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第34話 殿下からの手紙
しおりを挟む「おとう、さま……」
私は思わず後ずさる。
だって、私を家から追い出した本人がいるんだもの。
一体何の目的でここに来たの?
まさかもう屋敷に戻れって言うとか?
そんなの絶対いや!
ぶんぶん頭を振っていると、お父様が少しだけ上体を傾けて家の中を見た。
瞬間、一気に顔を顰め、私に視線を戻す。
「男の獣人と共に住んでいるのか? 私が与えたのは『シェイラの家』だぞ」
「え、ええ、そうなのですが……少し事情がありまして」
確かにお父様からすれば自分の娘が男性と一緒に暮らしているのは不快に思えるだろう。
でも……。
私は拳を握りしめ、まっすぐお父様を見つめる。
「この家で彼と共にカフェを営んでいるため、利害の一致で同じ家に住んでいるというだけです。それに、私は婚約破棄された身です。婚約者がおらず、家からも追い出された今、誰と住んでいようとお父様には関係ないのでは?」
「……」
お父様は眉をぴくりと動かす。
が、お父様は表情を動かさずに懐から何かを取り出した。
白い封筒。真ん中に封蝋が押されていたのか、印の跡がある。
手紙だ。
お父様に渡され、表面を見た。差出人は……。
「殿下!?」
「ああ。中身は確認してある。ターメルク殿下から、再び婚約して欲しい、との手紙が来た」
お父様が淡々とした口調でとんでもないことを告げた。
お父様は、このことを伝えるために王都から馬車でやってきたのね……。
今の言葉を頭の中で反芻する。
殿下から、再び婚約したいとの手紙?
あれだけ私を罵倒しておいて?
馬鹿なの?
私は試しに手紙を開け、中身をさらっと読んでみた。
丁寧だけどどこか癖のある書体で、長々と文章が連なっている。
『親愛なるシェイラ、私はやはり君が運命の相手だったようだ。ベルローズと共に暮らしてわかったが、あの方は身勝手で、我儘で、私にはふさわしくない。婚約を破棄してすまなかった。私ともう一度婚約を結んでほしい』
一部抜粋。
他は読みたくもないので飛ばします。
言いたいことは、あんなに運命の相手を見つけた! とお互いにラブラブだったけど、ベルローズが我儘すぎるからとっとと別れて私ともう一度婚約したいってことらしい。
殿下の中の私、都合が良すぎじゃない?
確かに殿下に婚約破棄されてなかった頃は前世の記憶を思い出してなかったからなんでも殿下に従ってたけど、思い出してからはあんなの二度とごめんって思ってるから。
もし殿下と婚約してしまったら、婚約者だったときみたいに毎日見下してくる発言に耐えなくちゃいけないんでしょう?
で、またベルローズみたいな女に騙されて私を婚約破棄するのが目に見えてるし。
「受けてみる気はあるか?」
お父様が少し優しめの声で言った。
いや受ける気さらさらないから。
お父様は私が婚約破棄されたことを、『理不尽に』婚約破棄されたことだと知らないからそういうことを言えるのだろう。
言ったところでお父様は信じてくれないと思うし。
あれ、でも……。
私は婚約破棄され、お父様に怒られたときのことを思いだす。
あのときお父様はすごく怒っていた。
普段無表情で食事のときも休みのときも全然喋ってくれなかったのに、あのときは怒りに顔を歪ませて怒鳴っていた。
けど、最後にこう言っていたと思う。
——シェイラ、お前は本当にこれほどの嫌がらせをしたのか……?
その時は私が黙っていたことをお父様が肯定だと捉えてしまった。
お父様も私に歩み寄る気持ちはあったはずだ。
今も「受けてみる気はあるか?」と言った時、いつもより優しい声音だった。
向こうが婚約破棄したのに、再び婚約を持ちかけてくるのはいささかどうだろうかとお父様も思っているのかもしれない。
なら……。
私はぐっと両の拳を握りしめた。
「お父様、話があるのですが、聞いていただけませんか?」
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