民は困っている。だれがなるかを!!」
私は玉座に進む。
「なるものが選らべないなら…………手を取り合え。私は見た。帝国を。帝国の強さを!! あの団結力と陛下を!! だからこそ………族長たちに忠告に来た。リザードにポロっと言ってしまったが。魔国はこのままでは滅びる」
玉座の間に緊張が走った。当たり前か。
「お前らは身内で言い争うしかできない愚かな魔族なり。だから………お前らには要らぬだろう。いいや!! これがあるから!! 手を取り合えない!!」
私は緑の光を放つ形見の聖剣。マナの剣を取り出し。玉座の前の階段を上がり、両手で玉座を切り落とす。背もたれがズレ、見るも無惨に真っ二つになった。
「魔王で争うなら居なくていい。忠告する。今のままでは帝国に負ける。以上だ。魔剣なぞも無価値だ。必要なのは……敵の前に纏まること」
私は剣を納めて歩き出す。翼をおさめて。
*
玉座の間は静かだった。皆は静かに姫様の背中を見つめる。そして………見えなくなった時に私は天を仰いだ。エルフ族として生きてきてここまで爽快感があるのは驚きだった。
「見ましたか!! これが姫様!! いいえ………新しき魔王のお姿です!! あああなんと神々しい!! そして、誰よりも思慮深く。誰よりも強く、誰よりも美しい!!」
「エルフ族長。姫様勘違いしてるぞ? 怒られたぞ?」
「ええ、ええ!! 怒られた!! 私たちが不甲斐ないと!! 素晴らしいですね!! 素晴らしいですね‼」
私は涙を流して感激する。これこそ求めていた結果だった。
「オークゾクチョウダイジョウブ?」
「トロール。大丈夫だ。姫様の魔法で痛みはない。これも教訓だ。腕は捨てる。姫様に刃向かった罰なのだから」
皆が一斉にオークを見る。実は私も驚いて涙が引き彼を見た。清々しく満足そうな笑みを皆に向ける。
「弱肉強食だ。従うべきだろう。それに…………楽しかった。全力で攻撃したのを受け止めた始めての相手だった。受け止めた瞬間から決した。ああ………このまま死んでも悔いはない。満足だ」
「死なれたら困る。約束は約束だ。私が賭けに勝った」
「すまん。余韻に浸る。後日にしてくれ」
オーク族長が斧をしまい。玉座の間を去る。
「オーク族長がああ言った。スキャラ族長殿」
「わかってるわ。まぁ………その。あなたの報告書通りだし。残念ながら。私たち海の者も最初から服従だったわ。『いただきます』なんて言うだけで宗教者と言うのはねぇ~ズルいわ。まぁでも!! 心置きなく言えるわね。よかったぁ……心臓に悪かった……」
「皆が普通にしていることを宗教にして何が悪いですか?」
「ふむ。私もインフェに報告しないとですね」
「エルフ族長グレデンデ。姫様の力は見た。我が都市も姫様は来てくれるだろうな?」
「リザード。気が早い。先ずは………戴冠式でしょう」
「どうやってだ? 嫌がっているだろう?」
「皆さん………影武者はいますよ。フィア!!」
声を出して彼女を呼ぶ。控え室に隠していた彼女が笑顔で現れる。
「ネフィア様!! 素晴らしかったですね!! ご主人様嬉しそうです!!」
「ああ!! フィア!! 滅茶苦茶嬉しい!! 嬉しい!! 今なら窓を突き破って空が飛べる気がするよ!!」
彼女を掴んで掲げる。姫様より小さく軽くおっぱい大きい。
「なるほど。代理か」
「最後の手段ですがね。では………全員に流布しましょうか。1週間後?」
皆が頷く。そして全員が胸に手をやる。
「では…………新しい陽に!!」
「「「「「「「陽の加護があらことを!!」」」」」」」
9人の大族長が結託した。
*
私は酒場でワインを注文し焼け飲みする。マスターがニコニコして私の空いたグラスにワインを注いだ。狐の耳がピクピク動く。
「疲れた」
「今さっきから。そればっかりですね」
私はぐったりする。クロウディアはレオンと揉めているが幸せそうだった。割って入れないほどに。というかクロウディアが号泣しレオンが焦りだしてるのを見るのがおもしろい。
「はぁ、私は何しに行ったのだろう?」
途中、体が勝手に動き。オーク族長の腕も切り落としてしまった。まぁ懐は帰りに死んだ傭兵から剥ぎ取り温かく。ワインも年代物を飲んでいる。渋い。
「ただ、暴れて。ただ、暴言吐いて。ただ、散歩しただけだった。あっ……でも美味しいワインを飲めるからそこだけはいいね。傭兵たんまり持ってたし」
「ネフィア様。それは盗みでは?」
「遺体から剥ぎ取るのは常套手段。壁の外では普通よ。情報もあるし~それに。冒険者カードをギルドに渡せば~死んだ冒険者が分かるから喜ばれるのよ」
「図太いですね。私は死体を見るだけで背筋が冷えますよ」
「死体は色んな所で見慣れてますし。知り合いに死体もいますよ」
「………姫様の交遊関係広いですね」
「自慢は陛下が友達」
「陛下とは?」
「現帝国初代皇帝ドレッドノート。辛いとき慰めてくれた一人ですね」
「…………ぉ驚きすぎて声が出なくなりますね」
私はワインを流し込む。美味しいな。
「美味しいですか? ネフィア」
「げっ!? 破廉恥。死ねよ」
「酷くないですか!? あっでも言われる事はしてますね」
「あー酒が入って幻覚が見える」
「幻覚あつかいしないで!!」
私は隣を見た。愛の女神エメリアが微笑んでいる。殴りたい。殴った。何もなかった。
「酷いですね」
「裏切り者め」
「………これも必要だったのです。答え合わせといきましょう」
エメリアが真面目な表情になる。そして、店の出入口を指差した。
ドタドタドタドタ!! ガチャン!!
悪魔族の青年が店に飛び込んで転がっていく。慌てて皆が彼を立ち上げさせた。
「どうした!!」
「大速報!! ネフィア様が1週間後戴冠式を行い復権するらしい!! やっべ!! チビりそう!!」
「お、おれ!! それ皆に伝えてくるわ!!」
男達が店を出ていく。何人か私を見ておじきをした。
「へ~。ネフィア・ネロリリス即位するんだぁ~へぇ~やっと魔王が出てきて魔国内は落ち着くね」
「ネフィア。冗談で言ってる?」
「まさか。私が即位するとは…………はいぃ? どういう事どういう事どういう事どういう事どういう事どういう事」
私は席を立ち上がりエメリアを見る。
「おめでとう。魔王ネフィア」
あのとき9人殺しとくべきだったと私は思うのだった。
§魔国イヴァリース⑪三回お願い
私は慌てて家に帰る。酒場が私の魔王就任で盛り上がる前に逃げてきたのだ。ローブ被り逃げてきたのだ。ワンちゃんはお散歩と言う置き手紙が書いてある。
「エメリア………どういう事? 全部許すから教えて!! お願い!! ヤバいよ!!」
「ヤバい?」
「ヤバいよ!!」
「どこが?」
「なんで私が魔王!? 女だよ!! それに………こう!! あれだよ!! 魔王ぽくないよ!!」
「一騎当千の活躍でしたね」
「殺っちまったよ!!」
警告はした。向かってくるのを殺しただけだ。族長は生かしたけど。傭兵と族長の価値は違うのだ。それは仕方がない。
「何故!? 何故!?………しかし、大丈夫だ。ここに引きこもれば!!」
「フィアと言う。エルフ族長の彼女がいます」
「えっ? 彼女?」
彼女は関係がある。気になる。
「エルフ族長が手厚く庇護してますよ。それもまるで宝物を守るかのように。気が付いてないのかだいぶ暖まっています」
「ネフィアちゃんも春が来たのね。よかった。もっと教えてよ」
「魔王のことはいいの?」
「良くない!! しまった!! 似てる子がいる!! 影武者なってしまう!!」
似ている彼女が戴冠式をして。ネフィアを名乗ったら終わりだ。
「えっ………待てよ…………もしかして」
私は一つ閃く。あまりにも影武者を用意するのが早い。これは。
「エルフ族長、もしかして彼女を用意したのは………私の影武者になれるから!? 何年前の話よ!!」
「ご明察。全てはエルフ族長グレデンデが行ったこと。まぁ~あなたを信酔してるんですけどね。しかし、好みはあなたに似ても。泣きホクロは譲れなかったのでしょうね。強い強い想いよ」
「いつから!? いつから!? エルフ族長は仕掛けてたの!!」
「あなたに負けたその日から」
「おーけー。ヤバいよ!!」
私は恐ろしいほどに崖ぷちだった。用意周到の手際、知り合いばかりの族長。エルフ族長派が多い中での魔王推薦。それはもう民意である。
「いや!! でも!! 代表者の族長全員が友好な筈ないし」
「メンバー思い出す」
「知らないタコ。トンボの確かリディアの友達に淫魔エリック。トロールオジサンに脳筋オーク。吸血鬼人形愛好家セレファ。トカゲ人にエルフ族の二人」
「知り合い多いね」
「お、おう………顔見知りばっかだよ。いや!! しかし!! オーク族長とか知らない人もいる!!」
「全員オッケーだって」
満場一致とかあり得るのか。
「マジで?」
「マジマジ」
「ああああん!! どうしたらいいの!!」
「クスクス。なんでそんなに嫌なの?」
「魔王の器なんてない。何も出来ない。それに………トキヤとイチャイチャ出来なくなるかも知れないじゃん!! 家に帰れないじゃん!!」
「知ってます。でも、手遅れでしょう?」
「畜生!! もっと早くに聞いていれば!! 手の打ち方が………」
私は気がついた。こんなにも口裏合わせが行われているのに。私の耳に一切入ってこなかった。そう、今更である。それもほぼ末期。
「エメリアあああああああああああ!! 謀ったな!!」
「ごめんなさい。あなたを魔王にするのを加担した。それに………マナの剣抜いちゃったし。選定はバッチリね!! 世界樹マナも一枚噛んだわ。世界を護るために」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………」
私は頭を抱えてベットに潜る。
「トキヤ!! 助けて!! 魔王にされちゃう!!」
「残念ながら。手遅れよ」
私は引きこもることを決定する。
*
ドンドンドン!!
「姫様!! お話を!! ドレスの寸法チェックさせてください!!」
扉が叩かれる。私は全力で言う。相手はエルフ族長相手に。
「いやじゃ!! いやだ!! 魔王になんてなるか!!」
「くっ………イチゴジャムありますよ!! なんとイチゴも!!」
「…………じゅる。も、物で釣ろうなど無駄だ!!」
「あっ……トキヤ殿!!」
「ん………いや。音が聞こえない」
私は攻防を続ける。
「ネフィア、男なら腹を括りなさい」
隣で女神が笑いながら現れる。
「どこの世界に子を孕む雄がいるか!! 魔王にならん!!」
「目の前に。愛の力ね」
「私は女です!!」
「姫様!! お願いします!! 顔をお見せください!!」
「いやだあああああああ!! 影武者を使え!!」
「流石に戴冠式は姫様ご自身で」
「いやだ!!」
「わかりました。今日は引くとしましょう」
なんとか耐え忍んだ。
*
次の日。静かだ。
「よし、諦めたな」
「残念ね」
「はぁ、影武者が魔王でいい。妥協だ」
全部フィアに投げる。奴隷から女王だ。素晴らしいだろう。
「く、クロウディア。本当にここでするんだな」
「お前は何でもすると言った。男に二言はないのだろう?」
「しかし、ここは………」
「子を作るのに女神の近くがいい」
「「!?」」
私は扉に耳を当てる。女神もだ。
「ぬ、脱がすぞ?」
「ま、まて。心の準備がまだ」
「脱がすぞ」
「うぐ。恥ずかしい」
エメリアを見る。
「やる?」
「やると思います。止めないと………玄関が変な臭いになりますよ」
「なんと言う………恐ろしい手だ」
私は悩む。
「まぁ、いっか」
気にしないことにした。
「バレたようだ」
「畜生演技が下手だったか?」
「私は本気だったぞ?」
「えっ?」
「この鈍感やろう」
私は慌てて再度、扉に耳をつける。
「何年一緒についてきてるか考えろよ」
「クロウディア!? どうした!? わるい物でも食ったか?」
ぶん殴ってやりたい。出てからぶん殴ってやりたい。私が説教をしたい。
ゴン
鈍い音がした。
「お、おっ………めちゃいたい」
「お前はデリカシーがない」
うわぁあああ。懐かしい!。私も言ったことある。
「だからな。レオン。知っといてくれ。何年も待てんぞ」
「わ、わかった」
あまーい空間を覗きたがった。私は今日も耐えた。だが………悶々とする日になるのだった。
*
そしてまた次の日。
ガチャガチャ!!
扉の前がめっちゃうるさい。攻城兵器かもしれないので慌てて耳を当てる。
カチャカチャ
「ん?」
皿や食器の音がする。そして話し声。数人の族長が話しあっている。
「うまそうだな。ガハハハ」
「カスガさん。食べらないものがあれば教えてください」
「肉類全般が主食だから。家畜の肉で十分だ」
「魚介類だめです。私は仲間を思い出すのと………生臭いのが無理です。実は魚食べれないんです」
「スキャラさん? どうやって食い繋いでたのですか?」
「陸の物を食べてました。偏食家です」
「いやぁ~きれいな女性が目の前にいるのはいいですね。はぁ~スキャラ……今晩どうですか?」
「しつこい。カスガ助けて」
「いやだ」
話を聞いていると玄関先で料理を広げて宴会をしていた。数人の族長同士。巨人、豚、エルフ、淫魔、タコ、トンボ、トカゲ、そして吸血鬼に吸血鬼の使用人。インフェと言う女の子がいるらしい。ダークエルフ族長は仕事らしい。
「「「乾杯!!」」」
何人かがグラスを叩く音が聞こえた。
「タコうまい。砂漠にはこんなのはいない」
「我の姿に似たのを食われると複雑」
「タコは美味しいですね。こうプリと可愛らしく、なめるとこう。弾力があって」
「悪魔族長。私を見ながらやめてくれない? 目が胸に行ってるわ」
「このタコのように柔らかいのでしょうね。実力行使しましょうか?」
「や、やめ!! この淫魔め!!」
「誉め言葉です」
外で談笑が響く。楽しそうに飲み食いし、皆が持ちよった肴でお酒を飲んでいるのだろう。
「うまぁああ!!」
「くぅううう!! ビールと言う酒はうまいなぁ」
「トロール族長。エエもん作ってる」
「オデモビールスキ」
「がははは!! うまいうまい!!」
めちゃくちゃ楽しんでいる。
「………ひゃひゃ!! 温かいなぁ~私暑いなぁ~」
「スキャラ。すっかり出来上がったな。赤い」
「ゆでタコですよぉ~う。気分がいいので!!」
「なんだ? 何をする?」
「踊りまーす」
「ちょ!! スキャラ服!!」
「おっ!? 嬢ちゃん踊り子するのか?」
「おお、素晴らしい上半身」
「娘も妻もいるが。なかなかいい。体つきだ」
「ご主人様!? 見ちゃダメです!!」
「インフェ。君も脱いで踊りなさい」
「ご主人様!? 出来上がってる!!」
男どもが下品に女にセクハラを働く。それも全力で。カスガという亜人の女も皆が脱ぎ出したので下着になるらしい。釣られてだろう。
とにかく。めっちゃ楽しそう。踊ってもいるし。
「皆さん!! 私は愛の女神エメリア!! 脱ぎます!!」
「「「「破廉恥きたー!!」」」」
「ふふふ!! 今日は許してあげましょう!!」
女神もなにしてんねん。いいや………これが本来の女神か。昔から神は酒乱だ。
「…………ふぅ。楽しそう」
「ネフィア様。覗かれてはどうですか?」
「…………ワンちゃん。まぁ少しぐらいなら」
扉をゆっくり開ける。目の前に散乱した衣類や料理がある。そして………踊り子何人かが男を釣ろうとする。フィアもいて脱いでエルフ族長の膝に乗っていた。遠慮なく胸を揉んでいたりと歯止めが効いていない。
「あっ」
「あっ」
エルフ族長と目があった。
「姫様!!」
「や、やば!!」
慌てて扉を閉めようとしたが。動かない。
ガシッ!!
「!?」
逆に扉をこじ開けられた。オーク族長とトロール族長に。
「えっと………やぁ!!」
「「「「「「「確保!!」」」」」」」
「うわああああああ!! ちょ!! さわらないで!! 誰!! 胸をさわってるの!! 股も触るな!!」
「おお柔らかい。スベスベ」
「エリックきさまああああああ!!」
私は酔った族長たちに。どこで持ってきたのかわからない布で簀巻きにされ。胸と股を触ったエリックは全員にボコボコにされていた。そして一言。
「この痛みを耐えられるほどに完璧な感触でした」
二人で簀巻きになるのだった。
*
簀巻きのまま城に連行される。魔法で逃げようとも考えたが。逃げたら「都市ヘルカイトの家を燃やす」と言われ戦慄した。脅して来やがった。
城につくと豪華な寝室と庶務室が重なった王族の部屋。そこへ優しく置かれ。簀巻きが解かれた。他の衛兵が私の荷物を全て運び込む。
「3日で確保は素晴らしい」
「やはり。アクアマリンで伝わる方法は有効だったらしいな。スキャラ名演技でした」
「あれ? スキャラは?」
カスガさんが周りを見る。いない。
「オデサッキミタ。エリックガツレテイクノヲ」
「あっ持ち帰りされてる」
「エリックはあの簀巻きを脱出したわけですか」
「あいつ実は強いのでは? インフェ一応探してほしい。エリックも一応既婚者だ」
「はい、ご主人様」
メイドが何処かへ行く。私は体をほぐして背筋を伸ばした。そして声を出して罵倒する。
「畜生!! エルフ族長嵌めやがったね!!」
「姫様。お遅くなりました。申し訳ありません」
「嫌だからな!! 魔王なぞ!! お前がなれ」
「それも如何な物かと。お願いします………姫様」
族長たちが跪く。そして懇願するのだ。いつから私はこんなにもあげられるようになったのかわからない。
「手の平クルクルだな」
「過去の姫様は確かに不足でした。しかし!! 今、武勇伝を持ち。多くの逸話と世界を旅したその目で治めて欲しいのです」
「だから私には………」
「器と実力がないと? エメリア様から伺ってます」
「うむ」
エメリアめ。余計な事を。
「ご安心ください。代表者9人以下全族長があなたをサポート………いいえ。実力がない部分全てを行います。器と言うのは私たちが用意します。そう………象徴として魔王になっていただきたい」
「魔王と言う言葉が嫌い。暗いし悪のイメージ」
「姫様、魔王とは便宜上そう言い表してました。姫様がなられるのは新しい王の形です。姫様もご存知でしょう。エメリアさんと私のある本での知恵で決めました」
私はもう逃げられないと確信してしまう。流れが出来てしまっている。恐ろしいほどの流れが。勘でわかる。魔国が変わった。エルフ族長がゆっくりと声を出し笑いながら話始める。
「大英魔族共栄圏。初代白き翼を持つ新しき盟主。女王陛下ネフィア・ネロリリスさま」
投げた石は水面に波紋を広げ、それはもう戻らないと知る。
§白き翼を持つ新しき盟主ネフィア
私はベットの上で思考に耽る。「生まれたときから魔王になることはない」と思われていた。しかし、予備。傀儡政権用の駒として生かされてきた。
気付けば形だけの魔王だった。昔は何も知らない。本の知識しか知らない愚かな魔王だった。
だが全て、勇者の勇敢な一途の想いが私を変えた。余は私になり。愚かだったことを知った。
多くの出会いによって。私は学ぶ。
最初の出会いから、長く連れ添う事によって。
私は多くの物を手に入れ、多くの事柄を学んだ。
悪魔として覚醒し白翼を手に入れた。炎の魔法も剣の技術も何もかも。
気付けばそう………私は強くなっていた。
「はぁ………」
王族の寝室で私はゆっくりとベットから起き上がる。寝間着を脱いで全身鏡に立つ。堂々と。
エルフ族長が言っていた。「新しい枠組みの盟主となってください」とお願いされ、「答えを戴冠式までに」と言うことでその場は引いてもらった。
「今日も綺麗だけど。不安そうな顔だぞネフィア」
全身鏡を見ると顔に重圧や、何もかもから逃げ出したいと願う少女がいた。鏡に額をくっつけて鏡の彼女に言う。
「あいつらは勝手に簡単に言うが………簡単じゃないんだぞ」
王とは責任を伴う。そう魔国全土から押し寄せる重圧を支えないといけない。そんな重圧をこの体は耐えられるほど甘くはない。
「皆が支えると言ってくれたけど………」
目を閉じてある王を思い出す。王に準ずる者たちを思い出す。夢の中で見てこれた世界を。
勇ましく。誰よりも強く………気高い人たちを。
「あれに………あなたはなれるのネフィア」
鏡に問いかける。昔から私は鏡の自分を見てきた。笑みもなく真面目に私の瞳を写し出す。
「男から女になった。悪魔から聖職者になった。ネファリウスからネフィアになった。少女から母親にもなった。今度は魔王から元魔王。そして女王陛下になれるの?」
問いに答えない。私は泣きそうになりながら。へたりこんだ。
「無理だよ………無理。トキヤ………どうしたらいい?」
トキヤは答えない。トキヤがいない。不安が募り貯まった不安がヘドのようにドロドロと身を焦がす。なるという事なんて一切考えてこなかった。いいえ………何もかも隠されてきた。
トントン
「入ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
エルフ族長が入ってくる。
「ええ………つっ!? 服を着てください。あと、ハンカチをどうぞ」
「あ、うん………」
「姫様。いきなりの申し出に困惑しているご様子ですね。泣かれている所を見ると………彼が恋しいですか?」
「うん。相談したい。どうしたらいいのか………わからない」
エルフ族長がマントを私に被せる。そしてひとつの手紙を用意した。
「なに?」
「宛名を」
宛名は…………トキヤ・ネロリリス。
「これは!! 彼の字」
汚い字が描かれている。あまり物書きは得意ではなく。魔方陣もへたくそだ。そんな彼の字で名前が書かれている。
「汚い字………」
でも。大好きな字。特徴的ですぐにわかる。中を確認する。内容は戴冠式に姫を頂戴すると言うもの。嬉しくてつい笑ってしまった。
「エルフ族長。彼、お起きたんですね………よかった………うぅう………よかった」
今度は手紙を顔に近付けて嬉しさのあまりに手紙を濡らしてしまう。
「戴冠式。衛兵はトキヤ様と交戦せぬようにお通しすることを命じました。戴冠式ご参加していただけますね?」
「…………」
ゆっくりと頭を下げる。トキヤに会えるなら。会ってから彼に………何をすればいいか聞けば………う、うん。相談したい。
「畏まりました。ドレスのサイズを見させてください」
「鎧を持っていけばいい。それでサイズを確認して」
「わかりました」
白い鎧をエルフ族長が部下を呼んで持っていく。
「では、静かにお待ちください。戴冠式の日を」
「何故、戴冠式を。魔剣は?」
「あなた様の剣。マナの剣でしょう」
「…………そうだった」
「戴冠式もティアラでございます。全ては英魔族のために」
「ふぅ………英魔族ね」
皇帝陛下が魔族を評価し英魔族と言っていたが。本当にそんな呼び名が生まれるとは思っても見なかった。
「英魔族とは………なに?」
「争いを続ける者を魔族。姫様の庇護下を英魔族しております。英魔族エルフ族、エルフ族長グレデンデと言います。姫様も英魔族天使族でございます」
「天使族?」
「魔族を英魔族に昇華し。我々を一つに纏めた象徴です。ええ」
何もしていない。
「暇でしょうから。本を置いておきます。おすすめは新しい枠組みの構想と姫様の私が書きました新約聖書です。お読みください」
机に数冊の本が置かれた。やな予感がする。今、封じられてきた情報が火を吹くだろう。現に私を貶めた。知らなかったあの頃に戻れない。
「姫様。ひとつだけいいます。姫様は本当に何もしなくていい。我々英魔族長たちが行います。そう………魔王はもう居ないのです。君主議会制と言いましょうか? 族長が選ばれるのは民意なので民主主義とも言えますかな?」
「その言葉!?」
「ワンダーランドは楽しかったですか? 私は楽しかったですよ。エメリア様にいい勉強をさせていただきました」
「…………そうだ。エメリア」
私は天を睨んだ。エメリアに聞かないといけない。隠し事全てを。
「ねぇ、族長。あなたの開発したドレスを一つ。色は黒っぽいのと朝食。それに…………エメリアが居れば伝えて。寝室で待っていると」
「畏まりました」
エルフ族長はそう言って寝室を出た。
*
「ネフィア。呼ばれたから来たわ」
「エメリア………はぁ。落ち着いたから聞きます!! あなたの思惑はなに!!」
「姉を止めること。姉は人間の神。故に人間の勝利こそ至上とします。しかし、それは間違いです。ネフィア…………何故、間違いでしょうか?」
「人間も英魔族も関係ない。愛があれば一つになれる。答えは私自身………はっ!?」
私は問いをスラスラと口に出した。驚く。
「何でも答えましょう。ネフィア」
「私を魔王………いいえ。女王としようとする行為を隠した理由は?」
「あなたの行動力に恐れたの。魔王となりたくないと思われたら一生無理です。だからこそ魔王にはなりたくない。ならば女王にしてしまおうと決めたのです。成功でした。魔王にはなれてません」
すごい屁理屈を聞いた。
「細かな話はトキヤさんと交えて話しましょう。女王陛下」
「むぅ………トキヤなら絶対私の味方になってくれる。そう信じてる」
「本当のあなたは彼に依存してますね」
「依存してます。一途なんです。私は」
早く会いたい。戴冠式なんてどうでもいいから早く会いたかった。
「………エメリア。こう女神の転位術をパパっと」
「姉の特権です。私は使えません」
「役にたたねぇ。くっそたたねぇ。消えちまえ。マナに謝ってこい」
「し、辛辣ですね」
「女神の癖に謀略」
「綺麗な女神はいませんよ」
一通り文句をいい。少し落ち着いた。慌てても慌てても女王は女王なのだから。
「逃げたい」
「逃がしませんよ?」
「いや!! 魔法を撃ってしまえば!!」
「不動なる宝箱それは安息の地。聖域なり。不純な物は淘汰され霧散する」
「えっ?」
魔法が打てない。私は魔法を唱えようとした瞬間魔力が吸われたのを感じ取った。壁が白く光出す。
「ちょ!?」
部屋全体の壁を見ると細かな文字が掘られている。全て魔法を吸収する魔法陣。
「愛は無尽蔵。受け入れ先も無尽蔵。壁の中には神器も埋め込み。この部屋だけは絶対に壊れることはありません。安眠のために敵の攻撃を防ぎます」
「どう見ても私を閉じ込める機構じゃないですか!!」
「そうですよ。苦労してましたね。色んな試運転も兼ねて。そして………外は普通ですが中は聖域となり。あなたを護るでしょう」
「脱走防止じゃないですかやだぁああああああ!!」
「別名、高級鳥籠です」
「このくそ女神いいいいいいい」
「なお、私も入ったら出れないです」
「バカじゃん!! あっ!! 扉に鍵が閉まってる!! 裏に鍵穴とか狂ってるの!? 鍵が2つもあるし!!」
「なんで焦るんですか?」
外に衛兵がいるのが微かな声で聞こえる。いるのがわかった。ならば。
「助けて!! 天井にハレンチな亡霊が見えるの!! 怖い!! 襲われる」
「ちょっと!! ネフィア!! 亡霊って!!」
「すいません。女王陛下。破廉恥な女神とご一緒でしょうが………逃げられてはいけませんので。民のため………今一度我慢をお願いできればと思います」
「我々の力不足。お許しください」
「うぐぅ………」
全部、手のひらの上で転がされている気がしたのだった。仕方なく持ってきた本でも読もうと思い。私は仕方なく椅子に座る。
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