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第32話 お母様とリリー
しおりを挟む私はリュザにお母様のことを話した。
お母様は私が眠る前、よく面白い話をしてくれたこと。
その中にお母様は前世の記憶があり、そこには『電話』や『車』、『テレビ』といったものがあったと言っていたこと。
それは私の前世の世界でも使われていたこと。
しかし、お母様は身体が弱くて、既に亡くなっていること。
これらを話すと、リュザはうーん、と手を顎に添えて唸った。
「君のお母様も、もしかしたら『癒しの力』を持っていたかもしれないのか……」
「調べていただけませんか? もしお母様の言っていたことが本当なら、気になるんです……」
「……」
お母様はもう亡くなってしまっているから、直接聞くことはできないけど調べられるなら調べてほしい。
もし私の前世とお母様の前世が同じ世界だったなら、純粋に嬉しい。
それに日本にいたのなら、どこかで会っていたかもしれない。
といっても電話も車もテレビも他の国にもあるから、日本にいるとは限らないけど……。
お母様は私を大事に育ててくれた大切な人だ。私がお母様のことでまだ知らないことがあるのなら、知りたい。
「君のお母様はもうこの世にいないんだよね? けど、君のお母様の遺品が一つでもあれば、俺の鑑定魔法で調べられる。時間はかかるが、君のお母様の前世が住んでいた場所から名前まで、全てわかると思うよ。俺も『癒しの力』を持っている可能性がある人には興味あるし。研究しがいがあるってものだよ。……何か遺品は持っていないかい? 預かってもいいなら預かるが」
「あ……持ってます」
私は立ち上がって二階に行き、自分の部屋のカバンから赤い宝石が入ったペンダントを持ってきた。
お母様が毎日屋敷でつけていたものだ。
小さい頃、初めて自分で買ったものらしい。
お店の中で一番綺麗に光っていたから買ったんだとか。
お母様の思い出のジュエリーだから、私自身がつけるのは申し訳なくてつけていない。
特にこれといって強い力を持っているようには見えないけど……どうなんだろう?
私はリュザにペンダントを差し出す。
「これは……メーユリ地区で取れるエンタイトか。珍しい宝石だ。……預かっていいのかい?」
「ちゃんと、返してくれるなら……」
リュザはくすりと笑った。
「ちゃんと返すよ。安心して」
目が何考えてるかわからないからあんまり信じられないんだよなぁ。
「ありがとうございます。それでですね……もう一つ、お願いがあるんですけど」
「なに?」
「リリーを……私が前世で飼っていた猫の安否を調べていただきたくて……」
さっきリュザは前世を調べたら住んでいた場所から名前までわかると言っていた。
なら、リリーのこともわかるんじゃないかな?
いろんなことを王宮魔術師に頼むのはちょっと気が引けるけど……。
でも王宮魔術師が地方の村に来るなんて滅多にないし、もうこんな機会ないかもしれない。
今のうちに頼んでおけるものは頼みたい……!
と思っていたが、リュザは面倒くさそうに上体を逸らした。
「えー、面倒くさいよ~。なんで俺が別世界の一つも知らない猫のこと調べなくちゃいけないの~?」
「で、ですよね……」
そりゃそうだ。
お母様のことは研究に繋がるかもしれないから調べると言ってくれたけど、リリーのことはリュザが知りたいことでもなんでもない。
興味がないのだろう。
だからといって仕方ないか……という気にはなれない……!
私はパン! と両手を合わせて頭を下げた。
「そこをなんとかお願いします……!」
「えー。じゃあ……」
リュザは何の変哲もない顔で一言言った。
「キスして」
「……え」
「キスしてくれれば考えるよ」
「そんなのしませ——」
「……リュザ様?」
私が断る前に、ゴゴゴ……という効果音がつきそうなほどの勢いでユリクがテーブルにトン、と手を置いた。
ちょうど腕でリュザの顔が見えない。
見上げると、人間一人か二人、殺っちゃってます? というくらいのめちゃくちゃ怖い顔があり、にこっと恐ろしい笑みでリュザを見つめていた。
「カナメを、からかわないでいただけますか?」
「……う、うん、わかった、ごめん。ごめんね。冗談です」
さすがのリュザもユリクの形相に怯え、両手を上げて何もしませんよポーズをした。
ユリクはわかったならいいです、とでもいうようにテーブルから手を離し、元の綺麗な笑みを浮かべて先程と同じように立っていた。
リュザはこほん、と咳払いをして再び話しだす。
「わかったよ。考えとく。……リリーに関してはこの世界と異世界を繋ぐ通信機器が必要になる。それもすでに開発されているから作ることはできるけど、異世界と繋がる場所をピンポイントに決めておかなければならない。君はどこと通信したい? 両親?」
「うーん……」
誰にしよう。
目的は日本の人たちと会話することじゃなくて、リリーの安否を確かめるためだ。
都内に一人暮らししてたし、両親も亡くなってるし、北海道に住んでる親戚とは仲があまり良くなかった。
しかも急に死んだはずの人間と通信できたら普通の人は驚いてしまうだろう。
どういうこと? どうして生きてるの? って言われるだろうし、生まれ変わって別世界にいると言ってもお堅い親戚たちだったら絶対信じてくれない。
その辺も考慮して考えられるのは……。
「香澄、かな……」
同期の香澄だった。
香澄はオタクで、よく異世界転生もののライトノベルを読んだり、令嬢ものの乙女ゲームで遊んでいたからそこまで驚かれないかもしれない。
よく聞いたことがある。オタクは話を理解するのが早いと。
それにリリーのこともよく話していたし、安否も知っていそうだ。
「カスミ? その子でいいの?」
リュザが金髪を揺らして首を傾げる。
「はい。その子で」
「フルネームを教えて」
「大崎香澄です」
「オオサキカスミ……住んでる国は?」
「日本」
「場所は?」
「東京都の……」
それから十分間くらい、リュザの質問に答えていた。
リュザはメモを取らず、頭の中で記憶し、私の情報をもとに別世界との通信機器を作ってくれるという。
全ての質問に答えるのにかなり体力を消耗したが、これでリリーの安否がわかるなら苦ではなかった。
リュザはいつの間にかチョコレートフレンチトーストを完食し、ティーカップの中身は空っぽになっていた。
会計をしているときに、リュザが私と視線を合わせる。
「もう頼み事はないよね?」
「ありません。……本当に、ありがとうございます」
私がぺこりと頭を下げると、リュザはふふ、と笑いを零した。
「まぁ、『君』からの頼みだしね」
「……え?」
「俺が君の頼みをきくのは、いずれ聖女になるかもしれない存在だからっていう理由もあるけど……」
リュザは私にしか聞こえなくらいの小声で、そっと言った。
「君の素性、すでに調べてあるから」
「……!」
「じゃあ、またね。フレンチトーストも紅茶も美味しかったよ」
リュザが店からいなくなったあとも、私はぽかんとその場に立ち尽くしてしまう。
じゃあ、自己紹介をしたとき、私が嘘の名前を言っていたことはわかってたってこと!?
嘘の名前を綺麗な名前だって言ったり、美人だねって急に口説いて来たり、キスしてとか冗談言ってきたり……。
「なんなのあの人……」
はぁ……と深いため息を吐く。
結界はもうなくなったのか、店に新たなお客さんがたくさんやってきたのだった……。
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